平成22(ワ)9240 損害賠償請求事件

裁判年月日・裁判所
平成23年10月25日 大阪地方裁判所
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判決文本文7,332 文字)

主文 1 被告は,原告に対し,60万円及びこれに対する平成20年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを9分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1 請求被告は,原告に対し,530万円及びこれに対する平成20年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,自律神経失調症により休職中であった原告が,勤務先の産業医である被告との面談時に,詰問口調で非難されるなどしたため,病状が悪化し,このことによって復職時期が遅れるとともに,精神的苦痛を被ったとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,逸失利益の一部の賠償及び慰謝料の支払並びにこれに対する不法行為の日である平成20年11月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。 1 前提事実(証拠の挙示のない事実は,当事者間に争いがない。)(1) 当事者等ア原告は,昭和62年から財団法人A(以下「勤務先」という。)に勤務しているが,自律神経失調症により,平成20年6月30日から平成21年4月26日まで休職していた者である。 イ被告は,平成20年11月26日当時,勤務先の産業医を務めていた医師である。 (2) 休職中の面談ア原告は,休職中,2週間に1度のペースでBに通院し,自宅療養をしていたところ,平成20年11月に入って,勤務先の上司であるC係長から,産業医による面談を打診され,これに応じることとした。 イ被告は,C係長から依頼を受け,平成20年11月26日午後4時ころから,勤務先近く 平成20年11月に入って,勤務先の上司であるC係長から,産業医による面談を打診され,これに応じることとした。 イ被告は,C係長から依頼を受け,平成20年11月26日午後4時ころから,勤務先近くの喫茶店で,C係長の同席の下,原告と面談した(以下「本件面談」という。)。 (3) 休職中の給与原告は,勤務先の規定に基づき,休職期間中,給与,扶養手当,地域手当,住居手当の80パーセントの支給を受けていた(甲9,10[枝番省略。以下同じ])。うち,平成21年1月分から平成21年5月分までの減額分は,以下のとおりであった(甲10)。 平成21年1月分 8万2726円平成21年2月分 8万2726円平成21年3月分 8万2726円平成21年4月分 9万5729円平成21年5月分 8万0668円 2 主たる争点及びこれに対する当事者の主張(1) 本件面談における被告の言動が注意義務に反するものであったか(原告の主張)ア被告の産業医としての注意義務(ア) 産業医は,労働者の健康管理を職務とし,その一環として労働者の職場復帰の支援又はメンタルヘルスケア・健康相談を行うのであり,メンタルヘルスについても,研修や実習を通じて最低限の知識を習得していることが当然に期待される立場にある。 (イ) 本件面談は,被告の産業医としての職務の一環として,原告の職場 復帰の支援又はメンタルヘルスケア・健康相談を目的として行われたものであり,被告は,本件面談に先立って,原告が自律神経失調症に罹患していることも知らされていた。 (ウ) 一般に,自律神経失調症の患者に対する面談において,圧迫的な言動で患者に接したり,紋切り型の説明をすることは,明らかに不適切であるとされるところ,被告は,本件面談において,原告に対し,圧迫的な言動を避け ,自律神経失調症の患者に対する面談において,圧迫的な言動で患者に接したり,紋切り型の説明をすることは,明らかに不適切であるとされるところ,被告は,本件面談において,原告に対し,圧迫的な言動を避けるべき注意義務を負っていた。 イ本件面談における被告の言動(ア) 本件面談において,被告は,原告が封筒に入れて差し出した診断書を見ることもなく,「君,何の病気やねん。」などと詰問し,「君の症状は誰にでもあることや。それは病気とは言えへん。薬では治れへん。 病気を作り出してるんは君自身や。それは甘え,いうこっちゃ。」と畳み掛けた。 (イ) また,原告が,自身の病状について,何の前触れもなく急に不安になるなどと述べたところ,被告は,「そんな立派な体して,体力がないはずないやん。」と決め付け,原告が妻や友人といるときも同じような症状が出ると説明しても,それを信じようとせず,同席していたC係長に対し,「確認せなあかんな。」などと,被疑者に対する取調べのような口調で述べた。 (ウ) さらに,被告は,涙を流して泣いている原告に対し,追い討ちをかけるように,「頑張って自分で治さなあかんで,薬に頼らずに。」と述べ,「そんな状態が続いとったら,生きとってもおもんないやろが。」と言い放ち,面談の最後には「頑張りや,ほんまに頑張るんやで。」と言い残した。 ウ小括前記イの被告の言動は,自律神経失調症に罹患している原告に対する言 動として明らかに不適切であり,労働者の面談に当たる産業医の注意義務に反するものといえる。 (被告の主張)ア被告の産業医としての注意義務について(ア) 産業医は,主治医のように,自らの責任で長期間にわたり直接に労働者の診断・治療を行っているわけではなく,個々の職員の休職の必要性や復職の当否について意見を述べるに当た ての注意義務について(ア) 産業医は,主治医のように,自らの責任で長期間にわたり直接に労働者の診断・治療を行っているわけではなく,個々の職員の休職の必要性や復職の当否について意見を述べるに当たっても,ほぼ主治医の意見どおりとしている状況にある。 このように,産業医は,患者に対して限定的な関わりを有するに過ぎないのであるから,その注意義務も限定的なものというべきである。 (イ) 被告は,C係長から,自律神経失調症に悩んでいる職員がいるので会ってやってほしいと頼まれたに過ぎず,原告の現在の病状や復職に関する方針,原告の業務内容などの情報は与えられていなかった。 被告は,原告の訴えを聞いてやるだけでも,原告の心を和らげ,満足させることができるのではないかという程度の考えで,本件面談の依頼に応じたに過ぎず,原告の復職判断のために行ったものでもない。 イ本件面談における言動被告が,本件面談において,「薬だけで治すことは難しい」と述べたり,できる範囲で前向きな生活が送れるよう,原告に励ましの言葉をかけることはあったものの,詐病であるかのように原告を詰問したり,原告の人格を否定するような発言をした事実はない。 また,原告が,本件面談中に涙を流すようなことはなかった。原告は,ずっと下を向いており,被告の言葉に対して特に反応を示すことはなかった。 ウ小括このように,被告は,主治医ではなく産業医として,かつ,相談的なも のとして本件面談を行ったに過ぎないから,その注意義務は限定的なものにとどまるところ,前記イの被告の言動は,その注意義務に反するものではない。 (2) 損害論(原告の主張)ア本件面談と病状悪化との因果関係原告は,自律神経失調症で勤務先を休職していたが,本件面談のころには,職場復帰に向けての話合いが行わ 反するものではない。 (2) 損害論(原告の主張)ア本件面談と病状悪化との因果関係原告は,自律神経失調症で勤務先を休職していたが,本件面談のころには,職場復帰に向けての話合いが行われるほど,症状は回復しつつあり,主治医は,平成21年1月ころの職場復帰を想定していた。 ところが,本件面談後,原告は,心身のバランスを崩し,精神安定剤を服用することが増え,一時は首をつることまで具体的に考えるほどの精神状態に陥り,復職の時期も平成21年4月27日にずれ込んだ。 原告の病状悪化は,本件面談により引き起こされたものであるといえる。 イ休業損害原告は,平成21年1月の仕事始めには復職できる高度の蓋然性があったにもかかわらず,本件面談時の被告の言動により,自律神経失調症が悪化し,平成21年4月27日まで復職が遅れることとなった。 この間,原告は,前記1(3)のとおり,給与を減額されていた(合計42万4575円)ところ,うち少なくとも30万円については,被告の本件面談における言動と相当因果関係のある損害に当たる。 ウ慰謝料原告は本件面談後,急激に体調が悪化し,自殺の具体的な方法を考えたり,被告に対する怒りが抑えきれず激昂した状態が継続したり,気力を失いぼうっとした状態が続くといった症状に苦しめられた。 このことによる精神的苦痛を金銭に換算すれば,500万円を下ることはない。 (被告の主張)ア本件面談と病状悪化との因果関係原告の病状は,本件面談の前後を通じて激しい浮き沈みがあり,本件面談を境に病状が逆戻りしたり,急激に悪化したといった事情は認められない。本件面談と原告の病状の悪化との間には相当因果関係がない。 イ休業損害原告は,本件面談当時,昼夜逆転の生活を送ったり,小さい出来事で落ち込んで死の 急激に悪化したといった事情は認められない。本件面談と原告の病状の悪化との間には相当因果関係がない。 イ休業損害原告は,本件面談当時,昼夜逆転の生活を送ったり,小さい出来事で落ち込んで死のうと考えたりするなど,一般的な社会生活を送ることが難しい状態にあった。本件面談当時,平成21年1月に復職できる蓋然性があったともいえない。 ウ慰謝料否認し,争う。 第3 争点に対する判断 1 事実経過について証拠(後掲)によれば,以下の事実が認められる(なお,以下の認定事実に反する証拠は,信用することができない。)。 (1) 被告は,平成2年ころから,大阪市の各区役所・保健所等に産業医として勤務していた(乙2,被告本人)。 産業医は,職場の安全衛生,事故の予防,労働環境の改善などを監視し,休職中の職員の職場復帰の支援や,職場との調整を図る立場にあるが,被告自身,内科を専門とする医師であって,メンタルヘルスについては,産業医向けの講習を毎年1回受講して知識を得ていた(被告本人)。 (2) 原告は,平成9年6月に自律神経失調症と診断され,Bの心療内科に通 院していたが,平成20年6月9日に勤務先での職務担当が変更になったことを契機に,状態が悪化した。 原告は,同月29日から勤務先を病気休職し,2週間ごとにBに通院し,自宅療養を継続しており,同年10月10日には,3か月ごとの病気休職期間が切れる平成21年1月をめどに職場復帰を目指す程度にまで状態が安定していた(甲14,16,原告本人)。 (3) C係長は,原告に産業医の面談を受けるよう打診する一方,被告に原告との面談を依頼した。被告は,原告が自律神経失調症で休職していることは説明を受けて知っていたが,勤務先での原告の仕事の内容や原告の詳しい病状については説明を受けていなかった 打診する一方,被告に原告との面談を依頼した。被告は,原告が自律神経失調症で休職していることは説明を受けて知っていたが,勤務先での原告の仕事の内容や原告の詳しい病状については説明を受けていなかった(被告本人)。 (4) 被告は,平成20年11月26日午後4時から,勤務先近くの喫茶店で,C係長の立会の下,原告と面談した。面談場所を喫茶店としたのは,勤務先の人と顔を合わせたくないという原告の意向を受けてのことであった(原告本人)。 被告は,原告に対し,健康状況や家庭環境・職場環境,受診状況や,最近の生活状況などを尋ねたが,あまりはっきりした回答が得られなかった(被告本人)。 被告は,原告を見た印象で,原告の状態は悪くなく,もう一歩で職場復帰できると感じていたため,可能な部分から前向きな生活をするよう励ませばよいと考えて,「それは病気やない,それは甘えなんや。」,「薬を飲まずに頑張れ。」,「こんな状態が続いとったら生きとってもおもんないやろが。」などと力を込めて言った(原告本人,被告本人)。 また,原告が,いつ急に不安になるか自分でも予測がつかず,妻や知り合いと話をしていても不安になることがあると言うのに対し,被告は,C係長に,事実確認をしなければならない旨を告げた(原告本人)。 原告は,面談途中から,嗚咽が漏れないようハンカチを噛み,下を向いて 体を震わせながら涙を流していた(原告本人)。 (5) 面談は1時間弱で終了した。面談終了後,原告は,少し落ち着こうと思い,しばらく一人で喫茶店内に残り,後から店を出たところ,原告の状態を案じたC係長が,原告の妻に迎えに来るよう連絡をして,原告が出てくるのを待ってくれていた(原告本人)。 (6) 原告は,平成20年12月2日,Dで診察を受けた。原告は,診察を担当したE医師に対し,本件面談 係長が,原告の妻に迎えに来るよう連絡をして,原告が出てくるのを待ってくれていた(原告本人)。 (6) 原告は,平成20年12月2日,Dで診察を受けた。原告は,診察を担当したE医師に対し,本件面談で病状が悪化し,抗不安剤のワイパックスを服用することが増えた旨を訴えた(甲15)。 また,原告は,平成20年12月5日,Bで,従来は改善傾向にあったが,本件面談後,明らかに症状が悪化しているとして,平成21年1月31日まで自宅療養が必要である旨の診断を受けた(甲5)。 (7) 原告は,その後も,おおむね2週間に1度のペースでBに通院を続け,平成21年3月26日,Bで,同年4月27日から就業可能との診断を受けた(甲6)。 2 本件面談における被告の言動が注意義務に反するものであったか(1) 前記1(3),(4)で認定した事実によれば,被告は,原告が自律神経失調症であり,休職中であるという情報を与えられた上で,原告との面談に臨んでいたにもかかわらず,原告に対し,薬に頼らず頑張るよう力を込めて励ましたり,原告の現在の生活を直接的な表現で否定的に評価し,その克服に向けた努力を求めたりしていたことが認められる。 (2) ところで,被告は,産業医として勤務している勤務先から,自律神経失調症により休職中の職員との面談を依頼されたのであるから,面談に際し,主治医と同等の注意義務までは負わないものの,産業医として合理的に期待される一般的知見を踏まえて,面談相手である原告の病状の概略を把握し,面談においてその病状を悪化させるような言動を差し控えるべき注意義務を負っていたものと言える。 そして,産業医は,大局的な見地から労働衛生管理を行う統括管理に尽きるものではなく,メンタルヘルスケア,職場復帰の支援,健康相談などを通じて,個別の労働者の健康管理を行 っていたものと言える。 そして,産業医は,大局的な見地から労働衛生管理を行う統括管理に尽きるものではなく,メンタルヘルスケア,職場復帰の支援,健康相談などを通じて,個別の労働者の健康管理を行うことをも職務としており,産業医になるための学科研修・実習にも,独立の科目としてメンタルヘルスが掲げられていること(甲12)に照らせば,産業医には,メンタルヘルスにつき一通りの医学的知識を有することが合理的に期待されるものというべきである。 してみると,たしかに自律神経失調症という診断名自体,交感神経と副交感神経のバランスが崩れたことによる心身の不調を総称するものであって,特定の疾患を指すものではないが,一般に,うつ病や,ストレスによる適応障害などとの関連性は容易に想起できるのであるから,自律神経失調症の患者に面談する産業医としては,安易な激励や,圧迫的な言動,患者を突き放して自助努力を促すような言動により,患者の病状が悪化する危険性が高いことを知り,そのような言動を避けることが合理的に期待されるものと認められる。 してみると,原告との面談における被告の前記(1)の言動は,被告があらかじめ原告の病状について詳細な情報を与えられていなかったことを考慮してもなお,上記の注意義務に反するものということができる。 3 損害論(1) 本件面談と病状悪化との因果関係前記1(2),(6),(7)で認定した事実によれば,原告は,被告との面談直前には状態が安定し,平成21年1月からの復職を目指して面談を行うほどであったところ,本件面談により病状が悪化し,自宅療養期間が延び,実際の復職時期が平成21年4月27日にまでずれ込んだことが認められる。 これらの事実によれば,原告の病状悪化は,本件面談における被告の言動により生じたものと認めることができる。 療養期間が延び,実際の復職時期が平成21年4月27日にまでずれ込んだことが認められる。 これらの事実によれば,原告の病状悪化は,本件面談における被告の言動により生じたものと認めることができる。 (2) 休業損害 前記第2の1(3)に掲記した事実によれば,原告の復職が遅れたことによる減収は,30万円を下らないものと認めることができる。 (3) 慰謝料前記1(4)ないし(7)で認定した,本件面談における被告の原告に対する言動や,これにより原告に生じた反応,前記(1)で認定した復職時期の遅れの程度などを考慮すれば,原告の精神的苦痛を金銭で慰謝するには,30万円が相当である。 4 結論以上によれば,原告の請求は,不法行為による損害賠償請求権に基づき,60万円及びこれに対する不法行為の日である平成20年11月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。 よって,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第16民事部 裁判官寺元義人

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