令和6(う)149 強盗殺人

裁判年月日・裁判所
令和7年6月26日 仙台高等裁判所
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判決文本文7,993 文字)

判決 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中20日を原判決の刑に算入する。 理由 1 事案の概要及び控訴の趣意本件は、被告人が、被害者(当時85歳)を殺害して金品を強取しようと考え、令和5年2月3日午後1時4分頃から同日午後1時18分頃までの間に、福島県いわき市(住所省略)内の被害者方において、被害者に対し、殺意をもって、その頭部等をネイルハンマーで多数回殴打し、よって、遅くとも同日午後7時21分頃までの間に、同所において、被害者を重症頭部外傷に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害したとされる事案である。 本件控訴の趣意は、弁護人齋藤拓生作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり、論旨は、事実誤認の主張であって、被告人が、被害者を殺害して金品を強取しようと考え、殺意をもって、被害者を殺害したとの原判決の事実認定には、判決に影響を及ぼすことが明らかな誤りがあるというのである。 2 原判決の判断原審における主要な争点は、被告人が、被害者を殺害する際に、同人から金品を奪おうと考えていたかであるとされていた。 なお、原判決は、被告人が、原審において、3000円の借金返済のために被害者方を訪れたところ、被害者が玄関先の廊下で血を流して倒れてうめいていた、被害者の背中をさするなどしていたら、物音と一緒に人影のようなものが横切り、それと同時に被害者の身体が大きくけいれんしたため、人影に襲われると思ってパニックになり、気が付くと被害者の後頭部に所持していたネイルハンマーがめり込ん令和6年(う)第149号強盗殺人被告事件令和7年6月26日仙台高等裁判所第1刑事部判決 れると思ってパニックになり、気が付くと被害者の後頭部に所持していたネイルハンマーがめり込ん令和6年(う)第149号強盗殺人被告事件令和7年6月26日仙台高等裁判所第1刑事部判決 でいて、自分が被害者の後頭部をネイルハンマーで数回殴打したことが分かった、その後、被害者を襲った犯人を探すために被害者方を歩き回った、自分は被害者方の物色はしていないなどと供述していることに鑑み、被告人に殺意が認められるかについても併せて検討した。 原判決は、概要以下のとおり説示して、本件について強盗殺人罪の成立を認めた。 ⑴ まず、被告人が被害者方に到着する前に、第三者が被害者を殴打して被害者方を物色した可能性について検討する。 ①被害者方から約270mの距離に位置するショッピングセンター等付近に設置された防犯カメラ映像によれば、第三者が被害者方を訪れて被害者を殴打等することが可能な時間は、被害者の生存が最後に確認された令和5年2月3日午後0時2分頃から、被告人が被害者方方向から同ショッピングセンター付近に戻ってきた同日午後1時18分頃までの最大約1時間16分の間で、かつ、同日午後1時4分頃に同ショッピングセンター駐車場から被害者方方向に歩いていった被告人が被害者方に到着する前、ということになるが、このような短時間に、被告人以外の第三者が被害者方を訪れて被害者を殴打等するということ自体、容易には想定できない。 ②被害者の解剖結果によれば、その頭部には11個の挫裂創があり、これらはいずれも被告人が所持していたネイルハンマーの釘打ち部が凶器と考えて矛盾しないとされているところ、被害者方を訪れた第三者が、被告人が所持していたネイルハンマーと類似した凶器を用いて被害者の頭部を殴打したという事態が起こる可能性は、極めて低い。③被害者方に残された遺 盾しないとされているところ、被害者方を訪れた第三者が、被告人が所持していたネイルハンマーと類似した凶器を用いて被害者の頭部を殴打したという事態が起こる可能性は、極めて低い。③被害者方に残された遺留足跡の多くは、被告人が当時履いていた靴と形態及び寸法が一致しており、被告人のものと認められるが、仮に第三者が被害者方を物色したのであれば、被害者方には、被告人以外の者の遺留足跡が多く残るものと考えられる。 ④以上を踏まえると、被告人が被害者方に到着する前に、第三者が被害者を殴打し被害者方を物色していたとは到底考えられず、被害者の頭部を殴打し、被害者方を物色した人物は、被告人のみであることが強く推認される。 ⑵ ⑤そうすると、被告人は、防犯カメラ映像で確認できる同日午後1時4分頃から18分頃までの最大約14分間という極めて短時間に、前記ショッピングセンター付近と被害者方の間を徒歩で往復し、その間、被害者の頭部をネイルハンマーで少なくとも11回殴打し、2階建ての被害者方を歩き回って複数の部屋の引き出しを開けるなどして物色したということになるが、このような短時間にこれらの行動を的確に実行していることは、被告人が当初から被害者方を物色して金品を得る目的を有していたことをうかがわせる。⑥被告人が本件犯行の数日前に作成したメモの記載から、被告人は、本件当日に被害者方を訪れる予定を立てていたことが明らかである上、手袋とネイルハンマーを準備した上で被害者方に向かっているところ、手袋は、物色の際等に指紋がつくことを防ぐ用途、ネイルハンマーは被害者方に侵入する用途等、いずれも侵入盗を想定して準備されたことが考えられるほか、ネイルハンマーについては、被告人が、前記のとおり短時間で手際よく犯行を遂行していることに加え、殴打行為自体も、被害者の頭部を陥没 する用途等、いずれも侵入盗を想定して準備されたことが考えられるほか、ネイルハンマーについては、被告人が、前記のとおり短時間で手際よく犯行を遂行していることに加え、殴打行為自体も、被害者の頭部を陥没骨折や粉砕骨折が生じるような強い力で複数回殴打するもので、その態様にちゅうちょが見られないことからすると、被告人は、仮に被害者方に被害者が在宅していた場合には、被害者に危害を加えた上で、金品を奪うことも想定した上で用意したものと考えるのが合理的である。⑦被告人が、被害者が複数の貸家を所有する独り暮らしの資産家であることを知っていたことや、本件犯行前の時期には妹から借金を繰り返し、本件犯行当日に支給された生活保護費も支払等に費消して数万円を残すのみとなっていたなど、経済的に困窮していたことからすれば、被告人には、金品目的で被害者方を狙う動機が認められる一方で、被告人が被害者に恨みを抱いていたなど、金品以外の目的で被害者を襲う動機は見当たらない。 ⑧以上によれば、被告人は、被害者が不在の場合には侵入盗を行い、被害者が在宅していた場合には強盗も辞さないとの計画の下に、その準備をした上で被害者方を訪れ、被害者をネイルハンマーで多数回殴打するとともに、被害者方を物色したものと認められるから、被告人は、被害者を殺害する際、同人から金品を奪おうと 考えていたと認められる。 ⑶ 殺意については、被告人が被害者の頭部を殴打した態様が、客観的に人の死ぬ危険性の高い行為であることは明らかであるし、パニック状態で被害者を殴打した旨の被告人供述が信用できない以上、被告人が、被害者に対する殴打行為を、人の死ぬ危険性の高い行為と分かって行ったことも明らかであるから、殺意があったと認められる。 3 当裁判所の判断原判決の前記判断には、論理則、経験則等に照らし 告人が、被害者に対する殴打行為を、人の死ぬ危険性の高い行為と分かって行ったことも明らかであるから、殺意があったと認められる。 3 当裁判所の判断原判決の前記判断には、論理則、経験則等に照らして不合理な点はなく、当裁判所としても正当として是認することができる。 以下、所論に鑑み、補足して説明する。 ⑴ 所論は、原判決が、被告人の原審供述について、①被告人の行動は不自然で一貫性のないものというほかない、②パニック状態に陥ったからという説明は、いかにも場当たり的で不自然なものである、③ネイルハンマーを購入した目的が屋根の修理のためであるとの供述は信用できない、④被害者方を訪れたのは借金を返済するためである旨の供述の信用性には疑問がある、⑤被告人の供述態度からは罪を免れようとする姿勢が強くうかがわれるとして、信用することができないとしたことについて、被告人の原審供述に不自然・不合理な点があるとしても、そのことを理由として、原審検察官が主張する事実を認定することは許されないと主張する。 そこで検討すると、まず、原判決の被告人の原審供述についての信用性判断に誤りはない。そして、前記2⑴から⑶まで記載の原判決の説示からして、被告人の原審供述が信用できないことを理由として強盗殺人の事実を認定したものではないことは明らかである。所論は採用できない。 ⑵ 所論は、被告人が被害者方に到着する前に、第三者が被害者を殴打して被害者方を物色していた可能性があるのであって、被害者の頭部を殴打し、被害者方を物色した人物が被告人のみであること(前記2⑴④)については、合理的な疑いを差し挟む余地がある旨主張する。 具体的には、①原判決が指摘する防犯カメラ映像による被害者及び被告人の行動状況(前記2⑴①)によれば、被害者が被害者方に帰宅してから、被告人 合理的な疑いを差し挟む余地がある旨主張する。 具体的には、①原判決が指摘する防犯カメラ映像による被害者及び被告人の行動状況(前記2⑴①)によれば、被害者が被害者方に帰宅してから、被告人が被害者方に到着するまでに、1時間程度の時間があるということになり、被告人以外の第三者が被害者方を訪れて被害者を殴打等することはいくらでも可能なはずである、しかも、原判決は、被告人が、最大約14分間のあいだに、被害者方に徒歩で赴き、被害者の頭部を殴打し、被害者方を歩き回って物色した旨も説示しており(前記2⑵⑤)、矛盾に満ちた判断をしている、②ネイルハンマーは格別珍しい形状の工具とはいえず、これと類似する工具はいくらでも存在するのであるから、被害者方を訪れた第三者が、被告人所持のネイルハンマーと類似した凶器を用いて被害者の頭部を殴打した可能性は極めて低いという判示(前記2⑴②)には説得力がない、③被害者方の遺留足跡の多くが、被告人が当時履いていた靴のものと認められる点(前記2⑴③)については、第三者が靴を脱いで被害者方に侵入して被害者方を物色したとすれば、第三者の足跡が残ることはないのであり、その可能性もないとはいえないから、第三者の足跡が残っていなかったからといって、第三者が被害者方に侵入して被害者方を物色した可能性を否定することはできない、と指摘した上で、④原判決は、被害者の頭部を殴打し、被害者方を物色した人物が被告人でないとしたならば合理的に説明することができない、あるいは、少なくとも説明が極めて困難である事実関係を何ら示していない(最高裁平成19年(あ)第80号平成22年4月27日第三小法廷判決・刑集64巻3号233頁参照)と主張する。 そこで、まず、所論④の指摘を踏まえて検討すると、原判決は、被告人の原審供述の内容に鑑み、犯行可能な 9年(あ)第80号平成22年4月27日第三小法廷判決・刑集64巻3号233頁参照)と主張する。 そこで、まず、所論④の指摘を踏まえて検討すると、原判決は、被告人の原審供述の内容に鑑み、犯行可能な時間帯、その間に被告人が被害者方を訪れた事実、被害態様、被告人が所持していた凶器と被害者の傷との整合性、物色したことを示す被害者方の遺留足跡の状況等の認定事実を総合考慮し、被告人が被害者方に到着する前に、第三者が被害者を殴打し被害者方を物色していたとは到底考えられないとし、被害者の頭部を殴打し、被害者方を物色した人物は被告人のみであることが強く推認されるとしているが、その推認過程及び結論が論理則、経験則等に違反する 不合理なものであるということはできない。所論のいう第三者が被害者を殴打して被害者方を物色していた可能性に係る証拠としては、前記2の冒頭に記載のものを内容とする被告人の原審供述があるが、先に検討したとおり、これが信用できないとした原判決に誤りはない。所論によるもこれ以外の証拠の指摘はなく、また、所論①②③が指摘する事情は、原判決の前記推認を妨げるものではない。所論は採用できない。 ⑶ 所論は、被告人が、被害者が不在の場合には侵入盗を行い、被害者が在宅していた場合には強盗も辞さない計画であったこと(前記2⑵⑧)については、合理的な疑いを差し挟む余地があると主張する。 具体的には、⑤原判決は、被告人が短時間のうちに被害者を殴打し、物色をするなどの行動を的確に実行していることは、被告人が当初から被害者方を物色して金品を得る目的を有していたことをうかがわせると判示する(前記2⑵⑤)が、被害者の頭部を殴打し、被害者方を物色した人物は、被告人のみであるということについては、合理的な疑いを差し挟む余地があるから、被告人が被害者方を物色し たことをうかがわせると判示する(前記2⑵⑤)が、被害者の頭部を殴打し、被害者方を物色した人物は、被告人のみであるということについては、合理的な疑いを差し挟む余地があるから、被告人が被害者方を物色したことを前提としたこの判示は失当である、⑥原判決は、被告人が本件犯行の数日前に作成したメモの記載から、被告人は、本件当日に被害者方を訪れる予定を立てていたことが明らかであると判示する(前記2⑵⑥)が、同記載以外のメモの内容は日常生活に係る事柄であるし、被告人において、侵入盗ないし強盗を実行する日が2月3日でなければならない理由も特に認められないから、被告人が2月3日に被害者方を訪れる予定を立てていたことは認められるとしても、被害者方を訪問する目的が侵入盗ないし強盗であったとすることには、論理の飛躍がある、⑦手袋もネイルハンマーも様々な用途が考えられるから、手袋が侵入盗を想定して準備されたものであり、ネイルハンマーが被害者から金品を奪うことを想定した上で用意したものである(前記2⑵⑥)というのは、具体的な証拠に基づかない決めつけである、⑧原判決は被告人の家計の収支等について事細かに認定しておらず(前記2⑵⑦)、被告人が2月3日の時点で強盗をしなければならないほど経済的に困窮していたか は不明であり、仮に経済的に困窮して、金品目的で被害者方を狙うのであれば、生活保護費の支給日である2月3日ではなく、その前であったはずであるから、被告人がこの日に被害者方に赴いたのは、侵入盗や強盗以外の目的であったのではないかとの合理的な疑いを差し挟む余地が十分にある、などと主張する。 そこで検討すると、まず、所論⑤については、前記⑴で検討したとおり、被害者方を物色した人物は被告人のみであると認められるから、所論は前提を欠く。所論⑥については、原判決が、被 る、などと主張する。 そこで検討すると、まず、所論⑤については、前記⑴で検討したとおり、被害者方を物色した人物は被告人のみであると認められるから、所論は前提を欠く。所論⑥については、原判決が、被告人が被害者方を訪れる計画を立てていたという事実から直ちに被害者方訪問の目的について侵入盗ないし強盗であったとしていないことは明らかであって、論理の飛躍があるとの論難は当たらない。所論⑦については、被害者方を訪れる計画を立てていた被告人が手袋及びネイルハンマーを準備した上で被害者方に向かっているものであるところ、被告人の準備した手袋が物色の際等に指紋がつくことを防ぐ用途、ネイルハンマーが被害者方に侵入する用途等、いずれも侵入盗を想定して準備されたことが考えられるとの原判断に誤りはなく、犯行の手際よさや殴打行為の強度及び態様も踏まえて、ネイルハンマーについては、被害者に危害を加えた上で、金品を奪うことも想定して用意したものと考えるのが合理的であるとした原判断に不合理な点は認められない。なお、付言すると、原判決は、被害者方に向かう途中でネイルハンマーを購入したのは、叔父方の屋根を修理するためであり、被害者方までこれを意図的に持って行ったわけではなく、被害者方を訪れたのは借金を返済するためである旨の被告人の原審供述について、被告人に屋根は修理しないと伝えた旨の叔父の原審供述も踏まえて、その信用性を否定しているが、この判断に誤りはない。所論⑧については、原判決は、被告人が、本件犯行前の時期に借金を繰り返しており、本件犯行当日に支給された生活保護費も支払等に費消して数万円を残すのみとなっていたなどの事実を指摘した上で、被告人が本件犯行当時経済的に困窮していたとしているところ、この原判断が不合理であるとはいえない。経済的に困窮して被害者方を狙ったというの 消して数万円を残すのみとなっていたなどの事実を指摘した上で、被告人が本件犯行当時経済的に困窮していたとしているところ、この原判断が不合理であるとはいえない。経済的に困窮して被害者方を狙ったというのであれば、それは生活保護費支給日前であったはずである旨の指摘についても、被告人が、被害者が不 在の場合には侵入盗を行い、被害者が在宅していた場合には強盗も辞さないとの計画の下に、その準備をした上で被害者方を訪れ、被害者をネイルハンマーで多数回殴打するとともに、被害者方を物色したものと認められるから、被告人は、被害者を殺害する際、同人から金品を奪おうと考えていたと認められるとした原判決の認定を揺るがすような事情とはいえない。所論は採用できない。その他所論は被告人と被害者との年齢差・性差、強盗の前科の不存在等を指摘するなどして種々論難しているが、いずれもこれを左右するものではない。 ⑷ 所論は、被告人には殺意がなかったと主張し、被告人の原審供述(前記2の冒頭)によれば、被告人は、被害者に対する殴打行為を、人の死ぬ危険性の高い行為と分かって行ってはいないということになるから、殺意を認めること(前記2⑶)はできないという。 しかしながら、原判決は、被害者に対する殴打行為に出たのはパニック状態に陥ったからという被告人の原審供述が場当たり的で不自然なものといわざるを得ないとしてその信用性を否定しており、先に検討したとおり、この判断に誤りはない。 所論は前提を欠いている。なおも、所論は、被告人が一時的な恐怖心のために解離性同一性障害に基づく別人格が出現した可能性や、解離性健忘を発症した可能性も指摘しているが、原審記録にこれらをうかがわせる証拠は見当たらず、失当である。 被害者に対する殴打行為の際、被告人につき責任能力が著しく損なわれていた可能性があ 可能性や、解離性健忘を発症した可能性も指摘しているが、原審記録にこれらをうかがわせる証拠は見当たらず、失当である。 被害者に対する殴打行為の際、被告人につき責任能力が著しく損なわれていた可能性があるという所論についても同様である。 ⑸ 以上のとおりであって、論旨は理由がない。 4 よって、刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑事訴訟法181条1項ただし書をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 令和7年6月26日仙台高等裁判所第1刑事部 裁判長裁判官加藤亮 裁判官柴田雅司 裁判官井草健太

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