主文 1 原告の主位的請求に係る訴えを却下する。 2 原告の予備的請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 主位的請求被告が原告に対し令和7年1月23日付け書簡で行った遺贈放棄の意思表示が無効であることを確認する。 2 予備的請求 被告は、別紙物件目録番号1ないし5記載の各不動産についていずれも令和6年11月28日遺贈を原因としてAから被告への所有権移転登記手続を、同目録番号6ないし11記載の各不動産について所有権保存登記手続をせよ。 第2 事案の概要本件は、A(以下「遺言者」という。)がその所有する別紙物件目録記載の各不 動産(以下「本件各不動産」という。)を被告に遺贈(以下「本件遺贈」という。)する遺言(以下「本件遺言」という。)をして死亡した後、被告が本件遺贈を放棄(以下「本件遺贈放棄」という。)したため、本件遺言の遺言執行者である原告が、本件遺贈放棄は信義則に反し無効であると主張して、被告に対し、主位的に、本件遺贈放棄の無効確認を求め、予備的に、本件遺言による遺贈により、本件各 不動産の所有権はいずれも被告に移転しているとして、本件各不動産のうち登記されたものについては遺言者から被告への所有権移転登記手続を求め、未登記のものについては所有権保存登記手続を求める事案である。 1 前提事実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実。なお、枝番のある証拠は特記しない限り枝番を含む。) (1)当事者等 原告は、本件遺言の遺言執行者である弁護士であり、被告は、遺言者が居住していた地方公共団体である。 (2)本件遺言ア遺言者は、平成30年2月頃、被告に対し、 1)当事者等 原告は、本件遺言の遺言執行者である弁護士であり、被告は、遺言者が居住していた地方公共団体である。 (2)本件遺言ア遺言者は、平成30年2月頃、被告に対し、本件各不動産を寄付ないし遺贈する意向を伝え、被告は、同年5月頃、遺言者に対し、上記遺贈の意向を 受け入れ、公共施設用地として利用したい旨を書面で通知した。(甲1、5)イ遺言者は、平成30年11月1日、遺言の効力発生時点でその所有する全ての不動産を被告に遺贈する旨の公正証書遺言(本件遺言)をした。(甲2)(3)遺言者の死亡遺言者は、令和6年11月28日、死亡した。(甲3) 遺言者の死亡時点で所有していた不動産は本件各不動産であり、別紙物件目録番号1ないし5記載の土地建物は登記がされているが、同目録6ないし11の建物はいずれも未登記である。(甲6、7)なお、別紙物件目録1記載の土地上にある建物について、契約内容や対象となる建物の範囲は不明だが、第三者の借家権が遺言者の生前から設定されてお り、Bとして使用されている。 (4)本件遺贈放棄被告は、原告に対し、令和7年1月23日付け「遺贈放棄の意思表示について」と題する書面により、本件遺贈放棄をした。(甲4) 2 争点に対する当事者の主張 (1)主位的請求の確認の利益〔原告の主張〕原告は、被告が本件遺贈放棄をしたことにより、①本件各不動産に係る警備費用及び電気代、②遺言者の法定相続人が令和7年度の固定資産税の納税を求められることが見込まれること、③遺言者の法定相続人による相続税の負担と いった様々な不利益を被っている。本件遺贈放棄の無効が確認されれば、本件 遺贈により本件各不動産の所有権は物権的に被告に移 とが見込まれること、③遺言者の法定相続人による相続税の負担と いった様々な不利益を被っている。本件遺贈放棄の無効が確認されれば、本件 遺贈により本件各不動産の所有権は物権的に被告に移転し、このような派生的な問題を含めた紛争の抜本的解決が図られるから、確認の利益はある。 〔被告の主張〕本件遺贈放棄の無効が確定しても、被告が本件各不動産の所有権の取得及び所有権移転登記手続を強制されるものではなく、紛争が抜本的に解決するもの ではないから、確認の利益を欠き、却下されるべきである。 (2)本件遺贈放棄が信義則に反して無効か〔原告の主張〕ア被告は、遺言者の生前に本件遺贈を受け入れる意向を示しておきながら、遺言者の死後に本件遺贈放棄をして遺言者の信頼や期待を裏切り、また、遺 言者の生前に被告が本件遺贈を拒んでいれば、遺言者は新たな遺言をする機会があったのに、その機会を奪うという取り返しのつかない事態を引き起こしたのであり、本件遺贈放棄は信義則に反するものとして無効である。 イ被告が主張する借家権の存在は、平成30年に遺言者が遺贈の申入れをしたときから被告に伝えていたし、仮に被告が知らなかったとしても、調査を すれば遺言者が死亡した令和6年11月28日までに容易に明らかになり、遺言者の生前に本件遺贈を拒むことができたのであり、被告は保護に値しない。 また、別紙物件目録1の土地のうち借家権が設定されている建物の敷地を除いた部分を分筆した上、残余の土地とともに遺贈を受けることは可能であ り、付近にC線があり、公道との接続状況に問題はないから、本件遺贈放棄をする理由にはならない。 〔被告の主張〕詳細は不明であるが、別紙物件目録1記載の土地上に存在する5棟の未登記建 り、付近にC線があり、公道との接続状況に問題はないから、本件遺贈放棄をする理由にはならない。 〔被告の主張〕詳細は不明であるが、別紙物件目録1記載の土地上に存在する5棟の未登記建物について借家権が設定されており、本件遺贈を受けても地方公共団体であ る被告に利益にならないことが判明した。また、被告は、別紙物件目録1記載 の土地以外の残部の土地を取得することも検討したが、公道への接道が十分でなく、今後の有効利用に支障があった。以上のとおり、被告は、地方公共団体としての責務を踏まえて本件遺贈を受けることが利益にならないと判断し、本件遺贈放棄をしたのであり、そもそも、受遺者は遺言者の死亡後いつでも遺贈の放棄をすることができる(民法986条1項)のであるから、本件遺贈放棄 が信義則に反するとまではいえない。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)主位的請求の確認の利益原告は、本件遺贈放棄の無効を確認することにより、①本件各不動産に係る警備費用等並びに遺言者の法定相続人に係る②固定資産税及び③相続税の負担と いう不利益を含めた紛争の抜本的解決を図ることができるから、確認の利益があると主張する。 しかし、本件遺贈放棄が無効であるとすれば、本件各不動産の所有権は本件遺贈により被告に移転するから、本件遺言の遺言執行者である原告は、遺言執行事務として、被告に対し、別紙物件目録1ないし5記載の土地建物については遺言 者から被告への所有権移転登記手続を求めることができ(いわゆる登記引取請求)、同目録6ないし11記載の建物についても、その所有権が被告にあることの確認を求める訴訟を提起することが可能である。このように、現在の法律関係につき給付又は確認請求として構成することが可能であり、本件の紛争解決のた 11記載の建物についても、その所有権が被告にあることの確認を求める訴訟を提起することが可能である。このように、現在の法律関係につき給付又は確認請求として構成することが可能であり、本件の紛争解決のために直截的な方法がある以上、過去の法律行為の有効無効を確認するという原則 として確認の利益がなく、かつ、迂遠な方法をとる必要性は見当たらない。 原告が指摘する上記①ないし③の不利益は、①は事実上の経済的負担にとどまり、上記の直截的な方法によっても解決可能であるし、②及び③は、本件の当事者ではない遺言者の法定相続人に係る負担をいうものにすぎず、確認の利益を基礎付けるものではない。 そのため、主位的請求に係る訴えについては、確認の利益が認められないから、 不適法な訴えとして却下すべきである。 2 争点(2)本件遺贈放棄が信義則に反して無効か(1)遺言は、遺言者の死亡の時から効力を生じ(民法985条1項)、遺言者は、いつでも遺言を撤回し(同法1022条)、あるいは、前の遺言と抵触する新たな遺言や生前処分をすることができる(同法1023条1項、2項)ことから すると、遺言は、遺言者の生前には何ら法的効果を有しないと解される(最高裁昭和30年(オ)第95号昭和31年10月4日第一小法廷判決・民集10巻10号1229頁参照)。また、受遺者は、遺言者の死亡後、いつでも遺贈の放棄をすることができ(同法986条1項)、遺贈の承認及び放棄の撤回が制限される(同法989条1項)ものの、上記のとおり、遺言は遺言者の生前に は何ら法的効果を有しないから、遺贈の承認又は放棄の撤回が制限されるのは、遺言者の死亡後に遺贈の承認及び放棄の撤回をした場合に限られるものと解される。 以上のような民法の定め及び解釈に照らすと、遺言者の 法的効果を有しないから、遺贈の承認又は放棄の撤回が制限されるのは、遺言者の死亡後に遺贈の承認及び放棄の撤回をした場合に限られるものと解される。 以上のような民法の定め及び解釈に照らすと、遺言者の生前においては、受遺者及び遺言者の双方にとって、遺言の内容がそのとおりに実現されることに ついて期待を抱いたとしても、それは事実上のものにとどまり、法的保護に値しないものと解される。そうすると、遺言者の生前に受遺者によって遺贈を受け入れる旨の意向が表明され、遺言者が自らの遺言の内容が将来実現されるものと期待したとしても、そのような期待は法的保護に値するものとはいえない。 そのため、遺言者の死亡後に受遺者が生前に示した意向を翻して遺贈の放棄を したとしても、それは民法986条1項に基づくものとして許容され、特段の事情がない限り、信義則に反するものとはいえない。 (2)これを本件についてみるに、被告は、本件遺言がされる前に遺言者の遺贈の意向を受け入れる旨の意向を表明し(前提事実(2)ア)、遺言者の死亡後に本件遺贈放棄をしたことが認められる(前提事実(4))ものの、これが信義則に 反するといえる特段の事情は認められない。 原告は、遺言者の信頼や期待を裏切り、新たな遺言をする機会を奪うという取り返しのつかない事態を引き起こしたと主張するが、上記(1)で説示したとおり、遺言者の上記期待は法的保護に値するものとはいえず、単に被告が翻意したというのみでは信義則に反するとはいえない。 また、原告は、被告が本件遺贈放棄をした理由についても論難するものの、 そもそも民法986条1項は遺贈の放棄に当たり合理的な理由があることを要求しておらず、遺贈が受遺者にとって利益になるとしてもその受益を強制することはできないと た理由についても論難するものの、 そもそも民法986条1項は遺贈の放棄に当たり合理的な理由があることを要求しておらず、遺贈が受遺者にとって利益になるとしてもその受益を強制することはできないとする同項の趣旨に照らしても、遺贈放棄に合理的理由があることを要すると解することはできないから、被告が本件遺贈放棄をした理由の当否は、本件遺贈放棄が信義則に反するかを左右するものではない。 以上によれば、原告の主張は採用できない。 第4 結論よって、原告の主位的請求に係る訴えは不適法であるから却下し、予備的請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。 和歌山地方裁判所民事部 裁判官今野智紀 (別紙物件目録は掲載省略)
▼ クリックして全文を表示