【DRY-RUN】主 文 本件上告を棄却する。 理 由 被告人Aの上告趣意について。 論旨は縷々陳述しているけれども、その中上告理由として主張せられたものと認 められるのは、
主文 本件上告を棄却する。 理由 被告人Aの上告趣意について。 論旨は縷々陳述しているけれども、その中上告理由として主張せられたものと認められるのは、要するに、被告人が警察官から「脅迫強問」による取調を受けたことと、原審の事実認定が誤つていることとの非難に帰する。しかし仮りに警察の取調が「脅迫強問」によつて為されたとしても、その取調の結果を記載した書類は、原判決において証拠として採用されてはいないのであるから、そのことは適法な上告理由とはならない。又原審の事実誤認を非難する主張も、上告適法の理由とはなり得ないものである。よつて論旨何れの点も採用することができない。 弁護人豊原清作上告趣意及び弁護人三宅正太郎上告趣意第一点について。 原判決はまさに、所論の如く、被告人は家系を貫いて流れている精神薄弱又は性格異常の血を承け、亢進した性衝動、情緒易動性、爆発性及び道徳的情性欠如を特徴とする遺伝的偏倚性格の所有者であることを認めている。ところで、被告人の精神状態を鑑定した鑑定人Bの鑑定の結果によると、その性格異常は自制を不可能とする程度に高度重篤のものではない、と云うのである。おもうに、これを法律上の見地から云えば、被告人は心神喪失者ではない、と云うことになるであろう。しかし、原判決は被告人は心神喪失者でないことは勿論心神耗弱者にも該当しない、と判断するについて、唯、右鑑定の結果のみに依存したのではない。更に、被告人の生活史、知能の程度が大体正常域にあること、本件犯行の態様が決して衝動的、激情的且つ突発的ではなく、むしろ意識的、計画的且つ熟慮的であつたこと、等の事情をも考慮に入れていること判文上まことに明かである。しかも、この判断の過程には、所論の如き非難に値する論理上の過誤ありとは云い得ないのみ ではなく、むしろ意識的、計画的且つ熟慮的であつたこと、等の事情をも考慮に入れていること判文上まことに明かである。しかも、この判断の過程には、所論の如き非難に値する論理上の過誤ありとは云い得ないのみならず、又こ- 1 -の判断の結果たるや相当であつて、これを非なりとする筋合はない。してみれば原判決には所論の如き理由齟齬の違法ありとは為し難く、又刑法第三九条第二項の規定の解釈を誤つた違法ありとも云い得ない。 従つて、各論旨いずれも理由がない。 弁護人三宅正太郎上告趣意第二点について。 まず、記録をひもといて原審における被告人に対する審理の過程を辿つてみると、原審はその第二回公判において訊問の際に被告人に対し、記録第四冊第七二〇丁編綴の写真(これは所論の司法警察官の第一二回聴取書添付の写真に該当する)を示している。ところで、所論の判示第六の事実についての訊問は、次の第三回公判においてされ、そうしてその際に裁判長は「前同写真」を示し、これに対して被告人は「赤鉛筆で六と番号を付けてあるのが、その女です」と供述したことになつているのであるが、この「前同写真」というのは、おのずから第二回公判において被告人に示した写真そのものを指すものなることは、公判調書の記載自体から推知され得る。第三回公判に突如として「前回写真」が顕出され、従つてその写真の何であるかが第三回公判調書の記載自体から知り得ないとする所論は、第三回公判が第二回公判の連続として行われた事実を考え合わせてみるならば、採用できないこと明かであろう。してみれば、所論の原判決引用の被告人の供述をもつて記録に根拠なしとすることはできないので、論旨は理由がない。 同第三点について。 およそ、婦女を姦淫する為の手段として用いた暴行の結果その婦女を死亡させたときは、姦淫行為の既遂たると未遂たると て記録に根拠なしとすることはできないので、論旨は理由がない。 同第三点について。 およそ、婦女を姦淫する為の手段として用いた暴行の結果その婦女を死亡させたときは、姦淫行為の既遂たると未遂たるとを問わず、強姦致死罪が成立し、婦女の死亡後、これを姦するが如き行為は、右強姦致死罪の成立に何等のかかわりはない。 ところで、原判示第五の事実は、まことに論旨の摘録したとおりに判示しているが、この判示はまさに強姦致死罪の事実を認定したものであつて、右判示中に被告人が- 2 -その場で死体を姦した旨を附記したのは、強姦致死行為後の情況を敍述したにすぎない。この附記あるの故に、被告人のこの死姦行為をもつて右強姦致死罪の構成事実の一部を判示したものと解するは当らない。又、刑法第一九〇条に規定する死体損壊罪は、死体を物理的に損傷・毀壊する場合を云うのであつて、これを姦するが如き行為を包含しないと解すべきものであるから、原判決の右附記をもつて死体損壊事実を判示したものと見ることもできない。しかも、原判決は判示事実に対する擬律において、強姦致死の点は刑法第一七七条前段第一八一条に該当する旨を説示しているので、判示事実と、この擬律とを対比してみて、そこに些かの不明な点もなく、又何等の過誤もない。従つて、原判決には、所論の如く、犯罪事実に対し罰条の適用を誤つた違法の廉はない。論旨は理由がない。 同第四点について。 原判決の判示第六の事実並にこれに対する法律の適用は、まことに所論のとおりである。しかし、結果的加重犯の場合において、被害者の身体を傷害し、更に、これを死亡させた以上、右傷害の事実は致死の事実に吸収され、重き致死の結果のみに対して成立する結果的加重犯の責任を問うべきものである。従つて、原判決が判示致傷の点について擬律せず、所論の如く、強姦致死罪の規定 させた以上、右傷害の事実は致死の事実に吸収され、重き致死の結果のみに対して成立する結果的加重犯の責任を問うべきものである。従つて、原判決が判示致傷の点について擬律せず、所論の如く、強姦致死罪の規定に問擬したのは、まさに、その然かる所であつて、原判決には毫も擬律錯誤の違法あるを見ない。論旨は理由がない。(なお第五点に関する説明参照)同第五点について。 原判決に「右強姦、強姦致死及び殺人並に窃盗は夫々連続犯」であると云つているのは、原判決の認定した凡ての強姦と凡ての強姦致死とが一括されて一箇の連続犯、凡ての殺人が一箇の連続犯、更らに凡ての窃盗が一箇の連続犯となるといふ趣旨である。そうして強姦と強姦致死とは重き強姦致死罪として処断され、更らに強姦致死と殺人とは、刑法第五四条第一項前段、第一〇条によつて一箇の殺人罪に吸- 3 -収せられるから、結局殺人及び窃盗の各一罪となるが、両者は併合罪であるから、殺人罪につき所定刑中死刑を選択して死刑に処することとしたのである。原判決文を以上のように解するならば、所論のような擬律錯誤の違法が原判決に存しないこと明かであろう。よつて論旨は理由がない。 以上の理由により、刑事訴訟法第四四六条に従い、主文の通り判決する。 この判決は、裁判官全員一致の意見によるものである。 検察官宮本増蔵関与昭和二三年一一月一六日最高裁判所第三小法廷裁判長裁判官長谷川太一郎裁判官井上登裁判官島保裁判官河村又介- 4 - 島保裁判官河村又介- 4 -
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