平成22(行ケ)10348 審決取消請求事件

裁判年月日・裁判所
平成23年9月15日 知的財産高等裁判所 4部 判決 請求棄却
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判決文本文31,744 文字)

平成23年9月15日判決言渡同日原本受領裁判所書記官平成22年(行ケ)第10348号審決取消請求事件口頭弁論終結日平成23年8月25日判決原告オリエンタル技研工業株式会社同訴訟代理人弁理士須賀総夫被告東ソー株式会社同訴訟代理人弁護士鎌田隆柴由美子同訴訟復代理人弁理士和田利美 主文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求特許庁が無効2009-800015号事件について平成22年10月6日にした審決を取り消す。 第2 事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の下記2の本件発明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯(1) 被告は,平成7年12月1日,発明の名称を「飛灰中の重金属の固定化方法及び重金属固定化処理剤」とする特許出願(特願平7-313845,国内優先権主張日:平成6年12月2日(特願平6-299684))をし,平成15年1 月24日,設定の登録(特許第3391173号)を受けた。以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許に係る明細書(甲17)を「本件明細書」という。 (2) 原告は,平成21年1月29日,請求項1ないし10に係る本件特許(以下,請求項1ないし10に記載の各発明を請求項の番号に応じて「本件発明1」ないし「本件発明 17)を「本件明細書」という。 (2) 原告は,平成21年1月29日,請求項1ないし10に係る本件特許(以下,請求項1ないし10に記載の各発明を請求項の番号に応じて「本件発明1」ないし「本件発明10」といい,これらを併せて「本件発明」という。)について,特許無効審判を請求し,無効2009-800015号事件として係属した。 (3) 特許庁は,平成22年10月6日,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の本件審決をし,その謄本は,同月15日,原告に送達された。 2 本件発明の要旨本件審決が判断の対象とした本件発明の要旨は,次のとおりである。 【請求項1】飛灰に水と,ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩を添加し,混練することを特徴とする飛灰中の重金属の固定化方法【請求項2】ピペラジン-N-カルボジチオ酸塩もしくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸塩が,アルカリ金属,アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩であることを特徴とする請求項1に記載の方法【請求項3】ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸塩がピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸ナトリウムであることを特徴とする請求項2に記載の方法【請求項4】ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸塩がピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸カリウムであることを特徴とする請求項2に記載の方法【請求項5】重金属が,鉛,水銀,クロム,カドミウム,亜鉛及び銅からなる群より選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の方法【請求項6】ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩 特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の方法【請求項6】ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩からなる 飛灰中の重金属固定化処理剤【請求項7】ピペラジン-N-カルボジチオ酸塩もしくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸塩が,アルカリ金属,アルカリ土類金属塩又はアンモニウム塩であることを特徴とする請求項6に記載の飛灰中の重金属固定化処理剤【請求項8】ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸塩がピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸ナトリウムであることを特徴とする請求項7に記載の飛灰中の重金属固定化処理剤【請求項9】ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸塩がピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸カリウムであることを特徴とする請求項7に記載の飛灰中の重金属固定化処理剤【請求項10】重金属が,鉛,水銀,クロム,カドミウム,亜鉛及び銅からなる群より選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項6乃至請求項9のいずれかに記載の飛灰中の重金属固定化処理剤 3 本件審決の理由の要旨(1) 本件審決の理由は,要するに,①本件明細書の発明の詳細な説明が当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に記載されており,②本件発明が,下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)に下記イないしエの引用例2ないし4に記載された事項を適用し,又は③下記エの引用例4に記載された発明(以下「引用発明4」という。)に下記アないしウの引用例1ないし3に記載された事項を適用しても,当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件特許を無効にすることができないというものである。 ア引用例1:米国特許第5092931号明細書(甲 いし3に記載された事項を適用しても,当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件特許を無効にすることができないというものである。 ア引用例1:米国特許第5092931号明細書(甲1。平成4年(1992年)3月3日公開)イ引用例2:J. inorg. nucl. Chem. 1974,36,3709頁~3712頁(甲2,13。昭和49年刊行)ウ引用例3:INDIANJ. CHEM., VOL. 19A, MARCH 1980,265頁~2 67頁(甲3,14。昭和55年3月刊行)エ引用例4:特開平6-79254号公報(甲4。平成6年3月22日公開)(2) なお,本件審決が認定した引用発明1並びに本件発明1と引用発明1との一致点,相違点1及び2は,次のとおりである。 ア引用発明1:ジチオカルバミン酸基を有する高分子化合物からなるキレート剤を,水とともに飛灰に添加して混練するか,又はジチオカルバミン酸塩を有する低分子化合物からなるキレート剤,ポリビニルアルコール等の高分子化合物及び水を飛灰に添加して混練するかのいずれかにより,焼却炉から排出される排ガスから捕集した飛灰に含まれる有害な重金属を不溶化するための方法イ一致点:飛灰に水と,ジチオカルバミン酸基を有するキレート剤を添加し,混練することを特徴とする飛灰中の重金属の固定化方法ウ相違点1:本件発明1は,ジチオカルバミン酸基を有するキレート剤が,「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」であるのに対し,引用発明1は,ジチオカルバミン酸基を有するキレート剤が「ジチオカルバミン酸基を有する高分子化合物からなるキレート剤」又は「ジチオカルバミン酸基を有す これらの混合物又はこれらの塩」であるのに対し,引用発明1は,ジチオカルバミン酸基を有するキレート剤が「ジチオカルバミン酸基を有する高分子化合物からなるキレート剤」又は「ジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤」である点エ相違点2:本件発明1の飛灰中の重金属の固定化方法は,飛灰に水と,ピペラジン-N-カルボジチオ酸若しくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方若しくはこれらの混合物又はこれらの塩を添加するのに対し,引用発明1の飛灰に含まれる有害な重金属を不溶化するための方法は,ジチオカルバミン酸基を有する高分子化合物からなるキレート剤を,水とともに飛灰に添加するか,又はジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤,ポリビニルアルコール等の高分子化合物及び水を飛灰に添加する点(3) また,本件審決が認定した引用発明4並びに本件発明1と引用発明4との一致点及び相違点3は,次のとおりである。 ア引用発明4:焼却炉で発生した重金属を含む飛灰に,水とキレート化剤であるトリス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン,又は,N1,N2-ビス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン,若しくはそれらの塩の少なくとも一種を加え,混練することにより,飛灰中の重金属を水に対し不溶性にする方法イ一致点:飛灰に水と,ジチオカルバミン酸基を有するキレート化剤を添加し,混練することを特徴とする飛灰中の重金属の固定化方法ウ相違点3:本件発明1は,ジチオカルバミン酸基を有するキレート化剤が「ピペラジン-N-カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」であるのに対し,引用発明4は,ジチオカルバミン酸基を有するキレート化剤が「トリス -カルボジチオ酸もしくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸のいずれか一方もしくはこれらの混合物又はこれらの塩」であるのに対し,引用発明4は,ジチオカルバミン酸基を有するキレート化剤が「トリス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン,又は,N1,N2-ビス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン,若しくはそれらの塩の少なくとも一種」である点 4 取消事由(1) 実施可能要件についての判断の誤り(取消事由1)(2) 引用発明1に基づく本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)ア相違点1についての判断の誤りイ相違点2についての判断の誤りウ本件発明1の作用効果についての判断の誤り(3) 引用発明4に基づく本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由3)相違点3についての判断の誤り第3 当事者の主張 1 取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)について〔原告の主張〕(1) 本件審決は,①本件発明が,発明の詳細な説明に当該用途の有用性を裏付 ける程度に,当該発明の目的,構成及び効果が記載されているといえる,②被告提出の事実実験公正証書(甲12)が公益法人において実施した実験(以下「甲12実験」という。)の内容を公正証書としたものであるから公正であり,原告が提出した本件明細書の追試の結果(甲5)の方が高い客観性を有するとまではいえない,③甲12実験の条件として,本件明細書の「重量部」の記載が合成に使用する試薬等について,その重量当たりの配合比を規定するものであり,合成実験に用いる反応容器の大きさに応じて,そのままの数値をグラム単位で理解しても,その数値をそれぞれ整数倍するなどしても構わないことが自明である,④ジチオカルバミン酸又はその塩の合成に関してチオ炭酸カリウムを含まない黄 器の大きさに応じて,そのままの数値をグラム単位で理解しても,その数値をそれぞれ整数倍するなどしても構わないことが自明である,④ジチオカルバミン酸又はその塩の合成に関してチオ炭酸カリウムを含まない黄色透明な水溶液を得るためには,緩やかな攪拌速度を選択して界面で徐々に反応を進めるべきであるから,甲12実験の攪拌速度が化学の常識に反する反応条件を用いているとまではいえない,⑤甲12の「漏斗のコックを手で適宜調整し,3時間59分かけて全量の二硫化炭素を滴下した」との記載から,二硫化炭素の滴下に当たり,一定の間隔で一定量を滴下するのではなく,反応の進み具合に応じて時間当たりの滴下量(滴下速度)を実験者がコック操作で調節することを読み取ることができるから,実験者が,フラスコ内の反応中の溶液の状態を確認しながら注意深く二硫化炭素の滴下を行う必要があるところ,原告が提出した甲12実験の追試の結果(甲6)で赤橙色透明の液体が得られたのは当該追試で二硫化炭素の滴下操作が適切に行われなかったものと推測される,⑥ピペラジン-N-カルボジチオ酸(以下「本件化合物1」という。)若しくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸(以下「本件化合物2」という。)又はその塩が化学構造が特定された化合物であり,その合成方法も当業者に知られたものであるとともに,合成方法の違いにより得られた化合物の物性が変わるものではないから,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に記載されている旨を説示する(以下,これらを「1①の判断」ないし「1⑥の判断」という。)。 (2) しかしながら,1①の判断についてみると,原告は,本件明細書の実施例 の記載に従って発明を実施しても本件明細書に記載された硫化水素が発生しないとの効果が得られない旨を主張しているの (2) しかしながら,1①の判断についてみると,原告は,本件明細書の実施例 の記載に従って発明を実施しても本件明細書に記載された硫化水素が発生しないとの効果が得られない旨を主張しているのである。 1②の判断についてみると,公正証書の形式的な通用力と,実質的な公正さとは,別の問題である。むしろ,甲12は,被告と縁の深い団体で,被告の従業員が実施し,技術を知らない公証人が実験者の報告をそのまま信じて公正証書にしたものであるにすぎない一方,甲5は,純粋に第三者的な公立の研究機関に委託した実験の結果であるから,完全に公正なものであり,甲12に比べれば,公正さにおいて勝っている。 1③の判断についてみると,甲12実験は,本件明細書の「重量部」を単純に「g」に置き換えておらず,これを半分にして実施しているが,このような実験スケールの変更は,しばしば結果の変更を招くものであって,本件明細書の記載のとおりに実施したことにはならなくなる。 1④の判断についてみると,ジチオカルバミン酸又はその塩の合成に関して,緩やかな攪拌速度を選択して界面で徐々に反応を進めるべきであるという知見は,本件明細書に記載がなく,当業者に知られていたわけではないから,本件審決の判断は,後追いの論理である。そして,本件明細書に記載されていた「指針」なるものは,「黄色透明溶液を得た」というだけであり,どのようにしてそれを得るのかが示されていなければ,当業者が発明を実施し得る程度に記載されていたとはいえない。 1⑤の判断についてみると,まず,甲12の記載は,3時間59分で全量の二硫化炭素を滴下したということだけであり,この記載から,「反応の進み具合に応じて時間当たりの滴下量を調節する」という認識を引き出すことはできない。次に,1⑤の判断に従うと,合成反応の進行を監視し 二硫化炭素を滴下したということだけであり,この記載から,「反応の進み具合に応じて時間当たりの滴下量を調節する」という認識を引き出すことはできない。次に,1⑤の判断に従うと,合成反応の進行を監視して名人芸的なコントロールを加えなければ所望の「黄色透明の溶液」が得られないが,そのようなことは本件明細書に記載されておらず,本件明細書に接した当業者は,そのような厳しい条件を守らないと合成例2が実施できないとは到底考えつかないし,工業的規模の反応装置にお いては,実際上,不可能な操作である。 1⑥の判断についてみると,上記のとおり,被告が主張する「黄色透明の溶液」という指標を実現するには,通常よりも遅い攪拌を行わなければならないばかりでなく,二硫化炭素の滴下に当たり,反応の進み具合に応じて時間当たりの滴下量(滴下速度)を調節する必要があることになるが,これらのことが本件明細書に開示されていないし,具体的にどのような滴下速度の調節を行えばよいのかについても,記載も示唆もない。 むしろ,甲5が示すように,本件明細書の「合成例2」に記載のように実験を実施しても,得られる水溶液は,赤橙色透明であって,被告が「指標」とする黄色透明のものにはならず,本件明細書の記載に反して,当該水溶液からは硫化水素ガスの発生が避けられないのである。 (3) 実験条件によって所望の結果が得られたり得られなかったりするのであれば,どのような条件を選択すべきかの指針を教示しなければ明細書の記載としては「明確かつ十分」とはいえない。また,被告は,ピペラジンジチオカルバミン酸塩の合成方法が周知である旨を主張するが,本件特許出願前の合成方法に関する文献(甲18,19)は,いずれも,本件審決が正当とした異常に緩やかな攪拌速度(本件明細書には記載がない。)について何ら触れてい の合成方法が周知である旨を主張するが,本件特許出願前の合成方法に関する文献(甲18,19)は,いずれも,本件審決が正当とした異常に緩やかな攪拌速度(本件明細書には記載がない。)について何ら触れていないし,本件明細書の合成例2の配合比率では,二硫化炭素が過剰であり,不合理不適切なものであって,チオ炭酸塩の生成という副反応が起こるが,チオ炭酸塩の副生については,本件特許出願当時において公知ではなかった。甲12実験は,未反応の二硫化炭素を除去するために長時間の留去作業を要するが,これは,発明の工業的実施の例としてはまことに不適切である。 (4) したがって,ピペラジンカルボジチオ酸塩の合成方法の原理は,既知であるが,副生成物(硫化水素の発生原因であるチオ炭酸塩)の生成を抑制しないと発明が実施できないのであるから,本件明細書は,どのようにしてそれを実現するかを教示すべきことは,当然である。また,合成例2は,過剰な二硫化炭素を用いた 不適切な開示であり,一般的な合成方法とは異なる異常に低い攪拌速度を採用しなければ副生成物の生成が抑制できないという特殊な事情があった。しかるに,本件明細書は,これらについて開示しておらず,本件明細書に接した当業者が甲12に記載のような結果を得ることは至難の業であり,本件明細書の記載に従っても本件発明は実施できないから,本件明細書は,記載不備の違法がある。 〔被告の主張〕(1) 本件発明の本件化合物1(ピペラジン-N-カルボジチオ酸)若しくは本件化合物2(ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸)のいずれか一方若しくはこれらの混合物又はこれらの塩(以下「本件各化合物」という。)は,化学構造が特定された公知の化合物であり,その合成方法も,当業者に周知であるから,本件発明は,当業者にとって容易に実施可能であ しくはこれらの混合物又はこれらの塩(以下「本件各化合物」という。)は,化学構造が特定された公知の化合物であり,その合成方法も,当業者に周知であるから,本件発明は,当業者にとって容易に実施可能である。しかも,本件明細書は,その合成例が具体的に記載されており,本件優先権主張日当時の当業者の周知技法又は技術常識によって容易に理解可能かつ再現可能であるばかりか(本件明細書【0016】~【0018】。甲12,乙2,4),本件明細書は,本件発明が本件明細書の実施例によって何ら制限を受けるものではない旨を明記している(【0015】)。 また,本件発明は,そもそも副生成物(硫化水素の発生原因であるチオ炭酸塩)を生じさせずに本件各化合物を合成する方法の開示を目的とした発明ではないし,実際,上記周知技法等を踏まえて本件明細書を適切に追試すれば,甲12に記載のとおり,副生成物も自ずと抑制できるが(甲12,乙2),そのことから本件発明が副生成物を生じさせないことを目的とした発明として理解すべきものではない。したがって,本件では,副生成物との関係で実施可能要件が問題となる余地はない。 なお,甲18は,攪拌速度を記載していないが,それによっても黄色の溶液が得られているから,攪拌速度は,実験実施者の技術常識に任されているといえるし,甲19も,激しい攪拌の後,再結晶させることで不純物を除去している。そもそも,攪拌速度は,原料の物性,配合比及び反応の進み方等を勘案した上で,実験装置の細部条件にあわせて適宜設定される事項であることは,実験化学の常識であるから, この点が明細書に記載されていないからといって,記載不備とはならない。 (2) 1②の判断についてみると,甲5の実験結果こそ,実験者が問題とされる技術分野に詳しくない者であり,かつ,原告が特に指定した実験 が明細書に記載されていないからといって,記載不備とはならない。 (2) 1②の判断についてみると,甲5の実験結果こそ,実験者が問題とされる技術分野に詳しくない者であり,かつ,原告が特に指定した実験条件に従ってされたものであるから,到底公正とはいえない。 1③の判断についてみると,原告は,スケールの変更が実験の結果にどのように影響するかを何ら主張していない。本件明細書に記載の重量部とは,重量当たりの配合比を規定しているから,これをそのままグラム単位に置き換えなければならない理由はない。 1④の判断についてみると,合成例2の原料の配合比及び原料の物性を的確に認識すれば,緩やかな攪拌速度を選択して界面で徐々に反応を進めるべきであることは,当業者が容易に理解することである。甲12実験は,これらの点を踏まえ,当業者の技術常識(乙4参照)に従って目的とする化合物を合成したものであり,これは,その後に実施された実験(乙2)でも再現されている。他方,甲5の実験の攪拌条件は,合成例2で過剰に存在する二硫化炭素を利用して副反応を積極的に進行させようという意図によるものである。 1⑤の判断についてみると,甲12実験は,攪拌回転数を低下させれば副反応を抑制できるという要点を踏まえたもので,名人芸的なコントロールは不要であり,むしろ,甲6の実験は,実施者が本件の技術にあまり詳しくない者であり,当該要点が分かっていながらこれを採用していないものである。 1⑥の判断についてみると,原告は,本件明細書の合成例2について実験条件等の当業者の技術常識が記載されていないことを奇貨として追試の仕方によっては副生成物を生成することがあることをあげつらうものである(甲5,6)にすぎない。 (3) 以上のとおり,実施可能性に関する本件審決の判断の誤りはない。 2 取消事由2 奇貨として追試の仕方によっては副生成物を生成することがあることをあげつらうものである(甲5,6)にすぎない。 (3) 以上のとおり,実施可能性に関する本件審決の判断の誤りはない。 2 取消事由2(引用発明1に基づく本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り)について〔原告の主張〕 (1) 相違点1についての判断の誤りについてア本件審決は,引用例1にはジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤として,ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムだけが記載されているところ,①引用例2には本件各化合物については記載されておらず,ピペラジンと基本骨格が類似する原料アミンからのカルボジチオアートであるピペリジンカルボジチオアート,チオモルフォリン-4-カルボジチオアート,N-メチルピペラジン-4-カルボジチオアートが記載されているだけであり,引用例2に記載のN-メチルピペラジン-4-カルボジチオアートが,ピペラジンの一方のNに対するHがメチル基で置換されている点でピペラジン-N-カルボジチアートと異なる化合物であるので,これら2種のカルボジチオアートがともにピペラジン骨格を有しているからといって,キレート剤としての作用までが実質上同一であるとは直ちにいえないから,引用発明1のジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤として本件各化合物を用いることを動機付けることはできない,②引用例3に記載のピペラジンジチオカルバマート(Ⅰ)(本件化合物1に相当する。)及びピペラジンビスジチオカルバマート(Ⅱ)(本件化合物2に相当する。)の錯体がかなり安定で,200と300℃との間で分解し,常用の有機溶媒と水に不溶で反磁性であるが,引用例3には,これらを水とともに飛灰に添加して,飛灰中の重金属を不溶化することを示唆する記 する。)の錯体がかなり安定で,200と300℃との間で分解し,常用の有機溶媒と水に不溶で反磁性であるが,引用例3には,これらを水とともに飛灰に添加して,飛灰中の重金属を不溶化することを示唆する記載が見当たらず,本件明細書に記載の「安定性試験」で示された効果も窺い知るることができないから,引用発明1のジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤としてピペラジンジチオカルバマート(Ⅰ)及びピペラジンビスジチオカルバマート(Ⅱ)を用いることを動機付けることはできない旨を説示する(以下,これらを「2①の判断」及び「2②の判断」という。)。 イしかしながら,2①の判断についてみると,本件審決は,引用例2のN-メチルピペラジン-4-カルボジチオアートと本件発明1の本件化合物1の塩との構造上の微差,すなわちピペラジンの一方のNに対する-Hが,メチル基-CH3で 置換されているか否かという点を誇大に取り上げ,進歩性を新規性と同一視するものであって,化学常識及び特許法上の経験則を無視した暴論である。 一般に,有機化合物においてその一部の-Hが-CH3で置換されている場合に,その置換が化合物の化学的性質にどの程度の影響を与えるであろうかという問題は,化合物全体の大きさと構造とによって判断される。本件についてみると,2個のN原子を対極の位置に構成成分として有する6員環の化合物であるピペラジンにおいて,その一方のNにカルボジチオ酸基が置換基として存在し,それがキレート剤として作用する場合,他方のNに結合しているものが-Hであるか-CH3であるかという差異が,対極の位置にあるNに結合しているカルボジチオ酸基の作用に対して与える影響は極めて小さく,したがって,N-メチルピペラジン-4-カルボジチオアートと本件化合物1の塩とが実質上同じ るかという差異が,対極の位置にあるNに結合しているカルボジチオ酸基の作用に対して与える影響は極めて小さく,したがって,N-メチルピペラジン-4-カルボジチオアートと本件化合物1の塩とが実質上同じ挙動をするであろうということは,当業者であれば容易にかなりの確信を持っていえることである。 したがって,このような化学構造の類推容易性を前提にすれば,引用発明1は,重金属処理のためのキレート剤として本件発明に係る化合物を用いることを動機付けている。 ウ 2③の判断についてみると,引用例3は,ピペラジンジチオカルバマート(Ⅰ)(本件化合物1)及びピペラジンビスジチオカルバマート(Ⅱ)(本件化合物2)がキレート形成能のある化合物であり,貴金属類と錯体を形成し,それらの錯塩が水に不溶で安定であることを開示している。そして,これは,多量の水が存在する系で生成した錯体を形成するものであるばかりか,貴金属の錯体が形成される以上,重金属との錯体も形成されるであろうことは,当業者が高い蓋然性を以て期待することであるから,引用例3は,引用発明1の「ジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤」として引用例3に記載の化合物が有用であることを教示するものであり,引用発明1にこれらを組み合わせる動機付けが十分にある。 すなわち,本件審決は,本件発明1の進歩性評価において引用例3が有する意義 を看過し,誤った結論に至ったものである。 (2) 相違点2についての判断の誤りについてア本件審決は,引用発明1が高分子のキレート剤を単独で使用するか,又はキレート剤と高分子化合物とを併用することを意図するものであり,引用例1の記載からは,飛灰に含まれる有害な重金属を不溶化するための方法で添加する薬剤として,低分子化合物からなるキレート剤を単独で用い レート剤と高分子化合物とを併用することを意図するものであり,引用例1の記載からは,飛灰に含まれる有害な重金属を不溶化するための方法で添加する薬剤として,低分子化合物からなるキレート剤を単独で用いることは想定されいないところ,引用例4の記載から,重金属を含む飛灰に水とジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤を加えて混練することにより,飛灰中の重金属とキレート化剤とが反応して,水に不溶性のキレート化合物を生成し,飛灰からの重金属の溶出を防止することが開示されているからといって,引用発明1において,高分子化合物を併用することなく,低分子化合物からなるキレート剤を単独で添加することを動機付けることができない旨を説示する。 イしかしながら,引用発明1は,低分子化合物からなるキレート剤を使用する場合には高分子化合物を併用するという構成を採用したものであるところ,引用例4は,ジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート化剤を用いて飛灰中の重金属を固定化処理することが可能であるということを教示しているのであるから,キレート剤として引用例4と同じくジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物を使用する引用発明1に対して,引用発明4を適用することにより,高分子化合物の併用を省略するという技術思想が教示されるものである。引用例4の教示を引用発明1に適用することを妨げる要因は,見当たらない。むしろ,高分子物質の使用をやめることができれば,材料の節減,工程の簡素化及び処理コストの低減という大きなメリットが得られるのであるから,当業者は,常にその可能性を追求するのが当然である。 このように,相違点2は,引用例4の教示を引用発明1に適用することにより,当業者が容易に克服することができたものである。しかるところ,本件審決は,引用例1 にその可能性を追求するのが当然である。 このように,相違点2は,引用例4の教示を引用発明1に適用することにより,当業者が容易に克服することができたものである。しかるところ,本件審決は,引用例1と引用例4との組合せの可能性を理由なく排除しており,この点の判断を誤 っている。 (3) 本件発明1の作用効果についての判断の誤りについてア本件審決は,被告が硫化水素ガスが発生しないとする根拠である甲12実験の結果を採用している。 イしかしながら,前記のとおり,原告提出の甲5及び6によれば,本件明細書に記載の結果は得られない。したがって,本件審決の作用効果についての判断は,誤りである。 (4) 小括以上のとおり,相違点1は,引用例2及び(又は)引用例3により克服され,相違点2は,引用例4の教示により,当業者が容易に乗り越えることができる。そして,本件発明1が硫化水素を発生しないという効果は,根拠が明らかでないから,これらに反する本件審決は,少なくとも審理を尽くしておらず,理由不備である。 〔被告の主張〕(1) 引用例記載の発明ないし技術について引用発明1は,高分子化合物を必須の有効成分として用いることを構成要件とする飛灰中の重金属固定化処理剤に関する発明であって,本件発明の構成要件である本件各化合物の開示がない。引用例2も,飛灰中の重金属固定化処理剤とは無縁な技術分野に関するもので,やはり本件各化合物の開示がない。さらに,引用例3は,本件各化合物を記載しているものの,飛灰中の重金属固定化処理とは無関係の技術分野に関するものであって,引用例4は,飛灰中の重金属固定化処理に関する発明であるが,本件各化合物を開示していない。しかも,これらの発明は,いずれも本件発明の有する飛灰中の重金属の高い固定化処理能や,硫化水素の発生 であって,引用例4は,飛灰中の重金属固定化処理に関する発明であるが,本件各化合物を開示していない。しかも,これらの発明は,いずれも本件発明の有する飛灰中の重金属の高い固定化処理能や,硫化水素の発生を抑止し得るという作用効果について記載も示唆もない。 したがって,引用発明1に基づく原告の進歩性に関する主張は,もともと無理な主張である。 (2) 相違点1についての判断の誤りについて ア引用例2は,飛灰中の重金属固定化処理とはおよそ無縁な技術分野に関する学術論文にすぎず,本件各化合物について記載がない。また,引用例2に記載のN-メチルピペラジン-4-カルボジチオアートが飛灰処理において好適に使用できるか否かは,現時点でも不明であり,そのピペラジン-N-カルボジチオ酸塩との構造上の差異が微差であるとは到底いえない。さらに,引用例2のいう「安定性」と本件明細書の「安定性」とでは意義が異なるし,引用例2は,飛灰中の重金属固定化処理とは無縁の技術分野の学術論文であるため,そこに記載のキレート剤等から硫化水素等が発生するか否かについては問題意識がない。 したがって,引用例2の記載事項から,引用発明1のジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤として,本件各化合物を用いることを動機付けることはできない。 イ引用例3は,もともと安定であってイオンとして溶出しにくいいくつかの白金族金属との錯体を合成し,その物性を分析的に研究したことに関する学術論文であって,飛灰処理で問題となるような,イオンとして溶出しやすく毒性の高い重金属との錯体の合成及びその物性評価に関する記載がないばかりか,当該研究で用いたキレート剤等について,分解により硫化水素等が発生するか否かについては問題意識がない。 したがって,引用例3の記載事項から,引 錯体の合成及びその物性評価に関する記載がないばかりか,当該研究で用いたキレート剤等について,分解により硫化水素等が発生するか否かについては問題意識がない。 したがって,引用例3の記載事項から,引用発明1のジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤として,引用例3記載のピペラジンジチオカルバマート(Ⅰ)及びピペラジンビスジチオカルバマート(Ⅱ)を用いることを動機付けることはできない。 (3) 相違点2についての判断の誤りについて引用発明1は,飛灰に含まれる有害な重金属を不溶化するために高分子化合物の併用を省略して低分子化合物からなるキレート剤を単独で用いることを全く想定していないから,引用発明4が先行技術として公知であるからといって,引用発明1において必須の構成要件である高分子化合物との併用を省略できるものではない。 したがって,引用例4の記載から,引用発明1について高分子化合物の併用を省略することを動機付けることはできない。 (4) 本件発明1の作用効果についての判断の誤りについて原告の主張は,本件明細書の合成例2の追試の仕方により副生成物が多量に生成されるような実験条件を設定することができるということであって,本件発明の構成が奏する作用効果を否定するものではない。 3 取消事由3(引用発明4に基づく本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り)について〔原告の主張〕(1) 本件審決は,引用発明4が,トリス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン又はN1,N2-ビス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン若しくはそれらの塩以外のキレート化剤を重金属に含む飛灰に加えることを想定していないから,ジチオカルバミン酸基を有するキレート化剤として共通するからといって,引用発明4において,引用例4に記載の化合 しくはそれらの塩以外のキレート化剤を重金属に含む飛灰に加えることを想定していないから,ジチオカルバミン酸基を有するキレート化剤として共通するからといって,引用発明4において,引用例4に記載の化合物に代えて,引用例1に記載されたジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤を選択することを動機付けることはできないし,引用例2に記載されたジチオカルバマートであるピペリジンカルボジチオアート,チオモルフォリン-4-カルボジチオアート又はN-メチルピペラジン-4-カルボジチオアートを選択することを動機付けることはできないし,さらに,引用例3に記載されたピペラジンジチオカルバマート(Ⅰ)又はピペラジンビスジチオカルバマート(Ⅱ)を選択することを動機付けることはできない旨を説示した。 (2) しかしながら,引用発明4は,ジチオカルバミン酸基を有するキレート化剤を単独で,すなわち引用発明1とは異なって高分子化合物の併用をすることなく,重金属を含む飛灰に加えてその重金属を固定化する発明であり,引用例3は,そこに記載のピペラジンジチオカルバマート(Ⅰ)又はピペラジンビスジチオカルバマート(Ⅱ)がキレート剤として作用し重金属と水不溶性の安定な錯化合物を形成す ることを開示しているものであるから,引用発明4のキレート剤であるトリス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン又はN1,N2-ビス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン若しくはそれらの塩に代えて,引用例3に記載のピペラジンジチオカルバマート(Ⅰ)又はピペラジンビスジチオカルバマート(Ⅱ)を使用することは,十分に動機付けられるはずである。そうだとするならば,引用発明4に基づき,引用例1ないし3の記載を参酌することで,相違点3に係る発明特定事項を想到することは,当業者にとって格 Ⅱ)を使用することは,十分に動機付けられるはずである。そうだとするならば,引用発明4に基づき,引用例1ないし3の記載を参酌することで,相違点3に係る発明特定事項を想到することは,当業者にとって格別困難なことではない。 したがって,本件審決は,この点の判断を誤っている。 〔被告の主張〕(1) 引用発明4は,飛灰中の重金属を不溶化するために,キレート剤としてトリス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン又はN1,N2-ビス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン若しくはそれらの塩を選択したものであり,引用例4には,それ以外のジチオカルバミン酸基を有するキレート化剤については想定しておらず記載も示唆もないし,飛灰処理においてキレート剤の分解による硫化水素等の発生を抑制するという技術思想の記載も示唆もない。 したがって,引用例4に接した当業者が,引用発明4のキレート化剤を強いて選択せず,それとは別のジチオカルバミン酸基を有するキレート化剤の採用をあえて推考するのは到底無理である。 (2) 引用例4には,混練時にpH調整を行わなくてもよい旨の記載があるものの,pH調整をしない実施例では鉛の溶出量が多くて実用レベルに達しておらず,pH調整をした実施例でも,大量のキレート剤を要する上に,本件発明に比較しても鉛の溶出量がはるかに多いものである。そのため,引用例4に接した当業者は,引用発明1のように高分子化合物を併用しないから十分な重金属固定化能が得られないという方向に考えるのが自然である。 (3) 引用例3に記載のピペラジンジチオカルバマート(Ⅰ)又はピペラジンビスジチオカルバマート(Ⅱ)は,白金族金属との錯体を形成し,その結晶の物性を 分析するという学術研究に用いられたものであり,飛灰中の有害な重金属を対象としたものではないから, はピペラジンビスジチオカルバマート(Ⅱ)は,白金族金属との錯体を形成し,その結晶の物性を 分析するという学術研究に用いられたものであり,飛灰中の有害な重金属を対象としたものではないから,引用発明4とは,対象とする技術分野がかけ離れている。 したがって,引用発明4に接した当業者が,それとは無縁の引用例3を参照することには,無理がある。しかも,引用例3に記載の化合物は,単なる水を用いた条件下で金属錯体による難溶性物質を形成し得るかどうか明らかでなく,引用発明4に組み合わせる契機ないし動機付けがない。 (4) 以上のとおり,引用発明4のトリス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン又はN1,N2-ビス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミン若しくはそれらの塩に代えて引用例3に記載のピペラジンジチオカルバマート(Ⅰ)又はピペラジンビスジチオカルバマート(Ⅱ)を使用することに動機付けはなく,また,引用発明4とはやはり技術分野が異なる引用例2や,ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩の開示がないばかりか高分子化合物を必須の構成要件とする引用例1についても,これらを引用発明4に組み合わせる契機や動機付けはなく,また,本件発明の構成及び作用効果に結びつく要因が存在しない。 よって,引用発明4に基づき,引用例1ないし3を参照しても,本件発明の相違点3に係る構成は,容易に想到し得ない。 第4 当裁判所の判断 1 取消事由1(実施可能要件についての判断の誤り)について(1) 実施可能要件について本件特許は,平成7年12月1日出願に係るものであるから,平成14年法律第24号附則2条1項により同法による改正前の特許法(以下「法」という。)36条4項が適用されるところ,同項には,「発明の詳細な説明は,…その発明の属する技術の分野における通常の知識を 成14年法律第24号附則2条1項により同法による改正前の特許法(以下「法」という。)36条4項が適用されるところ,同項には,「発明の詳細な説明は,…その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」と規定している。 特許制度は,発明を公開する代償として,一定期間発明者に当該発明の実施につき独占的な権利を付与するものであるから,明細書には,当該発明の技術的内容を 一般に開示する内容を記載しなければならない。法36条4項が上記のとおり規定する趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。 そして,方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をすることをいい(特許法2条3項2号),物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(同項1号),方法の発明については,明細書にその方法を使用できるような記載が,物の発明については,その物を製造する方法についての具体的な記載が,それぞれ必要があるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用し,又はその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。 これを本件発明についてみると,本件発明1ないし5は,方法の発明であり,本件発明6ないし10は,物の発明であるが,本件発明は,いずれもその特許請求の範囲(前記第2の2)に記載のとおり,本件各化合物(ピペラジン-N-カルボジチオ酸(本件化合物1)若し 方法の発明であり,本件発明6ないし10は,物の発明であるが,本件発明は,いずれもその特許請求の範囲(前記第2の2)に記載のとおり,本件各化合物(ピペラジン-N-カルボジチオ酸(本件化合物1)若しくはピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸(本件化合物2)のいずれか一方若しくはこれらの混合物又はこれらの塩)が飛灰中の重金属を固定化できるということをその技術思想としている。 したがって,本件発明が実施可能であるというためには,①本件明細書の発明の詳細な説明に本件発明を構成する本件各化合物を製造する方法についての具体的な記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識に基づき当業者が本件各化合物を製造することができる必要があるほか,②本件明細書の発明の詳細な説明に本件各化合物が飛灰中の重金属の固定化剤として使用できること及びその方法を使用できるような記載があるか,あるいはそのような記載がなくても,本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識 に基づき当業者が本件各化合物を飛灰中の重金属の固定化剤として使用できる必要があるというべきである。 (2) 本件明細書の記載について以上の観点から本件明細書の発明の詳細な説明を見ると,そこには,本件発明についておおむね次の記載がある。 ア本件発明は,都市ゴミや産業廃棄物等の焼却プラントから排出される飛灰を処理するに際し,飛灰中に含有される鉛,水銀,クロム,カドミウム,亜鉛及び銅等の有害な重金属をより簡便に固定化し不溶出化することを可能にする方法に関するものである(【0001】)。 イ前記飛灰は,電気集塵機(EP)やバグフィルター(BF)で捕集されたのち埋め立てられ又は海洋投棄されているが,有害な重金属の溶出には環境汚染の可能性があるため, るものである(【0001】)。 イ前記飛灰は,電気集塵機(EP)やバグフィルター(BF)で捕集されたのち埋め立てられ又は海洋投棄されているが,有害な重金属の溶出には環境汚染の可能性があるため,例えば引用発明4の薬剤添加法などの処理を施してから廃棄することが義務付けられている(【0002】)。しかし,飛灰処理に関しては,特に高アルカリ性飛灰の重金属溶出量が多くなることなどが知られているため,従来の薬剤では,その使用量を大幅に増加するか,塩化第二鉄等のpH調整剤等を併用せざるを得ず,処理薬剤費が増大し,また処理方法が複雑化する等の問題があった。さらに,引用発明4等で使用されるジチオカルバミン酸は,原料とするアミンによっては,pH調整剤との混練又は熱により分解するために,混練処理手順及び方法に十二分に配慮する必要があった(【0003】)。 ウ本件発明の目的は,飛灰中に含まれる重金属を安定性の高いキレート剤を用いることにより簡便に固定化できる方法を提供することであり(【0004】),本件発明の発明者らは,ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩(本件各化合物)が,重金属に対するキレート能力が高く,高アルカリ性飛灰においても少量の添加量で重金属を固定化でき,かつ,熱的に安定であることを見いだした(【0005】)。 すなわち,本件発明は,飛灰に水とピペラジンカルボジチオ酸又はその塩(本件各化合物)を添加し,混練することを特徴とする飛灰中の重金属の固定化方法である (【0006】)。 エ次に,実施例によりさらに詳細に本件発明を説明する。ただし,本件発明は,下記実施例によってなんら制限を受けるものではない(【0015】)。 (ア) 合成例1(ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸ナトリウム)の合成ガラス製容器中に窒素雰囲気下,ピペラジ 発明は,下記実施例によってなんら制限を受けるものではない(【0015】)。 (ア) 合成例1(ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸ナトリウム)の合成ガラス製容器中に窒素雰囲気下,ピペラジン172重量部,NaOH167重量部,水1512重量部を入れ,この混合溶液中に攪拌しながら45℃で二硫化炭素292部を4時間かけて滴下した。滴下終了後,同温度にて約2時間熟成を行った。 反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去したところ,黄色透明の液体を得た(化合物No.1。【0016】)。 (イ) 合成例2(ピペラジン-N,N′-ビスカルボジチオ酸カリウム)の合成ガラス製容器中に窒素雰囲気下,ピペラジン112重量部,KOH48.5%水溶液316重量部,水395重量部を入れ,この混合溶液中に攪拌しながら40℃で二硫化炭素316部を4時間かけて滴下した。滴下終了後,同温度にて約2時間熟成を行った。反応液に窒素を吹き込み未反応の二硫化炭素を留去したところ,黄色透明の液体を得た(化合物No.2。【0018】)。 (ウ) 安定性試験化合物No.1及びNo.2並びにエチレンジアミン-N,N′-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.3)及びジエチレントリアミン-N,N′,N′′-トリスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.4)の水溶液を65℃に加温し,あるいはpH調整剤として塩化第二鉄(38%水溶液)を20重量%添加して硫化水素ガスの発生について調べたところ,化合物No.1及びNo.2ではいずれも硫化水素が発生しなかったが,化合物No.3及びNo.4ではいずれも硫化水素が発生した(【0021】【0022】)。 (エ) 重金属固定化能試験鉛等を含むBF灰100重量部に水30重量部を加え,化合物No.1を0.5 部(実施例1。【0 4ではいずれも硫化水素が発生した(【0021】【0022】)。 (エ) 重金属固定化能試験鉛等を含むBF灰100重量部に水30重量部を加え,化合物No.1を0.5 部(実施例1。【0023】)若しくは0.74部(実施例2。【0026】)又は化合物No.2を0.4部(実施例3。【0027】)若しくは0.8部(実施例4。 【0028】)を添加・混練し,環境庁告示第13号試験に従い溶出試験を行ったところ,鉛の溶出結果は,それぞれ0.07ppm(実施例1),0.05ppm 以下(実施例2),0.06ppm(実施例3)及び0.01ppm 以下(実施例4)であった(【0024】)。 他方,化合物No.1を使用しない以外は実施例1と同様にした場合(比較例1。 【0029】),化合物No.1の代わりにエチレンジアミン-N,N′-ビスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.3)を0.8部(比較例2)及び1.2部(比較例3)となるように添加する以外は実施例1と同様にした場合(【0030】)並びに化合物No.1の代わりにジエチレントリアミン-N,N′,N′′-トリスカルボジチオ酸ナトリウム(化合物No.4)を0.76部(比較例4)及び1.15部(比較例5)となるように添加する以外は実施例1と同様にした場合(【0031】)の鉛の溶出結果は,それぞれ29.0ppm(比較例1),25.5ppm(比較例2),24.9ppm(比較例3),5.91ppm(比較例4)及び1.35ppm(比較例5)であった(【0024】)。 オ本件発明の方法によれば,ピペラジンカルボジチオ酸又はその塩(本件各化合物)は,重金属固定化能が高く,かつ,熱的にも安定であることから,重金属溶出量の多い高アルカリ性飛灰においても,少量の添加で効果を発揮し経済的であるとともに,他の助剤の チオ酸又はその塩(本件各化合物)は,重金属固定化能が高く,かつ,熱的にも安定であることから,重金属溶出量の多い高アルカリ性飛灰においても,少量の添加で効果を発揮し経済的であるとともに,他の助剤の使用に際して安全かつ簡便な処理方法にて実施できるので工業的にも非常に有用である(【0032】)。 (3) 本件発明の実施可能性についてア前記(1)①についてみると,以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には本件各化合物の製造方法についての一般的な記載はなく,実施例中に,合成例1(化合物No.1)及び2(化合物No.2)として,本件化合物2の塩の製造例が記載されているにとどまる。 他方,引用例3(昭和55年3月刊行)には,ピペラジンジチオカルバメート及びピペラジンビスジチオカルバメートのナトリウム塩が公知の方法で合成された旨の記載があり,また,甲19(昭和54年刊行)にもピペラジンジチオカルバミン酸ナトリウムを合成した旨の記載があることからすると,本件各化合物は,本件出願日当時において公知の化合物であり,その製造方法も,周知の事項であったものと認められる(原告も,この点を争っていない。)。 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載の有無にかかわらず,当業者は,本件出願日当時において,本件各化合物を製造することができたものと認められる。 イ次に,前記(1)②についてみると,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件各化合物が,重金属に対するキレート能力が高く,高アルカリ性飛灰においても少量の添加量で重金属を固定化できる知見の裏付けとして,前記(2)エ(エ)に認定のとおり,BF灰(バグフィルターで捕集された灰)に,水と本件化合物2の塩を0.4ないし0.8重量%加え,混練したものから重金属の溶出が抑制されていることが記載さ けとして,前記(2)エ(エ)に認定のとおり,BF灰(バグフィルターで捕集された灰)に,水と本件化合物2の塩を0.4ないし0.8重量%加え,混練したものから重金属の溶出が抑制されていることが記載されている(重金属固定化能試験)。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件各化合物が飛灰中の重金属の固定化剤として使用できること及びその方法を使用できるような記載があるということができる。 ウ以上によれば,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願日当時の技術常識から本件各化合物を入手して,飛灰中の重金属の固定化に使用できるということができるので,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者がその実施をすることができる程度に十分に記載されているものということができる。 よって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,法36条4項に違反せず,これと結論を同じくする本件審決に誤りはない。 (4) 原告の主張についてア以上に対して,原告は,副生成物の生成を抑制しないと硫化水素が発生して本件発明が実施できないから,一般的な合成方法とは異なる異常に低い攪拌速度を 採用して副生成物の生成を抑制する旨を記載していない本件明細書によっては,本件発明が実施不可能である旨を主張する。 しかしながら,本件発明の特許請求の範囲の記載は,本件各化合物が飛灰中の重金属の固定化剤として使用できる旨を方法又は物の発明として特定しており,本件発明は,本件各化合物の製造に当たって硫化水素を発生させる副生成物の生成を抑制することをその技術的範囲とするものではない。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に副生成物の生成が抑制された本件各化合物の製造方法が記載されていないからといって,特許請求の範囲に記載された本件発明が実施できなくなるというものでは ない。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明に副生成物の生成が抑制された本件各化合物の製造方法が記載されていないからといって,特許請求の範囲に記載された本件発明が実施できなくなるというものではなく,法36条4項に違反するということはできない。 なお,本件明細書の発明の詳細な説明によれば,前記(2)エ(ウ)に認定のとおり,本件発明は,飛灰中の重金属を固定化する際にpH調整剤と混練し又は加熱を行うという条件下でも分解せずに安定である,すなわち有害な硫化水素を発生させないことも,その技術的課題としているといえる(安定性試験)。しかし,上記技術的課題を解決するという作用効果は,他の先行発明との関係で本件発明の容易想到性を検討するに当たり考慮され得る要素であるにとどまるというべきである。 よって,原告の上記主張は,それ自体失当であり,採用できない。 イまた,原告は,前記アの主張を前提として,被告による甲12実験が本件明細書とは実験スケールを変更しているばかりか,本件明細書に記載がない異常に低い攪拌速度を採用しており,また,二硫化炭素の滴下には名人芸的なコントロールを要するところ,本件明細書にはこの点について記載がないから,本件明細書によっては本件発明が実施不可能である旨を主張する。 原告の上記主張は,前記のとおり,その前提において失当ではあるが,事案に鑑み念のために検討すると,確かに,本件明細書には,合成例1及び2について,いずれも攪拌及び二硫化炭素の滴下の時間が4時間と記載されているが(前記(2)エ(ア)及び(イ)),攪拌速度及び二硫化炭素の滴下方法については記載がない。 しかしながら,例えば合成例2と同様の方法でジチオカルバミン酸誘導体を製造 する方法について記載した他の複数の文献(引用例4,甲18,乙4)は,いずれも攪拌速 下方法については記載がない。 しかしながら,例えば合成例2と同様の方法でジチオカルバミン酸誘導体を製造 する方法について記載した他の複数の文献(引用例4,甲18,乙4)は,いずれも攪拌速度及び二硫化炭素の滴下の詳細について記載がないから,当業者であれば,これらの条件の詳細が記載されていなくとも本件各化合物を製造することができるものと認められる。 また,本件明細書に記載の「重量部」は,原料の配合比を規定したものであるから,その比に従って使用する原料の量を半分として再現実験を行うことは,何ら不合理ではない。そして,甲12実験の再現実験(甲6)においても,二硫化炭素の滴下及び攪拌に当たって特異な条件が与えられたり操作がされた旨の記載は見当たらないばかりか,合成例2は,合成例1に比較して二硫化炭素が過剰に存在する配合比であるから,副反応により目的とする本件化合物2の収量が低下するおそれがあり,これを抑制するために,攪拌速度を低下させることで緩やかに反応を進行させることは,当業者が技術常識を考慮して容易に見いだすことが可能なことである。 したがって,甲12実験における攪拌速度及び二硫化炭素の滴下に不合理な点はない。 よって,原告の上記主張も採用できない。 2 取消事由2(引用発明1に基づく本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り)について(1) 引用例1の記載について引用発明1は,前記第2の3(2)アに記載のとおりであるが,引用例1には,引用発明1についておおむね次の記載がある。 ア引用発明1は,焼却炉から排出される排ガスから捕集された飛灰中に含まれる有害な重金属を,不溶性にする方法に関するものである。 イ廃棄物の焼却によって発生する排ガスから捕集した飛灰は,亜鉛,鉛及びカドミウムのような有害な重金属類を含有しているところ た飛灰中に含まれる有害な重金属を,不溶性にする方法に関するものである。 イ廃棄物の焼却によって発生する排ガスから捕集した飛灰は,亜鉛,鉛及びカドミウムのような有害な重金属類を含有しているところ,引用発明1の方法は,高分子量の化合物からなるキレート剤を水とともに飛灰に添加するか,またはキレート剤,高分子化合物及び水を飛灰に添加して,混合物を混練することで重金属類を 水不溶性のキレート化合物に転化するものである。このキレート化合物は,高分子化合物のネットワークの中に捕捉されて粗粒化が引き起こされるので,これらの重金属類を容易かつ経済的に不溶性にし,長期間にわたって安定に保つことができる。 ウ引用発明1で使用するキレート剤は,例えば,水可溶性の低分子量又は高分子量の化合物であって,ジチオカルバメート基を含む少なくとも1個のキレート形成基を有し,飛灰に含まれている重金属類を水不溶性のキレート化合物に転化させるものである。 エジチオカルバメート基を有し,さまざまな平均分子量を有する複数種類のキレート剤を飛灰に含有される重金属類の量に対して0.5当量となる量を,水とともに飛灰に添加して複数種類の混練塊を形成すると,平均分子量が1万以上である高分子の化合物からなるキレート剤を使用した場合には,溶出する鉛の量が顕著に減少した。 また,ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム及びアミルザンセート塩をそれぞれ飛灰に含まれる重金属類の量に対して0.5当量となる量を添加して形成した混練塊並びにジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムを飛灰に含まれる重金属類の量に対して1当量となる量を添加して形成した混練塊などについて,溶出する重金属類の量を測定したところ,前者の混練塊からの重金属類(特に亜鉛)の溶出量は,後者に比べて顕著に減少した。 オ以上の の量に対して1当量となる量を添加して形成した混練塊などについて,溶出する重金属類の量を測定したところ,前者の混練塊からの重金属類(特に亜鉛)の溶出量は,後者に比べて顕著に減少した。 オ以上のほかに,引用例1には,高分子のキレート剤であって,ジチオカルバミン酸基がポリエチレンに結合したものや,ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウムからなる低分子量のキレート剤の溶液及びポリビニルアルコールからなる高分子化合物の溶液などを,水及び飛灰に混練した場合の実施例が記載されている。 (2) 相違点1の容易想到性についてア相違点1は,前記第2の3(2)ウに記載のとおりであるが,本件発明1の相違点1に係る構成の容易想到性について検討すると,まず,引用発明1は,前記(1)ウに認定のとおり,ジチオカルバメート基等のキレート形成基が重金属と反応 するという原理に基づくものであり,引用例1には,前記(1)エ及びオに認定のとおり,本件各化合物に関する具体的な記載がなく,飛灰中の重金属を水不溶性のキレート化合物に転化するジチオカルバミン酸基を有する低分子量の化合物として,ジエチルジチオカルバミン酸のほかには具体的な化合物名が特定されていない。 しかしながら,ジチオカルバミン酸基を有する低分子量の化合物には多種多様なものが含まれるから,このような化合物からなるキレート剤であっても,それが廃棄物等の焼却により発生する飛灰を水やpH調整剤と混練するという環境下で,そこに含まれるやはり多様な物質(例えば,引用例1の表1の1欄参照)の中で鉛等の重金属と錯体を形成し,これを固定化するものであるか否かは,それ自体直ちに予測ができるものではない。また,引用例1に具体的に記載されているジエチルジチオカルバミン酸は,鎖状のアミンにジチオカルバミン酸が結合した化合物であ これを固定化するものであるか否かは,それ自体直ちに予測ができるものではない。また,引用例1に具体的に記載されているジエチルジチオカルバミン酸は,鎖状のアミンにジチオカルバミン酸が結合した化合物であり,環状アミンにジチオカルバミン酸基が結合した本件化合物1及び2とは化学構造が異なる。したがって,引用例1にジエチルジチオカルバミン酸の記載があるからといって,これと化学構造を異にする本件化合物1及び2が飛灰中の重金属を固定化できることを示唆することにはならない。 したがって,引用例1には,ジチオカルバミン酸基を有する低分子量の化合物の中から,飛灰中の重金属固定化剤として本件各化合物を想起させるに足りる記載又は示唆があるとはいえず,本件発明1の相違点1に係る構成を採用するに足りる動機付けがないというほかない。 イ引用例2は,ピペリジンカルボジチオアート,チオモルフォリン-4-カルボジチオアート及びN-メチルピペラジン-4-カルボジチオアートの鉄,銅,カドミウム及び水銀等の金属錯体を合成し,磁気的及び分光学的な定性分析を行うことにより,それらの構造を同定することに関する学術論文であって,そこには,N-メチルピペラジン,ピペリジン又はチオモルフォリンの窒素原子にジチオカルバミン酸基が結合した物質がキレート剤として銅,カドミウム及び水銀等の金属と金属錯体を形成することが記載されている。 しかしながら,引用例2は,上記のような金属錯体の構造の同定に関する学術論文であって飛灰中の重金属の固定化とは技術分野を異にするものであり,引用例2には,そこに記載の化合物又は本件各化合物が廃棄物等の焼却により生じる飛灰を水やpH調整剤と混練するという環境下で,そこに含まれる多様な物質の中で鉛等の重金属と錯体を形成し,これを固定化するということについて に記載の化合物又は本件各化合物が廃棄物等の焼却により生じる飛灰を水やpH調整剤と混練するという環境下で,そこに含まれる多様な物質の中で鉛等の重金属と錯体を形成し,これを固定化するということについては何らの記載も示唆もない。 したがって,引用例2には,これを他の引用例と組み合わせるなどすることで,引用発明1に本件発明1の相違点1に係る構成を採用させるに足りる動機付けがない。 ウ引用例3は,ルテニウム,ロジウム及び白金のピペラジンジチオカルバメート(Ⅰ)の錯体並びにルテニウム,ロジウム,白金及びパラジウムのピペラジンビスジチオカルバメート(Ⅱ)の錯体を合成し,その物性評価を行ったことなどに関する学術論文であり,ピペラジンジチオカルバメート(Ⅰ)及びピペラジンビスジチオカルバメート(Ⅱ)がそれぞれ二座配位子及び四座配位子として働くこと,すなわちキレート剤であることが記載されている。 そして,引用例3に記載のピペラジンジチオカルバメート(Ⅰ)及びピペラジンビスジチオカルバメート(Ⅱ)は,それぞれ本件発明における本件化合物1及び2に相当するから,引用発明1の相違点1に係る構成を引用例3に記載の各化合物に置換すれば,本件発明1の相違点1に係る構成に至ることになる。 しかしながら,引用例3は,上記のような錯体の物性評価等に関する学術論文であって飛灰中の重金属の固定化とは技術分野を異にするものであり,引用例3には,本件化合物1及び2のようなジチオカルバミン酸基を有するキレート剤が白金属元素と錯体を形成することを明らかにしているものの,それが廃棄物等の焼却により生じる飛灰を水やpH調整剤と混練するという環境下で,そこに含まれる多様な物質の中で鉛等の重金属と錯体を形成し,これを固定化するものであることについては何らの記載も示唆もない。 却により生じる飛灰を水やpH調整剤と混練するという環境下で,そこに含まれる多様な物質の中で鉛等の重金属と錯体を形成し,これを固定化するものであることについては何らの記載も示唆もない。 したがって,引用例3には,本件化合物1及び2のキレート剤が飛灰中の重金属固定化剤として利用できることについて記載や示唆がなく,引用発明1と引用例3の記載を組み合わせて本件発明1の相違点1に係る構成を想起させるに足りる動機付けがないというほかない。 エ引用発明4は,前記第2の3(3)アに記載のとおりであり,引用例4には,トリス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミンのナトリウム塩及びN1,N2-ビス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミンのナトリウム塩が飛灰中の鉛を固定化することが記載されている。 しかしながら,引用例4に記載の上記各化合物は,いずれも引用例1に記載のジエチルジチオカルバミン酸と同様,鎖状のアミンにジチオカルバミン酸が結合した化合物であり,環状アミンにジチオカルバミン酸基が結合した本件化合物1及び2とは化学構造が異なる。したがって,本件発明と技術分野を同じくする引用例4に上記各化合物の記載があるからといって,そのことは,これと化学構造を異にする本件化合物1及び2が飛灰中の重金属を固定化できることを示唆することにはならない。 したがって,引用例4には,これを他の引用例と組み合わせるなどすることで,引用発明1に本件発明1の相違点1に係る構成を採用させるに足りる動機付けがない。 オ以上のとおり,引用例1ないし4には,いずれも,引用発明1の相違点1に係る構成を引用例3に記載の本件化合物1及び2と置換するなどして本件発明1の相違点1に係る構成を採用するに足りる動機付けがなく,したがって,当業者は,引用発明1に基づき本件発明1の 明1の相違点1に係る構成を引用例3に記載の本件化合物1及び2と置換するなどして本件発明1の相違点1に係る構成を採用するに足りる動機付けがなく,したがって,当業者は,引用発明1に基づき本件発明1の相違点1に係る構成を採用することを容易に想到することができたとはいえない。 カ以上に対して,原告は,引用例2に記載のN-メチルピペラジン-4-カルボジチオアートと本件化合物1とが化学構造において類似することから,両者が同様の性質を有するので,本件発明1の相違点1に係る構成を容易に想到することが できた旨を主張する。 しかしながら,前記イに認定のとおり,引用例2は,飛灰中の重金属の固定化とは技術分野を異にするものであり,引用例2に記載の化合物が廃棄物等の焼却により生じる飛灰を水やpH調整剤と混練するという環境下で,そこに含まれる多様な物質の中で鉛等の重金属と錯体を形成し,これを固定化するものであることについては何らの記載も示唆もない。 したがって,引用例2に記載の化合物と本件化合物1とが化学構造において類似するからといって,当業者が引用例2の記載により本件発明1の相違点1に係る構成を容易に想到することができたとはいえない。 よって,原告の上記主張は,採用できない。 (3) 相違点2の容易想到性についてア相違点2は,前記第2の3(2)エに記載のとおりであるが,引用発明1の相違点2に係る構成のうち,「ジチオカルバミン酸基を有する高分子化合物からなるキレート剤」及び「ジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤」との部分は,いずれも,引用発明1の相違点1に係る構成と重複しており,当業者がこの構成を容易に想到することができたとはいえないことは,前記(2)カに認定のとおりである。 したがって,本件発明1の相違点2に係る いずれも,引用発明1の相違点1に係る構成と重複しており,当業者がこの構成を容易に想到することができたとはいえないことは,前記(2)カに認定のとおりである。 したがって,本件発明1の相違点2に係る構成には,それ自体,容易に想到することができたとはいえない部分が含まれている。また,本件発明1の特許請求の範囲の記載が,本件発明1の構成として,飛灰に水と本件各化合物を添加し,混練することを「特徴とする」としているにとどまることに照らすと,引用発明1の相違点2に係る構成以外の部分のうち,ジチオカルバミン酸基を有する高分子化合物からなるキレート剤を水とともに飛灰に添加するとの部分はさておき,ジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤及び水を「ポリビニルアルコール等の高分子化合物」とともに飛灰に添加するとの部分は,これと対比すべき構成が本件発明1には見当たらない。 イそこで,引用発明1の相違点2に係る構成のうち,ジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤及び水を,「ポリビニルアルコール等の高分子化合物」とともに飛灰に添加するとの部分を除外することの容易想到性についても検討すると,前記(1)イ及びエに認定のとおり,引用発明1は,飛灰中の重金属と結合したキレート化合物が,そのままではサイズが微細であって水中に溶出する可能性があることから,これを高分子化合物のネットワーク中に捕捉することで水中への溶出を防ぐものであり,溶出する鉛の量を顕著に減少させるために添加される高分子化合物は,平均分子量が1万以上であることが求められている。 このように,引用発明1においては,飛灰中の重金属を確実に捕捉し不溶化するために,高分子化合物を添加することが必須の構成とされているものといえるから,引用発明1の相違点2に係る構成の られている。 このように,引用発明1においては,飛灰中の重金属を確実に捕捉し不溶化するために,高分子化合物を添加することが必須の構成とされているものといえるから,引用発明1の相違点2に係る構成のうちから「ポリビニルアルコール等の高分子化合物」を添加する部分を除外することについては阻害事由があり,当業者は,当該部分を除外することを容易に想到することができないというほかない。 ウ以上に対して,原告は,引用発明1において高分子化合物の使用をやめることには大きなメリットがあるばかりか,引用例4は,ジチオカルバミン酸基を有する低分子化合物からなるキレート剤であれば高分子化合物を添加しなくても飛灰中の重金属を固定化することが可能であることを教示しているから,当業者が前記構成に係る部分の省略を容易に想到できた旨を主張する。 しかしながら,引用発明1において高分子化合物の添加をやめれば,引用発明1の目的を達成できなくなるのであるから,当業者がそのようなことを想起すると考えることはできない。しかも,引用例4に記載の各化合物が高分子化合物の添加なしに飛灰中の重金属を不溶化できるとしても,これらは,いずれも本件各化合物とは異なる化合物であるから,引用例4の記載から,当業者が上記構成に係る部分の省略を容易に想到できたとはいえない。 よって,原告の上記主張は,採用できない。 (4) 小括 以上のとおり,当業者は,引用発明1に基づき本件発明1を容易に想到することができたとはいえず,これに反する原告の主張は,いずれも採用できない。 そして,本件発明2ないし10についても,同様の理由により引用発明1に基づき当業者が容易に想到できたとはいえないから,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。 3 取消事由3(引用発明4に基づく本件発明1の容易想到性に し10についても,同様の理由により引用発明1に基づき当業者が容易に想到できたとはいえないから,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。 3 取消事由3(引用発明4に基づく本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り)について(1) 引用例4の記載について相違点3は,前記第2の3(3)ウに記載のとおりであるが,本件発明1の相違点3に係る構成の容易想到性について検討すると,引用発明4は,前記第2の3(3)アに記載のとおりであり,引用例4には,トリス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミンのナトリウム塩及びN1,N2-ビス(ジチオカルボキシ)ジエチレントリアミンのナトリウム塩が飛灰中の鉛を固定化することが記載されている。 (2) 相違点3の容易想到性についてしかしながら,前記2(2)エに認定のとおり,引用例4に記載の上記各化合物は,いずれも鎖状のアミンにジチオカルバミン酸が結合した化合物であり,環状アミンにジチオカルバミン酸基が結合した本件化合物1及び2とは化学構造が異なる。したがって,引用例4に上記各化合物の記載があるからといって,これと化学構造を異にする本件化合物1及び2が飛灰中の重金属を固定化できることを示唆することにはならない。 また,前記2(2)アに認定のとおり,引用例1には,ジチオカルバミン酸基を有する低分子量の化合物の中から,飛灰中の重金属固定化剤として本件各化合物を想起させるに足りる記載又は示唆があるとはいえず,前記2(2)イに認定のとおり,引用例2には,そこに記載の化合物又は本件各化合物が廃棄物等の焼却により生じる飛灰を水やpH調整剤と混練するという環境下で,そこに含まれる多様な物質の中で鉛等の重金属と錯体を形成し,これを固定化するものであることについては何 らの記載も示唆もない。 さらに,前記2(2)ウ やpH調整剤と混練するという環境下で,そこに含まれる多様な物質の中で鉛等の重金属と錯体を形成し,これを固定化するものであることについては何 らの記載も示唆もない。 さらに,前記2(2)ウに認定のとおり,引用例3に記載のピペラジンジチオカルバメート(Ⅰ)及びピペラジンビスジチオカルバメート(Ⅱ)は,それぞれ本件発明における本件化合物1及び2に相当し,引用例3は,本件化合物1及び2のようなジチオカルバミン酸基を有するキレート剤が白金属元素と錯体を形成することを明らかにしているものの,それが廃棄物等の焼却により生じる飛灰を水やpH調整剤と混練するという環境下で,そこに含まれる多様な物質の中で鉛等の重金属と錯体を形成し,これを固定化するものであることについては何らの記載も示唆もない。 したがって,引用例3には,本件化合物1及び2のキレート剤が飛灰中の重金属固定化剤として利用できることについてまで記載や示唆がなく,引用発明4と引用例3の記載を組み合わせて本件発明1の相違点3に係る構成を想起させるに足りる動機付けがないというほかない。 (3) 小括以上のとおり,引用例1ないし4には,いずれも,引用発明4の相違点3に係る構成を引用例3に記載の本件化合物1及び2に相当する前記化合物と置換するなどして本件発明1の相違点3に係る構成を採用するに足りる動機付けがなく,したがって,当業者は,引用発明4に基づき本件発明1の相違点3に係る構成を採用することを容易に想到することができたとはいえない。これに反する原告の主張は,いずれも採用できない。 そして,本件発明2ないし10についても,同様の理由により引用発明4に基づき当業者が容易に想到できたとはいえないから,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。 4 結論以上の次第であるから,原告の請求 件発明2ないし10についても,同様の理由により引用発明4に基づき当業者が容易に想到できたとはいえないから,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。 4 結論以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官滝澤孝臣 裁判官髙部眞規子 裁判官井上泰人

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