- 1 -主文 被告は,別紙「認容額等一覧表」の「原告氏名」欄記載の各原告に対し,各原告に係る同一覧表の「認容額」欄記載の金員及びこれに対する同一覧表の「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 同一覧表記載の各原告のその余の各請求並びに原告3,原告4及び原告8の各請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は以下のとおりとする。 (1)原告3,原告4及び原告8に生じた費用と被告に生じた費用の10分の1を同原告らの負担とする。 (2)その余の原告らに生じた費用と被告に生じた費用の10分の9について,これを2分し,その1を同原告らの,その余を被告の各負担とする。 この判決は,第1項に限り,本判決が被告に送達された日から14日を経過したときは,仮に執行することができる。 事実 及び理由第1章請求被告は,別紙「請求額等一覧表」の「原告氏名」欄記載の各原告に対し,各原告に係る同一覧表の「請求額」欄記載の金員及びこれに対する同一覧表の「遅延損害金起算日」欄の各日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2章事案の概要本件は,大阪泉南地域のアスベスト(石綿)工場の労働者であった者及びその家族並びにアスベスト工場の近隣で農業を営んでいた住民(相続人を含む。)である原告らが,被告に対し,アスベスト(石綿)粉じんにばく露したことによって健康被害を被ったのは,被告が規制権限を行使しなかったためであり,国家賠償法1条1項の適用上違法であるとして,同項に基づき,- 2 -健康被害あるいは死亡による損害の賠償を求める事案である。 第3章前提事実(争いのない事実並びに括弧内の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することのできる事実)第1節原告ら原告らは,大阪泉南地域のアスベスト 死亡による損害の賠償を求める事案である。 第3章前提事実(争いのない事実並びに括弧内の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することのできる事実)第1節原告ら原告らは,大阪泉南地域のアスベスト(石綿)工場の元労働者ないしその相続人,労働者の家族(原告2)並びにアスベスト工場の近隣で長年農作業に従事していた亡Bの相続人である。 第2節石綿の物性及び工業的用途(甲ア5・13ないし42頁)(省略)第3節大阪泉南地域における石綿製造業の概要と石綿紡織業疾病等の発生状況(省略)第4節石綿関連疾患の特徴及び症状(現在の医学的知見等)(省略)第5節石綿による業務上の疾病等に係る認定基準の概要(省略)第6節労働関係法制における石綿粉じんばく露防止に関する法規及び行政の対応状況(省略)第4章 争点 第1被告の国家賠償法上の責任の有無 労働関係法における省令制定権限の不行使を理由とする国家賠償責任の有無(争点1) 環境関係法における規制監督権限の不行使及び立法不作為を理由とする国家賠償責任の有無(争点2) 毒劇法(毒物及び劇物取締法〔昭和25年法律第303号〕)における規制監督権限の不行使を理由とする国家賠償責任の有無(争点3) 情報提供権限の不行使ないし情報提供義務違反を理由とする国家賠償責任の有無(争点4)第2各原告との関係における被告の責任及び損害 各原告との関係における被告の責任(争点5)- 3 - 損害(争点6)第5章当事者の主張の要旨(省略)第6章当裁判所の判断その1(認定事実)(省略)第7章当裁判所の判断その2(被告の国家賠償法上の責任の有無)第1節規制権限不行使の違法国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし, 当裁判所の判断その2(被告の国家賠償法上の責任の有無)第1節規制権限不行使の違法国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国賠法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年(オ)第1152号平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169頁,最高裁平成元年(オ)第1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集49巻6号1600頁,最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁参照)。 原告らは,被告の規制権限として,労働関係法における省令制定権限,環境関係法における規制監督権限(立法を含む)及び毒劇法における規制監督権限を挙げ,被告のこれらの権限の不行使が原告ないし石綿粉じんばく露の被害者との関係において国賠法1条1項の適用上違法である旨主張するので,以下,労働関係法,環境関係法及び毒劇法の順に,各権限の根拠及び同権限不行使の違法の有無について検討する。 第2節労働関係法における省令制定権限の不行使を理由とする国家賠償責任の有無(争点1)第1労働関係法における省令制定権限の根拠及び同権限行使の方法(省略)第2石綿関連疾患についての医学的又は疫学的知見の集積時期並びに被告が- 4 -石綿粉じんばく露による被害の実態及びそれへの対策の必要性を認識した時期(省略)第3昭和35年の時点における石綿肺防止のための被告の省令制定権限不行使の違法性の有無(省略)第4昭和47年の時点における被告の省令制定権限不行使の違法性の有無 昭 を認識した時期(省略)第3昭和35年の時点における石綿肺防止のための被告の省令制定権限不行使の違法性の有無(省略)第4昭和47年の時点における被告の省令制定権限不行使の違法性の有無 昭和47年までに新たに獲得された医学的又は疫学的及び工学的知見をまとめると以下のとおりである。 (1)前記第2のとおり,石綿粉じんばく露と肺がん及び中皮腫の発症との間に関連性があるという医学的又は疫学的知見(ただし,中皮腫が低濃度ばく露によっても発症するとする点は除く。)は,昭和47年におおむね集積されたということができる。 (2)粉じん測定機器については,デジタル粉じん計及びろ過材をグラスファイバーとするろ過捕集法のほか,メンブランフィルター法も実用化されており,研究者ないし測定の専門家により用いられる場合だけでなく,一般の事業場において日常的に用いられる場合においても,粉じん全体から石綿粉じんのみの濃度を計測できるだけの知見が成立していた。 (3)粉じん測定方法について,昭和40年に個人用のサンプラーが開発されて,ばく露濃度の測定についての知見が確立し,昭和46年の旧特化則の制定時において,環境濃度の測定方法についての知見も得られていた。 (4)粉じん濃度の評価指標について,昭和40年に日本産業衛生協会が定めた,じん肺(石綿肺)を対象とする許容濃度は,1㎥当たり2mgとされており,また,昭和43年のBOHSの勧告を受けた,英国のアスベスト産業規則は,クロシドライト以外の石綿粉じんの規制値を1㎤当たり2繊維又は1㎥当たり0.1mgとし,クロシドライトの規制値を1㎤当たり0.2繊維又は1㎥当たり0.01mgとしていた。 このような状況のもとで,昭和46年5月1日に旧特化則が施行された。 - 5 -旧特化則は,肺がんや中皮腫の危険に着目し イトの規制値を1㎤当たり0.2繊維又は1㎥当たり0.01mgとしていた。 このような状況のもとで,昭和46年5月1日に旧特化則が施行された。 - 5 -旧特化則は,肺がんや中皮腫の危険に着目したもので,石綿粉じんが発散する屋内作業場における当該発散源への局所排気装置の設置を義務付け(4条),またその性能要件として抑制濃度(1㎥当たり2mg)を採用するなど,具体的な規制措置を定めたものである。また,昭和47年10月1日に安衛法,安衛則及び特化則が施行され,上記の規定はおおむね引き継がれるとともに,定期自主検査や健康管理手帳制度の創設等新たな措置を定めた。 原告らは,昭和47年の時点において省令制定権限を行使すべきであるのにしなかった点を以下のとおり列挙するので,逐次,検討する。 (1)石綿製品の禁止昭和47年の時点において,被告(労働大臣)が,石綿製品の使用又は製造を禁止することを正当化するに足りる医学的又は疫学的知見があったことを認めるに足りる証拠はなく,同時点において,被告が石綿製品の使用又は製造を禁止しなかったとしても,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠いたものということはできない。 (2)局所排気装置の設置にかかる,密閉・機械化原告らは,工程ごとに,可能な限り機械化を進め,これを密閉した上,密閉が極めて困難な部位に局所排気装置のフードを設置するという方法をとるよう義務付けるべきであったと主張する。 確かに,前記(第3,5)のとおり,昭和35年の時点で局所排気装置の代替措置として発散源の密閉化をも使用者に義務付けるべきであったというべきである。そして,原告らが指摘するように,可能な限り機械化してこれを密閉することが労働者の石綿粉じんばく露を回避できる効果的な措置であるということはできる。 しかし,機械化や密閉を あったというべきである。そして,原告らが指摘するように,可能な限り機械化してこれを密閉することが労働者の石綿粉じんばく露を回避できる効果的な措置であるということはできる。 しかし,機械化や密閉を優先的かつ一律に事業者に義務付けることは現実的ではない(だからこそ原告らも「可能な限り」と主張してい- 6 -る。)。したがって,「事業者は(中略)粉じんを発散する屋内作業場においては(中略)発散源を密閉する設備,局所排気装置又は全体換気装置を設ける等必要な措置を講じなければならない」(安衛則577条)という規定の仕方による義務付け以上の規定を設けることは困難であったというべきである。したがって,原告らの主張するような措置を義務付ける省令を制定しなかったことが許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠いたものとまではいえない。 (3)全体換気装置への除じん装置の設置全体換気装置への除じん装置の設置は,作業場外の一般環境への石綿粉じんの排出を防止する措置であり,これは,近隣住民の石綿粉じんばく露を避けるために必要な措置であることはいうまでもない(労働省も,旧特化則施行に当たり,通達〔昭和46年5月24日付け〕において,有害物質含じん気体の大気中への放出が公害をもたらす危険性があることに言及している。)。しかし,これは,労働者の健康,風紀及び生命の保持を行うことを目的とする安衛法に基づく省令制定権限の問題そのものではなく,この関係で違法性を論ずるのは適切ではない。 (4)防じんマスクの備え付け前記(第3,5(2)ウ)のとおり,防じんマスクは,粉じんばく露防止措置としては,補助的な手段に位置づけられるものである上,被告は,安衛則(593条,596条)及び特化則(43条,45条)において,呼吸用保護具等の保護具の備付けを義務付けているのであり ばく露防止措置としては,補助的な手段に位置づけられるものである上,被告は,安衛則(593条,596条)及び特化則(43条,45条)において,呼吸用保護具等の保護具の備付けを義務付けているのであり,被告に省令制定権限の不行使があったとはいえない。 (5)保護作業着保管前記(第3,5(2)オ)のとおり,保護作業着の保管は,職業性ばく露の問題そのものとはいえないし,労働者の作業場外における石綿粉じんばく露の防止という観点においても,これを省令において義務付けるこ- 7 -との必要性やその効果が明確とはいえないというべきであるから,これを省令で義務付けなかったことが違法となるとはいえない。 (6)基準値の法定と定期測定の結果報告ア旧特化則においては,じん肺(石綿肺)を対象とする抑制濃度を,1㎥当たり2mgとしたが,この値は,前記1(4)の英国のアスベスト産業規則(クロシドライト以外の石綿粉じんの規制値を1㎤当たり2繊維又は1㎥当たり0.1mgとし,クロシドライトの規制値を1㎤当たり0.2繊維又は1㎥当たり0.01mgとする)と比較して大幅に高い。しかも,石綿粉じんへのばく露による肺がん及び中皮腫の発症に関する医学的又は疫学的知見が集積されており,特に中皮腫については,低濃度の石綿粉じんばく露によっても罹患するおそれのあることが指摘されていたのであるから,なおさら適切さを欠いたといわざるを得ない。しかし,従来より,このような基準値は,省令により定められてきたわけではなく,労働省の告示や通達によるものである。また,告示ないし通達による内容の違法性を検討するとしても,肺がんや中皮腫についての個人のばく露限界については統一的な基準や知見があるわけではないから,その数値の設定が他国の基準よりも緩和されていたとしても直ちに違法であると評価 違法性を検討するとしても,肺がんや中皮腫についての個人のばく露限界については統一的な基準や知見があるわけではないから,その数値の設定が他国の基準よりも緩和されていたとしても直ちに違法であると評価を下すことはできない。したがって,基準値を更に厳格に改定(法定)しなかったことが違法であったということはできない。 イ一方,特化則においては,石綿を製造し,又は取り扱う屋内作業場について,6か月以内ごとに1回,定期に,石綿粉じん濃度を測定し,記録を保存することが義務付けられたが(36条1項),その測定結果の報告は義務付けられなかった。しかし,石綿粉じん濃度を測定して労働環境のモニタリングをすることは,石綿粉じん被害を予防するための前提として,また,その後の労働安全行政に活用するために極め- 8 -て重要であるから,そのような意義を有する測定が実行されることを担保する措置を講ずることもまた極めて重要である。そして,測定結果が抑制濃度を超える場合にはその改善を義務付ける措置を講ずることもまた重要である。前記のとおり,石綿粉じんばく露によって肺がんや中皮腫に罹患することが医学的又は疫学的に明らかになった時期であったから,なおさらである。したがって,測定結果の報告及び改善措置を義務付けることは測定を義務付けることとともに必要であり,また,そのような報告義務,改善義務を課することにさほどの障害があったとは認めがたいところである。そうすると,これらの措置を義務付けなかったことは,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものであったというべきである。 (7)特別教育の実施前記(第3,5(2)キ)のとおり,特別教育は,粉じんばく露防止措置としては,補助的な手段に位置づけられるものであり,これを義務付ける省令を制定しなかったことが,許容される限度 7)特別教育の実施前記(第3,5(2)キ)のとおり,特別教育は,粉じんばく露防止措置としては,補助的な手段に位置づけられるものであり,これを義務付ける省令を制定しなかったことが,許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものとはいえない。 (8)その他,原告らは,粉じん測定法を定めなかったこと,石綿の危険性の表示及び危険性情報の開示を義務付けなかったこと,小規模零細事業への考慮を欠いていること等を理由として省令制定権限不行使の違法を主張するが,いずれも,その義務付けを省令において規定すべきであった根拠が明らかではなく,採用の限りではない。 まとめ昭和47年において,前記3(6)イのとおり,屋内作業場の石綿粉じん濃度の測定結果の報告及び抑制濃度を超える場合の改善を義務付けなかったことは,石綿粉じんによる被害が石綿肺に止まらず,肺がんや中皮腫にも及ぶことが明らかになった段階にあっては,著しく合理性を欠いたもので違- 9 -法であったというべきである。 第3節環境関係法における規制監督権限の不行使及び立法不作為を理由とする国家賠償責任の有無(争点2)(省略)第4節毒劇法における規制監督権限の不行使を理由とする国家賠償責任の有無(争点3)(省略)第5節情報提供権限不行使ないし情報提供義務違反を理由とする国家賠償責任の有無(争点4)(省略)第8章当裁判所の判断その3(各原告との関係における被告の責任及び損害)第1節各原告との関係における被告の責任(争点5)第1労働者以外の者との関係での違法性原告らは,亡Bが,石綿工場の近隣で農業を行っていて石綿粉じんにばく露したと主張し,また,原告14,原告23及び亡H(相続人原告18)は,経営者として石綿工場で稼働した際に,石綿粉じんにばく露したとして,被告に対し,省令規制権 隣で農業を行っていて石綿粉じんにばく露したと主張し,また,原告14,原告23及び亡H(相続人原告18)は,経営者として石綿工場で稼働した際に,石綿粉じんにばく露したとして,被告に対し,省令規制権限の不行使を理由とする国家賠償の請求をする。 しかし,石綿粉じんの規制権限を省令に委任した旧労基法42,43条等の安全衛生に関する規定及び安衛法22条等の健康障害防止措置に関する規定は,いずれも,職場における労働者の安全と健康を確保する趣旨の規定である。したがって,上記法令によって与えられた省令制定権限の不行使が違法とされるのは,旧労基法及び安衛法の保護の対象である労働者との関係においてであるといわざるを得ない。したがって,亡B並びに使用者としての原告14,原告23及び亡Hは,被告に対し,省令制定権限不行使の違法性を問うことはできないというべきである。 第2省令制定権限不行使の違法と石綿粉じんばく露による損害との間の因果関係 前記(第7章,第2節,第3及び第4)のとおり,被告(労働大臣)が,旧じん肺法の成立した昭和35年(同法の施行日は同年4月1日)以降の時- 10 -期において,省令制定権限を行使して局所排気装置等の設置を義務付けなかったために,また,昭和47年以降の時期に,屋内作業場の石綿粉じん濃度の測定結果の報告及び抑制濃度を超える場合の改善を義務付けなかったために,それぞれ,その後の石綿粉じんばく露による被害の拡大を招いたというべきである。 被告の違法と原告8の石綿粉じんばく露との間の因果関係について証拠(甲(9)の4,原告8)によれば,原告8は,大正15(1926)年11月13日,現在の韓国の慶尚南道山清郡丹城面で出生し,昭和26年10月ころから昭和34年9月ころ,大林石綿,金沢石綿及びその他小規模の石綿事業所に勤務した れば,原告8は,大正15(1926)年11月13日,現在の韓国の慶尚南道山清郡丹城面で出生し,昭和26年10月ころから昭和34年9月ころ,大林石綿,金沢石綿及びその他小規模の石綿事業所に勤務したこと,原告8は,平成18年12月27日,じん肺管理区分管理2・要療養との認定を受け,続発性気管支炎と診断されたことが認められる。 そうすると,原告8は,被告の旧労基法又は安衛法に基づく省令制定権限不行使の違法が認められる昭和35年以降の時期に,石綿事業所に勤務しておらず,また,同年以降に石綿粉じんにばく露したことを認めるべき証拠もないというほかはないから,被告の上記省令制定権限不行使の違法と原告8の石綿粉じんばく露による健康被害との間に因果関係を認めることはできず,原告8の被告に対する国家賠償の請求は,理由がない。 他方,上記の省令制定権限不行使の違法と,昭和35年以降の時期において石綿粉じんにばく露し石綿関連疾患に罹患した労働者である後記原告ら又はその被相続人ら(原告8のほか,原告2,亡Bを除く。)の損害との間には,相当因果関係があるものと認められる。なお,昭和35年から昭和47年までの時点では,石綿粉じんばく露と肺がん,中皮腫及びびまん性胸膜肥厚の発症との間に関連性があるという医学的又は疫学的知見は集積されておらず,また,昭和47年以降も,石綿粉じんばく露とびまん性胸膜肥厚との間に関連性があるという医学的又は疫学的知見は集積されていたと認めるに足りる証拠はないのであるが,各疾病が昭和35年以降の石綿粉じ- 11 -んばく露により生じたと認められる場合には,被告の省令制定権限不行使を理由とする違法と,これらの疾病との間の相当因果関係は肯定すべきものと解する。なぜならば,いずれの疾病も石綿粉じんの職業ばく露,すなわち長期又は多量のばく露 れる場合には,被告の省令制定権限不行使を理由とする違法と,これらの疾病との間の相当因果関係は肯定すべきものと解する。なぜならば,いずれの疾病も石綿粉じんの職業ばく露,すなわち長期又は多量のばく露によって生ずるものであり,量-反応関係にあって,その粉じんばく露防止対策は,ばく露抑制という点で共通であるから,その対策に対応する,被告における被害の予見の内容も,職業ばく露(長期又は多量のばく露)による健康被害というもので足りるのであり,病名,病態のそれぞれについて予見するには及ばないと解するからである。 第3原告らの石綿粉じんばく露と健康被害との因果関係 原告2,亡Bを除く原告ら又はその被相続人らの健康被害は,後記(第2節,第2)のとおり,石綿粉じんのばく露により生じたものと認められる。 原告2(省略) 亡B(省略)第2節損害(争点6)第1請求の方式の適否及び損害額の算定方法 包括一律請求について原告らは,各石綿関連疾患による被害を受けたと主張する者につき,生存している者と死亡した者のそれぞれにつき,その被害全てを総体として把握し,それに対する慰謝料及び弁護士費用として一律の請求をする(個々の損害項目を合算する方式による請求はしないとするものであって,他の損害項目の請求はしないという意味での全部請求であると解される。)。 本件のように,石綿粉じんばく露による被害が相当広範な範囲に発生し,被害者,さらには訴訟当事者が多数に及ぶ訴訟においては,個々人の損害(積極損害,逸失利益等の消極損害)を個々に積み上げていく方式では,立証が困難である上に煩瑣であり,審理が長期化して紛争の解決が甚だし- 12 -く遅延することとなるおそれが大きい。また,原告らは,石綿工場での石綿粉じんへのばく露という共通の原因により,石綿肺,肺がん, 難である上に煩瑣であり,審理が長期化して紛争の解決が甚だし- 12 -く遅延することとなるおそれが大きい。また,原告らは,石綿工場での石綿粉じんへのばく露という共通の原因により,石綿肺,肺がん,中皮腫又はびまん性胸膜肥厚という石綿関連疾患に罹患したものであり,被害内容をある程度類型化することが可能である。その上で,個別に損害額の増減をして(これ自体も類型的とならざるを得ないが)調整することとすれば,加害者側にとっても,類型化された損害の評価についてある程度の防御をすることも可能であるし,個別の減額要因の主張立証も可能である。以上の諸点を考慮すると,事案によっては,包括一律請求も許されるものと解する。そして,本件における原告らの請求方式は,前記のとおり,石綿工場等における石綿粉じん被害について,被害者一人ひとりの被害の全てをそれぞれ包括的に把握し,それを慰謝料及び弁護士費用として金銭評価し,全体請求として類型別に一律の額を請求するというものであるから,上記の点に照らし許されるものと解する。そして,当裁判所は,認定した原告ら又はその被相続人らの被害について,慰謝料額を算定するに当たり,類型別に一律評価をした上で,個別の減額事由の有無を考慮することとする。 被告は,国家賠償法による損害賠償請求をする際には,個々具体的な損害の内容を摘示し,各損害項目ごとに損害額を明示すべきものであり,原告らは,請求原因事実として主張立証責任を負う事実について,その責任を果たせない旨の弁解をしているにすぎず,本件では,結局,具体的な損害の立証がないというべきであると主張するが,上記のとおりであって,被告の主張は採用することができない。 石綿関連疾患による精神的苦痛及びその金銭評価(1)石綿肺は,前記(第3章,第4節,第1,2)のとおり,一般に,最初 と主張するが,上記のとおりであって,被告の主張は採用することができない。 石綿関連疾患による精神的苦痛及びその金銭評価(1)石綿肺は,前記(第3章,第4節,第1,2)のとおり,一般に,最初に労作時の息切れ,咳,痰等の症状があらわれ,病状が進行すると,咳,痰が激しくなり,続発性気管支炎等の合併症を併発することもあるほか,拘束性の肺機能の低下が著明になると,換気障害を生じ,合併症- 13 -や急性心不全により死に至ることもある。 また,肺がんは,前記(第3章,第4節,第2,2(3))のとおり,浸潤性増殖を生じ,血痰,慢性的な激しい咳,喘鳴,胸痛,体重減少,食欲不振,息切れ等の症状を引き起こすほか,全身の臓器に転移をするおそれがあり,5年生存率を15%以下とする調査結果もあるなど,非常に予後の悪い疾患である。中皮腫も,前記(第3章,第4節,第3,2)のとおり,息切れ,胸痛及び咳のほか,胸膜浸潤による胸水の貯留を引き起こすおそれがあるが,標準的といえる治療法はなく,診断確定からの生存期間は7か月から17か月までとされ,やはり非常に予後の悪い疾患である。 びまん性胸膜肥厚も,前記(第3章,第4節,第4,2)のとおり,咳と痰,喘鳴,胸痛及び反復性の呼吸器感染などの症状を引き起こし,進行すると,拘束性の換気障害を生じて著しい肺機能の低下を来すこともある。 (2)そして,石綿関連疾患に罹患した者は,後記第2で認定する原告ら又は被相続人らの置かれた状況にもあるとおり,息切れ等の症状に始まり,次第に肺機能障害等が重篤化していき,そのため,ついには,仕事を断念せざるを得ず,また,家族の援助・看護がなければ日常生活を送ることができないようになり,さらには,酸素吸入を必要とするようになったり,安眠ができなくなったり,呼吸困難の発作が生じ,入退院を 事を断念せざるを得ず,また,家族の援助・看護がなければ日常生活を送ることができないようになり,さらには,酸素吸入を必要とするようになったり,安眠ができなくなったり,呼吸困難の発作が生じ,入退院を繰り返すようになるのであり,甚大な肉体的苦痛と精神的苦痛を被るようになることが認められる。また,石綿関連疾患に罹患した者は,不可逆的な進行性の疾患であることに一様に精神的衝撃を受けるだけでなく,周囲の親族・同僚等の罹患者が次々と悲惨な最期を遂げていく状況を目の当たりにして,更に将来に強い不安を抱き,また,家族にかける精神的,経済的,肉体的負担に対する深い負い目にも苛まれていると認められる。 - 14 -(3)このような,石綿関連疾患の罹患者の被る精神的苦痛を金銭評価するにあたっては,同疾患によって受ける精神的苦痛が,おおむね石綿肺等の疾患の亢進具合に相関すると考えられるから,じん肺法が定める管理区分に応じた基準慰謝料額を定めるのが相当と解する。なお,上記石綿関連疾患への罹患による精神的苦痛は,現実に療養を必要とする段階にならなくても,石綿関連疾患全体の進行性,不可逆性といった特質に照らせば,将来の不安自体であっても軽度のものとはいえないから,石綿肺が管理区分管理2で合併症がない場合であっても相応の慰謝料額を認めるのが相当である。 (4)肺がん及び中皮腫への罹患による精神的苦痛については,上記のとおり,肺がん及び中皮腫の予後が極めて悪く,発症後長年の生存が期待できない疾患であり,進展時の肉体的苦痛も又大きい者であることに照らせば,じん肺において,著しい肺機能の障害があると認められる場合である管理4と同等のものと認められる。 びまん性胸膜肥厚により労災認定を受けた者の当該疾患への罹患による精神的苦痛についても,びまん性胸膜肥厚による認定の ,著しい肺機能の障害があると認められる場合である管理4と同等のものと認められる。 びまん性胸膜肥厚により労災認定を受けた者の当該疾患への罹患による精神的苦痛についても,びまん性胸膜肥厚による認定の基準として,著しい肺機能障害が必要とされていることに照らせば,やはり,管理4と同等のものと認められる。 (5)以上の各事情にかんがみると,原告らあるいは被相続人らについて,基準慰謝料額を以下のとおりとするのが相当である(以下,この金額を「本件基準慰謝料額」という。)。 ①管理2で合併症なし1000万円②管理2で合併症あり1200万円③管理3で合併症なし1500万円④管理3で合併症あり1700万円⑤管理4,肺がん,中皮腫又はびまん性胸膜肥厚2000万円- 15 -⑥石綿関連疾患による死亡2500万円 損害賠償額の修正要素(1)被告の賠償責任の範囲前記(第1節,第2)のとおり,省令制定権限行使しなかった違法(局所排気装置等設置の義務付けあるいは屋内作業場の石綿粉じん濃度の測定結果の報告等の義務付けを定めなかった違法)とと原告ら又はその被相続人ら(原告8,原告2及び亡Bを除く。)の石綿関連疾患に罹患したこととの間に相当因果関係があると認められる。 ところで,被告は,労働環境における労働者の危害防止及び安全衛生に配慮すべき義務に関しては,使用者又は事業者(以下「使用者ら」という。)が第一次的かつ最終的責任を負担するものであり,仮に,本件において,被告が損害賠償責任を負うとしても,被告の責任は,当該石綿作業場を経営する企業が当該労働者に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うことを前提として初めて認められる,二次的,補充的な責任にとどまるとして,賠償義務は,使用者等のそれに比して相対的に低い割合に限定さ 業が当該労働者に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を負うことを前提として初めて認められる,二次的,補充的な責任にとどまるとして,賠償義務は,使用者等のそれに比して相対的に低い割合に限定されるべきである旨主張する。 しかし,被告と使用者らとの責任は,いわゆる共同不法行為(民法719条)の関係にあるというべきであるから,被告の責任の範囲を減縮するには,同法719条1項後段を適用するか,類推適用して,被告の責任の範囲を減縮すべき事情を立証すべきであると解する。しかるに,被告の責任の範囲を減縮すべき具体的事情を認めるべき的確な証拠はないというほかはない(原告らの請求は,前記のとおり,包括一律請求として慰謝料の支払を求めているのであり,他の財産上の請求をしないことを前提とするものであるから,慰謝料額自体についてさらに補充的な責任を根拠とする減額をすることは,かえって公平に反する。)。したがって,被告の上記主張は採用することができない。 - 16 -(2)慰謝料額を減額すべき個別的事由ア労災保険法に基づく保険給付及び石綿健康被害救済法に基づく給付について被告は,原告らの一部は,労災保険法に基づく休業補償給付や遺族補償給付等,又は石綿健康被害救済法による救済給付や特別遺族給付金等(以下「労災保険給付等」という。)を受領しているところ,これらの原告については,慰謝料額を算定する当たり,労災保険給付等を受領していることが一要素として考慮されるべきであると主張する。 確かに,一部の原告らに対して労災保険給付等が支給されたことが認められる(争いのない事実,甲(5)の7等)。しかし,前記(第1,1)のとおり,原告らの請求は,生存する者と死亡した者のそれぞれにつき,その被害全てを総体として把握し,それに対する慰謝料及び弁護士費用として一律の ない事実,甲(5)の7等)。しかし,前記(第1,1)のとおり,原告らの請求は,生存する者と死亡した者のそれぞれにつき,その被害全てを総体として把握し,それに対する慰謝料及び弁護士費用として一律の額の請求をするものであり,慰謝料以外の財産上の請求はしないというものである。そして,上記の受給分は,法律的には本件の損害の填補となるものではない。したがって,上記の受給分があるからといって,このことを慰謝料額の算定につき斟酌すべき事由とするのは相当でないというべきである。 イ肺がん罹患者で喫煙歴のある原告らについて被告は,肺がんを発症した原告らのうち,喫煙歴を有する者については,その肺がん発症につき,石綿粉じんばく露による影響よりも,当該原告の長年の喫煙の影響が相当強く及んでおり,損害額の算定に当たっては,上記事情が適切に考慮されるべきであると主張する。 そして,喫煙は有意に肺がんの発症に影響し,喫煙歴も石綿粉じんばく露歴も無い人の発がんリスクを1とすると,喫煙歴があって石綿粉じんばく露歴がない人では10.85倍,喫煙歴が無く石綿粉じんばく露歴がある人では5.17倍,喫煙歴も石綿粉じんばく露歴もある人は53.2- 17 -4倍になる(乙132・4頁)。 このように喫煙が肺がん発症のリスクを相当程度高めているという事情を考慮すると,被告に肺がんによる損害の全部を賠償させるのは公平を失するというべきであるから,喫煙歴のある肺がん患者の損害賠償額を定めるについては,民法722条2項の類推適用により,喫煙歴のあることをしん酌するのが相当である。ただし,喫煙量及び喫煙期間と肺がん発症との具体的な相関性までは認めることができないので,減額は控えめに,かつ,一律にするのが相当であり,損害額の10%を減額することとする。 ウ使用者らであった原告らにつ 煙量及び喫煙期間と肺がん発症との具体的な相関性までは認めることができないので,減額は控えめに,かつ,一律にするのが相当であり,損害額の10%を減額することとする。 ウ使用者らであった原告らについて前記(第1節,第1)のとおり,使用者(ないし事業者)として石綿粉じんばく露により健康被害を被ったことについて,被告に対し省令制定権限の不行使を理由とする国家賠償請求をすることはできないというべきであるが,労働者としても石綿粉じんにばく露した者については,その限りで,被告に対し上記を理由とする国家賠償請求をすることができる。この場合には,使用者として石綿粉じんにばく露した期間等を考慮して損害賠償額を定める(減額する)こととする。 第2各原告の損害(省略)第3弁護士費用本件事案の内容,審理の経過その他一切の事情を考慮し,別紙「認容額等一覧表」の「原告氏名」欄記載の各原告が本件訴訟の提起・追行のために要した弁護士費用のうち,同一覧表「弁護士費用」欄記載の金額の限度で,被告に負担させるのが相当である。 第9章 結論 以上によれば,別紙「認容額等一覧表」の「原告氏名」欄記載の各原告の請求は,同一覧表の「認容額」欄記載の金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日で- 18 -ある同一覧表の「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから認容し,同原告らのその余の請求並びに原告3,原告4及び原告8の各請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,仮執行免脱宣言については,相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第22民事部裁判長裁判官小西義博裁判官井上善樹裁判官浅井隆彦は,転補につき,署名押印することができな 当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第22民事部裁判長裁判官小西義博裁判官井上善樹裁判官浅井隆彦は,転補につき,署名押印することができない。 裁判長裁判官小西義博
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