平成20(行ウ)1 不支給処分取消請求事件(通称 大垣労基署長障害補償不支給処分取消)

裁判年月日・裁判所
平成23年8月4日 岐阜地方裁判所 棄却
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判決文本文45,567 文字)

平成23年8月4日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成20年(行ウ)第1号不支給処分取消請求事件口頭弁論終結日平成23年3月31日 判決 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求大垣労働基準監督署長が平成17年8月16日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく障害補償給付の支給に関する処分を取り消す。 第2 事案の概要本件は,原告が,勤務中の交通事故(以下「本件事故」という。)により高次脳機能障害を負ったとして,大垣労働基準監督署長(以下「処分行政庁」という。)に対し,障害補償給付の支給を請求をしたところ,処分行政庁が,本件交通事故による受傷と高次脳機能障害との間には相当因果関係が認められないとしてこれを支給しない旨の決定(以下「本件処分」という。)をしたため,被告に対し,本件処分の取消しを求めた事案である。 1 前提事実(争いのない事実又は後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)(1)本件事故の発生(甲21,31,32,33の1・2,乙10,25)ア発生日時平成5年8月25日午後4時50分頃イ発生場所岐阜県本巣市a本巣市役所南西交差点ウ事故態様信号機のない交差点において,原告の運転する車両が交差点に進入したところ,優先道路である交差道路を左方から時速約50キロメートルで走行してきた第三者の乗用車の前部と原告運転車両の前部が衝突した。原告車は反転し,ガードレールに激突した。本件事故により,両車両とも全損状態となった。 (2)原告の本件事故当時の状況原告は,大学卒業後,A株式会社に入社し,平成5年8月 転車両の前部が衝突した。原告車は反転し,ガードレールに激突した。本件事故により,両車両とも全損状態となった。 (2)原告の本件事故当時の状況原告は,大学卒業後,A株式会社に入社し,平成5年8月当時23歳であった。原告は,本件事故当時,営業部門に配属されており,本件事故は集金業務による外回りの仕事中であった。(甲6,16,原告本人)(3)本件事故後の原告の入通院経過等ア原告は,本件事故直後,救急車でB病院へ搬送され,午後5時10分ころ,同病院に到着した。同病院では,「頭部外傷Ⅱ型,頚椎捻挫」と診断されたが,頭部ないし頚部のレントゲン検査の結果,異常所見なく経過観察とされた。また,同日,頭部CT検査が実施された。原告は,同日午後6時ころ帰宅した。(乙1,9,10,11,甲32,36)イ原告は,平成5年8月27日,B病院で再受診した。(乙11,甲36)ウ原告は,同年12月21日,C病院で受診した。同病院において,頭部CT検査及び頭部MRI検査等が実施され,原告は,脳梗塞と診断された。 (甲20,24)エ原告は,更なる検査等の必要性から,C病院の紹介で,平成6年1月21日,D病院で受診し,脳波及びMR血管撮影検査が実施された。原告は,脳挫傷と診断され,同病名で約6か月の通院治療を要するとされた。(甲16,21,25)オ原告は,同年3月,勤務先に辞表を提出したが慰留され,同年4月に培土生産工場に配置換えとなった。(甲16)カ原告は,平成8年3月25日,E病院精神神経科で受診し,同日から同年6月14日まで入院した。原告は,同病院で精神分裂病(現在では「統合失調症」とされている。)と診断された。(乙24)キ原告は,同年8月,勤務先から自主退職を勧められ,同年9月30日,勤務 年6月14日まで入院した。原告は,同病院で精神分裂病(現在では「統合失調症」とされている。)と診断された。(乙24)キ原告は,同年8月,勤務先から自主退職を勧められ,同年9月30日,勤務先を退職した。(甲16,原告本人)ク原告は,E病院を退院した後も,同病院で通院療養を継続していたが,平成13年4月4日から同年6月1日まで同病院に入院し,さらに,同月26日から同月28日まで同病院に入院した。(乙24,31)ケ原告は,同年10月20日,外傷によりF病院へ救急搬送されICUに入院となった。そして,同月25日に同病院の外科から精神神経外科へ転科し,統合失調症と診断され,同年11月30日まで入院療養し,退院後も,同病院で,引き続き月1,2回の通院療養を継続した。(乙25,甲5の1)コ原告は,平成17年7月25日,F病院の紹介で,G病院脳神経外科で受診した。MRI検査,ECD-SPECT検査(以下「SPECT」という。),FDG-PET検査(以下「PET」という。)等の結果,同病院のH医師は,同年10月4日,原告につき,脳挫傷,びまん性軸索損傷による高次脳機能障害と診断した。(甲1,5の1)(4)本件処分等ア原告は,平成16年10月8日付けで,処分行政庁に対し,記銘力低下,集中力低下,易疲労感,言語障害等の高次脳機能障害の諸症状は,本件事故の際の受傷に原因があるとして,障害補償給付の請求をした(乙1)。 イ処分行政庁は,平成17年8月16日付けで,原告に対し,「脳における病変は先天性と示唆され,少なくとも当時の外傷によるものではないと判断できる事から,本件交通事故による受傷と高次脳機能障害との間には相当因果関係が認められない」として,不支給を決定した(本件処分)。 (甲2)ウ原告は,本件処 も当時の外傷によるものではないと判断できる事から,本件交通事故による受傷と高次脳機能障害との間には相当因果関係が認められない」として,不支給を決定した(本件処分)。 (甲2)ウ原告は,本件処分を不服として,同年10月6日,岐阜労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが,同審査官は,同年12月22日付けで,同審査請求を棄却する旨の決定をした。(乙2)エさらに原告は,平成18年2月17日,労働保険審査会に対し,再審査請求をしたが,同審査会は,同19年11月16日付けで,同再審査請求を棄却する旨の決定をし,同決定は,同月18日,原告に送達された。(乙3,弁論の全趣旨)オ原告は,同20年5月1日,本訴を提起した。 2 争点原告は,本件事故により高次脳機能障害を負ったか。 3 争点に関する当事者の主張(原告の主張)原告は,本件事故に基因して外傷性のびまん性軸索損傷を受け,その結果,現在,高次脳機能障害の症状が存在する。その根拠は,以下のとおりである。 (1)事故態様ないし事故直後の意識障害等本件事故においては,両車両ともに大破し,衝突形態,両車の速度,両車の破損状況等からすれば,原告の身体に対し強い衝撃が加わったことは合理的に推認して差し支えないものである。 原告は,少なくとも事故直後から搬送先のB病院到着まで意識がなかった(甲6,31,乙1,9)。原告は,同病院での記憶ないし帰宅後の記憶についても,病院と自宅に会社の上司がいたといった程度のごく一部の断片的な記憶はあるが,それ以外の具体的な記憶はない(甲6,16,原告本人)。 B病院のカルテ(乙11,甲36)には意識障害についての記載がないが,提出された同カルテには検査記録等が綴られておらず,全体の一部にすぎない可能性がある。障 記憶はない(甲6,16,原告本人)。 B病院のカルテ(乙11,甲36)には意識障害についての記載がないが,提出された同カルテには検査記録等が綴られておらず,全体の一部にすぎない可能性がある。障害補償給付支給請求書添付の診断書(乙1)には,「受傷当時意識はなかった。」と記載されているところ,同診断書を作成したI医師は,原告を診察していないことからすれば,当時の原告の意識障害の状況を示す資料が別に存在する可能性が考えられ,乙11は,被告側にとって有利なものだけが編綴され作成されたものである疑いがある。 (2)事故後の原告の症状原告は,受傷直後から右頭痛,頚部痛を訴え,左下肢筋力低下が見られる(乙11,甲36)。特に,「右」頭痛は,原告の右の頭部に衝撃が加わったことを示唆する重要な意味のある症状であり,「左」下肢筋力低下は,右錐体路障害の存在可能性と合致するところ,錐体路障害をもたらす原因の一つとして,びまん性軸索損傷が考えられる。 そして,原告は,本件事故の約1週間後の9月初頃に後頭部に痛みを感じるようになり(原告本人,甲20),このころより,イライラし汗をかきやすくなった(甲20)。さらに頭と首の痛みが2週間ほど続き,それらが一層大きくなったため,原告は,9月22日に各務原市でマッサージを受けたが,このような痛みは事故前にはなかった(原告本人)。 原告は,平成5年10月頃になると,言葉が出にくくなったり,記憶力が落ちてきた。かかる症状も,事故前には全くなかった(原告本人)。原告は,この頃になると,事故前では20~30分で書き上げていた日報に1時間程度かかるようになったり,客と話をしていても話が続かなくなったり,誰と話しているのかも分からなくなることがあり,人と話すことに怖さを覚えるようになった。原告は,同年 分で書き上げていた日報に1時間程度かかるようになったり,客と話をしていても話が続かなくなったり,誰と話しているのかも分からなくなることがあり,人と話すことに怖さを覚えるようになった。原告は,同年10月27日には,Jセンター所長に面会して,アドバイスを受ける等した(原告本人)。 原告は,更に記銘力が低下し,また,会話速度低下が進んだため,同年12月21日にC病院を受診した。同病院カルテには,本件事故以降,記銘力障害,計算力障害等がある旨記載され,左側頭葉に低吸収域が見られること,短期言語治療のための処方箋が出されていること,両鼻下側の視野欠損が記載されている(甲20)。 原告は,同6年1月,D病院を受診した。原告は,同病院において,受傷1週間程度から頭がボーッとすること,後頭部がドーンとすることを訴え,その後も症状が改善せず,集中力がなくなること等を訴えた。同病院のカルテには深部反射が右より左の方が亢進していること,神経心理学的障害の認められることが記載され,漢字を忘れっぽい,言葉が出にくい,失行症,今までできた動作の手順ができない等の訴えが記載されている。反射については,深部腱反射である下顎,上腕二頭,上腕三頭,膝,アキレスにおいて左右ともに亢進しているとの検査結果が見られ,病的反射としてのワルテンベルグ,ホフマンも見られた。また,「記銘力の軽度の障害を認めます。」との記載もされている(甲25)。 原告は,平成6年3月,事故前の能力との落差を感じ,勤務先会社に辞表を出したが慰留され,同年4月に培土生産工場に配置換えとなった。その後も勤務し続けたものの,勤務先の周囲の目にも原告の症状の変化が知られることとなった。原告は,平成8年3月からE病院に入院した。原告は,同年8月には,勤務先会社から自主退職を勧められ, なった。その後も勤務し続けたものの,勤務先の周囲の目にも原告の症状の変化が知られることとなった。原告は,平成8年3月からE病院に入院した。原告は,同年8月には,勤務先会社から自主退職を勧められ,同年9月同会社を退職した。 その後も症状は好転することなく,また,職に就くこともなく,現在に至っている(甲16,原告本人)。 原告の周囲の人間が,事故前と事故後とで原告の変化を次のように感じている。本件事故前から原告のことを知る会社の先輩が,原告の話す速度が本件事故後極端に遅くなったこと,理解や記憶力の低下があったことを感じ(甲42),原告の従兄弟が,本件事故後には話がなめらかにできなかったり途中で途切れたりする,行動についてもゆっくりになったと感じ(甲40),知人の母親が,自分の息子と元気に遊んでいた原告が,人と会うのが苦手になったと感じている(甲41)。 以上,本件事故後の経緯をまとめると,原告は本件事故1週間後の9月初旬頃から後頭部に痛みや頭重感を感じるようになり,これは,高次脳機能障害の症状としての頭痛・倦怠感や,衝動性,易怒性に合致するものである。 そして,原告は,同年10月頃からは,それまでに全く感じたことのなかった集中力低下,記銘力障害,記憶力低下,会話能力低下等の高次脳機能障害を呈するようになり,このような症状が現在まで続いている。かかる時系列からすれば,本件事故が契機となって,高次脳機能障害が出現したと考えることが相当である。 また,病的反射,深部腱反射の亢進等の症状から疑われる錐体路障害も,外傷性のびまん性軸索損傷を原因とするものと認めて矛盾はない。 被告は,本件事故後1か月強を経てから原告が記銘力障害等を訴えるようになったことについて,びまん性軸索損傷による高次脳機能障害の発生機序と矛盾する旨主張するが,障害 するものと認めて矛盾はない。 被告は,本件事故後1か月強を経てから原告が記銘力障害等を訴えるようになったことについて,びまん性軸索損傷による高次脳機能障害の発生機序と矛盾する旨主張するが,障害を受けた軸索は,損傷部位より始まり,徐々に軸索の遠位側に向かって順行性に変性が生じる(ワーラー変性という。)ことが多いから,症状が遅発性に現れたとしても,びまん性軸索損傷による高次脳機能障害であることと矛盾しない(甲52,証人H)。 (3)画像診断原告には,受傷直後から外傷による脳挫傷が存すると診断されている(平成6年2月28日付けD病院カルテ。甲21,25)。 被告は,本件事故当日のCT検査で異常所見が認められなかったことが,原告が本件事故によりびまん性軸索損傷を負ったことと矛盾する旨主張するが,局在性脳損傷のないびまん性軸索損傷のみの場合,外傷直後のCT及びMRI画像では一見正常のこともあり,精度の高いMRI画像で観察すると,脳内(皮質下白質,脳梁,上位脳幹背外側部,小脳)に散在性の点状出血を認めることが多いとされている(乙8)。 従来型MRI画像では,受傷初期に,画像上,軸索損傷の存在を示すスコアの変化が発現することはなくとも,6か月経過後に,そのスコアの変化が見られる例があるという報告がある(甲22)。本件では,平成5年8月25日に原告が搬送されたB病院では,MRIすら撮影されていない。さらに,平成6年2月28日時点でのD病院での画像においても,FA(異方性比率),MD(平均拡散性)等,軸索損傷の存在を示すスコア的変化の検証がなされていない。従来型画像にすぎないCT画像において,急性期に何らかの変化が見られなくとも,6か月経過後に明白な画像上の変化(上記FA,MDのスコア的変化)が見られる可能性は十分にありう の検証がなされていない。従来型画像にすぎないCT画像において,急性期に何らかの変化が見られなくとも,6か月経過後に明白な画像上の変化(上記FA,MDのスコア的変化)が見られる可能性は十分にありうる。また,H医師の意見書によれば,K医師が認めた脳萎縮と同一部位若しくはその極めて近傍に,本件交通事故によって損傷が起こり,病変が拡大,進展し現在に至ったことは十分考えられる(甲29)。 平成21年6月1日に原告を診断したD病院精神神経科L医師によれば,D病院のCT結果における「左側頭-頭頂部(角回付近)に異常陰影」との所見は,記銘力障害,失語,文章の理解及び組み立ての乱れといった各症状と整合する。その根拠は,左角回に損傷を受けた右利きの患者は,言語理解は正常に見えるにも拘わらず,隠喩の二重性を理解できなかった等という報告があることである(甲27)。 G病院において,H医師は,画像所見の結果,「1.MRIにおける軽度~中等度の「びまん性脳萎縮」の存在(同年齢の健常人との比較において),2.FDG-PETにおける両側前頭前野内側面及び帯状回の局所糖代謝低下,3.ECD-SPECTにおける両側前頭前野内側面及び帯状回の局所脳血流低下,4.MRdiffusiontensorimage でみられる脳梁膨大部後半における tractの減少」より,原告がびまん性軸索損傷である旨診断している。 このうち,PET画像における両側前頭前野内側面及び帯状回の局所脳代謝低下ないしSPECT画像における両側前頭前野内側面及び帯状回の局所脳血流低下は,びまん性軸索損傷患者にみられる典型的な代謝低下画像(内側前頭前野,内側前頭脳底領域,帯状回,視床における代謝低下が認められ,かつ,帯状回は「C」の字型に代謝低下が見られるもの)である。これに対し,うつ病 軸索損傷患者にみられる典型的な代謝低下画像(内側前頭前野,内側前頭脳底領域,帯状回,視床における代謝低下が認められ,かつ,帯状回は「C」の字型に代謝低下が見られるもの)である。これに対し,うつ病の場合には,両側前頭前野から前部帯状回のみならず,左前頭側頭と頭頂円蓋部にかけて広範囲に血流低下が散在するほか,アルツハイマー型認知症,レビー小体型認知症,パーキンソン病等の心因性の病名でも,画像上,脳の広い範囲に血流低下が見られる(甲52,証人H)。 (4)原告の神経症状等及び他の疾患の可能性についてア L医師によれば,C病院及びD病院のカルテから読み取ることのできる本件事故後の原告に生じていた記銘力障害,失語,病的反射,失行,両鼻下側の視野損失の症状は,ICD-10やDSM-Ⅳ-TRなどの全世界的に用いられている国際的診断基準だけでなく,いかなる従来診断的においても統合失調症の症状として理解することはできない(甲19,27)。 ちなみに,記銘力障害と統合失調症の基準の一つである思考途絶・言語新作(思考の流れに途絶や挿入があり,その結果,まとまりのない,あるいは関連性を欠いた話し方をしたり,言語新作がみられたりするもの)とはまったく異なるものである。被告は,両鼻側下部半盲について脳における異常との関連づけがなく確定的な診断がされていないと主張するが,些細な障害がCTで見られないことはまれではなく,検査上異常がないことから正常であると短絡的に結論できない(甲27)。 H医師も,脳神経外科の立場から,平成6年1月当時のD病院のカルテに記載されている反射結果は,深部腱反射(正常でも見られるが亢進又は消失している場合は異常,あるいは左右差がある場合もどちらかが異常なもの。)である下顎,上腕二頭,上腕三頭,膝,アキレスは,左右ともに 載されている反射結果は,深部腱反射(正常でも見られるが亢進又は消失している場合は異常,あるいは左右差がある場合もどちらかが異常なもの。)である下顎,上腕二頭,上腕三頭,膝,アキレスは,左右ともに亢進しているので,両側性に錐体路のどこかで器質的障害が存在していることを示しており,病的反射(正常では出現せず,出現すれば異常なもの。)は左のワルテンベルグ,ホフマンがみられ,かつ左が右に比べてより亢進していることから,右側錐体路障害がより強いことが窺われると述べており,結局,これらは統合失調症では説明できないと意見書において述べる(甲29)。 仮に,本件事故前に何らかの脳萎縮が生じており,それが何らかの精神性障害に発展し得るものであったとしても,同事故後に原告に生じていた神経症状が,交通事故による外傷によって生じたものであると合理的に説明できる以上,因果関係は肯定される。 イまた,被告は,本件事故後の原告の症状が,慢性外傷後頭痛や外傷後神経症によるものである可能性を主張するが,H医師によれば,平成17年の時点で,原告が頭痛等を訴えておらず,それが,頭痛や頭重感が消失していたからだとするならば,記銘力障害や計算能力・作業能力低下等が頭痛や頭重感に伴う症状であったとすればそれらの症状も消えているはずである。さらに,平成17年時点で外傷後神経症の症状としてのめまい,耳鳴り,眼精疲労,易怒,いらいらなどの訴えはなかった。さらに,外傷後神経症では,言語性記憶力の低下や,病的反射,深部腱反射の亢進等を説明できない(甲29)。 (被告の主張)原告は,本件事故に基因してびまん性軸索損傷を受傷したとは認められないから,原告の諸症状は本件事故に基因するとはいえない。その根拠は,以下のとおりである。 (1)事故直後の意識障害等原告 原告は,本件事故に基因してびまん性軸索損傷を受傷したとは認められないから,原告の諸症状は本件事故に基因するとはいえない。その根拠は,以下のとおりである。 (1)事故直後の意識障害等原告は,示談書(甲33の2)に双方の車両が全損と記載されていることを根拠とし,本件事故によって原告に強い衝撃が加わったと主張するが,同示談書の記載内容からは,双方の車両が修理して再利用するのではなく全損処理をしたことのみが分かるのであって,原告が受けた衝撃の程度は分からない。むしろ,本件事故の相手方が受傷していないこと(甲31)に照らすと,原告のみが本件事故によって身体に強い衝撃を受けたことは推認しえない。 びまん性軸索損傷を受傷したといえるためには,6時間以上の意識障害があることが目安とされているが(びまん性脳損傷についてのゼネレリの分類,乙19,41),B病院の救急カルテには,本件事故直後において,原告に意識障害が見られた旨を窺わせる記述はなく,また,事故後搬送先病院到着まで約20分間意識消失があったとしても,せいぜい脳振盪程度のものとの評価が当たるに過ぎず,損傷の程度が永続的な高次脳機能障害が残るに足りるだけの強度を有していないことは明白である。 よって,本件事故によって,原告に,永続的な高次脳機能障害を残存させるだけの意識障害が生じたといえないことからすれば,本件事故後に原告に生じた症状が本件事故による外傷によって生じたものであるとは合理的に説明できない。 被告は,原告に全く軸索損傷がなかったと断言しているものではないが,意識障害の程度と脳外傷による高次脳機能障害は強く関連しており,「脳振盪後症候群でも近時記憶の低下といらいら感,めまい・ふらつき感を感じるが可逆的である」(乙40)とされているように,脳振盪のごとく,軽度の 程度と脳外傷による高次脳機能障害は強く関連しており,「脳振盪後症候群でも近時記憶の低下といらいら感,めまい・ふらつき感を感じるが可逆的である」(乙40)とされているように,脳振盪のごとく,軽度の意識障害については,軽い軸索損傷があっても,高次脳機能障害など生じることはなく,予後は良好であり,何ら後遺症が残らないと考えることが合理的である。 (2)高次脳機能障害の発症時期,機序等原告は,本件事故後約1か月強である平成5年10月頃から記銘力低下等の症状が出始めたと主張しているが,本件事故当時,原告の直接の上司であったM及び同6年7月に原告について配置換えが実施されたことにより原告の上司となったNは,いずれも,原告は事故前と変わりない状態で普通に仕事をしていたと述べている(乙16,17)。営業を担当していた原告にかかる症状が出現していたとすれば,就労を続けることは困難であったといわざるを得ないところ,直ぐに職場に復帰し,その後も会社においてトラブルが起こった事実がないことはもちろん,一緒に仕事をしていた同僚や上司が異変に気づくこともなく,休職するまで約2年以上にわたり就労を続けていたのであるから,本件事故後相当期間は,高次脳機能障害を発症していなかったというべきである。 原告は,本件事故の1か月強経過後から記銘力低下,会話能力減少,日常における意欲減退等の症状が出現し,事故後から継続したものであると言うよりも次第に悪化したという趣旨を述べ(原告本人),従兄弟の供述(甲40)などからもこれが窺われるところ,これは,受傷の瞬間に軸索の断裂が生じるため受傷直後に症状が最も強いとされる高次脳機能障害の発生機序に明らかに反する。また,脳外傷による高次脳機能障害は,急性期には重篤な症状が発現していても,時間の経過とともに軽減傾向を示す場合 生じるため受傷直後に症状が最も強いとされる高次脳機能障害の発生機序に明らかに反する。また,脳外傷による高次脳機能障害は,急性期には重篤な症状が発現していても,時間の経過とともに軽減傾向を示す場合がほとんどであるし,脳外傷による症状が,軽症例でありながら数年間持続するということは考えにくい(乙18,21,40)。 なお,ワーラー変性が起きて,神経細胞が消滅するまでに一定の時間がかかるということは,びまん性軸索損傷が発症した場合,受傷直後の頭部CT等の画像所見では何ら異常が見られなかったものが慢性期の頭部CT等の画像所見では脳萎縮等の脳の器質的変化として現れるという神経細胞の形態変化の遅れを意味するに過ぎず,ワーラー変性が受傷直後も神経伝達機能が残存し,それが断絶するまでにも一定の期間がかかるということの医学的根拠になるものではない。したがって,このことを,受傷後1か月後に高次脳機能障害の症状が出ていたとしてもこれが頭部外傷によるびまん性軸索損傷によるものであることが否定されないことの根拠とする原告の主張は誤りである。 さらに,本件においては,平成6年にD病院への通院を終了した後,E病院へ受診した同8年3月までの間の原告の症状の経過を裏付ける客観的資料は存在しない。 (3)画像所見本件事故当日にB病院において撮影された頭部CT検査の結果等を踏まえ,同病院脳神経外科のK医師は,原告に本件事故を原因とする脳外傷その他異常所見は存在しないと診断し(乙11,甲36),その4か月後に受診したC病院及びD病院の頭部CT及びMRI所見においても,原告には,B病院での受診結果と同様,両側側頭頭頂葉に異常があるとして脳の病変が指摘されたものの(乙12及び13),B病院での所見と比較検討しても,「びまん性軸索損傷」の病態の進行を示 においても,原告には,B病院での受診結果と同様,両側側頭頭頂葉に異常があるとして脳の病変が指摘されたものの(乙12及び13),B病院での所見と比較検討しても,「びまん性軸索損傷」の病態の進行を示すとされる時間経過による脳萎縮の進行や脳室の拡大といった器質的変化は認められない(乙18)。 本件事故直後にK医師によって指摘された脳病変は,本件事故前から存在するものであり(本件事故により脳外傷を受傷したとすれば,それが受傷直後に「脳萎縮」の所見として現れることはないため。),これは,平成5年12月21日の頭部CT,平成6年1月7日,同18日の頭部MRIの画像を見た岐阜労働局地方労災医員であるO医師によれば,両画像において認められた両側の側頭頭頂葉の異常(萎縮あるいは脳挫傷)と,同一のものと考えられる(平成5年8月25日にいったん見られた脳萎縮が消失するとする医学的知見はなく,これらが部位をほぼ同一にするため。)から,同CTないしMRIの上記画像所見は,本件事故による病状の原因となる異常所見と位置づけることはできない(乙18,37)。すなわち,D病院における脳挫傷の診断は,同病院のカルテの現病歴に「brain(脳)CTなどn.p(異常なし)」と記載されていることからも明らかなとおり,本件事故直後に同一箇所で認められた脳萎縮の存在を看過した誤った診断である。 K医師が認めた脳萎縮と同一部位若しくはその極めて近傍に,本件事故により損傷が起こり,病変が拡大,進展し現在に至ったことは十分考えられるとする原告の主張は,もともと異常があった部位にだけ損傷が生じるような脳の受傷メカニズムは考えにくく,外傷による皮質損傷で,それが原因となって病変が拡大,進展するほどのものであれば,受傷後のCTで容易にわかるはずであるところ,K医師のCT所見にお 損傷が生じるような脳の受傷メカニズムは考えにくく,外傷による皮質損傷で,それが原因となって病変が拡大,進展するほどのものであれば,受傷後のCTで容易にわかるはずであるところ,K医師のCT所見においては外傷による所見がないことを明記しているのであるから,合理的な説明でないことが明らかである。 さらに,G病院におけるMRIで指摘された局所性及びびまん性の「脳萎縮」も,KCT意見書の異常所見と同一であると認められ,トラクトグラフィーで指摘された軸索の減少部位は,前記の局所性「脳萎縮」と一致するところ,これは,同萎縮の存在のために神経繊維が減少しているのであって,びまん性軸索損傷が存在することを示すとはいえない。加えて,PET・SPECTによる前頭前野内側面及び帯状回の血流ないし代謝局所低下所見は,抗精神病薬や,統合失調症,うつ病など様々な病態によっても生じるから,G病院におけるこれらの画像所見は,いずれも本件事故によるびまん性軸索損傷の存在を裏付けるものではない。 また,原告が本件事故による症状として主張するC病院カルテに記載されている両鼻側下部半盲(C病院における所見)は,視神経交叉部あるいは視覚領域中心部の異常により生じるものであるから,確定診断のためにはそのような脳における異常との関連づけが必要となるが,C病院のCTでの「左側頭葉にLDA,梗塞像」,D病院のCTでの「左側頭-頭頂部(角回付近)異常陰影」との所見とは部位が一致しない。 (4)統合失調症の可能性及び神経症状等について岐阜労働局地方労災医員であるP医師によれば,本件事故後の原告の症状は,次のとおり,神経障害としての統合失調症に伴う認知障害(=高次脳機能障害)であると考えられるとしている(乙23,36)。 ア原告は,統合失調症に罹患しており,原告の 本件事故後の原告の症状は,次のとおり,神経障害としての統合失調症に伴う認知障害(=高次脳機能障害)であると考えられるとしている(乙23,36)。 ア原告は,統合失調症に罹患しており,原告の統合失調症症状は,緩徐な経過を取りながら,平成5年10月中旬頃には顕在化していた。 イ原告は,平成13年3月の専門学校卒業と同4月の就職という出来事を契機として,病状の増悪を来たし,同年4月4日から同年6月1日までE病院へ入院,さらに,同年10月20日から同年11月30日までF病院へ入院しているが,これらは統合失調症の脆弱性仮説と,ストレス耐性閾値の低下を来すというストレス仮説で説明できる。 ウ認知機能障害(=高次脳機能障害)は統合失調症患者の85~90%に認められ,発病前の前駆期ですでに出現している。それ故,認知機能障害は統合失調症の結果ではなく,その背景となる特性を反映し,発症に至る脆弱性を示していると考えられる。認知機能障害は,外傷性,器質性の変化によってのみ生じるものではない。 エ B病院のCT所見の「左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮,左に強し」は,統合失調症の患者に見られるCT所見と同一である可能性が高い(乙30)。 オ統合失調症患者においては全脳体積の極軽度の減少,脳室の拡大等が見られる。D病院及びG病院のMRIで指摘された「年齢相当以上の脳萎縮」は,統合失調症のMRI所見と矛盾するものではない。 カ G病院のPET・SPECT所見の「両側前頭前野内側面及び帯状回の局所糖代謝低下・局所脳血流低下」は,統合失調症患者の画像所見を示唆するということができる(乙30,38,39)。 原告が神経症状であると主張する症状は,記銘力障害,失語,病的反射,失行であるところ,原告が根拠とするD病院カルテには,医師 症患者の画像所見を示唆するということができる(乙30,38,39)。 原告が神経症状であると主張する症状は,記銘力障害,失語,病的反射,失行であるところ,原告が根拠とするD病院カルテには,医師により「失語(-),失認(-),失行(-)」と記載されており,S.T(言語療法士)によるリハビリステーション経過報告書でも失語症ではなく記銘力低下の影響かと考えられる旨記載されており,原告に失語,失行の症状は認められず,記銘力障害は神経症状としても精神症状としても出現するものである。また,原告が主張するように,病的反射が統合失調症では説明がつかないとしても,外傷前からあったものであるのか不明であり,もしそうであるとすれば,K医師のCT所見で指摘されている脳萎縮との関係が考えられ,さらに,反射の亢進は,運動繊維の中でどこかに障害があるということを示しているだけで,高次脳機能障害と直接の関係があるわけではないから,これらが本件事故による症状とまでは認められず,原告が本件事故によって高次脳機能障害を発症したことの根拠とはならない。 (5)他の疾患の可能性O医師によれば,原告の訴える症状の原因として,慢性外傷後頭痛や外傷後神経症が原因である可能性が考えられる(乙18)。 第3 当裁判所の判断 1 前掲前提事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 (1)本件事故前の原告の状況(甲8,13ないし16,38ないし42,原告本人)ア原告は,中・高生時代から成績は中の上で,高校時代は生徒会役員を務めていた。 イ原告は,高校卒業後,Q大学獣医畜産学部畜産土木工学科に進学して畜産利水開発学研究室に所属し,牛ふんスラリーという液体を発酵させて肥料にする過程を観察・実験し卒業論文を書き,4年間で単位を イ原告は,高校卒業後,Q大学獣医畜産学部畜産土木工学科に進学して畜産利水開発学研究室に所属し,牛ふんスラリーという液体を発酵させて肥料にする過程を観察・実験し卒業論文を書き,4年間で単位を取得して平成4年3月に同大学を卒業した。なお,原告は,大学では,テニスサークルに所属していた。 ウ原告は,A株式会社に自然科学系の部署であるバイオ事業部門があったことから,大学卒業後の平成4年4月,同社に就職し,新事業本部で培土生産業務に従事した。同業務には,顧客の要望に応じた培土を調合し生産するなどの仕事が含まれ,原告は,園芸用や水稲用の培土を作っていた。 原告は,平成5年7月の全社大会において社長から銀賞の表彰を受けるなど成績を評価された。会社の同僚は,原告が同大会の口頭発表においてメモを見ることなく細部まで時間通りに発表したことに感心した。 エ原告は,本件事故の前である平成5年7月(原告の陳述書・甲16では同年8月),営業職に異動した。その後,岐阜県近辺の顧客を訪問し,培養土に関する注文や相談を受け,集金を担当し,また,上司とともに新規取引先を回るなどの仕事もしていた。 (2)本件事故の状況ア本件事故は,前掲前提事実のとおり,信号機のない交差点で,原告の運転する車両が交差点に進入したところ,優先道路である交差道路を左方から時速約50キロメートルで走行してきた訴外第三者の乗用車との間で,その車両の前部同士が衝突し,原告車は反転してガードレールに激突し,両車両とも全損状態となったというものである。原告は,後のD病院での受診の際,前頭部にこぶを負ったと述べている(甲21)。 イしかし,両車両の損傷状況を示す客観的な証拠はなく,事故態様の詳細についても不明であるため,本件事故で原告の身体のどこにどの程度の衝撃を受けたか 前頭部にこぶを負ったと述べている(甲21)。 イしかし,両車両の損傷状況を示す客観的な証拠はなく,事故態様の詳細についても不明であるため,本件事故で原告の身体のどこにどの程度の衝撃を受けたかについても明らかでない。 (3)本件事故当日の受診等(甲6,16,20,21,36,乙9,10,11,16,原告本人)ア原告は,本件事故直後である午後4時50分頃,救急搬送され,平成5年8月25日午後5時10分にB病院に到着した。 イ原告は,同病院で,頭部及び頚部レントゲン検査,頭部CT検査の施行を受け,「頭部外傷Ⅱ型,頚椎捻挫」と診断されたが,各レントゲン検査の結果は異常なしとされ,経過観察とされた。 ウ同日施行された頭部CTの所見用紙(ただし,読影日は同月27日)には,K医師により,所見欄に「左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮あり。脳梗塞あるいは古い脳挫傷か?左に強し。」との記載が,コメント欄に「モヤモヤ病 AVM(動静脈奇形)等。念のため,一度造影CTを。 少なくとも今回の外傷による異常ではないですし,外傷による他の異常は,ありません。」との記載がされている(以上の所見欄及びコメント欄の記載内容を,以下「K所見」という。)。ただし,同CT画像自体は残存しておらず,K医師による上記所見用紙の概念図への書込みが残存するのみである。 エ原告本人は,現在の記憶として,本件事故後救急搬送され,B病院に到着し,検査等を受けたことを記憶していない。しかし,本件事故当日の同病院のカルテの「既往症・原因・主要症状・経過等」の欄には,原告に意識障害があったことを示す記述はない。また,後のD病院での受診の際には,原告は,事故の際の記憶はないが,搬送先のB病院では意識もあり歩行もできたと述べた。 オ原告の直接の上司であったMは 告に意識障害があったことを示す記述はない。また,後のD病院での受診の際には,原告は,事故の際の記憶はないが,搬送先のB病院では意識もあり歩行もできたと述べた。 オ原告の直接の上司であったMは,原告の救急搬送の連絡を受け,本件事故現場を経由して同病院へ赴き,約1時間待機した後,診察室から出てきた原告を迎えたが,その際,原告の意識はしっかりしていたと感じた。原告本人は,現在の記憶として,病院の待合室で,上司が座っていたことをぼんやりと記憶している。原告は,午後6時半頃,同病院からMとともに帰宅したが,原告本人の現在の記憶としては,その際の記憶はない。しかし,Mは,帰宅する際の道中も原告の意識はしっかりしていた旨述べている。原告本人の現在の記憶として,帰宅後,親から休むように言われすぐ横になったことや,Mと父と座っていたこと等を断片的に記憶しているのみで,本件事故の翌日の行動については,会社に出勤したか否かも含めて記憶がない。 (4)本件事故の翌々日の再受診(乙11,甲36)ア原告は,本件事故の翌々日である平成5年8月27日,B病院で再受診した。原告は,同受診の際,頚部痛,右頭痛を訴え,また,左のスリッパが脱げやすいと左下肢の筋力低下を訴えた。しかし,吐き気はなく,指しびれもなかった。同日のカルテには,他に,「スパーリングテスト(-),処方アドフィード3袋」と記載されている。 イ原告は,現在の記憶として,同日同病院で再受診した際,検査の結果異常なしと言われたことは記憶しているが,同日の受診を,本件事故翌日のことと記憶しており,受診の結果,異常なしと言われたため,その日は出勤したと記憶している(甲6,16)。 (5)C病院で受診するまで(甲6,8,16,20,24,38,原告本人)ア原告は,現在の記憶として,本 り,受診の結果,異常なしと言われたため,その日は出勤したと記憶している(甲6,16)。 (5)C病院で受診するまで(甲6,8,16,20,24,38,原告本人)ア原告は,現在の記憶として,本件事故後,初めのうちは問題なく過ごせていたと記憶している。 イ原告は,本件事故から1週間くらい後である平成5年9月初旬頃から,後頭部がどんとする痛みから,首にかけて硬くなって動かせなくなり,イライラが生じ,汗をかきやすくなった。 ウ原告は,その後も後頭部の痛みと首が動かせない状態が2週間ほど続いたため,同年9月22日及び23日,あんまマッサージ指圧師を訪ねてマッサージを受け,その後も2~3回マッサージを受けに行った。その頃,原告は,後頭部の手のひらの大きさの範囲くらいが痛み,痛むと1分半くらい続くことがあった。 エ原告は,同年10月頃になり,言葉がうまくしゃべれなくなったり,記憶力が落ちる等の症状を父親に訴えるようになった。そのころから,原告は,会社では受けた電話での注文を書こうとしても忘れてしまったり,営業先で客と話をする際,前日に観た野球の試合の点数を忘れていたりしたため,電話を取ったり人と話をしたりするのが怖く感じるようになった。 その頃,原告は,様々な資材を混ぜて園芸用の土を生産する仕事で,最後に山土を混ぜる必要があったにもかかわらず,それを混ぜない形の配合表で発注し納品してしまうというミスをしたことがあった。また,原告は,それまでは20~30分で書いていた日報に1時間程度かかるようになったなど,あまりに物忘れがひどいと感じた。もっとも,原告は,同月16日,フォークリフトの取扱い試験には合格した。 オ原告は,ミスを恐れて精神的に不安定となり,同年10月27日,Jセンターの所長と面会し指導を仰いだ。原告は,仕事を た。もっとも,原告は,同月16日,フォークリフトの取扱い試験には合格した。 オ原告は,ミスを恐れて精神的に不安定となり,同年10月27日,Jセンターの所長と面会し指導を仰いだ。原告は,仕事を休んで休養を取るようにとのアドバイスを受けたが,仕事を休むことでさらに記銘力が低下することが怖かったことから,仕事を続けた。 他方で,原告は,本件事故後も,テニスや合気道といった趣味を続けていた。 カしかし,その後,原告は,さらに記銘力が低下し,覚えていられることが少なくなったと感じ,会話のスピード自体も次第に遅くなり,次第に言葉がスムーズに出てこないようになったため,C病院で受診することとした。 キなお,Mは,原告が,平成6年7月頃生産部に異動するまでの間は,少なくとも普通に営業部で仕事に従事していたと供述する(乙16)。また,同社の生産部の原告の上司であったN氏は,平成6年7月以降も原告は普通に仕事に従事したが,平成8年3月頃から,不気味な笑いを浮かべるなど行動がおかしくなったと供述する(乙17)。 しかし,同社で原告の1年先輩のR氏は,本件事故後,原告の話すスピードが極端に遅くなり,冗談も少なくなり,仕事上の指示にも自信がなさそうで,何かを安心して任せられる状態ではなかった旨供述し(甲42),原告の従兄弟であるS氏は,本件事故後,原告の様子は本件事故を境にして明らかに違っており,話が滑らかにできなかったり,話が途中で途切れたりすることがあり,行動もゆっくりになっており,このようなことは事故後の年月が経つにつれて顕著になっていると感じると供述する(甲40)。 (6)C病院における受診等(甲16,20,24)ア原告は,平成5年12月21日からC病院神経内科に受診し,主訴として,「くびの鈍痛,会話が遅くなった,しゃ ると感じると供述する(甲40)。 (6)C病院における受診等(甲16,20,24)ア原告は,平成5年12月21日からC病院神経内科に受診し,主訴として,「くびの鈍痛,会話が遅くなった,しゃべるのがおっくう,汗をかきやすい,ものがみにくい」と訴えた。また,「本件事故の1週間後よりくびのどーんとした感じが続いている。その他,イライラ,汗をかきやすくなっている。」,「本件事故以後,物をみるのに集中できない」,「本件事故以後,記銘力低下,集中力低下を自覚。」,「左腕外(・・記載内容が不明であり中略‥)が右腕より鈍い」などと訴えた。 イ同日,同病院神経内科医師は,眼科医師に対し視野検査等を依頼し(依頼書には「CT上,左側頭葉にLDA(低吸収域)を認めます。」と記載されている。),これに対する回答として,眼科医師は,「ゴールドマン視野検査は別紙の如く両鼻下側にdefect(欠損)あるようです。定期的に視野検査させていただければ幸いです。」等と報告した。 ウまた,同日,同病院神経内科医師は,「短期言語治療処方箋」で,リハビリテーション科言語室に対し,ウェリスラー成人知能検査等による言語機能の評価を依頼し,同日から平成6年1月18日までの間に同検査が実施され,その結果として,言語性評価点合計52点,動作性評価点合計46点,全検査評価点合計98点との記載,同評価欄には「言語性・動作性IQに差はなく,全体的にみて知能レベルは“平均”でした。下位検査の分析を行ったところ,記銘力,注意力,集中力に関する項目で特に成績低下を認めました。」との記載がある。 エまた,同日(平成5年12月21日),同病院において,原告の頭部CT検査が施行された。原告は,同日付で,「脳梗塞」と診断され,同疾病のため,通院の上検査治療のため,1ヶ月間の通院を要 ある。 エまた,同日(平成5年12月21日),同病院において,原告の頭部CT検査が施行された。原告は,同日付で,「脳梗塞」と診断され,同疾病のため,通院の上検査治療のため,1ヶ月間の通院を要するとされた。 オ原告は,同6年1月7日,同病院神経内科で再受診し,本件事故以後,「物をやるのに集中できない,物が覚えられない」と訴えた。同日付同科のカルテ「総括」欄には,「頚部ジャクソン徴候,記銘力低下,両鼻側半盲」と記載されており,また,「反射」の欄には左半身の反射の異常が見られることが記録されている。 カ原告は,同日,同病院において,言語訓練士の指導を受けた。同日付け「リハビリテーション経過報告書」には,「語想起能力は保たれていますが,長い文章での説明では,やや文の組み立てが乱れます。また口頭命令に従うといった複雑な文の理解に軽度の障害がみられました。それらの症状は,失語症ではなく,記銘力低下の影響下と考えられます。」と記載されている。また,原告に対し,同日,頭部MRI検査が実施された。 キ同病院の同年1月17日付カルテには,原告の訴えについて,「不変」と記載されている。 (7)D病院における受診等(甲16,21,25)ア原告は,平成6年1月21日,更なる検査の必要性から,C病院の紹介で,D病院で受診し,主訴として,記銘力障害(電話番号がすぐにでも覚わらない,約束を忘れてしまっている。)を訴えた。また,「本件事故後1週間ほどしてから頭がボーッとする。後頭部がドーンとする。症状はなかなか改善せず,集中力がなくなる。」と訴えた。同日付カルテによれば,原告には四肢筋力低下が見られたが,シビレ,歩行障害,めまい,ふらつきは見られなかった。 イ同日付けカルテには,「総括」の欄には,「1)頚部前屈時痛,2)深部 訴えた。同日付カルテによれば,原告には四肢筋力低下が見られたが,シビレ,歩行障害,めまい,ふらつきは見られなかった。 イ同日付けカルテには,「総括」の欄には,「1)頚部前屈時痛,2)深部反射亢進 Rt(右)>Lt(左),3)神経心理学的障害」,「1 全身所見」の欄には,「alexia(失読症)(-),agraphia(失書症)(-),漢字を忘れっぽい,言葉が出にくい,apraxia(失行症) 今までできた動作の手順ができない」,「4 脳神経」の欄には,「舌下舌萎縮(-),細かい動きはできないという」と記載されている。 また,「10 反射」として,「「下顎 N(正常)」,「上腕二頭右(+)<左(+)」,「上腕三頭右(+)<左(+)」,「橈骨右(+)<左(+)」,「ワルテンベルグ右(-)左(+)」,「ホフマン右(-)左(+)」,「膝右(+)左(++)」,「アキレス右(+)左(++)」,「膝間代右(-)左(-)」,「足間代右(-),左(-)」,「バビンスキー右(-),左(-)」,「チャドック右(-),左(-)」,「ロッソリモ右(-),左(-)」」等と記載されており,さらに,「13 失語(-),失認(-),失行(-)」と記載されている。 ウまた,同日付け臨床診断として,MRI画像上,左側頭頭頂部病変(角回)と診断されている。同病院のカルテの同日付経過治療欄には,「<脳CT>12/21’93県病院両側シルヴィウス裂描出年齢の割に脳室拡大(軽度左右対称) ltangulargylus(左角回)付近に境界不鮮明LDA(低吸収域)」とのコメント付きのスケッチが記載されている。また,<脳MRI>と題するスケッチにおいては,脳溝を含む部分に「T2強調像にて高信号」などと指摘されている。さらに, に境界不鮮明LDA(低吸収域)」とのコメント付きのスケッチが記載されている。また,<脳MRI>と題するスケッチにおいては,脳溝を含む部分に「T2強調像にて高信号」などと指摘されている。さらに,原告に対する頚部MRI画像上には,異常は認められなかった。 エ同カルテの同月24日付けの脳外科宛の「依頼箋」には,「脳CTでLDA(低吸収域)あり。脳溝の拡大かと思われましたが,MRI冠状断像では明らかに同部の皮質に異常像を認めます。」等と記載されている。また,原告に対し,同日,MR血管撮影検査が施行された。 オ同カルテの同月28日付経過治療欄には,「主訴的訴え」として「症状は徐々に改善してきている。たくさんのことを同時に注意できる。まだメモしないと覚われない(記銘力障害)」と,「客観的情報」として「脳外の脳動脈撮影(両側),腫瘍,動静脈奇形は否定される。脳梗塞は否定できないが年齢的に言っても外傷による脳挫傷と考える。」等と,「評価」として「右錐体路徴候が明らかになってきている。」と,「計画」として「脳挫傷として経過観察」等と記載されている。 原告は,同日付で,同病院において「脳挫傷(左頭頂葉)疑」と診断された。同日付け診断書には,「今後6か月間の通院治療を要する。軽度の記銘力障害及び右上肢巧緻運動障害を認めるが,通常の業務への就労には支障はないと考えられる。ただし,高度の判断力を要する仕事に従事する際には配慮が必要と思われます。」と記載されている。 (8)会社退職からG病院受診に至るまで(甲6,16,38,乙24,原告本人)ア原告は,本件事故前との落差から自信を喪失したため,平成6年3月,会社に辞表を提出した。しかし,「君一人いなくても大丈夫だから,リハビリのつもりできたらいいよ。」などと言われて慰留された。も ア原告は,本件事故前との落差から自信を喪失したため,平成6年3月,会社に辞表を提出した。しかし,「君一人いなくても大丈夫だから,リハビリのつもりできたらいいよ。」などと言われて慰留された。もっとも,原告は,同年7月(原告の陳述書・甲16では同年4月),営業の仕事を外され,入社当時と同じ培土生産の工場勤務に配置換えとなった。 イ原告は,平成8年頃,すでに会社に症状を隠せなくなっており,徐々に疲れやすくなり記憶力もさらに低下してきた。症状が進むにつれ,部署の異動があり,新しい仕事を覚えられない等から,周囲の目が気になるようになり,朝は緊張して出勤する決心がつかない日もあった。 ウ原告は,平成8年3月25日,E病院を受診し,原告の母Tは,原告が,2か月前くらいから,「自分の中で色々指図したり,命令してくれる「あなた」,「あんた」という人がいる」と訴えるようになり,「それに自分で答える様になった。」と訴えた。原告は,受診の際,「命ずる声は男の人」,「人間を作る元の人が来てるから仕方ない,自分だけでなく,周りの人までそうなっている,世の中破滅しようとしていた」などと述べた。 原告は,同病院において「S(統合失調症)」と診断され,同日から約3か月間,同病院に入院した。原告は,同入院期間は,投薬と規律ある生活で,よく眠れるようになった。 エ原告は,同病院を退院した後,会社を休職したが,同年8月15日,会社から自主退職を勧められ,会社を退職した。以後,原告は,依然として疲れやすいままで職に就くことはできなかった。 オ原告は,介護士になることを志し,平成11年に専門学校に入学し,2年後の平成13年3月に同校を卒業して介護福祉士及びレクリエーションインストラクターの資格を取得した。専門学校に入学した後も,記憶障害・言 介護士になることを志し,平成11年に専門学校に入学し,2年後の平成13年3月に同校を卒業して介護福祉士及びレクリエーションインストラクターの資格を取得した。専門学校に入学した後も,記憶障害・言語障害があり疲れやすく集中できなかったが,午前10時から午後3時までの授業を終え,家に帰るとすぐ布団に入った。母親が病院へ薬を取りに行くなどしていた。 原告は,専門学校卒業後は福祉施設に就職が内定していたものの,事前研修が終わった後,同施設の人に辞めることを勧められ,同施設に就職することを断念した。 カ原告は,E病院退院後も,同病院へ通院していたが,同13年4月4日から同年6月1日まで,同病院に入院し,また,同月26日から同月28日まで,同病院に入院した。(乙24,31)キ原告は,平成13年10月20日,自ら腹部,左胸部を果物ナイフ,包丁等で刺し,F病院へ救急搬送されICU入院となった。そして,原告は,同月25日,F病院の外科から精神神経外科へ転科し,統合失調症と診断され,同年11月30日まで入院療養し,退院後も,同病院へ,引き続き月1,2回の通院療養を継続した。(乙25,甲5の1)(9)G病院における受診,治療経過等(甲1,4,5の1,29)ア原告は,平成17年7月25日,F病院の紹介で,G病院脳神経外科に受診し,記銘力障害や計算能力,作業能力低下等の症状を訴えた。 イ原告は,同病院において,同年8月8日,MRI検査,ECD-SPECT検査及びWAIS-R等の各種精神心理学検査を,同月26日,FDG-PET検査及び各種神経心理学検査を受けた。 ウ同病院で施行された神経心理学検査の結果,WAIS-R全検査IQが85点(言語性IQ88,動作性IQ84)で,全体的な能力がやや低下しているとされているほか,記憶能 神経心理学検査を受けた。 ウ同病院で施行された神経心理学検査の結果,WAIS-R全検査IQが85点(言語性IQ88,動作性IQ84)で,全体的な能力がやや低下しているとされているほか,記憶能力,特に言語性の記憶能力の低下が顕著であり,論理的な記憶などができていない,一度に記憶できる量が少なく,保持することも困難になっている,情報処理速度が遅く,遂行能力が低下していると考えられ,同時に要求されることが増えると混乱し処理速度が更に落ちる等と診断されている。 エ同病院のH医師は,画像所見の結果,「1.MRIにおける軽度~中等度の「びまん性脳萎縮」の存在(同年齢の健常人との比較において),2. FDG-PETにおける両側前頭前野内側面及び帯状回の局所糖代謝低下,3.ECD-SPECTにおける両側前頭前野内側面及び帯状回の局所脳血流低下,4.MRdiffusiontensorimage でみられる脳梁膨大部後半における tractの減少」より,原告にびまん性軸索損傷があると診断している。そして,頭部外傷が本件事故以外になかったとすると,現在出現している高次脳機能障害(神経症状)は,本件事故による頭部外傷に起因するものと判断せざるを得ないとしている。 (10) 現在の原告の生活状況ア原告は,平成15年から現在に至るまで,月曜から金曜まで「U」という作業所に通い,紙箱の組立て,箱のシール貼り,ガムなどのパック詰め,手提げ袋の持ち手付けなどの簡単な作業を行っているが,疲れやすく翌日に疲労が残るため,終了時間まで作業することができない。 イ甲16の陳述書作成時である平成21年当時,原告は,疲れやすく,集中力に欠ける状況が続いており,一度に複数のことを指示されると判断ができない,記憶力が低下している,会話がスムーズにできない イ甲16の陳述書作成時である平成21年当時,原告は,疲れやすく,集中力に欠ける状況が続いており,一度に複数のことを指示されると判断ができない,記憶力が低下している,会話がスムーズにできない,無理をした翌日は疲れが残るという症状がある。 (甲6,16,38,原告本人) 2 高次脳機能障害及びびまん性軸索損傷に関する医学的知見についてこのことについて,掲記の証拠によれば,次のとおりと認められる。 (1)びまん性軸索損傷とはびまん性軸索損傷とは,脳全体に回転角加速度衝撃が加わった場合に,脳内に剪断力が働き,大脳表面と大脳辺縁系及び脳幹部を結ぶ神経軸索が広い範囲に切断されるか損傷されるかして,広範な神経連絡機能の断絶を生じることとなる病態をいう(乙19,26,35,41,甲52)。 (2)高次脳機能障害とは高次脳機能障害とは,麻痺・感覚障害・失調など要素的な身体症状によるものではない言語・認知・行為・記憶・その他さまざまな知的能力及びそれらの維持に必要な背景の障害と定義される(乙5)。高次脳機能障害は,脳の局所性損傷でも,びまん性損傷でも生じる(乙8)。 (3)脳損傷による高次脳機能障害の病像「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」が作成した平成19年2月2日付けの「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について」(報告書)と題する書面(甲17。以下「自賠責報告書」という。)によると,自賠責保険(共済)における「脳外傷による高次脳機能障害」とは,脳外傷後の急性期に始まり多少軽減しながら慢性期へと続く,以下の①ないし⑤の特徴的な臨床像を指すとされている。弁論の全趣旨によれば,これは,「自賠責保険(共済)における」との限定が付されているが,脳外傷による高次脳機能 り多少軽減しながら慢性期へと続く,以下の①ないし⑤の特徴的な臨床像を指すとされている。弁論の全趣旨によれば,これは,「自賠責保険(共済)における」との限定が付されているが,脳外傷による高次脳機能障害に関して,現在における一般的な医学的知見を総合したものと解される。 ① 典型的な症状-多彩な認知障害,行動障害及び人格変化認知障害とは,記憶・記銘力障害,注意・集中力障害,遂行機能障害などで,具体的には,新しいことを覚えられない,気が散りやすい,行動を計画して実行することができない,などである。行動障害とは,周囲の状況に合わせた適切な行動ができない,複数のことを同時に処理できない,職場や社会のマナーやルールを守れない,話が回りくどく要点を相手に伝えることができない,行動を抑制できない,危険を予測・察知して回避的行動をすることができない,などである。人格変化とは,受傷前には見られなかったような,自発性低下,衝動性,易怒性,幼稚性,自己中心性,病的嫉妬・ねたみ,強いこだわりなどの出現である。 なお,これらの症状は,軽重があるものの併存することが多い。 ② 発症の原因及び症状の併発上記①の認知障害,行動障害,人格変化は,主として脳外傷によるびまん性脳損傷を原因として発症するが,局在性脳損傷(脳挫傷,頭蓋内血腫など)とのかかわりも否定できない。実際のケースでは,両者が併存することがしばしば見られる。また,びまん性脳損傷の場合,上記①の症状だけでなく,小脳失調症,痙性片麻痺あるいは四肢麻痺の併発も多い。これらの神経症状によって起立や歩行の障害がある事案においては,脳外傷による高次脳機能障害の存在を疑うべきである。 ③ 時間的経過脳外傷による高次脳機能障害は,急性期には 多い。これらの神経症状によって起立や歩行の障害がある事案においては,脳外傷による高次脳機能障害の存在を疑うべきである。 ③ 時間的経過脳外傷による高次脳機能障害は,急性期には重篤な症状が発現していても,時間の経過とともに軽減傾向を示す場合がほとんどである。これは,外傷後の意識障害の回復経過とも似ている。したがって,後遺症の判定は,急性期の神経学的検査結果に基づくべきではない。経時的に検査を行って回復の推移を確認すべきである。しかし,症例によっては,回復が少ないまま重度な障害が持続する場合もある。 ④ 社会生活適応能力の低下上記①の症状が後遺した場合,社会生活への適応能力が様々に低下することが問題である。これを社会的行動障害と呼ぶこともある。軽症で,忘れっぽい程度の障害であれば日常生活への影響は少ない。しかし,重症では就労や就学が困難になったり,介護を要する場合もある。 ⑤ 見過ごされやすい障害脳外傷による高次脳機能障害は,種々の理由で見落とされやすい。例えば,急性期の合併外傷のために診療医が高次脳機能障害の存在に気づかなかったり,家族・介護者は患者が救命されて意識が回復した事実によって他の症状もいずれ回復すると考えていたり,被害者本人の場合は自己洞察力低下のため症状の存在を否定している場合などがあり得る。 (4)高次脳機能障害の診断基準自賠責報告書によれば,脳外傷による高次脳機能障害の診断基準に関して,次のとおり指摘されおり,これも現在における一般的な医学的知見を総合したものと解される。 ① 総論脳外傷による高次脳機能障害の症状を医学的に判断するためには,意識障害の有無とその程度・長さの把握と,画像資料上で外傷後ほぼ3か月以内に完成するびまん性脳 したものと解される。 ① 総論脳外傷による高次脳機能障害の症状を医学的に判断するためには,意識障害の有無とその程度・長さの把握と,画像資料上で外傷後ほぼ3か月以内に完成するびまん性脳室拡大・脳萎縮の所見が重要なポイントとなる。 また,その障害の実相を把握するためには,診療医所見は無論,家族・介護者等から得られる被害者の日常生活の情報が有効である。 ② 意識障害の有無とその程度脳外傷による高次脳機能障害は,意識消失を伴うような頭部外傷後に起こりやすいことが大きな特徴である。一次性のびまん性脳損傷(びまん性軸索損傷)の場合,外傷直後からの意識障害を大きな特徴とするのに対し,二次性脳損傷では,頭蓋内血腫や脳腫脹が増悪して途中から意識障害が深まるという特徴がある。また,脳外傷直後の意識障害がおよそ6時間以上継続するケースでは,永続的な高次脳機能障害が残ることが多い。意識障害の程度・期間の重要性を良く認識した上で,十分な調査が必要となる。 高次脳機能障害が問題となる事案の抽出条件として,以下のいずれかが挙げられる(ただし,必要条件ではない。)。 ⅰ 半昏睡ないし昏睡で,開眼・応答しない状態(ジャパン・コーマ・スケール(以下「JCS」という。)で3桁,グラスゴー・コーマ・スケール(以下「GCS」という。)で8点以下)が少なくとも6時間以上続くこと。 ⅱ 健忘症あるいは軽度意識障害(JCSで1ないし2桁,GCSで13ないし14点)が少なくとも1週間以上続くこと。 ③ 画像所見びまん性軸索損傷の場合,受傷直後の画像では正常に見えることもあるが,脳内(皮質下白質,脳梁,基底核部,脳幹など)に点状出血を生じていることが多く,脳室内出血やくも膜下出血を伴いやすい。受傷数日後には,しばしば 傷の場合,受傷直後の画像では正常に見えることもあるが,脳内(皮質下白質,脳梁,基底核部,脳幹など)に点状出血を生じていることが多く,脳室内出血やくも膜下出血を伴いやすい。受傷数日後には,しばしば硬膜下ないしくも膜下に脳脊髄液貯留を生じ,その後代わって,脳室拡大や脳溝拡大などの脳萎縮が目立ってくる。およそ3か月程度で外傷後脳室拡大は固定し,以後はあまり変化しない。これらを踏まえ,認定には経時的な画像資料を通して脳室拡大・脳萎縮等の有無を確認することが必要である。 また,局在性脳損傷(脳挫傷,頭蓋内血腫等)が画像で目立つ場合でも,脳室拡大・脳萎縮の有無や程度を把握することが重要である。 頭部画像上,初診時の脳外傷が明らかで,少なくとも3か月以内に脳室拡大又は脳萎縮が確認されることが,高次脳機能障害が問題となる事案としての抽出条件の一つとされる(ただし,必要条件ではない。)。 ④ 他の疾患との識別頭部外傷を契機として具体的な症状が発現し,次第に軽減しながらその症状が残存したケースで,びまん性軸索損傷とその特徴的な所見が認められる場合には,脳外傷による高次脳機能障害と事故との因果関係が認められる。 一方,頭部への打撲などがあっても,それが脳への損傷を示唆するものではなく,その後通常の生活に戻り,外傷から数か月以上を経て高次脳機能障害を思わせる症状が発現し,次第に増悪するなどしたケースにおいては,外傷とは無関係に内因性の疾病が発症した可能性が高いものといえる。 画像検査を行って,外傷後の慢性硬膜下血腫の生成や脳室拡大の伸展などの器質的病変が認められなければ,この可能性はさらに支持されるものと考えられる。この可能性の中には非器質性精神障害も含まれる。 ⑤ 脳震盪との関係脳振盪症候群,MTBI(MildTraumat 質的病変が認められなければ,この可能性はさらに支持されるものと考えられる。この可能性の中には非器質性精神障害も含まれる。 ⑤ 脳震盪との関係脳振盪症候群,MTBI(MildTraumaticBrainInjury )の評価については,現在の画像検査において外傷所見が見出せず,また,意識障害の存在も確認できない場合であっても,外傷による障害があるものが相当数存在するので,脳外傷による高次脳機能障害と認定すべきだとする問題提起があるが,現在臨床において一般的に実施されているCT,MRI等の検査において外傷の存在を裏付ける異常所見がなく,かつ,相当程度の意識障害の存在も確認できない事例について,脳外傷による高次脳機能障害と認定の存在を確認する信頼性のある手法があると結論するには至らなかった。従って,当面,従前のような画像検査の所見や意識障害の状態に着目して外傷による高次脳機能障害の有無を判定する手法を継続すべきである。しかしながら,上記結論は,あくまでも現在の医療水準の到達点を前提とするものであって,現在の画像診断技術で異常が発見できない場合に外傷による脳損傷が存在しないと断定するものではなく,この点については,今後の画像診断技術などの向上・進歩に応じて,従前の画像診断による手法に拘泥することなく,適切に対応すべきである。 3 本件事故と原告の症状との因果関係について前記の医学的知見及び後記摘示の医学的知見に照らして,前記認定事実(及び証拠状況)から本件事故と原告の症状との因果関係について,特にびまん性軸索損傷の存否の判断を中心として,次に検討する。 (1)受傷後の意識レベルについてア本件事故直後の原告の意識レベルについて前示のとおり,原告は,本件事故から約20分後に救急車で到着したB病院の救急外 中心として,次に検討する。 (1)受傷後の意識レベルについてア本件事故直後の原告の意識レベルについて前示のとおり,原告は,本件事故から約20分後に救急車で到着したB病院の救急外来で,「頭部外傷Ⅱ型,頚椎捻挫」と診断されたのであるが,頭部外傷Ⅱ型とは脳震盪を意味すること(弁論の全趣旨),脳震盪を診断した医師としては,脳損傷の有無を判断するため,意識障害の有無について着目すべきであり,意識障害が認められたなら,それが軽度のものであっても重要な事実としてこれをカルテに記載すると考えられるところ,本件事故当日のカルテには意識障害の有無に関する記載はないこと,原告は,後に受診したD病院で,(B病院では)意識もあり歩行もできた旨述べたこと,本件事故から1時間半くらいが経過したころ,診察室から出てきた原告を迎え,車で原告の自宅に送り届けた上司のMは,その際の印象として,原告はしっかりしていたと述べていること,他方,原告は,D病院では,本件事故時の記憶はない旨述べたこと,原告本人は,現在の記憶として,本件事故発生からB病院到着までの間は記憶がない旨述べていること,以上によれば,原告は,脳震盪により病院に搬送されるまでの間,軽度の意識障害や逆行性健忘が生じていた可能性があると考えられるが,本件事故により原告に半昏睡以上の意識障害が生じていたと認めることはできない。 なお,原告は,B病院のカルテには検査記録等が綴られていないこと,「受傷当時意識はなかった」旨の記載がある同病院の平成16年9月6日付け診断書(乙1)を作成したI医師は,当時原告を診察した医師ではないが,このような場合,医師は,カルテの記載など当時の資料に基づき診断書を作成すべきであること,以上によれば,当時の原告の意識障害を示す資料が別に存在する可能性がある旨主張 原告を診察した医師ではないが,このような場合,医師は,カルテの記載など当時の資料に基づき診断書を作成すべきであること,以上によれば,当時の原告の意識障害を示す資料が別に存在する可能性がある旨主張するが,受傷ないし診療当時の意識の有無は,カルテ本体に記載するのが通例であり,検査記録等に証拠が残存するような事柄とは考えにくいこと,本件事故当日のカルテの記載は,前後に継続する部分が存在したり別に検査記録等が存在したりすることを窺わせるような内容ではないこと(なお,レントゲン画像やCT画像については,別保管とされることが多いため,カルテが残存しながらこれらが残存しないことは不自然とはいえない。),診療から年月を経て診療をした医師ではない医師が残存するカルテに基づき当時の病状に関して診断書を作成するに当たっては,診断書作成時における患者の供述を参考資料とすることがないとはいえないこと,したがって,「受傷当時意識はなかった」との上記診断書の記載は,当該診断書作成時における原告の記憶を反映したものである可能性があること,以上によれば,当時の原告の意識障害を示す資料が別に存在する可能性があるとする上記原告の主張をもって,原告に半昏睡以上の意識障害があったとは認められないとする前示の判断が左右されるということはできない。 また,原告の父の陳述書(乙9)にある「事故直後から病院まで本人意識なし」との記載については,その内容が原告の父が直接知っているはずのない事柄であること,また,前示の証拠状況とも齟齬があるというべきであることからすると,これも,その作成当時における原告の記憶を反映したものである可能性があるというべきであるから,採用することはできない。 イ本件事故後1週間程度の間の意識レベルについて前記認定事実によれば,原告は,本件事 当時における原告の記憶を反映したものである可能性があるというべきであるから,採用することはできない。 イ本件事故後1週間程度の間の意識レベルについて前記認定事実によれば,原告は,本件事故当日には,医師の診察を受けたほか,Mや家族と接触し,遅くとも翌々日以降には,勤務先会社の者やその営業先の者とも接触したと考えられるところ,診察した医師が原告の意識レベルについて疑問を抱いたとする証拠はなく,むしろ,異常なしとの判断を原告に対し示したこと,B病院に搬送されて以降,自覚的にも他覚的にも原告の意識レベルが低下していたことを窺わせるエピソードは見当たらないこと,以上によれば,本件事故後1週間程度の間に原告に軽度の意識障害が生じていたと認めることもできない。 なお,原告本人は,本件事故後の行動についての記憶が断片的である旨述べるが,本件事故後の行動について問い質され,記憶を喚起したのがC病院受診時であったとすれば,その時点で本件事故から約4か月が経過していたのであるから,記憶が断片的であるとしても特に不自然ということはできない。 ところで,原告は,脳外傷による意識レベルの低下は見落とされやすい旨主張するが,本件事故当日及び翌々日の診療で,担当医師は,脳のレントゲン・CT撮影を指示し,その結果を検討するなど,原告の脳損傷の有無について注意していたと考えられるから,その際,原告の意識レベルの低下を見落としたとは考えにくく,意識レベルの低下を認めていたならカルテに記載したはずであること,また,翌々日以降,原告が意識レベルが低下した状態で普通に営業職に従事することができたとは考えにくいところ,従事に支障を生じたことを窺わせるエピソードがあったとは認められず,仮にそのようなエピソードがあれば,本件事故との関連性が問題とされたはずで 普通に営業職に従事することができたとは考えにくいところ,従事に支障を生じたことを窺わせるエピソードがあったとは認められず,仮にそのようなエピソードがあれば,本件事故との関連性が問題とされたはずであることからすると,上記原告の主張をもって原告に意識障害が生じていた可能性を認めることはできない。 ウ以上のとおり,本件事故後の原告には,B病院に搬送されるまでの間,脳震盪による軽度の意識障害又は逆行性健忘が生じていた可能性が認められるが,現在の一般的な医学的知見としてびまん性軸索損傷による高次脳機能障害の発症を問題とすべき6時間以上の昏睡若しくは半昏睡又は1週間以上の意識レベルの低下が生じていたとする事実があると認めることはできない。 (2)CT,MRI画像等の所見についてア医学的知見について前示のとおり,びまん性軸索損傷を診断する上の重要ポイントとして,画像所見として,急性期における何らかの異常所見又は慢性期にかけての局所的な脳萎縮,特に脳室拡大の進行,急性期は脳内の点状出血,脳室内出血,くも膜下出血であり,慢性期は事故後の画像と比較して限局性又はびまん性の脳萎縮又は脳室拡大が指摘されている。 もっとも,びまん性軸索損傷の急性期について,自賠責報告書には,脳内に出血が認められる場合が多いとされているが,純粋なびまん性軸索損傷では,受傷当日の頭蓋内は全く正常であるとか,何ら異常を認めないこともあるとする文献(乙40,甲46),外傷直後のCT及びMRIでは一見正常のこともあるが,精度の高いMRIで観察すると,脳内に散在性の点状出血を認めることが多いとする文献(乙8)がある。 また,慢性期(受傷後3か月以上)には,CT及びMRI画像上,脳の表面の脳溝が拡大し,脳萎縮による見かけ上の脳室の拡大が生じ,第3脳室及び第4 状出血を認めることが多いとする文献(乙8)がある。 また,慢性期(受傷後3か月以上)には,CT及びMRI画像上,脳の表面の脳溝が拡大し,脳萎縮による見かけ上の脳室の拡大が生じ,第3脳室及び第4脳室を含む全脳室の拡大が生じるとされている。 イ本件事故当日のCT画像について以上を前提として,本件について見れば,仮に本件事故によりびまん性軸索損傷が生じていたとした場合に急性期というべき本件事故当日にB病院で撮影されたCT画像は残存していないが,翌々日に当該画像を読影したK医師の所見(K所見)が残存しており,これによれば,当該画像上は,本件事故の外傷による異常はないとされているところ,前示のとおり,びまん性軸索損傷の有無は,受傷直後のCT画像からは判断できない場合があるとされているのであるから,このことのみをもっては,原告にびまん性軸索損傷が生じていたとも生じていなかったとも判断することはできないというべきである(ただし,H医師は,K所見が指摘する脳萎縮の場所と同じ場所に損傷が生じた可能性を指摘しているが,この指摘についての判断は,後記のとおりである。)。 ウ脳室拡大の有無について仮に本件事故によりびまん性軸索損傷が生じていたとした場合に慢性期と言うべき時期における脳画像として,前示のとおり,本件事故の約4か月後である平成5年12月21日にC病院で施行された脳CTの画像が存在し,これについて,D病院の平成6年1月21日付けカルテには,「年齢の割に脳室拡大(軽度,左右対称)」が認められる旨の記載があるところ,K所見には,脳室拡大に関する所見の記載がないことから(甲25,36,乙11),本件事故後に脳室拡大が生じた可能性があるのではないかとの疑いが問題となる。 しかし,平成6年1月のMRI画像を確認したO医師は 室拡大に関する所見の記載がないことから(甲25,36,乙11),本件事故後に脳室拡大が生じた可能性があるのではないかとの疑いが問題となる。 しかし,平成6年1月のMRI画像を確認したO医師は,同画像での脳室の大きさは,24歳という年齢からすれば僅かに拡大していると判断しても,正常範囲内と判断してもどちらでも良い所見であり,少なくとも明らかな脳室拡大の所見はない旨述べており(乙18),この判断の信用性を左右する証拠はない。 また,脳室拡大の有無ないし程度は,同じ基準で急性期と慢性期の画像を比較することが大切であり,脳室の大きさは個人差が大きいために,年齢別の正常例と比較することは不適当であることや,1回だけの画像では確定できないことが指摘されている(乙8,21,40)。 以上によれば,上記D病院のカルテに脳室拡大に関する所見の記載があることとK所見に脳室拡大に関する記載がないこととをもって本件事故後に原告の脳室に拡大が生じたと認めることはできない。 エびまん性脳萎縮の有無等についてH医師は,平成17年8月8日のG病院での原告の脳のMRI画像(甲10の2)について,軽度ないし中等度のびまん性脳萎縮が認められる旨,また,本件事故当日のCT画像でK医師が認めた左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮と同一部位又はその極めて近傍に,本件事故によって損傷が起こり,病変が拡大,進展し現在に至ったことは十分考えられる旨述べている(甲29,証人H)。 しかし,O医師は,上記MRI画像に認められる脳萎縮は,K所見の「左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮あり」と異なるものとは認められず,びまん性脳萎縮と言えるようなものではない旨,K所見にいう脳萎縮と同一の部位に本件事故による脳萎縮がさらに生じたとする可能性は確率的 ルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮あり」と異なるものとは認められず,びまん性脳萎縮と言えるようなものではない旨,K所見にいう脳萎縮と同一の部位に本件事故による脳萎縮がさらに生じたとする可能性は確率的に低いと考えるべきであるし,また,本件事故によって当該部位(皮質)に損傷が生じたとすれば,局在性脳損傷として本件事故直後のCT画像上も出血等を認めることができた可能性が高い旨述べており(乙18,証人O),この供述の信用性を妨げる証拠はないから,上記H医師の見解を直ちに採用することはできない。 なお,P医師は,統合失調症患者のCT画像に脳室拡大やシルビウス裂の開大が認められたとする報告例が多数存在し,本件事故当日のCT画像に関する「左右のシルビウス裂~中心溝近傍の脳萎縮あり」とのK所見も,これらの報告例が示す所見と同一である可能性が高い旨述べている(乙23)。確かに,乙30(239頁ないし243頁)には,脳室拡大(特に側脳室の拡大)の所見は,統合失調症患者の7割超において認められたとする報告例,その6割弱に認められたとする報告例,同所見は初回エピソード患者にも認められること,また,統合失調症患者にシルビウス裂の開大が認められる場合があることなどの記載があり,上記P医師の見解を裏付けている。そして,上記K所見にいう脳萎縮は,C病院やD病院のカルテ(甲24,25)に示された判断とも併せ見れば,脳挫傷,脳梗塞又は脳動静脈奇形などを原因とするとの疑いを生じさせるものであったことが窺われるが,原告本人は,脳挫傷や脳梗塞の既往はない旨述べており,能動静脈奇形は,D病院のMR血管撮影の結果により否定されている。しかしながら,上記K所見にいう脳萎縮については,統合失調症患者に認められる所見と同一と認めるに足りる具体的証拠はないというべきであり,統合失 形は,D病院のMR血管撮影の結果により否定されている。しかしながら,上記K所見にいう脳萎縮については,統合失調症患者に認められる所見と同一と認めるに足りる具体的証拠はないというべきであり,統合失調症との関連性は1つの可能性として有力であるとしても,O医師が述べるように(乙18),その原因は不明というべきものと考える。 オまとめ以上のとおりであるから,本件事故直後のCT画像には,びまん性脳萎縮など本件事故による脳損傷を示す所見はないというべきであり,また,同CT画像に関するK所見と本件事故から4か月後のCT・MRI画像とを対比した場合に,びまん性脳萎縮に特徴的というべき慢性期における脳萎縮(脳室拡大)が生じていると認めるに足りる証拠はないというべきである。 カトラクトグラフィーについてなお,H医師は,MR diffusiontensorimageで原告の脳梁膨大部後半のトラクトの減少が認められることをびまん性軸索損傷を診断する根拠の1つであるとしている(甲4)。 しかし,O医師は,「シルビウス裂~中心溝近傍」に脳萎縮が存在すれば,脳梁後半部は当然に神経繊維が減少している部位であり,K所見の指摘する脳萎縮が本件事故以前からあったのであれば,「脳梁後半部における神経繊維の減少」は,本件事故によるびまん性軸索損傷を示すものではない旨述べており(乙18),この供述の信用性を妨げる証拠はないから,上記H医師の判断を採用することはできない。 (3)原告の症状について弁論の全趣旨によれば,原告に生じている記銘力障害その他の症状は高次脳機能障害の症状として矛盾はないものと認められるが,被告は,これらが統合失調症など他の疾患によるものである旨主張するので以下に検討する。 ア L医師の指摘について精神科 の症状は高次脳機能障害の症状として矛盾はないものと認められるが,被告は,これらが統合失調症など他の疾患によるものである旨主張するので以下に検討する。 ア L医師の指摘について精神科医であるL医師は,C病院及びD病院の各カルテにより本件事故後の原告に生じていたと認められる記銘力障害,失語,病的反射,失行及び両鼻下側の視野損失の症状は,統合失調症の症状として理解することは不可能であり,D病院のCT結果所見における「左側頭-頭頂部(角回付近)に異常陰影」との所見は,記銘力障害,失語,文章の理解及び組立ての乱れといった各症状と整合すると述べている(甲19,27)。 しかし,D病院のCT結果所見の「左側頭-頭頂部(角回付近)に異常陰影」との所見は,前示のとおり,K所見の「シルビウス裂~中心溝近傍に脳萎縮」との所見と同一である可能性が高いことからすれば,原告の上記諸症状は本件事故と因果関係を有しないこととなる。けれども,原告は,これらの諸症状が本件事故後に生じた旨も主張するので,これらの諸症状について次に個別に検討することとする。 イ記銘力障害について上記のとおり,L医師は,記銘力障害が統合失調症の症状であることを否定するのであるが,乙30には,統合失調症の初期症状に関する研究として5つの研究が紹介されているところ,「中井( 1974 )」を除く4つ研究において,多様な初期症状が指摘されている中で,次のとおり,原告が訴える記銘力低下によく類似すると考えられる症例のあることが指摘されている。 ① Clerambault(1920) は,「思考消失と忘却」として,「考えていることが突然消え,忘れさせられ,止められる」と表現される現象を指摘している。 ② Mcghie & Chapman(1961)は,「話し言葉 1920) は,「思考消失と忘却」として,「考えていることが突然消え,忘れさせられ,止められる」と表現される現象を指摘している。 ② Mcghie & Chapman(1961)は,「話し言葉の知覚(即時理解の障害,即時記憶の障害)」として,「・・・今しがた聞いたばかりのことも忘れてしまいます。」という症例を指摘している。 ③ Huberら(1966) は,「超短期記憶の即時保持の障害」として「誰かに何か言われると,すぐにそれを実行するか書き留めるかしなければ,それを覚えていられません。私はたしかにそれを聞いたのに,それは消えてしまうんです。」と陳述する症例を指摘している。 ④ 中安(1990)は,30種からなる「初期分裂病症状一覧」を作成しており,その中の1つとして「即時記憶の障害」(直前に自分でしようと思ったことや他人から聞いたこと,あるいは読んだことが全く思い出せなくなるという体験)のある症例を指摘し,102例の症例中35.3%に当該症状の出現があったとしている。 以上のような統合失調症の初期症状に関する研究結果が存在すること,原告は,平成8年3月に統合失調症の診断を受けていること,また,統合失調症は発症と緩解を繰り返す例が少なくないこと(乙27の85頁ないし90頁)等からすると,原告が訴える記銘力低下の症状は,統合失調症の初期症状であるとしても不自然ではないというべきである(本件事故と統合失調症との関連性の存否については後述する。)。 ウ失語,失行について原告に失語及び失行の症状があったのか否かについては,前示のとおりC病院及びD病院の各カルテの記載に矛盾があるかのようでもあるが,D病院での最後の受診日(平成6年2月28日)と同日付の診断書では,「軽度の記銘力障害及び右上肢巧緻運動障害」のみが症状 示のとおりC病院及びD病院の各カルテの記載に矛盾があるかのようでもあるが,D病院での最後の受診日(平成6年2月28日)と同日付の診断書では,「軽度の記銘力障害及び右上肢巧緻運動障害」のみが症状として記載され,失語又は失行についての記載はないこと,C病院の言語訓練士の報告書には,「文の組立てが乱れる」とか「口頭命令に従うといった複雑な文の理解に軽度の障害が見られる」といった症状は,「失語症ではなく,記銘力低下の影響と考える」旨の記載があること,原告本人の現在の症状に関する訴えも,記銘力障害のために言葉が出ないとか,記銘力障害のために仕事の手順が分からなくなるという趣旨と解されること,以上によれば,失語及び失行が記銘力障害とは別の独立の症状として存在した(又は存在する)と認めることはできない。 エ錐体路障害についてH医師は,脳神経外科の立場から,D病院のカルテに記載されている深部腱反射である下顎,上腕二頭,上腕三頭,膝,アキレスは,左右ともに亢進しているので,両側性に錐体路のどこかで器質的障害(画像上捉えられなくても良い。すなわち,精神的な障害ではないという意味。)が存在していることを示しており,更に,病的反射は左のワルテンベルグ,ホフマンがみられ,かつ左が右に比べてより亢進していることから,右側(右大脳半球運動野起始という意味)錐体路障害がより強いことが疑われると述べており,これらは統合失調症では説明できず,また,言語性記憶力の低下や病的反射,深部腱反射の亢進は,外傷後神経症では説明できないと述べる(甲29)。 O医師も,深部腱反射や病的反射は正常でも亢進したり出現することがあり,腱反射が亢進し病的反射が出るからといって即座に錐体路障害があるとまではいえないが,左右差があるときには明らかな異常であり,その点 も,深部腱反射や病的反射は正常でも亢進したり出現することがあり,腱反射が亢進し病的反射が出るからといって即座に錐体路障害があるとまではいえないが,左右差があるときには明らかな異常であり,その点から本症例は右錐体路障害の存在が疑われるとしている(乙37)。 以上のとおりであるから,原告には,右錐体路障害があると認めるのが相当である。そして,一般に,錐体路障害が生じる原因としては,血管障害,腫瘍,変性,外傷,脱髄疾患などがあり,びまん性軸索損傷によっても生じるとされているところ(甲30,乙18,証人H,同O),原告については,血管障害や腫瘍の存在は,D病院のMR血管撮影の結果により否定されており,また,本件事故以前の原告に右錐体路障害を示す症状が存在したことを窺わせる証拠はない。さらに,本件事故の翌々日のカルテには,「左下肢の筋力低下,スリッパがぬげ易い」との原告の訴えに関する記載が,また,C病院のカルテには,「左腕の何か(判読不能)が右腕より鈍い」との原告の訴えがあったことを窺わせる記載があり,これらの症状は,右錐体路障害との関連性が考えられるべきものである。 なお,G病院のトラクトグラフィーで錐体路の異常は指摘されていないなど,原告の脳画像上,錐体路障害の原因を説明し得る所見があるとする証拠はないが,H医師によれば,必ずしも形態的に神経の断絶が認められない場合でも,神経所見としての反射の亢進はあり得るとしている(証人H)。 以上を総合すると,原告に認められる右錐体路障害は,これのみを見る限り,本件事故によるびまん性軸索損傷の発生を疑わせるものというべきである。 しかし,O医師によれば,錐体路障害は,軽いものであれば自覚症状をほとんど伴わない旨述べていること(証人O),本件事故の翌々日に診察した医師は 索損傷の発生を疑わせるものというべきである。 しかし,O医師によれば,錐体路障害は,軽いものであれば自覚症状をほとんど伴わない旨述べていること(証人O),本件事故の翌々日に診察した医師は,原告から「左下肢筋力低下,スリッパがぬげ易い」との訴えをカルテに記載しながら,異常なしと診断したこと,また,この左下肢の症状については,その後受診した他の医療機関で同様の訴えがあったとは認められないこと,原告から左腕に関する訴えのあった上記C病院での診察から約1か月後の平成6年1月24日ころ,D病院第1内科医師は,右錐体路徴候の存在を認めつつ,運動障害などを認めない旨の判断を示していること(甲25),この左腕に関する症状についても,その前後に受診した他の医療機関で同様の訴えがあったとは認められないこと,さらに,平成6年2月28日付け診断書(甲25)では,「右上肢巧緻運動障害」が指摘されていること(この診断書の記載の根拠となるカルテの記載は判然としない。右錐体路障害による障害は,左半身に出るものとされている。),以上の事実を総合すると,原告の右錐体路障害は,比較的軽度のものであり,また,上記の左下肢や左腕の症状も,特に問題とすべき程度ではなかったものと推測されるから,いずれについても本件事故前から存在したものである可能性(あるいは,左下肢や左腕の症状については,これらの訴えがあった当時の一時的なものであった可能性)があるというべきであり,さらに,左下肢や左腕の症状と右錐体路徴候との関連性について検討された経過も窺われないから,これらの症状がびまん性軸索損傷と関連性を有するものであるか否かについては,判断するに足りる証拠がないといわざるを得ない。 オ視野欠損について前示のとおり,平成5年12月21日にC病院神経内科を受診した原告 軸索損傷と関連性を有するものであるか否かについては,判断するに足りる証拠がないといわざるを得ない。 オ視野欠損について前示のとおり,平成5年12月21日にC病院神経内科を受診した原告は,「本件事故後,物をみるのに集中できない」と訴えたため,同科医師が同病院眼科に依頼してゴールドマン視野検査を受けさせた結果,眼科医から「両鼻下側にdefectあるようです。定期的に視野検査させていただければ幸いです。」との回答を得たことが認められる。しかし,その後,原告が同様の症状を訴えたり,再度の視野検査が行われたなどの経過は窺われない。また,上記原告の訴える症状が上記視野欠損と関連性があることを検討するに足りる証拠はなく,さらに,P医師によれば,両鼻下部の視野欠損は,「視神経交叉部あるいは視覚領野中心部の異常により生じる」とされているが(乙36の9頁),原告のこれらの部位に異常が存するか否かに関して検討がされた経過も窺われず,びまん性軸索損傷の発生との関連性を判断する証拠も提出されていない。 カまとめ以上のとおり,原告の記銘力障害は,統合失調症の初期症状と見て不自然ではなく,また,原告に失語,失行に類する症状があるとしても,それらは記銘力障害によるものであると考えられ,独立の症状と見るべき根拠に乏しいというべきである。他方,左下肢の筋力低下,左腕に関する何らかの症状,視野欠損及び右錐体路障害を示す検査結果は,それのみを見る限り,本件事故によってびまん性軸索損傷が生じた疑いを抱かせるというべきであるが,左下肢・左腕の症状及び視野欠損は,特に問題とすべき程度のものではなかったようであり,その原因は究明されておらず,それらがびまん性軸索損傷の発生と関連するとの証拠もなく,右錐体路障害とともに,本件事故以前から存在したなどの可 損は,特に問題とすべき程度のものではなかったようであり,その原因は究明されておらず,それらがびまん性軸索損傷の発生と関連するとの証拠もなく,右錐体路障害とともに,本件事故以前から存在したなどの可能性も否定できないというべきである。 (4)原告の症状が次第に軽減する経過を辿っていないことについてア H医師は,軸索のどこかに損傷を受けると,その損傷は軸索全体に徐々に広がり,数週間経つと,軸索で繋がれる両方の細胞まで死んでしまうことが言われているので,その完全に死んでしまうまでは,多少なりとも神経伝達はあると考えられるから,症状が直ちに現れず,事故からしばらく経過して症状が現れる場合もあると考えられる旨述べる(甲52,証人H)が,乙43(7頁~9頁),乙45(1277・1278頁),乙47(192・193頁)を総合すると,びまん性軸索損傷では,軸索が受傷による外力で直接に断裂するのではなく,損傷を受けた神経線維に,普通は侵入できないカルシウムが入り込み,これが細胞骨格を破壊するカルパインを活性化することで軸索の破壊が進行すること,この現象は,人では数時間かけて進行すること,その間は,軸索は,神経伝達を失わない可能性があることが示唆されているが,受傷後数時間を経た後も神経伝達があった軸索が,その後に神経伝達を失うことがあるとする知見を示す証拠はなく,受傷後数週間して神経伝達を失うことがあるとする見解は,受傷後の症状は次第に軽減することをびまん性軸索損傷に特徴的とする自賠責報告書その他の文献の記載から推測される一般的知見とも整合せず,これを採用することはできない。 イまた,原告は,自己洞察力の低下により,事故後の症状に気付きにくかった可能性について主張し,また,H医師は,高次脳機能障害が軽度の場合,精神的ストレスが加わって症 採用することはできない。 イまた,原告は,自己洞察力の低下により,事故後の症状に気付きにくかった可能性について主張し,また,H医師は,高次脳機能障害が軽度の場合,精神的ストレスが加わって症状が助長される可能性は否定できないから,徐々に症状が進行するという経過を辿ったとしても,外傷によるびまん性軸索損傷による高次脳機能障害であることと矛盾しない旨述べている(証人H)。なお,平成6年1月17日付けC病院カルテには,当時の原告の訴えとして「不変」と(甲20,24),同年2月28日付けD病院カルテには,当時の原告の訴えとして「症状は徐々に改善してきている。 たくさんのことを同時に注意できる。」などと記載されており(甲21,25),原告の症状が,必ずしも悪化の一途を辿ったのではなく,改善傾向を示したようでもあることが認められる。 しかし,原告は,本件事故後の救急搬送及び翌々日の通院により医師の診察を受けて異常なしとの診断を受け,本件事故当日に病院から帰る際にはMと接触したほか,帰宅して以降は,家族と接触する機会があったと考えられ,また,遅くとも本件事故の翌々日以降には,勤務先会社での同僚・上司との接触,さらには取引先の人との接触の機会があったと考えられるのに,本件事故から1週間くらいが経過して,頭痛,イライラし汗をかきやすいなどの症状が現れるまで,原告に高次脳機能障害というべき症状が生じていたとするエピソードは窺われないのである。そして,原告は,本件事故から1か月以上が経過して記銘力障害を自覚し,その後,C病院で受診した平成5年12月21日ころまでは,その症状は増悪していったと認識しており,会社勤務を休まず続けていた原告が記銘力障害を自覚するまでの間に,周囲の者が何らかの異変に気付いたとするエピソードも特に窺われず,原告の父も,原 ころまでは,その症状は増悪していったと認識しており,会社勤務を休まず続けていた原告が記銘力障害を自覚するまでの間に,周囲の者が何らかの異変に気付いたとするエピソードも特に窺われず,原告の父も,原告との会話がスムーズにできなくなったなどの異変を感じたのは平成5年10月ころとしているのである。 自己洞察力の低下や精神的ストレスの影響により,高次脳機能障害を自覚したのが受傷からある程度の日数を経た後となることがあり得るとしても,以上の経過は,そのような説明によって理解することは困難というべきであり,前示のようなびまん性軸索損傷による高次脳機能障害の一般的な経過とは著しく異なるものというべきである。 なお,本件事故後,原告の言動態度に変化があったとする周囲の人の陳述書(甲40ないし42)については,その変化があったとする時期が,本件事故直後のことであるのか,原告が述べると同様の時期(平成5年10月ころ)のことであるのか判然とせず,また,これらの陳述書の作成時期が本件事故から相当に年月を経過した後であることからすると,これらの陳述書の記載をもって上記判断を左右するものとは認められない。 (5)PET,SPECT画像について平成17年8月に原告に施行されたPETの画像には,両側前頭前野内側面及び帯状回に局所的な糖代謝低下が認められ,また,同月に原告に施行されたSPECTの画像には,両側前頭前野内側面及び帯状回に局所脳血流低下が認められる(甲4,5の1,43,44,証人H,同O)。 そして,外傷性高次脳機能障害では,SPECTやPETによる血流量低下や代謝低下の画像所見があるとされており(甲9の55頁),また,H医師は,特にPET画像の所見について,「外傷性びまん性軸索損傷患者に典型的な糖代謝低下画像所見として,内側前頭前 による血流量低下や代謝低下の画像所見があるとされており(甲9の55頁),また,H医師は,特にPET画像の所見について,「外傷性びまん性軸索損傷患者に典型的な糖代謝低下画像所見として,内側前頭前野,内側前頭脳底領域,帯状回及び視床において著しい糖代謝低下が認められるとする文献(甲52の添付2-1。JOURNALOFNEUROLOGY,NEUROSURGERYANDPSYCHIATRY,July,2006,Vol77, p856-862)が存在する。甲43(原告のPET画像)の上から2段目一番右の画像のように,赤くぽつんと狭い範囲で重症に糖の代謝が落ちているのが見られたり,その上の画像のように,帯状回にCの字型に代謝低下が見られるのは,うつ病や抗精神病薬によってではあり得ず,びまん性軸索損傷に典型的な所見である。」旨述べている(甲52,証人H)。 上記H医師が引用する文献の859頁の上段Aの画像は,外傷性びまん性脳損傷による高次脳機能障害のある22名の患者のPET画像を統計的パラメトリックマッピングしたものとされているが,これと,原告のPET画像(甲43)の L-medial及び R-medialとを比較対照すると,確かに,内側前頭前野及び帯状回の糖代謝低下において,類似を指摘することができる。 しかし,原告のPET画像では,内側前頭脳底領域及び視床に相当する部位に糖代謝低下があるとは認められず,また,K所見が指摘する脳萎縮の部位と思われる部位に著しい低下が,前頭前野外側部にも軽度の糖代謝低下のある部位が認められ,全体としては,必ずしも上記文献の画像に類似していると認めることはできない。 また,前示のとおり,自賠責報告書によれば,「PETによる脳機能検査所見を因果関係の有無や障害程度判断の根拠とすることには,検 ては,必ずしも上記文献の画像に類似していると認めることはできない。 また,前示のとおり,自賠責報告書によれば,「PETによる脳機能検査所見を因果関係の有無や障害程度判断の根拠とすることには,検査手法としてなお一層の確立を待つことが穏当」とされており,乙21(103頁)にも,「PETはあくまで機能画像であり,脳の器質的な損傷があってもなくても,機能障害が出たときには所見として出る可能性がある。最近の精神科のPET画像の報告でも,機能障害において,次々に異常所見が報告されている。CTあるいはMRI上異常なし,脳損傷に伴う身体所見なしで患者の訴えのみがあるとする。その時に,PETで脳代謝の低下が出たときに,脳外傷が原因と判断していることは明らかな行き過ぎのように思われる。」との記載があり,以上によれば,PET画像によりびまん性軸索損傷の存否を判断する手法は,一般的な医学的知見として,確立していないことが窺われる。 さらに,乙30(269頁)によれば,抗精神病薬治療に伴う脳血流・代謝の変化として,「皮質領域では,帯状回前部・背外側前頭前野(DLPFC)の血流・糖代謝が低下することが報告されている」とされ,また,「抗精神病薬によるこれらの皮質領域の変化は断薬後も比較的長期にわたって認められ」るとされているところ,原告は,PET検査が行われた平成17年当時,F病院精神神経科で通院精神療法を受けていたと認められること(乙33)からすれば,上記原告のPET画像に関する所見は,抗精神病薬の影響によるものである可能性を否定できないというべきであり,O医師も,うつ傾向にある人や投薬の影響を受けている人の場合に類似の画像になるとして,これがびまん性軸索損傷に典型的な所見というには無理があるとの判断を示している(証人O)。 以上によれば,原告の脳 師も,うつ傾向にある人や投薬の影響を受けている人の場合に類似の画像になるとして,これがびまん性軸索損傷に典型的な所見というには無理があるとの判断を示している(証人O)。 以上によれば,原告の脳のPET・SPECT画像の所見は,びまん性軸索損傷に典型的なものと認めるに足りず,これらの所見をもってびまん性軸索損傷の存在を推定することはできないというべきである。 (6)症状が本件事故後に発現したことについて原告は,本件事故から1週間ないし1か月以上後から高次脳機能障害というべき諸症状が発現し,それ以前にはこのような諸症状はなかったから,当該諸症状は,本件事故との関連性が推定され,本件事故によるびまん性軸索損傷の発生を窺わせる旨主張する。 しかし,原告の症状のうち,右錐体路障害及びこれとの関連性が問題となる症状以外のものについては,前示のとおり統合失調症の初期症状とみることも可能なものであること,原告は,平成8年3月に統合失調症の診断を受けているところ,統合失調症は,かつては素質を主因として明らかな外的誘因なしに発病するものと解されてきたが,近年では,その素質として,先天的な脆弱性(発病しやすさ)のほか,後天的な脆弱性(獲得脆弱性)が寄与する可能性も指摘されており,また,何らかのライフイベント(復職,昇進,家族構成員の変化等)による精神的負荷(ストレス)が発病因子(又は再発因子)となることも指摘されていること(乙30の117頁ないし125頁),統合失調症は,発症と寛解を繰り返す例が少なくないこと(乙27の85頁ないし90頁)などを総合勘案すると,原告にはこのような脆弱性が素質として存在し,本件事故後,本件事故ないし本件事故による身体症状が精神的負荷となり,又は本件事故前の営業職への異動が精神的負荷となり(原告本人は,当 を総合勘案すると,原告にはこのような脆弱性が素質として存在し,本件事故後,本件事故ないし本件事故による身体症状が精神的負荷となり,又は本件事故前の営業職への異動が精神的負荷となり(原告本人は,当該異動による精神的負荷はなかった旨述べる一方,本件事故の原因について,「営業も日が浅かったので,ふだん以上にちょっと負担が掛かっていたかな。」と,当該異動による精神的負荷があったと解し得る趣旨も述べている。),あるいは,これらの精神的負荷が相まって,原告に統合失調症の初期症状を生じさせたとも考えられ,P医師も,原告の諸症状について検討した結果として,平成5年10月には原告の統合失調症が顕在化していたとの判断を示している(乙23)。ただし,P医師は,営業部門への転属や本件事故は,疾病経過中の一つの出来事に過ぎない旨述べているが(前同証拠),前示のような原告の諸症状の発現経過からすると,本件事故や異動による精神的負荷が発病因子となった可能性は十分考えられるというべきである。もっとも,統合失調症発症における素質(脆弱性)とライフイベントのもたらす精神的負荷とのそれぞれの役割の軽重については,それぞれの程度の強弱ないし大小に関連するとの仮説があること(乙30の118頁の図5)が認められるものの,それぞれの程度の強弱・大小を測定・判断することは,著しく困難であると考えられ,本件において,本件事故と原告の統合失調症発症との関連性の有無・程度について判断することは,困難というほかない。 以上によれば,本件事故後に原告に高次脳機能障害の諸症状が発現したからといって,それが直ちにびまん性軸索損傷によるものであることを窺わせるということはできないし,それが本件事故との関連性を推定させるということもできない。 なお,O医師は,本件事故から1週間ないし1か月 って,それが直ちにびまん性軸索損傷によるものであることを窺わせるということはできないし,それが本件事故との関連性を推定させるということもできない。 なお,O医師は,本件事故から1週間ないし1か月以上後から原告に生じた諸症状(右錐体路障害等を除く。)について,筋収縮性頭痛,慢性外傷後頭痛又は外傷後神経症の可能性を指摘し(乙18),また,交通事故後の高次脳機能障害の症例中には,脳損傷によらないものが相当数混在していることを指摘しており(証人O),これらの指摘は,乙21(82頁)に,外傷後神経症の症状として,頭痛や頭重のほか,記銘力低下,易疲労性,めまい,耳鳴り,倦怠,眼精疲労,易怒,集中力低下,いらいら,攻撃的性格その他の不定愁訴があるため,脳外傷による高次脳機能障害との鑑別が重要である旨の記載があることからも裏付けられると解されるが,平成5年10月ころに原告に生じた記銘力低下は,その訴えの内容から見て極めて深刻な程度のものであったと考えられ,外傷後神経症によるものとして説明可能な程度のものであるのか明らかとは言い難く,他方,前示のような統合失調症の初期症状の例によく符合するというべきであることからすると,これは,統合失調症の初期症状である可能性が比較的高いのではないかと考える。 (7)まとめ以上のとおり,①本件事故直後,原告には,脳震盪による軽度の意識障害又は逆行性健忘が生じていた可能性が認められるものの,現在の一般的な医学的知見としてびまん性軸索損傷に随伴すると考えられている6時間以上の昏睡若しくは半昏睡又は1週間以上の意識レベルの低下が生じたとする事実は認められないこと,②原告の脳のCT画像及びMRI画像で認められる左右両側のシルビウス裂~中心溝にかけての脳萎縮は,本件事故前から存在したものと同一である可能性が高く ベルの低下が生じたとする事実は認められないこと,②原告の脳のCT画像及びMRI画像で認められる左右両側のシルビウス裂~中心溝にかけての脳萎縮は,本件事故前から存在したものと同一である可能性が高く,軽度の脳室拡大も,本件事故前から存在したものである可能性があるため,これらが本件事故によるびまん性軸索損傷の慢性期として生じた所見であるとは認められないこと,③原告の,本件事故後まもなく生じ,今日に至る高次脳機能障害というべき諸症状は,その症状自体としては,びまん性軸索損傷によるものとしても矛盾はないが,他方,統合失調症その他の疾患によるものである可能性を否定することはできず,本件事故との関連性の有無又は程度を判断することは困難であること,④原告に生じた諸症状は,本件事故後,直ちに生じたものとは認められず,1週間後くらいから頭痛等が生じ,1か月以上経過してから記銘力障害の症状が現れ,次第に記銘力障害の症状は増強する経過を辿ったかのようであって,びまん性軸索損傷に通例とされる受傷直後から症状がありその後次第に軽減するという経過を辿ったものとは認められないこと,⑤原告の脳の帯状回及び両側前頭前野内側面における糖代謝・血流の低下というPET・SPECT画像の所見も,抗精神病薬の影響による可能性があるなど,びまん性軸索損傷によるものと認めるに足りる証拠はないこと,以上のことが認められ,これらを総合すれば,本件事故により原告にびまん性軸索損傷が生じたとは認めることができない。 なお,本件事故の翌々日の受診における「左下肢筋力低下,スリッパがぬげ易い」とのカルテの記載,C病院での左腕の何らかの症状に関するカルテの記載及び諸検査で右錐体路障害を示す結果が得られたことについては,本件事故との関連性を思わせないではないが,軽微な錐体路障害は自覚症状 」とのカルテの記載,C病院での左腕の何らかの症状に関するカルテの記載及び諸検査で右錐体路障害を示す結果が得られたことについては,本件事故との関連性を思わせないではないが,軽微な錐体路障害は自覚症状がない場合があること,左下肢・左腕の症状は問題にすべき程度のものでなかったと考えられることから,これらが本件事故前にありながら自覚症状がなかったなどの可能性もあること,左下肢・左腕の症状と錐体路障害との関連性について論ずべき証拠もないこと,また,上記①ないし⑤などの証拠状況とも併せ勘案すれば,右錐体路障害を窺わせる事実は,びまん性軸索損傷の発生を肯認し得ないとの上記判断を左右するものとは言えない。 よって,原告に生じている障害は,本件事故により生じたものとは認められず,平成17年8月16日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく障害補償給付の支給をしない旨の処分に違法はないから,その取消しを求める原告の請求には理由がない。 3 結論以上の次第で,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。 岐阜地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官針塚遵 裁判官村上未来子 裁判官笹邉綾子

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