令和6年2月28日判決言渡令和3年(行ウ)第97号観察処分期間更新決定取消請求事件 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求公安審査委員会が、令和3年1月6日付けで、「EことFを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰 し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体」に対してした、別紙2「決定目録」記載の決定のうち、原告に係る部分を取り消す。 第2 事案の概要本件は、公安審査委員会(以下「公安審」という。)が、無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(以下「団体規制法」という。)5条4項 及び5項に基づき、「EことFを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体」(以下「本団体」という。)について、公安調査庁長官の観察に付する処分(以下「本件観察処分」という。)の期間更新等に係る決定(以下「本件更新決定」という。本件更新決定は7回目の更新決定であ る。)をしたところ、本件更新決定において本団体に含まれるとされた原告が、本件更新決定のうち原告に係る部分(以下「本件処分」という。)の取消しを求める事案である。 1 団体規制法の定め本件に関係する団体規制法の定めは、別紙3「団体規制法の定め」に記載の とおりである。 2 前提事実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)⑴ オウム真理教の沿革等ア EことFは、自らを教祖・創始者として、昭和59年2月頃、「オウム神仙の会」の名 実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)⑴ オウム真理教の沿革等ア EことFは、自らを教祖・創始者として、昭和59年2月頃、「オウム神仙の会」の名称で活動を開始し、昭和62年7月頃、その名称を「オウム 真理教」と変更して、Fの説くオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的として活動を続けた。オウム真理教は、平成元年8月25日、東京都知事から宗教法人法に基づく規則の認証を受け、同月29日、Fを代表役員とする宗教法人オウム真理教(以下、法人格の有無を問わず、単に「オウム真理教」という。)の設立の登記がされ、G(原告代表者。)な ど幹部8名がオウム真理教の責任役員にそれぞれ就任した。 (乙B2の1、2、乙B4の3)イオウム真理教は、平成6年6月頃までに、当時の山梨県(住所省略)にサティアンなどと称する施設群を建設し、東京都(住所省略)に東京総本部等を開設するなどして、国内に合計24か所の支部・道場等を設けると ともに、構成員を合計約1万1000名に増加させて勢力を拡充し、構成員からの布施や関連会社の事業収益をその財源としていた(乙B4の2)。 ウオウム真理教の構成員は、平成6年6月にいわゆる松本サリン事件を、平成7年3月にいわゆる地下鉄サリン事件(以下、併せて「サリン事件」という。)を順次敢行した。 松本サリン事件は、オウム真理教の構成員が、長野県松本市内において、致死的化学物質であるサリンを発散させ、8名を殺害するとともに143名を負傷させたという事件である。また、地下鉄サリン事件は、オウム真理教の構成員が、東京都内の各地において、通勤時間帯を狙って地下鉄電車内で致死的化学物質であるサリンを発散させ、14名を殺害するととも たという事件である。また、地下鉄サリン事件は、オウム真理教の構成員が、東京都内の各地において、通勤時間帯を狙って地下鉄電車内で致死的化学物質であるサリンを発散させ、14名を殺害するととも に約5800名を負傷させたという事件である。(乙B2の1~4、乙B3 の3~5)エオウム真理教については、平成7年12月19日、宗教法人法に基づく解散命令が確定し、その清算手続中の平成8年3月28日、破産宣告がされた(乙B2の1)。 オ公安調査庁長官は、平成8年7月11日、公安審に対し、「EことFを教 祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び信徒、信徒を指導する者その他の同教義に従う者によって構成される団体」を被請求団体として、破壊活動防止法(以下「破防法」という。)7条に基づく解散指定処分の請求をしたが、公安審は、平成9年1月31日付けで、同請求を棄却する旨を決定した(乙C1 0)。 ⑵ 原告の設立の経緯等ア平成12年2月4日、オウム真理教の名称を変更する形で「宗教団体・アレフ」(以下「アレフ」という。)が発足し、その代表者にHが就任した。 Gは、平成14年1月30日、アレフの代表者に就任し、その後、アレフ は、平成15年2月6日、その名称を「宗教団体アーレフ」に変更した(以下、同名称変更及び後記ウの名称変更の前後を問わず「アレフ」ということがある。)。(乙B4の17、19、21、乙C11)イアレフ内においては、次第にその組織運営に関して対立が生じるようになり、Gは、平成19年3月7日付けで、構成員の一部と共にアレフを脱 会し、同年5月7日、「Ⅰ」(原告)を設立した(乙B3の108、109、乙B4の22、乙C12~14、 て対立が生じるようになり、Gは、平成19年3月7日付けで、構成員の一部と共にアレフを脱 会し、同年5月7日、「Ⅰ」(原告)を設立した(乙B3の108、109、乙B4の22、乙C12~14、19~21)。 ウその後、アレフは、平成20年5月20日、その名称を「Aleph」に変更した。また、平成27年1月、Aleph内で生じた意見対立により、その幹部構成員であったJを中心とする集団が、Alephとは一定 の距離を置いて活動するようになった。(乙B2の1) エ Fについては、平成16年2月27日、東京地方裁判所において、殺人等の罪により死刑に処する旨の判決がされた。その後、平成18年9月15日に同判決が確定し、平成30年7月6日にFの死刑が執行された。(乙B2の1、乙B3の2)⑶ 本件観察処分及び本件更新決定等 ア公安調査庁長官は、平成11年12月27日、公安審に対し、「EことFを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体」(本団体)を被請求団体として、団体規制法5条1項に基づく観察処分を請求し、公安審は、平成12年1月28日付けで、本団体を、3年間、 公安調査庁長官の観察に付するなどとする決定をした(本件観察処分。乙A6、7)。 イその後、公安審は、公安調査庁長官の請求に基づき、平成15年1月23日付け、平成18年1月23日付け、平成21年1月23日付け、平成24年1月23日付け、平成27年1月23日付け及び平成30年1月2 2日付けで、それぞれ、3年間、本件観察処分の期間を更新するなどとする決定(以下、平成15年1月23日付けから平成30年1月22日付けまでの各決定を 27年1月23日付け及び平成30年1月2 2日付けで、それぞれ、3年間、本件観察処分の期間を更新するなどとする決定(以下、平成15年1月23日付けから平成30年1月22日付けまでの各決定を、順に「第1回更新決定」ないし「第6回更新決定」という。)をした(乙A8~19)。 ウ公安調査庁長官は、令和2年10月26日、公安審に対し、本件観察処 分の期間の更新を請求し、公安審は、令和3年1月6日付けで、3年間、本件観察処分の期間を更新するなどとする決定(本件更新決定)をした(乙A1、4)。 ⑷ 本件訴えの提起原告は、令和3年3月8日、本件訴えを提起した。 第3 争点及びこれに関する当事者の主張 1 原告が本団体に含まれるか。 (被告の主張)⑴ 団体規制法4条2項の「団体」の意義等ア団体規制法4条2項は、「この法律において「団体」とは、特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体をいう。」などと 規定しているところ、同項の「団体」は、団体規制法5条の観察処分や団体規制法8条の再発防止処分の対象となることからも明らかなとおり、団体規制法上の規制対象を画する機能を有する。したがって、上記の「団体」をいかに解するかは、その文理の形式的な解釈に終始するのではなく、団体規制法の趣旨及び目的を踏まえ、合理的に解釈する必要がある。 イ団体規制法は、政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する目的による殺人であって、不特定かつ多数の者を殺害し、又はその実行に着手してこれを遂げないものを「無差別大量殺人行為」と定義した上で、その目的について、「この法律は、団体の活動として役職員(括弧内略)又は構成員が、例えばサリンを使用す の者を殺害し、又はその実行に着手してこれを遂げないものを「無差別大量殺人行為」と定義した上で、その目的について、「この法律は、団体の活動として役職員(括弧内略)又は構成員が、例えばサリンを使用するなどして、無差別大量殺 人行為を行った団体につき、その活動状況を明らかにし又は当該行為の再発を防止するために必要な規制措置を定め、もって国民の生活の平穏を含む公共の安全の確保に寄与することを目的とする。」と規定する。かかる団体規制法の趣旨及び目的を踏まえれば、団体規制法における「団体」とは、当該団体の活動状況を明らかにし、又は無差別大量殺人行為の再発を防止 するという団体規制法の趣旨及び目的を実現するために、規制対象を的確に画する概念として機能すべきものである。 ウそして、団体規制法は、その目的を達成するため、当該団体が団体規制法5条1項各号の要件に該当する危険な要素を保持している限り、当該団体の活動状況を継続的に明らかにすることができるように、観察処分及び 更新決定に係る観察の期間を最長で3年間とした上で、更新の回数に制限 を設けないこととし、当該団体を長期間の観察処分に付すことを可能としている。また、団体規制法の規制対象となる団体については、その性質上、そもそも組織の実態及び意思決定等が行われる指揮系統が判然としないものであるばかりか、様々な要因で、名称、組織構成等の変更及び離合集散をする特徴をも有するものであり、長期間の観察処分下において、様々な 変化が生じることが当然に想定されるものである。 エ以上の点を踏まえると、団体規制法4条2項の「団体」については、組織の実態や指揮系統が解明されることを必要条件とするような解釈は相当ではなく、無差別大量殺人行為を行った集団につき、その活動状況を エ以上の点を踏まえると、団体規制法4条2項の「団体」については、組織の実態や指揮系統が解明されることを必要条件とするような解釈は相当ではなく、無差別大量殺人行為を行った集団につき、その活動状況を明らかにし又は当該行為の再発を防止するという団体規制法の目的に照らし、 無差別大量殺人行為に及ぶ危険性を醸成する「特定の共同目的」を中核的概念として解釈すべきものと解される。したがって、団体規制法4条2項の「団体」とは、「特定の共同目的」を達成するための多数人の継続的「結合体」、すなわち「2人以上の特定人から成り、その構成単位たる個人を離れて、結合体としての独自の意思を決定し得る組織体であって、社会的に 相当の期間にわたって存続するもの」をいうと解される。 そして、観察処分の対象とされた団体そのものが分派・分裂したとしても、それら各集団の人的属性や活動実態等に照らし、観察処分の対象とされた団体と基本的性質を異にするに至ったと認められない限り、かかる事態は団体規制法が予定する範囲内での事後的な在り方の変化にすぎず、当 初の観察処分の効力は、当該各集団のいずれにも及び得るものとなり(当該各集団が団体規制法5条4項の「第1項の処分を受けた」「団体」に含まれることになる。)、当該各集団について、同項の期間更新の要件の充足性が判断されることになると解される。 ⑵ 当てはめ ア原告の設立の経緯等 Gは、原告の設立前から、対外的にはFやオウム真理教の教義からの脱却を掲げつつ、真実はFを帰依の対象とする、いわゆるE隠しの方針に係る説法等を行っていたところ、アレフにおけるG派(Gの活動方針に賛同する者を中心とした一派をいう。以下同じ。)と反G派(Gの活動方針に反発し、Fへの絶対的帰依を明示的に強 、いわゆるE隠しの方針に係る説法等を行っていたところ、アレフにおけるG派(Gの活動方針に賛同する者を中心とした一派をいう。以下同じ。)と反G派(Gの活動方針に反発し、Fへの絶対的帰依を明示的に強調する指導を復活させようとする一 派をいう。以下同じ。)の対立状況等を踏まえ、教団の存続のためには、E隠しに加えて、アレフとは別の新団体を設立することが必要であると本格的に考えるようになり、G派の構成員と共に、アレフから独立して、原告を設立した。かかる原告の設立は、組織の維持のため組織を二つに分けるべきなどとするFの獄中におけるメッセージ(指示)を具体化するために 行った一連の行動と同一線上にあるもの、すなわち、Gは、Fの指示に基づいて、E隠しを行い、原告を設立したものであって、原告の設立後も、引き続き、対外的にはFやオウム真理教の教義からの脱却を掲げる一方で、Fの説いたタントラ・ヴァジラヤーナを含むオウム真理教の教義を維持し、これに絶対的に帰依することなどを説いている。 イ原告の組織構造原告の構成員についてみると、原告は、その設立時、1名を除いてアレフで活動していた者によって構成されており、本件更新決定時においても、8割以上がアレフにおいて活動していた者、約5割がサリン事件当時からオウム真理教の構成員であった者で構成されていた。 また、原告の役職員についてみると、その設立時は、Fから「正大師」に認定されたGが原告の代表役員に就任したほか、その他の12名の役職員についても、うち9名がFから「師」以上の位階に認定された者であり、かつ、アレフにおいて「師」以上の位階にあった者は、ほぼ全員が原告の役職員に就任した。また、本件更新決定時においても、引き続 きGが代表役員を務め、その他の役職 上の位階に認定された者であり、かつ、アレフにおいて「師」以上の位階にあった者は、ほぼ全員が原告の役職員に就任した。また、本件更新決定時においても、引き続 きGが代表役員を務め、その他の役職員についても、Fから「師」以上 の位階に認定された者あるいはアレフにおいて「師補」の位階にあった者が務めていた。 そして、オウム真理教は、Fが認定した位階に基づき、Fを頂点として、位階の高い者が位階の低い者を支配・管理する上命下服の組織構造を有していたところ、原告も、上記のように、Fから「正大師」に認定 されたGを頂点とした支配体制を構築しており、現在に至るまで、Fが創設した位階制度を前提とする組織構造を一貫して継承している。 さらに、オウム真理教は、その構成員を、集団居住させた上で一般社会から隔離し、わずかな生活費を支給するのみで経済的基盤の全てを喪失させて、修行及び教団の活動に従事させる出家制度を採用していたと ころ、原告も、オウム真理教に続くアレフ時代からの出家した構成員を、原告が指定する施設に集団居住させて閉鎖的なコミュニティーを形成した上で、少ない生活費を支給するのみで経済的基盤を制限して、修行及び原告の活動に従事させるなどしており、オウム真理教時代と同様の出家制度を維持していることは明らかである。 ウ原告の修行体系オウム真理教は、その修行体系について、「教学」、「功徳」、「行法・瞑想修行」、「イニシエーション」といった「四つの柱」を実践するものとしていたところ、原告も、その修行体系について、「教学」、「功徳」、「行法」、「聖地」を「四つの柱」と位置付けており、修行体系の内容等に同一性・ 共通性が認められることからすれば、原告は、Fが創設した修行体系の基礎的・ 修行体系について、「教学」、「功徳」、「行法」、「聖地」を「四つの柱」と位置付けており、修行体系の内容等に同一性・ 共通性が認められることからすれば、原告は、Fが創設した修行体系の基礎的・本質的部分を維持していると認められる。 エ原告の構成員の言動等原告の構成員の言動等に照らせば、原告においては、F及びオウム真理教の教義に帰依することが説かれており、これを構成員が受容し、帰依を 示していること、タントラ・ヴァジラヤーナを含むオウム真理教の教義の 根幹部分が維持されていること、組織の維持という当初の設立目的に沿った活動を継続していることは明らかである。 オ小括以上によれば、原告は、Fに帰依し、Fの説いたオウム真理教の教義に従う者によって、観察処分を免れ、Fの意思を実現することを目的として 組織されたものであるところ、その後も、その目的や組織構造等に変化がないことからすれば、本件更新決定時においても、「EことFを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現する」との「特定の共同目的」を有し、従前と同様の活動をしているものと認められる。 すなわち、原告は、第6回更新決定後はもとより、平成30年7月のF 死亡後も、表面上はFやオウム真理教との関係を否定しつつも、①タントラ・ヴァジラヤーナを含むオウム真理教の教義の根幹部分を維持し、実質的にはF及びFの説いたオウム真理教の教義に絶対的に帰依することを説いていること、②Fが創設した位階制度や出家制度を前提とする組織構造や修行体系の基礎的・本質的部分を維持していること、③サリン事件当時、 Fに次ぐ位階である「正大師」の地位にあったGを代表役員とし、かつ、構成員の約5割がサリン事件当時からの構成員により占められているこ の基礎的・本質的部分を維持していること、③サリン事件当時、 Fに次ぐ位階である「正大師」の地位にあったGを代表役員とし、かつ、構成員の約5割がサリン事件当時からの構成員により占められていることなどが認められる。 そうすると、原告は、依然として、本件観察処分の対象とされた本団体と基本的性質を同じくし、本団体との同一性が認められることはもとより、 団体規制法4条2項に規定する「特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体」にも該当するため、本団体に包摂される団体規制法上の「団体」と認められる。 (原告の主張)⑴ 団体の同一性に係る考え方 団体規制法は、1条から3条までにおいて、団体規制法の解釈適用が憲法 違反に陥らないよう厳しく戒めており、これを安易に解釈適用することは許されない。 そして、本団体における「特定の共同目的」は「オウム真理教の教義を広め、これを実現すること」とされているところ、「オウム真理教の教義」とは、大要、①Fへの絶対的帰依を培い、②殺人をも肯定するタントラ・ヴァジラ ヤーナを最上位に位置付け、③Fを王とする祭政一致の専制国家を構築するという政治上の主義と密接不可分に結び付いたものであるから、「オウム真理教の教義を広め、これを実現すること」を目的としているか否かは、原告の思想・教義の中に上記のような特質が含まれているか否かという観点から厳格に判断されなければならない。原告の思想・教義において、オウム真理教 でも実践していたごく一般的な仏教やヨーガ等の教義・修行等と少しでも類似した点があることをもって、原告が「オウム真理教の教義」を有していると判断し、団体としての同一性を認めることは、原告の思想良心の自由や信教の自由等を侵害し、 教やヨーガ等の教義・修行等と少しでも類似した点があることをもって、原告が「オウム真理教の教義」を有していると判断し、団体としての同一性を認めることは、原告の思想良心の自由や信教の自由等を侵害し、憲法等に違反するものとして許されない。 ⑵ 原告のいわゆる「脱E」又は「反E」に向けた改革ないし取組等 ア Gらは、平成19年3月にアレフを正式に脱会し、オウム真理教におけるグルイズム(Fへの絶対的帰依)やヴァジラヤーナ教義・活動などに対する緻密な反省等を行い、その内容を原告のホームページで発表し、専従会員(原告が指定する施設に居住し、原告の指示に従いその活動に従事する者をいう。以下同じ。)全体で、Fないしその教義を乗り越えるエッセン スを記した団体の基本理念や会則を採択するなどした。また、Gらは、平成20年から、オウム真理教の時代を時系列で詳細に分析し、Fやオウム真理教の教義への信仰に関する具体的かつ詳細な反省を記載した総括文書や心理学的な知見等に基づいてFが人格障害者であった旨を結論付けた総括文書を作成したほか、専従会員及び非専従会員(一般の社会生活を営み ながら、原告の施設に通うなどしてそのサービスを受ける者をいう。以下 同じ。)個人が自身のオウム真理教時代を振り返っての反省をしたり、オウム真理教の教義の否定や新たな教義の提唱に係る多様な取組を実施したりしている。 原告においては、上記のほかにも脱Eに向けた改革を実施してきており、具体的には、①オウム真理教において採用されていた出家制度を廃止した 上で専従会員制度を導入し、専従会員の個人資産の保有も相当に認め、親族を含めた外部の者との交流を促進していること、②専門家の指導の下で自己反省法である「内観」を実践することにより、「親との断絶」というオ 従会員制度を導入し、専従会員の個人資産の保有も相当に認め、親族を含めた外部の者との交流を促進していること、②専門家の指導の下で自己反省法である「内観」を実践することにより、「親との断絶」というオウム真理教の問題点を解消し、専従会員と親との交流に向けた支援を実施していること、③外部監査委員会を設置して外部識者の監査や指導を受け るほか、一般人や社会との交流も図っていること、④平成25年12月、基本理念を改正して、哲学教室への転換を決定した上で、祭壇の廃止、供養等の儀礼の廃止、大黒天関係の法具の破棄、三仏の廃止、聖音水の廃止、密教修行等の廃止及び従来の教本等の破棄又は大幅な改訂等を行ったことが挙げられる。 このように、原告においては、Fやオウム真理教の教義からの本質的な脱却が図られてきたものである。 イまた、原告は、その設立から現在に至るまで、Fに反対する取組を実施している。すなわち、Gを始めとする原告の指導員は、原告の設立以来、自らのオウム真理教等の時代の反省内容等を公表し、原告における教室内 での活動、講演活動、出版その他のメディアなどを通じて、F、オウム真理教及びアレフを徹底的に批判する活動を広く行ってきたほか、原告は、アレフ信者の脱会支援及び入会の未然防止のための活動を行い、さらには、オウム真理教犯罪被害者支援機構がアレフを相手方として申し立てた、同機構が有するオウム真理教の著作物に係る著作権の侵害をしないよう求め た調停事件に関して、同機構に対して、必要な証拠資料を提供するなどの 協力もしており、原告は、各種の手段を講じて、オウム真理教の教義の流布を妨害してきたものである。 ウ以上のような原告における改革ないし取組等は、Fの指示や許可を逸脱し、あるいは、Fの教義に反する しており、原告は、各種の手段を講じて、オウム真理教の教義の流布を妨害してきたものである。 ウ以上のような原告における改革ないし取組等は、Fの指示や許可を逸脱し、あるいは、Fの教義に反するもので、その違反は当該教義の下では大悪業になることなども踏まえると、原告が、E隠しを行い、あるいは、オ ウム真理教の教義の根幹部分を維持しているなどということはできない(なお、原告に設置された外部監査委員会は、令和2年12月16日に、「団体規制法第5条規定の観察処分の適用要件に該当する事実は何ら認められなかった。」などとする監査結果を示している。)。 ⑶ Fの死刑執行による「政治上の主義」の消滅等 前記⑵の原告の改革ないし取組等に照らせば、そもそも、原告は、「オウム真理教の教義を広め、これを実現する」などという共同目的は有していないというべきであるが、平成30年7月6日にはFの死刑が執行されたことにより、「Fが独裁者として統治する祭政一致の専制国家を樹立する」という政治上の主義は実現不可能なものとなっており、当該政治上の主義を枢要な一 部として内包するオウム真理教の教義なるものも存在し得ない状態となっている。そして、本団体はオウム真理教の教義をその要素とするところ、上記のとおり、オウム真理教の教義自体が存在し得ない以上、原告が本団体に含まれることもないというべきである。 ⑷ Fへの帰依あるいはE隠しに係る被告の主張について 被告は、原告又はGが、Fに帰依し、あるいは、E隠しを行っているなどと主張するが、以下のとおり、被告が主張する事情は、原告又はGがFに帰依していることなどを示すものではない。 ア被告は、Fの獄中におけるメッセージをもって、原告が、同メッセージの精神に基づいて設立されて活動してき り、被告が主張する事情は、原告又はGがFに帰依していることなどを示すものではない。 ア被告は、Fの獄中におけるメッセージをもって、原告が、同メッセージの精神に基づいて設立されて活動してきたかのように主張するが、同メッ セージは、全て破防法の適用を前提としたものである。同メッセージを、 Fへの絶対的帰依、すなわち、Fの指示ないし言葉のとおりに実践するならば、破防法の適用がなくなった状況下において、破防法が適用されることを前提とした同メッセージの内容を実践することは許されず、同メッセージが原告又はGによるE隠しを裏付けるものであるということはできない。 イ被告は、Gが勾留中又は服役中に作成したノートの記載あるいは原告の設立前のGの説法の内容をもって、原告又はGがE隠しを行っている旨を主張するが、同ノートには、Fへの絶対的帰依を否定する内容も含まれているほか、Gが行った説法において、Fへの帰依を表明するような内容があったとしても、Gとしては、Fを徐々に相対化しつつ、アレフが現実的・ 合法的な活動を行う団体となるよう導くために、Fの発言を利用していたにすぎず、同ノートの記載あるいはGの説法は、原告又はGが、Fに帰依していることを示すものではなく、また、E隠しを行っていることを示すものでもない。 ウ被告は、原告の設立後のGの説法等をもって、原告又はGがFの説いた タントラ・ヴァジラヤーナ等のオウム真理教の教義の根幹部分を維持しているなどと主張するが、原告又はGは、オウム真理教におけるFへの絶対的帰依に基づいたマハームドラーの教えの間違った解釈とその危険性を公然と指摘しているほか、Gが説いている内容は、一般的な意味での苦しみ・逆境が悟りに役立つという仏教の普遍的な思想等であり、上記 絶対的帰依に基づいたマハームドラーの教えの間違った解釈とその危険性を公然と指摘しているほか、Gが説いている内容は、一般的な意味での苦しみ・逆境が悟りに役立つという仏教の普遍的な思想等であり、上記の説法等の 内容をもって、原告においてオウム真理教の教義の根幹部分が維持されているなどということはできない。 エ被告は、原告又はGが、ミシャグチ神、大黒天又は三仏等をFと同一視するなどし、それらを崇拝の対象としていたなどと主張するが、原告又はGのミシャグチ神や大黒天等に対する解釈はFの解釈とは異なるものであ って、Fの教義を変更するものであるし、原告は、その設立当初から大黒 天などをFと結び付けることから脱却していたほか(原告の構成員も両者を同一視していない。)、特定の神仏を崇拝の対象とすることはせず、平成26年には哲学教室への転換や祭壇の廃止を実施していることなどに照らせば、Gがミシャグチ神等に言及するようなことがあったとしても、それをもって原告又はGがE隠しを行っているということはできない。 オ被告は、原告の修行体系の「教学」、「功徳」、「行法」、「聖地」のいわゆる「四つの柱」は、オウム真理教の「教学」、「功徳」、「行法・瞑想修行」、「イニシエーション」と一致しているなどと主張するが、前記⑴のオウム真理教の教義の特質とは関係がないものであるほか、これらの修行体系は、ヨーガや密教の宗派であれば、あらゆる団体が行っているものにすぎない。 ⑸ 小括以上によれば、原告は本団体に含まれないというべきである。 2 団体規制法5条1項各号該当性⑴ 団体規制法5条1項1号該当性(被告の主張) ア Fが「首謀者」に該当すること団体規制法5条1項 いというべきである。 2 団体規制法5条1項各号該当性⑴ 団体規制法5条1項1号該当性(被告の主張) ア Fが「首謀者」に該当すること団体規制法5条1項1号の「首謀者」とは、内乱罪における「首謀者」(刑法77条1項1号)の意義と同様に、無差別大量殺人行為そのものの計画、遂行について、組織集団での最高の主導的役割を担う者のことをいうところ、サリン事件は、いずれもFが独裁者として統治する祭政一致の 専制国家を樹立するという政治上の主義を実現するために、Fが各犯行を実行することを決定し、オウム真理教の構成員に指示するなどしたものであり、Fがサリン事件の「首謀者」であることは明らかである。 イ Fが「影響力を有している」こと 団体規制法5条1項1号に規定する「影響力を有している」とは、特 定の者の言動が、団体の活動の方向性を左右する力、あるいは内容に変 化を生じさせる力を有していることをいうと解される。そして、上記言動には、現時点における直接的な言動のみならず、過去における言動であって、現時点において本人によって否定されていないものも含まれると解され、本人が現在も生存している必要はないと解される。 原告は、Fに帰依し、Fの説いたオウム真理教の教義に従う者によっ て、観察処分を免れ、Fの意思を実現することを目的として組織されたものであるところ、第6回更新決定後はもとより、平成30年7月のFの死亡後も、その基本的性質に変化はなく、①タントラ・ヴァジラヤーナを含むオウム真理教の教義の根幹部分を維持し、実質的にはF及びオウム真理教の教義に絶対的に帰依することを説いていること、②Fが創 設した修行体系の基礎的・本質的部分を維持した修行を構成員に ナを含むオウム真理教の教義の根幹部分を維持し、実質的にはF及びオウム真理教の教義に絶対的に帰依することを説いていること、②Fが創 設した修行体系の基礎的・本質的部分を維持した修行を構成員に行わせるとともに、Fやシヴァ神に関連する場所を訪問する「聖地巡り」等を通じ、Fやシヴァ神への信仰を継続していること、③Fの説法等が収録された教本等を依然として保有し続けていること、④構成員の言動にもFへの深い帰依を示すものが随所に見受けられることなどが認められる。 そうすると、原告は、Fが死亡した後の本件更新決定時においてもなお、サリン事件の首謀者であるFの過去の言動及びFの説いたオウム真理教の教義が、その存立、運営の基盤をなしており、Fが、その活動に絶対的ともいえる影響力を有していると認められる。 ウ小括 したがって、原告は、団体規制法5条1項1号に該当する。 (原告の主張)否認ないし争う。なお、団体規制法5条1項各号の要件を満たすか否かについては、無差別大量殺人行為に関する危険な要素を現在も保持しているかという観点から判断されるべきであるところ、後記⑷(原告の主張)のとお り、原告については外国テロ組織への指定が解除されているほか、前記1の (原告の主張)に記載の点も踏まえれば、原告は、団体規制法5条1項1号に該当しない。 ⑵ 団体規制法5条1項3号該当性(被告の主張)Gは、サリン事件当時、オウム真理教の役員であったところ、第6回更新 決定後も本件更新決定に至るまで、原告の代表役員として、その意思決定に関与し、かつ、事務に従事していたものである。 したがって、原告は、団体規制法5条1項3号に該当する。 (原告の 決定後も本件更新決定に至るまで、原告の代表役員として、その意思決定に関与し、かつ、事務に従事していたものである。 したがって、原告は、団体規制法5条1項3号に該当する。 (原告の主張)否認ないし争う。なお、原告に係る外国テロ組織への指定の解除のほか、 前記1の(原告の主張)に記載の点も踏まえれば、原告は、団体規制法5条1項3号に該当しない。 ⑶ 団体規制法5条1項4号該当性(被告の主張)ア団体規制法5条1項4号に規定する「綱領」とは、団体の立場・目的・ 計画・方針又は運動の順序・規範等をいい、これに該当するためには、団体の方針等となるべき事項が構成員に明確に示され、かつ、構成員も当該事項を是認し、それに従う意思を有していることが必要と解される。 イオウム真理教の教義は、衆生救済に至る最速の道であるタントラ・ヴァジラヤーナの実践をすることを最も重視するものであって、その教義は殺 人を暗示的に勧める内容を含んでいること、また、オウム真理教は、その教義に沿った理想郷の建設を目的とする「日本シャンバラ化計画」を推進していたが、最終的にはFを独裁者とする祭政一致の専制国家体制を樹立するという政治上の主義を有するに至り、その政治上の主義が教義の枢要な一部として内包されるに至ったこと、そして、この政治上の主義を推進 する目的で、団体の活動としてサリン事件が敢行されたことは明らかであ る。 また、上記教義が、サリン事件以降、第6回更新決定に至るまでに、破棄ないし変更されたとは認められず、第6回更新決定後、Fは死亡したが、原告において、本件更新決定に至るまで、殺人を暗示的に勧める危険な教義が破棄ないし変更されたと認められる事実はない。 破棄ないし変更されたとは認められず、第6回更新決定後、Fは死亡したが、原告において、本件更新決定に至るまで、殺人を暗示的に勧める危険な教義が破棄ないし変更されたと認められる事実はない。 すなわち、原告においては、中心的に活動するGらが、その設立目的等について、タントラ・ヴァジラヤーナに関するFの言動等を引用するなどしていたところ、第6回更新決定後はもとより、Fの死亡後も、①実質的にはF及びオウム真理教の教義に絶対的に帰依することを説いていること、②タントラ・ヴァジラヤーナを含むオウム真理教の教義の根幹部分を維持 した指導を構成員に行っていること、③「日本シャンバラ化計画」の具体的内容として掲げられた「ロータス・ヴィレッジ構想」とほぼ同様の構想を保持していること、④構成員の言動としても、タントラ・ヴァジラヤーナやその実践としての殺人を肯定するものやFへの深い帰依を示すものが随所に見受けられることなどが認められる。 以上によれば、原告においては、危険な内容を含む教義が構成員に周知徹底されており、構成員においても、このような教義全体を正しいものとして受け入れ、それに従う意思を有しているものと認められ、原告は、本件更新決定時も、殺人を暗示的に勧める「綱領」を保持していると認められる。 ウしたがって、原告は、団体規制法5条1項4号に該当する。 (原告の主張)否認ないし争う。なお、原告に係る外国テロ組織への指定の解除のほか、前記1の(原告の主張)に記載の点も踏まえれば、原告は、団体規制法5条1項4号に該当しない。 ⑷ 団体規制法5条1項5号該当性 (被告の主張)ア原告については、Fが死亡した後の本件更新決定時においても、サリ 、団体規制法5条1項4号に該当しない。 ⑷ 団体規制法5条1項5号該当性 (被告の主張)ア原告については、Fが死亡した後の本件更新決定時においても、サリン事件の首謀者であるFが、その活動に絶対的ともいえる影響力を有し、構成員がFを絶対的帰依の対象としていることに加え、第6回更新決定後はもとより、Fの死亡後も、①実質的にはF及びオウム真理教の教義に絶対 的に帰依することを説き、Fが創設した修行体系の基礎的・本質的部分を維持しているにもかかわらず、観察処分を免れるため、Fやオウム真理教との関係を否定し、E隠しを継続していること、②Fが創設した位階制度や出家制度を前提とする組織構造を維持し、代表者であるGが絶対的権限を有する上命下服の一般社会と隔絶した独自の閉鎖社会を構築しているこ と、③サリン事件当時、Fに次ぐ位階である「正大師」の地位にあり、武装化の過程で、Fに絶対的に服従する側近として炭そ菌の散布等で重要な役割を果たしたGが、代表役員として活動しており、かつ、構成員の約5割がサリン事件当時からの構成員であること、④単に新たな構成員を獲得するだけでなく、「脱会支援」と称してアレフからの脱会を希望する者の取 り込みを図ろうとしていることなどが認められる。 以上によれば、原告については、団体規制法5条1項1号ないし4号に掲げる事項以外にも、無差別大量殺人行為に及ぶ危険性があると認めるに足りる事実があるといえる。 したがって、原告は、団体規制法5条1項5号に該当する。 イなお、原告は、アメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)国務省が、移民国籍法219条に基づくオウム真理教の外国テロ組織への指定(以下「FTO指定」という。)を、2022年(令和4年)5月20 イなお、原告は、アメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)国務省が、移民国籍法219条に基づくオウム真理教の外国テロ組織への指定(以下「FTO指定」という。)を、2022年(令和4年)5月20日に解除したこと(以下「本件FTO指定解除」という。)を根拠として、原告の団体規制法5条1項5号該当性を否定する。 しかし、FTO指定の制度と団体規制法に基づく観察処分とは、その趣 旨及び要件が異なっており、FTO指定においては、アメリカ国民の安全又はアメリカの国家安全保障を脅かすことが要件の一部となっていることからすれば、本件FTO指定解除をもって、本件更新決定の要件の充足性が否定されるものではない。 (原告の主張) ア FTO指定の要件は、「(A)外国の組織であって、(B)その組織が、移民国籍法第212条⑶(B)において定義されるテロリスト活動若しくは1988年から1989年の会計年度における外交権限法第140条⒟⑵(合衆国法典第22編2656f条⒟⑵)において定義されるテロリズムに従事していること、又はテロリスト活動若しくはテロリズムに従事する能力及 び意図を保持していること、かつ、(C)その組織のテロリスト活動若しくはテロリズムが合衆国国民の安全又は合衆国の国家安全保障を脅かすものであること」とされているが、本件FTO指定解除は、上記のうちの少なくとも「(B)」の要件を充足しないことを理由とするものである。 そして、日本国内にも多数のアメリカ人やアメリカ関連施設が存在して いることも踏まえれば、本件FTO指定解除は、オウム真理教が、アメリカはもとより日本国内においても、無差別大量殺人行為を行う危険性がないことを認めるものである。 イ以上に加え、前記1の(原告の主張) 踏まえれば、本件FTO指定解除は、オウム真理教が、アメリカはもとより日本国内においても、無差別大量殺人行為を行う危険性がないことを認めるものである。 イ以上に加え、前記1の(原告の主張)に記載の点も踏まえれば、原告は、団体規制法5条1項5号に該当しない。 3 団体規制法5条4項の必要性の有無(被告の主張)原告については、本件更新決定時においても、一般社会と隔絶した独自の閉鎖社会を構築していることなどに加え、第6回更新決定後はもとより、Fの死亡後も、①公安調査官の立入検査の際に、公安調査官の質問に対して回答しな いなど、組織として円滑な検査の遂行を妨げかねない非協力的な姿勢を示し、 さらには、検査対象物を隠匿し、検査忌避の事実により構成員が逮捕されるに至ったこと、②従前に引き続き、構成員や資産の一部を報告書に記載しないなど報告義務の懈怠を繰り返していることなどが認められる。これらの事実によれば、原告は、その活動実態を積極的につまびらかにしようとせず、依然として、その体質は閉鎖的で透明性に欠けるというほかない上、欺まん的な組織体 質も認められ、その活動状況を把握することが困難な実情にある。 また、原告の閉鎖的・欺まん的な組織体質に起因して、依然として全国各地で地域住民が恐怖感、不安感を抱き、その結果、国に対して本件観察処分の期間の更新を要請するなどしている。 以上に鑑みれば、引き続き原告の活動状況を継続して明らかにする必要があ ると認められ、原告は、団体規制法5条4項の必要性の要件を充足する。 (原告の主張)否認ないし争う。なお、原告については、前記2⑷のとおり、本件FTO指定解除がされているほか、前記1(原告の主張)に記載の点も踏まえれば、原告は 要性の要件を充足する。 (原告の主張)否認ないし争う。なお、原告については、前記2⑷のとおり、本件FTO指定解除がされているほか、前記1(原告の主張)に記載の点も踏まえれば、原告は、団体規制法5条4項の必要性の要件を充足しない。 第4 当裁判所の判断 1 認定事実⑴ オウム真理教についてアオウム真理教の組織構造等 オウム真理教は、平成6年7月頃には、その構成員の地位につき、F の位階である「尊師」を頂点として、修行の進度に応じて、Fから、「正大師」、「正悟師長」、「正悟師長補」、「正悟師」、「師長」、「師長補」、「師」、「師補」、「サマナ長」、「サマナ」、「サマナ見習い」の順に位階が与えられるという位階制度を採用しており、「霊的ステージ」の昇格を伴うとされる「成就」の有無で「師」とそれより下位の位階を区分し、「クンダリ ニー・ヨーガ」を成就すると「師」に、師が「マハームドラー」又は「ジ ュニアーナ・ヨーガ」を成就すると「正悟師」に、正悟師が「大乗のヨーガ」を成就すると「正大師」にそれぞれなるものとされていた。オウム真理教は、この位階制度によって、位階の高い者が位階の低い者を支配・管理するという上命下服の組織構造を有していた。 地下鉄サリン事件当時、尊師に次ぐ正大師の位階にあった者は、G、 Fの妻であるK、Fの三女であるL、M及びNの5名のみであったところ、Gは、宗教法人としてのオウム真理教の設立当時から責任役員となっていたほか、Fから「マイトレーヤ」というホーリーネームを与えられていた。「マイトレーヤ」は弥勒菩薩の別名であるが、Fが自らを「マイトレーヤの化身」と位置付けており、「マイトレーヤ」というホーリー ネームが弟子に与えられることには、特別な意味が を与えられていた。「マイトレーヤ」は弥勒菩薩の別名であるが、Fが自らを「マイトレーヤの化身」と位置付けており、「マイトレーヤ」というホーリー ネームが弟子に与えられることには、特別な意味があった。 (乙B2の1、5~7、乙B3の16、乙B4の1、3、5、乙C11、15、弁論の全趣旨) また、オウム真理教は、開設した施設に構成員を集団で居住させるなどして、修行に専念させるという出家制度を採用した上で、構成員に対 して出家することを奨励していた。オウム真理教においては、かかる出家制度によって、一般社会から隔絶された閉鎖的なコミュニティーが形成されていた。(乙B3の2、20、乙B7の2、弁論の全趣旨)イオウム真理教の教義オウム真理教の教義は、原始密教、チベット密教、小乗仏教、大乗仏教 及び秘密金剛乗等の教義を混交したFの説く教えを取りまとめたものであり、その要旨は、主神をシヴァ神として崇拝し、創始者であるFの説く教えを根本とし、全ての生き物を輪廻の苦しみから救済して、絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜の世界(マハー・ニルヴァーナ、涅槃の境地)に導くことを最終目的として、シヴァ神の化身であるFに対する絶対的な浄信と帰 依を培った上、自己の解脱・悟りに到達する道である小乗(ヒナヤーナ) を修めるとともに、衆生の救済を主眼とする道である大乗(マハーヤーナ)及び衆生救済に至る最速の道である秘密金剛乗(タントラ・ヴァジラヤーナ)の各修行を実践するというものである。 Fは、その中でも、タントラ・ヴァジラヤーナを最も重視していたところ、Fの説くタントラ・ヴァジラヤーナは、「苦の詞章」と称される「自己 の苦しみを喜びとし、他の苦しみを自己の苦しみとする」という考え方を根本にしつ ントラ・ヴァジラヤーナを最も重視していたところ、Fの説くタントラ・ヴァジラヤーナは、「苦の詞章」と称される「自己 の苦しみを喜びとし、他の苦しみを自己の苦しみとする」という考え方を根本にしつつ、たとえ自己は悪業を積むことになっても、他に対して善業となるならば、それを最高の課題として実践する点に特色がある。そして、Fは、タントラ・ヴァジラヤーナの実践に関する具体的指針として「アクショーブヤの法則」(悪業を積んでいる魂は早く命を絶つべきであるとする もの)や「アモーガシッディの法則」(結果のためには手段を選ばないとするもの)など「五仏の法則」の重要性を強調し、タントラ・ヴァジラヤーナを実践すれば必ず最終解脱ができる旨を説くとともに、「グルがやれといったこと全てをやることができる状態、例えば、それは殺人も含めてだ、これも功徳に変わるんだよ。」、「例えば、グルがそれを殺せと言うときは、 例えば、相手はもう死ぬ時期に来ている。そして、弟子に殺させることによって、その相手をポアさせる。一番いい時期に殺させるわけだね。」、「わたしたちは、(中略)すべての魂を救済したいと考える。」、「しかし、時がない場合、それをセレクトし、そして必要のない魂を殺してしまうこともやむなしと考える智慧ある者、あるいは徳のある魂がいたとしてもそれは おかしくはない。」などと説き、グル(Fを指す。)の指示があれば殺人を行うことも正当化され、死者の魂は「ポア」あるいは「ポワ」されて高次の精神世界に転生するなどとしていた。 また、Fは、タントラ・ヴァジラヤーナに関する修行方法として、Fが弟子の一人一人の煩悩の特質を見抜いて特別な課題・試練を与え、それを 弟子に取り組ませることによって、自己の意思を捨てさせ、Fと全く同じ も ァジラヤーナに関する修行方法として、Fが弟子の一人一人の煩悩の特質を見抜いて特別な課題・試練を与え、それを 弟子に取り組ませることによって、自己の意思を捨てさせ、Fと全く同じ ものの考え方や見方をさせる「マハームドラーの修行」が重要であることを強調した。 以上のとおり、オウム真理教は、教祖であるFを「尊師」又は「グル」と尊称してFに絶対的に帰依し、かつ、最終目的である衆生救済を実現するためには、「苦の詞章」をその根本とするタントラ・ヴァジラヤーナの実 践が不可欠であるとし、その具体的指針として、結果のためには手段を選ばず、殺人を行うことも肯定されるとする「五仏の法則」を説いた上で、「マハームドラーの修行」の一環として、殺人の実行も正当化されるという反社会的かつ危険な教義を有していた。(乙B3の84、乙B5の1、4~19、乙C2、3、弁論の全趣旨) ウサリン事件等オウム真理教は、最終目的である衆生救済を実現するため、Fの唱える理想郷(シャンバラ)を建設する必要があるとして、「日本シャンバラ化計画」を推進したが、Fは、同計画を推進するためには、政治力を獲得する必要があると強調するようになり、オウム真理教は、Fを独裁者とする祭 政一致の専制国家体制を樹立するという政治上の主義を有するに至った。 他方、オウム真理教は、平成2年頃から、全国各地でオウム真理教の進出に対する反対運動が活発化したことなどを受け、社会に対する反発を強めるなどし、上記政治上の主義を実現するためには、武力により現行の国家体制を破壊する必要があり、また、オウム真理教の活動に反対する勢力 を殺害するほかないと考えるに至り、武装化を推進するようになった。そして、オウム真理教の構成員は、平成6年6月の松本サリン事件及 制を破壊する必要があり、また、オウム真理教の活動に反対する勢力 を殺害するほかないと考えるに至り、武装化を推進するようになった。そして、オウム真理教の構成員は、平成6年6月の松本サリン事件及び平成7年3月の地下鉄サリン事件を含む各種の犯罪行為を組織的に実行した。 (甲13、乙B2の1)⑵ サリン事件から原告の設立に至るまでの経緯 ア本件観察処分に至る前までの概況 オウム真理教の活動状況等aFは、サリン事件が実行された後の平成7年5月に逮捕された(以後、Fは、平成30年7月の死刑執行まで身柄を拘束されていた。)。 なお、Gは、平成5年9月から平成7年3月までオウム真理教のロシア支部長を務めており、サリン事件に関与しておらず、同年5月に 「オウム真理教緊急対策本部」の本部長に就任したが、同年10月7日、オウム真理教の土地売買をめぐる国土利用計画法違反に係る偽証の被疑事実により逮捕され、平成9年3月24日、偽証及び有印私文書偽造・同行使の罪により懲役3年の有罪判決を受けて、平成11年12月29日まで服役した。(乙B4の1、乙C11、弁論の全趣旨) b オウム真理教については、平成7年12月19日、宗教法人法に基づく解散命令が確定し、その清算手続中の平成8年3月28日、破産宣告がされた。また、公安調査庁長官は、同年7月11日、公安審に対し、オウム真理教について破防法7条に基づく解散指定処分の請求をした。(乙B2の1、乙C10) c オウム真理教は、破防法7条に基づく解散指定処分による団体の存亡に危機感を抱き、正悟師以上の位階にあった者による合議制の意思決定機関である「長老部」を設けるなどの組織改編をする一方、正悟師ら幹部構成員は、Fへの帰 破防法7条に基づく解散指定処分による団体の存亡に危機感を抱き、正悟師以上の位階にあった者による合議制の意思決定機関である「長老部」を設けるなどの組織改編をする一方、正悟師ら幹部構成員は、Fへの帰依を深めるよう説法するなどし、平成9年1月31日付けで解散指定処分の請求が棄却されると、パソコンシ ョップ等による事業収益を拡大させ、支部・道場を再建・新設するほか、脱会した構成員の復帰や新規の構成員の獲得等に向けた活動を推進していった。 オウム真理教の構成員は、平成8年11月時点で約1000名(出家した構成員約500名、在家の構成員約500名)まで減少してい たが、上記活動等により、平成11年12月の団体規制法制定当時に は、約1500名(出家した構成員約500名、在家の構成員約1000名)に増加した。 オウム真理教は、従前から刊行していた「特別教学システム教本」のほか、破防法7条に基づく解散指定処分がされた場合に備え、団体の結束を維持し、Fの説く教えを集大成することを意図して、平成7 年11月頃から平成8年1月頃にかけて、Fの説法集等を取りまとめた「尊師ファイナルスピーチ」と題する書籍全4巻を刊行し、平成9年4月以降、構成員にそれらの閲読を義務付けていた。 (弁論の全趣旨) Fの言動等aFは、平成7年11月頃、自己の刑事事件の弁護人を介して、オウ ム真理教が破防法7条に基づく解散指定処分を受けた場合の新団体の名称を「アレフ」(ユダヤ文字でアルファを意味する。)とすることを指示した(乙B3の27)。 bFは、破防法7条に基づく解散指定処分の請求の手続(平成8年5月の弁明期日)において、自らはオウム真理教の代表を退き、また、 その教義 とすることを指示した(乙B3の27)。 bFは、破防法7条に基づく解散指定処分の請求の手続(平成8年5月の弁明期日)において、自らはオウム真理教の代表を退き、また、 その教義や修行体系に関しても、タントラ・ヴァジラヤーナについて、自らの説明がオウム真理教の構成員に対して誤解を招くとすれば、これを封印しなければならないと考えている旨を述べた。 他方で、Fは、接見した弁護士を通じて、Gら幹部構成員に対し、①「ヴァジラヤーナ教学システムは、わたしの数百ある説法から作っ ている。元々、五百いくつの説法がある。今は、日本人の常識から見て危険なものは、すべて外した方がいい。公安調査官のようなシビアな目で厳重に見た方がいい。本質的な部分であっても外していい。根本の道から枝が出ているので、何本かの枝が切り落とされても、全く問題ない。」、②「わたしの指示で動くか動かないかが決まるというこ とだろうが、そのためにわたしは2歳と3歳の子供を教祖にした。教 祖が2歳と3歳の子供だから純粋な信仰団体でしかないということになる。」、③「破防法に対しては、二つのグループに分かれ、第1のグループは6人が一組になって、(中略)この6人が一つのファミリーとなり、教団の拡大活動は一切しない。」、「第2のグループは、法的に徹底的に破防法と戦い抜く。ただし、第1のグループは第2のグループ の敗北が予想されるので、敗北した場合に吸収ができるように準備しておく。」、④「ノストラダムスに99年真理の弟子達が集まるとありますから、破防法の適用はこの年までなのではないでしょうか。したがって、3年しのげるような体制作りをしっかり行うべきです。教団をアレフとオウム真理教のアーと二つに分けるかどうかについては、 正大師や妻達と十分に 用はこの年までなのではないでしょうか。したがって、3年しのげるような体制作りをしっかり行うべきです。教団をアレフとオウム真理教のアーと二つに分けるかどうかについては、 正大師や妻達と十分に話し合ってください。」、⑤「小さな寺を作るよう言っていたのに、どうして作らなかったのか。」などのメッセージ(以下「F獄中メッセージ」という。)を発信した。(乙C35~37) Gの言動等Gが前記aの偽証等の事件に係る勾留中又は服役中に作成したノー トには、「E尊師を尊重しつつ、しかし、(中略)絶対化、唯一化しないで、真理の総合的探究を目指すことも時と共に必要になってくるだろう。」、「グル=予言絶対主義から脱却予言を待つより、自分達で布教すべきである。→オウムは進化すべきではないか。」、「ボサツ集団を思念せよ。 2000オウムはアレフからボサツへ進化。」、「解散指定が入るか否か、 (中略)調査して、ええかげんな理由で解散請求をする可能性がある。 破防法を改正しても、一時不再審にひっかかるから、別の法律を作ったようだ。とするならば、第一に、Vヤーナ(タントラ・ヴァジラヤーナを指す。)的教義に関する全情報をシャットアウトすべし」、「組織を守るためには、Vヤーナ関係の書籍は廃すしかない。」、「尊師を支持すべき理 由 ①自分の判断に及ばぬ ②帰依し、常に向上している ③ 尊師は、 ブッタの化身である ④尊師は復活する可能性がある」、「Vヤーナの弟子は「理解できなくても」グルについていく。尊師自身がシャンバラの神々の世界からの魂(中略)である。尊師の前生・ラストラル体験がシヴァ大神、全ての真理勝者と私たちのつながりを証明している。」、「救済はグル・神々の意思であり、帰依の実践すること。」などと記載 ラの神々の世界からの魂(中略)である。尊師の前生・ラストラル体験がシヴァ大神、全ての真理勝者と私たちのつながりを証明している。」、「救済はグル・神々の意思であり、帰依の実践すること。」などと記載されてい る(乙B3の95)。 イ本件観察処分から第1回更新決定までの概況 本件観察処分公安審は、平成12年1月28日付けで、本団体に対する本件観察処分をした(乙A7)。 アレフの活動状況等a アレフは、平成12年2月4日に発足したが、その発足後、組織改革案や新たな活動規定等を作成した。これらによれば、アレフにおいては、①教祖を置かないこと、②Fは、「開祖」であり、「観想の対象・霊的存在」であって、構成員に指示する存在とはしないこと、③オウ ム真理教の教義のうち、危険とされる教義を破棄し、インドヨーガ、原始仏教、大乗仏教の教えに限定した経典を作成すること、④これらを構成員に周知徹底させることなどとされ、Fの絶対者性や危険な教義を否定するものとされた。(乙C42~45、弁論の全趣旨)b また、Gがアレフの代表者に就任した後の平成14年2月17日に 施行された活動規定においては、アレフにおける根本的な崇拝対象は、「シヴァ大神をはじめとする諸々の真理勝者(如来)」であるとした上で、Fを「旧団体代表」と呼称し、「尊師」は「仏教・ヨーガにおける一般名詞」であり、「グル」は「シヴァ大神、真理勝者(如来)、覚者(ブッダ)、経典の正しい解釈者を一般的に意味する言葉」であるとさ れた。(乙C45) Gの言動等平成14年1月30日にアレフの代表者に就任したGは、前記bの活動規定を発表する一方で、以下のとおり、Fを従前のとおり れた。(乙C45) Gの言動等平成14年1月30日にアレフの代表者に就任したGは、前記bの活動規定を発表する一方で、以下のとおり、Fを従前のとおり「尊師」や「グル」の尊称で呼称するとともに、Fを帰依の対象とする旨の説法等を行っていた。 aGは、平成14年1月26日の説法において、「今日は私が正式に正大師に復帰し、代表就任することになった宗教的な意味合いを話す。 今後なすべきことは、グルの救済計画の手伝いである。具体的には、長期的なものと短期的なものがある。一つ目は、長期的なものである。 これは未来際においても皆さんがグルと一緒に転生し、救済活動の手 伝いをしつづけるためのものである。二つ目は、短期的なもので、皆さんの徳をできるだけ増大させ、グルの手伝いをするということである。」、「来世では、皆さんを再びグルの救済活動に導くのが自分の役割である。E尊師の予言では、私は来世E尊師の弟子としてまた生まれ変わる。」、「私は、前生今生来生の流れで、ずっとE尊師、その他の高 弟と転生している。今生まれ変わっている者の中では、私とE尊師の縁がもっとも濃い。」、「逮捕されることを予期したためだと思うが、今後の教団を誰が主導するかもE尊師は話していた。それに基づいて、今教団は動いている。」などと述べた。また、Gは、その際における受講者からの「帰依の対象となるのはグルだけであると聞いたことがあ るが、それとサンガに対する帰依とは矛盾しないのか。」との質問に対し、「グルの説いた法、あるいはグルの現す真理の法則に帰依するから、結局「グルの言葉に帰依する。」イコール「グルに帰依する。」ことになる。また、向煩悩滅尽多学男女に帰依することは、グルの説き示した道、つまり真理に た法、あるいはグルの現す真理の法則に帰依するから、結局「グルの言葉に帰依する。」イコール「グルに帰依する。」ことになる。また、向煩悩滅尽多学男女に帰依することは、グルの説き示した道、つまり真理に帰依し、グルの言葉に帰依し、それを実践してい る人々に対しての帰依で、結果的にはグルの前生、グルの前々生、あ るいは遙か昔のグルの生に対して帰依をする、つまりグルに帰依することと何ら変わらない。」、「言い換えれば、未来グルになる人に対する帰依であるからグルに対する帰依に集約されると言える。」と述べたほか、他の受講者からの礼拝の対象に係る質問に対し、「礼拝の対象及び観想の対象は、E尊師でいいと思いますね。」と述べた。(乙B3の9 8、99、乙C9)bGは、平成14年1月27日の説法において、前記aと同様の説明をしたほか、「尊師の予言解釈と守護によって、私は99年末に教団に戻ってくることになった。それはグルとシヴァ大神の守護によって、21世紀に教団をリードするために用意されていると考えている。」な どと述べた(乙B3の98)。 c 平成14年11月頃にアレフの勉強会で放映された説法ビデオにおいて、Gは、「Eという言葉の意味は、E’というのは阿修羅を表してE’’というのは釈迦を表す。」、「90年代の破壊活動というのは、フリーメーソンに刺激を与えるためにやったのだ。アレフはノアの箱船 なんだ。シヴァ大神、グル、正大師に帰依しなさい。」、「シヴァ大神というのは、王である。シヴァ大神の化身はマハーカーラであり、グルを表す。」などと述べた(乙B3の184)。 dGは、平成14年11月頃、アレフの構成員に対し、神奈川県(住所省略)にある「O協会」を訪問して資料を集めるよう指示したが、 であり、グルを表す。」などと述べた(乙B3の184)。 dGは、平成14年11月頃、アレフの構成員に対し、神奈川県(住所省略)にある「O協会」を訪問して資料を集めるよう指示したが、 その際、同協会はシュリ・ラーマクリシュナの弟子であるヴィヴェーカーナンダ(インドの修行者)が創始したものであると説明した上で、「ヴィヴェーカーナンダは師の死後、師から教えを受けていたのにもかかわらず、師の名前を一度も出さずに自分の言葉として教義を語り、布教をしていた。月日が経過し、ヴィヴェーカーナンダが社会に認め られた頃になって初めてヴィヴェーカーナンダは師匠シュリ・ラーマ クリシュナの名前を世間に発表し、自分の師であることを伝えた。最初は反発を受けたが、それもすぐに終息した。私もこれを目指していきたい。教団からグルを外し、教団が社会から受け入れられなければならない。教団が社会に認められたころにまたグルを前面に押し出していけば良いじゃないか。私はそう考えている。」などと述べた(乙C 135、136)。 また、Gは、平成15年1月の説法において、「E尊師という名色、これを要するになくしてしまうということだね。そして、その代わり、君たちは、その心というものを自分の心に宿してほしいということになる。そして、その教えをね、E尊師という名色、これをなしで多く の人に広め、そして、多くの人がその教え、エッセンスを理解した段階でね、その教えの源になったものは何かということを明かすという形、これをどう考えるかということになります。」、「私とかは、要するに毎生毎生、グルが死んだ後はそれを引き継いでやっているということがありますけど、このヴィヴェーカーナンダの生もそうだし、(中略) 今生もそういうふ うことになります。」、「私とかは、要するに毎生毎生、グルが死んだ後はそれを引き継いでやっているということがありますけど、このヴィヴェーカーナンダの生もそうだし、(中略) 今生もそういうふうになると。」、「ヴィヴェーカーナンダという自分の名をもってヨーガの教え、これを広めて、そして、その理解が進んできた結果として、ラーマクリシュナの名声が世界的にアメリカやヨーロッパでも広まったというプロセス、これをたどっている。だから、こういったところも今生と前生において似ているのかな。もちろん前 生というか、ラーマクリシュナのケースにおいては事件は起こしていませんが、そういった違いを除くと似たような環境で布教しているということができるでしょう。」、「一旦そういった形で名色を放棄してしまえば、その教えに信奉する人は増える。教えを信奉した結果ね、それはグルの死後になるかもしれないが、その教えの源は誰ですかとい うことになる。そしたらそこでラーマクリシュナが出てきたというの が前生のパターン。」などと述べたほか、同月26日の説法において、自らの過去世がヴィヴェーカーナンダである旨を述べ、さらには、同年2月6日に上映された説法ビデオにおいても、シュリ・ラーマクリシュナの一派とアレフとの類似性に言及した(甲101、乙B3の100、乙C209、210)。 ウ第1回更新決定から第2回更新決定までの概況 第1回更新決定等a 公安審は、平成15年1月23日付けで第1回更新決定をし、アレフはその取消しを求める訴訟を提起したが、東京地方裁判所は、平成16年10月29日、アレフの請求を棄却する旨の判決をし、同判決 は確定した(乙A9、弁論の全趣旨)。 b 東京地方裁判所は、平成 しを求める訴訟を提起したが、東京地方裁判所は、平成16年10月29日、アレフの請求を棄却する旨の判決をし、同判決 は確定した(乙A9、弁論の全趣旨)。 b 東京地方裁判所は、平成16年2月27日、殺人等の罪により、Fを死刑に処する旨の判決をした(乙B3の2)。 アレフの活動状況等Fの妻であり正大師の位階にあったKは、平成14年10月に刑務所 を出所すると、Fを前面に出して活動することがFに対する真の帰依であるとしてGの活動方針に反対する姿勢を示し、Fの三女であり正大師の位階にあったLと共に、アレフの組織運営に介入するようになった。 その結果、アレフには、①G派、②反G派及び③G派として活動するには至らないものの、これに理解を示す「中間派」と呼ばれる構成員が 存在するようになった。 (乙B3の1、101、乙B6の15、乙C12、13、20、21) Gの言動等aGは、ブログ「真理の地球」において、平成17年2月20日、「改革によって、グルを隠す方向を出したことについて、批判されている ことは承知している。」、「ヴァジラヤーナについての尊師の警告が現実 になるだろう。私は、次のような警告を受けたことがあるのである。 それは、「ヴァジラヤーナは失敗すると真理が根絶やしになる」という警告であった。」、「社会が批判するのは、繰り返してはならないのは、武力闘争という形に過ぎない。」、「ヴァジラヤーナを含めた真理の法則について、その間違ったイメージではなく、自己を犠牲にして他を救 うという、聖なる意味を、次世代に伝えなければならない。それは、言葉だけでなく、自己犠牲を伴う具体的な行為において示されなければならない。それが、尊師が私たちに伝授した、大乗仏 牲にして他を救 うという、聖なる意味を、次世代に伝えなければならない。それは、言葉だけでなく、自己犠牲を伴う具体的な行為において示されなければならない。それが、尊師が私たちに伝授した、大乗仏陀イニシエーションであり、大乗の逆の道の説法の真意なのではないか、と思うのである。」などという記事を投稿したほか、同月22日、「グルを前面 に出したらこれ以上の衆生の済度は難しいという現実が否定できない中で、(中略)私個人の問題を指摘するなどして、衆生済度と教団の維持・発展のために、教団を変革をしようとした、という側面を無視するならば、(中略)大きなつけが回ってくるわけで、今現在の教団の状況が、それを明白に現わし始めていると思います。まず、私の根本的 な考え方を確認しておきたいのですが、それは、「今のグルの意思」を重視するということです。今のグルの意思とは、当然、今の衆生の現実に合わせて、もっとも多くの衆生を済度できるように、教団を運営すべきだ、ということに他なりません。」などという記事を投稿した(乙C54、138)。 bGは、アレフの内部向けインターネット掲示板において、平成17年5月26日、Fが阿羅漢(マハームドラーの成就者)と認めている者が、日本にある聖地、修行に適した場所としてαを挙げていること、αについて、現在は神社であるが、かつては観音菩薩を祀る仏教寺院であったことなどを説明した上で、「尊師は、私との個人的な会話の中 で、観音菩薩(アヴァロキテクシュヴァラ)をシヴァ大身の化身とし て特別視していたこと、尊師ご自身がダイライラマ5世(ダライラマは観音菩薩の化身とされる)の過去世を持つことをおっしゃっていました。」、「上記のような認識に基づいて、現場では、グルとシヴァ大神を思念し 別視していたこと、尊師ご自身がダイライラマ5世(ダライラマは観音菩薩の化身とされる)の過去世を持つことをおっしゃっていました。」、「上記のような認識に基づいて、現場では、グルとシヴァ大神を思念しながら礼拝していました。」、「95年に事件が発生し、オウム真理教が救済団体としては、将来がなくなった時点で、尊師は、オウ ム真理教に加えて、尊師とシヴァ大神ではなく、形を変えて大黒天等を崇拝する第2の団体を弟子をリーダーにして作ることについて、逮捕前から私に話され、その点については、逮捕後も、私とその点でやりとりがなされていました。」、「私のアーレフ代表としての今後のスタンスは、既存の尊師信仰のパートは堅持し、一方で、グルがお考えに なったように、別のパート、別のフォームを作るべきである、というものです。」、「大黒天・マハーカーラ、観音菩薩といった宗教的な概念、すなわち、尊師と縁があるが、E尊師という名前と姿自体ではない崇拝対象を検討することは、グルの意思に反しないと考えています。」、「尊師の獄中からのメッセージとして、教団をアーレフとアーの二つ に分ける可能性についてのものがあります。」などという記事を投稿した(乙B3の102)。 cGらが立ち上げたブログ「教団内の問題について」において、平成17年6月9日、αに関して前記bと同様の説明をする記事(後記⑶ウc参照)のほか、「αの件の追加回答書」として「そこで思い出す のが、95年に、尊師が私に指示した、オウム真理教以外の宗教組織を立ち上げることでした。その中では、シヴァ大神を大黒天にするなどした宗教組織の案や、その他の案が提示されていました。」との記事や、「αの件の追加回答書②」として「私が尊師から、別の宗教組織を立ち上げることを指示されたときは 中では、シヴァ大神を大黒天にするなどした宗教組織の案や、その他の案が提示されていました。」との記事や、「αの件の追加回答書②」として「私が尊師から、別の宗教組織を立ち上げることを指示されたときは、95年の3月か4月といったか なり初期の頃で(私が尊師と直接お会いしてお話しできるとき)、その 当時は、強制捜査などで毒物が発見されて大々的に報道されていたものの、弟子達が自白してサリン事件が立件され、尊師が逮捕され、破防法を教団に適用しようといった空気は、まだない時期でした。」、「新しい宗教組織の話しは、破防法の適用があろうとなかろうと、今後破綻して行くであろうオウム真理教を経済を含めたいろいろな意味で補 うための対策だったと考えています。」などという記事が投稿された(乙C218、223)。 dGは、ブログ「真実を見る」において、平成17年6月22日、「私たちが今なすべきことは、今の時点でなすべき、グルへの帰依とは何かを考え、それを実践することである。」、「教団がつぶれても良いとい う考え方は、グルの意思に明確に反している。グルは、96年の破防法の時に、教団を潰さないように、教祖・代表を降りることを含め、大変な努力をされた。」、「尊師は、観想は帰依の始まりに過ぎず、グルの意思を実際に実践することが帰依であるとおっしゃった。」、「今の状況に合わせて、グルの意思について考え(思索)、実践することがなけ れば、本当の帰依ではないし、結果は出ない。」、「今のグルへの帰依、今のグルの意思として、教団が取るべき方針について考えなければならない。」などという記事を投稿した(乙C139)。 eGは、ブログ「真実を見る」において、平成17年6月24日、「尊師の指示、説法は、対機的なものであるこ き方針について考えなければならない。」などという記事を投稿した(乙C139)。 eGは、ブログ「真実を見る」において、平成17年6月24日、「尊師の指示、説法は、対機的なものであることを示すように、時々によ って、よく変わり、多様であった。」、「よって、グルへの帰依とは、グルの心である四無量心を一番大切なものとし、例えば、社会への対応の仕方などの具体的な部分については、その時々の現実に応じて何が四無量心の実践になるかという視点から、グルの多様な教えの中から、適切な教えを選択して、実践することである、と私は考えている。そ れがグルだと思うし、グルの教えだと思う。そうではなく、過去の対 機説法を絶対的真理と取り違えて、「常にこうすることがグルへの帰依である」という固定観念に陥ると、時と場合に応じた教えの選択ができなくなる。」、「それは、真実のグルへの帰依ではなく、自分の固定観念への固執ではないだろうか。」などという記事を投稿した(乙C140)。 fGは、ブログ「真実を見る」において、平成17年6月28日、「事件発生後の状況に応じて、新たな事業、宗教組織を立ち上げることを肯定、指示されたメッセージ」という見出しの中で、「小さな寺を作るよう言っていたのに、どうして作らなかったのか。」、「教団をアレフとオウム真理教のアーと二つに分けるかどうかについては、正大師や妻 達と十分に話し合ってください。」というF獄中メッセージを引用した上で、「逮捕される前からの指示として、①(事件の結果、破綻するだろう)オウム真理教とは別の宗教団体を作る。②例えば、シヴァ大神を大黒天と呼び変えるような、衣替えした団体にする。(中略)というのがあった。なお、この件は主に私(マイトレーヤ)が任されていた。 るだろう)オウム真理教とは別の宗教団体を作る。②例えば、シヴァ大神を大黒天と呼び変えるような、衣替えした団体にする。(中略)というのがあった。なお、この件は主に私(マイトレーヤ)が任されていた。」 などという記事のほかに、「ヴァジラヤーナの教義を排除することを認められた、指示されたメッセージ」という見出しの中で、「本質的な部分であっても外していい。根本の道から枝が出ているので、何本かの枝が切り落とされても、全く問題ない。」というF獄中メッセージを引用した記事を投稿した(乙B3の103)。 エ第2回更新決定から原告設立に至るまでの概況 第2回更新決定等a 公安審は、平成18年1 月23日付けで第2回更新決定をした(乙A11)。 bFに対する殺人等被告事件につき、平成18年3月27日、東京高 等裁判所において、同裁判所が定めた期間内に控訴趣意書が提出され なかったことを理由として、控訴棄却決定がされたほか、同年5月29日、これに係る異議申立棄却決定がされた上、同年9月15日、これに係る特別抗告が棄却され、Fに対する死刑判決が確定した(甲105、乙C61、弁論の全趣旨)。 Gの言動等 aGは、アレフ内におけるG派と反G派の対立状況のほか、第2回更新決定やFに対する死刑判決後の状況等を踏まえ、教団の存続のためには、アレフとは別の新団体の設立が必要であると本格的に考えるようになり、次のように、構成員に対しても新団体の設立等について明示的に説くようになった。 Gは、平成18年4月15日の説法において、「もう一つの考え方は、この教団の中で二つのグループを作るということに拘らずに、この社会の中において二つのグ に説くようになった。 Gは、平成18年4月15日の説法において、「もう一つの考え方は、この教団の中で二つのグループを作るということに拘らずに、この社会の中において二つのグループがあればいいじゃないかということです。すなわち、これは役割分担をし、組織分割を行い、ある人たちは、要するに特定の限られた人たちの信仰のためにそれを 維持し、もう一つのグループは要するに幅広く救済のためにダイナミックにフォームを変えて行うんだと。こういう役割分担をすればいいのではないかという考え方です。」、「今の状態はある意味で、こっちとこっち、これが、一つの組織にいるが故に互いが互いを妨害しあってるような部分、これがあるのではないかと。幅広い救済を したいという者は、A派(反G派を指す。)の人たちのああいう考え方、それに基づく観察処分に妨害されてそれができないし、(中略)A派の人たちも、ある意味じゃストレスを感じている人もいるんですね。」、「そういった意味でお互いが綱引きをしながら、中途半端なものが出来て、一つの教団の中に二つの中途半端なものがあるより は、社会の中で二つのものが存在して、互いが互いの役割を果たす。 互いが互いのカルマを果たすという方が良いのではないかという考え方が代表派(G派を指す。)の中ではかなり強くなってきています。」、「この考え方というのは、実は教団には古くからあるもので、(中略)要するに何かを存続させるためにどうしたら良いか、その場合、単一のシステムではなくて、多様なシステムを用意という考え方です。」 などと述べたほか、サリン事件当時にオウム真理教のロシア支部が存在していたおかげで、その支部長であったGも含めて、ロシア連邦にいた者が重罪に問われなかったことを「多様なシステ う考え方です。」 などと述べたほか、サリン事件当時にオウム真理教のロシア支部が存在していたおかげで、その支部長であったGも含めて、ロシア連邦にいた者が重罪に問われなかったことを「多様なシステム」の例に挙げるとともに、反G派の期待に反してFの死刑が執行された場合に、教団内で後追い自殺等が生じ、教団が治安当局から潰される という事態が生じることへの危惧を示した上で、「同じ教団組織の中で、二つのグループがあっても、二つのグループが一斉に共倒れにされてしまう。」、「死刑執行になって、何か大きなことが起こってから二つに分けて、こっちを認めて下さいとやっても到底間に合いませんから。十分前に分けて、そして、二つの別のものが存在する形 にしないと、それは全滅の可能性があるだろうなと。」などと述べた(甲7、乙B3の105)。 ⒝ Gは、平成18年5月14日の説法において、「観音菩薩って衆生を全て救済するために千の手段を持っているんです。うん、だから、E尊師の手段もあるし、他の手段もある。33の化身を持っている と思います。E尊師の姿もあるし、他の姿もある。私はそれが観音菩薩の慈悲の化身の特徴だと思いますし、あの、ダライラマ法王も観音菩薩って言うんですよね。」、「尊師と巡り会って尊師の弟子であった20年間は捨てられません。それは過去の歴史として捨てられない。」、「私はマイトレーヤ正大師と呼ばれて、尊師はマイトレーヤ の化身となっています。マイトレーヤは本当にこの教団の二つの側 面を表しています。ある意味じゃ、一つ目は古い、それは要するにマイトレーヤ、次期如来としてほとんど神に近い。そして尊師がその化身でキリストだと。尊師は絶対者でキリストで、キリスト教でいえばキリスト。仏教でいえば、仏教にお 味じゃ、一つ目は古い、それは要するにマイトレーヤ、次期如来としてほとんど神に近い。そして尊師がその化身でキリストだと。尊師は絶対者でキリストで、キリスト教でいえばキリスト。仏教でいえば、仏教におけるキリスト、絶対の救世主というのはマイトレーヤです。」、「旧教団と新教団の二つ。両方 ともマイトレーヤかもしれません。」、「ホーリーネームを捨てても、ホーリーネームの精神は引き継ぎます。それは過去は捨てられないです。」などと述べた(甲9、乙B3の106)。 b アレフの構成員は、平成18年10月、公安調査官に対し、「マイトレーヤ正大師はマスコミには尊師と縁を切る、尊師を捨てると言って います。しかし、尊師と正大師は91カルパ前からの師弟関係です。 そんな関係ですので、今、正大師が尊師を捨てると言ってもそれは救済を進めるための方便で、正大師の本心ではないことは、尊師自身もよくわかっているはずです。我々も正大師があえて口にしなくてもそう理解しています。なぜならそれは尊師が正大師に「マイトレーヤ」 というホーリーネームをつけたことを考えればわかります。どういうことかと言えば、そもそも「マイトレーヤ」というのは、弥勒菩薩という意味ですが、それは表の意味であって、実は尊師が56億7千万年後に真理勝者として降誕した時に自分につけるべきホーリーネームなのです。そのホーリーネームを今生、Gさんにつけたのです。つま りマイトレーヤという名前には、尊師と同じになれという期待が隠されているのです。これは、教団の人間はよく知っていることです。そのことがわかれば現在の分裂状態なんてどうということはなく、全ては尊師が与えたマハームドラーであることがわかります。こうすることでお互いが切磋琢磨し、教団が発展していくのです。正大師が尊師 です。そのことがわかれば現在の分裂状態なんてどうということはなく、全ては尊師が与えたマハームドラーであることがわかります。こうすることでお互いが切磋琢磨し、教団が発展していくのです。正大師が尊師 を捨てるという方便を使い、より多くの人を真理の道に入れること、 そうしていけばいずれは教団は一つになっていくのです。」などと述べた(乙C141)。 原告の設立Gを始めとするG派の出家した構成員62名及び在家の構成員3名は、平成19年3月7日付けでアレフから脱会し、同年5月7日、Gらによ って原告が設立された(乙B3の108、109、乙C219)。 なお、「Ⅰ」とは、太陽の周りの虹の光の輪に由来するとされているところ、これに関しては、原告の刊行した書籍やウェブサイトにおいて、平成14年6月、Gが、「以前の思想から脱却する転機」となった「重要な気付き」を得た瞑想の直後に野外へ出ると、空に「7つもの虹」が出 ていたというエピソードが記載されている(乙C142~144、204)。 オ原告の設立後から本件更新決定までの概況 公安審は、平成21年1月23日付け及び平成24年1月23日付けで第3回更新決定及び第4回更新決定をした(乙A13、15)。 公安審は、平成27年1月23日付けで第5回更新決定をしたところ、原告は、そのうち原告に係る部分の取消し等を求める訴訟を提起した。 東京地方裁判所は、平成29年9月25日、第5回更新決定のうち原告に係る部分を取り消す旨の判決をしたが、その控訴審である東京高等裁判所は、平成31年2月28日、控訴人(国)の敗訴部分を取り消し、 原告の請求を棄却する旨の判決をし、その上告審である最高裁判所は、令和2年3月10 の判決をしたが、その控訴審である東京高等裁判所は、平成31年2月28日、控訴人(国)の敗訴部分を取り消し、 原告の請求を棄却する旨の判決をし、その上告審である最高裁判所は、令和2年3月10日、原告の上告を棄却する旨の決定をするとともに、原告の上告受理申立てにつき受理しない旨の決定をした。(甲5、乙A17、乙B7の76~78) 公安審は、平成30年1月22日付けで第6回更新決定をしたところ、 原告は、そのうち原告に係る部分の取消しを求める訴訟を提起した。 東京地方裁判所は、令和2年2月27日、原告の請求を棄却する旨の判決をし、その控訴審である東京高等裁判所は、令和3年5月19日、控訴人(原告)の控訴を棄却する旨の判決をした。(乙A19、乙B17の17、乙C134) なお、死刑判決が確定していたFについては、平成30年7月6日、 その死刑が執行された(乙B2の1)。 ⑶ 原告についてア原告の基本理念等Gらは、平成19年3月8日、設立予定の新団体につき、①Fには何らの位置付けも与えないこと、②オウム真理教やアレフにおけるFへの 個人崇拝の過ちを深く反省して、そこからの脱却を決意するための象徴として、アレフでのシヴァ大神・ヴィシュヌ大神像等は廃止して、現在・過去・未来の三世の仏陀を現す「釈迦三尊像」(釈迦を中心として、左右に脇侍の二菩薩を配したもの。ここでは、弥勒菩薩、観音菩薩及び釈迦牟尼の三仏を指す。)を採用することなどを公表した(乙B3の108、 弁論の全趣旨)。 原告の設立に当たっては、「一人の人間である当時の教祖を「神=キリスト」と見て、絶対化し、絶対善として、弟子たる自分は、それに絶対的に服従すべきものと考えた」ことなどを宗教 弁論の全趣旨)。 原告の設立に当たっては、「一人の人間である当時の教祖を「神=キリスト」と見て、絶対化し、絶対善として、弟子たる自分は、それに絶対的に服従すべきものと考えた」ことなどを宗教的な過ちとした上で、特定の人物を盲信せず、全ての存在に神性を認めることなどを内容とする 基本理念が制定されるとともに、同基本理念に基づき、過去のオウム真理教に関する事件の反省に立ち、その教訓を生かしつつ、宗教・思想・哲学・科学及び芸術等を幅広く研究・実践及び公開することによって、人々の心身の浄化、癒し、人間と自然との調和に尽くし、もって宗教による悲劇が発生しない精神的に豊かな社会づくりに奉仕することを目的 とすることなどを内容とする会則が制定された(甲D78、79、乙B 3の109、110、乙B4の23、25、乙B7の57)。 なお、Gは、原告設立の直前の平成19年1月の説法において、「釈迦、弥勒、観音の三尊を重視するという形に代表派の流れとしてはなっているというふうに考えていただければ良いと思います。」、「Eという名前自体が阿修羅・釈迦という意味なのですね。ですから、これからの教団は 阿修羅・釈迦の中の釈迦の部分は引き継ぎながら、阿修羅の部分を脱却していく必要があるんじゃないか。」、「元代表に投影された自分たちの阿修羅のカルマを脱却して、自分たちを純粋に釈迦に、そして釈迦の現在世と未来世の投影である観音と弥勒に帰依していくということをお話しているわけです。」などと述べた(乙B3の182)。 イ原告の構成員等 原告設立の時点における原告の構成員は、専従会員が57名、非専従会員が106名であったところ、このうち非専従会員の1名を除く者は、かつてアレフにおいて活動してい イ原告の構成員等 原告設立の時点における原告の構成員は、専従会員が57名、非専従会員が106名であったところ、このうち非専従会員の1名を除く者は、かつてアレフにおいて活動していた者であった(乙C65)。 Gらは、平成19年3月8日、設立予定の新団体につき、アレフでの 位階制度を廃止した上で役職員制度を採用し、役職をもって組織内の指揮命令関係を位置付ける旨を公表していたところ、同年5月の原告の設立に際し、構成員を指導・管理する役職として「代表役員」、「副代表役員」及び「役員」が新たに設けられ、Gが代表役員に就任し、その他に12名の構成員が副代表役員又は役員に就任した。なお、同12名のう ち、9名はFによって「師」以上の位階に認定された者、1名はアレフで「聖準師」(師と同等の権限を有するとされる。)の位階にあった者、2名はアレフで「準師」(師に準じ、「聖準師」に次ぐとされる。)の位階にあった者であるところ、アレフにおいて「師」以上の位階にあった者は、当時、病気療養中であった1名を除き、全員が上記各役員に就任し た(乙B3の1、108、115、116、乙B4の23、乙C71、 弁論の全趣旨)。 令和2年10月末時点における原告の構成員は、専従会員が11名、非専従会員が50名であったほか、入会はしていないが団体の活動に参加することがあり、かつ、公安調査庁への任意報告に同意した者が18名であったことが報告されているところ、このうち、専従会員の全員及 びその他の構成員の4割以上(上記構成員全体に占める割合としては約5割)がサリン事件当時からオウム真理教の構成員であった者であり、8割以上がアレフの構成員であった者である。 また、令和2年10月末時点における原告の役職員は7名であったが、代 める割合としては約5割)がサリン事件当時からオウム真理教の構成員であった者であり、8割以上がアレフの構成員であった者である。 また、令和2年10月末時点における原告の役職員は7名であったが、代表役員をGが務め、その他の役職員6名のうち、4名はFによって「師」 以上の位階に認定された者であり、2名はアレフにおいて「準師」の位階にあった者であって、いずれもサリン事件当時からオウム真理教の構成員であった者である。(乙B2の12、乙B3の115、116、121、乙B6の6、乙B17の32、33、弁論の全趣旨) なお、原告は、専従会員の全員及び非専従会員の一部を原告が管理す る施設に居住させ、集団居住体制を採用しているほか、専従会員に対し、その収入を「寄付」として原告に納めさせた上で、「支給金」として毎月8000円を支給するなどしている(乙B7の42、43)。 ウ原告における崇拝の対象等について 聖地巡り 原告においては、「聖地巡り」として各地の神社や寺院等への訪問を実施しているところ、平成19年9月から令和2年9月までの間、ミシャグチ神と深い関係がある場所等とされるP神社(18回)、Q神社(15回)、「Ⅰ」という名称の由来である虹が最もよく見える場所とされるβ(15回)やγのほかに、R神社(14回)などを多数回訪れて、瞑想、 歩行瞑想又は読経といった儀式を実施している(乙B2の39、乙B3 の1、212~214、219、223)。 写真の掲示a 原告においては、設立当時から、シヴァ大神・ヴィシュヌ大神像等を廃止して、釈迦三尊像を採用することとし(前記ア)、三仏の仏画を施設内に掲示していたところ、第6回更新決定後の平成30年6月 18日、同年10 、設立当時から、シヴァ大神・ヴィシュヌ大神像等を廃止して、釈迦三尊像を採用することとし(前記ア)、三仏の仏画を施設内に掲示していたところ、第6回更新決定後の平成30年6月 18日、同年10月30日あるいは令和元年9月9日に実施された原告の2施設に対する立入検査の際、三仏の各仏画が、離れた場所ではあったものの、同一施設内に掲示されていた(乙B3の204、弁論の全趣旨)。 b 原告においては、平成21年8月頃からミシャグチ神の写真を掲示 するようになり、同年12月10日、平成22年6月11日、同年11月1日、平成23年8月1日、平成24年11月1 日及び平成25年6月18日に実施された原告の施設に対する立入検査の際、「修法室」と呼称されていた部屋にミシャグチ神の額入り写真が掲示されていたほか、平成27年2月5日、同年11月5日、平成28年2月10日、 平成29年2月8日及び同年7月11日に実施された同施設に対する立入検査の際には、Gの居室に設置された厨子の中にミシャグチ神の額入り写真が保管されていた。 また、原告の施設においては、第6回更新決定後の平成30年5月14日から令和2年6月29日にかけて実施された原告の4施設に対 する立入検査の際、ミシャグチ神を祀る場所とされるQ神社の額入り写真が掲示されていた。(乙B3の1、220、乙C150、155、206)c 原告においては、平成21年7月頃から、平成20年12月頃に廃棄したなどとされていた大黒天の写真を掲示し始め、平成23年8月 に実施された原告の8施設に対する立入検査の際も、大黒天(マハー カーラ)の写真が祭壇等に掲示されていた(乙B3の1、乙C207、弁論の全趣旨)。 d なお、原告は、平成26年8月までに各施設の大黒天像を回収 設に対する立入検査の際も、大黒天(マハー カーラ)の写真が祭壇等に掲示されていた(乙B3の1、乙C207、弁論の全趣旨)。 d なお、原告は、平成26年8月までに各施設の大黒天像を回収して焼却し、同年9月には、「思想哲学の学習教室への改革を推進するための活動規定」を定め、大黒天及び関係法具の破棄、祭壇及び供養の儀 礼の廃止、三仏の仏画のセットの廃止等を決定した(乙B3の181、乙C78、79)。 三仏、大黒天、マハーカーラ、ミシャグチ神及びシヴァ神等に係るGの言動等Gは、大黒天、マハーカーラ、三仏とシヴァ神あるいはFとの関係等 について、前記⑵イc、同ウb、c及びf並びに前記アのとおり言及したほか、以下のとおり述べるなどした。 aGは、平成14年11月、アレフのウェブサイトに「先日、“虹=シヴァ大神の証である”ということを裏付ける重要な事実を知ることができた。」、「虹の意味合いとしてわたしに与えられたインスピレーショ ン、すなわち「(それはシヴァ大神の)証である」ということが、人類史上最も有名な宗教書にある、最も重要な神と人間の契約の印と一致していた事実」との記事を投稿したほか、平成18年10月の説法において、「虹というのは、(中略)シヴァ大神の化身というふうな解釈もあります。」などと述べた(乙B3の193、194)。 なお、Fは、平成元年2月10日に発行された「滅亡の日」と題する著書において、「その方の御座の周りには、緑玉のように見える虹が現われているというのだ。緑玉とはエメラルドのこと。エメラルドのように透明な美しい緑色の虹、これはシヴァ神がその身体から発しているエネルギーがそのように見えるのである。」などと記載している(乙 B3の195、乙C137、205) こと。エメラルドのように透明な美しい緑色の虹、これはシヴァ神がその身体から発しているエネルギーがそのように見えるのである。」などと記載している(乙 B3の195、乙C137、205) bアレフの機関誌である「進化」27号(平成14年12月発行)等には、Gから寄稿された記事が掲載されている。その内容は、「γの信仰は三層構造になっていて、その一つ目が、ミシャグチ(ミシャグジ)神である。」、「γの御柱の伝統は、世界に広がる聖なる柱の伝説・儀式と共通性があるということであるが、その中で、インド のシヴァリンガとの関係がある可能性が指摘されていた。さらに、シヴァ大神のお膝元である、ヒンドゥー・密教信仰の盛んなネパールやインドにも、非常に似た柱の祭りがあることが紹介されていたのだ。」、「四つの柱は四大菩薩を表わし、その中央の空間が大日如来=ヴァイローチャナを表わす胎蔵界マンダラとする解釈もあるそう だ。四大菩薩であるから、当然、弥勒菩薩や観音菩薩(シヴァ大神の化身)を含むことになる。」、「こうして、ここP神社は、シヴァ大神の系統のサインに満ちていた。」、「日本とは「シヴァ大神信仰が隠されている国ではないか」ということだ。よく考えると、日本ではお地蔵様より人気のある福徳の神の「大黒天」も、その意味合いが 本場インドとはだいぶ違うものになっているとしても、ともかく、マハーカーラ・シヴァ大神の化身であることは間違いない。」、「こうしてみると、日本のγ地方のミシャグチ信仰は、インド・ヒンドゥーのシヴァリンガ・シヴァ大神信仰と見事に一致していることがわかるだろう。」、「この地、γの縄文時代には、十和田の縄文時代と同 様に、シヴァ大神、クンダリニー・ヨーガの信仰が存在していたのだ。」などというものであった 神信仰と見事に一致していることがわかるだろう。」、「この地、γの縄文時代には、十和田の縄文時代と同 様に、シヴァ大神、クンダリニー・ヨーガの信仰が存在していたのだ。」などというものであった(乙B3の186、乙C203)。 ⒝ Gは、平成21年8月の説法において、「ミシャグチ神というのは、実は、マハーカーラと結びつくということが分かりました。正確にいうと、ミシャグチ神と摩多羅神というのが一体で、その摩多羅神 がマハーカーラと一体。」、「そうするとβの時にもお話しした大黒柱 の大黒天にまつわる啓示的ヴィジョンと、それは2002年ですから7年前なのですが、そのミシャグチ神による守護というのは、1つの系統の神様の啓示と守護だということが分かってくるわけです。」などと述べ、前記bのとおり、原告においては、その頃から、大黒天と同様に、ミシャグチ神の額入り写真が施設内に掲示されるよ うになった。 また、Gは、平成22年11月の説法において、「私もその精霊って見たことがあって、(中略)S神社にある有名な御柱の所に行って、その御柱を見ていまして、そうすると、光がパーッと下から上がってきて小人のような神様、これが現れたんですね。その地方で有名 なミシャグチという神様と非常に姿形が似ているというか、縄文土器のそれと似ていまして、こういった小人の神様がいるんだなという体験、これを初めてしました。」などと述べたところ、その頃、原告の施設において、ミシャグチ神を模した土器人形や土鈴が祭壇に祀られていた。(乙C154~157) cGらが立ち上げたブログ「教団内の問題について」において、平成17年6月9日、「私たちが、αの現場でなした実践は、グルとシヴァ大神とすべての真理勝者方を思念しながらの礼拝であり、神 ) cGらが立ち上げたブログ「教団内の問題について」において、平成17年6月9日、「私たちが、αの現場でなした実践は、グルとシヴァ大神とすべての真理勝者方を思念しながらの礼拝であり、神社への礼拝でも、神道への信仰でもありません。これは、明言致します。」、「私たちは、山間部での修行場所を探すことがあるところ、尊師が、その 霊的ステージを阿羅漢(マハームドラーの成就者)と認め、菩薩であると評価していたT氏が、日本にある聖地、修行に適した場所として、αをあげていたので、そこに関心を持ちました。」などという記事が投稿された(なお、前記⑵ウbの記事のほか、後記エa⒝のGが同年5月30日に投稿した記事にも、同趣旨の内容が記載されている。) (乙B3の102、165、乙C89、223)。 エ修行体系修行体系の「四つの柱」などa 原告が、平成19年7月頃に修行用の教本として配布した「基本修行教本」には、「「Ⅰ」では、その修行実践を、⑴原始仏教・上座部仏教的な修行 ⑵大乗仏教・密教の修行 ⑶ヨーガ系統の修行の三つに 分けて、とらえています。」、「⑵の大乗仏教・密教の修行は、チベット密教で行われている、六波羅蜜を基本として、クリヤ・チャリヤ・ヨーガ・無上ヨーガタントラといった密教的な修行です。」、「新団体では、比喩的にですが、この三つの修行を釈迦、観音、弥勒の修行としています。」などと記載されており、少なくとも平成26年8月頃まで、原 告のウェブサイト上にその内容が掲載されていたほか、平成29年7月11日の原告の施設に対する立入検査の際、上記教本が施設内に複数保管されていた(乙C169~171)。 また、原告は、「初期仏教・大乗仏教・古典ヨーガ・新しいヨーガ(ハタヨーガ)や、仙道を含め 月11日の原告の施設に対する立入検査の際、上記教本が施設内に複数保管されていた(乙C169~171)。 また、原告は、「初期仏教・大乗仏教・古典ヨーガ・新しいヨーガ(ハタヨーガ)や、仙道を含めた東洋の精神的な修行の思想を総覧して、 悟りに近づく修行をまとめるならば、以下の四つに分類することができると思う。これをⅠでは、修行の四つの柱と呼んでいる。」などとして、「1.教学」、「2.功徳」、「3.行法」、「4.聖地(聖なる環境)」を、修行の「四つの柱」として位置付けていた(乙B3の134、乙C88)。 b なお、オウム真理教における修行体系は、Fが確立した「仙道、仏教、ヨーガ等の密儀(奥儀、秘伝)の集大成」であるとされ、「教学」、「功徳」、「行法・瞑想修行」、「イニシエーション」を修行の「四つの柱」と位置付けていた(乙B3の131~133)。 教学 原告においては、「教学」につき、「心が安定する正しい考え方を学ぶ こと」とされているところ(乙B3の134、乙C88)、以下のような教本が発行され、あるいは、Fの説法等が記載されるなどした教本が施設内に保管されていた。 aGは、平成18年8月に開催されたセミナーにおいて、「マハーカーラのマントラ」及び「マハーカーラの瞑想」と題する教本を配布した 上で、「マハーカーラ、これに帰依をしながら、このマントラを唱えるということをするようにしてください。」などと指導していたが、原告は、平成20年4月、上記各教本の差し替えとして、「カーラチャクラ・タントラの真言」と題する教本を発行して構成員に配布するとともに、同年5月、上記「マハーカーラのマントラ」及び「マハーカーラの瞑 想」の廃棄を指示した。もっとも、上記「カーラチャクラ・タントラ ントラの真言」と題する教本を発行して構成員に配布するとともに、同年5月、上記「マハーカーラのマントラ」及び「マハーカーラの瞑 想」の廃棄を指示した。もっとも、上記「カーラチャクラ・タントラの真言」には、「マハーカーラのマントラ」と全く同じマントラが記載されていた。(乙C74、147、148)b 原告は、平成24年4月から令和2年8月までの間に合計28冊の教本を発行して構成員に配布したところ、同各教本には、「衆生救済」 や「解脱・悟り」等に関して、Fの説法等と同様の内容が多数含まれていた(乙B3の1、137~145、乙C158~168)。 c 平成23年9月28日から令和2年6月29日にかけて実施された原告の2施設に対する立入検査の際、Fの説法等を収録した「尊師ファイナルスピーチ」等の多数の教材が施設内に保管されていた(乙B 3の152、乙C91)。 功徳a 原告においては、「功徳」につき、「心が安定する日常生活での善行・戒律の実践」とされているところ、原告が発行した「2017~18年末年始セミナー特別教本」においては、「善行を行い、悪行を減らす と、気のエネルギーは増大するとされている。その意味では、気のエ ネルギーは、仏教の用語でいえば「功徳」にもつながる面があるということもできるだろう。実際に、人が利他の行為など良いことをすると、心が明るく軽く温かくなると感じるのは、気のエネルギーが増大して上昇しているからだと解釈できる。」などと記載されている。 また、原告の指導部を構成する専従会員は、令和元年7月、「徳って いうのは一つのエネルギー。自分が何かを達成しようとする、やろうとするときのエネルギー、ガソリンです。だから、ガソリンがなきゃ、いくら車があっても走ら 成する専従会員は、令和元年7月、「徳って いうのは一つのエネルギー。自分が何かを達成しようとする、やろうとするときのエネルギー、ガソリンです。だから、ガソリンがなきゃ、いくら車があっても走らない。それと同じように自分が何かやろうと思っても、エネルギーがなければ、ガソリンがなければできない。」、「悟りを開くっていうのは修行が進むっていうことでしょ。修行が進 むためにはエネルギーがいる。それが功徳なんです。」と述べた。(甲83、乙B3の134、138、155、乙C88)b なお、オウム真理教においては、「功徳」について、修行を進める上で必要不可欠なものであり、対象に対して喜びを与えるようなことを繰り返し行うことにより得られる喜びのエネルギーであり、自動車で いうならば、ガソリンに相当するなどとされていた(乙B3の133、138、153、154)。 行法a 原告においては、「行法」につき、「心が安定する行法。ヨーガ・気功などの気の流れを整える身体行法から、精神的な瞑想法を含む」も のとされ、「瞑想修行」を含むものとされている。 原告が平成29年12月に発行した「2017~18 年末年始セミナー特別教本」においては、プラーナーヤーマ(呼吸法・調息法・調気法)として、「基本的な呼吸法」、「スーリヤ・ベーダナ・プラーナーヤーマ」、「チャンドラ・ベーダナ・プラーナーヤーマ」、「スクハプ ールヴァカ・プラーナーヤーマ」、「カパーラ・バーティ・プラーナー ヤーマ」及び「ブラーマリー・プラーナーヤーマ」という呼吸法が紹介されている(甲83、乙B3の134、156、乙C88)。 bGは、平成30年8月や9月の説法において、前記aの呼吸法につき、「ちまたのヨーガ教室では、教えられないもの、ほとんど教えら 吸法が紹介されている(甲83、乙B3の134、156、乙C88)。 bGは、平成30年8月や9月の説法において、前記aの呼吸法につき、「ちまたのヨーガ教室では、教えられないもの、ほとんど教えられないものも少なからず含んでいて、心の安定、集中、そういったもの に非常に有効なものです。」などと述べた(乙B3の157、158)。 また、Gは、「瞑想」につき、平成30年2月の説法において、「体操、アーサナ、これを最初行います。その後、プラーナーヤーマ、そして、ムドラーといったヨーガ、「Ⅰ」では、エンライトメント・ヨーガと言っていますが、悟りに至るために良い心の状態、これを作るこ と、そういったヨーガ行法、これを厚めに行って、最後に瞑想を行う。」などと述べたほか、同年10月や令和元年9月の説法において、「表層意識から無意識、潜在意識の方向に潜っていくことが瞑想の一つの機能だっていうことなんです。」、「心の最も高い状態に持っていくと。その結果、何が得られるのかと言うと、仏陀は、そう、仏陀、目覚めた 人、智慧を得ることができるということですね。仏教では、瞑想によって智慧を得る決め手にしようとしたわけです。」などと述べた(乙B3の162~164)。 c 原告の非専従会員は、平成25年6月、「エンライトメント・ヨーガに含まれている「クンダリニー・ヨーガ」と「ヴィパッサナー瞑想」 は、昔のオウム・アーレフ時代から行われてきた修行法です。」などと述べ、別の非専従会員は、エンライトメント・ヨーガの呼吸法は「非常に苦痛を伴う、オウム真理教時代を思い出させるような修行です。 オウム真理教時代は、脳に酸素を行き渡らせないようにする修行が多く、その直後に横になることで、幽体離脱や神秘体験をさせることが 行われていました。エンライ 教時代を思い出させるような修行です。 オウム真理教時代は、脳に酸素を行き渡らせないようにする修行が多く、その直後に横になることで、幽体離脱や神秘体験をさせることが 行われていました。エンライトメント・ヨーガを行うことで、過呼吸 から脳への酸素不足を誘発させようとすることは、オウム真理教と同じ手法で神秘体験を狙うものであり、「Ⅰ」がオウム真理教と同じことをしているように感じます。」などと述べた(乙C108、109)。 d なお、オウム真理教においても、「プラーナーヤーマ(呼吸法)」が「行法・瞑想修行」の一つとして位置付けられており、前記aと同様 の呼吸法(「基本呼吸法」、「スーリヤ・べーディ・プラーナーヤーマ」、「チャンドラ・ベーダナ・プラーナーヤーマ」、「スクハ・プールヴァカ調気法」、「カパラ・バーティ・プラーナーヤーマ」及び「ブラーマリー・プラーナーヤーマ」)などの指導が行われていた(乙B3の133、159、160)。 また、Fは、瞑想につき、「瞑想を進めていってね、顕在意識が完全に無くなり、潜在意識だけの世界に入る」、「潜在意識の働きを、すべてストップしてしまった段階で、その人は仏陀となる-一言で言えばこうだ。仏陀とは目覚めた人なんだ。」、「まず、アーサナをやって座法を安定させなさい、と。プラーナーヤーマをやって気をコントロール してね、潜在意識に入り易い状態を作りなさい、とね。そしてムドラーを行なうことによって、完全に潜在意識に入りなさい、と。潜在意識に入った段階で内側のものを落としてしまいなさい-とね、これがオウムの修行だ。」などと述べた(乙B3の161)。 イニシエーション等 a 聖地巡り原告においては、前記ウのとおり、各地の神社等を訪問する「聖地巡り」が とね、これがオウムの修行だ。」などと述べた(乙B3の161)。 イニシエーション等 a 聖地巡り原告においては、前記ウのとおり、各地の神社等を訪問する「聖地巡り」が行われている。 ⒝ Gは、「聖地巡り」に関して、平成17年5月30日、アレフの内部向けインターネット掲示板において、「今現在、教団は、δという 聖地を失い、社会的にそこを利用することは難しい状態です。その 意味で、尊師ないし尊師が認めた宗教家が聖地と認める場所を探すことは重要だと考えています。」、「将来において、尊師に帰依できず、尊師のイニシエーションが得られない人達について、尊師が95年に指示されていたように、直接尊師ではない崇拝対象を設けて、救済するという考えがあることを述べましたが、その際も、その人達 の瞑想修行の場所としての聖地を用意することは重要だと思います。」と投稿したほか、同月上旬頃、アレフ内において、「イニシエーションを受けるには二つの方法がある。一つはグルから、一つは聖地から。」と述べ、さらには、平成18年8月に作成された「聖地巡礼-悟りの旅」と題する資料において、「聖地巡り」の目的につき、「シ ヴァ大神や真理勝者(如来)方の有する、大いなる慈悲の心に近づく意味もある、と私は思います。」と記載した(乙B3の165、166、208、乙C89)。 また、Gは、聖地巡りの効果について、平成30年9月、10月及び12月の説法において、「自分の日頃の弱さ、不摂生の部分がで すね、こういった聖地に来ると表面化する、表面化するんですね。 これを仏教的には業の解放なんて言います」、「聖地ってのは、自分の悪いとこ、善いとこ、これが出てくるもので、自分を、自分の潜在的な部分を、内容を知る機 た聖地に来ると表面化する、表面化するんですね。 これを仏教的には業の解放なんて言います」、「聖地ってのは、自分の悪いとこ、善いとこ、これが出てくるもので、自分を、自分の潜在的な部分を、内容を知る機会だというふうに思ってもらって」、「ヨーガの延長上として、神秘的な体熱によって気道を浄化するという ヨーガの奥義があり、それと連動した特殊な「聖地巡り」ということで御紹介しました。」などと述べた(乙B3の170~172)。 ⒞ 原告の非専従会員は、「聖地巡り」について、その目的はナーディー(気道)を浄化することにある旨を述べたり(令和元年6月)、「Eを薄めるっていうのが当時は必要だったので、「皆、こういうの心配 しているかもしれないけど大丈夫だよ」っていう、ちょっと一言一 句は覚えていないですけど、そういうイニシエーション、まあ、イニシエーションみたいなものですよ。」(令和2年2月)、あるいは、「シャクティーパットみたいな感覚ですよ。」(同年7月)などと述べたりした(乙B3の173~175)。 b その他のイニシエーション Gは、原告の設立前の平成18年5月の説法において、「今まで教団には音のイニシエーションというのがあったわけですが、それを更にパワーアップした形での聖音のイニシエーションというものが今後、可能になる」と述べていたところ、原告は、平成19年5月の集中セミナーから、「聖音波動エンパワーメント」(被伝授者の周 囲に密教法具を配置し、その音を聞かせるもの)及び「聖音法輪エンパワーメント(被伝授者の周囲に複数のスピーカーを円状に配置し、それらのスピーカーから密教法具の音を流して聞かせるもの)と称するイニシエーションを導入した(なお、これらのイニシエーションは、平成23年7月以降、 被伝授者の周囲に複数のスピーカーを円状に配置し、それらのスピーカーから密教法具の音を流して聞かせるもの)と称するイニシエーションを導入した(なお、これらのイニシエーションは、平成23年7月以降、「聖音波動法輪エンパワーメント」 として一つのものとなり、平成25年4月、「聖音波動法輪ヒーリング」にその名称が変更された。)。 また、原告は、平成19年12月下旬の集中セミナーから、「21世紀のシャクティーパット」ともいうべき新たなイニシエーションとして、「弥勒金剛法具エンパワーメント」(金剛杵(ヴァジラ)と 称される密教法具を被伝授者の頭頂部に当て、相手にエネルギーを送り込むもの)を導入したほか、平成26年5月からは、「特別瞑想指導」(Gと被伝授者が向かい合って座り、円状に囲んで置かれた数珠を持ちながら、共に瞑想することで霊的エネルギーを被伝授者に伝達するもの)を導入したところ、上記「弥勒金剛法具エンパワー メント」は、Fから後記cの「シャクティーパット」の権限を与え られたGのみが行っていた。(乙C72、172)⒝ 「聖音波動法輪ヒーリング」を受けた原告の非専従会員は、平成26年2月、「オウム真理教には「音のイニシエーション」がありましたが、それは「Ⅰ」の「聖音ヒーリング」と称する宗教儀式と酷似しています。」、「名称は異なっても、手法や効果はオウム真理教と 似ているといわれても仕方ないと思います。」などと述べた(乙C173)。 また、原告におけるイニシエーションの一つである「神柱法輪の瞑想エンパワーメント」を受けた原告の非専従会員は、平成24年8月、「G代表は、直接的に会員の身体に触れることなくエンパワー メントを行っているのは事実ですが、しかし の一つである「神柱法輪の瞑想エンパワーメント」を受けた原告の非専従会員は、平成24年8月、「G代表は、直接的に会員の身体に触れることなくエンパワー メントを行っているのは事実ですが、しかしながら、エンパワーメントの目的は、心身の浄化や悪業の清算といったエネルギーを注入することに変わりはなく、その注入ができるのは、Ⅰでは、G代表しかいません。」などと述べたほか、別の専従会員は、同年10月、「私に言わせれば、シャクティーパットも弥勒金剛エンパワーメン トも神柱法輪の瞑想エンパワーメントも同じです。」、「神柱法輪の瞑想エンパワーメントは、(中略)G代表からのエネルギー、波動が、被伝授者に注がれているということです。」、「また、一番重要なことは、神柱法輪の瞑想エンパワーメントが行えるのは、過去にE氏からシャクティーパットなどのエネルギーを注入する類のイニシエー ションを行うことを許されたG代表だけであるということです。」、「“Ⅰ”において、G代表だけがエンパワーメントの伝授を行っているという事実は、“Ⅰ”の中にオウム真理教時代の考え方が根強く残っており、Eの教えを厳格に守っているからです。」、「指導員たちは、“G代表は特別な存在だ。霊的エネルギーが違いすぎる。エンパワ ーメントの類ができるのは、G代表だけだ”と考えています。これ は、G代表の霊的ステージは、E氏が認定した正大師であるということが、“Ⅰ”の出家信徒の中に染み付いているからです。」などと述べた(乙C72、119)。 c オウム真理教におけるイニシエーションオウム真理教におけるイニシエーションとは、秘儀の伝授のことで、 グル(F)からその修行を行う許可を得たという意味合いを持ち、少数の高弟にのみ伝授される最奥儀に当たる におけるイニシエーションオウム真理教におけるイニシエーションとは、秘儀の伝授のことで、 グル(F)からその修行を行う許可を得たという意味合いを持ち、少数の高弟にのみ伝授される最奥儀に当たるものとされていたところ、Fは、その効果につき、カルマの解放、潜在的なものの表面化、ナーディーの浄化である旨を述べている。 そして、イニシエーションには、Fのマントラを18個のスピーカ ーから流し、被伝授者に聞かせるという「音のイニシエーション」や、Fが被伝授者の眉間に直接親指を当てるなど、解脱者が相手の体に直接触れ、高次元のエネルギーを移入するという「シャクティーパット」などがあり、シャクティーパットは、「正悟師」以上の位階で、Fからその権限を与えられた者にしかできないとされていた。 (乙B3の13 3、167~169、乙C72、172)オ原告設立後のGのその他の言動 Gは、平成21年8月13日の説法において、「この考え方というのは、昔オウム真理教でいうヴァジラヤーナの考え方なんじゃないかという考え方が出てくるわけですね。要するに、良い目的のためには他を殺して も良いと。その考え方と今の考え方がどういうところで違うかというと、まず第一に、仏教においてはヴァジラヤーナの考え方、それしか方法がない場合、他を殺しても大きな罪にならないという考え方は実際あるわけですね。実際あるけれども、それはどこか誰か一人の成就者のための法律、法則じゃなくて、そういった警察をやる人、裁判官をやる人、又 は個々人が正当防衛を迫られたとき。そういった形で、全ての人にとっ て、このヴァジラヤーナの考え方はどうしても必要なわけです。」、「必要悪の殺生を肯定して、必要悪ではないものと区別するという実践、これをヴ を迫られたとき。そういった形で、全ての人にとっ て、このヴァジラヤーナの考え方はどうしても必要なわけです。」、「必要悪の殺生を肯定して、必要悪ではないものと区別するという実践、これをヴァジラヤーナという教えの枠組みで、常に皆さんもう既にやっているし、やらなければ仏教とはならないわけですね。」、「非常に重大な殺生なのか、必要悪の殺生なのかは、自分と他人において、どのぐらい自分 の方を優位にしている、エゴな、エゴというか、わがままというか、その度合いが強いか。自己愛着の強さによって、その殺生が場合によっては許されたり、殺生が大きいものになったり、軽いものになったりするということです。ですから、その無明、自他の区別・差別っていうものが最終的な問題で、これをなくしてしまえれば、あと、全てが解消され るという考え方が仏教だと。」、「特に、密教の金剛薩埵を中心とした罪障の浄化力は非常に強力で、どんな悪業も最終的には浄化し尽くすというふうに信じられている。」などと述べた(乙C92)。 Gは、平成21年10月23日の説法において、「善と悪というのは完全には区別されていない。悪の中に善があって、善の中に悪があるんだ っていうこと。これをもう少し広げて考えると、どんな悪いことをしている人もそれを純粋に100%悪い動機ではやっていないんですよね。 どんな悪いことをする人でも、何か良い動機を持ってやっています。これは余り思い出したくはないことですが、サリン事件において、サリンをまいたその弟子たちも心の中に「これで他人を苦しめてやるぞ」とい う悪い動機でやっていたかというと、そういうことは全然ないんですね。 何か自分の精神的な成長ね、何か自分なりの間違った世界観かもしれないけど、救済の世界観でやるわけ。」、「どん やるぞ」とい う悪い動機でやっていたかというと、そういうことは全然ないんですね。 何か自分の精神的な成長ね、何か自分なりの間違った世界観かもしれないけど、救済の世界観でやるわけ。」、「どんな悪いことをする人の中にも、その人なりの善というか、その人なりの真実というか、そういったものがある。そういった見方は非常に重要なんじゃないかと思います。」、「彼 が幸福になるには、又は、彼と彼の周りの人が幸福になるわけで、上で、 この彼の行為は絶対的な悪ではないんじゃないか、この後に善につながっていく側面があるんじゃないかというような見方というのは、すごく重要ですね。」などと述べた(乙C93)。 Gは、平成24年6月10日の説法において、平成14年の「虹の体験」に触れているところ、そのうちの「二つ目の虹の現象」が訪れた同 年7月4日は、Gがかねてから尊敬しているヴィヴェーカーナンダの命日からちょうど100年後に当たる旨を述べた(乙C208)。 Gは、平成25年4月7日の講演において、「瞑想しただけでは、なかなか悟れない、体得できないということで出てきたのが、Eによる試練なんですね。これを「マハームドラー」と言います。Eは弟子をいじ めるわけですね。」、「グルと弟子のプライベートな関係で、グルが弟子をいじめて、それに対して弟子は自己愛にとらわれない瞑想をして、その平常心を保つという訓練は意義があったかなというふうには思っています。」などと述べた(乙C187)。 Gは、平成25年4月13日の説法において、「単純にそのマハーム ドラーっていうのは効果があったということで肯定すると、ものすごく大変な問題になるだろうし、ものすごく強い恐怖心をですね、一般社会に振りまいてしまう、それが199 いて、「単純にそのマハーム ドラーっていうのは効果があったということで肯定すると、ものすごく大変な問題になるだろうし、ものすごく強い恐怖心をですね、一般社会に振りまいてしまう、それが1995年以来あったということですね。 で、そのマハームドラーの考え方を、この現在の社会の中で合理的に活かすことができるか、これは非常に難しい問題だということになります。」、 「我々が毎日、日々経験する、そういった様々な苦しみですね。それを全て、要するに、神仏が与える我々の修行と考えるということになるんじゃないかなと思うんです。つまり、まあ、全ての人がマハームドラーのグルだと考えるわけです。で、それは当然ですね、その人たちがやっていることが違法行為であったならば、皆さんはそれを甘んじて受けて、 マハームドラーのグルとするということは、してはなりません。」、「皆 さんの人生の中で、誰だ彼だと、誰かをグルにしなくても、その人生、また、この世界、これに遍満する神仏というものから、皆さんが自我執着を弱める試練の時というのは、必ず与えられるのだと思うんです。その時にふだんの修行、これを発揮してですね、それを乗り越えていくっていうのでマハームドラーの修行と考えたらば良いのではないかなと、 まあ、そういうふうに思います。」などと述べた(乙C188)。 Gは、平成27年7月の説法において、「苦の詞章」の教えについて、「苦しみを喜びにするというのは、それは、苦楽表裏の教えと結び付きますよね。苦と楽が表裏であるという伝統仏教の教え、これありますよね。」、「楽の裏に苦があるということは、今度は、苦の裏にも楽があるだ ろうという考え方になって、その苦しみ、これを喜びに変える、自己の苦しみを喜びとするという考え方がある。」、「 りますよね。」、「楽の裏に苦があるということは、今度は、苦の裏にも楽があるだ ろうという考え方になって、その苦しみ、これを喜びに変える、自己の苦しみを喜びとするという考え方がある。」、「他の苦しみを自分の苦しみと考えるというのは、利他の実践の考え方ですね。」、「結局は、自分が本当に苦しみの裏に喜びがあるかどうかって考えるかどうかだと思います。」などと述べ、その後も、本件更新決定までの間に、繰り返し同様の内容 を述べた(乙B5の57~61、乙C189~192)。 Gは、平成28年2月の説法において、「他人を大切にするための手段としての場合は、その嘘というのも方便として認められるのではないか。 そういった意味だと思いますが、方便という考え方、手段という考え方が、仏教の非常に重要なキーワードです。これを簡単に言うとですね、 何かが絶対悪だとか絶対善ではなくて、いかなる物も使いようだ、使い方なのだ。だから、そういったものを手段と見て、使う側が視野を持って対応しなければいけないということになります。」などと述べた(乙C193)。 Gは、平成28年8月の説法において、「殺生というのも不要な殺生は してはいけないというふうに解釈が少し変わってくるわけですね。だか ら何が悪い、何が悪くないというのは結構難しくて」、「だから単純に善悪というのを観念的に捉える必要はないんだけど、ただ逆にだからといってないがしろにするとですね、全然たがが外れてしまうからね。「そうか、殺生というのは必要だという理由がつけばいくらやってもいいんだ」と。 「嘘というのは自分の利益を増大させるんじゃなかったらいくらつい てもいいんだ」ってなっちゃうとちょっとあれなんだけど、とにかくあまり頑なに、これしちゃいけな けばいくらやってもいいんだ」と。 「嘘というのは自分の利益を増大させるんじゃなかったらいくらつい てもいいんだ」ってなっちゃうとちょっとあれなんだけど、とにかくあまり頑なに、これしちゃいけないというのを考えて、その目的に逆に反するような感じで、その戒律を守るというのもまた必要ないんですね。」などと述べた(乙C194)。 Gは、平成30年3月の説法において、「私が元の話に戻って言いたい ことは、仏陀はそうして人が生きるのに他の生き物を殺すということはよく分かっていたということですね。そして他の生き物を殺すからには、生きる間なるべく良いことをしようと。良いことをするってどういうこと。第一、必要以上に殺めないこと。生きるに必要以上に殺めちゃいけない。これが不殺生の戒といわれる仏教の戒です。あれは全く殺しちゃ いけないという戒律じゃあないんです。生きるに必要以上は殺しちゃあいけない。これが不殺生の戒です。これあまりよく分かっていない人がいます。」などと述べた(乙B5の63)。 Gは、平成31年1月の説法において、「殺生はね、全然殺生しないと人は生きられない。不要な殺生は駄目と。」、「人の、他の命を奪うとか、 それから、他からお金を盗るとかいったもの、これは自分が健やかに生きるために必要かどうかというのが基準になり、それ以上であれば破戒、それ未満であれば煩悩と言わない。これが中道思想における釈迦の行動規範、戒律というものです。」などと述べた(乙B5の64)。 カ原告の構成員の言動 Fに関する言動 a 原告の専従会員は、平成25年6月、「当時からE氏への帰依心が高い方では」なかった「私でさえ、いまだにE氏を偉大な人であったと思うことがあるので Fに関する言動 a 原告の専従会員は、平成25年6月、「当時からE氏への帰依心が高い方では」なかった「私でさえ、いまだにE氏を偉大な人であったと思うことがあるのですから、私より位階が高くE氏の側にいたG代表や指導員たちは、私以上にE氏の偉大さを感じていると思います。」、「私は、オウム真理教に入信してから約20年間、毎日繰り返し教学 や修行をしていたので、E氏の説いた教義や修行の記憶がなくなることはありません。私より教学や修行が進んでいたG代表や指導員たちは、私以上にE氏の説いた教義や修行が鮮明に記憶されていると思います。」などと述べた(乙C184)。 b 原告の専従会員は、平成26年6月、今ならEに逆らえるかとの質 問に対し、「逆らえないよりは、私はされたらされるままだわね。力が全然ないんだから。」、「話にならないよ。日本の中の、ものすごい聖者がいても、それはできないよね。Eさんの方が上だと思うから。」などと述べた(乙C185)。 c 原告の専従会員は、平成30年7月、「さっきから言ってるその人(F を指す。)ってさ、何かさ、マントラとかすごいよね、言い方。」、「すごいよ、すごい。迫力ある。言い方とかもすごい迫力ある。目の前に、ほら、座ってるときに何かこう、あるじゃないですか。すごい迫力。 ブワーってくる。」、「熱いのかな。熱風がくるか、何か、熱いような感じ。でも、あれさ、やろうと思ってもできないよね。」などと述べた(乙 B3の236)。 d 原告の非専従会員は、平成31年4月、「彼(Fを指す。)が亡くなった時は本当ショックでしたね。仕事も手に付かなかったりとか。尊敬の念も抱いていますし。」、「本当にできれば彼には会いたかったなとは思いますし、これからも尊敬の 年4月、「彼(Fを指す。)が亡くなった時は本当ショックでしたね。仕事も手に付かなかったりとか。尊敬の念も抱いていますし。」、「本当にできれば彼には会いたかったなとは思いますし、これからも尊敬の対象ではありますね。」などと述べた (乙B3の240)。 e 原告の非専従会員は、令和元年7月、「自分が作り上げた妄想のグル、グル像ってね、やっぱり消えてないっていうのがありますよ。」。「オウムで、「Aleph」で、「アストラルにとどまってます」とか「アストラルから何か見てますよ」っていうような話、やっぱり、そういう自覚を持って感じてる人たちって多いと思いますよ。私でもそうだか ら。」などと述べた(乙B3の238)。 f 原告の非専従会員は、令和2年5月、「もうグルとしては最高のグルだったんじゃないですか、あれ。いや、今世紀最高。」、「宗教的な体験をね、がっつり体験できたオウム真理教のトップのEさんというのは、やっぱり、自負していただける実力はあったっていうことですよね。 こんな強烈な人はいない。」、「神秘力を持って、「君たちを死後の世界へ導いてしまおう」っていう、「そんな人がいたのか」っていう、「神以上だ」っていうふうに思えましたね、うん。今でも思ってますよ、やっぱり。」などと述べた(乙B3の237)。 Gに関する言動 a 原告の専従会員は、平成30年8月、Gは「ステージが高いんだから。」、「代表が何とかって言ったら、もうそれが絶対になっちゃう。」、Gの意見が「一番、一番。通っちゃうって言うか、それを一番にする自分の価値観がある。」などと述べた(乙B3の123)。 b 原告の指導部を構成する専従会員は、平成30年11月、Gがいる 集合マンションの「2階の階段のそこの所に、通路の 、それを一番にする自分の価値観がある。」などと述べた(乙B3の123)。 b 原告の指導部を構成する専従会員は、平成30年11月、Gがいる 集合マンションの「2階の階段のそこの所に、通路の所にいただけでブワーッと愛の波動が満ちていて、ビックリして、「ああ、何、これ」って思って、「うわー、みんな、やっぱり幸せだなー。やっぱり、ここら辺にいる人、恵まれてるよなー。やっぱり、代表の「空」に包まれてるんだなー」って、それが分かりました。」などと述べた(乙B3の 125)。 c 原告の非専従会員は、平成31年2月、「代表と向かい合って瞑想する機会あったら、もう一気に呼吸ないから。」、「任しとけば良いから。 聖者だから。ここは聖者いるから大丈夫。すごい話でしょ。」、「中でも選りすぐり、きちんとやってきた「正大師」だったG先生というのは、もうその、サマディの達人を超えてるようなニュアンスで感じてます ね。」などと述べた(乙B3の128)。 タントラ・ヴァジラヤーナ等に関する言動a 原告の専従会員は、平成25年11月、「E氏に殺されたということはさ。普通ね、地獄とか行かないと思うんですよ。」、「殺されたっていうことはね、E氏と縁ができちゃったわけですよ。殺されたという縁 が。だから、そしたらね、全くそういうね、真理の実践者と、私は思っているんですけどね、と縁がなくて、殺、死んじゃうよりは、よっぽどね、良いんじゃないかと。どうせ人間は、死ぬんだから。」などと述べた(乙C195)。 b 原告の非専従会員は、平成26年、「E導師、つまりグルが指示した ことを実行することによって、解脱に近づけるのです。」、「一連の事件については、よくヴァジラヤーナの実践をしたとされ、ポアイコール殺人であり、意味 平成26年、「E導師、つまりグルが指示した ことを実行することによって、解脱に近づけるのです。」、「一連の事件については、よくヴァジラヤーナの実践をしたとされ、ポアイコール殺人であり、意味のない無差別殺人事件扱いされますが、そんな短絡的すぎる理由ではないし、世の中でいう頭の良い人たちが多くいたオウム真理教が、意味のないことなどするわけがないのです。」、「ポアの 結果、現時点まで第三次世界大戦は起きていない、若しくは遅れているという事実を捉えるならば、一連の事件については正しかった、成功だったと言えるのではないかと思います。」などと述べた(乙C196)。 c 原告の専従会員は、平成27年8月、「教学でね、こんなのがあるん ですよ。船に乗っていたら、一人の人がいて、その人は、今は何も、 普通に平和に船に乗っている客なんだけど、その船で、何日か後にはね、あの人は、こういうふうにして、大勢の人を殺しちゃって、その財産を全部、自分で独り占めにして、この船を乗っ取るっていうのがね、分かる人がいたとすれば、その分かる人はね、その一人の人をね、殺しちゃっても罪にならないっていう、そういう教えなんですよ。」、 「要するに殺しちゃって、高い世界に上げちゃうことによって、その後に殺される九十人の人はね、助かるわけじゃないですか。」、「分かる人は、それをやってもね、罪にならないんですって。それは、そういう考えは、分からないでもないですよね。」などと述べた(乙C197)。 d 原告の非専従会員は、平成28年7月、「タントラ・ヴァジラヤーナ の教えというのも、物の例えで、字句通りに取ったから、そういう殺人をやらかしたというふうになっているんですけど、お釈迦様が実際に物の例えとして言ったのは、あれは、この人を放っておく ラヤーナ の教えというのも、物の例えで、字句通りに取ったから、そういう殺人をやらかしたというふうになっているんですけど、お釈迦様が実際に物の例えとして言ったのは、あれは、この人を放っておくと、船に強盗がいて、この人を放っておくと、何十人も殺して金品を奪うから、それだったらこの人を殺してしまおうと。大勢を助けることになるか らと。まあ、今の法律でいう緊急避難。それから、ゴムボートにあまり乗ってきたら、全員死ぬので、定員以上に乗ろうとする人がいたら殺して、叩き殺してもいいと。それも緊急、それから正当防衛というものもありますよね。だから、その考えを出るものじゃないんですけど、オウムはけしからんので、タントラ・ヴァジラヤーナ、こういう 危ないことをやっていると。それは実際危ないことをやったんでね、仕方ないですけど。」などと述べた(乙C198)。 e 原告の非専従会員は、平成29年3月、サリン事件の「前からでも、「逆縁」でも良いから作れという話は。縁をね、まず縁を作れと。良い方でも悪い方でも。」、「「逆縁」でも、なにやってんだって感じで、 この人たち一体どういう人たちなんだっていうふうに見てしまって、 そっから反対に入ってしまうというパターンもなきにしもあらずという考え方だけどね、「逆縁」なんて。夫婦だって、兄弟だって、「逆縁」で生まれてくるということもあるってよく教えられていたからね。罪を償うために一緒になるという、過去のね。」、「本当にあったら、それはそれで素晴らしいことだと思うんだけど。それはしょうがないこと かなと思うんだけど、そういうあれがあって、償わないといけないのだったらね、過去の悪業を。そんなこと言ったら遺族の人、怒るだろうけどね、絶対。」などと述べた(乙C199)。 f 原告の専 と かなと思うんだけど、そういうあれがあって、償わないといけないのだったらね、過去の悪業を。そんなこと言ったら遺族の人、怒るだろうけどね、絶対。」などと述べた(乙C199)。 f 原告の専従会員は、平成29年8月、「世の中には、災難に遭う人と遭わない人が存在します。両者の違いは何なのかは、カルマの法則か ら説明できます。例えば、地下鉄サリン事件や、東日本大震災などで被害を受けるのは、すべて被害者の持つカルマが原因で、自己責任です。」、「神が、人の性格や行いなどを見極め、いつ、どこで、誰に、どのような形でカルマ返りを行うかを決定しており、地下鉄サリン事件で亡くなった被害者についても、同様のことが言えます。」、「殺すとい う行為も、殺されるという行為も、カルマ返りの現象として起こっているに過ぎず、殺す側及び殺される側の両方のカルマに原因があると考えます。そして、殺すという行為が、結果として相手の悪業を落とすことになれば、必ずしも悪いカルマを積むことにはならず、法則としては肯定されるものとなります。」などと述べた(乙C200)。 g 原告の専従会員は、令和元年6月、「ヴァジラヤーナっていう場合、悪を犯してでも他を救うっていう時に、独りよがりにならないかって。 その救うっていうのは、本当に誰が見ても、万人が見てそうだよね、それって人が救うことになっているよねっていうんだったら、本当に有りかもしれないんですよ。」などと述べた(乙B5の74)。 h 原告の非専従会員は、令和2年2月、「タントラ・ヴァジラヤーナの 教えっていうのはもっと先、その人がそれをやったことによって次どうなるか、その先まで見越してやってるはずだから。」、「殺した場合はその人がどうなってどうなってって、で、自分がどうなってって全部 教えっていうのはもっと先、その人がそれをやったことによって次どうなるか、その先まで見越してやってるはずだから。」、「殺した場合はその人がどうなってどうなってって、で、自分がどうなってって全部分かっててやってるから、実際やってる人は、実際にやろうとする人は。でも普通の一般社会だったらその場限りだから。良いか悪いか、 表面上は仕方ないことでもよく考えたら、その人が助けようと思って殺したんじゃなくて、自分が死にたくないから殺したっていう場合もあるかもしれないし。いろんな意味があるから。もしかしたら、それで自分がヒーローになれるかもと思って殺したかもしれないし。本人じゃないと分からないから。」、「全然違うからね、その先がね。次生ま れ変わるとことか、そういうこと全部。カルマ的なものが全く違ってくるだろうから。」などと述べた(乙B5の75)。 i 原告の非専従会員は、令和2年3月、タントラ・ヴァジラヤーナを「無意識で受け継いでいると思いますよ、私。私、ほら、あの障がい者惨殺したやつとか肯定的ですもの。」、「要するにポアの考え方じゃな いですか。」、「殺してあげた方が良いっていう。私はそっち寄りですよね。やっぱりオウムの影響かな。」などと述べた(乙B5の76)。 原告の活動方針等に関する言動a 平成26年1月のGの講話会に参加した原告の非専従会員は、同月、「G代表は、今回の講話の中で、「(中略)オウム真理教も社会を変え ようとしたが、急激に行おうとしたため失敗した。社会改革を行うときは、今の結果を受け入れ、時を待つことが大切である」などと述べました。私は「Ⅰ」について、仮にアレフが信者数の減少から解散した際に、信者の受け皿となることで、Eの教えを存続させるための団体であると認識していま を受け入れ、時を待つことが大切である」などと述べました。私は「Ⅰ」について、仮にアレフが信者数の減少から解散した際に、信者の受け皿となることで、Eの教えを存続させるための団体であると認識しています。今回、G代表が「時を待つことが大切で ある」と述べたのは、現在は会員数が少なくとも、E信仰を前面に押 し出しているアレフとの違いを強調して、社会に対して「「Ⅰ」はE信仰から脱却した」とアピールし続けることで、世間がオウム真理教のことを一切忘れるまで団体を存続させ、再び昔のような活発な活動を再開することを指しているのだと感じました。」などと述べた(乙C201)。 bGと共にアレフを脱会した原告の構成員は、平成26年7月、「私は、G代表から、「私は、尊師の意思として、尊師の名前を出さない団体を作ってもよいと言われた唯一の男性の一番弟子です。私は、尊師から「グルを否定してでも真理を残すように」と言われました」などという発言を直接聞き、安心した記憶があります。このことは、グルが唯 一許したG代表が、グル否定を行うのであれば、グルへの裏切りにはならないんだと思いました。」、Gが、この発言を「撤回するようなことは行っておらず、今でもその発言は生き続けているものと思っています。」などと述べた(乙C186)。 c 原告の専従会員は、平成29年10月26日、「現在、Ⅰでは「悟り の瞑想ヨーガ講座」や「一元の法則」などの修行・教学を通じて、解脱・悟りの境地へ至り、衆生を救済することを目指しています。Ⅰは、修行形態や表現方法を変えることで、この衆生救済というオウム真理教時代の目的を維持し、その目的を実現するための教義を未来に残していくために設立された団体であり、これまで、G代表がⅠ設立時に 示した「衆生救済に を変えることで、この衆生救済というオウム真理教時代の目的を維持し、その目的を実現するための教義を未来に残していくために設立された団体であり、これまで、G代表がⅠ設立時に 示した「衆生救済に導いていくための教義の根幹部分を残し、E色を隠すことで、観察処分を外す」という方針に従って活動してきました。」、「組織的にGさんの方針を徹底した結果、勝訴判決を勝ち取ることができたのです。」などと述べた(乙C202)。 ⑷ 事実認定の補足説明 原告は、原告の構成員の供述を録取した被告提出の証拠について、供述者 の署名押印がなく、その氏名も秘匿されていること、公安調査官がねつ造したものもあることなどに照らせば、信用性がない旨を主張する。 しかし、上記の証拠において氏名が秘匿されているのは、当該供述をした構成員の生命・身体・財産等に危害が加えられることを防止するためのものであり、やむを得ない措置というべきである。そして、当該証拠の内容は、 Gの説法やブログの投稿等の内容と整合しているものであるし、公安調査官がねつ造したなどという原告の主張を裏付ける的確な証拠も見当たらないことも踏まえると、上記証拠の信用性がないということはできない。 2 本団体に原告が含まれるか。 ⑴ 団体規制法の「団体」の意義ないし判断枠組み ア団体規制法は、無差別大量殺人行為を行った団体の活動状況を明らかにし、当該行為の再発を防止するために必要な規制措置を定めることを通じて公共の安全を確保する目的(1条)から、当該団体の活動状況を継続して明らかにするために観察処分の制度(5条)を設けるとともに、その実施方法として、当該団体による定期的な報告(同条3項、5項)、公安調査 官による調査及び立入検査(7条1項、2 動状況を継続して明らかにするために観察処分の制度(5条)を設けるとともに、その実施方法として、当該団体による定期的な報告(同条3項、5項)、公安調査 官による調査及び立入検査(7条1項、2項)等を定めている。他方、団体規制法は、その規制が思想・信教、集会・結社等の国民の基本的人権に重大な関係を有するものであり、これらの権利が不当に制限されてはならないこと(2条、3条参照)から、観察処分の期間について3年を超えないものとするとともに、同期間を超えて観察処分を継続するためには更新 の手続を経ることを要するとし、更新の要件として、①当該団体がその更新時において5条1項各号のいずれかに該当すること、②引き続き当該団体の活動状況を継続して明らかにする必要があると認められることを要すると定めている(同条4項)。 ところで、団体規制法は、その規制の対象となる「団体」とは、「特定の 共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体」をいう とし(4条2項)、「特定の共同目的」を中核的要素として「団体」の概念を定めているが、これは、一般に、集団については、構成員の変動、名称や組織の変更、分派・独立や新集団の設立等の事態が生じることが想定されることに鑑み、これらのような事態があっても継続して規制を受け得るものとしなければ、規制を容易に潜脱することが可能となり、規制の実効 性を欠き、団体規制法の目的を達成することができなくなるためであると解される。 このような団体規制法の規定及びその趣旨に照らすと、団体規制法5条4項の基礎となる同条1項の観察処分を受けた「団体」には、観察処分当時に存在していた団体のみならず、その後の設立等により更新時に存在す ることとなった集団で、当該集団の人的属性や活動実態等も踏ま 項の基礎となる同条1項の観察処分を受けた「団体」には、観察処分当時に存在していた団体のみならず、その後の設立等により更新時に存在す ることとなった集団で、当該集団の人的属性や活動実態等も踏まえ、観察処分の対象とされた団体と同一性があると評価できるものも含まれると解される。 イそして、本件観察処分の対象である本団体は、「EことFを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、同人 が主宰し、同人及び同教義に従う者によって構成される団体」であり、「EことFを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現すること」という「特定の共同目的」(以下「本件共同目的」という。)を中核的要素とする団体と認められることから、以下においては、その人的属性や活動実態等も踏まえ、原告につき、上記のような本団体と同一性がある と評価できるか否かを検討する。 ⑵ 当てはめア Fへの帰依又はE隠しについて原告の設立の経緯等a アレフの発足等 アレフは、平成12年2月4日に発足した後、Fを、構成員に指 示する存在としてではなく、「開祖」あるいは「観想の対象・霊的存在」として位置付けるとともに、オウム真理教の教義のうち危険とされる教義を破棄することなどを内容とする組織改革案等を作成したほか、平成14年2月17日に施行された活動規定においても、アレフにおける崇拝対象を「シヴァ大神をはじめとする諸々の真理 勝者(如来)」とした上で、Fについては「旧団体代表」と呼称し、「尊師」あるいは「グル」という呼称については、Fを指すものとしてではなく、「仏教・ヨーガにおける一般名詞」や「シヴァ大神、真理勝者(如来)、覚者(ブッダ)、経典の正しい解釈者を一般的に意 称し、「尊師」あるいは「グル」という呼称については、Fを指すものとしてではなく、「仏教・ヨーガにおける一般名詞」や「シヴァ大神、真理勝者(如来)、覚者(ブッダ)、経典の正しい解釈者を一般的に意味する」ものとすることなどが示されている(前記認定事実⑵イ )。そうすると、アレフは、対外的には、教団の運営方針として、Fあるいはオウム真理教の教義からの脱却を進める旨を表明していたと認められる。 ⒝ 他方、Gが勾留中又は服役中に作成したノートには、Fを「絶対化、唯一化しないで、真理の総合的探究を目指すこと」が必要にな る、「グル=予言絶対主義から脱却」など、Fあるいはオウム真理教の教義からの脱却を示すような記載がある一方で、「尊師は、ブッタの化身である」、「Vヤーナの弟子は「理解できなくても」グルについていく」、「尊師自身がシャンバラの神々の世界からの魂」である、「尊師の前生・ラストラル体験がシヴァ大神、全ての真理勝者と私 たちのつながりを証明している。」、「救済はグル・神々の意思であり、帰依の実践すること。」など、Fへの帰依を強く示す記載があるほか、「破防法を改正しても、一時不再審にひっかかるから、別の法律を作ったようだ。とするならば、第一に、Vヤーナ的教義に関する全情報をシャットアウトすべし」、「組織を守るためには、Vヤーナ関 係の書籍は廃すしかない。」など、団体規制法の制定を踏まえつつ、 オウム真理教という組織を存続させるための具体的な手段に言及する記載がある(前記認定事実⑵ア)。かかる記載内容に照らせば、Gは、その勾留中又は服役中の時点において、Fへの帰依を強く保持する一方で、オウム真理教という教団を存続させるために、対外的には、Fを絶対化しない姿勢を示すとともに、オウム真理教の教 らせば、Gは、その勾留中又は服役中の時点において、Fへの帰依を強く保持する一方で、オウム真理教という教団を存続させるために、対外的には、Fを絶対化しない姿勢を示すとともに、オウム真理教の教 義の中核であるタントラ・ヴァジラヤーナを放棄したものと見えるよう、E隠しの方針の下で、教団の運営を行っていくことを構想していたと認められる。 また、Gは、平成14年11月頃あるいは平成15年1月には、シュリ・ラーマクリシュナとその弟子であるヴィヴェーカーナンダ との関係を引き合いに出しながら、「教団からグルを外し、教団が社会から受け入れられなければならない。教団が社会に認められたころにまたグルを前面に押し出していけば良いじゃないか。」、Fの教えを、「E尊師という名色、これをなしで多くの人に広め、そして、多くの人がその教え、エッセンスを理解した段階でね、その教えの 源になったものは何かということを明かすという形、これをどう考えるかということになります。」などと述べ、アレフとしては、一時的にFを取り除いた状態で活動を行い、Fの教えが世間に十分に浸透した段階でFを表面化させることが望ましい旨を示唆するとともに、Fについて「尊師」や「グル」という尊称を用いつつ、「礼拝の 対象及び観想の対象は、E尊師でいいと思いますね。」、「シヴァ大神、グル、正大師に帰依しなさい。」、「シヴァ大神の化身はマハーカーラであり、グルを表す。」などと述べ(前記認定事実⑵イ)、引き続き、対内的には、Fが帰依の対象であることに変わりはない旨を構成員に説いていたことが認められる。 ⒞ 以上によれば、アレフは、Gが勾留中又は服役中に構想したオウ ム真理教の運営方針に沿う形で、いずれはFを前面に押し出すことを想 成員に説いていたことが認められる。 ⒞ 以上によれば、アレフは、Gが勾留中又は服役中に構想したオウ ム真理教の運営方針に沿う形で、いずれはFを前面に押し出すことを想定しながら、その真意を秘匿するための仮装行為の一環として発足したもので、Gは、アレフの代表者等として、対外的には、Fあるいは同教義からの脱却を進めることを表明するなどの活動を行う一方、対内的には、引き続き、Fを帰依の対象とする体制を維持 していたと認められる。 b 原告の設立等 Gは、アレフ内におけるG派と反G派の対立状況のほか、第2回更新決定やFに対する死刑判決後の状況等を踏まえ、教団の存続のためには、アレフとは別の新団体の設立が必要であると本格的に考 えるようになり、平成19年3月にアレフを脱会し、同年5月に原告を設立したところ(前記認定事実⑵エa、同)、アレフの脱会あるいは原告の設立に当たっては、オウム真理教やアレフにおいてF個人を崇拝していたことを反省し、そこからの脱却を決意するための象徴として、シヴァ大神・ヴィシュヌ大神像等を廃止した上で、 釈迦三尊像を採用することなどが表明されたほか、Fを「絶対化し、絶対善として、弟子たる自分は、それに絶対的に服従すべきものと考えた」ことを宗教的な過ちとした上で、特定の人物を盲信せず、全ての存在に神性を認めることなどを内容とする基本理念等が制定された(同⑶ア、同)。そうすると、原告の設立の前後において、 G又は原告は、対外的には、Fあるいはオウム真理教の教義から脱却したという姿勢を鮮明に示したことが認められる。 ⒝ 他方で、Gは、平成17年頃から、多くの衆生を済度するためには、教団を存続させる必要があるという「今のグルの意思」を 理教の教義から脱却したという姿勢を鮮明に示したことが認められる。 ⒝ 他方で、Gは、平成17年頃から、多くの衆生を済度するためには、教団を存続させる必要があるという「今のグルの意思」を重視することの重要性を繰り返し説いた上で、組織を二つに分け、オウ ム真理教とは別の宗教団体を作ることや、崇拝対象をシヴァ大神か ら変更したり、タントラ・ヴァジラヤーナなどのオウム真理教の教義の本質的な部分をも変更したりすることは、Fの指示によるものであり、Fの意思にも反しない旨を述べ(前記認定事実⑵ウaないしf)、新団体の設立のほか、教団の運営方針あるいは同教義を大きく変更することなどがFの意思に沿うものであることを繰り返し 強調していると認められる。 また、Gは、上記のとおり教団の運営方針等の変更等について述べていた頃においても、「私はマイトレーヤ正大師と呼ばれて、尊師はマイトレーヤの化身となっています。」、「尊師がその化身でキリストだと。尊師は絶対者でキリストで、キリスト教でいえばキリスト。 仏教でいえば、仏教におけるキリスト、絶対の救世主というのはマイトレーヤです。」、「ホーリーネームを捨てても、ホーリーネームの精神は引き継ぎます。」と述べるなど(前記認定事実⑵エa⒝)、引き続き、Fに対する帰依の心を示していたことが認められる。 ⒞ 以上によれば、Gは、アレフ内での対立状況等を踏まえ、教団を 存続させるために、対外的には、E隠しの方針の下、オウム真理教の教義を大きく変更するなどして、アレフとは別の、より鮮明にFあるいは同教義から脱却したかのような団体(原告)を設立する一方で、対内的には、引き続き、Fを帰依の対象とする体制を維持していたと認められる。 して、アレフとは別の、より鮮明にFあるいは同教義から脱却したかのような団体(原告)を設立する一方で、対内的には、引き続き、Fを帰依の対象とする体制を維持していたと認められる。 c 小括前記a及びbの原告の設立等に係る経緯に照らせば、Gは、勾留中又は服役中に構想したE隠しの方針に沿い、いずれはFを前面に押し出すことを想定しながら、アレフを発足させて、その組織運営を行っていたものであり、原告についても、当時のアレフ内での対立状況等 を踏まえ、教団の存続を図るべく、E隠しの方針をより徹底する形で 設立されたものということができる。そうすると、原告は、対外的には、F及びオウム真理教の教義から脱却したという姿勢を鮮明に示すなどしたが、このような対外的な活動は、教団の存続を図るために、F等から脱却したという体裁を整えるためのもの、すなわち、その真意を秘匿するための仮装行為にすぎないというべきであり、原告は、 対内的には、引き続き、Fを帰依の対象とすることを前提として設立されたと認めるのが相当である。 原告における崇拝の対象等a 三仏について原告は、オウム真理教やアレフにおいて崇拝の対象とされていたシ ヴァ大神ではなく、三仏(弥勒菩薩、観音菩薩及び釈迦牟尼)を崇拝の対象とし、その仏画を施設内に掲示していたところ、第6回更新決定後も、原告の2施設において、離れた場所ではあるが、三仏の各仏画を掲示していた(前記認定事実⑶ア、同ウa)。 そして、Gは、三仏に関して、「大黒天・マハーカーラ、観音菩薩と いった宗教的な概念、すなわち、尊師と縁があるが、E尊師という名前と姿自体ではない崇拝対象を検討することは、グルの意思に反しないと考えています。」、「 て、「大黒天・マハーカーラ、観音菩薩と いった宗教的な概念、すなわち、尊師と縁があるが、E尊師という名前と姿自体ではない崇拝対象を検討することは、グルの意思に反しないと考えています。」、「尊師は、私との個人的な会話の中で、観音菩薩(アヴァロキテクシュヴァラ)をシヴァ大身の化身として特別視していたこと、尊師ご自身がダイライラマ5世(ダライラマは観音菩薩の 化身とされる)の過去世を持つことをおっしゃっていました。」(前記認定事実⑵ウb)、「Eという名前自体が阿修羅・釈迦という意味」であり、「元代表に投影された自分たちの阿修羅のカルマを脱却して、自分たちを純粋に釈迦に、そして釈迦の現在世と未来世の投影である観音と弥勒に帰依していくということをお話しているわけです。」(同 ⑶ア)などと述べるほか、弥勒菩薩はFがその化身であるとされて いたマイトレーヤの別名であること(同⑴ア、同⑵エa⒝)などに照らせば、三仏は、いずれもFと強く関係する存在として位置付けられていたというべきである。 そうすると、原告は、Fへの帰依の一環として、三仏を崇拝対象とし、その施設内に三仏の仏画を掲示していたと認めるのが相当である。 b 大黒天(マハーカーラ)やミシャグチ神について原告においては、その施設内に大黒天(マハーカーラ)やミシャグチ神の写真を掲示又は保管していたことのほか、ミシャグチ神と深い関係がある場所等とされるP神社やQ神社を多数回にわたり訪れたり、その施設内にQ神社の額入り写真を掲示したりしていた(前記認定事 実⑶ウ、同b、c)。 そして、Gは、大黒天(マハーカーラ)につき、「シヴァ大神の化身はマハーカーラであり、グルを表す。」などと述べたり(前記認定事実⑵イc)、Fが、Gに対し 認定事 実⑶ウ、同b、c)。 そして、Gは、大黒天(マハーカーラ)につき、「シヴァ大神の化身はマハーカーラであり、グルを表す。」などと述べたり(前記認定事実⑵イc)、Fが、Gに対し、Fやシヴァ大神ではなく、大黒天等を崇拝する宗教組織を立ち上げる旨を話したことなどに言及しつつ、「大黒 天・マハーカーラ」を崇拝の対象として検討することがFの意思に反しない旨を示したりしたほか(同ウb、c、f)、ミシャグチ神につき、シヴァ大神あるいはマハーカーラに結び付く存在である旨に言及していること(前記認定事実⑶ウb)などに照らせば、大黒天(マハーカーラ)やミシャグチ神は、いずれもシヴァ大神の化身とされる Fと強く関係する存在として位置付けられていたというべきである。 そうすると、原告は、Fへの帰依の一環として、大黒天(マハーカーラ)やミシャグチ神を崇拝の対象とし、その施設内に大黒天やミシャグチ神の写真を掲示したり、P神社等を訪れたりするなどしていたと認めるのが相当である。 c 虹について 原告の名称である「Ⅰ」とは、太陽の周りにある虹の光の輪に由来するとされており、原告においては、虹が最もよく見える場所としてγやβを多数回訪れるなど、虹が重要視されていることが認められる(前記認定事実⑵エ、同⑶ウ)。 そして、Gは、「先日、“虹=シヴァ大神の証である”ということを 裏付ける重要な事実を知ることができた。」との記事を投稿したり、「虹というのは、(中略)シヴァ大神の化身というふうな解釈もあります。」と述べたりし(前記認定事実⑶ウa)、シヴァ大神と虹との深い関係を強調しているところ、オウム真理教においてはFがシヴァ大神の化身とされていたこと(同⑴イ ァ大神の化身というふうな解釈もあります。」と述べたりし(前記認定事実⑶ウa)、シヴァ大神と虹との深い関係を強調しているところ、オウム真理教においてはFがシヴァ大神の化身とされていたこと(同⑴イ)も踏まえると、虹についても、Fと強 く関係する存在として位置付けられていたというべきである。 そうすると、原告は、Fへの帰依の一環として、虹を重要視し、γやβを訪れるなどしていたと認めるのが相当である。 d 小括以上によれば、原告は、Fがその化身とされたシヴァ大神を直接の 崇拝の対象とはせず、三仏を崇拝の対象とすることを表明するなどしているものの、前記cのとおり、G又は原告は、その真意を秘匿するために、対外的には、F又はオウム真理教の教義から脱却したかのように仮装していること、三仏、大黒天(マハーカーラ)、ミシャグチ神、虹といったFと強く関係する存在が崇拝の対象等とされていたこ とも踏まえると、原告が、シヴァ大神を崇拝の対象としなかったことも、その真意を秘匿するための仮装行為にすぎず、対内的には、上記のような崇拝の対象を通じて、Fへの帰依を継続していたと認めるのが相当である。 原告の構成員の認識等 アレフ又は原告の構成員は、「正大師が尊師を捨てると言ってもそれは 救済を進めるための方便で、正大師の本心ではないことは、尊師自身もよくわかっているはずです。」(前記認定事実⑵エb)、「G代表が「時を待つことが大切である」と述べたのは、現在は会員数が少なくとも、E信仰を前面に押し出しているアレフとの違いを強調して、社会に対して「「Ⅰ」はE信仰から脱却した」とアピールし続けることで、世間がオ ウム真理教のことを一切忘れるまで団体を存続させ、再び昔 も、E信仰を前面に押し出しているアレフとの違いを強調して、社会に対して「「Ⅰ」はE信仰から脱却した」とアピールし続けることで、世間がオ ウム真理教のことを一切忘れるまで団体を存続させ、再び昔のような活発な活動を再開することを指しているのだと感じました。」(同⑶カa)、G代表から、「私は、尊師の意思として、尊師の名前を出さない団体を作ってもよいと言われた唯一の男性の一番弟子です。私は、尊師から「グルを否定してでも真理を残すように」と言われました」などという発言 を直接聞き、安心した記憶があります。このことは、グルが唯一許したG代表が、グル否定を行うのであれば、グルへの裏切りにはならないんだと思いました。」(同b)、「G代表がⅠ設立時に示した「衆生救済に導いていくための教義の根幹部分を残し、E色を隠すことで、観察処分を外す」という方針に従って活動してきました。」(同c)などと述べてお り、原告の構成員としては、原告につき、F及びオウム真理教の教義から脱却したかのように仮装し、Fに帰依していることを秘匿する方針の下で組織運営が行われている旨を認識していると認められる。 その上で、原告の構成員が、「「私はされたらされるままだわね。力が全然ないんだから。(中略)話にならないよ。日本の中の、ものすごい聖 者がいても、それはできないよね。Eさんの方が上だと思うから。」、Fが「亡くなった時は本当ショックでしたね。仕事も手に付かなかったりとか。尊敬の念も抱いていますし。」、「本当にできれば、彼には会いたかったなとは思いますし、これからも尊敬の対象ではありますね。」、「オウムで、「Aleph」で、「アストラルにとどまってます」とか「アスト ラルから何か見てますよ」っていうような話、やっぱり、そういう自覚 れからも尊敬の対象ではありますね。」、「オウムで、「Aleph」で、「アストラルにとどまってます」とか「アスト ラルから何か見てますよ」っていうような話、やっぱり、そういう自覚 を持って感じてる人たちって多いと思いますよ。私でもそうだから。」などと述べていること(前記認定事実⑶カ)に照らせば、原告の構成員は、なおもFへの帰依の心を示していることが認められる。 以上によれば、原告の構成員については、G又は原告の対外的な活動がE隠しのためのものであることを認識した上で、当該活動にかかわら ず、なおもFに帰依している様子が認められる。 小括前記ないしに説示した原告の設立の経緯等、原告における崇拝の対象等、原告の構成員の認識等に鑑みれば、原告は、依然としてFを帰依の対象としていると認めるのが相当である。 イ教義について オウム真理教においては、「苦の詞章」を根本とするタントラ・ヴァジラヤーナが最も重視され、その実践に係る具体的指針である「五仏の法則」や、Fと全く同じものの考え方や見方をさせる「マハームドラーの修行」が重要であるとされていたところ(前記認定事実⑴イ)、原告にお いては、前記アbのとおり、対外的には、タントラ・ヴァジラヤーナを含むオウム真理教の教義から脱却したという姿勢が示されている。 他方で、原告においては、平成23年9月から令和2年6月にかけて実施された原告の施設に対する立入検査の際、Fの説法等を収録した「尊師ファイナルスピーチ」等の多数の教材が施設内に保管されていたこと が確認されており(前記認定事実⑶エc)、なおもFの説いたオウム真理教の教義を維持していることがうかがわれる。 また、前記アによれば、原告にお 」等の多数の教材が施設内に保管されていたこと が確認されており(前記認定事実⑶エc)、なおもFの説いたオウム真理教の教義を維持していることがうかがわれる。 また、前記アによれば、原告においては、Fが帰依の対象であるとされていたことが認められるところ、このような中で、Gは、「苦の詞章」の重要性を繰り返し説いているほか(前記認定事実⑶オ)、「サリン事 件において、サリンをまいたその弟子たちも心の中に「これで他人を苦 しめてやるぞ」という悪い動機でやっていたかというと、そういうことは全然ないんですね。何か自分の精神的な成長ね、何か自分なりの間違った世界観かもしれないけど、救済の世界観でやるわけ。」、「この彼の行為は絶対的な悪ではないんじゃないか、この後に善につながっていく側面があるんじゃないかというような見方というのは、すごく重要ですね。」、 「何かが絶対悪だとか絶対善ではなくて、いかなる物も使いようだ、使い方なのだ。」、「人の、他の命を奪うとか、それから、他からお金を盗るとかいったもの、これは自分が健やかに生きるために必要かどうかというのが基準になり、それ以上であれば破戒、それ未満であれば煩悩と言わない。」と述べるなど、タントラ・ヴァジラヤーナの具体的指針たる「五 仏の法則」に通じる発言も繰り返している(同、、ないし)。さらに、Gは、「瞑想しただけでは、なかなか悟れない、体得できないということで出てきたのが、Eによる試練なんですね。これを「マハームドラー」と言います。Eは弟子をいじめるわけですね。」、「グルと弟子のプライベートな関係で、グルが弟子をいじめて、それに対して弟子 は自己愛にとらわれない瞑想をして、その平常心を保つという訓練は意義があったかなというふうには思っています。」と 、「グルと弟子のプライベートな関係で、グルが弟子をいじめて、それに対して弟子 は自己愛にとらわれない瞑想をして、その平常心を保つという訓練は意義があったかなというふうには思っています。」と述べるなど、「マハームドラーの修行」についても肯定的な発言をしている(前記認定事実⑶オ、)。 加えて、原告の構成員においても、「ポアの結果、現時点まで第三次世 界大戦は起きていない、若しくは遅れているという事実を捉えるならば、一連の事件については正しかった、成功だったと言えるのではないかと思います。」、「殺すという行為が、結果として相手の悪業を落とすことになれば、必ずしも悪いカルマを積むことにはならず、法則としては肯定されるものとなります。」、「タントラ・ヴァジラヤーナの教えっていうの はもっと先、その人がそれをやったことによって次どうなるか、その先 まで見越してやってるはずだから。」と述べるなど、タントラ・ヴァジラヤーナに対して肯定的な捉え方をする原告の構成員が複数存在する様子も認められる(前記認定事実⑶カ)。 以上のとおり、原告は、対外的にはタントラ・ヴァジラヤーナを含むオウム真理教の危険な教義を放棄したかのように振る舞っているものの、 対内的には、Fを帰依の対象とするとともに、Fが説いたオウム真理教の教義の根幹であるタントラ・ヴァジラヤーナ等について、Gや原告の構成員から肯定的な発言が繰り返されていること、さらには、後記エのとおり、原告がオウム真理教と同様の修行体系を維持していると認められることなどに照らせば、いずれは同教義を前面に押し出し、これを広 めることを想定しながら、依然としてタントラ・ヴァジラヤーナ等の同教義を保守し続けているというべきである。 ウ原告の組 られることなどに照らせば、いずれは同教義を前面に押し出し、これを広 めることを想定しながら、依然としてタントラ・ヴァジラヤーナ等の同教義を保守し続けているというべきである。 ウ原告の組織構造等 原告は、オウム真理教の名称を変更するなどして発足したアレフの構成員であったGらが、アレフを脱会して設立したものであるところ、そ の設立時においては、構成員163名のうち162名がアレフで活動していた者であり、本件更新決定の直前である令和2年10月末時点においても、構成員79名のうち、8割以上がアレフの構成員であった者で、かつ、約5割はサリン事件当時からオウム真理教の構成員であった者で構成されていた(前記前提事実⑵ア、イ及び前記認定事実⑶イ、)。 また、Gは、原告の設立に当たり、原告ではアレフでの位階制度を廃止して役職員制度を採用する旨を公表したものの、原告においては、その設立時において、Fに次ぐ正大師の位階にあったGが代表役員に就任したのを始めとして、その他の12名の役職員のうち9名はFによって「師」以上の位階に認定された者であったほか、アレフにおいて「師」 以上の位階にあった者は、1名を除き全員が役職員に就任した。本件更 新決定の直前である令和2年10月末時点においても、代表役員であるGを含む役職員7名の全員が、アレフにおいて「師」ないし師に準ずる「準師」の位階にあり、かつ、サリン事件当時からオウム真理教の構成員であった者であるほか、Gを含む役職員5名はFから「師」以上の位階に認定された者であった(前記認定事実⑶イ、)。 さらに、オウム真理教は、開設した施設に構成員を集団で居住させるという出家制度を採用していたところ、原告においても、専従会員を中心として原告の施設 であった(前記認定事実⑶イ、)。 さらに、オウム真理教は、開設した施設に構成員を集団で居住させるという出家制度を採用していたところ、原告においても、専従会員を中心として原告の施設に居住させるなどしており、出家制度と同様の集団居住体制を継続している(前記認定事実⑴ア、同⑶イ)。 以上のとおり、原告は、本件更新決定の時点においても、その構成員 の大部分がアレフの構成員であった者で、かつ、約5割がサリン事件当時からオウム真理教の構成員であった者で構成されていることに加え、原告の団体運営の中心となるべき役職員については、サリン事件当時からオウム真理教の構成員であった者で占められ、かつ、代表役員をFに次ぐ位階にあったGが務め続けていることを始めとして、オウム真理教 あるいはアレフでの位階の高い者が中心となって務めている。これらの点に照らせば、本団体と原告とは人的属性という基本的性質が共通しており、また、集団居住体制を維持している点においても類似しているというべきである。 エ修行体系等 オウム真理教は、「教学」、「功徳」、「行法・瞑想修行」、「イニシエーション」を修行の「四つの柱」と位置付けていたところ(前記認定事実⑶エb)、原告においても、以下のとおり、「教学」、「功徳」、「行法」、「聖地(聖なる環境)」を「四つの柱」とする修行体系が採用されている。 a 教学 原告は、教本ないし教材を多数発行しているが、その教本等には、 Fの説法等と類似する内容が多数含まれている(前記認定事実⑶エ)。 b 功徳「功徳」とは、Fが説いたのと同様に、利他の実践によって得られるものであり、修行等を進めるための「エネルギー」あるい る内容が多数含まれている(前記認定事実⑶エ)。 b 功徳「功徳」とは、Fが説いたのと同様に、利他の実践によって得られるものであり、修行等を進めるための「エネルギー」あるいは「ガソリン」であるとされている(前記認定事実⑶エ)。 c 行法「行法」には、オウム真理教で「四つの柱」の一つと位置付けられていた「瞑想」も含まれている(前記認定事実⑶エa)。 また、「行法」の内容について見ると、その一つである呼吸法が、オウム真理教の修行で行われていた呼吸法と同様のものであるほか、「瞑 想」に関しても、Fの説明と同様に、アーサナ、プラーナーヤーマ、ムドラーの段階を経て、潜在意識へアプローチし、仏陀の悟りの境地を体得するものである旨が説明されている(前記認定事実⑶エa、b、d)。加えて、原告の構成員は、原告において行われている修行の一部に関して、過呼吸から脳への酸素不足を誘発させようとするもの であり、オウム真理教と同じ手法で神秘体験をさせるものであるなどと述べていること(同c)に照らせば、原告においては、オウム真理教で行われていた極めて危険な修行も実施されていることが認められる。 d 聖地等 原告においては、各地の神社等を訪問する「聖地巡り」を実施しているところ、前記認定事実⑶エaのGや原告の構成員の発言等に照らせば、「聖地巡り」は、Fによるイニシエーションの代替手段として実施されているものであり、Fによるイニシエーションと同様に、カルマの解放、潜在的なものの表面化及びナーディーの浄化 という効果が得られるものと位置付けられている。 ⒝ また、原告においては、イニシエーションとして、オウム真理教の「音のイニ 、潜在的なものの表面化及びナーディーの浄化 という効果が得られるものと位置付けられている。 ⒝ また、原告においては、イニシエーションとして、オウム真理教の「音のイニシエーション」及び「シャクティーパット」と酷似する「聖音波動法輪ヒーリング」及び「弥勒金剛法具エンパワーメント」といった儀式が実施されており、「弥勒金剛法具エンパワーメント」については、オウム真理教でFからシャクティーパットの権限 を付与されていたGのみが行っている(前記認定事実⑶エb、c)。 前記に説示したところによれば、オウム真理教と原告の修行体系は、「四つの柱」とされる修行体系の根幹部分において、その内容や効果とされているものなどが酷似しており、原告は、オウム真理教と同様の修行体系を維持し続けていると認めるのが相当である。 オ小括以上のとおり、原告は、対外的には、Fあるいはオウム真理教の教義から脱却した姿勢を強く示しつつも、対内的には、いずれはF及び同教義を前面に押し出し、これを広めることを想定しながら、Fへの帰依を続けるとともに、タントラ・ヴァジラヤーナを含む同教義を保守し続け、また、 その組織構造や修行体系などという点からみても、同教義を広めるなどという目的を達成するための体制を維持し続けているということができる。 そうすると、原告については、本件共同目的を中核的要素とする本団体と同一性があるものと評価することができ、本団体に含まれると認めるのが相当である。 ⑶ 原告の主張についてア 「脱E」又は「反E」に向けた取組原告は、これまでFやオウム真理教の教義への信仰に関して総括的な反省をするとともに、「脱E」に向けた取組を実施したほか、Fやオウム真理教等を批判 についてア 「脱E」又は「反E」に向けた取組原告は、これまでFやオウム真理教の教義への信仰に関して総括的な反省をするとともに、「脱E」に向けた取組を実施したほか、Fやオウム真理教等を批判する活動を広く行うなど「反E」に向けた取組をも実施 していることからすれば、原告は本団体に含まれるものではない旨を主 張する。 しかし、前記⑵アに説示したとおり、G又は原告による、Fあるいはオウム真理教の教義から脱却したことを示す対外的な活動は、Fを帰依の対象としているなどといった真意を秘匿するための仮装行為というべきであり、原告が主張する「脱E」又は「反E」に向けた各取組も、そ の一環にすぎないというべきである。 なお、原告は、「脱E」又は「反E」に向けた取組は、Fの指示ないし許可の範囲を逸脱し、オウム真理教の教義にも反するものであるなどとも主張するが、F自身が、「本質的な部分であっても外していい。」などのF獄中メッセージを発信していることのほか(前記認定事実⑵アb)、 G自身も、「今のグルへの帰依、今のグルの意思として、教団が取るべき方針について考えなければならない。」などとし、「今のグルの意思」を重視し、実践することが、Fへの帰依であるなどとしたり(同⑵ウa、d、e)、シュリ・ラーマクリシュナとヴィヴェーカーナンダの関係を引き合いに出しながら、「教団からグルを外し、(中略)教団が社会に認め られたころにまたグルを前面に押し出していけば良いじゃないか。」などと述べたりしていること(同イd)に照らすと、原告の「脱E」又は「反E」に向けた各取組は、上記のようなF獄中メッセージを踏まえつつ、「今のグルの意思」の実践としての取組にすぎないというべきであり、それが、Fの指示等の範囲を逸脱したり、オウム 告の「脱E」又は「反E」に向けた各取組は、上記のようなF獄中メッセージを踏まえつつ、「今のグルの意思」の実践としての取組にすぎないというべきであり、それが、Fの指示等の範囲を逸脱したり、オウム真理教の教義に反した りするものであるなどということはできない。 また、原告は、原告に設置された外部監査委員会が作成した外部監査結果報告書等(甲14~16、74、75)において、原告について「団体規制法第5条規定の観察処分の適用要件に該当する事実は何ら認められなかった。」などとされていることから、原告が本団体に含まれないと 主張するようであるが、当該報告書等においては、前記アないしエに 説示したような様々な事実関係を十分に検討した様子はうかがわれないことなどに鑑みると、当該報告書等は、前記⑵の判断を覆すものではないというべきである。 イ Fへの帰依又はE隠しを裏付けるとされる各事実等について原告は、F獄中メッセージにつき、破防法の適用を前提としたもので あり、破防法の適用がなくなった状況でその内容を実践することは許されないとして、F獄中メッセージをもって、E隠しが裏付けられるものでないなどと主張する。 しかし、Gは、Fによる新たな宗教組織を立ち上げる旨の話につき、破防法の適用の有無に関わらない対策であった旨を述べていること(前 記認定事実⑵ウc)や、破防法の適用がなくなった後においても、F獄中メッセージを引用した投稿をしていること(同b、f)などに照らせば、F獄中メッセージにつき、破防法の適用がある場合にのみ意味を持つものであると捉えていたとは考えにくい。 原告は、Gが勾留中又は服役中に作成したノートの記載や原告の設立 前にした説法等につき、同ノートにはFへの絶対的帰依を否定 がある場合にのみ意味を持つものであると捉えていたとは考えにくい。 原告は、Gが勾留中又は服役中に作成したノートの記載や原告の設立 前にした説法等につき、同ノートにはFへの絶対的帰依を否定するような記載も含まれているし、Gとしては、Fを徐々に相対化しつつ、アレフを適切な団体へと導くために、Fの発言を利用して説法等を行っていたにすぎないなどと主張する。 しかし、前記⑵アに説示したとおり、Gは、Fを帰依の対象としてい るなどといった真意を秘匿するための仮装行為に及んでいたことに照らせば、上記のようなFへの帰依を否定するかのようなノートの記載は、当該仮装行為に関わる構想を示したものにすぎないというべきであり、Gが真にFへの帰依を否定する趣旨で記載したものということはできない。また、上記の仮装行為の点に加え、前記⑵アに説示したところに よれば、Gは、原告を設立した後も、アレフにおける自身の説法等に照 らして当然にFを想起させることになる、大黒天(マハーカーラ)やミシャグチ神などを選択して崇拝の対象としていることが認められ、原告の設立までの説法等につき、Fを徐々に相対化するためにその発言を利用していたにすぎないなどと認めることもできない。 原告は、原告の設立後のGの説法等は、仏教の普遍的な思想等にすぎ ないし、原告の修行体系についても、ヨーガや密教の宗派であれば一般的に行っているものにすぎず、これらをもって、原告においてオウム真理教の教義の根幹部分が維持されているとはいえない旨を主張する。 しかし、前記⑵アに説示したとおり、Gは、その真意を秘匿するための仮装行為に及んでいたことに加え、オウム真理教と原告の修行体系は、 その修行の内容も含めて共通する部分が極めて多く、仮に、Gの説法等や原告の修行 説示したとおり、Gは、その真意を秘匿するための仮装行為に及んでいたことに加え、オウム真理教と原告の修行体系は、 その修行の内容も含めて共通する部分が極めて多く、仮に、Gの説法等や原告の修行体系が一般的なものにすぎないなどというのであれば、前記⑵エcのとおり、過呼吸から脳への酸素不足を誘発させるような修行方法を採用すること自体が不合理であることはいうまでもない。 原告は、原告の大黒天やミシャグチ神についての解釈はFの解釈とは 異なるもので、オウム真理教の教義を変更するものにほかならないし、平成26年には、哲学教室に転換して、祭壇を廃止していることなどに照らせば、Gが大黒天やミシャグチ神等に言及したことをもって、Fへの帰依又はE隠しが裏付けられるものではないなどと主張する。 しかし、原告が、大黒天やミシャグチ神等を崇拝の対象としたことを 含め、その真意を秘匿するための仮装行為に及んできたことは、前記⑵アに説示したとおりであり、哲学教室に転換するなどしたことについても、その一環にすぎないというのが相当である。そして、オウム真理教の教義の変更については、F自身が、「本質的な部分であっても外していい。」などとのF獄中メッセージを発信していることなどから、Fの意思 に反しないものと考えられていたことは、前記アに説示したとおりで ある。 ウ 「政治上の主義」の消滅原告は、平成30年7月6日にFの死刑が執行されたことにより、「Fが独裁者として統治する祭政一致の専制国家を樹立する」という政治上の主義は実現不可能なものとなっており、当該政治上の主義を枢要な一部とし て内包するオウム真理教の教義なるものも存在し得ない状態となっていることから、原告が本団体に含まれることはないなどと主張する 義は実現不可能なものとなっており、当該政治上の主義を枢要な一部とし て内包するオウム真理教の教義なるものも存在し得ない状態となっていることから、原告が本団体に含まれることはないなどと主張する。 しかし、団体規制法4条1項の「無差別大量殺人行為」については、「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する目的」をもって行われることが要件とされているのに対し(破防法4条1項2号柱 書き)、団体規制法4条2項にいう「団体」については、「特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体をいう。」と規定されているにとどまり、文理上、政治上の主義が要件とされているものとは解されない。 そして、本件における「特定の共同目的」とは、「EことFを教祖・創始 者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現すること」(本件共同目的)であり、原告が、本件共同目的を中核的要素とする本団体と同一性があると評価できることは、前記⑵に説示したとおりであって、原告が、「Fが独裁者として統治する祭政一致の専制国家を樹立する」という政治上の主義を直接にその目的としていることが認められないとしても、そのことをも って、原告が本団体に含まれるとの判断が左右されるものではない。 エ小括以上のとおり、原告の主張はいずれも採用することができず、その他種々主張する点を踏まえても、前記⑵の判断が覆るものではない。 3 団体規制法5条1項各号該当性 ⑴ 団体規制法5条1項1号該当性 アサリン事件は、Fを独裁者とする祭政一致の専制国家体制を樹立するという政治上の主義を推進する上での障害を除去すること等を目的として実行されたものであり、サリン事件に関与した構成員の多く アサリン事件は、Fを独裁者とする祭政一致の専制国家体制を樹立するという政治上の主義を推進する上での障害を除去すること等を目的として実行されたものであり、サリン事件に関与した構成員の多くは、「マハームドラーの修行」の一環としてサリン事件を実行したと認められる(前記認定事実⑴)。したがって、Fは、無差別大量殺人行為であるサリン事件の計画 遂行に関して主導的役割を担った者として、その首謀者に該当すると認められる。 イそして、前記2に説示したとおり、原告は、「EことFを教祖・創始者とするオウム真理教の教義を広め、これを実現すること」という本件共同目的を中核的要素とする本団体と同一性があるものと評価できるのであるか ら、Fは、Fにつき死刑が執行された後である本件更新決定時においてもなお原告の活動に影響力を有していたと認められる。 ウなお、原告は、団体規制法5条1項1号該当性については、無差別大量殺人行為に関する危険な要素を現在も保持しているかという観点から判断されるべきであるとした上で、本件FTO指定解除の事実に照らせば、原 告の同号該当性が否定される旨主張するが、かかる原告の主張は、同号の文言に整合しない解釈を前提とするものであり、採用することができず、その他、原告の同号該当性を否定する事情は見当たらない。 エしたがって、原告は団体規制法5条1項1号に該当する。 ⑵ 団体規制法5条1項3号該当性について Gは、サリン事件当時、オウム真理教において、その意思決定に関与し、事務に従事する役員であった者であり、かつ、本件更新決定当時における原告の代表役員であるから、原告は、団体規制法5条1項3号に該当する。 なお、原告は、本件FTO指定解除の事実をもって原告の団体規制法5条1項3号該当性が否定 であり、かつ、本件更新決定当時における原告の代表役員であるから、原告は、団体規制法5条1項3号に該当する。 なお、原告は、本件FTO指定解除の事実をもって原告の団体規制法5条1項3号該当性が否定されるなどと主張するが、かかる原告の主張を採用す ることができないことは、前記⑴ウに説示したところと同様である。 ⑶ 小括以上のとおり、原告については、少なくとも団体規制法5条1項1号及び3号に該当すると認められ、同項4号及び5号の該当性を判断するまでもなく、同項各号のいずれかに該当するという要件を満たすものである。 4 団体規制法5条4項の必要性の有無 ⑴ 前記認定事実⑶イ、証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件更新決定時においても、集団居住体制を採用して、一般社会との間で一定の隔絶性や閉鎖性のあるコミュニティーを形成していることが認められるところ、原告の構成員は、第6回更新決定から本件更新決定までの間にも、本件観察処分に基づく原告の施設に対する立入検査において、公安調査官の質問に対 して回答を拒否したり、インターネットに接続した上でのパソコンの検査の要請を拒否したりするなどの対応に及んでいたことのほか(乙B7の15)、原告の活動に関するデータが保存されたパソコン等を隠匿するなどの行為に及んでおり(乙B7の46、乙B16)、原告は、その活動実態を十分に明らかにしようとしない姿勢を有していることが認められる。そして、前記2に 説示したとおり、原告が、本件更新決定時においても、Fを帰依の対象としているなどといった真意を秘匿するための仮装行為を続けていることも併せ鑑みれば、本件更新決定時において、引き続き原告の活動状況を継続して明らかにする必要があったと認められる。 したがって、原告 しているなどといった真意を秘匿するための仮装行為を続けていることも併せ鑑みれば、本件更新決定時において、引き続き原告の活動状況を継続して明らかにする必要があったと認められる。 したがって、原告については、団体規制法5条4項の必要性の要件を満た すものである。 ⑵アなお、原告は、公安調査官の質問に対する回答拒否につき、提出された証拠では事実関係の検証ができない、立入検査には協力しているなど種々主張するが、回答拒否に関する調査書(乙B7の15)には、原告の構成員の対応が細かく記載されていることなどに照らせば、同調査書の内容は、 十分に信用できる。 イまた、原告は、原告につき本件FTO指定解除がされたことから、引き続きその活動状況を継続して明らかにする必要があったとはいえない旨を主張するが、団体規制法5条の観察処分あるいは期間更新処分とFTO指定とはその要件が異なっているし、そもそもアメリカにおいて本件FTO指定解除がされたことをもって、前記⑴の判断が直ちに左右されるもので もない。 5 本件処分の適法性以上によれば、原告については、本団体に含まれるとともに、団体規制法5条1項1号及び3号の要件並びに同条4項の必要性の要件を満たすものと認められる。 なお、原告は、公安調査庁が団体規制法3条に違反する立入検査を実施しているなどと主張するが、かかる原告の主張をもって本件処分の違法性が直ちに基礎付けられるものとはいい難く、その余の原告の主張を踏まえても、本件処分は適法というべきである。 6 結論 よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第38部 裁判長裁判官鎌野真敬 6 結論 よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第38部 裁判長裁判官鎌野真敬 裁判官中畑啓輔 裁判官池田好英(別紙1及び2省略) (別紙3)団体規制法の定め 1 4条⑴ 団体規制法4条1項は、この法律において「無差別大量殺人行為」とは、破 壊活動防止法4条1項2号ヘに掲げる暴力主義的破壊活動(政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、又はこれに反対する目的をもって、刑法199条(殺人)に規定する行為をなすこと)であって、不特定かつ多数の者を殺害し、又はその実行に着手してこれを遂げないものをいう旨を規定している。 ⑵ 団体規制法4条2項は、この法律において「団体」とは、特定の共同目的を 達成するための多数人の継続的結合体又はその連合体をいい、ある団体の支部、分会その他の下部組織も、この要件に該当する場合には、これに対して、この法律による規制を行うことができるものとする旨を規定している。 2 5条⑴ 団体規制法5条1項柱書きは、公安審は、その団体の役職員又は構成員が当 該団体の活動として無差別大量殺人行為を行った団体が、同項各号に掲げる事項のいずれかに該当し、その活動状況を継続して明らかにする必要があると認められる場合には、当該団体に対し、3年を超えない期間を定めて、公安調査庁長官の観察に付する処分を行うことができる旨を規定し、その1号は、当該無差別大量殺人行為の首謀者が当該団体の活動に影響力を有していること、そ の3号は、当該無差別大量殺人行為が行われ 安調査庁長官の観察に付する処分を行うことができる旨を規定し、その1号は、当該無差別大量殺人行為の首謀者が当該団体の活動に影響力を有していること、そ の3号は、当該無差別大量殺人行為が行われた時に当該団体の役員(団体の意思決定に関与し得る者であって、当該団体の事務に従事するものをいう。以下同じ。)であった者の全部又は一部が当該団体の役員であること、その4号は、当該団体が殺人を明示的に又は暗示的に勧める綱領を保持していること、その5号は、前各号に掲げるもののほか、当該団体に無差別大量殺人行為に及ぶ危 険性があると認めるに足りる事実があることとそれぞれ規定している。 ⑵ 団体規制法5条3項は、同条1項の処分を受けた団体は、政令で定めるところにより、当該処分が効力を生じた日からその効力を失う日の前日までの期間を3月ごとに区分した各期間ごとに、当該各期間の経過後15日以内に、同条3項各号に掲げる事項を、公安調査庁長官に報告しなければならない旨を規定している。 ⑶ 団体規制法5条4項は、公安審は、同条1項の処分を受けた団体が同項各号に掲げる事項のいずれかに該当する場合であって、引き続き当該団体の活動状況を継続して明らかにする必要があると認められるときは、その期間を更新することができる旨を規定している。 ⑷ 団体規制法5条5項は、同条3項の規定は、同条4項の規定により期間が更 新された場合について準用する旨を規定している。 以上
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