平成16(ワ)349 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成18年10月26日 津地方裁判所 その他
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判決文本文29,937 文字)

- 1 -脳梗塞により見当識障害が生じている入院患者がベッドから複数回にわたり転落・転倒したことにつき,転倒防止義務と報告・説明義務が適切に尽くされておらず期待権侵害があるとして,遺族から病院を運営している医療法人に対する損害賠償請求が一部認容された事例。 平成18年10月26日判決言渡平成16年(ワ)第349号損害賠償請求事件(以下「第1事件」という)平成17年(ワ)第215号損害賠償請求事件(以下「第2事件」という)判決主文(第1事件について) 被告は,原告Aに対し,金60万円及びこれに対する平成16年9月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告Aのその余の請求を棄却する。 (第2事件について) 被告は,原告Bに対し,金110万円及びこれに対する平成17年7月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 原告Bのその余の請求を棄却する。 訴訟費用は,第1,第2事件を通じてこれを10分し,その1を被告の,その余を原告らの負担とする。 この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1当事者の求めた裁判 請求の趣旨(第1事件)- 2 -(1)被告は,原告Aに対し,1609万0712円及びこれに対する平成16年9月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2)訴訟費用は被告の負担とする。 (3)仮執行宣言(第2事件)(1)被告は,原告Bに対し,3228万1425円及びこれに対する平成17年7月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2)訴訟費用は被告の負担とする。 (3)仮執行宣言 請求の趣旨に対する答弁(第1事件)(1)原告Aの請求を棄却する。 (2)訴訟費用は原告Aの負担とする。 (第 分の割合による金員を支払え。 (2)訴訟費用は被告の負担とする。 (3)仮執行宣言 請求の趣旨に対する答弁(第1事件)(1)原告Aの請求を棄却する。 (2)訴訟費用は原告Aの負担とする。 (第2事件)(1)原告Bの請求を棄却する。 (2)訴訟費用は原告Bの負担とする。 第2事案の概要本件は,亡Cが,被告の開設・運営するX病院(以下「被告病院」という。)へ入院中に5回にわたり転倒したことにつき,被告病院では診療契約上の付随義務としての転倒防止義務違反があり,Cは,これらの転倒が原因で発症した慢性硬膜下血腫のためワーファリンの投与が中止されたことで,脳梗塞を再発して死亡したなどと主張して,Cの相続人の一部である原告らが,被告に対し,診療契約ないしそれに付随する期待権侵害等の債務不履行の損害賠償請求権に基づき,Cに生じた損害の各相続分等とこれに対する各訴状送達日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 前提となる事実- 3 -当事者間に争いのない事実と,証拠(略)及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。 (1)当事者等アCは,昭和3年2月生まれで,平成14年5月21日死亡したが,原告Bはその妻,原告Aはその二男である。Cには,原告Aのほかに長男がいるので,その相続分は,原告Aが4分の1,原告Bが2分の1である。 イ被告は,津市a町b番地にX病院(被告病院)及び,津市a町c番地にY病院を開設,運営する医療法人である。 (2)Cは,平成13年6月7日に脳梗塞のため被告病院に入院し,同年7月12日まで入院していた。Cは,その後,同年9月28日にも被告病院に入院したが,CT検査結果に異常がなかったことから,翌29日に退院した。 (3)Cは,平成13年10月8日,新たな脳梗塞のため再度被告病院 日まで入院していた。Cは,その後,同年9月28日にも被告病院に入院したが,CT検査結果に異常がなかったことから,翌29日に退院した。 (3)Cは,平成13年10月8日,新たな脳梗塞のため再度被告病院に入院して,被告との間で診療契約を締結し,その後,同年12月21日まで被告病院に入院していた(以下,この期間の入院について「本件入院」という)(4)本件入院中におけるCの転倒・転落等(証拠略)。 アCは,本件入院中の平成13年10月26日午前1時30分ころ,転倒しているところを発見された。その際,Cの後頭部に直径約5センチメートル程度の皮下血腫が生じた。 イCは,同年11月27日午後11時ころ,ベッドから床に落ちているところを発見された。その際,Cは右頬部を打撲していて血腫があった。 ウCは,同年12月14日午後3時40分ころ,ベッドより落ちて右肩と腰を打った。その際,Cから頭部痛の訴えがあった。 エCは,同年12月16日午後6時ころ,ベッドサイドで倒れているところを発見された。 オCは,同年12月17日午後6時ころ,ベッドから上半身がずり落ちているところを発見された。 - 4 -(5)Cは,同年12月21日にY病院へと転院したが,平成14年1月2日にY病院において突然意識障害を生じたことから,被告病院へ転送され,被告病院でCT検査をしたところ,Cの左前頭部に慢性硬膜下血腫がみられた。 そのため,Cは,同日,津市d町e丁目のV大学医学部附属病院(以下「V大病院」という。)脳神経外科へ転医し,同病院において,血腫除去術を受けた。 (6)被告病院及びY病院では,Cに対し,抗凝固剤であるワーファリンを投与していたが,平成14年1月2日,慢性硬膜下血腫が発見されたことによりV大病院では,ワーファリンの投与を中止した。 (7)Cは,同年1月10日 びY病院では,Cに対し,抗凝固剤であるワーファリンを投与していたが,平成14年1月2日,慢性硬膜下血腫が発見されたことによりV大病院では,ワーファリンの投与を中止した。 (7)Cは,同年1月10日,V大病院入院中に新たな脳梗塞を発症した。その後,Cは,同年2月1日に再び被告病院に入院して,同年4月25日まで入院した。 (8)Cは,同年4月25日に,被告病院から三重県f郡g町hのZ病院に転院したが,同月27日に突然の呼吸不全を来し,同年5月21日に死亡した。 争点,及び争点に関する当事者の主張(1)被告病院には,Cの転倒を予見し防止すべき義務(以下「転倒防止義務」という。)の違反があったか。 (原告らの主張)アCは,日ごろから転倒を繰り返し,脳梗塞により被告病院へ入院していたのであるから,被告病院には,Cが転倒して頭部を打撲しないように介護・監視すべき転倒防止義務があった。具体的には,常時24時間体制による監視,身体の拘束,床と同程度にベッドの高さを低くすること,ヘッドギアの装着,床へのマットやクッションの布設などによる危険防止である。そして,被告病院においてこれらの対策が実施できないのであれば,Cの家族に対する24時間体制での看護の要請,あるいは24時間体制で監視する良心的な他病院への転院措置をとることが考えられる。 - 5 -イ被告病院では,上記転倒防止義務に違反して何らの対策を講じず,結果的にCは,本件入院中にカルテに記載されているだけでも第2の1(4)アないしオのとおり5回も転倒を繰り返して頭部を打撲することになったのであり,これは被告の診療契約上の重大な債務不履行である。 (被告の主張)ア被告病院では,次のとおり患者であるCの状態に応じて可能な転倒防止策を講じていたのであり,転倒防止義務違反はない。これ以上の措置を これは被告の診療契約上の重大な債務不履行である。 (被告の主張)ア被告病院では,次のとおり患者であるCの状態に応じて可能な転倒防止策を講じていたのであり,転倒防止義務違反はない。これ以上の措置をとらなかったことをもって被告に債務不履行があるとはいえない。 (ア)入院直後から4人部屋への転室まで入院直後は,脳血管障害の超急性期症状(意思の疎通がとれない・落ち着きなく不穏状態など)であったため,転落等の危険が高く,それを回避するため,手足や体幹の抑制を行った。 しかし,抑制は患者に重大な苦痛を与え,人間の尊厳に関わりQOL(生活の質)を害するものであるため,必要最低限で行わなければならないものである。したがって,被告病院においても超急性期をすぎた後は,抑制を行っていない。 4人部屋への転室の際には,ナースステーションから距離として最も近い部屋の入口に最も近いベッドとし,ドアを開け放して,Cの動静に注意できるようにしていた。 (イ)リハビリの開始以後Cは,車いすに乗車するようになると徐々に歩行したがるようになり転倒等の危険性も高くなった。そのため,頻回に訪室したり,部屋をのぞくなどして頻回に監視し,声かけをした。歩行しようとするときには先んじて歩行器で誘導していた。 また,ベッド柵を4本使用し,その日の状態に応じてベッド柵をベッドに固定したり,しなかったりした。Cの場合は,ベッド柵を取り外し- 6 -て床に落とす音でベッドから下りようとするサインとなり,転倒・転落を防いでいた。Cには,ベッド柵を固定すると柵の上から乗り越えようとする行動もみられ,より危険性が高くなると考えられたため,ベッド柵を外し易くしたこともあった。 イ原告ら主張の転倒防止策について(ア)原告らは,常時24時間体制により監視し,目が行き届かなければ抑制すべきと主 れ,より危険性が高くなると考えられたため,ベッド柵を外し易くしたこともあった。 イ原告ら主張の転倒防止策について(ア)原告らは,常時24時間体制により監視し,目が行き届かなければ抑制すべきと主張するが,Cには明確な意思があり,抑制すれば嫌がって大声で叫ぶなど患者の人権を蹂躙することになるため,なし得なかったもので,被告の債務不履行にはならない。 (イ)ヘッドギアについては,Cは,身体を縛るものを外すことも多々あったためヘッドギアを装着しても嫌がり取り払って用をなさないと考えられ,逆に加療・看護の弊害となることも考えられた。 なお,医療現場においては,ヘッドギアはてんかん患者など限られた場合に患者・家族の同意を得て使用するのみであり,本件のような脳梗塞患者に使用することはほとんどない。原告の主張によればかなり多数の脳疾患患者に装着を必要とするようになるが,そのような社会的コンセンサスはない。 (ウ)床へマットやクッションの布設をすべきとの原告らの主張は,転倒時の緩衝剤的役割を期待してのものと考えられるが,歩行可能な患者にとって床にマットやクッションを敷いても転倒防止にはなり得ず,逆に歩行時の障害となり,転倒する危険が高くなる。そのため,マットやクッションは用いなかった。 (エ)さらに,原告らは,Cの家族や肉親に対し付添看護を要請すべきであったというが,厚生労働省令「保険医療機関及び保健医療養担当規則」11条の2により,患者の負担による,当該保険医療機関等の従業員以外の者による付添看護は否定されているのであって,そのような依頼は- 7 -できるものではない。 (2)被告病院における転倒防止義務違反とCの死亡との因果関係の有無(原告らの主張)ア被告病院への本件入院中の上記5回にわたる転倒,そのうち2回の頭部外傷等により,Cには慢性 きるものではない。 (2)被告病院における転倒防止義務違反とCの死亡との因果関係の有無(原告らの主張)ア被告病院への本件入院中の上記5回にわたる転倒,そのうち2回の頭部外傷等により,Cには慢性硬膜化血腫が発症した。 その慢性硬膜化血腫の治療のため,平成14年1月2日から脳梗塞の再発を予防する薬であるワーファリンの投与を中止せざるを得なくなった。 そして,ワーファリンの投与が中止されたため,Cは同年1月10日に重篤な脳梗塞を再発した。この脳梗塞の発症の結果,Cは,四肢麻痺,寝たきりになり,同年5月21日に死亡したものである。 したがって,被告病院における転倒防止義務違反とCの死亡との間に因果関係があることは明らかである。 イなお,被告は,ワーファリンを投与すれば完全に脳梗塞を予防できるというものではないと主張するが,ワーファリンが脳梗塞の発病,再発予防に有効なことは,研究者らによって証明されている。 (被告の主張)アCの死因との相当因果関係(ア)Cは,平成14年4月27日に突然の呼吸停止を起こし,心肺蘇生処置,人工呼吸管理での脳死に近い状態となって,同年5月21日に死亡したものである。 (イ)脳梗塞による死亡の可能性とその場合の相当因果関係Z病院の死亡診断書では,Cの直接の死因が「脳梗塞」とされているが,平成14年4月27日の呼吸停止以後,頭部のCT・MRI検査等はなされていないから,そのころ新たな脳梗塞の発症があったのかは明らかではない。 仮に,Cの直接の死因が脳梗塞であったとしても,平成14年4月2- 8 -7日に再発作を起こしたものと考えられるところ,これはCに生じた慢性硬膜下血腫の発見・除去から約4か月間が経過した後の発症である。 そうとすれば,本件入院中の転倒ひいては慢性硬膜下血腫と,同年4月27日の脳梗塞による呼吸停 のと考えられるところ,これはCに生じた慢性硬膜下血腫の発見・除去から約4か月間が経過した後の発症である。 そうとすれば,本件入院中の転倒ひいては慢性硬膜下血腫と,同年4月27日の脳梗塞による呼吸停止との間に因果関係は認められないし,何らかの間接的な関係があるとしても法的な相当因果関係は認められるべきではない。 (ウ)誤嚥性肺炎による死亡の可能性とその場合の相当因果関係他方,Z病院におけるCT・レントゲン上には,明らかな肺炎像が認められ,Cには,両肺雑音が強く,喘鳴が聞かれ,粘調痰が多量に吸引されるなど肺炎の症状が著名にあったことから,呼吸停止の原因が肺炎である可能性も否定できない。脳梗塞であれば,脳幹(呼吸中枢)を圧迫するほどの塞栓・大出血がない限り,突然の呼吸停止は通常起こり得ないが,Z病院のカルテ上,そのような塞栓・大出血は認められず,呼吸停止の原因は肺炎と考えた方が自然である。 そして,誤嚥性肺炎は,脳血管障害や意識障害,寝たきり状態にある場合の重要な続発症・合併症であるが,Cは高齢であり,慢性硬膜下血腫の前にも2度脳梗塞を発症していて,もともと素因として誤嚥性肺炎のリスクがあった。また,平成14年4月27日の呼吸停止まで約4か月の間,Cの状態は安定していて重篤となることもなかった。 これらのことからすれば,本件入院中の転倒ひいては慢性硬膜下血腫と,同年4月27日の誤嚥性肺炎による呼吸停止との間に因果関係は認められないし,何らかの間接的な関係があるとしても,法的な相当因果関係は認められるべきではない。 イワーファリンの投与中止と脳梗塞との関係(ア)原告は,平成14年1月2日にワーファリンの投与が中止されたことで同月10日に脳梗塞が発症したと主張しているが,同月10日の脳梗- 9 -塞は従前の脳梗塞とともにC自身のリスクの発 との関係(ア)原告は,平成14年1月2日にワーファリンの投与が中止されたことで同月10日に脳梗塞が発症したと主張しているが,同月10日の脳梗- 9 -塞は従前の脳梗塞とともにC自身のリスクの発現であったものである。 一般的に脳梗塞は再発率が高く,また,再発を繰り返しやすい病態である。ワーファリンを投与していれば完全に脳梗塞を予防できるというものではない。Cは,平成13年6月7日に脳梗塞を発症し,同年10月8日の本件入院時には重篤な脳梗塞を再発している。この経過からして,Cはもともと脳梗塞を再発するリスクが高かったといえるし,予後が楽観できたわけではない。 (イ)また,Cには,脳梗塞の危険と脳出血の危険とのバランスをとりながらワーファリンを投与する必要があり,被告病院ではワーファリンの効力を押さえながら使用していた。被告病院入院中の血液凝固能検査(トロンボテスト:TT,プロトロンビン時間:INR。TTは,十分な抗凝血効果を必要とする場合には15%以下であることが必要とされる。 INRは,正常な凝固能がある場合を1とし,抗凝血効果が大きくなるほど数値が高くなる。)では,平成13年10月27日がTT35%・INR1.43,同年11月9日がTT80%・INR1.06,同年11月22日がTT60%・INR1.16,同年12月11日がTT50%・INR1.23,Y病院転院後の同年12月22日もTT40%・INR1.35であった。 したがって,Cについては,もともとワーファリンによって強力に凝固能が抑制されていたものではないから,ワーファリンの投与中止により凝固能が亢進して平成14年1月10日の脳梗塞が生じたとはいえない。 (3)被告病院医師には,平成13年10月26日の転倒後,同年12月21日のY病院転院時までCT検査等を行わなかったことにつ より凝固能が亢進して平成14年1月10日の脳梗塞が生じたとはいえない。 (3)被告病院医師には,平成13年10月26日の転倒後,同年12月21日のY病院転院時までCT検査等を行わなかったことにつき,診療契約上の義務違反があるか。 (原告らの主張)- 10 -Cは,カルテに記載されているだけでも本件入院中に5回転倒し,そのうち2回は頭部外傷を負ったにもかかわらず,被告病院では平成13年10月26日の1回目の転倒のときは医師の診察を受けさせてCT検査を行ったが2回目の転倒からは医師に診せることもなく,看護師の判断で異常はないとして,同年12月21日にY病院へ転院するまでの間,CT検査等を実施しなかった。しかし,Cは,上記転倒により出血したことから慢性硬膜下血腫を発症し,平成14年1月2日にY病院で意識障害を生じて,転送された被告病院でCT検査を受けて慢性硬膜下血腫が発見された。このように平成13年12月21日までの本件入院時に被告病院でCT検査等を実施しなかったことで,Cの慢性硬膜下血腫の発見は遅れたと考えられるから,被告病院の担当医師には,このことにつき診療契約上の義務違反がある。 (被告の主張)ア被告病院においては,平成13年10月26日の転倒直後にCT検査を行い,異常がないことを確認し,その後も注意して経過観察をしていたがY病院への転院までの間に慢性硬膜下血腫を疑うべき症状が認められなかったため,再度のCT検査を行わなかった。 慢性硬膜下血腫は,症状が現れてから対応ができ,症状が現れていない段階でCT検査等を行っていなかったことは,通常の診断方法であり,診療契約上の義務違反には当たらない。 イまた,Y病院への転院前にCT検査を行って,慢性硬膜下血腫を認めていたとしても,症状のない段階では慎重に経過観察を行い,症状が出てき 通常の診断方法であり,診療契約上の義務違反には当たらない。 イまた,Y病院への転院前にCT検査を行って,慢性硬膜下血腫を認めていたとしても,症状のない段階では慎重に経過観察を行い,症状が出てきた時点で外科的処置を行うものであり,経過は同様であったはずであるから,結果との関係において相当因果関係はない。 (4)期待権侵害,説明義務違反の有無(原告らの主張)前記のとおり,Cは被告病院において転倒防止に関する適切な看護を受け- 11 -ることができなかった。本件入院中における上記5回の転倒,うち2回は頭部外傷という医療事故がありながら,被告病院の担当者から,一度も患者の家族である原告らに報告や謝罪等はなされておらず,むしろ,この5回の転倒が故意に家族である原告らに隠されていた。 また,2回目の脳梗塞による平成13年10月8日から同年12月21日までの本件入院中に,被告病院の担当医師や医療従事者から,Cやその家族である原告らに対し,患者の病名や病状,行おうとする検査や治療について十分な説明がなされていない。患者とその家族が,担当医師や医療従事者から,その説明内容を理解した上で,検査や治療を受けるという医療上の原則であるインフォームドコンセントが,被告病院ではCにつき一度も実行されておらず,検査や治療における危険性の説明義務が尽くされていない。 このことは,診療契約に基づき適切な看護を受けられるとのCの期待権を侵害するものであり,被告の債務不履行に当たる。 (被告の主張)被告病院では,法定の基準を満たす看護態勢をとっていたもので,被告病院における看護・監視・転倒転落防止への対応は,当時の医療水準にかなうものであって,被告にCや原告らへの期待権侵害や説明義務違反はない。 (5)損害額(原告らの主張)アCの損害合計5876万2851円 看護・監視・転倒転落防止への対応は,当時の医療水準にかなうものであって,被告にCや原告らへの期待権侵害や説明義務違反はない。 (5)損害額(原告らの主張)アCの損害合計5876万2851円被告の債務不履行により,Cには次の損害合計5876万2851円が生じた。原告Bがその2分の1である2938万1425円を相続し,原告Aがその4分の1である1469万0712円を相続した。 (ア)Cの慰謝料3000万円(イ)逸失利益2726万2851円Cの年金収入は年額353万1000円であったから,これを基礎と- 12 -して,平均余命10.43年のライプニッツ係数7.721を掛けて算出する。 計算式353万1000円×7.721=2726万2851円(ウ)葬儀費用150万円イ弁護士費用原告Bにつき290万円原告Aにつき140万円(被告の主張)原告らの主張を争う。 第3当裁判所の判断 診療経過前提となる事実と証拠(略)と証人D,同Eの各証言,原告A本人尋問の結果,及び弁論の全趣旨によると,次の事実が認められる。 (1)本件入院までの経緯アC(昭和3年2月生)は,平成9年ころ体調を崩して津市のW病院に一時入院したことがあったが,その後は当時の三重県i郡j町kの自宅で,畑を作るなどし,年金生活者として,原告両名と居住していた。 平成13年6月7日,C(当時73歳)は,山菜採りに行って,突然の右麻痺が出現して倒れ,救急車で搬送されて被告病院に入院した。Cは,CT検査の結果,左側頭頭頂部に脳梗塞の発症が認められ,心房細動により脳塞栓を起こしたものと診断されたが,このときの梗塞は出血を伴うものであったため,入院中,脳梗塞の再発予防薬であるワーファリンの投与は行われなかった。 Cは,被告病院への上記入院時より右不全麻 より脳塞栓を起こしたものと診断されたが,このときの梗塞は出血を伴うものであったため,入院中,脳梗塞の再発予防薬であるワーファリンの投与は行われなかった。 Cは,被告病院への上記入院時より右不全麻痺がみられたが,輸液や脳浮腫を抑える保存的加療を受けて,つたい歩きができる程度となったため同年7月12日に被告病院を退院して,リハビリ目的でY病院に転院した- 13 -(証拠略)。 イCはY病院を同年9月6日に退院し,その後,デイサービス等を利用して自宅療養中であったが,同月28日,吐き気,頭痛やめまいがあったため,再び被告病院に入院した。このときは,症状が回復し,CT検査の結果に異常がなかったことから,翌29日に退院した(証拠略)。 ウCは,同年10月8日午後3時すぎころ,牛乳を飲みたいと取りに行った台所で転倒しているところを発見され,救急車で被告病院に搬送されて本件入院となった。CT検査の結果,右後頭頭頂部に脳梗塞の発症が認められた(証拠略)。 Cは入院時,意識レベルはJCS=Ⅱ-10であり,呼び名に「はい,はい」と答えられる程度であったが,眼球右方偏位,右不全麻痺など症状が認められ,名前は言えるものの生年月日,日付,場所が答えられないといった見当識障害が認められた(証拠略)。 Cの主治医は,同年7月からE医師となっており,本件入院期間中は同医師が担当した。 (2)本件入院時の症状等ア平成13年10月8日から同月15日まで(ICU入室中)(ア)Cは,入院直後は,脳血管障害の超急性期であったため,意思の疎通がほとんどできず,安静が保てず不穏状態が続いたことから,鎮静剤の投与や手足や体幹の抑制がなされた(証拠略)。 (イ)Cは,同月12日ころから見当識が若干改善され,座位も問題がない様子であり,同月15日に酸素投与の必要がなくなったた 状態が続いたことから,鎮静剤の投与や手足や体幹の抑制がなされた(証拠略)。 (イ)Cは,同月12日ころから見当識が若干改善され,座位も問題がない様子であり,同月15日に酸素投与の必要がなくなったためICUから一般病室に転室した(証拠略)。 そして,入院直後になされていた抑制は,超急性期がすぎた後は実施されなくなった。 イ同年10月16日から同月25日までの状態- 14 -(ア)Cは,入院直後より見当識が若干改善されたものの,依然としてせん妄状態があり,頻繁に動く状態であった。そのため,Cの部屋は,4人床の男性部屋としては,ナースステーションから距離的に最も近い病室とされ,また,Cのベッドは入口に最も近いベッドとされて(証拠略)ドアは開け放してあった。 被告病院では,法定の基準を満たす看護態勢をとり,当時,約45名の患者を,日勤帯は9名の看護師で,夜勤帯は3名の看護師で担当していた。 (イ)Cは,同月14日ころから座位訓練,経口摂取訓練,車いすの乗車を始めており,同月18日からは食事を開始し,翌19日には介助により食事を全量摂取できた。同月22日にはベッドサイドでの起立訓練を行い,翌23日から歩行器での歩行訓練やトイレ誘導などが始められた。 もっとも,歩行は不安定で監視が必要であったところ,見当識障害は依然あり,Cが自分勝手に動くおそれがあるため,注意を要する状況であった。同月24日午後2時には,自分勝手に歩行しようとして廊下まで出てきたこともあった(証拠略)。 また,このころからCには夜間の不眠傾向がみられ,同月25日も深夜0時30分に看護師から入眠を促されている。もっとも,夜間不眠時のCの様子は,同月24日の深夜2時に,ベッド柵をたたくなどの行動がみられたものの,そのほかは多弁という限度にとどまっていた(証拠略)。 (ウ)看護 護師から入眠を促されている。もっとも,夜間不眠時のCの様子は,同月24日の深夜2時に,ベッド柵をたたくなどの行動がみられたものの,そのほかは多弁という限度にとどまっていた(証拠略)。 (ウ)看護師らは,Cに歩行の危険性を説明し指導したが,一度納得しても再度歩行しようとするなど,脳梗塞を患ったCの行動は改善されなかった。 そこで,被告病院としては,Cが立ち上がろうとしていないかどうかを見守り,歩行しようとするときには歩行器で誘導したりするなどして- 15 -対処することにした。ベッド柵については,固定すると乗り越えようとする危険があったことと,ベッド柵を取り外して落とす音でCが動こうとするのを察知できると考えて,固定し続けることはしなかった。 (エ)Cは,同年10月25日は早朝からずっと怒っており,意味不明なことを言って興奮していた。夕食は全量摂取し,午後9時からはベッド上で落ち着きなくごそごそしており,声かけをした際は,多弁な状態であった(証拠略)。 ウ同年10月26日の転倒から同年11月26日までの状態(ア)深夜である同年10月26日午前1時30分ころ,Cの部屋から物音が聞こえたために当直の看護師が駆けつけると,ベッド柵が外され,Cは,転倒した様子で,ベッド下に横たわり起きあがろうとしていた。 担当の看護師3名により,声をかけて,Cの病衣が広汎に尿で汚れていたため着替えさせ,ベッド上に臥床させた。その際,Cの右後頭部に直径約5センチメートル程度の皮下血腫が認められた。ただ,意識レベルや麻痺の悪化などの神経症状の悪化はみられず,会話や反応には特段の異常は認められなかった。そこで,看護師は,翌朝までしばらく様子を観察することとし,この時点では医師に連絡せず,Cに臥床を促したが,眠る気配がなかったので,以前からの不眠時投与の指示に従 には特段の異常は認められなかった。そこで,看護師は,翌朝までしばらく様子を観察することとし,この時点では医師に連絡せず,Cに臥床を促したが,眠る気配がなかったので,以前からの不眠時投与の指示に従いセルシンを投与し,その後,Cは眠った。 Cは,朝になり起きてからも,意識レベルの変化や新たな麻痺の出現はなく,朝食の摂取も良好であった。 転倒の事実は朝になってからE医師へ報告され,診察を受けたが,Cに新たな麻痺や意識障害は認められなかった。E医師は,念のため頭部CT検査を実施したが,骨折や出血,挫傷などの異常は認められず,転倒による変化は認められなかった(証拠略)。 (イ)その後,Cの夜間の不眠は強くなり,夜間には独り言や多弁,大声を- 16 -出すことが多く,感情失禁(意思による感情の統制力の低下のために,感情表現のコントロールが失われて激しい動揺を示すようになった状態)があったり,会話が成立しないこともあり,状況に応じ鎮静剤の投与を行った。尿や便の失禁や,尿意の訴えも多く,ベッド柵を頻繁に床に落としたり,シーツや寝間着を汚す,室内をうろうろ歩くといった問題行動もみられた。 同年11月に入っても,Cは歩行時には介助が必要な状態であり,特に立ち上がり時にふらついて転倒する危険があった。Cは,トイレのために歩行しようとすることが多かったため,被告病院では,排尿・排便介助やトイレ誘導を頻回に行うようにしていた。 Cは,同月11日ころより,自力での立位が可能となり,勝手に立ち上がったり歩行したりすることが目立つようになった。同月18日からは,鎮静剤の注射ではなく睡眠剤であるレンドルミンを服用することになり,夜間眠れることもあったが依然として断眠であった。このころから,Cは,次第に廊下での歩行ができるようになり,看護師らは歩行時にはナースコー 注射ではなく睡眠剤であるレンドルミンを服用することになり,夜間眠れることもあったが依然として断眠であった。このころから,Cは,次第に廊下での歩行ができるようになり,看護師らは歩行時にはナースコールを押すように声かけをしていたものの,1人での歩行がしばしばあった(証拠略)。 (ウ)被告病院の看護師らは,同年10月26日にCが転倒したことを受けて,Cに対して勝手に歩行しないよう何回も説明,指導を繰り返したがそれでも説明,指導したことが守られない可能性があったため,訪室や声かけを頻回にすることで対処していた。 具体的には,そのころ看護師がCの病室へ赴く間隔は,昼間は1時間あくことはなく,夜間は,巡回は2時間おきとされていたが,同室者の吸痰の処置や持続点滴のスピードチェックがあったことから,2時間あくということはない程度であった。一方,同月26日のCの転倒及びその後の被告病院側の対処について,当時,被告病院側の担当者から,見- 17 -舞いに来ていた家族である原告Aらに具体的な説明等がなされた形跡はない。 エ同年11月27日から同年12月21日までの間の転倒等(ア)同年11月27日午後11時ころ,ベッド柵を落とす音がしたため,当直の看護師が部屋に駆けつけると,Cは転落したようであり,布団とともにベッド下の床に落ちていて,失禁しているところが発見された。 看護師は,Cの右頬部にはピンポン玉大の皮下血腫が認められたが,意識レベルや麻痺の悪化などに変化はなかったので,話しかけるなどし,ベット上に臥床させて様子を観察したが,言動などの様子に異常や変化は認められなかった。Cは,眠そうな表情であるが,いまひとつ入眠できそうにない様子で,その後,入眠した。翌28日朝には,右頬に腫れはあったものの,痛みはなくなっていた(証拠略)。 原告Aは,同年11月 認められなかった。Cは,眠そうな表情であるが,いまひとつ入眠できそうにない様子で,その後,入眠した。翌28日朝には,右頬に腫れはあったものの,痛みはなくなっていた(証拠略)。 原告Aは,同年11月終わりの面会の際,Cが右頬に包帯していたので,多分転倒して打ったのではないかと思い,看護師に尋ねたところ,ベッド柵が落ちる音で病室に行くので大丈夫ですという説明しかなく,被告病院の看護体制に対し不審に思った。 (イ)Cは,同年12月1日午前6時,同室者の毛布を汚染し,シーツや病衣を汚染していたが,その後,1人でトイレに歩行し自尿した。同月2日午前2時には,ベッド柵を落として,隣の患者の布団を引っ張っていた。同月3日も,何回かベッド柵を落とした。同月6日午前2時30分には,布団すべてをはがし,廊下に放尿し,隣の部屋に入り込んだ。同月7日午前4時には,裸で徘徊していた。同月9日午後9時にはパジャマやシーツや布団を尿でぐちゃぐちゃにしていた。同月11日午後8時20分には,ベッド周辺をウロウロして布団を落としたり,柵を外したりし,床頭台の机を外して,その上に放尿していた。同月12日にも,ベッド柵を取ったりし,その後も,廊下を徘徊し,シーツ等を尿で汚し- 18 -ていた。 (ウ)Cは,同年12月14日午後3時40分ころ,ベッドから転倒して,ベッドサイドに座り込むような形で,右肩と腰を打ったと言って痛みを訴えた。Cは頭部痛を訴え,感情失禁があったが,看護師は,腫れや打撲の外傷はないと観察した(証拠略)。 その後,同日午後8時30分ころには,Cに,ベッド柵を乗り越えて降りようとする行動がみられた(証拠略)。 (エ)Cは,同月16日午後6時ころ,夕食前より落ち着きなくイライラしていて,ベッドサイドで転倒しているのが発見された。同日午後7時ころから,息子が 越えて降りようとする行動がみられた(証拠略)。 (エ)Cは,同月16日午後6時ころ,夕食前より落ち着きなくイライラしていて,ベッドサイドで転倒しているのが発見された。同日午後7時ころから,息子が来院し,その後入眠するが,浅眠であった。看護師は,打撲などの膨張を認めず,痛みの訴えもなく,会話や反応に特段の異常は認められないと観察した(証拠略)。 翌17日午前5時30分ころに自力で歩行器によりトイレに行った。 (オ)同月17日午後6時ころ,ベッドからCの上半身がずり落ちていた。 Cは,頭部を打ったと述べ,頭を打った様子であったが,看護師は,打撲などの膨張を認めなかった。同日午後9時に,Cは,頭痛や,吐き気はなく,会話や反応のレベルに変化はなかった。 これらの転倒あるいは転落については,その都度,看護師からE医師に報告されていて,同医師の診察によっても,Cに特段の異常は認められなかった。 (カ)Cは,全身状態が安定し経口摂取も良好であったことから,長期的なリハビリが必要であるため,同月21日に被告病院を退院して,リハビリ目的でY病院に転院した。もっともCには脳梗塞による失語症状(運動性)が出現していて,コミュニケーションがとりにくい状況であることに変わりはなかった(証拠略)。 オ本件入院中におけるワーファリンの投与- 19 -(ア)ワーファリンは,血液の抗凝固薬であり,血栓形成を予防することで脳梗塞の予防に有用であるとされている(証拠略)。そして,ワーファリンの効果の持続期間は,それまでの投与量にもよるが,一般的に4ないし5日と考えられる。 (イ)被告病院で,ワーファリンは,Cに対し,平成13年10月23日に2ミリグラムの投与が開始され,同月26日の転倒で念のため中止され同年11月5日から再開されている(証拠略)。その後は,Y病院転院後 )被告病院で,ワーファリンは,Cに対し,平成13年10月23日に2ミリグラムの投与が開始され,同月26日の転倒で念のため中止され同年11月5日から再開されている(証拠略)。その後は,Y病院転院後もワーファリンの投与は継続されていた。 ワーファリン投与によるCの凝固能は,同年10月27日がトロンボテスト(TT)35%・プロトロンビン時間(INR)1.43,同年11月9日がTT80%・INR1.06,同年11月22日がTT60%・INR1.16,同年12月11日がTT50%・INR1.23であった(証拠略)。 凝固能は,治療の目標としてINR1.5~2.0程度とされるのが一般的であるが,被告病院医師は,Cが出血性梗塞を起こしていたこともあり,出血のリスクもあったことから凝固能の抑制を控えめにしていた。 Y病院転院後の同年12月22日も,TT40%・INR1.35であった(証拠略)。 (3)慢性硬膜下血腫の発見と手術,脳梗塞の発症アCは,Y病院入院中の平成14年1月2日,突然意識障害を生じたことから,被告病院へ転送された。 被告病院で同日,CT検査をしたところ,Cの左前頭部に慢性硬膜下血腫がみられたため,V大病院脳神経外科に転医した(証拠略)。 イCは,同年1月2日,V大病院脳神経外科において,左慢性硬膜下血腫に対する穿頭血腫除去術を受けた。それに伴い,それまで継続されていた- 20 -ワーファリンが中止された(証拠略)。 同月3日のCT検査では,左前頭から頭頂葉に新たな梗塞画像が認められ,心源性塞栓症の再発と考えられた。もともと脳萎縮があるためか,この梗塞によっては,Cの意識レベルに変化はあまりみられなかった(証拠略)。そして,同CT画像上,左慢性硬膜下血腫の減圧は不十分だが,血腫が二層性になっていて,内側の血腫が残存していることか めか,この梗塞によっては,Cの意識レベルに変化はあまりみられなかった(証拠略)。そして,同CT画像上,左慢性硬膜下血腫の減圧は不十分だが,血腫が二層性になっていて,内側の血腫が残存していることから,外減圧術の適応ではないと判断され,慢性硬膜下血腫及び脳梗塞の治療として,再洗浄,ドレナージ術,及びドレナージチューブ留置による減圧がなされた(証拠略)。 その結果,同月4日のCT画像では,左硬膜下腔は前日と比べ著明に減少し,慢性硬膜下血腫の症状は縮小し,浮腫もそれほど強くない状態にまで軽減した(証拠略)。 ウ同月10日,Cは,全身硬直・意識レベルの低下があり,翌11日のCTにおいて右前頭葉に新たな脳梗塞の発症が認められた。 V大病院では,今回の梗塞は,部位はあまり良くないが範囲は大きくなく,今後この梗塞によって生命にかかわるようなことは起きないだろうと判断したが,今後も同じように梗塞ができるリスクが高いことから,同日夕方からワーファリンの投与が,従前の半量の1ミリグラムで再開された(証拠略)。この新たな脳梗塞により,Cの意識レベルは低下し,ほぼ寝たきりの状態となった。 エその後,Cは,同年2月1日に再び被告病院に入院し,同年4月25日まで入院していた。同期間中,Cの症状は寝たきりではあるものの,安定していた。 Cは,被告病院への上記入院時に,意識状態がJCS10~30(刺激すると覚せいする状態)であり,四肢麻痺が認められる状態であった。 (4)Z病院への転院と死亡- 21 -アCは,平成14年4月25日にリハビリ目的で被告病院からZ病院に転院したが,同月27日に突然の呼吸不全を来した(証拠略)。 イその後,Cは,心肺蘇生術処置・人工呼吸器管理となり,脳死に近い状態となって同年5月21日にZ病院で死亡した。Z病院医師作成の死亡診断 院したが,同月27日に突然の呼吸不全を来した(証拠略)。 イその後,Cは,心肺蘇生術処置・人工呼吸器管理となり,脳死に近い状態となって同年5月21日にZ病院で死亡した。Z病院医師作成の死亡診断書では,「直接死因」は「脳梗塞」とされ,「傷病経過に影響を及ぼした傷病名等」として「脳梗塞後遺症」,「発病(発症)から死亡までの期間」として「7か月間」,「死因の種類」として,「病死及び自然死」と記載された(証拠略)。 Z病院のカルテには,同年4月28日の欄に,呼吸不全の原因は明らかでないこと,可能性として脳梗塞の再発作・心筋梗塞・窒息等が考えられるが,前者の可能性が最も高いと考えられるとの記載がある(証拠略)。 (5)看護記録の記載内容等について原告らは,前記「(2)本件入院時の症状等」の認定に関して,被告病院の看護師長であるDの陳述書(証拠略)の記載及び同人の証言のうち,カルテや看護記録に記載のない部分,特に頻回に排尿・排便介助をしたりトイレ誘導をしていたとする点や,Cの部屋への訪室の頻度などの信用性を争っている。 そこで検討するに,一般には,看護師が患者に声かけや訪室した場合でも逐一記録に残しているとは考えられず,患者の特記すべき変化等を記録する以外には,どのような記載をするかは個々の看護師の判断によるところが大きいものと考えられる。確かに,Cの本件入院後の症状からして,Cの入院期間中の被告病院における看護記録においては,排尿・排便介助,トイレ誘導,Cの部屋への訪室の頻度についてより正確に記載することが相当であったとも考えられる。しかし,看護記録等に正確な記載がないからといって,それだけで直ちに上記陳述書の記載内容や証言の信用性が否定されることにはならないし,前記(2)の認定にあたり採用された上記陳述書の記載内容- 22 -や証言内 録等に正確な記載がないからといって,それだけで直ちに上記陳述書の記載内容や証言の信用性が否定されることにはならないし,前記(2)の認定にあたり採用された上記陳述書の記載内容- 22 -や証言内容に,特に不自然な点も認められないから,その信用性に関する原告らの主張は採用できない。 また,原告Aは,本人尋問で,自分が面会している間に看護師はほとんど来室しなかった旨供述しているが,同供述は,客観的な裏付け証拠に基づくものではなく,他方,家族の面会中には看護師らが訪室を控えていたとも考えられるから,原告Aの同供述によっても,前記(2)の認定は左右されない。 被告病院の転倒防止義務違反の有無(争点(1))について(1)原告らは,Cが本件入院中,第2の1(4)アないしオのとおり5回転倒あるいはベッドから転落したことについて,被告病院には,転倒防止義務違反があったと主張し,具体的には,①常時24時間体制による監視,②身体の拘束,③床と同程度にベッドの高さを低くすること,④ヘッドギアの装着,⑤床へのマットやクッションの布設などによる危険防止対策をすべきであったとする。そして,被告病院においてこれらの対策が実施できないのであれば,⑥Cの家族に対する24時間体制での看護の要請あるいは24時間体制で監視する良心的な他病院への転院措置をとることが考えられると主張している。そこで,第3の1で認定した事実に基づき検討を進める。 (2)原告主張の具体的措置をとるべき義務の存否についてア常時24時間体制による監視(ア)まず,原告らは,被告病院は常時24時間体制による監視をすべきであったと主張するところ,その具体的内容は,本件入院中に看護師が常にCに付きっきりで看護すべきであったというものである。 しかしながら,Cと被告との間で平成13年10月8日締結された る監視をすべきであったと主張するところ,その具体的内容は,本件入院中に看護師が常にCに付きっきりで看護すべきであったというものである。 しかしながら,Cと被告との間で平成13年10月8日締結された診療契約は当然に被告病院における看護体制を前提としているのであり,診療契約の付随義務として被告病院が負う看護上の監視義務には自ずから制約があるというべきである。そして,第3の1(2)のとおり被告- 23 -病院では法定の基準を満たす看護態勢をとり,看護師9名あるいは3名で約45名の患者を担当していたのであるから,特定の患者,しかも一般病室に入院している患者に対し,その入院期間を通じて,看護師が常に付きっきりで看護することは,実際上も病院の組織上も不可能であった。前示のとおり,被告病院の看護体制は法律上の基準を満たしているのであって,被告病院の看護体制自体に問題を認めることはできない。 結局,原告らは医療機関における現行の通常の看護体制に照らして,現実的に実行することが不可能で,また患者の容態からみてその必要性が認められないことを要求しているといわざるを得ないのであって,被告病院に,Cを常時24時間体制により監視しなければならない法的義務があったとはいえない。 (イ)もっとも,被告病院は,常時24時間体制による監視義務までを負わないとしても,診療契約上,Cの具体的な症状等を適時に把握し,それに応じて適切な医療及び看護上の措置をとるべき義務を当然に負っているものと考えられるので,転倒・転落防止という観点からも,Cの症状等に応じて,その動静に注意すべき義務を負うものといえる。かかる観点からの転倒防止のための監視義務違反があったかについては,後記2(3)において検討する。 イ身体の拘束(ア)次に,原告らは,転倒防止措置として身体の拘束をあげて 義務を負うものといえる。かかる観点からの転倒防止のための監視義務違反があったかについては,後記2(3)において検討する。 イ身体の拘束(ア)次に,原告らは,転倒防止措置として身体の拘束をあげているが,ベッドへの縛り付けといった身体の拘束は,患者に対し身体的弊害や精神的苦痛を与えるものであるから制約的に行使すべきものと考えられる。 この点,証拠(略)によれば,身体拘束は,人権擁護の観点から問題があるだけでなく,高齢者のQOL(生活の質)を根本から損なう危険性を有していて,身体拘束によって,高齢者の身体機能は低下し,寝たきりになるおそれがあるし,さらに人間としての尊厳も侵され,ときには- 24 -死期を早めるケースも生じかねないとされていること,身体拘束が認められるのは,「切迫性」,「非代替性」,「一時性」の要件を満たし,かつそれらの要件の確認等の手続が極めて慎重に実施されているケースに限られるとされていることが認められる。 そして,第3の1のとおり,本件入院中のCは,見当識障害はあったものの,意識や意思は明確であり,身体的にもリハビリを続けている段階であったこと,転倒や転落を完全に防止しようとすれば常時身体の拘束をすることになり,一時的措置にとどまらないことに照らすと,被告病院において,Cの身体を拘束すべき法律上の義務があったとはいえない。 (イ)また,ベッドから降りられないよう,ベッド柵を完全に固定する措置も,行動制限として原告らのいう身体拘束の一種とも考えられるが,ベッド柵は設置自体が転落防止措置であり,前記1認定のとおり,Cは,ベッド柵を完全に固定しておくと乗り越えようとする行動がみられて,逆に危険であったことからすれば,被告病院において,ベッド柵を完全に固定すべき法的義務があったということも困難である。 ウ床と同程度に ッド柵を完全に固定しておくと乗り越えようとする行動がみられて,逆に危険であったことからすれば,被告病院において,ベッド柵を完全に固定すべき法的義務があったということも困難である。 ウ床と同程度にベッドの高さを低くする措置原告らは,床と同程度にベッドの高さを低くすることも主張している。 原告らが具体的にどのようなベッドを想定しているのかは不明であるが,いずれにしてもベッドを使用する以上,構造上ある程度,床との段差が生じることは避け難いし,歩行しようとした際にふらついて転倒することを防ぐことはできない。また,原告らの主張が,ベッドではなく,布団などを使用すべきであったとの趣旨であるとしても,一時的措置ならともかく常時布団を使用することになれば,リハビリの観点からは好ましくないと考えられる。 そうすると,被告病院に床と同程度にベッドの高さを低くする法的義務- 25 -があったということも困難である。 エヘッドギアの装着ヘッドギアについては,脳梗塞患者への看護の手法として一般的な手法であったと認めるに足りる証拠はないし,証人Dの証言によれば,被告病院では,過去にもヘッドギアを装着した患者はいなかったものと認められる。 そうすると,被告病院において,Cに対し,ヘッドギアを装着すべき法的義務があったということはできない。 オ床へのマット,クッションの布設床へのマットやクッションの布設については,第3の1のとおり,Cは徐々に歩行が可能になりつつあり,単にベッドから転落するというのではなく,立ち上がり時にふらついて転倒する危険の方が大きかったのであるから,マットやクッションを床に布設することは,逆に歩行時の障害になる危険性があったというべきである。 そうすると,被告病院において床へのマットやクッションを布設すべき義務があったということもでき から,マットやクッションを床に布設することは,逆に歩行時の障害になる危険性があったというべきである。 そうすると,被告病院において床へのマットやクッションを布設すべき義務があったということもできない。 カさらに,原告らは,被告病院において上記各対策がとれないのであればCの家族に対する24時間体制での看護の要請あるいは24時間体制で監視する良心的な他病院への転院措置をとるべき法的義務があったと主張する。 しかし,Cの家族に対する付添看護の要請については,証拠(略)によれば,厚生労働省令「保険医療機関及び保健医療養担当規則」11条の2で,患者の負担による,当該保険医療機関等の従業員以外の者による付添看護は否定されていることが認められるから,被告病院には,かかる要請をすべき法的義務があったということはできない。また,他病院への転院措置については,前示のとおり,被告病院の看護体制は,法律上の基準を- 26 -満たしていてそれ自体に問題があったとは認められないから,被告病院において,そのような措置をとるべき法的義務があったともいえない。 (3)Cの症状等に応じた転倒防止のための監視義務違反の有無について上記(2)アで判示したとおり,被告病院には,Cの症状等に応じて転倒防止のために監視する義務があったといえるから,その義務違反の有無について検討する。 ア平成13年10月26日の転倒について(ア)当時のCの症状等及び看護状況第3の1のとおり,平成13年10月26日の1回目の転倒前のCの状況は,同月23日から歩行器での歩行訓練を始めたものの,歩行は不安定で監視が必要であり,自分勝手に動くおそれがあったこと,同月24日午後2時には,自分勝手に歩行しようとして廊下まで出てきたこともあったのであり,当時,Cが歩行しようとするなどして転倒する危険 安定で監視が必要であり,自分勝手に動くおそれがあったこと,同月24日午後2時には,自分勝手に歩行しようとして廊下まで出てきたこともあったのであり,当時,Cが歩行しようとするなどして転倒する危険性が相当程度あったことは否定し難い。一方,Cには見当識障害が依然としてあり,看護師が歩行の危険性を説明し指導しても,行動の改善がみられなかったことからすれば,被告病院の看護師らとしては,Cの動静に注意すべき状況にあったということができる。 そして,証拠(略)及び証人Dの証言によると,上記のようなCの症状等を受けて,被告病院の看護師らは,患者であるCが立ち上がろうとしていないかどうかを見守り,歩行しようとしているときには歩行器で誘導すること,排尿・排便介助やトイレ誘導を頻回に行うことを転倒・転落防止措置としてとっていたものと認められる。なお,被告病院における夜間の巡回は2時間おきとされていた。 (イ)検討上記のような被告病院の看護師らの対応が十分なものであったかについては,前記のとおり,Cが自分勝手に歩こうとする危険があるからと- 27 -いって身体の拘束をすべきとはいえない以上,Cの動静に注意し,歩行しようとしているときは歩行器で誘導すること,排尿・排便が歩行の契機となることに照らし,排尿・排便介助やトイレ誘導を頻回に行うということは,考えられる転倒・転落防止措置として適切なものということができる。 そして,平成13年10月26日の転倒については,午前1時30分という深夜の時間帯に起きているところ,第3の1のとおり,当時,Cに夜間不眠の傾向が出てきていたとはいえ,不眠時のCの様子は多弁という限度にとどまり,夜間に歩行しようとするといった行動まではみられていなかったこと,直前の同月25日も早朝から怒ったり興奮しており夜9時以降も落ち着きが きていたとはいえ,不眠時のCの様子は多弁という限度にとどまり,夜間に歩行しようとするといった行動まではみられていなかったこと,直前の同月25日も早朝から怒ったり興奮しており夜9時以降も落ち着きがなかったものの,夜間にベッドから出ようとする動きまではみられていないことからすれば,被告病院の看護師らにとって,午前1時30分という深夜の時間帯に,Cが歩行しようとするなどしてベッドから出て転倒するということまでの予測は困難であったというほかない。 そうすると,同月26日のCの1回目の転倒に関し,上記のような被告病院の看護師らの対応について,夜間における巡回・見守りの頻度が不十分であったなどとして,Cの動静に注意すべき義務の違反があるとまでいうことはできない。 イ平成13年11月27日の転落について(ア)当時のCの症状等及び看護状況第3の1のとおり,Cが1回目の転倒を起こした後は,Cの夜間の不眠は強くなり種々の問題行動がみられたこと,同年11月に入っても,Cは歩行時には介助が必要な状態であり,特に立ち上がり時にふらついて転倒する危険があったこと,同年11月後半ころから,しばしば1人で勝手に廊下で歩行することがみられたこと,夜間は睡眠剤で眠れるこ- 28 -ともあったが断眠であったこと,以上からすれば,Cの転倒・ベッドからの転落の危険性は依然として高い状況にあり,身体機能が回復しつつある分,よりその危険は高まっていたものと評価できる。 これに対し,被告病院の看護師らとしては,Cの1回目の転倒の後は訪室や声かけをより頻回にする方針をとったが,その具体的な頻度は,看護師がCの病室へ赴く間隔が,昼間は1時間あくことはなく,夜間は2時間あくことはないという程度であったことが認められる。 (イ)検討2回目の転落である同年11月27日も午後11時と 体的な頻度は,看護師がCの病室へ赴く間隔が,昼間は1時間あくことはなく,夜間は2時間あくことはないという程度であったことが認められる。 (イ)検討2回目の転落である同年11月27日も午後11時という夜間の時間に起きている。 そして,上記のとおり,当時Cの夜間の不眠は強くなって,種々の問題行動がみられていたし,同月後半ころからは1人での歩行もしばしばみられるなど,Cの転倒やベッドからの転落の危険はより高まっている状況にあった。そのことに加え,Cは同年10月26日深夜1時30分に実際に転倒し,直径約5センチメートル程度の皮下血腫が生じる外傷を負っている以上,被告病院の看護師らとしては,夜間も含めてより慎重にCの動静に注意すべき義務を負っていたものというべきであり,当時のCの症状等に照らせば,夜間の動静にも昼間と同程度の注意を払うべき義務があったといえる。 そうすると,看護師らとしては,訪室の頻度をあげ,夜間であっても昼間と同様に1時間に1回程度はCの病室に赴いて,その動静に注意することが必要であったというべきである。しかるに,被告病院の看護師らは,1回目の転倒の後に訪室や声かけの頻度をあげたとはいえ,夜間については,昼間と同程度の注意を払うまでには至っていなかったのであるから,対処として不十分な面があったといわざるを得ない。 以上からすれば,2回目の転落については,被告病院の看護師らには- 29 -Cの動静に注意すべき義務違反が認められる。 ウ平成13年12月半ばの転倒・転落について(ア)当時のCの症状等及び看護状況第3の1のとおり,同年12月に入ってからも,Cは,時間帯を問わず,同室者のベッド周辺や隣室・廊下へ徘徊したり,ベッド柵を落としたり寝具や病衣を汚染するなどの問題行動を続けていたもので,身体機能が回復し行動範囲が広がり 12月に入ってからも,Cは,時間帯を問わず,同室者のベッド周辺や隣室・廊下へ徘徊したり,ベッド柵を落としたり寝具や病衣を汚染するなどの問題行動を続けていたもので,身体機能が回復し行動範囲が広がりつつあることに伴い,Cの転倒やベッドからの転落の危険は依然として高い状況にあったといえる。 これに対し,被告病院の看護師らは,上記イ(ア)と同様の頻度で,Cの動静に注意するということを継続していたものであった。 (イ)検討同年12月半ばの転倒・転落は,昼間あるいは夕方の時間帯に起きているが,同月14日から17日というわずか4日間のうちに3回も転倒・転落が続いている。上記のとおり,被告病院では昼間の時間帯は1時間に1回は訪室していたというが,かかる状況からすると,そのころ被告病院のとっていた訪室の頻度はそれでも十分ではなかったといえる。 そして,既に夜間については外傷を伴う2回の転倒・転落が起きているのであるから,被告病院の看護師らとしては,昼間についても,これ以上の転倒・転落を防止するため,より頻回に訪室すべき義務があったといえる。それにもかかわらず,同年12月14日の3回目の転倒以降,Cの動静監視のために何らかの改善策がとられたことを窺わせる事情は認められない。 エ以上からすれば,Cの平成13年11月27日の2回目及び同年12月16日と翌17日の4・5回目の転倒・転落に関しては,被告病院の看護師らの訪室の頻度が,Cの症状等から窺われる転倒の危険性の高さからすると,不十分であったといわざるを得ず,Cの動静に注意すべき義務が満- 30 -足に履行されていたとはいえない。 したがって,被告には,かかる点について,診療契約上の転倒防止義務違反があったと認められる。 転倒防止義務違反とCの死亡との間の相当因果関係(争点(2))について(1)転 れていたとはいえない。 したがって,被告には,かかる点について,診療契約上の転倒防止義務違反があったと認められる。 転倒防止義務違反とCの死亡との間の相当因果関係(争点(2))について(1)転倒・転落の防止の可能性以上のとおり,被告病院では,Cの2回目と4・5回目の転倒・転落に関し,看護師らにおいて,より頻回に訪室しCの動静に注意すべき義務の違反があったというべきである。 ただ,訪室の頻度を増やすことは,転倒・転落防止のために有益な方法ではあるが,一方,そのことによって必ず転倒・転落を防止できるというものでもないことは性質上明らかである。 訪室の頻度を増やすことにより,Cの転倒・転落につき,少なくともより少ない回数の限度で防止し得た可能性は相当程度あると考えられるが,第3の1で認定したCの症状等からすると,平成13年10月後半からY病院への転院までの間,転倒・転落の危険は恒常的にあり,それゆえにCが具体的にいつ危険な行動にでるかを予測することはかえって困難な面があったといえるから,本件入院期間中の転倒・転落を完全に防止し得た可能性はそれほど高いとは言い難い。 (2)平成14年1月10日の脳梗塞発症の相当因果関係ア訪室の頻度を増やすことで,仮に転倒・転落を防止できたとしても,次に,平成14年1月10日の脳梗塞発症との相当因果関係が問題となる。 この点,原告らは,Cは本件入院中の5回の転倒が原因で慢性硬膜化血腫を起こし,そのため同月2日に抗凝固剤であるワーファリンの投与が中止されたことで,同月10日の脳梗塞が発症したと主張しているので,検討する。 イ証拠(略),証人Eの証言によると,慢性硬膜化血腫は,軽微な頭部外- 31 -傷がきっかけとなり,数か月単位で硬膜とくも膜の間に血液がたまり血腫ができる状態であると認められるから,平成 する。 イ証拠(略),証人Eの証言によると,慢性硬膜化血腫は,軽微な頭部外- 31 -傷がきっかけとなり,数か月単位で硬膜とくも膜の間に血液がたまり血腫ができる状態であると認められるから,平成13年10月26日とそれに引き続く転倒・転落がCの慢性硬膜化血腫の契機になった可能性は高い。 もっとも,被告に診療契約上の転倒防止義務違反が認められるのは,本件入院中のうち3回の転倒・転落に限られ,傷害の程度が一番大きかった平成13年10月26日の1回目の転倒については,転倒防止義務違反は認められない。そうすると,被告に義務違反が認められる3回の転倒・転落につき,これを防止したとして,Cの慢性硬膜化血腫の発生を防げたといえるかについては疑問が残る。 また,慢性硬膜化血腫のためのワーファリン投与中止と平成14年1月10日の脳梗塞の発症については,そもそもCは,前示のとおり,平成13年中に2回脳梗塞を発症していて,心房細動の症状があったことからして,脳梗塞再発のリスクが高かったものである。一方,ワーファリン投与によるCの凝固能は,本件入院期間中は,平成13年10月27日がTT35%・INR1.43,同年11月9日がTT80%・INR1.06,同年11月22日がTT60%・INR1.16,同年12月11日がTT50%・INR1.23,Y病院転院後の同年12月22日がTT40%・INR1.35であり,一般的に治療目標とされるINR1.5~2.0に照らし,その抑制は控えめであった。 そうすると,Cに対し,同量のワーファリンが継続投与されていたとしても,平成14年1月10日の脳梗塞発症を防げたのかは不明といわざるを得ない。実際,V大病院では,同月2日にワーファリンの投与を中止しているところ,従前の投与による効果が持続していたと思われる翌3日にも,脳梗塞 年1月10日の脳梗塞発症を防げたのかは不明といわざるを得ない。実際,V大病院では,同月2日にワーファリンの投与を中止しているところ,従前の投与による効果が持続していたと思われる翌3日にも,脳梗塞の発症が認められているのであり,ワーファリンを継続投与していても,Cに脳梗塞が発症した可能性は高かったと考えられる。 なお,同年1月3日時点でのワーファリンの効果の持続については,平- 32 -成13年10月26日の転倒に伴ってワーファリンの投与が中断された翌27日の検査結果でも,上記のとおりTT35%・INR1.43程度の抗凝固の効果が得られていることからみて,投与中止後でも翌日であれば相当の効果が持続していたと考えられる。 (3)Cの死亡との相当因果関係アCは,平成14年4月27日に呼吸不全を起こし,心肺蘇生術処置・人工呼吸器管理となって同年5月21日に死亡しているところ,同年1月10日に発症した脳梗塞と死亡との相当因果関係も,問題となる。 この点,第3の1のとおり,V大病院では,平成14年1月10日発症の脳梗塞について,この梗塞自体により生命にかかわるようなことは起きないだろうと判断していること,Z病院では,同年4月27日の呼吸不全の原因について,同時点での脳梗塞の再発の可能性が一番高いと判断していることからすれば,同年1月10日の脳梗塞発症が同年5月21日のCの死亡に直接関係しているとは認め難い。 イ被告は,Cが誤嚥性肺炎で呼吸不全を起こした可能性が高いと主張し,原告らは,被告の同主張を前提に,誤嚥性肺炎が脳血管障害や寝たきりの合併症,続発症であることからして相当因果関係があると主張する。 そこで検討するに,証拠(略)及びZ病院に対する調査嘱託の結果によると,Cの臨床所見を得ていたZ病院では,Cの呼吸不全の原因として,嚥下性肺炎の 発症であることからして相当因果関係があると主張する。 そこで検討するに,証拠(略)及びZ病院に対する調査嘱託の結果によると,Cの臨床所見を得ていたZ病院では,Cの呼吸不全の原因として,嚥下性肺炎の急性増悪によって喀痰等の増加・喀出不全で窒息した可能性や,嚥下性肺炎から短期に敗血症性ショックに移行した可能性については否定的であることが認められるから,Cが誤嚥性肺炎で死亡したとは認め難く,これを前提に相当因果関係の有無を検討することは妥当ではない。 仮に,Cの呼吸不全の原因が誤嚥性肺炎であったとしても,平成14年1月10日の脳梗塞発症から同年4月27日の呼吸停止まで約4か月の間Cの状態は安定していたことからすれば,同年1月10日発症の脳梗塞と- 33 -死亡との間に相当因果関係があるということは困難である。 (4)以上の検討結果によると,被告病院における,より頻回にCの部屋を巡回してCの動静に注意すべき法的義務の違反と,Cの死亡との間に相当因果関係があるとは認められない。 したがって,被告が,Cの死亡について,診療契約上の転倒防止義務違反の債務不履行責任を負うとはいえない。 平成13年10月26日以降のCT検査等の実施義務(争点(3))について(1)原告らは,E医師が,平成13年10月26日の転倒以降,同年12月21日にY病院へ転院するまでの間,Cに対しCT検査等を実施しなかったことをもって,診療契約上の義務違反があると主張している。 そこで検討するに,第3の1のとおり,E医師は,平成13年10月26日の転倒直後にCT検査を行ったが,その時点では異常は認められなかったこと,その後は,Y病院への転院までの間に再度CT検査を行うことはなかったことが認められる。そして,本件入院期間中のその後の4回の転倒・転落は,平成13年10月26日の1回 は異常は認められなかったこと,その後は,Y病院への転院までの間に再度CT検査を行うことはなかったことが認められる。そして,本件入院期間中のその後の4回の転倒・転落は,平成13年10月26日の1回目の転倒よりも軽度のものであり,Cの意識状態や身体状況に転倒・転落の前後を通じ,特筆すべき異常は認められなかったことなどに照らすと,E医師が,1回目の転倒より後の本件入院期間中に,Cの慢性硬膜下血腫を疑ってCT検査等を実施しなかったとしても,やむを得なかったものと考えられる。 したがって,E医師に,同年10月26日より後にCT検査等を実施すべき診療契約上の義務があり,それを怠った債務不履行があったとは認められない。 (2)以上によると,E医師が平成13年10月26日より後に,CT検査等を実施しなかったことについて,被告が診療契約上の債務不履行責任を負うことはない。 - 34 - 適切な看護を受ける期待権の侵害等による債務不履行(争点(4))について(1)原告らは,第3の2の転倒防止義務違反に関連して,Cの適切な看護を受けるべき期待権の侵害を主張している。 そこで検討するに,第3の3のとおり,被告病院における,より頻回にCの部屋を巡回してCの動静に注意すべき義務違反とCの死亡との間に相当因果関係の存在を認めることができない以上,被告は,Cの死亡について債務不履行責任を負うことはない。 もっとも,被告病院において上記義務を履行していれば,Cの転倒・転落につき,少なくとも,より少ない回数の限度で防止し得た可能性が相当程度あることは前記のとおりであり,そうである以上,Cのかかる義務履行への期待は保護されるべきといえるのであり,それは,診療契約上,患者に認められる適切な看護を受ける権利の一内容と考えられる。 したがって,上記義務違反により,Cの適 そうである以上,Cのかかる義務履行への期待は保護されるべきといえるのであり,それは,診療契約上,患者に認められる適切な看護を受ける権利の一内容と考えられる。 したがって,上記義務違反により,Cの適切な看護を受ける権利は侵害されたというべきであり,被告は,Cが同権利を侵害されたことによって被った精神的損害を賠償すべき責任を負うものと解せられる。 (2)さらに,第3の1によると,本件入院中における上記5回の転倒について特に1回目の転倒では後頭部に皮下血腫が生じ,2回目の転倒では右頬部に血腫が生じたが,各転倒の直後に,被告病院の担当看護師等から,患者の家族である原告らに対し,転倒の具体的な報告がなされた事実は認められないし,Cの受傷に対する被告病院の処理や,今後の再発防止策等について,十分な説明が行われた事実も認められない。 そうすると,原告らが主張するインフォームドコンセントが被告病院で実行されていなかったとまではいえないが,脳梗塞を起こして本件入院中のCを看護するに当たって被告病院が診療契約の付随義務として負う説明義務がCや,その親族である原告らに対し適切に尽くされておらず,それが原告ら- 35 -の本件訴訟提起の原因の一つであると認められる。 以上の説明義務は,診療契約上,患者に認められる適切な看護を受ける権利の一内容と考えられ,その義務違反は,診療契約に基づき適切な看護を受けられるとのCの期待権を侵害するものであって,被告の債務不履行に当たる。 損害額(争点(5))について(1)原告らが,被告の上記期待権侵害の債務不履行を理由に請求できる損害額につき検討する。 本件においては,前示のとおり,Cの本件入院期間中の転倒・転落の回数は5回にのぼり,1回目と2回目の転倒は皮下血腫ができる程度であったが各転倒の後に,Cやその親族である原 る損害額につき検討する。 本件においては,前示のとおり,Cの本件入院期間中の転倒・転落の回数は5回にのぼり,1回目と2回目の転倒は皮下血腫ができる程度であったが各転倒の後に,Cやその親族である原告らへの説明義務が適切に尽くされておらず,被告病院では,2回目と4・5回目の転倒・転落の際のCの動静に注意すべき義務の違反に加えて,転倒の報告や再発防止策等に関する説明義務の違反が重ねられているとの事情がある。その一方で,3回目以後の転倒・転落は特に腫れなどは生じない程度のものであったこと,被告病院における訪室の頻度は,Cの症状等に照らし不十分な面はあったものの,被告病院では法定の基準を満たす看護態勢をとっていて,看護師らに殊更,職務違反となるような怠慢があったというわけではないこと,被告病院が上記Cの動静に注意すべき義務を履行することで,Cの転倒・転落を完全に防止できた可能性は,それほど高いとはいえないこと,上記Cの動静に注意すべき義務違反や説明義務違反とCの死亡そのものとの間に相当因果関係があるとは認められないことなどの事情が認められる。以上のほか,Cの病状,年令,その他諸般の事情を考慮すると,Cが,診療契約における被告病院の上記義務違反の債務不履行により被った精神的損害としては200万円をもって相当と認める。 上記金額を,第2の1(1)で認定した原告らの相続分にしたがって配分- 36 -すると,原告Aが4分の1の50万円,原告Bが2分の1の100万円となる。 (2)そして,本件訴訟の事案の内容,立証活動,認容額の程度など本件に現れた一切の事情を考慮すると,原告らが上記債務不履行と相当因果関係のある損害賠償として請求できる弁護士費用としては,原告Aについて10万円,原告Bについて10万円をもって相当と認める。 結論 よって,原告ら 情を考慮すると,原告らが上記債務不履行と相当因果関係のある損害賠償として請求できる弁護士費用としては,原告Aについて10万円,原告Bについて10万円をもって相当と認める。 結論 よって,原告らの本件請求は,原告Aについて60万円及びこれに対する第1事件の訴状送達日の翌日である平成16年9月23日から,原告Bについて110万円及びこれに対する第2事件の訴状送達日の翌日である平成17年7月15日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担について民訴法64条,65条を,仮執行の宣言について同法259条をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 津地方裁判所民事第1部裁判長裁判官水谷正俊裁判官薄井真由子裁判官上野泰史は差し支えのため,署名押印できない。 - 37 -裁判長裁判官水谷正俊

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