【DRY-RUN】主 文 原判決を破棄する。 本件を福岡高等裁判所に差し戻す。 理 由 弁護人吉田孝美の上告趣意第一は、憲法三九条違反を主張するが、第一審の無罪 判決
主 文 原判決を破棄する。 本件を福岡高等裁判所に差し戻す。 理 由 弁護人吉田孝美の上告趣意第一は、憲法三九条違反を主張するが、第一審の無罪 判決に対して検察官が控訴を申し立て、控訴審において有罪の裁判を言い渡すこと が憲法三九条に違反しないことは、当裁判所大法廷の判例(昭和二四年新(れ)第 二二号同二五年九月二七日判決、刑集四巻九号一八〇五頁、昭和二四年(れ)第五 九号同二五年一一月八日判決、刑集四巻一一号二二一五頁)とするところであつて、 いまこれを変更すべきものとは認められないから、所論は理由がない。 同第二は、判例違反をいうが、判例を具体的に示さず、同第三は、事実誤認の主 張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。 しかし、職権により調査するに、本件公訴事実の要旨は、 「被告人らは、昭和四二年一月二〇日施行の大分県北海部郡a町町長選挙の選挙 人であるが、いずれも、昭和四一年一一月一五日、各肩書住居において、Aから、 同選挙に立候補の決意を有するBに当選を得しめる目的をもつて、同人が同選挙に 立候補のあかつきには同人への投票を依頼され、その報酬として供与されるもので あることを了知しながらそれぞれ現金五〇〇円の供与を受けたものである。」 というのであり、第一審裁判所は、犯罪の証明なしとして被告人らに対し無罪の 言渡をしたのであるが、原審は、検察官の申請によりAおよびBの両名を証人として 尋問し、Aの証言の証明力を争うため検察官が申請した同人の司法警察員に対する 供述調書二通を取り調べただけで、被告人らの供述を聴くこともなく、一審判決を 破棄して右公訴事実どおりの事実を確定し、被告人らに対し有罪の言渡をしたもの である。 - 1 - しかし、原判決および第一審判決が判示するところによると、A 告人らの供述を聴くこともなく、一審判決を 破棄して右公訴事実どおりの事実を確定し、被告人らに対し有罪の言渡をしたもの である。 - 1 - しかし、原判決および第一審判決が判示するところによると、Aにおいて、右選 挙に現町長であるBが立候補する決意を有することを知り、昭和四一年一一月一五 日右町長Bおよび知人のCを伴い、最近一、二年の間に家族に死者を出したことのあ る被告人D方、同E方、同F方、同G方を順次訪問し、葬儀には町長が参られなかつた から仏前にお参りさせてくれと言つて、AおよびBの両名が仏間に上がり礼拝し、現 金五〇〇円在中のB名義の香典袋を仏壇に置いて帰つたところ、被告人らは、いず れも、それからしばらくして後、多くは夕方になつて仏前に礼拝した時に香典袋の あるのを発見したというのであつて、右香典袋は直接被告人らに手渡されたもので はなく、また被告人らにおいて、AやBが仏前に礼拝するときこれに立ち会つた事実 は原判決、第一審判決ともこれを認めていないのみならず、本件記録に徴しても、 これを認めるべき証拠は全く存しないのである。 してみれば、被告人らは、A等の来訪を受けた時は勿論、同人等が辞去する際、 選挙の時には宜しくと言われたとしても、その当時右香典が供与された事実は知ら なかつたものであり、その後仏前に礼拝し、右香典のあることを知り、Aらは、選 挙に当たりBに投票をしてもらうため、礼拝にかこつけて香典名義で右金員を置い て行つたものであることを被告人らが推知し得たとしても、直ちに被告人らが右金 員の供与を受けたものと即断することはできない。何となれば、これを供与したA、 Bにおいても、右香典を被告人らを対象として供与する意思であつたと断ずること はできないのみならず、被告人らにおいても、これを自己に供与されたものとして 受領する意思があつたとは断じ難いか 供与したA、 Bにおいても、右香典を被告人らを対象として供与する意思であつたと断ずること はできないのみならず、被告人らにおいても、これを自己に供与されたものとして 受領する意思があつたとは断じ難いからである。このことは、本件記録により明ら かな被告人Eを除くその余の被告人らは、いずれも六〇才前後の老令の婦女であつ て、それぞれ働き盛りの長男夫婦が一家の主宰者として家事を切り廻している各家 庭の一家族に過ぎないものであり、被告人Eは、昭和四一年一月二〇日Hと結婚した ばかりであつて、Hの母が一家を切り廻しているという事実(第一審第四回公判廷 - 2 - における被告人らの各供述および原判決が犯罪事実認定の証拠とした被告人Eの司 法警察員に対する供述調書参照)に徴しても、これを肯定できるところである。し かも、原判決も判示する如く、被告人D方および同E方においては、右香典袋は開封 せず、そのままの状態で昭和四二年二月一〇日警察官に提出して押収され、被告人 F方においては、開封し香典袋は破り捨てたが在中の五〇〇円札は別の封筒に入れ て仏壇の抽斗に入れておき、昭和四二年一月一六日警察官に提出して押収され、被 告人G方においては、昭和四一年一一月一五日午後七時頃仏壇に灯明をあげに行く と、B名の香典袋が仏壇においてあつて、孫のIが封を破つたので中を見ると五〇〇 円札一枚が入つていたが、封を破つたので返すわけにもいかず、そのまゝ財布に入 れておいたというのであるから、被告人らとしては右香典を自己の自由に処分し得 るものとして享受する意思があつたものとは即断し得ないところである。原判決は、 被告人Gについて、同人は右香典を使つてしまつたと判示しているが、これを認め 得る証拠は、同被告人の司法警察員に対する昭和四二年二月一〇日附供述調書中の、 「私は孫が袋を破つてしまつたし、返すわけに行 被告人Gについて、同人は右香典を使つてしまつたと判示しているが、これを認め 得る証拠は、同被告人の司法警察員に対する昭和四二年二月一〇日附供述調書中の、 「私は孫が袋を破つてしまつたし、返すわけに行かず、そのまゝにして置きました。 そして、息子Jが一週間位して帰つたのでその事を話すと、息子がそんなものを貰 つてはいけないといつて叱られましたので、その金は家で金をなおして置く財布に いれて置きました。返すといつても誰に返したらよいか判らず、袋を破つているし、 そのまゝにしておいたのであります。今その五〇〇円札は使つたかしれませんが、 そんな金は欲しくありませんので私の金をたてかえてもお返ししたいと思つて居り ます。」との供述記載以外には存しないのであるが、右「その五〇〇円札は使つた かしれませんが」とは、その五〇〇円を費消したとまで意味するものではなく、右 五〇〇円札が他の金銭と混同して特定できなくなつたとの趣旨とも解されるのであ つて、原判決の如く「特に被告人Gは費消しており」と即断することは、たやすく 許されないところである。 - 3 - 次に、被告人らがAらの来訪を受けた時より二ケ月余の間、前記香典を供与者に 返還しなかつたことに関し、原判決は、「被告人らの中には、当時香典袋の内容が 幾何の金員であつたかについて認識するところがなかつたものがあるにしても、内 容が現金であることは了知していたものであり、しかも実質が選挙投票の報酬であ ると知つて仏壇にそのまゝにしておくとか、返すのも義理が悪く返すわけにもいか ずそのままにしていたというのであり、特にGは費消しており、いずれもこれら金 員を自己の支配下におき、警察官の搜査を受けることがなかつたならば、そのまゝ 同被告人らに帰属するに至るは自然のなりゆきと思われる状態にあつたもので、そ の利益を自己に帰属させていたという れもこれら金 員を自己の支配下におき、警察官の搜査を受けることがなかつたならば、そのまゝ 同被告人らに帰属するに至るは自然のなりゆきと思われる状態にあつたもので、そ の利益を自己に帰属させていたというを妨げず、被告人らはAからBに当選を得しめ る目的をもつて同人に投票するよう依頼しその報酬として供与されることを知りな がらこれが供与を受けたものと認めることができる。」と判示しているのであるが、 被告人らは、同被告人らの家庭の主宰者ではなく、むしろ隠居もしくは新嫁であつ て、右香典を「自己の支配下においた」とか「その利益を自己に帰属させた」とか 断ずることはできない筋合である。右香典を供与者に返還しなかつたことをもつて 受供与の罪が成立するとしても、これを返還する責任は被告人らにあつたものと即 断することはできない。現に被告人Dは、司法警察員に対する昭和四二年一月一六 日附供述調書において、「私は香典はそのままにして置き、夕方息子夫婦にBさん 達が……香典を置いて行つたことを話しました。私は年もとつていますので、それ 以後は全然香典のことについては子供からも聞いておりませんのでそれどをうした のか知りません。」と述べているのであり、他の被告人らも、いずれも、香典の処 理につき家人と相談しているのである。 してみれば、被告人らに対し前記の選挙に関し、金員の供与を受けたとして公職 選挙法二二一条一項四号の罪に問擬した原判決は、事実の認定を誤つた顕著な疑い の存するものであつて、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。 - 4 - よつて刑訴法四一一条三号により原判決を破棄し、同法四一三条本文に従つて、本 件を原裁判所である福岡高等裁判所に差し戻すべきものとして、主文のとおり判決 する。 この判決は、裁判官入江俊郎、同長部謹吾の反対意見があるほか、全員一致の意 見に 棄し、同法四一三条本文に従つて、本 件を原裁判所である福岡高等裁判所に差し戻すべきものとして、主文のとおり判決 する。 この判決は、裁判官入江俊郎、同長部謹吾の反対意見があるほか、全員一致の意 見によるものである。 裁判官入江俊郎、同長部謹吾の反対意見は、次のとおりである。 弁護人の上告趣意第一が理由がなく、同第二および第三が刑訴法四〇五条の上告 理由に当らないことについては、多数意見と意見を同じくするが、本件については、 刑訴法四一一条三号を適用すべきでなく、本件上告は棄却すべきであつて、同条号 を適用して原判決を破棄し、事件を原審に差し戻す旨の多数意見には賛成すること はできない。その理由は、次のとおりである。 刑訴法四一一条三号は、原判決に判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認がある ことを疑うに足りる顕著な事由があつて、これを看過して原判決を確定させること が、著しく正義に反する場合にかぎり、原判決を破棄することができるとしている のである(昭和二七年(あ)第九六号同二八年一一月二七日第二小法廷判決、刑集 七巻一一号二三〇三頁参照)。これは、いうまでもなく、上告審がみづから事実の 取調をすることなく、書面審査のみによつて事実認定に関する原判決の当否を判断 するには、おのずから限度が存することによるものである。したがつて、当裁判所 としては、記録ならびに証拠資料によつて、原判決に明らかな経験則ないし採証法 則の違背があり、その事実認定に著しい不合理な点があつて、事実誤認を疑うに足 りる顕著な事由が認められ、これを看過することが著しく正義に反すると認められ る場合にかぎつて、原判決を破棄することができるのであり、かような事由が認め られないかぎりは、原判決の事実認定はこれを尊重すべきであつて、かかる措置こ そ右法条の趣旨に副うゆえんである。 - 5 - 今これを ぎつて、原判決を破棄することができるのであり、かような事由が認め られないかぎりは、原判決の事実認定はこれを尊重すべきであつて、かかる措置こ そ右法条の趣旨に副うゆえんである。 - 5 - 今これを本件について見るに、原審の認定した事案によれば、 (一) 被告人らは、B町長らが被告人らの家族の死亡の際は礼拝もせず、その 後一年ないし一年数ケ月後に選挙が近くなつてから仏壇の礼拝を申し込んだことを 不審に思い、またその日夕刻までには各各被告人らの仏壇に右金員在中の香典袋の 置いてあるのを知り、B町長が次期町長選挙に立候補することを予想していたので、 同町長らが辞去の際宜しく頼むと言つたことも思い併せて右同日右香典袋在中の金 員は右選挙についてB町長に投票を得しめるため被告人らに供与されたものである と了知していたこと、 (二) 被告人らは、その家族と相談の上、右香典の金員を約二ケ月にわたり本 件捜査が開始されるまで、そのまま、仏壇に置きまたは他の封筒に入れて仏壇の抽 斗に入れたりして、これをB町長らに返戻せず、あるいはこれを費消してしまつた こと、 (三) 被告人らが、右選挙については各選挙人であつたこと、が認められると いうのであり、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに十分で ある。 右原審認定の事実関係のもとにおいては、本件香典袋在中の金員が右選挙につい てB町長に当選を得しめる目的をもつて同人への投票方を依頼され、その報酬とし て供与されることを了知の上、被告人らがこれを自己の支配下におき、警察官の捜 査を受けることがなければ自己に所属せしめるに至ることは自然のなりゆきと思わ れる状況において、自己にその利益を帰属させていたものであつて、右被告人らの 受供与の事実を認め得る旨の原審の判断は相当である。その認定判断の過程におい て、明らかに経験則 ることは自然のなりゆきと思わ れる状況において、自己にその利益を帰属させていたものであつて、右被告人らの 受供与の事実を認め得る旨の原審の判断は相当である。その認定判断の過程におい て、明らかに経験則ないし採証法則に違背し、著しく不合理な点が存するとは認め られない。 被告人らがその家計の主宰者でなく、本件供与者が被告人らの他の家族である選 - 6 - 挙人の投票をも得る意図であつたか否かは別として、少なくとも被告人らも本件選 挙について選挙人であつたのであり、供与者において被告人らの投票を除外視する ことの認められない本件においては、被告人らについて受供与罪の成立をさまたげ る理由は存しない。本件供与の形態を見れば、被告人らの受供与の態度は消極的で あり、且つ、金員を供与者に返戻することが当該地方の情況として感情上躊躇する ものがあつたにしても、そのことをもつて本件受供与の事実を否定することはでき ない。もつとも、情状としては、被告人らの置かれた地位は、供与者のそれに比し てまことに同情すべきものがあるが、それはあくまで情状に関する問題であり、犯 罪の成否の問題ではないのである。原審は、被告人らの科刑については、罰金刑に 処し、これに執行猶予の宣告を附しているのであつて、原審のこの点に関する判断 も相当である。 然らば、本件は未だ職権を発動して刑訴法四一一条三号を適用すべき事案に該当 しないから、本件上告は棄却するのが相当である。 検察官 山本清二郎公判出席 昭和四四年三月一三日 最高裁判所第一小法廷 裁判長裁判官 大 隅 健 一 郎 裁判官 入 江 俊 郎 裁判官 長 部 謹 吾 裁判官 松 田 二 健 一 郎 裁判官 入 江 俊 郎 裁判官 長 部 謹 吾 裁判官 松 田 二 郎 裁判官 岩 田 誠 - 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