主文 1 原判決を次のとおり変更する。 2 控訴人は,被控訴人Aに対し,10万円及びこれに対する平成12年4月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 控訴人は,被控訴人Bに対し,3万円及びこれに対する平成12年4月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被控訴人らの控訴人に対するその余の請求をいずれも棄却する。 5 訴訟費用は第1,2審を通じてこれを3分し,その2を控訴人の負担とし,その余を被控訴人らの負担とする。 6 この判決は第2,3項に限り仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 当事者の求めた裁判 1 控訴人(1) 原判決を取り消す。 (2) 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。 (3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。 2 被控訴人ら(1) 本件控訴を棄却する。 (2) 控訴費用は控訴人の負担とする。 第2 事案の概要 1 本件は,被控訴人らが,控訴人に対し,控訴人との間の金銭消費貸借に関する包括契約に基づき長期間にわたって借入れ,弁済と借換えを繰返してきた結果生じた過払金につき,不当利得に当たるとしてその返還及び支払催告後の遅延損害金(年5分)の支払を求めたほか,控訴人が被控訴人らから求められた取引経過の全面開示を拒否したことにより,被控訴人らが本件訴訟の提起を余儀なくされ,債務の任意整理が遅延し,これが不法行為に当たるとして,慰藉料と弁護士費用の損害金並びに遅延損害金(前同)の支払を求めたところ,原審は過払金の返還とこれに対する遅延損害金請求を全部認容したほか,不法行為の成立を肯定して慰藉料とこれに対する遅延損害金の一部を認容したので,控訴人が不法行為の成立を肯定した点に不服があるとして控訴するとともに,過払金とこれに対する遅延損害金の弁済を したほか,不法行為の成立を肯定して慰藉料とこれに対する遅延損害金の一部を認容したので,控訴人が不法行為の成立を肯定した点に不服があるとして控訴するとともに,過払金とこれに対する遅延損害金の弁済を主張した事案である。 2 争いのない事実及び争点次のとおり改め,当審主張を追加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の一項及び二項(2頁13行目から5頁24行目まで)のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決3頁17行目の「債務者らその依頼を受けた」を「債務者からその依頼を受けた」と,25行目の「貸金業規制法」を「貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業規制法」という。)」と,5頁10行目及び12行目の「債務整理」を「債務の任意整理」と,10行目から11行目にかけての「判断を困難ならしめた」を「判断が困難となった」と,12行目の「客観的状況の把握,」を「客観的状況の把握が,」と,13行目の「作成を困難ならしめ」を「作成が困難となり」と,13行目から14行目にかけての「困難となるうえ」を「困難となった結果」とそれぞれ改める。 (2) 当審における弁済の抗弁ア控訴人控訴人は,本件控訴後の平成13年5月11日,被控訴人ら訴訟代理人の銀行口座へ,次の金員合計1,545,568円を振り込んで弁済した。 遅延損害金は平成12年4月18日(被控訴人ら主張の起算日)から弁済日である平成13年5月11日までの間の年5分の割合による金員である。 被控訴人A分被控訴人B分過払金元本 1,389,228円 78,474円遅延損害金 73,703円 4,163円合計 1,462,931円 82,637円イ被控訴人ら控訴人が主張する金額の弁済を受け 228円 78,474円遅延損害金 73,703円 4,163円合計 1,462,931円 82,637円イ被控訴人ら控訴人が主張する金額の弁済を受けた事実は認める。 第3 当裁判所の判断 1 過払金の弁済について控訴人が被控訴人らに対し,本件控訴後,争いのない過払金元金及び請求を受けた遅延損害金の合計額に相当する金員を弁済した事実は当事者間に争いがない。 そして,乙第15号証の1によると,控訴人の訴訟代理人は,弁済に先立って,弁済金を被控訴人らに対する過払金元金と遅延損害金に充当することを指定して弁済した事実が認められるから,被控訴人らの過払金及びこれに対する遅延損害金請求権は弁済により消滅した。 2 取引経過開示義務違反による不法行為について(1) 貸金業規制法19条を根拠とする取引経過開示義務被控訴人らは,貸金業規制法19条を理由に貸金業者には債務者に対する取引経過開示義務があると主張する。 貸金業規制法19条は,「貸金業者は,内閣府令で定めるところにより,その営業所又は事務所ごとに,その業務に関する帳簿を備え,債務者ごとに貸付けの契約について契約年月日,貸付けの金額,受領金額その他内閣府令で定める事項を記載し,これを保存しなければならない。」と定め,これを受けた貸金業の規制等に関する法律施行規則(以下「貸金業規制法施行規則」という。)17条1項には,「(貸金業規制)法第19条の帳簿を,貸付けの契約ごとに,当該契約に定められた最終の返済期日(当該契約に基づく債権が弁済その他の事由により消滅したときにあっては,当該債権の消滅した日)から少なくとも3年間保存しなければならない。」と定め,さらに,これを受けて発出された昭和58年9月30日付大蔵省銀行局長通達「貸金業者の業務運営に り消滅したときにあっては,当該債権の消滅した日)から少なくとも3年間保存しなければならない。」と定め,さらに,これを受けて発出された昭和58年9月30日付大蔵省銀行局長通達「貸金業者の業務運営に関する基本事項について」第2の4(1)ロ(ハ)(以下「本件銀行局長通達」という。)においては,「債務者,保証人その他債務の弁済を行おうとする者から,帳簿の記載事項のうち,当該弁済に係わる債務の内容について開示を求められたときは,協力しなければならない。」と定めている(金融監督庁の平成10年6月に定めた「金融監督等にあたっての留意事項-事務ガイドライン-」にも同様の定めがある。)。 しかし,貸金業規制法19条及び貸金業規制法施行規則17条は,その文言自体から,帳簿の備え付け,保存を命じたものであって,閲覧させることを命じたものとは解しがたく,また,本件銀行局長通達も,通達に留まるもので,これが法律で定められていない義務をも定めたと解することは困難である。してみれば,貸金業規制法19条とその関係規定のみを根拠に,貸金業者に対して,その備え付けている帳簿の一般的開示義務を肯定することはできない。 (2) 信義則を根拠とする取引経過開示義務契約等に基き一定の法律関係を有するに至った者の間においては,その権利を行使し,義務を履行する際に,信義に従い誠実に行動すべきであることは,民法1条2項により明かである。 被控訴人らの主張するように,長期間多数回にわたり貸金取引を行った当事者であることだけから,信義則により,一般的に,取引経過を開示すべき義務が発生すると解することはできないが,少なくとも,本件においては,被控訴人らが取引経過の開示を求めた時点においては,信義則上,控訴人にこれを開示すべき義務が生じていたと解される。以下,詳論する。 (3) ると解することはできないが,少なくとも,本件においては,被控訴人らが取引経過の開示を求めた時点においては,信義則上,控訴人にこれを開示すべき義務が生じていたと解される。以下,詳論する。 (3) 被控訴人らと控訴人との間の取引及びその開示請求等の経緯被控訴人らが,控訴人から,多数回にわたる借入れと返済を繰り返し,その債務の整理を決意し,弁護士である被控訴代理人にこれを委任したこと,被控訴代理人において,被控訴人らが債権者らとの取引経過を把握できる資料を所持していなかったため,書面にて,債務整理の予定であることを明記して控訴人を含む債権者らに取引経過の開示を求めたこと,控訴人は,過去3年分についての取引経過の開示をしたが,それ以前の期間については開示せず,結局,被控訴人らは,自己の記憶に基づく取引経過を前提として過払金を算出し,控訴人を相手に,本件不当利得返還請求の訴えを提訴したところ,控訴人において全取引経過を開示したため,これに基づき過払金を再計算して,それぞれ,請求を減縮したこと,同算出された過払金については控訴人においてこれを認め,原判決はこれの支払いを命ずる旨の判決をしたところ,控訴人は控訴をするとともに,その支払いをしたこと等については,すでに判示の事案の概要及び弁済の経緯と,次に加削する外,原判決6頁19行目から7頁20行目までのとおりであるから,これを引用する。 ア原判決6頁19行目から20行目までを「 上記争いがない前提事実に乙第1,第2号証及び弁論の全趣旨によれば」と改める。 イ原判決6頁22行目の「借入と弁済」から24行目の「求めた」までを次のとおり改める。 「平成11年11月4日までの間に,借入れ34回,弁済158回を繰り返してきたこと,被控訴人Aは,債務を整理することを考え,弁護士の被控訴代理人に委任し 4行目の「求めた」までを次のとおり改める。 「平成11年11月4日までの間に,借入れ34回,弁済158回を繰り返してきたこと,被控訴人Aは,債務を整理することを考え,弁護士の被控訴代理人に委任し,同弁護士は,債権者らに対して,債務整理の予定であることを明示して,受任通知及び取引経過照会書なる書面にて,最初から最終取引日までの取引経過を照会し,その開示を求めた」ウ原判決7頁7行目及び19行目の各「これを認めた」を「これを認めて,請求を減縮した」と改める。 エ原判決7頁9行目の「借入と弁済」から11行目までを次のとおり改める。 「平成11年6月15日までの間に,借入れ35回,弁済94回を繰り返してきたこと,被控訴人Bは,債務を整理することを考え,弁護士の被控訴代理人に委任し,同弁護士は,債権者らに対して,債務整理の予定であることを明示して,受任通知及び取引経過照会書なる書面にて,最初から最終取引日までの取引経過を照会し,その開示を求めた」(4) 貸金業規制法の趣旨まず,先に述べた,貸金業規制法等であるが,これは,かつて,いわゆるサラ金と言われる金融業者が高金利で過剰融資をし,支払困難に陥った債務者から暴力的に取立てをするなどした結果,自殺や,心中などの社会問題を発生させたことに対する対策として,同法及びその1条に規定するように,貸金業者に登録制度を実施して,必要な規制をし,業者団体の適正な活動を促進することにより,業務の適正な運営を確保し,もって資金需要者等の利益の保護を図ることを目的として立法されたものである。 貸金業規制法19条が帳簿の備付け保存の義務を定めたのは,これにより,貸金業務の運営の適正化を図り,貸付けに関する紛争を未然に防止し,生じた紛争の早期解決を企図したもの解せられ,してみれば,右帳簿に記載された情報は が帳簿の備付け保存の義務を定めたのは,これにより,貸金業務の運営の適正化を図り,貸付けに関する紛争を未然に防止し,生じた紛争の早期解決を企図したもの解せられ,してみれば,右帳簿に記載された情報は,いずれかの段階で紛争の予防あるいはその解決のために利用されることを予定されているものと解することができる。本件銀行局長通達が,弁済を行おうとする債務者らが求めた場合には,当該部分の債務内容を開示すべきことを命じたのは,この趣旨を具体的場面の一つに当て嵌めたものと解される。 (5) 取引経過開示の必要性消費者信用取引の債務者においては,借入れや支払いに関する契約書,計算書,領収書,銀行振込控え等を保存し,これを管理して,取引経過を把握すべきであろうし,これが必ずしも困難なこととは思われないが,現実の消費者信用取引の債務者の多くは,これを怠り,取引経過を明らかにする書類を所持していないことの多いことは,当裁判所に顕著である。 そのため,弁護士が消費者信用取引の債務者から債務の整理等を依頼されても,その詳細の把握のためには,債権者にこれを照会することが不可欠であることは,容易に推測できる。 そして,債権者が取引経過の開示に応じた場合には,債務の任意整理が可能となって,債務者は調停や訴訟等の法的手続を要しないこととなり,債権者もこの手続に対応する必要がなくなり,紛争が早期かつ多額の費用を要せずに解決することとなることが多いであろうことが見込まれるの対し,債権者が取引経過の開示に応じない場合には,債務者代理人としては,調停か訴訟提起する以外に債務の整理を適正に処理することは困難であり,結局,時間と費用をかけて,これらの法的手続をとることとなり,債権者もこれに対応せざるを得なくなることが多いであろうことが明らかであるといえよう。本件の経緯もそ 理を適正に処理することは困難であり,結局,時間と費用をかけて,これらの法的手続をとることとなり,債権者もこれに対応せざるを得なくなることが多いであろうことが明らかであるといえよう。本件の経緯もそのような経過を辿ったものである。 (6) 以上の諸点,特に,貸金業規制法,同規則を受けて発出された本件銀行局長通達等の趣旨(同通達は「弁済を行おうとする」債務者から当該債務に関する部分についての保存帳簿の記載事項の開示を求められた場合にはこれに協力すべきことを定め,もって紛争の予防と早期解決を図っているところ,「債務の任意整理」をすることも,可能な範囲での債務の全部又は一部の弁済を目的とするものであるから,同通達の趣旨が尊重されるべき場合に当たると解せられる。),紛争の早期かつ低コストによる解決のための取引経過開示の必要性等に本件当事者間の取引及びその経過開示請求の経緯等を総合考慮すれば,少なくとも,消費者信用取引の債務者である被控訴人らから債務の整理を依頼された弁護士である被控訴代理人が,債務の整理を目的とすることを明示して取引経過の開示を求めた時点においては,取引の債権者である控訴人には,信義則上これを開示すべき義務が生じたと解することができる。 したがって,これを拒否した控訴人の行為は信義則に反するといわねばならず,不法行為となる。 3 損害についてこの点についての当裁判所の判断は,次のとおり改めるほかは,原判決8頁15行目から21行目までのとおりであるから,これを引用する。 原判決8頁16行目の「利息制限法に基づく」から19行目の「訴訟費用を支出した等」までを「本件訴訟を提起せざるを得ず,その結果,債務の任意整理が遅延し,」と改め,21行目の「原告各自に各10万円と認める。」を「過払金の額も斟酌して,被控訴人Aにつき10万円,同 用を支出した等」までを「本件訴訟を提起せざるを得ず,その結果,債務の任意整理が遅延し,」と改め,21行目の「原告各自に各10万円と認める。」を「過払金の額も斟酌して,被控訴人Aにつき10万円,同Bにつき3万円をもって相当と認める。」と改める。 第4 結論よって,被控訴人らの本件請求は,取引経過開示義務違反の不法行為による損害賠償金として,被控訴人Aは10万円とこれに対する不法行為後の遅延損害金の請求の限度で,同Bは3万円と同遅延損害金の限度で,それぞれ認容すべきであり,その余の各請求は失当として棄却すべきであるから,これと結論を異にする原判決を変更することとし,第1,2審を通じた訴訟費用については,当審に至って控訴人が弁済した事情を考慮のうえその負担割合を定め,主文のとおり判決する。 名古屋高等裁判所民事第1部裁判長裁判官田村洋三裁判官小林克美裁判官戸田久
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