平成14(ワ)1533 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成16年2月24日 名古屋地方裁判所
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判決文本文13,245 文字)

平成16年2月24日判決言渡平成14年(ワ)第1533号損害賠償請求事件 主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告らは原告に対し、連帯して3581万4435円及びこれに対する平成12年2月13日から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は、下記1(3)の殺人事件(以下本件事件という)に関して、原告が後示2(1)①②の安全配慮義務違反を主張して、被告らに損害賠償を請求する事案である。 1 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実(1) 当事者・関係者① A(明治38年生れ。本件事件当時94歳。)は、名古屋市B区CD丁目E番地の自宅(以下本件邸宅という)に居住していた者であり、被告らは、その養子である。 ② F(昭和2年生れ。本件事件当時73歳。)は、平成11年5月Aに雇用されて、本件邸宅で住込み家政婦として稼働していた者であり、原告は、その娘である。 ③ Gは、もと本件邸宅で住込み家政婦として働いていた者である。 (2) 本件邸宅の構造等(以下同邸宅の各部は、別紙図面記載の名称で表示する。また、同図面では、直接関係の薄い下記①の建物2階部分の記載を省略する)① 同邸宅の構造・配置は、別紙図面記載のとおりであって、外周を塀(以下本件塀という)で囲まれた敷地内に木造2階建の居宅(以下本件建物という)が建っており、本件事件当時、AとFの二人が居住していた。 ② 本件塀には、正門及び通用口と、正門横の潜り戸(以下本件潜り戸という)の3か所の出入り口があったが、実際は正門と通用口は常時施錠されており、主に本件潜り戸のみが出入りに使われていた。そして、同所にはシリンダー錠が付けられて、AとF、被告I、下記警備会社が鍵を所持していた(以下本件錠と本件鍵という。な は正門と通用口は常時施錠されており、主に本件潜り戸のみが出入りに使われていた。そして、同所にはシリンダー錠が付けられて、AとF、被告I、下記警備会社が鍵を所持していた(以下本件錠と本件鍵という。なお、上記以外の鍵の所持人に争いがある)。 ③ 一方、敷地内から本件建物へは、玄関、勝手口等から出入りすることができた。また、Aは、綜合警備保障株式会社に本件建物の警備を依頼して、同内部に外部からの侵入者に対する警報装置(以下本件警報装置という)を設置していたが、下記(3)の進入当時、同装置をセットしていなかった。 (3) 本件事件(ただし、Gの進入方法等に争いがある)平成12年2月13日、Gは、本件邸宅に進入し、FとAを、それぞれ応接間と寝室において花瓶で殴打して殺害したが、Fの相続人は、原告のみであり、Aの相続人は、被告らのみである(殺害場所等につき、甲7)。 2 争点本件の主な争点は、下記(1)①の安全配慮義務の存否(請求原因)であり、その前提問題として、(a)本件邸宅と周辺の治安状況、(b)Gの進入方法等、(c)本件錠の管理責任の所在などが争いになっている。 (1) 原告の主張① 一般に、使用者には、従業員が安全に労働できるよう職場環境を整備する安全配慮義務があるが、下記事情によれば、Aには、Fの生命身体の安全を守るため、本件潜り戸にオートロックやモニターカメラなど資産状態に見合った万全の物的防犯設備を備える義務があった(以下本件義務という)。 ア Aは、地元の名士で有名な資産家であり、従前数百万円単位の現金を本件邸宅内に所持していたが、本件邸宅は、黒塗りの本件塀に囲まれた武者屋敷風の造りで、高級住宅街の中でもひときわ目を引く豪邸であって、同所に相当の資産が保管されていることは、容易に想像できる。そして、94歳のAと73歳のFの高齢女性の は、黒塗りの本件塀に囲まれた武者屋敷風の造りで、高級住宅街の中でもひときわ目を引く豪邸であって、同所に相当の資産が保管されていることは、容易に想像できる。そして、94歳のAと73歳のFの高齢女性の二人暮しだった点も考慮すれば、同邸宅が、強盗等の犯罪者に狙われやすい場所だったことは明らかである。 イ一方、本件邸宅周辺では、空き巣被害が発生し、周囲の大規模な邸宅は、ほとんど例外なく警備保障会社を入れており、近隣住民は、防犯について相当な関心と危機感を抱いていた。そして、家政婦を雇用していない邸宅でも相当な防犯対策を施している点に鑑みれば、家政婦の就業場所である本件邸宅には、さらなる防犯対策が要求される状況であった。 ウまた、Fは、Aの強い要請で本件邸宅に住み込んで、家政婦として24時間体制で勤務していたのであるから、その就業場所である本件邸宅の安全を確保すべきAの注意義務は、自己の生命・身体・財産に対するよりも高度のものだったというべきである。 エ更に、本件建物では、Aの指示に従って、日中玄関を開放しており、本件潜り戸の防犯態勢を整えることが重要であった。 ② しかるに、Aは、(a)本件潜り戸にシリンダー錠の本件錠とインターホンしかない状況を放置して、防犯設備の取付を怠っており、(b)本件警報装置のセットも夜間のみで、昼間の時間帯は、なんら防犯態勢を取らなかったほか、(c)昼間玄関を開けておくよう指示していたが、玄関が施錠されていれば、少なくとも本件建物内への侵入は防止できたはずであり、Fは、Aの本件義務違反の結果、窃盗目的で侵入してきたGによって殺害されたものである。 なお、刑事事件で、Gは、無施錠の本件潜り戸から入ったなどと供述しているが、同女の侵入方法は、他にも想定できるのであって、無施錠の本件潜り戸から侵入したとは断定できないし て殺害されたものである。 なお、刑事事件で、Gは、無施錠の本件潜り戸から入ったなどと供述しているが、同女の侵入方法は、他にも想定できるのであって、無施錠の本件潜り戸から侵入したとは断定できないし、本当に無施錠だったかも不明である。 そして、本件鍵は、F以外にも、A、被告ら、姪のH、警備会社が所持しており、Fが施錠を忘れたと断定する根拠は存在しない。また、Gの供述によれば、本件事件当日本件邸宅に電話したところ、FではなくAが電話に出て、Gを上記Hと間違えてしゃべり始めた事実があるから、これによれば、Gの侵入当時、(a)Fは長時間外出していて、Aのみが留守番をしていた可能性が高いし、(b)来訪者があったり、(c)A自身が本件錠を開けたままにしていた可能性も十分存在する。 ③ 仮に、Fが本件錠を掛け忘れたとしても、(a)同錠の管理責任は、本件鍵の所持者全員が負担していたのであって、家政婦であるFのみが負担していたものではなく、(b)本件義務を考慮すれば、使用者であるAにこそ管理責任があったというべきである。また、(c)Aには、かかる事態を想定して本件潜り戸にオートロックを設置する義務があったのであって、A自身の安全配慮義務違反と評価すべきである。したがって、万一Fに過失があったとしても、Aの本件義務違反の成否になんら影響するものではない。 ④ よって、原告は被告らに対し、本件義務違反に基づく損害3581万4435円(逸失利益合計1481万4435円、慰謝料2000万円、葬儀費用100万円)及び本件事件の日以降の遅延損害金の支払を求める。 ⑤ なお、オートロックは、特殊な設備ではなく、本件事件当時、大規模な家屋やマンション、店舗等の多くに完備されていたし、警備会社に依頼すれば、モニターカメラなどの人物確認装置も容易かつ安価に設置できたのであって、本 ロックは、特殊な設備ではなく、本件事件当時、大規模な家屋やマンション、店舗等の多くに完備されていたし、警備会社に依頼すれば、モニターカメラなどの人物確認装置も容易かつ安価に設置できたのであって、本件邸宅の規模やAの財力に鑑みれば、問題なく設置可能であった。 (2) 被告らの主張① 前示(1)①冒頭のうち、本件義務の存在は争い、同ア以下の事実は下記のとおり否認ないし争う。本件邸宅の環境・体制や警報装置等は、以下のとおりであって、具体的状況等に応じた適切な防犯態勢が敷かれていたというべきであるから、Aに、それ以上の防犯設備の設置義務はなかった。 ア本件邸宅は、閑静な住宅街の一画にあって、一般住宅や日本バプテスト宗教団の社宅などと隣接していたが、付近一帯は、平穏な住宅地であり、これまで空き巣、ひったくり等の盗難被害などは発生したことがなかった。また、本件邸宅内には、日常生活に必要な限度の高価品しか存在していなかった。 イ他方、本件邸宅への出入り口は、前示1(2)②のとおり本件潜り戸に限定されており、同所も出入りのとき以外は本件錠によって施錠されていたが、外部から本件邸宅を訪れる者は、あらかじめインターホンを押して、本件潜り戸を内側から解錠してもらうことになっており、特に異常な手段を取らない限り、侵入できないようになっていた。 ウまた、本件鍵の所持人は、A以外に、F、被告I、警備会社に限られていたが、Aは、夜間はもちろんのこと、昼間でも本件邸宅からの出入り時には本件潜り戸の施錠を励行するよう厳しく注意を与えていた。 エ更に、Aは、前示1(2)③のとおり警備会社と警備業務請負契約を締結して、(a)非常ボタンによる通報システムのほか、(b)本件建物の開放箇所に外部からの侵入者を感知し、警備会社に自動的に通報する本件警報装置を設置しており、そのス おり警備会社と警備業務請負契約を締結して、(a)非常ボタンによる通報システムのほか、(b)本件建物の開放箇所に外部からの侵入者を感知し、警備会社に自動的に通報する本件警報装置を設置しており、そのスイッチは、Fが夕方入れて、朝方開放していた。 オ一方、住込み家政婦は、使用者と常時生活をともにしているから、当該家政婦が他人から恨みを買っているなど特段の事情が認められない限り、使用者は、自己の生命・身体・財産に対すると同程度の安全配慮をしていれば足りるというべきである。 ② 同②冒頭の因果関係及び義務違反の成立、並びに同③の本件錠の管理責任に関する法的主張は、以下のとおり争い、同②のGの進入方法等に関する主張事実は否認する。 ア本件事件は、当初は再雇用の依頼又は無心の目的で本件邸宅を訪れたGが、Fが施錠を失念若しくは手抜きした本件潜り戸から進入し、たまたま人に知られることなく玄関まで立ち入れたことから変心して、その後応接間に隠れていたところ、これを発見したFに大声でとがめられたため凶行に及んだというものであって、その原因は、(a)本件錠の管理に関するFの上記過失と、(b)Gを発見した同人が、警備会社等に通報することなく直接犯人を取り押さえようとした点にあり、仮にそうでないとしても、上記のとおり通常予測できない事態が積み重なって発生したものであって、かかる不測の事態についてまで、Aに安全配慮義務は認められない。 イ Aは、起居やや不自由な94歳の老女であり、一方Fは、73歳とはいえ、人並み以上に健康で、本件邸宅の家事全般を任されていた家政婦であって、ある面ではAを介添えする立場にあったものであり、本件潜り戸の施錠等について、家人以上に注意を払わねばならない立場にあった。 ウ他方、Aは、特別のことがない限り、本件邸宅外に出ることはなく、新聞の集 る面ではAを介添えする立場にあったものであり、本件潜り戸の施錠等について、家人以上に注意を払わねばならない立場にあった。 ウ他方、Aは、特別のことがない限り、本件邸宅外に出ることはなく、新聞の集金や宅配便の配達等も、本件潜り戸のインターホンで呼ばれると、屋内で対応していた。そして、本件事件当日、被告らはもちろんのこと、なんびとも本件邸宅を訪れておらず、本件潜り戸から外出したのは、買い物に出かけていたFのみであって、同人以外に本件錠の施錠を怠った者はいない。 第3 争点に対する判断 1 前提となる事実(a)前示第2の1(1)ないし(3)の各事実、(b)甲5ないし19、33、36ないし38、乙1、(c)被告I本人尋問の結果、弁論の全趣旨、(d)後示採用できない部分を除く証人Jの証言によれば、以下の事実が認められる。 (1) 本件事件の現場となった本件邸宅は、名古屋市B区内の、東名阪自動車道から西方約500メートル、主要地方道名古屋・長久手線から北方約600メートルの市街地内の交差点角に位置している。付近は、高級住宅、学校、公園等が存在する、裏通りの閑静な住宅地であり、本件邸宅の北隣及び北東隣には一般住宅が、北西隣には社団法人日本バプテスト宗教団の社宅が隣接している。南東と南西側は道路に面しており、道路を挟んで東側に中規模の公園がある。 (2) 本件邸宅は、上記隣地と道路の間の面積約100坪の宅地で、周囲を完全に本件塀によって囲まれている。同塀は、上記道路側は、石垣及びコンクリートの基礎の上に設けられた黒色大和板張りの土塀構造で、同部分の全長は約37メートルに及び、上記基礎の下端から本件塀の上端までは、低いところでも約2.4メートル、高いところでは約3.8メートルに達していた。また、前示隣家との境界部分には、高さ約1.7メートルのブロック塀 メートルに及び、上記基礎の下端から本件塀の上端までは、低いところでも約2.4メートル、高いところでは約3.8メートルに達していた。また、前示隣家との境界部分には、高さ約1.7メートルのブロック塀の上に、更に高さ約0.8メートルの鉄製フェンスが設置されていた。 そして、本件塀には、正門と通用口、及び正門の一部に本件潜り戸が設けられており、正門の大きさは、全体で間口約3.6メートル、高さ約3メートル、通用口は、間口約1.2メートルで、本件潜り戸は、間口0.57メートル、高さ1.42メートルだったが、実際には、正門本体と通用口は、常時施錠されて閉鎖されており、本件事件当時、本件潜り戸だけが出入りに使われていた。 (3) 本件塀の内側には、木造瓦葺モルタル2階建の本件建物が建っていたが、本件事件当時、同建物には、A(明治38年生れ。94歳)とF(昭和2年生れ。73歳)の二人だけが暮していた。 本件建物の構造・配置は、別紙図面記載のとおりであって、1階には、和室2間と応接間、台所、風呂、便所等のほか、Aの寝室とFの部屋があり、2階には和室2間があった。また、同建物には、出入り口として、玄関、勝手口や、納戸横の土間が設けられていたが、そのほか1階東側廊下の庭に面した側には、長さ約4間の掃出し窓があり、この部分などからも出入りできた。 (4) Aは、元歯科医でかなりの資産家であり、本件建物寝室内の金庫に多額の現金や金の延べ棒等を保管していたが(甲7・20頁)、平成7年5月に夫を亡くして以降、Fや姪のHら家政婦との二人暮しだったことなどから、防犯のため、前示(2)のとおり本件邸宅の出入り口を本件潜り戸のみに制限して、同所も出入りの際以外は本件錠によって常時施錠しており、本件事件当時も、本件鍵は、自分以外には、Fら家政婦と被告I、警備会社にしか交付していな のとおり本件邸宅の出入り口を本件潜り戸のみに制限して、同所も出入りの際以外は本件錠によって常時施錠しており、本件事件当時も、本件鍵は、自分以外には、Fら家政婦と被告I、警備会社にしか交付していなかったうえ、これらの者にも出入り時以外の施錠を指示していた。 そのため、外部からの訪問者は、本件潜り戸のインターホンで内部の家政婦等を呼び、確認のうえ、解錠してもらってから中に入るようになっていた。 (5) 更に、Aは、平成9年10月1日綜合警備保障株式会社と警備業務請負契約を締結して、本件建物の警備を依頼しており、(a)非常ボタンを押すと同社に連絡が入る通報システムのほか、(b)本件建物の開放箇所にマグネットスイッチによって外部からの侵入者を感知し、その他の異常事態とともに同社に自動的に通報する本件警報装置を設置していたが、そのスイッチは、家政婦が本件建物各所を戸締まりしてから、毎日午後9時頃入れて、朝方開放していた。一方、本件建物の玄関は、日中施錠されていないことが多かった。 また、Aは、従前は木曜日に編み物教室に行くなどの外出をしていたが、平成11年頃軽い脳梗塞で倒れて以後、外出に手助けが必要な場合があるようになっていた(甲18・57頁)。そして、Aは、もともと土曜日や日曜日にはほとんど外出しておらず(甲37・13頁)、毎日の買い物やゴミ捨てなど日常家事上の外出は、もっぱらFら家政婦が行なっていた。 (6) Fは、もと民間会社で経理事務等をしていた者であるが、平成7年夏頃、Aに雇用されて、本件邸宅で住込みの家政婦として働くようになり、その後平成8年9月末に一旦辞めたが、平成11年5月から再び本件邸宅で住込み家政婦として勤務していた。Fは、転倒して背骨を圧迫骨折した跡が同部に残っており、強度の近視で白内障を患っていたが、それ以外は健康で、内臓 月末に一旦辞めたが、平成11年5月から再び本件邸宅で住込み家政婦として勤務していた。Fは、転倒して背骨を圧迫骨折した跡が同部に残っており、強度の近視で白内障を患っていたが、それ以外は健康で、内臓疾患等はなく、家政婦としての仕事に格別の支障はなかった。 (7) 一方、Gは、平成10年2月から7月まで本件邸宅で住込み家政婦として働いていた者であるが、その後旅館の仲居等をしていたものの、平成11年体調を崩して働けなくなり、各地を転々とするようになった。その後、Gは、旅館の仲居として働くのに必要な費用を工面するため、Aに再度雇用してもらおうと思いつき、同女に会う目的で本件邸宅に向かい、平成12年2月13日、日曜日の昼近く頃、一旦同邸宅に電話をかけた。このときAが電話に出たが、耳の遠い同人が一方的にしゃべり始めたため、Gは、それ以上会話することなく電話を切った(甲36・79頁以下)。 (8) その後、Gは、同日午後4時頃、本件邸宅を訪れ、本件潜り戸のインターホンを押した。しかし、中から応答はなく、たまたま本件潜り戸のノブを回したところ無施錠だったため、Gは、そのまま本件建物の玄関まで入って、上がり口のところで内部に挨拶などをした。 しかるに、Aは、本件建物内で電話中の様子で出てこず、同所でしばらく待つうちに、Gは、Aが数十万円程度の現金をハンドバッグに入れて身近に置いていたはずだと考えついて、その窃取を思い立ち、玄関から本件建物内に侵入して、玄関脇の応接間内に忍び込み、同所に潜んで機会を窺い、上記窃盗に出ようとした。しかし、同日午後10時40分頃、応接間でFに発見されたため、Gは、逮捕を逃れる目的などから、同所にあったガラス製花瓶でFの頭部を殴打して殺害し、更にそれからしばらくして、寝室で就寝中のAも同じ花瓶で殺害した。 (9) その後、Gは、上 でFに発見されたため、Gは、逮捕を逃れる目的などから、同所にあったガラス製花瓶でFの頭部を殴打して殺害し、更にそれからしばらくして、寝室で就寝中のAも同じ花瓶で殺害した。 (9) その後、Gは、上記ハンドバッグなどを捜したが、現金約2万6000円入りのAの財布等を発見したのみで、結局翌14日の午前6時36分頃、本件邸宅から外に出て逃走した。 なお、応接間に潜んでいたGは、当日夕食以前の時間帯に、外部から玄関に人が入ってきて同所を施錠する音を聞き、これによって家政婦が働いているのに気づいた(甲37・29頁以下)。また、Gは、寝室内の前示金庫が念頭にあったものの、その物色や開扉を試みないまま犯行を終えていた。 (10) 一方、本件事件発覚後、警察の捜査が実施されたが、本件邸宅の正門や通用口及びその施錠等には、事件直後に警備会社や救護隊の関係者が出入りした跡以外に格別の異常はなく、本件潜り戸に、押し破ったりした形跡はなかったし、本件錠にも、こじ開けやその他の物理的操作の痕跡は残っていなかった。 また、本件警報装置は、本件事件当日も午後8時59分にセットされていたが、Gが本件建物から出た際のもの以外に、異常は感知されていなかった。 更に、司法解剖の結果では、AとFは、相当の誤差はあるものの、それぞれ食後4、5時間と1、2時間経過後に殺害されたものと推認された。 2 当裁判所の判断(1) 以上1認定の事実に基づき、原告主張の本件義務の存否について検討するに、一般に使用者には、労働者の職種、労務内容、就労場所等の具体的就労状況に応じた安全配慮義務があると解すべきところ、本件邸宅の所在する付近一帯は、前示1(1)認定のとおりの高級住宅街であって、本件事件当時付近で侵入盗など、住居、邸宅内に侵入して金品の窃取、強取を行なう犯罪が発生していたことを認めるだけ きところ、本件邸宅の所在する付近一帯は、前示1(1)認定のとおりの高級住宅街であって、本件事件当時付近で侵入盗など、住居、邸宅内に侵入して金品の窃取、強取を行なう犯罪が発生していたことを認めるだけの客観的証拠はないから、これら犯罪によって一般的に邸宅内の安全が脅かされる事態が頻出したり、あるいはその旨の相当の危険が存在していたとは容易に認め難い(原告側の証拠については、後示(8)のとおり)。 これに対し、(ア)本件邸宅では、前示1(4)認定のとおり、本件潜り戸について原則的に常時施錠の態勢が取られ、本件鍵の所持人も制限されていたうえ、同人らに対しても、施錠の遵守が指示されていたのであるから、これらの者が施錠を失念するなど特段の事情のない限り、本件潜り戸が無施錠の状態に置かれる可能性は低いと考えるのが相当であるところ、刑事事件で、(a)Jは、常時本件潜り戸の鍵を掛けていた旨を証言しているし(甲33・4丁目裏)、(b)Gも、Aが常に本件錠が掛けられているよう配慮していた旨や、本件事件時は、たまたま本件潜り戸のノブをいじったら開いた旨を供述しているにすぎないのであって(甲37・14頁)、本件事件前に、同潜り戸がしばしば無施錠のまま放置されていたなどの事態は認められない。 したがって、そのほか、(イ)本件邸宅には、前示1(2)の構造・高さの本件塀が設置されており、同所を乗り越えるなどの方法で犯罪が発生する可能性は低く、また、(ウ)正門や通用口など本件潜り戸以外の出入り口は常時施錠されていた点を考慮すれば、他面、本件邸宅には相当立派な門や本件塀等の屋敷構えがあり、前示1(4)のとおり内部に多額の財産が保管されていた点や、AとFという高齢女性の二人暮しであった点を勘案しても、本件邸宅には、当該就労状況で通常予想される危険性に対応する防犯態勢が備わっ があり、前示1(4)のとおり内部に多額の財産が保管されていた点や、AとFという高齢女性の二人暮しであった点を勘案しても、本件邸宅には、当該就労状況で通常予想される危険性に対応する防犯態勢が備わっていたと認めるのが相当である(もちろん、この防犯態勢には、Aが本件鍵の所持人を制限し、これらの者に本件潜り戸の施錠を指示していたなどの前示の人的態勢も含まれる)。 (2) 他方、Gは、前示1(8)認定のとおり、日中無施錠の本件潜り戸を通って本件建物内に入り、その後本件警報装置がセットされてから犯行に及んだと認められるのであるが、この点は、前示1(10)のとおり、(a)本件事件後、本件邸宅の正門や通用口に格別の異常がなく、本件潜り戸にもこじ開けたり、その他の物理的操作が施された形跡がなかったこと、(b)事件当日は、本件警報装置が午後8時59分に有効にセットされながら、Gの本件建物からの脱出時以外に異常が記録されていないこと、(c)司法解剖の結果から、AとFは、夕食から一定時間経過後に殺害されたと推認されることなどの事実によって客観的に裏付けられているのであって、前示進入方法等に関するGの供述には信用性がある。 (3) 以上の事実によれば、本件邸宅や本件潜り戸には、本件邸宅の具体的状況において通常備えるべき防犯態勢が備わっており、にもかかわらず本件事件が発生したのは、Fによる本件錠の掛け忘れ等という本件邸宅では珍しい事態の最中に、たまたま本件潜り戸から進入してきた訪問者が犯罪に及んだという偶然の累積によるものと評価するのが相当であって、かかる事態までを予想して、Aに、オートロックやモニターカメラなど前示(1)の態勢を超える防犯設備を本件潜り戸に設置する義務は認められないというべきである。 そして、上記のとおり、本件潜り戸について適正な防犯態勢が整って て、Aに、オートロックやモニターカメラなど前示(1)の態勢を超える防犯設備を本件潜り戸に設置する義務は認められないというべきである。 そして、上記のとおり、本件潜り戸について適正な防犯態勢が整っていた以上、Aが日中本件建物の玄関を開放させていたとしても、これをもって同人の安全配慮義務違反と評価することはできない。 結局、本件では、原告主張の本件義務の成立は認められず、Aに同義務やその他の安全配慮義務の違反はないというのが相当である。 (4) 以上の認定に対し、原告は、前示第2の2(1)①ないし③のとおり、(ア)付近の治安が良好でなく、本件邸宅が犯罪者に狙われ易い状況だったことや、家政婦の就業場所である本件邸宅に高度の安全確保の義務があったことなどを根拠に、本件義務の成立を主張し、また、(イ)無施錠の本件潜り戸から入った旨のGの供述の信用性を争うとともに、同所の無施錠がFの所為によることも否定して、Gの進入方法等を争うほか、(ウ)本件潜り戸の施錠に関するFの管理責任も争っており、更に同女の鍵の掛け忘れ等に備えて、Aにオートロックの設置義務があった旨を主張している。 (5) しかしながら、まず、Gの進入方法等の点からみるに、本件邸宅の正門や通用口等に異常がなく、本件潜り戸にも損壊や本件錠に対し物理的操作を加えた形跡の認められないことは前示(2)のとおりであるし、Gが格別の痕跡を残さず本件錠を解錠する器具を所持したり、その操作に習熟していたことを窺わせる事情も見当たらないのであって、Gの進入方法等に関する前示認定を覆すだけの証拠はない(なお、本件事件では警察の手によって必要な捜査が実施されているところ、この種事案では、犯人の進入経路の特定・確認は極めて重要な事柄であるから、本件錠に対する物理的操作の有無など上記の問題点に関する捜査がなおざりにさ 警察の手によって必要な捜査が実施されているところ、この種事案では、犯人の進入経路の特定・確認は極めて重要な事柄であるから、本件錠に対する物理的操作の有無など上記の問題点に関する捜査がなおざりにされたとは容易に考え難い。また、Gに侵入盗等の前科前歴はないし、本件犯行が綿密に準備されたものでなかったことは、本件犯行後現場や付近にやマスクや手袋、タバコの吸い殻等の重要な証拠品が遺留されていた点などからも十分に窺うことができる-甲7・18頁以下、65頁)。 (6) そして、前示1(7)ないし(9)のとおり、(a)本件犯行前にGが本件邸宅に電話した際、Fではなく、Aが電話に出たことや、(b)Gが本件潜り戸のインターホンを押したり、玄関で挨拶などをしたのに、Fが応対に出なかったこと、(c)応接間に潜んでいるGは、外部から玄関に人が入ってきて同所を施錠する音を聞き、その後家政婦のいるのに気づいたことなどの事実が認められるから、これらによれば、Gが本件潜り戸から本件邸宅内に進入した当時、Fは外出中で、その後帰宅したと推認されるのであって、同外出のため本件邸宅から外に出る際に、Fが施錠を失念した蓋然性が極めて高いといわねばならない。 これに対して、(ア)94歳の高齢で軽度の脳梗塞も患っていたAが頻繁に外出するような状況も必要もなく、特に本件事件のあった日曜日には、従前からほとんど外出していなかったことは、前示1(5)のとおりである(甲34や証人Jの証言中には、Aが活発に外出していた旨の部分があるが、Jは、平成9年9月に本件邸宅での家政婦勤務を終えた後のAの行動について知る立場になく、その後のAの脳梗塞も考慮すれば、上記証言等は容易に採用できない)。また、(イ)本件邸宅への来客については、刑事記録を精査しても、玄関脇の応接間に潜んでいたGが、これを聞き付けた いて知る立場になく、その後のAの脳梗塞も考慮すれば、上記証言等は容易に採用できない)。また、(イ)本件邸宅への来客については、刑事記録を精査しても、玄関脇の応接間に潜んでいたGが、これを聞き付けた形跡は見い出せないし(Gは、来客など、人が本件建物内に入ってきて発見されるのを最も恐れる立場にあったから、その事実を忘却したりすることは考え難い)、警察の捜査線上に、そのような来客が浮かんだ様子もないから、これらの人物が本件潜り戸の施錠を怠った可能性は低いというべきである。 (7) 更に、原告は、本件潜り戸の施錠に関するFの管理責任をも争っているが、AがFら家政婦に本件錠を掛けるよう指示を与えていたことは、前示1(4)のとおりである。そして、73歳だったとはいえ、Fは、前示1(6)のとおり、特に重大な疾患等はなく、家政婦の仕事も支障なくこなすことができたうえ、本件事件までに通算2年近く本件邸宅で勤務していたのであって、Aの上記指示を遵守することに格別の困難があったとは認められない。これらによれば、Fは、家政婦として上記(6)認定の外出時に本件潜り戸を確実に施錠する責任を負っていたというべきである。 結局、以上、前示(5)以降において判示した事情に照らせば、原告の前示(4)(イ)(ウ)の主張は容易に採用できず、Fが家政婦として責任のあった外出時の本件潜り戸の施錠を怠ったことが本件事件の重要な要因になっていると推認することができるのであって、その責任をAに帰せしめることはできない。 (8) そのほか、原告は、前示(4)(ア)のとおり、(a)本件邸宅付近での空き巣被害や、犯罪に対する近隣住民の危機感など、周辺の治安の悪化を主張するとともに、(b)本件邸宅が家政婦の就業場所だったことを根拠に、通常とは異なる高度の注意義務が発生する旨を主張し、甲34、証人 巣被害や、犯罪に対する近隣住民の危機感など、周辺の治安の悪化を主張するとともに、(b)本件邸宅が家政婦の就業場所だったことを根拠に、通常とは異なる高度の注意義務が発生する旨を主張し、甲34、証人Jの証言、原告本人の供述中には、これに添う部分がある。 しかしながら、まず上記(a)の点に関する証拠をみるに、いずれも客観的裏付けを欠く伝聞や憶測等であって、同証拠部分は直ちに採用できない。 また、前示(1)のとおり、安全配慮義務の履行のために要求される防犯態勢は、当該具体的就労状況において予想される危険性に応じたものであれば足りるところ、通常、特定の就労場所に家政婦がいるか否かによって、同所の危険性が増減するものではないから、当該家政婦が格別犯罪者に狙われやすい人物であるなどの特段の事情のない限り、特にその点を根拠として、使用者が高度の注意義務を負担するいわれはないというのが相当であって、上記(b)の主張も直ちに採用できない。 (9) 結局、本件邸宅内部には相当額の財産が保管されており、また老女二人暮しの状況だったことから、窃盗等の犯罪に対して相応の対策が必要だったことは間違いないものの、前示(1)のとおり、付近は平穏な高級住宅街であって、住居・邸宅への侵入事件が格別発生していたわけでないことなども考慮すれば、直ちに前示1(4)(5)認定の防犯態勢を超える防犯設備の設置が必要だったといえないことは当然であり、この点に関する前示認定を覆すだけの証拠はない。 3 結論以上の次第で、原告の請求は、いずれの被告に対しても、すべて理由がない。 名古屋地方裁判所民事第1部裁判官夏目明徳 1部裁判官 夏目明徳

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