平成15(ワ)2581 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成16年5月13日 東京地方裁判所
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判決文本文19,998 文字)

H16.5.13東京地方裁判所平成15年(ワ)第2581号損害賠償請求事件 主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告Aに対し,3302万3250円及びこれに対する平成13年3月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告Bに対し,1701万1625円及びこれに対する平成13年3月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は,原告Cに対し,1701万1625円及びこれに対する平成13年3月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,D(昭和20年8月18日生まれ。)が,大動脈弁狭窄症等のため,被告が開設するE病院(以下「被告病院」という。)において,平成13年3月14日,大動脈弁置換術を受けたところ,同月19日に死亡したことについて,Dの相続人である原告らが,被告に対し,主位的に,①被告担当医師らは,大動脈弁置換術中,体外循環中の心停止状態から心拍動を再開させる際に,心臓内の空気抜きを十分にすべきであったのに,これを怠ったため,Dは右冠動脈空気塞栓によって急性心筋梗塞を発症して死亡に至ったと主張し,予備的に,②被告担当医師らが,大動脈弁置換術中に,手術器具の操作を誤って心臓の血管を傷つけたため,Dは大量出血により死亡した,③被告担当医師らは,遅くとも平成13年3月16日午前11時10分までに,Dの右大腿動脈閉塞を発見して,手術等の適切な処置をすべきであったのに,これを怠ったため,Dは死亡したと主張して,不法行為(使用者責任)に基づき,逸失利益,慰謝料等の損害賠償を求める事案である。 1 前提事実(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)(1) 当 れを怠ったため,Dは死亡したと主張して,不法行為(使用者責任)に基づき,逸失利益,慰謝料等の損害賠償を求める事案である。 1 前提事実(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)(1) 当事者等ア原告ら原告Aは,Dの夫であり,原告B及び原告Cは,Dの子である(甲C3からC5まで)。 イ被告等被告は,被告病院を開設する学校法人である。 F医師は,被告病院胸部心臓血管外科に勤務する医師であり,Dに対する大動脈弁置換術,再開胸手術,血栓除去術,筋膜切開術を担当した(乙A7)。 (2) 診療経過ア入院に至る経緯Dは,40歳ころから高血圧を患い,さらに48歳ころから僧帽弁不全,不整脈を患っており,その治療のために,広島市所在のG胃腸科に通院していた(乙A1・15頁,A4・342頁裏面)が,横浜市青葉区に転居したことに伴い,平成11年4月6日以降は,被告病院内科に通院するようになった。 被告病院内科に通院していた当時のDは,軽作業をすると動悸,息切れがあり,平成11年6月8日に行われた心臓超音波検査では,強度(大動脈左室圧較差96mmHg)の大動脈弁狭窄症と軽度から中等度の僧帽弁閉鎖不全症が認められた(乙A1・58頁,A7)。 Dは,平成13年2月23日,失神発作を生じたため,同日,被告病院内科を受診したところ,同月27日に大動脈弁狭窄症評価目的で被告病院循環器内科に入院することとなった(以下,特に年を示さない場合は,すべて平成13年である。)。 イ入院後の経過そこで,Dは,2月27日,被告病院循環器内科に入院した。 その余の被告病院におけるDの診療経過は,別紙「診療経過一覧表」記載のとおりである(当事者の主張の相違する部分 院後の経過そこで,Dは,2月27日,被告病院循環器内科に入院した。 その余の被告病院におけるDの診療経過は,別紙「診療経過一覧表」記載のとおりである(当事者の主張の相違する部分を除き,争いがない。)。 なお,Dは,3月14日に,大動脈弁置換術(以下「本件第1回手術」という。)を受け,同月16日に,再開胸手術(以下「本件第2回手術」という。)を受け,同月17日に,血栓除去術(以下「本件第3回手術」という。),筋膜切開術(以下「本件第4回手術」という。)を受けるなどしたが,同月19日,多臓器不全となり,死亡した。 (3) 医学専門用語本件における医学専門用語の意味は,別紙「専門用語表」のとおりである。 2 争点(1) 空気抜きが不十分であった過失による不法行為(原告らの主位的主張)の成否(原告らの主張)F医師を含む被告担当医師ら(以下「F医師ら」という。)は,本件第1回手術の際,Dの大動脈の遮断を解除させる前に,心臓内の空気抜きを十分に行うべきであったにもかかわらず,これを怠った。 このため,大動脈遮断解除時に,Dの心臓内に残存していた空気が冠動脈へ流れ,それによって右冠動脈が閉塞されて急性心筋梗塞が発症し,Dは死亡した。 ア心筋は低酸素に弱いため,冠動脈に空気塞栓が生じると,心筋梗塞が引き起こされ,重篤になりやすい。したがって,心臓外科手術においては,冠動脈への空気塞栓の発生は可及的に防止しなければならない。 本件第1回手術のような大動脈弁置換術における空気抜きについては,「空気がすべて排除されてから大動脈縫合糸を結び,大動脈遮断かん子を外す」(乙B2・72頁),「処置が全て完了して空気塞栓のおそれがほとんどなくなった段階で,大動脈遮断かん子が外される」 ついては,「空気がすべて排除されてから大動脈縫合糸を結び,大動脈遮断かん子を外す」(乙B2・72頁),「処置が全て完了して空気塞栓のおそれがほとんどなくなった段階で,大動脈遮断かん子が外される」(乙B2・56頁),「大動脈遮断を解除する前に左心系を血液で充満させ,大動脈基部ベントから十分に空気抜きを行うこと」(乙B3・84頁)などといわれており,大動脈の遮断を解除する前に十分に空気抜きをしなければならないとされている。 イところが,F医師らは,本件第1回手術の際,午後1時30分に大動脈の閉鎖が終了した段階で,左房ベントと大動脈ベントを用いて空気抜き操作を行いつつ大動脈の遮断を解除したのであって,大動脈遮断解除前における空気抜きの作業はほとんど行われなかったものと考えられる。 ウそして,F医師は,大動脈の遮断解除後に,右冠動脈の右室枝内に移動速度の遅い泡粒を1,2個ほど視認しているが,これらの泡粒は,上記のとおり大動脈遮断解除前の空気抜きが不十分であったことによるものであり,その後に急性心筋梗塞を生じていることからすると,冠動脈の空気塞栓を広範囲に生じさせるものであったと推認される。 エなお,本件第1回手術後に生じた急性心筋梗塞の原因が,右冠動脈空気塞栓によるものであることは,胸部心臓血管外科入院カルテ(乙A4)に,「原因としては右室梗塞(airemboli(空気塞栓))が考えやすい。」(4頁),「右室の動き悪く,airemboli(空気塞栓)によるものと思われる」(14頁表面),「RVbrにair認め(右室肢に空気を認め)」(15頁裏面),「RCAairembolisusp(右冠動脈空気塞栓の疑い)」(15頁裏面),「術中,RCAairemboli(右冠動脈空気塞栓)によるものと思われる心不全(右 を認め)」(15頁裏面),「RCAairembolisusp(右冠動脈空気塞栓の疑い)」(15頁裏面),「術中,RCAairemboli(右冠動脈空気塞栓)によるものと思われる心不全(右心不全)を発生し」(21頁),「PastopLOSduetoRVdysfusion」(術後,右室機能低下による低拍出量症候群)」(29頁),「maybeairembolitotheRCA(おそらく右冠動脈空気塞栓による)」(29頁)「RCA(右冠動脈)へのairemboli(空気塞栓)もRretroCPinfusion(薬効性心筋保護液注入)で予防はしていた」(29頁),「airembolitotheRCA(右冠動脈空気塞栓」(39頁裏面),「術中右室梗塞合併右冠動脈に空気閉塞が疑われる」(359頁表面)などの記載があることから明らかである。 したがって,被告は,Dの死亡について,不法行為責任(使用者責任)を負う。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 ア Dの死亡原因Dは,次のとおり,スパスムによって下肢循環不全となり,それが原因で急性腎不全から多臓器不全となって死亡したのであって,被告は,不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償責任を負わない。 (ア) Dは,本件第1回手術後,心不全を起こしたが,IABP及びPCPSなどの補助により,3月15日には軽快していた。 (イ) ところが,3月16日,Dの血圧が突然低下したことを受けて,F医師らは,心タンポナーデ症状を疑い,同日午前6時40分から本件第2回手術を行った。 しかし,同手術によっても十分な血圧の上昇は得られなかったため,左下肢にPCPSを再装着して,同日午前11時10分にICUに帰室させた い,同日午前6時40分から本件第2回手術を行った。 しかし,同手術によっても十分な血圧の上昇は得られなかったため,左下肢にPCPSを再装着して,同日午前11時10分にICUに帰室させた。 (ウ) そして,同日午後10時の時点で,Dの右下肢に腫脹がみられ,それまでにドップラーにより聴取可能であった膝窩動脈の拍動が消失ないし弱くなったため,F医師らは,右大腿動脈閉塞を疑い,本件第3回手術を開始した。 本件第3回手術においては,IABP挿入部には血栓は認められなかったが,右大腿動脈から腸骨動脈にかけての著しいスパスムが確認された。 (エ) そこで,F医師らは,IABPを左下肢からの挿入に変更したが,Dの左下肢にもスパスムが生じたため,Dは下肢循環不全から急性腎不全を起こし,最終的には多臓器不全に陥り,死亡するに至った。 (オ) 以上のとおり,本件第1回手術後に生じた心不全は,IABP及びPCPSなどの補助により3月15日には,軽快していたが,Dは,3月16日に確認されたスパスムにより,右大腿動脈閉塞等を発症して死亡したのであって,空気抜きが不十分であったために死亡したものではない。 (カ) なお,スパスムについては,非常に稀な病態である上,発生機序も正確に解明されていないので,F医師らが予見することは不可能であり,これを防止することも不可能であった。 イ空気抜き(ア) F医師らは,本件第1回手術時,空気抜きをしている際,少量の空気の泡粒を視認したが,大動脈弁置換術においては,異常なことではない。 なぜなら,同術では,脳に空気塞栓が生じることだけは絶対に避けなければならないことから,頭低位にするところ,頭低位にすると心臓において大動脈基部が垂直上に一番上となり,同部位 ではない。 なぜなら,同術では,脳に空気塞栓が生じることだけは絶対に避けなければならないことから,頭低位にするところ,頭低位にすると心臓において大動脈基部が垂直上に一番上となり,同部位に冠動脈口が存在するため,大動脈ベントを用いたとしても,少量の空気が冠動脈に入ることは避けられないからである。 (イ) そして,通常であれば,前記(ア)のような空気の泡粒があったとしても,その後の空気抜きを十分に行うことにより,心機能の改善ができる。 本件においても,F医師らは,大動脈遮断を解除して,血流を再開させる前に,心臓内に血液を満たし,十分に空気が抜けたことを確認した。 すなわち,F医師らは,大動脈ベント及び左房ベントを用い,ベッドの向きを変え,さらに肺を膨らませたり,左心を圧迫したりして,十分に空気抜き操作を行い,経食道エコーを用いて画像上で確認しながら,空気が完全になくなるまで空気抜き操作を続け,血流再開後も血圧が戻るまでは空気抜きを継続した。 (ウ) なお,F医師らは,本件第1回手術においては,術中の心筋保護液注入については,空気塞栓を予防する効果も期待して,左右冠動脈口への選択的心筋保護液注入と冠静脈洞への逆行性心筋保護液注入を併用した。 ウ原告らの主張に対する反論(本件第1回手術後の説明について)F医師らは,本件第1回手術後,心臓手術中,体外循環から切り替える際に冠動脈へ空気が入り込んだなどと説明したが,これは,本件第1回手術では,空気抜きは十分行っていたが,大動脈切開が必要な全ての手術においては,必ず,最前方に位置する右冠動脈に僅かな空気が流れること(通常は少量の空気は血中に溶けるため問題とならないことが多いが,低い確率で冠動脈閉塞を起こすことが分かっている。),F医師 の手術においては,必ず,最前方に位置する右冠動脈に僅かな空気が流れること(通常は少量の空気は血中に溶けるため問題とならないことが多いが,低い確率で冠動脈閉塞を起こすことが分かっている。),F医師らが,右冠動脈の分枝である右室枝に極少量の空気の泡粒があるのを認めたこと,説明当時は本件第1回手術後に生じた心不全の原因が判明していなかったことなどから,通常は考えにくいが,可能性のあるものとして,おそらくは右冠動脈空気塞栓による右室機能障害を原因とする低拍出量症候群であると家族に説明したに過ぎない。 Dのその後の診療経過(左右の下肢に著しいスパスムが生じていること)からすれば,本件第1回手術後に生じた心不全の原因は,冠動脈のスパスムによるものと考えられる。 したがって,被告は,Dの死亡について,不法行為責任(使用者責任)を負わない。 (2) 手技上の過失による不法行為(原告らの予備的主張の1)の成否(原告らの主張)F医師らは,本件第1回手術の際,メスその他の手術器具の操作を誤って,Dの心臓の血管を傷つけたものであり,これにより,Dは,大量出血となり死亡したのであるから,被告は,Dの死亡について,不法行為責任(使用者責任)を負う。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 本件第1回手術では,手技上の過失はなく,Dの出血量もごく少量であった。 したがって,被告は,Dの死亡について,不法行為責任(使用者責任)を負わない。 (3) 右大腿動脈閉塞の発見義務違反による不法行為(原告らの予備的主張の2)の成否(原告らの主張)F医師らは,以下の事実からすれば,遅くとも3月16日午前11時10分までに,Dの右大腿動脈閉塞を発見して,手術をするなど適切な処置をすべきであったのに, )の成否(原告らの主張)F医師らは,以下の事実からすれば,遅くとも3月16日午前11時10分までに,Dの右大腿動脈閉塞を発見して,手術をするなど適切な処置をすべきであったのに,これを怠ったため,Dを死亡させた。 ア人工弁置換術後の動脈塞栓についての注意動脈塞栓は,人工弁置換術後の合併症として発生することが多く(甲B4・4頁),また,IABPは,大腿部から挿入するため,その部位の動脈硬化が高度であったり,挿入部より末梢の下肢に動脈の狭窄が存在すると,下肢の動脈阻血や壊死を起こしてくる可能性があるので,人工弁置換術後の大動脈塞栓には十分な注意が必要である。 イ本件における経過等(ア) Dについては,3月14日午後8時55分,本件第2回手術後帰室した時点では,ドップラーにより,足背動脈の血流が確認されており,下肢の阻血については,問題はなく,翌15日にも,足背動脈を手で触知でき,下肢の血流には問題はなかった。 (イ) しかし,同月16日午前4時の時点で,右足が既に冷たくなっており,本件第2回手術後,同日午前11時10分に帰室した時点では,右足背動脈を触知できなくなっており,同月17日午前0時10分には,右下肢に対する本件第3回手術が行われた(乙A4・312頁から324頁まで)。 (ウ) また,F医師は,原告Aに対し,同月16日午前9時30分ころ,「右膝から下の体温が下がっている。」と話し,同日午後5時ころ,本件第2回手術について説明した際,「術後から右足の脈動がなくなり,脈動は膝までしか出ていない。」などと話した。 ウ以上からすれば,Dについては同日午前4時ころまでに,右大腿動脈閉塞を発症していたと考えられるところ,F医師らは,同日午前11時10分に右足背動脈を触知 しか出ていない。」などと話した。 ウ以上からすれば,Dについては同日午前4時ころまでに,右大腿動脈閉塞を発症していたと考えられるところ,F医師らは,同日午前11時10分に右足背動脈を触知できなかったのであるから,遅くとも,同時点には右大腿動脈閉塞を発見し,手術等適切な処置をすべきであった。 したがって,被告は,Dの死亡について,不法行為責任(使用者責任)を負う。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 Dについては,以下の事実からすれば,3月16日午前11時10分の時点では,右大腿動脈閉塞は発生しておらず,前記(1)(被告の主張)記載のとおり,その後に,著しいスパスムによる右大腿動脈閉塞を生じたものである。 なお,被告病院においては,本件第1回手術後,一貫して,Dについて,下肢の冷感,チアノーゼの有無を確認し,随時ドップラーにより足背,膝窩動脈等の拍動を確認しており,Dの大動脈閉塞の発症に対する監視は十分に行っていた。 また,DがICUに帰室した時点で右足背動脈の血流を触知できなかったことについて,F医師らは,血液流量の低下によって生じたと判断したが,この判断は,以下のとおり相当なものである。 ア本件第2回手術前の状況Dについては,本件第2回手術直前には,右足背動脈の血流がドップラーにより確認されていることからすれば,同時点においては,右大腿動脈閉塞は発症していなかった。 イ本件第2回手術後の状況(ア) 右足背・右膝窩動脈の拍動3月16日午前11時10分ICU帰室後,同日午前11時40分の時点では,右足背動脈の血流は触知できなくなっていたが,ドップラーにより右膝窩動脈の拍動が聴取されていた。 (イ) IABP及びPCPSと下肢末梢血流の 分ICU帰室後,同日午前11時40分の時点では,右足背動脈の血流は触知できなくなっていたが,ドップラーにより右膝窩動脈の拍動が聴取されていた。 (イ) IABP及びPCPSと下肢末梢血流の低下IABPを下肢大腿動脈から挿入してパンピングを行う場合,動脈よりも細いカテーテルを挿入することにより挿入部から末梢への血流が維持されるが,動脈が細くなったり,流量が十分に出せないなどの理由で,カテーテルと動脈の隙間から下肢への血流が不足すると,下肢の阻血を生じるとされている(乙B7)。 (ウ) 本件第2回手術後のDの状態についての判断前記(イ)のとおりIABP等を使用した場合,血液の流量が十分に出せないことにより,末梢血流の低下が生じるところ,3月16日午前4時の段階で突然の血圧低下があり,同日午前11時10分にも血圧が60から70程度で心機能が低下している状態であったこと,前記(ア)のとおり,右膝窩動脈の拍動が聴取されており,同部位より中枢側においては血流が確保されていることが確認されていることなどからすれば,DがICUに帰室した時点で右足背動脈の血流を触知できなかったことについて,血液流量の低下によって,右膝窩部より末梢側に虚血が生じたと判断したことは,相当である。 したがって,被告は,Dの死亡について,不法行為責任(使用者責任)を負わない。 (4) 損害(原告らの主張)ア(ア) Dの損害Dは,F医師らの前記(1),(2)または(3)の不法行為(以下「本件不法行為」という。)により,次のとおり合計5804万6500円の損害を被った。 a 葬儀費用 150万円b 逸失利益(a) 主婦分 。)により,次のとおり合計5804万6500円の損害を被った。 a 葬儀費用 150万円b 逸失利益(a) 主婦分 2300万3464円Dは主婦であったところ,その逸失利益(主婦分)については,基礎収入については,賃金センサス平成12年女性労働者学歴計全年齢平均収入349万8200円とし,生活費控除率を30パーセント,死亡時の年齢が55歳であったことから就労可能年数13年(ライプニッツ係数9. 394)として計算し,2300万3464円(1円未満切り上げ)が相当である。 (b) 年金分 334万1889円Dには,本件不法行為がなければ,65歳から平均余命である84歳まで19年間毎年64万3500円の年金収入があったと考えられるので,その逸失利益(年金分)については,生活費控除率30パーセントとして,ライプニッツ係数(7.419)を用いて計算し,334万1889円(1円未満切り上げ)が相当である。 (c) 被爆者手当分 620万1148円Dは,死亡するまで,被爆者手当として月額3万4130円を受領していたところ,本件不法行為がなければ平均余命である84歳まで受領できたと考えられるので,その逸失利益(被爆者手当分)については,ライプニッツ係数(15.141)を用いて計算し,620万1148円(1円未満切り上げ)が相当である。 c 死亡慰謝料 2400万円(イ) 相続原告らは,Dの死亡により,Dの被告に対する前記(ア)の損害賠償請求権を,原告Aが2分の1,同B及び同C c 死亡慰謝料 2400万円(イ) 相続原告らは,Dの死亡により,Dの被告に対する前記(ア)の損害賠償請求権を,原告Aが2分の1,同B及び同Cがそれぞれ4分の1の割合で相続した。 イ原告ら固有の慰謝料原告らに対する固有の慰謝料については,各々100万円が相当である。 ウ弁護士費用原告らは,原告ら訴訟代理人弁護士らに対し,本件訴訟の追行を委任したが,その弁護士費用に相当する損害としては,原告Aについては300万円,同B及び同Cについてはそれぞれ150万円が相当である。 エよって,原告らは,被告に対し,不法行為(使用者責任)に基づき,損害金(原告Aについては3302万3250円,原告B及び原告Cについては各々1701万1625円)及びこれらに対する不法行為の日(Dが死亡した日)である平成13年3月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 第3 判断 1 認定事実前記前提事実,証拠(各認定事実の後に掲げる。)及び弁論の全趣旨によれば,Dの被告病院における診療経過に関して,以下の各事実が認められる。 (1) 入院に至る経緯ア Dは,40歳ころから高血圧を患い,さらに48歳ころから僧帽弁不全,不整脈を患っており,その治療のために,広島市所在のG胃腸科に通院していたが,横浜市青葉区に転居したことに伴い,平成11年4月6日以降は,被告病院内科に通院するようになった(前記前提事実)。 イ被告病院内科に通院していた当時のDは,軽作業をすると動悸,息切れがあり,平成11年6月8日に行われた心臓超音波検査では,強度(大動脈左室圧較差96mmHg)の大動 った(前記前提事実)。 イ被告病院内科に通院していた当時のDは,軽作業をすると動悸,息切れがあり,平成11年6月8日に行われた心臓超音波検査では,強度(大動脈左室圧較差96mmHg)の大動脈弁狭窄症と軽度から中等度の僧帽弁閉鎖不全症が認められた(前記前提事実)。 ウ被告病院内科では,Dが,平成12年6月12日の診察の際に,動悸,ふらつきを訴え,また,同年11月22日の診察の際に,就眠時の動悸を訴えたことから,Dの大動脈弁狭窄症評価目的の入院を予定していた(乙A1・25頁,27頁,乙A7,原告A本人)。 エ Dは,2月23日,就寝しようとしたところに動悸が現れ,冷汗,呼吸回数上昇,失禁,失便,約10分間にわたる意識消失といった症状を呈したことから,原告Aに連れられて,被告病院内科の救急外来に来院した(前記前提事実,甲A4,A9,乙A1・28頁,A7)。 Dは,被告病院内科の救急外来で診察を受けたときには,既に上記症状を消失していたが,大動脈弁狭窄症の精査のために,2月27日に被告病院循環器内科に入院することになった(前記前提事実,乙A1・28頁,A7)。 オそして,Dは,2月27日,被告病院循環器内科に入院した(前記前提事実)。 (2) 本件第1回手術に至る経緯ア 3月2日,Dは,心臓カテーテル検査を受け,大動脈左室圧較差104mmHg,大動脈弁口面積0.5平方センチメートルの重症大動脈弁狭窄症と診断された(診療経過一覧表,乙A2・18頁,33頁,A7)。 イこの検査結果を受けて,3月6日,Dは被告病院胸部外科で診察を受け,3月28日に本件第1回手術を受けることが予定された(診療経過一覧表,乙A2・19頁,A7)。 3月7日には,本件第1回手術の施術予定日が,3月22日に変更さ 被告病院胸部外科で診察を受け,3月28日に本件第1回手術を受けることが予定された(診療経過一覧表,乙A2・19頁,A7)。 3月7日には,本件第1回手術の施術予定日が,3月22日に変更された(乙A2・25頁,A7)。 3月12日には,本件第1回手術のための術前検査がすべて終了し,また,本件第1回手術の施術予定日が,3月14日に変更された(診療経過一覧表,乙A2・30頁,A7)。 ウなお,Dは,本件第1回手術以降のために,自己血を1200ミリリットル(400ミリリットルずつ3回)貯血することが予定されていたが,実際に貯血できたのは,3月8日に貯血した400ミリリットルのみであった(乙A2・18頁,25頁。3月13日にも貯血が予定されていたが,Dの血圧が低かったため,中止となった(乙A2・30頁)。)。 エ 3月14日,Dは,本件第1回手術を受けるため,3月14日,被告病院胸部外科へ転科した(診療経過一覧表)。 (3) 本件第1回手術(3月14日)ア午前9時,Dに対し,本件第1回手術のための全身麻酔が開始され(乙A4・350頁,乙A7),午前10時11分,本件第1回手術が開始された(診療経過一覧表)。 イまず,胸骨正中切開を経て心臓が露出され,大動脈遮断部より末梢側の上行大動脈に人工心肺の送血カニューレが,上大静脈と下大静脈に人工心肺の脱血カニューレが接続され,抗凝固薬であるヘパリンの投与が開始された(乙A4・14頁表面,16頁,A7,証人F)。 ウ午前11時27分,人工心肺の作動が開始され,そのころ,右上肺動脈から左房ベントが挿入された(乙A4・16頁,証人F)。 エ午前11時37分,大動脈が遮断され,心筋保護液を左冠動脈口と右冠動脈口から血流と同じ方向に注入(順行性心筋 れ,そのころ,右上肺動脈から左房ベントが挿入された(乙A4・16頁,証人F)。 エ午前11時37分,大動脈が遮断され,心筋保護液を左冠動脈口と右冠動脈口から血流と同じ方向に注入(順行性心筋保護液注入法)するとともに,冠静脈洞から血流と逆方向にも心筋保護液が注入(逆行性心筋保護液注入法)された(診療経過一覧表,乙A4・14頁表面,16頁,A7,証人F)。 F医師らが,このように順行性心筋保護液注入法に加えて,逆行性心筋保護液注入法を併用したのは,順行性心筋保護液注入法のみでは,心筋保護液の投与が間欠的になってしまい,心筋が虚血状態にさらされてしまうところ,逆行性心筋保護液注入法では,心筋保護液を持続的に投与できるため,空気がたまりにくくなることから,空気塞栓の予防効果があると考えてのことであった(乙A7,証人F)。 オ午前11時44分,心停止が確認され,大動脈弁の置換が開始された(診療経過一覧表,乙A4・16頁,A7)。 この際,術野に血液が流れ込まないように,左房ベントから血液の吸入が行われた(証人F)。 カ午後1時,大動脈弁の縫着が終了した(診療経過一覧表)。 キそして,午後1時15分,大動脈切開部の閉鎖が開始された(診療経過一覧表)。 F医師らは,左房ベントによる血液の吸入を中断して,血液が左房から左室,大動脈へと少しずつ満たされていくようにし,大動脈切開部の閉鎖を行った(診療経過一覧表,乙A7,証人F)。 大動脈切開部の閉鎖がほぼ終了した段階で,大動脈の空気抜きのために大動脈ベントが挿入され,大動脈ベントから血液を吸入しつつ,脳に空気が流れないように,頭低位とされた(診療経過一覧表,乙A7,証人F)。 午後1時30分,大動脈切開部から血液が溢れるようにしな 脈ベントが挿入され,大動脈ベントから血液を吸入しつつ,脳に空気が流れないように,頭低位とされた(診療経過一覧表,乙A7,証人F)。 午後1時30分,大動脈切開部から血液が溢れるようにしながら,大動脈切開部の閉鎖が終了した(診療経過一覧表,乙A7,証人F)。 ク大動脈切開部閉鎖後,左房ベントと大動脈ベントを用いて空気抜きを行いながら,大動脈の遮断が解除された(診療経過一覧表,乙A7,証人F)。 午後1時31分には,自拍動が再開したが,右室の収縮が弱い状態であった(診療経過一覧表,乙A4・16頁,A7,証人F)。 このころ,F医師は,右冠動脈の枝(右室枝)に移動速度の遅い泡粒が1,2個あることを視認した(診療経過一覧表,乙A7,証人F)。 自拍動が再開した後も,経食道エコーによって心臓内の空気の抜け具合を随時確認しつつ,左房ベントと大動脈ベントによる空気抜きや,ベッドを左右に振ったり,肺を膨らませたり,左心を圧迫するなどによる空気抜きが行われた(診療経過一覧表,乙A7,証人F)。 ケ右室の収縮が弱い状態であったことから,午後1時36分に心室ペーシング(心拍動を補助するための電気刺激)が行われ,また,昇圧剤(ノルアド,ボスミン,イソプロ等),冠拡張剤(ニトロ等)が投与されたが,心臓の回復は得られず,人工心肺を離脱できる状態には至らなかった(診療経過一覧表,乙A4・16頁,A7,証人F)。 そこで,午後3時30分,右大腿動脈からIABPのバルーンカテーテルが挿入された(診療経過一覧表,乙A4・16頁,A7,A8,証人F)。 IABPは,大腿動脈等からバルーンカテーテルを挿入して,その先端を下大動脈に留置する補助循環方法であり,心臓が拡張する時期にバルーンを膨らませて,冠動脈へ 16頁,A7,A8,証人F)。 IABPは,大腿動脈等からバルーンカテーテルを挿入して,その先端を下大動脈に留置する補助循環方法であり,心臓が拡張する時期にバルーンを膨らませて,冠動脈への血流を増やす効果と,心臓が収縮する直前にバルーンを急激に萎ませて,心臓からの血液の流出を容易にする効果がある(専門用語表,甲B2,B7)。 コしかし,午後6時30分ころになっても心臓の回復が得られなかったため,IABPを用いていても人工心肺の離脱は困難であると判断し,午後6時37分,本件第1回手術に用いられた人工心肺からPCPS(左大腿動脈に送血カニューレが挿入され,左大腿静脈に脱血カニューレが挿入された。)への移行が行われた(診療経過一覧表,乙A4・17頁,A7,A8,証人F)。 PCPSは,超小型人工肺と血液ポンプ等から構成される経皮的心肺補助装置である(専門用語表,乙B6)。 サ午後8時21分,閉胸が行われ,本件第1回手術は終了した(乙A4・350頁)。 シなお,本件第1回手術中の出血量は,295ミリリットルであった(診療経過一覧表,乙A4・350頁,A7,証人F)。 (4) 本件第2回手術に至る経緯ア Dは,3月14日午後9時にICUに移された(診療経過一覧表,乙A7)。 ICUに入室したころのDの血圧は,80/50mmHgであり,ドレーン出血量(総量)は,450ミリリットルであった(診療経過一覧表,証人F)。 同日午後9時35分には,Dのドレーン出血量(総量)は,1130ミリリットルであった(乙A4・313頁,証人F)。 イ 3月15日午前1時ころから,Dの血圧の上昇と循環動態の改善が確認され,ドレーン出血量も減少するようになり,同日午前8時の時点では,Dの血圧は概ね14 った(乙A4・313頁,証人F)。 イ 3月15日午前1時ころから,Dの血圧の上昇と循環動態の改善が確認され,ドレーン出血量も減少するようになり,同日午前8時の時点では,Dの血圧は概ね144/55mmHg,直前1時間のドレーン出血量は約100ミリリットルであった(診療経過一覧表,乙A4・30頁裏面,316頁,A7)。 ウその後もDの血圧の上昇と循環動態の改善が確認され,同日午後2時には,PCPSの離脱を試みたところ,収縮期血圧が150mmHgを超えるまでに上昇していることも確認された(診療経過一覧表,乙A4・31頁表面,A7,証人F)。 そこで,同日午後3時,PCPSの抜去が開始され,同日午後4時には,PCPSが抜去され,PCPS挿入部である左大腿動脈,左大腿静脈の修復も終了した(診療経過一覧表,乙A4・31頁表面,A7,A8)。 PCPS抜去後も,Dの血圧は,120mmHgを超える値を維持していた(乙A4・315頁,318頁,証人F)。 エしかし,3月16日午前4時,突然にDの血圧が低下し,その値は48/24mmHgにまで落ち込んだ(診療経過一覧表,乙A4・318頁,A7,証人F)。 同日午前4時47分には,高カリウム血症と軽度アシドーシスが認められ,投薬治療が開始されたが,同日午前5時34分になっても,高カリウム血症の改善が見られなかった(診療経過一覧表,乙A4・32頁表面,A7)。 F医師らは,Dのこのような症状を見て,心タンポナーデから急性心不全となり,さらに急性腎不全を発症したことを疑い,Dに対し,本件第2回手術を行う必要があると判断した(診療経過一覧表,乙A4・32頁表面,A7)。 オなお,本件第2回手術前の時点では,右足背動脈の拍動はドップラーによって聴取され とを疑い,Dに対し,本件第2回手術を行う必要があると判断した(診療経過一覧表,乙A4・32頁表面,A7)。 オなお,本件第2回手術前の時点では,右足背動脈の拍動はドップラーによって聴取されていた(乙A4・319頁,証人F)。 (5) 本件第2回手術(3月16日)ア午前7時15分,Dに対して本件第2回手術が開始された(診療経過一覧表,乙A4・354頁)。 イ本件第1回手術の際の切開部から開胸したところ,心膜内には,心タンポナーデの原因となるような血腫は存在しないことが確認された(診療経過一覧表,乙A4・21頁表面,A7,証人F)。 ウ本件第2回手術によっても血圧の上昇が得られなかったことから,再度PCPSを装着し,また,カリウム除去のために,透析用カテーテルが挿入された(診療経過一覧表,乙A4・21頁,A7,A8)。 エ午前10時20分,本件第2回手術は終了した(診療経過一覧表,乙A4・354頁)。 (6) 本件第3回手術に至る経緯ア Dは,3月16日午前11時10分にICUに帰室したが,そのときには,右足背動脈の拍動は触知されなくなっていたが,右膝窩動脈の拍動はドップラーで聴取されていた(診療経過一覧表,甲A4,A9,乙A4・24頁表面,319頁,A7,証人F)。 イしかし,同日午後10時には,Dの右下肢に腫脹がみられ,右膝窩動脈の拍動が極めて微弱若しくは聴取不能という状態になった(診療経過一覧表,乙A4・24頁表面,34頁裏面,A7,証人F)。 そこで,F医師は,右大腿動脈のIABP挿入部に血栓が形成されて動脈閉塞が発症していることを疑い,血栓除去のために本件第3回手術を行うこととした(診療経過一覧表,乙A4・34頁裏面,A7,証人F)。 (7) 本件第3回手術( IABP挿入部に血栓が形成されて動脈閉塞が発症していることを疑い,血栓除去のために本件第3回手術を行うこととした(診療経過一覧表,乙A4・34頁裏面,A7,証人F)。 (7) 本件第3回手術(3月17日)ア午前零時10分,Dに対して本件第3回手術が開始された(診療経過一覧表,乙A4・355頁)。 イ本件第3回手術においては,Dの右大腿動脈には血栓は認められなかったが,IABP挿入部のシースと右大腿動脈がぴったりと張り付いていて,右大腿動脈の血流が途絶している状態が確認された(乙A4・24頁,A7,証人F)。 F医師は,シースと右大腿動脈とがぴったりと張り付いていた原因が,シースの曲がりにあるのではないかと疑い,シースを外してみたが,シースに曲がりは見られなかった(乙A4・24頁表面,A7,証人F)。 ウ F医師は,右大腿動脈の血流を回復するために,右大腿動脈からIABPを抜去し,左大腿動脈に人工血管を立ててからシースなしでIABPを挿入し,また,右大腿動脈に人工血管を立ててPCPSの送血カニューレを挿入した(診療経過一覧表,乙A4・24頁,A7,A8,証人F)。 エ午前2時40分,本件第3回手術は終了した(診療経過一覧表,乙A4・355頁)。 本件第3回手術後,右足背動脈の拍動は触知されなかったが,右膝窩動脈の拍動はドップラーによって聴取されるようになった(乙A4・24頁裏面,327頁,A7)。 (8) 死亡に至る経緯アその後,Dの右下肢末梢にチアノーゼが認められたため,3月17日午前10時から,右下肢の血流の改善を図るため,本件第4回手術が行われた(診療経過一覧表,乙A4・25頁表面,35頁,A7)。 イ本件第4回手術の結果,Dの右下肢末梢のチアノーゼは足底にまで軽 前10時から,右下肢の血流の改善を図るため,本件第4回手術が行われた(診療経過一覧表,乙A4・25頁表面,35頁,A7)。 イ本件第4回手術の結果,Dの右下肢末梢のチアノーゼは足底にまで軽減し,右後脛骨動脈の拍動がドップラーで確認されるようになった(診療経過一覧表,乙A4・25頁表面,35頁,A7)。 ウしかし,第4回手術後,Dの下肢筋肉崩壊物質の再潅流を窺わせる症状が現れ,3月18日には,右下肢の腫脹に加え,左下肢の虚血も認められるようになり,左下肢の血流を保つためにIABPが抜去されたものの,下肢の筋組織の崩壊や横紋筋の融解が生じるなどして多臓器不全を発症し,3月19日午後8時24分,Dは死亡した(診療経過一覧表,甲A1,乙A4・37頁裏面,38頁表面,A7)。 2 争点(1)(空気抜きが不十分であった過失による不法行為(原告らの主位的主張)の成否)について原告らは,本件第1回手術の際,Dの大動脈の遮断を解除させる前に,被告病院が心臓内の空気抜きを十分に行わなかったために,心臓内に残存していた空気が大動脈遮断解除時に冠動脈へ流れ,それにより右冠動脈が閉塞されて急性心筋梗塞が発症し,Dが死亡に至ったと主張するので,これについて検討する。 (1) 本件第1回手術後に生じた心不全の原因についてア前記のとおり,Dは,本件第1回手術の際,午後1時31分に自拍動が再開したものの,右室の収縮が弱い状態が続き,その後もIABPを離脱することができないままであったことが認められる。 したがって,Dの心臓は,本件第1回手術の際,何らかの原因によって心不全(以下「本件心不全」という。)に陥ったものと認められる。 イ本件心不全の原因について,F医師らは,当初,右冠動脈に空気塞栓が生じたためではないかと考 1回手術の際,何らかの原因によって心不全(以下「本件心不全」という。)に陥ったものと認められる。 イ本件心不全の原因について,F医師らは,当初,右冠動脈に空気塞栓が生じたためではないかと考え(乙A4号証には,「原因としては右室梗塞(airemboli(空気塞栓))が考えやすい。」(4頁),「右室の動き悪く,airemboli(空気塞栓)によるものと思われる」(14頁表面),「術中,RCAairemboli(右冠動脈空気塞栓)によるものと思われる心不全(右心不全)を発生し」(21頁)等の記載がある。),原告らに対しても,その趣旨の説明をしていた(甲A4,A5,乙A4・39頁裏面,A7,証人F,原告A本人)。 ウしかし,本件第3回手術において,シースと右大腿動脈がぴったりと張り付いていて,右大腿動脈の血流が途絶している状態が確認され,しかも,その原因がシースの曲がりにあるのではなく,強いスパスムを起こしたためであることが確認されたこと(前記認定事実,証人F)や,左大腿動脈においても虚血を生じたが,その原因もスパスムを起こしたためと考えられたこと(前記認定事実,証人F)から,Dの死亡後2,3箇月経過した後に開かれた循環器内科と胸部外科との合同カンファレンスにおいて,循環器内科の医師から,本件心不全の原因についても,右冠動脈にスパスムが起こったと考える方が理解しやすいのではないかとの意見が出て,F医師らもこの意見のとおりではないかと考えるようになった(乙A7,証人F)。 エ手術の際に起きる冠動脈のスパスムについては,麻酔や手術侵襲に伴って生じる自律神経系の不均衡や,使用される血管作動薬の冠動脈に与える直接作用などが関与して起きる可能性があるとされている(乙B8)が,はっきりとその機序が解明されているわけではないし 手術侵襲に伴って生じる自律神経系の不均衡や,使用される血管作動薬の冠動脈に与える直接作用などが関与して起きる可能性があるとされている(乙B8)が,はっきりとその機序が解明されているわけではないし,まれにしか発生しないものでもある(乙A7,B8)。そして,機序については,冠れん縮性狭心症患者に対する調査結果から,遺伝的因子がスパスムの発生機序に関わっていることが明らかになったという報告もある(乙B8)。 したがって,第1回手術後にF医師らが本件心不全の原因として,空気塞栓しか思い付かず,スパスムは念頭になかったとしても,不自然とはいえない。 オなお,本件第1回手術の際,F医師は,大動脈遮断解除後に,右冠動脈の枝(右室枝)に移動速度の遅い小さな空気の泡粒が1,2個あることを視認している(前記認定事実,証人F)が,乙B3号証には,「心拍動が再開し血液の駆出が始まる前に,上記の空気抜きを2~3度繰り返し行うこともある。その場合,食道心エコーで気泡バブルが心腔内にほぼ認められなくなるまで十分な空気抜きを行う。」(85頁)と記載されており,大動脈遮断解除前に100パーセントすべての空気を抜くことまでが要求されているわけではないと認められるし,小さな空気の泡粒によって空気塞栓が生じると認めることもできない(証人F)。普通なら見えないはずの小さな空気の泡粒が見えたのは,右冠動脈の血流が遅くなっていたためと認められる(証人F)が,その原因が,空気塞栓によるのかスパスムによるのかが問題である。 カそして,スパスムについては,右大腿動脈のスパスムは確認されているが,右冠動脈のスパスムは確認されているわけではないし,右大腿動脈にスパスムが起きたことは,右冠動脈にもスパスムが起きた可能性があることを示すものであるとしても,どの程度関連 パスムは確認されているが,右冠動脈のスパスムは確認されているわけではないし,右大腿動脈にスパスムが起きたことは,右冠動脈にもスパスムが起きた可能性があることを示すものであるとしても,どの程度関連性が高いのか(Dはどの血管であろうと,スパスムを起こしやすい状態にあったと考えてよいのか)は明らかではない。 しかし,空気塞栓についても,その存在が確認されているわけではなく,F医師らが行った空気抜きの方法は,さきに認定したとおりであり(前記認定事実),その方法が不適切なものであったことを窺わせる証拠は存在しない。また,F医師は,空気塞栓が生じることはまれであるし,仮に空気塞栓が生じても,一般には,人工心肺を起動させたり,昇圧剤や冠拡張剤の投与をしたりしていれば,空気が血液に溶けて流れ出し,空気塞栓が解消されるとも供述しており(証人F),この供述内容に抵触する証拠も存しない。 キ以上によれば,本件心不全の原因は右冠動脈に空気塞栓が生じたためである可能性をまったく否定することはできないが,スパスムである可能性も否定できず,本件心不全の原因を空気塞栓であると認定することはできない。 (2) 原告らは,右冠動脈に空気塞栓が生じたことを前提に,F医師らに空気抜きが不十分であった過失があると主張するが,以上のとおり,この前提が認められないので,原告らの主位的主張は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。 3 争点(2)(手技上の過失による不法行為(原告らの予備的主張の1)の成否)について原告らは,本件第1回手術の際,F医師らが,メス等の手術器具の操作を誤ってDの心臓の血管を傷つけ,大量出血を招き,そのためにDは死亡したと主張する。 そして,確かに,本件第1回手術(3月14日午後8時21分閉胸)後,同日午後9時 が,メス等の手術器具の操作を誤ってDの心臓の血管を傷つけ,大量出血を招き,そのためにDは死亡したと主張する。 そして,確かに,本件第1回手術(3月14日午後8時21分閉胸)後,同日午後9時35分までのドレーンからの総出血量が1130ミリリットルとかなり多かったことは認められる(前記認定事実,証人F)が,さきに認定したとおり,その後,翌3月15日午前1時ころから血圧の上昇と循環動態の改善が確認され,ドレーンからの出血量は減少していき,同日午後4時にはPCPSが抜去され,PCPS抜去後も血圧(収縮期)は120mmHgを超える値を維持していたところ,翌16日午前4時になって突然に血圧が低下したものであり,しかも,本件第2回手術によって心タンポナーデの原因となるような血腫は存在しないことが確認された(前記認定事実)のであるから,本件第1回手術の後の出血がDの死亡の原因となったと認めることはできないし,F医師らが手技上の過失によってDの心臓の血管を傷つけ,大量出血を招いたと認めることもできない。 したがって,原告らの予備的主張の1は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。 4 争点(3)(右大腿動脈閉塞の発見義務違反による不法行為(原告らの予備的主張の2)の成否)について原告らは,F医師らは,遅くとも3月16日午前11時10分までに,Dの右大腿動脈閉塞を発見して,手術をするなど適切な処置をすべきであったのにこれをしなかったためにDは死亡したと主張する。 しかし,さきに認定したとおり,本件第3回手術において,右大腿動脈には血栓は認められず,強いスパスムによってIABP挿入部のシースと右大腿動脈がぴったりと張り付き,右大腿動脈の血流が途絶している状態が確認され,その後,右下肢の血流の改善を図るために行われた本件第4 血栓は認められず,強いスパスムによってIABP挿入部のシースと右大腿動脈がぴったりと張り付き,右大腿動脈の血流が途絶している状態が確認され,その後,右下肢の血流の改善を図るために行われた本件第4回手術後も,右下肢の腫脹に加え,スパスムによって生じた考えられる左下肢の虚血が認められるようになり,最終的には,下肢の筋組織の崩壊や横紋筋の融解が生じるなどして,Dの死亡という結果が生じたものであり(前記認定事実,証人F),このようなスパスムの発生状況から判断すると,仮に原告らが主張するように3月16日午前11時10分の時点で第3回手術を実施していたとしても,Dの死亡という結果は回避できなかった可能性が高い(証人F)し,さきに認定したとおり,3月16日午前11時10分の時点では,右足背動脈の拍動は触知されなくなっていたが,右膝窩動脈の拍動はドップラーで聴取されていたところ,同日午後10時になって右膝窩動脈の拍動が極めて微弱若しくは聴取不能という状態になったのであるから,午前11時10分の時点で本件第3回手術を実施しなかったことをもってF医師らに過失があると認めることもできない。 したがって,原告らの予備的主張の2は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。 5 結論よって,原告らの請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第30部裁判長裁判官福田剛久裁判官川嶋知正裁判官新谷晋司は,転任のため署名押印することができない。 裁判長裁判官福田剛久 新谷晋司は、転任のため署名押印することができない。 裁判長 裁判官福田剛久

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