平成14(わ)499 傷害致死被告事件

裁判年月日・裁判所
平成15年3月24日 広島地方裁判所
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判決文本文6,201 文字)

主文 被告人を懲役4年6月に処する。 未決勾留日数中180日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,平成14年5月16日午前7時ころ,広島県廿日市市○○○△△△△番地△所在のa方前路上において,b(当時55歳)に対し,傘(長さ約85.7センチメートル,重量約460グラム,平成14年押第84号の1)の石突き(長さ約7.3センチメートル,直径約0.66ないし0.77センチメートル)で同人の右頬部を突き刺すなどの暴行を加え,よって,同人に頭骨骨折を伴う顔面の杙創の傷害を負わせ,同日午前8時,同市○○○△丁目△番△号c病院において,同人を同傷害に基づく失血のため死亡するに至らしめたものである。 (証拠の標目)(省略)(法令の適用)(省略)(争点に対する判断) 1 争点本件は,自動車の離合を巡って被告人と被害者の間でいさかいとなり,被害者が被告人に対し傘で殴りかかったところ,被告人がこれを受け止めて傘の取り合いとなり,傘を奪った被告人が,その石突きで被害者の顔を突いたという事案である。 弁護人は,被告人が被害者に対してそのような暴行に及んだのは,被告人が離合に際して道を譲ったにもかかわらず,被害者がその運転車両を被告人の運転車両や身体に接触させていったので,被告人が被害者の車両のナンバーを確認しようとして追っていったところ,被害者が傘で殴りかかってきたためであり,急迫不正の侵害に対する防衛行為としてなされたものであって,防衛の限度を超えたものであるから,過剰防衛が成立する旨主張し,これに対し,検察官は,被害者が被告人に傘で殴りかかったのは,被告人から「やれるもんならやってみい。」と挑発を受けたためであり,また,被告人が被害者の顔面を傘の石 るから,過剰防衛が成立する旨主張し,これに対し,検察官は,被害者が被告人に傘で殴りかかったのは,被告人から「やれるもんならやってみい。」と挑発を受けたためであり,また,被告人が被害者の顔面を傘の石突きで突き刺す行為に及んだ際には,被告人は被害者から傘を奪い取るとともにその左襟首を押さえつけて身動きできないようにしていたのであるから,被害者から新たな侵害を受けるおそれは全くなく,侵害の急迫性の要件を欠くし,被告人は積極的に攻撃する意思で傘を突き刺しており,防衛の意思がなかったから,弁護人の主張は理由がないと主張する。 2 証拠上明らかに認められる事実まず前掲各証拠のほか,(省略)によると,以下の事実が明らかに認められる。 (1) 本件現場付近の状況本件現場付近は,郊外の閑静な住宅地であり,周囲には田や畑などもある地域であって,道路はいわゆる生活道路で,その幅員は4ないし6メートル程度である。 (2) 本件各車両の形状本件犯行時に被告人が運転していた車両(以下「被告人車両」という。)は,普通乗用自動車であって,車両の幅は,自動車諸元表によると1.75メートルであり,運転席ドア外側の高さ59.5ないし62センチメートルの位置に擦過痕があり,その周囲及びその付近には数か所,埃が取り除かれた箇所がある。 被害者が当時運転していた自動車(以下「被害者車両」という。)は,ボンゴタイプの普通乗用自動車であって,車両の幅は約1.62メートルで,サイドミラーを加えると約1.96メートルであるが,被害者車両には繊維のようなものは付着しておらず,車体右側部に,被告人車両の上記擦過痕に対応するような擦過痕は認められない。 (3) 本件傘の形状本件傘は,全長約85.7センチメートル,重量約460グラムであり,石突き部分の長さ おらず,車体右側部に,被告人車両の上記擦過痕に対応するような擦過痕は認められない。 (3) 本件傘の形状本件傘は,全長約85.7センチメートル,重量約460グラムであり,石突き部分の長さは約7.3センチメートル,直径は,先端部で約0.66センチメートル,根元の部分で約0.77センチメートルであって,石突き部分には被害者の血液型と一致するB型の人血が付着していた。 (4) 被告人と被害者の体格等被告人は,当時33歳の男性で,身長169センチメートルであり,高校時代に柔道部に所属した経歴を持ち,柔道初段であった。なお,平成14年5月24日に被告人の身体検査が実施されたが,被告人が,被害者車両と衝突ないし接触したと述べる右肩,左側の背中について負傷箇所やその痕跡はなく,背部,前胸腹部,両上肢及び顔面,口腔内の外表検査の結果,皮下出血斑,擦過傷,腫脹,発赤といった所見は認められなかった。 被害者は,当時55歳の男性で,身長169センチメートル,体重53.0キログラムであり,平成8年12月にくも膜下出血により入院して前頭部の手術を受けて平成9年3月に退院し,同年4月には動脈瘤の手術のため入院して同年5月に退院し,その後も通院して投薬を受けており,上記くも膜下出血による手術後,失見当識や記銘力障害が見られていたが,身体能力には特段の異常は見られなかった。 (5) 被害者の損傷の部位被害者の右鼻翼の外側には,左やや上から右やや下に向かって深さ約9センチメートルの杙創があり,上顎骨表面に穿孔を生じて右上顎洞に入り,頭蓋底において,下垂体窩左部に骨折があり,上記杙創の創底となっている。上記杙創は,上顎骨の創口からして0.5センチメートル内外の大きさの,また創洞の深さからして9センチメートルくらいの長さの,棒状物によって刺 て,下垂体窩左部に骨折があり,上記杙創の創底となっている。上記杙創は,上顎骨の創口からして0.5センチメートル内外の大きさの,また創洞の深さからして9センチメートルくらいの長さの,棒状物によって刺入されて生じたものと推定されるほか,被害者には,顔面,頚部,胸部,四肢に,鈍体による打撲ないし打撲圧迫によって生じたと推定される損傷がある。 3 犯行に至る経緯及び犯行状況次に,前掲各証拠によれば,本件犯行に至る経緯及び犯行状況として,以下の事実を認めることができる。 被告人は,本件当日の午前7時ころ,出勤するため,被告人車両を運転して,広島県廿日市市○○○△△△△番地d方前道路(幅員約4.47メートル)に差し掛かり,他方,被害者は,判示a方の向かい側にある母親の家に行くため,被告人車両とは反対方向から上記d方前道路に差し掛かった。 被告人は,被害者車両と離合するため,進行方向左に自車を寄せ,さらに左側の側溝に架けられたコンクリート製の床板に自車を後退させて進路を空けたが,被害者は被告人車両の直前まで進んできたものの,離合することなく何か言っている様子だったので,被告人が被告人車両の窓を開けたところ,被害者は被告人に向かって,「下がって降り。」と言った。被告人がこれに対して「下がれるかいや,そっちが下がれ。」と言い返したところ,被害者は被害者車両を一,二メートル後退させた。 次いで,被告人が自車を降り,被害者車両に近づいていったところ,被害者は,被害者車両を発進させて被告人及び被告人車両の横を通って左折して行った。 その後,被告人は,被害者車両を追いかけて道路を左折したところ,被害者車両は曲がり角から約70メートル先の判示a方先に停車した。 被告人は,判示a方前,すなわち停車した被害者車両の手前約18メートルの地点まで近づいた 者車両を追いかけて道路を左折したところ,被害者車両は曲がり角から約70メートル先の判示a方先に停車した。 被告人は,判示a方前,すなわち停車した被害者車両の手前約18メートルの地点まで近づいたところ,被害者が車を降り,傘の柄の方を上にし,先の方を右手に持って,上に挙げ,振り回しながら被告人の方に走ってきた。被告人が数歩後ずさりしたところ,被害者は被告人の約3メートル前方で立ち止まった。そこで,被告人が被害者に対して,「何しよるのか分かっとるんか,警察に言うど。」と言ったところ,被害者はいったんは傘を振り回すことを止めた。しかし,さらに被告人が「やれるもんならやってみい。」と言ったところ,被害者は再び傘を振り回し始め,被告人が後ずさりすると,「逃げるな。」と言って右手に持った傘を振り下ろしてきた。 被告人は,左手で傘を受け止めてつかむと同時に,右手で被害者の左襟をつかみ,被害者の身体を左に傾けて体勢を崩すとともに傘を奪おうとして引っ張り合いとなったが,間もなく被害者から傘を奪い,次いで,その先端を被害者の顔目掛けて突き出した。 その後,被告人は,顔を押さえた被害者に対し,「ふざけるな。」と言って走ってその場を立ち去った。 以上の事実が認められる。 なお,被告人は,被害者車両が左折して行く際,被害者は,車外に立っていた被告人及び被告人車両に被害者車両を接触させていったと供述するのであるが,前記認定のとおり,被害者車両にはそのような接触痕も認められないし,本件事件の8日後の5月24日における検査ではあるが,被告人の身体にも異常は認められないのであって,被害者車両が接触した旨の被告人の供述はたやすく信用することができない。 4 検討以上の事実関係を前提として,急迫不正の侵害があったといえるかどうかについて検討する。 られないのであって,被害者車両が接触した旨の被告人の供述はたやすく信用することができない。 4 検討以上の事実関係を前提として,急迫不正の侵害があったといえるかどうかについて検討する。 前記事実関係によれば,なるほど,被害者は,被告人が追いかけてきたのに対して,傘を持って自車から降り,これを振り回して被告人に走り寄り,次いで,その傘で被告人に殴りかかってきたものであり,これは不正の侵害行為といえる。しかしながら,前記のとおり,被告人は,被害者から傘を奪い取っていて,その後,その傘で被害者の顔を突いたものであるところ,被害者と被告人との年齢等からして,被告人が体力的に勝っていることは明らかといえることや,傘を奪った時点で,被告人は右手で被害者の左襟をつかんでおり,かつ,傘の奪い合いの際に被害者が傘を持っていない左手で被告人に対する攻撃的な動作をしていないことからすると,その時点で被告人は,被害者の動きを制圧していたと認めることができ,もはや急迫不正の侵害は止んでいて存在しなかったというべきである。 なお,いったん,被害者の動きを制圧したといっても,被害者の攻撃的態度やその激しさのいかんによっては,急迫不正の侵害が止んだとはいえない場合もあり得るところであるから,そのような観点から,被害者の攻撃的態度の有無や程度,及びこれに対応する被告人の被害者に対する態度等についてみると,次のとおりである。 すなわち,(1)そもそも,被害者が被告人に対して傘を振り下ろしてきたのは,被告人が「やれるもんならやってみい。」と挑発的な態度に出たことがきっかけになっているといえること,(2)また,被害者は,離合の当初,被告人に対して「下がって降りい。」と言ったものの,被告人が「下がれるかいや,そっちが下がれ。」と言ったところ,その言葉に従っ がきっかけになっているといえること,(2)また,被害者は,離合の当初,被告人に対して「下がって降りい。」と言ったものの,被告人が「下がれるかいや,そっちが下がれ。」と言ったところ,その言葉に従っていったん一,二メートル自車を後退させていること,(3)その後,被害者は自車を発進させて被告人の横をすり抜けているが,その際,ことさら被告人に自車を衝突させたり,接触させようとしたものとは考えられないこと(なお,被告人は,被害者が被害者車両を被告人及び被告人車両に接触させた旨供述するのであるが,被告人の供述によっても被害者は急発進したわけではなく,また前記認定のとおり,被害者車両にはそのような接触痕もないのであって,被告人のそのような供述は信用し難い。),これに対して被告人は側をすり抜けようとする被害者車両の運転席に手を突っ込もうとしたこと,(4)離合の後,被告人は,左折して行った被害者車両を50メートル以上追い掛けて行っていること,(5)被害者が傘を振り上げてきたときにも,被告人は,数歩後ずさりするだけで,「何しよるのか分かっとるんか,警察に言うど。」とか,「やれるもんならやってみい。」と挑発的な言動に出ていること,以上のとおりであって,そのような被害者と被告人の態度からすると,被害者は当初から被告人に対する攻撃的な態度を示していたとはいえず,むしろ被告人の挑発的な言動に応じて傘を持ち出してきたといえるのであって,体力的に劣る被害者が,奪われた傘を取り戻すことができる可能性はまず考えられないとともに,そのような態度の被害者が,傘を奪った被告人に対して更に攻撃を加えることも考えられないというべきである。 したがって,被告人が本件傘の石突きで被害者を突いた時点においては,もはや急迫不正の侵害は存在していなかったもので,弁護人の過剰防衛の主 して更に攻撃を加えることも考えられないというべきである。 したがって,被告人が本件傘の石突きで被害者を突いた時点においては,もはや急迫不正の侵害は存在していなかったもので,弁護人の過剰防衛の主張はその前提を欠くから,採用することはできない。 (量刑の理由)本件は,自動車の離合を巡るいさかいから,被害者が持ち出してきた傘を被告人が奪った上,その先端の石突き部分を被害者の顔面に突き刺し,その約1時間後に被害者を失血死させた事案であるところ,本件傘を持ち出したのは被害者であり,当初殴りかかってきたのも被害者であると認められるけれども,前記のとおり,そのような事態に至った一因は被告人の挑発的な言動にもあるのであり,しかも被告人は,被害者から傘を奪った時点で被害者を制圧したといえるのに,その傘の石突きを被害者の顔を目がけて突き出すという甚だ危険な暴行に及んだものであって,その犯行は悪質といわざるを得ず,また生じた結果は重大で,車の離合という些細な争いを発端として命を落とすこととなった被害者の無念な気持ちは察するにあまりある。 他方で,本件犯行が偶発的なものであり,被告人としても被害者の死は予想外の事態であり,そのような結果を生じてしまったことについては,被告人は真しに反省し後悔していると認められること,被害者に対し,被告人の母親が線香代として,6回にわたり5000円,計3万円を送金するなどしていること,被告人には,速度違反による罰金前科があるのみであることなど,斟酌すべき事情もあるが,それらの点を考慮しても,上記のような本件犯情からすると,主文の刑はやむを得ないものと判断した。 よって,主文のとおり判決する。(求刑懲役7年)平成15年3月24日広島地方裁判所刑事第二部裁判長裁判官小西秀 の刑はやむを得ないものと判断した。 よって,主文のとおり判決する。(求刑懲役7年)平成15年3月24日広島地方裁判所刑事第二部裁判長裁判官小西秀宣裁判官浅見健次郎裁判官中野智昭

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