主文 被告人を懲役12年に処する。 未決勾留日数中280日をその刑に算入する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,第1大阪市a区bc丁目d番e号メゾン甲f号室被告人方で,A及びその次女であるB(当時9歳)とともに居住していたものであり,平成21年3月中旬ころ以降,Aとともに,同児に対し,殴打して,必要十分な食事を与えず,寝具もなしに台所等で寝かせるなどの虐待を加えていたものであるところ,同月末ころには,同児が極度に衰弱し,身動きも不自由な状態になったのを認めたのであるから,その生存を確保するため,医師の診察などの医療措置を受けさせるなどの保護を加えるべき責任があったにもかかわらず,被告人及びAが同児に上記の虐待を加えていたことが発覚するのをおそれたことなどにより,Aと共謀の上,そのころ以降,同児に医師の診察などの医療措置を受けさせず,わずかな飲食物を与えるのみで,同室の玄関土間あるいは同室のベランダにおいて,寝具を用いずに就寝させるなどし,よって,同年4月5日午後3時過ぎころ,同室のベランダにおいて,同児を衰弱により死亡させ第2A及びCと共謀の上,同月6日午後10時40分ころ,前記Bの死体を,前記被告人方から毛布にくるんで運び出し,普通乗用自動車の後部座席に積み込んで,奈良市g町h番地・i番地(合地)所在のj共同墓地まで運搬し,同月7日午前零時ころ,同所に深さ約73センチメートルの穴を掘り,その死体を裸にして穴の中に埋め,もって死体を遺棄したものである。 (証拠の標目):省略(事実認定の補足説明) 争点等判示第1の保護責任者遺棄致死の公訴事実について,被告人は,当公判廷で,「Bに対して手をあげたり,食事を抜いたりしたことは何度かあり,平成21年3月末ころにBを被告人方の玄関やベランダで寝かせたり,他の家族と違う食 者遺棄致死の公訴事実について,被告人は,当公判廷で,「Bに対して手をあげたり,食事を抜いたりしたことは何度かあり,平成21年3月末ころにBを被告人方の玄関やベランダで寝かせたり,他の家族と違う食事を食べさせていたことは事実であるが,それはBが勉強をさぼったり,嘘をついたりしたことを反省してほしいと思ってしたことである。自分自身も幼少のころから親に同様の育てられ方をしたため,感情的になってやりすぎてしまった面はあったが,Bを虐待しようと考えていたのではなく,『しつけ』の範囲内であると思っていた。Bの食事の量はそれまでよりは少なくなっていたが,わずかな量だったわけではない。同月末ころ,Bは少し元気がないような気もしたが,それまでどおり会話を交わしていたし,食事もとっていたため,極度に衰弱した状態にはなく,Bを病院に連れて行く必要があるとは思っていなかった。」と弁解する。そして,弁護人も,このような被告人の弁解供述に依拠するなどして,<ア>被告人は,Bに対し,何度か手をあげたり,食事を制限したことはあるが,虐待するためにしたわけではなく,「しつけ」として許される範囲内のものであったから,被告人はBに対する先行行為に基づく保護義務を負っていない,<イ>平成21年3月末ころ,Bは極度に衰弱していたわけではないから保護を要する状態(要保護状態)にはなく,<ウ>被告人にはその認識もなかった,それゆえ,<エ>被告人がBの保護を怠った(不保護)ということはなく,<オ>被告人にはその故意もなかったし,<カ>医療措置を受けさせなかった動機も虐待の発覚をおそれるなどしたからではない,<キ>Bは衰弱死ではなく,てんかんの持病が原因で死亡した可能性があるとして,被告人には保護責任者遺棄致死罪は成立しないと主張している。 そこで,当裁判所が,判示第1のとおりの事 どしたからではない,<キ>Bは衰弱死ではなく,てんかんの持病が原因で死亡した可能性があるとして,被告人には保護責任者遺棄致死罪は成立しないと主張している。 そこで,当裁判所が,判示第1のとおりの事実を認定した理由について,以下,補足して説明する。 本件に至る経緯及び本件犯行状況等について(1)関係者らの供述内容等関係各証拠によれば,①被告人は,平成20年9月ころ,飲食店で,客同士としてAと知り合って交際を始めたこと,②当時,Aは,前夫であるDと婚姻中であったこと,③同年10月中旬ころ,被告人は,判示被告人方で,A,その双子の姉妹であるB及びE並びに被告人の実子であるFと5人で生活を始め,同年11月,Aは前夫と離婚し,被告人とは遠からず結婚する約束をしたことが認められる。この事実関係を前提とした上,以下では,その後本件に至るまでの経緯や本件犯行状況等について,判示第2の犯行の共犯者であるC,A,本件当時Bが在学していたG小学校(3年2組)の担任教諭であったH,本件当時被告人方の近隣会社で勤務していたIの各公判供述並びに被告人の捜査段階及び当公判廷における供述等から認定できる事実について検討することとする。 ア平成21年3月10日までの状況(ア)被告人がAと同居を開始した当初は,Bらも一緒に同じ食事をとり,同じ部屋で布団を敷いて寝るなど仲の良い生活を送っていた。 しかし,平成20年12月ころに被告人がBらの勉強の面倒をみるようになってから,被告人は,BやEが勉強を怠けた場合などに,反省させるなどのために夕食を抜きにしたり,ベランダに出したり,ときにはあまりひどくない程度に手を上げたりするようになった。 (イ)平成21年の正月明け以降,被告人は仕事を休職するようになり,被告人らはAが働いて得た収 夕食を抜きにしたり,ベランダに出したり,ときにはあまりひどくない程度に手を上げたりするようになった。 (イ)平成21年の正月明け以降,被告人は仕事を休職するようになり,被告人らはAが働いて得た収入で生活するようになった。それ以降,同年4月に解雇されるまで,被告人は一度も勤務先の会社に行くことはなく,昼間も自宅で過ごすようになった。 (ウ)BとEは,同年1月8日の3学期の始業式の日にHが担任を務めているクラスに転入してきた。 同月15日,Hは,Bの左頬に2本の線状の痣があるのを発見し,BやEに事情を尋ねたところ,Bらは,D方にご飯を食べに行き被告人方への帰宅が遅くなったことなどで,新しいお父さん(被告人)から叩かれた旨答えた。HはBに対する虐待が疑われたことから,学年主任の教師と養護教諭に相談した。翌16日,学年主任と養護教諭がB及びEから事情を聞いたところ,両名は,宿題を怠けるときに食事を抜かれることがある,寝かせてもらえないことがある旨の話もした。その報告を受けたHが被告人方に電話を掛けたところ,Aが電話口で応対し,「顔の痣は,新しいお父さんから叩かれそうになり,よけようとしてぶつけたものである,食事や睡眠の件については,Bたちはよく嘘をつく。妄想癖がある。」などと言って,事実を否定した。 (エ)同月中旬ころ,Eは被告人に説教されたことなどから被告人方を出てD方で生活するようになったが,Bは,D方に戻ることを望まず,引き続き被告人方で生活した。 同年3月10日までの間は,Hが観察する限り,Bの外見や体調,食欲等に特段異常な点はみられなかった。 イ平成21年3月10日から同月末ころまでの状況(ア)同月10日の夜ころ,Bが漢字の勉強を一部怠けたことで被告人が長時間説教し,B や体調,食欲等に特段異常な点はみられなかった。 イ平成21年3月10日から同月末ころまでの状況(ア)同月10日の夜ころ,Bが漢字の勉強を一部怠けたことで被告人が長時間説教し,Bの左頬をつねったところ,その部分に青痣ができた。 被告人は,青痣を見られた場合,Bを虐待していると疑われると懸念したことなどから,翌日からBに学校を休ませることとした。 同月11日以降,Aは,学校に対し,発熱や体調不良を理由にBを休ませるとの連絡を何回かした。同日ころ,Cが被告人方を訪ねたところ,平日であるにもかかわらずBが在宅しており,その頬につねったような跡があったので,そのために登校させられないのだと考えた。被告人も,Hからの問合せの電話に対して,「(Bは)和歌山のおばあちゃんに面倒をみてもらっている。」などと説明したことがあった。結局,Bは,同年4月5日に死亡するまでの間,通学することは一度もなかった。 (イ)同月11日から14日の間に一度,Aが,被告人の説教によりご飯を抜かれて空腹の状態にあるBにチョコレートを与えたことがあった。 これを知った被告人は,もう知らないと言って怒り,以後,少しの間,Bを構わなくなった。そのため,数日間は,Bは,被告人から手を上げられることはなく,皆と同じご飯を自分でよそって食べていた。 (ウ)同月14日,Bが被告人に対し,勉強を怠けたことについて,「ズルしてごめんなさい。」と謝った。被告人はBを許し,他の家族と一緒に食事を取らせ,一緒に寝かせた。 (エ)同月15日ころ,Bが漢字の勉強を怠けたことについてAに嘘を言ったことから被告人がBを叱り,Bの頭を拳で叩いたり,頬をつねるなどした上,夕食を与えず,居間か台所で布団なしで寝かせた。 このころ,被告人がBに対する説教の途中で折り畳 怠けたことについてAに嘘を言ったことから被告人がBを叱り,Bの頭を拳で叩いたり,頬をつねるなどした上,夕食を与えず,居間か台所で布団なしで寝かせた。 このころ,被告人がBに対する説教の途中で折り畳み式のナイフを持ち出したことがあり,その刃が開いた状態であったため,Aは被告人に刺すような雰囲気は感じなかったものの,Bをかばったところ,被告人はAに対し,「二人で出て行け。」と言った。 このころから,被告人は,Bの頬をつねったりするほか,同児の頭や顎を手拳で殴打したり,座っている状態のBの太股を蹴ったり踏みつけたりする,髪の毛を引っ張ったりするといった各種暴行を加えるようになった。 また,同月15日ころ以降は,被告人がBをベランダに出して放置する時間が徐々に長くなり,何時間もベランダに出されることもあった。 そして,遅くとも同日ころ以降は,Bは,玄関土間や台所に敷かれたレジャーシート上で生活させられるようになった。 さらに,同時期以降,被告人はAに指示するなどしてBに皆と同じものを食べさせないようになり,Bの食事は,1日当たり,大きめのおにぎり1個となり,その後は,バナナ1本ないし3本くらいになった。Bは,座って手を伸ばし,戦後の子供の物乞いのように,被告人に「おにぎりください。」と言っていた。 (オ)同月20日,被告人方を訪れたCに対し,被告人が「おもろいことになってるで。」と言ってBにズボンを脱がせたところ,Cは,Bの太股から膝上までが,もう1枚ズボンを履いているかのように赤紫色に変色しているのを認めた。Cは「やりすぎや。」と言ったが,被告人は「ふん。」という感じであった。 (カ)同月21日ころ,ベランダに出されていたBが,被告人に対して,「悪いことしました。ごめんなさい。」と謝りに行ったことから,被告人はB 。」と言ったが,被告人は「ふん。」という感じであった。 (カ)同月21日ころ,ベランダに出されていたBが,被告人に対して,「悪いことしました。ごめんなさい。」と謝りに行ったことから,被告人はBを許し,その日は家族で一緒に食事をして,Bを布団で寝かせたが,その夜が同児が布団で寝た最後の日となった。 その夜,寝ているBの顔に,多数の痣ができて赤黒く腫れており,Aには殴られて殺された人のように見えた。被告人は,Bの寝顔の写真を撮影し,Aと「すごいなあ。」と言い合った。 (キ)同月15日ころから21日ころにかけて,玄関で膝を抱えて座り,居眠りをしていたBに被告人が声を掛けたとき,Bが唐突に「ここは図書室。」と言い出し,被告人を見て「先生。」などと言い出したことがあった。 (ク)同月22日深夜から翌23日未明にかけて,被告人は,Bが以前ベランダに出されていた際に籐かごの中に小便をしたことについて嘘をついたことに激怒し,Bの頭を平手や手拳で叩いたり,その脛や太股等を足で蹴りつけたりするなどし,その間,木製のまな板でBの頭部を叩いたところ,まな板が二つに割れた。その後,被告人は,包丁を持ち出して示すなどしたことから,Aに取り上げられたが,Bの胸ぐらか腕を掴んで,その身体を何度もドアにたたき付けた。Aは,ドアにはめ込まれているガラスが割れると危ないと思って,被告人を止めた。 この騒ぎにより近隣住民が110番通報し,警察官が被告人方を訪問したが,Aは,被告人の指示により,夫婦げんかである旨伝えて警察官を帰らせた。 (ケ)同月23日の日中,被告人はAに対し,「バカ昼休み見たら生きてはった(笑)爆睡中やって」とのメールを送信し,Aはそれに対して「バカはホンマにバカや寝るとは思ってたけど」などと返信した。 同日,被告人方を訪れ 日中,被告人はAに対し,「バカ昼休み見たら生きてはった(笑)爆睡中やって」とのメールを送信し,Aはそれに対して「バカはホンマにバカや寝るとは思ってたけど」などと返信した。 同日,被告人方を訪れたCは,Bが台所のレジャーシートの上で正座し,その頭頂部の頭髪が河童のように抜けているのを見た。同児の顔全体は試合後のボクサーのように腫れ上がり,目の周りも腫れて開けられない状態であり,紫に変色していた。Cは「やりすぎや。」と言ったが,被告人は,「別にかまへん。」と答えた。 (コ)同月25日,Fの保育園で行われた卒園式から帰宅した後,被告人がBに対して,Fの描いたBを含む家族4人の絵を見せ,感想を求めたところ,Bが「上手に描けている。」と答えたことに,被告人は求めている答えが違うと怒り,Bの左頬を3,4回平手打ちするなどして,Bに「私も描いてくれてありがとう。」と言わせた。 (サ)同月下旬ころには,Bは,トイレに行こうとせず,しばしばその場で失禁するようになり,Aが失禁した跡を掃除している最中に,Aの目の前で再び失禁したこともあった。また,Aが何度も病人を介護するようにBを抱えてトイレに連れて行き,便座に座らせてやるなどするようになっていた。Aが,Bを久しぶりに風呂に入れたとき,Bの腹部がかなり凹んでいたため,以前と比べてBが随分痩せたと感じて,被告人に対してそのことを話したところ,被告人は「そんなん知ってるわ。」と答えた。 この頃,Bは動きが鈍くなり,1日のうち半分くらいは横になって眠りこけており,起きているときであっても座ったままぼーっとしていることがほとんどであった。また,Bは立って歩くことができなくなっており,「力が入らへん。」「足がガクガクする。」と言って,動物のように四つん這いになって部屋の中を移動するように ままぼーっとしていることがほとんどであった。また,Bは立って歩くことができなくなっており,「力が入らへん。」「足がガクガクする。」と言って,動物のように四つん這いになって部屋の中を移動するようになっていた。立ち上がるときも物や壁に掴まらなければ立ち上がれない状態であった。 (シ)同月下旬から同年4月にかけてのある夜,被告人は,Bを玄関の外に出し,マンション前でたむろしていた若者やゴミ収集車を指して,Bを迎えに来たなどと言った。Bはそれを聞いて驚き,早く被告人方に入れてほしいと玄関ドアを叩くなどした。Aが玄関ドアを開けたところ,Bは三角座りの体勢のまま,手でこいで家の中に入ってきた。 ウ平成21年3月末ころから同年4月5日までの状況(ア)同年4月2日にCが被告人方を訪ねた際は,Bは玄関土間のレジャーシートの上で正座もできないくらいに衰弱した状態で,自らの失禁にも気付かず,服や髪の毛が小便で濡れたまま横たわっていた。被告人は「邪魔。」と言いながらBを足で小突き,Bが小さい声で「はい。」と返事をして端のほうにゆっくりと体を寄せると,被告人は「動けるくせに芝居してやがる。」と言った。Aは靴を靴箱の上に置こうとした際,Bに対して「邪魔。」と言った。被告人が「またションベンたれやがって。」と言ってBを叩いたため,Cが被告人に「やりすぎや。」と言ったところ,被告人は「あいつ,死んだらええねん。」と言った。 (イ)同年3月末ころ以降も,被告人及びAは,Bに医師の診察などの医療措置を受けさせることは一切なかった。また,同月後半にBが口内炎が痛いと言い出してからは,Bの食事は,子供用の茶碗に入れた雑炊を朝夕1杯ずつ与えるだけになり,Bの就寝時も,それまでと同じく,台所や玄関土間等で寝具なしの状態であった。 (ウ)同年4月4日の夕方,被告 と言い出してからは,Bの食事は,子供用の茶碗に入れた雑炊を朝夕1杯ずつ与えるだけになり,Bの就寝時も,それまでと同じく,台所や玄関土間等で寝具なしの状態であった。 (ウ)同年4月4日の夕方,被告人,A,F及びCが外食に出掛けようとした際,玄関土間のシート上に横になっていたBが,一緒に行こうとして,自分の靴を寝転がりながら履こうとしたが,靴に足先を入れているだけで,かかとまで履こうとしても力が入らず,何度も手が滑っている状態であった。その様子を見た被告人は激怒し,Bに「お前が行けるわけないやろ。」と言って,足で4,5回以上踏みつけた。これを見ていたAも「あんたが行けるわけないやろ。」などと言い,被告人らは,Bを一人残して外食に出掛けた。 同日午後10時ころ,被告人らが帰宅した際,Bが玄関土間のレジャーシートの上に寝転がったまま失禁していることに被告人が激怒し,「お前掃除せえ。」と言ってBに掃除を命じたが,Bは雑巾を持つ手に力が入らず,同じところを行ったり来たりして少し動かせるだけであり,目も虚ろな朦朧状態で,目線は手元を見ていなかった。それを見た被告人は,「あいつ便所行けるのに芝居しとんねん。」と言った。その後,被告人は「きれいになったか,こっち来い。」とBを居間に呼んだが,Bは立つこともできなかった。被告人はBの腕を引っ張り,引きずって連れて行こうとしたが,Bはぐったりしていて抵抗できる状態にはなく,被告人はBの体が引っかかる度に,Bを足で踏みつけながら,Bを居間まで連れて行った。被告人が「ここを出て行くか,父親のとこ戻るか。」とBに言うと,Bは「(どちらも)嫌。」と答えた。被告人は右平手でBの左頬を思い切り殴り,倒れたBに「座れ。」と言って座らせる,ということを3,4回繰り返した。その後被告人は,Bの頭をテレビのリモコンで思 うと,Bは「(どちらも)嫌。」と答えた。被告人は右平手でBの左頬を思い切り殴り,倒れたBに「座れ。」と言って座らせる,ということを3,4回繰り返した。その後被告人は,Bの頭をテレビのリモコンで思い切り1回殴り,被告人から殴られたため口元や頬を押さえていたBの手の甲をさらに木刀で殴った。その様子を見ていたCは身体を入れてBを何度もかばったが,AはBをかばおうとはしなかった。その後,被告人が,Bの喉元を片手で掴んで押さえつけ,それを持ち上げるようにしてBの首を絞めたため,CとAが止めに入ったところ,被告人は首を絞めるのを止めた。被告人がBに「お前ここにいらんねん。 前言った施設に行ったらどうや。」と言うと,Bは「施設へ行きます。」と答えた。すると被告人は「いつ出て行くねん。」と言い,Bが「あともうちょっと待ってください。」と答えると,被告人は「すぐ出て行け。」などと言い,Bの腕を持ち,Bを足で踏みつけながら,玄関のほうへ引きずって連れて行った。 その後被告人は居間から折り畳み式のナイフを持ち出し,刃を出して,Bを何度も刺すような素振りをしたため,CとAが被告人を止めた。被告人はBを玄関外に放り出し,いったんは「中に入れ。」と言ったものの,次には,Bをエレベーターに乗せてマンションの1階まで降ろした。 CがAに指示してBを連れ戻させると,被告人は「お前何でここにおんねん。」と言って,Bを引きずってそのまま一緒にエレベーターに乗ってマンションの1階まで降り,オートロック式の玄関外にBを追い出したため,CがすぐにAに指示して再びBを連れ戻させた。 (エ)同月5日午前1時過ぎころ,被告人は,下着の上にスウェットの上下を身に付けただけで裸足の状態のBをベランダに追い出した。同日午前2時ころ,被告人は,Aに指示して雑炊1杯をBに与えさせた。 (エ)同月5日午前1時過ぎころ,被告人は,下着の上にスウェットの上下を身に付けただけで裸足の状態のBをベランダに追い出した。同日午前2時ころ,被告人は,Aに指示して雑炊1杯をBに与えさせた。また,Aは,Cの指示で子供用のコートをBに手渡したが,被告人は,「今更風邪ひきのこと考えるのか。」と言った。また,渡されたコートに袖を通さず,枕代わりにして寝ていたBを見て,被告人は「あいつ,ちゃんと着んと,なに枕にしとんねん。」と言った。Bはベランダの避難口の鉄板の上で寝ていたが,その後も被告人らは,Bを室内に入れようとすることはなかった。 エ平成21年4月5日以降の状況(ア)同月5日午前7時半ころ,被告人がBの様子を見に行くと,Bは体の左側を下にして,顔を部屋の方に向けた体勢で横たわりながら,右手の指をごそごそと動かし,ベランダのコンクリートの床面の辺りをつまむような動作をしながら,「ひまわりを探してる。」などと言った。 AとFが出掛けた同日午前10時ころ以降,同じ体勢で横たわっていたBに被告人が「何かいるか。」と声を掛けたところ,Bが「のどが渇いた。」と言ったため,Bにペットボトルに入れた水かお茶を与えると,それを一口か二口だけ飲んだ。 同日午後3時ころ,被告人が,ベランダで横たわって眠っていたBに対し,まだここで寝るのかなどと尋ねたところ,Bは「眠たいからここで寝る。」「おやすみなさい。」などと答えた。 (イ)同日午後3時半ころ,被告人はベランダで横になった体勢のBに声を掛けたが,全く反応がなかった。被告人はBを台所に運び入れた後,AとCに相次いで電話を掛け,Bの生死を確認しに来るよう求めた。同日午後4時過ぎころ,Cが被告人方に赴き,Bの死亡を確認したが,その顔はまだ腫れた状態にあった。被告人は,Cに対し,このままで た後,AとCに相次いで電話を掛け,Bの生死を確認しに来るよう求めた。同日午後4時過ぎころ,Cが被告人方に赴き,Bの死亡を確認したが,その顔はまだ腫れた状態にあった。被告人は,Cに対し,このままではBの葬式を出すことはできないので,捨てるか埋めるかしかないと言い,埋める場所として奈良に土葬の墓地があることを口にした。また,Cに「手伝ってもらうで。」と言い,Cは頷いた。 その後,被告人,A,C及びFで居酒屋に行き,突然被告人がAに「お前の子供殺したんやぞ。」と言うと,Aは周囲の客を気にして「うるさい。」と諌めた。その後,カラオケボックスに行ったが,そこで平然としていたAに被告人が自分とどうしたいのかを問い質したところ,Aは「ずっと一緒にいてください。」と答えた。続いて4人は焼き肉屋に行き,そこでAが中島の工業地帯に死体を捨てることを提案したため,被告人らはAの道案内で中島の工業地帯に下見に向かったが,道に迷ったことから断念して帰宅した。 (ウ)同月6日,被告人が,Bが失踪したと見せかけるためにBの捜索願を提出すること,及びその際に用いるためのBの写真を現像することを提案し,被告人とCは,家電量販店で,Bの写真を現像した。その後,被告人の発案で,Bの死体をベランダに出したときに外から見えないように目隠しするためのすだれを三つ購入した。その間,Aが被告人に電話で,Bの死体を燃やして処分することなどを提案した。その後,被告人とCで,すだれを被告人方ベランダに取り付けて,台所にあったBの死体をベランダに移した。 その後,被告人とCは,奈良市内の土葬の墓地に車で下見に行き,穴を掘るためのスコップと鍬を購入した。同所を選んだことについて,被告人は,「誰も墓に埋めてると思わへんやろ。」などと言った。そして,被告人らは夕食帰りに,Bの度々の失 土葬の墓地に車で下見に行き,穴を掘るためのスコップと鍬を購入した。同所を選んだことについて,被告人は,「誰も墓に埋めてると思わへんやろ。」などと言った。そして,被告人らは夕食帰りに,Bの度々の失禁により下着を捨てていたためBの下着が2枚しか残っておらず,捜索願を出して警察が被告人方に来たときに不審に思われるおそれがあるとして,下着を購入した。帰宅後,被告人は,Bが怒られたため自ら家出したと見せかける芝居をすることをA及びCに提案した。 その後,被告人らは,Bの死体を毛布にくるんでCの車の後部座席に乗せ,同日午後10時40分ころ,被告人方を出発した。翌7日午前零時過ぎころ,判示第2記載の墓地に到着し,被告人が指示した場所にCが中心となり穴を掘った。Bの死体を埋める際,被告人が,身元が判明しないようにCに指示してBの死体を全裸にさせた上,それを被告人とCで埋めた。帰宅途中,被告人が指示したところにスコップや鍬,毛布等を処分した。同日,被告人らは,Bが失踪したと見せかける芝居をした。 (2)前記(1)の関係者らの各供述内容の信用性等ア前記(1)にみられる関係者らの各供述内容は,前記に掲げた限りにおける被告人の捜査段階及び公判段階における供述部分を含め,いずれも具体的かつ詳細であり,その流れも自然であって不合理な部分は見当たらず,また,相互にあるいは他の検察官請求証拠ともよく整合するか少なくとも矛盾するところはなく,信用性に特段の疑いを容れるべき点は見出せない。 イ(ア)もっとも,被告人は,当公判廷において,①平成21年3月中旬以降,Bの食事がおにぎりやバナナだけであったのは3日程度に過ぎず,そう決めたのは私ではないし,Bには,昼食としてAが作り置きしておいたものやインスタントラーメンも食べさせていた,②Bが玄関土間や台所に敷 の食事がおにぎりやバナナだけであったのは3日程度に過ぎず,そう決めたのは私ではないし,Bには,昼食としてAが作り置きしておいたものやインスタントラーメンも食べさせていた,②Bが玄関土間や台所に敷かれたレジャーシート上で生活していたのは,Bが怒られた場所から動かなかっただけであって,私がそこで生活するよう指示したわけではない,③同月20日に,被告人方を訪れたCに対してBの太股を見せるなどしたことはない,④同月21日にBの寝顔を写真に撮ったことはない,⑤同年4月2日にCが被告人方に来たことはない,⑥同月4日に外食に出掛けようとした際,Bは靴を持って体育座りで跳ねるように前に進んでおり,横たわっていたということはない,⑦同日夜,リモコンで殴ろうとしたときには空振りしためBには当たっていないし,木刀でBを殴ったことはない,折り畳み式のナイフは刃を閉じたままBに見せて「死なんと治らんか。」と言って脅そうとしただけであり,刺す素振りをしたこともない,⑧同月5日未明に,Bにコートを手渡したのは,Aではなく私である,などと供述するので,この供述をも踏まえて,C及びAの前記各公判供述部分の信用性等についてさらに検討する。 (イ)Cの公判供述部分の信用性についてみると,①Cは,本件死体遺棄事件の共犯者ではあるものの,その証言時にはすでに同事件について事実を認めて懲役2年6月,執行猶予4年の判決が確定していた上,同人とBとの関係や本件への関与の内容・程度等に照らすと,今後,本件保護責任者遺棄致死事件の共犯者として起訴される可能性も事実上考え難い状況にあったものであるから,公判供述時点においてもなお,偽証罪で上記執行猶予が取り消されて服役する危険を冒してまで,自己の刑責を免れるために虚偽の供述をする理由は見出し難い。②なるほど,本件死体遺棄事件につい のであるから,公判供述時点においてもなお,偽証罪で上記執行猶予が取り消されて服役する危険を冒してまで,自己の刑責を免れるために虚偽の供述をする理由は見出し難い。②なるほど,本件死体遺棄事件についてはCは被告人に引き込まれたという側面があることは否定できず,この点でC自身も被告人に対し腹立たしい気持ちがあることは認めているが,他方で,Cは,当公判廷において,やってしまった以上,みんなが罪を償うべきで,被告人に対してもきちんと罪を償ってもらいたいとその心境を明らかにしつつ,本件に関し自らが見聞きしたことを具体的かつ詳細に供述していることから,本件における自己の責任に正面から向き合い,真摯かつ誠実に供述しようとする態度を明らかに看て取ることができるのであって,そこには,被告人を恨むなどしてあえて虚偽の供述に及んでいる証跡は窺われないというべきである。 ③そして,本件の一連の経過等についてCが供述する内容はかなり特異で印象に残りやすい事柄であり,かつCが記憶にあることとないことをできる限り区別して供述しようと努めていることなどに照らせば,Cが記憶違いにより誤った供述をしている可能性も相当考えにくい。④加えて,平成21年4月4日に被告人がBに被告人方を出て行くよう強く迫ったとの点,被告人が折り畳み式のナイフの刃を出して突き刺すような素振りをしたのをCが止めたとの点は,それぞれ,当夜被告人方の隣室に居住し隣室から男の怒鳴り声等を聞いたとするJの公判供述や,後述のように基本的に信用できるAの公判供述によっても相当程度裏付けられていることなどからすれば,Cの公判供述には全体として高い信用性が認められるということができる。 ところで,弁護人は,「Cが平成21年3月20日にBの太股から膝上までが赤紫色に変色していたと供述する点や,被告人がBを木刀 Cの公判供述には全体として高い信用性が認められるということができる。 ところで,弁護人は,「Cが平成21年3月20日にBの太股から膝上までが赤紫色に変色していたと供述する点や,被告人がBを木刀で叩いたと供述する点は,Bの死体を司法解剖したが,その部位に皮下出血が認められないとするK医師の鑑定と矛盾する。」と主張するが,前者の点については,上記日付からBが死亡するまでには2週間以上が経過していることに照らせば,それが目立たない程度に治癒していたと考えて必ずしも不自然とはいえないし,後者の点については,仮に内出血を生じさせるような叩き方であったとしても,それが皮内の出血に止まり,Bの死体が腐敗したことによる変色との識別が十分にできないという可能性も考えられる。また,弁護人は,「Cの公判供述は,同人の捜査段階ないし同人自身が死体遺棄事件の被告人としてなした公判段階の供述から変遷している。」と主張するが,弁護人が指摘する諸点は,その多くがCの供述の根幹部分の信用性には関わらないものであるか,実質的にみて変遷とはいえないようなものである上,Cは,当公判廷において,いわゆる検察庁における証人テストの過程で記憶が喚起されたという面もある旨,証言の一部に変遷が生じた理由についてそれなりに合理性のある説明も述べている。さらに,弁護人は,「Cは,検察官からの質問に対しては詳細に供述しているのに対し,弁護人からの質問に対しては簡単な内容でも答えられなかった。」と主張するが,弁護人が質問した内容は,ほとんどが日常的な事柄に関するものであり,それから1年以上が経過した公判供述の段階で直ちに記憶が喚起できなかったとしても不自然ではない上,Cの供述態度からは,むしろ,同人が出来る限り正確なところを思い出して供述しようとしたために言い淀んでしまっていた状 が経過した公判供述の段階で直ちに記憶が喚起できなかったとしても不自然ではない上,Cの供述態度からは,むしろ,同人が出来る限り正確なところを思い出して供述しようとしたために言い淀んでしまっていた状況を看て取ることができる。したがって,弁護人の上記各主張はいずれも採用することができず,その他,弁護人がCの公判供述の信用性に関して種々論難するところを検討しても,Cの公判供述の信用性は左右されないというべきである。 (ウ)次に,Aの公判供述部分の信用性についてみると,Aは,その証言時には,被告人と同一事実で一審で有罪判決を受け,控訴するか検討中の立場にあったものの,その供述内容は,弁護人の反対尋問によっても揺るがずほぼ一貫していることや,Aが本件保護責任者遺棄致死事件における被告人の関与状況について供述する部分は,そのほとんどがその共犯とされているA自身の不利益にも働き得る事柄であって,こうした点についてことさらに虚偽の供述をするとも考え難いし,Aには,自己の刑責を被告人に押し付けようとする態度も見出せない(弁護人も,その旨の具体的主張はしていない。)ことなどに照らせば,前記(1)に掲げたAの公判供述部分については,その信用性は高いということができる。 (エ)これに対し,前記(ア)の点を含め,前記(1)に掲記したところと矛盾する被告人の公判における弁解供述についてみると,①CやAの各公判供述に沿う部分も随所にみられる捜査段階における供述よりもさらに自己の刑責を後退させる内容であり,かつ,供述を後退させた理由について被告人が説明するところも,全部について頭が回らず,調書の確認の際見落としたところもあったかも知れないなどという曖昧で説得力に欠く内容に終始していることからして,そもそも全体として信用性に乏しいというべきものであること,②被 部について頭が回らず,調書の確認の際見落としたところもあったかも知れないなどという曖昧で説得力に欠く内容に終始していることからして,そもそも全体として信用性に乏しいというべきものであること,②被告人が昼間Bに食事を与えていたとすれば,不保護の嫌疑に対する有力な反論となることから捜査段階でも同様の弁解供述をしていて然るべきであるのに,捜査段階においてそのことに言及した形跡は全く窺われないこと,③Bが平成21年3月中旬以降玄関土間や台所で生活していた理由が,Bが怒られた場所から動かなかっただけというのであれば,そもそもそこに終始レジャーシートが移動されて敷かれているというのは考え難いものである上,被告人自身ですら居間など他の場所でBを叱ったことを認めている事実と矛盾すること,また,同年4月4日に折り畳み式のナイフをBの目前に示して「死なんと治らんか。」とまで言い放っているのに,そのときですら刃を閉じた状態にしていたなどというのは脅迫手段として理解し難い状況であると言わざるを得ないことなど,その供述内容自体,不自然不合理な点が多々見受けられることなどに照らせば,被告人の公判における弁解供述の信用性は著しく低いものというべきである。 ウ以上によれば,本件に至る経緯及び本件犯行状況等に係る事実関係については,前記(1)に掲記した関係者らの各供述内容等に沿って事実を認定するのが相当である。 前記1の争点についての検討等(1)被告人の先行行為による保護義務(弁護人主張<ア>),Bについての要保護状態(同<イ>)及び被告人におけるその認識(同<ウ>)の有無についてア前記2で認定したところによれば,遅くとも平成21年3月中旬ころ以降の被告人によるBに対する各種暴力や食事及び睡眠の与え方等については,おしなべて「しつけ」の 識(同<ウ>)の有無についてア前記2で認定したところによれば,遅くとも平成21年3月中旬ころ以降の被告人によるBに対する各種暴力や食事及び睡眠の与え方等については,おしなべて「しつけ」の範疇からおよそ逸脱したものであり,虐待と評価すべきものである。これにより,Bは,同年3月末ころには正常に立って歩くことすらできなくなり,一日のうち半分以上は横になって眠るようになっており,しばしば失禁して,頭髪等が尿で濡れても横たわったまま動こうとしないなど,極度に衰弱した状態になっていたことは明らかである。したがって,被告人は,虐待という先行行為により,Bをして保護を要する状態に陥らせたということができるから,弁護人の<ア>及び<イ>の各主張はいずれも採用できない。 そして,被告人は,Bと同居し,外出時以外は昼夜Bと一緒に自宅にいてBの上記状態を見ており,また,日常的にBを風呂に入れるなどして同児が痩せていることにも気付いていたというのであるから,被告人が,当時,Bが極度に衰弱した状態にあることを認識していたことも明らかというべきである。したがって,弁護人の<ウ>の主張も採用できない。 イこの点につき,弁護人は,Bが同年3月末ころまでベランダで立っていたこと,同年4月初めに自分でトイレに行くこともあったこと,Bの体重の減少は2キログラム程度に止まること,Bは普通に会話ができていたこと,布団は用いずとも睡眠はとっていたことなどを理由として,Bは極度に衰弱した状態にはなく,被告人においてもその旨の認識はなかったと主張する。 しかしながら,前記2で認定したとおり,Bは物や壁に掴まった状態であれば立つことは可能であり,また,這うようにして室内を移動しており,自分でトイレに行くこともかろうじて可能であったといえるが,そうした程度の ら,前記2で認定したとおり,Bは物や壁に掴まった状態であれば立つことは可能であり,また,這うようにして室内を移動しており,自分でトイレに行くこともかろうじて可能であったといえるが,そうした程度の動静しかできないこと自体健常者である9歳の児童としては極めて異常な状態といわざるを得ない。体重についても,成長期にある9歳児にとっての2キログラムの減少は,決して少ないとは思われない。また,Bにおいて被告人らと会話ができていたといっても,関係各証拠上認められる会話は,ごく短時間で簡単な内容のものであったに過ぎない。さらに,たとえBが一定時間睡眠をとることができたとしても,室内とはいえ,いまだ気温の低い春先に,台所や玄関土間で寝具も用いずに質及び量ともに十分な睡眠がとれるとは到底考えられない。したがって,弁護人の主張は,上記アの結論を何ら左右するものではない。 (2)被告人による不保護(弁護人主張<エ>)及びその故意(同<オ>)について上記(1)のように,同年3月末ころには,Bは極度に衰弱した状態にあり,その生存を確保するために医師の診察などの医療措置を受けさせるなどする必要があったことは明らかであるが,被告人は,このようなBの容態を熟知しながらそのような行為に出なかったばかりか,そのころ以降も,Bに対して1日当たり雑炊2杯程度の食事しか与えていない。これが,常識的にみて,熱量及び栄養の両面で,極度に衰弱した9歳児であるBの生存の確保のために極めて不十分なものであることは明らかである。また,睡眠確保の点についてみても,いまだ気温の低い時期に玄関土間や屋外であるベランダ(なお,平成21年4月4日午後10時から翌5日午前7時までの大阪市の気温は概ね摂氏10度から11度の間で推移しており,同日午前6時には一時的に最低気温摂氏9.6度を記 玄関土間や屋外であるベランダ(なお,平成21年4月4日午後10時から翌5日午前7時までの大阪市の気温は概ね摂氏10度から11度の間で推移しており,同日午前6時には一時的に最低気温摂氏9.6度を記録している。)で,布団などもなしに(とりわけB死亡の前夜からは一晩中裸足のままでベランダに)寝かせていたものであり,Bにおいて寒さを気にすることなしに十分な睡眠がとれる状況でなかったことは明白である。 したがって,同年3月末ころ以降,被告人がBの生存に必要な保護をしなかったこと(不保護)は明らかであるし,また,被告人はBが極度に衰弱した状態にあったことを認識した上,上記のとおり必要な保護をしなかった以上,そのこと自体から,被告人に不保護についての故意があったことも優に肯認できる。したがって,弁護人の<エ>及び<オ>の各主張も採用できない。 (3)不保護の動機(弁護人主張<カ>)について被告人がBに必要な保護をあえて行わなかった動機についてみると,前記2で認定したとおり,被告人は,平成21年3月11日以降,被告人の暴行により頬が腫れるなどしたBを死亡するまで一度も登校させず,Hに欠席の理由を尋ねられても虚偽の申告をし,同月23日にはBに対する虐待の最中に近隣住民からなされた通報により駆けつけた警察官に対し,Aに指示して夫婦げんかであるなどと虚偽の説明をさせて警察官を帰らせている。さらに,Bの死亡を確認した際にも,救急車を呼ぼうとする気配すらみせず,その場でCに対してBの死体を捨てるか埋めるかしかないなどと提案し,その2日後,実際にBの死体を裸にして墓地に埋めて遺棄するなど,前後一貫して虐待の事実の発覚を防止するための言動に終始している。これらの事情からすれば,被告人がBに医療措置を受けさせるなどしなかったのは,Bに虐待を加えていたこ にして墓地に埋めて遺棄するなど,前後一貫して虐待の事実の発覚を防止するための言動に終始している。これらの事情からすれば,被告人がBに医療措置を受けさせるなどしなかったのは,Bに虐待を加えていたことが発覚するのをおそれてのものであったと認められる(なお,被告人自身ですら,当公判廷において,上記各行為について,虐待を疑われるのをおそれたためであったと供述している。)。 また,前記2で認定したとおり,同月下旬ころ以降,被告人が,Bを玄関外に出し,マンション前でたむろしていた若者やゴミ収集車を指して,Bを迎えに来たなどと言ったこと,Bへの暴力が行き過ぎである旨述べたCに対し,(Bが)死んだらいいなどと言ったこと,同年4月4日には,Bに激しい暴力を加える中で,施設に行くと無理やり言わせた上,Bを引きずってマンション1階のオートロック式の玄関外に追い出したりしたことなどに照らせば,遅くともそのころには,同児を自宅から追い出そうとする気持ちも併有していたとみるのが相当である。 (4)Bの死亡原因(弁護人主張<キ>)についてアBの死体を司法解剖したK医師は,当公判廷において,①(a)発見された際のBの死体は,身長は130センチメートルと普通であったが,体重は発見時の土が付着した状態で25.5キログラムと通常の9歳児と比較してやや少ない状態にあったこと,(b)臓器がしっかりしていなかったこと,(c)眼窩が少し落ちくぼんでいたこと,(d)脂肪の厚さはへその辺りで0.5センチメートルと通常(およそ1センチメートル程度)より少なく,臓器,体中にみられる脂肪も少なかったこと,(e)少しあばらが出ている感じもあったことを全体的にみて,Bが痩せた状態にあったといえる,②胸腺の大きさは児童虐待の目安になるとされているが,Bの胸腺は通常の児童よりも萎縮し 肪も少なかったこと,(e)少しあばらが出ている感じもあったことを全体的にみて,Bが痩せた状態にあったといえる,②胸腺の大きさは児童虐待の目安になるとされているが,Bの胸腺は通常の児童よりも萎縮しており,これは虐待によりストレスを受けたことを示唆するものといえる,③Bの心臓内血液には豚脂様の凝血が見られたが,これはBが死に至った経過がある程度長いことを示すものである,④Bの死体は腐敗していて,損傷は見にくかったが,骨折等の大きな損傷や死因となるような皮下出血はなく,硬膜下血腫は2つ認められるものの死因になるような大きさではない,⑤死に至るような臓器の病変や奇形,窒息死あるいは凍死等の所見もみられないなどとして,以上を総合すると,Bの死因が衰弱死であると考えられる,と供述する。 また,生前におけるBの主治医であったL医師は,当公判廷において,Bはてんかんの持病を有していたものの,平成19年10月以降は発作が認められず,その症状は落ち着いたものであった上,Bの死体の鑑定書を見ているが,呼吸不全の徴候等,てんかんが死因となるような具体的な所見もなく,Bがてんかんの発作で死亡したとは考え難い,と供述する。 イK医師及びL医師の経歴や,司法解剖ないしBの診察等に携わった経験・立場等に照らして,両名の証人としての適格性には疑いを容れる余地はないし,その供述内容にも論理性・合理性を疑わせたり経験則に反したりするような箇所は見当たらず,その各公判供述には高度の信用性が認められる。したがって,両名の各公判供述に即し,本件でBは衰弱死したと認めるのが相当であり,また,前記2で認定した事実経過によれば,Bの衰弱死の原因が被告人らによる不保護にあることも優に推認することができる。 ウこの点につき,弁護人は,①Bの脳波には,平成20年 るのが相当であり,また,前記2で認定した事実経過によれば,Bの衰弱死の原因が被告人らによる不保護にあることも優に推認することができる。 ウこの点につき,弁護人は,①Bの脳波には,平成20年10月の検査で異常が出ており,また,Bが死亡する以前にてんかんの薬をきちんと服用していなかったことからすれば,その死亡直前にてんかんが悪化していた可能性がある,②K医師は,(a)豚脂様の凝血が腐敗によって生じた可能性も否定できない,(b)胸腺が萎縮している人が別の原因で死亡することもありうる,との説明をしているなどとして,Bはてんかんが原因で死亡したと考える余地があると主張する。 しかし,L医師が,当公判廷で,「平成20年10月の時点での脳波異常は,あくまでも前頭葉に限局した異常の波がBの中では比較的はっきりと見えているという状況であり,また,脳波の所見は発作の程度と必ずしも相関するものではない。脳波検査はあくまで参考所見で発作がみられるかどうかのほうが大切である。Bは,以前から薬が飲めていない状況であったが発作はまったく起きておらず,てんかんとしては落ち着いており,いずれは薬を止めていける方だと話していた。薬が原因で死亡したことはないと思う。」などと供述していることに照らせば,Bが死亡する直前にてんかんが悪化していた具体的な可能性は窺われないというべきであるし,弁護人が指摘するK医師の供述部分も,その供述内容自体からして,医師としての立場からあくまでBの死体に生じていた具体的所見を離れて,一般的・抽象的可能性を全て排除することまではできないとの趣旨で述べたにすぎないことは明らかである。さらに,Bが死亡したと考えられる時点の直前にBの様子を見た被告人においても,Bにおいてなんらの発作等が生じていた状況を認めていないところである。 ないとの趣旨で述べたにすぎないことは明らかである。さらに,Bが死亡したと考えられる時点の直前にBの様子を見た被告人においても,Bにおいてなんらの発作等が生じていた状況を認めていないところである。そうすると,弁護人が前記①及び②で主張するところは,いずれも上記イの結論に合理的な疑いを生じさせるようなものではないというべきである。 (5)Aによる先行行為及び被告人とAの共謀について最後に,AがBに対してなした先行行為によっても保護責任を負うのか,そして被告人との間に共謀が認められるかについて付言すると,Aは,B及び被告人と同居し,被告人による暴力を目の当たりにしていながら,被告人がBの首を絞めたときやナイフを持ち出したときなどのごく限られた局面で被告人を止めようとしたに過ぎず,また,被告人がBの食事を極端に制限することや,寝具も与えずに台所,玄関土間やベランダでBを寝かせることについても反対することはほとんどなく,Bが日々衰弱していくことに気付きながら自ら十分な量の食事を与えようとすることもなかった。そればかりか,前掲2(1)イ(ケ)のように,被告人の虐待に同調するような言動にまで及んでいる。被告人は,Aに止められれば暴力を止めていたのであり,Bの実母としてAが被告人の暴力を容易に止めることができる立場にあったことなどにも照らせば,Aが同調することにより,被告人による虐待が助長された側面を優に看て取ることができる。加えて,Aも,被告人から追い出されたくないとの思いがあったというのであり,Bの保護よりも自らの居場所を確保するという自身の利益を重視して,被告人による虐待行為を容認し,これを受け入れた上,自らもBに対して十分な量の食事を与えようなどとはしなかったということができる。 そうすると,被告人とAは,互いに意思を通 身の利益を重視して,被告人による虐待行為を容認し,これを受け入れた上,自らもBに対して十分な量の食事を与えようなどとはしなかったということができる。 そうすると,被告人とAは,互いに意思を通じ合って,平成21年3月中旬以降,判示の虐待を加えていたと評価するのが相当であり,Aは,Bの母親としての立場やBと同居していたことに加え,この先行行為によっても,Bに対する保護義務を負っていたというべきであるし,また,同月末ころ以降の不保護についても被告人との間で共謀があったと認めることができる。 結論 以上で説示したところにより,判示第1のとおりの事実を認定した。 (法令の適用)被告人の判示第1の所為は刑法60条,219条(218条)に該当するので,同法10条により同法218条所定の刑と同法205条所定の刑とを比較し,重い傷害致死罪の刑により処断することとし,判示第2の所為は同法60条,190条に該当するところ,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役12年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中280日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由) 本件は,被告人が,内縁の妻であるAとともに,平成21年3月中旬ころ以降,被告人方において,Aの次女である当時9歳のBに対し,殴打して,必要十分な食事を与えないなどの虐待を加えていたところ,同児が極度に衰弱し,身動きも不自由な状態になったのを認めたことから,同児の生存を確保するために保護を加えるべき責任があったにもかかわらず,Aと共謀の上,医療措置を受けさせず,わずかな飲食物を与える 児が極度に衰弱し,身動きも不自由な状態になったのを認めたことから,同児の生存を確保するために保護を加えるべき責任があったにもかかわらず,Aと共謀の上,医療措置を受けさせず,わずかな飲食物を与えるのみで,玄関土間あるいはベランダにおいて,寝具を用いずに就寝させるなどして死亡させたという保護責任者遺棄致死(判示第1),A及び知人男性であるCと共謀の上,Bの死体を被告人方から運び出して車で奈良市内の共同墓地まで運搬し,同所に穴を掘り,Bの死体を裸にして穴の中に埋めて遺棄したという死体遺棄(判示第2)の各事案である。 2(1)保護責任者遺棄致死(判示第1)の犯行に至る経緯及びその犯行状況等については,前記(事実認定の補足説明)で詳細に認定したとおりであるが,被告人とAは,平成21年3月中旬ころ以降,当時9歳と幼少のBに対し,いささかも正当化できるような事情もないのに,Bの顔面が腫れ上がるほど殴打する,その太股等を蹴り付けるなどして太股から膝上までを赤紫色に変色させる,頭髪が多数本抜けるほど強く引っ張るなどの暴行を加えた上,食事も1日当たり大きめのおにぎり1個あるいはバナナ1本ないし3本という極めて少量のものしか与えず,玄関土間等に敷かれたレジャーシート上で布団や毛布を一切与えずに寝かせるなど,日常的に強烈な虐待を繰り返していた。その結果,Bは急速に気力及び体力を低下させ,同月末ころには物に掴まるなどしなければ立ち上がることもできず,しばしば失禁するなど極度に衰弱した状態になったにもかかわらず,被告人らは,そのことに気付きながら何らの医療措置を受けさせようとしなかったばかりか,その後もBが死亡するまで上記とほぼ同様の虐待を加え続けたのであって,その不保護の態様は,同児の人格を全く顧みない,陰湿かつ卑劣で悪質なものというほかはない。 被 せようとしなかったばかりか,その後もBが死亡するまで上記とほぼ同様の虐待を加え続けたのであって,その不保護の態様は,同児の人格を全く顧みない,陰湿かつ卑劣で悪質なものというほかはない。 被告人は,Bと血は繋がっていないとはいえ,平成20年10月中旬ころ以降,AらとともにBと同居するようになり,Aが家族の生計を支えるために働きに出ている間は,親代わりとして,Bの養育をほぼ一手に担うべき立場にあったものであるが,遅くとも平成21年3月中旬ころ以降は,そうした自らの責任に思いを致そうとした形跡がみられないだけでなく,Bに対する暴行のほとんど全てを自ら加え,さらに,主体的に食事や睡眠の制限を行うなど一貫して虐待を主導していたのであって,被告人が本件で果たした役割は,被告人に追従していたAと比べても相当に重要なものであったということができる。 (2)本件で生じたBの死亡という結果がそれ自体重大であることはいうまでもないが,Bは,実母であるAからの庇護も受けられず,自らはなすすべもないまま半月余りに亘り被告人らからの苛烈な虐待を受け続けてきたのであって,その際に同児が感じたであろう肉体的苦痛はもとより,孤独感や絶望感といった精神的苦痛にも察するに余りあるものがある。本件の量刑判断に当たっては,こうしたBの心情に十分に思いを致す必要がある。Bの実父が意見陳述に際して,Bの突然の死亡がEら姉妹の心に与えた深い傷などにも言及しつつ,Bが決して戻ってくることはない以上,被告人をできる限り厳重に処罰して欲しい旨述べる心情は,当裁判所としても十分に理解することができる。 (3)被告人は,当初こそは,Bが勉強を怠けようとした際等に暴力を振るうなどに止まっていたものの,次第にこれをエスカレートさせた上,虐待の発覚をおそれて極度に衰弱したBに医療措置を受 とができる。 (3)被告人は,当初こそは,Bが勉強を怠けようとした際等に暴力を振るうなどに止まっていたものの,次第にこれをエスカレートさせた上,虐待の発覚をおそれて極度に衰弱したBに医療措置を受けさせようとしなかったばかりか,遅くとも平成21年3月末ころ以降は,Bを自宅から追い出そうという気持ちもあって虐待に及んでいたと認められるのであって,その自己中心的かつ身勝手な犯行動機に酌量すべき点は全くない。 (4)さらに,被告人が,犯行後,警察にBが家出したとの虚偽の捜索願を提出することを提案し,また,AやCにBが自ら被告人方を出て行ったと見せかけるような偽装を指示して実際にこれを行わせて関係者を欺くなど,主体的に犯行を隠蔽するための行動に出ていることも決して軽視することはできない。 死体遺棄(判示第2)の犯行についてみると,被告人は,Bの死亡を確認するや何らの逡巡を示すこともなく,AやCに対してBの死体を遺棄することを持ち掛け,Cを犯行に巻き込んだ上,自ら,Bの死体が発見されにくいと考えた奈良市内の土葬の墓地を死体遺棄の場所として選定し,Cとともに現場の下見をするなどした上,身元が発覚しないようBの死体を裸にして土中に埋めるよう提案するなどした。そして,CとともにBの死体を墓地の土中に埋め,発見されるまでの2週間余りの間,死体が徐々に傷んでいくにまかせたものである。以上のように,計画的で遺体に対する敬虔な宗教心をないがしろにする悪質な態様である上,被告人は,一貫して犯行を主導する立場にあったといえ,その責任は,共犯者間でも最も重いというべきである。また,判示第1の犯行を隠蔽するためという自己中心的で身勝手な犯行動機にも,酌むべき点は全くない。 加えて,被告人は,当公判廷でBに対する謝罪の言葉は一応口にしているものの,自己の刑責に である。また,判示第1の犯行を隠蔽するためという自己中心的で身勝手な犯行動機にも,酌むべき点は全くない。 加えて,被告人は,当公判廷でBに対する謝罪の言葉は一応口にしているものの,自己の刑責に関わる部分については,不自然不合理な弁解に終始し,自己の責任の否定軽減を図ろうとしており,真摯な反省の情は一切窺われない。このような応訴態度に照らせば,本件に至るまでは仕事を転々としながらも被告人なりに働いて社会生活を営み,これまで前科や然したる前歴はないことを考慮したとしても,本件と同様あるいは類似の状況下においては,被告人が再犯に至る可能性も否定できないといわざるを得ない。 以上によれば,被告人の刑事責任は相当に重く,本件は,保護責任者遺棄致死事件等の類型の中でも,その非難の程度は極めて高いというべきである。なお,弁護人が弁論で提示した保護責任者遺棄致死事件における従来の量刑に関する資料(懲役6年を最高刑とするもの)については,Bに対して日常的に苛烈な虐待を加えた末の不保護により死に至らせたなどの前述した具体的な事情等に照らして,本件の量刑判断に必ずしも適切なものとはいえないから,これを重要視することは相当ではない。 さらに,弁護人の主張に鑑みて付言すると,平成21年3月末ころ以前の段階における先行行為としての虐待については,本件における被告人の保護義務の内容及び程度等を具体的に根拠付けるものである上,本件公訴事実にも明示的に掲げられ,被告人に十分防禦の機会が与えられていることなどからしても,本件の犯情に関する一要素としてこれを量刑上考慮することは,何ら妨げられるものではないと解される。 他方において,量刑判断の中核が被告人の犯罪行為に相応する責任であることや,同種事犯の抑止のためには,適切な科刑と並んで児童に対する虐待を早期に ることは,何ら妨げられるものではないと解される。 他方において,量刑判断の中核が被告人の犯罪行為に相応する責任であることや,同種事犯の抑止のためには,適切な科刑と並んで児童に対する虐待を早期に発見してこれが激化することを防ぐための社会的な施策を確立することも重要であると考えられることなどに鑑みると,本件の量刑判断に当たって,検察官が論告で主張する内容の本件の社会的影響や,被告人が反省していないことそれ自体を過度に強調することは妥当でない。 また,検察官の求刑について若干付言すると,本件が,傷害致死等で起訴された事案を含め,児童一人を虐待の末に死亡させたが殺意までは認められないとされた他の事案と比べてどのような点において異なり,あるいはどのような点を特に重視して,懲役17年という相当に重い求刑に至ったのかについての説得的な説明が必ずしも尽くされているとは言い難いことからすれば,この求刑の本件における参考価値は,限定的なものとみざるを得ない。 以上説示したところを踏まえながら,本件における被告人の行為に相応する責任及び更生可能性等の事情について慎重な評議を遂げた結果,被告人に対しては,主文の刑をもって臨むのが相当であるとの判断に至った。 よって,主文のとおり判決する。 平成22年8月2日大阪地方裁判所第3刑事部裁判長裁判官樋口裕晃裁判官小野寺 明裁判官木戸口由佳
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