平成25(ワ)551 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成27年12月22日 広島地方裁判所
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判決文本文29,732 文字)

主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,4030万5806円及びこれに対する平成24年6月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨本件は,原告が,Aがa病院(以下「被告病院」という。)に入院中に死亡したことにつき,被告病院の医師及び看護師が①Aの呼吸機能等の確認や痰の詰まりによる窒息を防止するための措置を怠った,②肺血栓塞栓症の発症を防止するための措置を怠ったなどと主張して,被告に対し,民法715条の使用者責任又は診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として,4030万5806円及びこれに対する不法行為の日である平成24年6月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 2 前提事実(争いがない事実又は証拠により容易に認定することができる事実)当事者ア A(昭和15年○月○日生)は,平成24年4月4日から同年6月22日までの間,被告病院において通院又は入院して治療を受け,入院中の同日午前6時57分に死亡した者である。 原告は,Aの妻であり,被告病院のAに対する治療行為に関するAの被告に対する債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権を相続した者である。(甲A1,C1ないし5[枝番号を含む。])イ被告は,被告病院を運営する地方独立行政法人である。 B医師は,Aの主治医であった者である。 治療経過等ア Aは,平成24年3月21日に左頸部の腫瘤についてb病院を受診し,b病院の紹介により,同年4月4日に精査加療のため被告病院を受診した。 (乙A1[12],A2[4,13],A4[7]。以下,[]内の数 Aは,平成24年3月21日に左頸部の腫瘤についてb病院を受診し,b病院の紹介により,同年4月4日に精査加療のため被告病院を受診した。 (乙A1[12],A2[4,13],A4[7]。以下,[]内の数字は,当該書証に振られた頁番号を指す。)イ Aは,平成24年4月10日,被告病院を受診した際,下咽頭癌(分類T2N2bM0,病期Stage4),頸部リンパ節転移と診断された。(乙A1[16ないし20],A2[4,19],A5[17,19,20])ウ Aは,下咽頭癌に対する放射線化学療法を目的として,平成24年4月23日に被告病院に入院した。(乙A2[21],A4[23],A5[18])エ Aは,被告病院に入院した後,放射線治療や化学療法を受けていたところ,平成24年6月10日午前9時25分,病室内のトイレにおいて,心肺停止の状態で発見された。Aは,蘇生処置を受けて心拍が再開し,ICUにおいて治療を受けることとなった。(乙A2[4],A5[157,158])オ Aは,平成24年6月22日深夜から血圧が低下し,同日午前6時57分,死亡した。 B医師は,Aの直接死因を下咽頭癌であると診断した。(甲A1,乙A5[212]) 3 争点及びそれに対する当事者の主張 (被告病院の医師及び看護師がAの呼吸機能等を確認し,痰の詰まりによる窒息を防止する注意義務に違反したかどうか)(原告の主張)ア Aの心肺停止の原因及び死因について経管栄養が開始されて消化管を使い始めると,迷走神経の作用により唾液が増えるため,痰が増えやすくなり(甲B1),経鼻胃管が挿入さ れている場合,咽頭を経由するため,喀痰が胃管にからまり排痰しにくい状態となるとされる(甲B4)。 Aは,平成24年6月4日,誤嚥性肺炎の疑いにより絶飲食となり (甲B1),経鼻胃管が挿入さ れている場合,咽頭を経由するため,喀痰が胃管にからまり排痰しにくい状態となるとされる(甲B4)。 Aは,平成24年6月4日,誤嚥性肺炎の疑いにより絶飲食となり,経鼻胃管が挿入されて経管栄養が開始された(乙A5[127,130])。 Aは,同月5日には嚥下が困難であるとされていた(乙A5[136])。 Aは,同月6日及び同月7日,咽頭のゴロ音があり,含嗽後に粘稠痰を喀出しており(乙A5[139,142]),同月9日までの間,痰が非常に多かった。 放射線治療による急性有害事象として,痰がからむ症状が起こる場合があるとされる(甲B2)。 Aは,平成24年4月25日から同年6月1日まで放射線治療を受けていたが,粘膜炎の悪化により放射線治療が一時中断された。Aには,同月6日及び同月7日,呼吸時に気管に痰がからんだ際に生じる咽頭のゴロ音があり,遅くとも同月6日の時点では放射線治療による有害事象として粘稠痰がからむ症状があった。 Aは,原告が病室で付き添っていた約4時間半で,痰を喀出したティッシュが膿盆に山盛りいっぱいとなり,2ないし3回取替えが必要となる程度の量の痰が出ていた。Aには,平成24年6月6日の時点で,自ら適切に喀痰を排出することができないことを主な原因とする咽頭ゴロ音(甲B3)があり,Aがティッシュを口の奥に突っ込んでぬぐうようにして痰を取っていたことからすると,Aには自ら痰を排出する能力はなかったといえる。 平成24年6月10日,Aは,トイレで倒れているところを発見された。Aは,その際に泡状の痰を喀出しており,Aの口腔内から痰が多量に吸引され,気管内に挿管された際にも喉頭蓋周辺や気管内に黄白色の貯留液があった(乙A5[158,161])。 平成24年6月11日,B医師は, の痰を喀出しており,Aの口腔内から痰が多量に吸引され,気管内に挿管された際にも喉頭蓋周辺や気管内に黄白色の貯留液があった(乙A5[158,161])。 平成24年6月11日,B医師は,原告に対し,①Aに対して心エコーやCT検査等を行ったが明らかな原因は分からなかったこと,②Aに対して気管挿管をしたときに粘稠痰が貯留していたところ,その粘稠痰は心肺停止後に貯留したものである可能性もあるが,Aの心肺停止の原因は痰による気道閉塞である可能性が高いことを説明した(乙A5[172])。 Aが被告病院に入院していた当時,急性心筋梗塞(AMI)を疑わせる所見はなかったし(乙A5[158]),平成24年6月10日午前9時25分頃にトイレで発見された後の同日午前9時39分に失便があった(乙A5[161])から,排便時のいきみによる静脈還流の減少や迷走神経反射による心肺停止の可能性は,痰が気道を閉塞したことによる心肺停止の可能性よりも著しく低い。 これらによれば,Aの心肺停止の原因は,痰を誤嚥して喉に詰まらせ,窒息したことにあり,Aの直接的な死因は,痰が気道を閉塞したことによる窒息である。 イ被告病院の医師及び看護師の注意義務違反について 被告病院の医師及び看護師は,平成24年6月6日時点において,Aについて,経管栄養に伴い痰が増加していることや,放射線治療に伴い痰がからむ症状が現れていることを認識していたから,Aの痰がからんだり,詰まったりするなどの症状について予見することができた。 ①痰が増加している状態,②咳をするための喉の反射や咳の力が弱くなり,痰を排出しにくい状態,③痰が固くなり排出しにくい状態においては,喀痰を吸引する必要があるとされる(甲B5)ところ,Aは,①経管栄養が開始された後に痰が増加し,②ティッ 喉の反射や咳の力が弱くなり,痰を排出しにくい状態,③痰が固くなり排出しにくい状態においては,喀痰を吸引する必要があるとされる(甲B5)ところ,Aは,①経管栄養が開始された後に痰が増加し,②ティッシュを喉の奥に突っ込んでぬぐうようにして痰を取り,咽頭ゴロ音があるなど,喀痰の排出が適切に行われていない状態であり,③粘稠痰が発生し,痰が固くなり, 排出しにくい状態であった。 したがって,被告病院の医師及び看護師には,遅くともAに咽頭ゴロ音や粘稠痰の喀出が見られた平成24年6月6日の時点で,Aの呼吸機能や喀痰排出が適切に行われているか否かを頻回に確認し,正確に把握した上,Aが痰を喉に詰まらせないよう,痰の吸引や去痰剤の投与を実施すべき注意義務があった。 しかし,被告病院の医師及び看護師は,これを怠り,平成24年6月6日から同月10日までの間,Aの呼吸機能や喀痰排出が適切に行われているか否かを頻回に確認せず,吸引,去痰剤の投与などのAが痰を喉に詰まらせることを防止する措置を実施しなかったから,上記注意義務に違反したものである。 (被告の主張)ア Aの心肺停止の原因及び死因について経管栄養が開始された後,Aの唾液が増え,痰が増加したことはない。 経管栄養が開始された後に唾液が増えるという医療機関のホームページにおける記述(甲B1)は,10日以上の長期間にわたり消化管を使用していなかった患者に対して経腸栄養を開始した場合など,静脈栄養から経腸栄養に移行する場合について述べたものであり,経口摂取から経腸栄養に変更されたAについては妥当しない。 経鼻胃管挿入術について,胃管が咽頭を経由するため,喀痰がチューブにからまり排痰しにくいという文献の記述(甲B4)は,経鼻胃管挿入術において痰による気道閉塞を招きうることまで ついては妥当しない。 経鼻胃管挿入術について,胃管が咽頭を経由するため,喀痰がチューブにからまり排痰しにくいという文献の記述(甲B4)は,経鼻胃管挿入術において痰による気道閉塞を招きうることまで想定したものではない。 頸部の癌に対する放射線治療の副作用として,痰がからむ症状は起きうるが,痰が増えることはない。 放射線治療による副作用として嚥下困難が生じることがあるが,これ は,痰が増えたり,からむなどの症状と関係がない。 放射線治療の副作用として咽頭狭窄が生じるのは,放射線治療の最中ではなく,治療終了後数か月が経ってからである。Aが放射線治療を受けたのは,平成24年4月25日から同年6月1日までであり,同月10日当時,食事が喉につかえる等の副作用はまだ起こっていなかった。 被告病院の医師は,毎日Aの診察をしていたが,Aから痰に関する訴えはなかった。また,Aの咽頭のゴロ音があり,含嗽(うがい)後に粘稠痰を喀出したという看護記録の記載(乙A5[139,142])は,看護師がAの喉に痰がからんだようなゴロゴロという音を確認し,Aに含嗽をさせて粘性のある痰を排出させることができ,ゴロ音が消失したという状況を示している。したがって,Aは自ら痰を排出することができていた。 肺内の分泌物や吸い込まれた空気中の異物が気道の粘液に付着して痰となり,線毛運動により口側に移動するが,気道から咽頭に押し上げられた痰は,通常,無意識のうちに食道の方に飲み込まれる。ゴロ音の主な原因として喀痰の排泄ができないことを挙げているインターネットサイトの記述(甲B3)は,痰が無意識の飲み込みによっては食道の方に移動せず,咽頭に貯留していることを意味しており,含嗽などを伴う意識的排痰行為によっても痰の排泄ができないことを意味するものではない。 粘稠 (甲B3)は,痰が無意識の飲み込みによっては食道の方に移動せず,咽頭に貯留していることを意味しており,含嗽などを伴う意識的排痰行為によっても痰の排泄ができないことを意味するものではない。 粘稠痰は,粘性のある痰という程度の意味であり,平均的な痰よりからみやすい痰であるとはいえない。 痰が増加したり,からむ場合であっても,痰を誤嚥しやすいということにはならないし,誤嚥があったとしても痰の排出が困難であることを示すものではない。 窒息の場合,意識消失までに数分かかり,その間,もがき苦しみ,苦 悶表情で歪み,チアノーゼが現れるのが通常である。しかし,平成24年6月10日,清掃員がAを病室内のトイレで発見した際,Aは,トイレで倒れていたのではなく,便座に腰掛けており,穏やかな表情であり,乱れた様子はなかった。そして,清掃員もAが眠っているものと認識した(乙A5[161])。 Aが痰や経腸栄養剤を誤嚥し窒息したために心肺停止した可能性が高いという平成24年6月10日の診療録の記載(乙A5[158])は,心肺蘇生時にAに初めて関わりAにはそれまでに痰の排出の困難がなかったことを知らず,便座に穏やかに座ったまま心肺停止していたというAの状態を知らなかった麻酔科のC医師がAに対する気管内挿管時の所見のみを根拠にして記載したものである。 Aが泡状の痰を喀出していたという看護記録の記載(乙A5[161])は,さらさらの唾液状の泡がAの口に付いている様子を意味しており,Aが痰を誤嚥したことを疑わせるものではない。 Aの口腔内から痰が多量に吸引されたという看護記録の記載(乙A5[161])については,看護師が実際に吸引されたものを見たわけではなく,C医師が吸引した際の音に基づいて記載したものである。看護師が聞いた吸引音は,栄養剤を吸 引されたという看護記録の記載(乙A5[161])については,看護師が実際に吸引されたものを見たわけではなく,C医師が吸引した際の音に基づいて記載したものである。看護師が聞いた吸引音は,栄養剤を吸引した音であった可能性があるから,実際にAの口腔内に痰が多量にあったとはいえない。したがって,上記看護記録の記載は,Aが痰を誤嚥したことを疑わせるものではない。 気管内挿管の際,Aの喉頭蓋,気管内に黄白色の貯留液があったという看護記録の記載(乙A5[158])は,それに続く「痰と経腸栄養剤の誤嚥を強く疑う」という記載から分かるように,痰のみを指して「黄白色の貯留液」と記載しているものではなく,実際に経腸栄養剤メディエフも黄白色である。したがって,気管内挿管時における上記所見は,Aが痰を誤嚥したことを疑わせるものではない。 B医師の原告に対する平成24年6月11日の説明(乙A5[172])は,文献の検索により,トイレという特殊な環境下で心肺停止が起こりやすいこと(乙B4,5)が判明する前に行われており,Aの心肺停止の真の原因を究明したものではない。 洋式トイレにおける排便時に,血圧の急上昇,冠動脈血流速度の減少,脳血流の減少が引き起こされ,不整脈等により死亡しうる(乙B4)ところ,Aにはこの機序が妥当する。平成24年6月10日,清掃員が掃除のためにトイレに行き,Aを発見した際に既に大便臭があった(乙A5[161])から,Aの心肺停止の原因は,排便時のいきみによる静脈還流の減少や迷走神経反射であった可能性がある。 Aに急性心筋梗塞を疑わせる所見がなかったことは,Aが脳梗塞や不整脈であった可能性を動揺させるものではない。 これらによれば,Aの心肺停止の原因は,脳梗塞,不整脈,排便時のいきみによる静脈還流の減少や迷走神経反射であ せる所見がなかったことは,Aが脳梗塞や不整脈であった可能性を動揺させるものではない。 これらによれば,Aの心肺停止の原因は,脳梗塞,不整脈,排便時のいきみによる静脈還流の減少や迷走神経反射である可能性が考えられ,痰が気道を閉塞したことによる窒息であるとは考えられない。 イ被告病院の医師及び看護師の注意義務違反について平成24年6月6日以降,AのSPO2は95%以上に保たれており,呼吸機能に問題はなかった(乙A5[423ないし427])。また,被告病院の看護師は,Aが難なく痰を排出する様子を何度も確認していた。 したがって,被告病院の医師及び看護師が,Aの痰が多量に出ていたことを認識していたとしても,Aが痰を喉に詰まらせ,気道閉塞に陥ることを予見することができたとはいえないし,Aの呼吸機能や喀痰排出が適切に行われているかどうかを頻回に確認して正確に把握することを怠ったともいえない。 気管吸引は気道の空気を奪い低酸素状態に陥らせ,ときには様々な合併症をきたす侵襲的手技である。気管吸引のガイドラインによれば,気 管吸引の適応があるのは,気管挿管や気管切開などによる人工気道を有する成人で,かつ,自ら気道内にある分泌物を効果的に喀出することができない状態にある者であり,人工気道管理がされていない者に対する気管吸引の適応の有無は現在でも定まっていない(乙B3)。したがって,被告病院の医師及び看護師は,人工気道管理がされていなかったAに対して痰を吸引すべき注意義務を負わない。 気管内吸引の適応があるのは,患者自身の咳嗽やその他の侵襲性の少ない方法を実施したにもかかわらず喀出が困難であって,努力性呼吸が強くなっている場合などの所見があることにより気管内に分泌物があると評価された場合である(乙B7の1)。したがって,他の排痰方法 の少ない方法を実施したにもかかわらず喀出が困難であって,努力性呼吸が強くなっている場合などの所見があることにより気管内に分泌物があると評価された場合である(乙B7の1)。したがって,他の排痰方法で痰の喀出ができる場合には,気管内吸引の適応はない。 医療従事者が気管吸引を行ってもよいとされる要件として,①気道に痰が存在し,患者自身で痰が出せない状態にあること,②気管吸引以外の排痰援助(気道の加湿状態の評価と体位ドレナージ)を行ったが,やはり自力による痰の喀出がうまくいかないこと,③痰が存在することが原因で患者に悪影響が出ていること,④気管吸引が可能な気管分岐部より上部に痰が存在する可能性が示唆されていること,という要件が提案されている(乙B3)が,これは,それらの要件を満たす場合に医療従事者が気管吸引を行うべきであるとするものではない。Aは自力で痰を出すことができる状態であり,Aには,痰が存在することにより呼吸状態が悪くなるなどの悪影響は出ておらず,平成24年6月8日から同月10日までの間に痰が存在していたことも確認することができないから,上記①ないし④の要件を満たさない。したがって,Aについては,医療従事者が気管吸引を行ってもよい場合にすら該当しない。 原告は,介護福祉士のためのテキスト(甲B5)に基づき,①痰が増加している場合,②咳をするための喉の反射や咳の力が弱くなり,痰を 排出しにくい場合,③痰が固くなり排出しにくい場合には,喀痰の吸引が必要であると主張するが,上記テキストは,介護福祉士等を対象としたものであり,医師及び看護師の行為規範とはならない。介護福祉士は,医師の指示の下で喀痰の吸引をすることができるにとどまり,上記テキストの記述は,医師の指示があった場合でも,上記①ないし③の場合に当たらないときは喀痰 び看護師の行為規範とはならない。介護福祉士は,医師の指示の下で喀痰の吸引をすることができるにとどまり,上記テキストの記述は,医師の指示があった場合でも,上記①ないし③の場合に当たらないときは喀痰の吸引をすべきではないことを意味するものである。また,上記テキストの他の箇所の記述(乙B6)によれば,痰を自力で排出することができる場合には,痰を吸引することは不要であるとされている。 これらによれば,被告病院の医師及び看護師には,Aの痰を吸引すべき注意義務があったとはいえない。 Aは,喀痰の排出が困難ではなかったから,被告病院の医師には,Aに対して去痰剤を投与すべき注意義務があったとはいえない。 (被告病院の医師及び看護師は,Aの肺血栓塞栓症を防止するための措置をすべき注意義務に違反したかどうか)(原告の主張)ア Aの心肺停止の原因及び死因について肺血栓塞栓症は,主に下腿や骨盤腔内の深部静脈に生じた血栓が剥離して肺動脈を塞栓することにより生じる。血栓形成の要因としては,血流の停滞,血管内皮障害,血液凝固能の亢進が重要とされ,具体的な危険因子としては,①高齢,②悪性腫瘍,③薬物,④長期臥床,⑤感染症,⑥脱水等があり,肺血栓塞栓症は,排便や排尿,起立や歩行に伴って発症することが多いとされる。 ヘモグロビン(Hb)値やヘマトクリット(Ht)値は,単位容積当たりの赤血球の量を示すものであり,脱水を起こし血液が濃縮している場合には上昇する。血液の尿素窒素(BUN)値は,クレアチニン(C r)値とともに腎不全の場合に増加する。脱水により腎臓の血液量が低下するために生じる腎前性腎不全の場合には,BUN/Cr比が10を上回る。水分欠乏量は,「健常時体重×0.6×(1-健常時Ht値/現在のHt値)」という計算式により求 る。脱水により腎臓の血液量が低下するために生じる腎前性腎不全の場合には,BUN/Cr比が10を上回る。水分欠乏量は,「健常時体重×0.6×(1-健常時Ht値/現在のHt値)」という計算式により求められ,脱水の程度(体重比)は,「0.6×(1-健常時Ht値/現在のHt値)」という計算式により求められる。体重の8ないし14%の脱水は,重症脱水とされる。 Aは,①当時71歳と高齢であったこと,②下咽頭癌であったこと,③癌化学療法を受けており(乙A4[20,21]),平成24年6月4日以降は誤嚥性肺炎の疑いにより抗菌薬マキシピームが投与されていたこと(乙A5[124,130]),④同月3日,トイレへの歩行時にふらつきがあったため,病室に尿器が設置され,同月6日には失禁があり,ほぼ寝たきりの長期臥床状態であったこと(乙A5[120ないし123,138]),⑤同月4日,誤嚥性肺炎が疑われる状態であったことが認められる。Aは,⑥同月4日から絶飲食となり,経管栄養が開始され(乙A5[130]),同月5日には下痢があり(乙A5[136]),脱水の危険があったところ,Aの血液検査の結果,Aがトイレで発見される前の同月10日のHb値やHt値は,Aが入院してから最も高い値であった(乙A5[444ないし469])。AのBUN値は,同月6日以降,基準値を超える値を示し,上昇を続け,BUN/Cr比は10を大きく超えていた(乙A5[466ないし468])。同月5日のBUN値によれば,Aは,同日の時点では脱水状態ではなかったが,同日のHt値を健常時Ht値とすると,同月10日の時点で,体重の19.5%に及ぶ重度の脱水状態にあったといえる。これらによれば,Aには,肺血栓塞栓症の危険因子があった。そして,Aは,肺血栓塞栓症が発症しやすい状況とされるトイレの個室で心 10日の時点で,体重の19.5%に及ぶ重度の脱水状態にあったといえる。これらによれば,Aには,肺血栓塞栓症の危険因子があった。そして,Aは,肺血栓塞栓症が発症しやすい状況とされるトイレの個室で心肺停止に陥った。 したがって,Aが心肺停止に陥り死亡した原因は,肺血栓塞栓症であ る。D医師の鑑定意見書(甲B6)には,同趣旨の見解が示されている。 イ被告病院の医師及び看護師の注意義務違反について被告病院の医師及び看護師は,平成24年6月6日の時点で,Aには肺血栓塞栓症の危険因子があることを認識しており,肺血栓塞栓症のリスクが少なくとも中程度であったことを認識していた。 肺血栓塞栓症のリスクが中程度である場合における肺血栓塞栓症の予防のためには,弾性ストッキングの使用,間欠的空気圧迫法の実施が重要であり,間欠的空気圧迫法は高リスク患者にも有効であるとされる(甲B7,甲B11の2・3)。 したがって,被告病院の医師及び看護師には,Aの肺血栓塞栓症を防止するため,Aに対し,水分管理,弾性ストッキングの使用及び間欠的空気圧迫法を実施する義務があった。 しかし,被告病院の医師及び看護師は,上記注意義務に違反し,これらの措置を怠ったため,前記のとおりAは重度の脱水状態になり,肺血栓塞栓症を発症し,心肺停止に陥った。 (被告の主張)ア Aの心肺停止の原因及び死因について平成24年6月3日から同月6日までの間,感染リスクへの対応のため,Aの病室におけるクリーンルーム管理が行われたが,Aは,ベッド上での安静を指示されておらず,病室内で自由に歩くことができたし,トイレへ歩行することもできた(乙A5[120,122,139])。 Aは,部分介助で歩行していた平成24年6月6日を除く同月3日から同月9日までの間,自立 らず,病室内で自由に歩くことができたし,トイレへ歩行することもできた(乙A5[120,122,139])。 Aは,部分介助で歩行していた平成24年6月6日を除く同月3日から同月9日までの間,自立歩行しており,クリーンルーム管理が行われていた期間を除き,医師の診察を受ける際に診察室まで歩行器等の補助具を使用することなく,自力で歩行していた(乙A5[142,420,422,424ないし426])。 化学療法中においては尿量を把握する必要があり,尿量測定の便宜から平成24年6月3日にAのベッドサイドに尿器が置かれたが,Aは,排尿のほとんどをトイレで行い,排便を常にトイレで行っていた。 Aは,端座位(ベッドから足を垂らして座る姿勢)で清拭を受け,自分で着替えをしていた。 したがって,Aは寝たきりではなかったから,Aが寝たきりであったことを前提とするD医師の鑑定意見書(甲B6)及びこれに基づきAが肺血栓塞栓症を発症したとする原告の主張は失当である。 平成24年6月10日,心肺停止に陥ったAに対して心エコー検査が行われたところ,①右心系の負荷所見はない,②壁運動の異常はなく良好である,③循環血流量の減少による急性心筋梗塞や肺血栓塞栓症(PE)を疑わせる所見はないという結果であった(乙A5[158])。 D医師の鑑定意見書(甲B6)では,心エコー検査における陰性所見は肺血栓塞栓症を否定するものではないとされている。しかし,肺血栓塞栓症の診断において心エコー検査は極めて重要であるとされ(甲B15),心肺蘇生例では心エコー検査が最も有用であって,心エコー検査で右室負荷所見がなければ,肺血栓塞栓症以外の原因を考えるとされており(乙B13,15の1・2),心エコー検査において右室負荷所見がないことは,肺血栓塞栓症を否定する 最も有用であって,心エコー検査で右室負荷所見がなければ,肺血栓塞栓症以外の原因を考えるとされており(乙B13,15の1・2),心エコー検査において右室負荷所見がないことは,肺血栓塞栓症を否定する決め手になっているといえる(乙B14)。 急性肺血栓塞栓症による突然死の場合,ほとんどの例で右心室の拡大と心室中隔の扁平化が認められる(乙B13)。論文(乙B15の1・2)によれば,肺血栓塞栓症の症状を疑ってCT検査を行った結果,左心室直径に対する右心室直径の比が1.0未満であった場合には,全例で死亡などの有害事象が発生せず,肺血栓塞栓症ではなかったとされているところ,Aの左心室直径に対する右心室直径の比率は1.0未満で あり(乙A8[1]),右心室の負荷所見は認められない。 D医師の鑑定意見書(甲B6)においては,造影CT検査でなければ肺血栓塞栓症の診断が困難であるとされている。しかし,肺血栓塞栓症のCT所見は,①肺動脈の変化(肺動脈内造影欠損,肺動脈径の変化),②肺野及び胸膜の変化(肺野の透過性の亢進,肺出血や壊死,胸水や胸膜の肥厚)である(乙B15)ところ,このうち肺動脈内造影欠損以外の所見は単純CT検査によるものであるから,単純CT検査によっても肺血栓塞栓症を否定することはできる。 論文(乙B17)によれば,肺血栓塞栓症による肺動脈の変化について,①ときに単純CTにおいて新鮮血栓が高吸収域として描出されることがあり,中枢側の肺動脈の拡大や肺動脈の急激な狭小化が見られることがあること,②塞栓領域は乏血のため肺血管が細く,肺野の透過性亢進が認められることがあり,肺梗塞の所見は,典型的には,胸膜に広く接する楔形や中枢側の境界が直線的な台形状の陰影で,中枢側に拡張した肺血管影(血栓の詰まった肺動脈又は閉塞部より中枢側の拡張し 過性亢進が認められることがあり,肺梗塞の所見は,典型的には,胸膜に広く接する楔形や中枢側の境界が直線的な台形状の陰影で,中枢側に拡張した肺血管影(血栓の詰まった肺動脈又は閉塞部より中枢側の拡張した肺動脈)を伴っており,しばしば内部に梗塞を免れた肺実質を認めるとされているところ,CT検査の結果,Aには,新鮮血栓は認められず,胸膜や肺野の変化はなかった(乙A8[2,3])。 血液ガス分析において,低酸素低炭酸ガス血症やPaO2の低下等があれば肺血栓塞栓症が疑われる(甲B15,乙B13,18)。PO2(PaO2)の基準値は80~100mmHg程度である。平成24年6月10日,Aの蘇生処置中に採取された血液のガス分析がされた結果,PO2が183.2mmHgであり(乙A4[48]),AのPO2は上昇していた。したがって,Aに低酸素血症やPaO2の低下は認められず,Aが肺血栓塞栓症であったとは考えにくい。 D医師の鑑定意見書(甲B6)では,平成24年6月11日に採血さ れたAの血液についてDダイマー値が高値であったことはAが肺血栓塞栓症であったことを支持するものであるとされている。しかし,Dダイマー値検査は除外診断に有用であるにすぎない(甲B15,乙B18)から,Dダイマー値が高値でない場合には急性肺血栓塞栓症ではないといえるが,Dダイマー値が高値である場合には急性肺血栓塞栓症であるとは必ずしもいえない。 したがって,Aは,肺血栓塞栓症を発症していなかったといえる。 イ被告病院の医師及び看護師の注意義務違反についてAは肺血栓塞栓症を発症していなかったから,被告病院の医師及び看護師には,Aが肺血栓塞栓症を発症していたことを前提とするAの水分管理,弾性ストッキングの使用,間欠的空気圧迫法の実施をすべき注意義務はない。 内 症を発症していなかったから,被告病院の医師及び看護師には,Aが肺血栓塞栓症を発症していたことを前提とするAの水分管理,弾性ストッキングの使用,間欠的空気圧迫法の実施をすべき注意義務はない。 内科領域における肺血栓塞栓症の予防ガイドライン(甲B11の4)は,原則として臥床を要する症例を予防対象としているところ,Aは臥床を要する状態ではなかった。したがって,この点からも,被告病院の医師及び看護師には,Aに対し,弾性ストッキングや間欠的空気圧迫法などの肺血栓塞栓症の予防策を講じる義務はなかった。 (損害及び因果関係)(原告の主張)(原告の主張)のとおり,被告病院の医師及び看護師の注意義務違反により,Aは,痰を喉に詰まらせて窒息し又は肺血栓塞栓症を発症し,これにより心肺停止に陥って死亡した。Aの損害及び原告の損害は以下のとおりである。原告は,Aの被告に対する債務不履行又は使用者責任に基づく損害賠償請求権を相続した。 ア葬儀費用 150万円イ死亡逸失利益 484万7834円 Aの基礎収入86万0094円(年金2か月分14万3349円×6)×9.394(平均余命である年数13年に対応するライプニッツ係数)×(1-生活費控除率0.4)≒484万7834円ウ死亡慰謝料合計3000万円 Aの慰謝料 2800万円 原告固有の慰謝料 200万円エ弁護士費用 395万7972円(被告の主張)ア Aの咽頭癌の病期はT2N2bM0(StageⅣA)であったところ,T2N+例の5年生存率は38%であり,1190日が経過した時点で生存率は50%であるから,平均余命を適用してAの逸失利益を算定することはできない。Aに期待することができる余命は,下咽頭癌と診断された日である平成2 存率は38%であり,1190日が経過した時点で生存率は50%であるから,平均余命を適用してAの逸失利益を算定することはできない。Aに期待することができる余命は,下咽頭癌と診断された日である平成24年4月6日を起算日として,3年3か月程度(1190日)にすぎない。 Aに年86万0094円しか収入がなかったのであれば,その全てを生活費として使用しなければ生活は成り立たないから,死亡逸失利益の算定における生活費控除率は100%である。 イ仮にAに痰による気道閉塞があった場合,管腔を塞ぐ部位に痰があれば少量の痰であっても気道閉塞は起きるから,被告病院の医療従事者が痰の吸引や去痰剤の投与を行ったとしても,気道閉塞を回避することはできなかった。 第3 当裁判所の判断 1 前提事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 Aが被告病院に入院するまでの経緯ア Aは,平成24年4月4日,左頸部腫瘤の精査加療のため,被告病院を受診し,同月10日,下咽頭癌(分類T2N2bM0,病期Stage4), イ Aは,平成24年4月23日,前記下咽頭癌等の放射線化学療法を目的として Aが被告病院に入院していた間の治療経過等ア化学療法の実施Aは,平成24年4月24日から同年5月2日まで及び同月28日から同年6月5日まで,抗がん剤の投与を受けた。(乙A5[31,60,103,135])イ放射線治療の実施Aは,平成24年4月25日から同年6月1日まで,全頸部から下咽頭にかけての放射線治療を受けた。同月4日にも放射線治療の実施が予定されていたが,粘膜炎の悪化により中止された。その後,放射線治療の再開が予定されていたが,後記のとおり同月10日にAの容態が急変したため,再開されなかった。(乙A4 4日にも放射線治療の実施が予定されていたが,粘膜炎の悪化により中止された。その後,放射線治療の再開が予定されていたが,後記のとおり同月10日にAの容態が急変したため,再開されなかった。(乙A4[56],A5[34,128,140],A7[12],弁論の全趣旨)ウクリーンルーム管理の実施等Aは,平成24年6月3日,骨髄抑制に伴う易感染状態となっていたため,Aの病室につきクリーンルーム管理が実施され,Aに対する面会の制限や,家族がAと面会する時にはマスクを着用させ,手指の消毒をさせる措置がとられた。(乙A5[122,130])平成24年6月6日,主治医の許可によりクリーンルーム管理は解除された。(乙A5[139,140])エ経管栄養の実施Aは,被告病院に入院した後,食事を経口摂取していたが,平成24年6月4日,誤嚥性肺炎の疑いにより絶飲食となり,経鼻胃管が挿入された。 Aは,同月5日,喉の疼痛により嚥下が困難であったため,同月10日ま での間,経管栄養(栄養剤メディエフの注入等)が実施された。(乙A5[127,129,132,136,148])オ放射線治療による副作用Aは,平成24年5月26日午前8時頃から家事都合により外泊し,同月27日午後6時41分頃に帰院した。(乙A5[96,100])平成24年5月28日から同年6月10日までの間,Aは,放射線治療の副作用により喉の粘膜炎を発症し,嚥下時の疼痛が継続していた。(乙A5[113,116,117,122,130,132,142,147,412ないし426])カ Aの痰喀出の状況等Aは,平成24年6月6日,咽頭ゴロ音があり,看護師の介助により含嗽をした後に粘稠痰を喀出した。(乙A5[139])Aは,平成24年6月7日にも,咽頭ゴロ音 6])カ Aの痰喀出の状況等Aは,平成24年6月6日,咽頭ゴロ音があり,看護師の介助により含嗽をした後に粘稠痰を喀出した。(乙A5[139])Aは,平成24年6月7日にも,咽頭ゴロ音があり,含嗽をした後に粘稠痰を喀出した。(乙A5[142])看護師は,平成24年6月10日午前9時にAの病室を訪問した際,Aに湿性咳嗽があり,Aに対して痰の喀出は可能かどうかを尋ねたところ,Aから,痰を喀出することができる旨の返答があった。(乙A5[163])キ Aの呼吸状態看護師は,Aが外泊から帰院した平成24年5月27日には午後7時にAの呼吸状態が正常であることを確認し,同月28日から同年6月10日午前6時までの間には,毎日1日当たり2ないし4回,Aの呼吸状態が正常であることを確認していた。(乙A5[411ないし426])ク AのSPO2(酸素飽和度)Aが外泊から帰院した平成24年5月27日から同年6月9日までの間,AのSPO2は95%未満になることはなかった。(乙A5[411な いし426])ケ Aの行動の管理平成24年5月28日から同年6月4日までのAの入院診療計画において,行動範囲については,点滴中はできる限り安静にし,病棟外へ出る際には申し出ることとされていた。(乙A4[33])平成24年6月5日から同月11日までのAの看護計画において,活動については,病室内で安静にし,医師の許可があれば室外に出ることができるとされていた。(乙A4[37])コ Aの活動状況等Aは,平成24年6月2日,看護師に対して倦怠感はないと述べたが,臥床して過ごしていた。(乙A5[117ないし119])Aは,平成24年6月3日午前8時,看護師に排尿を促されて,トイレに行ったが,倦怠感のため,同日はほと 護師に対して倦怠感はないと述べたが,臥床して過ごしていた。(乙A5[117ないし119])Aは,平成24年6月3日午前8時,看護師に排尿を促されて,トイレに行ったが,倦怠感のため,同日はほとんど臥床して過ごしていた。 Aが同日午後8時にトイレに向かって歩行した際にふらつきがあったため,尿器が病室に設置された。(乙A5[120,123])Aは,平成24年6月4日午前8時,倦怠感があり,同日午後5時51分,部屋から出ない旨を述べ,同日午後11時50分,倦怠感があり,ベッド上で側臥位になって過ごしていた。(乙A5[123,130,132])Aは,平成24年6月5日午後2時22分,倦怠感があり,日中のほとんどを臥床して過ごしていた。(乙A5[136])Aは,平成24年6月6日午前7時59分,倦怠感があり,臥床して過ごしていた。Aが臥床している時や含嗽している時に流涎があった。 同日午前7時50分に看護師がAの病室を訪問した際,Aに失禁があったため,看護師が介助してシーツや寝衣を交換し,おむつを装着した。 (乙A5[138]) Aは,平成24年6月6日午後1時5分,倦怠感があり,日中は臥床し閉眼して過ごし,看護師の問いかけに対して開眼して頷いたり,首を振ったりして返答し,動作は緩慢であった。(乙A5[139])Aは,平成24年6月7日午後0時33分,倦怠感があり,臥床して過ごし,室内洗面所まで移動するときにふらつきがあったが,看護師の見守りの下で歩行して移動した。(乙A5[142])Aが外泊から帰院した平成24年5月27日から同年6月9日までの間,Aは,同月6日午前10時には部分介助により歩行したが,それ以外の日については自立歩行していた。(乙A5[411ないし426])Aは,平成24年6月5日午 年5月27日から同年6月9日までの間,Aは,同月6日午前10時には部分介助により歩行したが,それ以外の日については自立歩行していた。(乙A5[411ないし426])Aは,平成24年6月5日午前9時30分頃,経管栄養が実施された後に大量の下痢をし,同日午後2時頃に少量の下痢をし,同月6日午後8時にも少量の下痢をした。(乙A5[136,141])Aは,平成24年6月4日から同月9日まで,抗菌薬マキシピームの投与を受けていた。(乙A5[128,131,135,137,138,140,142ないし145,147])Aが心肺停止状態で発見された状況等ア平成24年6月10日午前9時頃,看護師が回診をした際にAと会話しており,Aの意識状態に問題はなかった。(乙A5[157])平成24年6月10日午前9時25分,清掃員が掃除のためにAの病室を訪問すると異臭があり,トイレを確認すると,Aが便器にズボンをずらした状態で座っていた。清掃員は,看護師に対し,「誰かがトイレで寝ている。」と報告し,看護師がAの病室に行ったところ,Aがトイレの便器に座り,尿失禁がある状態で壁にもたれかかっていた。Aは,発見された際,意識がなく,泡状の痰を喀出しており,チアノーゼはなかったが,心肺が停止していた。看護師から連絡を受けた診察医は,Aに対し,心臓マッサージ等の蘇生処置を実施し,麻酔科医に応援を要請した。麻酔科医である C医師は,午前9時35分に到着し,Aの口腔内の痰を多量に吸引し,午前9時38分にAの気管内に挿管した。その気管内挿管の際,Aの喉頭蓋や気管内には黄白色の貯留液があった。午前9時39分,Aに失便があることが確認された。午前9時44分,Aは,心拍が再開したが,意識がなく,ICUに搬送された。 ,乙A5[157,158,1 の喉頭蓋や気管内には黄白色の貯留液があった。午前9時39分,Aに失便があることが確認された。午前9時44分,Aは,心拍が再開したが,意識がなく,ICUに搬送された。 ,乙A5[157,158,161])イ補足説明原告は,Aが発見された時の状態について,トイレで倒れている状態であったと主張しているところ,C医師は,Aがトイレにおいて心肺停止の状態で倒れている状態で発見されたと診療録に記載している(乙A5[158])。 しかし,C医師は,前記ア認定のとおり,Aが発見されてから約10分後にAの病室に到着したのであって,Aが発見された際の状況を自ら現認したわけではない。被告病院の診療録(乙5[161])には,清掃員からの報告を受けてAの病室に赴いたところ,Aが便器の上にズボンをずらした状態で座っていた旨の看護師による記載があり,看護師が自己の現認状況を誤って診療録に記録することは想定し難い。したがって,原告の前記主張は採用することができない。 Aの心肺停止の原因についての検査平成24年6月10日,心拍再開後のAに対して心エコー検査やCT検査が実施された結果,Aには右心系の負荷所見はなく,壁運動は良好であり,急性心筋梗塞(AMI)や肺血栓塞栓症(PE)を疑わせる所見や脳出血,低酸素脳症,肺炎の所見もなかった。(乙A5[157,158],A8)被告病院の医師の説明等ア平成24年6月10日,C医師は,原告に対し,Aの心肺停止の原因について,痰や経腸栄養剤を誤嚥して窒息したために心肺停止になった可能 性が最も高いと考えられることなどを説明した。 (乙A5[157,158])イ平成24年6月11日,原告はB医師に対してAが心肺停止となった原因について尋ねたところ,B医師は,①心エコーやCT検査等 最も高いと考えられることなどを説明した。 (乙A5[157,158])イ平成24年6月11日,原告はB医師に対してAが心肺停止となった原因について尋ねたところ,B医師は,①心エコーやCT検査等を行ったが,明らかな原因は見当たらなかったこと,②Aの気管に挿管した際に粘稠痰が貯留していたこと,③その粘稠痰は心肺停止後に貯留したものかもしれないため断定することはできないが,痰による気道閉塞である可能性が高いことを説明した。(乙A5[172])Aの血液検査の結果ア平成24年6月10日の血液検査(Aがトイレで心肺停止の状態で発見される前に採血された血液によるもの)の結果,Hb値(基準値は13. 2~17.2g/dL[以下,単位は省略する。])は14.0,Ht値(基準値は40.4~51.1%[以下,単位は省略する。])は44.7であった。これらの数値は,Aが被告病院に入院した後におけるHb値及びHt値のうち,最も高い数値であった。(乙A5[444ないし469])イ AのBUN値(基準値は8~22mg/dL[以下,単位は省略する。])の推移については,平成24年4月24日が16,同月29日が24,同月30日が24,同年5月1日が23,同月2日が19,同月3日が16,同月5日が20,同月7日が20,同月10日が16,同月14日が13,同月17日が16,同月21日が18,同月28日が18,同月31日が14,同年6月2日が19,同月3日が23,同月4日が20,同月5日が16,同月6日が25,同月7日が33,同月9日が49であった。(乙A5[444ないし469])ウ AのCr値(基準値は0.60~1.10mg/dL[以下,単位は省略する。])の推移については,平成24年4月24日が0.88,同月29日が0.85,同月30日が0.84, 4ないし469])ウ AのCr値(基準値は0.60~1.10mg/dL[以下,単位は省略する。])の推移については,平成24年4月24日が0.88,同月29日が0.85,同月30日が0.84,同年5月1日が0.95,同月2日が1.07,同月3日が0.99,同月5日が1.00,同月7日が 1.06,同月10日が1.00,同月14日が0.97,同月17日が0.89,同月21日が0.95,同月28日が0.94,同月31日が0.92,同年6月2日が0.93,同月3日が1.05,同月4日が1. 07,同月5日が0.97,同月6日が1.09,同月7日が1.05,同月9日が1.04であった。(乙A5[444ないし469])エ平成24年6月11日,AのDダイマー値(上限値は1.0μg/mL[以下,単位は省略する。])は,22.0であった。(乙A5[472])オ Aが心肺停止状態で発見された直後である平成24年6月10日午前9時40分に採血された血液による検査の結果,PO2(基準値は80~100mmHg程度)は183.2mmHg,Hb値は10.9,Ht値は31.1であった。(乙A4[48],弁論の全趣旨)Aの死亡Aは,平成24年6月22日深夜から血圧が低下し,同日午前6時57分に死亡した。B医師は,Aの直接死因を下咽頭癌であると診断した。(前提事 医学的知見ア窒息関係経鼻胃管挿入術においては,チューブが咽頭を経由するため,喀痰がチューブにからまり排痰しにくく,重篤な誤嚥性肺炎を生じることがある。(甲B4)癌の放射線治療による主な急性有害事象として,粘膜炎や皮膚炎があり,治療開始後3週間目程度から現れ,治療終了後1か月程度までに軽快する。 喉に放射線を照射した場合における主な急性有害事象として,咽喉 の放射線治療による主な急性有害事象として,粘膜炎や皮膚炎があり,治療開始後3週間目程度から現れ,治療終了後1か月程度までに軽快する。 喉に放射線を照射した場合における主な急性有害事象として,咽喉頭や食道の粘膜炎があり,痰がからむ,飲み込むときに食物がつかえる感じがあるなどの症状が現れる場合がある。(甲B2) ゴロ音とは,呼吸時に気管に痰がからんだ際に生じる貯痰音であり,主な原因は喀痰の排泄ができないことにある。(甲B3)呼吸器官の内部の表面には,吸い込んだ空気中に含まれる塵や異物等をとらえて気管や肺の奥深くに入らないように働く分泌物があり,塵や異物等をとらえた余剰な分泌物が痰となる。気管内部の表面では,分泌物が気管の奥深くに入らないように,喉の方に押し上げる動きをしており,気管から喉の部分まで押し上げられた分泌物は,通常,無意識のうちに食道の方に飲み込まれる。 痰の貯留により気道が閉塞している場合には,呼吸の苦しさや呼吸の仕方の変化があり,顔色が青紫色っぽく変化し,窒息する可能性がある。 痰が増加する原因としては,呼吸器官における感染,誤嚥性肺炎,体が異物と判断する治療器具等が口や鼻から入れっ放しになっていることなどが考えられる。(甲B5)イ肺血栓塞栓症関係肺動脈内腔に一次性に形成された血栓により閉塞された病態を肺血栓症,静脈系から肺動脈へ流入した物質により肺動脈が閉塞された病態を肺塞栓症といい,両者をまとめて肺血栓塞栓症という。肺血栓塞栓症の原因のほとんどは深部静脈血栓症であり,肺血栓塞栓症は深部静脈血栓症の合併症ともいえることから,肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症を併せて静脈血栓塞栓症という。 肺血栓塞栓症は,起立,歩行又は排便等の際に下肢の筋肉が収縮し,静脈還流量が増加することにより,主 脈血栓症の合併症ともいえることから,肺血栓塞栓症と深部静脈血栓症を併せて静脈血栓塞栓症という。 肺血栓塞栓症は,起立,歩行又は排便等の際に下肢の筋肉が収縮し,静脈還流量が増加することにより,主に下肢や骨盤内の深部静脈に生じた血栓が遊離して肺動脈を塞栓することにより発症すると考えられている。(甲B6,7,14,15,乙B22)急性肺血栓塞栓症の好発年齢については,若年者は少なく,60歳代から70歳代が最も多い。 血栓形成の要因としては,血流の停滞,血管内皮障害,血液凝固能の亢進が重要である。血流の停滞に関連する肺血栓塞栓症の具体的な危険因子としては長期臥床等が挙げられ,血液凝固能の亢進に関する肺血栓塞栓症の具体的な危険因子としては悪性腫瘍,薬物(経口避妊薬やエストロゲン製剤など),感染症,脱水等が挙げられる。 静脈血栓塞栓症の中等度のリスクレベルに属する危険因子として,高齢,長期臥床,悪性疾患,癌化学療法,重症感染症等が挙げられ,弱いリスクレベルに属する危険因子として,脱水が挙げられる。 肺血栓塞栓症は,安静解除後の起立,歩行,排便又は排尿に伴って発症することが多い。(甲B7,11の2・4) 脱水とは,体液量すなわち細胞外液量が減少した状態であり,体液の主要成分である水や溶質(特にナトリウム)が失われた状態である。 水欠乏性脱水については,体重の2%前後の脱水(約1~2Lの水欠乏)は軽症,体重の6%前後の脱水(約3~5Lの水欠乏)は中等症,体重の8~14%の脱水(約5~10Lの水欠乏)は重症とされる。 水分欠乏量は,「健常時体重×0.6×(1-健常時Ht値/現在のHt値)」という計算式を目安として求められる。 ヘモグロビン(Hb)値やヘマトクリット(Ht)値は,単位容積当たりの赤血球の量を示すも 分欠乏量は,「健常時体重×0.6×(1-健常時Ht値/現在のHt値)」という計算式を目安として求められる。 ヘモグロビン(Hb)値やヘマトクリット(Ht)値は,単位容積当たりの赤血球の量を示すものであり,脱水を起こし血液が濃縮している場合には上昇する。脱水が高度となり腎血流量が低下すると,血中尿素窒素(BUN)値が上昇する。BUN値/クレアチニン(Cr)値の比(基準値は約10)が10を上回る場合は,脱水であることが多い。(甲B6,8ないし10)肺血栓塞栓症の診断においては,心エコー検査,動脈血ガス検査,Dダイマー検査等が用いられるが,肺血栓塞栓症の確定診断は,造影CT(MDCT),肺シンチグラフィ,肺動脈造影のいずれか又は組合わせ により行われる。 心エコー検査の結果が陽性でなかったとしても,肺血栓塞栓症を否定することはできないが,心エコー検査は肺血栓塞栓症の診断のみならずその重症度の判定等にも有用である。心エコー検査の結果,肺動脈内に血栓を検出すれば肺血栓塞栓症の診断が確定する。肺血栓塞栓症のほとんどの例において右室拡大と心室中隔の扁平化が認められるため,右心負荷所見(右室の拡張,壁運動の異常,心室中隔の扁平化・平坦化・奇異性運動,左室側への偏位等)があれば肺血栓塞栓症の可能性が高まり,右心負荷所見がなければ肺血栓塞栓症以外の原因を検索する。 単純CT検査の結果,右心室直径の左心室直径に対する比率が1.0以上である場合には右心室機能障害が生じている。 肺血栓塞栓症のCT所見として,肺動脈の変化(肺動脈内造影欠損,肺動脈径の変化)や肺野及び胸膜の変化(肺野の透過性の亢進,肺出血や壊死,胸水や胸膜の肥厚)がある。肺動脈の変化については,単純CT検査において,新鮮血栓が高吸収域として描出されることがあり,中枢側の 脈径の変化)や肺野及び胸膜の変化(肺野の透過性の亢進,肺出血や壊死,胸水や胸膜の肥厚)がある。肺動脈の変化については,単純CT検査において,新鮮血栓が高吸収域として描出されることがあり,中枢側の肺動脈の拡大が捉えられることがある。また,肺野及び胸膜の変化については,単純CT検査において,透過性の亢進や病変の中枢側に拡張した肺血管影等が捉えられる。 動脈血ガス検査における結果が陽性でなかったとしても,肺血栓塞栓症を否定することはできないが,動脈血ガス検査において,PaO2(PO2)の低下や低酸素低炭酸ガス血症がある場合には肺血栓塞栓症の疑いが高まる。 Dダイマーは,肺血栓塞栓症以外にも多くの増加原因があり,高値であることをもって肺血栓塞栓症の診断をすることは困難であるが,正常値を示した場合には肺血栓塞栓症を否定することができるため,Dダイマー検査は除外診断法として有用である。(甲B13,15,乙B13, 14,15の1・2,16ないし18)心肺停止で発症する急性肺血栓塞栓症のほとんどは,肺動脈本幹の閉塞と考えられ,心臓マッサージを行うことにより,本幹に存在していた血栓を肺動脈末梢に移動させることができれば,肺動脈の血流を回復して救命することができると考えられている。(甲B16)ウ排便時における心停止に関する知見排便時のバルサルバ法(随意的な努責の結果,声門が閉鎖して,腹腔・胸腔の内圧が上昇する事象)は,血圧の急上昇や冠動脈血流速度の減少,脳血流の減少を引き起こすことがある。徐脈等の心臓の調律障害がバルサルバ法を行った人に見られたという報告例がある。心血管系に有害な影響を与える排便時のバルサルバ法は,排便時における失神や死亡の原因となる。非外傷性心停止はトイレで起こる頻度が高い。(乙B4の1・2,5の 法を行った人に見られたという報告例がある。心血管系に有害な影響を与える排便時のバルサルバ法は,排便時における失神や死亡の原因となる。非外傷性心停止はトイレで起こる頻度が高い。(乙B4の1・2,5の1・2) 被告病院の医師及び看護師がAの呼吸機能等を確認し,痰の詰まりによる窒息を防止する注意義務に違反したかどうか)について Aの心肺停止の原因及び死因についてア原告は,Aは経管栄養や放射線治療の影響により,嚥下が困難であるとされていたこと,Aには多量の粘稠痰が生じ,痰がからんでいたことから,Aには自ら痰を排出する能力がなかったと主張する。 一般に,経鼻胃管挿入術においては,チューブが咽頭を経由するため,喀痰がチューブにからまり排痰しにくく,重篤な誤嚥性肺炎を生じること痰が増加する原因として,呼吸器官における感染,誤嚥性肺炎,体が異物と判断する治療器具等が口や鼻から入れっ放しになっていることが考えられているところAは,平成24年6月4日に誤嚥性肺炎が疑われて経鼻胃管が挿入され,同月10日までの間,経管栄養を受けていたこと Aには,誤嚥性肺炎が疑われて経鼻胃管が挿入されていた同月4日頃から痰が増加していた可能性がある。 また,一般に,喉の癌の放射線治療による急性有害事象である咽喉頭や食道の粘膜炎は,痰がからむなどの症状を生じる場合があるとされるとこAは,平成24年4月25日から同年6月1日までの間,全頸部から下咽頭にかけての放射線治療を受けていたことイ),Aは,同年5月28日から同年6月10日までの間,放射線治療の副作用により喉の粘膜炎を発症し,嚥下時の疼痛が継続したことオ),Aは,同月5日には,喉の疼痛により嚥下が困難とされていたこと(前からすると,Aには,痰がからむなどの症状が発生していた可能 治療の副作用により喉の粘膜炎を発症し,嚥下時の疼痛が継続したことオ),Aは,同月5日には,喉の疼痛により嚥下が困難とされていたこと(前からすると,Aには,痰がからむなどの症状が発生していた可能性がある。 しかし,放射線治療や経管栄養が開始された後,Aが被告病院の医師又は看護師に対して痰がからむなど痰を容易に喀出することができない旨の症状を訴えていたことを窺わせる診療録(乙A5)の記載はなく,他に,Aに多量の粘稠痰が生じていたことを認めるに足りる証拠はない。また,痰がからんだり,嚥下が困難であったという症状があるだけでは,Aに自ら痰を排出する能力がなかったとまでは認められない。 なお,一般に,経管栄養が開始されて消化管を使い始めると,迷走神経の作用により唾液が増えるため,痰が増えやすくなると考えられているが(甲B1),前記のとおり,Aに痰がからむなどの症状が現れていたとは認められないから,このことは,Aが痰を自ら排出することができなかったことを裏付けるものであるとは認められない。 これらによれば,Aは,経管栄養や放射線治療の影響によるものと考えられる喉の疼痛により嚥下が困難,多量の粘稠痰が生じ,痰がからむ症状が現れていたことや,Aに自ら痰を排出する能力がなかったことを認めることはできない。 イ原告は,Aには平成24年6月6日及び同月7日に,痰がからんで含嗽後に粘稠痰を喀出しており,自ら痰の排泄ができないことを主な原因とする咽頭ゴロ音(甲B3)があったことや,Aがティッシュを口の奥に突っ込んでぬぐうようにして痰をとっていたことからすれば,同月6日時点で多量の痰が生じており,Aには自ら痰を排出する能力はなかったと主張する。 ゴロ音は,呼吸時に気管に痰がからんだ際に生じる貯痰音であり,主な及び同月7日 とっていたことからすれば,同月6日時点で多量の痰が生じており,Aには自ら痰を排出する能力はなかったと主張する。 ゴロ音は,呼吸時に気管に痰がからんだ際に生じる貯痰音であり,主な及び同月7日の時点でAには咽頭ゴロ音が現れていたことが認められる。しかし,ゴロ音があるからといって,Aが,含嗽や咳嗽等により積極的に痰を排出することができなかったと認めることはできない。また,Aがティッシュを口の奥に突っ込んでぬぐうようにして痰を取っていたことを認めるに足りる証拠はない。 したがって,原告の前記主張は採用することができない。 かえって,Aは,平成24年6月6日,看護師の介助により含嗽をした後に粘稠痰を喀出し,同月7日,含嗽をした後に粘稠痰を喀出しており(前当時,含嗽をすることにより自ら粘稠痰を排出することができた。また,看護師は,同月10日午前9時にAの病室を訪問した際,Aに湿性咳嗽があり,Aに対して痰の喀出は可能かどうかを尋ねたところ,Aから痰を喀出できる旨の返答があった)。これらによれば,Aは,少なくとも同月6日から同月10日午前9時までの間,自ら痰を排出する能力を有していたことが認められる。 ウ原告は,Aがトイレで心肺停止の状態で発見されたときの状況や,被告病院の医師がAの心肺停止の原因について痰による気道閉塞である可能性が高いと説明したことからすれば,Aは痰を誤嚥して喉に詰まらせて窒息したと主張する。 Aは,トイレで心肺停止の状態で発見された際,泡状の痰を喀出しており,口腔内から多量の痰が吸引され,喉頭蓋や気管内に黄白色の貯留液があったア)。そして,C医師は,原告に対し,Aの心肺停止の原因について,痰や経腸栄養剤を誤嚥したことによる窒息の可能性が最も高いと考えられると説明し,B医師も, ,喉頭蓋や気管内に黄白色の貯留液があったア)。そして,C医師は,原告に対し,Aの心肺停止の原因について,痰や経腸栄養剤を誤嚥したことによる窒息の可能性が最も高いと考えられると説明し,B医師も,原告に対し,Aの気管に挿管した際に貯留していた粘稠痰は心肺停止後に貯留したものかもしれず,痰による気道閉塞であると断定することはできないが,その可能性が高いと説明したこれらは,原告の前記主張に沿うものであるということができる。 しかし,C医師及びB医師は,気道閉塞の可能性があることを説明したにとどまるのであって,上記のような説明をしたからといって,当時,それ以外の可能性を否定していたとみることはできない。D医師は,鑑定意見書(甲B6)において,担当医師がAの気管内に挿管した時に喉頭蓋や気管内に見られた黄白色の貯留物は,心肺蘇生時に口腔内に逆流した胃の内容物であった可能性が高いと指摘している。 一般に,痰により気道が閉塞している場合には,呼吸の苦しさ等があり,Aは,心肺停止状態で発見された際,トイレの便器にズボンをずらした状態で座って壁にもたれかかっており,チアノーゼはなかったことが認められア),Aが発見された際の状況は,気道閉塞により窒息した場合に想定される状況と整合しない。 これらによれば,Aが痰を誤嚥して喉に詰まらせて窒息したという原告の主張は採用することができない。 エ原告は,Aは,トイレで心肺停止の状態で発見された後に失便があったから,排便時のいきみによる静脈還流の減少や迷走神経反射による心肺停止の可能性は,痰が気道を閉塞したことによる心肺停止の可能性よりも著 しく低いと主張する。 しかし,平成24年6月10日午前9時25分,清掃員が掃除のためにAの病室を訪問すると異臭があり,トイレを確認した を閉塞したことによる心肺停止の可能性よりも著 しく低いと主張する。 しかし,平成24年6月10日午前9時25分,清掃員が掃除のためにAの病室を訪問すると異臭があり,トイレを確認したところ,Aを発見したのであるア)から,Aがトイレで発見された時点で既に失便があったと認められる。そして,排便時のいきみが,血圧の急上昇や冠動脈血流速度の減少,脳血流の減少を引き起こし,徐脈等の心臓の調律障害が起き,排便時における失神や死亡の原因となり得ること,非外傷性心停止はトイレで起こる頻度が高いとされていウ)からすれば,Aが心肺停止状態となった原因が排便時のいきみである可能性を否定することはできない。 オ以上によれば,Aが痰を誤嚥して喉に詰まらせたことにより窒息し,心肺停止に至ったとは認められない。 なお,D医師は,鑑定意見書(甲B6)において,①気管内挿管時に見られた異物は心肺蘇生により口腔内に逆流した胃内容物である可能性が高いこと,②Aは意識が清明で,自力でトイレまで歩行することができ,喀痰を自ら喀出することができたこと,③Aは喀痰を自ら排出することができる患者であって,大量の喀痰があるために頻回の吸引が必要とされる患者ではなかったことなどを理由に,心肺停止の原因が誤嚥による窒息である可能性は考え難いとの見解を示している。Aが痰を誤嚥したことにより窒息し,心肺停止に至ったという原告の主張は,自らが提出する証拠と整合しないものといわざるを得ない。 したがって,Aの心肺停止の原因が痰を喉に詰まらせたことによる窒息であることを前提として被告病院の医師及び看護師に注意義務違反があったとする原告の主張は,その前提を欠くから,採用することができない。 被告病院の医師及び看護師は,Aの肺血栓塞栓症を防止するための措置をすべき して被告病院の医師及び看護師に注意義務違反があったとする原告の主張は,その前提を欠くから,採用することができない。 被告病院の医師及び看護師は,Aの肺血栓塞栓症を防止するための措置をすべき注意義務に違反したかどうか)について Aの心肺停止の原因及び死因についてア原告は,Aには肺血栓塞栓症について複数の危険因子があったこと,Aは,肺血栓塞栓症が発症しやすい状況とされるトイレの個室で心肺停止に陥ったことからすると,Aが心肺停止に陥り死亡した原因は肺血栓塞栓症であると主張する。そして,D医師は,鑑定意見書(甲B6)において,Aには,高齢,悪性腫瘍,化学療法,ほとんど寝たきりの状態,感染症,脱水といった肺血栓塞栓症の危険因子があることや,トイレへ歩行した後に突然心肺停止に陥ったという状況からすれば,肺血栓塞栓症が最も考慮されるべき死因であるとの見解を述べている。 イまず,Aに肺血栓塞栓症の危険因子があったかどうかについて検討する。 一般に,①肺血栓塞栓症の好発年齢は60歳代から70歳代であり,肺血栓塞栓症の危険因子としては,②悪性腫瘍,③薬物,④長期臥床,⑤感染症,⑥脱水等が挙げられてい これを本件についてみると,Aは,平成24年6月当時71歳であったからたということができる。Aは,同年4月10日に下咽頭癌と診断されているからの危険因子があったということができる。Aは,癌化学療法を受けキシピームの投与を受けていたから),の危険因子があったということができる。Aは,同年6月4日に誤嚥性肺炎が疑われていたから子があったということができる。 脱水については,水分欠乏量は,「健常時体重×0.6×(1-健常時Ht値/現在のHt値)」という計算式を目安として求め),BUN値が基準値内にあっ れていたから子があったということができる。 脱水については,水分欠乏量は,「健常時体重×0.6×(1-健常時Ht値/現在のHt値)」という計算式を目安として求め),BUN値が基準値内にあった平成24年6月5日のHt値は30.2であり(乙A5[465]),同月10日 にAら,同月5日のHt値を健常値とみると,水分欠乏量は約19.5%と算出される。同年4月24日のHt値は37.1であり(乙A5[444]),これを健常値とした場合は,水分欠乏量は約10.2%と算定される。また,同年6月9日におけるAのBUN値は49であり,Cr値は1.04であったから比は,脱水の基準値である10を大きく超えていたことが認められる。 これらによれば,Aことができる。 Aは,心肺停止の状態となった平成24年6月10日の2週間前である同年5月26日に外泊していたこと,Aは,同年6月2日から同月9日までの間,おおむね倦怠感があり,臥床して過ごしていたが,同月3日にはふらつきがあったもののトイレまで歩行し,同月7日にもふらつきがあったが,看護師の見守りの下で室内洗面所まで歩行したこと(前記1,Aは,同年5月28日から同年6月4日までの間,行動範囲について,点滴中はできる限り安静にすることが求められていたが,申し出れば病棟外へ出ることができたこと月5日から同月11日までの看護計画においては,病室内で安静にすることが求められていたが,Aは,医師の許可を得れば室外に出ることができたこと,Aが外泊から帰院した同年5月27日から同年6月9日までの間,Aは,同月6日に部分介助により歩行したことがあったが,それ以外の日については自立歩行していたこと(前記1)が認められる。これらによれば,Aがほぼ寝たきりの長期臥床状態であったとは認められない。 ,Aは,同月6日に部分介助により歩行したことがあったが,それ以外の日については自立歩行していたこと(前記1)が認められる。これらによれば,Aがほぼ寝たきりの長期臥床状態であったとは認められない。 したがって,Aは,高齢,悪性腫瘍,薬物,感染症,脱水という肺血 栓塞栓症の危険因子を有していたと認められる。 また,肺血栓塞栓症は,安静解除後の起立,歩行,排便又は排尿に伴って発症することが多いAが心肺停止の状態となった場所であるトイレは,肺血栓塞栓症を発症することが多い傾向にある場所であったといえる。 ウしかし,肺血栓塞栓症のほとんどの例において右室拡大と心室中隔の扁平化が認められるため,右心負荷所見があれば肺血栓塞栓症の可能性が高まり,右心負荷所見がなければ肺血栓塞栓症以外の原因を検索するとされ蘇生処置後のAに対して心エコー検査やCT検査が実施された結果,Aには右心系の負荷所見はなく,壁運動は良好であり,肺血栓塞栓症(PE)を疑わせる所見はなかったことが認められる。これによれば,Aが心肺停止に陥った当時,Aが肺血栓塞栓症を発症していたかどうかを鑑別する上で重要とされている臨床所見が現れていなかったから,Aが肺血栓塞栓症を発症していない可能性が高いということができる。なお,D医師の鑑定意見書(甲B6)には,Aに右心系の負荷所見がなかったことと肺血栓塞栓症の発症との間の関係をどのように理解するかについて,特段の言及はされていない。 また,動脈血ガス検査において,PaO2(PO2)の低下や低酸素低炭酸ガス血症がある場合には肺血栓塞栓症の疑いが高まるとされているとこ平成24年6月10日にAが心肺停止状態で発見された後に採血されたAの血液検査の結果,PO2は183.2mmHgであり,基準値を大きく超える値であったこと 肺血栓塞栓症の疑いが高まるとされているとこ平成24年6月10日にAが心肺停止状態で発見された後に採血されたAの血液検査の結果,PO2は183.2mmHgであり,基準値を大きく超える値であったことが認められる。 これによれば,Aの血液ガス所見は,肺血栓塞栓症の発症を疑わせるものではなかったということができる。 他に,Aが肺血栓塞栓症を発症したことを疑わせる具体的な所見が現れていたことを裏付ける証拠はないことを併せ考慮すると,Aには肺血栓塞 栓症を発症するリスクが存在していたが,Aが心肺停止に陥った時点で肺血栓塞栓症を発症していたとは認められない。 エこの点について,平成24年6月11日時点のAのDダイマー値は22. 0であり,基準値を大きく超える高値であったところ,D医師は,鑑定意見書(甲B6)において,心肺蘇生後のDダイマー値が高値であったことは,心肺停止の原因が肺血栓塞栓症であったことを支持するものであると指摘している。 しかし,Dダイマーは,肺血栓塞栓症以外にも多くの増加原因があり,高値であることをもって肺血栓塞栓症の診断をすることは困難であるが,正常値を示した場合には肺血栓塞栓症を否定することができるため,Dダイマー検査は除外診断法として有用であるとされていることからすると,Dダイマーが高値を示したこと自体は,Aが肺血栓塞栓症を発症したことを裏付けるものであるとは認められない。 オ D医師は,鑑定意見書(甲B6)において,肺血栓塞栓症の場合には,単純CT検査ではなく造影CT検査が実施されなければ診断は困難であると指摘している。 しかし,肺血栓塞栓症の場合には,肺動脈の変化(肺動脈内造影欠損,肺動脈径の変化)や肺野及び胸膜の変化(肺野の透過性の亢進,肺出血や壊死,胸水や胸膜の肥厚)があること,肺動脈の変 と指摘している。 しかし,肺血栓塞栓症の場合には,肺動脈の変化(肺動脈内造影欠損,肺動脈径の変化)や肺野及び胸膜の変化(肺野の透過性の亢進,肺出血や壊死,胸水や胸膜の肥厚)があること,肺動脈の変化については,単純CT検査において,新鮮血栓が高吸収域として描出されることがあり,中枢側の肺動脈の拡大が捉えられることがあること,肺野及び胸膜の変化については,単純CT検査において,透過性の亢進や病変の中枢側に拡張した肺血管影等が捉えられることが認められ,これらによれば,肺血栓塞栓症の診断において,単純CT検査が有用ではないということはできない。 カ以上によれば,Aが平成24年6月10日に心肺停止となった原因が肺 血栓塞栓症であると認めることはできない。 したがって,被告病院の医師及び看護師が,肺血栓塞栓症の発症を防止するため,Aに対して水分管理,弾性ストッキングの使用及び間欠的空気圧迫法を実施する注意義務に違反したという原告の主張は,その前提を欠くから,採用することができない。 なお,内科領域においては,原則として臥床を要する症例が静脈血栓塞栓Aは,寝たきりの状態になかったから,静脈血栓塞栓症の予防を要する状態にあったとは認められない。被告病院の医師及び看護師がAに対して肺血栓塞栓症の発症を予防する措置をとるべき注意義務に違反したという原告の主張は,この点からも採用することができない。 4 結論以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求は理由がないからこれらをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。 広島地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官龍見昇 裁判官丹羽 決する。 広島地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官 龍見昇 裁判官 丹羽敦子 裁判官 加藤弾

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