令和7(わ)2 暴行

裁判年月日・裁判所
令和7年7月11日 広島地方裁判所 福山支部
ファイル
hanrei-pdf-94552.txt

判決文本文6,395 文字)

主文 被告人は無罪。 理由 第1 公訴事実の要旨本件公訴事実の要旨は、次のとおりである。 被告人は、令和6年5月10日午後1時頃、広島県福山市a町b丁目c番d号福山市立A小学校において、同校児童であるB(当時11歳。以下「本件児童」という。)に対し、その後方から同人の両脇下を通した両手を、その後頭部で組んで締め付ける暴行を加えた。 第2 当裁判所の判断 1 弁護人は、被告人が起訴状の公訴事実に記載された行為を行ったことは争わず、被告人の行為は暴行罪の構成要件に該当するものであるが、被告人の行為は、自己の身体を防衛するためにやむを得ずにしたもので正当防衛に当たるし、学校教育法上の懲戒権の行使として行ったもので正当行為にも当たるとして、違法性が阻却されるから、被告人は無罪であると主張している。 2 前提事実関係証拠によれば、以下の事実が認められる。 ⑴ 被告人は、本件当時、福山市立A小学校の教諭であり、同校の生徒指導主事等を担当していた。また、本件児童は、同校の6年生であった。 ⑵ 本件児童は、小学3年から小学5年までの間に、物を叩いたり、壁を叩いたり、教室を出て、校舎を徘徊したりすることがあった。小学6年に進級してからも、校舎の壁を叩く、授業妨害をする、相談室にパソコンを持ち込んでインターネット動画を見るなどの行為がみられたため、校長以下の教員が本件児童の対応に当たり、被告人も本件児童を注意することがあった。 ⑶ 本件児童は、本件の1週間前に、体育館内の倉庫からボールや備品を出すなどの行為をしたため、被告人は、これを注意したところ、その翌日に、本 件児童が、被告人のもとを訪れて謝罪をするという出来事があった。 ⑷ 被告人は、本件当日の令和6年5月10日午後 を出すなどの行為をしたため、被告人は、これを注意したところ、その翌日に、本 件児童が、被告人のもとを訪れて謝罪をするという出来事があった。 ⑷ 被告人は、本件当日の令和6年5月10日午後1時頃、自分のクラスの児童への掃除指導をしていたが、校舎1階の靴箱付近にいたときに、本件児童がグラウンドで上履きのまま、体育館の倉庫にあったサッカーボールを、グラウンドのサッカーゴールに向けて蹴っているのを見た。そこで、被告人は、本件児童に対し、「やめましょう。何を反省したの。」と言って声を掛けたが、本件児童は、笑いながらその場を去ろうとした。 ⑸ 被告人は、本件児童を追いかけ、プールの近くの倉庫付近で追いついて右手で本件児童の左腕をつかみ、「やめましょう。」「何を反省したの。」と言ったところ、本件児童は、上記⑶の被告人への謝罪は、担任教諭から言われたからである旨言ったので、被告人は、「それじゃ反省したことにはならないから、しっかり話をしよう。」と言った。本件児童は、「放せ。」と言って、つかまれた腕を引き剥がそうと腕を左右に振って逃げようとし、また、被告人を足で蹴った。 被告人は、本件児童と向き合った状態で、しゃがんでその腕の下から手を背中側に通して腹付近を抱えたが、本件児童は、被告人に対して、膝で蹴ってきたり、手で殴ってきたりした。 被告人は、本件児童の背中側に回り込み、そのへそ付近に両手があるような状態で抱きかかえると、本件児童は、振りほどこうとして腕を上げてきたため、その両腕を抱えるように持った。本件児童は、被告人のすね辺りをかかとで蹴ったり、後頭部で頭突きをしようとしたりするなどしたため、被告人は、両腕を本件児童の両脇の下から通して、後頭部のところで両手を組む、いわゆる羽交い絞めの体勢にした。 本件児童は、被告人に対し、「放 ったり、後頭部で頭突きをしようとしたりするなどしたため、被告人は、両腕を本件児童の両脇の下から通して、後頭部のところで両手を組む、いわゆる羽交い絞めの体勢にした。 本件児童は、被告人に対し、「放せ。」「血が止まる。」と言った。被告人は、本件児童に対し、「暴れるのをやめたら放すよ。」「話をしよう。」と言った。 そして、被告人は、本件児童が落ち着くまで、羽交い絞めの体勢を続けたと ころ、本件児童が動くのを止め、落ち着いてきた様子で「放して。」と言ったので、手を放した。被告人が本件児童を羽交い締めの体勢にしていた時間は、二、三分程度であった。 ⑹ 被告人が羽交い締めをやめた後、本件児童は、泣いて手を地面に叩きつけたり、被告人の顔めがけてグラウンドの砂を投げたり、足でそのすねを蹴ったりした。 被告人は、本件児童に対し、「同じことを繰り返してはいけない。」「しっかり反省をしよう。」などと言った。 その後、本件児童の担任教諭がその場に来たところ、被告人は、本件児童の対応を担任教諭に委ねてその場から離れた。 ⑺ 本件当時、被告人は、身長172cm、体重63kgの36歳男性であり、本件児童は、身長132cm、体重31kgの11歳男性であった。 3 検討⑴ 暴行罪の構成要件該当性等前記2⑸によれば、被告人は、公訴事実記載のとおり、本件児童に対し、その後方から同人の両脇下を通した両手を、その後頭部で組むなどの、いわゆる羽交い締めをしたものと認められ(以下「本件行為」という。)、本件行為は、刑法208条の「暴行」に当たる。そうすると、被告人は、暴行罪の構成要件に該当する行為をしたものである。 ここで、弁護人は、本件行為が本件児童の攻撃から自己の身体を守るための行為であって正当防衛に当たると主張している。しかしながら、前 告人は、暴行罪の構成要件に該当する行為をしたものである。 ここで、弁護人は、本件行為が本件児童の攻撃から自己の身体を守るための行為であって正当防衛に当たると主張している。しかしながら、前記2⑸によれば、被告人は、グラウンドで体育館用のサッカーボールを蹴っていた本件児童に声を掛け、逃げようとした本件児童を追いかけてその腕をつかむなどし、本件児童がなおも逃げようとしたために、最終的に本件行為を行ったというのであって、本件児童が被告人から逃げようとする際にした抵抗行為は、被告人の行為を起因とするものであるから、典型的に正当防衛が問題 となる事案とはいえない。そこで、以下では、まず、弁護人のもう一つの主張である、本件行為が正当行為に当たり、違法性が阻却されるとの主張を検討する。 ⑵ 正当行為の成否ア学校教育法11条は、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」と規定する。 ここでいう懲戒には、児童等の法的な地位に変動を及ぼすような法的効果を伴うもののほか、法的効果を伴わない事実行為として行われるものも含まれると解されるが、教師が、学校内における児童等との関わりの中で、事実行為として、児童等に有形力を行使する局面があり得ることは否定できない。本件行為は、このような局面における有形力の行使の許容性が問題となっているのである。 もとより、上記のとおり、法は体罰を許容していないが、さらに、体罰に至らない程度の有形力の行使であっても、その態様等によっては、児童等の心身に深刻な悪影響を与えるおそれがあることからすると、教師は、児童等に対して、有形力を行使することはできる限り避けるべきであることはいうま の有形力の行使であっても、その態様等によっては、児童等の心身に深刻な悪影響を与えるおそれがあることからすると、教師は、児童等に対して、有形力を行使することはできる限り避けるべきであることはいうまでもない。 結局、教師の児童等に対する有形力の行使が懲戒権の行使として許される範囲内のものであるかどうかを判断するに当たっては、このような観点を踏まえつつ、有形力の行使の目的、態様、結果等を総合し、当該行為がされた当時の状況下において、健全な社会通念に照らして相当と認められる範囲内の行為であるか否かを具体的・個別的に判断するほかはない(以上によれば、学校教育法11条で禁止されている「体罰」とは、教師の懲戒権の行使として相当と認められる範囲を越えて有形力を行使して児童等の身体を侵害し、あるいは児童等に対して肉体的苦痛を与えることをい うものと解すべきである。)。 なお、平成25年3月13日付け文部科学省初等中等教育局長、スポーツ・青少年局長通知「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について」(24文科初第1269号)(弁1)には、「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰等に関する参考事例」と題した別紙が付されているが、これを参照しても、本件行為が正当行為として許容されるのか否かは必ずしも明らかではない。上記の別紙には、「正当な行為(通常、正当防衛、正当行為と判断されると考えられる行為)」の例として、「他の生徒をからかっていた生徒を指導しようとしたところ、当該生徒が教員に暴言を吐きつばを吐いて逃げ出そうとしたため、生徒が落ち着くまでの数分間、肩を両手でつかんで壁へ押しつけ、制止させる。」という事例が示されており、本件行為も一見これに近い態様であるようにも思えるが、直ちに上記事例と同様のものであると判断できるわけでは 着くまでの数分間、肩を両手でつかんで壁へ押しつけ、制止させる。」という事例が示されており、本件行為も一見これに近い態様であるようにも思えるが、直ちに上記事例と同様のものであると判断できるわけではない。もとより、教育委員会において、上記通知等に依拠した上、本件行為について体罰ではない旨を判断したとしても、行政上の処分はともかくとして、上記の判断が刑事裁判における事実認定に直ちに影響を与えるというわけでもない。 結局は、上記のとおりの枠組みにより、事案ごとに、正当行為として許容される行為であるかどうかを具体的・個別的に判断するほかはない。 イそこで、前記前提事実を踏まえて、本件について以下検討する。 まず、被告人は、公判廷において、本件の1週間前頃に本件と同様の行為に及んだ本件児童に対し、話をして、今回した行為を反省し、前回の反省を振り返らせようとするために本件行為を行った旨供述している。 被告人は、以前に注意した内容と同様の問題行動を本件児童がしていることに気付いた後、同人に対して反省を促す趣旨の言葉を言いながら追いかけ、その腕をつかみ、本件児童が逃れようとして抵抗する動きに合わせて、本件児童に抱き付く体勢となり、最終的に羽交い締めの体勢 になったのであり、本件児童が抵抗しなくなってからは直ちにその体勢を解いている。そして、関係証拠上、被告人が本件児童を制止する以上の有形力を行使したという事情は認められない。そうすると、本件行為は、被告人が意図的にそのような体勢をとろうとしたわけではなかったとみられるのであって、本件児童に対して、問題行動を懲らしめようとして肉体的苦痛を与えるために行われたのではなく、被告人の供述どおり、問題のある行動を繰り返していた本件児童に対して口頭による指導を行うために、その場にとどめようとしたも 、問題行動を懲らしめようとして肉体的苦痛を与えるために行われたのではなく、被告人の供述どおり、問題のある行動を繰り返していた本件児童に対して口頭による指導を行うために、その場にとどめようとしたものと認められる。 次に、本件行為は本件児童がその場から逃げようとするのを抑え、制止しようとしたものであるが、その制止行為の態様は前記のとおりであって、被告人は、本件児童が抵抗を止めた時点で直ちにその体勢を解いている。大人として平均的な体格の被告人は、身長132cm、体重31kgのそれなりの体格を有し、その場から逃れようとして体を動かすなどしていた本件児童に対して、終始抑制的に対応していたものということができる。 また、被告人が羽交い締めの体勢を続けていた時間は、二、三分程度であったのであり、本件児童の身体を殊更に長い時間にわたり拘束していたわけでもない。 そして、本件児童にとっては、羽交い締めにされることにより不自然な体勢を強いられる結果となったのであるが、当該行為自体は直ちに傷害の結果が発生するというような態様であったとはいえない。本件行為の際に本件児童が痛みを感じたとしても、その原因は専ら本件児童の動きに起因するものであったともみられるのであり、本件行為自体が上記の痛みの直接の原因となったというわけではない。この点について、検察官は、本件児童は重度の痛みを伴う暴行を受けた、本件児童の痛みは羽交い締めから解放された後の数日間にわたって継続していたと主張し ているが、そもそも本件公訴事実は傷害ではなく暴行であるし、本件の証拠関係の下で検察官が主張する上記事実が合理的な疑いを容れない程度に証明されているともいえず、失当というべきである。 結局、本件行為は、行為の目的、態様、結果等に関する以上の事情を総合考慮すると 拠関係の下で検察官が主張する上記事実が合理的な疑いを容れない程度に証明されているともいえず、失当というべきである。 結局、本件行為は、行為の目的、態様、結果等に関する以上の事情を総合考慮すると、教師の懲戒権の行使として、健全な社会通念に照らして相当と認められる範囲を逸脱したものとはいえないし、また同時に、体罰に当たる程度に達していたともいえず、法令によりなされた正当な行為として刑法35条により違法性が阻却されるというべきである。 ウ検察官は、本件行為は、被告人と本件児童の体格差に照らしても、目的に比して過度な有形力の行使であることは明らかであると主張している。 しかしながら、両者の体格差を指摘する点については、前記検討のとおり、採用できない。 また、検察官は、被告人が本件児童の背後に回って両腕で押さえ込んだ行為までは許容される余地はあり、その状態を継続すれば足りたなどとも指摘している。確かに、本件児童に対して被告人のとった方法に関し、より穏当な対処の余地はなかったのかについては、さまざまな見方があり得る(例えば、検察官が指摘する以外にも、手をつかむだけで足りたのではないか、本件児童の特性を踏まえた対応の仕方があったのではないかなど、さまざまな選択肢が考え得るところである。)。しかしながら、本件の事情の下では、被告人が本件児童をその場で制止しなければ、本件児童は被告人の指導を聞かず、その場から立ち去る可能性もそれなりに高かったといえ、そうすると、本件児童の問題行動に対する速やかな指導は困難となったのである。検察官の指摘は、事後的に見て、適切な選択肢をとらなければ正当な行為の範囲内とはいえないというのに等しいというべきであって、相当とはいい難い。 エ以上によれば、本件行為が正当防衛に当たるとの弁護人の主張を検討す に見て、適切な選択肢をとらなければ正当な行為の範囲内とはいえないというのに等しいというべきであって、相当とはいい難い。 エ以上によれば、本件行為が正当防衛に当たるとの弁護人の主張を検討す るまでもなく、本件行為は、法令によりなされた正当な行為として刑法35条により違法性が阻却され、暴行罪は成立しない。 4 結論したがって、本件は犯罪の証明がないことに帰着するから、刑事訴訟法336条により、被告人に対して無罪の言渡しをすることとする。 (求刑・罰金20万円)令和7年7月11日広島地方裁判所福山支部 裁判官松本英男

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る