平成12(ワ)291 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成14年10月8日 神戸地方裁判所
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判決文本文19,737 文字)

判決平成14年10月8日神戸地方裁判所平成12年(ワ)第291号損害賠償請求事件 主文 1 被告は,原告に対し,70万円及びこれに対する平成9年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを5分し,その4を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,330万円及びこれに対する平成9年4月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,兵庫県立三木高等学校(以下「三木高校」という。)の陸上競技部に所属していた原告が槍投げ練習をしていた際,他の部員が投げた槍が原告の左側頭部に衝突したことにより,左側頭部開放性陥没骨折等の傷病を負い,精神的苦痛を被ったところ,これは,同部の顧問教諭が同練習に立ち会ったり,安全指導を徹底したりしなかった過失によるものであると主張して,同校を設置する公共団体である被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料及び弁護士費用並びにこれらに対する遅延損害金の支払を求める事案である。 1 争いのない事実等(1) 当事者ア原告及びA(以下「A」という。)は,平成9年4月11日当時,三木高校の2年生,B(以下「B」という。)は,同日当時,同校の3年生であり,いずれも同校の陸上競技部に所属して,槍投げ競技等の選手として部活動をしていた。 イ被告は,同校を設置するものである。C(以下「C」という。)は,同日当時,同部の顧問教諭であった。 (2) 本件事故の発生平成9年4月11日午後5時4 の選手として部活動をしていた。 イ被告は,同校を設置するものである。C(以下「C」という。)は,同日当時,同部の顧問教諭であった。 (2) 本件事故の発生平成9年4月11日午後5時40分ころ,兵庫県三木市ab番地の同校内グラウンドにおいて,原告,A及びBの3名が重さ約600グラムの槍を投げる練習をしていた際,BがAのそばでAの指導をしていたところ,Aが投げた槍の先が原告の左側頭部に衝突し(以下「本件事故」という。),原告は受傷した。 (3) 原告に対する治療原告は,同市acの同市立三木市民病院脳神経外科において,左側頭部開放性陥没骨折等と診断され,同日から同月22日まで12日間入院し,同骨折等の修復術を受けた。 (4) 和解の成立原告は,平成12年2月11日,当裁判所に対し,被告のほか,Aを被告として,本訴を提起したところ,原告とAとの間では,平成14年6月12日の本件和解期日において,Aが原告に対して本件解決金として60万円の支払義務があることを認め,原告がAに対するその余の請求を放棄する旨の和解が成立し,Aは,原告に対し,これに基づき,60万円を支払った(顕著な事実)。 2 争点(1) Cの過失の有無(2) 原告の損害発生の有無,Cの過失と原告の損害発生との間の因果関係の有無及び原告の損害額(3) 原告の過失の有無 3 当事者の主張(1) Cの過失の有無(争点(1))について(原告の主張)ア本件事故当日の経緯(ア) 槍投げ練習を始めるまでの経緯本件事故当日のC作成の練習計画には,グラウンドでの槍投げ練習も組み入れられていたものの,グラウンドが混み合った状態であったため,砂場での突刺し練習を増やして行っていた。その後,Cがグラウンドを立ち去ったころ,Bは 習計画には,グラウンドでの槍投げ練習も組み入れられていたものの,グラウンドが混み合った状態であったため,砂場での突刺し練習を増やして行っていた。その後,Cがグラウンドを立ち去ったころ,Bは,グラウンドが空いたのを見て,Cに空中への槍投げ練習を行うことを伝えた上で,Aや原告を誘い,Cが不在の状態で空中への槍投げ練習を始めたものである。 (イ) 槍投げ練習の状況B及びAに遅れて,原告がグラウンドに行ったが,その際には,既にBがAのフォームチェックをしていた。そして,3人は,北から原告,A,Bの順で並び,原告が最初の1本目の槍を投げた。 その後もまだBによるAのフォームチェックが行われており,Aらはまだ投げる様子がみられなかったので,原告は,自分が投擲した槍を拾いに向かった。 フォームチェックを終えたAが槍を投げたところ,先に投げた槍の落下地点まで槍を拾いに行っていた原告が槍を拾って立ち上がろうとした際に,その左側頭部にAの槍が刺さったものである。 A及びBは,一定時間のフォームチェックをしているにもかかわらず,投擲直前に再度「声掛け」をしたり,「前方確認」をしたりしていないが,これは,本件事故以前における陸上競技部の投擲パート部員の安全上の意識が極めて低いものであったことを強く窺わせる。 (ウ) 原告に槍が突き刺さった後の状況原告は,その左側頭部にAの槍が刺さった後駆けつけたAに対し,「Aちゃんの槍があそこまで飛ぶとは思わなかった。」と話しかけたが,これは,ショックを受けていたAの気持ちを和らげようと考えて述べた言葉である。 イ本件事故以前の槍投げ練習及びCの指導状況陸上競技部の投擲パートにおけるグラウンドでの空中への槍投げ練習については,次のとおり,Cによる明確な安全指導がないまま,各部 て述べた言葉である。 イ本件事故以前の槍投げ練習及びCの指導状況陸上競技部の投擲パートにおけるグラウンドでの空中への槍投げ練習については,次のとおり,Cによる明確な安全指導がないまま,各部員の自主的判断に漫然と委ねられた状態で行われていた。 (ア) 投擲者間の間隔本件事故以前は,グラウンドの空き状況に応じて,各部員が自ら判断して隣の投擲者との間隔を空けていたにすぎず,Cから明確な基準は示されていなかった。 (イ) 投擲前の声掛け及び安全確認本件事故以前は,投擲前に「声掛け」をすることが徹底されておらず,各投擲者が自分なりに前方を一応確認したうえで投擲していたものであり,Cからの明確な指導もなかった。 (ウ) 槍投げの方法及び槍を拾いに行く方法本件事故以前の槍投げ練習は,並んだ順番に関係なく,個人のペースで投げていき,投げた槍は,各自で判断して拾いに行くという形態で行われていたものであって,全員が投げ終わった後に一斉に槍を拾いに行くというものでは決してなかった。 (エ) Cの立会いなしでの槍投げ練習実施本件事故以前は,槍投げ練習は,グラウンドの空き具合によって実施されていたものであり,Cがグラウンドに不在でも,グラウンドが空いた場合には部員の判断で槍投げ練習が行われていた。Cは,従前からC不在で槍投げ練習が行われていたことを認識していた(少なくとも認識し得る状態であった。)。 ウ Cの過失(ア) 学校の教員は,学校における教育活動及びこれと密接不離の生活関係について監督義務を負う。そして,学校の部活動は,教育活動の一環として行われるものであるから,担当顧問の教諭は,当然に,その実施について,生徒を指導監督し,事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。 確かに,部活動は生徒の自 校の部活動は,教育活動の一環として行われるものであるから,担当顧問の教諭は,当然に,その実施について,生徒を指導監督し,事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。 確かに,部活動は生徒の自発的活動を促すものであり,また,高校生ともなれば,なお一層その自主的判断が求められる場合もある。 しかし,部活動の内容及び使用する器具によっては,高度の危険性を伴う場合もある。そこで,部活動に伴う危険性が高ければ高いほど,高校生の部活動といえども,当然に部活動の顧問教諭にはより高度で厳格な安全上の注意義務が求められるところである。 そして,本件で問題となっている部活動は,陸上競技のうちの「槍投げ」種目である。「槍投げ」は,「鋭利」な「槍」を先端に付けた2メートル以上もの棒状の器具(丙8)を空中に投擲するというものであり,その性質上,これが他人に衝突するときには,まさに命にかかわるような重大な事故が生じる危険性が極めて高い。三木高校陸上競技部では,試合の際だけでなく,普段の練習においても同様の槍を使用し,しかも,グラウンドでの槍投げ練習においては,他の陸上競技部員や他の部活動等を行う生徒らをグラウンドに立ち入れさせない状態にしていたわけでもないため,極めて高い危険が内在していた。 したがって,担当顧問の教諭であるCには,槍投げによる事故を防ぐため,槍投げ練習の際には,常にこれに立ち会うか,少なくとも,事故が起きないように投擲の際の安全上の明確なルールを作成し,これを生徒に十分指導して徹底させるべき,極めて高度の注意義務が課せられていたといえる。 (イ) これを本件についてみれば,上記イで述べたとおり,本件事故以前においては,Cがグラウンドにいない場合でも槍投げ練習が頻繁に行われており,しかも,Cはこれを認識し せられていたといえる。 (イ) これを本件についてみれば,上記イで述べたとおり,本件事故以前においては,Cがグラウンドにいない場合でも槍投げ練習が頻繁に行われており,しかも,Cはこれを認識しながら放置していた(本件事故当日には,Bからの槍投げ練習の申出を了承していることからすれば,むしろこれを容認していたともいえる。)。 さらに,Cは,投擲する際の安全確認や,投擲した槍を拾いに行く方法等につき,明確なルールを作成したうえで投擲パート部員に徹底して指導することもしていなかった。 Cは,本件事故以前のこのような漫然とした槍投げの練習方法を放置すれば,部員や他の生徒らに投擲の槍が刺さって重大な事故を引き起こす可能性が高いことを容易に予測し得たはずであるし,自らが槍投げ練習に立ち会ったり,安全指導を徹底させるなどして,そのような事故を回避することもまた容易であった。 それにもかかわらず,Cは,自らが不在でも部員だけで自由に槍投げ練習をさせ,しかも,その際の安全指導も徹底して行っていなかった結果,本件事故が発生したのであるから,Cには,上記注意義務を怠った過失があるといわざるを得ない。 (被告の主張)ア本件事故当日の状況等(ア) 本件事故当日の状況(本件事故発生に至る経緯)本件事故当日の練習は,Cにおいて事前に作成した練習計画(丙3)では,槍を実際に投げる練習をも行う予定であったが,午後3時50分ころに練習を開始したところ,新学期が始まって間もない時期であるにもかかわらず,他の運動部の新入生が予想外に多く部活動に参加しており,グラウンドが混み合っていたため,Cは,槍を投げる練習は危険であり,これをすべきでないと判断し,投擲パートについて事前に立てた練習内容のうち,槍を使って行う練習内容の一 多く部活動に参加しており,グラウンドが混み合っていたため,Cは,槍を投げる練習は危険であり,これをすべきでないと判断し,投擲パートについて事前に立てた練習内容のうち,槍を使って行う練習内容の一部を変更し,槍を持って歩きながら投げる練習,投擲前に脚をクロスさせてから槍を投げる練習及び10メートル前後の短い助走から空中に向かって槍を投げる練習を中止し,砂場への突刺し練習のみを(本数を増やして)行うことを投擲パートの部員全員に指示した。また,Cは,ウォーミングアップをしている時からグラウンドに出て,投擲パートが槍を持つ練習を始める午後5時15分ころまでは,グラウンドを巡回し,各パート(短距離走,中・長距離走,跳躍)の指導を行っていた。 その後,投擲パートの部員は,Cの指導のもとで,午後5時20分ころから,1人40本から50本程度を目安に,砂場への突刺し練習を開始したが,午後5時40分ころ,Cは,所用のため,体育教官室に戻る必要があったので,投擲パートの部員5人が変更した指示内容どおり,砂場への突刺し練習を続けているのを確認したうえで,グラウンドを離れた。なお,当日は,教職員の行事の関係等のため,午後6時に全ての部活動を終了し,生徒全員を下校させることとなっており,Cは,学校の全ての部活動の総括責任者でもあったため,午後6時に再度グラウンドに戻り,陸上競技部を含む全ての部に対して,下校するよう指示を行う予定であった。 ところが,Cが体育教官室に戻った後に,グラウンドにスペースができたことから,投擲パート5人のうち,原告,A及びBの3人が自己の判断で練習場所を砂場からグラウンドに移し,槍を空中に投げる練習を開始し,本件事故が発生した。 Cが体育教官室に戻って間もないころ,部員の1人が本件事故を報告し 原告,A及びBの3人が自己の判断で練習場所を砂場からグラウンドに移し,槍を空中に投げる練習を開始し,本件事故が発生した。 Cが体育教官室に戻って間もないころ,部員の1人が本件事故を報告したため,Cは,「地面に突き刺している槍がなんで頭に刺さるんや。」という疑問を感じながらも,「とりあえず行かないと」と考え,現場に駆けつけて,原告の傷の状態等を確認するとともに,周囲の者に対して,半分怒鳴りながら,「何しとったんや。」「誰が投げたんや。」などと確認し,その後,D養護教諭とともに,原告を三木市立三木市民病院まで搬送した。 (イ) 当日の槍投げ練習についてのCの認識の有無原告主張のように,BがCに対して槍投げ練習の許可を求め,Cがこれを承諾したことはない。 (ウ) 本件事故に関する原告の認識・記憶の誤り原告は,本件事故発生時の槍投げ練習をしていた三者の位置関係について,北から原告,A,Bの順であったと述べるが,Aは,日常の練習や試合等において,その投げた槍が4ないし5メートル程度右に向かって流れて飛んでいく癖を有していたことから,仮に,原告主張のような位置関係であったとすれば,投げた槍を取りに行ってしゃがみこんだ原告にAの投げた槍が当たることはないと考えられるのであり,三者の位置関係については,北からA,原告,Bの順であり,原告の認識が誤っていると考えられる。そして,このような位置関係という重要な点に誤認があることからも,その記憶の信頼性には大きな疑問があるといわざるを得ない。 イ槍投げ練習に際しての安全指導等(ア) Cの安全指導・注意の内容等Cは,保健体育科の教諭であり,陸上競技の中でも槍投げを専門種目とし,本件当時で15年以上の競技歴と20年の指導歴という豊富な知識・経験を有してお 指導等(ア) Cの安全指導・注意の内容等Cは,保健体育科の教諭であり,陸上競技の中でも槍投げを専門種目とし,本件当時で15年以上の競技歴と20年の指導歴という豊富な知識・経験を有しており,槍投げ練習に伴う危険性についても十分に認識・理解していたことから,事故防止のため,平素から,部員に対して,徹底して安全指導・注意を行っていた。 その安全指導・注意の内容は,次のとおりである。すなわち,①顧問教諭が不在の場合は槍を投げる練習を行わないこと,②槍の穂先とグリップの痛み具合を確認すること,③危険を防止するため投げる方向に十分なスペースを確保すること,④周囲の状況を把握するため必ず複数人数で練習を行うこと,⑤槍を投げるときは複数人が同時に投げることはせず1人ずつ投げること,⑥投擲方向は一方向とすること,⑦槍を投げる前には周囲の者が確実に聞き取れるような大きな声で「投げます。」等の声掛けを行い,声掛け後には周囲の者の反応をよく確かめること,⑧槍を投げる前には前方及び周囲の確認をよく行うこと,⑨全員が投げ終わるまでその場に止まって前に出ないこと,⑩全員が投げ終わるのを確認してから槍を拾いに行くことなどの注意・指導を,「実際に槍を投げる練習(週2日として1年間で80回から100回近くになる。)の時に,その都度その場面場面に応じて」行い,「特に1年生が入ってきて,6月・7月くらいから槍を実際に始めかけて,11月・12月くらいにシーズンが終わるくらいまでは口やかましく,毎回その都度」行っていたもので,特に,「大きな声で声掛けをして周囲の人たちに注意を促す,それからそれに対して必ずこちらを向いて相手や周りの人たちが反応するかどうか」を確認することや,「投げ終わってからは全員が投げ終わるまでは前へ出ず,一通 声掛けをして周囲の人たちに注意を促す,それからそれに対して必ずこちらを向いて相手や周りの人たちが反応するかどうか」を確認することや,「投げ終わってからは全員が投げ終わるまでは前へ出ず,一通り投げ終わったのを確認してから槍を全員で拾いに行く」ことなどを徹底して注意・指導していたものである(証人C)。 (イ) Cの安全指導・注意の実践状況等部員ら(本件事故発生当時の部員らのみならず,それ以前に指導してきた部員も含めて)は,実際に,日々の練習において,このような安全指導・注意に従って練習しており,現に,Cが高校の陸上部の顧問として指導するようになった昭和51年以降,本件に至るまで,槍・砲丸等の投擲種目において,事故が起こったことは全くなかった。 原告主張のように,Cが立ち会っていない場合でも槍投げ練習が行われていたというようなことはなく,Cがそれを認識していたというようなことも全くない。また,本件事故前は,槍を投げた後全員で取りに行くという方法が取られておらず,各自で取りに行くという形態であったということもないし,声掛けがされていなかったというようなこともない。 ウ Cに過失がないこと(ア) 高等学校の部活動における顧問等の立会義務については,一般に,「何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情のある場合は格別,そうでない限り,顧問の教諭としては,個々の活動に常時立会い,監視指導すべき義務までを負うものではない」と解されている(最判昭和58年2月18日等)。 これを本件についてみると,Cにおいて,事故の発生する危険性を具体的に予見することは到底不可能である。 すなわち,上記ア(ア)のとおり,Cは,本件事故当日,投擲パートの部員全員に対して,槍を投げる練習を についてみると,Cにおいて,事故の発生する危険性を具体的に予見することは到底不可能である。 すなわち,上記ア(ア)のとおり,Cは,本件事故当日,投擲パートの部員全員に対して,槍を投げる練習を中止し,槍を使った練習は砂場への突刺し練習のみとするよう指示しており,かつ,平素から,顧問の不在時には槍投げ練習をしないよう繰り返し注意していたのであり,それにもかかわらず,Cが一時グラウンドを離れた間に,原告らが当日の指示や平素の安全指導に反して,練習場所及び練習内容を独断で変更し,槍を空中へ投げる練習を行うことなど到底予見することはできないし,そのようなことまで予見すべき義務があるともいえない(なお,付け加えると,Cが所用のため一時グラウンドを離れた間に,グラウンドにスペースができるということ自体,予測困難なことである。)。 したがって,本件において,事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような事情は何ら存しないから,被告において,顧問等を立ち会わせる義務を負っているとか,その義務違反があるとは全くいえない。 (イ) また,上記ア(イ)及びイ(イ)のとおり,Cが,本件事故当時,自己の立会いなしで部員らが槍投げ練習を行っていることを認識しながら放置したようなことは全くないし,本件事故当日にBらが槍投げ練習を始めたことを認識していたというようなことも全くない。さらに,Cは,投擲パートの部員に対して,平素から,槍投げ練習に関する安全指導・注意を充分に行っていたものであり,Cが徹底して部員を指導せず,練習の実施を部員の自主性に任せていたというようなことも全くない。そして,上記(ア)のとおり,Cにおいて,本件事故の予見可能性ないし予見義務はない。 したがって,Cに過失はない。 (2) 原告の損 を部員の自主性に任せていたというようなことも全くない。そして,上記(ア)のとおり,Cにおいて,本件事故の予見可能性ないし予見義務はない。 したがって,Cに過失はない。 (2) 原告の損害発生の有無,Cの過失と原告の損害発生との間の因果関係の有無及び原告の損害額(争点(2))について(原告の主張)ア原告は,本件事故により受傷し,左側頭部開放性陥没骨折,髄液漏,上部消化管出血,慢性関節リュウマチの疑い,髄液漏術后,開放性陥没骨折術後症候性テンカン,腰痛症及びアフタ性口内炎の傷病名(甲3の1)により,平成9年4月11日から同月22日まで12日間,三木市立三木市民病院に入院し,同年5月24日,同年6月,同年8月,平成10年1月6日,同年6月26日及び平成11年3月26日,それぞれ同病院に通院した。 原告の上記各傷病については,すべて本件事故直後にその診療が開始されており,また,原告には上記各傷病名での既往症も認められなかったのであるから,本件事故と上記各傷病との間の因果関係があることは明らかである。 イ原告が受けた左側頭部開放性陥没骨折及び髄液漏の修復手術後も,原告の頭蓋骨には,槍でできた約1センチメートルの骨欠損による陥没が残っているほか(甲5の4),陥没部分の周辺の骨にも,凹凸が残っている。 さらに,原告の頭皮にも,半径約4センチメートルの円周上に切開部分を縫合した跡が一定の幅で残っており,同部分は,現在においても,頭髪が生えにくい状態である。 原告は,以上のような身体上,外貌上現れた後遺障害によって,当然に多大な精神的苦痛を受けている。 ウ原告は,本件事故により陥没した頭蓋骨部分が完全にふさがっていない状態にあり,日常生活に差し障りはないものの,今後再び頭部に鋭利なものが刺さっ て,当然に多大な精神的苦痛を受けている。 ウ原告は,本件事故により陥没した頭蓋骨部分が完全にふさがっていない状態にあり,日常生活に差し障りはないものの,今後再び頭部に鋭利なものが刺さったり,その他強い衝撃を受けた際には,その命も失いかねない危険を残している。原告が現在及び将来にわたって身体及び生命に対する危険を感じながら生活することを強いられていること自体が,原告に対し,極めて大きい精神的苦痛を与えていることは明らかである。 エまた,原告は,頭部の手術を受けたことにより,テンカンを発症する危険も同時に負っている(甲2の16ないし18等)。この点においても,原告は,極めて大きい精神的苦痛を受けている。 オさらに,原告は,高校2年に進級した早々に起きた本件事故による入院治療等のため,1学期の期間中,合計11日の欠席を余儀なくされたのみならず,その後も本件事故及びそれに関連する事情によって,身体的及び精神的状態による様々な影響を受けており,当時の成績も落ち込んだ(甲7)。 原告が高校3年に進級した後には成績も上昇しているものの(甲8),本件のごとき重大事故が,貴重な高校生活において,原告に対して与えた精神的苦痛も看過し得ない。 カ原告の前記入通院による慰謝料としては100万円が,後遺障害による慰謝料としては200万円がそれぞれ相当である。 また,本訴遂行のための弁護士費用としては30万円が相当である。 (被告の主張)ア日本体育・学校健康センターの給付金を受けるため,三木高校において入手した三木市民病院・脳外科のE医師,F医師らの所見結果によれば,原告には左側頭部陥没骨折は認められるものの,原告の主張する髄液漏,上部消化管出血,慢性関節リュウマチの疑い,髄液漏術后,開放性陥没骨折術後症候 病院・脳外科のE医師,F医師らの所見結果によれば,原告には左側頭部陥没骨折は認められるものの,原告の主張する髄液漏,上部消化管出血,慢性関節リュウマチの疑い,髄液漏術后,開放性陥没骨折術後症候性テンカン及び腰痛症との記載は全くみられない。 イ原告は,頭蓋骨が損傷しており,毛髪も薄いという後遺障害を残している旨主張するが,原告提出にかかる診療録(甲5)等においても,その旨の明確な記載はみられないし,Cが,平成11年8月18日,原告の主治医であったF医師を訪問し,怪我の状況等について聴取した際にも,「経過は良好であり,事故の後遺症は出ていない。2年間は症状が変化していない」とのことであり(丙5,証人C),また,原告自身においても,現在,通院したり薬を飲んだりしておらず,日常生活で特に不自由を感じるようなこともないと述べているのであり(原告本人),かかる点からして,原告において,具体的な後遺障害が生じているとは認められないし,200万円の後遺障害慰謝料というのも高額に過ぎると考えられる。 ウ原告の入院期間は平成9年4月11日から同月22日までの12日間のみであり,その後の通院もわずか6回のみである。しかも,平成10年1月には,医師からも問題がないので通院は必要ないと言われたということであり,その後の同年6月及び平成11年3月の通院は,「プールに入ってもいいか」という確認のためなどであり,治療の必要があっての通院ではない(甲4の2,原告本人)。そして,原告は,本件事故後も,すぐに部活動に復帰し,その後も3年時に引退に至るまで選手として活動していたのであるから,100万円の入通院慰謝料も高額に過ぎると考えられる。 (3) 原告の過失の有無(争点(3))について(被告の主張)本件事故は,原告らが, に至るまで選手として活動していたのであるから,100万円の入通院慰謝料も高額に過ぎると考えられる。 (3) 原告の過失の有無(争点(3))について(被告の主張)本件事故は,原告らが,本件事故当日,Cから指示されていた練習内容以外の練習を行い,かつ,事故防止のため,Cが平素から繰り返し行っていた注意事項,すなわち,顧問教諭の不在時には槍投げの練習を行わないこと,槍投げ練習を行う時には投擲者相互の間隔を十分とって槍を投げること,槍を投げる前には声掛けを行い,周囲の者の反応をよく確かめること,全員が投げ終わるまでその場に止まって前に出ないこと,全員が投げ終わるのを確認してから槍を拾いに行くこと等の安全指導に従わなかったことから発生したものである。 すなわち,前記のとおり,本件事故当日,Cは,グラウンドが予想外に混み合っていたため,投擲パートの部員全員に対して,槍を投げる練習は中止し,槍を使った練習は砂場への突刺し練習のみとすることを指示したが,原告ら3名は,Cが体育教官室に一時戻った直後に,たまたまスペースができたことから,自身の判断で,槍を空中に投げる練習を開始した。そして,原告らは,投擲者相互の間隔を4メートルから5メートル程度しか取らずに練習を開始し,かつ,3人が各々1本目の槍を投げた後,BとAが2本目の槍を投げ終わっていないにもかかわらず,原告が前方に移動し,自分の槍を拾いに行ったところに,Aが2本目の槍を投げ,約20メートル前方で槍を拾うために前かがみになっていた原告の左側頭部に槍が衝突したものである。 以上を要するに,本件事故は,専ら原告らの過失によって発生したものであり,被告に対する本訴請求は責任転嫁であるといわざるを得ない。 (原告の主張)本件事故は,本件事故以前の普段の練 である。 以上を要するに,本件事故は,専ら原告らの過失によって発生したものであり,被告に対する本訴請求は責任転嫁であるといわざるを得ない。 (原告の主張)本件事故は,本件事故以前の普段の練習方法と同じ方法で行われた結果生じたものであり,原告に過失は存しない。 すなわち,本件事故以前は,全員の投擲が終わらない場合にも,安全を確認した上で各自が投擲した槍を取りに行き,また,投擲する側も各自が前方の安全を一応確認した上で槍を投げるという方法が取られていた。そして,本件事故当日における原告も,自らが投擲した後,A及びBがフォームチェックを続け,まだ投擲する様子がみられなかったことから,普段どおり,投擲した槍を拾いに行ったものである。原告にAの槍が刺さったのが約20メートル以上も先の地点であることからみても,原告が槍を拾いに向かった時点ではまだAが投げる様子がみられなかったことは明らかであり,原告に責められるべき事情はない。 なお,本件事故当時の原告らの位置関係は前記のとおりであるから,原告が自己の位置に戻らずグラウンドを北上した(Aからみて右から左に移動した)という事実もみられない。 結局,原告の取った行動は,本件事故以前の練習方法に従ったものであり,原告に本件事故の原因となる過失があったとは到底いえないため,過失相殺をされる余地はない。 第3 当裁判所の判断 1 Cの過失の有無(争点(1))について(1) 前記争いのない事実等,証拠(甲9ないし12,乙1,丙3ないし5,7,8,証人B,証人G,証人C,証人H,A本人,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。これに反する証拠は,前掲各証拠に照らし,採用することができない。 ア平成9年4月11日当時,三木高校の陸上競技部は 証人H,A本人,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。これに反する証拠は,前掲各証拠に照らし,採用することができない。 ア平成9年4月11日当時,三木高校の陸上競技部は,短距離走,中・長距離走,跳躍及び投擲の各パートに分かれていたところ,投擲パートには,3年生であったB及びI,2年生であった原告(昭和55年6月23日生,当時16歳),A及びHの5名が所属していた。Cは,同日当時,同部の顧問教諭であった。 イ Cは,同日の練習が始まるまでに,いつもと同じように練習計画を作成した。投擲パートにおいては,ジョギングやストレッチなどのウォーミングアップを行った後,肩のストレッチやチューブ引きなどのフォーム作りの練習を行い,更に,メディシンボールやサッカーボールを投げる練習を行った後,数日後に試合が予定されていたことから,槍投げ練習を行う計画であった。槍投げ練習の具体的内容は,まず砂場への槍の突刺し練習を20回行った後,歩行してからの槍投げ練習,5歩クロスステップしてからの槍投げ練習及び短助走してからの槍投げ練習をそれぞれ10回ずつ行うというものであった。 ウ同日午後3時50分ころ,同部の部活動が開始され,上記練習計画に沿って各パートの練習が行われた。投擲パートにおいても,上記練習計画に沿ってウォーミングアップ等が行われた。Cは,グラウンドを巡回し,各パートの指導を行った。 エ同日は,グラウンドが予想外に混み合っていたため,Cは,空中への槍投げ練習を行うことは危険であると判断し,サッカーボールを投げる練習が終わるころ,投擲パートの部員全員に対し,砂場への槍の突刺し練習を1人当たり40本ないし50本に増やし,空中への槍投げ練習を中止するように指示した。 オ投擲パートの部員ら ボールを投げる練習が終わるころ,投擲パートの部員全員に対し,砂場への槍の突刺し練習を1人当たり40本ないし50本に増やし,空中への槍投げ練習を中止するように指示した。 オ投擲パートの部員らは,同日午後5時20分ころから,Cの立会いのもと,砂場への槍の突刺し練習を行っていたが,Cは,同日午後5時40分ころ,同練習の途中で,所用のため砂場を離れて体育教官室に戻った。Cは,同日午後6時にグラウンドや体育館における全ての部活動の終了を指示する予定であった。 カ Cが砂場を離れた直後,アメリカンフットボール部の部員らがウエイトトレーニングを行うために移動し,グラウンドにスペースができたところ,Bは,数日後に試合が予定されていたため,空中への槍投げ練習をしたいと考え,グラウンドに移動して,原告及びAとともに空中への槍投げ練習を行うこととした(ただし,Cがこれを許可したと認めるに足りる的確な証拠はない。)。当初は,北側からA,原告,Bの順で横一列に並んでいた。 キ BはAのフォームチェックをしていたため,原告は,B及びAに対し,先に槍を投げる旨声を掛け,槍を投げたところ,槍は約20メートル前方に落下した。 ク Aは,前方に人がいないことを確認してから「投げます。」と声を掛け,槍を投げる構えに入ったが,Bは,その後更に数十秒間,Aのフォームチェックを続けた。原告は,その様子を見て,Aはまだ槍を投げないであろうと考え,Aの動静を注視することなく,小走りで槍を取りに行った。 ケ Aは,フォームチェックが終わった後,再度前方の安全を確認したり,声を掛けたりすることなく,数歩歩いてから槍を投げたところ(その際,Bも,再度前方の安全を確認しなかった。),その槍(重さ約600グラム,長さ約220センチメートルで,その先 全を確認したり,声を掛けたりすることなく,数歩歩いてから槍を投げたところ(その際,Bも,再度前方の安全を確認しなかった。),その槍(重さ約600グラム,長さ約220センチメートルで,その先端が鋭利に尖っているもの)は,約20メートル前方にいた原告の左側頭部に衝突した。 コ原告は,その後,グラウンドのベンチに運ばれ横たわっていた際,そばにいたAに対し,「Aちゃんの槍があそこまで飛ぶとは思わなかった。」と述べた。 サ Cは,連絡を受けてグラウンドに駆け付け,「何しとったんや。」「誰が投げたんや。」などと怒鳴った。 シ本件事故までの練習において,投擲パートの部員らは,槍を投げる際,必ずしも常に「投げます。」などの声を掛けていたわけではないし,全員が槍を投げ終わってから一斉に槍を取りに行くこととはされておらず,各自の判断で槍を取りに行っていた。砂場への槍の突刺し練習は,Cが立ち会っていないときにも行われることがあった。上記部員らは,Cが立ち会っていないときに空中への槍投げ練習を行ったこともあった(ただし,Cがそれを知っていたと認めるに足りる的確な証拠はない。)。 他方,本件事故後は,上記部員らは,槍を投げる際,必ず「投げます。」などの声を掛けるようになり,全員が槍を投げ終わってから一斉に槍を取りに行くこととされた。上記部員らがCが立ち会っていないときに空中への槍投げ練習を行うことはなくなった。 (2)ア上記認定事実によれば,Cは,本件事故前は,投擲パートの部員らに対し,槍を投げる際に「投げます。」などの声を掛けること,全員が槍を投げ終わってから一斉に槍を取りに行くことやCが立ち会っていないときに空中への槍投げ練習を行わないことなどの安全指導を徹底していなかったものと推認することができる。 声を掛けること,全員が槍を投げ終わってから一斉に槍を取りに行くことやCが立ち会っていないときに空中への槍投げ練習を行わないことなどの安全指導を徹底していなかったものと推認することができる。そして,Cが上記のような安全指導を徹底していれば,原告らがCが立ち会っていないのに空中への槍投げ練習を開始したり,Aが槍を投げる直前には声を掛けずに槍を投げたり,Aが槍を投げ終わる前に原告が槍を取りに行ったりすることはなく,本件事故の発生を回避することができたといえるから,Cには安全指導の徹底を怠った過失があるものというべきである。 これに対し,被告は,Cが部員に対して徹底して安全指導・注意を行っていた旨主張し,これに沿う証人Cの証言がある。 しかしながら,証人H及び原告本人は,上記(1)シの認定に沿う証言又は供述をするところ,それぞれの記憶にはあいまいな点もみられるものの,本件事故の前後を明確に区別して練習方法の違いを述べているのであるから,これらの証言又は供述には一定の信用性を認めることができる。そして,これらの証拠によって認められる上記(1)シの事実は,Cが安全指導を徹底していなかったことの証左とみることができる。 また,本件事故の際,原告の先輩であって,指導的な立場にあったBを含め,原告ら計3名がCが立ち会っていないのに何のちゅうちょもなく空中への槍投げ練習を開始したり,Aが槍を投げる直前には声を掛けずに槍を投げたり,Aが槍を投げ終わる前に原告が槍を取りに行ったりしたのは,本件事故前における原告らの通常の練習態度を示すものとみるのが相当であり,仮にCが安全指導を徹底していたとすれば,原告らがこのような危険な行動に出ることは考え難いところであるから,原告らの上記行動も,Cが安全指導を徹底していなかったこ を示すものとみるのが相当であり,仮にCが安全指導を徹底していたとすれば,原告らがこのような危険な行動に出ることは考え難いところであるから,原告らの上記行動も,Cが安全指導を徹底していなかったことを裏付けるものであるというべきである。 したがって,本件事故前から安全指導を徹底していた旨の証人Cの証言はにわかに信用することができないから,被告の上記主張は採用することができない。 イ Cは,砂場への槍の突刺し練習の途中で砂場を離れたものであるところ,これより先,グラウンドが混み合っていたことから空中への槍投げ練習を中止するように指示していたとはいえ,当初はこれを行う予定であったこと,砂場への槍の突刺し練習という槍を扱う練習は行っていたこと,数日後に試合が予定されていたことからすると,投擲パートの部員らが,Cが砂場を離れた後において,グラウンドの空き具合(その使用状況は時々刻々変化するうえ,部活動が終了する午後6時が迫っていたから,グラウンドにスペースができる可能性は十分にあった。)によっては,空中への槍投げ練習をするに至る可能性があったといえるから,Cは,砂場を離れた時点で,原告らが空中への槍投げ練習をするに至ることを予見することができたというべきである。そして,練習に用いていた槍は,重さ約600グラム,長さ約220センチメートルで,その先端が鋭利に尖っているものであり,その使用方法や練習方法によっては,人の生命や身体に危険を及ぼす可能性があるから,Cは,原告らがCの指示に反して空中への槍投げ練習を開始することにより,本件のような事故が発生する危険性があることを具体的に予見することが可能であったというべきである。 したがって,Cは,砂場への槍の突刺し練習に立ち会い,監視指導すべき義務を負っていた より,本件のような事故が発生する危険性があることを具体的に予見することが可能であったというべきである。 したがって,Cは,砂場への槍の突刺し練習に立ち会い,監視指導すべき義務を負っていたものと解され,同練習を中止させることなく,同練習の途中で砂場を離れたことは,上記立会義務に違反するものである。そして,Cが上記立会義務を尽くしていれば,原告らが空中への槍投げ練習をしたいと申し出たとしても,これを制止するか,又はこれを許す場合でも,安全に十分配慮することにより,本件事故の発生を回避することができたといえるから,Cには上記立会義務に違反した過失があるものというべきである。 2 原告の損害発生の有無,Cの過失と原告の損害発生との間の因果関係の有無及び原告の損害額(争点(2))について(1)ア原告は,Cの過失により発生した本件事故により,左側頭部開放性陥没骨折の傷害を負ったうえ,骨片が刺さって硬膜が破れ,脳の一部を損傷し,また,拍動性に髄液が流出していた(甲1及び4の各2及び各15,甲2及び5の各2,各4,各6ないし各9,各13,各17及び各21)。 原告は,平成9年4月11日から同月22日まで12日間,三木市立三木市民病院脳神経外科に入院し,同月14日,同骨折及び髄液漏の修復術を受けたが,原告の左側頭骨には直径約1センチメートルの円形の骨欠損部が残っている(甲1及び4の各15,甲2及び5の各2,各4,各6,各7,各9,各17及び各21)。 また,原告は,上記入院中発熱し,ボルタレンを服用したことにより,アフタ性口内炎の症状を呈した(甲2及び5の各22,甲3及び6の各1,証人G)。 さらに,原告は,左側頭部を骨折していたため,右側臥位で寝るように指示され,同じ姿勢で安静していたことにより,腰 アフタ性口内炎の症状を呈した(甲2及び5の各22,甲3及び6の各1,証人G)。 さらに,原告は,左側頭部を骨折していたため,右側臥位で寝るように指示され,同じ姿勢で安静していたことにより,腰に負担がかかり,腰痛症を呈した(甲2及び5の各12,甲3及び6の各1,証人G)。 イ他方,診療報酬明細書(甲3及び6の各1)の傷病名欄には,「上部消化管出血」,「慢性関節リウマチの疑い」及び「症候性テンカン」の記載がある。 しかしながら,上部消化管出血については,これを認めるに足りる的確な証拠はないし(胃が荒れていたり,ガスターが投与されていたからといって,直ちに上部消化管出血が生じていたと認めることはできない。),慢性関節リウマチについては,その存否自体あいまいであり,本件事故との因果関係も証拠上明らかでない。 また,症候性てんかんについては,原告は,左側頭部開放性陥没骨折の傷害を負い,硬膜が破れたため,てんかん発作を生じる危険性があり(甲2及び5の各16ないし各18,甲13の3,証人G),予防的に抗けいれん剤であるデパケンの投与を受けていたが(甲1及び4の各13,甲2及び5の各12),原告がてんかん発作を生じたと認めるに足りる証拠はなく,かえって,てんかん発作は生じていないことが窺われる。 したがって,本件事故によってこれらの傷病が生じたと認めることはできない。 (2) 原告は,同科を退院後,同年5月6日,同年6月3日,同年8月8日及び平成10年1月6日,経過観察やCT検査,脳波検査等のため,同科に通院し,いったん通院治療を終了するものとされたが,学校側から損害保険の関係で通院してほしい旨要請され,原告の母であるGの勧めもあって,更に同年6月26日及び平成11年3月29日,経過観察やCT検査等のため たん通院治療を終了するものとされたが,学校側から損害保険の関係で通院してほしい旨要請され,原告の母であるGの勧めもあって,更に同年6月26日及び平成11年3月29日,経過観察やCT検査等のため,同科に通院した(甲1及び4の各2ないし各6,原告G)。 原告は,上記のとおり,左側頭部開放性陥没骨折の傷害を負ったうえ,骨片が刺さって硬膜が破れ,脳の一部を損傷したものであり,てんかん発作を生じる危険性があったから,長期間にわたって慎重に経過観察をする必要があったと認められる。 したがって,本件事故と原告の上記通院との間の因果関係を認めるのが相当である。 (3) 原告の上記骨欠損部に再び鋭利なものが刺さると,原告の生命にかかわるおそれがある(甲11,証人G,原告本人)。また,原告は,上記のとおり,てんかん発作を生じる危険性があるところ,てんかん発作が生じた場合,抗けいれん剤を服用する必要があり,その副作用が強く出るおそれがあるし,それが妊娠と重なると,奇形児が生まれる可能性がある(甲11,証人G,原告本人)。 (4) 原告は,原告の頭皮には切開部分を縫合した跡が残っており,同部分は,現在においても,頭髪が生えにくい状態であると主張するが,それが外見上醜状を呈していると認めるに足りる証拠はないから,これを後遺障害と認めることはできない。 また,原告は,本件事故により当時の成績が落ち込んだと主張するが,本件事故と原告の成績の低下との因果関係は証拠上必ずしも明らかではないから,原告の上記主張を採用することはできない。 (5) 原告は,上記のとおり,本件事故により,上記(1)アの傷病を負い,12日間入院し,6日通院したものであり,上記入院中に上記手術を受けたことや,上記入院により11日間学校の授業を欠席するこ (5) 原告は,上記のとおり,本件事故により,上記(1)アの傷病を負い,12日間入院し,6日通院したものであり,上記入院中に上記手術を受けたことや,上記入院により11日間学校の授業を欠席することを余儀なくされたこと(甲7)をも考慮すると,原告の入通院慰謝料は100万円と認めるのが相当である。 また,原告は,本件事故により,左側頭骨に直径約1センチメートルの円形の骨欠損部が残るという後遺障害を負ったものであり,上記(3)のとおり,生命の危険や,将来てんかん発作等の後遺症が生じるかもしれないという不安を抱えていることをも考慮すると,原告の後遺障害慰謝料は200万円と認めるのが相当である。 3 原告の過失の有無(争点(3))について原告は,上記認定のとおり,Cが空中への槍投げ練習を中止するように指示したのに反して,Cが立ち会っていないにもかかわらず,空中への槍投げ練習を開始したものである。 また,原告は,既にAが槍を投げる構えに入っていたのに,BがAのフォームチェックを続けている様子を見て,Aはまだ槍を投げないであろうし,槍を投げたとしてもさほど遠くまで飛ばないであろうと軽率に判断し,Aの動静を注視することなく,先に自分が投げた槍を取りに行ったことにより,本件事故が発生したものである。 すなわち,原告が上記のような危険な行動に出なければ,そもそも本件事故が発生することはなかったのであるから,本件事故は原告が自ら招いた面もあり,Cが安全指導の徹底を怠ったことが原告の上記行動に影響しているとはいえ,原告は,本件事故当時,判断能力が十分ある年齢に達していたのであるから,原告にも本件事故による損害の発生について過失があり,かつ,その程度は,Cの過失の内容,程度と対比すると,大きいものというべきである。 故当時,判断能力が十分ある年齢に達していたのであるから,原告にも本件事故による損害の発生について過失があり,かつ,その程度は,Cの過失の内容,程度と対比すると,大きいものというべきである。 そして,その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,原告の過失割合は6割と認めるのが相当である。 そうすると,過失相殺後の損害額は,上記2(5)の損害金合計300万円の4割に当たる120万円となる。 4 損益相殺について前記争いのない事実等(4)によれば,原告は,平成14年6月12日の本件和解期日において,Aから本件解決金として60万円の支払を受けたものであり,これは原告の上記損害を填補する趣旨のものであると解されるから,これをもって損益相殺すると,その残額は60万円となる。 5 弁護士費用について本件における弁護士費用は,損益相殺後の損害認容額(上記4の60万円)及び本件訴訟の経過や難易等を考慮すると,これを10万円と認めるのが相当である。 6 結論したがって,原告は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,損害金合計70万円及びこれに対する違法な公権力の行使の日である平成9年4月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 第4 結語よって,原告の本訴請求のうち,損害金合計70万円及びこれに対する違法な公権力の行使の日である平成9年4月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから,これを認容することとし,その余は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について民訴法61条,64条本文を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 とし,その余は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について民訴法61条,64条本文を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 神戸地方裁判所第六民事部裁判長裁判官松村雅司裁判官水野有子裁判官増田純平

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