昭和52(ワ)81 あけぼのタクシー賃金請求

裁判年月日・裁判所
昭和56年3月31日 福岡地方裁判所
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【DRY-RUN】主   文 一 原告らが被告に対し、雇傭契約上の権利を有する地位にあることを確認する。 二 被告は、原告Aに対し一四五万八〇四四円を、原告Bに対し一四五万二一〇五 円を支払え。 三 原告らのその余の請

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主文 一原告らが被告に対し、雇傭契約上の権利を有する地位にあることを確認する。 二被告は、原告Aに対し一四五万八〇四四円を、原告Bに対し一四五万二一〇五円を支払え。 三原告らのその余の請求を棄却する。 四訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。 五この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。 事実 第一当事者の求めた裁判一原告ら 1 主文第一項と同旨。 2 被告は、原告Aに対して二九六万六五六八円を、原告Bに対して二九五万一七二〇円を支払え。 との判決及び2項につき仮執行の宣言。 二被告 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 との判決。 第二当事者の主張一請求原因 1 被告は、旅客運送事業を営む会社であり(以下単に「会社」という場合もある。)、原告らは、被告にタクシー乗務員として雇傭され、かつ、会社に勤務するタクシー乗務員で構成する訴外あけぼのタクシー労働組合(以下「組合」という。)に所属し、原告Aは、同組合の執行委員長、原告Bは、書記長の地位にある。 2 被告は、原告らに対し、昭和五一年八月二一日、原告らをいずれも懲戒解雇する旨の意思表示をした(以下「本件解雇」という。)。 3 しかし、原告らに就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する事実はなく、本件解雇は、就業規則の解釈適用を誤つてなされたものであるから、無効である。 4 原告らは、本件解雇につき福岡県地方労働委員会に救済の申立をし、同労働委員会は、昭和五二年一二月五日原告らの原職復帰等を内容とする救済命令を発し、さらに、同救済命令に対する裁判所の緊急命令により、原告らは、昭和五三年三月一四日から職場復帰し、被告会社で運転手として稼働している。 5 本件解雇後原告らが職場復帰するまでに とする救済命令を発し、さらに、同救済命令に対する裁判所の緊急命令により、原告らは、昭和五三年三月一四日から職場復帰し、被告会社で運転手として稼働している。 5 本件解雇後原告らが職場復帰するまでに、原告らが支払を受けるべき賃金等は、次のとおり原告Aにつき合計二九六万六五六八円、同Bにつき合計二九五万一七二〇円である。 (一) 賃金原告らは、毎月一日から月末まで就労した分の賃金を翌月一一日に支払を受けていたが、本件解雇前三か月に原告らが受領した賃金は、原告Aにつき、昭和五一年五月分(同月就労分。以下同じ)一三万二九七七円、同年六月分七万二〇九六円、同年七月分一四万五九九八円、原告Bにつき、同年五月分一三万九六〇一円、同年六月分九万五五六四円、同年七月分一三万三〇三七円である。右のうち、原告Aの六月分の賃金については、後記四の1の(一)に記載のように同原告は、同月中に被告から違法無効な四日間の出勤停止の懲戒を受けたため、本来一二乗務すべきところ一〇乗務と四時間しか乗務できなかつたのであるが(一乗務の勤務時間は一六時間)、原告Aの右六月分の賃金は、右一〇乗務四時間による運収金一八万〇二四〇円を基礎に算定されたものである。したがつて、右懲戒がなければ、原告Aは、右運収の一〇分の一二に相当する二一万六二八八円の運収をあげ得たはずであり、これに昭和五一年度の賃率四三パーセントを乗ずると、右六月分賃金として原告Aが受領すべき賃金は、九万三〇〇三円であつたこととなる。そこで、原告Aの六月分賃金については右九万三〇〇三円により、原告らの解雇前三か月の一か月当りの平均賃金を算定すると、原告Aは一二万三九九二円、原告Bは一二万二七三四円となる。右平均賃金に基づき本件解雇の日である昭和五一年八月二一日から職場復帰の前日の昭和五三年三月一三日までに原告らが りの平均賃金を算定すると、原告Aは一二万三九九二円、原告Bは一二万二七三四円となる。右平均賃金に基づき本件解雇の日である昭和五一年八月二一日から職場復帰の前日の昭和五三年三月一三日までに原告らが受くべきであつた賃金額を算定すると、原告Aは二三四万〇〇九一円(うち昭和五一年八月分五万六二四〇円、昭和五三年三月分五万一九九五円)、原告Bが二三一万七八五一円(うち昭和五一年八月分五万七一七〇円、昭和五三年三月分五万一四六九円)となる。 (二) 一時金(1) 原告らは本件解雇後前記職場復帰に至るまで乗務できず現実に運収をあげていないので、その期間中原告らが受けるべきであつた一時金は、会社における賃金協定の標準支給額によるのが相当であり、その合計額は次のとおり原告Aにつき六二万六四七七円、原告Bにつき六三万三八六九円である。 (イ) 昭和五一年度冬期一時金昭和五一年度の賃金協定による同年度の一時金は、平均月間運収三〇万円を標準として年間三五万円で、そのうち冬期は五五パーセント、その支給日は昭和五一年一二月一〇日である。したがつて、原告らの受くべき昭和五一年度冬期一時金は、各一九万二五〇〇円である。 (ロ) 昭和五二年度夏期、冬期一時金昭和五二年度賃金協定による昭和五二年度夏期一時金は、平均月間運収三〇万円を標準として三七万円の四五パーセントで、その支給日は同年八月五日であり、同年度冬期一時金は、平均月間運収三四万円を標準として三七万円の五五パーセントで、その支給日は同年一二月二〇日である。したがつて、原告らが同年度夏期及び冬期一時金として受くべき金額は、各合計三七万円である。 (ハ) 昭和五三年度夏期一時金昭和五三年度夏期一時金は、昭和五二年一二月一日から昭和五三年五月三一日までの労務に対し支払われるものであるが、原告らは、職場復帰した 金額は、各合計三七万円である。 (ハ) 昭和五三年度夏期一時金昭和五三年度夏期一時金は、昭和五二年一二月一日から昭和五三年五月三一日までの労務に対し支払われるものであるが、原告らは、職場復帰した昭和五三年三月一四日から同年五月三一日まで(七九日間)の就労に対する右一時金として、原告Aは四万九〇七〇円、原告Bは五万四七四〇円の各支払を受けた。右夏期一時金のうち昭和五二年一二月一日から昭和五三年三月一三日まで(一〇三日間)の期間に対応する分として原告らが支払を受けるべき金額は、前記受領済額の算定の基礎となつた日数との割合により算定すると、原告Aは六万三九七七円、原告Bは七万一三六九円となる。 (2) 仮に、昭和五一年度冬期、昭和五二年度夏期及び冬期の各一時金の金額につき、前記原告らの主張が認められないとしても、昭和五〇年度冬期一時金として、原告Aは一五万四二八五円、原告Bは一四万九九四一円の、昭和五一年度夏期一時金として、原告Aは一五万〇一四五円、原告Bは一四万七四一四円の各支払を受けたから、原告らは昭和五一年度冬期、昭和五二年度夏期及び冬期一時金についても、冬期については右昭和五〇年度冬期一時金を、夏期については右昭和五一年度夏期一時金を下回らない金額の支払を受け得たはずである。同金額に基づき原告らの一時金未払分を算定すると、原告Aは五二万二六九二円、原告Bは五一万八六六五円となる。 6 よつて、被告に対し、原告らが雇傭契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、前項の未払賃金及び一時金として原告Aは合計二九六万六五六八円の、原告Bは二九五万一七二〇円の各支払を求める。 二請求原因に対する被告の答弁 1 請求原因1の事実は認める。 2 同2の事実は認める。 3 同3は争う。 4 同4の事実は認める。 5(一) 同5の(一) 告Bは二九五万一七二〇円の各支払を求める。 二請求原因に対する被告の答弁 1 請求原因1の事実は認める。 2 同2の事実は認める。 3 同3は争う。 4 同4の事実は認める。 5(一) 同5の(一)の事実のうち、昭和五一年五月ないし七月分の賃金として原告らが受領した賃金が原告ら主張のとおりであつたこと、原告Aの昭和五一年六月の乗務が一〇乗務と四時間で、一乗務の勤務時間が一六時間であることは認めるが、その余は争う。原告Aに対する出勤停止の懲戒は適法なものである。また、月間運収二〇万円以下の場合の賃率は四〇パーセントである。 (二)(1) 同(二)の(1)の(イ)及び(ロ)のうち会社における昭和五一年度冬期、昭和五二年度夏期及び冬期一時金の各支給基準が、原告ら主張のとおりであること、及び同(ハ)のうち昭和五三年度夏期一時金として原告らがその主張の各金員を受領したことは認めるが、原告らの受領すべき各一時金が原告ら主張の金額であることは争う。原告らは昭和五一年八月二一日から昭和五三年三月一三日まで乗務しなかつたものであり、現実に乗務しなかつた者に対し、特に一時金を支払うことの根拠となるべき賃金協定、給与規則は存しない。したがつて、原告ら主張のような一時金の支払をなすべき理由はない。 (2) 同(二)の(2)のうち、昭和五〇年度冬期及び昭和五一年度夏期一時金として、原告らがその主張の金員を受領したことは認めるが、原告ら主張の一時金の請求権があることは争う。 三被告の抗弁 1 原告両名には、次のとおり懲戒解雇事由を定めた就業規則七三条一号の「出勤不良で出欠席常ならず、数回にわたり注意を受けても改めないとき」、同条九号の「他人に対し危害を加えまたは故意にその業務を妨げたとき」、同条一三号の「職務上の指示命令に不当に反抗して業務上の秩序を乱したとき」、同 常ならず、数回にわたり注意を受けても改めないとき」、同条九号の「他人に対し危害を加えまたは故意にその業務を妨げたとき」、同条一三号の「職務上の指示命令に不当に反抗して業務上の秩序を乱したとき」、同条二一号の「故意または重大な過失によつて会社の車両、機械器具、設備材料等を毀損または紛失して会社に損害を与えたとき、または与えようと計画したとき」、同条二五号の「故意または重大な過失により会社に損害を与えまたは与えようとしたとき、若しくは会社の信用をそこなつたとき」に該当する事由が、また、原告Aには右のほか同条五号の「一回懲戒処分を受けたにもかかわらず尚改悛の見込がないとき」に該当する事由があるので、被告は、同事由に基づき原告らを懲戒解雇したものである。 (一) 原告らは、昭昭五一年八月七、八日の両日博多駅外一か所で、事実に反し会社を誹謗中傷するビラ多数を配布して会社の名誉、信用を害した。右紛争は、昭和五一年六月一日開かれた組合執行委員会に出席するため許可なく職場を離れた者に対し、会社が、事後的に職場離脱の届出を求めようとしたところ、右離脱者が、これを拒絶したことに端を発するのであるが、就業時間中に業務上の必要によらず職場を離れる場合は上長の許可を必要とするのであり(就業規則一四条二号)、就業時間中に組合活動を行う場合も同様であるから(同条八号)、会社が、職場離脱者に届出の提出を求めた前記措置は正当なものである。 また、原告らの配布した右ビラに、組合の妨害を排除して就労した非組合員らを指して、「暴力団まがいの連中」等の記載があつたことに非組合員らが憤慨し、会社の従業員が二分して争う状況となつて従業員間に軋轢を生じさせた。そして、右従業員間の紛争のため原告らは、昭和五一年八月一四日以降別紙欠勤時間表記載のとおり会社の就業命令に違反して就業時間 慨し、会社の従業員が二分して争う状況となつて従業員間に軋轢を生じさせた。そして、右従業員間の紛争のため原告らは、昭和五一年八月一四日以降別紙欠勤時間表記載のとおり会社の就業命令に違反して就業時間中に欠務した。 (二) 組合は、昭和五〇年春闘の際、原告らの指導により、同年五月一七日から同年六月二三日までの間、会社所有の営業車の後部窓ガラス、車体等に塗料で落書して毀損し、これを制止する会社役員に反抗して中止命令に従わず、落書の除去作業を行う従業員に対し、暴力的言辞をもつてその作業を妨害した。 (三) 原告らは、欠勤、早退が多く、運賃収入が低い等勤務状況が不良であるが、これにつき会社役員が注意しても反抗的態度にでて従わず、また、会社の運行管理者であるCの行う始業点呼を拒否する等会社の規律秩序を乱した。さらに、原告らは、昭和五一年五月福岡市内千早病院において、勤務中の会社運転手訴外Dに対し、運収を減少するよう強要する等、会社の業務を積極的に妨害する言動をなした。 (四) 原告らは、会社取締役前記Cの傷害事件において、これを会社攻撃の道具として利用することを企図し、同事件を審理する法廷において誇張ないし作為性のあるはなはだ不合理、不自然な虚偽の証言をなし、その証言内容を基に会社及びその役員を誹謗するビラを会社、役員宅周辺に配布し、さらに陸運事務所等の関係諸官庁に対し会社を中傷し、会社の信用を傷つけ損害を与えた。 (五) 原告Aは、本件解雇以前の昭和五一年六月二一日出勤停止四日の懲戒を受けたが、全く反省の態度がみられなかつた。 2 原告らは、本件解雇後の昭和五一年九月一日から昭和五三年二月一〇日まで博多タクシー有限会社(以下「博多タクシー」という。)に運転手として雇傭され、原告らそれぞれ一か月一四万四〇〇〇円以上、右期間合計二二一万一四二八円以上の 五一年九月一日から昭和五三年二月一〇日まで博多タクシー有限会社(以下「博多タクシー」という。)に運転手として雇傭され、原告らそれぞれ一か月一四万四〇〇〇円以上、右期間合計二二一万一四二八円以上の賃金を、また、昭和五三年度夏期一時金として、原告らの自認するもののほか被告から、原告Aが九万二八九〇円、原告Bが一〇万七四五〇円の支払を受けている。したがつて、原告Aについては右合計二三〇万四三一八円が、原告Bについては右合計二三一万八八七四円が、原告らの本訴金員請求額より控除さるべきである。 四抗弁に対する原告らの答弁1(一) 抗弁1の(一)の事実のうち、原告らが昭和五一年八月七、八日の両日博多駅においてタクシー乗務員にビラを配布したこと、及び運友会々員らの妨害により原告らが就労できなかつたことがあることは認めるが、その余の事実は否認する。 昭和五一年六月以前二年間は、執行委員会出席のため休車する場合、組合からも、執行委員個人からも会社に対し何らの届出をしておらず、届出を要しないとの労働慣行がすでに確立していた。昭和五一年六月一日正午から午後三時まで原告A方で執行委員会が開催され、当日乗務の訴外E、同F及び同Gの各執行委員も参加したが、会社は、突然同月四日をはじめ一一日、一五日と組合及びEらに対し、届出書ないし始末書を提出するよう求めてきた。組合は、会社の真意を確かめるため会社に対し質問書を提出したが、会社は、右質問書には何ら回答することなくあくまで始末書の提出を求め、A、E及びFが労働慣行に反した始末書の提出には応じられない旨回答したところ、会社は、六月二一日原告Aに対し、翌二二日E、Fに対し、いずれも四日間、出勤停止とする旨の懲戒をした。しかし、右の者らに懲戒事由がなく、右懲戒は無効なものであつた。組合は、右懲戒を受けた後、これに抗 会社は、六月二一日原告Aに対し、翌二二日E、Fに対し、いずれも四日間、出勤停止とする旨の懲戒をした。しかし、右の者らに懲戒事由がなく、右懲戒は無効なものであつた。組合は、右懲戒を受けた後、これに抗議して同月二三、二四日四八時間ストライキを行つたが、その際、会社幹部を先頭に非組合員のほぼ全員が、組合員のピケを突破して営業車全車を持ち出した。本件ビラは、右懲戒、ストライキ及び紛争の経過を事実に則して記述したものであり、昭和五一年八月七、八日の両日非番の組合員それぞれ七、八名に配布した。ビラに記載された内容は、些細な点で組合が誤認していた事実もあるが、会社を誹謗中傷するものではない。本件ビラ配布に藉口して、会社の一部従業員で組織する運友会の会員訴外H、同会員訴外I、同Jが、昭和五一年八月一四ないし一六、一八、二〇、二一及び二四日と連日原告らの勤務を妨害した。原告らは、右Hらに対し、「ビラ配布について言い分があるならしかるべき法的措置をとればよい。就労の妨害はするな。」と説得したが、Hらがこれに応じないため、原告らは、同月一四日会社に対し、原告らが就労できるよう有効な措置をとることを要求したが、会社は、これを放置した。原告らは、就労する意思を有し、かつ、そのための努力もしたのであり、原告らが就労できなかつた責任は、就労妨害を行つたHら運友会幹部と妨害除去に適切な措置を講じなかつた会社にある。 (二) 同1の(二)の事実のうち、昭和五〇年度賃金改定交渉における組合の闘争戦術として、昭和五〇年五月一七日から営業車のリヤウインドウ及び右側面後部ガラスに、同年六月五日から同月二〇日までは右箇所のほかボデイ部にも書込みをしたことは認めるが、その余の事実は否認する。 昭和五〇年度の賃金改訂交渉は、同年四月二二日以降会社と組合との間で行われていたが、会社 年六月五日から同月二〇日までは右箇所のほかボデイ部にも書込みをしたことは認めるが、その余の事実は否認する。 昭和五〇年度の賃金改訂交渉は、同年四月二二日以降会社と組合との間で行われていたが、会社は、同年四月分の賃金につき賃率四五・一八パーセントで仮払した。組合は、会社に対し再三従来の賃率四九・五パーセントでの支払を求めたが、会社は、これに応じようとしなかつたため、組合は、同年五月一八日の二四時間ストライキや二ないし四時間の時限ストライキを行うとともに、同月一七日からリヤウインドウ及び右側面後部ガラスに抗議文を書くこととし、さらに、同年六月五日から車のボデイ部にも抗議文を書込むこととした。組合が、右書込戦術を実施するに際しては、まず、容易に消せるガラス部分への書込にとどめ、その後さらに、ボデイ部書込を採用した際には、水で洗えば容易にとれる水性塗料を使用することとし、書込の文言は、「賃下げ反対」、「闘争中」、「あけぼのタクシー労組」等を中心とし、リヤウインドウについては走行に支障なきよう最小限の書込にとどめる等細心の注意を払つていたものであり、同年六月二〇日、組合は、自主的に右戦術を中止した。同年度の春闘において右と同様の書込戦術を採用したタクシー労働組合は、原告らの所属組合のほか、西鉄、大丸、相互等多数あり、その中には原告らの所属組合よりはるかに長期にわたつて右戦術を継続した組合もあるが、他のタクシー会社において右書込戦術を実施したことを理由に懲戒がなされたところはない。 (三) 同1の(三)の事実は否認する。 (四) 同1の(四)の事実は否認する。原告らは自ら見聞した事実をありのまま証言したものであり、また、そもそも右証言は原告らと被告との雇傭関係につき何らのかかわりもない性質のものである。仮に、原告らの証言中に会社の信用にかかわる する。原告らは自ら見聞した事実をありのまま証言したものであり、また、そもそも右証言は原告らと被告との雇傭関係につき何らのかかわりもない性質のものである。仮に、原告らの証言中に会社の信用にかかわるものがあつたとしても、原告らが自らの見聞をそのまま証言したものである以上やむを得ないものであり、懲戒の事由となし得るものではない。 (五) 同1の(五)の事実のうち、原告Aが被告主張の日に被告主張の懲戒を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。前記(一)に記載のように同原告は、右懲戒は理由がなく無効と考え、昭和五一年六月二二日福岡県地方労働委員会に対し不当労働行為救済の申立をしていたのであり、右申立の決着がつく前に反省の態度がみられないというのは理にあわない。なお、組合は、同年七月七日の団体交渉において、今後は執行委員会出席のため休車する場合にも組合名で届を出すことを約したのである。 2 同2の事実のうち、昭和五三年度夏期一時金として、原告らが、被告から被告主張の金員の支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告らが、本訴において昭和五三年度夏期一時金として支払を求める金員は、昭和五二年一二月一日から昭和五三年三月一三日までの運収に比例する分(水揚給)に限られているところ、被告が右一時金として支払つたと主張する金員は、右期間の水揚給として支給されたものではない。 五原告らの再抗弁 1 仮に、原告らに一部懲戒解雇に該当する事由があつたとしても、被告は、原告らの労働組合活動を嫌悪し、これに対し不利益な取扱を行い組合に打撃を与える目的で本件解雇を行つたものであるから、原告らに対する本件解雇は不当労働行為であつて無効である。 2 また、本件解雇事由に関する前記四に記載の事情等からすると、原告らに対する本件解雇は、いずれも懲戒権を濫用し 解雇を行つたものであるから、原告らに対する本件解雇は不当労働行為であつて無効である。 2 また、本件解雇事由に関する前記四に記載の事情等からすると、原告らに対する本件解雇は、いずれも懲戒権を濫用したものとして無効というべきである。 六再抗弁に対する被告の答弁 1 再抗弁1の事実は否認する。被告は、組合用務のための休車等についても許可を与える等、正当な組合活動を嫌悪妨害する意思は全くなかつた。原告らの行為は、正当な組合活動の範囲を逸脱した行為で会社の存立を危うくするものであるから、本件解雇は企業防衛上やむを得ないものである。 2 同2は争う。 第三証拠関係(省略) 理由 一請求原因1、2及び4の事実は、当事者間に争いがない。 二まず、被告の主張する本件解雇事由につき検討する。 1 抗弁1の(一)のビラ配布等について(一) 成立に争いのない甲第一三、第一四号証、同第一九号証、同第二五号証、同第三二、第三三号証、同第四六号証の一、二、乙第九号証、同第一一号証、同第三〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証、証人K(第一回)、同L、同M、同Nの各証言(但し、N証言については一部)、原告B(第一回)、同A及び被告代表者O各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。 (1) 昭和五一年六月一日の昼間原告A方で組合執行委員会が開かれた。同執行委員会に出席した当時の組合副執行委員長訴外E、執行委員同F、同Gの三名は、同日乗務となつており、乗務を中断して執行委員会に出席したが、会社に対し休車の届出をしなかつた(会社の就業規則一四条二号には、業務上の必要によらないで就業時間中に職場を離れる場合は、上長の許可を要する旨定められている。)。一方、会社は、各営業車備付のタコグラフで右三名の乗務する営業車が三時間 会社の就業規則一四条二号には、業務上の必要によらないで就業時間中に職場を離れる場合は、上長の許可を要する旨定められている。)。一方、会社は、各営業車備付のタコグラフで右三名の乗務する営業車が三時間にわたり休車していることを知り、同月四日行われた会社と組合との団体交渉の席上、右点につき問いただすとともに右三名に休車届を提出させるよう求めた。その数日後の団体交渉の際、組合は、「従来執行委員会開催により休車する場合は会社に対する届出をしたことがなく、届出しなくてもよいとの慣行ができている。」旨主張して、会社の休車届提出の要求には応じられない旨答えた。その席上で会社は、「今回に限り組合名義による届出でもよい。」旨述べて重ねて休車届の提出方を求めたが、組合は、これも拒否した。その後会社は、執行委員会出席のため休車した前記三名の各組合役員に対し始末書を提出するよう求めたが、Gがこれに応じたのみで、E、Fの両名は始末書の提出を拒否した。そのため、会社は、E、Fの始末書に代るものとして、組合執行委員長の原告Aに対し、組合名義の始末書を提出するよう求めたが、同原告は、前記労働慣行の存在を主張してこれを拒否した。会社は、原告Aらが右のように会社の指示に従わなかつたことに対する懲戒として、同月二一日原告Aを出勤停止四日間の、翌二二日E、Fを各出勤停止四日間の懲戒に付した。なお、従来組合執行委員会は昼の休憩時間や非番の日を利用して開催されることが多かつたこともあつて、執行委員会が長引いて正規に昼の休憩時間として認められた一時間を超えて休車している場合にも、会社は、これに気付かないまま見過ごしており、組合結成から昭和五一年六月までの間に執行委員会出席のための休車届が提出されたのは、昭和四六年及び昭和四九年に各一回あるだけで、原告Aが執行委員長に執任した昭和五 れに気付かないまま見過ごしており、組合結成から昭和五一年六月までの間に執行委員会出席のための休車届が提出されたのは、昭和四六年及び昭和四九年に各一回あるだけで、原告Aが執行委員長に執任した昭和五〇年四月以降は、執行委員会出席のための休車届出がなされたことは全くなかつた。また、組合は、同年七月八日行われた会社との団体交渉の際、今後は執行委員会出席のため休車する場合にも、休車届を提出する旨約した。 (2) 昭和五一年六月二一日午前中原告Aに対する出勤停止の懲戒がなされたことを知つた組合員らの中には、会社に対する抗議のストライキを行えと主張する者もあつた。原告Aは、会社から電話で全自交福岡地連書記長訴外Pに相談したところ、同書記長からストライキは差し控え労働委員会への救済申立による解決をはかるべきであるとの指示を受けたため、その場にいた組合員にその旨伝え、さらに、今後の方策につき相談するためPの許に赴いた。原告Aが同月夕刻会社に帰つたところ、同人不在の間に組合員の間で同日及び翌二二日の各午後一一時から二時間の時限ストライキを行うことが決められていた。右ストライキ実施の決定及びその組合員への周知方については、当時の組合執行委員訴外Nが積極的にこれを行つており、原告Bは、右二一日が非番であつたため、同日午後Nから知らせを受けたという組合員から聞いてはじめて右ストライキがなされることを知つた。同月二一日、二二日の両日ともストライキ実施中に組合集会が開催されたが、二二日には会社が新たにE、Fの両名に対する出勤停止の懲戒をしたため、同日開催の組合集会には、組合員二八名中二一名が出席し、右懲戒につき会社に抗議するためさらに翌二三日の始業時から四八時間のストライキを実施することが決定された。なお、右二二日の集会には、Nは出席していなかつた。四八時間スト 組合員二八名中二一名が出席し、右懲戒につき会社に抗議するためさらに翌二三日の始業時から四八時間のストライキを実施することが決定された。なお、右二二日の集会には、Nは出席していなかつた。四八時間ストライキに突入した二三日には、組合員及び支援の労組員が会社に詰めていた。一方、会社内の非組合員たる乗務員で組織する運友会々員らは、当日乗務予定の者のほか非番の者の中にも会社から連絡を受けて出社する者もあり、同会員らは組合に対し、車庫内にある営業車の搬出を要求して組合員らと対峙し、暫く経つて組合も運友会々員が乗務する営業車に限りその搬出を認める旨右会員らに伝えたが、同会員らはあくまで全車両の搬出を要求したため、組合員らと運友会々員らとの対立は険悪となり、遂に同日午後三時半ころ会社職制が先頭に立ちこれに運友会々員が加わつて、組合員や支援労組員のピケを押しのけて強引に営業車全部を搬出した。 (3) 組合は、前記出勤停止の懲戒に関する闘争資金を得るため、ビラを配布して他労組員にその実情を訴えてカンパを呼びかけることとし、前記執行委員のNが文案を起草してビラ五〇〇枚を作成し、組合員が昭和五一年八月七、八日の両日博多駅構内において、右ビラを同構内に入つて来るタクシー運転手に配布した。右ビラ(甲第一三、第一四号証)には、前記ストライキに至るまでの事情、会社と運友会とが一体となつてスト破りをしたこと、会社のねらい、その他会社の従来の不当な行為等が記載されていた。ところが、右ビラの文中に、運友会の結成及びスト時の運友会々員の行動に関し、「会社は非組合員を集めて運友会という組織を結成させ、今まで顔を見たこともない非組合員同志を結集させました。」「暴力団まがいの連中が組合員にピケを解くよう強要して来ました。」等の記載があつたことから、同月一四日運友会々長訴外Hら同会 組織を結成させ、今まで顔を見たこともない非組合員同志を結集させました。」「暴力団まがいの連中が組合員にピケを解くよう強要して来ました。」等の記載があつたことから、同月一四日運友会々長訴外Hら同会々員が組合役員に対して抗議し、ビラの撤回と謝罪文を書くよう要求したが、組合は、同夜執行委員会を開いて検討した結果、右ビラの記載は事実を述べているに過ぎないので運友会々員の要求に応ずる必要はないとの結論に達し、その旨Hらに伝えた。このため、Hら運友会々員数名が同月二一日まで連日組合役員に対しビラの撤回等を要求して同役員の乗務する営業車を取り囲んでその出庫を妨害したので、原告らは、別紙欠務時間表記載の各時間勤務に従事することができなかつた。そして、会社は、同月二一日原告両名を懲戒解雇するとともに、組合と運友会々員との右紛争に関し同日N執行委員を出勤停止三か月の、同月二二日F執行委員を同じく出勤停止三か月の、同月二四日E副執行委員長を出勤停止二か月の各懲戒に付した。また、会社は、その頃右紛争につき運友会々員に対しても、H会長を出勤停止三か月に、その他三名の同会員を出勤停止二か月に付したが、その後右運友会々員らには改悛の情がみられるとして、同人らから詫び状を差入れさせたうえ、一か月内外で右運友会々員に対する出勤停止を解いた。 以上の事実が認められ、証人Nの証言のうち、右認定に反する部分はたやすく信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。 (二) 被告は、組合の前記ビラの配布により会社の名誉、信用が害された旨主張する。前記甲第一三、第一四号証によれば、右ビラの記載には、表現に妥当性を欠いたり事実の誇張があり、組合側の正当性の一方的宣伝となつていることは否定できない。しかし、そもそも右ビラは、懲戒の正当性を巡つて会社と対立、闘争中の組合が、他会 右ビラの記載には、表現に妥当性を欠いたり事実の誇張があり、組合側の正当性の一方的宣伝となつていることは否定できない。しかし、そもそも右ビラは、懲戒の正当性を巡つて会社と対立、闘争中の組合が、他会社のタクシー運転手に支援を訴えるために作成されたものであるから、その性質上その表現がある程度事実を誇張したり自己の正当性の一方的主張となりがちなことは否定できず、それもある程度やむを得ないものと考えられる。本件ビラが右のような性格のものであることは、ビラの体裁や記載内容から明らかであるから、本件ビラを読む者においてもその記載内容を必ずしもすべて真実なものとして受け取るおそれはないというべきである。右事情に本件ビラ配布の直接の相手方がタクシー運転手に限定されていることを考え合わせると、解雇事由となるほどに会社の名誉、信用が害されたとするには疑問が存する。現に本件ビラ配布後本件解雇までの間に、本件ビラが会社の名誉、信用を害するものとして、会社から組合や組合役員に対し抗議や注意がなされた形跡はない。 また、被告は、本件ビラの配布により従業員間に軋轢を生じさせ、就業命令に違反して原告らが欠務した旨主張する。しかし、前記判示のように、原告らが八月一四日から同月二〇日までの間に欠務したのは、運友会々員らの業務妨害によるものであるところ、前記のような本件ビラの性格を考慮すると、運友会々員らが自らの名誉保持のため組合役員らに対し抗議すること自体はともかくとして、その抗議のため原告らの会社における業務遂行を妨害することにはいかなる正当性も見出し難い。しかも、前記甲第四号証、証人Kの証言(第一回)、被告代表者O尋問の結果によれば、会社は、運友会々員らの右業務妨害に対して口頭による注意を与えたものの、それ以上に右妨害排除のための積極的措置はとらず、組合員らが警察に 号証、証人Kの証言(第一回)、被告代表者O尋問の結果によれば、会社は、運友会々員らの右業務妨害に対して口頭による注意を与えたものの、それ以上に右妨害排除のための積極的措置はとらず、組合員らが警察に通報する等して右妨害を排除したことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。以上の事情に照らして考えると、前記運友会々員との間に生じた摩擦や原告らの欠務をもつて、就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するものとは解し難い。 2 抗弁1の(二)の営業車への落書について(一) 前記甲第二五号証、同第四六号証の一、二、乙第一一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証、証人Kの証言(第一回)、被告代表者O尋問の結果によれば、会社は、昭和五〇年春、タクシー料金の改訂に伴つて賃率の切下げを提案し、労使の合意のないまま同年四月分賃金を会社提案の賃率により支給したこと、組合は、これに反対して数次にわたる時限ストライキを行うとともに、同年五月一七日から約一か月余の間闘争戦術として営業車への闘争スローガンの書込を行い、非組合員が乗務する営業車も含めてほとんど全車両に、窓ガラス部分にはペンキで、ボデイ部分には水性塗料で「賃下げ反対」「ピンハネするな」等と書込んだこと、ボデイ部分への書込を実施するに際しては、予め一定の濃度の水性塗料を使用すれば車体を傷つけることなく水洗のみで書込を消せることを確かめたうえ実施したこと、右書込が実施されていた期間中、会社では毎朝職制らがカミソリ、ガソリン、水等で右書込を消す作業をしていたこと、会社は、組合に対し右車両への書込行為を止めるよう再三申し入れたが、原告らはこれに応ぜず、同年六月二〇日頃会社から右行為の禁止を求める仮処分申請がなされるに及んで、組合も右書込戦術を中止したことが認められ、右認定に反する証拠はない 行為を止めるよう再三申し入れたが、原告らはこれに応ぜず、同年六月二〇日頃会社から右行為の禁止を求める仮処分申請がなされるに及んで、組合も右書込戦術を中止したことが認められ、右認定に反する証拠はない。 (二) 右営業車への書込闘争は、会社の車両を毀損し、かつ、会社の中止命令に従わなかつた点で違法なものといえる。しかし、右行為に関しては、次のような事情も認められる。即ち、前記認定のように、組合においてもボデイ部分への書込を実施するに際しては、一定の濃度の水性塗料を使用すれば車体を傷つけることなく水洗のみで書込を消せることを確かめたうえで実施されており、回復不能な車両毀損がなされないようにとの配慮がなされている。また、前記甲第四号証、同第四六号証の一、二によれば、昭和五〇年の春闘に際しては、福岡市内の他の四、五社のタクシー会社労組においても、車体への闘争スローガン等の書込戦術がとられたが、いずれの会社においても右闘争を実施したことを理由として組合役員に対する懲戒がなされた形跡はなく、被告会社においても右闘争中止後本件解雇に至るまでの一年余の間、右闘争実施に関し組合役員の責任を問う態度を示したことはなかつたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。以上のような事情に照らして考えると、本件解雇以前会社には、右車体への書込闘争に関し組合役員を懲戒する意思はなかつたと推認するのが相当である。 3 抗弁1の(三)の勤務状況について(一) 前記甲第二五号証、同第四六号証の二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二二号証、証人K(第一回)、同Qの各証言によれば、会社における原告らの運収は平均より下位に属すること、会社職制らが原告らに対しもつと運収をあげるよう注意すると、原告らは、「足切り線(一か月の運収額がそれを下回る場合に歩合給の支 の各証言によれば、会社における原告らの運収は平均より下位に属すること、会社職制らが原告らに対しもつと運収をあげるよう注意すると、原告らは、「足切り線(一か月の運収額がそれを下回る場合に歩合給の支給率が減少する金額)以下にならねばよい。」という趣旨のことを述べて運収の増加に非協力的態度を示すことが多かつたこと、会社の朝の点呼(乗務前に運行管理者が運転者に面接して、その健康状態等を把握するとともに、運転上の注意を与えるもの)は、主に訴外K、同Qの両部長が行つていたが、同人らが差支えの場合にたまに訴外C部長が行うことがあつたが、同人の点呼の際には原告らは、Cにはその資格がないと言つて抗議し同人の点呼を拒否していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、原告らに欠勤、早退が多かつたとの被告の主張については、証人Kの証言(第一回)中に、「Bはよく一〇分、二〇分遅刻していた。」旨の証言があるが、同証言によつても、遅刻の日時、具体的回数等は明らかでなく、かつ、遅刻の時間はきわめて短時間であり、右遅刻によつて業務上格別の障害を生じていたことはうかがえず、他に原告らに遅刻、欠勤の多かつたことを認めるに足りる証拠はない。 右のように、原告らの運収は下位にあつたと認められるが、しかし、前記甲第四六号証の二、成立に争いのない甲第一八号証の二、三、同第二六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八号証の一、証人Kの証言(第一回)によれば、本件解雇前会社には原告らより運収の少い者もおり、原告らが最低グループに属していたわけではなく、昭和五一年一月分の運収についてみると、原告Aは五七名中二八位、原告Bは五七名中四八位、同年二月分では、原告Aは五六名中四五位、原告Bは五六名中三一位であることが認められる。右認定に反する証人Qの証 和五一年一月分の運収についてみると、原告Aは五七名中二八位、原告Bは五七名中四八位、同年二月分では、原告Aは五六名中四五位、原告Bは五六名中三一位であることが認められる。右認定に反する証人Qの証言及び乙第一三号証はたやすく信用できない。また、前記甲第一九号証によれば、被告会社における懲戒解雇事由を定める就業規則七三条には、同条一号に「出勤不良で出欠席常ならず、数回にわたり注意を受けても改めない時」との定めはあるが、運収が低いことを懲戒解雇事由とする規定はなく、運収の如何自体はその他の懲戒事由ともされていない。これは被告会社における運転手の賃金のうちかなりの部分が歩合給となつており、運収をあげなければ当該運転手自身も低賃金に甘んぜざるをえないことによるものと解せられる。 Cの点呼を原告らが拒否した点については、後記4に認定のような刑事々件の発生により、Cと組合との間には感情的対立関係があつたことがうかがえ(前記乙第九号証、証人Kの証言(第一回)によれば、刑事々件発生後暫くCは、組合員との接触のない職場に配置されていたことが認められる。)、原告らがCの点呼に対して示した態度も右感情的対立に起因するものと推認できる。そして、前記認定のように、Cが点呼を担当するのは臨時的なものであり、原告らの点呼拒否により業務に格別の支障があつた形跡はなく、本件解雇以前に会社において原告らの点呼拒否を問題として、懲戒や注意をした形跡もうかがえない。 (二) さらに、被告は、原告らが昭和五一年五月千早病院において会社運転手の訴外Dに対し、運収を減少するよう強要した旨主張し、証人Dの証言、被告代表者O尋問の結果によれば、同月二〇日ころ非組合員のDが千早病院で客待ちをしていたところ、数名の組合員がその場に来てDに対し、同人が運収をあげ過ぎると抗議し今後他の運転手 張し、証人Dの証言、被告代表者O尋問の結果によれば、同月二〇日ころ非組合員のDが千早病院で客待ちをしていたところ、数名の組合員がその場に来てDに対し、同人が運収をあげ過ぎると抗議し今後他の運転手と同程度の水揚げにするよう要求したことが認められる。しかし、右Dの証言自体、Dに対する運収をあげ過ぎないようにとの右働きかけの際、原告らがその場に居合わせたのかどうかあいまいであり、成立に争いのない甲第四七号証の二を合わせ考えると、原告らが右働きかけをしたものとは認め難い。 4 抗弁1の(四)の偽証等について(一) 前記甲第四号証、同第三三号証、乙第九号証、成立に争いのない甲第四七号証の一、乙第三七、第三八号証、原本の存在及びその成立につき争いのない甲第七号証、証人Kの証言(第一回)、被告代表者O尋問の結果によれば、組合は、タクシー料金の改訂に伴う賃率の切下げの撤回を求めて、昭和四五年四月三〇日から翌五月一日にかけてストライキを行つたが、その際、当時の組合執行委員長であつた前記Eが、会社の車庫前から営業車を運転して出て行こうとする会社取締役兼総務部長前記Cを呼び止めようとして、同人の運転する営業車の窓枠を手でつかんだが、同人がそのまま車を進行させたため、Eは、窓枠をつかんだまま数百メートル走行したこと、そのため、Eや組合は、捜査機関に対し、Cを殺人未遂罪で告訴、告発し、同人が右行為につき傷害事件として福岡地方裁判所に起訴されたが、同裁判所は、昭和五一年一月三〇日同人の行為を暴行罪と認定し罰金刑の判決を言渡し、その控訴審である福岡高等裁判所も昭和五二年二月三日控訴棄却の判決を言渡したこと、原告らが右事件で証人として取調を受けたが、原告らの証言につき、一審裁判所は不合理、不自然な点があるとして、また、控訴裁判所は誇張、作為的な点がある等として採用 月三日控訴棄却の判決を言渡したこと、原告らが右事件で証人として取調を受けたが、原告らの証言につき、一審裁判所は不合理、不自然な点があるとして、また、控訴裁判所は誇張、作為的な点がある等として採用しなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。 右事実によれば、原告らの証言と客観的事実との間には齟齬があり、原告らの証言には誇張された部分があつたことは推認できるが、しかし、原告らが右証言の際、その記憶に反しことさら虚偽の事実を述べたと認めるに足りる証拠はない。原告らが偽証罪で有罪とされたというのであればともかく、単に原告らがCの行為につき誇張した証言をしたということのみでは、他に特段の事情のない限り会社の信用が害されたものと解することはできず、本件において、右特段の事情の存在はうかがえない。 (二) 被告は、原告らが右証言内容を基に会社及びその役員を誹謗するビラを配布して、会社の信用を傷つけた旨主張する。前記甲第一三号証によれば、昭和五一年八月七、八日に組合が博多駅構内において配布した前記ビラには、「四五年当事のE委員長を会社のC専務が営業車で三〇〇メートルも引きずつて暴行を働いたという事件から、労使の戦いが始つたという認識を会社は持つているわけです。」「この男こそ、六年前に営業車で組合幹部を引きずつて、反省もしていない暴力常習者のC部長です。」との記載がなされていることが認められる。右記載には、「暴行常習者」等表現に妥当性を欠くところもあるが、しかし、右ビラの記載はCのEに対する暴行事件があつたという点では虚偽の事実を記載しているわけではなく、かつ、右ビラ(甲第一三号証)の記載内容に照らすと、右暴行事件に関するビラの記載は、同事件自体を他に流布、宣伝しようとするものではなく、会社の組合に対する措置の不当性を訴えるための一事情として記 く、かつ、右ビラ(甲第一三号証)の記載内容に照らすと、右暴行事件に関するビラの記載は、同事件自体を他に流布、宣伝しようとするものではなく、会社の組合に対する措置の不当性を訴えるための一事情として記載されていることが認められる。以上のほか前記1に判示のような右ビラの性格及び配布の対象が限定されていること等を考え合わせると、右ビラの配布により会社の信用を傷つけたものとは認め難い。 また、証人Kの証言(第一回)によれば、右Cの刑事々件発生当時、「CがEを引きずつて殺人未遂を犯した」旨を記載したビラが、会社及び会社役員宅周辺や、陸運事務所、労働基準監督署に配布されたことが認められるが、しかし、右ビラの配布について原告らが関与していたことを明らかにする証拠はなく、現に同ビラ配布に関し本件解雇時まで六年余の間会社から原告らの責任が問われた形跡は全くない。 5 抗弁1の(五)の出勤停止後の原告Aの態度について前記1の(一)の(1)で判示のように、組合結成から昭和五一年六月までの間に執行委員会出席のための休車届が提出されたのは僅か二回に過ぎず、原告Aが執行委員長に就任して以降は、執行委員会出席のための休車届出がなされたことは全くなかつたことに照らして考えると、原告Aが、被告会社においては執行委員会出席の場合休車届は不要とする取扱がなされているものと認識していたとしても、ある程度無理からぬ事情があつたということができよう。右事情に、前記認定のように昭和五一年七月八日の団体交渉の際、組合も今後は執行委員会出席のため休車する場合にも休車届を提出する旨約していること等を考え合わせると、出勤停止の懲戒後原告Aに反省の態度がないとして就業規則の懲戒解雇条項を適用するのは相当性を欠く措置といわねばならない。 三ところで、原告らは、本件解雇が不当労働行為である こと等を考え合わせると、出勤停止の懲戒後原告Aに反省の態度がないとして就業規則の懲戒解雇条項を適用するのは相当性を欠く措置といわねばならない。 三ところで、原告らは、本件解雇が不当労働行為である旨主張するので、以下この点につき検討する。 1(一) 前記甲第四号証、同第四六号証の一、同第四七号証の一、原告B本人尋問の結果(第一回)によれば、昭昭四四年以前被告会社内には、運転手の組織として福自交あけぼの分会と若葉会とがあつたが、同年四月右両組織の構成員が合体してあけぼのタクシー労働組合が結成され、運転手のほぼ全員が同組合に加入したこと、原告Aは、昭和四五年に同組合の執行委員代理、昭和四七年副執行委員長、昭和五〇年四月以降現在まで執行委員長の地位に、原告Bは、昭和四四年四月以降現在まで書記長の地位にあり、本件解雇の相当以前から原告らが組合の活動における中心的役割を果していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。 (二) 前記甲第四七号証の一、成立に争いのない甲第二一号証、同第二三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二二号証、原告B本人尋問の結果(第一回)によれば、組合は、昭和四九年一月五日、会社が運転手を新規採用するに当り組合に加入しないよう指導しており、また、交通違反による罰金、反則金の会社負担部分、忘年会及び担当車両の割当等について組合員と非組合員とを差別して取り扱つているとして、労働委員会に救済の申立をしたこと、右問題については当事者間の交渉により、罰金、反則金の件につき金銭による解決がはかられたほか、会社から組合に対し同年三月六日付で、「一部について労務管理上誤解を招く点があつたので、今後はそのようなことがないよう確約します。」と記載した確約書を交付したことが認められ、右認定に反する証拠はない。 (三) 前 対し同年三月六日付で、「一部について労務管理上誤解を招く点があつたので、今後はそのようなことがないよう確約します。」と記載した確約書を交付したことが認められ、右認定に反する証拠はない。 (三) 前記甲第四六号証の一によれば、昭和五一年五月七日会社における非組合員たる乗務員二十数名(会社の全運転手の半数弱)により、「運友会」という名称の親睦団体が結成されたことが認められ、これに反する証拠はない。そして、前記二の1の(一)の(2)及び(3)で認定のように、その後の運友会は、組合と対立する動きをすることが多かった。 (四) 成立に争いのない甲第四六号証の二、同第四七号証の二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二六、第二七号証、証人Nの証言によれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。 本件解雇当時の組合執行部は、原告らのほか、前記E副執行委員長、F、N、G(会計担当)の各執行委員で構成されていたが、原告らに対し本件解雇がなされたと同じころ、前記認定のように、E、F、Nの三名も出勤停止に付されたため、会社における組合活動は不能若しくはきわめて困難な状況になつた。そして、本件解雇後二か月足らずの昭和五一年一〇月ころから、前記Nが主となつて組合に対し組合を解散しようとの働きかけがなされ、当初同人らは解散のための組合大会の開催を求めたが、原告らに強硬に反対されたためこれを断念し、同年一一月二九日N及びEの両名が原告Bの許に右両名を含む組合員一二名の組合脱退届を持参した。本件解雇当時の組合員数は会社の全運転手五十数名の過半数を占める二七、八名であつたが、昭和五一年末の時点では組合脱退や退社により組合員は約一〇名に減少し、さらに翌五二年末には原告らのほかに組合員がいなくなつた。また、同年一一月に前記Nは会社営業課長に登用された 七、八名であつたが、昭和五一年末の時点では組合脱退や退社により組合員は約一〇名に減少し、さらに翌五二年末には原告らのほかに組合員がいなくなつた。また、同年一一月に前記Nは会社営業課長に登用された。 2 以上判示の事情、殊に組合結成以来の被告会社における労使関係は必ずしも円滑とはいえず、本件懲戒以前にも不当労働行為と疑われるような組合員に対する差別的取扱があつたこと、昭和五一年五月運友会が結成されてからは、同会は組合と対立し会社を支援するような動きをすることが多く、また、本件解雇の約二か月後にはNを中心として組合を解散ないし脱退しようとの働きかけがあり、その後同人が課長として登用されていることからすると、運友会の結成、運営や組合の解散、脱退については何らかの会社の策動があつたと推認するのが相当であること、さらに、前記二で判示のように本件解雇事由が薄弱であること等を総合して判断すると、原告らに対する本件解雇は、いずれも被告が原告らの組合活動を嫌悪しこれを理由としてなされた労働組合法七条一号該当の不当労働行為と認めるのが相当である。したがつて、原告らに対する本件解雇は、いずれも無効であり、原告らは、なお被告に対し雇傭契約上の権利を有する地位にある。 なお、原告Aは、同人の平均賃金算定の前提として、同原告に対する前記出勤停止が無効である旨主張するので、この点につきここで合わせて検討するに、会社が執行委員会出席のため無届で休車した組合役員に対し、休車届の提出を求めた措置自体は正当なものというべく、これを拒否した組合及び執行委員にも非が認められるが、しかし、前記判示のように、右を理由として執拗に始末書の提出を求め、同問題を契機として一連の組合弱体化がはかられていることに照らして考えると、右出勤停止も原告Aの組合活動を嫌悪しこれを規制することを決 かし、前記判示のように、右を理由として執拗に始末書の提出を求め、同問題を契機として一連の組合弱体化がはかられていることに照らして考えると、右出勤停止も原告Aの組合活動を嫌悪しこれを規制することを決定的動機としてなされた不当労働行為と認めるのが相当である。 四そこで、原告らの賃金及び一時金の請求並びに損益相殺に関する被告の主張につき検討する。 1 前記判示のとおり原告両名は、なお被告と雇傭関係にあり、本件解雇後昭和五三年三月一三日までの間原告らが会社の労務に従事しなかつたのは、法的に無効というべき本件解雇によるものであるから、原告らは会社に対し、右不就労の期間中の賃金及び一時金請求権を有するものというべきである。 ところで、前記甲第四六号証の一、同第四七号証の二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三六号証の一ないし三、被告代表者O尋問の結果によれば、原告らは、昭和五一年九月一日から昭和五三年二月一〇日まで博多タクシーでタクシー運転手として稼働し、その間の月間平均運収は両名とも三〇万円を下回らず、その四八パーセント(一四万四〇〇〇円)を賃金として支給を受けていたものと認められ、これに反する証拠はない。 右のように、使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得たときは、原則として民法五三六条二項但書により、これを使用者に償還すべきものと解せられるが、他方、労働基準法二六条が「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合使用者に対し平均賃金の六割以上の手当を労働者に支払うべき旨を規定しており、同条の規定は、労働者が民法五三六条二項にいう「使用者の責に帰すべき事由」によつて解雇された場合にもその適用があるものというべきである。したがつて、使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者 同条の規定は、労働者が民法五三六条二項にいう「使用者の責に帰すべき事由」によつて解雇された場合にもその適用があるものというべきである。したがつて、使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間内に他の職について利益を得た場合、使用者が労働者に解雇期間中の賃金を支払うにあたり、右利益金額を賃金額から損益相殺により控除することができるのは、平均賃金の四割の範囲内に限られるものと解せられる(最高裁判所昭和三六年(オ)第一九〇号昭和三七年七月二〇日判決・民集一六巻八号一六五六頁参照)。なお、原告らの主張する一時金は、三か月を超える期間ごとに支払われる賃金として、労働基準法上平均賃金の算定の基礎とならず(同法一二条四項)、したがつて、使用者には同法二六条による支払義務もないから、労働者の利得金額を一時金から控除することについては、前記控除限度額の適用を受けず、一時金全額が損益相殺の対象になるものというべきである。 2 まず、原告らの賃金請求について検討するに、本件解雇前三か月の原告らの賃金は、原告Aが昭和五一年五月分一三万二九七七円、同年六月分七万二〇九六円、同年七月分一四万五九九八円、原告Bが同年五月分一三万九六〇一円、同年六月分九万五五六四円、同年七月分一三万三〇三七円であること、原告Aの六月分の賃金が一〇乗務と四時間であり、一乗務の勤務時間が一六時間であることは、当事者間に争いがない。 ところで、前記判示のとおり、被告が昭和五一年六月二一日原告Aに対してした出勤停止四日の懲戒は、不当労働行為として無効というべきである。そして、成立に争いのない甲第一五号証の二、同第二八号証及び弁論の全趣旨によれば、原告Aは、右出勤停止の懲戒を受けなければ、同年六月中前記一〇乗務四時間のほかさらに一乗務一二時間乗務することができたこと、同原告の 争いのない甲第一五号証の二、同第二八号証及び弁論の全趣旨によれば、原告Aは、右出勤停止の懲戒を受けなければ、同年六月中前記一〇乗務四時間のほかさらに一乗務一二時間乗務することができたこと、同原告の同月分の運収は一八万〇二四〇円であり、賃金の支給率は運収月間二四万円以下は運収の四三パーセント、二〇万円以下は四〇パーセントであることが認められ、これに反する証拠はない。したがつて、原告Aは、前記出勤停止の懲戒を受けなければ、別紙計算書(1)の(イ)のとおり昭和五一年六月には二一万一〇一二円の運収をあげることができ、同月分賃金として同(ロ)のとおり九万〇七三五円を得られたと認めるのが相当であるから、同原告の平均賃金を算定するに際しては、右金額を基礎とすることとする。 以上の金額を基礎として原告らの本件解雇前三か月の一か月当りの平均賃金を算定すると、別紙計算書(2)のとおり、原告Aは一二万三二三六円、原告Bは一二万二七三四円となる。そして、同平均賃金に基づいて算定すると、本件解雇の日である昭和五一年八月二一日から職場復帰の前日の昭和五三年三月一三日まで(以下「本件解雇期間」という。)に原告らが受けるべきであつた賃金は、別紙計算書(3)のとおり、原告Aが二三一万三六五四円、原告Bが二三〇万四二三〇円となる。しかし、前記認定のとおり、原告らは、昭和五一年九月一日から昭和五三年二月一〇日まで博多タクシーで稼働し、毎月一四万四〇〇〇円を下回らない収入を得ている(以下「中間収入」という。)ので、中間収入を得た時期と対応する期間の賃金(別紙計算書(3)の(イ)及び(ロ)のうち各②及び③の部分)につき、その四割を中間収入との損益相殺により控除すると、原告らが被告に請求し得べき賃金残額は、別紙計算書(4)のとおり、原告Aが一四五万八〇四四円、原告Bが一四五 び(ロ)のうち各②及び③の部分)につき、その四割を中間収入との損益相殺により控除すると、原告らが被告に請求し得べき賃金残額は、別紙計算書(4)のとおり、原告Aが一四五万八〇四四円、原告Bが一四五万二一〇五円となる(労働基準法二六条の労働者の生活保障の趣旨に照らし、賃金から控除し得る中間収入は、その収入の発生した期間が賃金の計算の基礎となる期間と時期的に対応するものであることを要するものと解せられる。)。 3 次に、原告らの一時金請求について検討するに、昭和五一年度冬期から昭和五三年度夏期までの一時金として、原告Aは六二万六四七七円、原告Bは六三万三八六九円の各支払を受けるべき権利を有する旨主張する。しかし、原告らが解雇期間中に得た中間収入は、別紙計算書(5)のとおり、いずれも二四九万九四二八円を下回らないところ、そのうち前記賃金との相殺に供された金額は、別紙計算書(6)の(イ)及び(ロ)の各①に記載のとおりであり、同各②のとおり中間収入の残額が原告Aは一六四万三八一九円、原告Bは一六四万七三〇四円となり、いずれも原告らの主張する一時金の金額を上回るから、右中間収入との損益相殺により、原告らの一時金の請求は、その具体的金額を確定するまでもなく理由がないこととなる。 五よつて、原告らの本訴請求は、原告両名が雇傭契約上の権利を有する地位にあることの確認、及び未払賃金として原告Aに対し一四五万八〇四四円、原告Bに対し一四五万二一〇五円の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官辻忠雄湯地紘一郎林田宗一)(別紙)欠務時間表<20332-001>計算書(1) 、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (裁判官辻忠雄湯地紘一郎林田宗一)(別紙)欠務時間表<20332-001>計算書(1)(原告Aの昭和五一年六月分賃金)(イ) 18万0240円×12乗務÷10.25乗務=21万1012円(円未満切捨て。以下同じ)(ロ) 21万1012円×0.43=9万0735円(2)(原告らの平均賃金)原告A (13万2977円+9万0735円+14万5998円)÷3=12万3236円原告B (13万9601円+9万5564円+13万3037円)÷3=12万2734円(3)(原告らの解雇期間中の賃金)(イ) 原告A昭和五一年八月二一日から同月三一日までの分12万3236円×11日÷31日=4万3728円…………………………①昭和五一年九月一日から昭和五三年一月三一日までの分12万3236円×17か月=209万5012円………………………②昭和五一年二月一日から同月一〇日までの分12万3236円×10日÷28日=4万4012円…………………………③昭和五三年二月一一日から同月二八日までの分12万3236円×18日÷28日=7万9223円…………………………④昭和五三年三月一日から同月一三日までの分12万3236円×13日÷31日=5万1679円…………………………⑤合計①+②+③+④+⑤=231万3654円(ロ) 原告B昭和五一年八月二一日から同月三一日までの分12万2734円×11日÷31日=4万3550円…………………………①昭和五一年九月一日から昭和五三年一月三一日までの分12万2734円×17か月=208万6478円………………………②昭和五三年二月一日から同月一〇日までの分12万2734円×10日÷28日= ①昭和五一年九月一日から昭和五三年一月三一日までの分12万2734円×17か月=208万6478円………………………②昭和五三年二月一日から同月一〇日までの分12万2734円×10日÷28日=4万3833円…………………………③昭和五三年二月一一日から同月二八日までの分12万2734円×18日÷28日=7万8900円…………………………④昭和五三年三月一日から同月一三日までの分12万2734円×13日÷31日=5万1469円…………………………⑤合計①+②+③+④+⑤=230万4230円(4)(賃金残額)(イ) 原告A(209万5012円+4万4012円)×0.6=128万3414円4万3728円〔(3)の(イ)の①〕+128万3414円+7万9223円〔同④〕+5万1679円〔同⑤〕=145万8044円(ロ) 原告B(208万6478円+4万3833円)×0.6=127万8186円4万3550円〔(3)の(ロ)の①〕+127万8186円+7万8900円〔同④〕+5万1469円〔同⑤〕=145万2105円(5)(原告らの中間収入)昭和五一年九月一日から昭和五三年一月三一日までの分14万4000円×17か月=244万8000円昭和五三年二月一日から同月一〇日までの分14万4000円×10日÷28日=5万1428円合計244万8000円+5万1428円=249万9428円(6)(中間収入のうち賃金と損益相殺された金額等)(イ) 原告A(209万5012円+4万4012円)×0.4=85万5609円……………①249万9428円-85万5609円=164万3819円……………………②(ロ) 原告B(208万6478円+4万3833円)×0.4=85万2124円……………①249万9428円-85万2124円 9428円-85万5609円=164万3819円……………………②(ロ) 原告B(208万6478円+4万3833円)×0.4=85万2124円……………①249万9428円-85万2124円=164万7304円……………………②

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