平成30(行ケ)8

裁判年月日・裁判所
平成30年7月25日 東京高等裁判所
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判決文本文11,543 文字)

主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求平成29年11月12日執行の葛飾区議会議員選挙の当選の効力に関し,被告が平成30年2月21日付けでした裁決を取り消す。 第2 事案の概要等 1 事案の概要本件は,平成29年11月12日執行の葛飾区議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)に立候補し,最下位当選人と決定された原告(通称「大森ゆきこ」)が,本件選挙の次点者である會田浩貞(通称「会田ひろさだ」。以下「会田候補」という。)からの当選の効力に関する異議の申出に対して葛飾区選挙管理委員会(以下「区選管」という。)が異議申出棄却決定をした後に,会田候補から同決定についての審査申立てを受けた被告が同決定を取り消し原告の当選を無効とする裁決(以下「本件裁決」という。)をしたため,本件裁決の判断には誤りがある旨主張して,本件裁決の取消しを求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いがないか,各項掲記の証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実)⑴ 区選管は,平成29年11月12日執行の本件選挙について,同月13日開催の選挙会において,原告の得票数が2176票,会田候補の得票数が2175票とし,原告を最下位当選人(会田候補は次点者)と決定した。 ⑵ 会田候補は,同月21日,原告の当選の効力に関し区選管に対し異議の申出をしたが,区選管は,同年12月14日にこれを棄却したことから,会田候補は,区選管の異議申出棄却決定を不服として,同月25日,被告に対し,同決定についての審査を申し立てた。 ⑶ 被告は,平成30年2月21日,原告に対する有効票のうち「大森ひでこ」と記載された票(以下 管の異議申出棄却決定を不服として,同月25日,被告に対し,同決定についての審査を申し立てた。 ⑶ 被告は,平成30年2月21日,原告に対する有効票のうち「大森ひでこ」と記載された票(以下「本件係争票1」という。)及び「大森ようこ」と記載された票(以下「本件係争票2」といい,本件係争票1と併せて「本件各係争票」という。)を無効票と判断し,会田候補の得票数が原告の得票数を上回るとして,区選管の異議申立棄却決定を取り消し,原告の当選を無効とする本件裁決をした。本件裁決は,同月28日,東京都公報により告示された。 原告は,同年3月22日(公職選挙法207条1項の定める上記告示の日から30日以内の日)に,本件訴えを提起した。 ⑷ 本件選挙の立候補者の中には,原告及び会田候補のほかに,木村秀子候補(通称「木村ひでこ」。以下「木村候補」という。),久保洋子候補(通称「くぼ洋子」。以下「久保候補」という。)が存在する。 ⑸ 本件裁決は,区選管の異議申出棄却決定において原告の有効票とされた「大森ひでこ」と記載された本件係争票1について,氏は原告の「大森」と一致し,名は木村候補の「ひでこ」と一致しているとして,両候補の氏である「大森(おおもり)」と「木村(きむら)」及び名である「ゆきこ(有希子)」と「ひでこ(秀子)」には類似性がないことから,いずれの氏名を記載したか判断し難く,両候補の氏及び名を混記したものとして,無効票と判断した。また,本件裁決は,区選管の異議申出棄却決定において原告の有効票とされた「大森ようこ」と記載された本件係争票2について,氏は原告の「大森」と一致し,名は久保候補の「ようこ」と一致しているとして,両候補の氏である「大森(おおもり)」と「くぼ(久保)」及び名である「ゆきこ(有希子)」と「洋子(ようこ)」には類似性が ,氏は原告の「大森」と一致し,名は久保候補の「ようこ」と一致しているとして,両候補の氏である「大森(おおもり)」と「くぼ(久保)」及び名である「ゆきこ(有希子)」と「洋子(ようこ)」には類似性がないことから,いずれの氏名を記載したか判断し難く,両候補の氏及び名を混記したものとして,無効票と判断した(甲8の3~4頁)。 ⑹ 選挙人が投票前に候補者の氏名を確認する葛飾区議会議員選挙選挙公報(甲1)や葛飾区議会議員選挙ポスター掲示場に貼られる選挙ポスター(甲 2)において,原告は「大森」と「ゆきこ」を同じ大きさの文字で表示していたが,木村候補は「木村」の文字を「ひでこ」の文字よりも大きく表示し,久保候補は「くぼ」の文字を「洋子」の文字よりも大きく表示していた。 ⑺ 本件選挙における投票所の記載台に掲示された葛飾区議会議員選挙候補者氏名等掲示(甲3)には,縦3段,横20枠の欄に計59名の立候補者の氏名(通称)が掲示されており,上段及び中段に各20名,下段に19名の候補者の党派名及び氏名が記載されている。そのうち,原告の党派名及び氏名(通称)は下段右から18枠目,木村候補の党派名及び氏名(通称)は中段右から13枠目,久保候補の党派名及び氏名(通称)は中段右から19枠目に位置している。 3 争点及び争点に関する当事者の主張本件の争点は,本件各係争票が原告への有効投票か否かである。 ⑴ 原告の主張ア本件との関係で特に先例的意義がある最高裁判例は,複数の候補者の氏名を混記したいわゆる混記投票の効力が問題となった最高裁昭和第1024号同32年9月20日第二小法廷判決・民集11巻9号1621頁(以下「昭和32年最高裁判決」という。)である。昭和32年最高裁判決は,①原則として,選挙人は1人の候補者に対して投票する意思をもってそ 同32年9月20日第二小法廷判決・民集11巻9号1621頁(以下「昭和32年最高裁判決」という。)である。昭和32年最高裁判決は,①原則として,選挙人は1人の候補者に対して投票する意思をもってその氏名を記載するものと解すべきであること,②投票を2人の候補者氏名を混記したものとして無効とすべき場合は,いずれの候補者氏名を記載したか全く判断し難い場合に限るべきであること,③そうでない場合は,公職選挙法68条5号,7号(現6号,8号)に該当する無効のものでない限り,いずれか一方の氏名に最も近い記載のものはこれをその候補者に対する投票と認め,合致しない記載はこれを誤った記憶によるものか,又は単なる誤記になるものと解するという判断基準を示しており,混記投票については,字数が一致する程度,混記投票の記載と関係候補者の氏又 は名の不一致部分における外観,音感上の類似性の有無に重点を置きながら当該選挙における活動状況等も加味して投票の有効性について判断するという手法が確立している。ところが,本件裁決は,本件各係争票の中に偶然他の候補者である木村候補又は久保候補の名に合致する誤記があったことのみに着目して本件各係争票を無効票と判断しており,昭和32年最高裁判決の判断基準に反している。 イ本件各係争票を投票した選挙人は,投票所で通称を自書する際に,目の前に貼ってある葛飾区議会議員選挙候補者氏名等掲示(甲3)を見て,「大森ゆきこ」,「木村ひでこ」,「くぼ洋子」の各氏名を確認していれば,いずれかの氏名を正確に自書したはずであり,混同することはあり得ない。 正確に書けていないのは,上記掲示による氏名の確認をせず,記憶に基づいて自書したからである。また,原告の氏と木村候補又は久保候補の氏は文字及び語感において全く異なり類似性はないから,原告の氏である 正確に書けていないのは,上記掲示による氏名の確認をせず,記憶に基づいて自書したからである。また,原告の氏と木村候補又は久保候補の氏は文字及び語感において全く異なり類似性はないから,原告の氏である「大森」を投票用紙に明記した本件各係争票の選挙人が,木村候補又は久保候補に投票する意思をもって原告の氏を誤記したとは考え難い。本件選挙の59名の候補者中「大森」を氏とする候補者は原告一人であることからしても,「大森」という文字を正しく記載したことは,特段の事情のない限り,原告に投票する意思であったと認められる。 ウ葛飾区議会議員選挙選挙公報(甲1)や葛飾区議会選挙ポスター掲示場に貼った選挙ポスター(甲2)において,原告が「大森」と「ゆきこ」を同じ大きさの文字としているのに比べ,木村候補は「木村」の文字を「ひでこ」の文字よりも大きくし,久保候補は「くぼ」の文字を「洋子」の文字よりも大きくして「木村」又は「くぼ」を印象付け,選挙人に同人らの氏を記載するように求めているから,本件各係争票を投票した選挙人には「大森」とは全く異なる氏である木村候補又は久保候補に投票する意思はなかったものと見るべきである。 エ本件裁決は,原告の氏を「大森」と正しく記載したものの,原告の名に誤記があった14枚の「大森」票のうち,本件各係争票の2枚について無効投票としたが,他方で,「ゆうこ」,「ゆかり」(2枚),「みゆき」(3枚),「たつこ」,「よしこ」,「みつこ」,「ゆきえ」(2枚),「あきこ」を原告に対する有効な投票と判断している。これらの有効投票をみるに,「ゆうこ」は「ゆ」と「こ」の2文字が,「みゆき」(3枚),「ゆきえ」は「ゆき」の2文字が一致し,「ゆかり」は「ゆ」の1文字だけが,「たつこ」,「よしこ」,「みつこ」,「あきこ」は「こ」の1文字だけが ゆうこ」は「ゆ」と「こ」の2文字が,「みゆき」(3枚),「ゆきえ」は「ゆき」の2文字が一致し,「ゆかり」は「ゆ」の1文字だけが,「たつこ」,「よしこ」,「みつこ」,「あきこ」は「こ」の1文字だけが一致している。つまり,本件裁決は,氏の「大森」の記載があれば,名は平仮名3文字のうち1文字が一致しているものを原告に対する投票と判断している。本件各係争票は,氏を「大森」と記載し,名は平仮名3文字で最後の「こ」の1文字が一致しているから,上記本件裁決の判断基準からすれば,本件各係争票も原告に対する投票と解すべきである。 オ本件選挙において,原告は,多くの有権者に読みやすいように,本名の「有希子」を平仮名で表記した「ゆきこ」を通称としていたが,女性の平仮名3文字の名の種類は相当数あり,末尾が「こ」で終わる名も多い。原告の名「ゆきこ」は,女性の名にありがちな,社会的使用度の高い字数・字形・音感であるがゆえに,漢字で表記する場合と比べて印象に残りにくく,記憶違いや思い違いが生じやすいし,平仮名3文字で末尾が「こ」で終わる他の名と誤記されやすい。本件係争票1の「ひでこ」及び本件係争票2の「ようこ」は木村候補及び久保候補の名の平仮名読みと音感上一致するものの,平仮名3文字で末尾が「こ」で終わる点では原告の名と類似性が認められる。そして,本件各係争票においては,氏は「大森」と明確に記載されており,本件選挙で「大森」を氏とする候補者は原告しかいないことからすると,本件各係争票の氏及び名の全体を見て,原告に対する有効投票と判断すべきである。 カ被告は本件の事案が最高裁昭和55年(行ツ)第89号同57年3月4日第一小法廷判決・裁判集民事135号295頁(以下「昭和57年最高裁判決」という。)の事案と似ていると主張するが,同判決の事案は氏も名 は本件の事案が最高裁昭和55年(行ツ)第89号同57年3月4日第一小法廷判決・裁判集民事135号295頁(以下「昭和57年最高裁判決」という。)の事案と似ていると主張するが,同判決の事案は氏も名も全く関連のない二人の候補者の氏と名を完全に混記した場合に当たり,本件と事案を異にするし,昭和32年最高裁判決と異なり,混記投票の効力一般について述べたものではない。また,被告は原告の主張を混記投票一般について名よりも氏を重視すべきものと誤って捉えているが,原告の主張は,判例と同様に氏及び名を全体として見て,氏と名のうち間違いにくい方が正確に記載されている候補者の有効票と解することが妥当であるというものである。被告は,最高裁昭和42年(行ツ)第22号同年9月12日第三小法廷判決・民集21巻7号1770頁(以下「昭和42年最高裁判決」という。)を引用し,投票の記載を離れて候補者の選挙活動状況や投票所の候補者氏名等の掲示方法から氏を優先して有効票とすべきでないと主張するが,昭和42年最高裁判決の事案は混記投票の事案ではないし,同判決は,選挙人の投票意思の認定に当たり当該選挙における諸般の事情を考慮することを否定していないキ以上によれば,「大森」の氏の記載に続く平仮名3文字の名の記載が,偶然他の候補の名と同じであった本件各係争票について,原告と他の候補の氏と名にそれぞれ類似性が認められないことのみをもって原告の名を誤記したものかを検討することなく無効な混記投票とした本件裁決の判断は誤りであり,取り消されるべきである。 ⑵ 被告の主張ア本件と近似する事案に関する昭和57年最高裁判決は,原審が同事件の原告である津越幸雄(つごしゆきお)候補と北畑正七(きたはたしょうしち)候補が氏を強調して選挙活動をしていたこと,選挙区内では両候補と 近似する事案に関する昭和57年最高裁判決は,原審が同事件の原告である津越幸雄(つごしゆきお)候補と北畑正七(きたはたしょうしち)候補が氏を強調して選挙活動をしていたこと,選挙区内では両候補とも氏で通常呼称されていたこと,津越候補の氏ではなく名を記憶して いる人は少数であること,投票所の候補者等氏名掲示において津越候補の氏名と北畑候補の氏名が横に並べて掲示されていたこと等から,氏を優先し「つごししょうしち」と記載された投票を津越候補へのものと認定した原判決を破棄し,上記の各事実からは氏又は名の誤記として有効投票と認めるための特段の事情は認められないと判示している。このような昭和57年最高裁判決の基準によれば,本件各係争票は,原告と他の候補者である木村候補又は久保候補の氏名を混記したものであり,いずれの候補者を記載したか確認し難いものであるから,特段の事情がない限り無効となる。 原告は,本件各係争票の氏の記載が「大森」であることを優先して名の「ひでこ」「ようこ」の記載は選挙人が誤記したものにすぎないから原告に対する有効票と判断すべきであると主張するが,本件訴訟で原告が主張する事情は,いずれも選挙人の意思・行動等についての合理的根拠に基づかない憶測にとどまる上,投票の記載を離れて候補者の選挙活動状況や投票所の候補者氏名等の掲示方法から氏を優先して本件各係争票を有効票とすべきであるというものであり,昭和57年最高裁判決のいう特段の事情は認められない。 イ本件係争票1の「大森ひでこ」は,氏は原告と一致し,名は木村候補と一致していると認められ,本件係争票2の「大森ようこ」も,氏は原告と一致し,名は久保候補と一致していると認められる。そして,原告の氏名と木村候補及び久保候補の氏名を比較すると,いずれも名の最後の文字が「こ」で と認められ,本件係争票2の「大森ようこ」も,氏は原告と一致し,名は久保候補と一致していると認められる。そして,原告の氏名と木村候補及び久保候補の氏名を比較すると,いずれも名の最後の文字が「こ」である点は共通するが,その他の部分では表示上も音感上も類似していない。 また,一般的に最後に「こ」が付く女性の名前は多く,末尾の「こ」一文字だけでは女性名につき個人を特定する機能に欠けるといえる上,本件選挙における女性候補者数15名の約半数である7名の候補者の名の末尾に「こ」が付いていることからすれば,「こ」で終わる複数の女性通称につい て,表示上・音感上の類似性を検討し,いずれの候補者への投票する意思かを判断するに当たっては「こ」の前に付く部分を重視すべきであるといえる。そうすると,原告の「ゆき」と比較して,木村候補の「ひで」,久保候補の「洋(よう)」はいずれも表示上・音感上の共通性がないことは明らかであり,原告の名と木村候補及び久保候補の名の間には,表示上も音感上も類似性が認められないというべきである。 ウ原告は,本件各係争票に記載された氏を重視し,原告への有効票とすべき旨主張しているが,選挙人の意思は,原則として投票の記載自体から判断されるべきであり(最高裁昭和36年9月14日第一小法廷判決・民集15巻8号2063頁),判例上,表示上も音感上も類似性がない,異なる候補者の氏と名を記載した投票は,特段の事情のない限り,公職の候補者の何人と記載したか確認し難いもの(公職選挙法68条1項8号)として,混記による無効票とされている。また,昭和42年最高裁判決においては,投票の記載によっては投票意思を明確にし難いものを,その記載と特定の候補者の氏名との若干の類似性を手掛かりとして,選挙人は常に候補者中の何人かに投票するものという推測の下 42年最高裁判決においては,投票の記載によっては投票意思を明確にし難いものを,その記載と特定の候補者の氏名との若干の類似性を手掛かりとして,選挙人は常に候補者中の何人かに投票するものという推測の下に,これを特定の候補者の得票と解する判定の仕方は容認し難いとされており,投票の記載を離れて,候補者の選挙活動状況や投票所の候補者氏名等の掲示方法から氏を優先して有効票とすべきとの原告の主張は認められない。 公職選挙法にも,投票の効力の判断において,候補者の名よりも氏の方が選挙人の投票意思が明白に表明されているとする規定はないし,かえって同法68条の2は「氏又は名」と並列しているのであって,同法は氏のみに重点をおいた規定を定めていない。 エ原告は,区選管が原告の氏を正確に記載した票のうち,名が「ゆうこ」「ゆかり」「みゆき」「たつこ」「よしこ」「みつこ」「ゆきえ」「あきこ」との記載票を,原告の名を誤記したものとして,原告に対する有効投票と 判断したなどとして,原告の名「ゆきこ」が誤記されやすいものと主張するが,区選管の有効票と無効票の判断は会田候補についても同じであり,氏を正しく記載し,名を誤記した「ひろし」「ひろゆき」「さだひろ」「ひろまさ」「ひろきた」「ひる」「ひろひさ」「ひろかづ」について会田候補への有効票と判断しており,これらの会田候補の名の誤記の種類が原告と同様多岐にわたることからすれば原告の名が特に誤記されやすい名であると認められないことは明らかである。 オ以上より,本件各係争票を原告と他の候補者の混記投票であり,いずれの候補者氏名を記載したか全く判断し難いとして無効とした本件裁決は法令の趣旨にのっとり適正にされたものであるといえるから,本件裁決を取り消すべき事由は存在しない。 第3 当裁判所の判断 1 公職選挙法 氏名を記載したか全く判断し難いとして無効とした本件裁決は法令の趣旨にのっとり適正にされたものであるといえるから,本件裁決を取り消すべき事由は存在しない。 第3 当裁判所の判断 1 公職選挙法67条後段は,投票の効力の決定に当たっては,同法68条の規定に反しない限りにおいて,その投票した選挙人の意思が明白であれば,その投票を有効とするようにしなければならないと規定し,一方,同法68条1項8号は,公職の候補者の何人かを記載したかを確認し難い投票は無効とする旨規定している。そこで,複数の候補者の氏名を混記した投票の効力をどのように判断すべきかが問題となる。 選挙人は,常に必ずしも平常から候補者たるべき者の氏名を記憶しているわけではなく,選挙に際して候補者氏名の掲示,ポスター,新聞紙,演説会等を通じてその氏名を初めて記憶する者も多いところ,その場合に氏名を誤って記憶し,あるいは2人の候補者の氏名を混同して1人の候補者の氏名として記憶することのある場合も十分に想像し得るところである。そして,同法67条後段の趣旨からすれば,投票の記載を全体的に考察することによって選挙人がどの候補者に投票する意思をもって投票をしたかを判断し得るときには,当該投票を当該候補者に対する有効投票と認めるのが相当であり,また,特段の事由による ものを除き,選挙人は,1人の候補者に対して投票する意思をもってその氏名を記載するものと解すべきであるから,投票を2人の候補者氏名を混記したものとして無効とすべき場合は,当該投票の記載からいずれの候補者氏名を記載したか全く判断し難い場合に限るべきであって,そうでない場合には,同法68条1項6号等に該当する無効のものでない限り,いずれか一方の氏名に最も近い記載のものについてはこれをその候補者に対する投票と認め,合致しな 断し難い場合に限るべきであって,そうでない場合には,同法68条1項6号等に該当する無効のものでない限り,いずれか一方の氏名に最も近い記載のものについてはこれをその候補者に対する投票と認め,合致しない記載はこれを誤った記憶によるものか,又は単なる誤記であるものと解するを相当とすべきである(昭和32年最高裁判決,最高裁平成4年(行ツ)第15号同年7月10日第二小法廷判決・裁判集民事165号149頁(以下「平成4年最高裁判決」という。)参照)。その判断に当たっては,字数が一致する程度,投票の記載中の候補者Aの氏又は名と一致せず他の候補者Bの氏又は名と一致するとされた部分が,その表示上又は音感上候補者Aの氏又は名とも類似しているか否か,その類似性の程度等に重点を置きながら,当該選挙における候補者の活動状況等も加味して,当該投票の記載自体を全体的に考察して判断するのが相当である(昭和32年最高裁判決,昭和57年最高裁判決,最高裁昭和60年(行ツ)第184号同年12月20日第二小法廷判決,平成4年最高裁判決,最高裁平成4年(行ツ)第175号同5年2月18日第一小法廷判決等参照)。 そこで,上記の見地に立って,本件各係争票の効力について検討する。 2 前記第2の2の前提事実のとおり,本件各係争票の投票用紙の候補者氏名欄には,いずれも「大森」という氏の記載が漢字でされており,本件係争票1は上記氏の記載に続いて「ひでこ」という名の記載,本件係争票2は上記氏の記載に続いて「ようこ」という名の記載がいずれも平仮名でされていること(前記第2の2⑶),本件選挙の候補者には,原告以外に木村候補(通称木村ひでこ)及び久保候補(通称くぼ洋子)が存在すること(前記第2の2⑷)に照らすと,本件係争票1には,原告の氏である「大森」と木村候補の名である「ひでこ」 の候補者には,原告以外に木村候補(通称木村ひでこ)及び久保候補(通称くぼ洋子)が存在すること(前記第2の2⑷)に照らすと,本件係争票1には,原告の氏である「大森」と木村候補の名である「ひでこ」が混在し,本件係争票2には,原告の氏である「大森」と久保候補の名である「よ うこ」が混在しているということができる。 その上で,本件各係争票に記載された氏名と,原告と木村候補及び久保候補の各氏名との類似性について比較検討すると,まず,本件各係争票の氏「大森」は原告の氏である「大森」とは同一であるが,本件係争票1の名「ひでこ」及び本件係争票2の名「ようこ」は原告の名である「ゆきこ」とは(特に,「こ」を除く「ひで」又は「よう」の部分において)字形等の表示上及び音感上明らかに相違しているということができる。一方,本件各係争票の氏「大森」は木村候補の氏である「木村」及び久保候補の氏である「くぼ(久保)」とは字形等の表示上及び音感上明らかに相違しているが,本件係争票1の名「ひでこ」は木村候補の名である「ひでこ」と同一であり,本件係争票2の名「ようこ」は久保候補の名である「洋子(ようこ)」と同一であるということができる。 そうすると,本件各係争票の氏名の記載を全体として考察した場合に,本件係争票1の記載について,原告の氏名と木村候補の氏名のいずれかに最も類似していると認めることはできないし,本件係争票2の記載についても,原告の氏名と久保候補の氏名のいずれかに最も類似していると認めることはできない。したがって,本件各係争票は,原告,木村候補及び久保候補のいずれの候補者氏名を記載したか判断し難いものであるといわざるを得ず,本件においてこれと別異に解すべき特段の事情は見当たらないから,本件各係争票は無効票であると解するのが相当である。 候補のいずれの候補者氏名を記載したか判断し難いものであるといわざるを得ず,本件においてこれと別異に解すべき特段の事情は見当たらないから,本件各係争票は無効票であると解するのが相当である。 3 原告は第2の3⑴のとおり主張する。 確かに,本件各係争票の記載については,氏及び名の部分も含めて「こ」までみれば,その「大森ゆきこ」の5文字中,「大森」と「こ」の3文字が原告の氏名と合致しているということができる。 しかしながら,「こ(子)」は一般的にわが国の女性の名前の末尾に付けられることが多い文字であるから,女性名につき個人を特定する機能は高くないし,本件選挙の女性候補者数15名の約半数である7名の候補者の名の末尾に 「こ」が付いていることに照らすと,末尾が「こ」で終わる複数の女性通称について表示上・音感上の類似性を考察するに当たっては「こ」の前の部分を重視すべきであると考えられる。そして,「こ」の部分を除いて原告の名と木村候補及び久保候補の名を比較した場合には,原告の「ゆき」と木村候補の「ひで」及び久保候補の「よう」の間に表示上・音感上の類似性があるということができないことは明らかであるというほかない(なお,原告の名が他の候補者の名に比べて特に誤記されやすいものであると認めるに足りる証拠はない。)。 また,前記1に掲げた各最高裁判例及び昭和42年最高裁判決の趣旨に鑑みると,投票を行った選挙人の意思は,原則として投票の記載自体から判断されるべきであるから,当該選挙における候補者の活動状況等の事情を考慮することは許されるとしても,投票の記載よりも候補者の選挙活動の状況や投票所等における候補者氏名の掲示方法を優先的に考慮して,投票の記載によっては投票意思を判断し難いものを特定の候補者の得票と推認することは妥当でないものと解さ 票の記載よりも候補者の選挙活動の状況や投票所等における候補者氏名の掲示方法を優先的に考慮して,投票の記載によっては投票意思を判断し難いものを特定の候補者の得票と推認することは妥当でないものと解されるところ,公職選挙法68条の2は「氏又は名」と並列して掲げており,投票の効力の判断において候補者の名よりも氏の方を優先させる規定は同法の中に存在しないこと,一般的に選挙人が候補者の名よりも氏に着目しこれを重視するとまではいえないこと,「大森」という氏が格別特殊で他の氏と明らかに区別される希少かつ特徴的なものであるともいえないことも併せ考慮すると,本件各係争票に記載された候補者の氏名の記載を全体として考察した場合に,それらが原告の氏名,木村候補の氏名又は久保候補の氏名のいずれかに最も類似していると認めることはできないというべきであるし,原告,木村候補及び久保候補の本件選挙における選挙公報や選挙ポスターにおける氏名の記載の状況(前記第2の2⑹,⑺)を付随的にしんしゃくしても,本件各係争票を原告に対する有効票と認めるに足りる特段の事情が見当たらないとする前記2の判断が覆されるものではない。 したがって,原告の上記主張を採用することはできない。 4 以上によると,本件各係争票は無効票であり,本件選挙について会田候補の得票数が原告の得票数を上回るとして,区選管の異議申立棄却決定を取り消し,原告の当選を無効とした本件裁決は適法であるというべきである。 よって,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第17民事部 裁判長裁判官川神 裕 裁判官武藤真紀子 裁判官中辻󠄀 雄一朗 高等裁判所第17民事部 裁判長裁判官 川神裕 裁判官 武藤真紀子 裁判官 中辻雄一朗

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