令和4(ワ)13836 短期売買利益提供請求事件

裁判年月日・裁判所
令和5年12月6日 東京地方裁判所
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判決文本文23,548 文字)

令和5年12月6日判決言渡同日原本領収裁判所書記官 令和4年(ワ)第13836号短期売買利益提供請求事件口頭弁論終結日令和5年9月8日判決 主文 1 被告は、原告に対し、19億4342万3161円及びこれに対する令和4年5月25日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 この判決は、仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求の趣旨主文同旨。 第2 事案の概要本件は、上場会社である原告が、原告の主要株主である被告が原告発行の株式(以下「原告株式」という。)を自己の計算において買い付けて、その後6か 月以内にこれを売り付けて利益を得たと主張して、被告に対し、金融商品取引法(以下「金商法」という。)164条1項に基づき、当該利益19億4342万3161円及びこれに対する令和4年5月25日(原告の指定した支払期限の翌日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実以下の事実は、当事者間に争いがないか、括弧内掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実である。 ⑴ 当事者ア原告は、印刷関連機器等の製造販売を行う株式会社であり、令和4年4 月4日に株式会社東京証券取引所(以下「東京証券取引所」という。)の開 設するスタンダード市場に移行するまでは東京証券取引所の市場第一部に上場していた。 イ被告は、訴外アジア開発キャピタル株式会社(以下「アジア開発キャピタル」という。)の完全子会社であり、アジア開発キャピタルを中心とする企業グループにおいて投資事業を担当して 上場していた。 イ被告は、訴外アジア開発キャピタル株式会社(以下「アジア開発キャピタル」という。)の完全子会社であり、アジア開発キャピタルを中心とする企業グループにおいて投資事業を担当している株式会社である。 ⑵ 関係法令の定めア上場会社等の役員及び主要株主(自己又は他人の名義をもつて総株主等の議決権の百分の十以上の議決権を保有している株主をいう。)は、自己の計算において当該上場会社等の株券等に係る買付け等又は売付け等をした場合には、内閣府令で定めるところにより、その売買その他の取引(以 下「売買等」という。)に関する報告書を売買等があつた日の属する月の翌月15日までに、内閣総理大臣に提出しなければならない。ただし、買付け等又は売付け等の態様その他の事情を勘案して内閣府令で定める場合は、この限りでない。(金商法163条1項)金商法163条1項ただし書を受けて、「有価証券の取引等の規制に関す る内閣府令」(以下「取引規制府令」という。)30条1項は、同項各号に掲げる場合には上記報告書の提出を要しない旨を規定している。 イ上場会社等の役員又は主要株主がその職務又は地位により取得した秘密を不当に利用することを防止するため、その者が当該上場会社等の同項所定の特定有価証券等について、自己の計算においてそれに係る買付け等を した後6月以内に売付け等をし、又は売付け等をした後6月以内に買付け等をして利益を得た場合(以下、これらの売付け等及び買付け等を「短期売買取引」といい、短期売買取引による利益を「短期売買利益」という。)においては、当該上場会社等は、その利益を上場会社等に提供すべきことを請求することができる(同法164条1項)。 ウ内閣総理大臣は、前記アの報告書の記載に基づき、上場会社等の 」という。)においては、当該上場会社等は、その利益を上場会社等に提供すべきことを請求することができる(同法164条1項)。 ウ内閣総理大臣は、前記アの報告書の記載に基づき、上場会社等の役員又 は主要株主が短期売買利益を得ていると認める場合において、報告書のうち当該利益に係る部分(以下「利益関係書類」という。)の写しを当該役員又は主要株主に送付する(同条4項)。上場会社等の役員又は主要株主に利益関係書類の写しが送付された場合において、当該役員又は主要株主は、当該利益関係書類の写しに記載された内容の売買等を行っていないと認 めるときは、当該利益関係書類の写しを受領した日から起算して20日以内に、内閣総理大臣に、その旨の申立てをすることができる(同条5項)。 内閣総理大臣は、当該役員又は主要株主から上記の申立てがないときは、当該利益関係書類の写しを当該上場会社等に送付する(同条4項)。 エ上記イ及びウの規定は、役員又は主要株主の行う買付け等又は売付け等 の態様その他の事情を勘案して内閣府令で定める場合においては、適用しないこととされており(同条8項)、これを受けて、取引規制府令33条は、同令30条1項各号に掲げる場合には上記各規定を適用しない旨を規定している。 オ内閣総理大臣が上場会社等の役員又は主要株主が短期売買利益を得てい ると認める場合における当該利益の算定の方法については、内閣府令で定めることとされており(同条9項)、これを受けて、取引規制府令34条が、短期売買利益の算定方法を定めている。 カ本件に関し、上記ア及びウの内閣総理大臣の権限は、全て関東財務局長に委任されている(金商法194条の7第1項、6項、金融商品取引法施 行令43条の10)。 ⑶ 最高裁判決最高裁判所 本件に関し、上記ア及びウの内閣総理大臣の権限は、全て関東財務局長に委任されている(金商法194条の7第1項、6項、金融商品取引法施 行令43条の10)。 ⑶ 最高裁判決最高裁判所平成14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁(以下「平成14年最判」という。)は、金商法164条1項及び8項と同旨の内容を規定していた証券取引法164条1項及び8項につき、「上場会社 等の役員又は主要株主は、一般に、当該上場会社等の内部情報を一般投資家 より早く、よりよく知ることができる立場にあるところ、これらの者が一般投資家の知り得ない内部情報を不当に利用して当該上場会社等の特定有価証券等の売買取引をすることは、証券取引市場における公平性、公正性を著しく害し、一般投資家の利益と証券取引市場に対する信頼を著しく損なうものである。同項(注:証券取引法164条1項)がこのような不当な行為を 防止することを目的として設けられたものであることは、その文言から明らかである。なお、同条8項は、取引の態様等を勘案してこのような秘密の不当利用の余地がないものと観念される取引の類型を定めることを内閣府令に委任したものであるが、上記の目的を達成するために同条1項の規定を適用する必要のない取引は内閣府令で定められた場合に尽きるものではなく、 類型的にみて取引の態様自体から上記秘密を不当に利用することが認められない場合には、同項の規定は適用されないと解するのが相当である。」と判示している(以下、上記「類型的にみて取引の態様自体から上記秘密を不当に利用することが認められない場合」に該当する取引を「類型的適用除外取引」という)。 ⑷ 被告による原告株式の買付け及び売付け等ア被告は、アジア開発キャピタルと共同で、遅く 密を不当に利用することが認められない場合」に該当する取引を「類型的適用除外取引」という)。 ⑷ 被告による原告株式の買付け及び売付け等ア被告は、アジア開発キャピタルと共同で、遅くとも令和3年6月頃から、原告の経営権の取得を目的として取引所金融商品市場(以下、単に「市場」という。)において原告株式の買付けを開始し、その後、同年7月13日から同月20日にかけて、市場内取引(立会取引)において、別紙本件短期 売買利益一覧表(以下「本件一覧表」という。)の「買付け等」欄記載のとおり、信用取引により原告株式の買付け(以下「本件買付け」という。)を行い、同月21日までに原告の発行済株式等総数872万8920株のうち282万6000株を取得した(株券等保有割合32.72%)。(甲5の1、6) なお、被告が原告株式の10パーセント以上を取得して原告の主要株主 となった時期については、同年7月13日であるか同月14日であるかで当事者間に争いがある。 イ東京証券取引所の指定証券金融会社である日本証券金融株式会社は、同年7月26日、原告株式につき貸借取引の申込停止措置を実施し、同年11月26日、同措置のうち、制度信用取引における原告株式の信用買いの 現引き(信用取引により株式を買い建てた際に証券会社から借り入れた資金を返済し、買い建玉と同数の現物株式を取得する方法)に伴う融資返済申込み及び貸株申込みの停止措置を解除した。そのため、被告は、上記期間中、信用取引により買い建てた原告株式を現引きにより処分することが出来ない状態にあった。(乙12、13) ウ原告は、同年8月6日、取締役会において、被告及びアジア開発キャピタルによる原告株式の買付けを踏まえ、原告の財務及び業務の方針の決定を ことが出来ない状態にあった。(乙12、13) ウ原告は、同年8月6日、取締役会において、被告及びアジア開発キャピタルによる原告株式の買付けを踏まえ、原告の財務及び業務の方針の決定を支配する者の在り方に対する基本方針を決定するとともに、同方針に照らして不適切な者によって原告の財務及び事業の方針の決定が支配されることを防止するため、いわゆる有事導入型買収防衛策(以下「本対応方針」 という。)を導入することを決議し、同日、これを公表した。本対応方針の内容は、原告株式の買い集めへの具体的対抗措置として差別的行使条件等の付された新株予約権の無償割当てを行うこと、取締役会における恣意的な判断を防止することなどを目的として独立委員会を設置すること等であった。(甲7) エ被告は、その後も原告株式の買付けを進め、同年8月27日時点で341万8200株を保有していた(株券等保有割合39.16パーセント)。 上記株式のうち162万0100株はアジア開発キャピタルの子会社であるワンアジア証券株式会社において、7万8300株については楽天証券株式会社において、いずれも信用取引により買い建てられたものであった。 オ原告は、同月30日、同日に行われた取締役会において、本対応方針に 基づき、原告株式の買い集めに対する具体的対抗措置として差別的行使条件等の付された新株予約権の無償割当てを行い(以下「本対抗措置」という。)、本対抗措置の発動を原告株主の意思にかからしめるため、同年10月下旬に臨時株主総会(以下「本件株主意思確認総会」という。)を開催して本対抗措置の発動に関する承認議案(以下「本件議案」という。)を 付議することを決議したこと、本件株主意思確認総会における基準日を同年9月14日とすることな 主意思確認総会」という。)を開催して本対抗措置の発動に関する承認議案(以下「本件議案」という。)を 付議することを決議したこと、本件株主意思確認総会における基準日を同年9月14日とすることなどを公表した。(甲11の1、11の2、12)カ被告は、同年9月6日、信用取引によって買い建てていた原告株式162万0100株を売却し(以下「本件売付け」という。)、現物取引により原告株式162万0100株を上記売却代金と同額で買い付けた(以下 「本件現物買い」という。)。(甲8、13)キ被告は、同年10月12日、金商法163条1項及び2項に基づき、関東財務局長に対し、ワンアジア証券株式会社を経由して、本件売付け及び本件現物買いについて、主要株主として同条1項所定の売買等に関する報告書を提出した(乙15、弁論の全趣旨)。 ク原告は、同年10月22日、本件株主意思確認総会を開催し、被告やアジア開発キャピタル等を除く出席株主の総議決権の過半数の賛成を可決要件として本件議案を諮ったところ、78.96パーセントの賛成により本件議案は可決された。 ⑸ 本件株主意思確認総会後の経緯 ア関東財務局長は、令和4年3月24日、被告に対し、本件売付けにより被告が19億4342万3161円の短期売買利益を得ていると認められる旨の利益関係書類(以下「本件利益関係書類」という。)の写しを送付し、被告は、同月25日、これを受領した。また、関東財務局長は、同年4月14日、原告に対し、本件利益関係書類の写しを送付し、原告は、同 月15日、これを受領した。(甲5の1、5の2) イ原告は、同年5月16日、被告に対し、支払期限を書面の到達後1週間以内と指定して、短期売買利益19億4342万31 同 月15日、これを受領した。(甲5の1、5の2) イ原告は、同年5月16日、被告に対し、支払期限を書面の到達後1週間以内と指定して、短期売買利益19億4342万3161円の提供を請求する同日付け「短期売買に係る利益提供のご請求」と題する書面を送付し、同月17日、被告は同書面を受領した。(甲19の1、19の2) 2 争点 ⑴ 本件売付けが金商法164条1項の「売付け等」に当たるか(争点1)⑵ 被告が本件売付けにより「利益を得た」といえるか(争点2)⑶ 本件売付けが類型的適用除外取引に当たるか(争点3)⑷ 短期売買利益の額(争点4) 3 争点に関する当事者の主張 ⑴ 争点1(本件売付けが金商法164条1項の「売付け等」に当たるか)(原告の主張)本件売付けは、制度信用取引における信用の返済売りであって金商法164条1項の定める「売付け等」に当たることは明らかである。 被告は、本件売付けと本件現物買いとを併せて一つの取引であるかのよう とらえて、かかる取引は単なる株式売却ではないことから、金商法164条1項の「売付け等」に該当しないと主張している。しかし、そもそも、上記取引は、法的には、買い建玉の売付け(返済売り)と、それと同一数量・同一金額の現物買いという独立した二つの取引が同時になされたものに過ぎず、法的に「クロス取引」なる単一の取引などは存在するものではない。 (被告の主張)金商法164条1項における「売付け等」とは、「金銭を対価として所有権を移転させること」を意味する。そして、「売付け等」の定義には、類型的にみておよそ差益という意味での利益を得る余地がないものを除外する機能があると解されるところ、取引の結果として株式の実質的な帰属が変化しな せること」を意味する。そして、「売付け等」の定義には、類型的にみておよそ差益という意味での利益を得る余地がないものを除外する機能があると解されるところ、取引の結果として株式の実質的な帰属が変化しな いのであれば、差益を観念できない以上、規制の対象とする意味はない。 本件売付けと本件現物買い(以下、両取引を併せて「本件クロス取引」という。)は、貸借取引の申込停止措置がとられている中で、買い建玉を現物株化するための取引として行われたものであり、取引の前後で被告の持株数は全く変化しないから、「所有権を移転する」ものではない。したがって本件売付けは「売付け等」に該当しない。 ⑵ 争点2(被告が本件売付けにより「利益を得た」といえるか)(原告の主張)本件利益関係書類によれば、被告は本件売付けにより19億4342万3161円の利益を得ている。被告が、本件売付けにより「利益を得た」ことは明らかである。 被告は、本件売付けと本件現物買いとを併せて本件クロス取引と称して一つの取引であるかのようにとらえて、同時に現物買いをしているから利益を得ていない旨主張しているが、法的には、買い建玉の売付け(返済売り)と、それと同一数量・同一金額の現物買いという独立した二つの取引が同時になされたものに過ぎず、法的に「クロス取引」なる単一の取引などは存在する ものではない。 (被告の主張)本件売付けは、制度信用取引による買い建玉の現物株化のためになされた本件クロス取引の一部としての信用の返済売りであるところ、被告は、信用取引において買い建てていた株式を売却すると同時に、同額で同一数の現物株を 購入したのであるから、利益を得ておらず、「利益を得た場合」には当たらない。 ⑶ 争点 りであるところ、被告は、信用取引において買い建てていた株式を売却すると同時に、同額で同一数の現物株を 購入したのであるから、利益を得ておらず、「利益を得た場合」には当たらない。 ⑶ 争点3(本件売付けが類型的適用除外取引に当たるか)(被告の主張)ア類型的適用除外取引について 平成14年最判は、金商法164条1項は、同条8項に基づいて内閣府令で定める場合のほか、類型的にみて取引の態様自体から秘密を不当に利用することが認められない場合には同条は適用されないと解すべきであるとしている。非任意性に内部情報のアクセス可能性を加味して「個別的な投資判断の余地のない場合」は、「秘密を不当に利用することが認められ ない場合」に当たると解される。 そして、取引規制府令30条1項12号は、新株予約権を行使して権利行使価格を払い込んで新株予約権の対象である株式を取得することも買付けに当たることを前提として、その買付けを金商法164条1項の適用除外としている。その理論的な根拠は、新株予約権を取得した時点で投資 判断は完了しており、その後、それらの権利を行使して株券を買い付けたとしても、それ自体によっては投資判断の成果(キャピタルゲイン)に変化はなく、秘密の不当利用の危険性がないからである。 また、金商法164条1項の規制目的はインサイダー取引の一般予防にあるところ、インサイダー取引規制とは、公表されれば市場株価が変動(値 上がり又は値下り)するような内部情報(秘密)を不当利用した取引を禁止するものであって、同項の規制内容も、市場株価の変動による利益(キャピタルゲイン)の保持の制限であり(同条9項、取引規制府令34条)、また、新株予約権等を行使して株主権(議決権や剰余金配当請求権など)を取得す って、同項の規制内容も、市場株価の変動による利益(キャピタルゲイン)の保持の制限であり(同条9項、取引規制府令34条)、また、新株予約権等を行使して株主権(議決権や剰余金配当請求権など)を取得することは、個別的な投資判断や秘密の不当利用の危険性とは無関 係であるというのが、法の立場である(金商法164条8項・取引規制府令33条・30条1項12号、金商法166条6項2号・2号の2)。 したがって、ここでいう投資ポジションの変化とは、市場株価の変動による利益(キャピタルゲイン)の取得をいい、株主権の取得など経済状態の変化全般をいうものではないことからすれば、投資判断の成果に変化が ない取引は「個別的投資判断の余地がない場合」といえ、類型的適用除外取引に当たると解するのが相当である。 イ考慮すべき事情本件売付けについては、①制度信用取引により取得した買い建玉を現物株化する方法・手段であるクロス取引として、②証券金融会社による貸借 取引の申込停止措置の実施により現引きが選択不可能であるという客観的な状況において行われたとの事情がある。 平成14年最判が秘密の不当利用を金商法164条1項の要件としない理由として、「その立証や認定が実際上極めて困難であることから、同項の定める請求権の迅速かつ確実な行使を妨げ」る旨判示したことからすれば、 「類型的」にみた「取引態様」といえるかは「その立証や認定が実際上極めて困難であることから、同項の定める請求権の迅速かつ確実な行使を妨げ」るか否かにより判断されるべきである。そして、上記①②の要素はToSTNeT取引という類型の取引により買い建玉の返済売りと現物株の買付けが同一時間・同一数量・同一価格で行われたこと及び本件クロス 取引が行われた当時、証 である。そして、上記①②の要素はToSTNeT取引という類型の取引により買い建玉の返済売りと現物株の買付けが同一時間・同一数量・同一価格で行われたこと及び本件クロス 取引が行われた当時、証券金融会社において現引きの申込停止措置がとられており、買い建玉の現物株化のためには誰であってもクロス取引を行わざるを得なかった事実から立証・認定が可能であり、上記事実は証拠により容易に立証・認定することができる。 したがって、上記①及び②の各事情は、類型的適用除外取引該当性を判 断するに当たって考慮すべき「類型的」な事情である。 ウ本件への当てはめ本件売付けが、①制度信用取引により取得した買い建玉を現物株化する方法・手段であるクロス取引として行われた事情からすれば、類型的にみて取引態様自体から、投資成果に何ら変化を生じさせるものでもなく、個 別的な投資判断を伴うものとはいえない。 なぜなら、類型的にみて、クロス取引は、現引きとともに買い建玉を現物株化する方法として一般的に知られており、形式的には買い建玉の返済売りが行われているが、これと同一時間に同一数量・同一価格で現物株が買い付けられているという取引態様であることから、現引きと同様に、顧客(投資者)は、買い建玉を現物株化するために証券会社から借りていた 買付代金相当額を拠出しただけで、この時点では、投資損益が発生しない(投資ポジションに変化がない)からである。 ここで変化があるのは、剰余金配当請求権や議決権といった株主権を取得することや信用取引の金利負担を免れるということにすぎず、そのような経済状態の変化は、市場株価の変動による利益(キャピタルゲイン)の 取得ではないことから、投資判断の成果(投資ポジション)の変化とはいえない。 利負担を免れるということにすぎず、そのような経済状態の変化は、市場株価の変動による利益(キャピタルゲイン)の 取得ではないことから、投資判断の成果(投資ポジション)の変化とはいえない。 しかも、本件においては、②証券金融会社の貸借取引の申込停止措置の実施により現引きが選択不可能であるという状況において行われたクロス取引であるという類型的な事情から、現引きかクロス取引かを選択する余 地がなく、クロス取引が買い建玉を現物株化する唯一の方法・手段であるため、非任意性は否定されず、かつ、被告に原告の内部情報(秘密)へのアクセス可能性が認められるという事情は存在しない。 したがって、本件クロス取引は、「個別的な投資判断の余地のない場合」といえることから、類型的にみて取引の態様自体から秘密の不当利用が認 められない場合であり、平成14年最判にいう類型的適用除外取引に該当する。 エなお、本件クロス取引という取引態様をもって類型的適用除外を認めないとすれば、役員又は主要株主は短期売買利益を生じさせない信用取引の決済手段が保証されず、信用取引そのものを事実上利用できなくなる結果、 金商法164条1項の規制内容である利用の保持の制限を超えて財産上の 不利益を課すこととなり、平成14年最判が秘密の不当利用の有無を同項の要件としないとする解釈を導くにあたり、規制の合憲性を維持する理由として判示したところに反することとなる。 オ以上からすれば、本件売付けは、類型的適用除外取引に当たる。 (原告の主張) ア考慮すべき事情(ア) 平成14年最判の判示において、「類型的にみて」「取引の態様自体から」という文言が用いられていること及び金商法164条1項の適用につき個々の具体的な取引についての事 考慮すべき事情(ア) 平成14年最判の判示において、「類型的にみて」「取引の態様自体から」という文言が用いられていること及び金商法164条1項の適用につき個々の具体的な取引についての事情を認定することの困難性を理由に個々の具体的な取引における秘密の不当利用の有無や一般投資家の損 害の発生の事実の有無が要件とされなかったことを考慮すれば、類型的適用除外取引に該当するか否かの判断においては、当該取引について類型的かつ客観的に認定することができる取引態様のみを考慮すべきであり、類型化になじまない個別の取引に特有の具体的事情や主観的な事情については考慮すべきでないものと解される。 (イ) 本件売付けと同時に行われたという本件現物買いは、法的には本件売付けとは別個独立になされた取引であって、本件売付けと事実上同時に行われたというものでしかなく、本件現物買いがどのような意味でなされたかということは被告の動機や目的という主観的事情に過ぎないから、本件売付けが類型的適用除外取引に当たるかを判断するに際し、本 件現物買いを考慮すべきではない。 仮に、本件売付けが類型的適用除外に当たるかを判断するに際し、本件現物買いを考慮する余地が認められるとしても、「買い建玉を現物株化するため」の取引であるという部分は、被告が現物株化する法的な義務まで負担していたと主張するものとは解されない以上、結局のところ、 個別具体的な主観的事情にすぎず、これを取引態様として考慮すること は平成14年最判の趣旨に反し許されない。本件売付けに係る取引態様から読み取れることは、買い建玉を売却したことのみであり、その後の本件現物買いをもし考慮したとしても、同一日時に同一数量・同一価格で行われたいわゆるクロス取引 し許されない。本件売付けに係る取引態様から読み取れることは、買い建玉を売却したことのみであり、その後の本件現物買いをもし考慮したとしても、同一日時に同一数量・同一価格で行われたいわゆるクロス取引であることのみである。これが、現物株化のためのクロス取引であるか、そうではなく、一旦信用買いによる利 益を確定した上で、新たに原告株式に投資するために現物買いが行われたものであるかを外形から判断することはできない。 また、「証券金融会社の貸借取引の申込停止措置の実施により制度信用取引の現引きが選択不可能であるという状況」はあくまで取引に関する状況に過ぎず、取引の態様ではないため、結局のところ類型的な取引態 様としては、「主要株主が行ったクロス取引」ということを考慮することができるにとどまる。 イ本件売付けは内部情報の不当利用可能性がある行為であること(ア) 本件において金商法164条1 項の適用対象となる取引は、本件買い付けと本件売付けであるところ、内部情報を不当に利用する余地がある ことは明白であり、類型的適用除外に当たらないことは明らかである。 その後の本件現物買いを考慮して本件のクロス取引を敢えて類型的にみたとしても、信用買いで集めた株式をその返済売りによって一旦利益を確定し、また、さらなる価格上昇を見込んで、同一数量・同一金額の現物買いによって再投資したものといわざるを得ないのであって、同じく 内部情報を不当に利用する余地があることは明白である。 (イ) 被告の主張は、制度信用取引により取得した買い建玉を現物株化する手段としての現引きは、投資ポジションを変化させない取引であって、投資判断を含まないということを前提としている。 しかしながら、現引きが金商法164条1項の規制対象とされ した買い建玉を現物株化する手段としての現引きは、投資ポジションを変化させない取引であって、投資判断を含まないということを前提としている。 しかしながら、現引きが金商法164条1項の規制対象とされていな いのは、単に、現引きには買付け等に対応する売付け等という行為が観 念できないため「売付け等」(金商法164条1項)に該当しないという技術的な理由に基づくものにすぎない。むしろ現引きという行為自体は投資判断の成果に変化を生じさせる取引に当たる。すなわち、信用買いとは、金融商品取引業者から資金を借り入れて株式を買うというものであり、実務上、買付株式は借入金の担保に供されることとなるところ、 信用買いをした投資家は買付株式の価格に比して少ない自己資金を支出するだけで株式を購入することができる半面、借入金の利息を負担し、また、振替制度の下、買付株式は金融商品取引業者の名義となることから、配当請求権や議決権のような株主権を行使することができず、株主優待も受けることができないという状態となる。他方、信用買いの決済 を現引きによって行うと買付価格全額に相当する自己資金を支出することとなる半面、借入金の金利負担から解放され、また、株主として配当請求権や議決権などの株主権を行使でき、株主優待も受けることができるという状態になる。そのため、信用買いの決済を現引きにより行う前後で投資家の投資ポジションは明確に変化しており、その結果、投資判 断の成果に変化が生じていることも明らかである。現引きの代替として行った本件クロス取引も同様であって、投資判断を含む取引である。 また、信用買いの決済を現引きにより行う場合にも内部情報の不当利用の可能性は存在する。すなわち、上場会社等の役員又は主要株主が、その職務又は地位に基づき 同様であって、投資判断を含む取引である。 また、信用買いの決済を現引きにより行う場合にも内部情報の不当利用の可能性は存在する。すなわち、上場会社等の役員又は主要株主が、その職務又は地位に基づき、それが公表されれば自社の株式の市場株価 を大きく上昇させることになるような内部情報を取得した場合に、信用買いによって自社の株式を買い付け、その後、当該内部情報が公表されて自社の株式の市場株価が上昇してから、信用買いを現引きによって決済することにより、金融商品取引業者からの借入金を返済して、買付株式を引き取ったとすると、当該役員又は主要株主は、その職務又は地位 により取得した秘密を不当利用することによって、本来高い本源的価値 を有する自社の株式を割安な価格で買い取り利益を得ることが可能である。 以上からすれば、現引きは、その実質において類型的適用除外取引に当たるものではない以上、現引きの代替として行われた本件クロス取引が類型的適用除外取引に当たらないことは明らかである。 ウ投資成果に変動がないことは類型的適用除外取引に該当することの根拠とはならないこと(ア) 被告は、本件クロス取引が投資ポジションを変化させることがなく、投資判断を含まない取引であるとして、類型的適用除外取引に当たると主張している。しかし、平成14年最判は、金商法164条1項に基づ き短期売買利益を請求された会社が代表者及び株主を同じくする兄弟会社に対して株式を売却したとの事案について金商法164条1項の適用を肯定したものである。両社は共に同一人が代表取締役を務め、かつ、両社の発行済株式を全て保有していたという関係にあって、株式の売却により当該個人の経済的状態は変動していなかったものと評価できる。 それにもかかわらず、平成 に同一人が代表取締役を務め、かつ、両社の発行済株式を全て保有していたという関係にあって、株式の売却により当該個人の経済的状態は変動していなかったものと評価できる。 それにもかかわらず、平成14年最判が金商法164条1項に基づく短期売買利益の提供を認めたことからすれば、同最判は、短期売買利益の提供義務の適用が問題とされた取引を実行することを決定した者の経済的状態に変動がないとしても、「上場会社等の役員又は主要株主がその職務又は地位により取得した秘密」が利用される可能性が「類型的にみて 取引の態様自体から」否定できない以上、短期売買利益の提供義務の適用を認めることが同項の趣旨に適うと判断したものと解されるのであり、かかる事情を考慮すれば、投資判断の成果に変動がないことは類型的適用除外を認めることの根拠とはならないというべきである。 (イ) 新株予約権の行使による株式の買付けについては、金商法164条1 項の適用を除外されているが、その理論的根拠は、新株予約権の行使に よる株券の買付けが予め定められた行使価格によって行われるため、一般投資家が知り得ない内部情報を知っている役員又は主要株主が、市場株価が安い間にその安い価格で株券を買い付け、内部情報が開示されて市場株価が高くなったときに、その高い価格で株券を売り付けるという形で、内部情報を不当利用して利益を上げるという、金商法164条1 項が防止しようとする取引類型に必ずしも当てはまらないこと又は新株予約権の制度趣旨や目的の実現の観点から政策的に適用除外と定められたことによるものであって、新株予約券の行使の時点で投資判断が行われていないためではない。むしろ、新株予約権者は、行使期間の範囲内で株価がどの水準になったときに行使するかというタイミングを自由 られたことによるものであって、新株予約券の行使の時点で投資判断が行われていないためではない。むしろ、新株予約権者は、行使期間の範囲内で株価がどの水準になったときに行使するかというタイミングを自由に 選ぶことができるのであり、行使時の株価が行使価格を上回る限りにおいてその差額分の利益を得ることはできるのであって、新株予約券の行使が投資判断を含んでいることはもとより明らかであり、その行為に際し秘密の不当利用を想定することができないものでもない。 (ウ) なお、金商法166条6項12号及び取引規制府令59条1項2号は、 信用取引の契約を締結した者が、当該契約の履行として弁済繰延期限の10日前から当該期限までの間に反対売買を行う場合について、クロス取引を行う場合や現引きができない場合に限定することなく、一般的にインサイダー取引規制の適用除外としており、その根拠はインサイダー取引規制が刑罰法規であることから刑罰法規の謙抑性によるものと考え られる。他方、金商法164条1項は主要株主の秘密の利用を一般的に予防するために客観的基準に基づき短期売買利益の提供を義務付けるにとどまることからすると、これらの反対解釈により類型的適用除外には該当しないと解することが合理的であって、本件クロス取引を構成する本件売付けについても同様である。 エ非任意の取引には当たらないこと 本件クロス取引は、特に法的に強制されたものではなく、また、法的に保護された利益を確保するために必須のものでもなく、結局、本件株主意思確認総会において議決権を行使する必要があるという被告の主観的な個別事情から信用買いにより買い建てていた原告株式を決済期限前に任意で売り払い、これを現物で買い戻したものにすぎない。すなわち、被告には、 において議決権を行使する必要があるという被告の主観的な個別事情から信用買いにより買い建てていた原告株式を決済期限前に任意で売り払い、これを現物で買い戻したものにすぎない。すなわち、被告には、 原告株式を、形式上「売付け等」に該当しない現引きによって現物株化することで金商法164条1項の適用を形式的に回避して利益を得るため、原告株式の貸借取引の申込停止措置が解除されることを期待し、制度信用取引の返済期限まで返済売りを待つこと、原告株式の現引きを行うことができなくなった以上、買い建玉の返済売りのみを行うこと及び本件におい て被告が選択したように、本件株主意思確認総会において議決権を行使することができる地位を確保するため、信用買いの返済売りをした後に原告株式の現物買いを行うことといった複数の選択肢が存在していたところ、本件において被告が選択した選択肢が自らにとっての最善の利益に適うと判断したにすぎず、本件クロス取引が非任意の取引であるとはいえない。 オ被告は、本件クロス取引という取引態様をもって適用除外を認めないとすれば、金商法164条1項の規制内容である利用の保持の制限を超えて財産上の不利益を課すこととなり、平成14年最判が規制の合憲性を維持する理由として判示したところに反することとなる旨主張する。 しかし、平成14年最判が、全体として、同項に基づく短期売買利益の 保持の制限は、財産上の不利益として憲法上も許容されるべきである(何ら過度な制限ではない)と判示していることは明白である。平成14年最判は、上場会社等の役員又は主要株主が制度信用取引による6か月内の売買を行うことにより同項の適用対象となる場合、それにも拘らず、当該短期売買による利益を保持してよい、あるいは、これを保持する方法が確保 され の役員又は主要株主が制度信用取引による6か月内の売買を行うことにより同項の適用対象となる場合、それにも拘らず、当該短期売買による利益を保持してよい、あるいは、これを保持する方法が確保 されなければならない等とするものではない。 ⑷ 争点4(短期売買利益の額)について(原告の主張)本件短期売買利益は、金商法164条4項に従い財務省関東財務局が作成した利益関係書類の写しによれば、19億4342万3161円である。 (被告の主張) 金商法164条8項によれば「主要株主」(金商法164条1項)が買付け等をし、又は売付け等をしたいずれかの時期において「主要株主」でない場合には同条1項は適用されないところ、被告が原告の「主要株主」になったのは令和3年7月14日であり、本件短期売買利益の算定にあたっては、本件売付けと同日以降の被告による原告株式の買付けを対当させるべきである。しか し、本件利益関係書類においては本件売付けと同月13日以降の被告による原告株式の買付けが対当されているから、本件短期売買利益の計算には誤りがある。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(本件売付けが金商法164条1項の「売付け等」に当たるか) ⑴ 前提事実⑷カのとおり、本件売付けは、信用取引によって買い建てていた原告株式162万0100株を売却したものであり、金商法164条1項の「売付け等」に当たる。 ⑵ 被告は、本件売付けは本件現物買いと同時に行われたクロス取引(本件クロス取引)の一部を構成するものであり、本件クロス取引の前後で被告の持 株数が全く変化していないから、本件売付けは「売付け等」に該当しないと主張する。 しかし、本件売付けと本件現物買いとは、法的には別個の取引であって、 であり、本件クロス取引の前後で被告の持 株数が全く変化していないから、本件売付けは「売付け等」に該当しないと主張する。 しかし、本件売付けと本件現物買いとは、法的には別個の取引であって、独立した二つの取引が同時に行われたに過ぎないから、本件売付けが金商法164条1項にいう「売付け等」に該当するか否かも個別に判断すべき事項 である。そして、本件売付けは、金銭を対価として原告株式の所有権を移転 させる取引であるから、同項にいう「売付け等」に当たるというべきである。 したがって、被告の上記主張を採用することはできない。 2 争点2(被告が本件売付けにより「利益を得た」といえるか)⑴ 前提事実⑷カのとおり、本件売付けは信用取引によって買い建てていた原告株式162万0100株を売却したものであり、被告はこれによる売却益 を得ている。 ⑵ 被告は、信用取引において買い建てていた株式を売却すると同時に、同額で同一数の現物株を購入したのであるから、利益を得ておらず、「利益を得た場合」には当たらない旨主張している。 しかしながら、短期売買利益の算定方法については、金商法164条9項 が内閣府令で定めることを規定しており、これを受けて内閣府令34条がその算定方法を定めている。そして、同条によれば、6か月以内に行われた株式の売買において、株式等の売付けの単価から買付けの単価を控除し、これに当該売買の数量のうち、いずれか小さいほうの数量(売買合致数量)を乗じて算出する金額から、同数量に係る手数料に相当する金額を控除した金額 を利益の額とすることとされており、利益の算定における売買の組み合わせについては、6か月以内に行われた買付け及び売付けについて、それぞれ最も早い時期に行われた取引を組み合わせ、複数回 た金額 を利益の額とすることとされており、利益の算定における売買の組み合わせについては、6か月以内に行われた買付け及び売付けについて、それぞれ最も早い時期に行われた取引を組み合わせ、複数回の買付け又は売付けが行われた場合、組み合わせの早いものから順に、上記の方法により利益の算定を行うことなどが定められている。被告の上記主張は、本件売付けと本件現物 買いとを組み合わせて、利益がない旨を主張するものであるが、内閣府令34条が定める算定方法とは異なる独自の算定方法に基づくものであり、採用することができない。 ⑶ したがって、被告は本件売付けにより「利益を得た」というべきである。 3 争点3(本件売付けが類型的適用除外取引に当たるか) ⑴ 被告は、令和3年7月13日から同月20日にかけて本件買付けを行って 原告株式162万0100株を取得し、同年9月6日に本件売付けを行って同数の株式を売却している。そして、後述のとおり、本件買付けと本件売付け(以下、両取引を併せて「本件短期売買」ともいう。)は、被告が主要株主として行ったものであると認められるから、被告は金商法164条1項所定の短期売買取引を行ったものである。また、本件短期売買は、同条8項及び 取引規制府令30条1項各号が規定する適用除外取引のいずれにも当たらない。 ⑵ 前提事実⑶のとおり、平成14年最判は、金商法164条1項と同様の定めである証券取引法164条1項に関し、同項の規定を適用する必要のない取引は内閣府令で定められた場合に尽きるものではなく、類型的にみて取引 の態様自体から内部情報(秘密)を不当に利用することが認められない取引(類型的適用除外取引)には、同項の規定は適用されない旨を判示しているところ、被告は、本件においては、本 類型的にみて取引 の態様自体から内部情報(秘密)を不当に利用することが認められない取引(類型的適用除外取引)には、同項の規定は適用されない旨を判示しているところ、被告は、本件においては、本件売付けが、①制度信用取引により取得した買い建玉を現物株化する手段・方法として、②証券金融会社における貸借取引の申込停止措置の実施により現引きが選択不可能であるという客観 的な状況において行われたクロス取引(本件クロス取引)の一部であるとの事情があるため、類型的適用除外取引に当たると主張している。 ⑶ 金商法164条1項は,客観的な適用要件を定めて上場会社等の役員又は主要株主による秘密の不当利用を一般的に予防しようとする規定であるから、秘密の不当利用の余地の有無は、類型的かつ客観的な取引に関する事情から 判断されるべきものであると解される(平成14年最判参照)。そして、本件売付けが、制度信用取引により取得した買い建玉を「現物株化する手段・方法として」行われたものであるかどうかは、当該取引を行った者の動機・目的にもかかわる事情であり、類型化になじむものではない以上、取引態様として考慮するのは相当でない。 他方で、原告株式につき、証券金融会社における貸借取引の申込停止措置 が実施されていたとの事情は、当該取引そのものに内在する事情ではないが、客観的な事情であって類型的な判断になじむ事情である。そして、平成14年最判は、類型的にみて「取引の態様自体から」秘密を不当に利用することが認められない場合に適用除外とする旨判示しているが、同法164条8項が、「買付け等又は売付け等の態様その他の事情を勘案」すると規定し、同法 164条1項の対象となる買付け等又は売付け等そのもの以外の事情をも考慮することを認めていること いるが、同法164条8項が、「買付け等又は売付け等の態様その他の事情を勘案」すると規定し、同法 164条1項の対象となる買付け等又は売付け等そのもの以外の事情をも考慮することを認めていることに照らせば、平成14年最判も、類型的適用除外取引に当たるかどうかを判断するに当たり考慮することができる事情を当該取引に内在する事情に限定する趣旨ではないと解される。したがって、本件において、証券金融会社における貸借取引の申込停止措置が実施されてい たとの事情を考慮することは認められると解するのが相当である。 なお、原告は、本件売付けと本件現物買いは、別個独立の行為であるから、本件売付けが類型的適用除外取引に当たるかを判断するに際し本件現物買いを考慮すべきではないと主張しているが、上記のとおり、考慮すべき事情を当該取引に内在する事情に限定するのは相当でなく、上記原告の主張は採用 することができない。 上記のような点に鑑みれば、本件においては、本件売付けは、①制度信用取引により取得した買い建玉を売却し、これと同一日時に同一内容・同一枚数の株式を上記売却代金と同一金額で現物取引により買い付けたクロス取引を構成するものであること、②証券金融会社における貸借取引の申込停止措 置の実施により現引きが選択不可能であったとの事情を類型的な取引態様として考慮するのが相当である(以下、上記①及び②の事情をそれぞれ「本件取引態様①」及び「本件取引態様②」といい、これらを併せて「本件取引態様」という。)。 ⑷ 被告は、本件取引態様①から、本件売付けが、制度信用取引により取得し た買い建玉を現物株化する方法・手段であるクロス取引の一環として行われ たものであるとの事実を認定することができることを前提に、本件売付けは、現引き 、制度信用取引により取得し た買い建玉を現物株化する方法・手段であるクロス取引の一環として行われ たものであるとの事実を認定することができることを前提に、本件売付けは、現引きと同様に、類型的にみて取引態様自体から、投資成果(キャピタルゲイン)に何ら変化を生じさせるものでもなく、個別的な投資判断を伴うものとはいえないから、類型的適用除外取引に当たる旨を主張している。 しかしながら、信用買いをした投資者は、借入金の利息を負担し、配当請 求権や議決権などの株主権を行使することができないという状態にあるが、信用買いの決済を現引きにより行うと、証券会社に対する借入金の金利の負担を免れるのであり、現物株式を取得したことにより株主権の行使が可能となるという意味において、投資ポジションは異なっている。この場合、どのタイミングで自己資金を拠出して、株主権を取得するとともに金利負担から 免れるかという形で投資判断を行っているのであり、そのために内部情報を不当に利用する余地はあるというべきであるが、この点はクロス取引により信用買い決済をした場合でも異ならない。 また、本件取引態様①のような事情が認められる取引であっても、制度信用取引により取得した買い建玉を売り付けることにより一旦は売却益を得て いるのであり、制度信用取引により買い建てていた株式を売却することにより利益を確定するとともに、これと同一日時に同一内容・同一枚数の株式を上記売却代金と同一金額で現物取引により買い付けることで再投資を行うという点で投資判断を伴うものである。そして、被告が主張するようにキャピタルゲインがない場合には内部情報を不当利用する余地がないと解する場合、 およそあらゆるクロス取引は類型的適用除外取引として金商法164条1項の適用を受 る。そして、被告が主張するようにキャピタルゲインがない場合には内部情報を不当利用する余地がないと解する場合、 およそあらゆるクロス取引は類型的適用除外取引として金商法164条1項の適用を受けないこととなるが、一般的にクロス取引は、保有株式の含み益の実現や節税対策などの目的で行われるものであって投資判断を含むものであり、かかる投資判断において秘密の不当利用のおそれがあることは否定し難い。 なお、被告は、取引規制府令30条1項12号が、新株予約権を行使して の株券の買付けには金商法164条1項を適用しない旨を規定しているのは、投資判断の成果(キャピタルゲイン)に変化がなく、秘密の不当利用の危険性がないからであるとも主張している。しかし、新株予約権を行使すれば株式を保有することになるのであるから投資ポジションは異なってくる上、新株予約権を行使するのかどうか、行使するとしていつ行使するのかという投 資判断を伴うものである。また、今後株価を大幅に上昇させるような内部情報に接したため、行使期限前に新株予約権を行使して株券を買い付けるといった、内部情報の不正利用が考えられるところである。加えて、新株予約権の制度趣旨にはストックオプションの付与により役員などに対し企業価値の向上によるインセンティブ与えて業務意欲の向上を図ることなども含まれる ことからすれば、上記趣旨の没却を防ぐという政策的観点も含めて適用除外取引としたものと解されるところであり、新株予約権を行使しての株券の買付けに金商法164条1項が適用されないことが、投資判断の成果(キャピタルゲイン)に変化がない取引において秘密の不当利用の危険性がないことの証左となるものではない。 したがって、本件取引態様①のような事情が認められる場合で が、投資判断の成果(キャピタルゲイン)に変化がない取引において秘密の不当利用の危険性がないことの証左となるものではない。 したがって、本件取引態様①のような事情が認められる場合であっても、投資判断を伴うものであり、内部情報の不正利用の余地はあるというべきである。 ⑸ これに対し、被告は、金商法164条1項の規制目的は、インサイダー取引の一般予防であり、公表されれば市場株価が変動するような内部情報の不当 利用取引を禁止するものであって、規制内容も市場株価の変動によるキャピタルゲインの保持の制限であること(同条9項、取引規制府令34条)、新株予約権等を行使して株主権を取得することは、個別的な投資判断や秘密の不当利用の危険性とは無関係であるというのが、法の立場であることから、投資判断の有無や秘密の不当利用の危険性を判断に当たって考慮すべき投資ポ ジションの変化は、キャピタルゲインの取得に限られる旨を主張している。 しかし、金商法164条1項は,上場会社等の役員又は主要株主がその職務又は地位により取得した秘密を不当に利用することを防止することによって,一般投資家が不利益を受けることのないようにし,国民経済上重要な役割を果たしている証券取引市場の公平性,公正性を維持するとともに,これに対する一般投資家の信頼を確保するという経済政策に基づく目的を達成す るためのものと解されるところ(平成14年最判参照)、前記⑷のとおり、投資判断の成果に変化がない場合でも内部情報の不正利用の余地があり、これを防止しなければ、証券取引市場の公平性、公正性に対する信頼が害されるおそれは認められる。 また、前記のとおり、新株予約権の行使による株券の買付けについて同項 が適用されないのは、投資判断に成果がないこ れば、証券取引市場の公平性、公正性に対する信頼が害されるおそれは認められる。 また、前記のとおり、新株予約権の行使による株券の買付けについて同項 が適用されないのは、投資判断に成果がないことのみを根拠とするものではなく、政策的考慮も含まれていると解されることに鑑みれば、新株予約権の行使による株券の買付けについて同項が適用されないことから、キャピタルゲイン以外の投資ポジションの変化は個別的な投資判断や秘密の不当利用の危険性とは無関係である、というのが法の立場であるということもできない。 そして、同項が規制の対象としているのは、内部情報を不正に利用して短期売買取引により利益を得ることであるところ、本件取引態様①の事情がある取引においては、当初の信用取引により取得した買い建玉を売り付けることにより含み益が生じているのであり、164条1項により提供すべき短期売買利益は上記利益であるから、規制内容が市場株価の変動によるキャピタ ルゲインの保持の制限であることと整合しないものではなく、また、含み益にすぎないことをもって適用除外とするかどうかは立法政策の問題であると考えられる。 以上によれば、被告の上記主張を採用することはできない。よって、本件取引態様①の事情があることをもって、本件売付けが類型的適用除外取引に 当たるということはできない。 ⑹ 被告は、本件売付けについては本件取引態様②も事情があり、証券金融会社において貸借取引の申込停止措置が実施されており、信用取引により買い建てた株式を現物株化する手段が本件クロス取引に限定されていたことから取引の非任意性は否定されない旨主張する。しかし、本件取引態様を構成する制度信用取引における株式の信用売りと現物取引における株式の現物買い はいずれも法的 本件クロス取引に限定されていたことから取引の非任意性は否定されない旨主張する。しかし、本件取引態様を構成する制度信用取引における株式の信用売りと現物取引における株式の現物買い はいずれも法的に強制されたものでなく、飽くまでも自己の経営目的のために専ら行為者の意思で行ったものであるから、非任意の取引であるということはできない。 以上からすれば、本件取引態様②の事情を考慮しても、本件売付けが、類型的な取引態様から内部情報を不当に利用する余地がない取引であるという ことはできない。 ⑺ なお、被告は、本件クロス取引という取引態様が類型的適用除外取引に当たらないとすれば、信用取引そのものを事実上利用できなくなるから、金商法164条1項の規制内容である利用の保持の制限を超えて財産上の不利益を課すこととなり、平成14年最判が規制の合憲性を維持する理由として判 示したところに反することとなるとも主張している。 しかし、平成14年最判は、証券取引法164条1項の規制の合憲性につき、上場会社等の役員又は主要株主が行う当該上場会社等の特定有価証券等の売買取引を禁止するものではなく,その役員又は主要株主に対し,一定期間内に行われた取引から得た利益の提供請求を認めることによって当該利益 の保持を制限するにすぎず,それ以上の財産上の不利益を課するものではないことを理由に、当該規制の合憲性について、立法目的達成のための手段として必要性又は合理性に欠けるものであるとはいえないと判示したものであるところ、本件売付けに同法164条1項の適用を認めたとしても、一定期間内において行われた取引から得た利益の保持を制限するにすぎず、制度信 用取引を利用した売買取引が禁止されるものではない。制度信用取引の利用 を控え 適用を認めたとしても、一定期間内において行われた取引から得た利益の保持を制限するにすぎず、制度信 用取引を利用した売買取引が禁止されるものではない。制度信用取引の利用 を控えるかどうかは、つまるところ、主要株主の経済的余力など種々の要素を総合考慮した価値判断により定まるものであり、本件売付けに金商法164条1項の適用を認めることで、必ずしも信用取引を利用できなくなるという関係にもない。以上からすれば、本件売付けに金商法164条1項の適用を認めることが利益の制限を超えて財産上の制限を課すことになるとはいえ ないから、被告の主張を採用することはできない。 ⑻ 結論以上からすれば、本件売付けは類型的適用除外取引に当たらないというべきである。 4 争点4(短期売買利益の額) ⑴ 本件利益関係書類によれば、被告は、本件売付けにより、19億4342万3161円の短期売買利益を得たことが認められる。 ⑵ 本件利益関係書類においては、本件売付けと令和3年7月13日以降の被告による原告株式の買付けが対当されているところ、被告は、被告が原告の主要株主となったのは令和3年7月14日であるから、本件利益関係書類に おける短期売買利益の計算には誤りがあると主張する。 しかしながら、令和3年7月13日までに被告が主要株主となったとの認定は、被告自身が金商法163条1項に基づいて提出した報告書に基づいて行われるものである。そして、被告は、上記認定が誤りであるならば、当該報告書や自らが行った売買取引に関する証拠を容易に提出することができ るにもかかわらず、これらを提出していないのであるから、本件利益関係書類記載のとおりの短期売買利益を得たものと認定するのが相当である。したがって、被告の上記主張 拠を容易に提出することができるにもかかわらず、これらを提出していないのであるから、本件利益関係書類記載のとおりの短期売買利益を得たものと認定するのが相当である。したがって、被告の上記主張は採用することができない。 第4 結論 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第6部 裁判長裁判官中島崇 裁判官大野元春 裁判官野本亮

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