平成15(わ)47 現住建造物等放火被告事件

裁判年月日・裁判所
平成15年10月3日 奈良地方裁判所
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判決文本文7,643 文字)

◎睡眠薬の多量服用に伴う副作用等を理由とする心神耗弱の主張を排斥した事例(平成15年10月3日宣告) 主文 被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中180日をその刑に算入する。 押収してあるライター1個(平成15年押第19号の1)を没収する。 理由 (犯行に至る経緯)被告人は,二度の婚姻,離婚を経験し,その間,2児をもうけたが,その後の平成13年3月ころ,三重県上野市内の実家で母親及び長男A(平成a年b月c日生。以下「長男」という。)と共に生活していたものの,母親との折り合いが悪くなったことなどから,長男を母親に預けて実家を出,旅館の住込み事務員として稼働していたが,持病のヘルニアが悪化したことからその仕事も辞め,同年夏ころには,奈良市内に移り住み,同市d町e番地のfBg号室を賃借りし,スナック「C」(以下「C」という。)でホステスとして働くようになった。被告人は,将来の夢として,同店で働いて自立し一刻でも早く長男を引き取り,自分一人の力で同人を育てたいと思っていたが,同店の給料は一生懸命働いても月12万円程度で,アパートの家賃約6万円余りを支払うと,手元には6万円位しか残らず,自分の生活費にすら困る状況であったため,同年9月ころには,同店の経営者から給料を前借りするようになり,いくら頑張っても思いどおりにならない自分の人生に思い悩むとともに,いらだちを募らせるようになり,次第に気持ちが落ち込むようにもなっていったが,他方で,一人暮らしの寂しさを紛らすために携帯電話の出会い系サイトで知り合ったメンバーと頻繁にメールの交換を続けていたことから利用料金もかさみ,ますます生活費に窮し,同店経営者から給料の前借りを重ねるようになった。 寂しさを紛らすために携帯電話の出会い系サイトで知り合ったメンバーと頻繁にメールの交換を続けていたことから利用料金もかさみ,ますます生活費に窮し,同店経営者から給料の前借りを重ねるようになった。 平成14年1月ころになると,被告人は,「C」に接客態度も上手な新人のホステスが入ったことなどもあって,同店には自分は必要ないのではないかと思うようになり,度々同店を無断欠勤するようになったが,それに伴って収入もまた減ったにもかかわらず,メール交換を止められず,母親から借金をすることもできないため,同店経営者に対し,自分の子どもを通院させるためなどと嘘を付いて,なおも同店経営者から給料の前借りを続けていた。そのころ,同人からは,しっかりするようにと励まされていたが,被告人としては,これだけ頑張っているのに何をこれ以上頑張ればいいのかとふさぎ込み,自分の不幸を嘆くとともに,自分さえいなければ,母親に苦労をかけることもないし,長男も幸せになるのではないかなどと考えるようになった。 そして,被告人は,同年3月中旬ごろ,口実を作って同店経営者から金を借り,「C」を休んで,出会い系サイトで知り合った男性と会うために東京に遊びに行ったところ,そのことが同店経営者の知れるところとなり,同人にひどく叱責されて自暴自棄になりかけたが,同人から,自分にも同じ年の息子がいる,あんたのことは娘と同じように可愛いと思っているから,もう1回心を入れ直して頑張ってみたらと励ましを受け,そのとおり頑張ろうと考え直した。そこで,同店経営者に感謝の気持ちを伝えようと手紙を書いたが,同人から,これまで被告人が同人に詐欺行為をはたらいていた,今後,また同人をだますようなことをすれば,警察に通報されても構わないという内容の念書を差し出すように言われ,一応それに従って念書を書いて差し出し ,これまで被告人が同人に詐欺行為をはたらいていた,今後,また同人をだますようなことをすれば,警察に通報されても構わないという内容の念書を差し出すように言われ,一応それに従って念書を書いて差し出したものの,やはり同人は本当は自分のことを信用してくれていないなどと思い,悲嘆に暮れた。 ところが,その翌日,同店経営者が電話で被告人の母親と話をしたことから,これまで被告人が同店経営者から給料の前借りをするのに長男が病気になったなどと言ってきたことが全て嘘であったことが分かり,激怒した同店経営者から,もう辞めてもらってもいい,これまで被告人に貸した金をどのように返済するのか実家に帰って母親と相談してくるようにと怒鳴られたものの,腕が痛かったこともあって実家に帰らなかったところ,同月25日になり,同店経営者から実家に今から行って来いと命じられたため,仕方なく実家のある三重県上野市に向かった。被告人は,電車に乗って帰る途中,母親に相談したところで,同店経営者から借りている金を立て替えてもらえるはずもなく,まして長男の面倒を見てもらっているのに金を貸してほしいと頼むことはできないと思い,さらには,自分だけがどうしてこんなに不幸なんだろう,自分さえ死んでしまえば,母親に苦労をかけなくて済むなどと自分の人生に悲嘆し,ついには自分が楽になるには死ぬしかないと思い詰め,睡眠薬を服用して死のうと考えるに至った。 そこで,被告人は,同市内に到着すると実家には行かずに薬局で二種類の睡眠薬を購入し,そのまま奈良市内に向かい,同日午後5時ころ,自宅に戻った。帰宅後,母親と長男に宛ててそれぞれ謝罪の気持ちを遺書にしたためると,同日午後6時ころから,自殺すべく,長男のスナップ写真を見ながら,上記の睡眠薬を飲み始め,約2時間かけて全て飲み終わると,ぼうっとしてきて, 親と長男に宛ててそれぞれ謝罪の気持ちを遺書にしたためると,同日午後6時ころから,自殺すべく,長男のスナップ写真を見ながら,上記の睡眠薬を飲み始め,約2時間かけて全て飲み終わると,ぼうっとしてきて,そのうち意識を失った。しかしながら,被告人の期待に反して,同月26日午前2時ころ,意識を取り戻し,自分が死ねなかったことに気付いた。 (罪となるべき事実)被告人は,平成14年3月26日午前2時ころ,奈良市d町e番地のf所在の共同住宅B(木造スレート葺2階建,延べ床面積289.98平方メートル)g号室の当時の被告人方において,なんとしてでも自分は死ななければならないとの気持ちにかられ,とっさに焼身自殺を思いつき,上記Bに放火しようと決意し,室内にあったライター(平成15年押第19号の1)で同室北西角付近に置いていた物干しハンガーに掛けていた衣類に点火して火を放ち,その火を同室壁面,柱及び梁等に燃え移らせ,よって,Dらが現に住居として使用していた上記Bの一部(合計約44平方メートル)を焼損したものである。 (争点に対する判断)弁護人は,本件犯行当時,被告人は不安神経症,強迫神経症及びうつ状態等の精神疾患と睡眠薬の多量服用による副作用によって心身に重大な影響を受けていたもので,心神耗弱の状態にあった旨主張するので,以下,検討する。 1 まず,精神疾患の点について見るに,関係証拠によると,被告人は,本件犯行の当日,消防隊員によって助け出され,すぐにE病院に搬入されて治療を受け,その3日後の平成14年3月29日,意識も回復したことなどもあって同病院を退院し,上記住居地に戻ったこと,しかし,不眠,頭痛,苛つき等の症状があったことから,同年5月20日,三重県上野市内のFクリニックを受診したところ,同クリニックでは不安神経症,強迫神経症,うつ状態との診 し,上記住居地に戻ったこと,しかし,不眠,頭痛,苛つき等の症状があったことから,同年5月20日,三重県上野市内のFクリニックを受診したところ,同クリニックでは不安神経症,強迫神経症,うつ状態との診断を受けたが,その際に被告人が記載した問診表には,ノイローゼ気味で受診にきたこと及びその症状は1年位前からあった旨記載していること,そして,被告人は同クリニックに平成15年1月まで通院しているが,その間,精神安定剤や抗不安薬等の投与を受けていることがそれぞれ認められ,このような事実に加え,上記「犯行に至る経緯」の項で認定したように,平成13年夏ころ上記スナック「C」で働くようになって以降,金銭面や同スナックの経営者との人間関係等で度々気持ちが落ち込むことがあったことにかんがみると,本件犯行当時も,上記の不安神経症等の精神的疾患に罹患していたと推認することができる。 しかしながら,睡眠薬の服用による自殺を企図したその動機は十分に了解可能であること,自殺を決意した後,母親や長男に宛てて遺書を書くなど,合理的な行動をとっていること,睡眠薬を服用するまでの出来事については,明確な記憶を有しており,服用するまでの意識は清明であったといえることに照らすと,上記の精神的疾患は,睡眠薬服用による自殺の試み,ひいてはその後の本件放火の犯行に影響を与えていることは否定できないものの,本件犯行当時,上記の精神的疾患のために是非善悪を弁別する能力,あるいはそれに従って行動する能力が著しくは減退していなかったと認められる。 2(1) 次に,睡眠薬服用による副作用の点については,関係証拠によれば,被告人が服用した睡眠薬は,G株式会社販売にかかる「H」1箱(63錠入り)及びI株式会社販売にかかる「J」1箱(12錠入り)であり,それらの用法用量は,「H」については,1日 は,関係証拠によれば,被告人が服用した睡眠薬は,G株式会社販売にかかる「H」1箱(63錠入り)及びI株式会社販売にかかる「J」1箱(12錠入り)であり,それらの用法用量は,「H」については,1日3回,15歳以上であれば1回につき3錠と,「J」については,1日1回ないし3回,15歳以上であれば1回につき1錠を服用することとされており,それぞれの副作用は,「H」では,多量服用時に若干の眠気,倦怠感が認められる場合があるものの,ほとんど副作用がなく,「J」では,依存性,発疹・紅斑等の過敏症,悪心・嘔吐・下痢等の消化器,頭痛・ふらつき等の精神神経系の異常が現れることがあり,その主成分のブロムワレリル尿素を大量服用した場合に急性中毒の意識障害が生じ,下根沈下による気道閉鎖を起し,直接の死因となりうることもあること,もっとも併用する薬剤の種類や量,服用者の肝機能の程度等によって上記各睡眠薬の副作用は大きく異なることがそれぞれ認められる。 そして,関係証拠によれば,被告人は,約2時間にわたり,上記「H」及び「J」を水と一緒に五,六錠ずつ服用し,それを十数回にわたって繰り返して全部服用したが,その途中で胃の付近がむかつき,吐き気を覚え,後頭部も重くなり,その後は体が宙に浮いたり天井が押し迫ってきたりするような感覚を覚え,次に意識が遠のいていく状態になってそのまま気を失い,本件犯行の直前まで約6時間昏睡状態に陥っていたこと,その後,自室内のソファーの上で昏睡状態から覚醒し,頭は少しぼうっとしてはいたものの,意識が次第にはっきりしてくるに従い,「死ななあかん。」といった思いがわき起こって放火を決意し,一,二メートルほど這って,食器棚の上に置いてある缶の中のライターを取りに行っていること,本件犯行後,再びソファーに横になっているうち昏睡状態に陥り,駆 。」といった思いがわき起こって放火を決意し,一,二メートルほど這って,食器棚の上に置いてある缶の中のライターを取りに行っていること,本件犯行後,再びソファーに横になっているうち昏睡状態に陥り,駆けつけた消防隊員に発見されて病院に搬送された時,意識レベルが低下した状態(JCS30程度。痛み刺激を加えつつ呼びかけを繰り返すと,かろうじて開眼する程度。)にあったことがそれぞれ認められ,これらの事実によると,被告人は,本件犯行の前後において,上記睡眠薬の作用によって昏睡状態に陥り意識レベルは相当低下していたのであるから,その間,一時的に覚醒し本件犯行に及んだ当時もまた,意識レベルが低下した状態にあったものと推認できる。 (2) しかしながら,他方で,被告人のK消防署消防指令に対する質問調書謄本(乙2)によれば,被告人は,本件犯行の翌日である平成14年3月27日にK消防署消防指令Lから質問を受けているが,その際,本件犯行について,「25日,私が勤めています奈良市内のスナックのママと話があり,朝から家を出ました。その後,話しが終わってから午後4時ころ,アパートに帰りました。家に帰り,部屋の中で今までの色々な事を考えていました。今まで勤めていたスナックのママには大変お世話になり,その上迷惑ばかり掛けたこと,また自分の子どもに対しても,母親らしい事を何一つできず,迷惑ばかり掛けたことを思いつめました。一層のこと,私が死んでしまえば,これ以上,皆に迷惑をかけることはないと思いました。 それから,一,二時間位たってから,ホームコタツの上に置いている薬局から買ってきた2種類の睡眠薬を時間をおいて何回か飲み,約80錠位は飲んだことは覚えています。その後,効き目がなく,これでは死にきれないと思い,食器棚に置いてあるタバコの入れてある箱の中に入れていた100 てきた2種類の睡眠薬を時間をおいて何回か飲み,約80錠位は飲んだことは覚えています。その後,効き目がなく,これでは死にきれないと思い,食器棚に置いてあるタバコの入れてある箱の中に入れていた100円ライターを取り出し,部屋のベランダ側右端に置いている,洗濯干しに掛けてあった,タオルかTシャツかはっきりと覚えていませんが,下の方に右手でライターで火をつけました。燃えていたことは覚えています。それから,ホームコタツの入口側にあるソファーに座り込み,その後は何も覚えていません。」旨,本件犯行に至る経緯や犯行の動機及び犯行の状況につき,かなり具体的かつ詳しく供述していることが認められ,そうすると,犯行直後の時点では,被告人の記憶の欠落はほとんどなかったといえる上,犯行の内容も不合理な点は認めらず,上記のとおり,自殺を企図した動機そのものは了解可能であることをも併せ考えると,本件犯行当時,睡眠薬服用により意識レベルがある程度低下していたものの,是非善悪を判断する能力,あるいはそれに従って行動する能力が著しく減退した状態になかったことは明らかである。 (法令の適用)被告人の判示所為は刑法108条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,なお犯情を考慮し,同法66条,71条,68条3号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中180日をその刑に算入することとし,押収してあるライター1個(平成15年押第19号の1)は,判示現住建造物等放火の用に供した物で,被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書により被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由)本件は,共同住宅の一室に居住していた被告人が,焼身自殺を図ろう 項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書により被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由)本件は,共同住宅の一室に居住していた被告人が,焼身自殺を図ろうとして自室に火を放ち,共同住宅の一部を焼損したという現住建造物等放火1件の事案である。 被告人にあっては,上記「犯行に至る経緯」の項のとおり,将来の夢として,被告人なりに頑張って仕事をして自立し,母親に預けている長男を引き取りたいとの思いを抱いていながら,寂しさを紛らすために出会い系サイトのメール交換を頻繁に行って多額の利用代金を支払ったりして生活費にすら窮し,勤務先の経営者に何度も嘘を言っては借金を繰り返すなどしているうち,思い通りにならない人生に悲観して自殺を決意し,睡眠薬を大量に服用したものの,意に反して死ぬことができなかったため,とっさに焼身自殺を思いつき,そのまま,居住者に及ぶ危険を顧みることなく,自室内に火を放っているものであって,犯行に至る経緯やその動機は自己中心的,かつ身勝手なもので,酌量の余地が乏しい。 本件犯行は,深夜,住宅密集地内の共同住宅において敢行されたもので,幸いにも,居住者による早期通報により駆けつけた消防士らが避難誘導をしたおかげで共同住宅内に現在していた12名が全員無事だったとはいえ,もし,通報等が遅れていれば,人命が失われた恐れもある危険極まりないものであり,犯情悪質である。 そして,共同住宅のうち,被告人の居室及びその隣室1室内が合計約44平方メートルにわたって焼損し,さらに別の4室も消火活動によって水損し,いずれも居住に耐えられないほどであり,被害総額は約2800万円にも上っているのであって,生じた結果もまた重大である。さらに,本件犯行が居住者はもちろんのこと,付近住民に与えた衝撃にも大きいものがある れも居住に耐えられないほどであり,被害総額は約2800万円にも上っているのであって,生じた結果もまた重大である。さらに,本件犯行が居住者はもちろんのこと,付近住民に与えた衝撃にも大きいものがある。 これらの諸点に照らすと,被告人の刑責は重いといわなければならない。 しかしながら,他方で,被告人が罪を素直に認め,深く反省していること,また,本件犯行が,睡眠薬の多量服用により意識レベルが低下し,責任能力がある程度減退した状態下でなされたものであること,そして,保険会社から上記マンション所有者に対し二千数百万円の保険金が支払われていることがうかがわれ,経済的な被害は相当程度回復していると思われること,被告人が謝罪の気持ちを記載した手紙や上申書を上記マンション所有者や裁判所に送付あるいは提出していること,被告人の母親が今後の監督を約束していること,これまで前科がないこと,被告人の幼少のころに両親が離婚し,小学生1年生の時には実兄を火事で亡くし,その後は中学生のころまで親戚に預けられて育てられており,境遇に同情すべきものがあることなど,被告人のために酌むべき事情も存する。そこで,これらの諸事情を総合考慮すると,本件は,到底刑の執行を猶予すべき事案とは認められないものの,刑としては主文の程度にとどめるのが相当であると考えた。 よって,主文のとおり判決する。 (求刑・懲役5年,押収してあるライター1個を没収)平成15年10月3日奈良地方裁判所刑事部裁判長裁判官東尾・一裁判官御山真理子裁判官実本滋 裁判官 御山真理子 裁判官 実本滋

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