平成14(ワ)18085 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成16年1月30日 東京地方裁判所
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判決文本文38,140 文字)

平成16年1月30日判決言渡平成14年(ワ)第18085号損害賠償請求事件判決 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は,原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,金4237万4325円及びこれに対する平成12年7月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,原告の長男であるAが,かねてから統合失調症のため,被告経営の病院に入通院を繰り返していたが,10回目の入院の翌日に,水中毒を起こして死亡したところ,同病院の医師らにAの水中毒を診断,治療しなかった過失があるなどとして,原告が,被告に対し,診療契約上の債務不履行及び不法行為に基づき,Aから相続した損害賠償金及び原告固有の損害賠償金合計金4374万9757円の内金4237万4325円及びこれに対する死亡の日である平成12年7月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めているのに対し,被告は,過失及び因果関係の存在等について争っている事案である。 1 争いのない事実等(1)ア Aは,昭和29年8月21日生まれの男性であったが,平成12年7月19日,死亡した(当時45歳)。 原告は,Aの母親であり,遺産分割協議により,Aの被告に対する損害賠償請求権を単独で相続した(争いのない事実,甲A1,B1,乙A4,弁論の全趣旨)。 イ被告は,B病院(以下「被告病院」という。)を開設,運営するものである(争いのない事実)。 (2) Aは,昭和 で相続した(争いのない事実,甲A1,B1,乙A4,弁論の全趣旨)。 イ被告は,B病院(以下「被告病院」という。)を開設,運営するものである(争いのない事実)。 (2) Aは,昭和48年ころに,破瓜型の統合失調症を発症し(当時19歳),他の病院へ入退院を繰り返していたが,平成6年8月30日,C病院から被告病院神経内科へ転院して入院加療を受けて以来,被告病院に入通院するようになった。Aは,被告病院に,①平成6年8月30日から同年9月10日まで,②同年11月28日から平成7年2月24日まで,③同年5月9日から同年9月25日まで,④同年10月3日から平成8年1月18日まで,⑤同年4月16日から同年11月30日まで,⑥平成9年3月13日から平成10年1月9日まで,⑦同年3月20日から平成11年1月18日まで,⑧同年7月2日から同年9月3日まで,⑨同年11月18日から平成12年1月28日まで,合計9回入院し,その後通院を続けた後,平成12年7月18日,再び被告病院精神科へ入院した(以下,平成12年7月18日からの入院を「本件入院」という。)。8回目の入院時,8回目と9回目の入院の間の外来通院時,9回目の入院と本件入院の間の外来通院時及び本件入院の際には,D医師がAの担当となった(争いのない事実,甲A7ないし11,乙A1,B7,証人D)。 (3) Aの本件入院中の診療経過について,別紙診療経過一覧表中太字部分を除いた「診療経過」欄及び「検査・処置」欄記載の各事実は,当事者間に争いがなく,その要旨は以下のとおりである。 ア Aは,平成12年7月18日午前10時20分,被告病院精神科外来から被告病院D42棟に入院した。入院時の体温は36.0℃,脈拍は115拍/分,血圧は131/90,身長は165cm,体重は70kgであった。血 成12年7月18日午前10時20分,被告病院精神科外来から被告病院D42棟に入院した。入院時の体温は36.0℃,脈拍は115拍/分,血圧は131/90,身長は165cm,体重は70kgであった。血液検査,頭部CT検査,胸腹部X線,心電図の検査は,入院時には行わず,入院後できるだけ早い時期に実施することになった。 イ Aは,同日午後0時,昼食を全量摂取した。Aは,昼食後,水を多飲する傾向があったことから,看護師から注意を受けた。 ウ Aは,同月19日,深夜から明け方にかけ,不眠を訴え,薬を希望していた。 エ看護師が,同日午後3時40分ころ,Aの腹部膨満を認め,その少し前に少量嘔吐もあったことから,D医師は,Aを診察し,腹部膨満を認めた。D医師は,Aの腹部膨満は多飲のためであろうと判断し,水分制限のためAが持っていたコップ2個を預かるとともに,Aに対して,水を飲まないよう注意した。 オ Aは,同日午後4時50分,看護師が血圧と体重を測定した際に,水分を嘔吐した。このときの血圧は149/91,体重は83kgであった。 カ D医師は,Aを診察し,同日午後5時,翌日午前6時に解放する予定でAを保護室に隔離した。 キ看護長が,同日午後5時30分,保護室内のAに対して声掛けをしたが,異常を認めなかった。 ク看護師が,同日午後5時45分,保護室に夕食を持参した際,Aが布団の上に大の字に倒れているのを発見した。顔面,手足にチアノーゼを認め,呼吸停止の状態で脈拍も触れなかった。また,水様物吐物が少量見られ,尿失禁もあった。蘇生措置が施行された。 ケ病棟医であるE医師が,Aの気管内に気管チューブを挿管し,吸引,人工呼吸を実施した。その際,気管内から水分の流出があり,E医師 吐物が少量見られ,尿失禁もあった。蘇生措置が施行された。 ケ病棟医であるE医師が,Aの気管内に気管チューブを挿管し,吸引,人工呼吸を実施した。その際,気管内から水分の流出があり,E医師は,肺水腫の疑いがあると診断した。 コその後,被告病院医師らにおいて,Aに対し,ボスミンを投与し,心マッサージを実施するなど蘇生処置が継続されたが,改善は見られず,E57病棟に転棟して,さらに蘇生処置が施行されたが,同日午後7時1分,Aは死亡した。E医師は,死亡診断書を作成し,直接死因を肺水腫,その原因を水中毒とした。 2 争点(1) D医師ら被告病院医療従事者(以下「D医師ら」という。)において,本件入院時にAの水中毒を診断,治療しなかった過失があるか。 (2) D医師らが,同月19日午後3時40分ころまでに,Aの水中毒を診断,治療しなかった過失があるか。 (3) D医師らが,同日午後4時50分から午後5時までの間に,Aの水中毒を治療しなかった過失があるか。 (4) 因果関係(5) 損害額(判断を要しなかった。) 3 争点に対する当事者の主張別紙争点整理表記載のとおりである。 第3 争点に対する判断 1 多飲及び水中毒に関する文献等における知見について(1) 証拠によれば,多飲及び水中毒に関する文献等における知見について,以下の事実が認められる。 ア多飲や水中毒は,精神病院入院患者のうち少なくない患者にみられ,多飲症患者は,慢性精神障害者の20パーセント以上を占めるともいわれる。それらの原因について,①精神症状に基づくもの,②向精神薬の副作用に基づくもの,③内科的疾患に基づくものなどが原因として考えられているが,いまだ不明な点が多く結論が出ていない(甲 占めるともいわれる。それらの原因について,①精神症状に基づくもの,②向精神薬の副作用に基づくもの,③内科的疾患に基づくものなどが原因として考えられているが,いまだ不明な点が多く結論が出ていない(甲B5,10,11,17,乙B1,10)。 イ多飲や水中毒について,研究者間で統一した定義はないが,おおむね,①多飲,②病的多飲,③水中毒の3段階に分けられる。①多飲とは,1日に頻回,大量の飲水を行うなど,慢性的かつ断続的に大量の水分を摂取する状態をいうが,いまだ血清Na値が正常範囲にある状態である。②病的多飲とは,水中毒準備状態又は水酩酊状態とも呼ばれ,低Na血症を伴い,臨床症状として,表情がぼんやりとし反応が鈍く,周囲にも関心がなくなりもうろう状態を示し,日内3kg以上の体重増加,低比重尿,多尿あるいは尿失禁等の多飲を示唆する状態がみられる。③水中毒は,水の異常な多飲等によって低Na血症を来たし,意識障害,けいれん発作,嘔吐等の中枢神経症状が発生したものである(甲B5,6,8,乙B1,10)。 ウ一方,上記のような3段階の分類は行わずに,水中毒の初期的な症状として,多飲,多尿,尿失禁に始まり,食欲不振,嘔気,嘔吐等の消化器症状が現れ,次に,重篤な症状として,異常行動,見当識障害,傾眠,けいれん,昏睡等の中枢神経症状が現れ,低Na血症,低浸透圧血症が認められると指摘する文献もあり,また,血清Na値に着目し,血清Na値の正常範囲が136~144mEq/Lであるところ,水中毒の症状として,血清Na値が120ないし130mEq/Lであれば,易疲労感,軽度の衰弱感が,115ないし120mEq/Lであれば,高度の衰弱感,頭痛,悪心,嘔吐,食欲不振,精神症状が,115mEq/L未満であれば,性格変化,行動異常,けいれん,昏睡がそれぞれ現れる 疲労感,軽度の衰弱感が,115ないし120mEq/Lであれば,高度の衰弱感,頭痛,悪心,嘔吐,食欲不振,精神症状が,115mEq/L未満であれば,性格変化,行動異常,けいれん,昏睡がそれぞれ現れることを指摘する文献もある(甲B4,9,10,35,乙B3)。 エ一般に,水中毒の症状は,血中Na濃度が低いほうがより重症となり,血中Na濃度の低下する速度が早いほど重症となる傾向がある。 水中毒は,一般に,意識障害やけいれん発作を起こしても,自然排尿や尿失禁,適正な輸液により急速な経過で回復に向かうが,時として重篤な意識障害から死亡に至る例もあり,生命に対して重大なリスクを有しており,適切な対策が必要とされる。 特に,日内体重変動が10パーセント以上又は血清Na値が24時間以内に急に125mEq/L以下に低下するような水中毒は,けいれんや昏睡といった生命に対する危険を有する症状が出現する可能性が高く,死亡率は50パーセントであると指摘し,また,日内体重変動が12パーセント以上の全例が何らかの中枢神経症状を呈すると考えられる血清Na値が126mEq/L以下となっていることを指摘する文献もある(甲B5,9,10,11,12)。 オかかる病的多飲ないし水中毒に対して必要な対処・治療として,多くの文献では,病的多飲を示す患者に対して,飲水行動の観察,1日2ないし4回の体重測定及び血液検査,尿検査等によって,血清Na値等の状態を把握すること及び無症状であっても,水中毒の予防のために,3ないし5kg以上の体重増加あるいは元の体重の12%増,さらには,血清Na値120mEq/Lないし125mEq/L以下の低Na血症が認められた場合には,保護室等を用いた飲水制限や行動制限を行うことが挙げられている(甲B8,10,11 元の体重の12%増,さらには,血清Na値120mEq/Lないし125mEq/L以下の低Na血症が認められた場合には,保護室等を用いた飲水制限や行動制限を行うことが挙げられている(甲B8,10,11,13,16,乙B2)。 これに対し,大城孝他は,平成9年に日本精神科看護学会誌に掲載された論文において,体重測定,採血,尿検査等の検査及び飲水制限について,患者のストレスを強め,かえって多飲行動を助長させるとして一切中止し,意識障害の症状出現時のみ完全飲水制限することとし,他の部分でのサポーティブなアプローチに切り替えたことで多飲にまつわる問題を改善したとの報告をしているし(乙B2),体重測定に基づく目標体重法について,患者の個人差のため,低Na血症の危険を発見するに当たって画一的に有効ではないことを指摘する米国の文献も少数ながら存在する(乙B5)。 カ上記のような措置を超えて,投薬,輸液及び利尿による電解質補正を行うことについては,以下に指摘するとおり,まず,多飲状態の段階からソリタT3顆粒等を経口投与する方法により電解質濃度維持を行うという少数の見解もあるが,この見解に対しては,我が国では塩化ナトリウムの経口投与による電解質補正は一般化しておらず,ほとんど他の看護の文献にはみられなかったとか,他の事例からは飲水制限と自然排尿でほとんどの事例がコントロールされているように見受けられ,飲水制限だけで良しとするか投薬による補正が必要なのかは明らかではないなどとする指摘もある。他方,輸液や利尿による電解質補正は,橋中心髄鞘崩壊症が発生することがあるので,慎重に行うべきであるとしながらも,水中毒が発生したならば,直ちに輸液により電解質を補正すると指摘する見解,体重変動が10%以上で血清Na値が120mEq/L以下となっている場合に ることがあるので,慎重に行うべきであるとしながらも,水中毒が発生したならば,直ちに輸液により電解質を補正すると指摘する見解,体重変動が10%以上で血清Na値が120mEq/L以下となっている場合にはけいれん発作や意識障害といった最重症の水中毒症状の出現するリスクが高く,補液による電解質補正を行うことがあるとする見解,水中毒による意識障害やけいれんがない場合は水分制限だけでよく,意識障害,けいれん等の中枢神経症状が生じてから電解質補正を実施するという見解等に分かれている状況にあり,後記キのとおり,水中毒の治療に関しては様々な見解がみられ,その治療,具体的対策については明確化されておらず,決定的な対策や治療法はまだ得られていないという状況にあるといわなければならない。 (ア) 木村英司(以下「木村」という。)は,「臨床看護研究の進歩」において,「水中毒のとらえ方・対処方法と看護」と題する論文を掲載し,多飲状態の段階で,飲水制限のみならず,具体的な投与量は検査データを見ながら調整するも,ソリタT3の経口投与によって電解質濃度維持を行い,水酩酊状態の段階においても,ソリタT3顆粒の経口投与で十分であるが,検査データ次第では点滴による急速な補正が必要となる場合もあり,発作時には検査値と臨床症状を観察しながら点滴による補正を行い,24時間以内に血清Na値を正常化させると指摘している(甲B17)。 (イ) これに対し,甲B11の文献は,経口的に塩化ナトリウムを投与する方法は日本の精神科臨床ではあまり行われていないようで,海外における臨床報告や文献中に経口的ナトリウム投与に関する記載が時に見られる程度であると指摘し,乙B2は,看護師が病的多飲水患者のケアについて医学文献及び看護文献を検討分析した研究論文であるが で,海外における臨床報告や文献中に経口的ナトリウム投与に関する記載が時に見られる程度であると指摘し,乙B2は,看護師が病的多飲水患者のケアについて医学文献及び看護文献を検討分析した研究論文であるが,上記(ア)の木村論文で述べられているソリタT3顆粒の経口投与による電解質補正について,ほとんど他の看護の文献にはみられなかったと指摘し,さらに,木村は,電解質補正について,ソリタT3顆粒を患者の重症度により適宜又は定期的に投与している,しかし,他の事例からは飲水制限と自然排尿でほとんどの事例がコントロールされているように見受けられ,どの程度の低Na血症でどの程度の補正が必要か,SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)のレベルや腎機能のレベルによっても違うであろうし,飲水制限だけで良しとするか投薬による補正が必要なのかは明らかではない,しかし,水中毒の予防という観点からも今後の研究が望まれると指摘している。 (ウ) 他の医療訴訟に提出された鑑定書であるが,水中毒の治療について,軽症例では水分制限のみで改善するが,中等例から重症例では,生理的食塩水,あるいは3~5%の高張食塩水を輸液し,フロセミド等の利尿薬やステロイドを適宜使用して,低Na血症の補正を積極的に行う必要がある,脳浮腫を伴う症例にはマニトールやグリセオールの投与を行い,肺水腫が合併していればフロセミドの投与やレスピレーターによる呼吸管理も必要になってくるとの指摘がある(甲B16)。 (エ) 高張食塩水の投与により低Na血症を急速に補正すると,うっ血性心不全や橋中心髄鞘崩壊症を来すおそれがあるから注意を要するとしながらも,水中毒が発生したならば,直ちに輸液により電解質を補正すると指摘する文献もある(甲B5)。 (オ) 根本的 不全や橋中心髄鞘崩壊症を来すおそれがあるから注意を要するとしながらも,水中毒が発生したならば,直ちに輸液により電解質を補正すると指摘する文献もある(甲B5)。 (オ) 根本的な治療法がないため,①多飲患者の早期発見,②水中毒の予防,③水中毒に対する適切な処置が治療の中心になるが,日常の行動観察や体重変化,尿量により多飲患者を発見したら,血清Na値,血液浸透圧,尿比重,尿浸透圧等から,体内の水分貯留の程度を把握し,体内の水分貯留が著しい場合には飲水制限が重要な予防法となる,水中毒発現時は,低ナトリウム血症に対する急速なNaの補正により致命的な橋中心部髄鞘融解症が発生することがあるので,1mEq/L/時間,10mEq/L/日程度の速度で緩徐にNaを上昇させるようにすると指摘する文献がある(乙B1)。 (カ) 上記甲B11の文献は,水中毒を繰り返している重症多飲症患者について,体重モニタリングをした結果,①1日の体重変動が3~5%で血清Na値が130~135mEq/L,②体重変動が5~7%で血清Na値が126~129mEq/L,③体重変動が7~10%で血清Na値が120~125mEq/L,④体重変動が10%以上で血清Na値が120mEq/L以下となっていると言われており,④は,一般に痙攣発作や昏睡といった生命に対する危険を有する症状が出現する可能性が高く最も危険度が高く,Leadbetterの総説によると,①では水源の自由接触の阻止,②では加えて4.5gの塩化ナトリウムの経口投与,③では塩化ナトリウムの2時間おき2回の投与と水源への自由接触の阻止又は隔離,④ではけいれん発作惹起の可能性を警戒して補液による電解質補正が必要とされているが,我が国では②,③における塩化ナトリウムの経口投与による電解質補正は一般化してお 与と水源への自由接触の阻止又は隔離,④ではけいれん発作惹起の可能性を警戒して補液による電解質補正が必要とされているが,我が国では②,③における塩化ナトリウムの経口投与による電解質補正は一般化しておらず,④の血清Na値が120mEq/L以下の低Na血症ではけいれん発作や意識障害といった最重症の水中毒症状の出現するリスクが高く,補液による電解質補正を行うことがあるが,橋中心髄鞘崩壊症を来すおそれがあるから,血清Na値が120mEq/L以下であっても安易な補液を行うことは慎まねばならないと指摘している。 (キ) 「米国精神医学会治療ガイドライン-精神分裂病」と題する書籍には,精神病誘発性多飲に対する急性期の管理には,発作や重篤な低Na血症を避けるための水分制限とNa補充療法がある,精神病誘発性多飲の原因に抗精神病薬が関与しているかどうかは不明で,薬物療法の中止も行われてきた,現在推奨されているのは,精神病と飲水をコントロールすることである,もし血清Na値が不十分な場合には,補充療法とループ利尿薬を考慮することを指摘したとの記載がある(甲B27)。 (ク) 低Na血症が重症でけいれんや意識障害を伴っているときは,輸液によりその改善が必要であるとする文献がある(甲B14)。 (ケ) 水中毒発作時の対応として,①意識障害がない場合には水分制限と行動制限を行い,②意識障害がある場合には意識状態の観察,水分制限,バイタルチェック,気道確保を行い,Na保持のためラクテックG又はソリタT3を注意深くゆっくり投与し,③痙攣発作がない場合には水分摂取制限,バイタルチェック,血清Na値測定を行い,④痙攣発作がある場合にはこれに加えて意識障害度の観察,誤嚥転倒の注意,DZP注を行うと指摘する文献がある(甲B8)。 ない場合には水分摂取制限,バイタルチェック,血清Na値測定を行い,④痙攣発作がある場合にはこれに加えて意識障害度の観察,誤嚥転倒の注意,DZP注を行うと指摘する文献がある(甲B8)。 (コ) 希釈性低Na血症の治療として,①無症状の急性ないし慢性低Na血症においては,低Na血症の原因を取り除く,水分を制限する,頻回に血清Na値を測定する,②急性Na血症においては,3%の高張食塩水を輸液して,けいれん発作が止まるまで,あるいは症状が改善するまで,血清Na値を1~2mmol/L/hourの速度で上昇させる,頻回に血清Na値を測定する,③慢性低Na血症,発症時期が分からない低Na血症,亜急性ないし慢性低Na血症の急性増悪においては,低Na血症の原因を取り除く,症状が軽い場合は水分を制限する,症状が重い場合(けいれん発作,昏睡)は3%の高張食塩水を注意しながら輸液する,症状は1~2時間以内に消失させなければならない,そして輸液をできる限り早く止める,血清Na値は24時間で10mmol/L以上,48時間で21mmol/L以上上昇させてはならない,頻回に血清Na値を測定するという内容を表にまとめて記載している米国の文献(乙B12)があり,甲B11,28は,この表をそのまま引用して記載している。 (サ) 上記乙B12の文献は,低Na血症の補正後に神経学的悪化を示した患者の記録を後向き視点で評価した結果に基づき,いかなる補正率も橋中心髄鞘溶解の危険が絶対にないわけではないことを示していることを指摘し,無症状性の患者では,重度の低Na血症を有する患者であっても,高張食塩水や急速補正を必要としないことを指摘し,多くの患者では,低Na血症の発生を助長する要因(利尿剤,胃腸炎での水分や電解質の喪失等)を是正するだけで は,重度の低Na血症を有する患者であっても,高張食塩水や急速補正を必要としないことを指摘し,多くの患者では,低Na血症の発生を助長する要因(利尿剤,胃腸炎での水分や電解質の喪失等)を是正するだけで,血清Na濃度は緩徐に上昇し得るかもしれないと述べ,高張食塩水の輸液を行わなくても,血清Na濃度は多飲,低Na血症症候群の患者では急速に上昇し得ること,水分摂取が止まると,これらの患者ではしばしば急速な遊離水排泄が行われることを指摘している。 (シ) 根本的な治療法が得られていない現時点では,多飲患者の早期発見と,水中毒発生を予防する方法及び水中毒発症時の治療法についての検討が重要である,日常の飲水行動の観察や,体重測定により多飲患者を発見し,血清Na値,血液浸透圧,尿比重,尿浸透圧から体内の水分貯留の程度を把握する,水分の体内貯留の著しい患者に対しては飲水制限は重要な予防法となる,多飲患者において日内体重変動と血清Na低下との関連が指摘されている,朝夕の体重差が著しい多飲患者では過量の水分を摂取している可能性が高い,体重変化を規則的に観察し,水分制限を行えば,過度な低Na血症は予防できる,多飲の治療薬として,propa-ranolol,アンギオテンシン変換酵素拮抗薬,naloxone等が指摘されており,低Na血症の薬物療法についてはテトラサイクリンの誘導体やlit-hiumとphenytoinの併用等の有用性が報告されているが,今後多飲の薬物治療という観点でも検討していきたいとする文献がある(乙B6)。 キ上記カのとおり,水中毒の治療に関しては様々な見解がみられるが,平成元年から平成10年の文献においても,水中毒の病態については,十分な解明がされておらず,飲水の原因についても,心因論,薬物論に分かれていまだに結論が出ておら 治療に関しては様々な見解がみられるが,平成元年から平成10年の文献においても,水中毒の病態については,十分な解明がされておらず,飲水の原因についても,心因論,薬物論に分かれていまだに結論が出ておらず,その治療,具体的対策についても明確化されていないし,決定的な対策や治療法はまだ得られていないとの指摘がされているし,平成11年開催の日本病院・地域精神医学会総会における一般演題においても,多飲症及び水中毒症状を呈する患者に対する明確な治療法や看護方法は確立されておらず,臨床現場ではそのかかわりに困難を伴うことが多いと指摘され,さらには,米国の平成8年の文献においても,多飲と低Na血症は病的状態と死亡の頻繁な原因であるが,これらの治療について確実な情報はいまだほとんど得られていないことが指摘されている(甲B5,8,17,22,乙B2,6)。 ク体重増加と血清Na値の関係について,体重1kg増加で血清Na値が平均2.2mEq/L低下することを指摘する文献,Viewegらは水分貯留による1日体重の4%増加は血清Naの10mEq/Lの低下を伴うことを示したと指摘する文献,個人差が大きいことを前提にした上で1日体重の5%増加は血清Naの10mEq/Lの低下を反映するといわれていることを指摘した意見書がある(甲B8,乙B5,10)。 (2)ア D医師は,水中毒の予防と治療に関して,多飲があっても,意識障害,全身けいれん等の中枢神経症状がない場合,水分制限によって水中毒の予防を行うこと,意識障害,全身けいれん等の中枢神経症状が出現している場合,輸液等による電解質補正によって水中毒の治療を行うこと,体重増加からの血清Na値の推定は,水中毒発現の危険を推定する目安の一つにすぎず,水中毒の発症には抗利尿ホルモンの分泌異常という他の機序があることや個 による電解質補正によって水中毒の治療を行うこと,体重増加からの血清Na値の推定は,水中毒発現の危険を推定する目安の一つにすぎず,水中毒の発症には抗利尿ホルモンの分泌異常という他の機序があることや個人差のため絶対的なものではないこと,体重増加がみられたときに必要なのは,飲水制限による水中毒発現の予防であり,低Na血症を疑って直ちに血清Na値,尿比重を測定することは必要ないし,電解質の補正,利尿薬投与等の水中毒治療を実施する必要がないことを陳述(乙B7)ないし証言する。D医師の上記の水中毒の治療に関する見解は,前記(1)カ(ク)ないし(サ)に記載した文献の見解に従うものと理解される。 他方,D医師は,多飲している者の血液がどの程度稀釈されて血清Na値が薄まっているかを把握する確実な方法は,血液検査をして血清Na値を出すことであり,多飲傾向にある患者に対しては定期的に血液検査を行って血清Na値を測定し,濃度に応じた対処をすることが標準であること,より簡便な方法として体重増加の度合いを調べることによって飲水制限を行い低Na血症を防ぐことが行われていることを認める証言もしている。 イ F病院長Gは,多飲の状態で意識障害,けいれん発作等の症状があれば,水中毒を疑い,血液検査,尿比重検査,頭部CT,胸部X-P,脳波等の検査を進めることで確定できるが,臨床的に簡便で役立つものとして,朝夕に体重の変化を点検する方法があること,治療的には,隔離して飲水を制限するほか,意識障害やけいれん発作等の水中毒の症状が認められる高度の低Na血症の場合は輸液によって緩徐に電解質の補正を行うと意見書で述べる(乙B10)。 H大学教授I医師は,多飲及び水中毒に関する病態についてはいろいろ仮説はあるものの,まだ十分な解明はされておらず,治療法が確 って緩徐に電解質の補正を行うと意見書で述べる(乙B10)。 H大学教授I医師は,多飲及び水中毒に関する病態についてはいろいろ仮説はあるものの,まだ十分な解明はされておらず,治療法が確立されているとは言い難い。まずは多飲の早期発見とその予防が重要であり,飲水制限を中心とした対症療法が基本となっている。しかし,病態の乏しい精神疾患患者に対しては困難を伴う場合が多い。水中毒に至るおそれが切迫している場合には,隔離等の行動制限が行われている。また,短時間の大量飲水により血清Na値が115mEq/Lを下回るか,けいれんや意識障害を来すような重篤な水中毒に陥った場合にはマンニトール,グリセリン投与による脳浮腫の予防,輸液による低Na血症の補正が行われていると意見書で述べる(乙B11)。 なお,同様に意見書を提出しているJ病院精神科医師Kは,水中毒の治療等に関する一般論は述べていない(甲B2,25)。 2 争点(1)(D医師らにおいて,本件入院時にAの水中毒を診断,治療しなかった過失があるか)について(1) 平成12年7月18日の本件入院時までのAの状態について前記1(1)ウ,第2,1(2)(3)アの各事実及び証拠によれば,以下の各事実が認められる。 ア Aは,平成6年8月26日ないし27日,けいれん発作を生じ,不穏となり,大量飲水した後に倒れ,ふらつくなどしたため,C病院に入院し,水中毒の疑いで治療を受けた。その後,Aは,悪性症候群が疑われたため,同月30日,被告病院に転院し,同年9月10日まで入院した。Aは,それ以来,統合失調症の治療のため,被告病院を受診するようになった(第2,1(2)の事実,甲A7,8,乙A2)。 イ Aは,被告病院へ外来通院していたが,同年11月中旬 まで入院した。Aは,それ以来,統合失調症の治療のため,被告病院を受診するようになった(第2,1(2)の事実,甲A7,8,乙A2)。 イ Aは,被告病院へ外来通院していたが,同年11月中旬から不眠が出現し,多弁,多動等の思考障害が著明となり,精神運動興奮状態が著しくなったため,同月28日に被告病院に第2回目の入院をした。Aは,上記の水中毒の既往があったため,入院中は飲水制限を受け,採血による電解質等のチェックがされるなど水中毒予防が図られていたが,入院当初から水の要求はみられず観察上多飲傾向となることもなく,平成7年2月24日に退院した(甲A8)。 ウ Aは,被告病院へ同年5月9日から同年9月25日まで第3回目の入院をしたが,入院時の看護計画には,多飲・水中毒を起こさないことが盛り込まれていた(甲A9)。 エ Aは,被告病院へ同年10月3日から平成8年1月18日まで第4回目の入院をしたが,平成7年10月18日,かなり飲水をしていたらしく,洗面所で嘔吐したが,その吐物はほとんど水であった(甲A10)。 オ Aは,被告病院への平成8年4月16日から同年11月30日までの第5回入院時に,2回,家への外泊を許されたが,原告から被告病院への連絡として,タバコと水を多く飲むとの訴えがあった(甲A11)。 カ Aは,平成11年3月24日,被告病院を外来受診したが,その際には,多飲傾向は幾分改善したということであった(甲A6の1)。 キ Aは,被告病院へ同年7月2日から同年9月3日まで第8回目の入院後,同月10日から同年11月15日まで外来受診したが,その間,原告から腰がふらつくとの常同的な症状やたばこが多いという訴えはあったが,多飲についての訴えはなかった。原告は,外来通院期間中も繰り返し電話でA 10日から同年11月15日まで外来受診したが,その間,原告から腰がふらつくとの常同的な症状やたばこが多いという訴えはあったが,多飲についての訴えはなかった。原告は,外来通院期間中も繰り返し電話でAの入院を要求し,Aの入院を認めないD医師に対する不満を述べるなどしていたので,原告の休息も考え,Aについて,同月18日から平成12年1月28日まで第9回目の入院を行った。その間,被告病院は,Aに対し,欠陥状態,破瓜型分裂病との診断名で治療に当たったが,水中毒との診断を行うことはなく,また,入院期間中の入院診療録には,Aからたばこの要求と他の患者にコップを取られたとの訴えが頻回にあり,コップに執着している旨の記載があるが,多飲についての記載はない(乙A1,2)。 ク Aは,退院後,被告病院をほぼ2週間に一度,外来受診していたが,同年3月ころから被害妄想が出現し,次第に増悪したため,D医師は,そのころから,Aに投与するハロマンス(筋肉注射)を増量した。 Aは,同年4月28日,被告病院を外来受診したが,その際,原告は,D医師に対し,腰がふらつくとの常同的な症状のほかに,Aが水をよく飲む,多飲であると訴えた。また,同じく同年6月29日の被告病院外来受診時には,原告は,Aが家ではタバコと水ばかりで落ち着かないと訴えた(乙A1,B7,証人D)。 ケ Aは,同年5月以降,症状が悪化し,「家の近くにBの車が来る」「腰がふらふらする」などの妄想と不穏が増悪したため,D医師は,同年6月29日から,いったんは元の量に戻していたハロマンスを再び200mgに増量した。Aは,同年7月には,被害妄想が一層増悪するなど症状が悪化したため,D医師は,入院の必要を認め,Aの入院希望もあったことから,同月18日に入院予約を入れた(乙A1,B7,証人D)。 コ た。Aは,同年7月には,被害妄想が一層増悪するなど症状が悪化したため,D医師は,入院の必要を認め,Aの入院希望もあったことから,同月18日に入院予約を入れた(乙A1,B7,証人D)。 コ Aは,原告と共に,同日,被告病院精神科外来を受診し,Bの車が迎えに来る,家に人が入ってくるなどの被害妄想が出現し,自宅での生活が落ち着かなくなったことで入院を希望したため,入院同意書に署名し,午前10時20分,被害妄想の増悪を理由に,独歩で,被告病院に任意入院した。入院時の体温は36.0℃,脈拍は115拍/分,血圧は131/90,身長は165cm,体重は70kgのやや肥満型であった(第2,1(3)アの事実,乙A3,証人D)。 サ上記入院時,Aないし原告からは,多飲の報告はなく,また,Aは,表情がぼんやりしていたものの,意識障害その他の異常は認められなかった(乙A1,3,B7,証人D)。 シ D医師は,血液検査,頭部CT検査,胸腹部X線,心電図の検査は,入院時には行わず,入院後できるだけ早い時期に実施するという方針を立てた(第2,1(3)アの事実,乙A1,B7,証人D)。 ス被告病院及びC病院の測定結果によれば,平成6年8月27日から平成12年1月14日までのAの体重は,51.8kgから72kgの間を推移し,血清Na値は,132~148mEq/Lの間を推移し,平成6年9月3日以降,血清Na値の正常範囲の下限である136mEq/Lを下回ることはなかった(前記1(1)ウ,乙A5)。 (2) 以上に認定した事実によれば,Aは,平成6年に水中毒の既往があり,平成7年の第4回入院時に,多飲が原因と考えられる嘔吐をし,平成8年の第5回入院中の外泊時にタバコと水を多く飲んだが,その後平成11年までは,入院中も外来通院中も具 は,平成6年に水中毒の既往があり,平成7年の第4回入院時に,多飲が原因と考えられる嘔吐をし,平成8年の第5回入院中の外泊時にタバコと水を多く飲んだが,その後平成11年までは,入院中も外来通院中も具体的な水中毒ないし病的多飲行動は認められず,平成12年4月28日及び同年6月29日に,水をよく飲むとの訴えがあったにすぎない。そして,本件入院時には,A及び原告から多飲の訴えはなく,表情がぼんやりしていたものの,その他に意識障害等の症状はなく,表情についても,Aの罹患していた破瓜型統合失調症によるものとも考えられるものであった(証人D)から,結局,Aについて,本件入院時に,特に水中毒ないし病的多飲を疑うべき事情があったとはいえないし,また,多飲傾向があったと認めることもできない。 (3) 原告は,カルテ(乙A3)の看護サマリーに平成12年7月18日入院当時から多飲傾向にて腹満著明にみられたとも読める記載があることから,Aは,本件入院当初から病的多飲状態であった旨主張するが,同記載は,Aが死亡により退院した際に本件入院中の経過を要約したものであって,後記3(1)に認定するとおり,Aの多飲傾向や腹満が著明であることは,本件入院の後にみられた事柄であり,また,被告病院の同日の本件入院時の記載としてそのような記載は一切ない(乙A3)のであるから,看護サマリーの記載をもってAが本件入院時点から多飲傾向があり腹満著明にみられたとは認められない。また,証拠(乙A3,4)によれば,精神科カルテの入院病歴要約に入院当初から落ち着かず注射や処置の要求,多飲傾向が目立っていたとの記載があり,内科カルテの入院病歴要約の現病歴欄に入院後嘔吐頻回で多飲がみられたとの記載があることが認められるが,同様の理由によりこれらの記載があるからといって上記認定が左右されるものではない。 との記載があり,内科カルテの入院病歴要約の現病歴欄に入院後嘔吐頻回で多飲がみられたとの記載があることが認められるが,同様の理由によりこれらの記載があるからといって上記認定が左右されるものではない。 (4) 原告は,D医師らは,Aに対し,本件入院時において,血液検査を実施してAの血清Na値・血液浸透圧の測定を行い,尿検査を実施して尿比重・尿浸透圧の測定をすべきであり,そして,Aの体内の水分貯留量や血清Na値等電解質バランスに応じた飲水制限,個室や隔離室を利用した強制的な水分制限,塩化ナトリウムの経口投与,高張食塩水輸液や利尿剤使用等の治療を行うべきであったと主張するが,前記(1)(2)のとおり,Aについて,本件入院時に,特に水中毒ないし病的多飲を疑うべき事情があったとはいえないし,また,多飲傾向があったと認めることもできず,本件入院時の体重測定の結果も平成11年11月当時の体重とほとんど変わらない数値であったこと,そして,前記1(1)オカに認定した病的多飲ないし水中毒に対する必要な対処・治療として文献で指摘されている事情を考えると,Aについて,本件入院時において,血液検査を実施してAの血清Na値・血液浸透圧の測定を行い,尿検査を実施して尿比重・尿浸透圧の測定をすべき法的義務があったとか,これをしなかったことが過失であるということはできないし,また,この段階において,Aに対し,個室や隔離室を利用した強制的な水分制限,塩化ナトリウムの経口投与,高張食塩水輸液や利尿剤使用等の治療を行うべきであったとは到底いうことができず,これらの措置をとらなかったのが過失であるということもできない。 (5) K医師は,AをJ病院において入院治療する場合,病状の悪化と共に多飲水問題があることをスタッフに徹底し,本件入院時に体重測定と採血,検尿等の一般検査 が過失であるということもできない。 (5) K医師は,AをJ病院において入院治療する場合,病状の悪化と共に多飲水問題があることをスタッフに徹底し,本件入院時に体重測定と採血,検尿等の一般検査を行い,その後のこれらの検査を繰り返し,多飲水治療病棟が存在するのでそこに入院させる可能性もあると意見書で述べている(甲B2)が,G医師は,K医師の見解は,一般論,理想論,結果論的な色彩が強いと指摘しており(乙B10),また,前記(1)(2)の認定事実及び前記1(1)オカに指摘した文献の状況からして,K医師の上記意見は望ましい治療を述べるものであっても,過失判断の基準とすることはできない。 3 争点(2)(D医師らが,平成12年7月19日午後3時40分ころまでに,Aの水中毒を診断,治療しなかった過失があるか)及び争点(3)(D医師らが,同日午後4時50分から午後5時までの間に,Aの水中毒を治療しなかった過失があるか)について(1) 本件入院時から同月19日午後5時までの診療経過について前記第2,1(3)の各事実及び証拠(乙A3,B7ないし9,証人D)によれば,以下の各事実が認められる。 ア Aは,本件入院当日午後0時に昼食を全量摂取したが,食後に水の多飲傾向が認められたため,看護師はAに対し注意した。D医師は,このときの多飲傾向を,A死亡時まで認識していなかった。 イ Aは,同月19日深夜から明け方にかけ,不眠を訴え,薬を希望していた。 ウ Aは,同日午前7時30分ころ及び午前9時30分ころ,注射を打つよう繰り返し訴え,腰がふらふらしたらどうするのかなどと常同的な訴えを繰り返していた。D医師は,同日午前9時30分ころ,Aを回診したが,水中毒の発症を疑わせる所見はみられなかった。 エ つよう繰り返し訴え,腰がふらふらしたらどうするのかなどと常同的な訴えを繰り返していた。D医師は,同日午前9時30分ころ,Aを回診したが,水中毒の発症を疑わせる所見はみられなかった。 エ看護師が,同日午後3時40分にAの腹部膨満を認め,Aからその少し前に少量嘔吐もあったと訴えがあったことから,D医師は,Aを診察した。D医師は,Aに腹部膨満を認めたが,意識は清明で,精神状態に変化はなく,Aも多飲している旨述べたので,腹部膨満は多飲のためであろうと判断し,水分制限のためAが持っていたコップ2個を預かるとともに,Aに対して,水を飲まないよう注意した。 オ Aは,その後も,姿が見えなくなってD医師が探しに行った際に,洗面所の水道の蛇口に直接口を当てて水を飲んでいるところを発見されるなど,飲水が止まらなかった。また,Aは,そのころ,再々,D医師らに,注射及び保護室入室を希望していた。 カ Aは,同日午後4時50分,L看護師に対し血圧測定を希望し,同看護師が血圧測定を行おうとしたところ,Aは,少量の水を嘔吐した。その際,Aは落ち着かない様子であった。同看護師は,血圧測定後,Aの体重を測定したが,血圧は149/91,体重は入院時70kgであったものが83kgと約18.5パーセント増加していた。 キ L看護師から報告を受けたD医師は,Aを診察し,A自身も保護室入室を希望したことから,Aの同意を得て,同日午後5時から翌日午前6時までの予定で,保護室に隔離をした。なお,隔離の際にD医師は,「隔離を行うに当たってのお知らせ」に隔離の理由として,「水中毒のため」との記載をした上で,Aに交付し,Aは,個室入室及び施錠を希望する旨を記載し署名した。 ク Aは,本件入院後,保護室に入室するまでの間に,食事はすべて全量摂 離の理由として,「水中毒のため」との記載をした上で,Aに交付し,Aは,個室入室及び施錠を希望する旨を記載し署名した。 ク Aは,本件入院後,保護室に入室するまでの間に,食事はすべて全量摂取していたし,Aに統合失調症による症状としてのぼんやり及び落ち着きのなさ等以外に,周囲に関心がなくなりもうろう状態を示すとか,放尿や尿失禁,易疲労感,衰弱感,頭痛,食欲不振,精神症状,性格変化,行動異常,けいれん,昏睡等の症状がみられることはなかった。 ケ D医師は,Aに対し,本件入院中,血液検査及び尿検査を一度も実施しなかった。 (2) D医師は,Aに対する治療の方針について,同日午後3時40分,Aの腹部膨満を認め,Aも多飲していると述べたので,多飲による腹部膨満と判断したが,意識清明で精神状態に変化はなく水中毒症状は出現していなかったので,飲水制限によって水中毒症状の発現を予防しようと考え,これまでAや原告は,保護室の使用について強く拒否や抗議をしていたこと,また,本件入院が任意入院であったこと,本件入院前に保護室隔離をしないことを念を押されていたことから,まず,コップを預かってAの飲水行動を観察し,それでも多飲するようなら保護室に隔離しようとの方針の下,まずAのコップ2個を預かり水を飲まないように注意をしたこと,しかし,その後もAの飲水行動は止まらず多飲による腹部膨満が続き,同日午後4時50分の時点で体重は83kgであったため,水中毒症状の予防のためには保護室隔離による完全飲水制限が必要と判断し,Aに同意書に署名させ隔離を開始したことを陳述(乙B7)ないし証言する。 (3) 原告は,D医師らは,Aに対し,平成12年7月19日午後3時40分ころまで,さらには,同日午後4時50分から午後5時までの間に,体重測定,血液検査,尿 を陳述(乙B7)ないし証言する。 (3) 原告は,D医師らは,Aに対し,平成12年7月19日午後3時40分ころまで,さらには,同日午後4時50分から午後5時までの間に,体重測定,血液検査,尿検査を実施してAの体重変動率と血清Na値等電解質バランスを把握して水中毒の重篤度を把握し,そして,Aの体内の水分貯留量や血清Na値等電解質バランスに応じた飲水制限,個室や隔離室を利用した強制的な水分制限,塩化ナトリウムの経口投与,高張食塩水輸液や利尿剤使用等の治療を行うべきであり,これを行わなかったD医師らには過失があるなどと主張するので判断する。 アまず,体重測定,血液検査,尿検査の実施については,前記(1)認定のとおり,Aは,本件入院当日の午後には多飲傾向が認められて看護師が注意をする状況にあり,翌日午後3時40分には,D医師は,Aの診察によって多飲による腹部膨満であると認めたこと,Aは,同日午後4時50分の時点で体重が入院時の体重の約18.5パーセント増加の83kgになっており,同日午後3時40分の時点においても相当程度体重が増加し,3ないし5kg程度の体重増加があったと推認されること,前記2(1)認定のとおり,Aには過去に水中毒の既往があったこと,D医師は,本件入院時に,血液検査等をできるだけ早い時期に実施するという方針を立てており,D医師もこの時点で体重を量り,血液検査もしておいた方がよかったと証言していることなどに加えて,前記1(1)オに認定した病的多飲を示す患者に対しては,体重測定,血液検査,尿検査等によって,血清Na値等の状態を把握するべきであると多くの文献で指摘されていることを総合して考えると,D医師は,多飲による腹部膨満や嘔吐が認められた同月19日午後3時40分の時点において,水中毒症状を予防するために,Aに対し,体重 握するべきであると多くの文献で指摘されていることを総合して考えると,D医師は,多飲による腹部膨満や嘔吐が認められた同月19日午後3時40分の時点において,水中毒症状を予防するために,Aに対し,体重測定,血液検査及び尿検査を実施すべきであったといわなければならず,D医師にはこれらの検査を行わなかった点に過失が認められる。 なお,K医師は,J病院であれば,同月19日午前中に体重測定,血液検査,尿検査を実施すると意見書で述べ(甲B2),また,G医師も,同日朝にルーチンで入院時採血,検尿を行うことは多くの病院で慣習的に行われていることであり,多飲の有無にかかわらずこれらの検査を行うことが望ましいと述べており,前記(1)アに認定したとおり,Aには,同月18日昼食後に多飲傾向があったため,看護師がAに対し注意したという事実が認められるから,D医師が,上記のAに対する血液検査等をできるだけ早い時期に実施するという方針に従い,翌日朝に体重測定,血液検査及び尿検査を実施することは望ましいことであったと認められる。 しかし,一方,前記(1)ウに認定したとおり,同月19日午前9時30分ころのD医師のAに対する回診の際,水中毒の発症を疑わせる所見はみられなかったのであり,同時点において,水中毒ないし病的多飲を疑うべき具体的事情があったとは認められないから,D医師が,同日朝に体重測定,血液検査及び尿検査を実施しなかったことをもって過失であるということはできない。 なお,仮に,この時点において,Aに対し,体重測定,血液検査及び尿検査を実施すべき注意義務を認めたとしても,前記に認定したAの状況及び証拠(甲B8,乙B10,証人D)によれば,同日朝起床時ないしD医師の上記回診時においてAの体重及び血清Na値に異常が生じていたとは考え 実施すべき注意義務を認めたとしても,前記に認定したAの状況及び証拠(甲B8,乙B10,証人D)によれば,同日朝起床時ないしD医師の上記回診時においてAの体重及び血清Na値に異常が生じていたとは考えにくく,体重測定,血液検査及び尿検査によりAの低Na症が見出された可能性は高いものとは考えられない。 イ(ア) 次に,個室や隔離室を利用した強制的な水分制限については,前記1(1)オに認定したとおり,水中毒の予防のために,3ないし5kg以上の体重増加あるいは元の体重の12%増,さらには,血清Na値120mEq/Lないし125mEq/L以下の低Na血症が認められた場合には,保護室等を用いた飲水制限や行動制限を行うことが多くの文献で挙げられているところ,上記アのとおり,Aは,同日午後3時40分の時点においても相当程度体重が増加していたことが予想され,3ないし5kg程度の体重増加はあったものと推認されるところ,前記(1)エキに認定のとおり,D医師が同月19日午後3時40分に行った措置は,Aが持っていたコップ2個を預かって,Aに対し水を飲まないよう注意するという飲水制限を行ったにすぎず,Aを保護室に隔離したのは,同日午後5時になってからのことであった。そして,前記(2)のとおり,D医師は,Aの意識が清明で精神状態に変化はなく水中毒症状は出現していないこと,これまでAや原告は,保護室の使用について強く拒否や抗議をしていたこと,また,本件入院が任意入院であったこと,本件入院前に保護室隔離をしないことを念を押されていたことから,まず,コップを預かってAの飲水行動を観察し,それでも多飲するようなら保護室に隔離しようとの治療方針で上記の措置をとったことが認められる。 (イ) ところで,証拠(乙A3,証人D,原告本人)によれば,Aの てAの飲水行動を観察し,それでも多飲するようなら保護室に隔離しようとの治療方針で上記の措置をとったことが認められる。 (イ) ところで,証拠(乙A3,証人D,原告本人)によれば,Aの本件入院は任意入院であり保護室隔離を行うためには,Aの同意が必要であったこと,原告は,以前の入院中にAを保護室に隔離したことについて強く抗議をしていたこと,措置入院を行うためには,保護者の選任を受けているが,原告と離婚後別居をしている父親の承諾を得る必要があったことが認められ,かかる事実に,前記(1)のとおり,同月19日午後3時40分は,D医師がAに多飲による腹部膨満を認めた初めての時点であって,意識は清明で,精神状態に変化はなく,同日午後5時時点においてもAには統合失調症による症状としてのぼんやり及び落ち着きのなさがあったが,意識障害等は認められなかったという事実,さらに,前記1(1)オに指摘した文献においても,飲水制限や行動制限について,飲水の自己抑制を試みるという最も穏便な方法から保護室隔離による強制的完全飲水制限まで種々の方法があることを指摘しており,すべての文献が必ず直ちに保護室隔離による完全飲水制限の措置を行うべきであることを指摘しているものではないことなどの事情を考えると,D医師が,同月19日午後3時40分の時点において,直ちにAの保護室隔離による完全飲水制限という措置をとらずに,まず,Aのコップを預かり,Aに対し水を飲まないよう注意を行い,それが効を奏さない場合には保護室隔離を行うという方針の下,段階的な措置をとったことは,Aの人権にも配慮した相当な措置というべきであり,これを過失ということはできない。 なお,原告は,Aが再三保護室入室を希望していたと主張するが,証拠(証人D)によれば,Aは,同日午後3時40分 た相当な措置というべきであり,これを過失ということはできない。 なお,原告は,Aが再三保護室入室を希望していたと主張するが,証拠(証人D)によれば,Aは,同日午後3時40分以前にも,以後にも保護室入室を希望する発言をしていたことが認められるが,他方で,Aは,保護室に入室すると,今度は退室させてほしいと騒ぐ(後記4(1)アに認定したとおり,同日午後5時に保護室隔離をした後においてもそうであった。)ことが認められ,Aの発言で保護室隔離の措置を決めることは相当ではなかったと認められる。 ウ(ア) さらに,塩化ナトリウムの経口投与,高張食塩水輸液や利尿剤使用等の治療について判断するに,前記1(1)カに判示したとおり,多飲状態の段階からソリタT3等を経口投与する方法により電解質濃度維持を行うという見解もあるが,これは少数の見解であって,多くの見解は水中毒が発生した段階において上記の措置をとるべきことを論じているのであるから,上記見解に従って過失を判断することはできない。そして,水中毒が発生した段階においては,直ちに輸液により電解質を補正するという見解,体重変動が10%以上で血清Na値が120mEq/L以下となっている場合にはけいれん発作や意識障害といった最重症の水中毒症状の出現するリスクが高く,補液による電解質補正を行うという見解,水中毒による意識障害やけいれんがない場合は水分制限だけでよく,意識障害,けいれん等の中枢神経症状が生じてから電解質補正を実施するという見解に分かれており,その治療,具体的対策については明確化されておらず,決定的な対策や治療法はまだ得られていないという状況にある。 (イ) ところで,前記(1)エのとおり,同日午後3時40分には,Aは,多飲のための腹部膨満が認め ついては明確化されておらず,決定的な対策や治療法はまだ得られていないという状況にある。 (イ) ところで,前記(1)エのとおり,同日午後3時40分には,Aは,多飲のための腹部膨満が認められたが,意識は清明で,精神状態に変化はなかったのであって,意識障害,けいれん発作等の中枢神経症状を呈していなかったのであるから,いまだAが水中毒の状態にあったと認めることができない。そうすると,上記(ア),前記1(1)カ,(2)アに判示したとおり,D医師が,水中毒の予防と治療に関して,多飲があっても,意識障害,全身けいれん等の中枢神経症状がない場合,水分制限によって水中毒の予防を行い,意識障害,全身けいれん等の中枢神経症状が出現している場合,輸液等による電解質補正によって水中毒の治療を行うという方針の下,この時点において,塩化ナトリウムの経口投与,高張食塩水輸液や利尿剤使用等の治療を行わなかったことをとらえて,過失ということはできない。 (ウ) 前記(1)カのとおり,Aの体重は,同日午後4時50分の時点で,入院時の約18.5パーセント増加の83kgであり,証拠(甲B38)によれば,前記(1)クに指摘した体重増加と血清Na値の関係の文献等の見解に従って,上記時点のAの血清Na値を試算すると,90.8mEq/Lから112.4mEq/Lになることが認められ,上記(ア)に指摘した体重変動が10%以上で血清Na値が120mEq/L以下となっている場合にはけいれん発作や意識障害といった最重症の水中毒症状の出現するリスクが高く,補液による電解質補正を行うという見解に従えば,Aの状態はこれに当てはまり,D医師は,同日午後4時50分の時点で,Aに対し,補液による電解質補正をすべきであったということになる。 リスクが高く,補液による電解質補正を行うという見解に従えば,Aの状態はこれに当てはまり,D医師は,同日午後4時50分の時点で,Aに対し,補液による電解質補正をすべきであったということになる。 しかしながら,前記1(1)ウカに判示したとおり,体重測定に基づく目標体重法については,患者の個人差のため,低Na血症の危険を発見するに当たって画一的に有効ではないことを指摘する米国の文献も存在しており,また,血清Na値が120ないし130mEq/Lであれば,易疲労感,軽度の衰弱感が,115ないし120mEq/Lであれば,高度の衰弱感,頭痛,悪心,嘔吐,食欲不振,精神症状が,115mEq/L未満であれば,性格変化,行動異常,けいれん,昏睡がそれぞれ現れることを指摘する文献もあり,一方,前記2(1)に認定したとおり,Aには上記の症状のうち2回嘔吐がみられた程度であり,その外の症状が全くみられなかったのであるから,体重増加と血清Na値の関係の文献等の見解に従い,同日午後4時50分の時点のAの血清Na値が性格変化,行動異常,けいれん,昏睡が現れるとされる90.8mEq/Lから112.4mEq/Lになっていたという原告の試算が必ずしも正当なものと認めることはできない。さらに,仮にそのような推定が正しいとしても,前記1(1)カに判示したとおり,そのような状態にあるときに補液による電解質補正を行うという上記見解は一つの考え方を示すにすぎず,水中毒による意識障害やけいれん等の中枢神経症状がない場合は水分制限だけでよく,中枢神経症状が生じてから電解質補正を実施するという見解も少なからず存在していることからすると,D医師が,意識障害,けいれん発作等の中枢神経症状を呈していなかった同日午後4時50分の時点のAの状態を考慮し,上記見解に従って水分制限の処置 施するという見解も少なからず存在していることからすると,D医師が,意識障害,けいれん発作等の中枢神経症状を呈していなかった同日午後4時50分の時点のAの状態を考慮し,上記見解に従って水分制限の処置だけをとり,塩化ナトリウムの経口投与,高張食塩水輸液や利尿剤使用等の治療を行わなかったことをもっていまだ過失ということはできない。 (エ) ところで,原告は,Aが2回嘔吐したことを強調して,Aに水中毒としての中枢神経症状が発生していたと主張するが,前記1(1)イエに認定した,水中毒とは,水の異常な多飲等によって,意識障害,けいれん発作,嘔吐等の中枢神経症状が発生したものであること,水中毒の初期的な症状として,多飲,多尿,尿失禁に始まり,食欲不振,嘔気,嘔吐等の消化器症状が現れ,次に,重篤な症状として,異常行動,見当識障害,傾眠,けいれん,昏睡等の中枢神経症状が現れることを指摘する文献があることからも明らかなとおり,嘔吐には嘔気と同様に消化器症状としての嘔吐とけいれんや意識障害等の症状と同様に中枢神経が侵されることにより出現する嘔吐との2種類があると認められるところ,本件全証拠によるも,Aの2回の嘔吐が中枢神経症状としての嘔吐であったと認めるに足りる証拠はなく,むしろけいれんや意識障害が生じていないことなどからすると,上記2回の嘔吐は,水を飲みすぎたことによる消化器症状としての嘔吐にすぎなかったものと認められる。 また,原告は,前記(1)キに認定した,D医師がAへの「隔離を行うに当たってのお知らせ」の文書に,隔離の理由として「水中毒のため」と記載したことを引用して,D医師は,Aが水中毒であったと認識していたと主張するが,D医師は,Aの症状から水中毒とは認識していなかったことは上記に判示したとおり に,隔離の理由として「水中毒のため」と記載したことを引用して,D医師は,Aが水中毒であったと認識していたと主張するが,D医師は,Aの症状から水中毒とは認識していなかったことは上記に判示したとおりであり,上記文書の記載は,D医師が証言ないし陳述するとおり,水中毒症状の予防の趣旨であったと認められる。 (4) なお,原告は,D医師らのAの多飲状況及び臨床症状の経過観察が不十分であったと主張するが,証拠(証人D)によれば,Aは,平成12年7月18日及び同月19日,頻繁にD医師らの詰めている勤務室の前に来て,窓口のところで,看護師やD医師らと話をすることが多く,その間,D医師らは十分な観察ができたと認められ,これに反して,D医師らの経過観察が不十分であったことを裏付ける証拠はないし,証拠(甲B5)によれば,多飲の患者は,しばしば,隠れて短時間で大量の水を飲むことが認められるのであって,これを発見できなかったからといって,本件において,Aの多飲状況の観察が不十分であったとまでいうことはできないし,臨床症状の経過観察が不十分であったということもできない。 4 争点(4)(因果関係)について(1) 死亡原因についてア前記第2,1(3)の各事実及び証拠(乙A3,4,B7ないし9,証人D)によれば,以下の事実が認められる。 (ア) Aは,平成12年7月19日午後5時に保護室に隔離された後,しばらくの間,「出してよ,出してよ」などと大声を上げるなどしていたが,D医師が廊下から格子越しに観察した結果,Aにけいれんや意識障害の症状はみられず,また,嘔吐もなかった。 (イ) Aは,同日午後5時30分ころにも,「注射してください。御飯はまだですか。」と大声を上げていたため,看護長が声を Aにけいれんや意識障害の症状はみられず,また,嘔吐もなかった。 (イ) Aは,同日午後5時30分ころにも,「注射してください。御飯はまだですか。」と大声を上げていたため,看護長が声をかけた際には,保護室内で立っており,それまでと変わりなく,異状はなかった。 (ウ) 看護師が,同日午後5時45分,保護室に夕食を持参した際,Aが布団の上に大の字に倒れているのを発見した。顔面,手足にチアノーゼを認め,呼吸停止の状態で脈拍も触れなかった。また,水様物吐物が少量見られ,尿失禁もあった。 (エ) E医師らにおいて,気管内挿管,心臓マッサージ,各種薬物投与等により蘇生の措置をとったが,回復せず,同日午後7時1分死亡を確認した。Aの気管内に気管チューブを挿管した際,気管内から黄褐色澄明の液体が大量に逆流し,食道挿管を疑われるほどであった。 E医師は,Aについて,肺水腫の疑いがあると診断し,Aの死亡診断書の直接死因としては肺水腫が記載されている。一方,内科の診療録には確定診断として窒息,転帰として死亡との記載もある。 イ Aの死因について,以下のような見解がある。 (ア) K医師は,血液検査値等が得られていないので不明な点が多いが,大量の水分摂取後に意識レベルが低下し,そのような状況で嘔吐が生じて,この吐物が気道に入ったことによって窒息状態になり,死亡に至ったという経過が最も可能性が高いと指摘する(甲B2)。 (イ) G医師は,直接の死因は吐物による窒息が最も考えられる,病理解剖がされていないため,肺水腫はあくまで疑いにとどまると指摘する(乙B10)。 (ウ) D医師は,Aの死亡原因について,挿管のときに水分の 接の死因は吐物による窒息が最も考えられる,病理解剖がされていないため,肺水腫はあくまで疑いにとどまると指摘する(乙B10)。 (ウ) D医師は,Aの死亡原因について,挿管のときに水分の逆流があったことからすると肺水腫を考えざるを得ないが,病理解剖をしていないし,胸部のレントゲン写真を撮影していないので肺水腫を確定診断とすることはできないこと,意識障害が起こって誤嚥して窒息死した可能性,意識障害がない状態で誤嚥して窒息死した可能性,突然死の可能性もあることを証言する。 ウ以上によれば,Aの死亡原因は,水中毒による肺水腫又は水中毒による中枢神経症状としての嘔吐若しくは通常の嘔吐による窒息のいずれかであると考えられるが,いずれとも特定することはできないといわなければならない。 (2) D医師の過失と死亡との因果関係についてア D医師には,平成12年7月19日午後3時40分の段階で体重測定,血液検査及び尿検査を実施しなかった過失が認められるところ,D医師が同時点においてAの体重測定をし,本件入院時に比べて相当程度の体重の増加が認められたとしても(前記3(3)アのとおりAの体重増加が認められる可能性は相当高い。),前記1(2)アのとおり,D医師は,水中毒の予防と治療に関して,多飲があっても,意識障害,全身けいれん等の中枢神経症状がない場合,水分制限によって水中毒の予防を行う,体重増加がみられたときに必要なのは,飲水制限による水中毒発現の予防であるとの見解をとっていたのであるから,Aに対して行われた措置は,前記3(1)エオカキに認定したAに対して実際行われた措置と変わらなかったと認められる。そして,前記3(3)イウに判示したとおり,D医師の見解を支持する文献も存在し,同医師が行った当初はAからコップを取り上げ )エオカキに認定したAに対して実際行われた措置と変わらなかったと認められる。そして,前記3(3)イウに判示したとおり,D医師の見解を支持する文献も存在し,同医師が行った当初はAからコップを取り上げ水を飲まないように注意をし,同日午後5時になって保護室隔離を行ったという措置が相当なものではなく,過失があるとは認められないのであるから,Aの死亡原因が上記のいずれであったとしても,結局実際の経過と同一の経過をたどることになり,Aの死を避けられたとはいえない。 イまた,D医師が,平成12年7月19日午後3時40分に血液検査及び尿検査を実施したとしても,証拠(証人D)によれば,その結果が報告されるまで緊急の場合であっても1,2時間程度を要することが認められるから,Aに異変が生じた同日午後5時45分までに血液・尿検査の結果が明らかになり,Aに対し,異なった処置をとることができたかは明らかではない。 さらに,仮に,血液検査及び尿検査の結果が同日午後5時45分までに明らかになったとしても,前記3(3)ウ(ウ)に判示したとおり,その結果が,Aに対し,塩化ナトリウムの経口投与,高張食塩水輸液や利尿剤使用等の治療を行うべき血清Na値を示すものであったかも明らかではない。 加えて,仮に,血液検査及び尿検査の結果,Aに低Na血症が認められる血清Na値であったとしても,前記1(2)アのとおり,D医師は,意識障害,全身けいれん等の中枢神経症状がない場合,水分制限によって水中毒の予防を行うという見解をとっていたのであるから,同医師は,Aに対し,塩化ナトリウムの経口投与,高張食塩水輸液や利尿剤使用等の治療を行うことなく,実際に行われた措置と同じ措置しかとらなかったと認められ,前記3(3)ウに判示したとおり,それを支持する文献もあ Aに対し,塩化ナトリウムの経口投与,高張食塩水輸液や利尿剤使用等の治療を行うことなく,実際に行われた措置と同じ措置しかとらなかったと認められ,前記3(3)ウに判示したとおり,それを支持する文献もあり,D医師のそのような措置を過失があるものと認めることもできないから,本件の現実の経過と同じ転帰をとらなかったということはできない。 ウしたがって,D医師の過失とAの死亡との間には因果関係が認められないというべきである。 5 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求は,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第34部裁判長裁判官前田順司 裁判官池町知佐子 裁判官増尾崇(別紙)争点整理表 1 D医師らが,本件入院時にAの水中毒を診断,治療しなかった過失があるか。 (原告の主張)(1) Aの本件入院当時の病態,既往歴等及びそれらについてのD医師らの認識下記アないしクの各事実によれば,Aは,水中毒の既往があり,かつ本件入院当時,少なくとも多 告の主張)(1) Aの本件入院当時の病態,既往歴等及びそれらについてのD医師らの認識下記アないしクの各事実によれば,Aは,水中毒の既往があり,かつ本件入院当時,少なくとも多飲症(病的多飲)に罹患していた。 そして,D医師らが,水中毒の既往,入院当時のAの病態及び被告病院のA入院病棟における水摂取の容易さをいずれも認識していたことは明らかである。 なお,Aが,本件入院当時,低Na血症という水中毒を発症していたかどうかは,血液検査が実施されていないため,不明である。 記ア被告病院は,日本でも有数の大規模な精神科医療施設である。 イ Aは,平成6年に水中毒の罹患歴があり,被告病院は,この罹患歴を認識していた。 ウ被告病院において,少なくとも平成11年3月及び11月の各時点で,Aの多飲と水中毒罹患歴について,カルテ上検討されている(甲A6)。 エ D医師らは,本件入院2箇月前の平成12年4月28日,Aの多飲を認識していた(乙A1・p17)。 オ原告は,同年6月29日,D医師に電話でAが自宅で多飲水行動をしていると伝えた(乙A1・p19)。 カ Aは,同月16日,同月30日及び7月14日にハロマンスを各200mg投与されており,同年6月16日から本件入院時まで,ハロマンスの投与量が増大していた。 キ Aは,看護サマリー(乙A3・p25)に「…入院。多飲傾向にて腹満著明みられる」,入院病歴要約(乙A3・p3)に「入院後落ちつきなく,嘔吐頻回で多飲がみられた」と記載があるように,本件入院時点から多飲しており,腹部膨満や嘔吐していた蓋然性が高い。 傾向にて腹満著明みられる」,入院病歴要約(乙A3・p3)に「入院後落ちつきなく,嘔吐頻回で多飲がみられた」と記載があるように,本件入院時点から多飲しており,腹部膨満や嘔吐していた蓋然性が高い。 ク Aが入院,看護されていた閉鎖病棟は,やかんの水(看護師監視下にある),談話室の水道を始め,水が飲み放題の状況であった(甲A2)。 (2) 病的多飲及び水中毒並びにこれらに必要な処置についての医学的知見ア多飲症ないし病的多飲の定義・診断基準多飲症ないし病的多飲とは,慢性的かつ断続的に,大量の水分を摂取することである。 1日3リットル以上の水分摂取が目安であるとの見解もある。 統合失調症(精神分裂病)患者に多い病態である。 イ水中毒の定義・診断基準水中毒とは,体内の水が他の溶質とりわけNaに比して著しく増加した病態のことであり,低Na血症を伴う多飲ともいわれる。 水中毒と称される病態の範囲は,多飲行動が目立っている状態から嘔吐,痙攣,昏睡等の中枢神経症状を起こすまでの広義の病態ととらえられている。 ウ多飲症及び水中毒に必要な処置(ア) 水中毒の発症予防のために必要な処置すなわち多飲症の治療として必要な処置多飲症ないし病的多飲状態にあっていまだ水中毒を発症していない患者に対する標準的な医療水準として,下記aないしeの処置により,患者のそのときどきの「体内の水分貯留量」や「血清Na値等電解質バランス」を把握して,低Na血症たる水中毒への移行を防止しなければならない。 記a 飲水行動をよく観察する。 b 体重や腹囲 a値等電解質バランス」を把握して,低Na血症たる水中毒への移行を防止しなければならない。 記a 飲水行動をよく観察する。 b 体重や腹囲を頻回かつ定期的に測定する。 c 血液検査により血清Na値・血液浸透圧を測定する。 d 尿検査により尿比重・尿浸透圧を測定する。 eb~dの検査数値に応じて,飲水制限をする。 この場合の目安は「血清Na値が136mEg/L以下」あるいは「日内体重変動が3kg超」「日内体重変動が3~5%増」などとされる。 (イ) 水中毒発症後の治療として必要な処置患者が,既に水中毒を発症して低Na血症に陥っている場合は,標準的な医療水準として,その患者の「体重変動率」と「血清Na値等電解質バランス」を把握した上で,病態に応じて下記a~dの処置をしなければならない。 記a 個室や隔離室利用による強制的な水分制限をする。 この場合の目安は「体重3kg~5kg増」「日内体重変動が3%~7%増」あるいは「血清Na値が130mEg/L~125mEg/L」などとされる。 b 原因薬物がある場合は原因薬物を中止する。 c 塩化ナトリウムを4.5g等の適正量を経口投与して,低Na状態を補正する。 この場合の目安は,「日内体重変動が5%~7%増」あるいは「血清Na値が128mEg/L~125mEg/L」などとされる。 d 高張食塩水の輸液や利尿剤の使用により低Na状態の補正等電解質補正を行う。 この場合の目安は「日内体重変動が7%~10%増」あるいは mEg/L」などとされる。 d 高張食塩水の輸液や利尿剤の使用により低Na状態の補正等電解質補正を行う。 この場合の目安は「日内体重変動が7%~10%増」あるいは「血清Na値が125mEg/L~120mEg/L」などとされる。 (3) 本件入院時に,D医師らが,Aに対して実施すべき処置及びそれらを実施すべき根拠ア実施すべき処置D医師らは,Aに対し,血液検査実施による本件入院時点の血清Na値・血液浸透圧の測定,尿検査実施による尿比重・尿浸透圧の測定をすべきであった。 そして,この検査数値つまりAの体内の水分貯留量や血清Na値等電解質バランスに応じて,例えば血清Na値が136mEg/L以下であれば,その時点で飲水制限を行い,血清Na値が130mEg/L以下であれば個室や隔離室を利用した強制的な水分制限,血清Na値が128mEg/L以下であれば塩化ナトリウムの経口投与を行い,血清Na値が125mEg/L以下であれば高張食塩水輸液や利尿剤使用を行うなど,Aの病態にあわせた治療を行うべきであった。 イ実施すべき根拠上記(1)のとおり,被告病院は,我が国でも有数の大規模精神科医療施設であり,Aは,本件入院以前に水中毒の罹患歴を有し,本件入院前年から本件入院直前まで多飲が把握されていた。さらに,Aには,本件入院までの間にハロマンス投与が増量されていた。D医師らは,かかるAの水中毒の既往,本件入院当時のAの病態及び被告病院のA入院病棟における水摂取の容易さを認識していたか,若しくは認識すべきであった。 したがって,上記(2)記載の知見と医療水準に鑑み,D医師らは,少なくともAに血液検査等を実施し,検査の結果,A ける水摂取の容易さを認識していたか,若しくは認識すべきであった。 したがって,上記(2)記載の知見と医療水準に鑑み,D医師らは,少なくともAに血液検査等を実施し,検査の結果,Aが多飲症ないし病的多飲状態にあっていまだ水中毒を発症していない場合は,血清Na値等電解質バランスにより飲水制限を行い,低Na血症たる水中毒への移行を防止しなければならず,Aが既に水中毒を発症して低Na血症に陥っている場合は,血清Na値等電解質バランスにより強制的な飲水制限や塩化ナトリウムの経口投与,高張食塩水輸液や利尿剤使用の治療を行うべきであった。 (4) D医師らが,本件入院時に,実際に行った処置しかるに,D医師らは,Aの体重を量り,70kgと認識しただけで,早急な血液検査等を計画した(乙A3・p6)にもかかわらず,検査を実施せず,Aの多飲症ないし水中毒の病態の把握,つまり「体内の水分貯留量」や「血清Na値等電解質バランス」の把握を怠った。 (5) 結論以上のとおり,D医師らには,A入院時に,Aの多飲症の病態把握と治療(水中毒の予防)を行い,Aに水中毒が発生していた場合にはその病態把握と治療を行うことを懈怠した過失がある。 (被告の主張)(1) Aの入院当時の病態等及びそれらについてのD医師らの認識Aの入院は,妄想等の統合失調症の増悪によるものであり,Aは,精神的に非常に不安定な状態であった。本件入院時にAが明らかな多飲症であったり,多飲状態で腹部膨満の状態であった事実はない。 (2) 病的多飲及び水中毒並びにこれらに必要な処置についての医学的知見多飲や水中毒の定義については,研究者間で統一したものは存在しないが,水中毒に至る前段階として低Na血症を (2) 病的多飲及び水中毒並びにこれらに必要な処置についての医学的知見多飲や水中毒の定義については,研究者間で統一したものは存在しないが,水中毒に至る前段階として低Na血症を伴う水中毒準備状態の段階があり,水中毒が発症した場合には意識障害や痙攣等の中枢神経症状が出現するとされる。そして,意識障害や痙攣等の水中毒発作症状が出現した時点でバイタルチェック,電解質検査や水分摂取制限を行うものとされている。 (3) D医師らが,本件入院時に,実際に行った処置本件入院時にAの体重,体温,血圧及び脈拍の測定を行ったところ,Aは,体重70kg(前回入院時と同じ),体温36.0℃,血圧131/90,脈拍115拍/分であった。血液検査,頭部CT検査,胸腹部X線撮影,心電図検査は,本件入院後できるだけ早めに実施することとした。本件入院後は向精神薬ハロマンスの投与を中止した。 (4) 上記の処置が適切であったこと,原告主張の処置が必要ではないこと及びその根拠Aの本件入院は妄想増悪によるものであるが,本件入院時に明らかな多飲はなく,入院患者の場合には特段の身体的主訴がない限り,精神症状の落ち着いた入院翌日以降に検査を行い,入院当日は検査を実施しない。特に,Aは,被告病院への10回目の入院であり,基礎的データは把握されていた。 2 D医師らが,同年7月19日午後3時40分ころまでに,Aの水中毒を診断,治療しなかった過失があるか。 (原告の主張)(1) Aの同日午後3時40分ころまでの病態等の事実経過及びそれらについてのD医師らの認識下記アないしオの各事実によれば,Aは,同日午後3時40分までには低Na血症たる水中毒を発症していたこと,Aの体重が前日に比べ相当程度増加して 実経過及びそれらについてのD医師らの認識下記アないしオの各事実によれば,Aは,同日午後3時40分までには低Na血症たる水中毒を発症していたこと,Aの体重が前日に比べ相当程度増加していたこと,Aが嘔吐し腹部膨満であったこと及びD医師らがかかるAの水中毒発症の病態と臨床症状を認識していたことは,明らかである。 記ア本件入院時点までに,前記1(原告の主張)(1)アないしク記載の各事実のとおり,Aの水中毒既往歴,入院前多飲,入院前ハロマンス増量,被告病院の施設状況等の事実が存在する。 イ Aは,本件入院以降,同日午後3時40分までに,多飲状態にあり,この多飲はD医師らにも認識されていた(乙A3・p7~p8・p25,乙A4・p6,甲A4等)。 ウ Aが,同日午後3時40分から1時間10分後の午後4時50分に体重が前日比13kg増であったことに鑑み,午後3時40分時点でも,既に体重が入院時70kgから相当程度に増加していたことは,外観上明らかである。Aは,身長165cmであり,この身長からすれば,体重増は,容易に外観から把握可能である。 エ Aは,嘔吐しており,D医師らも嘔吐の事実を認識していた。 オ Aの腹部は,既に「緊満」状態であり,D医師らもこれを認識していた(D医師は,カルテに「かえる腹」と記載した)。 (2) D医師らが,同時点までに,Aに対して実施すべき処置及びそれらを実施すべき根拠ア実施すべき処置D医師らは,Aに対し,入院した7月18日以降,同月19日午後3時40分まで,頻回かつ定期的に(18日,19日とも1日2~4回等)Aの体重測定・血液検査を実施するとともに,適宜尿検査も実施し, D医師らは,Aに対し,入院した7月18日以降,同月19日午後3時40分まで,頻回かつ定期的に(18日,19日とも1日2~4回等)Aの体重測定・血液検査を実施するとともに,適宜尿検査も実施し,これらの検査数値により,Aの「体重変動率」と「血清Na値等電解質バランス」を把握して,水中毒の重篤度を把握すべきであった。 そして,Aの水中毒の重篤度に応じて,治療を行うべきであった。例えば,体重が3~5kg増・日内体重変動が3%以上増・血清Na値が130mEg/Lを下回れば個室や隔離室利用による強制的な水分制限をし,日内体重変動が5%~7%増・血清Na値が128mEg/L~125mEg/Lであれば塩化ナトリウムを経口投与し,日内体重変動が7%~10%増・血清Na値が125mEg/L~120mEg/Lであれば高張食塩水輸液や利尿剤使用するなど,Aの病態にあわせた治療を行うべきであった。 イ実施すべき根拠上記(1)のとおり,Aは同日午後3時40分までには低Na血症たる水中毒を発症していたこと,Aの体重が前日に比べ相当程度増加していたこと,Aが嘔吐していたこと,Aの腹部は緊満(かえる腹)であったことの各事実が存し,D医師らはこれを認識していた。 したがって,上記1(原告の主張)(2)記載の病的多飲及び水中毒についての知見と医療水準に鑑み,D医師らはAに血液検査等を実施し,既に低Na血症たる水中毒に罹患していたと思われるAの「体内の水分貯留量」や「血清Na値等電解質バランス」を把握して,水中毒の治療をすべきであった。 (3) D医師らが,同時点までに,実際に行った処置しかるに,D医師らは,同月18日昼食後に多飲を口頭で注意した(乙A3・p21)以外には,同月19日午 療をすべきであった。 (3) D医師らが,同時点までに,実際に行った処置しかるに,D医師らは,同月18日昼食後に多飲を口頭で注意した(乙A3・p21)以外には,同月19日午後3時40分時点でコップを預かり,口頭で注意した(乙A3・P7,P21)だけで,体重測定も血液検査も何ら実施しなかった。かつ,水分制限も行わず,電解質補正や利尿剤投与等の治療も何ら行わなかった。 (4) また,D医師らは,Aについて,多飲を早い段階で発見し,血液が希釈されて低Na血症ないし水中毒に移行することを防止するべく,Aの多飲状況を的確に看護,経過観察しなければならなかったのに,Aの本件入院後,同日午後3時40分まで,誰も,Aの多飲の事実及び外見上の水分貯留の程度を観察しておらず,臨床症状の経過観察による病態観察を行っていなかった。 (5) 結論したがって,D医師らには,同日午後3時40分ころまでに,Aの水中毒の病態把握と治療義務を懈怠した過失がある。 (被告の主張)(1) Aの同日午後3時40分ころまでの病態等の事実経過及びそれらについてのD医師らの認識Aには,同日午後3時40分の時点で,入院後初めて腹部膨満が認められ,D医師の診察前には少量の嘔吐があったが,意識障害,痙攣等といった水中毒発症を疑わせる神経症状は一切認められず,その前駆症状すら認められなかった。 (2) D医師らが,同時点までに,Aに対して実際に行った処置D医師は,診察の結果,腹部の膨満は多飲によるものであると判断して水分摂取制限の必要を認め,Aが保持していた2個のコップを預かるとともに,あまり水を飲まないように注意した。 (3) 上記の処置が適切であったこと,原告主張の処置が必要ではないこ あると判断して水分摂取制限の必要を認め,Aが保持していた2個のコップを預かるとともに,あまり水を飲まないように注意した。 (3) 上記の処置が適切であったこと,原告主張の処置が必要ではないこと及びその根拠この時点でAに水中毒発症を疑わせる意識障害,痙攣発作等の中枢神経症状はなく,嘔吐も単に一時に多量の水分を摂取したことによるもので,水中毒は発症していなかったから,血清Na補正等の原告主張の処置は必要ない。なお,この時点でD医師は,保護室隔離の必要を考えたが,これまでに原告とAが保護室入室を強く拒否しており,任意入院の形態でもあったことから,コップを預かっても多飲するようなら保護室隔離をしようと考えたものである。 3 D医師らが,同日午後4時50分から午後5時までの間に,Aの水中毒を治療しなかった過失があるか。 (原告の主張)(1) Aの同日午後4時50分ころまでの病態等の事実経過及びそれらについてのD医師らの認識下記アないしオの各事実によれば,Aは同日午後4時50分から午後5時までの間に重篤な水中毒状態にあったこと及びD医師らがかかるAの重篤な水中毒の病態と臨床症状を認識していたことは,明らかである。 記ア前記2(原告の主張)(1)アないしオのとおり,Aの水中毒既往歴,入院前多飲,入院前ハロマンス増量,被告病院の施設状況,午後3時40分までの水中毒発症の病態と臨床症状の各事実があった。 イ同日午後3時40分以降も,Aは,水を飲み続け,嘔吐を繰り返した(D医師の評価によれば「止まらず多飲しては吐いている」乙A3・p7)。 ウ同日午後4時50分の血圧測定中にも,Aは,嘔吐した(乙A3・p21)。 エ体重測定の結果は83kgと,前 の評価によれば「止まらず多飲しては吐いている」乙A3・p7)。 ウ同日午後4時50分の血圧測定中にも,Aは,嘔吐した(乙A3・p21)。 エ体重測定の結果は83kgと,前日入院時点の70kgから比べて13kg増,18%増であった。 オ水中毒の医学的知見によれば,体重13kg増,18%増は,生命に対する危険度の高い体内電解質状態に陥っている。 (2) D医師らが,同時点までに,Aに対して実施すべき処置及びそれらを実施すべき根拠ア実施すべき処置D医師らは,直ちにAの血液検査を実施して,血清Na値及び血液浸透圧を測定し,また,尿検査も実施して,尿比重・尿浸透圧を測定し,Aの「血清Na値等電解質バランス」を把握すべきであった。 D医師らは,同時に,塩化ナトリウムの経口投与,高張食塩水の補液による電解質是正,利尿剤投与等積極治療を実施すべきであった。 イ実施すべき根拠上記(1)のとおり,Aは,同日午後4時50分から午後5時までの間に,腹部膨満,止まらぬ多飲と嘔吐,体重の前日比13kg増・18%増の各臨床症状がみられ,D医師らはこれを認識していた。 したがって,前記1(原告の主張)(2)記載の病的多飲及び水中毒についての知見と医療水準に鑑み,D医師らはAの血液検査等を実施して,既に重篤な低Na血症たる水中毒状態に陥り生命に対する危険度の高い体内電解質状態にあるAの血清Na数値等を把握するとともに,直ちに水中毒の積極治療たる電解質補正や利尿剤投与を実施し,Aの体内電解質補正を行わなければならなかった。 ウ D医師らが,同時点までに,実際に行った処置しかるに,D医師らは,かように危険な体内電 解質補正や利尿剤投与を実施し,Aの体内電解質補正を行わなければならなかった。 ウ D医師らが,同時点までに,実際に行った処置しかるに,D医師らは,かように危険な体内電解質状態にあるAに対し,同日午後5時,保護室に隔離して飲水制限するのみで,血液検査等によるAの水中毒の病態把握もせず,電解質補正の積極治療も怠った。 (3) 結論したがって,D医師らには,同日午後4時50分から午後5時までの間に,Aの水中毒の病態把握及び積極治療の義務を懈怠した過失がある。 (被告の主張)(1) Aの同日午後4時50分ころまでの病態等の事実経過及びそれらについてのD医師らの認識この時点で看護師が血圧を測定したが,その最中にAには少量の嘔吐があった。血圧は149/91,併せて測定された体重は83kgであったが,意識障害,痙攣等の中枢神経症状はなく,意識レベルははっきりしていた。 (2) D医師らが,同時点までに,実際に行った処置同日午後5時に完全飲水制限による水中毒の予防を目的として,本人の同意を得てAを保護室に隔離した。 (3) 上記の処置が適切であったこと,原告主張の処置が必要ではないこと及びその根拠体重増加は,水中毒発現の危険を推定する目安の一つにすぎず,水中毒発症の指標として絶対的なのとはいえない。体重増加がみられたとしても,その時点でまず採られるべき措置は飲水制限である。意識障害,痙攣等の水中毒発症を疑わせる中枢神経症状が出現する以前に水中毒予防を目的に保護室隔離による完全飲水制限の措置をとった。なお,同日午後4時50分の時点での少量の嘔吐は,単に一時に多量の水分を摂取したことによるものであり,水中毒による中枢神経症状としての に水中毒予防を目的に保護室隔離による完全飲水制限の措置をとった。なお,同日午後4時50分の時点での少量の嘔吐は,単に一時に多量の水分を摂取したことによるものであり,水中毒による中枢神経症状としてのものではない。 4 因果関係(原告の主張)(1) Aの死亡原因肺水腫若しくは窒息(2) 原告主張の各過失と,Aの死亡との間に因果関係があることAは,本件入院時点以降,同年7月19日午後5時までのD医師らの上記各病態把握及び治療懈怠の結果,水を飲み続け,重篤な水中毒に罹患し病態が悪化したことにより,生命に危険を及ぼす体内電解質状態に陥り,肺や気道に水が満ちあふれた結果,肺水腫若しくは窒息により死亡したものであり,D医師らの過失とAの死亡には明確な因果関係がある。 なお,Aの本件入院以降同日午後5時30分までの血清Na値は,測定されておらず,「正常値を下回って水中毒発症に至るまで低下していない。」との被告の主張は医学的根拠を欠く。 被告が指摘するAの過去の血清Na値は,本件診療経過のように,体重が急激に増加した場合における数値でもなく,被告主張を裏付ける根拠とはならない。 肺水腫に関する被告の主張は,同日午後5時30分まで水中毒が発症していないという被告の主張を前提とするものであり,妥当性を欠く。 (被告の主張)(1) Aの死亡原因肺水腫(2) 原告主張の各過失と,Aの死亡との間に因果関係がないことア過去の被告病院入院時に測定された検査データからすれば,Aの体重増加と血清Na値との間には,体重が増加すれば血清Na値が低下するとの相関関係は認められないから,同年7月19日午後5時30分の時点までにA の被告病院入院時に測定された検査データからすれば,Aの体重増加と血清Na値との間には,体重が増加すれば血清Na値が低下するとの相関関係は認められないから,同年7月19日午後5時30分の時点までにAの血清Na値が正常値を下回り,水中毒発症に至るほどの値にまで低下してはいないというべきである。このことは,同日午後5時30分の時点までAに意識障害,痙攣といった中枢神経症状はおろか食欲不振,頭痛,悪心等の水中毒の前駆症状すら一切みられず何ら異常が認められなかったことからも明らかである。したがって,D医師がAの血清Na値等の検査をせず,電解質補正等の処置を施さなかったことが仮に過失と評価されたとしても,その前提において,保護室内で倒れているのを発見される直前の時点までAの血清Na値が低Na血症の発症に至る値にまで低下していたものとは認められないのであるから,原告主張のD医師らの過失とAの死亡との間には因果関係はない。 イ水中毒症状が現れてから肺水腫に至るまでには通常相当な時間の経過があるとされており,また,肺水腫を併発した水中毒症例では,昏睡から深昏睡に至る重篤な意識障害と痙攣発作を認める症例が多く,呼吸困難,チアノーゼ,胸部ラ音聴取等の呼吸器症状を示すことが特徴的であるとされているところ,Aの本件症例は,保護室内で倒れているのを発見される同日午後5時45分の15分前の午後5時30分の時点まで,水中毒発症はおろかその前駆症状すら現れておらず,呼吸困難等の呼吸器症状もまた認められていなかったものであり,このような状態からわずか15分足らずの間に急激に水中毒から肺水腫を発症し,死亡に至るという異常な経過をたどったものであるから,この点からも,仮にD医師らに原告主張の過失があったとしても,D医師らの過失と死亡との間には因果関係はない。 5 損 水中毒から肺水腫を発症し,死亡に至るという異常な経過をたどったものであるから,この点からも,仮にD医師らに原告主張の過失があったとしても,D医師らの過失と死亡との間には因果関係はない。 5 損害額(原告の主張)(1) Aの慰謝料2000万円なお,統合失調症患者について死亡慰謝料を赤本の基本基準より低額とすることは許されない。 (2) 逸失利益1313万8101円(計算式)683万1500円(平成12年賃金センサス男性労働者学歴計45歳~49歳平均賃金)×30%(労働能力を考慮)×{1-50%(生活費控除率)}×12.8211(就労可能期間21年のライプニッツ係数)=1313万8101円(3) 原告の相続原告は,Aの死亡により,(1)(2)を相続した。 (4) 原告固有の慰謝料500万円(5) 葬儀費用120万円(6) 証拠保全費用41万6224円(7) 小計3975万4325円(8) 弁護士費用397万5432円(9) 合計4374万9757円(被告の主張)争う。 (別紙診療経過一覧表省略)

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