令和1(わ)2245 殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反

裁判年月日・裁判所
令和4年10月4日 名古屋地方裁判所
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判決文本文9,583 文字)

主 文被告人を懲役30年に処する。 未決勾留日数中730日をその刑に算入する。 理 由(犯行に至る経緯)被告人は、平成13年頃に発症した統合失調症により、「誰かが拉致しに来る」「危害を加えに来る」といった被害関係妄想を有しており、その影響で、令和元年6月頃には、昼夜を問わず、被告人方に設置した防犯カメラの映像を監視する生活をしていたところ、同月24日午後10時20分頃、A及びB(以下、AとBを併せて「被害者ら」という。)が前記防犯カメラに向かって手を振るなどしたことから、前記被害関係妄想の影響により、被害者らが自分に危害を加えに来たのではないかなどと考え、サバイバルナイフの入ったショルダーバッグを持って被告人方を出た。 その後、被告人は、Aから「カメラが何で赤いんだ」と何度も聞かれたことから、前記被害関係妄想の影響により、被害者らが被告人方の秘密を探ろうとしているなどと考えて怖くなり、「警察を呼ぶ」と言ってその場から逃げようとしたが、Aから左手を掴まれ、Bから背中を押されたため逃げることができず、さらに、被害者らのどちらかから強い力で背中を押されたことで、頭の中に「バッグからナイフを出して刺せ」という声が繰り返し響くという、統合失調症の症状である思考吹入が生じた。 (罪となるべき事実)第1 被告人は、前記思考吹入を直接の契機として、同日午後10時30分頃、名古屋市(住所省略)先路上において、前記ショルダーバッグからサバイバルナイフ(刃体の長さ約18.5センチメートル。以下「本件ナイフ」という。)を取り出し、対面するA(当時44歳)に対し、殺意をもって、その胸部を本件ナイフで三回突き刺し、その結果、 同月25日午前0時56分頃、同市中区三の丸4丁目1番1号独立行 フ」という。)を取り出し、対面するA(当時44歳)に対し、殺意をもって、その胸部を本件ナイフで三回突き刺し、その結果、 同月25日午前0時56分頃、同市中区三の丸4丁目1番1号独立行政法人国立病院機構名古屋医療センターにおいて、同人を胸部の刺切による肝臓損傷、胃損傷、右肺動脈及び肺静脈損傷、右気管支損傷等に続発した出血性ショックにより死亡させて殺害した。 第2 被告人は、繰り返し響く前記思考吹入に加え、統合失調症の影響により、神が仰向けに倒れているBを押さえているような感じがし、同人のところへ行くのが当たり前のように感じるなどしたことから、同月24日午後10時30分頃、前記路上において、仰向けに倒れている同人(当時41歳)に対し、殺意をもって、その胸腹部を本件ナイフで二、三回突き刺したり、四つん這いの状態の同人の背部等を本件ナイフで複数回突き刺したりするなどし、その結果、同日午後11時16分頃、同市千種区若水1丁目2番23号名古屋市立東部医療センター(当時)において、同人を胸腹部及び左右上下肢刺切による肝損傷、腎損傷、胃損傷、左右肺損傷等に続発した出血性ショックにより死亡させて殺害した。 第3 被告人は、業務その他正当な理由による場合でないのに、同日午後10時30分頃、前記路上において、本件ナイフ1本を携帯した。 (法令の適用)被告人の判示第1及び第2の各所為は、いずれも刑法199条に、判示第3の所為は、令和3年法律第69号による改正前の銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号、22条にそれぞれ該当するところ、各所定刑中判示第1及び第2の各罪の刑についてはいずれも有期懲役刑を、判示第3の罪の刑については懲役刑をそれぞれ選択し、以上は刑法45条前段の併合罪であるから、同法47条本文、10条により刑及び犯情の最も重 判示第1及び第2の各罪の刑についてはいずれも有期懲役刑を、判示第3の罪の刑については懲役刑をそれぞれ選択し、以上は刑法45条前段の併合罪であるから、同法47条本文、10条により刑及び犯情の最も重い判示第2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役30年に処し、同法21条を適用して未決勾留日数中730日をその刑に算入し、 訴訟費用は、刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (責任能力の主張に対する判断) 1 弁護人の主張弁護人は、本件各犯行当時、被告人の統合失調症の病態水準は深い水準にまで落ち込んでおり、自分の行動をコントロールする能力が失われていたか、著しく低下していたから、心神喪失又は心神耗弱の状態にあったと主張する。 当裁判所は、本件各犯行当時、被告人は心神喪失又は心神耗弱の状態にはなく、責任能力に欠けるところはないと判断したので、以下、その理由を述べる。 2 認定した事実関係各証拠によれば、以下の事実を認定することができる。 ⑴ 被告人の病歴等平成13年頃、「死ね」「自殺しろ」といった神の声が聞こえたことから、自殺を企図して大量服薬をした。また、平成20年頃にも、「死ね」「自殺しろ」という神の意思が頭の中に入ってきたことから、自殺を企図して大量服薬をした。 平成13年頃に1度目の自殺企図をして以降、複数の精神科への通院と転院を繰り返しており、平成26年7月から令和元年6月21日までは、Cメンタルクリニックに通院していたものの、同クリニックにおける診察の際に、神の声が聞こえるとか、神の意思が頭の中に入ってくるなどの症状を訴えたことは一度もなかった。 ⑵ 平素の生活状況等ア平成28年頃から被告人方で弟と二人暮らしをしていたが、その頃から、 際に、神の声が聞こえるとか、神の意思が頭の中に入ってくるなどの症状を訴えたことは一度もなかった。 ⑵ 平素の生活状況等ア平成28年頃から被告人方で弟と二人暮らしをしていたが、その頃から、「誰かが拉致しに来る」「危害を加えに来る」といった妄想 を抱くようになり、危害を加えに来る者から自分の身を守るなどの目的で、被告人方の死角をなくすように5台の防犯カメラを設置し、令和元年6月頃には、昼夜を問わずに防犯カメラの映像を見ながら過ごすといった生活を送っていた。 また、中学1年生(平成5年)の頃にお金を脅し取られたことがあり、それ以降、漠然と誰かが襲ってくるのではないかという気がして、外出時には護身用にナイフを持ち歩くようになるとともに、侵入者が来たときにいつでも対応できるよう、各部屋に合計5本のナイフを備えおいていた。 イ自ら飼育している猫や自宅付近の野良猫の世話を熱心に行っており、猫の保護活動などを通じて、他者と接したり連絡を取り合うなどしていたが、それらにおけるやり取りにおいて、意味不明な言動や受け答えがかみ合わないといったことはなかった。 また、平成31年4月から本件当日まで、週1回午後3時から午後4時までの1時間、障害者向けの家事援助サービスを受けていたが、そのサービスのため被告人方を訪問するヘルパーとのやりとりにおいても、意味不明な言動や受け答えがかみ合わないといったことはなかった。 ⑶ 犯行に至る経緯及び犯行状況被告人は、事件当日である令和元年6月24日も同様に、前記防犯カメラの映像を監視するなどしていたところ、同日午後10時20分頃、被害者らが前記防犯カメラに向かって手を振ったのを見て、被害者らが自分に危害を加えに来たのではないかなどと考えた。 被告人は、被害者らを家の前から移動させ どしていたところ、同日午後10時20分頃、被害者らが前記防犯カメラに向かって手を振ったのを見て、被害者らが自分に危害を加えに来たのではないかなどと考えた。 被告人は、被害者らを家の前から移動させるため、被告人方2階の窓を開けて除湿器の水を被害者らの付近に落としたところ、被害者らが、被告人に対して「どかしてみろ」「降りてこい」「出てこい」など と怒鳴ったため、護身用に、本件ナイフを含むサバイバルナイフ2本の入ったショルダーバッグを持って被告人方を出た。 被告人及び被害者らは、被告人方の前で口論となったが、周辺住民に自宅が騒音の発生場所であると思われるのを嫌った被告人が、被害者らに場所を移すことを提案し、被告人及び被害者らは、被告人方から北西方面に向かって歩いて移動した。 被告人及び被害者らが被告人方からやや北西方向に移動した後、被告人は、Aから「カメラが何で赤いんだ」と何度も聞かれたことから、被害者らが被告人方の秘密を探ろうとしているなどと考えて怖くなり、「警察を呼ぶ」と言ってその場から逃げようとしたが、Bから「警察なんて呼んだってしようがねえだろ」と言われるとともに、Aから左手を掴まれ、Bから背中を押されたため逃げることができなかった。 さらに、被告人は、被害者らのどちらかから強い力で背中を押されたことで、被害者らの力が自分よりも強く、かなわないなどと感じ、その瞬間、頭の中に「バッグからナイフを出して刺せ」という声が繰り返し響いた。 そこで、同日午後10時30分頃、被告人は、所持していたショルダーバッグから本件ナイフを取り出し、近くにいた対面するAの胸部を本件ナイフで三回突き刺した。 被告人は、Aを本件ナイフで突き刺した後、近くにBが仰向けに倒れているのを見て、神がBを押さえているような感じがし、そこに行く り出し、近くにいた対面するAの胸部を本件ナイフで三回突き刺した。 被告人は、Aを本件ナイフで突き刺した後、近くにBが仰向けに倒れているのを見て、神がBを押さえているような感じがし、そこに行くのが当たり前であると感じて、仰向けに倒れている同人の胸腹部を本件ナイフで突き刺した(なお、被告人は、神がBを押さえているように感じたという点について、捜査段階や後記D鑑定人との面談では述べていない。もっとも、D鑑定人との面談に先立って行われた後記E医師との面談では述べていることや、D鑑定人に対しても、Bのと ころへ行くのが当たり前と感じたことについては述べており、公判廷において、被告人が、弁護人の主質問に対し、Bのところへ行くのが当たり前と感じたことの具体的な説明をする文脈で、「神が押さえているような感じがした」と供述しているとみられること等に照らすと、神がBを押さえているように感じたことについて被告人が供述するか否かは、質問者の聴き方等によるところも大きいと考えられる。したがって、捜査段階やD鑑定人との面談で述べられていないからといって、神がBを押さえているように感じた旨の被告人供述の信用性は否定できない。)。また、その前後関係は判然としないが、被告人は、四つん這いの状態のBの背部等を本件ナイフで多数回突き刺すなどしたり、倒れたBを蹴ったりもした。 なお、頭の中に声が繰り返し響いたり、神が押さえているように感じるという体験は、被告人にとって初めてのものであった。 ⑷ 犯行後の状況被告人は、Bを本件ナイフで突き刺すなどした後、前記ショルダーバッグの中身が地面に散乱していることに気づき、その散乱した中身を拾って被告人方に帰った。その際、被告人は、自身がかけていた眼鏡がないことに気がついた。 帰宅後、被告人は、持ち 後、前記ショルダーバッグの中身が地面に散乱していることに気づき、その散乱した中身を拾って被告人方に帰った。その際、被告人は、自身がかけていた眼鏡がないことに気がついた。 帰宅後、被告人は、持ち出した本件ナイフをリュックサックに入れ替え、同リュックサックを背負った上、先ほどまで被告人方にいたはずの弟を探しに再び被告人方を出た。 その後、同日午後10時52分頃、被告人は、被告人方付近にいた弟と話をして再度被告人方に戻り、本件各犯行時に着用していたBの血が付着した服を着替え、本件ナイフの血を洗い流した。 その後、被告人は、被告人方前で警察官に囲まれている弟の姿を防犯カメラ越しに見つけたため、被告人方を出て警察官に対して話があ るなら自分が聞くなどと伝え、同日午後11時15分頃、パトカーに乗車して職務質問に応じた。その際の被告人の供述内容には曖昧さは残るものの、犯行状況については説明した。 3 精神科医の各公判供述⑴ 裁判所の鑑定決定により被告人の精神鑑定を行ったD鑑定人の供述要旨被告人は、本件各犯行当時、平成13年頃に発症した統合失調症に罹患しており、その精神病症状として、幻聴や、誰かに拉致される、危害を加えに来る者がいるといった被害関係妄想を有していた。被告人は、こうした病的体験を受けて、自宅に設置した防犯カメラ映像を昼夜問わずに監視するなど日常生活が障害されていた一方、病的体験によらない猫に関する活動に熱心に取り組むなどしており、被告人の統合失調症は、日常生活全般が病的体験に支配されるほど重篤ではなかった。 本件各犯行は、被害関係妄想の影響により、被害者らに拉致される、危害を加えられるといった恐怖感を抱いていた被告人が、被害者らのどちらかから強い力で背中を押されたことで、その恐怖感を一気に高め、頭の中で 各犯行は、被害関係妄想の影響により、被害者らに拉致される、危害を加えられるといった恐怖感を抱いていた被告人が、被害者らのどちらかから強い力で背中を押されたことで、その恐怖感を一気に高め、頭の中で「バッグからナイフを出して刺せ」という声が響く思考吹入が生じたことによってAを刺し、その後、仰向けに倒れているBを見て、同人のところへ行くのが当たり前であるかのように感じ、同人を刺した、というものであるが、この声が頭の中に響くという体験は、統合失調症の症状である自我障害の一種である思考吹入という病的体験であり、自分の考えたことであるのに他人の考えが吹き込まれたように感じるというものである。 この思考吹入が直接の契機となって本件各犯行に及んでいる点で、統合失調症は、本件各犯行に相当程度の影響を与えている。他方で、 被告人の統合失調症は重症とまではいえず、被告人と被害者らとの間には犯行に至る経緯の中で現実的な確執があり、被告人が前記被害関係妄想に基づく恐怖感を抱いていたことを前提とすれば、前記思考吹入の内容は心理的に了解可能であるから、Aに対する犯行に及んだことについては、統合失調症の症状が大きく影響を与えたとまではいえない。 これに対し、Bに対する犯行については、一連の経過に照らして、犯行に及ぶ必然性があったとするには若干不明瞭な部分があることは否定できないが、Aに対する犯行と一連のものであり、動機も恐怖を与えた対象に対して攻撃性を向かわせるといったAに対する犯行と同一であると考えられるから、その機序は概ね了解可能であって、同じく統合失調症が大きく影響を与えたとまではいえない。 ⑵ 弁護人からの依頼を受けて被告人の精神鑑定を行った精神科医E医師の供述要旨被告人が、本件各犯行当時、統合失調症に罹患しており、被害関係妄想等 合失調症が大きく影響を与えたとまではいえない。 ⑵ 弁護人からの依頼を受けて被告人の精神鑑定を行った精神科医E医師の供述要旨被告人が、本件各犯行当時、統合失調症に罹患しており、被害関係妄想等の症状を有していたこと、統合失調症が被告人の生活を大きく障害するものでなかったこと、被害関係妄想や思考吹入が本件各犯行に影響を与えたことについてはD鑑定人の見解と同様である。 他方で、被告人は、被害者らから「降りてこい」などと言われて、被害関係妄想として存在した危害を加えに来る人が実際にやって来たと確信した可能性があり、その後、背中を強く押され、自分ではかなわないと認識し、その瞬間に被告人の統合失調症の病態水準が一時的に深い水準まで落ち込んだ可能性がある。 そして、病態水準が深いところまで落ち込んだ結果として、「ナイフをバッグから出して刺せ」という声に抗うことができず、行動を制御する能力が制限されて、本件各犯行に及んだ可能性がある。 ⑶ D鑑定人及びE医師は、いずれも十分な学識経験等を有しており、その供述内容をみても、前提条件に誤りはなく、結論に至る論理の運び等にも一見して不合理な点は見受けられないから、D鑑定人及びE医師の各供述は、いずれも基本的に信用できる。 もっとも、両精神科医の意見には、前記⑴⑵のとおり、本件各犯行時の病態水準の深さに見解の相違があるので、こうした両精神科医の見解の相違を前提に、前記2で認定した事実も踏まえ、責任能力の有無及び程度について検討することとする。 4 責任能力の有無及び程度被告人は、当初、被害者らから襲われた際には持ち出したナイフを使うことを想定する一方で、被害者らと話をすれば帰ってもらえるなどとも考えていたり、騒音の発生場所であると思われることを嫌って場所の移動を提案するなど、 被害者らから襲われた際には持ち出したナイフを使うことを想定する一方で、被害者らと話をすれば帰ってもらえるなどとも考えていたり、騒音の発生場所であると思われることを嫌って場所の移動を提案するなど、被害関係妄想とは関係のない正常な心理を働かせ、自らの意思で冷静に行動を選択することができているから、被告人方から場所を移動するまでは、被害関係妄想の内容は切迫しておらず、統合失調症の病態にも大きな変化はうかがわれない。 しかし、その後、Aから「カメラが何で赤いんだ」と何度も聞かれたことで、被害者らが家の秘密を探ろうとしているなどと考え、続けて、被害者らから左手を掴まれたり、背中を押されたりしたのに対し、逃げようとする回避的行動をとっている。この頃から、被告人の中における被害関係妄想は徐々に現実化して切迫感を伴い、被害者らに対し、被害関係妄想の対象である自分に危害を加えに来た者という誤った意味付けをし、さらに、被害者らのどちらかから強い力で背中を押されたことで、抱えていた恐怖が一気に高まったものと考えられる。 そして、「バッグからナイフを出して刺せ」という他者の考えが頭の中に響くという思考吹入が繰り返され、これを直接の契機としてAに対す る犯行に及ぶとともに、かかる思考吹入に加え、神がBを押さえているように感じて同人に対する犯行に及んでいる。このように、被告人は、これまでに体験したことのない病的体験をして、正常心理だけでは説明しきれないような凶行に及んでいる。 こうした犯行に至るまでの経緯、殊に被告人の心の動きや病的体験の変化等に照らすと、被告人の病態水準についても、本件各犯行時にはある程度落ち込んでいた可能性は否定し難い(この点においてE医師の供述は否定し難いものがあるが、前記のとおり、被害者らが被告人方にやってきた当初 らすと、被告人の病態水準についても、本件各犯行時にはある程度落ち込んでいた可能性は否定し難い(この点においてE医師の供述は否定し難いものがあるが、前記のとおり、被害者らが被告人方にやってきた当初は、被告人の被害関係妄想の内容は切迫していなかったこと、本件各犯行直後から1時間に満たない短時間の間に、被告人が上記2⑷のとおり自己の行為の意味を認識した上、冷静で合理的な言動をとっており、粗大な健忘もなかったこと等に照らすと、E医師が指摘するほど病態水準が悪化していた疑いまでは残らない。)。 他方で、被告人と被害者らとの間には現実の確執があったことも事実であり、犯行に及んだ動機は、怒りや腹立ちといった正常な心理で了解可能な面もある。また、前記思考吹入の内容も唐突なものではなく、ナイフの使用を想定していた被告人の意思との連続性があり、D鑑定人が述べるように、思考吹入の形式をとりつつも、自分の意思で本件犯行に及んだといえる部分もなお相応に残っていたといえる。 以上を踏まえると、統合失調症の症状は、被告人の意思決定(行動選択)に対して相当程度の影響を与えたというべきであるが、その影響が大きいとまではいい難く、統合失調症の影響により犯行を思いとどまる能力ないし犯行を思いとどまることへの期待可能性がないといえないのはもちろん、著しく損なわれてもいなかったと認められ、精神障害のない人と同じ枠組みで処罰するのが酷だといえるような状態、すなわち、心神耗弱の状態にも至っていないというべきである。 したがって、心神喪失はもとより、心神耗弱の状態にもなく、責任能力に欠けるところはない。 (量刑の理由)本件は、被告人が、住宅街の路上で、面識のない被害者2名をナイフで刺し殺した殺人2件と銃刀法違反1件の事案である。 その行為態様をみると、 なく、責任能力に欠けるところはない。 (量刑の理由)本件は、被告人が、住宅街の路上で、面識のない被害者2名をナイフで刺し殺した殺人2件と銃刀法違反1件の事案である。 その行為態様をみると、殺傷能力の高いサバイバルナイフを用いて、被害者らの急所を一方的に複数回突き刺すなど非常に危険かつ残虐な犯行であり、取り分け、Bに対しては、少なくとも15か所以上もナイフを突き刺しており、容赦のない執拗な犯行である。 こうした犯行により、A及びBの2名の尊い人命が失われている。被害者らは、いずれも未だ40代と若く、仕事に励みながら、妻や育ち盛りの子どもたち家族と共に過ごすかけがえのない時間を一瞬にして奪われているのであるから、その無念さや苦しみの大きさは筆舌に尽くし難い。また、残された遺族らの悲しみや喪失感の大きさも計り知れず、処罰感情が峻烈であるのも至極当然である。生じた結果は極めて大きく、地域住民に与えた不安感など本件各犯行による社会的影響も小さくない。 他方、本件各犯行は、被害者らが防犯カメラに向かって手を振ったことがきっかけとなって行われている上、被害者らは、2対1の状況で、被告人の左手を掴み、その背中を押すなどの有形力を行使して被告人に恐怖心を抱かせ、一般にみて反撃に出ることも想定できる状況を招いてしまっている。被害者らにおいて、少なくとも犯行を誘発した面があったことは否定できず、被告人だけを責められない事情として、かかる事情を一定程度考慮せざるを得ない。 これに加え、(責任能力の主張に対する判断)で述べたように、統合失調症による被害関係妄想や思考吹入が本件各犯行に相当程度の影響を与えており、これを被告人の責任非難を減弱すべき事情として考慮しないわけに はいかない。 そうすると、本件は、犯行に至る経緯(被害者 害関係妄想や思考吹入が本件各犯行に相当程度の影響を与えており、これを被告人の責任非難を減弱すべき事情として考慮しないわけに はいかない。 そうすると、本件は、犯行に至る経緯(被害者らの被告人へのかかわり方)や統合失調症が本件各犯行に与えた影響という点において、被告人に対する非難を減じる事情が相応に認められるから、無期懲役刑という重い刑罰を選択すべき事案とまではいい難く、有期懲役刑を選択するのが相当であるが、前記した本件各犯行の残虐性や生じた結果の重大さのほか、「死んで償う」などと述べて被告人なりの謝罪の意思を示してはいるものの、被害者らや遺族らに対する十分な謝罪がなされていないことを考慮すると、被告人を有期懲役刑の上限である懲役30年に処するのもやむを得ないと判断した。 (求刑無期懲役) 令和4年10月13日名古屋地方裁判所刑事第1部 裁判長裁判官山田耕司 裁判官岩見貴博 裁判官橋本泰一

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