平成18(わ)535 業務上過失傷害被告事件

裁判年月日・裁判所
平成20年4月21日 福岡地方裁判所
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判決文本文17,329 文字)

- 1 -平成20年4月21日宣告裁判所書記官深山順司平成18年第535号業務上過失傷害被告事件判決被告人氏名A(旧姓A)生年月日昭和51年8月19日本籍長崎県佐世保市天神ab丁目c番住居鹿児島市d町e番f-g号職業無職弁護人(私選)山田敦生検察官渡部直希主文被告人を罰金15万円に処する。 その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。 理由 (罪となるべき事実)被告人は,平成13年4月29日午後零時5分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,福岡県甘木市(現在の朝倉市甘木)大字hi番地先道路をj町方面からk町方面に向かい先行するB(当時45歳)運転の普通乗用自動車に追従して進行するにあたり,同車の動静を注視し,同車との安全を確認しながら進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,考え事にふけり,同車の動静注視を欠いたまま漫然と時速約40キロメートルで進行した過失により,前方で左折のため減速中の同車をその後方約9メートルの地点に迫って認め,急制動の措置を講じたが及ばず,同車右後部に自車左前部を衝突させ,その衝撃によりB運転車両を前方に押し出して同車前部をガードフェンスに衝突させ,よって,Bに加療約数か月を要する- 2 -頚椎捻挫の傷害を,同車の同乗者C(当時77歳)に加療16日間を要する頚椎捻挫の傷害を負わせた。 (証拠の標目)省略(事実認定の補足説明) 検察官は,本件事故によってBに「加療約5年以上の頭痛,頚部痛,視力低下及び集中力・記憶力低下等の障害を伴う外傷性脳脊髄液減少症の傷害」が生じたと主張し,弁護人は同傷害は事故との因果関係がないなどと主張する。 そこで検討した結果,当裁判所は,関係証拠 ,頚部痛,視力低下及び集中力・記憶力低下等の障害を伴う外傷性脳脊髄液減少症の傷害」が生じたと主張し,弁護人は同傷害は事故との因果関係がないなどと主張する。 そこで検討した結果,当裁判所は,関係証拠によっても,本件事故によって被害者Bに外傷性脳脊髄液減少症が生じたとの立証が十分になされたとはいえないと判断した。以下,その理由を補足して説明する。 Bの診療経過等診療録等の関係証拠によれば,次の事実が認められる。 本件事故前についてアBは,平成7年2月から同年4月,同年11月から平成9年12月まで勤務先のD銀行を休職した。その間,Bは,平成7年2月に慢性気管支炎,化膿性扁桃腺炎,平成8年2月に慢性気管支炎,坐骨神経痛,同年11月に慢性気管支炎,慢性関節リウマチ,平成9年9月に慢性気管支炎,シェーグレン症候群の疑いと診断された。Bは,慢性気管支炎,慢性関節リウマチにより通院加療中の同年12月「気管支炎症状は安定しているが,関節炎症状,は疲労,睡眠不足等で増悪している,職場復帰は可能であると判断するが,慣らし期間と就労時間についての配慮が望ましい」と診断された。Bの症状として,昭和62年から平成9年までのカルテには,咽頭痛,頭痛,咳の訴えなどの記載がある。当時Bが受診していたE診療所のF医師は,当時,Bが頭痛,下半身のしびれ,不随意運動等を訴えることはなかったと述べている。 - 3 -イBは,平成9年10月,自転車で転倒し,肘や首の痛みを訴えてG整形外科を受診し,変形性頚椎症,両手関節炎と診断された。その後,Bは,平成12年8月まで同病院に通院し,頚椎牽引等の治療や運動療法を受けた。G医師は,当時,Bが起立性頭痛,めまいなどを訴えることはなく,神経症状は認められなかったと述べている。 ウBは,平成9年12月に勤務に復帰し,その後 に通院し,頚椎牽引等の治療や運動療法を受けた。G医師は,当時,Bが起立性頭痛,めまいなどを訴えることはなく,神経症状は認められなかったと述べている。 ウBは,平成9年12月に勤務に復帰し,その後,医師の診断を受けて段階的に勤務時間を伸ばしながら,平成10年3月からH銀行健保診療所で頚椎牽引及びマイクロウェーブの治療を始めた。Bは,同年6月に多関節痛があり,シェーグレン症候群と診断されたが,同年12月に慢性気管支炎,シェーグレン症候群は寛解と判断され,今後2か月間は5時間程度に勤務延長が可能であると診断された。Bは,平成12年4月20日までの間,頚部痛や肩の痛みに対し,合計約150回の頚椎牽引やマイクロウェーブの治療を続けた。Bの症状として,平成10年のカルテには,頭痛,手足の腫れ,むくみ,首の痛み,平成11年のカルテには,頭痛,むくみ,目の渇きなどの記載がある。Bは,平成12年4月20日ころから本件事故まで首の痛みはなかったと述べている。 エBは,平成12年5月に通常の勤務に復帰したが,その後もH銀行健保診療所の受診を続けた(同年12月まで合計約30回,平成13年2月から3月まで合計4回。Bの症状として,平成12年のカルテには,頭痛,目の)渇き,咳の訴え,左頭痛,平成13年4月までのカルテには,目の疲れ,左耳の痛みなどの記載がある。なお,頭痛の記載は平成12年9月8日を最後に本件事故まではない。 オBは,平成13年1月6日及び13日,I接骨鍼灸院を受診し,右肩関節捻挫,腰部捻挫と診断された。その後,Bは,同年2月3日及び17日,同年3月17日,同年4月7日に同院に通院して治療を受け,3月17日には頚部捻挫と診断された。カルテには,首が左右に向きにくく,両肩にかけて- 4 -コリの症状がある,両肩ともに腫脹強くじっとできない 3月17日,同年4月7日に同院に通院して治療を受け,3月17日には頚部捻挫と診断された。カルテには,首が左右に向きにくく,両肩にかけて- 4 -コリの症状がある,両肩ともに腫脹強くじっとできない,頚部から背部の方までひびくとの記載がある。 カBは,本件事故前の首や肩の痛みは軽く,肩がこるから解消したいという感じの痛みだったが,事故後の痛みは骨自体が痛く,首の奥深くまで痛いという感じの強い痛みで,全然違うものだった,本件事故前の頭痛も風邪程度の痛みだったが,事故後の痛みは頭の奥まで痛く,両サイドから圧迫され,頭全体が何かで押さえつけられているような感じの強い痛みで,全然違うものだった,事故後は指や関節の痛みはなかったと述べている。 本件事故後についてアBは,本件事故の衝撃で胸部をハンドルに打ち付けたり,背部をシートに頭部をヘッドレストに打ち付けるなどした上,さらに,ガードレールへの衝突によって再び頭部を前後に振られるような衝撃を受けた。Bは,後頭部や首の痛みを感じ,平成13年4月29日,J中央病院を受診したところ,頚椎捻挫,頭部打撲,腰背部挫傷等と診断された。カルテには,後頭部痛,項部(うなじ)痛等の記載がある。 イBは,平成13年5月1日,K整形外科を受診し,事故日より10日間の加療を要する頚椎捻挫と診断された。その後,Bは,平成16年3月6日まで同病院に通院して治療を続けたが,項部痛等の症状は容易に改善しなかった。Bの症状として,平成13年のカルテには,項部痛,両こめかみ痛,眼奥痛,頭痛,平成14年のカルテには,項部痛,頭痛,頚部痛,平成15年のカルテには,頚部痛等の記載がある。Bは,治療で膝の痛みや筋肉痛は軽減したが,後頭部痛,項部痛等は断続的に続いた,朝起きると頭痛があり,トイレに行って立ったり座ったりするときに頭痛が ,平成15年のカルテには,頚部痛等の記載がある。Bは,治療で膝の痛みや筋肉痛は軽減したが,後頭部痛,項部痛等は断続的に続いた,朝起きると頭痛があり,トイレに行って立ったり座ったりするときに頭痛がひどくなったと述べている。 ウBは,平成13年5月9日以降,H銀行健保診療所で頚椎牽引及びマイクロウェーブの治療を続けたが,その症状は容易に改善しなかった。Bの症状- 5 -として,平成13年5月以降のカルテには,後頚部痛,頭痛,項部痛,平成14年のカルテには,頭痛,平成15年のカルテには,首から頭の痛み,平成16年のカルテには,腰痛,右足のしびれなどの記載がある。 エBは,本件事故後,勤務を続けていたが,頚部等の痛みが治まらなかったため,マッサージ店にたびたび通い,平成13年5月11日以降はI接骨鍼灸院に通院して治療を続けた。Bは,同年11月ころ,食事の際に頭痛が増悪して勤務を続けられなくなり,平成14年1月には関連会社への異動を余儀なくされた。Bの症状として,平成13年5月以降のカルテには,腰痛,項部痛,左肩痛,こめかみ痛,両目の疲れ,平成14年のカルテには,項部痛,右肩痛,背部痛,平成15年のカルテには,項部痛,腰痛,背部痛,平成16年のカルテには,腰痛等の記載がある。 オBは,平成14年8月26日ころ,右耳の難聴や耳鳴りを訴え,L耳鼻咽喉科を受診し,平成15年12月まで通院して治療を続けたが,その症状は容易に改善しなかった。Bの症状として,カルテには,頭痛,両耳の後ろ辺りの異和感,肩こり,右前頭部痛等の記載がある。 カBは,平成15年12月,L耳鼻咽喉科で,両耳鳴り,肩こり,頭痛等の自覚症状があり,右低音型突発難聴等と診断された(自賠責共済後遺障害診断書。同診断書には,発症の誘因として,事故から持続している精神的ス)トレス 12月,L耳鼻咽喉科で,両耳鳴り,肩こり,頭痛等の自覚症状があり,右低音型突発難聴等と診断された(自賠責共済後遺障害診断書。同診断書には,発症の誘因として,事故から持続している精神的ス)トレスの可能性が高いとの記載がある。 キBは,同月,K整形外科で右頭部・頚部痛,右肩・右顔のこめかみにかけての痛み,吐き気,右上肢の疼痛,めまいなどの自覚症状があり,頚部捻挫等と診断された(自賠責共済後遺障害診断書。同診断書には,頚椎部MR)Iでは脊柱管の軽度狭小化があるが脊髄の圧迫はない,症状は事故直後より発生継続しているが現在は一定しており,ほぼ症状固定と考えるとの記載がある。 クBは,平成16年1月ころ,激しい腰痛が出現し,同年3月から勤務先を- 6 -休職した。Bは,M市民病院で,同年3月に右根性坐骨神経痛,同年5月に腰椎椎間板ヘルニアと診断され,手術を受けた。Bは,本件事故から同年3月までは,1,2日程度の休みを7,8回程度とっただけで,通常の勤務を続けていた,体調が悪くもっと長く休みたいこともあったが,また転勤させられ,使いものにならないという烙印を押されると思い,無理をして勤務を続けたと述べている。 ケBは,平成16年4月,自賠責保険金の被害者請求をしたところ,画像所見において外傷性の変化は認められず,診断書等において明らかな神経学的異常所見も認められないことから,同請求を裏付ける明確な医学的所見に乏しく,自覚症状を勘案しても後遺障害に該当しないと判断されたため,被告人に対し,損害賠償請求の訴えを提起した。 コBは,平成17年1月ころ,F医師の診察を受け,両足のしびれ,不随意運動,頭痛等を訴え,検査を受けたところ,両坐骨神経痛等により自宅療養が必要と診断された。F医師は,Bが訴えた症状は神経,筋肉の症状で,事故前の呼吸器症 ろ,F医師の診察を受け,両足のしびれ,不随意運動,頭痛等を訴え,検査を受けたところ,両坐骨神経痛等により自宅療養が必要と診断された。F医師は,Bが訴えた症状は神経,筋肉の症状で,事故前の呼吸器症状とは異なると述べている。 N病院の受診についてアBは,改善しない自分の症状が低髄液圧症候群によるものではないかと考え,平成17年12月3日及び5日,平成18年1月16日にN病院を受診し,O医師の診察を受け,MRミエログラフィー(12月3日,MRI)(12月5日)などの検査を受けた。O医師は,あらかじめBが記載した予診表等をもとに問診を行い,Bの症状等を確認した。その際の経過表には,頭痛,眼底痛,頚部痛等が持続しているとの記載がある。Bは,当時,頭痛,眼奥痛,味覚鈍麻,手足のしびれなど様々な症状が持続しており,それらの症状やこれまでの既往症もO医師に伝えたと述べている。 イBは,平成17年12月7日,P医療センターを受診し,RI脳槽シンチ(12月8日,MRI(12月9日)などの検査を受けた。カルテには,)- 7 -頭痛は起立性でない旨の記載がある。Q医師は,MRI検査の結果,硬膜増強は陰性,小脳扁桃下垂は境界例とし,RI脳槽シンチでも低髄液圧症候群を示唆する所見は見られなかったとして,同月12日,Bを低髄液圧症候群ではなく頚椎捻挫後遺症と診断した。なお,Q医師は,O医師が委員長を務める脳脊髄液減少症研究会ガイドライン作成委員会の委員を務めている。 ウBは,N病院のMRミエログラフィーとMRI,P医療センターのRI脳槽シンチとMRIの検査結果をR大学医学部附属病院に持参して診断を受けた。S医師は,N病院のMRIの検査結果について,小脳扁桃下垂は見られず,急性期の低髄液圧症候群を示唆する所見は認められないが,びまん性に硬膜増強と静脈拡 をR大学医学部附属病院に持参して診断を受けた。S医師は,N病院のMRIの検査結果について,小脳扁桃下垂は見られず,急性期の低髄液圧症候群を示唆する所見は認められないが,びまん性に硬膜増強と静脈拡張があるから,低髄液圧症候群の慢性期の変化としても矛盾はない,硬膜の肥厚はごく軽度である,同MRミエログラフィーについて,脳脊髄液の漏出を示唆する液体貯留は特に認められないと診断し,P医療センターのMRIの検査結果について,明らかな硬膜増強,小脳扁桃下垂,静脈拡張は認められない,同RI脳槽シンチについて,各画像のいずれにおいても脊髄に明らかな漏出は認められず,脳脊髄液の循環は正常と考えられると診断した。 エBは,平成18年3月20日,N病院で胸椎へのブラッドパッチ治療(1回目)を受けた。カルテには,Bが「私は一般の低髄の本とは違い,起立性の頭痛というよりも常性なんです「頭痛は良くなりました「ブラッド」,」,(パッチ治療を)やった後はかなり楽だったけど,徐々に症状が出てきた感じ」旨述べたとの記載がある。Bは,朝起きたときの頭痛や首の痛みが軽減し,全体的に身体が軽くなったと述べている。 オO医師は,平成18年4月17日,本件事故により受傷して以来,頭痛,頚部痛,背腰痛,聴力異常,めまい,視力低下,倦怠,集中力・記憶力低下など多彩な症状が持続し,MRIの結果により小脳扁桃下垂,硬膜増強,静脈拡張等が認められ,MRミエログラフィーで胸椎に胸膜下髄液貯留(オー- 8 -ロラ徴候)が認められるとして,本件事故によってBに外傷性脳脊髄液減少症が発症したと診断した。 カBは,平成18年6月28日,O医師の診察を受け,MRミエログラフィーなどの検査を受けた。カルテには,症状は一部改善したが,大部分持続しているとの記載がある。その際の経過表には, たと診断した。 カBは,平成18年6月28日,O医師の診察を受け,MRミエログラフィーなどの検査を受けた。カルテには,症状は一部改善したが,大部分持続しているとの記載がある。その際の経過表には,首の痛みや頭痛は軽減しているが,軽度の頭痛,軽度の首痛,両耳鳴り,両上肢のしびれ,眼底痛等は持続しているとの記載がある。 キBは,平成18年12月21日,N病院で腰椎へのブラッドパッチ治療(2回目)を受けた。 クBは,平成19年4月2日,O医師の診察を受け,MRミエログラフィーなどの検査を受けた。 脳脊髄液減少症及びBに関する所見等O医師及びT医師の各尋問調書,その他の関係証拠によれば,次の事実が認められる。 脳脊髄液減少症の概念ア低髄液圧症候群は,髄液の漏出により脳脊髄腔の圧力が低下し,脳組織が下方に変位することで,頭痛等の症状を伴う一連の病態をいうものとして従来から知られていた。髄液の漏出がある状態で臥位から立位に移行すると,頭の位置が漏出部位より相対的に高くなって漏出が増加し,これにより頭蓋から脊髄へと髄液が移動し,脳も下方へと移動するため,これにより生じる起立性頭痛が低髄液圧症候群の特徴的な症状とされる。 イ低髄液圧症候群のうち,腰椎穿刺後など髄液漏の原因が明確なものを髄液漏性低髄液圧症候群といい,原因がはっきりしないものを特発性低髄液圧症候群という。特発性低髄液圧症候群は,特に誘因なく発症するものから,咳や軽い運動,頭部外傷による発症例も報告されるなど,軽度の外傷によって発症する可能性も十分あるとされ,交通事故等によるむちうち損傷によって- 9 -も発症し,その場合,外傷性頚部症候群の一つに分類される。 ウ低髄液圧症候群の診断基準は,①起立性頭痛を基本とする症状の存在(起立性頭痛以外にも,項部硬直,耳鳴り,聴力低下, 傷によって- 9 -も発症し,その場合,外傷性頚部症候群の一つに分類される。 ウ低髄液圧症候群の診断基準は,①起立性頭痛を基本とする症状の存在(起立性頭痛以外にも,項部硬直,耳鳴り,聴力低下,光過敏,悪心等の多彩な症状を伴う,②画像診断として,MRIによる硬膜増強,静脈拡張(頭。)蓋内体積が一定のため,髄液減少分を埋め合わせようとする代償性変化,)脳組織の下方変移等の間接所見,RI脳槽シンチ,MRミエログラフィーなどの画像による髄液漏の直接所見,③髄液圧の低下(代償性変化により低下しないこともある,などが一般的に認知されている。 )エ以上に対し,O医師を含む脳脊髄液減少症研究会に属する医師を中心として,従来交通事故等による鞭打ち損傷と診断された諸症状が,実は髄液漏によるものである場合が多いとして,新たな診断基準や病態の概念拡大が提唱されており,同研究会が作成したガイドラインもその一つに位置付けられる。 ただし,この新たな提唱によっても,起立性頭痛以外の症状をどの程度まで診断基準に盛り込むか,どの画像所見が診断基準として最も信頼性がおけるかなどの問題が未解決で,その意味で病態の概念は動いており,いまだ診断基準は統一されておらず,医療従事者の間で共通のコンセンサスを得られていない(なお,上記③を欠く症例があるため,O医師らは低髄液圧症候群のことを脳脊髄液減少症と呼び替えることを提唱しており,本件の公訴事実はこれに倣っているが,以下「低髄液圧症候群」として表記する)。 O医師のBに関する所見アガイドライン及びO医師の診断基準の要旨は,①症状として,頭痛,頚部痛,項部痛,腰痛,めまい,耳鳴り,動悸,記憶力・集中力低下,睡眠障害等,②画像診断として,RI脳槽シンチ(髄液漏出,3時間以内のアイソトープの早期膀胱集積,早期クリアラ ,①症状として,頭痛,頚部痛,項部痛,腰痛,めまい,耳鳴り,動悸,記憶力・集中力低下,睡眠障害等,②画像診断として,RI脳槽シンチ(髄液漏出,3時間以内のアイソトープの早期膀胱集積,早期クリアランスのうち1項目以上の陽性)を最も信頼性の高い直接所見とし,MRI,MRミエログラフィーは参考所見とする,というものである。 - 10 -イO医師は,次の諸点を指摘し,本件事故によってBに外傷性低髄液圧症候群が発症したと総合的に診断したと述べている。 本件事故前,それまで存在したBの症状は軽快しており,事故前に低髄液圧症候群が発症していたとは考えられないし,これまでの経験や文献等によれば,Bの既往症が原因となって低髄液圧症候群が引き起こされたとも考えられない。平成13年3月17日の症状をみても,首が痛いとか動かしにくいというだけで,いくつかの症状が組み合わされておらず,低髄液圧症候群が発症していたとは考えられない。また,Bの現在の症状が既往症によるものとも考えられない。 本件事故後,すぐにBに頭痛,項部痛,眼奥痛,身体の疲れなどの症状が出ており,これらは低髄液圧症候群に特徴的にみられる多彩な症状と合致する。しかも,頚椎捻挫であれば概ね1か月以内に良くなるが,平成13年5月以降に頚椎牽引等の治療を続けても改善せず,その後,新たな症状も加わりながら,症状が長期間持続している。これらによれば,単なる頚椎捻挫とは考えられず,そのころから本件事故による外傷性低髄液圧症候群が発症していたといえる。慢性期になってしまうと起立性頭痛がないこともあり,Bにこれがなくてもおかしくはない。Bを問診し,過去の病歴や現在の症状を確認しながら,Bの表情や歩き方等を注意深く観察し,Bが訴える症状が実際に存在したことを確認している。 N病院の12月3日のMRミエログラフ くてもおかしくはない。Bを問診し,過去の病歴や現在の症状を確認しながら,Bの表情や歩き方等を注意深く観察し,Bが訴える症状が実際に存在したことを確認している。 N病院の12月3日のMRミエログラフィーで,肋間にオーロラを確認し,MRIでは小脳扁桃下垂,硬膜増強,静脈拡張を確認した。1回目のブラッドパッチ治療後である平成18年6月28日のMRミエログラフィーで,胸椎のオーロラが前回よりもくっきりしているのを確認した。2回目のブラッドパッチ治療後のMRミエログラフィーで,平成17年12月3日の画像と比べると,左胸のオーロラが明らかに減少し,右胸のオーロラが一部薄くなっているのを確認した。もちろん,機材は同じものを使用- 11 -し,撮影は同様の方法で実施している。 1回目のブラッドパッチ治療後,B自身も背部痛等の軽減を訴え,診察すると身体の動きも良くなり,話しがスムースになるなど,改善が認められた。Bの話し方や表情等をみて,プラシーボ効果(治療による精神的効果)ではないと考えられた。ただし,背中の痛みや頭痛は一部改善されたが,まだBが頭痛や吐き気を訴えていたので,硬膜の破れを全て塞ぎ切れていないと判断し,Bの強い希望もあり,腰椎へ2回目のブラッドパッチ治療を実施することにした。 2回目のブラッドパッチ治療後,Bの診察室へ出入りする動きもスムースになり,話す速度や問いかけに対する理解の程度,感情の豊かさという点で,1回目のブラッドパッチ治療後と比べても明らかに改善が認められた。B自身も,頭痛やめまい,腰痛等が軽減し,身体の疲れ方が全然違うと話していた。また,ブラッドパッチ治療後にオーロラが減少しており,髄液漏れがブラッドパッチ治療により止まったこと,すなわち,Bが低髄液圧症候群であることを客観的に裏付けていると判断した。 当裁判所の ていた。また,ブラッドパッチ治療後にオーロラが減少しており,髄液漏れがブラッドパッチ治療により止まったこと,すなわち,Bが低髄液圧症候群であることを客観的に裏付けていると判断した。 当裁判所の判断そこで,Bに低髄液圧症候群が発症しているとのO医師の診断を採用できるかについて検討する。 まず,特発性低髄液圧症候群が交通事故によるむちうち損傷によっても発症することは一般的に認知されており,本件事故の態様,事故によりBが受けた衝撃等に照らせば,本件事故が特発性低髄液圧症候群の発症原因となり得ることについては疑いがない。 しかしながら,文献等の関係証拠によれば,特発性低髄液圧症候群の詳しい発生機序は依然として不明であり,症状や病態の概念が動いていることや,低髄液圧症候群が発症しているとして,それが,誘因なく発症したものか,外傷性によるものかの判別が困難であることなどから,交通事故と低髄液圧症候群- 12 -との関係については,いまだ医療従事者の間でも共通の認識が得られていない。 そうすると,低髄液圧症候群の発症自体の判断はもちろん,仮に低髄液圧症候群が発症しているとして,その発症原因の特定や因果関係の判断はさらに慎重に検討する必要がある。 O医師は,Bの症状を診断の根拠の一つとしているため,まず症状の内容について検討する。 この点,低髄液圧症候群が発症していれば,起立性頭痛以外にも多彩な症状を伴うことは一般的に認知されており,O医師は,頭痛,頚部痛,項部痛,耳鳴りなどの症状を広く診断基準に加えている。これに対しては広すぎて診断基準にならないとの指摘もあるが,低髄液圧症候群の特徴をひとまずは捉えてあり,一応納得できるといえる。 そして,Bは,本件事故後,すぐに頭痛,頚部痛,項部痛,眼奥痛等を訴え,平成13年11月ころに激しい頭痛を訴えて異動 摘もあるが,低髄液圧症候群の特徴をひとまずは捉えてあり,一応納得できるといえる。 そして,Bは,本件事故後,すぐに頭痛,頚部痛,項部痛,眼奥痛等を訴え,平成13年11月ころに激しい頭痛を訴えて異動を余儀なくされ,平成14年8月ころに耳鳴りなどの症状も訴えるようになり,複数の医療機関等を受診して治療を続けたが,それらは改善しないまま持続している。Bの供述や関係箇所のカルテの記載,L耳鼻咽喉科及びK整形外科での診断結果,O医師が,Bを問診し,現在の症状等を確認しながら,その表情や歩き方等を観察し,症状があることを確認したと述べていることなどに照らせば,Bに実際にこれらの症状が存在し,持続していたものと認められる。なお,Bが起立時に頭痛がひどくなった旨を述べ,P医療センターの問診票にその旨の記載があったことが窺われるが(甲31,同医療センターのカルテには頭痛は起立性でない(n)「onorthostatic )旨の記載もあり,他にBに起立性頭痛が存在したことを窺」わせる証拠はない。 これらの症状に関し,O医師は,低髄液圧症候群に特徴的にみられる多彩な症状と合致しており,長期間持続していることなどから,単なる頚椎捻挫とは考えられず,低髄液圧症候群の発症を裏付けていると指摘する。 - 13 -この点,O医師が,低髄液圧症候群の慢性期では起立性頭痛がない場合もあると指摘し,O医師らによる低髄液圧症候群の概念拡大に批判的であるT医師も,上記3ウで挙げた低髄液圧症候群の診断基準のうち,①ないし③のいずれか1つを欠く症例があることは一般的に認知されていると指摘するとおり,本件でBに起立性頭痛が認められないことから直ちに低髄液圧症候群の発症が否定されるわけではない。そして,ガイドラインの診断基準に照らせば,Bの症状は低髄液圧症候群の症状とよく合致 と指摘するとおり,本件でBに起立性頭痛が認められないことから直ちに低髄液圧症候群の発症が否定されるわけではない。そして,ガイドラインの診断基準に照らせば,Bの症状は低髄液圧症候群の症状とよく合致しており,O医師が,Bを診察し,多数の臨床経験をもとにして,その症状の内容や程度等を検討した結果,これらが低髄液圧症候群によるものと疑ったことは,一応納得できるものといえる。 しかしながら,他方で,O医師は,早い時期にBに低髄液圧症候群が発症していたと述べるが,本件事故から約半年後に急に頭痛が増悪し,1年以上経過してから耳鳴りが出現した理由について,うまく説明できないようにもみえる(甲41参照。 )また,症状から診断する際には,第1に,低髄液圧症候群の症状は多彩であるが故に,低髄液圧症候群なら多彩な症状が生じるとはいえるが,多彩な症状が生じているから低髄液圧症候群ということはできず,症状のみでは診断の決め手とならないことに注意する必要がある。T医師も,ガイドラインがいう症状は,複数の不定愁訴を訴えるほとんどの人が該当するもので,髄液が漏れるという病態の本則と結びついておらず,誤診の症例が生じてしまうと指摘している。そうすると,本件のように起立性頭痛がない場合には,とくに症状以外の検査結果を慎重に検討する必要がある。 第2に,症状が多彩であるが故に,他の疾病の症状と重なり合うことがあり,当該症状が低髄液圧症候群によるものか,他の疾病によるものかを検討し,除外診断を慎重に行う必要がある。本件では,Bは本件事故前に他の疾病による症状を有しており,その検討は,低髄液圧症候群の発症自体の判断や本件事故との因果関係の判断に不可欠といえる。 - 14 -そこで,以下,Bの検査結果について検討した上,本件事故前のBの症状との関係について検討する。 アまず ,低髄液圧症候群の発症自体の判断や本件事故との因果関係の判断に不可欠といえる。 - 14 -そこで,以下,Bの検査結果について検討した上,本件事故前のBの症状との関係について検討する。 アまず,N病院では,Bに対しMRミエログラフィーとMRIによる検査が実施されているが,O医師は,MRIによる硬膜増強,静脈拡張及び小脳扁桃下垂がBに関して確認できたと指摘する。 しかしながら,小脳扁桃下垂について,O医師自身が下垂は軽度であると指摘している上,R大学のS医師は下垂は見られないとし,数日後P医療センターで実施されたMRIについて,Q医師は境界例とし,S医師は下垂は認められないとしている。そして,T医師は,N病院のMRIでは下垂していないと指摘する。これらによれば,小脳扁桃下垂を確認したとのO医師の診断を支持するのは困難といわざるを得ない。 また,硬膜増強について,S医師は,増強自体はあるとするが,びまん性のもので硬膜の肥厚はごく軽度であるとし,慢性期であれば低髄液圧症候群の症状と矛盾しないという程度の診断であり,数日後P医療センターで実施されたMRIについて,Q医師は増強を陰性とし,S医師は明らかな増強は認められないとしている。そして,T医師は,そもそも硬膜がどの程度増強していれば異常といえるのかの明確な基準自体がないが,正常人でも増強効果を示すことが一般的に知られていることから,軽度の増強で異常とすべきではないし,現にN病院のMRIでは増強は軽度で,低髄液圧症候群に特徴的な増強は認められないと指摘する。なお,O医師も,正常と異常との線引きが困難であり,顕著な変化ではないので恐らく見解が分かれると指摘している(O医師尋問調書222項,261項。これらによれば,硬膜増強を)確認したとのO医師の診断を支持するのは困難といわざるを得ない。 困難であり,顕著な変化ではないので恐らく見解が分かれると指摘している(O医師尋問調書222項,261項。これらによれば,硬膜増強を)確認したとのO医師の診断を支持するのは困難といわざるを得ない。 さらに,静脈拡張について,S医師は,静脈系の拡張自体はあるとするが,びまん性のもので,慢性期であれば低髄液圧症候群の症状と矛盾しないという程度の診断である上,数日後P医療センターで実施されたMRIについて,- 15 -S医師は拡張は認められないとし,Q医師はその診断自体をしていない。そして,T医師は,静脈の大きさには個人差があり,同一人でも条件次第で異なるし,正常例での分布等も示されていないため,多数の医師やQ医師がそうであるように,非常に強い拡張でない限り診断基準とすべきでないと指摘する。なお,O医師も,顕著な変化ではないので恐らく見解が分かれると指摘している(同222項,261項。これらによれば,静脈拡張を確認し)たとのO医師の診断を支持するのは困難といわざるを得ない。 そうすると,O医師のMRIの検査結果に関する診断は,いずれも支持することができない。 イまた,O医師は,MRミエログラフィーで肋間にオーロラを確認し,2回目のブラッドパッチ治療後にこれが改善したと指摘する。 しかしながら,MRミエログラフィーによる髄液漏出画像が直接所見であることは一般的に認知されているものの,肋間のオーロラが低髄液圧症候群の間接所見といえるかは医療従事者の間で意見は一致しておらず(同255項,健常者の画像でオーロラが出現した例や,ブラッドパッチによる治療)で改善があった患者でオーロラが増強した例も報告され(甲37,ガイド)ラインでも,MRミエログラフィーは機種及び撮影法による違いが著しいため,参考所見に留めるとされている(甲37。また,4月3日 で改善があった患者でオーロラが増強した例も報告され(甲37,ガイド)ラインでも,MRミエログラフィーは機種及び撮影法による違いが著しいため,参考所見に留めるとされている(甲37。また,4月3日のMRミエ)ログラフィーについて,S医師は,脳脊髄液の漏出を示唆する液体貯留は特に認められないとしており,医師による診断も分かれている。そして,T医師は,MRミエログラフィーの画像では遅い動きの自由水はすべて白く写るため,オーロラはリンパ管や静脈,脂肪の可能性があり,髄液漏と断定できない,オーロラを間接所見とするのはO医師の独自の見解に過ぎないと指摘する。なお,O医師も,オーロラが髄液以外の可能性があることを認めている(同60項。 )これらによれば,オーロラが見られるからといって髄液漏があると即断す- 16 -ることはできず,これが直ちに低髄液圧症候群の間接所見であると認めることはできない。これを前提とするO医師の診断を支持するのは困難である。 なお,検察官は,現在,高度のオーロラは低髄液圧症候群の所見と考えられるようになっており,臨床例も複数あると指摘するが,他方で,O医師は,平成17年12月くらいの時点では,オーロラについて確信は持っていなかったとも述べており(同139項,結局,その診断価値はいまだ十分に定)まっているとはいえず,同指摘は採用できない。 ウさらに,RI脳槽シンチによる漏出画像が直接所見であることは一般的に認知されているものの,アイソトープの早期膀胱集積及び早期クリアランスについては異論があり(T医師は,アイソトープの吸収や排泄の早さには個人差があると言われており,脊髄からの髄液の吸収を考慮していなかったり,正常例での検証も十分になされていないと指摘している,その診断価値。)はいまだ定まっているとはいえないが, 排泄の早さには個人差があると言われており,脊髄からの髄液の吸収を考慮していなかったり,正常例での検証も十分になされていないと指摘している,その診断価値。)はいまだ定まっているとはいえないが,ガイドラインでは,RI脳槽シンチによる所見を最も信頼性の高い直接所見とし,O医師も,三項目のうち1つでも該当すれば,髄液漏があると指摘している(同27項。 )しかしながら,P医療センターのRI脳槽シンチについて,Q医師は低髄液圧症候群を示唆する所見は見られないとし,S医師は,脊髄に明らかな漏出は認められず,脳脊髄液の循環は正常と考えられるとしており,結局,本件では,Bに関してガイドラインがいう最も信頼性の高い所見が認められていないことになり,篠永医師の診断は自らの診断基準と整合しないようにみえる。 この点,O医師は,RI脳槽シンチでは異常がなくても他の検査結果等から低髄液圧症候群といえるケースもあり,漏れの程度が少ない場合や画像の精度の問題があるため,RI脳槽シンチだけでは判断できないことが理解されつつある,そのような臨床例が診断した約1200人のうち30ないし50例くらいあると指摘するが(同32項,かえって,診断基準の客観性,)- 17 -一貫性を担保できていないように考えられる。 エ以上のとおり,O医師の検査結果に関する診断は,いずれも支持するのが困難であり,採用できない。 次に,本件事故前のBの症状との関係について,O医師は,Bの既往症については十分に検討した上で診断した,事故前にBの症状は軽快しており,既往症によって低髄液圧症候群が発症したとか,現在の症状が既往症によるものとは考えられないと指摘し,Bも既往症のことはO医師に伝えたと述べている。 また,事故前にBを診察したF医師やG医師も,事故前のBには神経症状は認められなかった したとか,現在の症状が既往症によるものとは考えられないと指摘し,Bも既往症のことはO医師に伝えたと述べている。 また,事故前にBを診察したF医師やG医師も,事故前のBには神経症状は認められなかったと述べている。 しかしながら,O医師は,慢性関節リウマチ,シェーグレン症候群,変形性頚椎症については低髄液圧症候群とかなり重複する症状があると指摘しており(O医師尋問調書105項,108項,既往症の検討も,Bからの問診によ)る情報が基本であり,カルテ等を詳細に検討した結果ではない(同337ないし339項,甲19・34頁。たしかに,検察官が指摘するとおり,本件事)故前の1年間に限れば,Bは通常の勤務に復帰し,頭痛や頚部痛を訴えたこともうかがわれない上,Bも首の痛みはなかったと述べており,Bの既往症は改善傾向にあったものと認められるが,この間ですら,Bは,本件事故の直前の平成13年1月から4月にかけてI接骨鍼灸院に通院し,同年3月には頚椎捻挫と診断されている。これは本件事故後の最初の診断と同じ診断である上,カルテの記載からは症状が軽度であったとも言い切れない。さらに,それ以前についてみれば,Bが既往症の治療を続けながら平成9年まで約2年間休職したこと,Bが,仕事に復帰した後,平成10年3月から本件事故の約1年前まで合計約150回の頚椎牽引等を続けたこと,その間,Bに頭痛が持続していることなどが明らかであり,その他の診療経過等をみても,本件事故の時点において,Bの既往症が完全に軽快していたとみるのは困難である。そうすると,既往症が本件事故によって再発又は増幅した可能性を否定することはできない。 - 18 -これらによれば,本件では,O医師の診断を前提としても,本件事故後にBに生じた症状のすべてが,低髄液圧症候群によるものであり,事故前の既往症 は増幅した可能性を否定することはできない。 - 18 -これらによれば,本件では,O医師の診断を前提としても,本件事故後にBに生じた症状のすべてが,低髄液圧症候群によるものであり,事故前の既往症と全く関係がないと認めるには疑問が残るといわざるを得ない。 最後に,治療効果との関係について,O医師は,2度のブラッドパッチ治療後のいずれも症状の改善が認められ,MRミエログラフィーでもオーロラの減少が認められたと指摘する。この点,オーロラ所見が直ちに髄液漏を意味するといえないことは上記のとおりであるが,症状の改善については,Bの供述や関係箇所のカルテの記載,O医師がBを問診するなどして改善を確認していることや,その臨床経験等に照らせば,O医師がある程度の治療効果があったと診断したことは,一応肯認することができる(他方で,T医師は,プラシーボ効果によって改善した可能性があり,そもそも改善に関する主治医の判断は,客観性が担保されておらず信用できないと指摘する。 。)以上によれば,O医師の診断根拠のうち,Bの症状と治療効果については一応肯認できるところもあるが,とくに慎重に検討すべき検査結果については根拠を欠いているといわざるを得ず,その客観性には疑問が残る。また,Bの症状についても,本件事故前の既往症との関係等で本件事故との因果関係については疑問が残る上,精神的ストレスが症状を悪化させたという側面も窺われ(O医師尋問調書438項,L耳鼻咽喉科での診断書等,その寄与の度合い)や,低髄液圧症候群の発症との関係が明らかではない。さらに,治療効果についても,O医師自身が,Bは境界領域の患者であり医師によって判断が分かれると述べていることや(同313項,314項,O医師の研究を支持するQ)医師がBに低髄液圧症候群の発症はないと診断していることなどに ,O医師自身が,Bは境界領域の患者であり医師によって判断が分かれると述べていることや(同313項,314項,O医師の研究を支持するQ)医師がBに低髄液圧症候群の発症はないと診断していることなどに照らせば,プラシーボ効果ではないかとの指摘も否定し去ることはできない。 これらによれば,Bに関するO医師の診断結果を採用することはできず,他にBに低髄液圧症候群が発症していることを認めるに足りる証拠もないから,結局,本件において,本件事故によってBに低髄液圧症候群が発症したとの立- 19 -証がなされたと認めることはできない。 そうすると,関係証拠によれば,Bは,事故当初の診断(乙3)のとおり,本件事故により頚椎捻挫の傷害を負ったと認めざるを得ない。そして,その程度(加療期間)については,当初の診断書によれば,加療10日間を要するとされているが,この期間はその時点における見込みにすぎない上,Bはその後長期間治療を継続し,当初診断をしたK医師においては,平成15年12月にBの症状がほぼ固定したと診断していることからして,当初の加療期間をそのまま採用することはできない。しかし,他方で,前述のとおり,本件事故後のBの症状には,それ以前の既往症が影響した可能性があること,頚椎捻挫の一般的な治療期間は3か月から6か月とされ(弁1,又は,その多くが1か月)程度で軽快するとされていること(弁1の鑑定資料3,本件事故の態様等に)照らすと,上記症状固定までの期間のすべてを,本件事故を原因とする傷害の治療に要したものとみることもできず,高い証明の程度を要する刑事裁判としては,その加療期間について,正確な期間を認定することは困難であるが,およそ数か月を要したものと認めるのが相当である。 (法令の適用)罰条平成13年法律第138号による改正前の刑法211条 としては,その加療期間について,正確な期間を認定することは困難であるが,およそ数か月を要したものと認めるのが相当である。 (法令の適用)罰条平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段科刑上一罪の処理刑法54条1項前段,10条(犯情の重いB美津子に対する業務上過失傷害の罪の刑で処断)刑種の選択罰金刑を選択労役場留置刑法18条訴訟費用の不負担- 20 -刑事訴訟法181条1項ただし書(求刑・罰金40万円)平成20年4月21日福岡地方裁判所第2刑事部裁判官杉原崇夫裁判官泉有美裁判長裁判官林田宗一は異動のため,署名することができない。 裁判官杉原崇夫

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