1令和3年9月2日宣告 広島高等裁判所令和3年(う)第37号 非現住建造物等放火被告事件原審 広島地方裁判所令和元年第650号主 文本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中100日を原判決の刑に算入する。 理 由1 本件控訴の趣意は,弁護人坂本慶太作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから,これを引用する。控訴理由は事実誤認である。 2 原判決が認定した「罪となるべき事実」の要旨は,被告人が,令和元年8月16日午後10時27分頃,他人が所有し,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない広島市a区b町c丁目所在の木造2階建て共同住宅(以下「本件共同住宅」という。)に燃え移るかもしれないことを認識しながら,本件共同住宅1階103号室前において,同所に置かれたゴミ袋にあえてライターで点火して火を放ち,その火を同室の壁面等に燃え移らせ,よって,本件共同住宅1階の壁面等を焼損(焼損面積合計約22㎡)したというもの(非現住建造物等放火)である。 3 論旨は,被告人の犯人性を認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があると主張する。 そこで,記録を調査して検討する。 4 原判決は,要旨,以下のとおり判示して,本件犯人は被告人であると認定した。 客観的証拠からの推認は次のとおりである。 火災現場である本件共同住宅には,火源となるようなものはなく,本件共同住宅103号室は通電もしていなかったこと,出火元が本件現場である同室前のゴミ付近と考えられたことからすれば,出火原因は何者かが本件現場に山積されたゴミ等に放火したことによるものと考えられる。 本件共同住宅の西側にある会社の防犯カメラには,令和元年 件現場である同室前のゴミ付近と考えられたことからすれば,出火原因は何者かが本件現場に山積されたゴミ等に放火したことによるものと考えられる。 本件共同住宅の西側にある会社の防犯カメラには,令和元年8月16日午後 210時30分33秒頃から本件共同住宅側からの炎による光が北側にある市道や壁を照らす様子が映り始め,その2分26秒後頃から上記光が強くなっていく様子が映っていたところ,燃焼再現実験の結果と総合すれば,犯人が本件現場のゴミ等に点火した時間帯は,上記防犯カメラに炎による光が映り始める数分くらい前であったと想定できる。この点,被告人は防犯カメラに炎による光が映り始める約3分24秒前から約3分前までの約24秒間に,本件現場方向に入り込み,すぐに立ち去るという不審な行動をとっており,この約24秒間に,被告人が本件現場に入り,ゴミ等に点火して立ち去ることは十分に可能である。同じ頃に,被告人以外に上記防犯カメラに映っていた人物は一人もおらず,夜間に居住者が誰もいない本件共同住宅の,ゴミ等が山積しているだけの本件現場に,被告人以外の第三者が入り込んだ可能性は相当限定されること,このような本件現場に何ら関係のない被告人が夜間に理由もなく入り込むとは考え難いことからすれば,被告人が,本件において想定される点火の時間帯に,本件現場方向へ入り込み,すぐに同所から立ち去ったという客観的な事実が被告人の犯人性を推認させる力はそれなりに強いものといえる。 他方で,本件共同住宅の東側に接する市道は,防犯カメラの撮影範囲外であり,第三者が本件共同住宅の南方から上記市道を通って本件現場に至ることは物理的には可能であるから,客観的証拠だけでは第三者の犯行である可能性を完全には排除できない。 被告人の自白の信用性について検討する。 ア 被告人 の南方から上記市道を通って本件現場に至ることは物理的には可能であるから,客観的証拠だけでは第三者の犯行である可能性を完全には排除できない。 被告人の自白の信用性について検討する。 ア 被告人は,捜査段階において,「仕事場でのイライラを解消したいと思い,広島市d区eでのアイドルのライブからの帰りに,放火のために100円ショップで購入していたライターで,ゴミが山積みになっているのを知っていた本件現場においてゴミ袋に火を付け,火が燃え上がったのを確認した後,すぐに立ち去った。ライターを本件現場から少し北に行ったところにある自動販売機の横のゴミ箱に捨てた。建物まで燃やそうとは考えていなかったが, 3本件現場にはゴミがたくさんあり,建物の壁沿いに山積みになっていることは分かっていた。」などと供述しており,逮捕(令和元年9月13日)当初から,被告人が火を付けたことを一貫して認めていた。また,被告人は,第1回公判期日(同年10月30日)の罪状認否においても,「私がしたことは間違いありませんが,建物に燃え移らせようとは全く考えておりませんでした。」と述べた。ところが,被告人は,第2回公判期日(令和2年5月14日)に,「火を付けたかどうか分かりません。全くとはいえませんが,やっていないような記憶があります。」と述べ,第3回公判期日には,被告人は火を付けていない旨述べて,犯人性を明確に否定した。 イ 被告人は,逮捕当初から一貫して犯人性を認め,第1回公判期日でも犯人性を認めており,こうした被告人の自白は,本件において想定される点火の時間帯に,被告人が本件現場方向に入り込み,すぐに同所から立ち去ったという客観的な事実によって,その信用性が強固に支えられている。 また,被告人の逮捕状における被疑事実の要旨は,本件共同住宅「1階1 間帯に,被告人が本件現場方向に入り込み,すぐに同所から立ち去ったという客観的な事実によって,その信用性が強固に支えられている。 また,被告人の逮捕状における被疑事実の要旨は,本件共同住宅「1階103号室前において,同所に置かれた段ボール箱等に何らかの方法で火を放ち」というものであったところ,被告人は,警察官による弁解録取手続(令和元年9月13日)において,「半透明のポリ袋にライターを使って火を」付けた旨供述し,検察官による弁解録取手続(同月14日)において,「段ボール箱に火を付けたわけではありませんが,犯罪事実に書いてある時間に,犯罪事実に書いてある場所で,大きめのビニール袋に持っていたライターで火を」付けた旨供述した。被告人の逮捕の時点で,捜査機関が放火の媒介物をゴミ袋などと把握していた事実はうかがわれない。被告人は,その後も一貫して,ゴミ捨てに使うようなポリ袋のような半透明のビニール袋にライターで火を付けた旨供述していた。被告人が犯人でなく,捜査官の話に合わせるように虚偽の供述をしたのであれば,被疑事実の要旨のとおり「段ボール箱」に火を付けた旨供述すれば足り,あえて「ビニール袋」に訂正する理由 4は見いだし難い。ライターについても,被告人は,逮捕当日,購入した100円ショップや捨てた場所に警察を案内している。犯行前の状況についても,検察官による弁解録取手続きにおいて,午後8時過ぎまでeでアイドルのライブを見た後,自宅に歩いて帰っている最中に火を付けた旨供述しており,捜査機関が把握していないと思われるアイドルのライブの話を含めて,約1か月前の出来事を具体的に供述できている。このことは,被告人が自発的に供述したことや,その日に被告人にとって印象的な出来事があったことをうかがわせる。このように,被告人が,逮捕当初から 含めて,約1か月前の出来事を具体的に供述できている。このことは,被告人が自発的に供述したことや,その日に被告人にとって印象的な出来事があったことをうかがわせる。このように,被告人が,逮捕当初から,犯行前の行動も交えながら,ライターでビニール袋に火を付け,その後ライターを捨てたと具体的に供述したことは,犯人であるからこそしたものと考えるのが自然である。その後の取調べでは,アイドルのライブからは路面電車に乗って帰ったと供述しているが,当初の供述である「自宅に歩いて帰っている最中に」の部分がeから路面電車に乗らずに徒歩で帰宅していた趣旨とは必ずしも解されないし,eでアイドルのライブが終わった後,自宅周辺に戻り,徒歩でうろうろしていた時に火を付けたという供述の核心部分については一貫している。そのほか,被告人は,検察官の弁解録取手続においては,アパートまで火が燃え移るとは思っていなかった旨供述し,自己の言い分をしっかりと話すこともできており,被告人の軽度知的障害の点を考慮しても,捜査機関による誘導や押し付けに屈したという様子は見られない。 仕事でのイライラを発散しようと放火したという動機についても,過去にも同じような動機で火を付けて器物損壊及び建造物損壊の犯罪行為を行っていたことからすれば,不自然な点はない。本件犯行当日に仕事がなかったとしても,一,二か月前くらいに仕事でイライラの原因となる出来事があり,それが解消されずに他のストレスも積み重なって本件犯行当日に放火しようと決意することは通常考えられるし,ストレス発散目的であったとしても,人目に付くのを恐れて火が燃え広がる前にその場を立ち去ることは,放火の 5犯人の行動として不自然なところはない。 なお,被告人がライターの購入場所を供述したのは本件犯行の約1 人目に付くのを恐れて火が燃え広がる前にその場を立ち去ることは,放火の 5犯人の行動として不自然なところはない。 なお,被告人がライターの購入場所を供述したのは本件犯行の約1か月後であるから,ライターについて裏付ける証拠が発見されなかったとしても,被告人の自白の信用性は否定されない。 ウ 弁護人は,①被告人が火を付けたとするゴミ袋ないしビニール袋が本件現場に存在しなかった,②被告人が火を付けたとする場所付近が焼損していないなどとして,被告人の自白が信用できない旨主張する。 確かに,被告人のいうようなゴミ袋が本件当時,本件現場に置かれていたことを明確に示す証拠は見当たらない。しかし,本件火災の翌日に行われた実況見分調書には,ゴミ袋らしき透明の袋や白い袋が映っている。本件共同住宅103号室の賃借人(以下「A」という。)も,外にゴミを捨てる人も出てくるようになった旨供述しており,ゴミが山積された本件現場に通行人等がゴミ袋を捨てる可能性は十分考えられる。この点,弁護人は,Aが警察官からゴミ袋がない状態の写真を示され,火事になる前の状態と遜色ないと思うと供述した旨指摘する。同写真は,ゴミ袋の有無が判別できるほどに鮮明なものではないが,103号室前にゴミが山積している状態であることは一見して明らかであり,Aの供述の趣旨はそのようなゴミ全体の状態を指したものと解するのが自然である。実際にも,同供述は令和元年8月23日に聴取されており,被告人が「半透明のポリ袋」に火を付けたと供述したのは同年9月13日であるから,Aからの聴取が行われた時点においては,捜査機関は放火の媒介物がゴミ袋であることを把握していなかったと考えられ,ゴミ袋の有無に着目しながら事情聴取が行われたとは考えにくい。 また,現場の焼損状況に 聴取が行われた時点においては,捜査機関は放火の媒介物がゴミ袋であることを把握していなかったと考えられ,ゴミ袋の有無に着目しながら事情聴取が行われたとは考えにくい。 また,現場の焼損状況について,放火した場合に現場がどのように焼損するかは現場の状況や風向き等にも左右される。本件現場のゴミは,103号室の玄関扉や壁等の近くに積み重なっており,建物の方へ火が燃え広がりやすい状況にあったといえ,現にそのように火が燃え広がったと考えられる。 6そうすると,本件現場において火を付けたゴミ袋の近くに軽自動車や自転車があったからといって,同車両等が激しく燃えるとは限らないから,被告人の供述する放火場所が実際の放火場所と矛盾するとはいえない。 エ 第3回公判期日における被告人の供述の信用性について検討する。 本件当時の行動についての被告人の供述は,防犯カメラ映像から認められる客観的な移動経路と大幅に異なり,信用できない。 自白した理由についての被告人の説明は,「自宅の捜索差押えを受けた際,警察から任意同行を求められ,前刑の時にお世話になった警察官2名から1時間くらい犯人扱いされたことから,当初は否認していたものの耐え切れず,諦めて自分がやったと言ってしまった。逮捕後,やっていないことをやったと言ってはいけないと弁護士から聞いたが,やっていないと言い続けていたら,お世話になっている2名の警察官が裁判に呼ばれることになるなど迷惑が掛かると思い,ついやったと言ってしまった。」というものである。 被告人は,平成23年に火を付けるという態様で器物損壊及び建造物損壊事件を起こし,懲役3年の実刑に処せられ,服役したのであるから,本件放火の犯人であることを認めれば,裁判を経て服役する可能性が高いことを十分認識していたと考えら るという態様で器物損壊及び建造物損壊事件を起こし,懲役3年の実刑に処せられ,服役したのであるから,本件放火の犯人であることを認めれば,裁判を経て服役する可能性が高いことを十分認識していたと考えられる。それにもかかわらず,弁護士から助言を受けた後も,警察官に迷惑が掛かるという理由で自白を維持することは,被告人に軽度知的障害があったことを考慮しても不自然,不合理である。また,被告人は,逮捕当初から,100円ショップでライターを購入し,それを使ってビニール袋に火を付け,ライターを捨てたと供述しており,逮捕当日にはライターの購入場所や捨てた場所を案内しており,犯人の行動を矛盾なく説明できている。逮捕当日に犯人扱いされたことから耐え切れずに否認することを諦めた者が,このような具体的かつ自然な内容の供述をしたとは考えにくい。自白した理由についての被告人の上記説明には信用性がない。 オ したがって,被告人の捜査段階及び第1回公判期日における自白は信用す 7ることができる。 以上のとおり,本件において想定される点火の時間帯に,被告人が本件現場方向へ入り込み,すぐに同所から立ち去ったという被告人の犯人性をそれなりに強く推認できる事実があることに加え,被告人が捜査段階及び第1回公判期日において犯行を認めており,その自白に信用性があることからすれば,被告人が犯人であると認められる。 5 以上の原判決の認定判断は,論理則,経験則等に照らして不合理なものではなく,当裁判所も正当として是認することができる。 以下,所論について検討する。 6 所論は,原判決の判断構造について,自白によって被告人が犯人であると認定するためには,状況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あ 6 所論は,原判決の判断構造について,自白によって被告人が犯人であると認定するためには,状況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するという最高裁平成22年4月27日第三小法廷判決(刑集64巻3号233頁)の枠組みが妥当するといい,さらに,同判決の補足意見を挙げて,①被告人が犯人であることを前提とすれば全ての事実が矛盾なく説明できることとともに,②被告人が犯人でないとすれば合理的に説明することができない(あるいは少なくとも説明が極めて困難である)事実関係の存在が必要であるなどといい,原判決はこれらを満たしていないとしてこれを論難する。 しかしながら,要証事実(本件では,犯人が被告人であること)との関係で直接証拠が存在する事案においては,直接証拠について信用性が認められるか否かが重要なのであって,所論のいう間接事実は,直接証拠の信用性を評価するための補助事実として意味を持つものにすぎず,その場合,例えば,当該直接証拠を裏付ける補助事実中に,要証事実が存在しないとしたならば合理的に説明することができないなどの事実関係が含まれている必要はない。したがって,直接証拠が存在しない事案についてのものであることがその説示自体から明らかな所論引 8用の最高裁判決の判断枠組みは,被告人の自白という直接証拠の存在する本件の判断に妥当するものではない。 もっとも,直接証拠が供述証拠,特に被告人の自白の場合に,その信用性評価のために慎重な検討が要請されることは所論のいうとおりであり,まずは被告人の自白を除外し,客観的事実関係から要証事実が認定できるかを検討することが望ましいといえる。原判決は,正にそのよう 信用性評価のために慎重な検討が要請されることは所論のいうとおりであり,まずは被告人の自白を除外し,客観的事実関係から要証事実が認定できるかを検討することが望ましいといえる。原判決は,正にそのような観点から,客観的証拠によって認められる間接事実からの推認により要証事実を認定できるかを検討した上で,被告人の自白の信用性について検討を行ったものであって,こうした原判決の判断構造は,支持することができる。所論は採用できない。 ところで,所論の趣旨は,結局,被告人の自白の信用性を肯定した原判決を論難するものとも解することができるから,以下,これら所論について検討する。 7 所論は,被告人の自白の内容が客観的状況に矛盾するとして,①被告人が自白において媒介物として供述するビニール袋が客観的に存在しない,②被告人が自白において供述する放火場所が焼損していないなどと主張する。 そこで以下,検討する。 上記①のビニール袋の点について,所論は,原判決の「被告人のいうようなゴミ袋が本件当時,本件現場に置かれていたことを明確に示す証拠は見当たらない。」との説示を援用し,原判決が端的に,本件当時ビニール袋が不存在であったことを認めており,この点において,被告人の自白は客観的事実に反すると主張する。 しかしながら,原判決の上記説示の趣旨は,飽くまで,被告人の自白において媒介物として言及されているビニール袋が本件当時本件現場に存在していたことを明確に示す直接的な客観的証拠は存在しないというものにすぎず,本件ビニール袋が存在しなかったという事実を認定しているわけではない。そして,原判決が上記のとおり説示しながら,被告人の自白の信用性を否定しなかった根拠は,原判決が上記説示に続けて詳細に説示するとおりであり,この認定判 9断は原審記録に照 ではない。そして,原判決が上記のとおり説示しながら,被告人の自白の信用性を否定しなかった根拠は,原判決が上記説示に続けて詳細に説示するとおりであり,この認定判 9断は原審記録に照らしても是認できる。 所論指摘の点は,被告人の自白を直接裏付ける客観的証拠がないということにすぎず,被告人の自白が客観的事実に反するというものではない。被告人の自白は,被告人が犯行時刻頃に本件現場方向に出入りした事実によって強く裏付けられているのであって,その信用性が動揺するものではない。 所論は採用できない。 上記②の放火場所の焼損状況の点について,所論は,被告人の自白において被告人が放火場所と説明する場所に近い自転車が焼損していないことや,付近に駐車中の軽自動車がヘッドランプカバーの溶解程度の焼損で済んでいることについて,原判決が,「放火した場合に現場がどのように焼損するかは現場の状況や風向き等にも左右される。本件現場のゴミは,103号室の玄関扉や壁等の近くに積み重なっており,建物の方へ火が燃え広がりやすい状況にあったといえ,現にそのように火が燃え広がったと考えられる。」などとして,自転車や軽自動車が激しく燃えるとは限らないと説示したのに対し,これが原判決独自の経験則であるなどとして論難し,燃焼実験の結果によれば,炎は高さ180㎝の玄関扉を優に超えて激しく燃え上がっており,その様子からすれば,近距離にある物は,風向きにかかわらず激しく燃焼すると考えるのが自然であるなどと主張する。 しかしながら,放火した場合の焼損状況が,現場の状況や風向きによって大きく変化することは,一般的な経験則であって,決して原判決独自のものではない。燃焼実験の結果を根拠として,被告人の自白の内容が実際の焼損状況と矛盾するなどと直ちにいえないことは明らかで きによって大きく変化することは,一般的な経験則であって,決して原判決独自のものではない。燃焼実験の結果を根拠として,被告人の自白の内容が実際の焼損状況と矛盾するなどと直ちにいえないことは明らかであり,所論は採用できない。 8 所論は,原判決が,被告人の自白に関し,①逮捕段階から第1回公判期日まで一貫している,②供述内容が具体的である,③動機に不自然な点がない,④取調べにおいて自己の言い分をしっかり話しており,捜査機関による誘導や押し付けは認められないとした点を論難し,これらの事情の個別の証明力又は推認力が弱 10く,また,これらを総合しても,「被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは説明することが極めて困難である)事実関係が含まれる」とはいえないなどと主張する。 しかしながら,このような主張が独自の見解であって採用の限りでないことは,既に見たとおりである。 仮に所論が,原判決において被告人の自白の信用性を肯定した主たる根拠が①~④であると見ているのだとすれば,その点も誤りである。原判決が被告人の自白の信用性を肯定した最大の根拠が,本件放火の時間帯に被告人が本件現場方向に入り込み,すぐに立ち去ったという被告人の犯人性をそれなりに強く推認できるとする客観的な事実が被告人の自白を裏付けていることであることは,その説示に照らし明らかであり,所論は,その点においても当を得ないというほかない。 9 所論は,被告人が知的障害者であることから,被告人の自白については,知的障害者特有の問題に関する医学的知見に基づく評価,検討が行われるべきであるが,原判決においてはこの点の検討がされていないと主張する。すなわち,原裁判所の実施した被告人の精神鑑定や,鑑定を実施した精神科医の原審供述によれば,被告人は,I づく評価,検討が行われるべきであるが,原判決においてはこの点の検討がされていないと主張する。すなわち,原裁判所の実施した被告人の精神鑑定や,鑑定を実施した精神科医の原審供述によれば,被告人は,IQが52であり,軽度知的障害と診断されており,知的障害者の特性として,他人の話に迎合してしまう傾向や,相手が強い姿勢で出てきたり,自分より強い立場だと理解した場合には,相手の顔色をうかがって,相手が期待している答えを予測して迎合してしまうという傾向があることが認められるところ,所論は,この点を踏まえ,原判決が,捜査機関による具体的な誘導や押し付けの危険性しか検討しておらず,知的障害者が有する上記の傾向による虚偽供述の可能性について検討していないと主張する。 そこで検討するに,原判決が,被告人の自白の信用性評価に当たり,知的障害者の上記のような供述特性をどのように考慮したかについては,必ずしも明らかではない。 しかしながら,原判決は,もとより,上記精神科医の原審供述の内容を踏まえ 11た上で被告人の自白の信用性を検討しているものと解される。加えて,その説示を見ると,原判決は,被告人が弁解録取手続において,「段ボール箱等に何らかの方法で火を放ち」との被疑事実を読み聞かされたにもかかわらず,警察官や検察官に対し,ポリ袋又はビニール袋にライターで火を付けた旨を供述しているほか,午後8時過ぎまでeでアイドルのライブを見た後に火を付けたことなどを供述しており,当該時点で捜査機関が把握していなかったと解される事実関係を供述していることや,検察官による弁解録取手続においては,アパートまで火が燃え移るとは思っていなかった旨,自己の言い分をしっかりと話すことができていることなどを根拠として,軽度知的障害の点を考慮しても被告人の自白の信用性が による弁解録取手続においては,アパートまで火が燃え移るとは思っていなかった旨,自己の言い分をしっかりと話すことができていることなどを根拠として,軽度知的障害の点を考慮しても被告人の自白の信用性が肯定されると判断している。 以上によれば,原判決は,知的障害者の上記の供述特性を適切に踏まえた上で,被告人が捜査機関に対して自己の記憶に基づき,自己の言い分を供述することができていたことを確認することにより,虚偽供述の危険はないものと判断したといえる。原判決が捜査機関による誘導や押し付けの危険しか検討していないとの所論は,原判決の説示を正解しないものである。 10 所論は,①ライターの購入や投棄の事実について客観的な裏付けがない,②被告人の供述には,本件現場に至る経路について,重要な変遷が認められるなどといった事情を指摘し,被告人の自白の信用性を認めた原判決を論難するが,これらの点を検討しても,被告人の自白の信用性が左右されるものでないことは,原判決が適切に説示するとおりである。 11 その他の所論を踏まえても,本件放火の時間帯に,被告人が本件現場方向に入り込み,すぐに立ち去ったという客観的な事実による強固な裏付けを前提に,被告人の自白の信用性を肯定した原判決の証拠評価に誤りは見いだせない。 論旨は理由がない。 12 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担 12させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 令和3年9月3日広島高等裁判所第1部裁判長裁判官 伊 名 波 宏 仁 裁判官 のとおり判決する。 令和3年9月3日広島高等裁判所第1部裁判長裁判官 伊 名 波 宏 仁 裁判官 富 張 真 紀 裁判官 廣 瀬 裕 亮
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