平成27(わ)608 傷害被告事件

裁判年月日・裁判所
平成28年3月23日 千葉地方裁判所
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判決文本文9,754 文字)

平成27年(わ)第608号傷害被告事件平成28年3月23日千葉地方裁判所刑事第1部判決 主文 被告人は無罪。 理由 第1 公訴事実公訴事実(訴因変更後のもの)は,「被告人は,平成24年6月12日午後5時頃,千葉県a市bc丁目d番e号所在の私立A高等学校剣道場(以下「剣道場」という。)において,当時の剣道部員であるB(当時15歳,以下「被害生徒」という。)に対し,その口元を小手を付けた拳で2回殴打する暴行(以下「本件暴行」という。)を加え,よって,同人に全治約1週間を要する口腔内挫裂創の傷害を負わせた。」というものである。 第2 本件の争点弁護人は,被告人が被害生徒に対し本件暴行を加えたことはなく,被告人は無罪であると主張する。一方,検察官は,主として,被害生徒の証言(以下「被害証言」という。)に依拠して被告人が有罪であることは合理的な疑いを超える程度に証明されたと主張する。したがって,本件の争点は,被告人が本件暴行を加えたか否かであり,ひとえに,被害生徒の証言が信用できるか否かにかかっている。 そこで,被害証言や関連証拠の内容を明らかにした上で,被害証言を中心に信用性の有無を検討することとする。なお,被害証言の信用性を判断するに当たっては,後に述べるように,本件を一つの契機として,「被害生徒とその父親」対「被告人と高校」という対立の構図ができあがっていることに十分に留意し,当裁判所が,公平な見地から,冷静かつ慎重にその信用性を吟味する必要がある。 第3 被害証言及び関連証拠の内容 1 被害証言被害生徒は,被害状況,被害届提出に至る経緯等に関し,概要,以下のとおり証言する。 被害状況等ア被害生徒は,平成24年6月当時,足を 1 被害証言被害生徒は,被害状況,被害届提出に至る経緯等に関し,概要,以下のとおり証言する。 被害状況等ア被害生徒は,平成24年6月当時,足を怪我していたため,被害当日は剣道場で行われていた中学高校の合同練習には出たものの,稽古には参加せず,太鼓を叩いて稽古の開始や終了の合図をする係を務めていた。太鼓係は,かかり稽古に際しては,かかり手の交代時には太鼓を2回,稽古自体の終了時には太鼓を3回,それぞれ叩くよう指導されていた。 イかかり稽古が行われていた被害当日午後5時頃,もとだ元立ちとして部員を指導していた被告人が「高校生ラスト」と声を上げたため,被害生徒は,太鼓を2回叩いてかかり手の交代の合図をした。すると,被告人が被害生徒に近づき,「なぜ3回鳴らさないんだ。」と叱責した。被害生徒が「3回叩くと高校生も中学生も終わってしまうので,2回叩いて高校生だけ上がって,そのまま中学生が続けるのだと理解して2回叩きました。」と弁解したところ,いきなり,被告人が小手を着けた右手の拳で下唇のやや左側を1回殴ってきた。被害生徒が殴られた勢いで1歩後ろに引くと,被告人は,「何だその顔は。」と言いながら,再度,同じ箇所を同様に殴った。 被告人から,「剣道部にいさせてやるだけありがたいと思え。」と言われ,太鼓係を交替させられた。 ウ被害生徒は,被害当日の稽古後,口の中で血の味がしたので,出血していると思い,剣道部の先輩であるC(当時高校3年生)に唇の中を見せた。 被害当日夜には,警視庁の警察官である父D(以下「父親」という。)に対し,剣道部の練習中に被告人に殴られたと訴え,父親の携帯電話で下唇裏側の傷の状況を撮影してもらった。父親から,何回殴られたかと聞かれたので,2回と答えた。また,父親 父D(以下「父親」という。)に対し,剣道部の練習中に被告人に殴られたと訴え,父親の携帯電話で下唇裏側の傷の状況を撮影してもらった。父親から,何回殴られたかと聞かれたので,2回と答えた。また,父親から右手の拳の形を見せられ,「これ か。」と問われたので,「そうだ。」と答えた。被害生徒としては,父親が警察に本件暴行の被害届(以下「被害届」という。)を提出してくれるのかなと思っていたが,具体的に被害届云々の話はなく,父親に対し確認もしなかった。被害生徒は,後日,日中高校の駐車場で,剣道部顧問であり,中学高校の事務員をしているEにも傷を見せた。 エ口の痛みは1週間程度続き,父親からも,傷の写真を撮った際,病院に行くように指示されていた。しかし,理由を説明した上学校や部活を休まざるを得ないし,受診しなくても直ぐに治ると考え,医者には行かなかった。 被害届提出に至る経緯ア被害生徒は,本件暴行が原因で剣道部を辞めたいと思ったが,母親とE事務員の3人で話し合った末,気分を切り替え,平成24年11月に行われる千葉県内の高等学校間の新人戦まで頑張ることにした。 イ被害生徒は,被告人から,翌年2月頃,剣道部の秋田遠征に参加する選手から理不尽な理由で外す旨通告され,同月17日夜,ツイッター上に,「A高等学校の剣道部の顧問,被告人(35)は生徒を殴ったりしない竹刀で痣ができるほど叩いています。これは訴えるべきでしょうか?RTお願いします。」とのコメント付きで,他の剣道部員の足の青あざを撮影した画像を投稿した(以下「ツイッター事件」という。)。ツイッター事件を契機に,被害生徒は,同月20日頃,高等学校校長Fや剣道部顧問のGから,被告人による体罰に関する聞き取り調査を受けた。その際,被害生徒は,中学生時代に自分が受けた 事件」という。)。ツイッター事件を契機に,被害生徒は,同月20日頃,高等学校校長Fや剣道部顧問のGから,被告人による体罰に関する聞き取り調査を受けた。その際,被害生徒は,中学生時代に自分が受けた体罰や前年8月にH大学で開催された剣道大会に参加した際他の生徒が受けた体罰について訴えたものの,本件暴行のことは説明しなかった。 ウその後,いずれの時点か定かではないが,被害生徒は,両親に対し,被害届はどうするのかと尋ねたことがあった。両親からは,期待した返答は なく,「おまえは静かに黙っていろ。」と言われた。また,両親が高校に対し事実調査を申し入れたと聞いているが,被害生徒は詳しいことは知らなかった。被害生徒は,同年10月初旬,剣道部の同級生に対する傷害事件を起こし,その後,高校から停学処分を受けるとともに剣道部からの退部を求められた。そこで,被害生徒は,両親とも相談の上,転校を決意し,同月19日,被害届を警察に提出した。 2 父親の証言及び父親撮影の写真被害当日ア父親が被害当日帰宅すると,被害生徒は口が痛くて夕飯を食べられないと言うので,理由を尋ねると,被害生徒は,部活で太鼓の叩き方が悪いと叱責され,被告人に1発殴られたと説明した。父親が被害生徒に下唇をめくらせて確認すると,下唇の内側に傷があり,赤く表面剥離の状態になっていた。傷害事件だから,証拠を残しておく必要があると考え,自身の携帯電話で被害生徒の傷の写真を撮った。被害生徒には,病院に行くように指示した。 イ被害生徒から傷を見せられた際,被害生徒は,本件暴行を刑事事件にすることを望んでおり,自分で被害届を出しに行く旨言っていた。しかし,父親としては,学校や部活等に迷惑がかかる可能性があるので,被害生徒に対しては,少し待つように伝えた。ただ,後々 暴行を刑事事件にすることを望んでおり,自分で被害届を出しに行く旨言っていた。しかし,父親としては,学校や部活等に迷惑がかかる可能性があるので,被害生徒に対しては,少し待つように伝えた。ただ,後々,本件暴行が問題となった際の証拠として,被害生徒の唇の写真を撮った。 被害届提出までの経緯父親は,平成25年3月19日,ツイッター事件により開催された剣道部所属生徒の保護者会に出席した。その後,父親は,同年4月と7月にはF校長に対し,同年8月には被告人に対し,前記保護者会での他の保護者の発言や秋田遠征の件について,抗議し,事実調査を求める文書を送付した。しかし,同年10月,高校から被害生徒を退部させる旨の通告を受け,結果的に 高校を退学して転校するしかないので,高校等を庇う必要性がなくなったと考え,同月19日,被害生徒に被害届を出させた。 父親撮影の写真ア被害生徒の傷を撮影した写真(以下「被害写真」という。)には,被害生徒が自身の唇を下方に引っ張っている様子が写されており,その下唇の中央部分には赤く変色している箇所が認められる。また,被害写真の詳細データには,撮影日時が「2012/06/12 22:52」(被害当日)と記録されており,ファイル名は「B傷害!」とされている。 イ I大学大学院医学研究院法医学教室所属の医師Jは,被害写真について,拡大及び色調変更を施した画像に基づいて検討したところ,被害写真に写っている人物の下唇には赤く変色している箇所が3か所認められ,そのうちの2つは,挫裂創あるいはそのかさぶたの可能性がある,その変色が挫裂創と仮定した場合,口のあたりを手拳で殴打した場合にこのような挫裂創が生じる可能性はあると証言している。また,同じくI大学大学院医学研究院法医学教室に所属する歯科医師 の可能性がある,その変色が挫裂創と仮定した場合,口のあたりを手拳で殴打した場合にこのような挫裂創が生じる可能性はあると証言している。また,同じくI大学大学院医学研究院法医学教室に所属する歯科医師のKは,本件画像内の被害生徒の下唇の裏側の変色部分が挫裂創であり,かつ,同画像が記録された当時の被害生徒の歯並びが平成27年8月に撮影された写真と同様であるならば,変色部分の傷は下唇の粘膜に下の前歯が接触したことで生じた可能性が否定できないと証言している。 3 目撃者の証言C先輩の証言ア C先輩は,平成24年6月15日開催のインターハイ予選の約3日前の剣道部の練習に参加していた。その際,被害生徒は,怪我をして太鼓の係をしていた。かかり稽古で,高校生が練習を終える際,まだ中学生が練習を続けることになっていたので,本来2回太鼓を叩くべきだったところ,被害生徒が3回叩くというミスを犯したため,全体の練習が止まった。す ると,指導をしていた被告人が被害生徒の方に向かっていき,右手の小手を左脇に挟みながら,右手の素手の拳で被害生徒の左顔面を殴った。さらに,被告人はしない竹刀を持った左手で被害生徒の胸元をど突くように強めに押した。 イ C先輩が,練習後,被害生徒に対し,「あの時なんで殴られたの。」と聞くと,「太鼓の叩き方の間違いです。」と答えた。C先輩が,被害生徒の顔を見ると,左の唇の端が切れて血がにじんでおり,左側の頬が少し内出血みたいな,痣みたいなのができていたので,「やっぱ殴られたんだ。」と話した。 E事務員の証言ア E事務員は,平成24年6月の12日か13日,剣道部の練習に参加していた。その際,見学で太鼓を叩く役割をしていた被害生徒が,かかり稽古の太鼓を叩く回数を間違えるミスをした。被告人が「あ ア E事務員は,平成24年6月の12日か13日,剣道部の練習に参加していた。その際,見学で太鼓を叩く役割をしていた被害生徒が,かかり稽古の太鼓を叩く回数を間違えるミスをした。被告人が「あと3回」という号令を高校生に出したので,本来3回太鼓を叩くべきだったが,被害生徒は2回しか叩かなかったため,練習が止まってしまった。被告人が被害生徒の方に近づき「人の話をちゃんと聞いているのか。」などと大きな声で言い,しない竹刀を持った左手で被害生徒を押した。また,その前後に,被告人は右の小手を左脇に抱え右拳で被害生徒の左頬を2回程度殴った。 イ翌日,道場に行った際,被害生徒から昨日殴られたところを見てくれと 言われ,指で口を半分開くように引っ張って見せた。左頬の内側が赤くな って切れていた。 4 F校長の証言ア平成24年6月当時は,高校の校長であり,中学校の副校長の立場にあったが,現在は,退職して学校法人Lの理事をしている。 イ平成25年2月17日,ツイッター事件が起きたが,被害生徒が投稿した他の生徒に対する暴行は真実であると思う。F校長は,同月20日,G 顧問とともに,被害生徒に事情聴取したところ,被害生徒は,前年8月のH大学で4人の生徒が被告人から暴行を受けたとの話をしたが,本件暴行には言及がなかった。F校長としては,この出来事を初めて知り,被告人にも事情聴取した。被告人が,H大学での出来事(以下「H大学事件」という。)を認めたため,平成25年2月28日頃,被告人を戒告処分にした。 ウツイッター事件を契機に,同年3月4日と同月19日,剣道部の保護者会が開催された。3月19日の保護者会には,被害生徒の両親も出席したが,ツイッター事件を他の保護者から責められ,謝罪した。また,そ ウツイッター事件を契機に,同年3月4日と同月19日,剣道部の保護者会が開催された。3月19日の保護者会には,被害生徒の両親も出席したが,ツイッター事件を他の保護者から責められ,謝罪した。また,その席上,被害生徒が他の生徒をいじめているとの話も出された。被害生徒の両親は,保護者会終了後校長室に赴き,F校長に対し,本件暴行を訴え,被害写真も見せた。F校長は,初めて聞く話に驚き,その後,被告人にも確認したが,被告人は,強く本件暴行を否定した。 エ F校長は,平成25年4月及び同年7月の2回にわたり,被害生徒の両親から,剣道部の指導体制を問題視し,被告人を被害生徒に接触しないよう求める内容の要請書等を受け取っている。 5 その他の関係者の証言G顧問は,被害当日,剣道部の練習に参加していたと思うが,本件暴行はむろんのこと,被害生徒が太鼓を叩く回数を間違えたことも覚えていない旨証言している。また,剣道部に所属していた生徒3名は,被害当日,練習に参加していたと思うが,本件暴行を見た記憶はない旨証言している。 第4 被害証言及び関連証拠の信用性 1 はじめに「第3被害証言及び関連証拠の内容」を踏まえて,被害証言及び関連証拠の信用性を吟味する。検察官の立証構造は,本件の争点の項で述べたように,被害証言を中軸に据え,被害証言自体信用性に富み,客観証拠及び父親や目撃者 の証言が被害証言を裏付けているというものであるから,以下に順次,被害証言の信用性,被害証言を裏付ける証拠の信用性等を検討していくこととする。 2 被害証言の信用性信用性を支える事情ア被害証言自体,一見すると内容に不自然な点がなく,相応の具体性も備えている。次に,被害証言を強く裏付ける客観的証拠は,何といっても被害生徒の下唇の内部を の信用性信用性を支える事情ア被害証言自体,一見すると内容に不自然な点がなく,相応の具体性も備えている。次に,被害証言を強く裏付ける客観的証拠は,何といっても被害生徒の下唇の内部を撮影した被害写真である。しかも,被害写真のファイル名は被害生徒の名前が入った「B傷害!」であり,撮影の日時も「2012/06/12 22:52 」と被害証言に沿っている。また,被害写真を撮影した際の状況に関する父親の証言には不自然なところはなく,信用できるものである。そうすると,被害写真自体に,被害写真を撮影した際の状況に関する父親の証言を併せ考えると,益々被害証言の信用性が高まるように思われる。 イさらに,C先輩及びE事務員の目撃証言は,被害当日頃,怪我のために稽古に参加せずに合図の太鼓を叩く役割を務めていた被害生徒が,かかり稽古の途中で太鼓を叩く回数を間違えたという理由で,被告人に顔面を殴られるのを見たという限りにおいて,被害証言の裏付けをしていることも事実である。 被害証言自体の疑問点アしかしながら,第1に,被告人から殴られた回数については,被害証言と,これに関連する他の証拠との間に矛盾がある。すなわち,被害生徒は被告人に殴られた回数を2回である旨各回の被告人の言動まで交えて明確に証言しているのに対し,父親は被害生徒から殴られた回数は1回であると聞いた旨,これ又明確に証言している。さらに,被害生徒自ら提起した民事訴訟の訴状では,被告人は被害当日に右手拳で被害生徒の唇付近を1回殴打する暴行を加えたと主張されている。殴られた回数が多数回に及ん だ場合,その回数が各証拠間で整合しないことは必ずしも不自然とはいえないが,数少ない殴打回数について,その際の犯人の言動まで交えて証言している者が,他の機会に異なる内容 数が多数回に及ん だ場合,その回数が各証拠間で整合しないことは必ずしも不自然とはいえないが,数少ない殴打回数について,その際の犯人の言動まで交えて証言している者が,他の機会に異なる内容を供述した点は見過ごすことはできない。この点,被害生徒自身,父親に2回と訴えたし,民事訴訟担当の弁護士の事情聴取に際し,1回と答えた記憶はないというが,父親の証言や訴状の記載に明らかに矛盾する。 イ第2に,ツイッター事件で,F校長らから聞き取り調査を受けた際,被害生徒は,中学時代に受けた暴行やH大学事件について話したものの,本件暴行については打ち明けていないのは,いかにも不自然で不合理である。 ツイッター事件,中学時代に受けた暴行,H大学事件と,3件にも及ぶ被告人による暴行を高校関係者を含む他人に明らかにした被害生徒が,なぜ本件暴行のみを除外するのか説明が付かない。特に,ツイッター事件において,被告人の氏名年齢を明らかにした上,「これは訴えるべきでしょうか?RTお願いします。」とまで記載している被害生徒が,警察関係者でもないF校長らに対してまで,本件暴行を秘匿した理由の説明が付かない。 この点,被害生徒は,F校長等に囲まれている状況で,F校長が把握していないはずの本件暴行に関する話はできなかったというが,説得力に欠ける説明である。 ウなお,弁護人は,被害証言の不自然不合理性につき,被害生徒が医師の診断を受けていない点,被害生徒が他の生徒に対し,高校進学後被告人から一度も殴られていない旨のメッセージを送っている点,被害届の提出が事件後1年4か月余り後になった点などを挙げるが,これらに関する被害生徒の説明は,必ずしも不自然不合理とは言い切れない。仮に,多少不自然であっても,これらは周辺事情であり,被害証言の信用性の判断にさほどの影響を 月余り後になった点などを挙げるが,これらに関する被害生徒の説明は,必ずしも不自然不合理とは言い切れない。仮に,多少不自然であっても,これらは周辺事情であり,被害証言の信用性の判断にさほどの影響を与えるものではないというべきである。 目撃証言の信用性 ア既述したように,C先輩及びE事務員の目撃証言は,被害当日頃,被害生徒がかかり稽古の途中で太鼓を叩く回数を間違えたという理由で,被告人に顔面を殴られたのを見たという限りにおいて,被害証言と符合していることは事実である。しかしながら,両者の証言は,被害証言と比較すると,被告人による暴行の態様,暴行の部位等が異なるばかりか,捜査段階から大きく変遷するなど信を措くことができない。 イすなわち,まず,C先輩の証言は,「被告人が右の小手を外して左脇に抱え,素手の右手拳で被害生徒の左顔面を殴り,その後胸元を押した。」「被害生徒の顔を見ると,左の唇の端が切れて血がにじんでおり,左側の頬が少し内出血みたいな,痣みたいなのができていた。」というものである。次に,E事務員の証言は,「被告人は,しない竹刀を持った左手で被害生徒を押した。その前後に,右の小手を左脇に抱え,右拳で被害生徒の左頬を2回程度殴った。」「被害生徒の左頬の内側が赤くなって切れていた。」というものである。一方,被害証言は,被告人が小手着用の右手で下唇のやや左側を2回殴ったとの内容であり,傷も下唇の内側にできたというものであり,現に被害写真も下唇の内側の傷を撮影したものになっている。 このように,被害証言と目撃者の証言とでは,被告人による暴行が,素手か小手着用の手かという点,被害生徒の傷は左頬付近か下唇内側かという点で明らかに矛盾している。 ウまた,C先輩の証言は,平成26年2月警察官に対し,「小手をはめた右拳 ,被告人による暴行が,素手か小手着用の手かという点,被害生徒の傷は左頬付近か下唇内側かという点で明らかに矛盾している。 ウまた,C先輩の証言は,平成26年2月警察官に対し,「小手をはめた右拳で被害生徒の口元めがけて1発殴った。」「その後,2,3発殴っているのではないかと思う。」と供述していたが,平成27年1月検察官に対しては,「今思い出すと素手だったと思うが,右と左の両方の拳を繰り出して,被害生徒を殴りました。」「口の端が切れて血がにじんでいるのを見た。」と供述している。E事務員は,平成26年2月警察官に対しては,「被告人は,近寄るなり,右拳で被害生徒の顔めがけて2,3発殴っ たのを見た。このとき,小手をはめていたかどうかは良く思い出せない。」と供述していたが,平成27年1月検察官に対しては,「今の記憶では素手だったと思うが,顔めがけてグーで2,3回か,3,4回殴った。」と供述している。このように,目撃者の供述は,素手か小手をはめていたかを中心に,殴った回数等について変遷しており,公判廷の証言では,素手であった理由を挙げながら証言していることに照らすと,記憶の変容等では説明しきれない不自然さが残る。 エ検察官は,目撃者の証言は根幹部分において一貫している,各目撃者に偽証罪のリスクを冒してまで虚偽証言をする動機はない旨主張する。しかしながら,一貫している部分は,被告人が被害生徒の顔面を殴ったという極めて抽象的なレベルでの一貫性にすぎず,細部とはいえない部分に変遷があることは明らかである。また,目撃者が記憶に反し,意図的に虚偽証言をしている証拠はないことからすると,目撃者に虚偽供述の動機がないことは信用性を担保する理由になり得ず,証言内容自体から,信用性の有無を判断すべきである。 3 小活以上検 偽証言をしている証拠はないことからすると,目撃者に虚偽供述の動機がないことは信用性を担保する理由になり得ず,証言内容自体から,信用性の有無を判断すべきである。 3 小活以上検討してきたところを踏まえて,総合的に判断すると,被害証言は,被害写真やそれに沿った父親の証言,さらには,目撃者の証言の結論部分により裏付けられ,本件暴行を認定できるようにも考えられるが,被害証言自体に信用性を揺るがす不自然,不合理な点があり,被害証言を裏付ける証拠の証明力も被害証言の信用性を担保するだけの証明力は持たないというべきである。すなわち,第1に,被害証言自体に,看過できない不自然,不合理な点がある,第2に,被害写真は,被害生徒の下唇の傷を撮影したものであり,それ自体で本件暴行を認定できるものではなく,単に被害証言の信用性を裏付ける位置付けを有するに過ぎない,第3に,父親の証言も,それ自体としては信用できないものではないが,被害写真同様,本件暴行を直接認定する証明力はなく,被 害証言を支える意味合いしか持たない,第4に,目撃者の証言は,被害証言と本件暴行の態様,結果という根幹部分で異なったもので,本件暴行の直接証拠としても,あるいは,被害証言を支える証拠としても,信用性に欠けると言わざるを得ない。 第5 結論以上縷々検討してきたように,結局公訴事実については,犯罪の証明がないことに帰するから,刑訴法336条により被告人に対し無罪の言い渡しをすると決した次第である。(求刑懲役6月) (裁判長裁判官髙木順子裁判官佐藤傑裁判官小川貴裕) 佐藤傑裁判官 小川貴裕

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