- 1 -平成31年2月20日判決言渡平成29年(行ウ)第584号運転免許取消処分取消請求事件主文 1 東京都公安委員会が平成29年4月7日付けで原告に対してした運転免許取消処分を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事実 及び理由第1 請求主文と同旨第2 事案の概要 本件は,原告が,自動車を運転中,自動二輪車に衝突し,同車両の運転者を負傷させる交通事故を起こし,現場から立ち去ったことに関し,東京都公安委員会から道路交通法(以下「法」という。)72条1項前段の救護義務違反があったとして,法103条2項4号の規定に基づき,運転免許を取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたことにつき,原告に救護義務違反 はなく,本件処分は違法であるとして,本件処分の取消しを求める事案である。 1 関係法令等の定め(1) 救護義務法72条1項前段は,交通事故があったときは,当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員は,直ちに車両等の運転を停止して,負傷者を救 護し,道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない旨を定める。 (2) 救護義務違反による運転免許の取消し法103条2項4号は,運転免許を受けた者が自動車等の運転に関し法117条の違反行為をしたとき,すなわち,当該自動車等の交通による人の死 傷があった場合において,法72条1項前段の規定に違反したときは,公安- 2 -委員会は,その者の運転免許を取り消すことができる旨を定める。 2 前提事実(掲記の証拠により容易に認められる事実。証拠の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)(1) 当事者等原告(昭和22年▲月▲日生)は,東京都公安委員会から運転免 定める。 2 前提事実(掲記の証拠により容易に認められる事実。証拠の掲記のない事実は,当事者間に争いがない。)(1) 当事者等原告(昭和22年▲月▲日生)は,東京都公安委員会から運転免許(大型 自動二輪車・中型自動車第二種・中型自動車)を受け,個人タクシーの業務を行っていた者である。 (2) 本件交通事故の概要等ア原告は,平成28年6月21日,普通自動車(登録番号(省略)。以下「本件車両」という。)を運転して,春日通りを池袋方面から茗荷谷駅方 面へ進行していたところ,同日午後9時37分頃,東京都文京区(住所省略)の路上において,前方を進行していたAが運転する普通自動二輪車(以下「相手方車両」という。)に本件車両を接触させる事故(以下「第1事故」という。)を起こした(乙9の3,乙10,14)。 イ原告は,本件車両を運転して第1事故現場から立ち去り,不忍通り(以 下「本件道路」という。)を千石方面から護国寺方面に向けて進行し,同日午後9時40分頃,東京都文京区(住所省略)の信号機により交通整理が行われている交差点(以下「本件交差点」という。)を千石方面から茗荷谷駅方面に左折しようとしたが,本件交差点の出口に設置された横断歩道の手前で左折中の車両を認めたため,同車両を右側方から追い越して左 折しようとしたところ,折から,本件車両を第1事故現場から追跡して本件交差点に至り,本件車両の右後方から進行して本件車両の前方で停止した相手方車両に本件車両を衝突させ,相手方車両を運転していたAに全治約1週間の見込みの腰部挫傷,左膝挫傷,頚椎捻挫及び左大腿打撲の傷害を負わせる交通事故(以下「本件交通事故」という。)を起こした(乙8, 10)。 - 3 -原告は,本件交通事故後,本件車両 込みの腰部挫傷,左膝挫傷,頚椎捻挫及び左大腿打撲の傷害を負わせる交通事故(以下「本件交通事故」という。)を起こした(乙8, 10)。 - 3 -原告は,本件交通事故後,本件車両を降りることなく,本件車両を運転して本件交通事故現場から立ち去った。 ウその後,原告は,同日午後9時55分頃,警視庁大塚警察署を訪れ,本件交通事故を起こしたことを申告した。 (3) 不起訴処分等 ア原告は,平成28年12月20日,本件交通事故に係る過失運転致傷,道路交通法違反被疑事件について,不起訴(起訴猶予)処分を受けた(甲7,乙1)。 イ原告とAとの間において,平成29年2月8日,本件交通事故について,示談が成立した(甲8)。 (4) 本件処分等東京都公安委員会は,平成29年4月7日,原告に対し,本件交通事故に係る救護義務違反を理由として,法103条2項4号の規定に基づき,運転免許を取り消す旨の処分(本件処分)をするとともに,運転免許を受けることができない期間を同日から3年間と指定した。 (5) 審査請求及び本件訴えの提起ア原告は,平成29年5月11日,東京都公安委員会に対し,本件処分の取消しを求める審査請求をしたが,同委員会は,同年11月24日付けで,同審査請求を棄却する旨の裁決をした。 イ原告は,平成29年12月25日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。 3 争点及び争点に関する当事者の主張本件の争点は,本件交通事故に係る救護義務違反の成否である。 (1) 被告の主張ア本件車両が,約10㎞毎時の速度で,Aがまたがっていた相手方車両の左側面に衝突し,Aが本件車両のボンネットの方に背面から倒れ込んだな どの本件交通事故の状況からすると,通常の運転者で 張ア本件車両が,約10㎞毎時の速度で,Aがまたがっていた相手方車両の左側面に衝突し,Aが本件車両のボンネットの方に背面から倒れ込んだな どの本件交通事故の状況からすると,通常の運転者であれば,本件車両の- 4 -前部がAの左足部を直撃した可能性が高いと考えるのが自然であるし,Aは相当程度の衝撃を受け,上半身の捻挫などの傷害が生じた可能性も疑わなければならない状況であった。また,原告は,平成28年7月1日の本件交通事故に係る取調べ(以下「本件取調べ」という。)において,「バイクの運転手が怪我をしていると思いました」と供述していた。これらの事 情によれば,原告は,本件交通事故が発生した時点において,Aが負傷していることについて,少なくとも未必的に認識していた。それにもかかわらず,原告は,本件車両を停止させることなく,本件車両を右後方に後退させ,本件車両を急発進させてその場を立ち去ったものであり,救護義務違反が成立する。 イ原告は,原告が本件交通事故後に逃走したのは,やむを得ずにした緊急避難的行為であった旨主張するが,理由がない。 すなわち,第1事故の際のAからの暴行についての原告の供述は変遷があり信用することはできず,Aから原告が主張するような暴行を受けたことを認めることはできない。また,原告は,本件交通事故後,Aが本 件車両の方に向かってくる前に,本件車両の後退を開始しているから,原告の主張は客観的状況に反している。仮に,第1事故の際にAが本件車両の運転席側のドアガラスをたたくなどの行為に及んでいたとしても,その行為は素手で,本件車両に接触痕が残らない程度のものであり,本件交通事故後も原告がドアガラスを開放することなく,本件車両内にと どまっていたことからすれば,本件交通事故の直後, としても,その行為は素手で,本件車両に接触痕が残らない程度のものであり,本件交通事故後も原告がドアガラスを開放することなく,本件車両内にと どまっていたことからすれば,本件交通事故の直後,Aが本件車両の運転席の方に向かってきたという事情をもって,原告の身体への危険が現実化した状態に至っていたとはいえない。また,原告は,本件交通事故の現場において,110番通報及び119番通報をするなどの措置を講じることが不可能であったとはいえず,原告の逃走行為について,「当該 避難行為をする以外には他に方法がなく,かかる行為に出たことが条理- 5 -上肯定し得る場合」(最高裁昭和24年5月18日大法廷判決・刑集3巻6号772頁参照)に該当しない。 よって,原告の救護義務違反につき,緊急避難は成立しない。 ウ本件交通事故に係る原告についての被疑事件が不起訴処分となっており,原告とAとの間で示談が成立していたとしても,行政処分と刑事処分は, その性質,目的,主体等を異にする別個独立のものであって,行政庁は刑事処分の結果に拘束されることなく,独自の立場と責任において行政処分を行うことができるから,刑事処分の処分結果や示談状況によって,本件処分の当否が左右されるものではない。 (2) 原告の主張 ア原告は,本件交通事故当時,本件車両がAの左足に衝突していないと認識していたこと,原告が衝突の直前にブレーキをかけていることから,衝突時はそれほどスピードが出ておらず,A自身も倒れていないこと,Aは身体が大きく,若くて頑丈そうであったこと,本件車両のドライブレコーダーの映像からもAが負傷している様子は全くうかがえないこと, 本件交通事故後,Aが血相を変えて,すぐに原告に暴力を振るうように向かっ く,若くて頑丈そうであったこと,本件車両のドライブレコーダーの映像からもAが負傷している様子は全くうかがえないこと, 本件交通事故後,Aが血相を変えて,すぐに原告に暴力を振るうように向かってきたものであることから,原告にはAが負傷しているとの認識は未必的にもなかった。 本件取調べの供述調書(乙9の1)には,「バイクの運転手が怪我をしていると思いました」と記載されているが,原告はそのような発言をした ことはなく,同部分の読み聞かせも受けていないから,同調書は原告が述べたことを正確に記載したものではない。 イ原告は,第1事故でAから暴行を受け,その後,Aから執拗に追いかけられ,同人の乱暴な運転により本件交通事故が発生していることから,Aに相当の恐怖心を抱いていた。そのような中,本件交通事故後,Aが 本件車両に向かってきたため,原告はAからの暴行を避けるため,やむ- 6 -を得ず逃走したものであり,その場にとどまって警察等に通報するなどの措置を講じることは不可能であった。このような原告の逃走行為は,Aから暴行を受けるのを防ぐための緊急避難的行為であり,原告が本件交通事故現場から離れた行為に違法性はなく,救護義務違反行為には該当しない。 ウ本件交通事故の原因はAの無謀運転,安全運転義務違反に基づくものであり,本件交通事故においては,Aについて事故による命の危険や負傷の回復の遅れの危険も全く生じるものではなかった。他方,原告が本件交通事故現場を離れたのは,Aから暴行を受ける恐怖から逃れるためであり,実際,Aからの暴行の危険性がなくなった時点で,警察に連絡している。 このような事情からすれば,原告の行為は,基礎点数が35点と高く設定されている救護義務違反に該当するような悪質性はない。 第3 ,Aからの暴行の危険性がなくなった時点で,警察に連絡している。 このような事情からすれば,原告の行為は,基礎点数が35点と高く設定されている救護義務違反に該当するような悪質性はない。 第3 当裁判所の判断 1 前記前提事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。 (1) 本件道路,本件交差点等の状況本件道路は,東(千石方面)から西(護国寺方面)にほぼ直線に伸びる片側2車線の道路であり,中央線側の第2車線の幅員が3.3m,歩道側の第1車線の幅員が3.1m,外側線の幅員が1.6mである。本件道路においては道路標識等により,最高速度は40㎞毎時と指定されている。 本件道路は,本件交差点において南北に伸びる道路と交差しており,本件交差点から南(茗荷谷駅方面)へ向かう車線(片側)の幅員は6.0mである。(以上,乙3)(2) 第1事故の状況等ア原告は,第1事故当時,本件車両を運転し,春日通りを池袋方面から茗 荷谷駅方面に向かって進行し,その後方を相手方車両が進行していたとこ- 7 -ろ,(住所省略)で進行方向の道路左側に駐車車両があったため,相手方車両が通り抜けるスペースがなくなり,本件車両と相手方車両が接触しそうになった。Aは,原告から幅寄せされたと感じ,原告の顔を見ようとして本件車両を左側方から追い抜いた。その後,原告は,前方の信号が赤色であったため,相手方車両の右後方を減速しながら進んでいたが,相手方 車両が停止した際,ブレーキが間に合わず,本件車両の前方左側バンパー部分が相手方車両の右後方のマフラー部分に接触した(第1事故)。(甲6の1,6の2,6の17,乙9の1,9の3,乙10,12~14,原告本人)イ原告が道路脇に停止した相手方車 前方左側バンパー部分が相手方車両の右後方のマフラー部分に接触した(第1事故)。(甲6の1,6の2,6の17,乙9の1,9の3,乙10,12~14,原告本人)イ原告が道路脇に停止した相手方車両の後方に本件車両を停止させると, Aが本件車両の運転席側に駆け寄り,何か言いながら運転席側のドアミラーをたたき,運転席側のドアガラスを何度か強くたたいた。その際,ドアミラーはボンネット側に傾き,その鏡の部分が外れ,鏡がワイヤーでつるされた状態となった。(乙9の1,原告本人)ウ原告は,本件車両のエンジンをかけて一旦後退させた後,前進させてそ の場から逃げ出し,Aは原告を追跡した(乙9の1,乙10,原告本人)。 (3) 本件交通事故の状況等ア原告は,路地裏に入ったり,転回したりを繰り返しながら逃走したが,Aは本件車両の追跡を続けた。そして,原告は,本件道路の第1車線を進行して本件交差点に差し掛かり,左折を開始して本件車両の方向を左に向 けたが,前方に停止中の左折車両があったため,同車両の右側方から追い越して左折しようと,ハンドルを右に切って,本件車両の方向を変換して進行した。(甲6の3,6の4,6の17,乙8,9の1,原告本人)イ Aは,本件車両の前に左折中の車両があったことから本件車両は左折できないと考え,本件車両を停止させようとして本件車両を第2車線側から 追い抜き,その進路上に相手方車両を停止させた。原告は,急ブレーキを- 8 -かけたが間に合わず,本件交差点の第1車線上の地点において,5~10㎞毎時の速度で,Aがまたがっていた相手方車両の左側面に本件車両の前部を衝突させた(本件交通事故)。衝突の衝撃により,相手方車両は倒れたが,Aは,体が左に揺れたものの転倒することはなかった。(甲6の5 時の速度で,Aがまたがっていた相手方車両の左側面に本件車両の前部を衝突させた(本件交通事故)。衝突の衝撃により,相手方車両は倒れたが,Aは,体が左に揺れたものの転倒することはなかった。(甲6の5~6の11,6の17,乙8,9の1,乙10~14,原告本人) ウ Aは,本件交通事故後,すぐに本件車両の方に走り寄っていった。原告は,本件車両を右後方に後退させた際,Aが本件車両の運転席に向かってくるのが見えたため,それから本件車両を前進させて,現場から離れた。 (甲6の10~6の17,乙9の1,乙14,原告本人)エ本件交通事故により,相手方車両の左後部に擦過痕が生じ,本件車両の 前部に擦過痕が生じた。Aは,救急車で病院に運ばれた。(乙2,10,12,13)(4) その他の関連する事情ア Aは,第1事故及び本件交通事故当時,ヘルメットをかぶっておらず,原告において,Aが若い男性であることを認識することができた(甲6 の1,6の2,6の5~6の17,乙14)。 イ原告は,本件交通事故現場から約2㎞離れた東京都文京区(住所省略)で本件車両を停止させ,東京都個人タクシー協同組合北支部の役員に本件交通事故の報告をした(乙9の1,原告本人)。 ウ本件取調べにおいて,原告が「バイクの運転手が怪我をしていると思い ました」と供述した旨の供述調書が作成された。同供述調書が作成された際,原告は,警察官からその内容の読み聞かせを受けていた。(乙9の1,原告本人)(5) 事実認定の補足説明当裁判所は,上記のとおり,第1事故の際にAが本件車両の運転席側のド アミラーをたたき,運転席側のドアガラスを何度か強くたたいたこと,その- 9 -際,ドアミラーの鏡の部分が外れたことを認定したが,被告は のとおり,第1事故の際にAが本件車両の運転席側のド アミラーをたたき,運転席側のドアガラスを何度か強くたたいたこと,その- 9 -際,ドアミラーの鏡の部分が外れたことを認定したが,被告は,Aがこのような暴行を行ったことを認めるに足りる証拠はなく,特にドアミラーの鏡が外れた点について,原告は本件訴訟の本人尋問まで明らかにしたことはなく,その尋問においても,主尋問では「ミラーは中身がぽろんぽろんしながらバックして逃げたんです」と供述していたのを,反対尋問では「本郷通りの手 前まで行きまして(中略)あれと思って降りていったらぷらんぷらんしてたんです」と認識時期を変遷させるなど,信用することができないから,第1事故の際にAが原告が主張するような暴行に及んだ事実を認定することはできない旨主張する。 この点につき,Aは,第1事故の際ではなく,本件交通事故後に本件車両 のドアミラーに手をかけ,運転席側のドアのどこかをたたいた旨供述しているところ(乙10),どちらの事故の際の出来事であったかは認識に違いがあるものの,これらの行為の内容自体は原告の供述とおおむね一致するものである。そして,本件車両のドライブレコーダーの映像(甲6の10~6の17)から認められる本件交通事故後の状況からすると,Aは事故直後,本 件車両に向かってきてはいるものの,原告はすぐに本件車両を後退させ,左折進行を開始して逃走していることが認められ,Aが供述するような行為を本件交通事故後に行ったとは認め難い(この点については被告も特に争っていないものと解される。)。一方,原告は,本件取調べの段階から,第1事故の際にAから運転席側のドアミラーをたたかれてボンネット側に曲げられ, 運転席側のドアガラスをたたかれた旨供述し(乙9の1),その後も一貫して )。一方,原告は,本件取調べの段階から,第1事故の際にAから運転席側のドアミラーをたたかれてボンネット側に曲げられ, 運転席側のドアガラスをたたかれた旨供述し(乙9の1),その後も一貫して主張していることからすれば,この点に関する原告の供述は信用することができ,これらの行為が第1事故の際に行われたと認定することができる。 ドアミラーの鏡が外れた点については,原告本人尋問における供述内容はそれまでのドアミラーがたたかれたという供述と矛盾するものではなく,不 自然な点もみられない。また,本件取調べの調書に記載されていない点につ- 10 -いては,そのような詳細な事実関係にまで取調官と原告との問答が及ばなかったことの結果にすぎないと解することが可能である。被告は,原告の認識時期に関する供述に変遷がある旨主張するが,主尋問での供述は客観的な状況を述べたもの,反対尋問での供述は具体的な状況を原告が認識した時期を述べたものと解することが可能であり,その間に供述の変遷があるとはいえ ず,原告は本人尋問を通して第1事故の際にドアミラーの鏡が外れた旨を供述していることが明らかである。したがって,この点に関する原告の供述も信用することができ,上記認定を左右するものではない。 2 救護義務違反の成否について(1) 負傷の認識の有無について 法72条1項前段は,交通事故があったときは,当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員は,直ちに車両等の運転を停止して,負傷者を救護し,道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない旨規定し,法103条2項4号は,運転免許を受けた自動車等の運転者が,当該自動車等の交通による人の死傷があった場合において,法72条1項前段 の規定に違反したときは,公安委員会は,そ ならない旨規定し,法103条2項4号は,運転免許を受けた自動車等の運転者が,当該自動車等の交通による人の死傷があった場合において,法72条1項前段 の規定に違反したときは,公安委員会は,その者の運転免許を取り消すことができる旨規定しているところ,運転免許を受けた自動車等の運転者が上記負傷者救護の措置義務に違反するものとして法103条2項4号の規定により運転免許の取消処分を受けるのは,救護の措置の対象となるべき人の死傷の事実が発生し,しかも運転者がこの事実を未必的にせよ認識した場合に限 られるものと解するのが相当である(最高裁昭和40年10月27日大法廷判決・刑集19巻7号773頁参照)。 前記事実関係によれば,相手方車両は自動二輪車であり,本件車両は相手方車両にまたがっていたAの左足付近に衝突したこと,本件交通事故により,Aは転倒しなかったものの,相手方車両が転倒したこと,本件車両及び相手 方車両に傷が付くほどの衝突であったこと,原告は,本件取調べにおいて- 11 -「バイクの運転手が怪我をしていると思いました」と供述していたこと(原告は供述調書の読み聞かせを受けたこと自体は認めており,供述調書の当該供述部分の2行下に原告の署名及び指印があること(乙9の1)からすると,原告は自己の上記供述内容に誤りがないことを確認していたと認めるのが相当である。)が認められる。 上記のような本件交通事故の態様,本件車両と相手方車両との衝突の程度,原告の供述等を踏まえれば,原告は,本件交通事故が相当の衝撃を伴うものであり,相手方車両が自動二輪車であり,Aの左足付近に本件車両が衝突したことを認識したことから,本件交通事故により,Aがその身体のいずれかの部分を負傷した可能性があると認識していたものと認められる。もっとも, 方車両が自動二輪車であり,Aの左足付近に本件車両が衝突したことを認識したことから,本件交通事故により,Aがその身体のいずれかの部分を負傷した可能性があると認識していたものと認められる。もっとも, 本件交通事故直後にAが本件車両の運転席に向かってきたという事実があるため,原告において,Aが重傷を負ったとの認識は持ち得なかったものと解されるが,Aが軽傷を負った可能性があるとの認識を原告が持ったであろうことは否定し難いところである。 したがって,原告には,Aが負傷したことについての未必的な認識があっ たことが認められ,負傷者救護の措置義務違反の主観的要件に欠けるところはないというべきである。 これに対し,原告は,本件交通事故当時,本件車両がAの左足に衝突していないと認識していたことなどから,原告にはAが負傷しているとの認識は未必的にもなかった旨を主張するが,上記説示のとおりであり,採用できな い。 (2) 救護義務違反の成否について車両等の運転者が,人身事故を発生させたときは,直ちに当該車両等の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ,全く負傷していないことが明らかであるとか,負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けること を拒絶した等の場合を除き,少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を- 12 -受けさせる等の措置は講じるべきであり,この措置をとらずに,運転者自身の判断で,負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るようなことは許されないものと解される(最高裁昭和45年4月10日第二小法廷判決・刑集24巻4号132頁参照)。 前記事実関係によれば,原告は,本件交通事故後,本件車両を停止させる ことなく立ち去ったものであり,直ちに本件車両の運転を停止し十分にAの 10日第二小法廷判決・刑集24巻4号132頁参照)。 前記事実関係によれば,原告は,本件交通事故後,本件車両を停止させる ことなく立ち去ったものであり,直ちに本件車両の運転を停止し十分にAの受傷の有無程度を確かめたとはいえない。 しかしながら,前記事実関係によれば,第1事故後,Aは,本件車両の運転席側に駆け寄り,何か言いながら運転席側のドアミラーをたたき,運転席側のドアガラスを何度か強くたたいたこと,そのためドアミラーの鏡の部分 が外れたこと,Aは,原告が第1事故後に逃走すると執拗に追跡したこと,本件交通事故後もAは本件車両の運転席に向かって走り寄ってきたことが認められる。このような第1事故の際のAの暴行,Aの執拗な追跡,本件交通事故後のAの行動等によれば,Aは,本件交通事故による負傷にもかかわらず,原告による救護を望むどころか,かえって本件車両又はその運転者であ る原告に危害を加えようとしていたことが見て取れるのであり,このような場合には,軽傷の被害者が医師の診療を拒絶した等の場合に準じて,原告のAに対する救護の措置義務は解除されるに至ったと解するのが相当である。 したがって,上記のとおり,Aに対する救護の措置義務が解除された状況下において,原告が本件車両や自己の身の安全を考慮して本件交通事故現場 を立ち去った行為は,負傷者救護の措置義務違反を構成しないというべきである。当該行為が緊急避難的行為であったとの原告の主張は,この趣旨をいうものとして理由がある。 これに対し,被告は,原告が本件車両内にとどまったまま,あるいは,本件交差点付近に本件車両を移動させた上,当時所持していた携帯電話で11 0番通報や119番通報をするなどして救護の措置を講じることが現実的に- 13 -不可能ではなかった旨主張 るいは,本件交差点付近に本件車両を移動させた上,当時所持していた携帯電話で11 0番通報や119番通報をするなどして救護の措置を講じることが現実的に- 13 -不可能ではなかった旨主張するが,これらの主張は,原告のAに対する救護の措置義務が解除されていなかったことを前提とするものであり,採用できない。 なお,本件交通事故に際し,以上の負傷者救護の措置義務に加えて,道路における危険の防止等の法72条1項前段所定のその他の措置義務が原告に 生じていたことをうかがわせる事情は認められない。 3 本件処分の適法性について(1) 以上のとおり,原告に救護義務違反は認められないから,同義務違反があったことを理由として法103条2項4号の規定に基づいてされた本件処分は,違法な処分であり取消しを免れない。 (2) なお,本件交通事故の発生につき,前記事実関係によれば,原告は,本件交差点において左折進行を開始した際,前方の車両の右側方を通過しようとしてハンドルを右に切って方向変換をしたことが認められるから,右後方から進行してくる車両に対し,十分に注意を払う必要があったというべきであり,それにもかかわらず,右前方ないし右後方に対する安全確認が不十分 なまま,漫然とハンドルを右に切って本件車両を進行させた原告の行為は,法70条所定の安全運転義務に違反したものであったといわざるを得ず,また,Aが本件車両を停止させようとして相手方車両を本件車両の進行方向に停止させた行為が本件交通事故の発生に影響していることは否定できないにせよ,原告において上記安全確認を行っていれば,少なくとも相手方車両の 存在を確認することができ,本件交通事故を回避できたというべきであって,原告の安全運転義務違反と本件交通事故との間には,相 せよ,原告において上記安全確認を行っていれば,少なくとも相手方車両の 存在を確認することができ,本件交通事故を回避できたというべきであって,原告の安全運転義務違反と本件交通事故との間には,相当因果関係が認められるというべきである。 しかしながら,原告の当該安全運転義務違反行為に付する点数は,基礎点数2点に,傷害事故のうち治療期間が「15日未満であるもの」で,「交通 事故が専ら当該違反行為をした者の不注意によって発生したものである場- 14 -合」以外の場合における付加点数2点を加えた合計4点であるところ(道路交通法施行令別表第2の1,3),原告には前歴がなく,当該安全運転義務違反行為に係る累積点数も4点であること(甲1。本件処分に係る累積点数とされる39点から救護義務違反行為に付する点数35点(同令別表第2の2)を除くと4点となる。)から,当該安全運転義務違反を理由として法1 03条1項5号,同令38条5項1号イ,別表第3の1の規定に基づき運転免許の取消処分をすることは許されない。 4 結論よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第3部 裁判長裁判官古田孝夫 裁判官中野晴行 裁判官古屋勇児
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