平成9(ワ)339 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成13年12月20日 千葉地方裁判所
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判決文本文22,209 文字)

平成13年12月20日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成9年(ワ)第339号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成13年7月18日判決 主文 1 被告らは,各自,原告Aに対し金3196万8859円,原告Bに対し金2576万8859円及び上記各金員に対する平成7年7月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,これを5分し,その2を被告らの,その余を原告らの負担とする。 4 この判決は,原告ら勝訴部分に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求被告らは,各自,原告Aに対し金8842万5807円,原告Bに対し金7255万5807円及び上記各金員に対する平成7年7月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,亡Cが被告労働福祉事業団(以下「被告事業団」という。)の開設・経営する千葉労災病院において舌癌の手術を受けた後に呼吸停止及び心停止に陥って低酸素脳症に至ったことについて,Cの妻と子である原告らが,被告事業団に対し,診療契約上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づき(選択的併合),その余の被告らに対し,不法行為責任に基づき,損害賠償の支払を請求した事案である。 1 争いのない事実等(争いのない事実の他は認定に供した証拠を掲記)(1) 当事者等ア Cは,昭和13年1月10日生の男子であり,平成7年7月11日当時,遊技場の経営等を目的とする三愛興業株式会社の代表取締役であったところ(甲39ないし42,49),平成8年11月20日に死亡した。 原告Aは,Cの妻であり,原告Bは,C及び原告Aの子である。(なお,原告らのほかにCの相続人はいない。甲35ないし37,38の(1),(2)) 42,49),平成8年11月20日に死亡した。 原告Aは,Cの妻であり,原告Bは,C及び原告Aの子である。(なお,原告らのほかにCの相続人はいない。甲35ないし37,38の(1),(2))イ被告事業団は,千葉県市原市において労働福祉事業団千葉労災病院(以下「被告病院」という。)を開設・経営しているものであり,被告D医師,被告E医師,被告F医師(上記3名の被告医師を「被告医師ら」と総称する。)は,平成7年7月当時,被告病院に勤務していた医師である。 (2) 診療契約の成立Cは,平成7年4月5日,被告病院に入院するに際し,被告事業団との間において,Cの舌腫瘍の治療に必要な診療を受けること及び舌癌に対し手術を行う場合は適正な術後管理を受けることを内容とする契約(以下「本件診療契約」という。)を締結した。 (3) Cの診療経過ア Cは,平成6年10月ころから,舌の異常を感じるようになり,平成7年3月末ころから痛みが増してきたため,同年4月3日,G耳鼻咽喉科医院を受診し(甲1の3,50),同医院の医師から,精密検査を受けるように指示され,被告病院を紹介された。 イ Cは,同月4日,被告病院耳鼻咽喉科を受診し,被告D医師から舌右側に癌があり,右頸部へ転移しているとの診断を受け,同月5日,被告病院に入院して化学療法を受けた。Cは,同年7月11日,被告医師らにより舌半切術・右頸部郭清等の手術(以下「本件手術」という。)を受け,本件手術は同日午後8時20分ころ終了した。Cは,本件手術終了後,被告病院において主に術後管理等のために利用されている病室(4B病棟内のナースステーションと隣接しており,通路はアコーディオンカーテンで区切られている。病床は6床である。以下「ICU室」という。)において,術後管理を受ける 理等のために利用されている病室(4B病棟内のナースステーションと隣接しており,通路はアコーディオンカーテンで区切られている。病床は6床である。以下「ICU室」という。)において,術後管理を受けることとなった。(ICU室の構造につき証人H)ウ被告医師らはCの担当医であり,それぞれが責任をもって術後管理にあたるというチーム医療体制をとっており,また,CがICU室に移動した後は,主としてI看護婦,H看護婦他1名の看護婦らがCの術後の看護を行った。(証人I,同H,被告D本人)エ Cは,ICU室へ入室後,同日午後9時50分ころから,息苦しさ等を訴えて,看護婦らから痰の吸引等の処置を受けていたが,同日午後11時30分ころ呼吸停止に陥り,自発呼吸を回復したものの,同時55分ころ心停止に陥った。 その後,Cに対し,心臓マッサージ,気管切開,酸素吸入等の蘇生術が施され,呼吸状態や血圧は安定したものの,Cは,呼名反応を示さない等の意識障害を呈するに至った(以下,術後にCに発生したかかる事態を「本件事故」という。)。 オ Cは,引き続き被告病院に入院して,耳鼻咽喉科,神経内科,脳外科等で治療を受けていたが,上記意識障害は改善せず,自らの意思で食事や排尿,排便等ができない状態のまま,平成8年1月11日ころ症状が固定した(甲1の(2),乙1の(1)ないし(5))。Cは,その後も,被告病院において入院加療を受けていたが,同年11月20日午後9時4分ころ,被告病院において死亡した。 2 主たる争点及び当事者の主張(1) 呼吸停止・心停止の原因等ア原告らの主張本件手術は,Cの右頸部等を切開し,頸部の内部組織を郭清し,舌と口腔底の切開を行い,口腔底と舌の欠損部を前腕部の皮弁を用いて皮弁を移植する等してなされたものであり, ア原告らの主張本件手術は,Cの右頸部等を切開し,頸部の内部組織を郭清し,舌と口腔底の切開を行い,口腔底と舌の欠損部を前腕部の皮弁を用いて皮弁を移植する等してなされたものであり,かかる手術部位に血腫や浮腫等が形成されて頸部が腫脹し,また,舌自体の炎症や舌根部への血液や滲出液の浸入により周辺組織が腫脹し,さらに,舌の鬱血等により舌根部又は咽頭が腫脹したことにより,気道閉塞となり,呼吸停止・心停止に陥り,低酸素脳症に至ったのである。 Cは,平成7年7月11日午後11時30分に1回目の呼吸停止に陥り,同時55分に2回目の呼吸停止に陥るとともに,最大7分から8分間の心停止を生じた。 イ被告らの主張Cは,移植皮弁周辺には相当量の鬱血が認められ,血腫により気道が狭窄したと考えられる状態であったが,舌根部には手術操作を加えておらず,血流障害があったとしても,移植皮弁そのものは,当初,壊死に陥らなかったのであるから,気道に多少の圧迫があったとしても,それで気道が閉塞したとは考えられない。また,咽喉頭浮腫は生じておらず,血腫が形成された原因も不明である。 Cの心停止時間は,1分ないし2分間である。 (2) 被告らの責任原因ア原告らの主張(ア) 被告医師らの過失(注意義務違反)本件手術が,10時間にも及ぶ大手術であり,しかも,右舌半切除,右頸部リンパ郭清等,気道に接するか,その直近の手術であったこと等に照らせば,被告医師らは,手術後,血腫や浮腫の発生による舌根部,咽頭の腫脹等により,生命維持にとって不可欠な気道が閉塞される危険性があり,これにより心停止・呼吸停止に陥り,その結果,低酸素脳症に至る可能性は十分予見し得たものである。 したがって,被告D医師は, より,生命維持にとって不可欠な気道が閉塞される危険性があり,これにより心停止・呼吸停止に陥り,その結果,低酸素脳症に至る可能性は十分予見し得たものである。 したがって,被告D医師は,Cの主治医,本件手術の執刀医及びCの術後管理者として,また,被告E医師,被告F医師は,本件手術の助手及びCに対する医療チームの一員として,本件手術の部位,態様及び時間等に照らし,手術後少なくとも6時間は被告医師らのうちの少なくとも1名が被告病院内にとどまる等して,Cの容態の急変等に即応出来る体制を整えておく注意義務があった。 そして,平成7年7月11日午後11時30分ころの呼吸停止(1回目の呼吸停止)に対し,気道確保の施術,すなわち,直ちに口腔内エアウェイを挿入し,創部の縫合部を開創し,血腫を除去し,気管切開を行う等の処置を施せば,その後にCに生じた2回目の呼吸停止や心停止による低酸素脳症を回避することは十分可能であった。 しかるに,被告医師らは,本件手術が極めて順調かつ成功裏に終了したことから,Cの術後管理を怠り,当直医のJ医師が整形外科医であるにもかかわらず,同人に緊急時の指示等をすることなく,被告D医師は午後10時ころ,被告E医師及び被告F医師は午後11時ころ,被告病院から退出し,結局,午後11時30分から55分の間,被告病院内に被告医師らが不在のままの状態にした。その結果,Cの気道確保のための有効な処置が取られず,同時55分ころCを気道閉塞による呼吸停止(2回目の呼吸停止)及び心停止に陥らせ,低酸素脳症に至らせたものである。 したがって,被告医師らには不法行為(共同不法行為)責任がある。 (イ) 被告事業団の使用者責任被告事業団は,被告医師らを使用し,被告医師らが被告事業団の業務を る。 したがって,被告医師らには不法行為(共同不法行為)責任がある。 (イ) 被告事業団の使用者責任被告事業団は,被告医師らを使用し,被告医師らが被告事業団の業務を執行中,前記過失により本件事故を惹き起こしたのであるから,被告事業団には民法715条1項に基づく責任がある。 (ウ) 被告事業団の債務不履行被告事業団は,本件診療契約に基づき,Cの術後の容態の急変に適正に対処することが可能なように医師を適正に配置するべき注意義務があった。 しかるに,被告事業団は,上記注意義務を怠り,Cの1回目の呼吸停止を生じた直後に適正な処置を取ることができず,Cを低酸素脳症に至らしめた。 また,被告事業団は,履行補助者たる被告医師らの前記(ア)の不完全な履行により,Cを低酸素脳症に至らしめた。 したがって,被告事業団には本件診療契約に基づく債務不履行責任がある。 イ被告らの主張(ア) 被告医師らの過失(注意義務違反)の不存在本件手術は,気道に直接損傷が加えられず,縫合部も咽頭にないため,気道内に血液が流れ込むおそれは少ない。術後出血がもっとも起こりやすいのは麻酔の覚醒時に体動が激しく起こる際であり,覚醒が良好であればICU室に移動して1時間も問題がなければ通例十分である。Cは,手術中の出血量も少なく,手術は極めて順調に行われ,その後の覚醒も順調で,新たな出血もなく,術創部からの出血を吸引するためのリリアバックドレーン(以下「ドレーン」という。)も機能し,術後の状態も申し分なかった。ICU室に移った後は,Cは会話もできるほどであった。したがって,被告医師らには,原告ら主張のように,本件手術後6時間被告病院内で待機する義務はなかった。 被告 後の状態も申し分なかった。ICU室に移った後は,Cは会話もできるほどであった。したがって,被告医師らには,原告ら主張のように,本件手術後6時間被告病院内で待機する義務はなかった。 被告医師らにCの呼吸停止・心停止を予見すべき義務はない。術創からの出血も静脈性のものであり,ドレーンが機能していたことに照らせば,通例では短時間のうちに大きな血腫が生じることはない。また,血腫が形成されたとしても,解剖学的見地から,通例では血腫によって気道が圧迫・閉塞されることもない。さらに,鼻からネーザルエアウェイを挿入していたにもかかわらず,呼吸困難に陥いることも通例では生じない。 低酸素脳症は回避し得なかった。Cの午後11時30分ころの呼吸停止に対しては,アンビューバックによって呼吸状態が改善している以上,その時点において,被告医師らが診察していたとしても,気管切開や経口エアウェイの処置を取ることはない。被告D医師がICU室に到着した時点では,Cは,血圧や脈拍に異常はなかった。 (イ) Cに対する術後管理の状況被告らは,Cに対し,ICU室において,モニター機器などによる厳重な観察やベテラン看護婦らによる継続的・重点的な看護を行い,非常時には当直医による応急的処置や担当医師がごく短時間(20分ないし30分)で駆けつけられる場所に所在するような厳重な管理体制を取っていたものであり,本件手術当日の当直医J医師に対して,引継ぎの際に,Cは重症患者として報告がなされていた。 Cの呼吸困難・呼吸停止に対しては,J医師によりアンビューバッグによる人工呼吸が施され,適切な処置がなされている。その後,J医師が担当医師による処置が必要であると判断し,被告E医師に連絡がされ,同医師により血腫の除去等や気管切開が行われて よりアンビューバッグによる人工呼吸が施され,適切な処置がなされている。その後,J医師が担当医師による処置が必要であると判断し,被告E医師に連絡がされ,同医師により血腫の除去等や気管切開が行われている。 (3) 損害ア原告らの主張(ア) Cの損害Cは,前記(2)ア(ア)ないし(ウ)の被告らの過失及び注意義務違反により低酸素脳症に至り,平成8年1月11日の経過をもって低酸素脳症の症状が固定し,この時点において労働能力を完全に喪失し,下記のとおりの損害(合計1億3511万1614円)を被った。 a 症状固定前の損害合計1015万6830円・治療費 210万4830円・休業損害 583万2000円・入院慰謝料 222万円b 症状固定後の損害合計1億2495万4784円・治療費 207万3600円・逸失利益 9688万1184円本件手術により,Cの舌癌は全て除去され,予防的に頸部郭清術もなされたのであって,近い将来における死亡が客観的に予測される事実は存在しないから,Cはその後11年間にわたって稼動が可能であった。 Cは,平成7年7月11日当時,三愛興業株式会社の代表取締役であり,不動産業及びパチンコ店2店舗の経営者として稼働していた。そのため,退院直後から業務に復帰することは可能であり,本件手術によりCの仕事が制限され収入が減少するという状況にはなかった・後遺障害慰謝料 働していた。そのため,退院直後から業務に復帰することは可能であり,本件手術によりCの仕事が制限され収入が減少するという状況にはなかった・後遺障害慰謝料 2600万円(イ) Cの損害賠償請求権の相続原告らは,Cの死亡により,前記(ア)の損害額合計1億3511万1614円の2分の1である6755万5807円宛の損害賠償請求権を相続した。 (ウ) 原告らの損害a 葬儀費用原告Aについて  120万円b 慰謝料原告ら各自について 500万円本件事故により,原告Aにとっては夫との,原告Bにとっては父親との,愛情の交流を含む人間としての関わりあいを断ち切られたのであり,各々の精神的打撃は計り知れないものがある。その精神的苦痛に対する慰謝料は原告ら各自について500万円を下回らない。 c 弁護士費用原告Aについて 1467万円原告らは,被告らがC及び原告らが被った損害の任意の賠償に応じないため,やむなく原告ら訴訟代理人に対し,本訴の提起,追行を委任し,その費用及び報酬として原告Aが上記金員を支払う旨約した。 イ被告らの主張仮に被告らに責任があるとしても,損害の発生及びその額について争う。 (ア) 症状固定前のCの損害について術後6か月間は入院ないしリハビリの期間であるから,就労不可能であり,休業損害は生じない。 (イ) 症状固定後のCの損害についてa 死亡後の逸失利益についてCは,本件手術からおよそ半年後の平成8年2月6日,舌の左側部分に舌癌を再発した。Cは,この舌 い。 (イ) 症状固定後のCの損害についてa 死亡後の逸失利益についてCは,本件手術からおよそ半年後の平成8年2月6日,舌の左側部分に舌癌を再発した。Cは,この舌癌の局所再発やそれに対する放射線照射,糖尿病,副鼻腔炎(蓄膿症)などにより,頸部皮膚壊死,頸動脈出血を来たして死亡したものである。癌の再発のメカニズムに照らせば,Cは,本件事故当時,すでに舌の左側部分に癌が転移していたことは明らかであり,Cの再発癌はもはや手術ができるような状態にはなく,仮に手術をしても救命することは困難である。また,癌が再発した場合の生存率や治癒率は極めて低い。 したがって,Cにおいては,本件事故当時において「死亡の原因となる具体的事由が存在し,近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情」が存在していたといえ,Cには死亡後の逸失利益は認められない。 b 就労可能性について本件手術は,舌の機能的な回復を図るものではなく,身体的に障害が残るので,本件事故がなかったとしても,就労は不可能であり,逸失利益は発生しない。少なくとも労働能力喪失率を100パーセントとすることは現実的ではない。 (ウ) 慰謝料について癌という極めて重篤な疾患患者に対する術後管理が問題となっている事案であることを考慮すべきであり,原告らの主張する慰謝料額は過大にすぎる。 第3 当裁判所の判断 1 被告病院における診療経過(平成8年7月13日ころまで)前記第2の1の事実及び証拠(甲1の(3),3ないし8,15,29,乙1の(1),(2),2ないし5,証人K,同H,同I,原告A本人,被告E本人,同D本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 (1) 本件手術終 ),3ないし8,15,29,乙1の(1),(2),2ないし5,証人K,同H,同I,原告A本人,被告E本人,同D本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 (1) 本件手術終了までの経緯ア平成7年4月4日,Cは,被告病院の耳鼻咽喉科を受診し,被告D医師により舌右側に最大径約4.5センチメートルの潰瘍を伴う腫瘍(癌。以下「本件舌癌」という。)が存し,右頸部に転移しているとの診断を受け,同月5日,被告病院に入院し,主に投薬を中心とした化学療法を受けた。 なお,本件舌癌は,平成6年10月には舌の異常が感じられるようになっており,本件手術当時,Cには摂食障害や発語障害が生じていた。 イ Cは,平成7年7月11日(以下,特に断らない限り平成7年7月11日を指す。),本件舌癌の外科的切除を目的とした舌(右側)半切除術,右頸部郭清術,前腕皮弁による舌再建術を内容とする本件手術を受けた。本件手術の執刀医は,被告D医師及びL医師,助手は,被告E医師,被告F医師及びM医師であり,被告D医師は,本件手術を含めCに対するチーム医療の責任者であった。本件手術は,午前10時17分ころから午後8時20分ころまでの約10時間に及び,麻酔時間は午前9時15分ころから午後8時35分ころまでの約11時間20分に及んだ。 ウ本件手術の内容は,大要以下のとおりである。まず,右頸部を「エ」字型に切開し,頸部内の外頸静脈等を剥離し,胸鎖乳突筋,肩甲舌骨筋を切断し,その下の内頸静脈を二重結紮して切断し,頸部のリンパ節や脂肪組織等の内部組織等とともに上方へ剥離した(右頸部郭清術)。次に,舌中央部に針糸を懸けて前方に引き出し,舌根部を残して右側舌半分,口腔底を切開し,右切開部を下顎骨内側より剥離し,同部より頸部郭清の内部組織とともに摘 とともに上方へ剥離した(右頸部郭清術)。次に,舌中央部に針糸を懸けて前方に引き出し,舌根部を残して右側舌半分,口腔底を切開し,右切開部を下顎骨内側より剥離し,同部より頸部郭清の内部組織とともに摘出した(舌半切除術)。そして,左前腕皮弁を採取し,舌正中部,舌根部及び下顎歯肉部と縫合し,静脈は外頸静脈部と,動脈は顔面動脈とそれぞれ吻合させ,左前腕部の皮膚欠損部に左大腿部より採取した皮弁を移植した(再建術)。 その後,術創部の皮下や粘膜下に生じた出血を吸引するための装置であるドレーンを頸部の切開線の外側から2本挿入し,切開した皮膚を元の位置に戻して縫合し,ドレーンが機能しているのを確認して,縫合部に抗生剤の軟膏を塗布し,縫合部全体にガーゼを当てて絆創膏で固定した。また,Cの呼吸を補助するために,鼻腔内にネーザルエアウェイ(以下単に「エアウェイ」ということがある。)を挿入した。 エ本件手術中のCの出血量は約400㏄であり,本件手術は特に問題もなく順調に終了した。Cはバイタルチェックを受け,手術終了時の血圧は161/73㎜-(最高/最低。以下血圧については単に数値で表示する。),脈拍69であり,呼吸状態も良く,意識もあり,麻酔からの覚醒も順調であった。 オなお,Cは本件手術当時,糖尿病の既往があったが,感染症等には罹患していなかった。 また,本件手術後の病理検査の結果では,本件舌癌のリンパ節転移は認められなかった。 (2) 本件手術後の経過ア被告医師らは,約1週間の予定でICU室でCの術後管理を行うことにして,Cにドレーンやエアウェイを装着させたまま,ICU室に移動した。その際,原告AがCに対し声をかけたところ,Cはうなずいて応答していた。 イ午後9時50分ころ,Cは,ナースコールをして,I して,Cにドレーンやエアウェイを装着させたまま,ICU室に移動した。その際,原告AがCに対し声をかけたところ,Cはうなずいて応答していた。 イ午後9時50分ころ,Cは,ナースコールをして,ICU室に来室したH看護婦に息苦しさを訴えた。Cには,ウルトラネブライザー(痰を吸引しやすくするため気道に湿気を与えるための噴霧器)が設置され,H看護婦は,鼻腔内に挿入されていたエアウェイからチューブを入れて,頻繁に痰を吸引した。 午後10時ころ,Cが喘鳴を起こしていたため,H看護婦が吸引を行ったところ血性痰が認められた。Cの動脈血中の酸素飽和度(以下単に「酸素飽和度」という。)は100パーセントを示し呼吸状態は良好であった。 被告D医師は,看護婦ら,当直医や被告E医師及び被告F医師に対し,Cの術後管理について何らの具体的な指示をしないまま,午後10時すぎころ,帰宅のため被告病院から退出した。 午後10時30分ころ,Cは,咳払い等をして息苦しさを訴えたり,もがくように体を動かしていたが,酸素飽和度は98パーセントないし100パーセントを示し,特に呼吸困難に陥っているような状態ではなかったため,看護婦らは,頻繁に吸引を行い,そのまま経過を観察していた。 午後10時35分ころ,I看護婦は,被告E医師及び被告F医師にCの上記症状を報告したところ,両医師から,様子をみるように指示を受けた。被告E医師は,上記報告を受けた際,特にCを診察することはしなかった。 午後10時40分ころ,Cの頸部縫合部上を覆っていたガーゼ上に1センチメートル程度の大きさの血性のしみが認められた。Cの体動が続き,最高血圧が約150であったため,I看護婦はCに対し,吸引の際に力まないように指示し,Cはこれにうなずいたが,体動はおさまらなか センチメートル程度の大きさの血性のしみが認められた。Cの体動が続き,最高血圧が約150であったため,I看護婦はCに対し,吸引の際に力まないように指示し,Cはこれにうなずいたが,体動はおさまらなかった。Cは,意識清明であり,チアノーゼはなく,脈拍は120であった。 被告E医師は,当直医や看護婦らに対し,Cの術後管理について何らの具体的な指示をしないまま,午後11時ころには,帰宅のため被告病院から退出した。また,被告F医師も,看護婦らに何か異常があれば連絡するように指示したのみで,具体的な指示をしないまま,午後11時前には,帰宅のため被告病院から退出した。 ウ午後11時ころ,Cのガーゼ上の血性のしみが約5センチメートルの大きさに拡大し,また,ドレーンから排出された出血量の増量が認められた。看護婦らは,危険な状態と考え,被告F医師に上記症状を報告するためにその自宅に電話をしたが,同医師が帰宅途中であったため家族に伝言したのみであった。また,Cの体動が続き,血圧も上昇していたため,I看護婦は,ソセゴン(痛み止めの薬剤)を注射しようとしたが,Cが拒否したので,注射をせず,そのまま様子を観察していた。 午後11時20分ころ,Cは,依然として咳払い等をして喘鳴を頻繁に繰り返しており,看護婦らは,その度に吸引を施した。Cは,酸素飽和度98パーセント,意識清明であり,チアノーゼはなく,脈拍は130台であった。しかし,Cの体動がさらに激しくなり,ガーゼ上の血性のしみが約10セントメートルの大きさに拡大し,最高血圧も200に上昇したため,I看護婦は,これ以上出血が増えると危険であると判断し,Cに対し,ソセゴン15gを注射した。 午後11時25分ころ,被告F医師は被告病院に電話し,I看護婦からCの上記症状につき報告を受け ,I看護婦は,これ以上出血が増えると危険であると判断し,Cに対し,ソセゴン15gを注射した。 午後11時25分ころ,被告F医師は被告病院に電話し,I看護婦からCの上記症状につき報告を受け,すぐに被告病院に戻ることにした。 エ午後11時30分ころ,H看護婦がCに対し吸引を行っていたところ,突然Cの酸素飽和度が低下し,呼吸停止に陥った。Cは,眼球を上転させ,チアノーゼを示し,脈拍は80に低下していた。I看護婦が気管に空気を送るために,Cの口腔内に舌を押し広げてエアウェイを挿入し,H看護婦が吸引を開始したところ,Cは自発呼吸を回復した。Cの舌は口からとび出すほど大きく腫れていた。その後,看護婦らは,Cにアンビューバックを装着して人工呼吸を行い,当直医のJ医師に連絡した。 J医師は,すぐにICU室に駆けつけたが,I看護婦に対し緊急に喉に穴をあける道具であるトラヘルパーの準備を指示しただけで,それ以上の処置を取らなかった。この時点でのCの最高血圧は100,脈拍は92であった。 そのころ,被告E医師は,H看護婦からCが呼吸停止に陥ったとの電話連絡を受けた。午後11時30分すぎころには,看護婦らは原告Aに連絡をした。 オ午後11時40分ころ,Cは,自発呼吸を続けていたが,呼吸状態が完全には回復していなかったため,H看護婦は,アンビューバックで酸素吸入を続けていた。Cは,最高血圧100,脈拍93であり,チアノーゼは徐々に消失した。 午後11時41分ころ,酸素飽和度は92パーセント,脈拍が120ないし130台になり,また,血圧は216/86に上昇した。 午後11時43分ころには,酸素飽和度は80パーセントに低下し,血圧は204/82,脈拍は138であった。J医師はCに対し,心機能を補強するために り,また,血圧は216/86に上昇した。 午後11時43分ころには,酸素飽和度は80パーセントに低下し,血圧は204/82,脈拍は138であった。J医師はCに対し,心機能を補強するためにボスミン1A及びメイロン250-を側管より注射した。 カ午後11時51分ころ,血圧は112/60,脈拍は126となり,54分ころには,脈拍が38にまで低下し,55分には脈拍を触知できない状態になった。同時に,心電図モニター上の心拍数が零を示し,Cは心停止に至った。J医師は,心臓マッサージを施行し,看護婦らは,Cの舌を押し広げて口腔内にエアウェイを挿入し,吸引を頻繁に施した。Cの舌は口唇からとび出してしまうほどに腫脹していたが,呼吸停止には陥っていなかった。 午後11時56分ころには,酸素飽和度95パーセント,血圧141/80,脈拍130となった。 キ同月12日(以下特に断らない限り平成7年7月12日を指す。)午前零時ころ,被告E医師がICU室に駆けつけ,直ちにCを診察したところ,Cは自発呼吸は認められたが呼名反応はない状態であった。血圧は220/80,脈拍は98,酸素飽和度は80パーセント台であった。被告E医師は,術創部からの出血が呼吸停止及び心停止の原因ではないかと考え,頸部のガーゼを外したところ,頸部全体に腫脹が認められた。そのため,被告E医師は,術創からの出血が皮下に貯蓄していると考え,前頸部と下顎部の縫合部を抜糸して開創したところ,皮下組織内部に母指頭大の凝塊血5ないし6個が生じていたので,これを除去し,ガーゼで創部を拭いて止血処置をした。凝塊血は静脈性のものであり,動脈性の出血により大量の血液が固まっているという状態にはなかった。その後,Cの酸素飽和度は100パーセントに回復した。 そのころ,被告D いて止血処置をした。凝塊血は静脈性のものであり,動脈性の出血により大量の血液が固まっているという状態にはなかった。その後,Cの酸素飽和度は100パーセントに回復した。 そのころ,被告D医師は,看護婦らからCが危篤状態であるとの電話連絡を受けた。 午前零時10分ころ,Cの最高血圧は200台であり,被告E医師は,血圧の上昇を抑えるために,I看護婦に指示して,Cの鼻腔内にアダラート(抗高血圧薬)1カップを注入した。 午前零時15分ころには,Cは,自発呼吸も認められ,酸素飽和度99パーセント,血圧154/60,脈拍94となり,チアノーゼも消失したが,呼名反応を示さないままであった。被告E医師は,Cが再度呼吸停止に陥る危険があると判断し,そのころ,ICU室に駆けつけた被告F医師とともに,気管切開を開始した。 その際,気管内に大量の血性痰や血液はなかったが,気管は圧迫され左側に寄っていた。 Cのバイタルサインは,午前零時20分ころ酸素飽和度88パーセント,血圧156/80,脈拍93となり,30分ころには酸素飽和度94パーセント,血圧154/64,脈拍101となっていた。そのころ,被告D医師が,ICU室に駆けつけ,同医師は直ちにCの診察をはじめ,気管に高研式カニューレ10号を挿入し,40分ころから酸素吸入(Tピース12-・50パーセント)を開始した。 午前零時45分ころ,酸素飽和度98パーセント,血圧85/40,脈拍128となった。気管切開終了後,頸部や創部の処置のためペンローズ・ドレーンを2本挿入して再縫合した。 午前零時53分ころ,Cは,酸素飽和度96パーセント,血圧95/43,脈拍126であり,チアノーゼも認められなかったが,意識状態は,対光反射が緩慢にあるだけで,呼名反応はないままであった。 クその後,被告 53分ころ,Cは,酸素飽和度96パーセント,血圧95/43,脈拍126であり,チアノーゼも認められなかったが,意識状態は,対光反射が緩慢にあるだけで,呼名反応はないままであった。 クその後,被告医師らは,CT検査を施行し,意識状態を診断するために,被告病院の脳神経外科のK医師に診察を依頼した。K医師は,Cを診察し,Cは痛みに対して開眼し右上肢以外の四肢も弱い反応を示すが,意思疎通はできない状態にある,CT上は皮質と髄質の境界の喪失等が認められず正常の範囲内であり,頸部に形成された血腫が頸動脈を圧迫し,血流を遮断している可能性もあり得るが,特に脳外科的な処置の必要はなく,先ず全身状態を改善させることが優先であるとの診断をした。 ケ Cは意識状態を改善しないまま,平成7年7月13日ころ,MRI及びCT等の諸検査の結果,低酸素脳症であるとの診断を受けた。 (3) 認定の補足説明原告らは,Cは心停止の際に2回目の呼吸停止に陥ったものであり,心停止の時間は7分ないし8分間であると主張する。 しかしながら,上記の呼吸停止の点については,Cが心停止に陥った際に蘇生処置した証人Iは,Cの呼吸が停止したことを明確には供述しておらず,かえって,同Hは,Cが呼吸はしていたと思う旨供述しているのであり,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。また,心停止の時間については,証人Kは,ショック状態から心停止に至った時間を記載したものであり心停止の時間を記載したものではない旨を供述しているところ,甲第7号証及び乙第1号証の1(被告病院作成の入院診療録)には,「モニター上で,ショック→心停止の時間が7~8分」との趣旨が記載されていることに照らすと,同人の上記供述は信用するに足りるものであり,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。 また,被告らは,当直医のJ ニター上で,ショック→心停止の時間が7~8分」との趣旨が記載されていることに照らすと,同人の上記供述は信用するに足りるものであり,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。 また,被告らは,当直医のJ医師に対し,Cは,重症患者として報告がされていたと主張するが,これを認めるに足る証拠はない。 2 呼吸停止等の原因(争点(1))について(1) 前記1(2)の事実によると,Cは,平成7年7月11日午後11時30分ころに呼吸停止に陥り,午後11時54分ころ心停止となったものであるが,同月12日午前零時ころ,被告E医師が,術創部の頸部のガーゼを外したところ,頸部全体に腫脹が認められ,皮下組織内部に,母指頭大の凝塊血が5ないし6個生じているのが認められ,Cの気管は圧迫されて左側に寄っていたことが認められる。 証拠(被告D本人,被告E本人)及び弁論の全趣旨によると,舌根部と咽頭部は隣接しているところ,舌根部から咽頭部にかけては明確な境界があるわけではなく,粘膜及びその粘膜下の組織は互いに連絡していること,頸部は,舌根の下部に舌骨,甲状軟骨,輪状軟骨があり,この舌根の下部については,圧迫によって気道が閉塞する可能性は低いことが認められる。 上記のCの頸部の状態と医学的知見によれば,気道が閉塞した部分は,舌根部ないし咽頭部であると推認するのが相当である。 (2) 前記1(2)の事実によれば,上記の頸部の状態のほか,同月11日午後11時30分の時点で,Cの舌は,口からとび出すほど大きく腫れていたことが認められる。 ところで,証拠(甲16,被告E本人)及び弁論の全趣旨によると,舌癌を含む口腔癌の手術においては,手術直後は,手術侵襲や麻酔による呼吸機能回復の遅れとともに,気道内分泌量の過多,舌根沈下,口腔内創からの出血,頸部における血腫形成と浮腫など 論の全趣旨によると,舌癌を含む口腔癌の手術においては,手術直後は,手術侵襲や麻酔による呼吸機能回復の遅れとともに,気道内分泌量の過多,舌根沈下,口腔内創からの出血,頸部における血腫形成と浮腫などにより気道の狭窄が起こりやすく,また,血腫が発生し急激に頸部の腫脹が増強すると,咽頭浮腫のため気道閉塞が起こりやすいこと,本件手術では舌根部には手術侵襲が加えられていないが,粘膜下に血液や浸出液が入り込んで鬱血を起こし,舌根部が腫脹する可能性があったことが認められる。 上記のCの頸部及び舌の状態と医学的知見によれば,舌根部に血液や浸出液が入り込んで鬱血を起こし,腫脹したこと,ないしは頸部の血腫のため頸部が腫脹し,咽頭浮腫が生じたことにより,Cが気道閉塞に陥り,呼吸停止・心停止に至ったものと推認するのが相当である。 被告Dは,この点に関し,本件手術のように舌根部を残した舌半分の切除の場合は,咽頭浮腫による気道閉塞は起こらない旨供述するが,舌根部と咽頭部は隣接しており,舌根部から咽頭部にかけて明確な境界があるわけではなく,粘膜及びその粘膜下の組織は互いに連絡していることは前記(1)のとおりであるから,上記供述は採用できない。 3 被告らの過失等(争点(3))について被告医師らに医師としての過失及び注意義務違反があったか,被告事業団に本件診療契約上の債務不履行があったかどうかについて検討する。 (1) 前記1(2)のとおり,Cは,平成7年7月11日午後11時20分ころには最高血圧が200に上昇し,ガーゼ上の血性のしみの大きさも10セントメートルと拡大し,体動も続くという状態になり,午後11時30分ころには呼吸停止に陥り,その後も血圧等の不安定な状態が続き,55分ころ心停止に陥っているのであるから,Cに対して,まず,術創部を診断して止 ルと拡大し,体動も続くという状態になり,午後11時30分ころには呼吸停止に陥り,その後も血圧等の不安定な状態が続き,55分ころ心停止に陥っているのであるから,Cに対して,まず,術創部を診断して止血処置をするなど,気道狭窄を予防するための処置を施し,呼吸停止に陥った後においては,気管切開などの処置により気道の確保と酸素投与を行うべきであり,かかる処置を迅速かつ確実に行えば,Cの心停止,低酸素脳症は起こらなかった可能性が非常に高いものと認められる。 しかるに,当直医及び看護婦は,Cに対して吸引や薬剤の投与の処置をしただけであり,呼吸停止後においてもエアウェイの挿入,アンビューバックの装着等第一次的な呼吸補助の処置と薬剤の投与がなされただけでそれ以上の蘇生処置がとられなかったことは,前記1(2)のとおりである。 (2) ところで,本件手術は,10時間に及ぶ手術であって,Cは,手術部位は限定されていたものの,本件手術により相当大きな全身的侵襲を受けたものと考えられる。舌癌を含む口腔癌の手術においては,手術直後は,手術侵襲により,気道内分泌量の過多,舌根沈下,口腔内創からの出血,頸部における血腫形成と浮腫などにより気道の狭窄が起こりやすく,また,血腫が発生し急激に頸部の腫脹が増強すると,咽頭浮腫のため気道閉塞が起こりやすいことは前記2(2)のとおりであり,また証拠(甲16)によれば,血腫は手術終了後6時間以内に起こることが多いとされていることが認められる。そうすると,Cに対しては,厳重な術後管理が必要とされていたものというべきである。 そして,上記によれば,被告医師らは,Cが本件手術後に気道閉塞に陥るおそれがあることを予見できたものというべきであり,また,被告E医師及び被告F医師については,看護婦から,Cが同月11日午後10 そして,上記によれば,被告医師らは,Cが本件手術後に気道閉塞に陥るおそれがあることを予見できたものというべきであり,また,被告E医師及び被告F医師については,看護婦から,Cが同月11日午後10時30分ころ体動が激しくなっているとの報告を受けたのであるから,Cが気道閉塞に陥るおそれが強かったことを予見できたものというべきである。 しかるに,前記1(2)のとおり,被告D医師は,本件手術についてのチーム医療の責任者であったのに,被告E医師,被告F医師,J医師,看護婦らに何の指示をすることもなく,同月11日午後10時すぎに被告病院から退出し,被告E医師,被告F医師も,看護婦から,上記Cの異常状態の報告を受けながら,同日午後11時には被告病院を退出していたのであるから,被告医師らは,Cの術後の状態を厳重に管理すべき注意義務を怠ったものというべきである。 (3)ア被告らは,本件手術は直接気道に操作を加えていないので血腫によって気道が閉塞されることはないし,エアウェイを挿入していたにもかかわらず呼吸困難に陥ることも考えられないことから,呼吸停止及び心停止を予見できなかったと主張し,被告D及び被告Eも同主張に沿う供述をするが,Cが咽頭浮腫ないし舌根部の腫脹により気道閉塞に陥ったと推認されることは,前記2(2)のとおりであり,被告D及び被告Eの各供述は採用できない。 イ被告らは,術後管理はICU室においてベテラン看護婦による監視をし,当直医も呼吸停止や心停止に対し適切な処置を行ったと主張する。しかし,前記(2)で検討したとおり,被告らは,特に,緊急事態に即応できるように厳重な術後管理をすべき義務を負っていたのであって,単にICU室において監視するという管理だけでは足りないことは明らかである。また,被告医師らがICU室に駆けつけた 特に,緊急事態に即応できるように厳重な術後管理をすべき義務を負っていたのであって,単にICU室において監視するという管理だけでは足りないことは明らかである。また,被告医師らがICU室に駆けつけた後,直ちに,止血処置や気管切開,酸素吸入等を講じたにもかかわらず,Cの意識状態は改善しなかったのであるから,上記の当直医及び看護婦らの第一次的な処置だけでは不十分であったことも明らかである。したがって,被告らの上記主張は採用できない。 (4) 被告事業団は,被告医師らを使用し,被告医師らが被告事業団の業務の執行中,前記過失により本件事故を惹き起こしたのであるから,被告事業団には不法行為上の使用者責任があるというべきである。 4 Cの死亡原因及びCの死亡と本件事故との相当因果関係について(1) 本件事故後のCの症状等前記第2の1の事実及び証拠(甲1の(1)ないし(3),2,6,23の(1),(2),35,乙1の(1)ないし(5),証人K,被告D本人)並び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア本件事故後,Cの意識状態は改善せず,意思疎通もできずに寝たきりの状態のまま,引き続き被告病院に入院して治療を受けていた。 Cは,平成7年7月21日,脳外科により,失外套状態(眼球運動はあるが随意的ではなく,疎通性も失われ,精神的な反応は全くない状態)が継続しているとの診断を受け,同月28日,神経内科により,大脳機能が広範に障害されているとの診断を受け,同年8月22日,頭部のMRI検査の結果,脳萎縮が進行し,脳室及び脳溝が拡大しているとの診断を受け,低酸素脳症が悪化していることが認められた。 また,同年9月15日,脳外科により,全般的な神経状態は本質的に改善されず,慢性期に至っているとの診断を受け,同年11月6日,M との診断を受け,低酸素脳症が悪化していることが認められた。 また,同年9月15日,脳外科により,全般的な神経状態は本質的に改善されず,慢性期に至っているとの診断を受け,同年11月6日,MRI検査の結果,びまん性脳萎縮が認められ,基底核がスポンジ様になる等の低酸素脳症の悪化の所見が認められた。 イ上記のように,Cは,被告病院の耳鼻咽喉科,脳外科,神経内科等において諸検査や治療を受けたが,意識障害は改善せず,自発的に開眼し,自発的眼球運動はあるが,外界への反応はなく,四肢は屈曲拘縮位のまま動かず,失外套症候群を呈し,平成8年1月11日ころ,症状が固定したとの診断を受けた。Cは,鼻腔からの経管栄養を受け,糞尿失禁があり導尿等を実施し,四肢は麻痺し意思疎通は全廃というほぼ植物状態に近い状態を呈していた(以下「本件後遺障害」という。)。 ウ Cは,症状固定後も,引き続き被告病院で入院治療を受けていたが,平成8年8月13日ころから口腔底から頸部にかけての縫合部皮膚上に瘻孔が形成された。その後,瘻孔は除々に拡大し,同年10月16日ころ壊死に至り,同月26日ころから頸動脈からの出血が認められた。この出血は,本件手術により舌根部及び下顎歯肉部に移植された前腕皮弁の皮膚皮下組織が壊死し,筋皮弁へ壊死が進み,その下にある頸動脈が剥き出しになり頸動脈も壊死に至り,血管がもろくなって,生じたものである。その後も瘻孔部から動脈性出血が続いたため,同月28日,被告D医師らは,大量出血や気道内流入による呼吸停止を来す危険性があると判断し,出血を止めるために,同日午後4時ころから総頸動脈結紮術を施した。同手術によりCの出血は治まった。 エ Cは,同年11月18日午後11時30分ころから血圧が低下し,同月19日ころから呼吸も浅くなり,同月 ために,同日午後4時ころから総頸動脈結紮術を施した。同手術によりCの出血は治まった。 エ Cは,同年11月18日午後11時30分ころから血圧が低下し,同月19日ころから呼吸も浅くなり,同月20日午後8時20分ころ血圧が30以下に降下し,被告D医師により心臓マッサージ等の蘇生処置が講じられたが,午後9時4分死亡した。 (2) Cの死亡原因被告らは,Cは,舌癌の再発により死亡したのであり,Cの死亡原因は舌癌の再発であると主張する。 確かに,乙第5号証(被告病院作成の病理組織検査報告書)には,舌根部にはアヤシイ所見が認められるとの記載があり,また,乙第1号証の3(被告病院作成の診療録)の平成8年2月6日の経過記録及び指示事項欄には,「肉芽→再発か?」との記載が,また同年3月19日には,再発部位への放射線照射の依頼をしている旨がそれぞれ被告D医師により記載されているが,他方,被告Dも,本人尋問において,癌の再発や転移についてはあいまいな供述をしているにすぎず,被告病院作成の死亡届兼死亡診断書(甲2)には,舌癌の再発を窺わせる記載は全く存しないことを合わせ考えると,上記の各記載の存在だけから直ちに舌癌が再発していたと断定することはできない。 そして,証拠(甲2)によれば,Cの直接の死因が敗血症であることは明らかであり,敗血症は血液中に細菌が入り感染症を生じて全身状態を悪化させる傷病であるところ,前記(1)ウの事実及び証拠(乙1の(3)ないし(5),被告D本人,原告A本人)によれば,Cは,平成8年8月13日ころから瘻孔部から悪臭を発し滲出液,膿汁等を流出させて同部分の下にある頸動脈から出血したこと,総頸動脈結紮術により,Cの出血は一応止まったが,壊死部分は依然として悪臭を発生させ,滲出液等を流出させていたことが から悪臭を発し滲出液,膿汁等を流出させて同部分の下にある頸動脈から出血したこと,総頸動脈結紮術により,Cの出血は一応止まったが,壊死部分は依然として悪臭を発生させ,滲出液等を流出させていたことが認められる。 また,乙第1号証の3(被告病院作成の入院診療録)の平成8年10月27日の経過記録及び指示事項欄には,頸動脈出血の原因につき,腫瘍の影響及び感染によるものと思われるとの趣旨が被告D医師により記載されており,被告Dも,本人尋問において,壊死の部分が感染巣になり緑膿菌その他混合感染を起こして徐々に全身状態が悪化したとの供述をしているのである。 以上の各事実を総合して考慮すれば,Cは,平成8年8月13日ころから,瘻孔部において何らかの感染症に罹患し,敗血症に至り,全身状態を悪化させて死亡したものと推認されるのであって,Cの死亡原因が舌癌の再発であるとは認めることはできない。 (3) 本件事故とCの死亡との相当因果関係前記(1)認定の事実と前記(2)に判示したところによれば,Cは,本件事故により心停止を起こして低酸素脳症に至り,低酸素脳症の悪化等により全身の衰弱が進行したところ,口腔底から頸部にかけての縫合部皮膚上に形成された瘻孔部において何らかの感染症に罹患し,敗血症に至り,全身状態を悪化させて死亡したものと推認することができるから,本件事故とCの死亡との間には相当因果関係があるものというべきである。 5 Cの損害(1) 治療費 259万2940円証拠(甲20の(1)ないし・,21の(1)ないし・)によれば,Cは,入院治療費として,平成7年7月1日から同年10月15日までの間に158万5490円を,同月16日から平成8年1月15日までの間に51万9340円を,同月16 ,21の(1)ないし・)によれば,Cは,入院治療費として,平成7年7月1日から同年10月15日までの間に158万5490円を,同月16日から平成8年1月15日までの間に51万9340円を,同月16日から同年11月20日までの間に207万3600円をそれぞれ要したことが認められる。 ところで,前記1(1)認定の本件舌癌の大きさ及び本件手術の態様等と証拠(甲46ないし48)及び弁論の全趣旨によれば,Cは,本件事故がなくとも,本件手術後,少なくとも3か月間は被告病院において入院治療を受ける必要があったと認められるから,平成7年7月1日から同年10月15日までの間の入院治療費のうち,呼吸停止・心停止によって生じた低酸素脳症の治療,検査に要した費用及び同月16日から平成8年11月20日までの間の入院治療費が本件事故と相当因果のある治療費であるということができる。 上記事実によれば,平成7年10月16日から平成8年11月20日までの間の入院治療費は合計259万2940円となるが,平成7年7月1日から同年10月15日までの間の入院治療費のうち,呼吸停止・心停止によって生じた低酸素脳症の治療及び検査に要した費用の額を認めるに足りる証拠はない。 そうすると,本件事故と相当因果のある治療費は259万2940円となる。 (2) 逸失利益(原告ら主張の休業損害を含む。)3094万4778円ア前記1(1)認定の本件舌癌の大きさ,進行度及び本件手術の態様等と証拠(甲46ないし48)によれば,Cは,本件手術後,咀嚼及び言語の機能に軽度の障害を残し,日常会話や食事の際に軽度の障害が生じたものと認められる。この障害は労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表第九級六号に該当するものと認められ,旧労働省労働基 咀嚼及び言語の機能に軽度の障害を残し,日常会話や食事の際に軽度の障害が生じたものと認められる。この障害は労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表第九級六号に該当するものと認められ,旧労働省労働基準局長通牒別表第一労働能力喪失率表では,その労働喪失率は35パーセントとされている。 証拠(甲19の(1),39ないし42,49,原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,Cは,本件事故当時,遊技場の経営等を目的とする三愛興業株式会社の代表取締役であり,同社の経営や遊技場の店長,従業員の指導等に携わり,平成6年には年額1166万4000円の収入を得ていたことが認められる。 上記のCの職務の内容等に照らすと,Cは,本件手術による上記障害が残存しても,なお十分稼働可能であるものの,その労働能力は20パーセント喪失したものと推認するのが相当である。 イところで,前記1(1)認定の事実と証拠(甲30の(1)ないし(3),31ないし34,乙1の(1),5,6)によれば,Cの本件舌癌はステージⅢに相当するところ,医学文献によると,舌癌のステージⅢの5年生存率は約50パーセントないし60パーセントとされていることが認められるから,Cの5年生存率は約50パーセントないし60パーセントと認めるのが相当である。 そうすると,Cの稼働可能年数が通常人と同様であるということはできず,その稼働可能年数は約5年間であると認めるのが相当である。 ウ上記事実と前記(1)の事実によれば,Cは,本件事故がなければ,約3か月間入院加療を受けた後の平成7年11月21日から少なくとも5年間は稼働可能であり,その間に,年間1166万4000円の8割に相当する収入を得ることができたものと推認することができる。そして,前記4(3)のとおり,本件事故とCの死亡との間には相当 なくとも5年間は稼働可能であり,その間に,年間1166万4000円の8割に相当する収入を得ることができたものと推認することができる。そして,前記4(3)のとおり,本件事故とCの死亡との間には相当因果関係があるから,Cの死亡後はその生活費を控除すべきところ,Cの生活費はその全期間について収入の3割を必要とみるのが相当である。 以上を基礎として,ライプニッツ方式により年5分の割合による中間利息を控除して,平成7年11月21日当時の現価を算出すると,3094万4777円となる(計算関係は下記のとおり。円未満切捨)。 計算式1166万4000円×0.8×{0.9523+(1-0.3)×(4. 3294-0.9523)}=3094万4778円(3) 慰謝料 1500万円本件事故の態様及び結果,症状固定日までの入院期間,Cの余命年数その他本件に顕れた一切の事情に照らせば,Cの慰謝料としては,1500万円が相当と認められる。 6 相続及び原告らの損害(1) 相続前記5のとおり,Cの損害は合計4853万7718円であるところ,原告AはCの妻,原告Bはその子であり,他に相続人はいないから,原告らはCの死亡により法定相続分に従い,上記損害の2分の1に当たる2426万8859円宛を相続したものである。 (2) 葬儀費用原告Aにつき 120万円弁論の全趣旨によれば,原告Aは,Cの死亡に伴いその葬儀を執り行い,葬儀費用として120万円を下らない支出を余儀なくされたものと認められる。 (3) 原告らの慰謝料原告ら各自につき 150万円原告らは,本件事故により甚大な精神的苦痛を被 葬儀費用として120万円を下らない支出を余儀なくされたものと認められる。 (3) 原告らの慰謝料原告ら各自につき 150万円原告らは,本件事故により甚大な精神的苦痛を被ったものであるところ,前記5(3)の事情に照らせば,原告らの精神的苦痛に対する慰謝料としては,原告ら各自につき150万円が相当と認められる。 (4) 弁護士費用原告Aにつき 500万円弁論の全趣旨によれば,原告らは,原告ら訴訟代理人に対し,本訴の提起,追行を委任し,原告Aがその費用及び報酬を支払う旨約したことが認められるところ,本件事案の性質,訴訟の経緯及び認容額等の諸般の事情に照らすと,本件事故と相当因果関係のある原告Aの弁護士費用は,500万円と認めるのが相当である。 (5) 上記によれば,原告Aの損害は合計3196万8859円,原告Bの損害は合計2576万8859円になる。 第4 結語以上によれば,原告らの請求は,不法行為に基づき,原告Aが被告らに対し3196万8859円,原告Bが2576万8859円及び上記各金員に対する不法行為の日である平成7年7月11日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないので棄却する。 千葉地方裁判所民事第5部裁判長裁判官丸山昌一 裁判官菅原崇 裁判官本多智子・

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