主文 1 被告が,平成2年1月17日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求主文同旨第2 事案の概要 1 本件は,スポーツ新聞社の競馬担当記者であった夫が北海道出張中に急性心不全で死亡したのは,業務上の死亡であるとして,その妻である原告が,被告に対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが,被告がこれを不支給とする旨の処分をしたため,その取消しを求めた事案である。 2 争いのない事実等(1) 当事者ア A(昭和22年12月24日生。)は,昭和47年4月スポーツニッポン新聞社(以下「訴外会社」という。)東京本社に入社し,編集局特信部の競馬担当記者として勤務していた。 Aは,昭和61年6月25日から同年7月28日までの予定で札幌競馬等の取材のため札幌市に出張した(以下「本件出張」という。)が,出張中の同月25日,札幌市内のホテルで急性心不全により死亡した。 イ原告は,Aの妻である。 (2) 被告の処分とその後の経過ア原告は,昭和62年9月17日,被告に対し,Aの死亡が業務に起因したものであるとして,労災保険法により遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが,被告は,平成2年1月17日付けで,Aの死亡が業務に起因したものとはいえないとして,遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。 イ原告は,平成2年3月5日,東京都労働者災害補償保険審査官に対し,審査請求をしたが,同審査官は,平成8年3月25日付けで審査請求を棄却する旨の決定をした。 原告は,同決定を不服として,平成8年5月20日付けで労働保険審 日,東京都労働者災害補償保険審査官に対し,審査請求をしたが,同審査官は,平成8年3月25日付けで審査請求を棄却する旨の決定をした。 原告は,同決定を不服として,平成8年5月20日付けで労働保険審査会に対し,再審査請求をしたが,同審査会は,平成10年10月20日付けで,再審査請求を棄却する旨の裁決をし,同裁決書の謄本は,同年11月10日原告代理人上柳敏郎方に送達された。(裁決書謄本の送達日につき,甲4,弁論の全趣旨) 3 争点の前提となる事実後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる(争いのない事実を含む。争いのない事実であっても,参照の便宜のため証拠を摘示した部分もある。)。 (1) Aの略歴Aは,立教大学経済学部卒業後,昭和47年4月1日訴外会社に入社し,編集局特信部に配属されて競馬担当記者となった。その後昭和53年1月から昭和57年12月まで同局運動部に所属し(昭和53年はアマチュア野球を,昭和54年から昭和57年12月まではプロ野球を担当した。),昭和58年再び特信部に配属となり,中央競馬会主催の中央競馬の取材,記事執筆等を担当してきた。(乙1)(2) Aの職務内容ア主要な業務中央競馬担当取材記者としての主要業務内容は,訴外会社発行のスポーツ紙に掲載するための中央競馬会主催の競馬の予想記事その他の関連記事の取材と執筆である。 イ出張業務訴外会社では,札幌,函館,新潟及び福島の各競馬場で行われる中央競馬会主催の夏競馬については,取材と記事執筆は当該開催地に競馬担当記者が交代で長期出張して行うものとされ,中山競馬場(千葉県船橋市)及び東京競馬場(東京都府中市)については,αトレーニングセンターに(α)に短期出張し,競馬開催日は競馬場でのレース取材を行うものとされていた。 したがって,競馬担当の特信 山競馬場(千葉県船橋市)及び東京競馬場(東京都府中市)については,αトレーニングセンターに(α)に短期出張し,競馬開催日は競馬場でのレース取材を行うものとされていた。 したがって,競馬担当の特信部記者の出張には,①札幌,函館,福島,新潟等で行われる中央競馬会主催の夏競馬取材のための出張で,事前の調査も含めて約3週間ないし約5週間程度の長期出張のパターンとなるもの,②茨城県稲敷郡所在のαトレーニングセンターでの競走馬の調子を取材するための出張で,毎週水・木曜日がトレーニングの日であるため,原則1回2泊3日の短期出張を繰り返すもの,の2種類がある。(乙22,証人B)ウ出張回数Aが死亡する以前1年間である昭和60年7月25日から昭和61年7月24日までの出張日数は,次のとおりである。 昭和60年 7月勤務日数6日中 6日出張8月同 25日中 22日出張9月同 20日中 7日出張10月同 25日中 19日出張11月同 23日中 8日出張12月同 22日中 11日出張昭和61年 1月同 22日中 8日出張2月同 22日中 6日出張3月同 26日中 19日出張4月同 23日中 11日出張5月同 25日中 11日出張6月同 20日中 11日出張7月同 21日中 21日出張以上のとおり,勤務日数280日のうち,160日(1年の勤務日数の約57パーセント)が出張であった。(甲55,62,乙2の(2)ないし(4))エ αトレーニングセンターでの取材活動αトレーニングセンターに取材に行く必要があるのは,東京競馬場と中山競馬場で中央競馬会主催の競馬が 出張であった。(甲55,62,乙2の(2)ないし(4))エ αトレーニングセンターでの取材活動αトレーニングセンターに取材に行く必要があるのは,東京競馬場と中山競馬場で中央競馬会主催の競馬が開催されている期間であり,1年のうち40週くらいとなる。1週のうち,通常火曜日から木曜日まで2泊3日の出張となるが,訴外会社では,出張している特信部員のうち一人が必ず土曜日まで居残るため,その場合は4泊5日の出張となる。訴外会社では,3ないし4名が一緒に出張し,カメラマンも同行した。 αトレーニングセンター出張中の記者のスケジュールは,概ね次のとおりである。 午前5時ないし5時30分ころ起床し,午前6時から9時ころまで,コース内で早朝調教される馬の様子を取材し,調教師,調教助手,騎手,厩務員等の競馬関係者から取材する。午前10時から午後0時30分まで,半数くらいの記者は朝食をとって仮眠する(ただし,仮眠する場合はあまり朝食をとらない。)。午後1時から午後6時まで,厩舎へ取材に行ったり,同トレーニングセンターにある中央競馬会事務所ビル内の記者クラブ室で記事を書き,ファックスで送付したりする。宿泊先は,中央競馬会提供の筑波寮である。筑波寮の居室は6畳1間で,ここに2名相部屋で泊まるが,記者が多いときは3名相部屋となることもある。(甲70,乙28,証人B,同C)オ出張時の業務内容前記イの2種類の出張に共通する業務内容として,早朝の競走馬の調教取材がある。追い切り調教がある日は,早朝午前4時30分ころ起床し,午前5時ころから午前8時過ぎまで,レース場のコースにおいて競走馬の追い切り調教を取材する。 追い切り調教においては注目馬がいつレース場に出てくるかは分からない。追い切り調教の取材では,競走馬のタイムを測定する作業と並行して,競走馬の仕種, 場のコースにおいて競走馬の追い切り調教を取材する。 追い切り調教においては注目馬がいつレース場に出てくるかは分からない。追い切り調教の取材では,競走馬のタイムを測定する作業と並行して,競走馬の仕種,色つやなど数字に表れない部分の取材が行われる。カメラマンのいない北海道出張の際は,レース場のゴンドラ内の記者室から,調教取材と同時にカメラ撮影も行う。 注目馬については,ゴンドラ内からの取材を中断して,1階まで降りてコース近くまで行き,写真撮影をすることがある。追い切り調教が終わった後は,午前9時ころまで,調教師,騎手,厩務員などから競走馬の体調,特徴等について取材する作業がある。(甲69,70,乙22,28,47,証人B,同C)カレースの予想競馬担当の特信部記者の取材,執筆のテーマの一つに,レースに勝つ競走馬の予想がある。レース予想は,読者の金銭の得失に直結するもので,かつ,翌日ないし近日中に明確な形で結果が出る。レース予想の的中に関する結果は,他社の新聞紙のレース予想記事の結果と簡単に比較できる。 キ特信部の人員特信部の競馬担当記者は7名であったが,うち1名は内勤であり,6名で出張業務を行っていた。昭和61年3月に1名ベテランの特信部競馬担当記者が退職し,欠員状況となった。同年5月に校閲部から入社2年目の新人が配属され,欠員が補充されたが,経験が浅いため出張要員にはなり得ず,実質的には5名で定期的に交代して出張業務を担当していた。(乙22,27,28,証人B)(3) 北海道出張中のAの業務ア札幌競馬中央競馬会主催の昭和61年の札幌競馬は,第1回が同年6月7日から同月29日までの各土・日曜日に,第2回が同年7月5日から同月27日までの各土・日曜日に,開催された。訴外会社では,札幌競馬の場合は競馬担当記者を1名としており, 幌競馬は,第1回が同年6月7日から同月29日までの各土・日曜日に,第2回が同年7月5日から同月27日までの各土・日曜日に,開催された。訴外会社では,札幌競馬の場合は競馬担当記者を1名としており,年数を経たもので記事を早く書く者を出張させていた。第1回の札幌競馬の取材にはBが派遣され,出張期間は同年5月27日から同年6月29日までの33泊34日であった。(乙20,証人B)イ本件出張Aは,第2回札幌競馬及び牧場取材のため昭和61年6月25日から同年7月28日まで33泊34日の予定で単独で北海道に出張した。Aは,同年6月25日に北海道に到着し,同月26日から同月28日まで,牧場に関する連載記事の取材のため道内の各牧場を巡回取材した後,同月29日に札幌競馬を取材し(同月30日は公休),同年7月1日から札幌競馬を取材していた。札幌競馬に出張取材中のAの宿泊先は,札幌市〈以下略〉所在の札幌ルナホテルであり,Aはそのシングルルームを利用していた。 Aは,几帳面で神経質な性格であり,本件出張中,枕が変わると寝付きが悪いとして,枕を持参していた。(甲68,乙21,22,25,証人C,同B)ウ取材・執筆・送稿(ア) 追い切り調教の取材は,前記(2)オのとおり,注目出走馬の調子の良し悪し等の調教取材であり,注目出走馬の走り具合を見て動きの良し悪しを感じ,調教師や騎手,厩務員等の関係者から話を聞くというものである。出走馬の調教タイムは,訴外会社の記者が直接測ることはなく,競馬専門紙の者から買っていた。追い切り調教の取材に行かないときは,他社の記者から情報を聞くこともあった。 札幌競馬の始まる1週間ほど前に関西や関東の厩舎から競走馬が札幌競馬場の厩舎に搬送されてくる。訴外会社の東京本社の記者は,関西の競走馬や競馬関係者になじみがないため,関西の 報を聞くこともあった。 札幌競馬の始まる1週間ほど前に関西や関東の厩舎から競走馬が札幌競馬場の厩舎に搬送されてくる。訴外会社の東京本社の記者は,関西の競走馬や競馬関係者になじみがないため,関西の競馬関係者に取材するときは自分から名乗って取材を始める必要があったが,関東の競走馬や競馬関係者には日頃からなじみがあるため,そのようなことはなかった。 (イ) 当時訴外会社発行のスポーツ新聞(スポーツニッポン。以下「スポニチ」という。)の競馬記事の紙面の割付は,1ページ15段のうち,上から10段が全国通し版であったが,11段から15段が地方サービス版となっており,北海道の購読者向けには北海道版が製作されていた。Aは,この北海道版に札幌競馬の記事を書くことを主な目的として本件出張をしたが,全国通し版に載せる記事も併せて書いていた。 スポニチの競馬関係の紙面は,土・日曜日は,2ページ(15段×2)となる。 土曜日の紙面には当日の出走表とレースの予想記事が,日曜日の紙面には土曜日のレース結果と日曜日の出走表,レースの予想記事が,それぞれ掲載される。土・日曜日は,スペースの関係で地方サービス版はない。火・水・木・金曜日の地方サービス版(北海道版)には,札幌競馬関係の読み物を載せていた。Aは,これらの記事の執筆を担当していた。 (ウ) 記事の締切は,札幌競馬の開催日(土・日曜日)の前日(金・土曜日)の午前10時ころに出走馬が決定されるので,その出走表を基に,午後5,6時ころまでに原稿(翌日のレースの予想,当日のレース結果など)を作成し,東京本社にファックスで送信するのが通例である。追い切り調教がある火・水・木曜日には,午後0時30分ころから午後6時ころまでに記事を作成し,東京本社にファックスで送信する。撮影フィルムは航空便で送付し,急ぎでない記事は郵便で するのが通例である。追い切り調教がある火・水・木曜日には,午後0時30分ころから午後6時ころまでに記事を作成し,東京本社にファックスで送信する。撮影フィルムは航空便で送付し,急ぎでない記事は郵便で送付する。 (エ) Aが執筆を要求されていた記事は,札幌競馬のレース結果の記事,そのレースが行われる週の最初からの競走馬の調教時の様子,騎手,馬主の動向,それらを基にしたレース結果の予想,北海道所在の競走馬の牧場や調教師,騎手の経歴その他競馬に関する特集記事,テーマ記事などであった。記事の執筆の形式は,単なる文章だけでなく,調教時の追い切りタイムの表やレース結果予想表の中の一言コメントであったりと多様であった。なお,出走表の出走馬のデータ等は,本社がコンピュータを使用して作成しており,この関係のAの仕事は,各レースについて予想印を付け,予想記事を書くものであった(予想原稿は長年記者をやっていれば流れ作業でできる仕事であった。)。 (甲69,乙21,22,証人B)エ Aのスケジュールスポーツ紙掲載の競馬記事は,レースの予想記事が中心とされるので,競馬開催日(通常は土曜日及び日曜日)に向かって出走予定馬に関する取材と記事執筆が行われる。そのため,これを担当する記者の業務は概ね1週間サイクルとなっており,週3回未明から競走馬の調教ぶりを取材し,続いて馬主,調教師,厩務員等の競馬関係者から取材し,週末にはレースの予想を立て,これらについての原稿執筆と送稿を行うというものである。 札幌競馬取材出張中のAの1週間のスケジュールは,概ね次のとおりであった。 (乙21)月曜日公休日火曜日から木曜日いずれも馬の追い切り調教日である。午前5時ころ起床し,午前5時30分ころから午前8時30分ころまでに札幌競馬場に入り,注目している馬のタイムを測ったり 乙21)月曜日公休日火曜日から木曜日いずれも馬の追い切り調教日である。午前5時ころ起床し,午前5時30分ころから午前8時30分ころまでに札幌競馬場に入り,注目している馬のタイムを測ったり,追い切り後の馬体の様子,状態を見たり,調教師,騎手,厩務員等の競馬関係者からの聞き取り取材をする。午後0時30分から1時までの間に東京の編集デスクと打ち合わせを行う。午後1時ころから6時ころまで競馬場で取材及び執筆,送稿(送稿はファックス又は郵便による。以下,同じ。)を行い,午後6時ころに東京本社に定時連絡を行う(この定時連絡は他の曜日も同じである。)。なお,他社の競馬担当記者は,追い切り調教の取材を終えた後仮眠をとっていたが,Aは,枕が変わると眠れないとして,仮眠をとっていなかった。(乙21,24,28,証人B,同C)金曜日午前11時30分ころまでに競馬場に入り,午後6時ころまで翌日の関連取材と執筆,送稿を行う。 土曜日(競馬開催日)午前11時ころまでに競馬場に入り,午後6時ころまで当日及び翌日のレース関連の取材と執筆,送稿を行う。 日曜日(競馬開催日)午前11時ころまでに競馬場に入り,午後6時ころまでメインレースを中心に当日のレースを取材し,執筆,送稿するとともに,翌月曜日用の特集記事の執筆,送稿を行う。 (4) 死亡前1週間のAの勤務状況及び死亡時の状況ア7月18日(金)出勤時刻は午前11時30分,退勤時刻は午後6時である。札幌競馬場で土曜日のレース関連の取材,執筆,送稿を行った。 イ 7月19日(土)出勤時刻は午前10時30分,退勤時刻は午後6時である。札幌競馬場で当日のレース関連の取材,執筆,送稿を行った。 ウ 7月20日(日)出勤時刻は午前10時30分,退勤時刻は午後8時である。午前10時30分ころ札幌競 30分,退勤時刻は午後6時である。札幌競馬場で当日のレース関連の取材,執筆,送稿を行った。 ウ 7月20日(日)出勤時刻は午前10時30分,退勤時刻は午後8時である。午前10時30分ころ札幌競馬場に入り,当日のメインレース「タイムス杯」を中心に翌週の「札幌3歳ステークス」出走の有力馬を取材した。また,千葉シンボリ牧場Dオーナーに電話取材し,同オーナーからシンボリルドルフを引退させるとの話を聞き,シンボリルドルフ引退の特ダネについて,午後8時ころまで原稿の執筆,送稿,打ち合わせを行った。 シンボリルドルフは,3歳時夏から6歳時春まで16戦中13勝をあげ,競馬史上初めて無敗の3冠馬となり,合計7つのGIを制覇した名馬であるが,昭和61年3月にアメリカ遠征をした際,足を痛め,今後の去就が注目されていた。オーナーはDであり,調教はE調教師が担当していた。Aは,シンボリルドルフを担当しており,Dオーナーと親しく,同オーナーとの間でシンボリルドルフに関することはAに話すという信頼関係があったため,この取材をAが担当することになった。 この日の夕食(ちゃんこ料理であった。)の際,Aは食欲がなく,ほとんど料理を口にしなかった。 エ 7月21日(月)出勤時刻は午後1時,退勤時刻は午後4時である。公休日であるが,前日のシンボリルドルフ引退の特ダネの執筆により,前日に書く予定であった地方版用の特集記事を札幌競馬場で午後4時ころまで執筆,送稿した。 オ 7月22日(火)出勤時刻は午前5時30分,退勤時刻は午後7時30分である。午前5時30分ころより,この週のメインレースである「札幌3歳ステークス」関係を主に取材し,午前11時30分ころまで競馬関係の執筆,送稿をした。午後,札幌β野球場で行われた高校野球の南北海道大会決勝戦を約4時間取材し,午後7時こ のメインレースである「札幌3歳ステークス」関係を主に取材し,午前11時30分ころまで競馬関係の執筆,送稿をした。午後,札幌β野球場で行われた高校野球の南北海道大会決勝戦を約4時間取材し,午後7時ころ送稿した。 Aが担当した高校野球の取材は,本件出張前に訴外会社より指示されていたものであった。 カ 7月23日(水)出勤時刻は午前5時30分,退勤時刻は午後6時である。午前5時30分ころ札幌競馬場で競走馬の調教を取材し,午後1時から午後6時まで関係者の取材,執筆,送稿を行った。 この日の夕食(寿司であった。)の際,Aは食欲がなく,夕食をともにした東京中日スポーツ社のC記者に対し,しきりに「疲れた。」と言っていた。 キ 7月24日(木)Aは,この日は追い切り調教の取材はしなかった。なお,翌25日の訴外会社のスポーツ紙には当日の追い切り調教の状況が掲載されているが,これは,Aが他の情報を元に執筆,送稿したものである。昼から札幌競馬場に入り,午後0時30分から1時までの間に東京の編集デスクと打ち合わせを行った後,午後5時ころまで取材,執筆,送稿を行なった。午後6時からSTVホールで行われた「札幌3歳ステークスフェア」に訴外会社の担当記者として出演参加し,午後7時30分ころ宿泊先の札幌ルナホテルに帰り,夕食をとった。 Aは,E調教師が札幌市内のカラオケスナックに来ていることを知り,午後8時すぎ,日刊スポーツ新聞社のF記者を誘って,午後8時30分過ぎに同スナックに赴き,同スナックに来ていたE調教師と北海牧場長のKの4人で,会話したり,カラオケを歌ったりした(以下,これを「本件会合」という。)。その時の話題は,前の週のレースでE厩舎の馬が負けたこと,土・日曜日にどの馬を何頭出場させるか,その勝算はどうか,シンボリルドルフの引退などであった。 ったりした(以下,これを「本件会合」という。)。その時の話題は,前の週のレースでE厩舎の馬が負けたこと,土・日曜日にどの馬を何頭出場させるか,その勝算はどうか,シンボリルドルフの引退などであった。Aは,ウイスキーの水割りを少し飲んだだけであったが,カラオケを歌うなど元気であった。 ク 7月25日(金)午前1時30分から2時ころ,勘定はE調教師かKが払い,スナックを出た。AとF記者は,途中でラーメンを食べ,午前2時30分ころ宿泊先の札幌ルナホテルに着いた。 Aは午後2時を過ぎても競馬場に現れなかったため,F記者らが同ホテルに問い合わせ,同ホテルの従業員が,午後2時8分,ホテル301号室のベッド上でAが死亡しているのを発見し,110番通報した。死亡推定時刻は午前6時ころである。発見当時,Aは,ベッドの上で仰向けで寝ており,通常の布団をかけた状態で,普通に睡眠している状態であって,その顔は苦しんでいるような様子は見られなかった。Aは,浴衣を着ていたが,乱れた様子はなかった。 死体の所見では,全身に外傷等異常はなく,顔面,頸部は冷汗湿潤,髄液は水様透明であった。 (甲7,33の(2),52,59,63,66,71,乙1,23ないし28,47,証人B,同C。甲53,71,乙1,23のうちこれに反する部分は,前掲 証拠 に照らし,採用できない。)(5) 本件出張中のAの原稿執筆量等ア本件出張直前1か月間の原稿執筆量は,13字を1行として換算して計算すると,別紙1「Aの昭和61年5月25日から6月25日までの原稿量表」のとおりであり,合計1183行,1日当たり平均36.97行である。 Aは,本件出張中,昭和61年6月30日から取材記事の本社送付(掲載は同年7月1日から)を行った。昭和61年6月30日から死亡前日の同年7月24日までのAの原稿 1日当たり平均36.97行である。 Aは,本件出張中,昭和61年6月30日から取材記事の本社送付(掲載は同年7月1日から)を行った。昭和61年6月30日から死亡前日の同年7月24日までのAの原稿執筆量(記事掲載量)の合計は,後掲証拠の「魅枠の穴馬」欄分もAが執筆したと仮定すると,概ね別紙2「Aの札幌出張時の業務と労働時間」(以下「業務表」という。)の「記事量(行)・合計・原告主張」欄のとおりである。これを前提に計算すると,合計6991行,1日当たり平均約280行であり,死亡前1週間(同年7月18日から同月24日まで)の原稿合計量は2329行,1日当たり平均約333行である。 イこの間の1週間単位の原稿執筆量(「魅枠の穴馬」欄分を含めて計算した場合)をみると,次のとおりである。 執筆日行数昭和61年5月24日から5月29日まで 1925月30日から6月 5日まで 2776月 6日から6月12日まで 2326月13日から6月19日まで 3286月20日から6月24日まで 154北海道出張後6月27日から7月 3日まで 8797月 4日から7月10日まで 18387月11日から7月17日まで 19457月18日から7月24日まで 2329(甲13ないし37(枝番を含む。),弁論の全趣旨)(6) 他社の記者との比較ア取材体制・出張期間札幌競馬の取材体制は,日刊スポーツ新聞社が3名(うちカメラマン1名),報知新聞社,サンケイスポーツ新聞社が各2名であり,東京中日スポーツ新聞社と訴外会社が各1名であったが,東京中日スポーツ新聞社では,追い切りのための撮影は専門カメラマンに外注していた。 札幌競馬関係への出張期間は ケイスポーツ新聞社が各2名であり,東京中日スポーツ新聞社と訴外会社が各1名であったが,東京中日スポーツ新聞社では,追い切りのための撮影は専門カメラマンに外注していた。 札幌競馬関係への出張期間は,日刊スポーツ新聞社が4週間,報知新聞社が2,3週間,東京中日スポーツ新聞社が10日程度である。(甲66,乙24,25,28,証人B,同C)イ記事執筆量昭和61年7月19日から同月25日まで(発行日。執筆日は同月18日から同月24日まで)の各スポーツ紙の北海道競馬に関する記事量(行数)は,別紙3のとおりであり,1日当たりの平均は,日刊スポーツ新聞社が約129行,サンケイスポーツ新聞社が約62行,報知新聞社が約97行である。(甲38ないし40。枝番を含む。)これに対し,同期間のAが担当していた北海道競馬に関する記事量は,前記(5)アのとおり,便宜上「魅枠の穴馬」欄分を含めて計算した場合,100行台の日が1日,200行台の日が1日,300行台の日が4日で,400行台の日が1日であり,1日当たり平均は約333行である。 (7) Aの勤務条件所定労働時間は,火曜日から木曜日は午前5時30分から午後6時まで,金曜日及び土曜日は午前11時30分から午後6時まで,日曜日は午前10時30分から午後7時までである。 所定休憩時間は,火曜日から木曜日は午前9時から正午まで(3時間),金曜日から日曜日は午後2時から午後3時まで(1時間)である。 したがって,Aの所定実労働時間は,火曜日から木曜日までは9時間30分,金曜日及び土曜日は5時間30分,日曜日は7時間30分である。 所定休日は,4週を通じ4日以上,年間78日である。(乙1)(8) Aの健康状態ア昭和47年2月2日入社時に実施された健康診断では,身長173.1cm,体重61kg,血圧は最 間30分である。 所定休日は,4週を通じ4日以上,年間78日である。(乙1)(8) Aの健康状態ア昭和47年2月2日入社時に実施された健康診断では,身長173.1cm,体重61kg,血圧は最高が142mmHg最低が88mmHgであり,蛋白検査は陽性であったが,起立性蛋白尿であり,異常なしとされた。 昭和56年5月22日実施の定期健康診断では,体重62kg,血圧は最高が130mmHg最低が59mmHg,肝機能に異常なしであった。なお,Aは,訴外会社が毎年実施している定期健康診断は前記の昭和56年以外受けていない。(甲61の(1)ないし(3),乙27,40,乙41)イ Aは,昭和59年5月2日中島胃腸科外科医院を受診し,「急性膀胱炎」と診断されて治療を受けた。 また,同年6月28日,残尿感と夜間の頻尿があるということで勝田台クリニックを受診し,「慢性前立腺炎」と診断されて,昭和60年11月13日まで治療を受けた。 昭和59年6月24日には楠内科医院に受診し,「急性尿道炎」と診断されて治療を受けた。(甲49,50の(1)ないし(15),乙42の(1)ないし(3),(2))ウ Aは,酒はほとんど飲めず,酒量はビールコップ1杯程度である。Aには,喫煙の嗜好があり,セブンスター又はマイルドセブンを1日1箱(20本)程度喫煙していた。(甲47,59,乙23,原告本人)(9) 関係通達等ア昭和62年9月,脳血管疾患及び虚血性心疾患等に関する専門家会議は,「過重負荷による脳血管疾患及び虚血性心疾患等に関する報告書」を提出した。これを受けて労働省労働基準局長は,昭和62年10月26日付けで,「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(基発第620号)と題する通達を発出した。 同通達では,脳血管疾患及び虚血性心疾患等(以下「脳・ 省労働基準局長は,昭和62年10月26日付けで,「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(基発第620号)と題する通達を発出した。 同通達では,脳血管疾患及び虚血性心疾患等(以下「脳・心疾患等」という。)の認定基準について,①発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(業務に関連する出来事に限る。)に遭遇したこと,又は,日常業務に比較して,特に過重な業務に就労したことの業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたことが認められること,②過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が,医学上妥当なものであること,のいずれの要件をも満たす脳・心疾患等は,労働基準法(以下「労基法」という。)施行細則別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱うこととしている。 同通達の認定基準の解説では,「日常業務に比較して,特に過重な業務」とは,通常の所定の業務内容等に比較して特に過重な精神的,身体的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいうとし,まず第1に,発症直前から前日までの間の業務について,次いで発症前1週間以内の間の業務について,それらが特に過重と客観的に認められるか否かを判断することとし,発症前1週間より前の業務については,発症前1週間以内における業務の過重性の評価に当たって,付加的要因として考慮するにとどめることとしている。(乙5,17)イ平成6年12月,脳・心疾患等に係る労災補償の検討プロジェクト委員会は,「脳・心臓疾患等に係る労災補償の検討プロジェクト委員会検討結果報告書」を提出した。これを受けて労働省労働基準局長は,平成7年2月1日付けで,「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(基発第38号)と題する通達を発出した。 同通達の認定基準自体は前記アの通達と同じであ は,平成7年2月1日付けで,「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(基発第38号)と題する通達を発出した。 同通達の認定基準自体は前記アの通達と同じであるが,その解説では,「日常業務に比較して,特に過重な業務」の判断について,まず第1に,発症直前から前日までの間の業務について,次いで発症前1週間以内の間の業務について,それらが特に過重と客観的に認められるか否かを判断し,発症前1週間より前の業務については,発症前1週間以内の業務が日常業務を相当程度超えている場合には,発症前1週間より前の業務を含めて総合的に判断することとされている。(乙16,18)なお,これらの通達では,脳・心疾患等として,一次性心停止,心筋梗塞症等は挙げられているが,虚血性心疾患等の中に不整脈は含まれていない。(乙17,18)ウ平成8年1月,不整脈による突然死等に関する専門家会議は,「不整脈による突然死等の取扱いに関する報告書」を提出した。これを受けて労働省労働基準局長は,平成8年1月22日付けで,「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準の一部改正について」(基発第30号)と題する通達を発出した。 同通達で,虚血性心疾患等の中に「不整脈による突然死等」が含まれることとなった。同通達では,不整脈による突然死等とは,不整脈が一義的な原因となって心停止あるいは心不全等を発症した場合であって,その原因が医学経験則上業務による過重負荷であると認められる場合をいうとし,発症前に基礎心疾患等が認められない場合,又は基礎心疾患等の病変がごく軽度であるためにその存在が明確にされていない場合の不整脈による突然死等の業務上外の判断に当たっては,この不整脈が業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたことにより 合,又は基礎心疾患等の病変がごく軽度であるためにその存在が明確にされていない場合の不整脈による突然死等の業務上外の判断に当たっては,この不整脈が業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたことにより発生したものか否かを判断することとされている。(乙9,19,35) 4 争点(1) 業務と疾病との因果関係についての判断のあり方(2) Aの直接の死因(3) Aの死亡が業務上の死亡といえるか第3 争点に関する当事者の主張 1 争点(1)(因果関係の判断のあり方)について(原告)(1)労基法,労災保険法等が採用する法定補償制度は,「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を満たすべき」最低労働条件(労基法1条)を確保して,被災労働者とその家族の生活を保障することを目的とする法定救済制度であって,社会に発生した損害を公平にてん補することを目的とする損害賠償制度とは制度目的を異にする。 損害賠償制度においては,加害行為と損害との間の因果関係について相当因果関係説が採用されているが,これは,損害賠償制度が加害者と被害者の立場の交換可能性を前提とするため,加害者保護も考慮する必要があり,救済対象を通常の場合に生ずべき損害,すなわち相当因果関係のある損害に限定することに客観的合理性を肯定することができるからである。 これに対し,労災保険法が採用する法定補償制度では,立場の交換可能性が全くないから,損害賠償制度の救済対象の範囲よりも救済対象を拡大する必要性及び合理性があり,前記の法定補償制度の目的に照らせば,労働者保護の見地から,当該負傷,疾病,死亡等(以下,単に「疾病等」という。)が法定補償制度による法的救済を与えることが合理的か否かの総合的な実質判断により決定されるべきであり,従事していた業務と当該疾病等との合理的関連性の有無によって決せられ 以下,単に「疾病等」という。)が法定補償制度による法的救済を与えることが合理的か否かの総合的な実質判断により決定されるべきであり,従事していた業務と当該疾病等との合理的関連性の有無によって決せられるべきである(合理的関連性説)。 (2) 仮に業務と疾病等との間に相当因果関係が認められることを要するとする立場(相当因果関係説)をとったとしても,前記(1)の労災補償制度の目的を斟酌して,相当かどうかを定めるべきである。被告主張のような相対的有力原因説をとることは,業務と疾病等との間に因果関係があることを前提とした上で帰責事由による給付制限を定めたに止まる労基法78条等の定めに矛盾するし,その判断基準が不明確であり,また,業務起因性を肯定する余地をほとんどなくする考え方であるから,不当である。 仮に相当因果関係説に立った場合には,当該被災労働者の素因・基礎疾患など一切の事情を考慮に入れて,当該被災労働者の従事した業務が素因等を誘発又は増悪させて発症等の時期を早めるなど,業務に内在する危険が現実化して疾病等の結果を招いたと認められる場合に,業務と疾病等との相当因果関係が成立すると解するのが相当である。この場合,使用者が労働者の労務の提供によって事業の遂行をしている以上,使用者によって労務の提供が期待されている者(健常者だけでなく,何らかの基礎疾病を有し,労務の内容や程度に制限を受けているものの,その限度で労務に服することはできるし,使用者からもそのように期待されている者を広く含む。)全てを対象として,その中で最も危険に対する抵抗力の弱い者を基準として危険の有無を考えるべきである。 (被告)(1) 労災補償責任の法的性格は,労働者が従属的労働契約に基づいて使用者の支配監督下にあることから,労務を提供する過程に置いて,業務に内在する各種の危険 て危険の有無を考えるべきである。 (被告)(1) 労災補償責任の法的性格は,労働者が従属的労働契約に基づいて使用者の支配監督下にあることから,労務を提供する過程に置いて,業務に内在する各種の危険が現実化して疾病等が引き起こされた場合には,事業主たる使用者は,何らの過失がなくともその危険を負担し,労働者の損失のてん補に当たるべきであるとする危険責任の法理にあるものと解されるから,労災保険法における業務起因性を肯定するためには,当該疾病が業務によって生じたという条件関係があるのみでは足りず,それを前提としつつ,両者の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)が必要である。 そして,この場合,相当因果関係の有無は,労災補償責任の前記法的性格からして,当該疾病等の発生が当該業務に内在する危険の現実化と認められる関係があるか否かにより判断すべきである。 (2) 労働者が疾病に罹患した場合に,業務上の要因(業務の過重性)と業務外の要因(基礎疾患等)という複数原因が競合している場合には,労災補償制度が業務の寄与割合に応じて労災補償給付をすることを予定せず,業務上であるか否かを画一的に判断する制度であることからして,業務上の要因(業務の過重性)が疾病に対して他の業務外の要因と比較して相対的に有力な原因となっていると認められる場合についてのみ相当性があると解すべきであるが,業務上の要因(業務の過重性)の程度は,業務外の要因と対比されるものであるから,当該労働者と同程度の年齢,経験を有し,通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態である者を基準として判断すべきである(相対的有力原因説)。 2 争点(2)(Aの死因)について(原告)Aは,心臓性突然死であり,Aの年令,体格,健康状態,既往症などから,致死的不整脈であ 状態である者を基準として判断すべきである(相対的有力原因説)。 2 争点(2)(Aの死因)について(原告)Aは,心臓性突然死であり,Aの年令,体格,健康状態,既往症などから,致死的不整脈である心室細動(血液が心室内に停滞して循環が止まること)発作が生じた可能性が高い。ただし,Aに心室細動発作を起こす素因や遺伝子レベルの異常,疾病があったとはいえないから,Aの心室細動発作は被告主張のように特発性のものではない。仮に,特発性心室細動であるとしても,被告の主張するようなブルガダ症候群ではない。 また,仮に心室細動発作によるものではないとしても,急性心筋梗塞ないしこれに至らない急性心筋虚血を発症し,心不全又ショックにより,ないし重症不整脈を合併することにより,急性心不全に至ったものである。 (被告)Aの急性心不全の原因は,死亡時の年齢が38歳と壮年であって,健康体であり,夜間睡眠中に死亡したこと,死亡時に苦痛のために体を動かしたり,救いを求めたりした様子はなかったこと(これらは,いわゆる「ポックリ病」と呼ばれる突然死の臨床的特徴と一致する。),死体検案時の髄液検査が血性ではなかったことからみて,致死的不整脈すなわち心室細動(心室筋の興奮が部分的,不規則かつ不統一的となり,心室の拍動がみられなくなり,心臓が血液を拍出しなくなった状態で,突然死の原因となる最重症の不整脈)によるものと考えられる。そして,急性心臓死をきたすような器質的心疾患の存在を疑わせるものはないから,Aの心室細動発作は,特発性の心室細動,すなわち,素因が心臓にありながら,これが検出できないでいた状態で生じた心室細動(しかも,その一類型であるブルガダ症候群である。ブルガダ症候群は,原因不明の特発性心室細動の一亜型であり,ブルガダ症候群による突然死は,夜間の安静時に多い が検出できないでいた状態で生じた心室細動(しかも,その一類型であるブルガダ症候群である。ブルガダ症候群は,原因不明の特発性心室細動の一亜型であり,ブルガダ症候群による突然死は,夜間の安静時に多い。)と推認される。 3 争点(3)(Aの死亡の業務起因性)について(原告)(1) 疾病の発症原因過労,ストレス,睡眠不足等が誘因となって不整脈は発症するし,慢性疲労,過激な労働,睡眠不足等により心筋梗塞は発症する。 (2) 業務が過重であることア競馬担当記者としてのAの業務は,著しく出張業務が多い,出張時は職務時間が変則的であり,業務内容も,調教取材,カメラ撮影,競馬関係者からの聞き取り取材等多様かつ困難なもので過度の精神的緊張を強いられる,レース予想による緊張感,ベテランの特信部担当者の退職による過重な負担があるなど,苛酷なもので,これにより,Aには,慢性的な過労が蓄積していた。Aが勝田台クリニックにおいて訴えた残尿感は,ストレス関連疾病の一つである膀胱神経症と推測されることなどから,長期出張の負担の過重さとそれに対応したAの疲労を窺わせるものである。 イ本件出張中のAの業務と労働時間は,「業務表」記載のとおりである。本件出張中の業務は,異常に大量の原稿執筆を一人で執筆したこと,原稿内容も,競馬のレース結果,競走馬の調教時の様子,騎手,馬主の動向,レース結果の予想など多様なもので,原稿執筆形式も,文章だけでなく,調教時の追い切りタイムの表,一言コメントなど多様であったこと,別表3のとおり業務内容が他社の3人分以上であったこと,1か月以上に及ぶ長期出張であり,単身のホテル住まいであったこと,単独取材体制であり,量的のみならず,代わりがいないという精神的重圧感という質的な過重な負担があったことから,過重な業務である。なお,Aは,「業務 ぶ長期出張であり,単身のホテル住まいであったこと,単独取材体制であり,量的のみならず,代わりがいないという精神的重圧感という質的な過重な負担があったことから,過重な業務である。なお,Aは,「業務表」のとおり,公休日であるはずの昭和61年7月7日,同月14日にも仕事をしているし,休憩時間中も取材整理,原稿書きなどの業務に従事していた。 死亡前1週間をみても,その業務は「業務表」のとおりであり,北海道での中央競馬会主催のレースの取材,原稿執筆のほか,名馬シンボリルドルフ引退記事の取材,執筆が加わっている(この取材,執筆は,特ダネ中の特ダネであり,Aに対し強い緊張を強いた。)。また,高校野球予選決勝戦の取材は,通常の競馬取材をした上,何時何が起こるか分からない野球の試合を単独でかつカメラ取材を兼務して行うものであるし,この取材に基づく記事の掲載は訴外会社で初めての試みであることからも,過重な業務である。これらからして,死亡前1週間の業務は過重である。 発症日前日(同月24日)も,Aは,疲労が回復しないまま,公開で多数の観客を集めて行われた「札幌3歳ステークスフェア」に出席した上,午後9時30分ころから本件会合に出かけ,翌25日午前1時30分ころまで取材をしている。本件会合に出席し,取材することは,AとE調教師らシンボリルドルフ関係者との信頼関係からして不可避なものであり,取材対象が競馬界の重要人物であるE調教師であることから,緊張を強いられるものであった。 ウ以上のとおり,Aの競馬担当記者としての業務は過酷であり,Aには,これにより日常的慢性的疲労が蓄積しており,また,本件出張中も過重な業務に従事した(発症1週間前の業務は特に過重である。)。 (3) 他原因の不存在Aには,心臓疾患に関係する既往症,基礎疾病,器質的疾患,高血圧症を窺 的疲労が蓄積しており,また,本件出張中も過重な業務に従事した(発症1週間前の業務は特に過重である。)。 (3) 他原因の不存在Aには,心臓疾患に関係する既往症,基礎疾病,器質的疾患,高血圧症を窺わせる資料はなく,飲酒も少なく,過度の喫煙もない。 (4) まとめ以上のとおり,Aに発症した不整脈又は心筋梗塞について,特段の既往症,基礎疾病などの原因が認められず,他方Aの従事した業務がこれらの疾病を発症させるに足りる過重性があること,慢性疲労(過労),睡眠不足,過激な労働がこれらの疾病の発症及び増悪に関係するとの研究成果があり,その機序も合理的に説明できることからして,Aが過重な業務に従事したことによる慢性疲労(過労),睡眠不足,過激な労働とこれらの疾病の発症及び増悪との間に相関関係があるから,Aの急性心不全は,業務に起因したものである。 (被告)(1) 条件関係の不存在特発性心室細動は,遺伝子の異常によるものと考えられ,そのような器質を有する者は業務の有無にかかわらず,いつ何時でも致死的不整脈が発生する可能性がある。特発性心室細動のこのような性質からすれば,Aの死亡と業務との間に条件関係そのものを肯定すること自体困難であるから,Aの死亡について業務起因性を認めることはできない。Aには何らかの素因(遺伝子学的異常)があって,それがたまたま本件出張中に発症したと考えるのが相当である。 (2) 業務の過重性についてア脳・心疾患等に対する現代の医学的知見からすれば,脳・心疾患等の場合について業務起因性を肯定するためには,①当該脳・心疾患等が血管病変等の自然経過を超えて進行増悪し,発症したものであること,②当該業務が通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態である者を基準として特に過重な業務に就労したと認められること又は当 管病変等の自然経過を超えて進行増悪し,発症したものであること,②当該業務が通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態である者を基準として特に過重な業務に就労したと認められること又は当該業務に関連する異常な出来事への遭遇と認められること,③そのことが症状の自然的経過を超えて脳・心疾患等が増悪したことの主な原因となったこと,の3点を充足することが必要である。 なお,第2の3(9)アないしウの通達に係る認定基準(以下,これらを一括して「本件認定基準」という。)は,各疾病についての現在の医学的知見を集約し,業務による負担が発症に対し医学的に相当程度明確に認められる場合を類型化し,業務起因性を肯定する要件を示したもので,十分な合理性を有するから,前記認定基準に該当しない疾病が業務上の事由により発症するということは一般的に考えがたい。 イ競馬担当記者としてのAの業務は,出張業務は出張場所及び期間が予め年間スケジュール表に基づいて6名の競馬担当者が定期的に交代して行うもので,出張パターンはほぼ定型化されているから,特別な業務ではない。また,競馬担当記者は,取材対象,取材内容,取材場所がほぼ特定されていること,記者同士が助け合い,情報交換等協力しながら取材にあたること,1週間の取材時間は特定されていることからして,特別困難性があるとは認められないし,予想が外れても責任問題が生ずるものでもなく,競馬が好きな者が競馬担当記者となっていることからも,精神的にも肉体的にも過重であったとはいえない。 ウ Aの死亡には,異常な出来事はなく,Aは,発症当日は何ら業務に従事していない。 発症前日(昭和61年7月24日)の労働時間は7時間であり,その業務のうち,取材,執筆,送稿は,通常の業務の範囲内であり,「札幌3歳ステークスフェア」への出演も,来客 何ら業務に従事していない。 発症前日(昭和61年7月24日)の労働時間は7時間であり,その業務のうち,取材,執筆,送稿は,通常の業務の範囲内であり,「札幌3歳ステークスフェア」への出演も,来客の前での短時間の出演であるなどからして,過重であったとは認められない。本件会合は,AがE調教師と親しい間柄であったこと,会話,カラオケ,飲酒という内容などからして,むしろ親睦的な意味合いの強いものであったこと,費用も取材対象者とされる側が払っていることから,業務とはいえないし,Aは元気に参加していたから,精神的にも肉体的にも負担になったものとはいえない。 同月18日から同月23日までの業務をみても,同月22日の高校野球の取材以外は通常業務であり,高校野球の取材も,Aには過去に5年間の野球記者としての経験があったから,特別負担となるものではない。この期間の労働時間は,同月23日は所定労働時間内であり,同月22日はそれより1時間多く,同月21日は3時間,同月20日及び同月19日は所定労働時間より各1時間多く,同月18日は所定労働時間内で,平均すると1日7時間50分程度と労基法32条の法定労働時間(8時間)を下回るもので,特に過重なものではなく,日常業務を相当程度超えるものではない。なお,Aが休憩時間中に業務に従事していた事実はなく,その間仮眠をとらなかったからといって,休憩時間の過ごし方は本人の自由裁量であるから,労働時間とはいえない。それ以前の同年6月25日から同月30日にかけての牧場取材や同年7月1日以降の業務は,それまで札幌担当の記者が行ってきた定型的な取材業務であるから,その性質,内容から見て過重とはいえない。 なお,Aの記事執筆量は,「業務表」記載の量よりも少ないもので(同表記載の記事量自体は争わないが,「魅枠の穴馬」部分の記事はAが 型的な取材業務であるから,その性質,内容から見て過重とはいえない。 なお,Aの記事執筆量は,「業務表」記載の量よりも少ないもので(同表記載の記事量自体は争わないが,「魅枠の穴馬」部分の記事はAが執筆したものではない。),B記者とそれほど差がないこと,金・土曜日に執筆するレースの予想原稿は,長年記者をやっていれば流れ作業的にできるもので,執筆に長時間を要しないと考えられること,これを除いた平日の北海道版の同年6月30日から同年7月24日までの記事は1日平均189行強に止まるところ,同版の記事は単に埋まっていればよいという程度のものであったこと,全国版の記事は1日平均45行であること,これらの執筆は所定労働時間内でできる量であること,Aが競馬担当記者として9年の経験を有する熟練記者であること,訴外会社では札幌出張は現在も1名であることから,Aの記事の執筆業務が過重なものであったとはいえない。 (3) 他原因ブルガダ症候群は,環境の変化に対する耐性が弱い者に発生する特発性の心室細動であり,その人の内的な基質に由来するもの(リラックスしたような場合に起こる副交感神経の緊張・亢進が発症に深く関与している。)と理解されている。 Aは神経質な性格で,環境の変化に対する順応性が通常人よりも極度に悪く,初めての札幌出張で土地やホテルに馴染めず,慢性的な睡眠不足に陥っていた。そして,死亡する1週間前ころから食欲不振,血色不良,疲労感といった突然死の前駆症状を訴えるようになっており,軽度の疲労でも特発性心室細動(ブルガダ症候群)を発症する危険性を有していた。 そして,Aは,死亡前日に休養をとってある程度疲労を回復したことから,E調教師らと会合してカラオケを楽しみ,出張業務がそろそろ終了することや家族が明日来訪することの安堵感も加わって副交感神経が亢 そして,Aは,死亡前日に休養をとってある程度疲労を回復したことから,E調教師らと会合してカラオケを楽しみ,出張業務がそろそろ終了することや家族が明日来訪することの安堵感も加わって副交感神経が亢進する中,睡眠中に突然死を起こしたものと解される。 (4) まとめ以上のとおり,Aが従事した業務はいずれも過重であったと評価することはできないものであり,同人は,ブルガダ症候群という素因と極度に神経質な性格から,睡眠中に特発性心室細動を発症したと解するのが相当であって,業務に内在する危険が現実化したものとはいえないから,Aの死亡と同人が従事した業務との間には,相当因果関係はもちろん,条件関係も存在しない。 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)(因果関係の判断のあり方)について(1) 労災保険法の関係規定(同法1条ないし3条,2条の2,7条,12条の8,24条等)からすれば,労災保険法の定める労災補償制度は,使用者が労働者をその指揮監督の下に業務に従事させていることから,その過程において業務に内在する各種の危険に労働者が遭遇することが不可避的であることに鑑み,労働者保護の見地から,使用者の過失の有無にかかわらず,その危険が現実化して疾病等の災害が発生した以上,その災害によって労働者が受けた損害は使用者が負担すべきものであり,使用者に対し労働力の毀損に対する損失てん補を行わせることが衡平にかなうとして,その補償義務を課したものと解される。このような労災保険法の立法目的,労災補償の趣旨からして,労働者に生じた疾病等が業務上の疾病等であるといえるためには,法的にみて業務に内在する危険が現実化したといえるほどの関係,すなわち労災補償を認めるのを相当とする関係がなければならないから,業務と疾病等との間に相当因果関係があることを要すると解するのが相当で 法的にみて業務に内在する危険が現実化したといえるほどの関係,すなわち労災補償を認めるのを相当とする関係がなければならないから,業務と疾病等との間に相当因果関係があることを要すると解するのが相当である。 (2) 以上のとおり,労災保険法上の相当因果関係の有無は,法的にみて業務に内在する危険が現実化したといえるほどの関係があるといえるか否かにより判断されるべきであるから,その判断に当たっては,当該労働者の業務の内容・性質,作業環境,業務に従事した期間等の労働状況,当該労働者の疾病発症前の健康状況,発症の経緯,発症した症状の推移と業務との対応関係,業務以外の当該疾病を発症させる原因の有無及びその程度等の諸般の事情を総合的に判断して,経験則上,業務に内在する危険が現実化したといえるほどの関係があるといえるかにより決するのが相当である。 2 争点2(Aの死因)について(1) 後掲証拠によれば,医学上の知見として,次の事実が認められる。 ア虚血性心疾患虚血性心疾患とは,心筋を流れる血液量が低下して,心臓の動きを維持するための酸素供給が不足し,心筋が変性・壊死に陥る疾患であり,狭心症と心筋梗塞が代表的な疾患であるが,重症不整脈もその疾患の一つである。 虚血性心疾患は,冠動脈のアテローム(粥腫)性動脈硬化を基盤にして起こる疾患である。この動脈硬化の危険因子には様々なものがあるが,最も重要なものとして年令(加齢)があり,性(男性であること)も関連があるが,これに加え,高コレステロール血症(高脂血症),高血圧,喫煙が3大危険因子といわれ,危険因子を多く持つほど虚血性心疾患の発症が増大する。 虚血性心疾患による急性心停止には,原因が明らかな場合(二次性心停止)と原因が不明な場合(一次性心停止)があるが,一次性心停止の大部分は,心筋の虚血又はアノキシ ほど虚血性心疾患の発症が増大する。 虚血性心疾患による急性心停止には,原因が明らかな場合(二次性心停止)と原因が不明な場合(一次性心停止)があるが,一次性心停止の大部分は,心筋の虚血又はアノキシア(酸素不足)状態が心停止の引き金となっている。一次性心停止には,心室細動が約6割と最も多い。 (乙5ないし8,11ないし15,35)イ心筋梗塞心筋梗塞とは,心臓壁冠循環の異常により生じた心筋の壊死をいう。心筋の壊死した部分が大きい場合には,その部分が機能しなくなることによって,全身に血液を循環させる心臓のポンプとしての機能が低下し,すぐに適切な治療を施さないと,死に至る。心筋梗塞の症状としては,激しい胸痛,上半身の痛みなどがあるが,例外的に痛みが出ないこともある。 (乙5,7,8)ウ不整脈不整脈とは,生理的に正常な心臓の調律からはずれた状態をいい,①心臓に器質的,解剖学的異常が存在する場合,②血液電解質の異常,③代謝異常や内分泌異常,④薬物中毒,⑤遺伝性疾患,⑥以上のような異常が認められない場合,の6つの場合があるが,これらの基礎疾患だけでは不整脈が生じない症例でも,誘因(運動,労作,精神的緊張や興奮,疲労,不眠,スポーツにおける過度の訓練,疼痛,起立性低血圧症,排尿,排便,血圧の急激な上昇,喫煙,飲酒,コーヒーやお茶の飲み過ぎなど)が加わることによって,調律異常を来す場合も多い。(乙5,9,10)エ心室細動(ア) 動悸,息切れ,不安感,恐怖感などの症状と異常な電気刺激によって突然脈が速くなる頻拍発作には,心房性期外収縮(期外収縮とは,洞結節以外の場所から電気刺激が発生し,左右の心室にある作業心筋がそれに反応して,心臓が早いタイミングで収縮するために,脈が余分に打ったり,飛んだりするものをいい,心房から電気刺激が出る心房性 は,洞結節以外の場所から電気刺激が発生し,左右の心室にある作業心筋がそれに反応して,心臓が早いタイミングで収縮するために,脈が余分に打ったり,飛んだりするものをいい,心房から電気刺激が出る心房性期外収縮と,心室から電気刺激が出る心室性期外収縮とがある。)から起こる心房頻拍,心房細動や,心室性期外収縮から起こる心室頻拍,心室細動がある。 心室細動は,心臓の拍動が止まって突然死を招く危険な不整脈であり,突然死の原因となる最重症の不整脈である。各種検査などにおいて明らかな異常を認めない状態の心室細動を特発性心室細動という。特発性心室細動は,基礎心疾患の認められない一見健康な若年から中年層の突然死として注目されている。 (イ) 特発性心室細動の中には,形態学的には異常はないが,心臓細胞膜に遺伝子変異に伴う機能異常があり,これが不整脈発作の原因となっている場合もある。 また,特発性心室細動の相当程度は,「洞調律時の心電図にて右足ブロック様変化を伴う持続性のST上昇を右側胸部誘導(V1~V3)に認め,通常の臨床検査にて明らかな器質的心疾患を認めず,QT延長や電解質異常及び薬物服用など致死的不整脈を起こしうる病態が存在しないにもかかわらず,多形性心室頻拍及び心室細動を起こし,失神さらには突然死に至る疾患」と定義されるブルガダ症候群という類型が占めていると考えられている。この症候群は,遺伝子変異の機能異常の一つとされ,他の突然死が交感神経緊張と関わっていると指摘されるのとは対照的に,副交感神経(迷走神経)緊張と密接に関連しているとされており,夜間の安静時に副交感神経が緊張・亢進することから,夜間の突然死(いわゆる「ポックリ病」)を説明するものと考えられている。そして,①特徴的なブルガダ型心電図波形を呈し,②多形性心室頻拍や心室細動及びそれに伴う失 副交感神経が緊張・亢進することから,夜間の突然死(いわゆる「ポックリ病」)を説明するものと考えられている。そして,①特徴的なブルガダ型心電図波形を呈し,②多形性心室頻拍や心室細動及びそれに伴う失神が確認され,③心室細動を起こしうるすべての器質的心疾患及び病態が否定された場合に,ブルガダ症候群と診断される。ブルガダ症候群における突然死は,運転中,夜間自宅,勤務中,夜間睡眠中,起床時,夜間机作業中,興奮して議論,寝不足,過呼吸,仕事中,飲酒後,過労時,入院中に起こっており,疲れ気味とか寝不足と表現される程度の疲労状態で起こることが多い。(乙10,32,36,48ないし50)。 オストレスストレスとは,暑さ寒さなどの物理的負荷,肉体労働,社会的・心理的負担等のストレッサーにより引き起こされる中枢神経系,自律神経系,内分泌の変調をいう。 ストレスと前記アないしエの各疾病との関係については,睡眠不足が長期間持続することにより不整脈を生じやすくする一背景因子となる可能性が考えられるとする研究結果(甲11),精神的(情動)ストレスの関与により不整脈が発生することがあり,長期のストレス持続による心身消耗状態時に不整脈が生じることも考えられ,病的心臓では情動ストレスにより不整脈が起こりやすくなり,ときとして心室頻拍や心室粗細動を引き起こし,急死に至ることすらあるとする見解(甲76),仕事上の心理的圧迫,決定の自由度,サポート体制の状況が精神的ストレスの程度に影響を与えているとの報告(甲77),発病前一週間の精神的ストレスや睡眠減少が突然死に関連するとの研究結果(甲78),突然死症候群に睡眠時間が短いか不規則なものが多いとする研究結果(乙30),突然死例の中に環境の変化に伴う精神的ストレスの多いものが多いとする研究結果(乙32)などがある。他方 研究結果(甲78),突然死症候群に睡眠時間が短いか不規則なものが多いとする研究結果(乙30),突然死例の中に環境の変化に伴う精神的ストレスの多いものが多いとする研究結果(乙32)などがある。他方,心臓急死において過労が大きな役割を果たしていると考えられるが,実態は明らかではないとする見解(甲9),ストレスは,虚血性心疾患の危険因子となり得るが,まだ十分な結論は出されていないとする見解(乙6),身体的活動が活発である場合に虚血性心疾患の発生頻度が低いとの研究結果(乙15),ストレスと突然死の関係を疑問視する見解(乙46)もある。 (2) 後掲証拠によれば,Aの死因ないし死亡と業務との関係についての医師の意見は次のとおりであることが認められる。 アG医師(甲6,7,乙3)Aの札幌出張の1か月間の取材は時間的にもかなりハードであり,疲労,ストレスの蓄積は容易に考えられ,勤務状態により睡眠,食事休養が充分でなく,かなりのストレスがあったものと思われ,これが誘因となり,精神的緊張,過労も加わり,心筋梗塞又は心不全を発症したものと推定される。長期にわたる業務上の肉体的,精神的過労が高度のストレスとして蓄積されたことが原因となって発症し,死亡したもので,一人でこの状況下の業務に従事していたことが発病の原因であり,業務上の死亡である。 イ H医師(甲8)Aは,長期出張による睡眠不足や連続した過重な取材活動を意に介さず業務を続け,心身が過労状態にあったため,死亡数日前から不整脈が頻発していた可能性が高く,死亡当日に心室性期外収縮が頻発し,心室細動に移行して急性心不全で死亡したもので,死亡は業務に起因する。 ウ I医師(甲73,75)Aの急性心不全が急性心筋梗塞症によるものか一次性心停止によるものかは剖検が行われておらず,不明であるが,Aの年 して急性心不全で死亡したもので,死亡は業務に起因する。 ウ I医師(甲73,75)Aの急性心不全が急性心筋梗塞症によるものか一次性心停止によるものかは剖検が行われておらず,不明であるが,Aの年令,体格,死体所見等から心臓性突然死と判断でき,急性心臓死を来すような器質的心疾患の存在を疑わせるものはないことなどから致死的不整脈の可能性が高い。致死的不整脈の多くは心室細動であるから,心室細動発作の生じた可能性が高い。しかし,Aの健康であった心臓に極めて短期間に心臓疾患が発生し,それに心室細動を併発した可能性を否定することはできず,Aには,致死的不整脈の基礎疾患というべき素因,遺伝子レベルの異常,疾病の存在を認める根拠はないから,心室細動が特発性であると断定することはできない。心室細動も誘因があって発症することがある。 心臓突然死については,ストレスが誘因として関与することが推察されており,ストレスによって不整脈が生じ,致死的な不整脈により急死に至ることもある。Aは,従事していた特信部の競馬担当記者の業務による慢性的疲労の蓄積状態にあった上,被災直前の昭和61年6月25日から同年7月25日までの北海道単独出張による過重な業務により極度の心身疲労状態にあったもので,これらが誘因となって心室細動による致死的不整脈を発症させたものと判断される。 エ J医師(乙29の(2),(4))Aは,苦痛のために体を動かしたり,救いを求めたりする余裕のない瞬間死であったと考えられ,致死的不整脈(それがそのまま続けば死に至るような不整脈)では瞬間死となることが多いから,致死的不整脈死であると考えられる。致死的不整脈が突然に起こる場合は,心室細動であることが圧倒的に多いから,心室細動発作によるものとみてよい。 心室細動発症の基礎には,①もともと有していた心臓 ら,致死的不整脈死であると考えられる。致死的不整脈が突然に起こる場合は,心室細動であることが圧倒的に多いから,心室細動発作によるものとみてよい。 心室細動発症の基礎には,①もともと有していた心臓疾患(狭心症,心筋梗塞など)に併発する場合,②健康であった心臓に極めて短い期間に①の病変が発生し,それに併発する場合,③心臓疾患が存在しないと思われていた人に突然起こる場合,の3つの場合(③の場合を特発性心室細動という。)があるが,特発性心室細動の中には,遺伝子レベルの異常が原因となっている場合があり(その一つがブルガダ症候群である。),突然に心室細動発作を起こすことが知られている。 Aには危険因子として喫煙歴がありはするものの,急性心臓死をきたすような器質的心疾患の存在を疑わせるものはないから,この心室細動は,特発性のもの,すなわち,素因が心臓にありながら,これが検出できないでいた状態で生じたものと推測する。 特発性心室細動は,誘因がない状態で発生するのが通例であるが,誘因となるようなものがあれば,発作は起こりやすくなり,過重な負荷は誘因にはなる。 Aにみられたような事故は,日常的な生活の中でしばしば経験される程度の疲労があるときに起こりやすいが,その程度の疲労をもたらしたからといって,事故を業務に由来したとはいいにくく,精神的負荷も含めて業務上過重な負荷があるともいえないから,事故と業務との間に相当因果関係があるとするのは難しい。 (3) 検討ア前記(1),(2)によれば,Aの急性心不全の直接の原因としては,心筋梗塞,重症不整脈が考えられるが,Aの死亡時の状況は,痛みを感じたようにはみえないから(第2の3(4)ク),心筋梗塞の可能性は低く,重症の致死的不整脈と推認するのが相当である。 イ重症不整脈は,心室細動による可能性が高いから, ,Aの死亡時の状況は,痛みを感じたようにはみえないから(第2の3(4)ク),心筋梗塞の可能性は低く,重症の致死的不整脈と推認するのが相当である。 イ重症不整脈は,心室細動による可能性が高いから,この致死的不整脈は心室細動によるものと考えられるが((2)イないしエの各医師の意見),Aには,不整脈発症の基礎と考えられる心臓疾患はなく,危険因子として喫煙があるが,その量も多くはないし,他に特段の危険因子はないこと(第2の3(8)ア,イ),Aの心臓に極めて短い期間に心臓疾患が発生したことを認めるに足りる証拠もないから(I医師の意見((2)ウ)は,単にその可能性を否定できないとするものであるから,採用できない。),この心室細動は,心臓疾患が存在しないと思われていた人に突然起こったもの,すなわち,特発性心室細動であると推認するのが相当である。 ウなお,Aの特発性心室細動がブルガダ症候群であるかどうかについては,Aには,①特徴的なブルガダ型心電図波形を呈した心電図がなく,②多形性心室頻拍や心室細動及びそれに伴う失神も確認されていないし,③心室細動を起こしうるすべての器質的心疾患及び病態が否定されたともいい得ないのであるから,明らかではないといわざるを得ない。 3 争点(3)(Aの死亡の業務起因性)について(1) 特発性心室細動とAの業務との条件関係について特発性心室細動は,各種検査などにおいて明らかな異常を認めない状態の心室細動をいうものにすぎないし(2(1)エ),医学知見上,過労やストレスと重症不整脈との関係を肯定する見解も多くあること(2(1)オ),J医師も過重な負荷は心室細動の誘因となり得るとしていることからすれば(2(2)エ),Aが過労の状態にあったものとすれば,それが誘因となってAに心室細動を引き起こし,致死的不整脈をもたらして急 ),J医師も過重な負荷は心室細動の誘因となり得るとしていることからすれば(2(2)エ),Aが過労の状態にあったものとすれば,それが誘因となってAに心室細動を引き起こし,致死的不整脈をもたらして急性心不全で死亡に至った高度の蓋然性を認めることができるというべきである。 特発性心室細動の中には,ブルガダ症候群など遺伝子レベルの異常が原因な場合もある(2(1)エ)が,Aに遺伝子レベルの異常があったことを認めるに足りる証拠はないから(Aの特発性心室細動がブルガダ症候群であるとはいえないことは,前記2(3)ウのとおりである。),Aに発生した特発性心室細動が遺伝子レベルの異常が原因であるとすることはできない。 したがって,特発性心室細動の場合には,死亡との間の条件関係をそもそも肯定できないとする被告の主張は採用できない。 (2) Aの業務の過重性についてア競馬担当記者としての業務競馬担当記者としてのAの業務は,著しく出張業務が多く,その期間も1か月を超えることが度々あること,出張時は,追い切り調教を取材する時は早朝午前5時ころに起床せざるを得ないなど,職務時間が変則的であるし,注目馬の動向も注視していなければならないこと,取材対象,取材内容,取材場所がほぼ特定されているとはいえ,初対面の人にも取材しなければならないこと,出張時の宿泊先は寮の相部屋かホテルでの長期の一人暮らしであって,自宅とは環境を大いに異にすること(以上,第2の3(2)アないしオ,同(3)イ,ウ)からすると,被告主張の諸点(第3の3(被告)(2)イ)を考慮しても,精神的,肉体的に相当負担のある業務であったというべきである。 イ本件出張中の業務(ア) 本件出張はその予定が33泊34日という長期にわたるもので,Aは,北海道の牧場や札幌競馬を単独で取材していた(第2の3(3 相当負担のある業務であったというべきである。 イ本件出張中の業務(ア) 本件出張はその予定が33泊34日という長期にわたるもので,Aは,北海道の牧場や札幌競馬を単独で取材していた(第2の3(3)イ,ウ)。単独取材は,代わりの者がいないことから,Aには,取材,執筆,送稿を滞らせないための精神的な緊張感があったということができる。また,Aは,札幌競馬の取材中は,一人で写真撮影も兼ねている(同(2)オ)。 (イ) さらに,Aの執筆量については,前記第2の3(5)で認定した量のうち,「魅枠の穴馬」欄部分は,証人Bの証言に照らし,Aが執筆したと認めるに足りないが,これを控除しても,甲13ないし38(枝番を含む。)によれば,前記第2の3(6)イ認定の他社の記者の執筆量に比べ圧倒的に多いことが認められ,その内容も,前掲証拠によって窺われるように,競馬のレース結果,競走馬の調教時の様子,騎手,馬主の動向,レース結果の予想など多種多様である。 これらのことは,他社の記者の出張期間や取材等に当たる人数,執筆量に比べ,Aが相当負担のある業務に従事していたと認めるに足りるものである。 なお,原告は,Aは,昭和61年6月30日にはγに取材に赴いたと主張するところ,甲14の(2)の記事からはそのようにも窺うことができるが,証人Bの証言によれば,電話取材の可能性もあり,その主張のとおりの時間労働していたと認めることはできない。また,原告は,Aが公休日である同年7月7日及び同月14日も「業務表」のとおり仕事をしていたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。 (ウ) Aは,昭和61年7月20日にはシンボリルドルフ引退の特ダネを執筆している(第2の3(4)ウ)。この記事の執筆に当たり,Aには,特ダネであることから,他社に気づかれてはならないとする精神的緊張感も Aは,昭和61年7月20日にはシンボリルドルフ引退の特ダネを執筆している(第2の3(4)ウ)。この記事の執筆に当たり,Aには,特ダネであることから,他社に気づかれてはならないとする精神的緊張感も一定程度あったと考えられるが,それ以上に,力の入った記事にしなければならないとの精神的緊張感もあったと考えられ,このことは甲33の(2)の同記事の内容からも裏付けられる。 また,Aは,死亡3日前の同月22日には,早朝より取材した後,仮眠をとらないまま,約4時間にわたり高校野球の取材をし,執筆,送稿しているが(第2の3(4)オ),過去に5年間の野球担当記者としての経験がある(同(1))とはいえ,本来の競馬取材,執筆,送稿とは異なるのであるから,その精神的,肉体的負担があったものと認められる。 さらに,死亡前日の同月24日には,公開の「札幌3歳ステークスフェア」に出演しており(同(4)キ),これは通常の取材,執筆とは異なり,多数の観客の面前で発言するのであるから,一時的とはいえ,精神的な負担はあったと認められる。なお,死亡前日から当日にかけての本件会合(同(4)キ)は,シンボリルドルフの担当調教師であるE調教師らとの会合であるから,業務性が全くないとはいえないが,その形態は,飲酒・カラオケを伴うものであり,費用もAが負担したわけではないから,通常の業務と同一視することはできず,しかもその際Aは元気であったから,本件会合がAにとって負担であったとはいえない。 (エ) 昭和61年7月18日から同月24日(死亡前日から1週間)までのAの出・退勤時刻等は,前記第2の3(4)のとおりであり,Aの勤務条件(第2の3(7))に照らし,この間の実労働時間は,同月24日は約7時間30分(本件会合を含まないで計算する。),同月23日は9時間30分,同月22日は11 第2の3(4)のとおりであり,Aの勤務条件(第2の3(7))に照らし,この間の実労働時間は,同月24日は約7時間30分(本件会合を含まないで計算する。),同月23日は9時間30分,同月22日は11時間,同月21日は3時間,同月20日は8時間30分,同月19日は6時間30分,同月18日は5時間30分で,平均すると1日7時間20分強である。 原告は,この間,Aは,休憩時間中や夕食後も,取材整理,原稿書きなどの業務に従事していたとしてその具体的時間数を主張するところ,具体的時間数については,これを認めるに足りる証拠はないが,しかし,前記(イ)認定のこの間のAの記事執筆量や,Aはホテルの室内で原稿を執筆していたとの証人Cの証言からすれば,Aは,前記労働時間を相当程度上回る時間,記事の執筆等の業務に従事していたものと推認することができる。 (オ) Aが,死亡直前に疲労していたことは,昭和61年7月20日の夕食の際,ほとんど料理を口にしなかったこと,同月23日の夕食の際も食が進まず,疲れを訴えて先ににホテルに帰ったこと,死亡する1週間前ころからしきりに「疲れた」と口にしていたこと(以上は,第2の3(4)ウ,カの事実及び甲66,乙23ないし25,証人Cの証言によって認める。)からも推認することができる。 (カ) 被告は,発症前1週間のAの業務は過重ではない旨主張する。 しかし,通常の競馬取材,執筆,送稿業務それ自体及びそれに加えてされた,昭和61年7月24日の「札幌3歳ステークスフェア」への出席や同月22日の高校野球の取材がAに精神的,身体的負担を与えたことは前記(ウ)のとおりであるし,Aの労働時間が相当長時間にわたっていたと推認できることは前記(エ)のとおりである。 被告は,第1回札幌競馬に出張したB記者の執筆量とAの執筆量にさほど差がなく, とは前記(ウ)のとおりであるし,Aの労働時間が相当長時間にわたっていたと推認できることは前記(エ)のとおりである。 被告は,第1回札幌競馬に出張したB記者の執筆量とAの執筆量にさほど差がなく,また,訴外会社では現在も札幌競馬への出張は一人の記者が行っているなどとして,Aの業務が過重とはいえないとも主張するが,これらの事実があるからといって,業務の負担は客観的に判断すべきであるから,そのことからAの負担が重くないとは到底いえない。乙28,証人Bの証言のように,レースの予想原稿は,長年記者をやっていれば流れ作業的にでき,北海道版の記事は単に埋まっていればよいという程度であったとしても,それが記事として掲載される以上,その執筆には一定の負担が伴うと考えられるから,これらを除外してAの執筆量の負担を論じるのが相当ともいえない。 (3) 他原因についてAには,心臓疾患に関係する既往症,基礎疾病,器質的疾患等を窺わせる資料はなく,虚血性心疾患の危険因子の一つとされる飲酒,喫煙については,飲酒量は少なく,喫煙も過度とまではいえない(第2の3(8))。 また,Aは几帳面な性格であったことが認められるが,環境の変化に対する順応性が通常人よりも極度に悪いとか,初めての札幌出張で土地やホテルに馴染めず,慢性的な睡眠不足に陥っていたことを認めるに足りる証拠はない(枕が変わると寝られないということは,通常人に希有な特徴とは必ずしもいい得ないし,仮眠を取らなかったからといって,土地やホテルに馴染めないとか,慢性的に睡眠不足であったということもできない。)。 (4) 以上検討したAの業務の内容・性質,作業環境,労働状況,Aの急性心不全発症前の健康状況,発症の経緯,発症した症状の推移と業務との対応関係,業務以外の当該疾病を発症させる原因の有無及びその程度等の諸 以上検討したAの業務の内容・性質,作業環境,労働状況,Aの急性心不全発症前の健康状況,発症の経緯,発症した症状の推移と業務との対応関係,業務以外の当該疾病を発症させる原因の有無及びその程度等の諸般の事情を総合すると,Aの急性心不全の直接の原因と推認される特発性心室細動は,仮にAの心臓に何らかの素因があったとしてもその自然的経過を超えて進行増悪して発症したものであり,Aの過重な業務が誘因となって発症したもので,Aの死亡と業務との間には,経験則上,業務に内在する危険が現実化したものとして,相当因果関係があるものと認めるのが相当である。 なお,不整脈による突然死等は本件認定基準の対象とする虚血性心疾患の一つとされているし(第2の3(9)ウ),前記(2)で検討したところによれば,Aの発症前1週間以内の業務は日常業務を相当程度超えていると認めることができ,また,それより前の業務も過重であったということができるから,Aの死亡の業務起因性については,本件認定基準に照らしても,肯定することができる。 4 結論以上によれば,Aの死亡は,Aの従事した業務に起因するものというべきであるから,これを業務上の死亡と認めなかった本件処分は違法である。 よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第19部裁判長裁判官山口幸雄裁判官木納敏和裁判官鈴木拓児
▼ クリックして全文を表示