令和4(う)1035 殺人

裁判年月日・裁判所
令和5年7月10日 大阪高等裁判所 棄却
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判決文本文4,870 文字)

令和4年(う)第1035号殺人被告事件令和5年7月10日宣告大阪高等裁判所第4刑事部判決 主文 本件控訴を棄却する。 当審における未決勾留日数中190日を原判決の刑に算入する。 理由 第1 事案の概要及び控訴の趣意(略称は原判決のそれに従い、証拠番号並びに証言及び被告人の公判供述は 原審におけるそれをいう。)本件は、被告人が、令和3年6月11日、大阪市内のカラオケパブ店内で、被害女性(当時25歳。以下「被害者」という。)に対し、殺意をもって、刃物で、その頸部、項部、胸部を多数回突き刺すなどし、よって、同人を、刺創による右頸部深部筋断裂、左肺貫通創等に基づく失血、空気塞栓により死 亡させて殺害した、とされる殺人の事案である。 本件控訴の趣意は、弁護人向井啓介作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に各記載のとおりであり、論旨は事実誤認及び量刑不当の各主張である。すなわち、事実誤認の論旨は、被告人が被害者を殺害した犯人であると認定するには合理的な疑いが残るのに、被告人を本件の犯人と認めた原判決には、 判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのであり、量刑不当の論旨は、被告人を懲役20年に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。 第2 当裁判所の判断 1 事実誤認の論旨について 原判決の判断とその評価 原判決の【補足説明】の項における説示によると、原判決は、次のような理由から、被告人が本件の犯人であると認定したものと解される。 すなわち、原判決は、まず、①被告人による犯行の機会について、本件犯行は、本件当日(以下、本件当日の出来事は時間のみを記載する。)の午後9時29分頃から午後10時8分頃までに実 たものと解される。 すなわち、原判決は、まず、①被告人による犯行の機会について、本件犯行は、本件当日(以下、本件当日の出来事は時間のみを記載する。)の午後9時29分頃から午後10時8分頃までに実行された可能性が極めて高いとこ ろ、㋐被告人は、午後9時9分頃に本件店舗を出た後、午後9時57分頃に本件ビルを出るまでの間、本件ビル内にいて不審な行動をとっていたこと、㋑犯行時刻の前後において、被告人以外の者が1階出入口を通らずに外部から本件ビルの非常階段に侵入した可能性は極めて低いことからすると、被告人以外の者に犯行の機会が物理的に一切なかったとまではいえないにしても、 被告人には犯行の機会があったと認めた。その上で、②犯行と被告人との結び付きについて、㋐本件犯行後、1週間から10日余りの時期に押収された被告人のビジネスシューズやスーツジャケットに付着していた血痕と認められるものから、被害者のものと一致するDNA型が検出されたこと、㋑本件当日、本件店舗で被害者と共に働いていた従業員Cの証言によると、本件犯 行前に被害者に出血はみられなかったと認められることや、上記各血痕の付着部位等に照らすと、これらが本件犯行以外の機会に付着した可能性はおよそ考え難いこと、㋒本件店舗内における捜索差押え等の際に、接客スペースの床面から、本件当日の店舗開店前に実施された清掃の際には落ちていなかった被告人の結婚指輪が発見され、そこに付着した微物から、被害者のDNA 型と個人識別に用いる21座位中16座位につき合致し、残りの5座位は不詳のDNA型が検出されたことなどの事実を認めた。そして、以上を総合すると、常識に照らして、被告人が被害者を殺害した犯人であると認められるとし、被告人が偶然第三者による犯行現場に出くわした可能性がある旨の原審弁 検出されたことなどの事実を認めた。そして、以上を総合すると、常識に照らして、被告人が被害者を殺害した犯人であると認められるとし、被告人が偶然第三者による犯行現場に出くわした可能性がある旨の原審弁護人の主張についても、被告人が本件犯行の後の時点で被害者に対して LINEメッセージを送っていることを反対事実として指摘するなどして、 被告人が本件の犯人であることについて合理的な疑いを差し挟む余地はないとした。 このように、原判決が、被告人が本件の犯人であることを示す間接事実を認定、評価し、被告人が犯人ではない可能性に関する原審弁護人の主張を排斥するなどして、被告人が被害者を殺害した犯人であると認定したことに、 論理則、経験則等に照らして不合理なところはなく、当裁判所においても是認することができる。 弁護人の主張に対する判断これに対し、弁護人は、種々の主張をするが、いずれも採用できるものではない。 すなわち、弁護人は、①本件犯行は、犯人が複数名であるとすると、短時間で実行可能なものであり、1階出入口から本件ビルに立ち入って約1分から3分で退出した12名の中の複数名についても犯行の可能性がある旨主張する。しかし、信用性に疑いのない解剖医の証言によると、被害者の損傷はおおむね1種類の刃物によってできたものであると認められ、このことから は、本件は単独犯である可能性が高いといえる上、現場の状況等をみても、複数犯による犯行であることを示唆する事情は見当たらないことからすると、弁護人は抽象的な可能性を指摘するにすぎない。 また、弁護人は、②真犯人が本件ビル1階出入口以外から侵入した可能性があるのに、防犯ビデオ等を確認した警察官らが見落とした可能性がある旨 主張するが、①と同様に、これも抽象的な可能性 ない。 また、弁護人は、②真犯人が本件ビル1階出入口以外から侵入した可能性があるのに、防犯ビデオ等を確認した警察官らが見落とした可能性がある旨 主張するが、①と同様に、これも抽象的な可能性を指摘するにすぎない。 さらに、弁護人は、③この点に関連して、原審公判では、上記②の警察官らやDNA型鑑定をした科学捜査研究所職員等に対する反対尋問が十分になされておらず、そのことによって、原判決はその者らの各証言の信用性評価を誤った旨主張する。しかし、原審弁護人も、その職責において必要と判断 した事項について反対尋問を実施していると認められる上、被告人が反対尋 問権を放棄し、原審弁護人においてその意向を尊重したのだとしても、そのこと自体から証言の信用性が減殺されるとか、その信用性判断ができないということはない。 加えて、弁護人は、④原判決は、被告人の犯行動機や殺意の発生時期についての解明が不十分であり、例えば、被告人は本件犯行の2週間以上前に犯 行に使用されたとされる粘着テープを購入しているのに、その後も以前と変わることなく本件店舗に通っており、その際に不自然な言動がみられなかったのであり、こうした事情は、被害者に対して殺意を抱いている者の行動として不自然である旨主張する。しかし、被告人自身が動機について供述していない以上、原判決が、被告人が被害者に送ったメッセージ等を踏まえ、「被 告人に被害者への好意や強い執着があり、他方、好意がそのまま被害者に受け入れられなかったことが本件犯行の動機に関係しているとみられる」と正しく説示する以上に、本件犯行の動機や殺意を抱いたきっかけを断定的に認定するのは困難である上、一度被害者の殺害を思い立ったとしても、躊躇して実行に踏み切れないまま時間がすぎ、その間、表面的には以前と変 く説示する以上に、本件犯行の動機や殺意を抱いたきっかけを断定的に認定するのは困難である上、一度被害者の殺害を思い立ったとしても、躊躇して実行に踏み切れないまま時間がすぎ、その間、表面的には以前と変わらな いように振舞っていたとしても、何ら不自然、不合理とはいえないから、それらによって、被告人が本件の犯人であるとの認定が妨げられることはない。 弁護人の主張はいずれも採用できず、そのほか、弁護人が種々主張する点を併せ考慮しても、被告人を本件の犯人であるとした原判決の認定が誤っているとはいえない。 論旨は理由がない。 2 量刑不当の論旨について原判決の判断及びその評価原判決は、犯行動機について詳細は明らかにすることは困難であるが、被害者に落ち度などは見受けられず、身勝手なものであることは間違いないこ と、強固な殺意の下に実行された無慈悲で残酷な行いであること、相当に計 画的な犯行であり、強く非難されなければならないこと、突如襲われ、身を守ろうとするもかなわず、命を落とした被害者の無念は察するに余りあり、遺族の衝撃と悲しみは計り知れないこと、被告人の犯行後の言動に反省を見出すことができないことなどを量刑事情として認定した上で、同種事案の量刑傾向や、被告人に前科がないことなどをも踏まえて、被告人を懲役20年 に処したものと解されるところ、このような原判決が説示する量刑事情とその評価に量刑不当を導くべき認定評価の誤りや、重要な事情の見落としはなく、刑の量定も相当として是認することができる。 ⑵ 弁護人の主張に対する判断弁護人は、司法統計上、殺人罪の宣告刑の中で最も多いのは10年超15 年以下の懲役刑であるところ、原判決は、被告人に無期懲役刑を科すのが相当でないことについては説示するものの、 に対する判断弁護人は、司法統計上、殺人罪の宣告刑の中で最も多いのは10年超15 年以下の懲役刑であるところ、原判決は、被告人に無期懲役刑を科すのが相当でないことについては説示するものの、有期懲役刑の最高刑である懲役20年を科すことにした積極的な理由は説明していない旨主張する。しかし、具体的な事案の内容を捨象した司法統計が直ちに本件量刑の参考になるとは考え難い上、原判決は、本件において無期懲役刑を選択することも十分にあ り得るとの前提で、上記各事情を考慮し、無期懲役刑を科すことまでは困難であるとして有期懲役刑を選択したものと解される。本件事案の内容に照らし、無期懲役刑か有期懲役刑かという原判決の判断枠組みは正当であり、具体的に検討した結果、無期懲役刑を選択できないから、有期懲役刑の上限である懲役20年に処するという判断手法にも誤りはなく、被告人に懲役20 年を科した理由の説明は十分になされているといえる。弁護人の主張は採用できない。 また、弁護人は、原判決後の事情として、被害者遺族らによる損害賠償命令の申立てについて、原判決後、遺族らに対して合計2980万円の支払を命ずる決定がなされたこと、その審理の中で、被告人が保有財産の開示をし たことなども量刑上考慮すべきであると主張する。しかし、財産開示に応じ たことが量刑上考慮しなければならないほどの事情とはいえないし、被害者の兄及び母による当審における意見陳述によると、上記決定があった後においても、被告人は遺族らに対する賠償を自ら積極的に行わず、具体的にどう支払うのかの話もないため、許し難い思いを抱いているというのであって、実質的な被害弁償を行ったなどとはいえないことが明らかである。弁護人の 主張する原判決後の事情も、被告人に対する量刑を左右する 支払うのかの話もないため、許し難い思いを抱いているというのであって、実質的な被害弁償を行ったなどとはいえないことが明らかである。弁護人の 主張する原判決後の事情も、被告人に対する量刑を左右する事情とはいえず、これらを踏まえても、原判決の量刑を改める必要を認めない。 論旨は理由がない。 第3 結論よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、当審におけ る未決勾留日数の算入につき刑法21条を、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書を各適用して、主文のとおり判決する。 令和5年7月10日大阪高等裁判所第4刑事部 裁判長裁判官齋藤正人 裁判官畑口泰成 裁判官赤坂宏一

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