主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告が原告に対し平成9年4月2日付けでした労働者災害補償保険法による障害給付の支給に関する処分を取り消す。 第2 事案の概要 1 事案の概要本件は、原告が、被告に対し、被告が平成9年4月2日付けでした労働者災害補償保険法による障害給付の支給に関する処分について、原告に残存する障害の程度の認定を誤った違法があると主張して、その取消しを求める事案である。 2 争いのない事実等(証拠により認定した事実は、その証拠を記載した。)(1) 原告は、昭和18年1月13日生まれの女性であり、札幌市中央区所在の医療法人シオンに勤務していたが、平成3年10月22日、自宅から勤務先に自転車で出勤する途上、札幌市a区b条c丁目d番の交差点を横断中、左側から走行してきたタクシーと衝突して負傷した(以下、この事故を「本件事故」という。)。 (2) 原告は、この負傷の治療のため、伊藤整形外科病院等に通院した後、平成3年11月6日から、医療法人医仁会中村記念病院(以下「中村記念病院」という。)脳外科に入通院して治療を受けた。同病院では、平成3年当時は、頭部外傷、頸椎捻挫、外傷性頸肩腕症候群等と診断された。(甲7)(3) 中村記念病院神経内科のA医師は、平成6年4月30日、本件事故による原告の症状が同日固定したと診断した。同医師による同日の診断によれば、原告の傷病名は腕神経叢(下神経幹)損傷、反射性交感神経ジストロフィー(以下「RSD」という。)であり、自覚症状として両手の脱力、しびれ、感覚低下、皮膚色の変化、頸部痛があり、頸椎部の運動障害と上肢の関節機能の障害(可動域制限)も認められた。(甲9、乙5)なお、A医師が死亡したため、中村記念病院神 覚症状として両手の脱力、しびれ、感覚低下、皮膚色の変化、頸部痛があり、頸椎部の運動障害と上肢の関節機能の障害(可動域制限)も認められた。(甲9、乙5)なお、A医師が死亡したため、中村記念病院神経内科における原告の治療は、平成7年か平成8年頃、同科B医師が引き継いだ。 (4) 原告は、平成6年11月4日、被告に対し、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)22条の3に基づき、障害給付の請求をしたところ、被告は原告に対し、平成9年4月2日付けで、原告が通勤中の本件事故により罹患した傷病は平成6年4月30日に症状固定し、症状固定時に残存する障害の程度は障害等級第9級の7の2に該当すると認定し、原告が自動車損害賠償責任保険から支払を受けた後遺障害第12級相当分(逸失利益相当額133万円)と調整した差額50万6136円を支給する旨の処分をした(以下「本件処分」という。)。 (5) 原告は、本件処分を不服として、北海道労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたが、同審査官は、平成9年10月27日付けで棄却する決定をした。原告は、この決定を不服として、労働保険審査会に再審査請求をしたが、同審査会は、平成11年7月26日付けで棄却する裁決をし、その裁決書は平成11年8月11日に原告に到達した。 3 争点本件事故による原告の傷病の症状が固定したとき、この傷病に起因する原告の身体に存する障害(以下「原告の残存障害」という。)は、障害等級第9級を超えないものであるか否か。 (1) 原告の主張ア原告の傷病名原告が本件事故により罹患した傷病は、A医師が平成6年4月30日に診断したとおり、腕神経叢損傷及びRSDである。 A医師を引き継いで原告の治療を担当したB医師も、平成9年1月16日付け「医師意見聴取書」(乙6)等において、繰り返し、原告の が平成6年4月30日に診断したとおり、腕神経叢損傷及びRSDである。 A医師を引き継いで原告の治療を担当したB医師も、平成9年1月16日付け「医師意見聴取書」(乙6)等において、繰り返し、原告の傷病を、腕神経叢損傷及びRSDとしている。 イ平成6年4月30日時点の残存障害の程度原告の残存障害は、症状固定時である平成6年4月30日当時において、すでに障害等級第2級2の2「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し随時介護を要するもの」に該当する。 ウ平成6年4月30日以降の症状仮に、平成6年4月30日当時の原告の残存障害が障害等級第2級2の2に該当しないとしても、原告が本件事故により罹患した傷病はRSDであり、RSDは病状が絶えず進行し、悪化していく病気であるから、障害等級の認定にあたっては、原告の病状が悪化していくことを前提とすべきであり、審査の最終段階における症状をもって症状固定時の症状として容認することができる。 A医師は平成6年4月30日に「症状は固定し寛解の見通しはない」と診断しているが、これは「悪化することがあっても、寛解の見通しはない」と理解することができる。 平成6年4月30日以降、原告の症状は年々悪化し、平成10年には、両上肢において筋力低下が著しく、特に右上肢は手指が随意性なく廃用手であり、左上肢も筋力低下顕著で5キログラム以上のものを持つことができないと診断された。現在の原告の症状は、手指の感覚がなく、腕が非常に冷たく、咳をしただけで鎖骨から両腕にかけてひどくしびれ、特に右手がしびれ、痛み(風にあたると灼熱を感じる)が強く、動かすことができず、機能は全くない。左手についても相当程度の機能喪失状態にある。日常生活に必要な作業を行うことはできないし、働くこともできない。 したがって、原告の残存障害は、障害 る)が強く、動かすことができず、機能は全くない。左手についても相当程度の機能喪失状態にある。日常生活に必要な作業を行うことはできないし、働くこともできない。 したがって、原告の残存障害は、障害等級第2級2の2「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し随時介護を要するもの」に該当する。 (2) 被告の主張ア原告の傷病名原告の傷病名を腕神経叢損傷及びRSDとする診断には疑義がある。仮に、原告がRSDであるとしても、その程度は軽度であると判断される。 イ症状固定の時期と平成6年4月30日以降の症状原告の症状は、平成6年4月30日の時点において、既に慢性症状が持続していて医療効果を期待し得ない状態に至っていて、症状が固定したと認められる。 労災保険において、症状固定とは、傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしてもその効果が期待し得ない状態で、かつ、残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達したときをいい、障害程度の評価は、原則として療養効果が期待し得ない状態となり、症状が固定したときにこれを行うこととなっている。原告が、残存障害の評価について、審査の最終段階における症状をもって判断すべきであると主張するのは、独自の見解であり失当である。 なお、原告の右上肢及び頸部関節の可動域が、平成6年4月30日以降、経年的に悪化していることは認めるが、本件事故に起因する原告の残存障害が進行、悪化したものではない。 ウ平成6年4月30日時点の原告の残存障害の程度等平成6年4月30日時点の原告の状態は、主として、右上肢の脱力、しびれ、感覚低下等の神経症状と、右手関節の機能制限である。頸部の疼痛は主訴のみである。これによれば、残存障害の程度は「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し随時介護を要す として、右上肢の脱力、しびれ、感覚低下等の神経症状と、右手関節の機能制限である。頸部の疼痛は主訴のみである。これによれば、残存障害の程度は「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し随時介護を要するもの」程度に至らないのは明らかであり、障害等級第9級を超えない。 その後の症状をみても、①両上肢の疼痛等の神経症状については、右上肢は「局部にがん固な神経症状を残すもの」(障害等級第12級の12)に、左上肢は「局部に神経症状を残すもの」(障害等級第14級の9)に該当し、疼痛の影響を最大限に認定したとしても「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」(障害等級第9級の7の2)を超えない。 ②両上肢の関節の運動障害については、関節角度測定値は経年的に悪化しているが、関節可動域の悪化については、本件事故に起因するとは認められないから、機能障害として評価することはできない。③頸部の疼痛及び運動障害については、頸部に器質的損傷はなく、疼痛からの運動制限に伴っておこった頸部筋萎縮が運動障害に関与していると認められるが、何らかの心因的影響も考えられ、本件事故による頸椎捻挫によって生じたとしても、その程度はさほどのものとは考えがたく、障害等級に該当するほどのものではない。したがって、疼痛の影響を最大限に認定したとしても、障害等級第9級を超えない。 第3 当裁判所の判断 1 原告の傷病名についてまず、本件事故によって原告が罹患した傷病が何であるかを判断する。 (1) RSDの病体、診断基準等証拠(乙15の2、20、証人B医師)によれば、RSDに関して次の事実が認められる。 ア RSDとは、交感神経の異常な反射亢進を基盤とする疼痛、腫脹、関節硬直などを主徴とする病体である。 イ RSD発症原因は、いまだ明確にされ B医師)によれば、RSDに関して次の事実が認められる。 ア RSDとは、交感神経の異常な反射亢進を基盤とする疼痛、腫脹、関節硬直などを主徴とする病体である。 イ RSD発症原因は、いまだ明確にされているわけではないが、発症には、①持続的に疼痛を発する原因損傷や病態、②患者自身に存在する素質、③異常な交感神経反射の3要素が不可欠であるとされる。 ウ RSDの診断には、診断基準として、①ヒペルパチー(軽い刺激を非常に強い痛みとして感じる状態)、②灼熱痛、③浮腫、④色と体毛の変化、⑤発汗の変化、⑥温度の変化、⑦放射線的変化、⑧血管運動、発汗運動障害の量的測定、⑨RSDに一致する骨シンチ(骨が造られる程度を診る検査)、⑩交感神経ブロックに対する反応のそれぞれについて、点数化して診断する方法が有用である。 エ RSDの症状は、通常、ステージ1(最初の3か月)、ステージ2(3か月から9か月)、ステージ3(9か月から2年)の3つのステージがあるとされる。 ステージ1の症状は次のとおりである。第1の症状は疼痛であり、灼かれるよう、切られるよう、刺されるよう、などと表現される。間欠的な疼痛で始まるが、次第に持続性に移行する。腫脹は軟らかい腫脹である。運動制限も初期から出現し、漸次憎悪する。初期にはチアノーゼや皮膚温低下がある場合もあるが、ステージ1では発赤と皮膚温上昇が一般的である。発汗の亢進がしばしば見られる。骨萎縮は3週間目から出現し、徐々に増強する。 ステージ2の症状は次のとおりである。疼痛はステージ2の後半に極期を迎える。腫脹は固い固定したものとなってくる。腫脹、疼痛による自動運動の減少、線維化の進行により関節硬直が増強してくる。このステージの後半には皮膚は蒼白となり、乾燥してくる。皮膚の萎縮が始まり、次のステージにも続く。骨萎縮は著明となり均 る。腫脹、疼痛による自動運動の減少、線維化の進行により関節硬直が増強してくる。このステージの後半には皮膚は蒼白となり、乾燥してくる。皮膚の萎縮が始まり、次のステージにも続く。骨萎縮は著明となり均一化してくる。 ステージ3の症状は次のとおりである。疼痛は、ステージ3の進行とともに減少してくるがなお数年は持続する。腫脹は消退し、関節周囲の肥厚のみが残る。皮膚萎縮が強くなり、光沢のある外観と鉛筆状の指尖となる。皮膚は蒼白で、皮膚温は低下し、乾燥する。関節硬直は強くなり屈伸ともに明らかな拘縮となる。骨萎縮は進行し、患肢全体に及ぶ。 (2) 原告の治療経過次に、前記争いのない事実及び証拠(各項に掲記したもの)によれば、原告の治療経過について、以下の事実が認められる。 ア原告は、本件事故日である平成3年10月22日、C医院で治療を受け、同年10月24日から同年11月6日までの間、伊藤整形外科病院に7回通院し、頸部捻挫、腰部挫傷、右肩及び左肘挫傷と診断され、治療を受けた。(乙3、22)イしかし、原告は頭痛、頸部痛、右上肢の脱力、しびれがとれないため、平成3年11月6日、中村記念病院脳外科で診療を受け、同日入院した。入院中のレントゲン検査、MRI検査では異常所見がなく、頭部外傷、頸椎捻挫、外傷性頸肩腕症候群、末梢神経障害、頭蓋内血腫疑、頸部捻挫による神経根損傷と診断された。投薬治療により症状が軽減したため、原告は、同年12月5日に退院し、その後は、通院治療を続けた。もっとも、同月ころから、手掌の発汗、腫脹、違和感、筋肉の萎縮を伴うようになってきた。(甲7、乙13、21、22)。 なお、この入院の際には、原告のしびれの訴えは強くなかったため、筋電図検査等の詳しい検査は行われなかった。(証人B医師)ウ原告は、平成4年2月から働き始めたが、前記 甲7、乙13、21、22)。 なお、この入院の際には、原告のしびれの訴えは強くなかったため、筋電図検査等の詳しい検査は行われなかった。(証人B医師)ウ原告は、平成4年2月から働き始めたが、前記症状は続いていた。その後、調子が悪く就労に困難を来すようになったので、平成5年6月1日、同病院神経内科に再精査目的で入院した。入院後、神経内科のA医師は、原告に対して、筋電図検査を施行する等の電気生理学的な検査を行い、レントゲン写真等の画像上の検査結果等を総合して、原告は腕神経叢(下神経幹)損傷、RSDであると診断した。そこで、原告に対して、ステロイド剤投与、星状神経節ブロックなどの治療を加えたところ、原告の症状に改善傾向が認められ、同年7月20日に退院した。(甲8、乙13、22、証人B医師)原告の症状はその後も続き、同病院への通院治療を続けた。同年11月12日当時、原告は、右に強い両側上肢の筋力低下と筋萎縮、右上肢末梢の感覚障害、自律神経障害を呈していた。(乙13)エ A医師は、平成6年4月30日、原告の傷病名を腕神経叢(下神経幹)損傷、RSDとしたうえで、症状が固定したと診断した。(甲9、乙5)オ平成8年9月、原告の治療をA医師から引き継いだB医師も、原告の傷病を腕神経叢損傷及びこれによるRSDであると診断した。この時点で原告には、両上肢に運動痛、圧痛等が認められ、しびれ、痛みが持続し、両手指の腫脹、皮膚色の変化、右上肢の発汗、両手指の感覚障害、筋力低下、右手母指球の萎縮等の症状が認められた。これらの症状は、(1)ウのRSDの診断基準項目のうち、②、③、④、⑤、⑥及び⑩の所見を示すものであった。もっとも、筋萎縮は軽度であり、骨の萎縮や関節拘縮は認められなかった。このような症状はその後も継続した。(甲12、乙15の2、証人B医師) うち、②、③、④、⑤、⑥及び⑩の所見を示すものであった。もっとも、筋萎縮は軽度であり、骨の萎縮や関節拘縮は認められなかった。このような症状はその後も継続した。(甲12、乙15の2、証人B医師)(3) 原告の傷病名以上によれば、原告は治療を受けた医師らからRSDであるとの診断を受け、RSDの診断基準項目の所見を満たし、その発症の原因として本件事故による身体の損傷が考えられるのであるから、原告は本件事故により腕神経叢(下神経幹)を損傷し、RSDに罹患したと認めることができる。 もっとも、前認定のとおり、筋萎縮は軽度であり、骨の萎縮や関節拘縮は認められなかったのであるから、RSDとしては重症ではなく、軽度あるいは中程度であったと認められる。 これに対して、①中村記念病院受診当初は、原告の傷病名は、腕神経叢(下神経幹)損傷、RSDと診断されていなかったことは前認定のとおりであり、②A医師は、平成5年11月30日付け診断書において、病名として「頸部外傷、頸椎捻挫、外傷性頸肩腕症候群」と従来の診断名を記載していること(乙14)、③被告から原告の傷病名について意見を求められたD医師及びE医師は、原告が腕神経叢(下神経幹)損傷及びRSDに罹患していることに否定的な意見を述べていること(乙17の1及び2、18の1及び2)が認められる。 しかし、これらの事情を考慮しても、以下のとおり、原告の傷病名に関する認定を左右しない。①については、中村記念病院受診当初に原告の傷病名が腕神経叢(下神経幹)損傷、RSDと診断されなかったのは、前記(2)イの事実によれば、原告の訴えが強くなかったため、診断に必要な詳しい検査が行われていなかったことによると認められる。当初の傷病名に腕神経叢(過神経幹)損傷やRSDの診断がないからといって、原告がこれらの傷病に罹患し 原告の訴えが強くなかったため、診断に必要な詳しい検査が行われていなかったことによると認められる。当初の傷病名に腕神経叢(過神経幹)損傷やRSDの診断がないからといって、原告がこれらの傷病に罹患していなかった根拠にはならない。②については、A医師作成の平成5年11月30日付け診断書がどのような目的で作成されたのかは明らかでない。他方、前記(2)ウ、エで認定したとおり、A医師が、平成5年6月ころから、原告の傷病名について、脳外科で診断されていた傷病名を変えて、腕神経叢(下神経幹)損傷、RSDと診断したことは明らかである。③については、D医師が原告の傷病名が腕神経叢(下神経幹)損傷、RSDと診断することに否定的な理由は、原告の肩関節以降の筋肉の低下があることが腕神経叢(下神経幹)損傷からは説明できないこと、当初右手にのみ存在していた腕神経叢(下神経幹)損傷が左手に波及することは考えられないこと、骨の萎縮、関節拘縮が認められないことなどであり、E医師が原告の傷病名がRSDであることを否定する理由は、原告の自覚症状の原因を、他覚的所見から裏付けることができないことなどである。しかし、原告に交感神経の異常が認められることは、前記(2)オのとおりRSDの診断基準からも明らかであるし、B医師は原告の症状をRSDの症例として説明しうると述べていて、長期間にわたって継続的に原告の症状の経過を観察しているB医師の診断に疑義を生ずべき事情はない。 したがって、原告が本件事故により罹患した傷病名は、腕神経叢(下神経幹)損傷、RSDであると認められる。 2 原告の残存障害の内容及び症状固定時期について次に、本件事故に起因する原告の残存障害がどのようなものであったか、また、残存症状の固定時期をどの時点とするのが相当かを検討する。 (1) A医師による症状固定の 障害の内容及び症状固定時期について次に、本件事故に起因する原告の残存障害がどのようなものであったか、また、残存症状の固定時期をどの時点とするのが相当かを検討する。 (1) A医師による症状固定の診断平成6年4月30日にA医師が原告の症状が固定したと診断したことは、前記争いのない事実(3)及び1(2)エのとおりである。同医師による診断の詳細は、証拠(甲9、乙5)によれば、次のとおりであると認められる。 A医師は、平成6年4月30日、原告の腕神経叢(下神経幹)損傷及びRSDの症状は、物理療法、内服薬、神経ブロックなどを施行してもあまり改善しないため、症状が固定したと診断した。同医師は、同年11月21日に後遺障害診断書を作成し、その中で「症状固定日・平成6年4月30日」「症状は固定し、寛解の見通しはない」と記載した。同年4月30日の原告の自覚症状は、両手の脱力、しびれ、感覚低下、皮膚色の変化、頸部痛であり、他覚的所見としては、右に強い上肢の筋力低下、右肢から肩にかけての筋線維束性攣縮、右手母指球の萎縮、右手の感覚低下、手関節の腫脹・発汗が認められ、また筋電図上、右側第1背側骨間筋、尺側手根屈筋、三頭筋に異常が認められた。さらに、頸椎部の運動障害、両上肢の関節機能障害(可動域制限)も認められた。 以上のとおり、認められる。 このA医師の症状固定の診断に対して、B医師は証人尋問において「大きな病態というのは変わることはない。大きな部分では固定されたというふうに考えていい。」と述べ、平成6年4月30日に症状固定したという診断に異議を述べない。 被告は、A医師の診断のとおり、原告の症状は平成6年4月30日固定したと主張し、原告も、平成6年4月30日に原告の症状が固定したことを否定してはいない。 (2) RSDの病態と原告の症状B医師は、 告は、A医師の診断のとおり、原告の症状は平成6年4月30日固定したと主張し、原告も、平成6年4月30日に原告の症状が固定したことを否定してはいない。 (2) RSDの病態と原告の症状B医師は、証人尋問において、「RSDの病態は、交感神経の異常が一度おきると、さらに交感神経の興奮が進むという悪循環を起こす可能性があるから、急性期にあっては、病態が悪化する。慢性期になっても、実際の症状としては痛みが強くなったり、動き方が悪くなったりすることがありうる。原告のRSDの症状は、平成6年4月30日以降は慢性期にあり、平成6年4月30日以降、本人の訴えや見た目によれば、症状が少し悪化している可能性があるが、病態としては、本質的な部分での大きな変化はない。原告に対する治療は、今後、痛みを軽減するための服薬等の対症療法を続ける。今後の原告の症状は、多少良くなったり悪くなったりを繰り返していく状態が続くと思われる。」旨述べる。 この証言に、前記1(1)エで認定したRSDの症状の時間的変化、すなわち、RSDの症状は2年程度で持続的なものとなること、平成6年4月30日までに本件事故が発生し原告が損傷を受けてから2年6か月が経過していること、前認定のとおり、原告の罹患したRSDは軽度あるいは中程度であると認められることを併せると、原告が本件事故によって罹患したRSDは、平成6年4月30日には慢性期に入り、その後は病態に本質的な変化はなく、RSDによる症状が多少良くなったり悪くなったりを繰り返すようになったものと認めることができる。 なお、原告は、RSDは病状が絶えず進行し悪化していく病気であり、原告はRSDに罹患したのであるから、症状が絶えず悪化していったと主張する。しかし、RSDは急性期においては病態が悪化するけれども、慢性期に入ると病態の本質的な変 えず進行し悪化していく病気であり、原告はRSDに罹患したのであるから、症状が絶えず悪化していったと主張する。しかし、RSDは急性期においては病態が悪化するけれども、慢性期に入ると病態の本質的な変化はなく、症状は多少の変化を繰り返すことはあっても、絶えず悪化するようなことはないと認められる。原告の上記主張を採用することはできない。 (3) 平成6年4月30日における原告の残存障害原告の平成6年4月30日における症状は、前記のA医師の診断のとおりであり、①両上肢(とくに右上肢)のしびれ、脱力、感覚低下等、②両上肢の関節機能障害(可動域の制限)、③頸部痛、頸椎部の運動障害(可動域制限)であり、これらの症状は、原告が本件事故によって罹患した腕神経(下神経幹)損傷及びRSDによって生じた残存障害であると認められる。すなわち、本件事故による残存障害は、①両上肢の神経症状、②両上肢の関節の運動障害、③頸部の神経症状・運動障害ということができる。原告には、これらの障害のほかに、本件事故による損傷を起因とする残存障害があったとは認められない。 原告は、これらの残存障害が、平成6年4月30日以降も進行し、悪化したと主張し、被告も、原告の症状が進んだことについては否定をしない。そこで、以下、各障害ごとに原告の平成6年4月30日以降の症状を検討することにする。 (4) 平成6年4月30日以降の両上肢の神経症状原告の平成6年4月30日以降の両上肢の神経症状及び稼働状況等は、次のとおりである(イからキまでの事実は各項に記載した証拠によって認められる。)。 ア平成6年4月30日の原告の症状は、自覚症状として、両手の脱力、しびれ、感覚低下、皮膚色の変化があり、他覚的所見としては、右に強い上肢の筋力低下、右上肢から肩にかけての筋線維束性攣縮、右手母指球の萎縮、右手 4月30日の原告の症状は、自覚症状として、両手の脱力、しびれ、感覚低下、皮膚色の変化があり、他覚的所見としては、右に強い上肢の筋力低下、右上肢から肩にかけての筋線維束性攣縮、右手母指球の萎縮、右手の感覚低下、手関節の腫脹があった。(前記(1)認定のとおり)イ原告は、平成4年2月から、病院に入院していた期間等を除いて、清掃婦として稼働していたが、平成7年頃からは、稼働しなくなった。(乙22、原告本人)ウ A医師の平成7年7月5日の診察によれば、原告の両上肢の神経症状に関しては、平成6年4月30日の症状と変わりはなかった。(甲10)エ B医師の平成8年9月14日の診断によれば、原告には、両上肢(特に右上肢)に疼痛、重苦しさ、しびれ、両手指の腫脹、両手全体の皮膚色変化、右上肢の発汗、両手指の感覚障害、両上肢の筋力低下、右手母指球の萎縮が認められた。 (甲12)オ B医師は、平成9年1月16日、労災保険の担当官に対して、原告の残存障害の程度について、両上肢にしびれ、痛み等があるとしたうえで、「仕事の内容によるが、右上肢の神経症状と可動域制限により職種に相当程度制限がある。」と意見を述べた。(乙6)カ B医師の平成9年7月ころの診断によれば、原告には、右上肢に強い筋力低下、右上肢から肩にかけて筋線維束性攣縮、右母指球の萎縮、右手の感覚低下、右上肢に強い皮膚色の変化、しびれ感、疼痛、右手関節の腫脹、発汗が認められ、筋電図では、右側第1背側骨間筋、尺側手根屈筋、三頭筋に異常が認められた。(乙15の2)キ原告は、平成6年4月30日以降、両手の痛み、しびれ等の症状は強くなったと感じている。現在では、両手の痛み、しびれが強く、特に右手が、風に当たると氷水の中に手をいれているようなつらさを感じ、薬を飲まなければ、咳をしてもビーッとした痛みを感じる びれ等の症状は強くなったと感じている。現在では、両手の痛み、しびれが強く、特に右手が、風に当たると氷水の中に手をいれているようなつらさを感じ、薬を飲まなければ、咳をしてもビーッとした痛みを感じるようになっている。原告自身では、右手を動かすことができない。仕事をすることはできず、右手で字を書くことはできない。掃除、洗濯、炊事等の日常の家事をすることもできず、ホームヘルパーに家事をしてもらっている。(甲2から4までの各2、原告本人)これらの事実によれば、原告の両上肢に現れた神経症状は、しびれ、疼痛、皮膚色の変化、感覚低下等(特に右上肢の症状が強い)であって、これらの症状の出現した部位や具体的な内容は、強さを別にすれば、平成6年4月30日の症状とその後の症状とで大きな違いはなく、他覚的所見も変わりがないことが認められる。 もっとも、原告は、前記キのとおり、疼痛、しびれ等の症状は強くなったと感じ、現在では右手を動かすことができず、仕事は全くできず、日常の家事もできないと述べている。B医師も、証人尋問において、「原告の症状は外来で見ている限り少し重たくなったと思う。」「症状としては強くなっている感じがする」と証言する。 しかし、B医師は、原告の症状について「RSDとすれば、痛くてどうしようもないという状態ではない」「痛みや運動機能という面でいうと、そんなに重篤で本当に仕事ができないという状態ではおそらくない」「職種によっては就労は可能である」等とも証言する。また、同医師は、平成9年10月3日には労災保険審査官に対して、原告の自覚症状には「心因性の要素も考えられないことはない」と答え(乙16により認められる。)、証人尋問においてもRSDのほかに心因性の要素が加わっていることを否定しない。これらの証言等に、前認定のとおり、平成6年4月30日 要素も考えられないことはない」と答え(乙16により認められる。)、証人尋問においてもRSDのほかに心因性の要素が加わっていることを否定しない。これらの証言等に、前認定のとおり、平成6年4月30日以降はRSDの症状は慢性期に入っていてその後症状が大きく変化したり、症状が顕著に悪化するとは考えがたいこと、仕事や日常家事が全くできないという原告の訴える症状は、原告が罹患した軽度あるいは中程度のRSDの症状として説明するのは困難であることも併せると、平成6年4月30日以降に原告の訴える神経症状が重篤になり仕事や日常家事もできなくなるほどに至ったのは、RSDの症状が悪化したからではなく、心因性などのなんらかの要因に起因するというべきである。 そうすると、本件事故による損傷を原因とする原告の両上肢の神経症状は、平成6年4月30日以降、同日の症状が多少良くなったり、悪くなったりを続けているものの本質的には変化がないというべきである。 (5) 平成6年4月30日以降の両上肢の運動障害証拠(乙8、各項に記載したもの)によれば、原告の両上肢の関節機能測定結果は、以下のとおり認められる。 ア平成6年4月30日のA医師による測定によれば、自動運動の測定では、右手関節の可動域(屈曲と進展の合計(以下も同様である。)70度)が左手関節の可動域(140度)の2分の1であったほか、右、左母指中手指節関節の可動域(順に35度、35度)、右示指中手指節関節の可動域(55度)が正常範囲(母指は70度、示指は135度)の2分の1以下に制限されていたが、その他は正常範囲内であった。他動運動の測定では、右上肢の各関節の可動域が左上肢の各関節の可動域の2分の1以下となっているものはなく(4分の3以下にもなっていない。)、左母指中手指節関節の可動域(35度)が正常範囲の2分の た。他動運動の測定では、右上肢の各関節の可動域が左上肢の各関節の可動域の2分の1以下となっているものはなく(4分の3以下にもなっていない。)、左母指中手指節関節の可動域(35度)が正常範囲の2分の1に制限されているほかは、右手関節の可動域も含めて、正常範囲内であった。(甲9)イ平成6年11月30日の労災保険の担当官による自動運動の測定によっても、ほぼ同様の結果であり、変化はなかった。(乙12)ウ平成7年7月5日のA医師による測定によれば、右手関節の自動運動は不能になり、また、自動運動の測定では、右母指中手指節関節、右示指同、右示指近位指節間関節の各可動域(順に5度、35度、50度)が左手指の可動域(順に40度、95度、100度)の2分の1以下になるなど、運動障害は悪化した。しかし、他動運動の測定によれば、右上肢の各関節の可動域が左上肢の各関節の可動域の2分の1以下となっているものはなく、右母指中手指節関節の可動域(30度)が正常範囲の2分の1に制限されているほかは、右手関節の可動域も含めて、正常範囲内であり、平成6年の測定結果と大きな変化はなかった。(甲10)エ平成9年6月24日のB医師による測定によれば、右手の自動運動による測定は手関節、指の関節とも運動不能によってできなくなった。左上肢の自動運動でも、各指の中手指節関節、近位指節間関節の可動域は小さくなり、運動障害は悪化した。もっとも、他動運動の測定では、平成6年、平成7年当時と多少の変動はあっても、大きな変化はなく、右上肢の各関節の可動域が左上肢の各関節の可動域の2分の1以下となっているものはなく、可動域が正常範囲の2分の1以下に制限される関節もなかった。(乙15の2)オ平成9年8月25日のD医師による他動運動の測定によっても、結果は同様であり、右上肢の各関節の可動域 っているものはなく、可動域が正常範囲の2分の1以下に制限される関節もなかった。(乙15の2)オ平成9年8月25日のD医師による他動運動の測定によっても、結果は同様であり、右上肢の各関節の可動域が左上肢の各関節の可動域の2分の1以下となっているものはなく、右母指中手指節関節の可動域(30度)が正常範囲の2分の1以下に制限されているほかは、正常範囲内であった。(乙17の2)以上のとおり認められる。 これらの事実によれば、平成6年4月30日に現れていた両上肢の関節の運動障害は、自動運動においては、右上肢は最初は手関節が、その後は指の関節も全く動かなくなり、また、左上肢も指の関節の運動障害は相当に悪化したこと、これに対して、他動運動の測定では、平成6年4月30日の症状と大きな変化はなく、右手関節や指の関節の運動機能はほぼ正常であり、左右の母指中手指節関節の運動障害も変化はなかったことが認められる。 このように、平成6年4月30日以降に特に右上肢が自動運動では全く動かなくなったこと、左上肢も自動運動では運動障害の程度が強くなったことについて、B医師は、「RSDのための症状として考えると、疼痛、関節痛による体を動かさないことによる筋力の萎縮等が加わり可動域が変化したと考えられる。」「右上肢の関節の可動域制限の進行はカウザルギーにより疼痛及び筋萎縮により生じたと考えられる。」等と述べ、また、心因性の影響も指摘している(乙6、15の2、証人B医師)。これらのB医師の意見に、当初の両上肢の運動障害の原因と考えられるRSDは、前認定のとおり、平成6年4月30日には慢性期に入り、その後は基本的な病態に変化はないと考えられること、自動運動では顕著な障害があるのに他動運動ではほぼ正常範囲内で変化がみられないこと、前認定のとおり原告には骨の萎縮や関節の 30日には慢性期に入り、その後は基本的な病態に変化はないと考えられること、自動運動では顕著な障害があるのに他動運動ではほぼ正常範囲内で変化がみられないこと、前認定のとおり原告には骨の萎縮や関節の拘縮は見られないこと等から考えると、自動運動での可動域の顕著な悪化は医学的に説明することが困難であって、何らかの心因性の要素、疼痛の影響、さらに疼痛等の神経症状のため上肢を動かさなかったことが起因したものと認めることができる。 したがって、両上肢の関節機能障害の平成6年4月30日以降の悪化は、本件事故による損傷に起因するものとは認められない。本件事故による損傷を原因とする両上肢の関節機能障害は、平成6年4月30日以降は症状に変化がない状態になっていたと認められる。 (6) 平成6年4月30日以降の頸部の神経症状、頸椎部の運動障害前認定のとおり、原告は平成6年4月30日において、頸部痛の自覚症状があったことが認められる。しかしその後、頸部痛の症状が悪化したと認められるような証拠はない。 頸椎部の運動障害については、証拠(乙8、各記載したもの)によれば、次のとおり認められる。 ア平成6年4月30日のA医師による測定では、前後屈、左右屈、左右旋回の可動域(順に30度、35度、45度、35度、45度、40度)が正常範囲(前屈60度、後屈50度、左右屈50度、旋回70度)を下回っていた。(甲9)イ平成6年11月30日の労災保険の担当官による測定結果は、A医師の前記測定と同一であった。(乙12)ウ平成7年7月5日のA医師による測定(左右屈25度、左右旋回35度)では、平成6年4月の測定結果より若干悪化した。(甲10)エ平成9年6月24日のB医師による測定結果は、平成7年の測定結果とほぼ同様の結果であった。(乙15の2)オ平成9年8月25 回35度)では、平成6年4月の測定結果より若干悪化した。(甲10)エ平成9年6月24日のB医師による測定結果は、平成7年の測定結果とほぼ同様の結果であった。(乙15の2)オ平成9年8月25日のD医師による測定では、特に、後屈の可動域(15度)、左右屈の可動域(各10度)が狭くなり、悪化していた。(乙17の2)以上のとおり、認められる。 これらの事実によれば、頸椎部の可動域は、平成6年4月30日以降平成9年6月24日まで概ね安定していて、平成6年4月30日以降変化はないと認められる。なお、平成9年8月25日の測定結果によれば、頸椎部の可動域がかなり悪化しているが、その2か月前の測定結果では変化が無かったにもかかわらず2か月の間に極端に悪化する原因が不明であることや、測定者が異なることに対する心理的影響が考えられることからすれば、平成9年8月25日の測定結果が原告の頸椎部の可動域を反映していると認めることはできない。 以上によれば、本件事故による損傷を起因とする頸部の神経症状、運動障害の残存障害についても、平成6年4月30日以降は変化はないものと認めることができる。 (7) 以上、(1)から(6)を総合して考えると、本件事故による損傷、すなわち、腕神経叢(下神経幹)損傷及びRSDを起因とする残存障害は、平成6年4月30日には大きな変化がない状態、すなわち症状固定に至り、その時点の症状が本件事故を原因とする残存障害であると認めるのが相当である。 3 原告の残存障害の程度について2の判断を前提として、原告の残存障害、すなわち、平成6年4月30日の時点における残存障害の程度について、検討を加える。 労働省(現厚生労働省)労働基準局長が示した障害等級認定基準(原告も労災保険の障害給付の決定に当たって、この認定基準によるべきことは争っ 30日の時点における残存障害の程度について、検討を加える。 労働省(現厚生労働省)労働基準局長が示した障害等級認定基準(原告も労災保険の障害給付の決定に当たって、この認定基準によるべきことは争っていない。)によれば、①両上肢の神経症状及び頸部の神経症状は、「神経系統の機能の障害」、②両上肢の運動障害は「上肢の機能障害」として、③頸椎部の運動障害は「せき柱の運動障害」として、どの等級の障害に該当するかを検討すべきである。 そこで、以下、これらの障害ごとに、等級を検討することにする。 (1) 両上肢及び頸部の神経症状平成6年4月30日当時の原告の両上肢及び頸部の神経症状の自覚症状、他覚的所見は、これまで認定してきたとおりである。また、証拠(乙12)によれば、原告は自覚症状として、平成6年当時、①右手が全体にだるい感じがあり、脱力感がある、②右手の感覚が鈍く、日常生活で不便をしている、③右手に常にしびれがある、④頸の右側に痛みがあり、常に苦しい、⑤内服薬を止めると手がふるえたり、全身の力が抜けるような症状になる、⑥突然胸がしめつけられるような痛みがある等と訴えていたことが認められる。 これら原告の主訴からは、原告の痛み、しびれ等の症状は軽度ではなく、日常生活や仕事に不便をしていることが窺われるが、日常家事や仕事がほとんどできないような重篤な状態であったというのは困難である。現に、平成6年4月当時は原告は清掃婦として稼働することができたことは前認定のとおりである。 そうすると、原告の神経症状による残存障害の程度は、第9級7の2に該当する「一般的な労働能力は残存しているが、疼痛により時には労働に従事することができなくなるため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」を超えるものではないというべきである。 なお、仮に、原告の平成6 労働能力は残存しているが、疼痛により時には労働に従事することができなくなるため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」を超えるものではないというべきである。 なお、仮に、原告の平成6年4月30日以降の神経症状の悪化、とくに疼痛が激しくなったこと、左上肢の神経症状も悪化したことを考慮したとしても、前認定のとおり、B医師は痛みや運動機能制限の程度は、重篤で仕事ができないという状態ではなく、職種によっては就労することも可能であると述べていることを考慮すると、原告の残存障害の程度は第9級7の2にとどまるというべきである。 (2) 両上肢の運動障害証拠(乙8)によれば、障害等級認定基準では、①手指の機能障害にあっては、運動可能領域が健側の運動領域の2分の1以下に制限されている場合に「手指の用を廃したもの」と評価し、②手関節の機能障害にあっては、運動可能領域が健側の運動可能領域の4分の3以下に制限されている場合に「関節の機能に障害を残すもの」、運動可能領域が健側の運動可能領域の2分の1以下に制限されている場合に「関節の機能に著しい障害を残すもの」と評価することが認められる。 そこで、原告の両上肢の運動障害について検討することとする。 原告の両上肢の運動可動域の制限に対しては、前記のとおり、なんらかの心因性の要素、特に疼痛が影響することが考えられるから、自動運動による可動域の測定結果には客観性に欠けると考えられる。したがって、上肢の運動障害として両上肢の機能障害を評価するにあたっては、他動運動による可動域によるべきである。 平成6年4月30日の時点における他動運動による運動可能領域をみると、前認定のとおり、右上肢の各関節の可動域が左上肢(健側)の各関節の可動域の2分の1以下となっているものはない(4分の3以下にもなっていない。)。し 日の時点における他動運動による運動可能領域をみると、前認定のとおり、右上肢の各関節の可動域が左上肢(健側)の各関節の可動域の2分の1以下となっているものはない(4分の3以下にもなっていない。)。したがって、原告の上肢に関しては障害等級が認められる程度の機能障害があるとは認められない。 もっとも、前認定のとおり、左母指中手指節関節の可動域(35度)だけは、正常範囲(70度)の2分の1に制限されている。しかし、正常範囲は一応の目安にしかすぎないし、可動域は正常範囲の2分の1を大きく下回るものでもない。原告の正常な母指中手指節関節の可動域の2分の1以下になったかどうかは明らかでないし、平成7年以降の測定では、正常範囲の2分の1を下回ることもない。したがって、平成6年4月30日の測定で正常範囲の2分の1に制限されていることのみをもって、原告の左母指中手指節関節に著しい運動障害が存するということはできない。 よって、原告の上肢に関して障害等級として評価される程度の残存障害があったと認めることはできない。 (3) 頸椎部の運動障害証拠(乙8)によれば、障害等級認定基準では、頸椎部の運動障害について、エックス線写真上明らかなせき椎圧迫骨折又は脱臼が認められもしくはせき椎固定術等にもとづくせき柱の強直又は背部軟部組織の明らかな器質的変化のため、運動可能領域が正常可動範囲のほぼ2分の1程度にまで制限された場合には「せき柱の運動障害」として評価することが認められる。 ところが、証拠(乙5、18の2)によれば、原告は、平成6年10月20日の時点において、エックス線学的検査上頸椎に問題はないこと、頸部の疼痛の原因は腕神経叢(下神経幹)損傷によることが認められるから、頸部の運動制限は、器質的損傷によるものということはできない。 したがって、原告の頸椎 ックス線学的検査上頸椎に問題はないこと、頸部の疼痛の原因は腕神経叢(下神経幹)損傷によることが認められるから、頸部の運動制限は、器質的損傷によるものということはできない。 したがって、原告の頸椎部の運動障害について運動障害の障害等級を認めることはできない。 なお、平成6年4月30日の時点において、原告の頸椎部の運動障害は正常範囲の2分の1まで制限されてはいないことも前記のとおりである。 (4) したがって、原告の残存障害を障害等級として評価することができるのは、両上肢及び頸部の神経障害だけであり、その等級は、第9級の7の2に該当するものと認められる。 4 結論以上によれば、原告の残存障害を障害等級第9級の7の2とした本件処分は適法であり、取り消すべき理由はない。よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。 (口頭弁論の終結の日平成13年9月18日)札幌地方裁判所民事第3部裁判長裁判官中西茂裁判官川口泰司裁判官戸村まゆみ
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