令和7年2月18日宣告令和6年(う)第204号判決 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中140日を原判決の刑に算入する。 理由 第1 原判決及び控訴趣意の概要(以下、略称等は、原判示第2の被害者を「被害者」とするほかは、基本的に原判決に 従う。) 1 原判決は、要旨、次の罪となるべき事実を認定して、被告人を無期懲役に処した。 被告人は、令和5年6月2日、軽四輪乗用自動車を無免許運転し(原判示第3)、Aと共謀の上、①同年5月17日、北九州市a区役所において、住所を異動した旨 の内容虚偽の住民異動届を提出して住民基本台帳システムに不実の記録をさせ、北九州市役所が管理するサーバー内に備え付けさせ(原判示第1)、②同年6月2日午後零時50分頃から同日午後1時29分頃までの間に、福岡県内の被害者方において、被告人が、当時52歳の被害者に対し、催涙スプレーを噴射し、殺意をもって、被害者の前頚部を圧迫し、両手首及び両足首を結束バンドで緊縛するなどし、 頚部圧迫による窒息により殺害した上、通帳3冊、印鑑1個及び上記自動車1台(時価約1万円相当)等を強取し(ただし、Aには殺意がなかった。原判示第2)、③同日、被害者名義の預金払戻請求書を偽造し、②で強取した通帳とともに提出行使し、銀行2行から現金合計102万8000円を詐取した(原判示第4及び第5)。 2 弁護人Bの控訴趣意は、同人作成の控訴趣意書記載のとおりであり、事実誤 認及び量刑不当の主張である。 第2 事実誤認の主張について 1 論旨論旨は、被告人は被害者を殺害していないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認 り、事実誤 認及び量刑不当の主張である。 第2 事実誤認の主張について 1 論旨論旨は、被告人は被害者を殺害していないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、という。 2 原判決の説示原判決は、要旨、以下のとおり説示して、被告人が被害者の頚部を圧迫して殺害したと認定した。 被害者は、令和5年6月2日朝から同月3日朝までの間に、前頚部を圧迫され、頚部圧迫に基づく窒息により死亡した。同月5日、被害者の遺体が発見された際、 その両手首及び両足首はそれぞれ結束バンドで緊縛されていた。生きている者が手足を緊縛された場合、手先・足先のうっ血や皮下出血、圧迫部辺縁の出血、圧迫を解除しようと体を動かすことによる皮膚のめくれが生じるはずであるが、被害者の両手首及び両足首にはそのような損傷はなかったから、被害者は死亡直前又は死亡後に手足を緊縛されたと推認できる。 また、被害者の血液からは日常ではあり得ない高濃度のカプサイシンが検出されていること、カプサイシンの血中半減期が約24分であること、尿中濃度が血中濃度の6分の1と低値であることからすれば、被害者は、何らかの異常な事態により多量のカプサイシンを摂取した後、血中から尿中に十分移行する間もない短時間のうちに死亡したと推認できる。 他方、被告人は、令和5年6月2日昼頃に被害者方を訪れ、被害者と口論になり、被害者の顔面にカプサイシン入りの催涙スプレーを噴射し、両手首及び両足首を結束バンドで緊縛したことを認めており、これらの事実は客観的証拠によっても裏付けられている。 以上を総合すると、被害者は、被告人から催涙スプレーを噴射され、その直前又 は直後に前頚部を何者かにより圧迫され、これにより死亡する直前又は死亡した後 的証拠によっても裏付けられている。 以上を総合すると、被害者は、被告人から催涙スプレーを噴射され、その直前又 は直後に前頚部を何者かにより圧迫され、これにより死亡する直前又は死亡した後 に被告人に手足を緊縛されたということになるが、このような事実経過からすれば、被害者の前頚部を圧迫したのが被告人以外の者であったとは考えられない。 3 当裁判所の判断⑴ 原判決の認定、判断は、相当なものであって、論理則、経験則等に照らし、不合理な点は認められず、当裁判所も是認することができる。 ⑵ 所論は、①原判決は、法医学教室の教授であるC証言に依拠して、被害者はカプサイシンを摂取した後、短時間のうちに死亡したと認定するが、C証言は文献に基づくもので、その文献も明らかでないから、信用できない、②被害者方は被告人の実家であるから、被告人は貴重品の保管場所の予測がついており、物色行為をする必要がないにもかかわらず、被害者の遺体があった部屋が散乱状態であったこ とや、被害者の膣内の精液反応が陽性であることなどからすれば、第三者が被害者を殺害した可能性がある、③被告人に被害者を殺害する理由がない、という。 しかし、①(C証言の点)について、C証人は、文献の記載と自らの専門的知見を併せて、カプサイシンは、人体への摂取後、早期に尿中に排泄されるものであり、その血中半減期は約24分であることを前提に、被害者の遺体のカプサイシンの血 中濃度は非常に高く、被害者が、生前、多量のカプサイシンを摂取したと考えられる一方で、尿中濃度は、血中濃度の約6分の1であり、尿中にあまり排泄されておらず、死後には排泄が生じないことから、被害者は、カプサイシンを摂取後、短時間で死亡したと考えられる旨、代謝に係る機序との関係で被害者死亡時の状況 血中濃度の約6分の1であり、尿中にあまり排泄されておらず、死後には排泄が生じないことから、被害者は、カプサイシンを摂取後、短時間で死亡したと考えられる旨、代謝に係る機序との関係で被害者死亡時の状況を述べており、単に文献の記載のみから証言しているものではないことが明らかである。 C証言の内容の合理性に疑いはなく、十分に信用することができる。②(第三者の犯行可能性の点)について、まず、物色の形跡があるとする点は、被告人は、平成20年10月頃以降、本件犯行当日まで一度も被害者方を訪れたことがなく、本件犯行当時は、同居の母親が入院していて被害者が単身居住していることも知らなかったというのであるから、被告人は貴重品の保管場所の予測がつき、物色の必要が ないとする所論は、その前提を欠いている。また、膣内の精液反応の点は、一件記 録を精査しても、被害者が性的暴行を受けたことなどをうかがわせる事情は存在しないし(被害者の膣内容から他人のDNAは検出されておらず、膣粘膜等に損傷は認められない。)、膣液が多量にあった場合も精液反応は陽性になり、陽性であることは直ちに膣内に精液が存在したことを意味しないと認められるから、被害者が被告人からカプサイシン入りの催涙スプレーを噴射され、その後短時間のうちに死亡 したと認められる本件において、所論指摘の事情が第三者の犯行であるとの合理的疑いを生じさせるものとはならない。③(動機の点)について、被告人は、被害者方を立ち去った数分後、電話で、Aに対し、「かっとして、被害者の首を絞めた」旨発言したことが認められる(なお、所論は、この事実を証言するAの証言は信用できないという。しかし、上記通話が終了した数分後にAと電話で話したDが、同 旨の話をAから聞いた旨証言していること、Dがその通話中に絞 められる(なお、所論は、この事実を証言するAの証言は信用できないという。しかし、上記通話が終了した数分後にAと電話で話したDが、同 旨の話をAから聞いた旨証言していること、Dがその通話中に絞め技による失神についてウェブサイトを閲覧したことと整合していることを指摘し、十分に信用できるとした原判決に誤りはない。)。被告人に被害者を殺害する理由がないとする所論は採り得ない。 ⑶ 以上のほか、所論は、被害者の前頚部を圧迫して殺害したのは被告人ではな いと解すべき理由として、容易に自身の犯行であると明らかになる状況で、被害者を殺害する重大な犯行を行うことは考え難い、被害者を殺害しようとすれば、被告人の身体にも抵抗された痕跡が残るはずであるが、被告人に目立った怪我はない、などとも指摘する。 しかし、所論が指摘する点は、いずれも、被告人が被害者の前頚部を圧迫したと しても両立するものであって、それを否定する事情とはいえないから、賛同できない。 その余の所論を踏まえても、原判決の認定、判断に誤りはない。 第3 量刑不当の主張について 1 論旨 論旨は、被告人を無期懲役(求刑無期懲役)に処した原判決の量刑は重過ぎて不 当である、という。 2 原判決の説示原判決は、「量刑の理由」において、要旨、判示第2の犯行は、金銭を得るという目的を達成するために被告人なりに考えられた計画的犯行であり、暴行の態様は執拗で残虐である、被害結果は重大で、被害者の兄が厳しい処罰感情を述べている のも当然である、被告人自らが得た金銭的利益こそわずかであるものの、犯情は極めて重い、と指摘し、被告人は、職場で知り合ったAに対し、20年間にわたり合計5800万円余りを送金しており、本件も被告人がA家に金を融通するために行われた 銭的利益こそわずかであるものの、犯情は極めて重い、と指摘し、被告人は、職場で知り合ったAに対し、20年間にわたり合計5800万円余りを送金しており、本件も被告人がA家に金を融通するために行われたものであることからすれば、Aの存在が本件に与えた影響は否定できないが、被告人が自らの意思に反してAへの服従を余儀なくされる立場にあったとは評価で きず、Aとの関係を量刑上特段被告人に有利に考慮すべき理由はない、とする。その上で、被告人に前科前歴がないことや犯罪事実の一部を認めていること等を踏まえてもなお、酌量減軽には程遠い、として、被告人を無期懲役に処した。 3 当裁判所の判断⑴ 原判決の指摘する量刑事情の認定、評価は、概ね相当なものであって、酌量 減軽を行わず、被告人を無期懲役に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。 ⑵ 所論は、被告人は、Aに対する借金返済の名目で、売春をしたり自らの生活費を削ったりして捻出した金銭をAに送金するなど、Aのために行動するよう知らず知らずのうちに支配され、本件についても、Aのためにやらなければならないと 考えるに至ったものであり、このような被告人とAとの関係は、量刑上重視されるべきであるのに、原判決は、この点を量刑上特段被告人に有利に考慮すべき理由はないとし、不当に重い量刑をしている、という。 たしかに、被告人は、自らの生活費を切り詰めるなどしてまでAに金銭を渡さなければならないと思い込み、実際に、長期間にわたり多額の金銭をAに送金してお り、本件もAに金銭を渡すことを主たる目的として敢行されたものであるから、A の存在が本件犯行に与えた影響は、量刑上一定の考慮を要するというべきである。 しかしながら、所論指摘の事情があったとしても、そのことは、それと無 主たる目的として敢行されたものであるから、A の存在が本件犯行に与えた影響は、量刑上一定の考慮を要するというべきである。 しかしながら、所論指摘の事情があったとしても、そのことは、それと無関係の被害者に対して原判示第2のような犯行を行うことを、もとより正当化する事情となるものではないし、原判決も、所論指摘の事情を前提として、被告人が本件犯行に及ぶことを主体的に決断し、自ら積極的に犯行用具を準備などしていることを踏 まえた上で、特に原判示第2の犯行の計画性、犯行態様の悪質性、結果の重大性等に照らせば、犯情は極めて重く、酌量減軽は適当でないと評価したものであって、原判決のかかる評価に誤りはない。 第4 結論なお、原判決中、「法令の適用」の「没収」の項に、「有印私文書偽造を組成した 物」とあるのは、「偽造有印私文書行使を組成した物」の誤りであるが、この誤りは判決に影響を及ぼさない。 以上によれば、論旨は、いずれも理由がないから、刑訴法396条、181条1項ただし書、刑法21条により、主文のとおり判決する。 令和7年2月18日 福岡高等裁判所第3刑事部 裁判長裁判官平塚浩司 裁判官高橋明宏 裁判官関洋太
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