主文 1 原告の被告国に対する請求を棄却する。 2 被告法務大臣が、平成10年11月25日付けで原告に対してした難民の認定をしない処分を取り消す。 3 訴訟費用のうち、原告に生じた費用の2分の1と被告国に生じた費用は原告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告法務大臣に生じた費用は被告法務大臣の負担とする。 事実及び理由 第1 請求1(第1事件)被告国は、原告に対し、金440万円を支払え。 2(第2事件)被告法務大臣が、平成10年11月25日付けで原告に対してした難民の認定をしない処分を取り消す。 第2 事案の概要等 1 事案の概要原告は、日本人女性と婚姻し、「日本人の配偶者等」の資格で本邦に在留していたが、同女性と離婚した後、難民認定の申請をするとともに、難民認定申請中であることを理由に「短期滞在」の在留資格を得たところ、その後、被告法務大臣から難民不認定処分を受けるとともに、「短期滞在」の在留資格による在留期間更新許可申請についても、更新不許可処分を受けたが、後に、在留特別許可を受けるに至った。 以上のような事案において、原告が、被告法務大臣に対し、難民不認定処分の取消しを求めるとともに、被告国に対し、「違法な在留期間の更新不許可処分によって損害を被った。」ことなどを理由として、合計440万円の国家賠償を求めているのが本件訴訟である。 2 前提事実以下の事実は、当事者間に争いがない。 1)原告は、平成7年3月2日、タイ王国バンコクからタイ国際航空機で新東京国際空港に到着し、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田空港支局入国審査官に対し、渡航目的を「観光」、日本滞在予定期間を「1月」などとして上陸申請をし、同日、同入国審査官から、出入国管理及び難民認定法(以下「 京入国管理局(以下「東京入管」という。)成田空港支局入国審査官に対し、渡航目的を「観光」、日本滞在予定期間を「1月」などとして上陸申請をし、同日、同入国審査官から、出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)別表1所定の在留資格を「短期滞在」、在留期間を「90日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸し、同月22日、新東京国際空港から、タイ王国バンコクに向け出国した。 2)原告は、同年11月15日、タイ王国バンコクからタイ国際航空機で新東京国際空港に到着し、東京入管成田空港支局入国審査官に対し、渡航目的を「リサーチ」、日本滞在予定期間を「1月」などとして上陸申請をし、同日、同入国審査官から、在留資格を「短期滞在」、在留期間を「90日」とする上陸許可を受け、本邦に上陸した。 3)原告は、同月29日、神奈川県横須賀市長に対し、日本人であるB(以下「B」という。)との婚姻届出を行い、同年12月1日、被告法務大臣に対し、在留資格の変更許可申請(以下「第1回在留資格変更許可申請」という。)を行い、平成8年1月16日、被告法務大臣から在留資格を「日本人の配偶者等」、在留期間を「6月」とする在留資格変更許可処分(以下「第1回変更許可処分」という。)を受けた。 4)その後、原告は、法務大臣に対し、平成8年7月4日、同年12月27日、平成9年7月14日に、それぞれ在留期間の更新許可申請を行い、被告法務大臣から、それぞれ在留期間更新許可処分を受けた。上記各在留期間更新許可処分に係る在留期間は、前2者の申請に対するものが各「6月」、後1者の申請に対するものが「1年」であった。 5)原告は、平成9年9月29日、Bとの協議離婚届出をし、平成10年7月16日、被告法務大臣に対し、在留資格を「定住者」に変更する旨の在留資格変更許可申請(以下「第2回在留資格変更許可申請 あった。 5)原告は、平成9年9月29日、Bとの協議離婚届出をし、平成10年7月16日、被告法務大臣に対し、在留資格を「定住者」に変更する旨の在留資格変更許可申請(以下「第2回在留資格変更許可申請」という。)をするとともに、難民認定申請(以下「本件難民認定申請」という。)をした。 6)被告法務大臣は、同年9月14日、第2回在留資格変更許可申請に対し、不許可処分を行い、同日、原告に対してこれを告知した。 7)原告は、同日、被告法務大臣に対し、変更の理由を「難民の申請」、在留資格を「短期滞在」とする在留資格変更許可申請(以下「第3回在留資格変更許可申請」という。)をし、被告法務大臣から在留資格を「短期滞在」、在留期間を「90日」とする在留資格変更許可処分(以下「第2回変更許可処分」という。)を受けた。 8)原告は、同年10月9日、被告法務大臣に対し、更新の理由を「難民」、在留期間を「90日」とする在留期間更新許可申請(以下「本件更新許可申請」という。)を行った。 9)被告法務大臣は、同年11月25日、原告の本件難民認定申請は、法61条の2第2項(以下「60日条項」という。)所定の期間を経過してされたものであり、かつ、同項ただし書の規定を適用すべき事情も認められないとして難民不認定処分(以下「本件不認定処分」という。)をし、同年12月3日、原告に対し、本件不認定処分の告知をするとともに、本件更新許可申請に対しても、これを不許可とする旨の処分(以下「本件更新不許可処分」という。)をし、同日、原告にこれを告知した。 10)原告は、平成11年3月2日、本件更新不許可処分の取消しを求める訴え(訴え変更前の第1事件)を提起した。また、本件不認定処分については、平成10年12月7日、被告法務大臣に対する異議の申出をし、平成11年11月15日、被告法務大臣 新不許可処分の取消しを求める訴え(訴え変更前の第1事件)を提起した。また、本件不認定処分については、平成10年12月7日、被告法務大臣に対する異議の申出をし、平成11年11月15日、被告法務大臣から異議の申出に理由がない旨の裁決を受け、平成12年2月4日、同裁決の告知を受けたことから、同年4月7日、本件不認定処分の取消しを求める訴え(第2事件)を提起した。 11)被告法務大臣は、平成14年2月28日、原告に対し、在留特別許可をした。 その後、原告は、本件更新不許可処分の取消しを求める訴えを国家賠償を求める訴え(第1事件)に変更することの許可を申し立て、同年7月26日、当裁判所は、上記訴えの変更を許可する旨の決定を行った。 第3 争点と争点に関する当事者双方の主張本件の争点は、①本件不認定処分の適否、具体的には、(ア)本件不認定処分が違法とされるためには、本件難民認定申請が60日条項に違反するとの被告法務大臣の判断が違法であれば足りるのか(原告の主張)、さらに、原告が難民に該当することをも要するのか(被告の主張)(争点①-1)、(イ)本件難民認定申請は60日条項に違反するかどうか(その前提としての、60日条項の解釈を含む。)(争点①-2)、(ウ)原告は難民に該当するかどうか(争点①-3)、②被告国の国家賠償責任の有無、具体的には、(エ)本件更新不許可処分には国家賠償法上の違法があるかどうか(争点②-1)、(オ)被告法務大臣の故意過失の有無(争点②-2)、(カ)原告の損害の有無及び損害額(争点②-3)であり、これらの争点に関する当事者双方の主張の概略は、次のとおりである。 1 本件不認定処分の適否について1)原告(1) 本件不認定処分が違法とされるための要件法61条の2は、1項において「法務大臣は、本邦にある外国人から法務省令 の概略は、次のとおりである。 1 本件不認定処分の適否について1)原告(1) 本件不認定処分が違法とされるための要件法61条の2は、1項において「法務大臣は、本邦にある外国人から法務省令で定める手続により申請があったときは、その提出した資料に基づき、その者が難民である旨の認定を行うことができる。」と定め、2項において、「前項の申請は、その者が上陸した日(本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあっては、その事実を知った日)から60日以内に行わなければならない。ただし、やむを得ない事情があるときは、この限りでない。」と定めている。そして、本件不認定処分は、同条2項の規定(60日条項)に違反することを理由としてされたものである。 ところで、60日条項は、難民認定申請を何時までにすべきかという手続要件を定めたものであって、この要件を欠く申請は不適法と評価されるべきものであるから、手続要件を欠く難民認定申請について、実体要件である難民該当性の判断を行うことは予定されていないものと解すべきである(以下、60日条項が定める要件を「60日要件」といい、難民該当性の要件を「難民要件」という。)。そうだとすると、60日条項違反を理由とする難民不認定処分は、申請が不適法であることを理由とする申請却下処分であるのに対し、難民に該当しないことを理由とする難民不認定処分は、実体要件が具備していないことを理由とする申請棄却処分であると評価すべきことになるから、この両者は、別個の処分と解すべきものである。また、仮に両者が別個の処分であるとまではいえないとしても、60日要件と難民要件との間には、前者を具備しているかどうかの判断が論理的に先行する関係があり、60日要件を満たさないことを理由とする難民不認定処分においては、難民要件該当性については、法務大 も、60日要件と難民要件との間には、前者を具備しているかどうかの判断が論理的に先行する関係があり、60日要件を満たさないことを理由とする難民不認定処分においては、難民要件該当性については、法務大臣の第1次判断権が全く行使されていないのであるから、その取消訴訟において、難民要件を具備しているかどうかの審理判断まで行うことは、法務大臣の第1次判断権の尊重という観点からも相当ではなく、許されないものというべきである(この点において、いわゆるベンジジン事件に関する最高裁判所第2小法廷平成5年2月16日判決の論理は、本件にも適用されるものというべきである。)。 以上によれば、60日条項違反を理由とする本件不認定処分の取消訴訟においては、この点に関する法務大臣の判断の適否を審査し、その判断が誤っていれば本件不認定処分を違法とすべきものであって、それに加えて原告が難民に該当するかどうかを審理判断する必要はないし、すべきものでもない。 (2) 60日条項違反の有無についてア)60日条項の解釈について我が国は、難民の地位に関する条約及び難民の地位に関する議定書(以下、前者を「難民条約」、後者を「難民議定書」といい、両者を併せて「難民条約等」という。)を批准しており、難民を庇護すべき国際的な義務を負っている。法の難民認定に関する規定等は、このような国際的な義務を果たすために制定されたものなのであるから、その解釈に当たっては、難民条約等の定めの趣旨に適合するような解釈が要求されることはいうまでもないところである。 ところで、難民の意義については、難民条約1条A及び難民議定書1条2項が明確に定めており、難民条約等の締約国は、上記規定の定める難民に該当する者に対しては、庇護をすべき義務を負うのであって、国内法の定めにより、庇護すべき難民の範囲を限定して A及び難民議定書1条2項が明確に定めており、難民条約等の締約国は、上記規定の定める難民に該当する者に対しては、庇護をすべき義務を負うのであって、国内法の定めにより、庇護すべき難民の範囲を限定してしまうようなことは許されないものというべきである。難民条約等は、難民認定手続をどのようなものにするかについての定めを置いておらず、各締約国が、各国の実情に応じた手続規定を置くこと(立法裁量)を許容しているものというべきであるが、これは、あくまでも認定「手続」についての立法裁量を許容しているのにすぎず、難民についての実体的要件を変容させることを許容しているものではない。そして、この観点から考えると、難民条約上の「難民」に当たる者に対し、難民認定申請についての期間制限を課し、その期間制限に違反した場合には、難民であるにもかかわらず難民認定をしない制度を設けることは、難民認定について、難民該当性以外の要件を課するものであって、国内法の定めにより、庇護すべき難民の範囲を限定することにほかならないのであるから、このような定めが難民条約に違反することは明らかである。なお、期間制限という形式要件に違反した難民に対しては、形式要件違反を理由に難民不認定処分をすることが許されるとすると、当該難民は、難民であるにもかかわらず難民認定を受けることができず、最終的には、本国に送還されることになるが、この結果は、難民をその本国に送還してはならない旨(ノン・ルフールマン原則)を定める難民条約33条1項に違反することにもなり、この観点からしても、上記のような事態は、難民条約上到底許されるものではないのである。したがって、60日条項を難民条約に適合させるためには、同条項にいう「やむを得ない事情」を広く解釈し、真の難民が期間制限違反を理由に難民認定を受けられないような事態 底許されるものではないのである。したがって、60日条項を難民条約に適合させるためには、同条項にいう「やむを得ない事情」を広く解釈し、真の難民が期間制限違反を理由に難民認定を受けられないような事態が生ずることのないようにする必要があるものというべきである。 これを、原告のように適法な在留資格を得て本邦に滞在していた者についてみると、難民認定を申請し、第三国での庇護を求めるということは、当該難民にとっては本国と決別することを意味し、相当の覚悟と決断が要求される一方、適法な在留資格を有している者は、難民認定を受けているかどうかにかかわらず、当面、本国に強制送還されて迫害にさらされるおそれはないのであるから、難民認定を申請して庇護を求める必要性を感じることも少ないことからすれば、適法な在留資格を得て本邦に滞在している者については、その在留資格が継続している間は、難民認定申請をしなかったとしても、それには無理からぬ事情があったものというべきである。したがって、このように、適法な在留資格を得ていた者が、在留資格が継続している間に難民認定申請をした場合や、その在留資格を失った後直ちに難民認定申請をした場合には、当該申請が、申請権の濫用に当たるなど、難民としての保護に値しないと認められる特別な事情がある場合や、実体審査をするまでもなく難民に該当しないことが明らかである場合などを除き、当該難民認定申請者の難民認定制度に関する知識の有無や申請を決意した時期等にかかわらず、入国後60日以内に難民認定申請をしなかったことにつき「やむを得ない事情」があったものと解すべきである。 また、仮に上記のような解釈が認められないとしても、本国にいた当時から迫害を受けていた者が、本邦に入国した後、新たな事情が発生したり、新たな証拠を入手した結果、従来から有していた迫害 べきである。 また、仮に上記のような解釈が認められないとしても、本国にいた当時から迫害を受けていた者が、本邦に入国した後、新たな事情が発生したり、新たな証拠を入手した結果、従来から有していた迫害のおそれを再認識し、あるいは、迫害のおそれが増大したものと認められる場合には、法61条の2第2項かっこ書所定の「本邦にある間に難民となる事由が生じた者」に該当するものとして、上記のような事情が発生したことを知った日あるいは新たな証拠を入手した日から60日以内に難民認定申請をしていれば、60日要件を満たすものと解すべきである。そのように解しなければ、上記の者は、本国にいた当時から迫害を受けていたこと、すなわち、難民であったことが立証されることによって60日条項に違反し、難民認定を受けることができなくなるという不合理な結果がもたらされ、このような結果は、難民条約上、到底許容されるものとはいえないからである。 イ)本件について原告は、「日本人の配偶者等」の在留資格で本邦に入国し、その後も、同様の資格で適法に本邦に在留していた期間中に難民認定申請をしたものである上、原告の本件難民認定申請が申請権の濫用に当たるなどの事情も存在しないのであるから、ア)で主張した点に照らしてみれば、入国後60日以内に難民認定申請をしなかったことには「やむを得ない事情」があるものというべきである。 また、仮に上記主張が認められないとしても、原告は、本邦に入国した後である平成10年3月21日に、MEDTV(ヨーロッパに本拠を置くクルド系衛星テレビであって、トルコ政府からは、「テロ組織の宣伝機関」であるとして敵視されている。)の番組に出演して、日本におけるクルド人の状況を報道したところ、同年7月11日になって本国の家族から、家族に対する監視と圧迫が強められたことを知ら テロ組織の宣伝機関」であるとして敵視されている。)の番組に出演して、日本におけるクルド人の状況を報道したところ、同年7月11日になって本国の家族から、家族に対する監視と圧迫が強められたことを知らされたものであり、この事実は、原告に対する迫害のおそれを増大させ、あるいは迫害のおそれを再認識させる事実であったといえる。したがって、同日から60日以内にされた本件難民認定申請は、60日条項に違反するものではないというべきである。 (3) 原告の難民該当性についてア)トルコ共和国憲法(平成13年改正前のもの)は、その前文において、「トルコの国家利益、国家と国土が不可分であるというトルコの存立の原則、トルコ人であるとい歴史的・精神的価値、アタテュルクの民族主義・原則・改革・文明性に反しては、いかなる思想も見解も保護されず、また世俗主義の原理の必然としての神聖な宗教的感情が国家の業務及び政治に絶対に関与することがないこと」を、第2部第1章Ⅲ14条において、「本憲法で定めるいかなる権利及び自由も、国土と国民とからなる不可分の国家の全体性を破壊し、トルコ国と共和制の存立を危うくし、基本的権利と自由を剥奪し、国家が一個人又は一集団によって支配されること、又は社会的階級が他の社会的階級に対して主権を確立すること、若しくは言語、民族、宗教及び宗派の相違を惹起することなどのいかなる方途であれ、かかる見解と思考に基づいた国家の秩序を構築する目的では行使し得ない。この禁止規定に反して行動したり、又は他人に対しかかる方途で煽動あるいは中傷した者に対して適用されるべき制裁は、法律でこれを定める。」と、第2部第2章Ⅷ26条において、「思想の表現及び伝達において法律で禁止された言語は使用できない。この禁止に反する書類、印刷物、レコード、録音及び録音テープ、その他の表現 、法律でこれを定める。」と、第2部第2章Ⅷ26条において、「思想の表現及び伝達において法律で禁止された言語は使用できない。この禁止に反する書類、印刷物、レコード、録音及び録音テープ、その他の表現の手段は、手続に基づいて付与された裁判官の令状に基づき、あるいは遅延することによって支障が生じる場合には法律によって権限が付与されている関係当局によって押収される。」と、第2部第3章Ⅱ42条において、「トルコ語以外のいかなる言語も、教育及び教導の機関においてトルコ国民に対し母国語として教授されることはない。教育及び教導の機関で教授される外国語、外国語による教育及び教導を行うべき原則は、法律でこれを定める。」と、それぞれ規定している。 また、反テロリズム法(1991年制定)は、テロリズムの定義を、「憲法に定める共和国の基本生態及び政治的、法的、経済的、社会的制度の変革、国家及び領土の統一性の毀損、トルコの国家及び共和政体の存続を危うくし、国家の統治権を弱め、破壊し、あるいは奪取しようとし、基本的権利及び自由を侵害し、あるいは国家の内部的及び国際的安全、公共の秩序、厚生を威力、実力行使、暴行、脅迫のいずれかの方法により損なうことを目的とする団体に属する一人又は数名の者により行われる一切の行為をいうものとする。」と定めた上(同法第1章1条)、犯罪がテロリスト犯罪として行われた場合には、刑を一般の法定刑の1・5倍に加重することを定め(同法5条)、また、同法違反行為に関する裁判手続は、国家保安裁判所の管轄に属し、その手続については、一般の刑事訴訟法の適用を排除し、同法及び国家保安裁判所構成及び手続法による旨を定める(同法9条)など、特別に厳格な刑罰及び刑事手続による旨を定めている。 イ)ところで、トルコ共和国憲法の前記規定は、「トルコは、トルコ民族 排除し、同法及び国家保安裁判所構成及び手続法による旨を定める(同法9条)など、特別に厳格な刑罰及び刑事手続による旨を定めている。 イ)ところで、トルコ共和国憲法の前記規定は、「トルコは、トルコ民族によってのみ構成される国家である。」とするトルコ共和国成立当時からの建国理念(いわゆるケマリズム)に基づくものであるが、このケマリズムは、国内的には、トルコにおける少数民族の存在や、その独自の文化、言語等の存在を否定しようとする動きとなって現れた。このため、トルコ国内に居住するクルド人は、トルコの総人口の約4分の1を占める勢力であったにもかかわらず、クルド人としての独自性を主張したり、クルド語を使用したり、クルド人の伝統文化に基づく行事を行ったりすること(クルド人の伝統的な祭りであるネブローズの祭りを祝うことなど)などを許されないという状況に置かれてきた。クルド人は、トルコ政府の政策に対し、反乱や抵抗運動によって対抗しようとしたこともあったものの弾圧され、このような歴史を通じて、クルド人の独自性を主張しようとする行動に対しては、ますます厳しい弾圧が加えられるようになっていった。また、1984年(昭和59年)以降、クルド労働者党(PKK)が、トルコ政府に対する武装闘争を開始した後は、クルド人が組織する政党や、団体、一般のクルド人等が、PKKへの関与を疑われ、あるいはPKKへの関与の疑いを口実にして逮捕、投獄された上で虐待を受けたり、殺害されたり、権利を剥奪されたり、平和的行動さえもが弾圧されたりする事例が多発し、さらに、クルド人が居住する村が、PKKへの関与の疑いの下に、軍やその関係者らから攻撃を受け、あるいは強制的に移住させられる事例も多数生じるようになった。 なお、1991年には、それまでクルド人によるクルド語使用を禁じてきた「トルコ への関与の疑いの下に、軍やその関係者らから攻撃を受け、あるいは強制的に移住させられる事例も多数生じるようになった。 なお、1991年には、それまでクルド人によるクルド語使用を禁じてきた「トルコ語以外の諸言語での出版に関する法律」が廃止され、クルド語の使用が一定の範囲で認められるようになったが、これは、トルコ政府によるクルド人弾圧政策が変更されたことを意味するのではなく、その代わりにア)記載の反テロリズム法が制定され、同法下において、クルド人による独立運動はもちろん、クルド人の独自性を主張する運動や、言論活動さえもがテロリズム行為、あるいは、これに関連する行為とみなされ、弾圧の対象とされたのである。 このようなクルド人に対する弾圧は、クルド系ジャーナリズムに対しても例外ではなく、例えば、クルド問題に焦点を当てた新聞であるオズギュル・ギュンデム(OzgurGundem)紙(1992年発刊)や、同紙が発行停止になった後、これを受け継ぐものとして発刊されたOzgurUlke紙(1994年発刊)は、反テロリズム法違反の疑い等の名目で、社長、編集長、記者、執筆者、戯画家ら多数の関係者が逮捕、勾留され、その中には、長期の禁固刑判決を受ける者が出るなど刑事訴追の対象とされたほか、支社に対する捜索と関係書類や発行物の押収、新聞販売に対する妨害等様々な弾圧を受けた。また、同紙の記者や新聞配達人が、正体不明の者によって殺害される事例が頻発したにもかかわらず、当局からの保護を受けられず、かえって自衛のための手段を採ることさえも許されないという弾圧の下にもさらされた。 ウ)原告は、1966年、トルコのホラサンで生まれたクルド人であり、1986年から、プロのフォト・ジャーナリストとして活動を始め、各種日刊紙で通信員、記者、デスクなどとして働いた後、19 らされた。 ウ)原告は、1966年、トルコのホラサンで生まれたクルド人であり、1986年から、プロのフォト・ジャーナリストとして活動を始め、各種日刊紙で通信員、記者、デスクなどとして働いた後、1992年からオズギュル・ギュンデム紙で働くようになったものであるが、同紙は、トルコ政府から様々な弾圧を受けていたことは、イ)で主張したとおりである。 また、原告は、①1984年に警察がバイラムパシャ地区のクルド人労働者を襲撃した際、その現場にいたため、3日間警察署に拘禁され、②1990年、大学生たちがクルド人の祭りであるネブローズ祭を祝った際、これに参加していたことから警察、軍の襲撃を受け、12日間拘禁され、③オズギュル・ギュンデム紙の記者として働いていた間にも、1992年9月にイスタンブールで、同年12月にユクセコヴァで、それぞれ秘密警察ないし対テロ部隊の攻撃を受け、生命の危険にさらされたほか、度々逮捕された。 原告は、平成7年、本邦に入国したが、その後の平成10年3月21日、日本において、在日トルコ国籍クルド人数十人と共にネブローズ祭を祝い、その模様を、国際電話でMEDTVに報道した。その音声による報道がテレビで流され、その際に、原告の名がテロップで示されたため、トルコに住む原告の親、兄弟に対し、監視が強化されるようになった。さらに、同年12月10日には、NHK教育テレビの「ビデオ・ジャーナリストは見た」という番組で、トルコにおけるクルド人に対する人権侵害状況が報道され、その番組の中で、原告の来日以来の生活状況も紹介された(ちなみに、この番組に対しては、トルコ大使館等からNHKに対して抗議が行われている。)ほか、オズギュル・ポリティカ紙(トルコ国外で編集され、ヨーロッパ等で発刊されているほか、インターネットで記事を公開している新聞であ 対しては、トルコ大使館等からNHKに対して抗議が行われている。)ほか、オズギュル・ポリティカ紙(トルコ国外で編集され、ヨーロッパ等で発刊されているほか、インターネットで記事を公開している新聞であり、前述のオズギュル・ギュンデム紙と同様の性格の新聞である。)の定期コラムニストとなり、日本におけるクルド人及びトルコ人の社会に関する報道を行っている。 以上のような事情に照らしてみれば、原告は、トルコ国内で居住していた当時から、人種や政治的意見を理由に迫害を受けていた者であり、また、本邦に入国した後の活動によっても迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する者であって、難民に当たることが明らかである。 2)被告法務大臣(1) 本件不認定処分が違法とされるための要件原告は、「60日要件は手続要件であるのに対し、難民要件は実体要件であって、前者が後者に論理的に先行する関係にあるのであるから、60日条項違反を理由とする難民不認定処分は、難民該当性が認められないことを理由とする難民不認定処分とは別個と解すべきであり、仮にそうではないとしても、ベンジジン事件に関する最高裁判決に照らし、60日条項違反を理由とする難民不認定処分は、その判断が誤っていればそれだけで違法として取り消されるべきものである。」という趣旨の主張をする。 しかしながら、法には、60日要件を満たさないことを理由とする難民不認定処分と難民要件を満たさないことを理由とする難民不認定処分とが別個の処分であることを前提とした規定や、60日要件についての判断を難民要件の判断に先行させるべき旨を定めた規定は存在せず、むしろ、法施行規則58条2項が、60日条項違反を理由とする難民不認定処分に対する異議の申出の場合であっても、60日要件及び難民要件の両者が満たされていると認められ るべき旨を定めた規定は存在せず、むしろ、法施行規則58条2項が、60日条項違反を理由とする難民不認定処分に対する異議の申出の場合であっても、60日要件及び難民要件の両者が満たされていると認められる場合に初めて、法務大臣が異議の申出に理由がある旨の判断をすると定めていることからすれば、両者は一個の処分であり、要件該当性の判断についても、論理的な先後関係は存在しないものと解すべきである。また、60日条項が定められたのは、①難民認定申請が遅れれば遅れるほど証拠が散逸し、公正な難民認定が困難になること、②真の難民であれば本邦に入国後、速やかに難民としての保護を求めようとするはずであるのに、そのような行為に及ばなかったことは、それ自体が、難民該当性を否定する有力な事実になること、③我が国において難民認定制度が発足した昭和57年当時、諸外国では、実際には難民に該当しないにもかかわらず、滞在国において長期間滞在又は就労を確保するために、虚偽の難民認定申請に及ぶ難民認定制度濫用者が存在することが重大な問題となっており、このような濫用的な難民認定申請を防止するためにも、難民認定申請について期間制限を設ける必要があったことなどを考慮し、我が国の国土面積、交通・通信機関、地方入国管理官署の所在地等の地理的、社会的実情からすれば、60日あれば我が国に入国した難民が難民認定申請をするのに十分な時間的余裕があるものと考えられたことによるものであり、これらの理由からすれば、60日要件も、実体要件であって難民要件とその本質を異にするものではないというべきであって、この点からしても、上記の主張が正当であることは明らかである。 なお、原告が引用するベンジジン判決は、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)の適用がないことを理由としてされた労働者災害補償保 からしても、上記の主張が正当であることは明らかである。 なお、原告が引用するベンジジン判決は、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)の適用がないことを理由としてされた労働者災害補償保険不支給決定(以下「労災保険不支給決定」という。)の取消訴訟において、労災保険法の適用がないとの行政庁の判断に誤りがある場合には、労災保険給付のためのその他の要件(業務起因性等)について判断するまでもなく、当該不支給決定を取り消すべき旨を判示したものであるが、この場合、労災保険法が適用されることは、その他の要件の適合性を判断するための前提要件であり、まずこの点について判断をした後に、その他の要件の適合性を判断するという論理的先後関係があるため、この点に着目した判断がされたものと解される。これに対し、60日要件と難民要件との間に論理的な先後関係が存するものではないことは既に主張したとおりなのであるから、本件についてベンジジン判決の論理が適用されるものではない。 以上によると、60日要件と難民要件とは、いずれも難民認定処分を行うための実体要件であって、これら2つの要件が満たされた場合に初めて難民認定処分を行うことができる(逆にいえば、いずれか1つの要件を満たさなければ難民認定を受けることはできない。)ものというべきであるから、本件不認定処分の取消しを求める原告としては、上記の2要件を、いずれも満たしていることを主張立証する必要があるものというべきである。 (2) 60日条項違反の有無についてア)60日条項の解釈について60日条項が設けられた理由は、(1)に指摘したとおりであって、合理的な根拠に基づくものである。そして、難民条約は、難民認定手続については何ら規定を置いておらず、この点については、締約国の立法裁量に委ねられているものと解される 、(1)に指摘したとおりであって、合理的な根拠に基づくものである。そして、難民条約は、難民認定手続については何ら規定を置いておらず、この点については、締約国の立法裁量に委ねられているものと解されることや、本邦に入国した難民は、速やかに難民認定申請をしようとするのが通常なのであるから、真の難民が60日条項に違反することはほとんど考えられず、仮に難民が、入国後60日以内に難民認定申請をせず、しかも、同申請をしなかったことにつき「やむを得ない事情」があったとは認められないものとして難民不認定処分を受けたとしても、それは、自らが難民認定申請を怠った結果であってやむを得ないものであるといえることからすれば、60日条項を設けることが難民条約に違反するということもできない。 このように考えると、60日条項は、その文言どおりに解釈したとしても難民条約に違反するところはないのであって、「やむを得ない事情」や法61条2項かっこ書の規定について無理な拡張解釈をする必要は全くないものというべきであるから、原告の主張は誤った前提に基づく誤った主張であるといわざるを得ない。 なお、原告は、「難民に対し、60日条項違反を理由に難民不認定処分を行うことは、難民に対して庇護を与えるべき旨やノン・ルフールマン原則を定めた難民条約に違反する。」という趣旨の主張をする。しかしながら、我が国の法制度における難民認定処分の効果は、難民条約上の各種保護措置との関係でいえば、難民旅行証明書の発給を申請するための要件となる点にあるにすぎず、その他の各種保護措置を受けるために難民認定処分が要求されるものではない。また、難民不認定処分がされたからといって直ちに当該難民認定申請者は強制送還されるわけではなく、退去強制令書発付処分という別個の処分によって強制送還されることになるものであ 要求されるものではない。また、難民不認定処分がされたからといって直ちに当該難民認定申請者は強制送還されるわけではなく、退去強制令書発付処分という別個の処分によって強制送還されることになるものであるところ、退去強制令書発付処分において送還先を何処にするかを判断するに当たっては、改めてその対象となった外国人が難民であるかどうかを判断する余地があり得、その時点で難民であることが明らかになれば、送還先を本国以外の国とすることもあり得るのであるから、難民不認定処分を行うことがノン・ルフールマン原則に違反するということもできない。したがって、原告の主張は、これらの点においても、その前提に誤りがあるものといわざるを得ない。 イ)本件について原告は、本邦に入国(平成7年3月2日)から約3年半も経過した平成10年7月16日になって初めて本件難民認定申請をしたものであり、この申請が60日条項に違反することは明らかである。原告は、「適法な在留資格に基づいて我が国に滞在している間は、難民認定申請をしなかったとしても、そのことについて『やむを得ない事情』があったものというべきである。」という趣旨の主張をしているが、「やむを得ない事情」について、そのような拡張解釈をすべき理由がないことは既に主張したとおりであって、原告の主張は失当である。 原告は、「本邦に入国後、迫害のおそれを強めさせ、あるいは再認識させる事情が発生したものであり、それから60日以内に本件難民認定申請を行っているから、60日条項違反はない。」という趣旨の主張もするが、原告は、「本国にいた当時から本国政府の迫害を受ける難民であった。」と主張しているのであるから、法61条の2第2項にいう「本邦にある間に難民となる事由が生じた者」であるとはいえず、したがって、本邦に上陸した日から60日以内に難民 国政府の迫害を受ける難民であった。」と主張しているのであるから、法61条の2第2項にいう「本邦にある間に難民となる事由が生じた者」であるとはいえず、したがって、本邦に上陸した日から60日以内に難民認定申請をしなければならないものである。また、法務大臣は、難民が提出した資料に基づき、難民認定処分を行うものであるところ(法61条の2第1項)、原告は、本件難民認定申請をする際には、MEDTVに出演し、そのことを理由として迫害を受けるおそれが生じたなどといった事情は何ら主張していなかったのであり、専ら本国で迫害を受けていたことを主張していたのにとどまっていたのであるから、本件不認定処分の際に、本邦に入国後の事情を考慮することはできなかった。したがって、原告の主張は、いずれにせよ失当というべきである。 (3) 難民該当性の主張についてア)トルコ共和国において、クルド人が、その民族的出自のみを理由として差別を受けたり、迫害を受けたりしている事実はなく、むしろ、多くのクルド人が、政府や軍などにおいても主要な地位についている。 もっとも、クルド民族のアイデンティティを公然と主張したり、クルド分離主義の主張をしたりするクルド人に対して迫害が行われた例があったことは、英米の政府機関の報告書等でも指摘されており、特に、1970年代にテロが多発し、治安が悪化したことを受けて1980年に無血軍事クーデターが発生し、軍部の影響下で1982年のトルコ共和国憲法が制定された当時は、治安維持が重視され、憲法の規定の中にも治安維持を優先する規定が数多く盛り込まれていた。 しかしながら、1990年代に入って治安が安定してくるとともに、トルコの政治体制も民主主義を重視するものに変容し、トルコ政府がEU加盟を目指すようになった後は、各種の法制度をEU加盟各国の水準に達 しかしながら、1990年代に入って治安が安定してくるとともに、トルコの政治体制も民主主義を重視するものに変容し、トルコ政府がEU加盟を目指すようになった後は、各種の法制度をEU加盟各国の水準に達するものとするよう法改正等が行われた。その結果、トルコ共和国憲法も、1987年、1993年、1995年、1999年、2001年と頻繁に改正が行われ、2001年憲法においては、原告が、1)、(1)、ア)で問題視している条文のうち、前文の「いかなる思想及び見解も保護されず」との規定は「いかなる行動も保護されず」と修正されて、思想、信条の自由をより尊重したものに変更され、26条の「思想の表現及び伝達において法律で禁止された言語は使用できない」との文言、及び28条の「法律で禁止された言語では出版を行い得ない」との文言がいずれも削除されるに至っている。このような変化の中で、クルド人によるクルド語の使用やクルドの伝統行事の実施も許容されるようになり、例えば、平成13年に英国内務省移民局によって実施されたトルコの事実調査や、平成12年の米国国務省の報告書においては、個人的な会話や印刷物においてクルド語を使用することは合法とされ、また、ラジオ、テレビ放送はトルコ語で行う旨が法律で規定されているものの、実際には、クルド語による放送もある程度許容されていることなどが報告されており、ネブローズ祭については、平成6年3月15日、トルコ政府によってトルコの市民により祝福された公休日であると宣言され、それ以降、トルコの各地で自由にネブローズ祭が祝われている。さらに、トルコにおける親クルド政党であるHADEPは、現在でも合法政党として存続し、同党員は、トルコ国内で政治活動を続けている。 イ)このような変化は、1990年代から継続的に起こっているものであり、本件不認定処 ける親クルド政党であるHADEPは、現在でも合法政党として存続し、同党員は、トルコ国内で政治活動を続けている。 イ)このような変化は、1990年代から継続的に起こっているものであり、本件不認定処分が行われた平成10年(1998年)当時には、もはや、クルド人がテロリズムへの関与等犯罪行為に荷担しないにもかかわらず迫害を受けるというおそれは消滅していたものといってよい。原告の主張は、このような変化を無視したものであって、その前提に誤りがあるものというべきである。現に、我が国において難民認定申請をしていたクルド人のうち、少なからぬ者が「もはや帰国しても危険はない。」として、自主的にトルコに帰国しているのであり、この事実は、クルド人に対する迫害のおそれはないことを端的に示すものというべきである。 なお、1990年代以降も、PKK関係者に対する訴追や処罰等が行われていることは事実であるが、PKKは、トルコ国内においてゲリラ戦やテロ活動を行っている反政府武装集団であり、その活動は、アムネスティ・インターナショナルの報告書においても、「無差別又は恣意的な殺人」を行っているものと非難されているほか、米国国務省から「海外テロリスト組織」として認定されるなど、諸外国からも犯罪集団として糾弾されている存在である。したがって、PKK関係者が、テロ活動への関与等を理由に刑事訴追等を受けたとしても、それは、犯罪者に対する刑罰権の行使にほかならず、迫害には当たらないことは明らかである。また、原告は、「反テロリズム法が、クルド人弾圧を意図した法律であり、その内容も、極めて不当なものである。 」という趣旨の主張をしているが、反テロリズム法にそのような意図はないし、その内容も、特段不当といえるようなものではないのであって、この点に関する原告の主張も失当である。 ウ)原 不当なものである。 」という趣旨の主張をしているが、反テロリズム法にそのような意図はないし、その内容も、特段不当といえるようなものではないのであって、この点に関する原告の主張も失当である。 ウ)原告は、「ジャーナリストとして、クルド人の独自性を主張するなどしたため、トルコ国内で迫害を受けていた。」という主張をしているが、平成6年9月1日にイスタンブール治安当局から旅券の発給を受けて平成7年2月27日にトルコを出国して同年3月23日に帰国し、同年11月14日に再度トルコを出国している上、同年11月28日には、Bとの婚姻届出をするため、在東京トルコ大使館から婚姻要件具備証明書の発給を受けているのであって、この間差別的な扱い等を受けた形跡は全くない。しかも、原告は、本人尋問において、「平成7年11月15日の来日当時には、トルコで迫害される危険は感じていなかった。」という趣旨の供述をしている。これらの点からすれば、原告が、トルコにおいて迫害を受けていたのかどうか、また、原告自身が迫害の危険を感じていたのかどうかは、極めて疑わしいものといわざるを得ないのであって、原告の主張は失当である。 また、原告は、「本邦に在留中、MEDTVの番組に出演し、日本におけるクルド人の状況を報道したことにより、トルコ政府による迫害を受けるおそれが生じ、あるいは強まった。」という趣旨の主張もしているが、同番組における原告の発言内容は、日本においてネブローズ祭が祝われたという程度のものにすぎないのであるから、ア)で指摘した点に照らしてみれば、この程度の発言によって迫害を受けるおそれはないものというべきである。 さらに、原告は、その後の原告の活動内容に基づく主張をもしているが、これらは本件不認定処分後の事情であって、本件不認定処分の適否を判断するに当たっては考慮す るおそれはないものというべきである。 さらに、原告は、その後の原告の活動内容に基づく主張をもしているが、これらは本件不認定処分後の事情であって、本件不認定処分の適否を判断するに当たっては考慮する必要がないものである。 したがって、原告は、本国において「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」者であるとはいえないことは明らかである。 2 被告国の国家賠償責任の有無について1)原告(1) 本件更新不許可処分の違法性について本件更新不許可処分には、①難民である原告に対し、難民条約32条1項が定める権利を保障しなかった難民条約違反、②難民不認定処分に対する異議申出の手続的権利を考慮しなかった違法があり、これらの事由は、国家賠償法上の違法事由にも当たるものというべきである。 ア)難民条約32条1項違反について原告が難民に該当することは既に主張したとおりであるところ、原告は、本件更新不許可処分をされるまでの間、本邦に合法的に在留していたのであるから、難民条約32条1項が定める合法的に本邦内の領域内にいる難民に該当するものである。そうすると、日本政府は、同項の規定によって、「国の安全又は公の秩序を理由とする場合」を除くほか、原告を追放することは許されないことになる。ところが、被告法務大臣は、「国の安全又は公の秩序」に基づく理由は何ら存しないにもかかわらず、原告に対して本件更新不許可処分を行ったものであるから、同処分は、難民条約32条1項に違反する。 なお、被告は、「難民認定手続と退去強制手続とは別個の手続なのであるから、難民不認定処分をしたからといって原告を追放したことにはならない。」という趣旨の主張をする。しかしながら、本件更新不許可処分がされた以上、原告は、「在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して 民不認定処分をしたからといって原告を追放したことにはならない。」という趣旨の主張をする。しかしながら、本件更新不許可処分がされた以上、原告は、「在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に残留する者」(法24条4号ロ)に該当するものとして退去強制手続の対象となり、最終的には本邦から強制的に排除されることが必然的な成り行きとなるものであるから、本件更新不許可処分を行うことは、実質的には、原告を追放するための手続を開始したのと同視し得るものである。被告の主張は、このような実質を無視した形式論にすぎず、失当である。 イ)異議申出の手続的権利を考慮しなかった違法について原告は、本件更新不許可処分当時、難民不認定処分を受けていたものの、これに対して異議の申出中であったのであるから、この異議申出に対して適正な審理判断を受ける手続的権利が保障されるためにも在留期間の更新が認められる必要があった。このことは、我が国の憲法や法の解釈からも導き出される帰結であるばかりではなく、難民条約32条2項が、追放を受けようとする難民に対しては、不服の申立てに関する権利が保障されるべきことを定めていること、国連難民高等弁務官事務所執行委員会結論第8(e)(Ⅳ)及び(Ⅶ)が、締約国に対し、難民に対し、難民認定を受けられなかった場合には、不服申立てのために相当な時間を保障し、その間の滞在の保障を求めていることからも裏付けることができる。また、原告に対して直接適用されるものではないが、児童の権利条約22条は、締約国に対し、難民と認められた児童のみならず、難民の地位を求めている児童に対しても適切な庇護を与えるべきことを求めており、この事実は、原告のように、難民認定を受けてはいないが、これを求めている者に対しても、適切な庇護を与えるべきことが国際的な常識とな 位を求めている児童に対しても適切な庇護を与えるべきことを求めており、この事実は、原告のように、難民認定を受けてはいないが、これを求めている者に対しても、適切な庇護を与えるべきことが国際的な常識となりつつあることを示しているものといえる。 (2) 被告法務大臣の故意、過失について本件更新不許可処分に、(1)、ア)、イ)において指摘したような難民条約違反等の違法事由が存することは明らかであるといえるから、このような違法事由の存在を看過した被告法務大臣には、少なくとも過失があったことは明らかである。 なお、被告法務大臣は、「原告は、難民調査官による事実調査のための呼び出しに応じず、不出頭を繰り返し、平成10年11月13日に出頭した際にも、以前に出頭しなかった理由を簡単に述べただけで一方的に退席するなど、難民調査官による事実調査に対して非協力的で不誠実な対応を繰り返し、自己が難民であることについて十分な説明をしようとさえもしなかったのであるから、被告法務大臣が、原告は難民には当たらないとの前提で対応をしたことについて国家賠償法上の違法はないし、故意、過失もない。」という趣旨の主張をしている。しかしながら、原告は、平成10年8月ころ、それまで居住していた港区ab-c-d乃木坂ハウス101号室(以下「乃木坂ハウス」という。)から退去し、友人宅を泊まり歩いた後、同年10月末、杉並区に転居したものであるが、クルド人活動家やジャーナリストが、外国においてトルコ治安当局員や国家主義者のトルコ人から危害を加えられる例が少なくないことを知っており、本邦においても身の危険があり得るものと考えていたため、外国人登録上の住所は、しばらく乃木坂ハウスのままにしておき、その間に郵便物を受け取る方法として、赤坂郵便局の私書箱を利用する方法や、企業の管理するメイルボ 身の危険があり得るものと考えていたため、外国人登録上の住所は、しばらく乃木坂ハウスのままにしておき、その間に郵便物を受け取る方法として、赤坂郵便局の私書箱を利用する方法や、企業の管理するメイルボックスを利用する方法などを採っていたところ、郵便局の私書箱では書留郵便を受領することができず、また、メイルボックスに呼出状が届いた際には、たまたま大阪に出向いていたため、これを受領するのが遅れ、呼出に応じることができなかったものである。また、平成10年11月13日の件は、原告が、難民調査官に対し、予め、トルコ語の通訳人ではなく、英語の通訳人を手配してくれるよう要望していたにもかかわらず、手配されていた通訳人がトルコ語の通訳人であったため、難民調査官に対して不信を抱いたことや、出頭日の前日怪我をし体調が良くなかったことなどから、インタビューの延期を求めて退出したのにすぎず、いずれも、非協力であるとか不誠実であるといって非難されるようなものではない。その後、原告は、C弁護士、D弁護士と相談の上、詳細な陳述書を作成して難民調査官に郵送し、同陳述書は、同月24日に難民調査官に到達したにもかかわらず、難民調査官は、これを上記弁護士ら宛に送り返した上、同月25日、本件不認定処分を行ったものであり、このような難民調査官の対応は、誠実に調査を行おうとしたものとは到底評価し得ないものであった。そして、被告法務大臣としても、このような事情は、認識すべきものであったといえるし、難民調査官に命じて英語の通訳人を手配させた上で原告の陳述を求めるとか、原告が提出した上記陳述書を詳細に検討させるなどしていれば、原告が難民であるとの判断に十分達することができたものであるから、被告法務大臣の主張は失当であり、過失を免れないものというべきである。 (3) 損害について原告 を詳細に検討させるなどしていれば、原告が難民であるとの判断に十分達することができたものであるから、被告法務大臣の主張は失当であり、過失を免れないものというべきである。 (3) 損害について原告は、本件更新不許可処分を受けた平成10年当時、株式会社三進製作所(以下「三進製作所」という。)において就労し、輸出用テレビ、パソコンなどの外枠製作に従事し、月収20万円を得ていたが、本件更新不許可処分を受けたことにより、三進製作所を退職せざるを得ず、再就職も困難となり、以後、平成12年12月に協和食品株式会社に就職するまでの間、アルバイトをしたり、アジア福祉教育財団という財団法人の支援を受けたりしたものの、その収入は、1か月10万円にも満たないものであった。したがって、原告は、本件更新不許可処分により、平成10年12月3日から平成12年12月2日までの間、1か月当たり10万円を下回らない収入減を生じ、同額の経済的損害を受けたことになり、その額は、合計240万円に達する。 また、原告は、本件更新不許可処分を受けたことにより、いつ警察から検挙され、あるいは入国警備官から収容されるかわからないという不安定な身分に置かれた上、国民健康保険に加入することもできず、自費で怪我や病気の治療を受けざるを得ない立場に立たされたものであり、これらのことによって精神的打撃を受けたところ、この精神的打撃を慰謝するための慰謝料は200万円を下らない。 したがって、被告国は、原告に対し、以上の合計440万円の損害賠償をすべき義務があるものというべきである。 2)被告国(1) 本件更新不許可処分の違法性に関する主張についてア)国家賠償法上の違法とは、民事上の不法行為における違法(権利侵害)とも、行政処分の取消訴訟における違法とも異なり、公権力の行使に当たる公務員が個別 本件更新不許可処分の違法性に関する主張についてア)国家賠償法上の違法とは、民事上の不法行為における違法(権利侵害)とも、行政処分の取消訴訟における違法とも異なり、公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反することを意味するものであり(最高裁判所第1小法廷昭和60年11月21日判決、民集39巻7号1512頁参照)、そのような意味での違法があったかどうかを判断するに当たっては、当該公権力の行使がされた時点において当該公務員が収集していた資料や、当該公務員に対して通常要求される調査等をすれば収集し得た資料を総合勘案し、それに基づく合理的な判断過程を経た場合には、当該公権力の行使をすべきではなく、それにもかかわらず当該公権力の行使をしたことが、当該公務員の職務上の注意義務に違反したものといえるかどうかという観点から判断がされるべきものである。原告の主張は、行政処分の違法の問題と国家賠償法上の違法の問題の区別を踏まえたものではなく、この点において既に問題があるものというべきであるが、この点を措くとしても、失当といわざるを得ないものである。その理由は、次のとおりである。 イ)原告は、本件更新不許可処分が、難民条約32条1項に違反するとか、本件不認定処分に対して異議申出をしていた原告の手続上の権利を侵害するものであったから違法であるといった主張をする。 しかしながら、難民認定手続と強制退去手続とは別個の手続なのであるから、原告は、本件不認定処分を受けたからといって直ちに本国に送還されるものではないし(退去強制手続が開始された後においても、被告法務大臣から在留特別許可を受けることにより、結局、本邦での滞在が認められる場合もあり得る。)、異議申出手続に関与することができなくなるものでもない。したがって、本件更新不許 された後においても、被告法務大臣から在留特別許可を受けることにより、結局、本邦での滞在が認められる場合もあり得る。)、異議申出手続に関与することができなくなるものでもない。したがって、本件更新不許可処分が、原告を追放する処分に当たるものではないし、これによって原告の異議申出手続上の権利が侵害されることになるものでもなく、原告の主張は、その前提を欠くものというべきである。 ウ)さらに、原告の主張は、原告が難民であることを前提とするものであるところ、原告の難民認定申請は、60日条項に違反するものであったのであるから、原告が難民として取り扱われなかったことはやむを得ないものである上、そもそも原告が難民であるとは認められないことも、既に主張したとおりなのであるから、原告の主張はいずれにせよ、その前提を欠き、失当というべきである。 (2) 被告法務大臣の故意、過失に関する主張について既に主張した点に照らしてみれば、被告法務大臣が本件更新不許可処分をしたことは、やむを得ないものであったというべきであるから、このことについて故意、過失があったということはできない。 さらに、本件更新不許可処分がされるまでの間には、次のような事情も認められ、これらの点からしても、被告法務大臣が、原告の難民該当性を疑ったのはやむを得ないものであって、故意、過失は認められないものというべきである。 すなわち、ア)難民調査官は、平成10年8月13日、同年9月1日、同月18日及び同年10月19日の4回にわたって、事情聴取のため原告に出頭を求めたにもかかわらず、原告は、同年9月1日の呼出しを除き、いずれも事前に連絡もなく出頭に応じなかった。この点につき、原告は、「郵便局の私書箱を利用していたため、書留郵便を受領することができなかった。」などといった弁解をしているが、難民調査 の呼出しを除き、いずれも事前に連絡もなく出頭に応じなかった。この点につき、原告は、「郵便局の私書箱を利用していたため、書留郵便を受領することができなかった。」などといった弁解をしているが、難民調査官は、第1回目及び第2回目の出頭通知書は乃木坂ハウス宛に、その後の出頭通知書は、C弁護士から通知された原告の住所である「渋谷区ef-g-h リヨンスプラザ恵比寿807-4号」宛に、それぞれ送付しているのであるから、上記弁解が採用できるものではないことは明らかである。 イ)その後、難民認定調査官は、平成10年11月5日に再度出頭通知書を発送したところ、原告は、同月13日、ようやく東京入国管理局に出頭したが、その際にも、以前に出頭しなかった理由を簡単に述べたのみで一方的に退席してしまった。 この点につき、原告は、「予め、英語の通訳人を手配してくれるよう依頼していたのに、トルコ語の通訳人が手配されていたので難民調査官に対して不信感を持った。」といった弁解をしているが、トルコ人である原告について、トルコ語の通訳人を手配することが不当な対応であると非難されるいわれはないし、待機していた通訳人は日本人であってトルコ政府と関係を有するものではなく、この点からしても、原告が不信感を持たなければならない理由はないのである。 ウ)以上のような原告の対応は、難民認定申請をしている者の行動としては、真摯性を欠く不誠実なものといわざるを得ないのであり、これらの点からしても、被告法務大臣が原告の難民該当性を疑ったのはやむを得ないものであったといわざるを得ないのである。 (3) 損害に関する主張について原告は、本件更新不許可処分によって就労することができず、経済的損害を受けたと主張するが、「短期滞在」の資格で在留する者については就労が認められておらず、就労をするためには、 に関する主張について原告は、本件更新不許可処分によって就労することができず、経済的損害を受けたと主張するが、「短期滞在」の資格で在留する者については就労が認められておらず、就労をするためには、資格外活動許可を受ける必要がある。ところが、原告は、在留資格を「短期滞在」に変更する許可を受けた後、資格外活動許可申請を行っておらず、もともと就労をすることはできない状態にあったのであるから、就労できなかったことによる経済的損害が発生する余地はない。 また、原告は、就労できなかったことや国民健康保険に加入することができなかったことによる精神的損害に対する慰謝料をも求めているが、これらは、経済的利益についての損害というべきものであるから、慰謝料の対象になるものではない。 したがって、本件において、原告には、何ら損害は発生していないものというべきである。 第4 争点に対する判断 1 本件不認定処分の適否について1)本件不認定処分の違法事由について原告は、「本件不認定処分は、60日条項違反を理由とするものであるから、60日条項違反がないことが主張立証されれば直ちに違法となる。」と主張するのに対し、被告法務大臣は、「本件不認定処分は、60日条項違反がなく、かつ、原告が難民に該当することが主張立証された場合に初めて違法となる。」と主張するので、まず、この点について検討する。 60日条項の内容は、「前項の申請(難民認定申請を指す。)は、その者が本邦に上陸した日(本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあっては、その事実を知った日)から60日以内に行わなければならない。ただし、やむを得ない事情があるときは、この限りではない。」というものである。この規定の解釈については、後に更に検討するが、いずれにせよ、難民要件とは別個の期間制限を設けたものであ ければならない。ただし、やむを得ない事情があるときは、この限りではない。」というものである。この規定の解釈については、後に更に検討するが、いずれにせよ、難民要件とは別個の期間制限を設けたものであることは明らかであり、難民要件がいわば実体要件という性質を有するものであるのに対し、60日要件は、出訴期間の制限や行政不服申立期間の制限に類似した手続的要件という性質が強い要件であるということができる(被告法務大臣は、「60日条項が定められた趣旨は、①難民認定申請が遅れれば、証拠が散逸し、公正な判断が困難になること、②真の難民は、入国後直ちに難民認定申請を行うのが通常であるから、60日条項に違反した者については、真の難民ではないとの推定が働くこと、③濫用的難民認定申請の防止といった点にあり、これらのことからすれば、60日条項は、むしろ実体要件的性格の強いものである。」という趣旨の主張をする。その趣旨は、同被告が主張している点にかんがみれば、60日要件の判断は、難民要件の判断と共通するところが多く、実質的に見れば、実体要件である難民要件と異なるところはないという点にあるものと考えられるが、法律上、60日要件は、期間制限を遵守したかどうかという難民要件とは別個の観点から判断されるべき要件として位置付けられていることは明らかであり、上記主張を採用することはできない。)。 このような性質の違いを踏まえて考えると、難民要件を満たさないことを理由としてされる難民不認定処分は、実体審理の結果に基づく申請棄却処分という性質を有するものと理解できるのに対し、60日要件を満たさないことを理由としてされる難民不認定処分は、期間制限に違反したことを理由として、実体審理を経ることなく行われる、いわば「門前払い」の処分であって、申請却下処分という性質を強く持つもので 件を満たさないことを理由としてされる難民不認定処分は、期間制限に違反したことを理由として、実体審理を経ることなく行われる、いわば「門前払い」の処分であって、申請却下処分という性質を強く持つものであると理解され、両者の性質は大きく異なるものといわざるを得ない。そして、このような性質の違いがあるにもかかわらず、60日要件を満たさないことを理由とする難民不認定処分の取消訴訟において、難民要件を満たしているかどうかについても審理判断をすべきであるとして、被告法務大臣が、実体要件である難民要件の有無について何ら判断をしていないにもかかわらず、裁判手続においていきなりこの点についての判断をすることは、被告法務大臣の第一次判断権の尊重という観点からはもとより、行政機関の第一次判断の存在を前提として、その適否を判断するという行政事件訴訟のあり方に反し、ひいては処分の相手方となる国民の権利保護を不十分なものとするおそれもあり、問題があるものといわざるを得ない。以上のように考えると、60日要件を満たさないことを理由とする難民不認定処分と、難民要件を満たさないことを理由とする難民不認定処分とは、その性質上別個の行政処分であって、後者の取消訴訟においては、被告法務大臣が、60日要件を満たさないことを理由として門前払いの判断をしたことの当否のみが審理判断されるべきものであり、この点に関する判断に誤りがあると認められる場合には、それだけで当該難民不認定処分を違法として取り消し、難民該当性の有無について改めて被告法務大臣に判断をさせるのが相当である。 被告法務大臣は、「法律上は、60日要件を満たしているかどうかの点を、難民要件を満たしているかどうかの点よりも先行して判断すべき旨が定められているわけではなく、まず、難民要件について判断をし、これが満たされていな 、「法律上は、60日要件を満たしているかどうかの点を、難民要件を満たしているかどうかの点よりも先行して判断すべき旨が定められているわけではなく、まず、難民要件について判断をし、これが満たされていないことを理由として難民不認定処分をすることも可能なのであるから、この両要件は、同列の実体要件として理解されるべきものである。」という趣旨の主張をするが、この主張も、上記両要件の性質の違いを無視するものであって失当といわざるを得ない。 ちなみに、いわゆるベンジジン事件に関する最高裁判所第2小法廷平成5年2月16日判決(民集47巻2号473頁)は、労災保険法の適用外であることを理由としてされた労災保険不支給決定処分の取消訴訟において、同法の適用外であるとの行政庁の判断に誤りがあると認められる場合には、その他の支給要件(業務起因性の存在等)について判断するまでもなく、当該不支給決定処分を違法として取り消すべき旨の判断を示している。この事例の場合、同法の適用対象になることは、他の支給要件と同列の実体要件として理解することが可能であり、しかも、同法上、これらの要件の判断について先後関係が存在する旨を定めた規定も存在しないのであるから、被告法務大臣の主張する論理によれば、裁判所が、同法の適用外であるとの判断に誤りがあるとの理由のみで上記不支給処分を違法として取り消すのは誤りであり、その他の支給要件が具備されているかどうかについても審理判断しなければならなくなるはずであろう。それにもかかわらず、最高裁判決が、上記のような結論を採用したのは、同法の適用があるかどうかという問題は、労災保険の支給がされるべきであるかどうかを判断するに当たっての、いわば「入り口」の要件という性質を持ち、同法の適用外であるとの理由でされた労災保険不支給決定処分においては、業務起因 かという問題は、労災保険の支給がされるべきであるかどうかを判断するに当たっての、いわば「入り口」の要件という性質を持ち、同法の適用外であるとの理由でされた労災保険不支給決定処分においては、業務起因性の有無等の本来的な実体要件については、何ら行政庁の第一次判断権が行使されていないことを考慮したものと解さざるを得ない。そうだとすると、同法の適用の適用対象であるという要件と同様に、実体要件判断の「入り口」としての性質を有し、しかも、それよりは遙かに手続要件的な性格が強い60日要件が満たされていないことを理由としてされた難民不認定処分については、上記最高裁判決の論理がより強く適用されて然るべきなのであるから、この最高裁判決に照らしてみても、先に説示した結論を採用すべきものというべきである(なお、被告法務大臣は、「労災保険法が適用されることは、その他の要件が適用されるための前提となるのであるから、これらの要件間には論理的な先後関係が存在するのであるから、本件とは事案を異にする。」という主張をする。しかしながら、労災保険の場合にも、特段の法律の定めがない以上、労災保険法の適用があるかどうかの判断を留保したまま、「業務起因性が存しないことは明らかである。」として、労災保険不支給決定処分を行うことが許されないと解すべき根拠はないのであって、このことからすると、被告法務大臣のいう論理的先後関係とは、「理論的には、労災保険法の適用があって初めて、その他の要件の有無が問題となる。」とか、「通常は、労災保険法の適用があるかどうかがまず判断され、その後、その他の要件の適合性が判断される。」という程度にとどまるものと考えるほかはないところ、難民認定処分においても、60日要件を期間制限の規定と解する以上、その立法政策の当否には議論があり得るものの、「理論的には 件の適合性が判断される。」という程度にとどまるものと考えるほかはないところ、難民認定処分においても、60日要件を期間制限の規定と解する以上、その立法政策の当否には議論があり得るものの、「理論的には、60日要件をクリアして初めて、難民要件の有無が問題となる。」ということは可能であるし、「通常は、60日要件の有無がまず判断され、その後難民要件の有無が判断される。」ということも可能なのであって、両者の間に本質的な違いが存するということはできない。)。 また、被告法務大臣は、「法施行規則58条2項が、60日条項違反を理由とする難民不認定処分に対する異議の申出の場合であっても、60日要件及び難民要件の両者が満たされていると認められる場合に初めて、法務大臣が異議の申出に理由がある旨の判断をする旨を定めていることからしても、原告の主張は採用することができない。」という趣旨の主張をする。しかしながら、行政不服審査手続における救済方法と行政訴訟手続における救済方法とが常に一致しなければならないものとする理由はないのであるから、行政不服審査手続に関する定めである法施行規則58条2項の規定によって、直ちに上記の結論が左右される理由はない。すなわち、法務大臣に対する異議申出手続は、難民不認定処分をした行政庁と同一の行政庁に再度の審査を求める手続であり、この手続の中で、難民要件の有無についてまで判断をしたとしても、行政庁の第一次判断権の侵害という問題が生ずる余地はない上に、60日要件を満たすとの理由で難民不認定処分を取り消したとしても、法務大臣が改めて難民要件の有無について判断をすることになるだけなのであるから、事案の早急な解決という観点から、上記のような形式的な差戻手続を省略し、異議申出手続の中で難民要件の有無まで判断をした上で、最終的な結論を出すという 無について判断をすることになるだけなのであるから、事案の早急な解決という観点から、上記のような形式的な差戻手続を省略し、異議申出手続の中で難民要件の有無まで判断をした上で、最終的な結論を出すという制度を採用することにも合理性が認められるものといえるが、これは、あくまでも、第一次判断権を行使すべき行政庁自身が再審査を行うという行政救済手続の特質に基づく独自の救済方法であるのに対し、裁判所による救済手続である行政訴訟手続においては、行政庁が第一次判断権を行使する機会は存在しないのであるから、同様の救済方法を採用することはできないのである。したがって、上記主張も失当であるといわざるを得ない。 以上の次第であって、60日条項違反を理由とする本件不認定処分については、この点の判断の適否のみが審理判断されるべきものであり、この点の判断に誤りがあると認められる場合には、本件不認定処分は、違法として取り消されるべきものであると解される。 2)60日条項の解釈についてこの点について、原告は、「適法な在留資格を得て本邦に滞在している者については、その在留資格が継続している間は、難民認定申請をしなかったとしても、それには無理からぬ事情があったものであり、上陸から60日以内に難民認定申請をしなかったことにつき『やむを得ない事情』があったものと認めるべきである。」と主張し、被告法務大臣は、これを争っているので、この点について判断する。 上記の「やむを得ない事情」の内容について、被告法務大臣は、これを「本邦に上陸した日又は本邦にある間に難民となる事由が生じた場合にあってはその事実を知った日から60日以内に難民認定の申請をする意思を有していた者が、病気、交通の途絶等の客観的な事情により物理的に入国管理官署に出向くことができなかった場合のほか、本邦において難民 ってはその事実を知った日から60日以内に難民認定の申請をする意思を有していた者が、病気、交通の途絶等の客観的な事情により物理的に入国管理官署に出向くことができなかった場合のほか、本邦において難民認定の申請をするか否かの意思を決定するのが客観的にも困難と認められる特段の事情がある場合」という趣旨に解しているものと考えられる。しかしながら、このように限定的に解することは、必然的に同項違反に基づく難民不認定処分を多発させる点で、条約上の難民については例外なく庇護を求めている難民条約の趣旨や、これを受けた法が定める難民認定制度の趣旨に合致せず、ひいては法の立法目的に反するものと考えられるし、難民の置かれている状況及び難民が採るであろうと想定される行動様式に照らすと、難民にとっての「やむを得ない事情」に合致しない解釈といわざるを得ない。すなわち、被告は、難民は本邦に入国後直ちに難民認定申請をして保護を求めるのが通常であり、難民でありながら長期間難民申請をしないことは想定し難いとの前提に立っているが、難民の立場になって考えると、自らが難民であると表明することは、故国との絶縁という重大な結果をもたらすばかりか、それ自体に危険を伴うおそれのある行為であるから、我が国が信頼するに足りるか否かに不安を抱く場合もあろうし、そうでなくても、我が国に平穏に在留できているならば差し当たり迫害を受ける危険から逃れられているのであるから、そのような状態が続く限りは難民であることを秘匿し、そのような状態が維持できなくなって初めて、いわば最後の手段として難民であることを理由に保護を求めるというのも無理からぬものと考えられる。 そして、乙第47号証によって認められる諸外国の制度の調査結果によっても、調査対象である9か国のうち、難民認定申請について期間制限を設けている に保護を求めるというのも無理からぬものと考えられる。 そして、乙第47号証によって認められる諸外国の制度の調査結果によっても、調査対象である9か国のうち、難民認定申請について期間制限を設けているのは米国(米国に到着してから1年以内)、ベルギー(不法入国者については入国から8勤務日以内、適法滞在者についてはその在留期間内)、スペイン(不法入国者については入国後1か月以内、適法在留者については、その在留期間内)、韓国(内容は、我が国とほぼ同じ)の4か国のみであり、カナダ、ドイツ、フランス、スイス、英国の5か国は期間制限を設けておらず、しかも、ベルギー、スペインは、適法在留者については、その在留期間内に難民認定申請をすればよいものとしており、米国は、申請の遅延があった場合であっても、「司法長官が遅延に十分な理由があると認める場合」にはこの限りではないとして、被告法務大臣の上記主張よりも柔軟に期間を徒過した難民認定申請を許容する余地を残していることからすれば、「やむを得ない事情」について、被告法務大臣のような限定的な解釈をすることは、世界的な潮流にも反するものであるといわざるを得ないのである。 以上によると、被告法務大臣の上記主張は採用できないものであり、この点については、前記の難民の実情等に照らすと、我が国において平穏に在留している以上は難民認定申請をしないことも難民にとっては定型的に「やむを得ない事情」があるというべきであり、少なくとも適法な在留資格に基づいて在留している間にされた申請については、それが申請権の濫用にわたるなど難民としての保護に値しないと認められる特段の事情がない限りは、申請者の難民認定制度に関する知識の有無や申請を決意した時期等にかかわらず、入国後60日以内にされなかったことについてやむを得ない事情があったものと 護に値しないと認められる特段の事情がない限りは、申請者の難民認定制度に関する知識の有無や申請を決意した時期等にかかわらず、入国後60日以内にされなかったことについてやむを得ない事情があったものと解するのが相当であり、このように緩やかに解することが難民条約等はもとより法の立法目的にもかなうものと考えられる。 3)本件について以上に基づいて検討すると、本件難民認定申請は、原告が、その在留期間中に行ったものなのであるから、本邦に上陸してから60日以内に申請を行わなかったことについて「やむを得ない事情」があるものというべきところ、この申請について、申請権の濫用にわたるなど難民としての保護に値しないと認められる特段の事情が存することについては何ら主張立証がない。そうすると、本件難民認定申請を60日条項に違反するものとした被告法務大臣の判断は誤りであって違法といわざるを得ない。そして、この点の判断に誤りがある以上、その余の点について判断するまでもなく、本件不認定処分は違法として取り消されるべきものであることも既に説示したとおりである。 したがって、原告の、本件不認定処分の取消しを求める請求は理由があり、認容されるべきものである。 2 被告国の国家賠償責任の有無について1)この点に関し、原告は、「本件更新不許可処分には、①適法に在留する難民を追放してはならないことを定める難民条約32条1項違反、②本件不認定処分に対し、異議の申出を行っていた原告の手続的権利を侵害する違法があり、これらは、国家賠償法上も違法である。」という趣旨の主張をする。 確かに、上記条約の規定の趣旨からすると、難民認定申請中の者については特別の在留資格を設けるなどして、適法に在留してきた難民が誤って退去強制の対象とならないように配慮することも、立法政策上十分に検討に値 に、上記条約の規定の趣旨からすると、難民認定申請中の者については特別の在留資格を設けるなどして、適法に在留してきた難民が誤って退去強制の対象とならないように配慮することも、立法政策上十分に検討に値するものと考えられる。しかし、そのような立法政策が採られなかったとしても、退去強制手続内において、適法に在留している難民が条約所定の事由なくして退去強制されることのないように制度的な担保がされている限りは、当該難民や退去強制手続を担当する機関に相当の負担を生じさせる点でその合理性に疑問がないとはいえないものの、難民条約違反の問題は生じないし、上記②の手続的権利を侵害するものでもない(原告が引用する国連難民高等弁務官事務所執行委員会結論は、我が国に対して法的拘束力を持つものではなく、また、児童の権利に関する条約は、本件に適用されるものではない。)。このような観点から法の規定をみると、在留期間更新に関する手続と退去強制に関する手続とは別個の手続とされており、在留期間更新不許可処分がされたからといって、直ちに当該外国人が強制退去させられることになるものではなく、強制退去させられるかどうかは、最終的には退去強制令書発付処分が行われるかどうかにかかっている。この点について、原告は、「本件更新不許可処分がされることによって、原告が強制退去手続の対象になることは、ほぼ必然的な成り行きとなるのであるから、本件更新不許可処分は、退去処分と実質的に異なるところはない。」という趣旨の主張もするが、本件更新不許可処分によって、原告は適法な在留資格を失い、自発的に出国しない場合には、法24条4号ロに該当するものとして、退去強制手続の対象となり得ることは事実であるとはいえ、同条は、その各号に該当する者すべてについて直ちに退去強制手続を採るよう行政庁に命じているもので 場合には、法24条4号ロに該当するものとして、退去強制手続の対象となり得ることは事実であるとはいえ、同条は、その各号に該当する者すべてについて直ちに退去強制手続を採るよう行政庁に命じているものではなく、行政庁が、比例原則等を考慮した適切な裁量権を行使して、必要な者に限って適切な時期に退去強制手続を開始することを認めているものと解すべきであるから、原告の上記主張は失当であり、現に原告についても退去強制令書の発付はされていないのである。また、仮に退去強制令書が発付されたとしても、本件更新不許可処分には、原告が退去強制を免れない者であることを確定させる効力はないのであるから、退去強制令書発付処分の適法性を争うことにより、退去強制を免れる余地もあり得るものである。特に、原告のように難民であると主張している外国人に対しては、法61条の2の5によって、退去強制手続の中で、在留特別許可を与える必要があるかどうかを検討すべき義務が生じるのであり、この点を看過した退去強制令書発付処分(又は、法務大臣による異議申出の棄却裁決)が行われた場合、当該処分は違法とされる余地が十分にあり得る(なお、適法な在留資格を得ていた難民に対し、難民該当性を考慮しないまま在留期間更新不許可処分を行って在留資格を失わせ、そのことを理由として退去強制令書発付処分がされた場合には、これらの手続を全体的に見て難民条約32条1項に違反すると評価する余地も生ずることとなろう。)。このように考えると、難民を追放するかどうかの決定は、まさに退去強制手続の中で行われるものであって、在留期間更新不許可処分には、難民を追放する効力はないものといわざるを得ない。また、以上のとおり、本件更新不許可処分によって、直ちに原告が退去強制を受けるものではなく、退去強制令書の執行が行われるまでの間は、我 許可処分には、難民を追放する効力はないものといわざるを得ない。また、以上のとおり、本件更新不許可処分によって、直ちに原告が退去強制を受けるものではなく、退去強制令書の執行が行われるまでの間は、我が国に在留して本件不認定処分を争うことが可能であることを考慮すると、本件更新不許可処分によって、原告が本件不認定処分の異議申出を行うための手続的権利が侵害されたということも困難であるといわざるを得ない。 以上のとおり、原告の上記主張①、②は、いずれも失当であり、採用することはできないものといわざるを得ない。 2)もっとも、原告の主張は、これを全体的に見ると、「被告法務大臣は、原告に対して難民認定処分を行い、これに基づいて原告に適法な在留資格を付与すべきであったのに、これを行わなかったものであり、この点に違法がある。」とか、「本来難民認定がされるべきであった原告に対しては、誤った難民不認定処分が是正されるまでの間、その地位を保障するために、在留期間更新許可処分を行い、適法な在留資格を付与すべきであったのに、それがされなかったのは違法である。」という趣旨に理解することもできるので、念のため、このような主張が成り立つかどうかについても検討する(なお、本件不認定処分が違法であることは既に説示したとおりであるが、原告の国家賠償請求は、原告が適法な在留資格を得られたはずであるのに得られなかったことを前提とするものなのであるから、この請求が認められるためには、本件不認定処分が違法であっただけでは足りず、原告に対しては、難民認定処分がされるべきであったこと、あるいは、適法な在留資格が付与されるべきであったことが主張立証される必要があるものというべきである。)。 (1) ところで、国家賠償法上の違法は、取消訴訟における行政処分の違法事由と同一ではなく、公務 は、適法な在留資格が付与されるべきであったことが主張立証される必要があるものというべきである。)。 (1) ところで、国家賠償法上の違法は、取消訴訟における行政処分の違法事由と同一ではなく、公務員が、国民に対して負う職務上の法的義務に違反することを意味するのであるから、本件において被告法務大臣の行為が国家賠償法上違法であると評価されるためには、被告法務大臣が、原告に対して負う職務上の法的義務に違反したと認められる必要があり、具体的には、本件不認定処分当時、法務大臣が収集し、あるいは収集すべきであり、また、収集し得たと合理的に認められる資料等に基づけば、原告が難民であったと認定すべきであったにもかかわらず、資料等の評価の誤りや、資料収集の不備等によってそのような認定に至らなかったものであり、この点に職務上の法的義務の違反(職務上の注意義務違反)があったと評価される場合に、国家賠償法上の違法があったと認められるべきものである(最高裁判所第1小法廷昭和60年11月21日判決、民集39巻7号1512頁、同小法廷平成5年3月11日判決、民集47巻4号2863頁参照)。 (2) そこで、この点について検討すると、証拠(甲42、乙5、6の1、2、乙20、21、22及び23の各1、2、乙24、25の1、2、乙26、27、28の1、2、乙29、30の1、2、乙31、32、33の1、2、乙34-37)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。 ア)原告は、平成10年7月16日に、本訴における訴訟代理人であるC弁護士を身元保証人として第2回在留資格変更許可申請をするとともに、本件難民認定申請を行った。その際に提出した難民認定申請書(乙20)には、日本に上陸した日は、平成7年11月15日であって、以後、「日本人の配偶者等」の在留資格で本 資格変更許可申請をするとともに、本件難民認定申請を行った。その際に提出した難民認定申請書(乙20)には、日本に上陸した日は、平成7年11月15日であって、以後、「日本人の配偶者等」の在留資格で本邦に在留していたこと、現在の住所は乃木坂ハウスであることのほか、難民該当性に関しては、次のような記載がされていた。すなわち、本国に戻った場合には、「人種、政治的意見」を理由に迫害を受けるおそれがあり、その理由は、「クルディスタン衛星テレビ MED-TVに私はあるルポルタージュを作成いたしました。その理由は・・・(以下、記載なし)」と記載され、これまでに逮捕、拘留等をされた経験としては、「大学生の時私は2回拘留されました。私の弟も又学生時代にDiysrbatarにおいて拘留されました。」があり、それ以外に逮捕されたことはないと記載され、本国政府に敵対する政治的意見の表明や行動については、「クルディスタン独立を獲得しようとするどの様な政治的運動にも私は関わっておりました。」と記載され、本国に帰国した場合に生じると予測される事態については、「私はクルディスタンのジャーナリストです。私の所信を記述することは非常に難しく、困難なことなのです。そのことから私の命は常に危険に曝されています。トルコ秘密警察は数多くのクルディスタン知識青年達を殺害致しました。多数の友人の多くは今日投獄されております。」と記載されており、原告が、難民認定申請書と共に提出した書面(乙21)には、すべてのクルディスタン人は命のリスクを背負っていること、特にクルディスタン知識青年達のリスクは2倍であること、トルコにおいては、クルディスタン問題に関し何か明らかにすることは禁じられていること、原告は所信ゆえトルコにおける生命の危険に直面しており、帰国した場合には、命の危険にさらされるこ は2倍であること、トルコにおいては、クルディスタン問題に関し何か明らかにすることは禁じられていること、原告は所信ゆえトルコにおける生命の危険に直面しており、帰国した場合には、命の危険にさらされることなどが記載されていた。 イ)その後、難民調査官は、原告の身分関係等についての調査を行い、原告は、平成7年11月29日、Bとの婚姻届出を行い、平成9年9月29日、同人との協議離婚届出を行っていること、平成6年9月1日にイスタンブール治安当局から旅券の発給を受けて平成7年2月27日にトルコを出国し、同年3月23日に帰国し、その後、同年11月14日に再度トルコを出国して同月15日、本邦に入国したこと、同年11月28日には、Bとの婚姻届出をするため、在東京トルコ大使館から婚姻要件具備証明書の発給を受けたことなどを確認した(乙22の1、2)。 ウ)難民調査官は、平成10年8月5日、事実調査のため、同月13日午前10時に出頭するよう求める出頭通知書(以下「第1回出頭通知」という。)を普通郵便で乃木坂ハウスの原告宛送付したが(乙23の1、2)、原告は出頭しなかった。このため、難民調査官において、原告の代理人であるC弁護士の事務所に電話連絡をしたところ、同弁護士は不在であったため、事務員に対し、出頭通知書を送付したが原告の出頭がなく、原告に電話をしたが、その電話は現在使われておらず、連絡が取れなかったため、同弁護士において、原告の連絡先を知っていれば連絡して欲しい旨を伝えてくれるよう伝言を依頼したが、同日中には同弁護士からの連絡はなく、翌14日、再度同弁護士事務所に連絡をしたところ、その際も同弁護士は不在であったため、さらに伝言を依頼したが(乙24)、同日中にも回答はなかった。そこで、難民調査官は、同日、住所確認の意味合いも兼ねて、同年9月1日午 士事務所に連絡をしたところ、その際も同弁護士は不在であったため、さらに伝言を依頼したが(乙24)、同日中にも回答はなかった。そこで、難民調査官は、同日、住所確認の意味合いも兼ねて、同年9月1日午前10時に出頭を求める出頭通知書(以下「第2回出頭通知」という。)を簡易書留で乃木坂ハウスの原告宛に再度送付した(乙25の1、2)。 エ)原告は、同年8月中に乃木坂ハウスを退去し、しばらくは友人の家を泊まり歩いて生活しており、郵便物については当初は赤坂郵便局に申請して局に留め置いてもらっていたが、やがてメイルボックスを運営する会社と契約し、渋谷区ei-j-k リヨンスプラザ恵比寿807-4号(以下「リヨンスプラザ」という。)所在のメイルボックスで郵便物を受け取るようになったものの、これらの事実を難民調査官には連絡せず、同年8月25日に至って、C弁護士を通じ、リヨンスプラザが原告の連絡先である旨の電話連絡をしたにすぎない(乙26)。また、同月31日午後4時ころには、原告から、難民調査官宛に、「出頭通知書を受け取った」として確認の電話があったため、難民調査官は、「第2回出頭通知は、原告から連絡がなかったため確認のために送付したものであり、9月1日にはインタビューを予定しておらず、通訳も用意していないので出頭の必要はない。」と告げた上、原告の住所は、リヨンスプラザで間違いないのかどうか、電話はないのかを確認し、原告から、住所は間違いないが、電話はまだ設置していない旨の回答を得、今後住所変更をした際には必ず連絡をするよう念を押した(乙27)。 オ)難民調査官は、同年9月8日、同月18日午前10時に出頭を求める出頭通知書(以下「第3回出頭通知」という。)を普通郵便でリヨンスプラザの原告宛に送付したが(乙28の1、2)、原告は出頭せず、難民調査官 民調査官は、同年9月8日、同月18日午前10時に出頭を求める出頭通知書(以下「第3回出頭通知」という。)を普通郵便でリヨンスプラザの原告宛に送付したが(乙28の1、2)、原告は出頭せず、難民調査官において、C弁護士の事務所宛に電話連絡をし、同弁護士が不在であったため、事務員に対し、原告は、8月13日、9月18日と2度も連絡のないまま不出頭を繰り返している状況にあるので、大至急同弁護士に連絡を取って欲しいと依頼したが、同弁護士や原告本人からの連絡はなかった(乙29)。 カ)難民調査官は、同年10月3日、同月19日午前9時10分に出頭するよう求める出頭通知書(以下「第4回出頭通知」という。)を簡易書留でリヨンスプラザの原告宛に送付したが(乙30の1、2)、原告は出頭せず、出頭予定日の午後5時10分ころになって、「出頭通知書を受け取ったが、大阪から戻ったばかりなので出頭できなかった。何時、出頭したらよいか。」と尋ねる電話を入れた。これに対し、難民調査官は、「既に3回不出頭を繰り返しており、そのうち2回は何の連絡もない状態であり、もはや、自分の一存では今後の取扱について判断できない状況であるが、もし、事情説明を希望するのであれば、C弁護士と相談して来所してもかまわない。」、「同月9日には、在留期間更新申請をしに来ているにもかかわらず、第3回出頭通知に対して出頭しなかったことについての説明、連絡がなかったのは遺憾である。」という趣旨の話をした上、原告に対し、郵便以外に連絡方法はないのかを尋ね、原告の携帯電話の電話番号を教えられた(乙31)。その後、難民調査官は、渋谷郵便局集配課に電話連絡をし、第4回出頭通知がいつ送達されているのかを確認し、「同月14日付けで配達完了となっており、受領の確認もしており、受領は本人又は会社の人がしているものと 難民調査官は、渋谷郵便局集配課に電話連絡をし、第4回出頭通知がいつ送達されているのかを確認し、「同月14日付けで配達完了となっており、受領の確認もしており、受領は本人又は会社の人がしているものと思われる。」との回答を得た(乙32)。 原告は、同月末ころ、杉並区lm丁目に住居を定め、外国人登録も済ませたが(登録申請は同年9月24日付け)、このことを難民調査官には連絡しなかった。 キ)難民調査官は、同年11月5日、同月13日午前10時に出頭するよう求める出頭通知書(以下「第5回出頭通知」という。)を簡易書留でリヨンスプラザの原告宛に送付した(乙33の1、2)。そして、原告は、指定された日時に出頭したものの、準備されていた通訳人がトルコ語の通訳人(日本人)であったため、「トルコ語の通訳人は、トルコ人との関係が必ずあるので、トルコ語では話はできない。」、「トルコ語で私が訴えたいことを話すと、私以外のトルコで生活する家族や近親者及び欧州の友人、知人等に迷惑が発生し、影響がある。」のでトルコ語でのインタビューは受けたくない、このことはC弁護士を通じて要請していたはずであると主張し、これまで出頭できなかった理由について、立証資料としてMED-TVのビデオを入手すべく欧州にいる友人に連絡を取ろうとしていたが、なかなか連絡ができなかったためであると説明し、自分が受領した出頭通知書は2通のみであると主張したほかは、「昨日、頭部に釘が刺さり、頭痛がしているので考えがまとまらずインタビューを受ける状況にはない。」としてインタビューの続行を拒否し、難民調査官の了解も得ないままインタビュー室から退出し、そのまま帰ってしまった(乙34)。 ク)その後、原告は、「REFUGEESTATMENT」と題する書面(乙36)を作成し、難民調査官に送付し、この書面 解も得ないままインタビュー室から退出し、そのまま帰ってしまった(乙34)。 ク)その後、原告は、「REFUGEESTATMENT」と題する書面(乙36)を作成し、難民調査官に送付し、この書面は同月24日に難民調査官に到達したが、難民調査官は、「申請者本人が出頭のうえ、当局に提出されるよう指導方お願いいたしたく、本疎明資料を返却致します。なお、貴殿に対しては、先般(10月26日)の電話連絡の際、標記者(原告を指す。)のインタビューに関する出頭状況についての説明、及び既に本省処分がなされた場合、資料提出が間に合わないこともありうる旨連絡済みであることも了承願います。」と記載した文書(乙35)を同封した上、上記書面をC弁護士に返却した。 ケ)被告法務大臣は、同日、本件不認定処分をし、同年12月3日、原告に対し、本件不認定処分の告知をするとともに、本件更新不許可処分をし、同日、原告にこれを告知した。 (3) 以上の認定事実に基づいて検討するに、原告の難民認定申請書の記載内容は、(2)のア)に認定したとおりであって、極めて抽象的なものであり、原告自身に関連する問題としては、学生時代に2度逮捕されたことがあることと、MED-TVにルポルタージュを作成したことが記載されている程度であり、しかも、MED-TVのルポルタージュについては、その内容がどのようなものであるのかも何ら記載されていなかったのであるから、これだけで原告が難民に該当するものと認めることは到底困難であったといわざるを得ない。したがって、難民認定をするためには、原告に対する事情聴取が不可欠であったというべきであり、そうであるからこそ、難民調査官も、インタビューを行うための出頭通知をしたものと考えられる。 ところが、原告は、自己の住所について正確な届出をしないまま、第1回、第 不可欠であったというべきであり、そうであるからこそ、難民調査官も、インタビューを行うための出頭通知をしたものと考えられる。 ところが、原告は、自己の住所について正確な届出をしないまま、第1回、第3回、第4回出頭通知に応じることはなく、しかも、第1回、第3回出頭通知に対しては、事前、事後の連絡さえもせず(第1回出頭通知については、難民調査官が第2回出頭通知を発出した後である平成10年8月25日になって、C弁護士から原告の連絡先の通知があったにすぎない。)、また、第4回出頭通知にも応じることはなく、出頭予定日の午後5時10分ころになって、ようやく電話連絡をしたのにすぎないのであって、難民調査官が、このような原告の対応は事実調査に対して非協力的で不誠実なものであると受け止めたのは、当然であったといわざるを得ない。原告は、「同年8月に乃木坂ハウスから退去し、友人宅に泊まっている状態であったことや、身の危険を感じていたことから、郵便物の受領については、郵便局の私書箱や企業のメイルボックスを利用しており、この結果、郵便物を受領できず、あるいは、受領が遅れたものであって、上記のような結果はやむを得ないものであった。」と主張し、その本人尋問においても、同旨の供述をしている。しかしながら、原告は、外国人登録については早々に手続を終えているにもかかわらず、難民調査官には住所変更の事実を申告していない点において、不可解な態度といわざるを得ない。また、この点を措くとしても、原告は、上記のような事情を難民調査官に対して何ら説明していないところ、原告は、本邦に入国して間もない者ではなく、既に3年近く本邦に在留していた者であって、本件難民認定申請に当たっては弁護士の協力を得て行っているのであるから、難民調査官としては、上記のようなやむを得ない事情があれば、当 て間もない者ではなく、既に3年近く本邦に在留していた者であって、本件難民認定申請に当たっては弁護士の協力を得て行っているのであるから、難民調査官としては、上記のようなやむを得ない事情があれば、当然、原告又は弁護士からその旨の説明があるはずであって、それがないのは、そのような事情がないものと認識することもまたやむを得ないものであったといわざるを得ない。 その上、原告は、遅くとも同年8月31日に難民調査官と電話で話をした際には、第1回出頭通知を無視した形になっていることを認識した上、難民調査官から現住所の確認や電話による連絡はできないのかどうかの確認をされているのであるから、今後は出頭通知書を遅滞なく確実に受領することができるよう何らかの配慮をするとか、それができない場合には、リヨンスプラザはメイルボックスの宛先であるため、直ちに出頭通知書を受領できない場合もあり得ることを説明し、出頭通知書の受領方法について相談をするなどの対応を取ることは十分に可能であったし、そうすべきであったにもかかわらず、そのような対応を何ら行っていない。さらに、原告は、その後携帯電話を入手したものと思われるにもかかわらず((2)、カ)に認定したとおり、原告は、同年10月19日の電話連絡の際、自分の携帯電話の番号を難民調査官に告げている。)、速やかにその電話番号を連絡することもせず、同月9日には、東京入管に出頭し、本件更新許可申請をしているのに、難民調査官に対して、第3回出頭通知に応じなかった理由を説明し、以後の対応方法について相談をしようともしていないところ、これらの件に関する限り、上記の主張事実は何ら弁解になり得るものではない。したがって、第1回出頭通知に対する不出頭はともかくとしても、第3回、第4回出頭通知に対する不出頭については弁解の余地はなく、上記のよ に関する限り、上記の主張事実は何ら弁解になり得るものではない。したがって、第1回出頭通知に対する不出頭はともかくとしても、第3回、第4回出頭通知に対する不出頭については弁解の余地はなく、上記のような非難を受けることは、やむを得ないものといわざるを得ないのである。 そして、原告は、第5回出頭通知に対しては出頭に応じたものの、準備された通訳人がトルコ語の通訳人であったことを不満として事情聴取に応じることを拒否し、一方的に退席している。この点につき、原告は、「トルコ語の通訳人は、トルコ政府と関係があるおそれがあり信頼できなかったため、英語の通訳人を準備してくれるよう事前に依頼していたにもかかわらず、トルコ語の通訳人が準備されていたので不信感を持ち、事情聴取を拒否したものである。」と主張し、その本人尋問においても同旨の供述をする。しかしながら、原告はそれまで出頭通知に対して不出頭を繰り返しており、その英語力がどの程度のものであって、難民該当性に関する微妙な点についても、英語で十分に説明ができるかどうかは確認できていなかったのであるから、難民調査官が母国語であるトルコ語の通訳人を準備したのはやむを得ない措置であったといえる上、準備された通訳人は日本人であったのであるから、トルコ政府との関係があると決めつけ、事情聴取を拒否するというのは、原告の心情を考慮したとしても、過剰な反応であると受け取られてもやむを得ない側面があるものといわざるを得ない。また、トルコ語の通訳人が信用できないというのであれば、既に再三不出頭を繰り返していた原告としては、次に出頭できる日を指定して、英語による事情聴取を要請するなど、事情聴取に応じる意思は十分にあることを説明し、その機会が与えられるよう配慮すべきであったと考えられるにもかかわらず、そのような努力をした形跡は きる日を指定して、英語による事情聴取を要請するなど、事情聴取に応じる意思は十分にあることを説明し、その機会が与えられるよう配慮すべきであったと考えられるにもかかわらず、そのような努力をした形跡はなく、かえって、難民調査官の了解を得ることもなく、一方的に退席してしまったというのであるから、この点についても、難民調査官に対する非協力的な対応であると受け取られてもやむを得ないところがあったといわざるを得ない。 (4) 以上に指摘した点に照らしてみると、本件不認定処分は、60日条項の点を理由としてされているが、難民調査官としては、原告の難民該当性についても調査を行おうと努力していることが明らかであるから、その理由に誤りがあることのみをとらえて国家賠償法上違法なものとすることはできない。そして、原告は、第1回、第3回、第4回出頭通知に対して不出頭を繰り返した上、第5回出頭通知に基づいて出頭した際にも、調査に応じず一方的に退席してしまったものであり、難民調査官が、これらの原告の行動を、調査に対して非協力的で不誠実な対応と受け止めたことにもやむを得ない面があったといわざるを得ないのであるから、難民調査官において、もはやこれ以上の調査は無意味であると判断したとしても、それにもやむを得ない面があったものといわざるを得ない。そうすると、その時点における資料は、原告が作成した難民認定申請書のみであり、その記載のみによって原告が難民であると認定することは到底できないものであったことは既に指摘したとおりなのであるから、以上の結果に基づき、法務大臣が難民認定をせず、本件不認定処分をしたことにもやむを得ない側面があり、国家賠償法上の違法性を欠くか、少なくとも、故意、過失は認められないものというべきである(なお、原告は、「その後に詳細な陳述書を提出しているにもか 件不認定処分をしたことにもやむを得ない側面があり、国家賠償法上の違法性を欠くか、少なくとも、故意、過失は認められないものというべきである(なお、原告は、「その後に詳細な陳述書を提出しているにもかかわらず、それを無視した判断をしたのは違法である。」という趣旨の主張をしているが、これが難民調査官の下に到達したのは本件不認定処分の前日であることなどからすると、その時点では、もはや事案の処理が難民調査官の手を離れ、かつ内部的には処分の決定がされていたと推認され、それまでの一連の経緯を考え合わせると、陳述書の提出を受けて事案の再検討を行わなかったのも、その妥当性はともかくとして、違法な措置とまでは評価できない。)。 そして、本件更新不許可処分についても、当該在留資格が難民認定申請をすることを前提として付与されたものであって、その申請について上記のような経緯で不認定処分がされるに至った以上、直ちに退去強制は行わないまでも、取り敢えず在留期間の更新は認めないとすることは、行政の一貫性の点からしてやむを得ないものであり、国家賠償法上の違法性を欠くか、故意、過失を欠くものというほかはない。 3)以上によれば、被告法務大臣の行為は、いずれにせよ国家賠償法上の違法性を欠くか、故意、過失を欠くものというべきであるから、原告による本件国家賠償請求は、その余の点(損害)について判断するまでもなく、理由がないものとして棄却するほかはない。 第5 結論よって、原告の本件不認定処分取消請求を認容し、国家賠償請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第3部裁判長裁判官藤山雅行裁判官 条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第3部裁判長裁判官藤山雅行裁判官鶴岡稔彦裁判官廣澤諭
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