主文 1 被告は,原告Aに対し,271万6962円及びこれに対する平成25年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告B,原告C,原告D及び原告Eそれぞれに対し,271万6962円及びこれに対する平成27年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は,これを5分し,その4を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。 5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1 請求 1 被告は,原告Aに対し,1600万円及びこれに対する平成24年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告B,原告C,原告D及び原告Eそれぞれに対し,1100万円及びこれに対する平成24年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,Fの相続人である原告ら(各法定相続分各5分の1)が,被告に対し,Fが被告との間で特別養護老人ホームの利用契約を締結して介護を受けていたところ,被告の送迎により帰宅する際,玄関先の階段で転倒して負傷し,その後,死亡するに至ったことについて上記契約上の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行又は不法行為が成立し,Fに3731万7728円の損害(原告らの相続分は各746万3545円)が発生したほか,原告らに固有の慰謝料(原告Aにつき800万円,その余の原告らにつき各400万円)及び弁護士費用600万円(原告Aにつき200万円,その余の原告らにつき各1 00万円)の損害が発生したとして,上記債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権に基づく一 つき各400万円)及び弁護士費用600万円(原告Aにつき200万円,その余の原告らにつき各1 00万円)の損害が発生したとして,上記債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権に基づく一部請求として原告Aにつき1600万円,その余の原告につき各1100万円及びこれらに対する不法行為日である平成24年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(証拠等を括弧内に摘示した事実以外は争いがない。) 当事者等ア被告は,特別養護老人ホームG(以下「本件施設」という。)を運営する社会福祉法人である。 イ原告らは,F(明治45年1月5日生)の子である。Fは,後記のとおり,死亡したところ,原告らはその法定相続人(法定相続分各5分の1)である。 介護サービス利用契約Fは,平成21年5月13日,被告との間で,Fを利用者,被告を事業者として,本件施設における指定短期入所生活介護サービス又は指定短期入所生活介護予防介護サービス(以下「介護サービス」という。)を受け,その利用料金を支払うことを内容とするショートステイ利用契約(以下「本件契約」という。)を締結した。本件契約には,以下の条項が含まれる(甲2)。 ア期間契約締結日から利用者の要介護認定の有効期間満了日までイ事業者の義務等事業者は,介護保険法令の趣旨に従い,利用者がその有する能力に応じ,可能な限り自立した日常生活を営むことができるように支援することを目的として,利用者に対し,その日常生活を営むために必要な居室,共用施設等及び介護サービスを提供する(1条1項)。 事業者及びサービス従事者は,サービスの提供に当たって,利用者の生命,身体,財産の安全確保に配慮する(10条1項) 生活を営むために必要な居室,共用施設等及び介護サービスを提供する(1条1項)。 事業者及びサービス従事者は,サービスの提供に当たって,利用者の生命,身体,財産の安全確保に配慮する(10条1項)。 事業者は,本契約に基づくサービスの実施に伴って,自己の責に帰すべき事由により利用者に生じた損害について賠償する責任を負う(14条1項)。 ウサービス利用料金送迎(片道)につき1890円(利用者負担金189円)本件事故の発生Fは,本件契約に基づき本件施設における介護サービスの提供を受けた後,平成24年9月9日午後5時40分頃,雨天の中,被告の従業員であるH(以下「H職員」という。)の送迎により本件施設から自宅に帰宅する際,自宅前の階段において階段を踏み外して転倒,転落し,階下の道路に後頭部を強打するなどして出血を伴う脳挫傷等の重傷を負った(以下「本件事故」という。)。 Fの死亡Fは,本件事故後,救急搬送を受けてI病院に入院し,平成24年11月18日(当時100歳),入院中に本件事故に起因する誤嚥性肺炎となり,死亡した。 2 争点及び争点に関する当事者の主張 本件事故についての被告の安全配慮義務違反又は不法行為の成否ア原告ら被告は,地方自治体の指定・認可を受けた高齢者の介護事業者として,本件契約に基づき,Fに対し,Fの自宅前にある階段を昇段しようとするに際し,その生命,身体の安全を確保するため,同人の転倒及び転落を防止すべく,その身体を支え,介助する高度の義務を負っていた。また,本件事故当時,Fは,高齢で歩行に介助が必要であった上,Fの自宅前の階段の手すりが雨で滑りやすくなっていた。Fは,当時,歩行中にいつ転倒してもおかしくなく,腕の筋力も衰えていたため,階段 た。また,本件事故当時,Fは,高齢で歩行に介助が必要であった上,Fの自宅前の階段の手すりが雨で滑りやすくなっていた。Fは,当時,歩行中にいつ転倒してもおかしくなく,腕の筋力も衰えていたため,階段において常時支え が必要であったが,被告は,このことを認識し,又は十分に認識することができ,雨天の場合などには二人体制でFを送迎することもあった。 したがって,被告は,Fが自宅前の階段を上るに当たり,介助者二人体制をとり,又は一人体制であってもレインコートを利用して両手で介助できるようにするなどした上,濡れている手すりを拭きあげ,Fの真後ろに立ち,その体を受け止められる体勢をとり,手を離さずに体幹を常時支えるなどして,Fの転倒を防止する措置をとるべき義務があった。 ところが,H職員は,一人でFの介助に当たり,Fの右後ろから左手で傘を差しながら,右手でFの右肘部分を支え,Fが階段の2段目に到達したところ,階段の1段目において,「杖は止めて,手すりだけで上がりましょう。」と言って,Fが右手に持っていた4点杖(着地部分に4本の支柱がある杖)の使用を中止させ,Fが右手を手すりに伸ばしてつかもうとしていたところ,Fの手元及び足元に注意を払うことなく,Fが両手で手すりをつかむ前に4点杖をつかむためにFの右肘部分から右手を急に離し,Fの身体を不安定な状態にしたことから,Fは支えを失ってバランスを崩し,臀部から階下に転落して本件事故が発生した。 したがって,被告には,本件契約上の安全配慮義務違反があり,過失による不法行為が成立する。 Fの自宅に階段があることは本件契約の前提であり,これにより被告が免責されるものではない。 イ被告Fは手すりを両手でつかんで自力で階段を上る能力があるところ,H職員は,本件 Fの自宅に階段があることは本件契約の前提であり,これにより被告が免責されるものではない。 イ被告Fは手すりを両手でつかんで自力で階段を上る能力があるところ,H職員は,本件事故前にFを自宅に送迎する際,Fに4点杖を使って路上から1,2段階段を上ってもらい,4点杖を外して両手で階段の手すりを持ってもらって,自分で一段ずつ石段を上がってもらっていたが,事故が発生することはなかった。 本件事故の当日も,H職員は,従前と同様に,Fのやや右後方に位置し,Fの右腰辺りに右手を添えて軽く支え,階段を上ってもらっていた。ところが,Fが4点杖を離して両手で階段の手すりをつかむ状態になった際,4点杖がH職員の前に置かれたので,H職員は,進行の邪魔になる4点杖をよけるため,右手をFの体から離して4点杖を動かした瞬間,Fが転倒転落した。 このように,本件事故は,ほんの一瞬のはずみで生じたものであり,被告が具体的に本件事故を予見することは不可能であり,Fが階段を上るのについていくためにH職員が4点杖を避けたことはやむを得ず,本件事故の回避可能性もなかった。また,被告が送迎する職員を複数にしたとしても本件事故を回避できたかどうか不明である。 なお,本件事故は,自宅前の階段に昇降機を設置することによって回避すべきである一方,家族の介護中であっても発生し得るものであり,たまたま老人福祉施設の職員が付き添っていただけで法的責任を負うというのは,不当に老人介護の負担を重くすることになる。 本件事故に係る過失相殺の可否及び程度ア被告Fの自宅には,高齢者が昇降するのにはふさわしくない長い階段があり,本件事故を回避するためには,Fが外出しないで済むよう老人ホームに入所するか,自宅前の階段に昇降機を設置す 程度ア被告Fの自宅には,高齢者が昇降するのにはふさわしくない長い階段があり,本件事故を回避するためには,Fが外出しないで済むよう老人ホームに入所するか,自宅前の階段に昇降機を設置する必要があった。そして,その費用はリースで月額1ないし2万円程度,設置する場合でも15万円程度である。また,階段に設置した金属製の手すりが滑りやすいのであれば,これを滑りにくい素材にするか,滑り止めの措置を講ずべきであった。ところが,Fは自宅に住みながら,本件事故を回避するために必要な措置を講じなかった。 また,Fは,従前,手すりを握りながら階段を昇降することができたが, Fは手すりを握り損ね,又は手すりを離して突然後方に転倒した。 したがって,F側には過失があり,損害額を9割減額すべきである。 イ原告らFの自宅に階段があることは本件契約の前提であって,被告がFの体を支えるという基本的な介助さえ行っていればFの安全は確保され,容易に本件事故の発生を防ぐことができた。他方,F及び原告らに自宅前の階段への昇降機設置などを求めることは経済的な不可能を強いるものであって実現可能性がなく,被告の介助を求めることがFの送迎時の安全を確保するための最善の選択であった。 したがって,過失相殺はあり得ない。 F及び原告らの損害額ア原告ら F固有の損害計3731万7728円a 入院費 10万6265円b 入院雑費 10万6500円計算式:1日1500円×71日c 原告らの交通費 19万5790円Fは,入院中,脳挫傷,外傷性くも膜下出血,頭がい骨骨折等のため,生命の危険がある状況にあり,医師や看護婦が不在の際には同人の様子を看ておく必要があっ c 原告らの交通費 19万5790円Fは,入院中,脳挫傷,外傷性くも膜下出血,頭がい骨骨折等のため,生命の危険がある状況にあり,医師や看護婦が不在の際には同人の様子を看ておく必要があったことから,原告らが毎日見舞いに行く必要があった。そして,原告らが拠点としていたFの自宅から入院先の病院までは公共交通機関を使うと不便であるため,タクシーを使わざるを得なかった。 d 介護器具レンタル料 3万7500円e 入院慰謝料 145万円f 死亡慰謝料 3000万円 被告は,本件訴訟前,本件事故の責任を認めていたが,本件訴訟でこれを争うなどの一貫性のない不誠実な対応をしており,これによりFが被った精神的苦痛を慰謝するには3000万円を要する。 g 逸失利益 425万4823円Fは,厚生年金の通算老齢年金,国民年金の老齢年金,遺族厚生年金及び遺族共済年金として合計年額223万2050円を受給していた(甲10)。Fは,平成24年9月当時,血圧は正常値の範囲内であり(甲35),かかる心身の状態からすると少なくとも3年間(ライプニッツ係数:2.7232)の生存が可能であった。生活費控除率は30パーセントである。したがって,その逸失利益は以下のとおり,425万4823円である。 計算式:223万2050円×0.7×2.7232h 葬儀費用計116万6850円 葬儀代金 89万9195円 僧侶費用 18万円 葬儀関係費 7万6105円 葬儀タクシー代 1万1550円 原告ら固有の慰謝料計2400万円被告は,本件訴訟前,本件事故の責任を認めていたが 円 葬儀関係費 7万6105円 葬儀タクシー代 1万1550円 原告ら固有の慰謝料計2400万円被告は,本件訴訟前,本件事故の責任を認めていたが,本件訴訟でこれを争うなどの一貫性のない不誠実な対応をしており,原告らは,精神的苦痛を被った。特に,原告Aは,目の前で本件事故を見せられ,重大な精神的苦痛を被った。これらの精神的苦痛を慰謝するために要する慰謝料は原告Aにつき800万円を下らず,その余の原告につき400万円を下らない。 弁護士費用計600万円原告らは本件事故により本訴提起及び弁護士への委任を余儀なくされ たのであり,本件事故と因果関係がある弁護士費用は,原告Aにつき200万円,その余の原告につき各100万円が相当である。 イ被告 逸失利益100歳の女性の平均余命は一応2.65歳とされているが,Fは,平成23年12月から平成24年2月27日まで,骨粗しょう症のため胸椎,腰椎骨折によりJ病院に入院し,同年6月20日から同年7月6日まで右ほほ丹毒によりK病院に入院し,高血圧であった。したがって,Fの余命を3年とすることに合理性はない。また,介護を受けている高齢者の生活費控除率は少なくとも7ないし8割となるはずである。 慰謝料Fは,終末期に近い高齢者であり,疾患もかかえていたこと,H職員が相応の注意を払っていたのにFが突発的に転倒したことなどを踏まえると,入院慰謝料145万円及び死亡慰謝料3000万円は高すぎる。 また,本件では近親者に慰謝料が認められるべき事情はない。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実争いのない事実,証拠(後掲書証,甲62,乙23,24,原告A,証人H,証人L)及び弁論の すぎる。 また,本件では近親者に慰謝料が認められるべき事情はない。 第3 当裁判所の判断 1 認定事実争いのない事実,証拠(後掲書証,甲62,乙23,24,原告A,証人H,証人L)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 Fの身体状況等Fは,平成8年頃から高血圧症と,平成15年頃から骨粗しょう症と診断されており,平成23年12月から平成24年2月まで,胸腰椎圧迫骨折により入院し,同年6月20日から同年7月6日まで右頬部化膿性皮膚感染症により入院していた。Fは,本件事故当時,身長約135ないし140センチメートルで,歩行時には前傾気味であったが,上記骨折による入院のため に下肢筋力が一層低下し,左目を失明して右目も目の前が見える程度の視力であり,4点杖を使って歩行しても転倒するリスクがあったことから,歩行,立ち上がり等のための介助を必要としており,介護保険制度における要介護状態区分のうち要介護4の認定を受けていた。しかし,Fは,自宅において一人暮らしをすることを希望しており,被告は,原告らが介護に来られない期間,本件契約に基づく介護サービスを提供していた(乙3,乙4の2,乙5ないし7,17)。 本件事故現場の状況等Fの自宅(福岡県糟屋郡a町b)は,本件施設(被告住所地)から約1キロメートルの距離にある(甲3)。Fの自宅前のアスファルト製道路から玄関まではコンクリート製の上り階段があり,その階段は途中の踊り場で直角に曲がって玄関に通じていた。踊り場から玄関までの階段(以下「上階段」という。)は20段程度あり,平成16年頃から椅子式昇降機が備え付けられている一方,前面道路から踊り場までの階段(以下「下階段」という。)は10段あって,左側に金属製の手すりがあったが,昇降機は備え付けられていなかった( り,平成16年頃から椅子式昇降機が備え付けられている一方,前面道路から踊り場までの階段(以下「下階段」という。)は10段あって,左側に金属製の手すりがあったが,昇降機は備え付けられていなかった(甲6,56の1及び2,甲59)。しかし,原告らは,Fが外出するに当たって下階段を昇降する際,被告の職員,介護タクシー等の介助を受けさせればよいと考える一方,被告も,上記のような階段があることを理解していたが(乙5),F及び原告らとの間で,下階段に昇降機を追加設置することについて協議したことはなかった。 被告による自宅送迎の状況被告は,平成21年3月から本件事故の発生までの間,Fに対し,介護サービスを提供し,本件事故時も含め合計60回以上,自宅と本件施設との間におけるFの送迎を行った。介護福祉士であるH職員(昭和53年9月20日生,身長約168センチメートル)(乙20)は,このうち50回の送迎を担当し,Fの左手を握り,左腕ないし左脇を支えるなどしてFが 階段を昇降するのを介助していた(甲38の1ないし3,甲55,甲56の1ないし3,甲58の2,甲59,60,乙3)。 本件事故前のFの生活状況Fは,本件事故直前の平成24年8月31日から同年9月9日までの本件施設への入所中,食欲があり,体温及び血圧等に問題はなく,レクレーションに参加するなどしていた(甲35)。 本件事故発生の状況等(甲37,乙9,21等)ア H職員は,同日午後5時30分頃,Fを自動車に乗せて本件施設を出発し,約5分後,Fの自宅前に到着し,階段上の玄関まで荷物を持って行き,自宅で待っていた原告Aに対し,Fの到着を知らせ,Fが雨で濡れないように傘を差しかけるよう求めた。 イ H職員は,その後,Fが乗っている自動車に戻り,原告Aが出て来るのを待たず,Fを 持って行き,自宅で待っていた原告Aに対し,Fの到着を知らせ,Fが雨で濡れないように傘を差しかけるよう求めた。 イ H職員は,その後,Fが乗っている自動車に戻り,原告Aが出て来るのを待たず,Fを降ろして自分の左手でFの左手を握り,Fの右手に4点杖を持たせ,自分の右手でFに傘を差しかけながら下階段まで誘導した。雨天のため,上記手すりは濡れていた。 ウ H職員は,Fが階段を上り始める前にFの左手で下階段左側にある手すりを握らせ,Fに傘を差しかける手を自分の右手から左手に持ち替え,右手でFの右脇の下あたりを支えながら,Fの右斜め後ろに立ってFが下階段を上るのを介助し始めた。Fが下階段を上り始める時点では,原告Aは下階段まで来ていなかった。 エ H職員は,Fが下階段の2段目に至った時点で,Fに対し,「ここからは杖は止めて,手すりだけで上りましょう。」と伝えると,Fは,右手を4点杖から離し,体を左に向けながら左側にある手すりをつかもうとした。 原告Aは,その時点までに,傘を二本持って下階段の2段目あたりまで下りてきて,Fに傘をさしかけ,Fが下階段を上るのを見守っていた。 オ H職員は,Fが右手で手すりをつかもうとしていた時点ではFに不安定 な様子がなかったことから,Fが置いた4点杖が進行の邪魔にならないようにするため,自分の右手をFの右脇の下から離し,Fから目を離して4点杖を右上に動かしたところ,Fがバランスを崩して後ろに倒れ,H職員の左手の下をすり抜けるようにして階下に転落し,腰を階段下の地面に打ち付けた後,後頭部をアスファルト製の道路面に打ち付けて後頭部を出血した。 Fの治療状況等Fは,その後,I病院に救急搬送されて集中治療室(ICU)に入院することになり,原告Aは,H職員とともに,医師から,Fは,頭部打撲挫創,頭が 面に打ち付けて後頭部を出血した。 Fの治療状況等Fは,その後,I病院に救急搬送されて集中治療室(ICU)に入院することになり,原告Aは,H職員とともに,医師から,Fは,頭部打撲挫創,頭がい骨骨折,急性硬膜下血腫,外傷性くも膜下出血と診断され,CT検査により脳実質損傷が発見されれば脳挫傷と診断されること,頭蓋内出血のために頭蓋内圧が破綻すれば急変,重症化及び生命の危険があるが,Fは高齢のために血腫除去手術を受けられず,保存的治療をしながら経過観察することになる旨の説明を受けた(甲22,甲34の19頁)。Fは,入院日の翌日に当たる平成24年9月10日,CT検査により脳挫傷の診断を受けたが,頭蓋内圧に影響するほどではなく,また,同日から,脳挫傷に伴う症候性てんかんが出現し,同月13日,低ナトリウム血症がみられるようになったが,その後,改善傾向がみられた。Fは,同月18日,ICUから別の病棟に移り,原告らの協力を得ながら在宅生活に向けたリハビリ治療を受け,意識障害が若干改善することもあったが,意識障害が遷延し,臥床状態が続く中で身体機能の低下が進み,同年11月5日,誤嚥性肺炎を生じ,同月17日,誤嚥性肺炎を再発し,同月18日,死亡するに至った(甲34の9頁,282頁,382頁,498頁,527頁,535頁,603頁等)。 本件事故後の原告らと被告との遣り取り等被告は,本件事故の直後から,原告らに対し,被告が作成した本件事故の顛末書,福岡市等に提出する事故報告書等を交付し,本件事故が発生したこ とを謝罪し,損害賠償する用意がある旨を述べていた。これに対し,原告Aは,被告が作成した事故報告書等に,Fの症状が軽度と記載されるなど医師から受けた説明と異なる部分があり,本件事故の発生状況等について自らの認識と異なる部分があっ る旨を述べていた。これに対し,原告Aは,被告が作成した事故報告書等に,Fの症状が軽度と記載されるなど医師から受けた説明と異なる部分があり,本件事故の発生状況等について自らの認識と異なる部分があったことなどから,訂正を求め,質問をするなどし,被告は事故報告書の内容を一部訂正し,質問に回答するなどしていた(甲3,8,9,39ないし50,乙10,11,14,18,19,21)。 しかし,原告Aは,被告の対応に納得できずに不満を募らせており,平成24年12月10日,Fの自宅を訪問した被告の職員に対し,Fが死亡したことを知らせず,被告は,同月29日頃,原告EからFの葬儀が終了した旨の連絡を受け,Fが死亡したことを知った(乙26)。 その後,被告は,原告Aに対し,話合いの機会を持ちたいと繰り返し要請し,H職員は,平成25年11月,原告Aに対し,Fが死亡したことについて反省し,謝罪する意思を伝える書簡を送った(甲24ないし29)。 原告Aは,同年12月23日,被告に対し,書面により,損害賠償請求をする旨を通知した(甲63の1)。 について 安全配慮義務違反又は不法行為の成否イ)を踏まえると,被告は,本件契約に基づき,利用者の有する能力に応じた介護サービスを提供し,そのサービスの提供に当たって,利用者の生命,身体等の安全確保に配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うが,その義務の具体的内容は,利用者であるFの有する能力,現場の状況等によって異なり得るので,以下,本件事故に即して検討する。 まず,Fは,明治45年1月5日生まれで本件事故当時には100歳に達骨粗しょう症のために骨折しやすくなっていた上,下肢筋力の低下,視力悪化により,歩行中に転倒する恐 れがあった(前記1。そして,本件事故の現場である下階段は,それ自 時には100歳に達骨粗しょう症のために骨折しやすくなっていた上,下肢筋力の低下,視力悪化により,歩行中に転倒する恐 れがあった(前記1。そして,本件事故の現場である下階段は,それ自体,段差があって平地に比べて足場がよいとはいえず,転倒した場合にはコンクリート製階段に体を打ち付け,更に転落した場合にはアスファルト製道路に体を打ち付けることになるし,本件事故当日は雨天のために手すりが濡れて滑りやすくなっていた(前記1。そして,被告及びH職員は,3年以上にわたり,Fに対し,介護サービスを提供し,本件施設と自宅との間の送迎を行っており,これらの事実を概ね認識していたといえる(前記1これらを踏まえると,Fは,雨天の中で下階段を上る際,手すりを握り,杖を使用していたとしても,その身体を適切に支えられないと,バランスを崩して転倒し,固い階段や路面に体を打ち付けて骨折等の重傷を負う危険性が常にあり,かつ,このことは特別養護老人ホームを営む被告及び介護福祉士であるH職員も予見することができたといえる。 したがって,被告は,本件契約に基づく安全配慮義務として,本件事故当日,Fが下階段を上るに当たっては,常時,その身体を注視し,その身体を適切に支えてFがバランスを崩して転落しないようすべき義務を負っていたといえる。 ところが,被告の従業員で上記義務の履行補助者であると認められるH職員は,Fが下階段を上る際,Fの左手に手すりを握らせ,自らの右手でFの右脇を支えていたものの,Fから目を離し,右手をFの右脇から離したことからFがバランスを崩すことになった(前記1オ)。また,H職員の立ち位置は,Fの斜め後ろであった(前記1H職員がFの真後ろに立っていれば,転倒したFが階下に転落していくのを防止できたといえる。したがって,被告は本件契約上 なった(前記1オ)。また,H職員の立ち位置は,Fの斜め後ろであった(前記1H職員がFの真後ろに立っていれば,転倒したFが階下に転落していくのを防止できたといえる。したがって,被告は本件契約上の安全配慮義務に違反したため,Fがバランスを崩して転倒転落して本件事故が発生したものとして債務不履行が成立する。 なお,被告が,Fが下階段を上るに当たり,常時,Fの身体を注視し,そ の身体を適切に支えるべき義務は,被告が高齢者の介護事業を行う法人として締結した本件契約に基づくものであって,本件契約と無関係に上記のような高度の義務を負うものでなく,H職員が不安定な状態になかったFの体からわずかの時間手を離したこと(前記1について被告の不法行為が成立するとまではいえない。 被告の主張についてこれに対し,被告は,H職員は,本件事故まで同様の手順でFの送迎における介助を行っていたが事故が発生することはなかったとして,安全配慮義務違反を争う。しかし,H職員は,雨天時のFの送迎にあたって下階段でどのように介助したか覚えていないが,階段においてFの体から手を離したのは本件事故時が初めてである旨証言しているであって(H証人調書1頁,2頁,16頁),階段昇降時にFの体を手で支えていたためにFの転落事故が発生しなかったことが窺われる。したがって,上記被告の主張は前提を欠く。 また,被告は,本件事故は,ほんの一瞬のはずみで生じたものであり,被告が具体的に本件事故を予見することは不可能であった旨主張する。しかし,H職員がFから手を離す時点でFに不安定な様子がなかったとしても,本件契約上の安全配慮義務を前提として,Fの身体状況,本件事故現場の状況等を踏まえれば,被告及びH職員にとって本件事故が予見可能であったといえ。 さらに,被告は,H 安定な様子がなかったとしても,本件契約上の安全配慮義務を前提として,Fの身体状況,本件事故現場の状況等を踏まえれば,被告及びH職員にとって本件事故が予見可能であったといえ。 さらに,被告は,H職員が4点杖を避けようとFの体から手を離したことはやむを得ず,本件事故の回避可能性もなかった旨主張する。しかし,H職員自身が,階段においてFの体から手を離したのは本件事故時が初めてである旨証言しているのは上記のとおりである。そして,H職員は,Fが雨で濡れないよう左手で傘を差していたが,原告AにFのために傘を差すように要請し,現に,原告Aは傘を差しに降りてきたのであるから(前記1),原告Aを待っていれば,左手で傘を差さずにFの体を支えることもできたし, 右手でFを支えたまま原告Aに4点杖を動かしてもらうこともできたから,4点杖を動かすためにFの体から手を離したことがやむを得なかったとはいえず,本件事故の回避可能性もあった。 加えて,被告は,自宅前の階段は高齢者が昇降するのにふさわしくなく,下階段に昇降機を設置することによって本件事故を回避すべきである旨主張する。しかし,被告は,下階段に昇降機がないことを認識しながら,特段これを問題とすることなく,送迎を行っていたのであるから(前記1),昇降機の不備によって,その全責任を免れることはできない。 本件事故に係る過失相殺の可否及び程度)について過失相殺(民法418条)における過失とは,公平の見地から損害賠償額を減額することを正当化できる被害者側の不注意であると解されるので,以下,F側にこのような意味での不注意があったかどうか検討する。 Fは,その希望に従って自宅で生活しており,外出するためには下階段を不可避的に昇降することになるが(前記1,前記2で検討したとおり,Fの身 側にこのような意味での不注意があったかどうか検討する。 Fは,その希望に従って自宅で生活しており,外出するためには下階段を不可避的に昇降することになるが(前記1,前記2で検討したとおり,Fの身体状況等を踏まえると,本件事故現場である下階段は,Fが昇降する際にバランスを崩して転倒し,固い階段や路面に体を打ち付けて骨折等の重傷を負う危険性があった。Fは,平成15年頃,骨粗しょう症と診断され,平成23年12月から胸腰椎圧迫骨折により入院したため下肢筋力が一層低下したことなど(前記1上階段に椅子式昇降機が設置された平成16年頃以降も,Fの身体的機能の衰えが進み,下階段に係る上記危険性は高まってきていたといえる。そうすると,本件事故は,上記危険性が現実化したものともみられるのであって,F又は原告らが上階段と同様に下階段は椅子式昇降機を設置してこれを利用した場合も本件事故を防ぐことができたといえる。 原告らは,自宅前の階段への昇降機設置などを求めることは経済的な不可能を強いるものであって実現可能性がない旨主張する。しかし,証拠(乙22)によれば,屋外用椅子式昇降機の設置にかかる費用は,初期費用15万円,リ ース代金月額1万5000円程度(年額18万円程度)であることが認められ,原告Aによれば,下階段よりも長い上階段の椅子式昇降機の設置費用も総額100万円未満であったというのであるから(原告A本人調書35頁),介護保険制度等による補助を受けられず(原告A本人調書33頁),Fの年金が年額223万2050円であったこと(甲10)を踏まえても,Fの身体及び生命に対する危険を防止するための費用として負担不可能なほど高額とはいえない。 以上によれば,F及び原告らは,本件事故当時,本件事故を防止するために下階段に椅子式昇降機を設置することが の身体及び生命に対する危険を防止するための費用として負担不可能なほど高額とはいえない。 以上によれば,F及び原告らは,本件事故当時,本件事故を防止するために下階段に椅子式昇降機を設置することができたところ,その措置を取っていなかったことが本件事故の発生に寄与しており,F又は原告らにも過失相殺において考慮し得る不注意があったといえる。 他方,被告には前記2のような本件契約上の基本的な義務違反があり,下階段に昇降機がないことを認識しながら,特段これを問題とすることなくFの送迎を行っていたこと(前記1)なども踏まえると,被告側の落ち度がより大きいのであって,過失相殺の割合を3割とするのが相当である。 F及び原告らの損害額)について既に認定した事実,括弧内に摘示した書証等によれば,被告の債務不履行による損害額は,以下のとおりである。 F固有の損害ア入院費 10万6265円(甲11の1ないし3)イ入院雑費 10万6500円計算式:1日1500円×入院日数71日ウ原告らの交通費 19万5790円(甲13ないし16〔枝番号省略〕,弁論の全趣旨)Fの治療状況(前記1からして,その入院中,原告らの見守りやリハビリ治療への協力が必要であったと認められる。そして,原告らがFの 入院先(福岡県糟屋郡c町d(甲11の1))に通うに当たり公共交通機関を利用するのは不便であり,原告らも高齢であること(甲62,弁論の全趣旨)を踏まえると,通院にタクシーを使うことが不相当とまではいえない。 エ介護器具レンタル料 3万7500円(甲12の1ないし3)オ逸失利益 100万8259円Fは,年金として合計年額223万2050円を受給していたが,そのうち年額54 ない。 エ介護器具レンタル料 3万7500円(甲12の1ないし3)オ逸失利益 100万8259円Fは,年金として合計年額223万2050円を受給していたが,そのうち年額54万2250円が厚生年金の老齢年金及び国民年金の老齢年金に当たり,年額168万9800円が遺族厚生年金及び遺族共済年金に当たる(甲10,弁論の全趣旨)。ところで,遺族厚生年金及び遺族共済年金は,受給権者の生存中その生活を安定させる必要を考慮して支給するものであるから,死亡した者が生存していたならば将来受給し得たであろう上記各年金は,損害としての逸失利益に当たらないと解するのが相当である(最高裁平成12年11月14日第三小法廷判決・民集54巻9号2683頁参照)。そうすると,逸失利益に当たるのは老齢年金年額54万2250円の将来支給分になるが,Fは上記遺族厚生年金及び遺族共済年金によりほぼ生活費をまかなえたと考えられ,老齢年金に係る生活費控除率は0割とするのが相当である。そして,100歳女性の平均余命は,平成24年当時2.34歳であったところ(厚生労働省平成24年簡易生命表(女)(当裁判所に顕著)),Fは,死亡当時,100歳10か月に達していたから,少なくとも2年間(ライプニッツ係数:1.8594)は生存可能であったと認めるのが相当である。原告ら及び被告は,これに反する主張をするが,Fの身体状況,本件事故直前の生活状況(前記1を踏まえても,Fの余命が平均的なものを上回ったとも,下回ったとも認められない。 したがって,その逸失利益は次の計算式のとおり,100万8259円 (円未満切り捨て。以下同様)である。 計算式:54万2250円×1.8594カ入院慰謝料及び死亡慰謝料 1500万円Fは,戦後,苦労して 100万8259円 (円未満切り捨て。以下同様)である。 計算式:54万2250円×1.8594カ入院慰謝料及び死亡慰謝料 1500万円Fは,戦後,苦労して原告らを育て上げ(甲62),年を重ねて介護を受けることが必要になったものの,その余生(前記オのとおり,少なくとも2年間は生存可能であった。)を自宅で生活することを望んでいたが,本件事故により,重傷を負い,本件入院後に自宅での生活に戻ることなく,身体機能が一層衰えて誤嚥性肺炎により死亡するに至ったもので無念であったと認められる。他面として,Fは,原告らに対する親としての責任を果たし終え,平均寿命を大きく上回る100歳まで生きてきた。そして,被告による義務違反の態様,本件事故によるFの負傷の程度及び死亡までの推移,被告による本件事故後の対応等を総合すると,その入院及び死亡による精神的苦痛を慰謝するのに必要な入院慰謝料及び死亡慰謝料は併せて1500万円と認めるのが相当である。 キ葬儀関係費用 116万6850円(甲14,甲16ないし20〔枝番号省略〕,弁論の全趣旨)ク小括以上によれば,被告の債務不履行と相当因果関係に立つFの損害額は1762万1164円となり,これに過失相殺をした後の損害額は1233万4814円となる。したがって,原告らの相続分(各5分の1)は各246万6962円となる。 原告ら固有の慰謝料 0円前記2のとおり,被告は本件事故によるFの死亡につき不法行為責任を負わず,被告は,本件契約に基づく債務不履行責任を負うところ,本件契約の当事者でない原告らが,本件契約に基づく債務不履行により固有の慰謝料請求を取得するものとは解されない(最高裁昭和55年12月18日第一小 法廷判決・民集3 履行責任を負うところ,本件契約の当事者でない原告らが,本件契約に基づく債務不履行により固有の慰謝料請求を取得するものとは解されない(最高裁昭和55年12月18日第一小 法廷判決・民集34巻7号888頁参照)。 弁護士費用各25万円本件契約のような高齢者に対する介護サービスの提供を内容とする契約上の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づき事業者に損害賠償を請求する場合,利用者が主張立証すべき事実は,不法行為に基づく損害賠償を請求する場合とほとんど変わるところがない。そうすると,事業者の安全配慮義務違反を理由とする債務不履行に基づく損害賠償請求権は,利用者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるということができる。したがって,利用者又はその相続人の弁護士費用は,相当と認められる額の範囲内のものに限り,上記安全配慮義務違反と相当因果関係に立つ損害というべきである(最高裁平成24年2月24日第二小法廷判決・裁判集民事240号111頁参照)。 これを本件についてみると,原告らが本件訴訟の訴訟追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著であるところ,被告の安全配慮義務違反と相当因果関係がある弁護士費用は,Fの損害額に係る原告らの相続分の約1割に相当する25万円と認めるのが相当である。これを原告らの相続分と併せると各271万6962円となる。 遅延損害金の起算日債務不履行に基づく損害賠償請求権は期限の定めのない債務であり,民法412条3項により,その債務者は債権者からの履行の請求を受けた時に遅滞に陥るというべきであるの最高裁昭和55年12月18日判決参照)。 原告らは,平成24年9月11日以前に損害賠償請求をしていたと主張する。 り,その債務者は債権者からの履行の請求を受けた時に遅滞に陥るというべきであるの最高裁昭和55年12月18日判決参照)。 原告らは,平成24年9月11日以前に損害賠償請求をしていたと主張する。確かに,被告は,本件事故直後から,原告らに損害賠償する用意があると述べており,原告AAが損害賠 償請求をしていたかどうかについて原告Aの供述は曖昧であり(原告A本人調書37頁,38頁),上記主張は採用できない。したがって,遅延損害金の起算日は,原告Aについては書面による請求日(前記1の翌日(平成25年12月24日)となり,その余の原告らについては訴状送達の日の翌日(平成27年9月13日)となる。 5 結論以上によれば,原告らの請求は,主文第1項及び第2項記載の限度で理由があるのでこれを認容し,主文のとおり判決する。 福岡地方裁判所第5民事部 裁判官小川嘉基
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