判決平成13年11月15日神戸地方裁判所平成12年(ワ)第479号損害賠償請求事件 主文 1 被告は,原告に対し,金249万5820円及びこれに対する平成11年10月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを20分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 事実 第1 当事者の求めた裁判 1 請求の趣旨(1) 被告は,原告に対し,金5500万円及びこれに対する平成11年10月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。 (3) 仮執行宣言 2 請求の趣旨に対する答弁(1) 原告の請求を棄却する。 (2) 訴訟費用は原告の負担とする。 第2 当事者の主張 1 請求原因(1) 当事者被告は,肩書地においてAクリニックの名称で美容形成外科医院を開設・管理している医師である。 (2) 原告の火傷痕原告は,平成5年ころ,パーマ店における事故の結果,左右のこめかみから側頭部にかけて,髪の毛の生え際あたりに,幅約3センチメートル,長さ約6センチメートルの帯状の火傷を負い,同火傷痕が瘡蓋状を経てアトピー様になった。 (3) 事実経過ア診療契約の締結原告は,同火傷痕を修正したいと考え,平成11年8月17日(以下の事実経過はすべて平成11年であるので,月日のみを記載し,年度の記載は省略する。),被告の ア診療契約の締結原告は,同火傷痕を修正したいと考え,平成11年8月17日(以下の事実経過はすべて平成11年であるので,月日のみを記載し,年度の記載は省略する。),被告の診察を受け,上記火傷痕の修正が可能かどうか,また,同修正手術とミニフェイスリフト手術(顔上半分の皮膚の引き上げ手術)との同時施術が可能かどうかを尋ねたところ,被告は,いずれも可能であるが,通常の場合に比較して,縫合線が顔側の位置にできることなどを説明した。 そこで,原告は,前同日,被告との間で,火傷痕の修正手術及びミニフェイスリフト手術を8月19日午前9時30分に受ける旨の診療契約を締結した。 また,この際,被告が,こめかみの凹みへのシリコンプロテーゼ埋入手術を併せて行うことを熱心に勧誘した結果,翌18日,原告は,被告との間で,上記手術と同時にシリコンプロテーゼ埋入術を受ける旨の診療契約を締結した。 イ第1回手術被告は,8月19日,原告に対し,火傷痕の修正手術及びこめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術を施したが,被告は,シリコンプロテーゼ埋入手術において,誤って,シリコンプロテーゼを原告の左右こめかみ部ではなく,右側頭部及び左耳上部に埋入した。 なお,被告は,同時施術するはずであったミニフェイスリフト手術をすることを失念した。 ウ第1回手術後の経過原告は,8月31日,被告の診察を受け,本件第1回手術の際の縫合の影響で,額のしわが引っ張られて弛んでしまった旨,左耳上部のシリコンプロテーゼが更に下方に下がってきた旨,右側頭部のシリコンプロテーゼは圧迫感があり痛い旨を訴えた。 また,原告は,9月6日にも被告を訪れ,被告に対し,左 まった旨,左耳上部のシリコンプロテーゼが更に下方に下がってきた旨,右側頭部のシリコンプロテーゼは圧迫感があり痛い旨を訴えた。 また,原告は,9月6日にも被告を訪れ,被告に対し,左側の耳鳴りがひどく,本件第1回手術後に左耳がほとんど聞こえなくなってしまったと訴え,直ちにシリコンプロテーゼを抜去するよう要請した。被告は,シリコンプロテーゼの抜去には応じなかったものの,原告の額を切開して余分な皮膚を切除する方法で額のしわをとる再手術をしてはどうかと提案したことから,原告は,同日,同再手術を9月20日にすることを承諾した。 エ第2回手術被告は,9月20日,原告に対し,額のしわの修正手術を施した。 被告は,同手術の途中,原告に何の事前説明もなく,切開口からゾンデ様の物をいれて,側頭部に埋入したシリコンプロテーゼを抜去しようとしたが,切開口に裂傷をつくり,傷口を鉤型にしたのみで,結局,シリコンプロテーゼを抜去することはできなかった。 オ第2回手術後の経過原告は,耳鳴り,頭痛,めまい等の症状が日増しに増加したことから,10月20日,被告の診察を受け,シリコンプロテーゼを抜去するように再度要請した。これに対し,被告から,シリコンプロテーゼを抜去するには,頭頂付近から側頭部にかけて大きく切開しなければならない旨の説明があり,原告はやむなくこれをを了承した。 カ第3回手術被告は,10月29日,原告に対し,左右のシリコンプロテーゼ抜去手術を実施した。 被告は,原告の頭髪を剃毛した上,頭頂付近から十数センチメートル切開した。被告は,同切開口から器具を挿入してシリコンプロテーゼを探索する措置を繰り返し,ようやく右 術を実施した。 被告は,原告の頭髪を剃毛した上,頭頂付近から十数センチメートル切開した。被告は,同切開口から器具を挿入してシリコンプロテーゼを探索する措置を繰り返し,ようやく右側に埋入したシリコンプロテーゼを抜去した。しかし,左耳上部に埋入したシリコンプロテーゼについては,原告の頭部の筋肉や組織の剥離を繰り返したり,器具を用いて所在を探索し続けたものの,抜去が困難であったことから,本件第1回手術の際に切開した部位(左こめかみ付近)を再度切開し,ようやく左側のシリコンプロテーゼを抜去することができた。 (4) 被告の責任被告には,以下のとおりの債務不履行ないし不法行為がある。 ア説明義務違反による原告の自己決定権の侵害美容形成外科手術は,疾病の存在を前提とする医療行為ではなく,患者の美的要求の実現を第一義的目的とする医療行為であるから,医師には,手術を受けるか否か及び手術内容等につき,事前に患者に対し説明を尽くし,患者の自己決定権を尊重すべき義務がある。 ところが,被告は,原告が特段希望しないこめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術を執拗に勧めて過剰手術を強要し,原告の自己決定権を侵害した。 イ第1回手術における適正手術義務違反手術を施行する医師には,事前に行った説明のとおりに,適正な手術を実施すべき注意義務がある。 ところが,被告は,原告の左右のこめかみの凹みに埋入しなければならないシリコンプロテーゼを,右側側頭部及び左耳上部に埋入した。 ウ第2回,第3回手術における適正手術義務違反シリコンプロテーゼ抜去手術を行うに際し,被告には,シリコンプロテーゼ抜去手術において,事 側頭部及び左耳上部に埋入した。 ウ第2回,第3回手術における適正手術義務違反シリコンプロテーゼ抜去手術を行うに際し,被告には,シリコンプロテーゼ抜去手術において,事前にシリコンプロテーゼの位置を正確に把握し,埋入した際の切開口を再度利用したり,切開口付近を新たに切開することによって切開の範囲を最小限にとどめるべき注意義務,また,使用器具により皮下の聴覚神経その他の神経や毛根等を損傷しないよう適正な方法により抜去すべき注意義務があった。 ところが,被告は,本件第2回手術において,術前にBTスキャンやMRIを実施せず,シリコンプロテーゼの正確な位置の把握をしないまま,額のしわの修正術のための切開口を利用してシリコンプロテーゼを抜去しようとしてこれに失敗した。 また,被告は,第3回手術においても,頭頂に近い部位から十数センチメートルも新たに頭皮を開いたうえ,探索的にゾンデ等で原告の皮下組織をかき回したことにより,原告の聴覚神経その他を損傷し,広範囲にわたり毛根を損傷して禿頭にした。 エ転院指導義務違反被告には,シリコンプロテーゼを安全かつ迅速に抜去できない場合,原告に対し,同抜去手術を実施できる医療機関への転院を指導すべき注意義務があった。 ところが,被告は,上記義務を怠り,自分自身ではシリコンプロテーゼを安全かつ迅速に抜去できなかったにもかかわらず,漫然と自らシリコンプロテーゼ抜去手術を試み,原告に後遺障害等を発生させた。 (5) 原告の後遺症等被告の以上の注意義務違反の結果,原告には,以下のとおりの後遺症が残った。 ア聴覚障害(ア) 左耳の神経性難聴( (5) 原告の後遺症等被告の以上の注意義務違反の結果,原告には,以下のとおりの後遺症が残った。 ア聴覚障害(ア) 左耳の神経性難聴(イ) 右耳の聴力の著しい低下イ右側頭部(ア) 頭髪生え際に14センチメートル×1センチメートルの赤い瘢痕(イ) 頭髪内に11センチメートル長の瘢痕(ウ) (ア)の後方に6・5センチメートル×1・5センチメートルの禿頭(エ) (イ)の後方に7センチメートル×6センチメートルで毛髪粗ウ左側頭部(ア) 頭髪生え際に13センチメートル×1・5センチメートルの赤い瘢痕(イ) 頭髪内に12センチメートル長の瘢痕(ウ) (ア)の後方に2センチメートル×1・5センチメートル及び3・5センチメートル×2・5センチメートルの禿頭(エ) (イ)の後方に9センチメートル×7センチメートルで毛髪粗(6) 損害ア治療費 118万3140円(ア) 被告医院 116万1950円(イ) その他の医療機関 2万1190円イ通院交通費(タクシー他) 3万3220円ウ後遺症による逸失利益 4868万7763円原告は,昭和21年7月22日生まれ,大学医学部卒業の女性で,執筆業で生計を立てているが,前記後遺障害により,今後の取材や対談その他の活動の遂行に重大な支障を生ずることは避けられないことから,逸失利益は少なくとも金4868万7763円を超えるものである。 (計算式) 前記後遺障害により,今後の取材や対談その他の活動の遂行に重大な支障を生ずることは避けられないことから,逸失利益は少なくとも金4868万7763円を超えるものである。 (計算式) 700万8000円(大学卒女子・平均年収)×0.67(労働能力喪失割合)×10.380(ライプニッツ係数)エ通院慰謝料 300万円原告は,本件手術3回で激痛に耐えたほか,術後の検診等により精神的苦痛を受けたものであり,少なくとも金300万円以上の慰謝料が相当である。 オ後遺障害慰謝料 1296万円原告は,前記のとおり,頭部や顔部に多数の切開痕や禿頭,毛根の損傷等を生じたほか,左耳がほとんど機能せず,右耳の聴力も著しく減退した。右後遺障害は,後遺障害別等級表の第6級に相当するものであり,金1296万円以上の慰謝料の支払いが相当である。 カ弁護士費用 658万円キ合計 7244万4123円(7) 結論よって,原告は被告に対し,本件診療契約に基づく債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償として,前記損害金7244万4123円の内金5500万円及びこれに対する本件第3回手術施行日の翌日である平成11年10月30日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。 2 請求原因に対する認否(1) 請求原因(1)(当事者)の事実は認める。 (2) 請求原因(2)(原告の火傷痕)は知らない。 (3) 請求原因(3)ア(診療契約の締結)について請求原因(3)アの事実のうち,8月17日に原告が被告の診察を受けた (2) 請求原因(2)(原告の火傷痕)は知らない。 (3) 請求原因(3)ア(診療契約の締結)について請求原因(3)アの事実のうち,8月17日に原告が被告の診察を受けたことは認め,その余は否認する。 原被告が同日に契約を締結したのは原告の自傷痕の修正手術を施す旨の診療契約のみであって,ミニフェイスリフト手術については契約を締結していない。 また,翌18日に締結したのがシリコンプロテーゼ埋入手術であることは認めるが,これを求めたのは原告の方であり,被告は応諾したものである。 (4) 請求原因(3)イ(第1回手術)について請求原因(3)イの事実のうち,8月19日に原告の自傷痕の修正手術とシリコンプロテーゼ埋入手術を行ったこと,ミニフェイスリフト手術を行わなかったことは認め,その余は否認する。 被告は,シリコンプロテーゼを原告の左右のこめかみの凹みに埋入した。 また,ミニフェイスリフト手術をしなかったのは,上記のとおり診療契約を締結していない以上,当然である。 (5) 請求原因(3)ウ(第1回手術後の経過)について請求原因(3)ウの事実のうち,8月31日に原告が被告の診察を受けた際,原告が,シリコンプロテーゼの位置が移動しており気になると訴えた事実は認め,その余は否認する。 また,9月6日に原告が被告の診察を受けた点は認めるが,そこでの原被告間のやりとりに関する事実は否認する。 (6) 請求原因(3)エ(第2回手術)について請求原因(3)エの事実のうち,9月20日に原告の額のしわの修正手術を実施した点は認め,その余は否認する。シリコンプロテーゼの抜去を試みたことはない。 (7) 手術)について請求原因(3)エの事実のうち,9月20日に原告の額のしわの修正手術を実施した点は認め,その余は否認する。シリコンプロテーゼの抜去を試みたことはない。 (7) 請求原因(3)オ(第2回手術後の経過)について請求原因(3)オの事実のうち,10月20日に原告が被告の診察を受けた点は認めるが,原告の耳鳴り,頭痛,めまい等の症状が日増しに増加したことは知らず,その余の事実は否認する。 (8) 請求原因(3)カ(第3回手術)について請求原因(3)カの事実のうち,原告の頭髪を剃毛したこと,切開部から右側のシリコンプロテーゼを抜去したこと,左側のシリコンプロテーゼは,第1回手術の切開部位を再度切開して抜去したことは認め,その余は否認する。 被告は,原告の側頭部を切開し,右側のシリコンプロテーゼを抜去した。 左側のシリコンプロテーゼ抜去の際に切開口を第1回手術の際の切開部位に変更したのは,シリコンプロテーゼを探索できなかったからではなく,左側については,第1回手術下層の剥離が鈍的には困難であり,無理をすると危険だったからである。 (9) 請求原因(4)(被告の責任)は争う。 ア自己決定権の侵害の主張は否認する。 原告は,初診時から,自傷痕を目立たなくしたり,顔のしわをなくしたりすることを強く希望していた。そこで被告は,その一手段としてシリコンプロテーゼ埋入手術が考えられるけれども,その内容,効果,危険性について概略を説明した上で,無理をする必要はない旨忠告した。原告はこの説明を元に,自らの自由意思に基づいて,積極的にシリコンプロテーゼ埋入手術を受ける決断をしたのであるから,原告の自己決定権は十分に保障されており,被告は原告の自己決定権 要はない旨忠告した。原告はこの説明を元に,自らの自由意思に基づいて,積極的にシリコンプロテーゼ埋入手術を受ける決断をしたのであるから,原告の自己決定権は十分に保障されており,被告は原告の自己決定権を何ら侵害していない。 イ第1回手術における適正手術義務違反の主張は否認する。 被告は,事前の説明のとおり,原告の左右のこめかみの凹みにシリコンプロテーゼを埋入した。 ウ第2回,第3回手術における適正手術義務違反の主張は否認する。 被告は,本件第2回手術においては,そもそもシリコンプロテーゼの抜去を試みていない。 第3回手術におけるシリコンプロテーゼ抜去の際に,側頭部に切開口を設けたのは通常の方法であり,また,頭皮切除によって除皺したいという原告の希望を容れたものでもあるから,何ら不適切な点はない。また,被告はゾンデ等で原告の皮下組織をかき回していない。左側のシリコンプロテーゼ抜去の際に切開口を変更した理由は,シリコンプロテーゼを見つけられなかったからではなく,第1回手術下層の剥離が鈍的には困難であるため,慎重を期するという医学的見地によるものである。従って,第3回手術においても被告に適正手術義務違反はない。 エ転院指導義務違反の主張は否認する。 被告は安全かつ迅速にシリコンプロテーゼ抜去手術を行う技能を有していた。原告の主張は前提事実に欠ける。 (10) 請求原因(5)(原告の後遺症等)の事実は否認ないし争う。 請求原因(5)の事実は否認ないし争う。 請求原因(5)アの聴覚障害については,原告が当時不安神経症であったための思い込みである。また,仮に難聴があったとしても,7月17日に原告が顔面を殴打された傷 の事実は否認ないし争う。 請求原因(5)アの聴覚障害については,原告が当時不安神経症であったための思い込みである。また,仮に難聴があったとしても,7月17日に原告が顔面を殴打された傷害事件の際に加わった外圧が原因であり,本件手術との因果関係はない。 請求原因(5)イ(ア)(イ)及びウ(ア)(イ)の瘢痕等は全て手術に伴い必然的・不可避的に発生するものであり,後遺症ではない。 請求原因(5)イ(ウ)(エ)及びウ(ウ)(エ)の禿頭及び毛髪粗については,本件手術以前から原告の頭部には所々無毛部分があったのであり,禿頭が全て本件手術に起因するわけではない。また,本件手術に起因した無毛部分については不可避的なものであり,後遺障害ではない。 (11) 請求原因(6)(損害)について請求原因(6)の事実のうち,ア(ア)の被告の治療費の額は認めるが,その主張は争い,その余の損害は知らない。 第3 理由 1 事実経過請求原因(1)の事実,請求原因(3)アの事実のうち,8月17日に原告が被告の診察を受けたこと,原被告が同日に原告の傷痕の修正手術を施す旨の診療契約を締結したこと,翌18日にシリコンプロテーゼ埋入手術を施す旨の診療契約を締結したこと,同(3)イの事実のうち,8月19日に原告の傷痕の修正手術とシリコンプロテーゼ埋入手術を行ったこと,ミニフェイスリフト手術を行わなかったこと,同(3)ウの事実のうち,8月31日に原告が被告の診察を受けた際,原告が,シリコンプロテーゼの位置が移動しており気になると訴えたこと,9月6日に原告が被告の診察を受けたこと,同(3)エの事実のうち,9月20日に原告の額のしわの修正手術を実施したこと,同(3)オの事実のうち,10月20日に原告が被告の診察を受けた ると訴えたこと,9月6日に原告が被告の診察を受けたこと,同(3)エの事実のうち,9月20日に原告の額のしわの修正手術を実施したこと,同(3)オの事実のうち,10月20日に原告が被告の診察を受けたこと,同(3)カの事実のうち,原告の頭髪を剃毛したこと,切開部から右側のシリコンプロテーゼを抜去したこと,左側のシリコンプロテーゼは,第1回手術の切開部位を再度切開して抜去したことは,いずれも争いがなく,同争いのない事実,証拠(甲1,2,5,7の1・2,10,11の1~8,18,19の4~7,20,乙1,3,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。これに反する原告本人の供述及び報告書(甲1)の記載部分並びに被告本人の供述及び陳述録取書(乙3)の記載部分はいずれも採用できない。 (1) 原告が被告を受診するに至った経過原告は,左右のこめかみ付近にできた潰瘍状の傷を何度も剥がしたことが原因で,右こめかみ後方(もみあげ上部)から上方向に,幅1.5~2.5センチメートル,長さ5~6センチメートルの,左こめかみ後方(もみあげ上部)から上方向に幅1.5センチメートル,長さ2.5センチメートルの,その上部に幅1. 5センチメートル,長さ3センチメートルの各瘢痕を残し,また,同傷痕部分が脱毛したため,植毛を試みたり,自ら糸で毛を縫いつける等していたものであるが,平成11年7月30日(以下,事実経過はすべて平成11年のことであるので,月日のみを記載し,年度の記載は省略する。),西宮共立脳神経外科病院を受診し,前記傷痕を切除して無毛部分を縮小するとともにフェイスリフト(顔面つり上げ)を施術してほしい旨を求めた。 しかし,原告を診察した同病院の医師は,8月13日,原告の場合,フェイスリフトの効果は期待できない 除して無毛部分を縮小するとともにフェイスリフト(顔面つり上げ)を施術してほしい旨を求めた。 しかし,原告を診察した同病院の医師は,8月13日,原告の場合,フェイスリフトの効果は期待できないので手術は勧めない旨を伝え,原告の申し入れに応じなかった。 (2) 原被告の診療契約原告は,8月17日,被告を受診し,前記傷痕の修正とミニフェイスリフト(側頭及び頬部における軽度なしわやたるみを皮膚レベルで部分的に引き伸ばす方法)の同時施術を希望した。これに対して被告は,単なる傷痕の修正ではミニフェイスリフトの効果はないが,側頭部や有毛部の奥の方を広範囲に切開すれば,ミニフェイスリフトも可能であること,但し,原告の場合,傷痕の幅が大きすぎるため牽引が困難であることや,周辺の皮膚にかなりの侵襲があることから,傷痕修正とミニフェイスリフトを同時に行うことは難しいことを原告に伝えた。 また,この際被告は,原告に対し,カウンセリングを行い,原告のこめかみにはくぼみができているので,ここにシリコンプロテーゼを埋入すれば,皮膚に張りができ,若々しく見えること,シリコンプロテーゼ埋入手術は傷痕修正と同時に行い得ること,シリコンプロテーゼ埋入手術は,通常,頭髪の生え際から有髪部に約5センチメートル入った位置を切開し,同部からシリコンプロテーゼを入れるものであるが,傷痕修正において切開した部分からシリコンプロテーゼを入れることも可能であることを説明して,シリコンプロテーゼ埋入手術を勧めた。なお,その際,原告は,被告に対し,シリコンプロテーゼが移動することはないのかを尋ねたが,被告は,他院ではそのような症例を見たことがあるが,被告の手術例では生じたことはない旨を答えるにとどめ,むしろ,傷痕修正と同時にできることを利点としてシリ テーゼが移動することはないのかを尋ねたが,被告は,他院ではそのような症例を見たことがあるが,被告の手術例では生じたことはない旨を答えるにとどめ,むしろ,傷痕修正と同時にできることを利点としてシリコンプロテーゼ埋入手術を同時に受けることを勧めた(なお,被告本人の供述及び陳述録取書(乙3)の記載部分中には,これと異なり,シリコンプロテーゼ埋入手術を被告から勧めたことはなく,これを希望したのは原告であり,また,その際には,手術後のシリコンプロテーゼ移動のおそれについても十分説明したとの部分があるが,被告自身,その本人供述で,シリコンプロテーゼ埋入手術という方法があることは,原告に対するカウンセリングの中で被告から話をしたものであることは認めていることに,この点に関する原告本人の供述とを対比すると,前記認定と異なる被告本人の供述及び乙3の記載部分はにわかに採用できず,他に前記認定を左右するに足る証拠はない。)。 しかし,実際には,シリコンプロテーゼ埋入手術については,それが適切になされても異物反応により移動が生じることがあるとされているし(後記2参照),原告に対する手術は,傷痕修正と同時に行うもので,これまで被告においても経験がなかったものであることに加え,切開口が通常と異なること,傷痕修正のため,かなりの幅にわたって皮膚及び皮下組織をシリコンプロテーゼ挿入後に牽引縫合すること,シリコンプロテーゼを圧迫する側頭筋面積が通常より少ないことといった不利な条件下で行わなければならないものであった。 原告は,被告から説明を受けて,傷痕修正手術を行うことにしてその旨の承諾書に署名押印したものの,こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術については,体内に異物を挿入するものであったこと等から躊躇し,これを受けることを決めかねた。しかし原 手術を行うことにしてその旨の承諾書に署名押印したものの,こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術については,体内に異物を挿入するものであったこと等から躊躇し,これを受けることを決めかねた。しかし原告は,翌18日,シリコンプロテーゼ埋入手術も行うことを決意して,電話で被告にその旨伝え両手術を行うことになった。 ア被告の執拗な勧誘の有無原告は,シリコンプロテーゼ埋入手術をするように被告から執拗に勧められた旨主張する。原告作成の報告書(甲1)には,被告から何度も熱心に勧められたという記載があるものの,その記載内容自体,被告が執拗に勧めたというほどのものではないし,その他,かかる事実を認めるに足りる証拠はないから,被告が同手術を執拗に勧めたという事実を認めることはできない。 イミニフェイスリフト手術の契約の有無原告は,8月17日,ミニフェイスリフト手術を行うことも契約した旨主張し,上記報告書(甲1)にもその旨の記載がある。しかしながら,上記承諾書(甲18の9丁目)の実施する手術の欄には,「自傷痕修正」との記載はあるが,ミニフェイスリフト手術についての記載はなく,かっこ書きで「(Liftできる範囲にて施行)」と記載されているに過ぎないこと,原被告本人尋問の結果によれば,被告は原告に対し,傷痕修正手術の際に,傷痕を取り去って縫い合わせるので,皮膚が引っ張られることにはなるけれども,本来のフェイスリフト手術と比べると,切除する部位が違うので大きな効果は期待できない旨を説明し,原告も納得したと認められることを総合すると,原被告が契約したのは傷痕修正手術のみであって,ただ,同手術の実施の際,なるべくフェイスリフトの効果もあがるようにするという程度の合意があったに過ぎず,これをもって,ミニフェ られることを総合すると,原被告が契約したのは傷痕修正手術のみであって,ただ,同手術の実施の際,なるべくフェイスリフトの効果もあがるようにするという程度の合意があったに過ぎず,これをもって,ミニフェイスリフト手術の契約をしたとまで認めることはできない。 (3) 第1回手術8月19日,被告の原告に対する傷痕修正手術及びシリコンプロテーゼ埋入手術(第1回手術)が行われた。 被告は,同手術開始前に,原告の承諾を得て,前記承諾書に「(希望で有ればコメカミシリコンも考慮)」と付け加えた。 被告は,一般的なこめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術についてはそれまでに十数例経験していたものの,傷痕修正とシリコンプロテーゼ埋入手術の同時施術は前記のとおり本件が初めてであった。 被告は,局所麻酔の下,原告の左側こめかみ付近を切開し,瘢痕化した傷痕を,周辺の正常な組織を一部含んで取り除いた。さらに,その皮下組織部分を皮膚を移動するために鈍的に剥離し,そこから側頭筋膜,筋肉を鈍的に剥離し,筋膜の中にシリコンプロテーゼを入れるポケットを作り,こめかみの凹みにシリコンプロテーゼを挿入した。ついで,原告の右側頭部の傷痕修正手術及びこめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術も同様に行った。 もっとも,原告は,被告が,原告の左右のこめかみの凹みに埋入しなければならないシリコンプロテーゼを,右側頭部及び左耳上部に埋入したと主張し,これに沿う供述をする。 しかしながら,被告作成のカルテ(甲18)の手術当日(8月19日)及び翌20日のいずれの記載をみても,シリコンプロテーゼがこめかみからずれているというような記載は見当たらないこと,20日に原告が受診したC病院のカルテ(甲20)の同日の記載をみ 当日(8月19日)及び翌20日のいずれの記載をみても,シリコンプロテーゼがこめかみからずれているというような記載は見当たらないこと,20日に原告が受診したC病院のカルテ(甲20)の同日の記載をみても,「こめかみ部のscar切除している。こめかみ部にシリコン入れている」と記されており,こめかみからずれている旨の記載はないこと,後記認定のとおり,21日,原告の希望により,被告が手,腕のシミの除去のため,ルビーレーザー治療を行っているところ,真実,シリコンプロテーゼの位置が当時すでにずれていたとすれば,原告が被告にそのような手術を依頼するとは考え難いことなどの事実を総合すると,第1回手術の際には,シリコンプロテーゼは原告の両こめかみの凹みに埋入されたと認めることができる。原告の上記供述は信用できない。 (4) 第1回手術後の経過8月20日,原告は,被告を受診し,はれと痛みを訴えたが,シリコンプロテーゼの移動については訴えなかった。これに対し,被告は,点滴,点眼,消毒,抗生物質であるゲンタミン軟膏の塗布等の処置を行った。 8月21日,原告は,第1回手術の部位から血塊が出たため,被告を受診し,点滴,消毒ガーゼ交換等の処置を受けたが,この時点においても原告からシリコンプロテーゼの移動についての訴えはなかった。なお,同日,原告の希望により,手,腕のシミの除去のため,ルビーレーザー治療が行われた。 8月24日,原告は再び被告を受診し,本件第1回手術における手術創の一部のステープラーの抜鉤,消毒を行ったが,その際,原告は,シリコンプロテーゼが移動していると初めて訴え(この時まで原告がシリコンプロテーゼの移動を訴えなかった旨認定した理由は上記(3)のとおりである),再度手術創を切開し,シリコンプロテーゼを ,原告は,シリコンプロテーゼが移動していると初めて訴え(この時まで原告がシリコンプロテーゼの移動を訴えなかった旨認定した理由は上記(3)のとおりである),再度手術創を切開し,シリコンプロテーゼを取り除いて欲しい旨求めた。被告は,シリコンプロテーゼが,第1回手術の手術創方向へ移動していることを認めたが,第1回手術創からのシリコンプロテーゼの除去は半年は待たなければ危険である旨伝えた。 8月31日,原告は再診し,8月24日の受診時と同様の症状を訴えた。 被告は,原告に対し,全抜鉤,一部抜糸,消毒等を行った。 9月1日,原告は,被告に電話して,シリコンプロテーゼの移動に伴って,右眉及び上眼瞼部分の皮膚が弛んできたことを訴えた。 9月6日,原告は被告を受診し,左右こめかみ部のシリコンプロテーゼが下方に移動し,左耳に圧迫感があること,シリコンプロテーゼの移動に伴い左右頭髪生え際にたるみが生じ,上眼瞼が垂れてきたこと等を訴えた。被告が診察した結果,シリコンプロテーゼが移動していることが明らかになり,被告は原告に対し,移動の原因について,異物反応,圧迫固定力が弱かったこと,物理的作用等の可能性があること,シリコンプロテーゼ除去手術には6か月は待つ必要があることを説明した。 被告は,原告の希望により,シリコンプロテーゼ除去手術までの一時的処置として,両側頭部をステイプラーで固定する治療を行った。 原告は,9月16日,再度受診し,本件第1回手術による手術創のためにできた前額部の皺又はたるみを除去して欲しい旨訴えた。 (5) 第2回手術被告は,9月20日,原告に対し,第1回手術の傷痕修正の延長及びたるみや皺の減少を目的として,第1回手術の切開線の延長線上に,左右前額部の生 欲しい旨訴えた。 (5) 第2回手術被告は,9月20日,原告に対し,第1回手術の傷痕修正の延長及びたるみや皺の減少を目的として,第1回手術の切開線の延長線上に,左右前額部の生え際付近を上方に引っ張るように紡錘形に切除する両側前額縁皮膚除去術を行った。 被告は,同手術中,原告の了解の下,創部から剥離子(ラスパ)を挿入し,シリコンプロテーゼを切開口まで移動して抜去できるか試みたが,抜去はできなかった。 (6) 第2回手術後の経過原告は,10月25日及び同26日,被告に電話し,左耳の耳間狭窄,耳鳴り,右こめかみ部のシリコンプロテーゼの熱感,あっ痛を訴え,10月27日に被告を受診し,シリコンプロテーゼの除去及び顔面のたるみ除去を希望した。 (7) 第3回手術被告は,10月29日,シリコンプロテーゼ除去及び顔面のたるみ除去を目的とした頭皮除去術を施行した。 上記手術において,被告は,まず,右側頭部の上方を約11センチメートル切開し,同部から右側のシリコンプロテーゼを除去した。その後,被告は,左側頭部上方を約12センチメートル切開し,左側のシリコンプロテーゼの除去を試みたが,第1回手術の癒着等が強く,鈍性剥離が困難であったことから,同部からの除去をあきらめ,第1回手術の創を再度切開してそこからシリコンプロテーゼを除去した。 (8) 第3回手術後の経過原告は,11月1日,4日,11日,被告を受診し,消毒など,第3回手術の術後のケアを受けた。 原告は,11月24日,D耳鼻咽喉科医院において,「左神経性難聴,左耳鳴」の診断を受け,同日,C病院において,「両側頭部,顔面術後瘢痕,両側頭部と顔面より頭部の移行部両側に術後創部瘢痕を 原告は,11月24日,D耳鼻咽喉科医院において,「左神経性難聴,左耳鳴」の診断を受け,同日,C病院において,「両側頭部,顔面術後瘢痕,両側頭部と顔面より頭部の移行部両側に術後創部瘢痕を認める」との診断を受けた。 原告は,12月10日,E美容外科において,以下のとおり,両側頭部手術後瘢痕,禿頭という診断を受けた。 右側頭部① 頭髪生え縁に14×1㎝の赤い瘢痕② 頭髪内に11㎝長の瘢痕③ ①の後方に6.5×1.5㎝の禿頭④ ②の後方に7×6㎝で毛髪が粗。 左側頭部⑤ 頭髪生え縁に13×1.5㎝の瘢痕⑥ 頭髪内に12㎝の瘢痕⑦ ⑤の後方に2×1.5㎝と3.5×2.5㎝の禿頭⑧ ⑥の後方に9×7㎝で毛髪が粗 2 シリコンプロテーゼ埋入手術証拠(甲16,乙1,2,3,5,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術とは,以下のような手術であることが認められる。 (1) 目的及び術式こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術は,加齢によるこめかみ部の陥凹をなくし,卵形のきれいな輪郭や若返りの効果を得ることを目的とするこめかみ形成術の一つである。 通常は,生え際から約3~4センチメートル有髪部に入った部分を3~4センチメートル切開し,同部からシリコンプロテーゼを埋入する。 具体的な手技としては,頭皮を毛根を傷つけないように毛幹に沿って平行に頭皮切除し,側頭筋膜を浅側頭動脈を温存するように鈍的に剥離し,陥凹部まで鈍的に剥離を進め,陥凹部に十分なポケットを作成し,シリコンプロテーゼを しては,頭皮を毛根を傷つけないように毛幹に沿って平行に頭皮切除し,側頭筋膜を浅側頭動脈を温存するように鈍的に剥離し,陥凹部まで鈍的に剥離を進め,陥凹部に十分なポケットを作成し,シリコンプロテーゼを同部に埋入する。この際,位置を安定させるために5-0ナイロンをシリコンプロテーゼにかけ,陥凹部の皮膚にボルスター固定を行っても良い。最後に,側頭筋膜は3-0の吸収糸で,頭皮は6-0ナイロン糸で縫合する。 (2) 術後の処置,術後経過埋入したシリコンプロテーゼを,これよりやや大きめの穴をあけたレストンで圧迫する。ボルスター固定部は抗生物質軟膏を塗布し,ガーゼにて被覆する。 圧迫固定の方法としては,7~10センチメートルのヘアバンドを装着させるなどによる。シャワーは翌日より許可し,ボルスター固定の除去は5日目に行う。シャンプーは7日目ころから許可する。頭皮の抜糸は12~14日目に行う。顔面部に創がないため,洗顔・メークは翌日から許可するが,クレンジング時に強くこすりすぎないように注意する。 (3) 合併症,後遺症切開部に一致した2~5ミリメートル程度の瘢痕を残すことがある。また,切開部より生え際寄りに脱毛を生じることがあるが,通常6~8か月で改善する。 シリコンプロテーゼが適正な位置からずれて移動し,2段のこぶや膨隆を認める場合があるが,患者が安静を保てば通常移動するものではない。 人工材料であるシリコンプロテーゼの異物反応や感染の可能性もある。 3 被告の責任そこで,以上の認定事実を元に,被告の責任について検討する。 (1) 説明義務違反による原告の自己決定権の侵害原告は,被告から,こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術を執拗に勧められた 以上の認定事実を元に,被告の責任について検討する。 (1) 説明義務違反による原告の自己決定権の侵害原告は,被告から,こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術を執拗に勧められたために,望んでいなかった同手術を行うことになったのであって,かかる被告の勧誘は原告の自己決定権を侵害するものである旨主張するが,前記のとおり,シリコンプロテーゼ埋入手術を被告が執拗に勧誘したと認めるに足る証拠はない。 しかしながら,こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術の目的は美容整形であり,より美しくなりたいとの個人の主観的願望を満足させるために行われるものであって,生命ないし健康の維持に必須不可欠のものではないのであるから,患者がその治療を受けるべきか否かの判断をするための情報を与えるべき要請は一般の医療行為よりも大きく,したがって,その実施にあたっては,被告において,原告が十分な情報を得た上で,その治療を受けるか否かを決定することができるよう,事前に,同手術の内容,方法,費用についてひととおりの説明をするだけでなく,その予想される副作用や後遺症等についても十分な説明をなし,そのうえで,その手術の実施につき承諾を得る必要があったものというべきである。 そこで,上記説明義務が尽くされたうえで,原告の手術承諾がなされたものといえるかどうかをみる。 前記認定のとおり,シリコンプロテーゼ埋入手術は,たとえ適切になされても,異物反応によりシリコンプロテーゼが移動するおそれがある上に,原告に対する本件第1回手術は,傷痕修正と同時に行うという,これまで被告において経験がなかった手術であって,切開口が通常と異なり,また,傷痕修正のため,かなりの幅にわたって皮膚及び皮下組織をシリコンプロテーゼ挿入後牽引縫合する,シリコンプロテー うという,これまで被告において経験がなかった手術であって,切開口が通常と異なり,また,傷痕修正のため,かなりの幅にわたって皮膚及び皮下組織をシリコンプロテーゼ挿入後牽引縫合する,シリコンプロテーゼを圧迫する側頭筋面積が通常より少ないといった通常のシリコンプロテーゼ埋入手術とは異なる不利な条件の下でなさなければならないものであったことからすると,本件第1回手術は,通常のシリコンプロテーゼ埋入手術の場合より,いっそうシリコンプロテーゼの移動が生ずる可能性が高いものであると推認される。ところが,前記認定事実によれば,被告は,原告に対し,8月17日,こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術を勧めるに際し,その手術方法の説明等を行ってはいるものの,手術後の移動の可能性については,単に,他院ではそのような症例をみたことはあるが,被告の手術例では生じたことはないと述べて,そのような事態はまず生じないと誤信させるような説明しかせず,むしろ,傷痕修正と同時にシリコンプロテーゼ埋入手術が行えることを利点として手術を勧めたことが認められる。 そうすると,被告には,原告がシリコンプロテーゼ埋入手術を受けるか否かを決定するに際してなすべき説明を十分になさなかった説明義務違反が認められるところ,原告は,シリコンプロテーゼ埋入手術が体内に異物を挿入するものであったこと等から,被告から前記説明を受けた後もその施術を受けることを躊躇し,同日中にはその承諾をせず,翌18日になってようやくこれを受けることを決意したことからすれば,シリコンプロテーゼの移動の可能性につき,被告から十分な説明を受けていれば,これを受けていなかった蓋然性は高かったものと認められるから,被告は,原告が被告の説明義務違反によりシリコンプロテーゼ埋入手術を承諾してこれを受けたこと及びその後シリ から十分な説明を受けていれば,これを受けていなかった蓋然性は高かったものと認められるから,被告は,原告が被告の説明義務違反によりシリコンプロテーゼ埋入手術を承諾してこれを受けたこと及びその後シリコンプロテーゼが移動し,その抜去手術をやむなくされたことにより原告が被った損害を賠償する責任があるものと認められる。 (2) 第1回手術の適否アシリコンプロテーゼの埋入位置前記認定のとおり,被告は,術前の説明どおり,シリコンプロテーゼを左右こめかみの凹みに埋入したことが認められるから,原告の右側側頭部及び左耳上部にこれを埋入したという適正手術義務違反の事実は認められない。 イシリコンプロテーゼの移動シリコンプロテーゼが,8月24日ころ,第1回手術の手術創方向へ移動したことが認められることは前記認定のとおりであるところ,この点について,被告に治療上の責任が認められるかを検討するに,前記認定事実からすれば,その移動の原因としては,本件のシリコンプロテーゼ埋入手術が,傷痕修正と同時に行われたものであり,その傷痕修正が,かなりの幅にわたって,皮膚及び皮下組織をシリコンプロテーゼ挿入後牽引縫合するものであったこと,また,切開口が通常と異なりシリコンプロテーゼを圧迫する側頭筋面積が少なかったことの影響や,異物反応が生じたこと等が考えられるが,その原因を特定することは困難であるし,被告が,傷痕修正と同時にシリコンプロテーゼ埋入手術を行ったことや,その際の手技が医学的に不適切であったとまで認める証拠はないことからすれば,シリコンプロテーゼが移動したことにつき,被告に治療上の過失があったものとは認めることができない。 なお,被告は,シリコンプロテーゼの移動の原因につき,その本人供 証拠はないことからすれば,シリコンプロテーゼが移動したことにつき,被告に治療上の過失があったものとは認めることができない。 なお,被告は,シリコンプロテーゼの移動の原因につき,その本人供述及び陳述録取書(乙3)の記載部分中で,原告自らがシリコンプロテーゼを移動させてしまった可能性を指摘し,また,乙5(医学博士Fの意見書)にも同旨の記載のあることが認められるが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。 (3) 第2回手術の適否前記認定のとおり,第2回手術の本来の目的は,本件第1回手術の傷痕修正の延長及びたるみや皺の減少であったが,その際,被告は,切開口からシリコンプロテーゼを抜去できるか確認するために剥離子を挿入し,シリコンプロテーゼが移動可能か確かめたことが認められる。しかしながら,被告がこれを原告の承諾を得て行ったと認められることに照らすと,上記確認行為自体が債務不履行ないし不法行為に該当すると認めることはできない。 もっとも,原告本人の供述及びその報告書(甲1)の記載部分によれば,その際,原告は激痛を感じたとのことであるが,被告本人の供述及びその陳述録取書(乙3)の記載部分と対比して,にわかに措信できないし,仮に,そのような激痛が多少あったとしても,それは,原告が,術後の腫れ等を少なくするため,麻酔をできるだけ少量に抑えるよう要望していたからであったと認められるから(乙3,被告本人),この点に関しても,診療上の債務不履行ないし不法行為があったものとは認められない。 (4) 第3回手術の適否原告は,被告が探索的にゾンデ等で原告の皮下組織をかき回し,聴覚神経その他を損傷し,広範囲にわたり毛根を損傷して禿頭にした旨主張し,その本人供述及びその報告書(甲1)の記載中には 適否原告は,被告が探索的にゾンデ等で原告の皮下組織をかき回し,聴覚神経その他を損傷し,広範囲にわたり毛根を損傷して禿頭にした旨主張し,その本人供述及びその報告書(甲1)の記載中にはこれに沿う部分があるが,被告本人の供述及びその陳述録取書(乙3)の記載部分と対比して,にわかに措信できず,他に,原告の上記主張を認める証拠はなく,被告に適正手術義務違反があったとは認められない。 (5) 転院指導義務違反の有無原告は,被告が,被告自らシリコンプロテーゼを安全かつ迅速に抜去できないにもかかわらず,他の医療機関への転院を指導すべき義務を怠り,漫然とシリコンプロテーゼ抜去手術を試みた過失があると主張する。 しかしながら,被告が自らシリコンプロテーゼを安全かつ迅速に抜去できなかったと認めるに足りる証拠はない。むしろ,前記認定のとおり,被告は,第3回手術においてシリコンプロテーゼを抜去しているところ,その手技に原告が主張するような問題があったとは認められないのであって,被告に転院指導義務を認めることはできない。 4 損害そこで,被告の説明義務違反の債務不履行ないし不法行為によって,原告が被った損害及び損害額について検討する。 (1) 原告の後遺症ア頭髪内の瘢痕及び毛髪粗(ア) 前記認定のとおり,原告は,12月10日,E美容外科において以下のとおりの診断を受けた。 ① 右側頭部の頭髪生え際の,14センチメートル×1センチメートルの赤い瘢痕② 右側頭部の頭髪内の11センチメートル長の瘢痕③ ①の瘢痕の後方にある6・5センチメートル×1・5センチメートルの禿頭④ ②の瘢痕の ② 右側頭部の頭髪内の11センチメートル長の瘢痕③ ①の瘢痕の後方にある6・5センチメートル×1・5センチメートルの禿頭④ ②の瘢痕の後方にある7センチメートル×6センチメートルの毛髪粗⑤ 左側頭部の頭髪生え際の13センチメートル×1・5センチメートルの赤い瘢痕⑥ 左側頭部の頭髪内の12センチメートル長の瘢痕⑦ ⑤の瘢痕の後方にある2センチメートル×1・5センチメートルの禿頭及び3・5センチメートル×2・5センチメートルの禿頭⑧ ⑥の瘢痕の後方にある9センチメートル×7センチメートルの毛髪粗そして,前記認定のとおりの,原告が平成5年の火傷が原因でもともと負っていた損傷の位置,形状と,前記認定のとおりの本件各手術の施術内容を総合すると,③及び⑦は第1回手術以前から存在していたもの,①及び⑤は第2回手術により生じたもの,②,④,⑥,⑧は本件第3回手術により生じたものであることが認められる。 (イ) そうすると,③及び⑦については,被告の説明義務違反との因果関係がないことは明らかである。 また,前記認定のとおり,本件第2回手術は,原告の同意を得て,シリコンプロテーゼが移動可能か確かめてもいるが,その本来の目的は,本件第1回手術の傷痕修正の延長及びたるみや皺の減少であったものであることからすれば,第2回手術によって生じた手術創①及び⑤も被告の説明義務違反によって生じた後遺症とはいえない。 結局,被告の説明義務違反と相当因果関係があると認められる後遺症に該当するのは,第3回手術によって生じた②,④,⑥,⑧の各手術痕と認められ 反によって生じた後遺症とはいえない。 結局,被告の説明義務違反と相当因果関係があると認められる後遺症に該当するのは,第3回手術によって生じた②,④,⑥,⑧の各手術痕と認められる。 なお,前記認定のとおり,第3回手術は,シリコンプロテーゼの除去のみならず,原告の希望により顔面のたるみ除去を目的とするフェイスリフトに準じる頭皮切除手術も兼ねていたと認められる。しかしながら,前記認定のとおり,同日に至るまで原告がシリコンプロテーゼが移動したことによる不快感を訴え続けていたことに照らすと,第3回手術の主たる目的はシリコンプロテーゼの除去であったと認められるから,頭皮切除の目的も兼ねていたことは,上記のとおりの相当因果関係の認定を妨げるものではない。 イ左右聴力の低下原告は,原告の左耳について神経性難聴,右耳の聴力の著しい低下を主張し,これに沿う証拠(甲7の1・2,原告本人)もある。 しかしながら,証拠(乙5,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,現在,原告の聴力に日常生活上の不都合が生じる程度の問題はないと認められる。また,仮に原告に神経性難聴が認められるとしても,被告による手術との間の医学的なメカニズムは不明であって,両者の間の因果関係を認めるに足りる証拠はない。 したがって,原告の難聴が被告の説明義務違反によって生じた後遺症であると認めることはできない。 (2) 損害額ア治療費合計43万5860円(ア) 被告医院 43万0500円原告は,被告に支払った治療費116万1950円(甲4の1ないし11)を損害と主張するが,前記認定のとおり,被告の説明義務違反による損害と認められるのは,シリ 医院 43万0500円原告は,被告に支払った治療費116万1950円(甲4の1ないし11)を損害と主張するが,前記認定のとおり,被告の説明義務違反による損害と認められるのは,シリコンプロテーゼ埋入手術及びその抜去手術により生じた治療費と認められるところ,前掲書証及び甲18によれば,シリコンプロテーゼ埋入手術費用は31万5000円,同抜去手術に要した費用は10万5000円(10月29日の同抜去手術は,原告の希望により顔面のたるみ除去を目的とするフェイスリフトに準じる頭皮切除手術も兼ねていたと認められるが,その主たる目的はシリコンプロテーゼの除去であったと認められるから,その要した費用全額を損害と認めるのが相当である)であったと認められるほか,9月6日の受診の1万0500円については,シリコンプロテーゼの移動による不快感を訴えて受診し,原告の希望によるとはいえ,その一時的処置としてステイプラーで固定する治療を受けたことに要したものであるので,被告の説明義務違反によって生じた損害と認めることができるが,その余の73万1450円については,被告の説明義務違反と相当因果関係があるとは認めることができない。 したがって,原告が被告に支払った治療費中,被告の説明義務違反によって生じた損害と認められるのは43万0500円である。 (イ) その他の医療機関 5360円甲10,11の1ないし8,12によれば,原告は,本件各手術による後遺症を明らかにするため,12月11日,E美容外科で診察を受け,診断書作成及び写真撮影をしてもらい,その費用として5360円を要し,同額の損害を被ったことが認められる。 なお,原告は,上記以外にも,その他の医療機関で要した治療費として1万5830円を損害として主張す 撮影をしてもらい,その費用として5360円を要し,同額の損害を被ったことが認められる。 なお,原告は,上記以外にも,その他の医療機関で要した治療費として1万5830円を損害として主張するが,それら治療が被告の説明義務違反と相当因果関係のある損害であることを認めるに足る証拠はない。 イ交通費 9960円原告は,通院交通費として3万3220円を主張するが,甲13によれば,そのうち,被告の説明義務違反と相当因果関係のある損害として認められるのは,シリコンプロテーゼの抜去のための通院である10月27日及び同月29日の9960円(甲13の⑥,⑦)と認めるのが相当である(それ以前の分については,シリコンプロテーゼ埋入手術及びその術後措置に関するものもあるが,同時に,それは傷痕修正及びその術後の措置でもあり,被告の説明義務違反の有無に関わらず,その通院が必要であったものと解されるので,これを説明義務違反と相当因果関係のある損害と認めることはできない。)。 ウ逸失利益前記認定のとおり,原告は,本件第3回手術により,右側頭部の頭髪内に11センチメートル長の瘢痕,同瘢痕の後方に7センチメートル×6センチメートルの毛髪粗,左側頭部の頭髪内に12センチメートル長の瘢痕,同瘢痕の後方に9センチメートル×7センチメートルの毛髪粗という後遺症を被った事実が認められる。 しかしながら,これらの障害はいずれも頭髪等に隠れる部分に存するものであって,頭髪,かつら,帽子などによって隠すことが可能であること,原告が従前従事していたという職業(建築会社の秘書課勤務,執筆業等。弁論の全趣旨)の内容,性質に照らすと,これらの障害によって今後原告の就業が妨げられると ,帽子などによって隠すことが可能であること,原告が従前従事していたという職業(建築会社の秘書課勤務,執筆業等。弁論の全趣旨)の内容,性質に照らすと,これらの障害によって今後原告の就業が妨げられるとは考え難いことなどを総合すると,上記障害による逸失利益を認めることはできない。 エ通院慰謝料 30万円原告の被告に対する通院期間は,前記のとおり,8月17日から11月11日までの87日間であるが,それら通院は,シリコンプロテーゼ埋入手術及び同抜去手術ためだけの通院であったわけではなく,他の治療のための通院も含まれていたこと等,本件に現れた諸般の事情を総合考慮すれば,被告の説明義務違反と相当因果関係のある通院慰謝料は30万円と認めるのが相当である。 オ後遺障害慰謝料 150万円前記認定の原告の瘢痕及び毛髪粗の程度,女性である原告が毛髪の一部を失ったことによる精神的苦痛,原告が帽子やかつらによってこれらを隠さねばならないことによって日常生活上の不自由を被っていること,もっとも,これらの障害はいずれも頭髪等に隠れる部分に存するものであって,頭髪,かつら,帽子などによって隠すことが可能であること等,本件に現れた一切の事情を総合すると,後遺障害慰謝料は150万円と認めるのが相当である。 カ弁護士費用 25万円本件訴訟の認容額,難易,審理経過等諸般の事情を総合すると,被告の説明義務違反と相当因果関係のある弁護士費用は25万円と認めるのが相当である。 キ以上合計 249万5820円 5 結論以上によれば,原告の本訴請求は,被告に対し,説明義務違反に基づく損害賠償として金249万5820円及びこれに対する不法行為後の平成 キ以上合計 249万5820円 5 結論以上によれば,原告の本訴請求は,被告に対し,説明義務違反に基づく損害賠償として金249万5820円及びこれに対する不法行為後の平成11年10月30日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから,その限度でこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 神戸地方裁判所第4民事部裁判長裁判官上田昭典裁判官太田敬司裁判官長谷部環
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