令和5(わ)61 業務上横領被告事件

裁判年月日・裁判所
令和7年9月3日 熊本地方裁判所
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判決文本文7,074 文字)

令和7年9月3日熊本地方裁判所刑事部宣告令和5年(わ)第61号業務上横領被告事件判決 主文 被告人は無罪。 理由 第1 争点 1 本件公訴事実の要旨は、被告人は、平成23年4月1日から平成29年9月30日までの間、A病院企業団(以下単に「企業団」という。)が運営するA病院(以下単に「本件病院」という。また、以下では、本件病院とその運営主体である企業団とを合わせて「本件病院」ということがある。)病院長兼企業団企業長として同病院の業務全般を統括するとともに、同病院整形外科グループ長として同科グループ医師らの研究、業務等のための経費支出用預金口座の管理等の業務に従事していたが、平成28年3月4日、企業団のために業務上預り保管中の前記経費支出用預金口座である「整形外科グループ代表B」名義の普通預金口座(以下「本件口座」という。)の預金のうち709万円(振込手数料540円を含む)を、ほしいままに、被告人名義の自動車購入代金として自動車販売会社の預金口座に振り込んで横領した、というものである。 2 被告人が、公訴事実のとおり、本件口座の預金のうち709万円を被告人名義の自動車購入代金の支払に充てたことは関係証拠から明らかであり、被告人及び弁護人も争っていない。 本件の主要な争点は、①本件口座預金が被告人のものではなく本件病院に帰属するものであったか、②本件病院と被告人との間に、本件口座預金の使途について、本件病院整形外科グループ医師らの研究、業務等のための経費支出に限定する旨の委託信任関係があったか、その委託信任関係を前提として、前記 自動車購入代金の支払が委託の任務に背く横領行為に当たるか、③被告人の故意及び不法領得の意思の有無、である。 第2 判断当裁判所は 任関係があったか、その委託信任関係を前提として、前記 自動車購入代金の支払が委託の任務に背く横領行為に当たるか、③被告人の故意及び不法領得の意思の有無、である。 第2 判断当裁判所は、①本件口座預金は本件病院に帰属するものであったが、②本件病院から被告人に対し、整形外科グループ医師らの研究、業務等のための経費支出に限定して用いる旨の委託があったと認めるには合理的疑いが残ると判断した。 1 本件口座預金の帰属(争点①)について⑴ 関係証拠によれば、次の各事実が認められる。 ア被告人は、昭和58年1月から本件病院に整形外科部長として勤務する傍ら、昭和63年頃までは個人として製薬会社との間で治験契約を締結し、治験を実施してその対価を受け取っていた。〔甲12、弁32、被告人供述〕イ被告人は、平成4年4月17日、本件病院又は当時の病院長から指示を受けて本件口座を開設した。その後、従前被告人が個人として製薬会社との間で締結していた治験契約は、製薬会社と本件病院との間で締結されるようになり、被告人が治験責任医師等として実施した治験の対価も、製薬会社から本件病院に治験経費等として支払われるようになった。本件病院は、当初、整形外科における治験の対価について、製薬会社から支払を受けた全額を本件口座に振り込んでいたが、後に、4割を差し引き6割を本件口座に振り込むようになった。なお、被告人は平成23年4月1日から企業団の企業長に就任した。〔甲12、18、24、弁1、被告人供述〕⑵ 製薬会社から本件病院に支払われた治験の対価が本件病院に帰属するものであることは前記⑴イの契約内容から明らかである。他方、本件病院からその職員又は企業長である被告人に対し給付されるものは条例により給 与及び旅費として定められている。したがっ に帰属するものであることは前記⑴イの契約内容から明らかである。他方、本件病院からその職員又は企業長である被告人に対し給付されるものは条例により給 与及び旅費として定められている。したがって、治験実施の対価ないし報酬として、本件病院から被告人に対して支払がなされるとすれば、これを発生させる旨の明示又は黙示の合意その他の法律行為等、支出の原因となる行為が必要であるが、これを認めるに足る証拠は被告人の供述を含めおよそ見当たらない。 弁護人は、本件病院整形外科における治験は、被告人が高名な研究者であったことから製薬会社により実施を依頼されていたもので、被告人は、各治験の実施に際して多大な労力を駆使し、かつ、責任医師として重責を担っていたこと、本件病院は、製薬会社から受託した治験業務を被告人に委託していたことなどを指摘し、本件口座預金は、本件病院から被告人に治験の対価、報酬として支払われたものである旨主張する。しかし、本件病院から被告人に対し報酬として支払がなされる法的根拠が見出し難いことは前記のとおりである。さらに、弁護人は、税務会計等の研究者である証人Cの供述をもとに、本件病院が本件口座への送金について会計上「研究雑費」として処理、すなわち、本件病院外に費用として支払ったものとして処理し、その後は本件病院の資産として計上していないことなどからすれば、本件口座預金は本件病院のものではなかったと主張する。しかし、他方で、公認会計士である証人Dは、医師の個人所得となったとすると、研究雑費として計上することは適切ではなく、理事報酬や役員報酬又は給与として処理すべきである、会計処理に当たっては取引実態をみて判断するものであり、費用として会計処理したことだけをもって本件病院の資産ではなくなったとはいえない、との見解を示しており、結局、ど は給与として処理すべきである、会計処理に当たっては取引実態をみて判断するものであり、費用として会計処理したことだけをもって本件病院の資産ではなくなったとはいえない、との見解を示しており、結局、どのような会計処理がなされているかは、本件口座預金の帰属を決する重要要素とはいえない。したがって、この点に係る弁護人の主張は採用できない。 ⑶ 本件口座の名義は「整形外科グループ代表B」であるところ、被告人個人の口座であれば、あえて「整形外科グループ代表」などと肩書を付す必 要はない。そして、本件口座開設に際しては、本件病院又は当時の病院長から被告人に指示があり、被告人は、口座開設に当たって、住所は本件病院の所在地、連絡先は本件病院の代表電話番号とした。これらの口座情報や開設の経緯に照らすと、本件口座預金が被告人個人のものとはおよそ考え難く、むしろ、本件病院整形外科に属する者の代表者の立場で被告人が管理する口座とみるのが自然である。 また、本件病院では、内科、小児科、循環器科、代謝内科(後に「糖尿病・内分泌内科」に名称変更。以下名称変更の前後を問わず「代謝内科」という。)においても、本件口座開設の前後に、各科の名称を冠した代表者名義で口座が開設され、代表者が交代すると後任の代表者に口座名義が変更され、各口座には、各科医師らが行った治験や健診等について、本件病院が支払を受けた対価の6割相当額が振り込まれていた。〔証人E供述、証人F供述、証人G供述、弁2、3、6、7〕各口座の詳細な開設経緯は証拠上明らかではないが、口座名義や振込金の内容に照らし、基本的に本件口座と同様の趣旨のものであると認定できる。 そして、代表者が交代すると後任の代表者に口座名義が変更されたことは、各口座が代表者個人のものではなく、各代表者が、本件病院から委託を受け らし、基本的に本件口座と同様の趣旨のものであると認定できる。 そして、代表者が交代すると後任の代表者に口座名義が変更されたことは、各口座が代表者個人のものではなく、各代表者が、本件病院から委託を受けて各科代表者の立場で管理する口座であることを示すものである。 ⑷ 以上より、本件口座預金は、本件病院が、整形外科代表者としての被告人に管理を委託したものと認めるのが相当である。 ⑸ 弁護人は、本件病院に「整形外科グループ」という組織はなく、このような名称は口座名義として存在する以上の意味を持たないとか、本件口座の届出印が被告人の個人印であった点などを指摘し、本件口座は被告人のいわゆる仮名預金であったと主張する。しかし、被告人があえて自身の個人口座をこのような仮名預金の形で開設したり、又は本件病院において被告人に仮名口座を開設させる理由は見当たらない。弁護人の上記主張は採用できない。 2 本件口座預金に係る委託の趣旨(争点②)について検察官は、本件口座預金が、整形外科グループ医師らの研究、業務等のための経費支出用として被告人に管理委託されたものである旨主張し、その根拠として、主に証人E、同F及び同Hの供述が信用できる旨を指摘するので検討する。 ⑴ア昭和56年から平成16年3月まで本件病院総務課会計係に勤務していた証人Eは、各科の口座が開設された際、責任者には、収支をはっきりしてもらうために金銭出納帳を渡した、各口座に入金された金銭は、医師らの勉強会、図書購入費、学会参加の旅費などに用いるように言った、被告人にもそのように伝えた旨供述する。 イまた、平成12年1月から平成13年3月まで、更に平成19年4月以降本件病院の代謝内科に医師として勤務する証人Fは、1回目の赴任当初にグループ口座があることを知り、その用途としては、診 する。 イまた、平成12年1月から平成13年3月まで、更に平成19年4月以降本件病院の代謝内科に医師として勤務する証人Fは、1回目の赴任当初にグループ口座があることを知り、その用途としては、診療に使うもので、病院側で補いきれないものを支出してもらえると聞いていた、実際に平成21年頃にグループ長となった際、前任から通帳や領収書を引き継ぐとともに、税務調査や病院監査があるので、個人的な用途には使わないようになどと聞いた、口座預金は、コメディカルのものを含め、学会参加費のうち病院からの支出を超えたものなどの支払に充てた旨供述する。 ウさらに、平成31年3月に被告人の後任として本件病院の理事長に就任した証人Hは、一般的にグループ研究費は、基本的に病院がコントロールするもので、用途は学会出張費や業務用パソコンの購入費といったものがメインと考える旨供述する。 エこれらの供述によれば、本件口座を含め、各科代表者以外の医師も関わることのある治験等の対価を原資とする口座預金について、その使途がグループ医師らの研究、業務等のために限定されていたとみることにも相応に合理性があるといえる。 ⑵アしかしながら、本件口座を含む各科の口座預金について、その使途を定める取決めがなかったことは関係証拠から明らかである上、前記⑴アないしウの各供述によっても、各科での会計報告や病院幹部への会計報告はなかった〔証人H供述〕、グループ預金の残高について病院に報告することはなかった〔証人F供述〕、金銭出納帳を会計係が確認したことはない〔証人E供述〕というのであり、その使途を管理、監査することもなかったことが認められる。 イまた、平成7年7月から本件病院の小児科に勤務し、平成12年4月から平成29年3月まで同科代表医師を務めていた証人Gは、同科代表者 り、その使途を管理、監査することもなかったことが認められる。 イまた、平成7年7月から本件病院の小児科に勤務し、平成12年4月から平成29年3月まで同科代表医師を務めていた証人Gは、同科代表者名義の口座に本件病院から支払われていた健診代金の6割相当額について、本件病院に赴任した平成7年当初から、健診を担った医師に対する報酬で、病院側に4割入るため確定申告はしなくてよいと聞いていた、自身が代表者となる前もなってからも、実際に健診を行った各医師に、健診を行った回数に応じ按分して渡されていた、このような認識の下、自身を含めて小児科の各医師は、受け取った金銭を給料と同様に自由に使っていた旨供述し、このことは、本件病院から小児科の預金口座への振込の都度、その数日後に同額が引き出されていることからも裏付けられている。〔弁3、7〕当該供述によれば、少なくとも小児科では、平成7年頃より、本件病院から同科代表者名義の口座に振り込まれた健診の代金は、健診を担った各医師の報酬であるとの認識の下、各医師が業務関係用途であるか否かを問わずに使用していたものと認められる。 ウ前記イの使用実態は、使途の取決めや管理、監査がなかったこと(前記ア)とも合わせ考慮すると、各科の口座預金の使途を研究、業務関係用途に限定する趣旨の委託はなかったとの疑いを生じさせるものである。証人Eが供述する収支の明確化や使途についての指示は、各科の口座からの支 出の内容によっては税務当局からそれが経費外であり個人の所得とみなされ当該代表者が課税処分や指摘を受けることを回避ないし注意喚起するためという限度でなされたものとみる余地がある。このような理解を前提とすれば、被告人が、本件口座について、当時の院長から、研究その他税務署が認める使途であれば課税されないという説明を し注意喚起するためという限度でなされたものとみる余地がある。このような理解を前提とすれば、被告人が、本件口座について、当時の院長から、研究その他税務署が認める使途であれば課税されないという説明を受けたことがあるとし、エクセルに使途を記録していたことについては、経費として認めてもらえるものは所得として課税されないと考え、領収書とともに記録に残していた旨供述していることも不自然、不合理ではない。これは、被告人が本件預金口座に関する税務調査の際の指摘を受けて被告人の所得であることを前提に所得税を納付したことからも裏付けられる。、被告人がエクセルで記録していたことをもって本件口座預金の使途が限定されていたことや被告人がその旨認識していたことを推認させるものではない。 証人Fの供述(前記⑴イ)は、同人が属していた代謝内科における扱いであり、それ自体は同人の認識を語ったものとして特段の疑いはなく、内容も自然であるが、証人Gの供述内容を踏まえれば、本件病院側から他の診療科全てに代謝内科と同様の使途に係る指示がされていたことを示すものとまではいえないし、証人Hの供述(前記⑴ウ)は一般論を述べるにすぎない。 ⑶ア検察官は、証人Gの供述は信用できないと主張し、その理由について、地方公務員である本件病院の医師に対し、本件病院が、給与以外に報酬を支払うことは不自然である、医師個人の報酬であれば、本件病院が4割を取得することや、税務申告、源泉徴収がなされていなかったことは不自然である旨主張する。 しかし、証人Gは、税務申告について、病院側に4割入るため確定申告はしなくてよいと聞いていた、どうしてなのか分からないが、何か独自のルールがあるのかなと思った旨供述しており、その内容的正当性はと もかく、同人の認識を語ったものとして疑わしい点はない。 告はしなくてよいと聞いていた、どうしてなのか分からないが、何か独自のルールがあるのかなと思った旨供述しており、その内容的正当性はと もかく、同人の認識を語ったものとして疑わしい点はない。検察官が指摘する地方公務員としての給与制度や、報酬であるとした場合の税務申告の必要性等は、証人Gにおいても十分認識しておくことが望ましいものであったとしても、小児科代表者名義の口座預金取扱い状況に係る証人Gの供述の信用性を左右するものとはいえない。 イまた、検察官は、内科代表者名義の口座通帳〔弁6〕には、代表者以外の同科医師の学会費用等として用いられているような記載があり、証人Gの供述はこれと矛盾するため信用できないと主張する。 しかし、内科における取扱いが、他の診療科全てに共通するものであることを示すものとまではいえないことは、前記⑵ウと同様であるし、小児科代表者名義の口座預金取扱い状況に係る証人Gの供述の信用性を左右するものとはいえない。 ウ以上より、本件口座を含む各科の口座預金の使途は、各代表者の良識に従った裁量に委ねられていたものとみる余地が十分にあり、その他検察官の主張や証拠をみても、本件口座預金の使途が、整形外科の医師らの研究、業務等のために限定するよう委託されていたかどうかについて、合理的な疑いを入れない程度に立証されているとはいえない。 ⑷ したがって、本件口座預金について、本件病院から、整形外科グループ医師らの研究、業務等のための経費支出に限定して用いる旨の委託があったとは認められず、同預金を被告人が自動車購入代金の支払に充てたことが委託の任務に背く横領行為に当たると認めるには合理的疑いが残る。 第3 結論よって、本件公訴事実につき犯罪の証明がないから、刑事訴訟法336条により、被告人に対し無罪の言渡しをする 充てたことが委託の任務に背く横領行為に当たると認めるには合理的疑いが残る。 第3 結論 よって、本件公訴事実につき犯罪の証明がないから、刑事訴訟法336条により、被告人に対し無罪の言渡しをする。 (求刑:懲役3年)令和7年9月3日 熊本地方裁判所刑事部裁判長裁判官中田幹人 裁判官鈴木和彦 裁判官若松亮太

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