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主文 本件上告を棄却する。理由 弁護人杉本昌純、同山川洋一郎の上告趣意中、通貨及証券模造取締法の規制は広汎にすぎ、芸術上の表現活動である被告人の本件所為に同法一条を適用して有罪とすることは、憲法二一条に違反すると主張する点について。通貨及証券模造取締法が通貨に紛らわしい外観を有するものの製造すなわち右法律にいわゆる模造を規制する目的は、かような通貨模造行為を放任すれば通貨に対する社会の信用、経済取引の安全を害する危険があり、ひいて経済生活一般を不安ならしめるおそれがあるためであると解せられるところ、第一審判決によれば、被告人の本件所為は、当時流通していた聖徳太子像のある千円の日本銀行券に着目しこれを素材として作品を創作するため、印刷業者等に依頼して、写真製版の方法により右千円札表側と同一寸法同一図柄のものを、クリーム色上質紙等に緑、黒または緑と黒をまぜたインクの一色刷りにしたもの合計約二一〇〇枚を印刷裁断させたというもので、記録および証拠により認められる右作製されたものの色彩形状等に照らし、その用い方如何によつては通常人をして真正の千円札と誤認されるおそれがあり、欺罔手段としても用いられる危険性を帯有するとした原判決の判断は正当として是認することができる。そして、憲法二一条の保障する出版その他の表現の自由といえども、絶対無制限のものではなく、たとい被告人の本件所為が芸術上の表現活動のためのものであつたとしても、その通貨模造の行為により経済生活一般に前記のような不安をきたすおそれがあると認められる以上、これを通貨及証券模造取締法一条、二条により処罰しても、憲法二一条に違反するものでないことは、当裁判所昭和三九年(あ)第三〇五号同四四年一〇月一五日大法廷判決(刑集二三巻一〇号一二三九頁) れる以上、これを通貨及証券模造取締法一条、二条により処罰しても、憲法二一条に違反するものでないことは、当裁判所昭和三九年(あ)第三〇五号同四四年一〇月一五日大法廷判決(刑集二三巻一〇号一二三九頁)および- 1 -昭和三三年(あ)第三四二号同三五年四月六日大法廷判決(刑集一四巻五号五二五頁)の趣旨により明らかである。 三九年(あ)第三〇五号同四四年一〇月一五日大法廷判決(刑集二三巻一〇号一二三九頁) れる以上、これを通貨及証券模造取締法一条、二条により処罰しても、憲法二一条に違反するものでないことは、当裁判所昭和三九年(あ)第三〇五号同四四年一〇月一五日大法廷判決(刑集二三巻一〇号一二三九頁)および- 1 -昭和三三年(あ)第三四二号同三五年四月六日大法廷判決(刑集一四巻五号五二五頁)の趣旨により明らかである。これと同旨の原判決は正当であり、論旨は理由がない。同上告趣意中、通貨及証券模造取締法一条の文言はあいまい不明確であつて、憲法三一条に違反すると主張する点について。右法律一条の「紛ハシキ外観ヲ有スルモノ」との文言は、日常用語としてこれを合理的に解釈することが可能であり、社会通念に従い通貨に紛らわしい外観を有するものであるかどうか判断できるものであるから、所論はその前提を欠き、上告適法の理由とならない。被告人本人の上告趣意中憲法二一条、三一条違反をいう点の採用しがたいことは、弁護人の上告趣意に対する前示判断によつて明らかであり、その余は、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。よつて、同法四〇八条により、主文のとおり判決する。この判決は、裁判官色川幸太郎の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。裁判官色川幸太郎の補足意見は、次のとおりである。所論に対し、違憲でないとしてこれを排斥した判断は、もとより私の支持するところであり、その理由づけについても、本件に関するかぎり、同調するにやぶさかではない。しかしその法理は無条件に拡張されるべきものではなく、もし芸術上の表現活動が極めて高次であつて、それによつて造り出された作品の社会的価値が、その反価値を遙かに凌駕するような異例の場合(本件はそれにあたらないこと明らかである。)には、結論は自ら別異にならざるを得ないのである 極めて高次であつて、それによつて造り出された作品の社会的価値が、その反価値を遙かに凌駕するような異例の場合(本件はそれにあたらないこと明らかである。)には、結論は自ら別異にならざるを得ないのである。けだし、表現の自由に加えられる制約の当否については、社会的価値の比較衡量がまずなされなければならないからである。詳細については、前出の当裁判所昭和四四年一〇月一五- 2 -日大法廷判決のなかで私の述べたところを引用する。 、それによつて造り出された作品の社会的価値が、その反価値を遙かに凌駕するような異例の場合(本件はそれにあたらないこと明らかである。)には、結論は自ら別異にならざるを得ないのである。けだし、表現の自由に加えられる制約の当否については、社会的価値の比較衡量がまずなされなければならないからである。詳細については、前出の当裁判所昭和四四年一〇月一五- 2 -日大法廷判決のなかで私の述べたところを引用する。昭和四五年四月二四日最高裁判所第二小法廷裁判長裁判官草鹿浅之介裁判官城戸芳彦裁判官色川幸太郎裁判官村上朝一- 3 -
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