令和7年10月30日判決言渡同日原本領収裁判所書記官令和5年(ワ)第6275号国家賠償請求事件口頭弁論終結日令和7年7月30日判決 主文 1 被告は、原告aに対し、150万円及びこれに対する令和3年7月24日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 2 原告aのその余の請求を棄却する。 3 原告bの請求を棄却する。 4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 5⑴ 原告aと被告との間の訴訟の訴訟費用は、これを50分し、その49を原告aの、その余を被告の負担とする。 ⑵ 原告bと被告との間の訴訟の訴訟費用は、原告bの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告aに対し、7342万3943円及びこれに対する令和3年7月24日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 2 被告は、原告bに対し、356万7795円及びこれに対する令和3年7月24日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は、懲役受刑者として刑事施設に収容されていた亡c(以下「亡c」という。)がその収容中に精巣腫瘍を発症していたことが判明し、その後死亡したことについて、亡cの母である原告a及び亡cの婚約者であった原告bが、被告である国に対し、刑事施設の医師には、亡cの精巣腫瘍を鑑別するための検査を実施すべき注意 義務又は精巣の摘除手術後の経過観察において適切にCT検査を実施すべき注意義 務があるのにこれを怠った過失があり、これにより、精巣腫瘍に対する治療に遅れが生じ亡cの死亡を招来したと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠 において適切にCT検査を実施すべき注意義 務があるのにこれを怠った過失があり、これにより、精巣腫瘍に対する治療に遅れが生じ亡cの死亡を招来したと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償及びこれに対する不法行為の日(亡cが死亡した日)である令和3年7月24日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実(争いがないか、後掲の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認定できる。)⑴ 亡c(平成●年●月●日生まれの男性)は、強盗致傷等の罪で懲役6年の実刑判決を言い渡され、平成31年3月11日、懲役受刑者として、刑事施設である川越少年刑務所さいたま拘置支所(以下「本件拘置支所」という。)に入所した(乙A1)。 ⑵ 亡cは、令和2(2020)年1月7日(以下、月又は月日のみを記載したものは、令和2年のそれを指す。)、右の陰嚢の腫大を訴え、本件拘置支所の医務課長であったd医師の診察を受けた。d医師は、陰嚢水腫を疑ったが、自身は精神科を専門としていたこともあり、本件拘置支所の、外科を専門とするe医師に外科的評価を依頼した。(乙A2、A3、A27、B1、弁論の全趣旨) ⑶ e医師は、1月9日、亡cを診察して精巣腫瘍の可能性を疑い、右陰嚢を注射針で穿刺して内容液7ccを採取し、これを検体とする剥離細胞診を外部検査機関に依頼した。同検査の結果がクラス分類でClassⅡと陰嚢腫瘍を疑わせるものではなかったため、亡cは経過観察とされた。(乙A3、B1、B15、弁論の全趣旨)⑷ 亡cが陰嚢の違和感を訴え出たことから、3月11日、本件拘置支所に近い民 間医療施設であるf診療所(以下「本件診療所」という。)のg医師の診察を受けさせることとなった。g医師は、超音波(エ ⑷ 亡cが陰嚢の違和感を訴え出たことから、3月11日、本件拘置支所に近い民 間医療施設であるf診療所(以下「本件診療所」という。)のg医師の診察を受けさせることとなった。g医師は、超音波(エコー)検査等を実施した結果、亡cについて、精巣腫瘍又は精巣上体炎の疑いと診断した。(乙A2~A5)⑸ 亡cは、3月18日、刑事施設である東日本成人矯正医療センター(以下「本件医療センター」という。)において、超音波検査を受けた。その結果、亡cの右陰嚢 の腫大は精巣腫瘍(セミノーマ)によるものと強く疑われるものと診断され、3月2 4日、亡cに右高位精巣摘除術が施行された。高位精巣摘除術とは、鼠径部に皮切を加え、鼠径靭帯に沿って鼠径管を開き、精索の結紮・切断の後、陰嚢内容(精巣及び精巣上体)を一塊として摘出する手術方法をいう。 その後、6月29日まで、移送先の本件医療センターにおいて、亡cに対し、化学療法(抗がん剤の多剤併用療法)の一つであるBEP療法(ブレオマイシン、エトポ シド、シスプラチンによる併用療法)が行われ、肺転移等の明らかな遠隔転移は認められなかったので、亡cは、8月25日、川越少年刑務所(以下「本件刑務所」という。)に移送された。(以上、乙A8~A10、A14、乙B2、4、8)⑹ 亡cは、9月下旬頃から、腰痛のため作業ができないと訴えるようになり、その後発熱も認められたがほぼ平熱にまで下がったため、経過観察とされた。しかし、 10月5日及び10月8日の本件刑務所の医師の診察の結果、左頚部に腫瘤が認められたため、亡cは、再び本件医療センターに移送され、10月27日、全身のCT検査が実施されたところ、頚部リンパ節転移のほか、多発肺転移、縦隔転移、右後腹膜リンパ節転移が認められた。(乙A14、A16の1・2、 亡cは、再び本件医療センターに移送され、10月27日、全身のCT検査が実施されたところ、頚部リンパ節転移のほか、多発肺転移、縦隔転移、右後腹膜リンパ節転移が認められた。(乙A14、A16の1・2、弁論の全趣旨)⑺ 亡cは、12月10日、刑の執行停止を受け、その後、大学病院等の民間医療 施設で更なる化学療法を受けたが、令和3年7月24日、精巣腫瘍により死亡した。 (甲A5~7、乙A8)⑻ 精巣腫瘍についてア精巣は、陰嚢内に存在する弾力のある卵状の臓器であり、容易に触知することができる。もともと腹腔内にあったものが出生時までに陰嚢内に下降するものである ため、精巣の血管系は、直接、腹部の大血管とつながっている。精巣は、白膜と呼ばれる線維性の膜で包まれており、外側を精巣鞘膜、鞘膜腔で保護されており、精巣上部には、精巣上体が精巣を覆うように存在する。(乙B3)イ精巣腫瘍は、精巣に生じる腫瘍であり、腫瘍の組織発生及び細胞の性状により分類され、その90~95%は、胚細胞を起源とする胚細胞腫瘍である(胚細胞とは、 精子と卵子の細胞を合わせた名称であり、胚細胞以外の細胞である体細胞と区別され る。)。精巣腫瘍は、セミノーマや胎児性癌等の7種類の単一組織型と、これらが複合した複合組織型に大別される。精巣腫瘍の約35~50%をセミノーマが占め、精巣腫瘍の中で最も頻度が高い。(甲B1、乙B2、B3、B9、B27、B30)ウ精巣腫瘍は、20~40代の男性に好発し、陰嚢内容の無痛性腫瘤を初発症状とすることが多く、激しい痛みを伴うことはまれである。精巣腫瘍の場合、触診では 硬く腫大した陰嚢内容が触知され、陰嚢内容に透光性はない。(甲B1、乙B3、B4)エ精巣腫瘍の初期診断は、透光性の確認や超音波検査によるが、超 うことはまれである。精巣腫瘍の場合、触診では 硬く腫大した陰嚢内容が触知され、陰嚢内容に透光性はない。(甲B1、乙B3、B4)エ精巣腫瘍の初期診断は、透光性の確認や超音波検査によるが、超音波検査が有用であり、今日では、超音波検査によることが多く、実質腫瘍を示す低エコー像や不規則なエコー像を認めれば精巣腫瘍を強く疑う。(甲B1、B2、乙B2~4、B8、 B17)オ精巣腫瘍は、転移があっても化学療法が著効するために根治を望めることが特徴的である。一方で、精巣腫瘍は増殖が速いため、精巣腫瘍が疑われた場合には、転移があっても速やかに高位精巣摘除術を施行し、高位精巣摘除術後の組織診断により確定診断をする。(甲B2、B4、B7、乙B3、B4、B8、弁論の全趣旨)。 カ令和2(2020)年当時の「精巣腫瘍診療ガイドライン」(日本泌尿器科学会作成。以下「本件ガイドライン」という。)では、高位精巣摘除術の摘出標本により組織分類を診断した後、リンパ節・他臓器への転移の有無や腫瘍マーカー検査の結果によって病期(ステージ)を決定し、ステージに応じた治療を行うものとされている。 (乙B8) 3 争点及び争点についての当事者の主張⑴ 1月7日又は1月9日に超音波検査等を実施すべき注意義務を怠った過失の成否(原告らの主張)ア一般に、無痛性陰嚢腫大を訴える患者については、精巣腫瘍の発症を疑うこと が重要であるとされている上、精巣腫瘍は、15~35歳の男性に最も多く発症する 悪性腫瘍である。また、精巣腫瘍は、発見が遅れれば致命的な疾患である一方、透光性検査、超音波検査及びCT検査によって容易に鑑別が可能な疾患でもある。 イ 1月7日及び1月9日の本件拘置支所での診察の際、当時21歳であった亡cが無痛性陰 が遅れれば致命的な疾患である一方、透光性検査、超音波検査及びCT検査によって容易に鑑別が可能な疾患でもある。 イ 1月7日及び1月9日の本件拘置支所での診察の際、当時21歳であった亡cが無痛性陰嚢腫大を訴えていたのであるから、診察に当たったd医師及びe医師は、精巣腫瘍の発症を疑って、その鑑別のために透光性検査、超音波検査又はCT検査を 実施すべき注意義務を負っていた。 ウそれにもかかわらず、d医師は、上記各検査のいずれも実施せず、e医師も、精巣腫瘍の鑑別には必ずしもつながらない陰嚢水による剥離細胞診を実施しただけで、やはり、精巣腫瘍の鑑別のための上記各検査を実施しなかったから、両医師には、上記注意義務を怠った過失がある。 (被告の主張)ア d医師及びe医師が精巣腫瘍を鑑別するために透光性検査、超音波検査及びCT検査を実施しなかったことは認める。 しかし、d医師は、亡cの右陰嚢の腫大について、陰嚢水腫を疑いつつも、精巣腫瘍によるものである可能性も排除できなかったことから、自身よりも専門的知見を有 するe医師に、亡cの症状につき外科的評価を依頼したのであるし、e医師としても、d医師の診療録の記載を踏まえつつ、亡cに触診、視診及び問診を実施した結果、精巣腫瘍を疑い、精巣腫瘍を原因とする陰嚢水腫の場合には陰嚢水に悪性細胞が漏出することがあることを踏まえ、陰嚢水の剥離細胞診を実施した。 イその上で、本件拘置支所には、CT検査装置や陰嚢の検査に適した超音波検査 装置が備えられていなかったことや、我が国においては、泌尿器科を専門としない医師(以下「非泌尿器科医」という。)の中には、精巣腫瘍の鑑別として、穿刺吸引した陰嚢水の剥離細胞診を用いる実情があることを考慮すると、両医師は、亡cの右陰嚢の腫大が精巣腫瘍である可 を専門としない医師(以下「非泌尿器科医」という。)の中には、精巣腫瘍の鑑別として、穿刺吸引した陰嚢水の剥離細胞診を用いる実情があることを考慮すると、両医師は、亡cの右陰嚢の腫大が精巣腫瘍である可能性を念頭に置いた上で、本件拘置支所の人員や設備に応じた処置を講じたというべきである。 ウそうすると、両医師の診療行為はいずれも、臨床医学の実践における医療水準 に照らして不合理なものとまではいえず、ましてや著しく不適切なものであったとはいい難い。 ⑵ 9月上旬、9月24日又は10月5日において経過観察のためにCT検査を実施すべき注意義務を怠った過失の成否(原告らの主張) ア亡cの精巣腫瘍の病期(ステージ)は、右高位精巣摘除術によって摘出された右精巣の病理検査の結果、ステージⅡAと診断されているから、本件刑務所の医師は、本件ガイドラインで提唱されているステージⅡのセミノーマの経過観察の手順を踏まえれば、高位精巣摘除術及び化学療法が終了してから1年間は、少なくとも2か月ごとにCT検査をして経過観察をする必要があった。 そして、亡cは、右高位精巣摘除術及び化学療法を終えて7月6日に経過観察のためにCT検査を受けているから、本件刑務所の医師は、その2か月後の9月上旬には、亡cにCT検査を実施して精巣腫瘍の再発・転移を確認すべき注意義務を負っていた。 イまた、9月24日の診察の際、精巣腫瘍の経過観察中にある20代前半の亡cに、精巣腫瘍が再発・転移した際に生じることのある発熱や腰痛が認められたのであ るから、本件刑務所の医師は、その時点で、亡cにCT検査を実施して精巣腫瘍の再発・転移を確認すべき注意義務を負っていたし、10月5日の診察の際には、長期間にわたって亡cの発熱が続いたことや、亡cの左頚部に腫瘤 件刑務所の医師は、その時点で、亡cにCT検査を実施して精巣腫瘍の再発・転移を確認すべき注意義務を負っていたし、10月5日の診察の際には、長期間にわたって亡cの発熱が続いたことや、亡cの左頚部に腫瘤が生じたことを認めたのであるから、CT検査を実施して精巣腫瘍の再発・転移を確認すべき注意義務を負っていた。 ウそれにもかかわらず、本件刑務所の医師は、9月上旬、9月24日及び10月5日のいずれの時点でも、精巣腫瘍の再発・転移を確認するためにCT検査を実施しなかったから、本件刑務所の医師には、上記注意義務を怠った過失がある。 (被告の主張)ア亡cの精巣腫瘍については、少数の脈管侵襲が認められるものの、右高位精巣 摘除術の前後において明確な転移は認められていなかったのであるから、その病期は、 ステージⅠであったというべきであるところ、本件ガイドラインには、ステージⅠのセミノーマの経過観察の手順の一例として、治療後2年以内は3か月ごとにCT検査などの検査を行うという例が紹介されているから、本件刑務所の医師が、本件医療センターでCT検査がされた7月6日から3か月を経過していない9月上旬の時点で、CT検査を実施する義務を負っていたとはいえない。 イまた、亡cは、本件刑務所の医師の診察において、腰痛や発熱を訴えていたものの、腰痛及び発熱は精巣腫瘍特有の症状ではない上、腰痛については、亡cが重い袋を投げた際に生じたと説明していたことや、発熱については、世界的に流行していた新型コロナウィルス感染症の感染が疑われる状況にあったことも考慮すると、9月24日の時点で、精巣腫瘍の再発・転移を疑うことはできなかった。 ウさらに、本件刑務所の医師は、10月5日の亡cの訴えを受けて、触診と腫瘍マーカー検査を含む血液検査とを も考慮すると、9月24日の時点で、精巣腫瘍の再発・転移を疑うことはできなかった。 ウさらに、本件刑務所の医師は、10月5日の亡cの訴えを受けて、触診と腫瘍マーカー検査を含む血液検査とを実施し、頚部等に腫れが見られないことや腫瘍マーカー検査等の検査結果に異常がないことを確認しつつ、その後も精巣腫瘍の再発・転移を疑って、10月8日に本件医療センターに亡cの診察を依頼している。そして、その結果、亡cは、10月27日に本件医療センターでCT検査を受けることができ たのだから、本件刑務所の医師の対応が遅きに失したとはいえない。 ⑶ 因果関係(原告らの主張)ア本件拘置支所の医師が、1月7日又は1月9日に、精巣腫瘍の鑑別のために必要な検査を実施していれば、その時点で精巣腫瘍が発見され、1月末頃には治療が開 始されて精巣腫瘍の細胞レベルでの転移を防ぐことができたと考えられるから、亡cは実際に死亡した令和3年7月24日の時点で生存していた高度の蓋然性が認められる。したがって、上記⑴の注意義務違反と亡cの死亡との間には因果関係があるというべきである。 イ本件刑務所の医師が、右高位精巣摘除術及び化学療法を受けた亡cに対する経 過観察において、早期にCT検査を実施していれば、精巣腫瘍の再発・転移が発見さ れ、速やかに治療が開始されて精巣腫瘍が全身に転移することや精巣腫瘍が骨転移して難治化することを防ぐことができたと考えられるから、亡cは実際に死亡した令和3年7月24日の時点で生存していた高度の蓋然性が認められる。したがって、上記⑵の注意義務違反と亡cの死亡との間には因果関係があるというべきである。 (被告の主張) ア(ア) 亡cは、3月24日に右高位精巣摘除術が施行された後、BEP療法による入念な化学 って、上記⑵の注意義務違反と亡cの死亡との間には因果関係があるというべきである。 (被告の主張) ア(ア) 亡cは、3月24日に右高位精巣摘除術が施行された後、BEP療法による入念な化学療法が行われたにもかかわらず、手術後7か月という短期間で精巣腫瘍が再発したことに加え、再発時の転移は広範なものであった。このことからすると、亡cの精巣腫瘍は、セミノーマではなく、BEP療法の主体をなすシスプラチンに耐性があるSTM(体細胞型悪性腫瘍)であったと考えざるを得ない。 (イ) また、1月9日の診察の時点で亡cに生じていた陰嚢水腫は、精巣腫瘍に伴う続発性のものであると考えられるところ、このような陰嚢水腫は、腫瘍細胞が臓側精巣鞘膜へ直接浸潤して精巣鞘膜腔内に播種することで漿液の吸収を妨げることによるか、腹部大動脈周囲リンパ節転移(リンパ行性転移)が逆行性に進展することで陰嚢等からのリンパ流をうっ滞させることにより生じるが、亡cから採取した陰嚢水か らは悪性細胞が検出されなかったことに照らすと、前者によるものではなく、後者によるものというべきである。そうすると、亡cの精巣腫瘍については、1月の時点で、リンパ節転移が逆行性に進展しており、既に正常なリンパ流を妨げる程度に脈管侵襲(リンパ管侵襲)が生じている状態にあったと考えられるから、1月の時点で既に、10月に確認された精巣腫瘍の転移の端緒があったことになる。 (ウ) したがって、仮に、1月7日又は1月9日の時点で精巣腫瘍が発見され、速やかにその治療が行われていたとしても、令和3年7月24日に亡cが死亡するという結果を回避できなかった可能性が高いというべきであるから、上記⑴の注意義務違反と亡cの死亡との間には因果関係は認められない。 イまた、亡cの精巣腫瘍は、上記ア 年7月24日に亡cが死亡するという結果を回避できなかった可能性が高いというべきであるから、上記⑴の注意義務違反と亡cの死亡との間には因果関係は認められない。 イまた、亡cの精巣腫瘍は、上記ア(ア)のとおり、シスプラチン耐性を有するST Mであったと考えられることから、仮に、9月上旬、9月24日又は10月5日の時 点で、精巣腫瘍の再発・転移が発見され、速やかにその治療が開始されていたとしても、現実と同じ病状の経過をたどった可能性が高く、令和3年7月24日に亡cが死亡するという結果を回避できなかったというべきである。したがって、上記⑵の注意義務違反と亡cの死亡との間には因果関係は認められない。 ⑷ 損害の発生及びその額 (原告aの主張)ア相続に係る亡cの損害 5951万3988円原告aが相続により取得する亡cの損害賠償請求権の額は、以下の(ア)~(ウ)の合計1億1902万7976円の2分の1に当たる上記額となる。 (ア) 逸失利益 9571万7976円 (計算式)546万4200円(令和3年賃金センサス男性学歴計全年齢平均賃金)×(1-0.3)(生活費控除)×25.0247(47年のライプニッツ係数)=9571万7976円(イ) 入院慰謝料 331万円令和2年1月7日の本件拘置支所での診察以降、精巣腫瘍に係る亡cの入通院は、 通院期間が合計約8か月・入院期間が合計約10か月となり、その慰謝料としては上記額が相当である。 (ウ) 死亡慰謝料 2000万円イ原告a固有の損害 723万5051円原告aが固有に取得する損害賠償請求権の額は、以下の(ア)~(エ)の合計である上記 額となる。 (ア) 治療費、入院雑費、カルテ取得費 68万6500円(イ) 葬儀関係費 150万 1円原告aが固有に取得する損害賠償請求権の額は、以下の(ア)~(エ)の合計である上記 額となる。 (ア) 治療費、入院雑費、カルテ取得費 68万6500円(イ) 葬儀関係費 150万円(ウ) 証拠保全費用 4万8551円(エ) 慰謝料 500万円 ウ弁護士費用 667万4904円 エア~ウの合計額 7342万3943円(原告bの主張)ア休業損害 24万3450円原告bは、亡cの余命が長くないと分かった令和3年6月末に看護師を辞めて、亡cが死亡した同年7月24日までの約1か月間、自身の看護師資格を活かして亡cの 看護をした。したがって、原告bの1か月分の給与に相当する上記額は、被告の不法行為と相当因果関係のある休業損害というべきである。 イ慰謝料 300万円ウ弁護士費用 32万4345円エア~ウの合計額 356万7795円 (被告の主張)いずれも否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 前提事実(第2の2)のほか、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。 ⑴ 精巣腫瘍の発症が判明するまでの経緯ア亡cは、令和2(2020)年1月7日の医務巡回において、本件拘置支所の准看護師に対し、「昨年10月頃から陰嚢に違和感があったが、その申出をせずに様子を見ていた」旨を申し出た。准看護師は、医師の診察が必要であると判断し、その旨を本件拘置支所の医務課長であるd医師に報告した。(前提事実⑵、乙A2[14 頁])イ d医師は、上記アの報告を受け、同日、亡cを診察し、亡cから「1か月半くらい前に、3つ目の『たま』ができて少しずつ大きくなってきた」旨を聴き取り、右陰嚢がゴルフボール大(直径4㎝程度)に腫大していることを確認した。 の報告を受け、同日、亡cを診察し、亡cから「1か月半くらい前に、3つ目の『たま』ができて少しずつ大きくなってきた」旨を聴き取り、右陰嚢がゴルフボール大(直径4㎝程度)に腫大していることを確認した。d医師は、亡cの右陰嚢に発赤や痛みを伴わない緊満した内容物があることを認めるなどした ことから、陰嚢水腫の疑いを持ったが、悪性腫瘍の可能性も排除できず、精神科を専 門とする自分よりも外科を専門とするe医師の方が泌尿器科領域に詳しいと考え、e医師に対し、亡cの陰嚢の外科的評価を依頼した。 なお、その当時、陰嚢水腫の診断における透光性検査や超音波検査の必要性・有用性に関する知識を持ち合わせていなかったd医師においては、いずれの検査も実施することはなかった。また、d医師は、e医師に対し、上記依頼と併せて、緊急性がな い場合には外部受診に出すことは難しい旨の申し送りをした。(以上、前提事実⑵、乙A2[14頁]、A3[13、17頁]、証人d[2~5、11、12、15、16頁]、弁論の全趣旨)ウ e医師は、1月9日、亡cを診察し、水腫の存在を認めるとともに、右陰嚢が左陰嚢に比べて大きいことや右陰嚢に痛みがないこと等を確認し、精巣腫瘍の可能性 を疑った。当時、本件拘置支所には、CT検査装置や陰嚢の検査に適した超音波検査装置が備えられていなかったところ、e医師は、精巣腫瘍等の鑑別における超音波検査やCT検査の重要性を認識していたものの、本件拘置支所の設備状況を踏まえた上、陰嚢水腫が精巣腫瘍により生じたのなら陰嚢水内に悪性細胞が漏出することがあると考え、超音波検査等を実施したり、超音波検査等のために外部医療機関への転送を 具申したりはせず(右陰嚢の透光性検査も実施しなかった。)、右陰嚢の陰嚢水の剥離細胞診を実施することとし、 があると考え、超音波検査等を実施したり、超音波検査等のために外部医療機関への転送を 具申したりはせず(右陰嚢の透光性検査も実施しなかった。)、右陰嚢の陰嚢水の剥離細胞診を実施することとし、右陰嚢の水腫を注射針で穿刺して内容液を採取し、外部検査機関に対し、内容液の剥離細胞診を依頼した。 なお、当時、本件拘置支所には、腹部臓器の観察に適した3.75MHzのプローブの超音波検査装置は備えられていた。(以上、前提事実⑶、乙A3[18頁]、乙B 1、B14、B16、弁論の全趣旨)エ d医師は、亡cについて、引き続きe医師に診てもらおうと考えていたが、e医師から「これ以上亡cを診ない」旨の返答があったため、以後、自身で亡cを受け持つこととしたところ、1月20日までに返ってきた上記ウの剝離細胞診の結果がClassⅡ(ほぼ正常・異形細胞は認められないというもの)であったことから、外部受 診を実現するために刑事施設内での調整を図ることは困難と考え、亡cについて、引 き続き経過観察をすることとした。d医師は、2月7日、亡cに対して剥離細胞診の結果を説明するとともに、准看護師には、外部医療機関における精査が今後必要であるとの所見を示した。(前提事実⑶、乙A3[18、21頁]、A25、A27[2頁]、B1、B15[54頁]、B18、C1、証人d[6~8頁]、弁論の全趣旨)オ d医師は、3月3日の医務巡回において、亡cから、陰嚢に違和感が出てきた 旨の申出があったため、外部医療機関での受診の調整に入り、本件拘置支所から近い本件診療所から診察可能の回答を得たことから、翌4日には、本件拘置支所の内部手続を済ませ、本件診療所のg医師に対し、亡cの診察を依頼した。(前提事実⑷、乙A2[19頁]、A3[19、24頁]、A27[3頁] 所から診察可能の回答を得たことから、翌4日には、本件拘置支所の内部手続を済ませ、本件診療所のg医師に対し、亡cの診察を依頼した。(前提事実⑷、乙A2[19頁]、A3[19、24頁]、A27[3頁]、証人d[7~9頁]、証人g[2頁]) カ g医師は、3月11日、亡cを診察し、超音波検査等を実施した結果、「右精巣から連続的に内部超音波不正な腫瘤を形成し、ドップラーでは血流良好」であること等を確認して、右精巣腫瘍又は右精巣上体炎の疑いと診断するとともに、本件拘置支所に対し、精巣腫瘍を念頭に置いてCT検査や腫瘍マーカー検査等を行うよう指示した。(前提事実⑷、乙A3[19、22頁]、A4、A5、A14[16頁]) ⑵ 本件医療センターにおける精巣摘除術の施行ア 3月12日に本件拘置支所で腫瘍マーカー検査が実施され、腫瘍マーカーの上昇は認められなかったが、3月18日に本件医療センターで実施された超音波検査では、右精巣の腫瘤は5㎝×10㎝大で固く充実性であり、陰嚢水腫は軽度で貯留は少なく、鼠経リンパ節腫大がないことが認められた。本件医療センターの医師は、同日、 これらの検査結果に基づき、亡cの右陰嚢の腫大は精巣腫瘍(セミノーマ)が原因であると強く疑われると診断し、亡cを入院させて右高位精巣摘除術を施行することとした。また、3月18日に実施されたX線検査では、肺転移は認められなかった。(前提事実⑸、乙A8[1、2、6頁]、乙A9)。 イ亡cは、3月19日、本件医療センターに移送され、治療方針の説明を受けた。 本件医療センターの医療部長は、同月18日に実施したCT検査の結果、右精巣腫瘍 は5.7㎝×5.9㎝×8.1㎝大で内部は不均一であり、造影効果は強くなく、表面円滑で皮膜は保たれている印象であることを確認 ーの医療部長は、同月18日に実施したCT検査の結果、右精巣腫瘍 は5.7㎝×5.9㎝×8.1㎝大で内部は不均一であり、造影効果は強くなく、表面円滑で皮膜は保たれている印象であることを確認するとともに、右鼠径部及び腹部傍大動脈に1㎝大と大きめのリンパ節を認め、リンパ節転移の可能性があるとの所見を示した(乙A8[1~3、6頁])。 ウ 3月24日、移送先の本件医療センターにおいて、亡cに対して右高位精巣摘 除術が施行された。同手術による摘出標本の病理検査の結果、組織学的にはセミノーマに相当する像であること、腫瘍の一部が精巣上体の間質に浸潤し、一部が精巣鞘膜表面に露出していること、少数の脈管侵襲があることが確認された。(前提事実⑸、乙A8[2、11、12、26頁]、A10、A12、A13)⑶ 術後の化学療法とその後の経過観察 ア亡cは、本件医療センターにおいて、4月20日から6月29日までの間にBEP療法を2クール受けた。7月6日には、胸部・腹部CT検査が実施され、肺転移、骨転移、肝転移、リンパ節転移などの明らかな遠隔転移は確認されなかった。亡cは、8月25日、本件医療センターから本件刑務所に移送され、本件刑務所において今後3年間は4か月ごとにCT検査等による経過観察を受けるものとされた。(前提事実 ⑸、乙A8[28、31、37~60、89~155頁]、A14[7頁])イ本件刑務所の医師は、亡cが腰痛のため作業ができないと訴えたため、9月23日、亡cの診察をしたところ、亡cから「腰椎ヘルニアの既往があり、在社会時にコルセットを使用していた」「3日前重い袋をあげたときに腰痛となり、その翌日休んだものの痛みが増強した」旨を聴き取り、解熱鎮痛剤(ロキソニン)を処方した上 で経過観察とした。その後、亡cが にコルセットを使用していた」「3日前重い袋をあげたときに腰痛となり、その翌日休んだものの痛みが増強した」旨を聴き取り、解熱鎮痛剤(ロキソニン)を処方した上 で経過観察とした。その後、亡cが38.4℃と発熱したため、本件刑務所の医師は、翌24日にも亡cを診察したところ、亡cから「当日朝まで発熱があったが、ロキソニンを服薬して体温が37℃まで下がり、だるさがとれた」旨の説明があったことから、経過観察を継続することとした。(前提事実⑹、乙A14[8頁]、弁論の全趣旨)ウその後、亡cが、首にしこりができたと訴えたため、本件刑務所の医師は、1 0月5日、亡cを診察し、亡cから「10月1日頃から左頚部に急に腫瘍ができたこ とに気が付いた、痛みはない、徐々に増大していた」旨を聴き取り、左頚部に直径3横指大の腫瘤を認めたことから、亡cに対し、腫瘍マーカー検査等を含む血液検査を実施した。しかし、腫瘍マーカー検査では異常は認められなかった。(前提事実⑹、乙A14[3~5、9頁])エ本件刑務所の医師は、10月8日、改めて亡cの診察をし、亡cの左頚部の腫 瘤が鶏卵大にやや増大していたことから、精巣腫瘍の再発・転移を疑い、亡cを本件医療センターに移送することとした。亡cは、翌9日には、腰痛及び左鼠径部痛を訴えるようになり、10月19日には左頚部の腫瘤が体表で見て6㎝×4㎝大まで腫大し、10月21日以降は、頚部痛や嚥下痛も訴えるようになった。(前提事実⑹、乙A14[9~13頁]、A15[4、5頁]、A16の1) オ亡cは、10月26日、本件医療センターに移送され、頚部の超音波検査を受けたところ、頚部腫瘤の大きさが24㎜×32㎜大であり、頚静脈は腫瘤に圧排されていることが認められた。翌27日には、全身のCT検査等が実施 0月26日、本件医療センターに移送され、頚部の超音波検査を受けたところ、頚部腫瘤の大きさが24㎜×32㎜大であり、頚静脈は腫瘤に圧排されていることが認められた。翌27日には、全身のCT検査等が実施され、明らかな脳転移は認められなかったものの、多発肺転移、縦隔転移、右後腹膜リンパ節転移、頚部リンパ節転移が認められた。(前提事実⑹、乙A8[160~164頁]) ⑷ 精巣腫瘍再発後の経過ア亡cは、11月2日から、本件医療センターにおいて、化学療法(多剤併用療法)の一つであるVIP療法(エトポシド、イホスファミド、シスプラチンの併用療法)を開始し、12月10日までにVIP療法2クールを終えた。(乙A8[178~183、210、211、324、325頁]) イ亡cは、12月10日、刑の執行停止を受け、本件医療センターを出所し、12月10日から令和3年3月22日まで、埼玉医科大学国際医療センターにおいて、VIP療法やTIP療法(パクリタキセル、イホスファミド、シスプラチンの併用療法)を受け、令和3年4月19日からは、日大板橋病院において、TIP療法を受けた。しかし、多発肺転移、リンパ節転移、骨転移の進行は続き、腫瘍の増大傾向が確 認され、化学療法は中止された。(前提事実⑺、A6の1~A7、A19) ウ亡cは、その後、疼痛緩和目的の放射線治療を受け、令和3年7月24日、精巣腫瘍により死亡した。(前提事実⑺、甲A5、A6の2~A7) 2 因果関係について⑴ 亡cの精巣腫瘍は、1月7日の時点で、シスプラチンを主体とする化学療法に対して治療抵抗性を有するSTMであったか否か ア精巣腫瘍は、通常、セミノーマであるか非セミノーマであるかを問わず、シスプラチンを主体とした化学療法が有効であり、腫瘍マーカ とする化学療法に対して治療抵抗性を有するSTMであったか否か ア精巣腫瘍は、通常、セミノーマであるか非セミノーマであるかを問わず、シスプラチンを主体とした化学療法が有効であり、腫瘍マーカー検査の数値が正常値であれば、病期(ステージ)がステージⅡAに至っていても、高位精巣摘除術後に化学療法を実施することによって、90%を超える非常に高い確率で治癒することが認められる(前提事実⑻オ、乙B8[8、27、32~35、40~42頁])。 一方で、証拠(乙B30、B31)及び弁論の全趣旨によれば、①精巣胚細胞腫瘍の2.5~8.0%には、STM(体細胞型悪性腫瘍)が発生すること、②STMは、シスプラチンを主体とした化学療法に対して治療抵抗性を示し、予後不良とされており、精巣内に限局しているものは予後には影響しないが、精巣以外の臓器における合併は死亡率が高いといわれ、転移例の5年全生存率は明らかに低値であり、ステージ Ⅰ症例の5年全生存率でも、83%と通常の胚細胞腫瘍に比べて不良であることが認められる。 イ上記アに見た精巣腫瘍及びSTMの病態を踏まえて亡cの治療経過につき検討するに、本件ガイドラインの採用する、精巣腫瘍の病期(ステージ)に係るTNM分類では、ステージⅠ(原発腫瘍を認めるが転移のないもの)のうち、原発腫瘍が 精巣及び精巣上体に限局し、脈管侵襲を伴うもの又は白膜を越えて進展し精巣鞘膜に浸潤しているもの等がステージⅠBとされ、ステージⅡ(所属リンパ節にのみ転移があり、遠隔転移がないもの)のうち、リンパ節転移の最大径が2㎝以下のものがステージⅡAとされるところ(甲B1[13頁]、乙B2[210頁]、B8[5頁]、B22[2、19~22頁])、亡cの精巣腫瘍は、①組織学的にはセミノーマに相当する 像であ が2㎝以下のものがステージⅡAとされるところ(甲B1[13頁]、乙B2[210頁]、B8[5頁]、B22[2、19~22頁])、亡cの精巣腫瘍は、①組織学的にはセミノーマに相当する 像であるが(上記1⑵ウ)、腫瘍の一部が精巣上体の間質に浸潤し、また、腫瘍の一部 が精巣鞘膜表面に露出し(同上)、②少数の脈管侵襲があり(同上)、③3月18日には、肺転移は認められなかった一方で、右鼠経部及び腹部傍大動脈に1㎝大と大きめのリンパ節が発見されてリンパ節転移の可能性が指摘されていた(上記1⑵アイ)のであるから、高位精巣摘除術の実施前後の亡cの精巣腫瘍は、脈管侵襲又は精巣鞘膜への浸潤が認められるが遠隔転移はないものといえ、その病期(ステージ)としては、 上記③のリンパ節転移の可能性を積極的に捉えるかどうかで、ステージⅡAとなるかステージIBとなるかが決せられることになる。 とはいえ、病期がステージⅡAに至っていても、高位精巣摘除術後に化学療法を実施することによって、非常に高い確率で治癒することは上記アのとおりであるところ、亡cが実際にたどった治療経過は、①右高位精巣摘除術を受ける以前の3月12日の 時点での腫瘍マーカーの数値が正常値であり(上記1⑵ア)、②精巣摘除術の実施とこれに続くBEP療法2コースを受けた後の7月6日時点では、肺転移、骨転移、肝転移などの明らかな遠隔転移は認められなかったにもかかわらず(上記1⑶ア)、③わずか3か月後の10月上旬には、それまで無かった左頚部に腫瘤が生じ(上記1⑶ウ)、④10月27日には、多発肺転移、縦隔転移、右後腹膜リンパ節転移、頚部リン パ節転移とほぼ全身にわたり腫瘍の転移が確認され(上記1⑶オ)、④その後に化学療法(VIP療法及びTIP療法)を複数コース受けても転移の進行が続い 移、縦隔転移、右後腹膜リンパ節転移、頚部リン パ節転移とほぼ全身にわたり腫瘍の転移が確認され(上記1⑶オ)、④その後に化学療法(VIP療法及びTIP療法)を複数コース受けても転移の進行が続いていたのであって(上記1⑷アイ)、化学療法は奏功しなかったと評価せざるを得ないものとなっている。 ウこれに加え、亡cが刑の執行停止の後に治療を受けた日大板橋病院では、上記 イのような治療経過をも考慮して、令和3年5月、亡cの精巣腫瘍につき「最難治症例」「発症時の腫瘍とは性質が異なっているようにも思われます」と評価しており(甲A7[385頁])、このことも併せ考えると、再発・転移が生じた10月の時点で亡cの精巣腫瘍はSTMであった蓋然性は高いというべきである。 エそして、亡cが右陰嚢に違和感を覚えたのは、精巣腫瘍の再発・転移が発生す る約1年前の令和元年10月頃であるところ(上記1⑴ア)、①STMは、一般的には 化学療法後の転移巣に見られることが多いが、未治療の胚細胞腫瘍内にも起こり得ること(乙B30[48頁])や、②STMに関する報告によると、胚細胞腫瘍の治療中にSTMが診断されたのは約4割であり、残り約6割の異時発症例では、胚細胞腫瘍の診断からSTMの診断までに中央値で4年の期間を要しているとされている(乙B30[158頁]、B31[74頁])のに対し、亡cの場合にはセミノーマの診断(上 記1⑵ウ)から「最難治症例」との判断(上記ウ)がされるまででも約1年程度であることからすると、亡cの精巣腫瘍については、化学療法を受けたことによってSTMに変化したのではなく、化学療法を受ける以前からSTMであった可能性は否定し難いというべきである。 オ以上によれば、d医師が診察した1月7日の時点で、亡cの精巣腫瘍がSTM けたことによってSTMに変化したのではなく、化学療法を受ける以前からSTMであった可能性は否定し難いというべきである。 オ以上によれば、d医師が診察した1月7日の時点で、亡cの精巣腫瘍がSTM であった可能性が高い旨のh医師の意見(乙B24)は、同医師の立場が矯正医官であること(乙B24)を踏まえてもなお、十分に信用できるものといえ、亡cの精巣腫瘍は、1月7日の時点で、STMであった可能性が否定できないというのが相当である。 ⑵ 亡cの精巣腫瘍は1月7日の時点で脈管侵襲(リンパ管侵襲)を伴っていたか 否か前記1の認定によれば、①亡cの精巣腫瘍は、右高位精巣摘除術が施行された前後の3月時点で、少数の脈管侵襲が認められ、腫瘍の一部が精巣鞘膜表面に露出していたほか、右鼠経部及び腹部傍大動脈に認められた大きめのリンパ節については既に、リンパ節転移の可能性があることも指摘されていたことが認められる(上記1⑵イ ウ)。 そして、②亡cの右精巣は、1月時点で、既にゴルフボール大(直径4㎝程度)にまで腫大していたところ(上記1⑴イ)、証拠(乙B23[12、13頁]、証人i[21、22頁])によれば、その腫瘍の大きさは、脈管侵襲を伴い得るものであったといえる。その上で、③1月の時点で亡cには陰嚢水腫が認められており(上記1⑴ウ)、 この水腫の原因は、後に確認された精巣腫瘍であるというほかないところ(証人g[3 3頁]、弁論の全趣旨)、精巣腫瘍に伴う続発性の陰嚢水腫は、リンパ行性転移が逆行性に進展することや、腫瘍細胞が臓側精巣鞘膜へ浸潤して精巣鞘膜腔内に播種することを契機に生じること(乙B23)からすると、亡cの精巣腫瘍は、1月7日の時点で、脈管侵襲や腫瘍の精巣鞘膜表面への露出が生じていたとしてもおかしくはない 臓側精巣鞘膜へ浸潤して精巣鞘膜腔内に播種することを契機に生じること(乙B23)からすると、亡cの精巣腫瘍は、1月7日の時点で、脈管侵襲や腫瘍の精巣鞘膜表面への露出が生じていたとしてもおかしくはない状況にあったというべきである。 以上のとおり、3月時点では脈管侵襲・精巣鞘膜浸潤の存在が確認され、リンパ節転移の可能性すら指摘されていたこと、1月7日の時点で精巣腫瘍由来の水腫が既に認められており、精巣腫大の程度からして、脈管侵襲が既に存在していたとしてもおかしくない状況にあったことからすると、i医師の意見(乙B23、証人i[16~18頁])のとおり、亡cの精巣腫瘍は、1月7日の時点で、脈管侵襲を伴っていた可 能性が十分にあるというのが相当である。 ⑶ 早期に精巣腫瘍が発見されていた場合の亡cの生存可能性ア上記⑴⑵の検討を前提に、早期に精巣腫瘍が発見されていた場合の亡cの生存可能性をみるに、STMは、シスプラチンを主体とした化学療法に治療抵抗性を示し、予後不良である上(上記2⑴ア)、脈管侵襲や精巣鞘膜表面への露出を伴っている精 巣腫瘍は、リンパ節転移や腫瘍の再発が生じる可能性が有意に高まるといえる(ステージⅠに該当する非セミノーマの再発危険性を最も高める因子は脈管侵襲であり、脈管侵襲がない症例の再発率は15~20%であるのに対し、脈管侵襲を有する症例に対して特機療法を行った場合に50%の転移が出現するとされている[乙B8・32~35頁]。)。そして、上記のとおり、亡cの精巣腫瘍は、1月7日の時点で、①ST Mであった可能性がある上、②少なくとも脈管侵襲や腫瘍の精巣鞘膜表面への露出が生じていた可能性があるから、化学療法等を実施しても、腫瘍の再発やリンパ節転移を防ぐことが困難になっていたとみるべきである。そうすると、 性がある上、②少なくとも脈管侵襲や腫瘍の精巣鞘膜表面への露出が生じていた可能性があるから、化学療法等を実施しても、腫瘍の再発やリンパ節転移を防ぐことが困難になっていたとみるべきである。そうすると、仮に1月7日の時点で超音波検査の実施が決定され、1月下旬までに(実際にg医師への診察が依頼されてから同手術が施行されるまでの期間を考慮している。)亡cに右高位精巣摘除術が 施行され、その後に化学療法が実施されたとしても、実際の経過と同様に腫瘍が再発・ 転移して化学療法が奏功しなかった可能性は否定し難い。ましてや、9月上旬、9月24日又は10月5日の時点でCT検査が実施されて、早期に化学療法を受けることができたとしてもこれが奏功しなかった可能性は相当に高いといわざるを得ない(g医師は、1月頃に高位精巣摘除術を受けることや9月頃に治療を開始することができていれば、救命が期待できた旨の意見を述べるが[甲B6]、亡cの精巣腫瘍がSTM であった可能性を十分に考慮したものとはいえない以上、g医師の上記意見は採用できない。)。 イまた、原告らが注意義務違反があったとする各時点において、STMの再発・リンパ節転移の可能性は否定し難く、医療水準にかなった医療が行われたとしても亡cの腫瘍の再発・転移が回避可能であったかは不分明である以上、亡cが令和3年7 月24日に死亡の時点でなお生存していた相当程度の可能性があったということもできない。 ウなお、STMについては、ステージⅠ症例の5年全生存率が83%という知見が存在するが(乙B30[158頁])、そのステージⅠ症例の中には、ステージⅠA(脈管侵襲を伴わないもの、浸潤は白膜までで鞘膜は浸潤していないもの[上記⑴イ]) の症例も含まれていると考えるのが素直であるところ、ステー 58頁])、そのステージⅠ症例の中には、ステージⅠA(脈管侵襲を伴わないもの、浸潤は白膜までで鞘膜は浸潤していないもの[上記⑴イ]) の症例も含まれていると考えるのが素直であるところ、ステージⅠAの症例は、ステージⅠBの症例よりも、リンパ節転移が発生する可能性が相当に低いと考えられるから(非セミノーマの再発危険性を最も高める因子は脈管侵襲であると考えられていることは上記のとおりであり、STMについては、精巣内に限局しているものは予後には影響しないが、精巣以外の臓器における合併は死亡率が高いといわれている[乙B 31[70頁]。)、亡cの精巣腫瘍が1月7日の時点でステージⅠBのSTMであった可能性が十分にあることを前提とするときに、上記生存率をそのまま用いて亡cの生存可能性を論じることは相当ではない。 ⑷ 小括以上によれば、仮に原告ら主張の注意義務違反のいずれかが成立したとしても、本 件拘置支所や本件刑務所の医師らには、生命侵害を理由とする不法行為や、死亡の時 点でなお生存していた相当程度の可能性の侵害を理由とする不法行為は成立しないこととなる。 したがって、これらの法益侵害を理由とする原告らの請求には理由がない。 3 患者の適切な医療行為を受ける利益の侵害を理由とする不法行為の成否⑴ア一方、医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在が証明されず、また、 医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在も証明されないけれども、患者が医療水準にかなった医療行為を受けることができなかった場合に、当該医療行為が著しく不適切なものであったときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うというべきである。なぜなら、医療は、患者 なった医療行為を受けることができなかった場合に、当該医療行為が著しく不適切なものであったときは、医師は、患者に対し、不法行為による損害を賠償する責任を負うというべきである。なぜなら、医療は、患者の生命・身体という重大な法益を直接 的に扱うものであるところ、患者は、通常、一定水準の医療行為が提供されることを期待するのにとどまらず、著しく不適切な医療行為が行われることはないものと信頼しており、患者のこのような信頼は、医療行為の上記性質に照らし、法によって保護される利益というべきであり、医師が著しく不適切な医療行為を行うことによって当該法益が侵害されたということができるからである。 そして、この理は、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。)56条が「刑事施設においては(中略)社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとする。」と規定していること等に照らせば、刑事施設における医療行為にも妥当し、被収容者である患者が刑事施設において医療水準にかなった医療行為を受けることができず、 当該医療行為が著しく不適切なものであったときは、国は、国家賠償法上の損害賠償責任を負うことになるというのが相当である。 その上で、当該医療行為が著しく不適切なものというためには、①当該医療行為と臨床医学の実践における医療水準との乖離の程度が大きいことに加え、②当該医療行為が行われた理由や経緯を踏まえ、医師がわずかな注意さえすれば当該医療行為を回 避できたといえることを要すると解するのが相当である。 イ本件において、原告らは、その主張内容に鑑み、適切な医療行為を受けるという上記法益の侵害を理由とする国家賠償法上の損害賠償責任をも求めていることは明ら すると解するのが相当である。 イ本件において、原告らは、その主張内容に鑑み、適切な医療行為を受けるという上記法益の侵害を理由とする国家賠償法上の損害賠償責任をも求めていることは明らかであるから、以下、この点につき検討する。 ⑵ 本件拘置支所の医師が1月7日又は1月9日に超音波検査等をしなかったことが著しく不適切であったといえるか ア(ア) まず、本件拘置支所の医師が1月7日又は1月9日に超音波検査等をしなかったことが、そもそも臨床医学の実践における医療水準と乖離していたのか検討する。 精巣腫瘍は、20~40歳代の男性に好発し、無痛性陰嚢腫大を訴えることが多いとされるところ(前提事実⑻ウ)、その増殖の速度は速く(前提事実⑻オ)、病期(ステージ)によっては生命の危険のあること(乙B8、B9、B26、B27、弁論の 全趣旨)からすると、無痛性陰嚢腫大が認められる20歳代の男性について精巣腫瘍を疑うことは、医学的に見て合理的であり、本件においても、g医師はもちろん、本件拘置支所の医師であるd医師やe医師も、亡cにつきその旨の疑いを抱いたことは上記認定(上記1⑴イウカ)のとおりである。そうすると、若年の男性に無痛性陰嚢腫大が認められる場合には、医師は、精巣腫瘍の鑑別をする必要があるというべきと ころ、精巣腫瘍の初期診断に超音波検査が有用であること(前提事実⑻エ)は、当時既に確立した医学的知見であったというべきである。したがって、無痛性陰嚢腫大を訴える20歳代の男性の診察をした医師としては、速やかに超音波検査を実施して陰嚢が腫大した原因を鑑別するか、鑑別に有用な超音波検査を自ら実施することができないのであれば、その鑑別が可能な医師に亡cの診察を依頼するのが、その当時の臨 床医学の実践における医療水準であった 嚢が腫大した原因を鑑別するか、鑑別に有用な超音波検査を自ら実施することができないのであれば、その鑑別が可能な医師に亡cの診察を依頼するのが、その当時の臨 床医学の実践における医療水準であったと認めるのが相当である。 (イ) 一方で、証拠(甲B6、乙B23[本文7、11頁、資料11~13]、証人g[28、33、34頁]、証人i[31、32頁]、証人d[15頁])によれば、①精巣腫瘍が陰嚢水腫を合併する機序については、腫瘍細胞が臓側精巣鞘膜へ浸潤して精巣鞘膜腔内に播種することにより漿液の吸収を妨げることによる場合と、リンパ行性 転移した腫瘍細胞が逆行性に進展することで陰嚢及び清掃鞘膜腔からのリンパ流を うっ滞させることによる場合とがあり、②後者の場合には(さらに、精巣腫瘍のステージが低ければ)、精巣腫瘍によって陰嚢水腫が生じていても、必ずしも陰嚢水に悪性細胞が播種するものではないこと、③したがって、陰嚢水の剝離細胞診を実施しても、精巣腫瘍の有無を適切に判断することはできないことが認められる。成書には、精巣腫瘍か否かの鑑別を陰嚢水の剝離細胞診によって行う旨の記載は見当たらない こと(乙B33、弁論の全趣旨)も、上記③の認定と整合する。 (ウ) そうであれば、自身よりも専門的知見を有するe医師に亡cの外科的評価を依頼したd医師についてはひとまず措くとしても、超音波検査を実施して陰嚢が腫大した原因を鑑別することも、同検査が可能な外部の医師に亡cの診察を依頼することもなく(刑事収容施設法62条2項参照)、陰嚢水の剥離細胞診のみによって精巣腫瘍 の鑑別を試みたe医師の医療行為(以下、上記各検査を実施せずに剥離細胞診のみを実施したe医師の行為を「本件医療行為」という。)は、臨床医学の実践における医療水準にかなったもので って精巣腫瘍 の鑑別を試みたe医師の医療行為(以下、上記各検査を実施せずに剥離細胞診のみを実施したe医師の行為を「本件医療行為」という。)は、臨床医学の実践における医療水準にかなったものではなく、これと乖離していたというほかない。 イ次に、e医師のした本件医療行為が上記医療水準とどの程度乖離していたのか検討する。 精巣腫瘍は、早期発見・早期対応ができれば生存率の高い疾患であるが、増殖の速度が速く、病期(ステージ)が進行し転移等が生じると致死的なものとなるため、精巣腫瘍が疑われれば、速やかにその鑑別及び高位精巣摘除術を行って早期に確定診断をし、精巣腫瘍と確定されればその進行を止めることが強く求められている(上記ア)。 その観点からは、本件医療行為は、実際には精巣腫瘍であるものを陰性とする、いわ ゆる偽陰性の検査結果を導きやすく、精巣腫瘍の見落とし、ひいては高位精巣摘除術を含む治療の遅れを招来するおそれの強い、医学的根拠に乏しい鑑別方法であったと評価せざるを得ない。 しかも、証拠(甲B1[12頁]、B6、乙B33、証人g[32、33頁])及び弁論の全趣旨によれば、超音波検査を実施せずに穿刺吸引を実施した場合には誤穿刺 の危険性が高まるところ、海外の成書では、令和2年当時から、精巣腫瘍による続発 性陰嚢水腫の疑いがある場合には、悪性細胞の播種の危険性などを考慮して、陰嚢水の穿刺吸引は禁忌とされていた上、そのことは、我が国でも、その当時から、泌尿器科専門医の間では周知の事実となっていたことが認められ、これらの事情によれば、本件医療行為は、上記に見た治療の遅れを招来するのにとどまらない、患者への悪影響をより積極的に及ぼしかねないものであったということができる。 以上によれば、本件医療行為と臨床医学 情によれば、本件医療行為は、上記に見た治療の遅れを招来するのにとどまらない、患者への悪影響をより積極的に及ぼしかねないものであったということができる。 以上によれば、本件医療行為と臨床医学の実践における医療水準との乖離は、大きいものがあったというほかない。 ウさらに、本件医療行為はわずかな注意さえすれば回避できたものか検討する。 e医師は、精巣腫瘍の鑑別には、超音波検査やCT検査が重要であることを認識しながら、本件拘置支所に備えられていた超音波検査装置の性能などを考慮して、敢え て、成書に記載のない陰嚢水による剥離細胞診のみで精巣腫瘍の鑑別を試みている(上記1⑴ウ)。 しかし、透光性の検査は本件拘置支所でも容易に実施できる上、本件拘置支所に備えられていた3.75MHzのプローブの超音波検査装置(上記1⑴ウ)であっても、腫大した陰嚢の内容物が実質性のものなのか液体なのかを判別することがなお可能 であったと認められること(甲B1[12頁]、乙B2[272頁]、証人g[4頁]、証人i[33頁])からすると、超音波検査等の重要性を認識していたe医師としては、まずは、成書に記載されていた超音波検査による鑑別を試みるべきであったし、仮に、透光性検査や本件拘置支所に備えられていた超音波検査装置では精巣腫瘍の鑑別が困難であったとしても、致死的なものとなり得る精巣腫瘍の病態やその増殖の速 さ等を考慮すれば、医学的根拠に乏しい鑑別検査を実施するのに留めておくのではなく、亡cの診察をした時点で、精巣腫瘍の鑑別に適した外部の医師にその依頼をするか、医務課長であったd医師に依頼の具申をすべきであったことは明らかである(現に、d医師は、1月7日の診察以降、亡cの精巣腫大に対する具体的な治療は何ら行われていない中で、3月に再び亡cから をするか、医務課長であったd医師に依頼の具申をすべきであったことは明らかである(現に、d医師は、1月7日の診察以降、亡cの精巣腫大に対する具体的な治療は何ら行われていない中で、3月に再び亡cから陰嚢の違和感の訴えがあったとき、細胞診な ど実施することもなく本件診療所に鑑別を依頼し、その結果、その依頼時から起算し ても20日程度で精巣摘除術の施行にまで至っているのである[上記1⑴ア~オ]。)。 被告は、刑事施設という本件拘置支所の性格や人的体制を考慮すべきである旨主張し、d医師も、刑事施設という性格上、思うように外部医療機関に診察等の依頼はできない旨供述する(証人d[4頁])。この点について、d医師は、医療に対する理解の不十分さが組織内にあったと感じていたとの趣旨の供述もするところ(証人d[1 3頁])、矯正医療の現場にそのような実情があるとすれば、亡cへの対応に関し、ひとり本件拘置支所の医師の判断の当否の問題にとどまらないうらみが残ることは否定できない。しかし、本件医療行為が回避できたか否かという観点からは、刑事施設の人的物的制約をも背景にして当該医療行為に至ったのであれば、それは、むしろ、わずかな注意をすれば、すなわち、「緊急性がなければ外部受診は難しい」旨の無用と もいうべき申し送り(上記1⑴イ)等にとらわれずに自身の医学的な知識と経験を頼りに鑑別の要否の判断さえしていれば、超音波検査等の必要性に容易に思いを致すことができたことを裏付けるものというべきである。 以上によれば、陰嚢水による剥離細胞診が精巣腫瘍の鑑別検査として選択され、超音波検査が行われなかった理由や経緯を踏まえると、本件拘置支所の医師においてわ ずかな注意さえしていれば、本件医療行為を回避できたというのが相当である。 エ被告は、陰 検査として選択され、超音波検査が行われなかった理由や経緯を踏まえると、本件拘置支所の医師においてわ ずかな注意さえしていれば、本件医療行為を回避できたというのが相当である。 エ被告は、陰嚢水の剥離細胞診によって精巣腫瘍が明らかになったという症例報告がされていることや、日本の非泌尿器科医の間では陰嚢水の剥離細胞診のみで精巣腫瘍の鑑別をしている事例があることに照らすと、泌尿器科専門医ではないe医師が陰嚢水の剥離細胞診のみで精巣腫瘍の鑑別を試みたことが、当時の臨床医学の実践に おける医療水準から乖離していたとはいえないなどと主張する。 確かに、陰嚢水の剝離細胞診によって精巣腫瘍が明らかになったとする症例報告が存在することが認められるけれども(乙B5、B6、B7、B19)、その報告の中には、「偶発的に陰嚢水腫を合併する精巣腫瘍は稀ではないが、自験例のように細胞診陽性の陰嚢水腫を伴った精巣腫瘍はわれわれが調べえた限りでは文献上の報告例は 3例に留まる」(乙B5)として、陰嚢水の剥離細胞診によって精巣腫瘍が発見される 事例は稀である旨も併せて述べられているものもある。また、そもそも、これらは、あくまでも症例報告にすぎない上、その少なくない事例で、超音波検査やCT検査も実施されている(乙B5、6、7[5枚目]、B19、B33[資料2])。そうだとすると、被告が指摘する症例報告が存在するからといって、本件医療行為が当時の臨床医学の実践による医療水準から大きく乖離していたとの上記イの認定判断が左右さ れることはない。 また、日本の非泌尿器科医の中には、陰嚢水の剥離細胞診のみで精巣腫瘍の鑑別をしている者が存在するとしても(乙B33[本文、資料1の1、資料1の2])、陰嚢水の剥離細胞診によって鑑別をしても精巣腫瘍の有無を 日本の非泌尿器科医の中には、陰嚢水の剥離細胞診のみで精巣腫瘍の鑑別をしている者が存在するとしても(乙B33[本文、資料1の1、資料1の2])、陰嚢水の剥離細胞診によって鑑別をしても精巣腫瘍の有無を適切に判断することは必ずしもできないこと自体は、剥離細胞診の性質上、医師であれば十分に認識可能であっ たというべきであるし、実際、非泌尿器科医であるe医師においても、精巣腫瘍の鑑別には、超音波検査やCT検査が重要であるということを認識していたのである(上記1⑴ウ)。そうだとすると、やはり、被告が指摘する非泌尿器科医の現状というものは、精巣腫瘍の鑑別に係る当時の泌尿器科領域における臨床医学の実践による医療水準の上記ア(ア)の認定判断に影響を及ぼすものではないし、e医師がわずかな注意さ えすれば、本件医療行為を回避できたとの上記ウの認定判断を左右する事情にも当たらない。 したがって、被告の上記主張は採用できない。 オ以上によれば、本件医療行為は、患者である亡cの適切な医療行為を受ける利益を侵害する程度に著しく不適切なものであったというほかない。 ⑶ なお、本件刑務所の医師が9月上旬、9月24日又は10月5日にCT検査をしなかったという医療行為が著しく不適切なものであったといえないことは、次の諸事情から明らかというべきである。 すなわち、①本件刑務所の医師は、亡cの精巣腫瘍がステージⅠであることを前提として、亡cの精巣腫瘍の経過観察をしているところ(乙A8[140頁])、本件ガ イドライン上、病期(ステージ)の判定が疑わしい場合には進展度の低い方に該当す るものと判断するとされているから(乙B8[5頁]、B22[2頁])、本件刑務所の医師が、リンパ節への転移が存在しないことを前提として、右高位精巣摘除術後の亡 合には進展度の低い方に該当す るものと判断するとされているから(乙B8[5頁]、B22[2頁])、本件刑務所の医師が、リンパ節への転移が存在しないことを前提として、右高位精巣摘除術後の亡cの精巣腫瘍の病期(ステージ)を、ステージⅠに該当すると判断したことが不合理とはいえないこと、②本件ガイドラインで紹介される、ステージⅠのセミノーマの経過観察の手順例は、術後2年以内は3か月ごとに腹部CT検査等を実施するというも のであり(乙A8[78、79頁])、10月5日までの時点で、亡cに実施された直近の7月6日のCT検査からいまだ3か月は経過していなかったこと(上記1⑶ア~ウ)、③同CT検査では、肺転移、骨転移、肝転移などの明らかな遠隔転移は認められていなかったところ、10月5日に本件刑務所の医師が亡cの左頚部に無痛性の腫瘤が出現していることを確認した後、精巣腫瘍の再発・転移を疑って、腫瘍マーカー検 査を実施して異常がないことを確認し(上記1⑶ウ)、10月8日には、当該腫瘤の増大を確認したことから、本件医療センターへの移送の手続が進められ(上記1⑶エオ)、その結果、10月27日には、亡cが移送先の本件医療センターでCT検査を受けるに至ったこと(上記1⑶オ)からすると、本件刑務所の医師は、本件ガイドラインで推奨される内容から逸脱することなく亡cの経過観察を行うとともに、腫瘤の発生を 受けて、触診、腫瘤マーカー検査、CT検査と順次検査を進めたものと評価できるから、少なくとも、その医療行為が著しく不適切なものであったといえるようなものではなかったというべきである。 したがって、本件刑務所の医師が9月上旬、9月24日又は10月5日においてCT検査を実施しなかったことで被告が国家賠償法上の損害賠償責任を負うことはな い。 ではなかったというべきである。 したがって、本件刑務所の医師が9月上旬、9月24日又は10月5日においてCT検査を実施しなかったことで被告が国家賠償法上の損害賠償責任を負うことはな い。 4 損害の発生及びその額について⑴ア亡cは、本件医療行為によって、適切な医療行為を受ける利益が侵害されたといえるから、これによる亡cの精神的苦痛を慰謝するのに相当な慰謝料の賠償が認められる。 そして、①亡cは、1月9日までの時点で、増殖が速く致死的となり得る精嚢腫瘍 の発症が疑われており、速やかに適切な鑑別を受ける必要性が高い状況にあったにもかかわらず、②本件医療行為という著しく不適切な方法で精巣腫瘍の鑑別がされた結果、③亡cの精巣腫瘍の発見及び治療が2か月程度も遅れたことを踏まえると、適切な医療行為を受けることができなかったことによる亡cの精神的苦痛は大きいというべきであり、その苦痛を慰謝するのに相当な慰謝料の額としては、250万円と認 めるのが相当である。 イ亡cの相続に係る原告aの法定相続分は2分の1であるから(甲C1、弁論の全趣旨)、原告aは、被告に対し、亡cの慰謝料として、125万円を請求できることになる。 ウ加えて、原告aは、本件訴訟追行を弁護士らに委任しているところ、弁護士費 用相当額を含む全損害額は150万円と認めるのが相当である。 ⑵ 一方、亡cの損害として請求されているその余の損害と、原告a及び原告bの固有の各損害は、いずれも、適切な医療行為を受けるという亡cの法益の侵害によって生ずるものとはいえない。 5 結論 以上によれば、原告aの請求は、150万円及びこれに対する令和3年7月4日(損害の生じた日の後の日)から支払済みまで年3パーセントの割合による金員の支払を求め のとはいえない。 5 結論 以上によれば、原告aの請求は、150万円及びこれに対する令和3年7月4日(損害の生じた日の後の日)から支払済みまで年3パーセントの割合による金員の支払を求める限度で理由があり(なお、事案の性質等に照らし、仮執行免脱宣言を付するのは相当ではない。)、その余は理由がなく、原告bの請求は、全て理由がない。 よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第35部裁判長裁判官森健二 裁判官桐谷康 裁判官俣野冬芽
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