令和3年1月26日宣告大阪高等裁判所第3刑事部判決令和2年第447号死体損壊,死体遺棄,殺人被告事件 主文 原判決を破棄する。 被告人を懲役10年に処する。 原審における未決勾留日数中460日をその刑に算入する。 理由 本件控訴の趣意及び当審における事実取調べの結果に基づく弁論の要旨は,主任弁護人黒田啓介作成の控訴趣意書及び弁論要旨に,これに対する答弁及び上記弁論の要旨は,検察官野口勝久及び同飯濱岳共同作成の答弁書及び弁論要旨に各記載のとおりであるから,これらを引用する。論旨は,要するに,被告人を懲役15年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であるというのである。 そこで,原審記録に当審における事実取調べの結果を併せて検討する。 第1 原審審理経過及び原判決の概要 1 原審審理経過⑴ 検察官は,被告人が,①平成30年1月20日頃(以下「①の犯行当日」という。),母親(当時58歳)(以下「被害者」という。)と同居していた滋賀県守山市内の自宅で,被害者を何らかの方法で死亡させて殺害し(原判示第1)(以下「①の犯行」という。),②同日頃から同年3月10日までの間に,前記自宅において,被害者の死体の頭部及び四肢を,のこぎり等を用いて切断するなどし,同市内の河川敷に体幹部を投棄するなどし,もって死体を損壊,遺棄した(原判示第2)(以下「②の犯行」という。),として,被告人を殺人,死体損壊・遺棄の罪で公訴提起した。 ⑵ 被告人は,原審において,②の犯行は認めたものの,①の犯行については否認し,①の犯行当日,被害者が,自宅台所で包丁を被害者の首に当てようとしているのを見て,目を伏せていたが,被害者が「痛い。」と言うのを聞いて,台所から 連なるリビングの方へ行くと,被害者が仰向けでリビングに敷か 被害者が,自宅台所で包丁を被害者の首に当てようとしているのを見て,目を伏せていたが,被害者が「痛い。」と言うのを聞いて,台所から 連なるリビングの方へ行くと,被害者が仰向けでリビングに敷かれた布団の上に倒れ,口と首から血をだらだらと流しているように見え,ヒイヒイ言いながら,胸郭を上下させ,やがてそれが動かなくなるのを見ていたなどと供述して(原審第3回公判調書と一体となる被告人供述調書22ないし33頁),自己の犯人性を否認し,これに加えて,原審弁護人は,被告人の責任能力を争った。 2 原判決の概要原判決は,①の犯行につき,被告人の犯人性を認めるとともに,①及び②の各犯行について被告人に完全責任能力があったことを認めた上で,被告人を懲役15年に処したが,その判断概要は,以下のとおりである。 ⑴ ①の犯行について,被告人の犯人性の認定等原判決は,被害者の解剖所見や被害者死亡現場の状況に加え,被害者死亡の日時・場所を併せ考えれば,被害者の死亡は,自殺,自然死又は事故死によるものではなく,被告人の意図的な行為によるものであると推認できるほか,被告人には被害者を殺害する動機となり得る事情があったこと,被告人が被害者の死亡後,その死体を解体するなどしたこと,被告人のインターネットサイトの閲覧履歴や被害者の死亡後の被告人のツイッターの内容から,被告人が,①の犯行の犯人であると認定した。 ⑵ 量刑の理由等について原判決は,被告人は,本件各犯行当時,自閉症スペクトラム障害及びパーソナリティの偏り(以下「被告人の精神障害等」という。)を有していたものの,それらの症状等によって,善悪の判断や行動をコントロールする能力を著しく低下させていた疑いはなく,完全責任能力を有していたと認めた。 その上で,被告人の量刑について,以下のような理由から たものの,それらの症状等によって,善悪の判断や行動をコントロールする能力を著しく低下させていた疑いはなく,完全責任能力を有していたと認めた。 その上で,被告人の量刑について,以下のような理由から,被告人を懲役15年に処した。 ア事件そのものに関する事情犯行態様等について ①の犯行と②の犯行は一体のものとして全体的に評価するのが相当であるとした上で,①の殺害態様は不明であるが,全体としては,被害者の尊厳を著しく棄損し,かつ,近隣住民にも計り知れない恐怖感や不安感を与えるような残忍な犯行である。 計画性及び殺意について被告人なりの準備をした上での犯行であったことは認められるものの,緻密な計画を立てていたと認めるに足りる証拠はなく,実際に被告人が準備した方法で殺害したか否かも不明であるが,他方で,追い詰められた心境の中での強い殺意に基づく犯行であった。 犯行に至る経緯,動機について自らの希望する進路の障害となっていた被害者を殺害し,その発覚を防ごうとした本件各犯行の直接的な動機は自己中心的で,およそ犯行を正当化する余地はなく,強い非難は免れないが,他方で,被害者との特殊な親子関係の中,被害者からの呪縛から抜け出すことができないまま,相当に追い詰められた末に本件各犯行に及んだもので,その犯行に至る経緯には同情の余地がある。被告人の精神障害等の影響は限定的であって,量刑上大きく考慮することはできない。 事件そのものに関する事情を踏まえた犯行の悪質性の評価本件は,親を被害者とする殺人1件の事案の量刑傾向から見ると,死体損壊・遺棄を伴うものである上,これを含む犯行全体の態様が悪質であること等に照らせば,相当に重い部類に属する事案であるといえるが,他方で,犯行に至る経緯等を併せ考慮すれば,最も重い部類を超えるほ 体損壊・遺棄を伴うものである上,これを含む犯行全体の態様が悪質であること等に照らせば,相当に重い部類に属する事案であるといえるが,他方で,犯行に至る経緯等を併せ考慮すれば,最も重い部類を超えるほどに悪質な事案ではない。 イ事件そのもの以外に関する事情被告人は,①の犯行について,不合理な弁解に終始しており,反省しているとはいえない。他方で,被告人には前科がなく,再犯のおそれも低く,実父が監督を誓約し,被告人も,実父の監督下で更生する意欲を示している。 第2 弁護人の主張概要弁護人は,原判決後,被告人が,①の犯行について,自己の犯人性を認めた上で, その殺害態様を詳細に自白するに至ったことも踏まえ,おおむね,以下のような主張をする。 1 原判決の量刑判断が不当であることについて原判決は,㋐もっぱら②の犯行態様から,本件各犯行全体の態様が残忍だとして,重い部類に属する犯行としているが,量刑上重視すべき①の犯行態様が不明である以上,上記のような量刑判断は誤っており,㋑犯行に至る経緯に同情の余地があるとしながら,動機については強い非難に値するとしているが,動機は上記経緯の結果形成されたものであり,原判決は,その点の評価を誤っているほか,その犯行に至る経緯における被害者の落ち度も十分考慮されていない。 2 被告人の自白を踏まえた主張⑴ 被告人は,原判決後,①の犯行についても自ら行ったことを詳細に供述するに至ったが,その内容を見ても,一定の計画性は認められるが,その犯行態様が特段残忍であるとは評価できず,前記1㋑の点を踏まえれば,その動機が自己中心的ともいえず,本件は親を被害者とする殺人1件の事案の中でも,相当に重い部類に属する事案とはいえない。 ⑵ 被告人は,原審判決宣告時の原審裁判長の説諭を受け,原判決を熟読し れば,その動機が自己中心的ともいえず,本件は親を被害者とする殺人1件の事案の中でも,相当に重い部類に属する事案とはいえない。 ⑵ 被告人は,原審判決宣告時の原審裁判長の説諭を受け,原判決を熟読し,事件の真相を告白するに至ったもので,被告人の精神障害等の影響により,自白が遅れたとはいえ,現在はその反省を深化させているほか,被告人の実父や祖母も被告人の更生を支援する意思を有している。 第3 当裁判所の判断 1 原判決の量刑判断について⑴ 本件各犯行態様の評価ア ①の犯行と②の犯行は刑法45条前段の併合罪の関係にあるが,これらについて,有期の懲役刑に処するときは,同法47条は,いわゆる併科主義による過酷な結果の回避という趣旨から,特にその処断刑の上限を画するため,併合罪を構成する各罪全体について,まず加重した処断刑を定めることで一定の制約を作り,そ の中で,1個の具体的な刑を量定することにしたものであるが(最高裁判所平成15年7月10日第1小法廷判決・刑集57巻7号903頁),その具体的な刑の量定においては,各犯罪についての行為責任に対する的確な評価を経た合理的なものである必要がある。 イしかるに,原判決は,前記第1の2⑴のとおり,被告人が①の犯行を行ったあるが,②の犯行と一体のものとして全体として評価すれば,被害者の尊厳を著しく棄損し,かつ,近隣住民にも計り知れない恐怖感や不安感を与えるような残忍な犯行と評価している。確かに,②の犯行態様についてみれば,原審記録によれば,被告人は,被害者を殺害後,その死体について,胴体,四肢及び首を切り離した上,胴体については,河川敷に放置し,それ以外の四肢等については,ごみ袋に入れ,焼却ゴミとして収集させて,損壊・遺棄したことが認められるところ,これについては,原判決が説示す 四肢及び首を切り離した上,胴体については,河川敷に放置し,それ以外の四肢等については,ごみ袋に入れ,焼却ゴミとして収集させて,損壊・遺棄したことが認められるところ,これについては,原判決が説示するとおり,被害者の尊厳を著しく棄損し,近隣住民にも計り知れない恐怖感を与えるものとの評価が誤っているとはいえない。しかしながら,他方で,原判決も自認するとおり,原審記録によれば,①の犯行態様は不明であることからすれば,①の犯行については,その犯行態様が,殺人の中にあって,特に残忍であり,あるいは,被害者の尊厳を著しく棄損するものであるとか,近隣住民にも計り知れない恐怖感を与えるものであるなどの評価をなすに足りる証拠はない。 しかるに,原判決は,①の犯行に対する行為責任をいかに考えたのか何ら説示しないまま,②の犯行と併せて,本件各犯行が全体として被害者の尊厳を著しく棄損し,近隣住民にも計り知れない恐怖感や不安感を与える残忍な犯行と評価しており,これは,本件各犯行全体の具体的な刑の量定をなすための犯情評価において,その法定刑に死刑及び無期懲役を含むことからしても,重きをなすべき①の犯行態様に対する評価をなさずに,もっぱら,長期3年以下の懲役を法定刑とする②の犯行態様のみから,本件各犯行の全体について,上記のような犯情評価を行っているに等しく,是認できない。 ウなお,検察官は,原判決の量刑判断が,前記アの判例に沿ったものである旨の主張をする。しかしながら,前記アの判例は,刑法47条の法意について,前記アのような判断を示した上で,当該事案における第1審の行った量刑判断が,当該事案の訴訟記録及び関係証拠に基づいて検討しても,是認できると判示しているところであって,これからすれば,②の犯行と併合罪の関係に立ち,かつ,その法定刑において②の犯行 1審の行った量刑判断が,当該事案の訴訟記録及び関係証拠に基づいて検討しても,是認できると判示しているところであって,これからすれば,②の犯行と併合罪の関係に立ち,かつ,その法定刑において②の犯行よりはるかに重く,具体的な量刑判断においても重視されるべき①の犯行についての行為責任を論じないに等しい原判決の量刑判断が,前記アの判例の判旨に照らして許容されることにはならない。 ⑵ 本件各犯行に至る経緯・動機の評価についてア被告人と被害者の関係等について原審記録によれば,被告人と被害者が,①の犯行に至る経緯として,おおむね,原判決が,(犯行に至る経緯)で認定説示するような関係にあったことが認められる。すなわち,被告人は,①の犯行の約20年前から,実父と離れて,自宅で実母である被害者と二人暮らしの生活を続けるなか,被害者は,被告人の意向や学力とは無関係に,被害者が望む,自宅から通学できる国公立大学の医学部医学科という条件を満たす大学(以下「被害者許容進学先」という。)以外に進学することを許容しないというかたくなな態度を取り続け,そのため,被告人が,高校3年生のときに,被害者の意思に反してA医科大学医学部医学科の推薦入試を受験すると知るや,実父をして,被告人をA市から連れ戻し,その後,被告人は,経済的に自立した上,自己の学力に見合った医学部看護学科を受験しようと考え,就職内定を得たり,あるいは,派遣会社に登録することで,自宅から出て,経済的に自立した生活をしようと試みたりしたが,その都度,それを知った被害者が,これに反対し,あるいは,探偵や警察に通報するなどして,被告人を捜し出して,自宅に連れ戻すなどした。 その結果,被害者は,被告人を日常的な監視の下で,被害者許容進学先に合格するよう,自宅での勉強を強いたほか,被害者と一緒に入浴 察に通報するなどして,被告人を捜し出して,自宅に連れ戻すなどした。 その結果,被害者は,被告人を日常的な監視の下で,被害者許容進学先に合格するよう,自宅での勉強を強いたほか,被害者と一緒に入浴することを求めるな ど,日常生活全般にわたっての被告人に対する干渉や束縛を続け,その間,被告人は,3回にわたって家出を試みたほか,自殺を企図するなどしたこともあった。 このように,被害者の干渉や束縛の下,被告人は,9年間にもわたって自宅での浪人生活を続けた結果,最終的に,助産師になることを条件に,B医科大学(以下「B医大」という。)医学部看護学科を受験することを被害者に許してもらい,同大学に合格し,一時は,被害者との関係も改善したが,大学2年生の終わりに学内の助産師課程選抜試験に不合格となったことが契機となり,自身は助産師になるよりも,手術室看護師になる希望が高まり,大学4年生の平成29年7月には,B医大附属病院看護職員として採用内定を得たが,被害者は,あくまでも,被告人に助産師になることを求め,同年11月には,B医大の看護職員にならずに,助産師学校を受験する旨の始末書を書かせたほか,同年12月20日には,被告人が被害者に隠れてスマートフォンを所持していたことを詰って,土下座させ,同月24日から同月26日には,被告人が看護師の国家試験に合格して看護師になることを許さない旨強く示し,「死ね!」などと被告人を激しく罵倒するメールを送信していた。 イ被告人が被害者に対する殺意を形成し,①の犯行に至る経緯前記アの状況にあって,被告人は,被害者に対する不満や憎しみを募らせていたところ,平成30年1月5日,助産師学校への願書提出に関して,被害者から被告人を激しく叱責・罵倒するメールを受信した。 被告人は,そのときまでに,被害者に対す 者に対する不満や憎しみを募らせていたところ,平成30年1月5日,助産師学校への願書提出に関して,被害者から被告人を激しく叱責・罵倒するメールを受信した。 被告人は,そのときまでに,被害者に対する殺意が芽生え,以後それを強めていたものの,被害者殺害の決意がつかずにいたが,同月18日に助産師学校も不合格となり,同月19日に,被害者に,手術室看護師になりたいとの本音を吐露したところ,被害者から一蹴されるとともに,あくまでも助産師になることを求められたことで,被害者に対する殺意を強め,①の犯行に至った。 ウ ①の犯行に対する経緯・動機の評価被告人が,①の犯行に至る経緯は,前記ア及びイのとおりであるところ,こ れからすれば,被告人は,被害者から,平成10年に被害者との二人暮らしを始めてから,①の犯行の直前に至るまで,本来被告人の意思で決めることができるはずの人生の進路について,理不尽ともいえる様々な干渉や束縛を受けるなか,大学受験においては,自宅から通える国公立大学の医学部医学科以外の大学への進学を許されずに9年間の浪人生活を強いられ,助産師になることを条件に,ようやく,B医大医学部看護学科への進学を果たし,その中で,助産師課程選抜試験に不合格になったこともあって,手術室看護師になりたいとの希望を持つに至り,被害者に自らの本音を告白したが,被害者は,既に31歳になった被告人に対し,あくまでも助産師になることを求めて,被告人の願いを一蹴し,被告人を激しく罵倒するなどしたのである。これからすれば,被告人において,被害者の束縛の下で,またもや浪人生活を強いられるなど,これからの自らの人生を思い,絶望的な気持ちになったことも,また,容易に推察できるところである。 その結果,被告人は,最終的に被害者を殺害しなければ,被害者から解放さ 浪人生活を強いられるなど,これからの自らの人生を思い,絶望的な気持ちになったことも,また,容易に推察できるところである。 その結果,被告人は,最終的に被害者を殺害しなければ,被害者から解放されることはないと思い詰めて,被害者殺害を決意するに至ったと推認できるのであって,このことは,被告人が,平成30年1月17日に,「いろいろと追い詰められてきたなあ。チャンスは何回もあったのに決めきれなかったことが悔やまれるぞ。 早く決めよう。怖じ気づくな。やっぱり明確で強い思いがないと無理だということがわかった。」とメモ帳代わりにしてきたGメールの下書きに打ち込み(以下「本件下書き」という。),あるいは,被害者殺害後の同月20日午前3時42分頃に,ツイッターで,「モンスターを倒した。これで一安心だ。」と投稿した(以下「本件投稿」という。)ことからも,上記のような被告人の追い詰められた気持ちが裏付けられている。 以上からすれば,被告人が被害者に対する殺意を形成した動機は,被告人の生活全般,さらには,その将来をも束縛し続けた被害者から解放されたいとの点にあると認められる。もとより,上記のような経緯があったとしても,被害者殺害が正当化されるものではなく,被害者殺害を企図したことは,検察官の主張するよう に短絡的であったと評価できるが,他方で,被告人がそのような動機を抱くに至った経緯における被害者の行為が被告人をそこまで追い詰めたことは否定できず,この点で,①の犯行における経緯・動機には,被告人のために酌むべき事情があるというべきであり,この点は,被告人に対する有責性の程度を考える際,被告人に有利な事情として勘案すべきである。 これについて,原判決は,①の犯行に至る経緯において被告人に同情すべき余地があるとしながらも,他方で,①の犯行は,自 人に対する有責性の程度を考える際,被告人に有利な事情として勘案すべきである。 これについて,原判決は,①の犯行に至る経緯において被告人に同情すべき余地があるとしながらも,他方で,①の犯行は,自らの希望する進路の障害となっていた被害者を殺害したもので,その直接的な動機は自己中心的であり,強い非難を免れないと説示する。しかしながら,被告人が,自らの希望する進路の障害となっていた被害者を排除するため,殺害するという方法を選択したことに正当化の余地がないとしても,上記のような動機を被告人が形成するに至った経緯と切り離して,①の犯行についての有責性の程度を的確に把握することができるとは思えず,上記のような原判決の量刑判断は,是認できない。 なお,検察官は,㋐被害者は,被告人の進路以外のことについては,被告人に愛情をもって接していた,㋑被害者が,被告人に助産師になることを求めるのは不当なことではなく,被告人は,助産師になることを条件に学費を出してもらった以上,そのための努力を尽くすべきである,㋒被告人が,B医大附属病院の看護職員として就職が内定した後も,就職前説明会に無断欠席するなどしていることから,被告人において,真実看護師になりたかったかについては,疑問が残るなどと主張する。しかしながら,㋐の点については,本件において,被告人を追い詰めたのは,被告人の進路決定に対する被害者の過干渉・束縛にあり,この点で,被害者の意に反した行動を被告人が取ろうとすると,被害者が,異常とも思えるほどの干渉に出ていたことは,原判決が認定した前記ア及びイの事実経過のとおりであって,その他の点で検察官主張のような振舞いが被害者にあったとしても,そのことによって,の評価が左右されるものではない。次に,㋑の点については,前記アのとおり,被告人は,被害者許容進学先に おりであって,その他の点で検察官主張のような振舞いが被害者にあったとしても,そのことによって,の評価が左右されるものではない。次に,㋑の点については,前記アのとおり,被告人は,被害者許容進学先に進むために,その前提として,被害者か ら離れて経済的に自立すべく,就職するため派遣会社に登録するなどの努力をしたこともあったが,その都度,被害者が,探偵や警察を使って連れ戻すなど,異常とも思える行為に出たことで,頓挫してきた経緯があるなか,被告人が,9年間の浪人生活の後,被害者に助産師になることを約束して,ようやく医学部医学科ではなく,B医大医学部看護学科の受験を許可してもらったとしても,被告人にとって,真意に基づく約束とは思えず,そのことから,被告人に対し,あくまでも助産師になることに努めるよう求める検察官の主張は,被害者の振舞い同様,不当であって,理由がない。さらに,㋒の点については,被害者殺害後,検察官主張のように,被告人が就職前説明会に無断欠席するなどしていたとしても,被告人が,①の犯行当時,助産師学校の試験に失敗した以上,これ以上助産師学校の受験をするよりも,看護師になりたいと考えていたことは,B医大の看護職員として採用内定を得ていることからも,疑いはなく,そのことに被害者が執拗に干渉しようとしたことも,また,疑いを入れないところであって,これからすれば,検察官の主張は,この点 ⑶ まとめ前記⑴及び⑵で検討したとおり,原判決の量刑判断は,①の犯行態様に対する評価の点,及び同犯行に至る経緯・動機の評価の点において,是認できない点があるところ,本件が裁判員裁判であることを考慮しても,上記の点について,①の犯行態様に対する評価やその経緯・動機に対する評価が正当化されることを示す,具体的かつ説得的な根拠が示されているとは言い があるところ,本件が裁判員裁判であることを考慮しても,上記の点について,①の犯行態様に対する評価やその経緯・動機に対する評価が正当化されることを示す,具体的かつ説得的な根拠が示されているとは言い難い。 2 原判決後の事情を加味した量刑判断もっとも,本件においては,原判決後,被告人は,原審とは異なり,自らが①の犯行を行ったことを自白するに至り,この点で,原判決が説示した量刑理由のうち,①の犯行態様の評価や被告人の反省状況等において,原審当時とは,事情が異なるに至ったところ,原判決の量刑判断の当否,すなわち,前記第1の2⑵の,本件各犯行態様の評価や,本件各犯行に至る経緯・動機についての評価の是非を論じるに は,このような原判決後の被告人が供述するに至った内容の信用性及びそれが信用できるとした場合,その供述に係る①の犯行の態様及び動機・経緯も加味して考える必要がある。そこで,更にこの点について検討する。 ⑴ ①の犯行に至る経緯及びその態様についてア被告人の当審公判供述の概要被告人は,当審において,①の犯行を決意するに至る経緯及びその犯行態様について,要旨,以下のような供述をする。 被告人は,平成29年12月20日に,被害者に隠れて所持していたスマートフォンを取り上げられて叩き壊された上,自宅から出て行けと言われ,自宅の庭の上で土下座して謝罪したが,その際,スマートフォンと一緒に自分の心も叩き壊されたような気持ちがして,被害者に対する積年の思いが募り,被害者を殺害して,被害者から解放されたいと思うようになり,平成30年1月5日頃から,ナイフで被害者を殺害することをイメージして,インターネットで「ナイフで刺す」,あるいは「首を切る」などの語句を検索するなどしたが,他方で,実際に被害者を殺害することが怖くて,具体的にそ 日頃から,ナイフで被害者を殺害することをイメージして,インターネットで「ナイフで刺す」,あるいは「首を切る」などの語句を検索するなどしたが,他方で,実際に被害者を殺害することが怖くて,具体的にそれを決心するには至らなかった(当審第1回公判調書と一体となる被告人供述調書2ないし6頁,9頁,以下,当審の被告人供述調書を引用する場合は,「当審被告人2~6,9」などと略記する。)。 17日に,本件下書きを打ち込んだが,その翌日が助産師学校の試験日で,合否が決まる日であったことから,その結果が不合格であれば被害者を殺害しようと思い,その気持ちを書き込んだ(当審被告人6~7)。その頃,被告人は,被害者を殺害する凶器として,C商店で買った全長40ないし50㎝の孫の手の柄の部分に同じくC商店で買った刃渡り15ないし20㎝の包丁の柄の部分をナイロン製の荷造り紐で括りつけて固定したもの(以下「本件凶器」という。)を用意し,これを自宅1階和室押し入れの布団の中に隠して準備した(当審被告人7,当審弁2,4)。このような凶器を準備したのは,以前,被害者との諍いがあったとき,ブランケットを被害者に見立てて, 包丁で何度も刺したことがあったが,そのとき,ブランケットが手に当たる感覚があったことから,被害者の身体に触れないよう,凶器の持ち手を長くしようと考えたためである(当審被告人7)。なお,被告人は,他の殺害方法として,首を絞めることも考えたが,首を絞めて人を殺害するには,10分くらい絞め続けなければならないことを何かで知り,自分の力では無理だと思い,薬物で殺害することも考え,インターネットで検索したが,現実的ではないと考え,やめた(当審被告人8)。 被告人は,同月18日に助産師学校が不合格となり,それを知った被害者から,裏切り者などと夜を徹し で殺害することも考え,インターネットで検索したが,現実的ではないと考え,やめた(当審被告人8)。 被告人は,同月18日に助産師学校が不合格となり,それを知った被害者から,裏切り者などと夜を徹して断続的に叱責され続けたため,このような被害者の態度を見て,これから,助産師学校に合格するため,被害者の監視下で再び浪人生活を送るのは,B医大に合格するまで9年間の浪人生活を送ったことを考えても,到底無理だと思い,もはや被害者を殺害するしかないと思った(当審被告人8~10)。 被告人は,同月20日未明,自宅リビングのTVボード北東側に敷かれた布団の上で,右胸を下にして,軽くうつ伏せになった被害者をマッサージしていたところ,被害者が寝息を立て始めたことから,自宅寝室押し入れ内に隠していた本件凶器を持ち出し,立膝になって,本件凶器の柄を持って,被害者の左の首を刺したところ,被害者が,「痛い」と言って,寝返りを打って仰向けになろうとし,手で振り払おうとしたので,怖くなって,更に一,二回,被害者の左の首を刺したが,その際,硬いところに当たって,本件凶器の先の包丁の刃が止まった感触がしたものの,血が飛び散ることなく,被害者は,仰向けになって,口と首から血をだらだらと流しながら,ひいひいと言っていたが,数分間で動かなくなった(当審被告人10~13,当審弁1,2,4)。 被告人は,被害者が死亡したと思い,安堵感から,ツイッターに本件投稿をした(当審被告人13~14)。 イ被告人の当審公判供述の信用性前記アの被告人の当審公判供述は,以下のとおり,検察官の主張を踏まえても, なお,これを信用することができる。 内容の具体性・迫真性前記アの被告人の当審公判供述の内容は,本件凶器の態様,それを構成する包丁や孫の手の入手先,①の犯行直前 主張を踏まえても, なお,これを信用することができる。 内容の具体性・迫真性前記アの被告人の当審公判供述の内容は,本件凶器の態様,それを構成する包丁や孫の手の入手先,①の犯行直前の被害者の位置や態勢,本件凶器で被害者の左の首を突き刺した状況につき,自己の心情を交えながら,極めて具体的に供述しているところ,その内容は迫真的で臨場感がある上,不自然な点もなく,被告人のインターネット検索状況とも整合しているのであって(原審甲68),被告人が,自己の経験していないことを創作して供述し得る内容ではない。 被告人の原審公判供述との関連性被告人は,原審において,自己が被害者を殺害したことを否認するとともに,前記第1の1⑵のとおり,被害者自身が,包丁を自己の首に当てているのを見たと弁解していたところ,その弁解内容は,被告人の当審公判供述を前提にすれば,被告人が行った行為を被害者自身の行為に置き換えていたことになるが,それは,弁解の在り方として,自己の殺害態様と全く異なる供述を行うことと異なり,思いつきやすい弁解内容であって,自然である。 虚偽供述の動機がないこと被告人は,当審において,自己が被害者を殺害したことを自認したのであるが,そうでありながら,その態様のみについて虚偽の供述を行う動機は見いだせない。 被害者の遺体の損傷状況との整合性B医大の教授であるDは,平成30年3月14日に被害者の遺体のうち,遺留されていた体幹部についてのみ,司法解剖を行ったものであるが,原審公判廷において,証人として証言し(以下「D証言」という。),その中で,失血死の所見はないと供述しているところ(原審第4回公判調書と一体となるDの証人尋問調書16ないし19頁,以下,原審公判調書と一体となる証人尋問調書を引用する場合は,「D16~19」 ),その中で,失血死の所見はないと供述しているところ(原審第4回公判調書と一体となるDの証人尋問調書16ないし19頁,以下,原審公判調書と一体となる証人尋問調書を引用する場合は,「D16~19」などと略記する。),このことから,検察官は,被告人の当審公判供述の信用性に疑問を投げかける。しかしながら,被告人の当審公判供述のように, 被告人が,本件凶器で被害者の左の首を合計二,三回突き刺したとしても,そのことから,直ちに,被害者の頸動脈が損傷されたとはいえず,また,その死因が失血死に限られるともいえず,原審において,被告人が①の犯行の犯人性を否認していたことから,やむを得ないことではあるものの,D自身,被告人が当審公判で供述する①の犯行態様が,被害者の遺体の状況に照らして不自然であると理解できるような証言をしているものでもない。そもそも,Dが司法解剖したのは被害者の体幹部だけであり,右の小腸,十二指腸,大腸の一部のほか,右の腎臓もない状態であり(D7),これからすれば,Dの法医学者としての知識・経験を前提としても,なお,正確な死因の特定は困難な状況にあり,D自身,死因はあくまでも不詳であり,可能性が否定されるのは,中毒死,胸腹部への損傷を原因とする死亡,胸腹部臓器に起因した病死に過ぎない旨証言しているだけであって,死因の可能性を挙げればきりがないとも証言しているのである(D26,34)。これからすれば,D証言をもって,被告人の当審公判供述の信用性を否定する根拠とはならない。なお,Dは,扼殺や絞殺の可能性を認めているのであるから(D33),被告人が,当審において,虚偽の供述をしようと考えるのであれば,むしろ,そのような態様の虚偽供述をする方が容易であると思われるところ,その点について,被告人は,前記ことは,むしろ,被告人の当審公 ,被告人が,当審において,虚偽の供述をしようと考えるのであれば,むしろ,そのような態様の虚偽供述をする方が容易であると思われるところ,その点について,被告人は,前記ことは,むしろ,被告人の当審公判供述の信用性を高めていると評価すべきである。 ⑵ 被告人の当審公判供述を踏まえた上での,原判決の量刑判断の当否ア ①の犯行の犯情評価について前記⑴イのとおり信用できる被告人の当審公判供述及び当審で取り調べた関係証拠によれば,被告人は,①の犯行において,前記⑴本件凶器をもってうたた寝を始めた被害者の左の首を複数回突き刺して死亡させたことが認められるところ,その態様自体が,殺人行為として,特に残忍な犯行態様とは評価できない。そうすると,②の犯行において,被告人が被害者の遺体を胴体と四肢を切り離すなどしており,死体損壊・遺棄の犯行態様として,悪質な態様の部類に属す ることを考慮しても,原判決のように,①の犯行も含めて,本件犯行全体が近隣住民にも計り知れない恐怖感と不安感を与えるような残忍な犯行であったとは評価できない。 また,被告人は,前記⑴被害者殺害を考えるようになり,①の犯行の数日前頃には,本件凶器を作成して準備するなどしていることから,①の犯行は,一定の計画性は認められる。しかしながら,他方で,被告人は,前記⑴いては,なかなか決心がつかず,助産師学校に合格すれば,被害者殺害は実行しなかったとも供述しているところ(当審被告人9),前記⑴校の試験に不合格となったことを知った被害者から厳しく叱責されたことが最終的な引き金となって,①の犯行に至ったもので,これからすれば,当初から強い殺意のもとで,綿密な計画・準備をして遂行した事案とも評価できない。 被告人が,①の犯行に至ったのは,前記⑴アのとおりであるところ,被告人は ,①の犯行に至ったもので,これからすれば,当初から強い殺意のもとで,綿密な計画・準備をして遂行した事案とも評価できない。 被告人が,①の犯行に至ったのは,前記⑴アのとおりであるところ,被告人は,被害者から解放されたかったことが動機であると供述するが,その背景には,前記⑴を送ってきたなか,再び助産師学校合格のための浪人生活を送ることを強要されることになると思って,絶望的な気持ちになったことがあると認められる。これからすれば,被告人が被害者から解放されるためには,被害者を殺害するしかないと考えたことについては,動機として短絡的であるが,他方で,そこに至る過程で,被告人が心情的に追い詰められた経緯においては,同情すべき点がある。したがって,この点を分離して考えるかのような,原判決の判断は,是認できない。 イ本件各犯行全体の犯情評価について本件各犯行の犯情を決する上で,主に考慮すべき①の犯行の犯情について,原審記録に加え,被告人が当審公判で供述した内容等を踏まえると,前記アのとおりであるところ,②の犯行態様が死体損壊・遺棄の中では,損壊行為自体は悪質であるが,犯跡隠ぺいの目的に照らせば,その胴体部分の遺棄の態様は,場当たり的で稚 拙であることを考慮すると,親が被害者である殺人1件(単独犯,処断罪名と異なる主要な罪なし)の量刑傾向の中でも,重い部類に属する事案とはいえず,この点で,原判決が,本件が相当重い部類に属すると判断したことも,また,是認できない。 ⑶ まとめ以上からすれば,原判決の量刑判断は,当審における被告人の供述内容によって認められる①の犯行に至る動機・経緯や,①の犯行態様に照らしても,①の犯行の犯情についての評価を誤っており,その結果,行為責任に見合った量刑判断がなされず,②の犯行態様の評価に引きずられ, によって認められる①の犯行に至る動機・経緯や,①の犯行態様に照らしても,①の犯行の犯情についての評価を誤っており,その結果,行為責任に見合った量刑判断がなされず,②の犯行態様の評価に引きずられ,不当に重い量刑判断を行ったというべきであり,前記の原審で現れた諸情状に,原判決後の上記諸情状を併せ考えれば,被告人を懲役15年に処した原判決の量刑は,その刑期において重きに過ぎて,これを破棄しなければ明らかに正義に反するというべきである。 よって,刑訴法397条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により更に判決することとする。 3 自判原判決が認定した事実(ただし,原判示第1の事実のうち,「何らかの方法で」とあるのを,「全長40ないし50㎝の孫の手の柄の部分に刃渡り15ないし20㎝の包丁の柄の部分をナイロン製の荷造り紐で括りつけて固定したものの刃先で,同人の左頸部を複数回突き刺すなどして」と変更する。)に,(証拠の標目は省略)原判決が摘示する法条を適用し(刑種の選択,併合罪加重を含む。),その刑期の範囲内で,前記2⑵で摘示した本件各犯行の犯情のほか,当審に至って,被告人は,原審裁判長の説諭に心を動かされたこともあって,①の犯行を自供するとともに,自らの罪に真摯に向き合おうと思ったなどと述べており,これからすれば,被告人の反省の念が深化していると評価できること,被告人と実父との関係が改善し,実父自身当審に出廷して,被告人が社会復帰すれば自宅に引き取り,生きている限り被告人を支援していきたい旨述べ,被告人も実父への信頼が回復した旨,述べてお り,これらの事情は,被告人の更生に寄与するものと評価できることなど,原判決後の諸情状をも併せ考慮して,被告人を懲役10年に処し,刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中460日をそ り,これらの事情は,被告人の更生に寄与するものと評価できることなど,原判決後の諸情状をも併せ考慮して,被告人を懲役10年に処し,刑法21条を適用して原審における未決勾留日数中460日をその刑に算入し,原審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし,主文のとおり判決する。 令和3年1月27日大阪高等裁判所第3刑事部 裁判長裁判官岩倉広修 裁判官浅見健次郎 裁判官澤田正彦
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