平成22(ワ)144 退職金請求事件(通称 神奈川県私立大学理事退職金請求)

裁判年月日・裁判所
平成23年9月12日 横浜地方裁判所 横須賀支部
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判決文本文20,730 文字)

- 1 -平成23年9月12日判決言渡平成22年(ワ)第144号退職金請求事件 主文 1 被告は,原告に対し,2176万1956円及びこれに対する平成22年5月26日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 この判決第1項は,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求の趣旨 1 主文第1項同旨 2 仮執行宣言第2 事案の概要 1 本件は,学校法人である被告に教職員として勤務していた原告が,被告に対し,原被告間の労働契約上の退職金規程に基づき,退職金2493万5625円から,被告が日本私立学校振興・共済事業団に対し支払った原告の同事業団に対する教育ローン残金317万3669円を控除した2176万1956円及びこれに対する訴状送達後7日を経過した日である平成22年5月26日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 2 前提となる事実(争いがない事実並びに括弧内に掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)(1)ア原告は,昭和54年4月1日に被告に職員として雇用され,平成22年3月31日に退職するまで被告との間に雇用関係があった者である。 イ被告は,教育基本法及び学校教育法に基づき,A大学,B大学及びA- 2 -大学附属C専門学校を経営する学校法人である。 (2) 原告は,平成17年5月30日から平成21年6月24日までの間,被告の理事を務めていた。 (3) 被告の「学校法人神奈川歯科大学寄附行為」(乙1。以下「本件寄附行為」という。)には,以下の定めがある。 「第16条11 理事会の議事は,法令及びこの寄附行為に別段の定め を務めていた。 (3) 被告の「学校法人神奈川歯科大学寄附行為」(乙1。以下「本件寄附行為」という。)には,以下の定めがある。 「第16条11 理事会の議事は,法令及びこの寄附行為に別段の定めがある場合を除くほか,出席した理事の過半数で決し,可否同数のときは,議長の決するところによる。」「第28条基本財産及び運用財産中の積立金は,確実な有価証券を購入し,又は確実な信託銀行に信託し,又は確実な銀行に定期預金とし,若しくは定額郵便貯金として理事長が保管する。」(4) 被告の「学校法人神奈川歯科大学資産運用規則」(乙2。以下「本件資産運用規則」という。)には,以下の定めがある。 「第5条基本財産は,元本返還が確実な方法で運用を行う。 2 運用財産は,少なくともその2分の1は基本財産と同様の方法で運用するものとし,元本返還の確実性が高く,かつ可能な限り高い運用益が得られる方法で運用を行う。 3 運用に際しては,複数の金融機関等と取引を行い,常に安全性に配慮しなければならない。 第6条運用対象は,資産の区分に応じそれぞれ次のとおりとする。 (省略)」(5) 平成20年9月9日,原告が出席していた被告の理事会において,Dエクイティファンド1号に,10億円を投資する案が提案され,原告を含む全出席理事が賛成して,同案が可決された(乙3。以下,Dエクイティファンド1号に対する10億円の投資を「本件10億円の投資」という。)。 Dエクイティファンド1号とは,D株式会社(以下「D」という。)が運- 3 -用するファンドであり,同会社の代表取締役は,Eであり,Eが当時の被告の投資顧問を務めていた。 次いで,同年11月19日,原告が出席していた被告の理事会において,Dエクイティファンド1号に2億5000万円を投資する案が提 会社の代表取締役は,Eであり,Eが当時の被告の投資顧問を務めていた。 次いで,同年11月19日,原告が出席していた被告の理事会において,Dエクイティファンド1号に2億5000万円を投資する案が提案され,原告を含む全出席理事が賛成して,同案が可決された(乙6。以下,Dエクイティファンド1号に対する2億5000万円の投資を「本件2億5000万円の投資」といい,本件10億円の投資と併せて「本件投資」という。)。 (6) 被告の理事長は,平成21年9月25日,教職員に対し,Eが関与した被告の投資の総額は,約66億円で,平成20年度の会計決算上の損失として,約52億円を計上した旨報告している(乙20)。 (7) 被告の「学校法人神奈川歯科大学退職手当給与規程」(甲3。以下「本件退職金規程」という。)には,以下の定めがある。 「第2条退職手当の給与対象は,学校法人神奈川歯科大学に勤務する専任の教職員(年俸職員を除く)とする。 第3条退職手当は,(A)本人が退職を願い出て承認されたとき(B)法人の都合により解雇されたとき(懲戒解雇を除く)(C)定年に達したとき,死亡したとき,又は傷病により止むを得ず退職するとき(D)大学の制度改廃などにより止むを得ず退職するとき,公務上の死亡,又は傷病により止むを得ず退職するときの四種に類別する。 第4条退職手当は,教職員が退職した場合には,本人(死亡による退職の場合には,その遺族)に対して支給する。 第5条退職手当の額は,退職の日におけるその者の最終給料月額にそ- 4 -の者の勤続期間に応じ別表による退職手当支給率表に掲げる該当率を乗じて得た額とする。」「第7条退職手当は,次の各号の一に該当するものには支給しない。 (1) 懲戒処分を受けた者。 の者の勤続期間に応じ別表による退職手当支給率表に掲げる該当率を乗じて得た額とする。」「第7条退職手当は,次の各号の一に該当するものには支給しない。 (1) 懲戒処分を受けた者。ただし,懲戒解雇処分に至らない場合でも不都合の所為が認められ退職する者に対しては支給しないか,情状により減額して支給することがある。 (以下省略)」「第9条退職手当の算定の基礎となる勤続期間の計算は,教職員となった日の属する月から退職した日の属する月までの月数による。 2 前項の規定による在職期間のうち,休職,停職,その他これらに準ずる事由により現実に職務に従事を要しない期間のあったときは,その期間を前項の規定より計算した在職期間から除算する。 3 前各項の規定により計算した在職期間に1年未満の端数がある場合は,その端数は切り捨てる。」(8) 原告は,平成22年2月19日,自己都合による退職願を提出して,同年3月31日に被告を退職した。 (9) 被告において,Eが関与した一連の投資による巨額の損失が明らかになった後,資産回収委員会が設立された。同委員会は,被告に生じた損害について,投資を行った当時の理事会の構成員に賠償請求を行い,資産の回収に最大限努めることを目的として設置された(乙21)。 資産回収委員会は,平成22年2月4日,原告に対し,ヒアリングを行った(以下「本件ヒアリング」という。)。 (10) 被告は,原告に対し,原告が退職願を提出した後,原告の退職に伴う手続に係る書面(甲4の1)及び退職金額の算定に係る表(甲4の2)を交付した。 - 5 -退職金額の算定に係る表(甲4の2)には,以下の記載がある。 入社年月日昭和54年4月1日退職年月日平成22年3月31日勤続年数 31当社支払 2)を交付した。 - 5 -退職金額の算定に係る表(甲4の2)には,以下の記載がある。 入社年月日昭和54年4月1日退職年月日平成22年3月31日勤続年数 31当社支払退職金額 24,935,625当社で控除する退職源泉税 911,400差引支給額 24,024,225(11) 本件退職金規程第5条に従って原告の退職金額を計算をすると,2493万5625円となる。 (12) 被告は,平成22年4月30日,原告の日本私立学校振興・共済事業団に対する教育ローン残高317万3669円を同事業団に対し支払った(乙15の1及び2)。 (13) 被告は,本訴が提起された後に,Eのほか,原告を含む当時の理事又は監事11名を被告として,本件投資に係る損害賠償請求訴訟を提起し,現在東京地方裁判所に係属している。 3 本件の争点(1) 原告に退職金規程7条1項1号ただし書の退職金不支給事由があるか。 (2) 原告の退職金請求が権利濫用か。 (3) 原被告間に原告の退職金請求権と被告の損害賠償請求権との相殺合意が成立したか。 (4) 原告の退職金請求が信義則に反するか。 4 当事者の主張(1) 争点(1)(退職金不支給事由)についてア被告の主張(ア) 原告は,平成17年5月から平成21年6月までの間,被告における理事の役職についており,被告に対して委任又は準委任契約に基- 6 -づく善管注意義務を負い,原告は理事会の構成員として,理事会が本件投資について意思決定するに当たり,本件寄附行為等に違反することがないように監視・監督する義務を負っていたが,同義務に違反し,被告に巨額の損失を与えた。 (イ) すなわち,本件寄附行為は,前記第2の2(3)のとおり,28条において,基本財産及び運 反することがないように監視・監督する義務を負っていたが,同義務に違反し,被告に巨額の損失を与えた。 (イ) すなわち,本件寄附行為は,前記第2の2(3)のとおり,28条において,基本財産及び運用財産中の積立金は,確実な有価証券を購入し,又は確実な信託銀行に信託し,又は確実な銀行に定期預金とし,若しくは定額郵便貯金として理事長が保管する旨定め,本件寄附行為を受けた本件資産運用規則においては,同(4)のとおり,資産運用の基本方針として,5条1項において,基本財産は,元本返還が確実な方法で運用を行うとし,同条2項において,運用財産は,少なくともその2分の1は基本財産と同様の方法で運用するものとし,元本返還の確実性が高く,かつ可能な限り高い運用益が得られる方法で運用を行い,3項において,運用に際しては,複数の金融機関等と取引を行い,常に安全性に配慮しなければならないことを規定し,6条において,運用対象を列挙するなどしている。 (ウ) しかしながら,被告の投資顧問であるDは,無名な会社である上,投資先であるDエクイティファンド1号の投資運用状況も,平成20年8月時点で大きく負け越しており,日経平均先物オプションを中心とする投機性の極めて高い資産運用商品であったことからしても,本件投資は,本件寄附行為,本件資産運用規則に違反した元本返還の確実性が極めて低い投機的な商品であった。 原告は,平成20年9月9日の理事会において,Eが「日経平均先物」,「コールオプション」,「プットオプション」という用語を用いていたことや,本件投資に至るまでに,被告は,一連の投資F証券及びG証券を通じて行った日経225オプション取引で30億円以上- 7 -もの損失を被っていたのであるから,それと同じ日経225オプション取引等での投資運用を行っているDエク は,一連の投資F証券及びG証券を通じて行った日経225オプション取引で30億円以上- 7 -もの損失を被っていたのであるから,それと同じ日経225オプション取引等での投資運用を行っているDエクイティファンド1号に投資することは極めて投機性が高いことについて,原告は認識することができたし,容易に認識してしかるべきであった。 さらに,原告は,Eが同理事会において,既に多額の損失が出ていることを述べる一方で,客観的な資料も提出せずに,確実性の乏しい不十分かつ抽象的な説明で利益が上がる旨述べていたり,同理事会では,「Dエクイティファンド1号への追加出資しても,元本は保証され10億円はすぐ戻ってくる。」などと説明しながら,同年11月19日の理事会では,その10億円が凍結されて動かせなくなっており,これを助けるためには6億円が必要であるなどと前言内容と矛盾する要求をし,その変遷理由についても,配当金捻出のために平成20年11月にポジションを変えたのが裏目に出たなどと不自然かつ不合理な弁解に終始していたこと等も併せて考えれば,本件投資は資産運用としての適格性に欠けることを認識することができたし,容易に認識してしかるべきであった。 (エ) 加えて,本件投資に係る理事会決議に先立って,被告の職員らは,平成20年7月から8月にかけて,教職員から理事らに対し,再三にわたり,一連の不正投資が被告の財務状況に与える影響の説明要求や,リスクの高い資産運用中止の要求等をしており,このような教職員からの指摘がされていることからすれば,財務担当理事に限らず,すべての理事又は監事において,過去の資産運用の当否について再度検証するとともに,今後の理事会における投資意思決定について細心の注意を払い,相互に注意喚起すべき必要性が極めて高かった。また,文部科学 ての理事又は監事において,過去の資産運用の当否について再度検証するとともに,今後の理事会における投資意思決定について細心の注意を払い,相互に注意喚起すべき必要性が極めて高かった。また,文部科学省からも平成19年10月から平成20年10月にかけて資産運用の健全化についての指導を受けていることからすれば,被告理事- 8 -である原告には,従前のリスク管理体制に問題があることを当然自覚し,投資額の上限規定の設置,運用指針・管理体制・モニタリングの制度化,理事会の責任体制の明確化,高リスク投資の中止等,財務体質の健全化に向けた措置を講ずべき義務があった。 (オ) それにもかかわらず,原告は,本件投資を提案した議題について,理事会において賛成したものであり,原告の被告に対する上記注意義務の違反の程度は重大である。原告は,同義務の違反により,少なくとも12億5000万円もの損害を被告に被らせたものであるが,さらに,本件投資を含む一連の不正投資の決議に原告は賛成をし続けてきたのであり,その期間は3年超にわたっており,原告の注意義務の違反は著しいものである。被告は,本件投資を含む一連の不正投資により,約52億円もの投資損失だけでなく,文部科学省からの補助金減額や風評被害に伴う入学者数の減少等の二次被害も被るなどしており,学校法人としての存立の危機にすら瀕している。 (カ) 以上に加え,原告は,投資の失敗を隠蔽しようとするなどしており,極めて悪質であることを考慮すれば,原告の被告に対する背信性は極めて強いから,原告には,不都合の所為が認められ退職する者として,退職金規程7条1項ただし書の退職金不支給事由がある。 (キ) これに対し,原告は,理事としての行為は,労働者としての地位に基づく退職金支払請求の抗弁事由となり得ないなどと主張するが, 者として,退職金規程7条1項ただし書の退職金不支給事由がある。 (キ) これに対し,原告は,理事としての行為は,労働者としての地位に基づく退職金支払請求の抗弁事由となり得ないなどと主張するが,理事としての行為であっても,労働者の永年の勤続の功労を抹消してしまうほどの著しい背信行為と認められれば,退職金の支払は認められないのは当然である。また,被告の理事は,評議員の中から,評議員は職員の中から選出される点で,理事の地位が職員の地位にあることを前提としていることからしても,理事としての行為は職員としての退職金の不支給事由となる。 - 9 -ことに,原告は,労働者としてみても,学生の教育現場の責任者,臨床現場の責任者としての地位,権限を有し,学校法人の運営に主導的に関与していたのであるから,退職金支払請求権についても,単なる職員と同じ扱いを受けるべきではない。 イ原告の主張原告は,労働者の地位に基づいて退職金を請求しているところ,原告には,労働者としての非違行為はなく,被告が主張する原告の理事として行った行為は労働者の地位に基づく退職金請求を拒む理由たり得ないことから,主張自体失当というべきである。 また,仮に原告の理事としての行為が,退職金の支払を拒む理由となり得るものであるとしても,原告につき,理事として,善管注意義務違反があるとする点は争う。 さらに,原告は,31年間も被告の教職員として誠実に勤務し,大学の副学長や病院長等の重責も果たしており,被告が問題とする原告の行為は,職員生活の最後の約4年間において理事として選任された間のわずか2回の理事会における議決行為にすぎない。このような議決行為だけをもって,31年にわたる原告の永年勤続の功労を遡って抹消してしまうほどの著しい不信行為といえないことは明らかであ 選任された間のわずか2回の理事会における議決行為にすぎない。このような議決行為だけをもって,31年にわたる原告の永年勤続の功労を遡って抹消してしまうほどの著しい不信行為といえないことは明らかである。また,原告は,資産運用で損失が生じたことについて,理事としての道義的責任を感じ,役員退職金慰労金の自主返上に応じ,受領済みの理事職務手当及び賞与についても寄付を申し入れている。 以上から,原告には,退職金規程7条1項1号ただし書の退職金不支給事由はない。 (2) 争点(2)(権利濫用)についてア被告の主張労働者において,それまでの勤続の功を抹消又は減殺する程度にまで- 10 -著しく信義に反する行為があったと認めるときは,使用者は,当該労働者による退職金の全部又は一部が権利濫用に当たるとして,当該労働者に対する退職金を不支給とするか,又は減額することができる。 原告には,前記(1)アのとおり,被告に対する善管注意義務違反があるところ,単に監督等をすべき義務を尽くさなかったというにとどまらず,他の理事が適正な業務執行を行うよう監視・監督してほしいという被告の原告に対する期待を裏切るもので,極めて悪質である。このような善管注意義務違反は,原告のこれまでの勤続の功労を抹消してしまうほどに著しく信義に反することから,原告の退職金請求は権利濫用に当たる。 イ原告の主張前記(1)イで述べたとおり,被告は,原告の理事として行った行為を理由として,原告が労働者として受け取るべき退職金の支払を拒もうとするものであるが,それは主張自体失当というべきであるし,原告には,31年にわたる原告の永年勤続の功労を遡って抹消してしまうほどの著しい不信行為はないから,原告の退職金請求が権利濫用に当たることはない。 (3) 争点(3)(相殺合意 いうべきであるし,原告には,31年にわたる原告の永年勤続の功労を遡って抹消してしまうほどの著しい不信行為はないから,原告の退職金請求が権利濫用に当たることはない。 (3) 争点(3)(相殺合意)についてア被告の主張被告は,一連の投資の失敗による損害を回復することを目的として,資産回収委員会を組成しているところ,同委員会が平成22年2月4日に,原告に本件ヒアリングを実施した際,原告は,一連の投資の失敗について責任があることを認めた上で,「じゃあこのお金をどうやって返すかというと,退職金で一部か全部かわからないけど。具体的にね。お返ししようと思っておりますんで。・・・この金額をもう少し蓄えるためには,もうちょっとここに本当に矛盾した裏腹な話かもしれないんだけど。」と回答している。 - 11 -この回答時,原告は,既に理事としての退職慰労金を返上している以上,上記回答における退職金は,原告が被告から従業員として支払を受けるべき退職金を意味していることは明らかであり,この回答により,原告と被告の間で,同退職金と,前記(1)アで述べた被告の原告に対する善管注意義務違反による損害賠償請求権を対当額で相殺する合意が成立している。 原告は,その発言が,理事の職務手当・賞与に関するものであるなどと主張するが,上記ヒアリングでは,被告に生じた一連の投資の失敗による損害の回復が前提とされているのであるから,原告もそれを前提としたものとして,原告の退職金をもって,不正融資の損害を填補する趣旨の発言であると認められ,上記理事の職務手当・賞与に関するものに限定されるものではない。 イ原告の主張原告の発言は,原告が当時被告から「寄付」を求められていた理事の職務手当・賞与に関する発言にすぎず,被告が主張する損害賠償請求権とは無関係 ものに限定されるものではない。 イ原告の主張原告の発言は,原告が当時被告から「寄付」を求められていた理事の職務手当・賞与に関する発言にすぎず,被告が主張する損害賠償請求権とは無関係であり,原被告間で相殺の合意が成立しているなどということはない。また,原告の発言は,内容が抽象的で,書面化もされておらず,確定的な意思表示といえるものではない。 また,被告は,本件ヒアリングの後,平成22年3月の時点で,原告に対し,退職金の支給予定額を提示していることからしても,同ヒアリングにおいて,相殺の合意が成立していないことは明らかである。 (4) 争点(4)(信義則違反)についてア被告の主張前記(3)アのとおり,原告は,退職金を損害賠償金に充てることを公式の場で明言しており,これは,退職金の請求をしないと約束したに等しいものであるから,それにもかかわらず,それを翻して退職金の支払を- 12 -請求することは,禁反言の法理,信義則に反し,許されない。 イ原告の主張前記(3)イで述べたとおり,原告の発言は,原告が当時被告から「寄付」を求められていた理事の職務手当・賞与に関する発言にすぎず,被告が主張する損害賠償請求権とは無関係であり,退職金の支払請求をしない約束をしておらず,退職金の支払請求が,禁反言の法理,信義則に反するなどということはない。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1) (退職金不支給事由)について(1) 証拠(甲6ないし8,11,乙3,5ないし9,12,20,22,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(認定文中に関係証拠をかっこ書きする。以下同じ)。 ア原告は,昭和54年3月にA大学大学院歯学研究科博士過程を修了し,同年4月から,A大学歯科補綴学教室 れば,以下の事実が認められる(認定文中に関係証拠をかっこ書きする。以下同じ)。 ア原告は,昭和54年3月にA大学大学院歯学研究科博士過程を修了し,同年4月から,A大学歯科補綴学教室の助手として勤務を始め,平成11年6月に,歯科補綴学講座の教授に就任した。 また,原告は,平成12年4月から,A大学大学院歯学研究科の教授を兼務するとともに,A大学附属病院副院長に,平成14年4月から病院長に就任した。 さらに,原告は,平成18年3月に上記病院長を退任した後,同年4月から,A大学附属C専門学校の校長に就任した(甲8,11)。 イ原告は,平成17年5月30日から,病院運営にかかわる病院担当として被告の理事となった(乙20の3頁)。 ウ被告は,平成17年9月ころから,預貯金中心の資産運用から,有価証券を含めた資産運用を本格的に行うようになった。これは,被告の収入面では,少子化に伴って受験者数が減少したことによる学生生徒納付金収入の減少,及びペイオフ全面解禁に伴い,法人が無利息の決済性預- 13 -金を導入せざるを得なかったことによる運用収入の減少等があったこと,支出面では,当時大学に勤務していた教職員の人件費比率が高くなっていたこと等の理由があった(乙22の1頁)。 エ被告は,資産運用開始後,初期の段階(平成18年,19年)では,16億円程度の運用益が出ていたが,平成19年度決算で46億円にも上る評価損を含む損失が計上された(乙22の1頁)。 オ平成20年7月9日,平成19年度決算において被告に多額の損失が発生していることを理由に被告の職員らが職域代表者会議を臨時開催し,早急に理事会主催の財務状況に関する全職員への説明会を開催し,経過説明及び投資信託説明書等の開示を求めること,文部科学省へ提出予定 発生していることを理由に被告の職員らが職域代表者会議を臨時開催し,早急に理事会主催の財務状況に関する全職員への説明会を開催し,経過説明及び投資信託説明書等の開示を求めること,文部科学省へ提出予定の経営改善計画書を全職員に開示するよう求めること等を可決した(乙7の3頁)。 また,平成19年4月から被告の職員を代表して被告と交渉する「労働者代表」を務めたHは,平成20年7月14日,原告を含めた理事らに対し,大学の財務状況に関する全職員への説明会を求める申入書を提出し(乙7の資料3),同申入書の要請に基づき平成20年8月5日に行われた理事会主催の教職員に対する説明会において,出席した教職員からは,「運用規定,寄付行為に違反していないのか」,「リスクのある運用をやりすぎなのではないか」などの意見が出た(乙5)。 さらにHは,平成20年8月11日付けで,理事会の全構成員及び投資顧問による教職員に対する財務状況及び今後の資産運用に関する説明会の開催や,これまでの資産運用にかかわる取引明細及び契約書を含む投資信託説明書等の速やかな開示等を理事会に文書で申し入れ,同日付けで,監事に対しても,資産運用状況等について,資産運用規則等の関係例規や契約書等改めて精査し直すように,文書で申し入れ(乙7の資料7,8),平成20年8月23日付けでも,理事,監事のほか,公認会計士に対して- 14 -も,資産運用に係る関係帳簿,稟議書,資産運用委託先との契約内容の分かる契約書類の開示を文書で申し入れた(乙7の資料9)。 カ文部科学省高等教育局長は,平成19年10月25日付けで,被告の理事長宛に,「学校法人運営調査委員による調査結果について」と題する書面を送付し,監事が理事会に出席すること,運用財産中の積立金の処分に当たっては予め評議員会の 平成19年10月25日付けで,被告の理事長宛に,「学校法人運営調査委員による調査結果について」と題する書面を送付し,監事が理事会に出席すること,運用財産中の積立金の処分に当たっては予め評議員会の意見を聞いて理事会において決定すること及び学校法人の経営に関する中長期的な見通しや構想の下に,経営改善計画の作成等により経営基盤の安定確保に努めるよう指導した(乙8)。 また,平成20年9月16日に実施された文部科学省のヒアリングにおいて,被告の理事が大学の運用損失の内容につき説明した際,公認会計士であるI委員は,リスクの高い投資運用はやめるよう指摘し,文部科学省高等教育局長は,平成20年10月15日付け通知において,経営基盤の安定確保について,改善状況が十分とはいい難いとの指摘をした(乙9)。 キ平成20年9月9日の被告の理事会には,理事長のJ(以下「J理事長」という。),総務担当理事であるK(以下「K理事」という。),財務担当理事であるL(以下「L理事」という。)と原告ほか3名の計7名の理事が参加していた。同理事会においては,被告が行ってきたファンドの運用で生じた欠損をいかに埋めて,さらに利益を上げるためにはどうしたらよいか,という点から,本件10億円の投資案が提案された(乙3の資料1)。 本件10億円の投資案については,被告の投資顧問であるEが主に説明をしたが,その説明中,「日経平均先物」,「コール(コールオプション)」,「プット(プットオプション)」という用語を用いることがあったが,他方で「仕組み債ではありますが,限りなく定期預金に近いというか,実質定期預金と考えていただいてもいいのではないか。」などと発言していた。 また,Eは,平成20年1月に投資運用に失敗した理由として,「担保に- 15 -対して多く見すぎた。」, 金に近いというか,実質定期預金と考えていただいてもいいのではないか。」などと発言していた。 また,Eは,平成20年1月に投資運用に失敗した理由として,「担保に- 15 -対して多く見すぎた。」,「今回は・・・さらに10億入れて,本当はそれの倍,無理しなくても4億ぐらい・・・無理しなくても利益が出せるんですけど,あえてその半分の利益しか狙わない。」,「まずとりあえず確実にとれるインカムゲインということで・・・今の中心値段から相当離れたものを,うまい組み合わせでやっていけば,その分は毎月確実に獲得できます。」,「(大学側が止めようとしたら,)いつでも止められるように,まずします。」などと述べた。 なお,K理事は,Eに対し,「去年,今年の正月明け損したのは,あくまでも今,顧問の言い方だと担保に入っているのよりも見すぎたと言ったけど,一番の原因は変動幅が昭和何十年来出てない,サブプライム,あれが大きかったわけでしょう。一番の原因は,サブプライムでしょう。」,「これをぜひ最初に,枕に言ってくれないと,あくまでも戦略上の失敗になるよ。時代の趨勢という,それまでは,さっき,君が説明したように,暮れまではみごとこれだけのやり方で,1日,次長からの報告だと8億だ,7億だ,1日で儲かった。こういう手堅いやり方。これを君はみごとにこういうやり方を考えたわけだから。これは成功していたの。」,「これはサブプライムという変動幅は,歴史にない激震でやられたわけでしょう。」,「そのときに,担保を入れすぎたというのが,その次の原因だったわけでしょう。」と述べた。 さらに,K理事は,原告に対し,「M先生,ファンドのことは苦手でしょう。どうぞ,一生懸命,お勉強中みたいなものですけど,理事長の初歩的でもよろしいですかと言ったので,プロ中のプロがいますからね。」と述 に,K理事は,原告に対し,「M先生,ファンドのことは苦手でしょう。どうぞ,一生懸命,お勉強中みたいなものですけど,理事長の初歩的でもよろしいですかと言ったので,プロ中のプロがいますからね。」と述べた。 また,J理事長は,「それはね,やっぱり理事会としては,これは私が口を挟んだら具合悪いんだけど,やるべきだと僕は思います。」と述べた。 原告は,同理事会において,本件10億円の投資案については,数回質- 16 -問する程度の発言しかせず,説明を受ける立場であった。なお,原告が,「嫌な質問でしょうけど,証拠金が60億・・・60万に上がってしまったら,止めるとおっしゃったけど,もしそうなった場合,損失はどのくらい考えられる。」と質問をしたところ,Eは,「それは損は出ますけど,その時点では全然逃げられます。」と述べた(乙3の資料2の3ないし7,10,11頁)。 ク平成20年11月19日の被告の理事会には,J理事長,K理事,L理事,原告ほか5名の理事が参加していた。同理事会においては,L理事及びEから,同年の10月に入り,アメリカで非常に大きな証券会社が倒産した影響を受け,日本の株価が最下落したこと,Dエクイティファンド1号が同月の日経平均株価の乱高下による影響でファンドの証拠金の高騰による不足が生じたことが説明され,Eの親族の不動産を担保として大学に2億5000万円拠出してほしいと,本件2億5000万円の投資の提案がされた(乙6,同資料1頁)。なお,同理事会において,L理事は,「10月まではリスクヘッジはかなり厳しくしておりましたが,まあ,11月に配当をと声もあり,10月の15日に一度ヘッジを外したところ,16日以降,歴史上最大の暴落に見舞われてしまい,証拠金が2週間で3倍に跳ね上がってしまいました。以上の理由により大幅な証拠金不足 1月に配当をと声もあり,10月の15日に一度ヘッジを外したところ,16日以降,歴史上最大の暴落に見舞われてしまい,証拠金が2週間で3倍に跳ね上がってしまいました。以上の理由により大幅な証拠金不足になってしまいました,ということであります。」,「理事会で2億5000万の投入が再びなければ,これは,12月末で,ま,Dの倒産する可能性が強いということであります。で,ここでまあ2億5000を追加すれば,まあ10億,その運用そのものが3月までになんとか7億5000万まで回復の見通しが強いということであります。ご審議をお願いしたいと」と発言した(乙6の資料2頁)。 また,原告は,「あの願いがあるんですけどもL先生に,この,これはやっぱりあのK理事がおっしゃったように経営の問題でトップシーク- 17 -レット,トップシークレットだと思うんですよね」,「そういう意味では,今回このファンド,失敗したと言っていいか分かんないけど,箝口令を絶対引いてほしいですよね」,「組合はね,もう,手ぐすね,手ぐすね引いて気にしているし,待ってるし。必ずとは言えないけど事務系からもれてたの。事務系からもれたんですよ」と発言した(乙6の資料13頁)。 ケ被告が平成21年12月28日付けで作成した資産運用に関する報告書(以下「本件報告書」という。)には,理事会に係る問題として,平成20年9月9日及び同年11月19日の被告の理事会が開催された当時,K理事とL理事がかなり強行的に主導しており,その他の理事や監事は,提案された投資案件について十分な質問ができる状況でなかった旨記載されている(乙22の4頁)。 コ平成21年9月10日,E及びL理事が詐欺及び業務上横領の,K理事が詐欺の各容疑で,それぞれ逮捕され,同月30日,それぞれ同内容の犯罪事実 かった旨記載されている(乙22の4頁)。 コ平成21年9月10日,E及びL理事が詐欺及び業務上横領の,K理事が詐欺の各容疑で,それぞれ逮捕され,同月30日,それぞれ同内容の犯罪事実で起訴された(乙22の3頁)。 サ Eの平成21年9月22日付け検察官面前調書(乙12の資料1)には,以下の記載がある。 「私は,A大学で理事を務めていたL先生とK先生と一緒に,この大学のJ理事長やそのほかの理事らに対して嘘をつき,2億5000万円をDエクイティファンド1号投資事業有限責任組合の口座に振り込ませました。」,「10月17日金曜日の取引でとうとう委託証拠金も口座残高も底を尽き,取引口座の残高がマイナス4000万円以上となってしまい,その結果が週明けの10月20日に反映される状況となりました。」,「私は,自らの手で損失を確定させ,大学から出資してもらった10億円を完全に消滅させてしまったのでした。」また,同人の別の同日付検察官面前調書(乙12の資料2)には,以下の記載がある。 - 18 -「私は,平成20年9月にA大学がDエクイティファンド1号投資事業有限責任組合に出資した10億円を投資の失敗により消滅させてしまった後,L先生とK先生と相談し,A大学のJ理事長や財務担当のNさんらに対し,この10億円がまだ残っているが凍結されているため,それを救うために6億円が必要だなどと嘘をついて,新たに6億円を拠出してもらおうということにしました。」シ原告は,平成22年1月14日,被告に対し,被告の資産運用に絡んで,2名の理事と1名の投資顧問が逮捕されたことを受け,理事会で意思決定にかかわった責任を大変重いものと痛感するとして,役員退任慰労金200万円を返上することを誓約し,その結果,同金額は原告に支給されなかった 事と1名の投資顧問が逮捕されたことを受け,理事会で意思決定にかかわった責任を大変重いものと痛感するとして,役員退任慰労金200万円を返上することを誓約し,その結果,同金額は原告に支給されなかった(甲6,原告本人3頁)。 ス原告は,平成22年2月15日,被告に対し,一連の投資運用に関し,大学に多額の損失が生じたことについて,理事会構成員として道義的責任を痛感するとして,理事職務手当と賞与の合計819万8000円の7割である573万8600円の寄付を申し入れた(甲7)。 (2) 以上の事実を前提として検討するに,本件退職金規程7条1項1号ただし書には,「不都合の所為が認められ退職する者」であることが退職金の不支給事由として定められているところ,退職金は,功労報償的性格のみならず,賃金の後払的性格を併有していることに照らせば,退職金不支給規定を有効に適用できるのは,労働者のそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまう程の著しく信義に反する行為があった場合に限られると解すべきであるから,本件退職金規程7条1項1号ただし書の「不都合の所為が認められ退職する者」についても,被告の職員でそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合に被告を退職する者をいうと解すべきである。 そこで,これを本件についてみると,被告は,原告は被告における理事の- 19 -役職についており,被告に対して委任又は準委任契約に基づく善管注意義務を負い,原告は理事会の構成員として,理事会が本件投資について意思決定するに当たり,本件寄附行為等に違反することがないように監視・監督する義務を負っていたところ,本件寄附行為及び本件資産運用規則に反する,元本返還の確実性が極めて低い投機的な本件投資に係る議題に理事会で賛成し,その投 寄附行為等に違反することがないように監視・監督する義務を負っていたところ,本件寄附行為及び本件資産運用規則に反する,元本返還の確実性が極めて低い投機的な本件投資に係る議題に理事会で賛成し,その投機性の高さ,投資適格性の欠如は,E等の説明等から容易に知り得,被告の教職員の指摘や,文部科学省からも指摘があったにもかかわらず,その注意義務を尽くさなかったものであり,本件投資を含む一連の不正投資の決議に原告が賛成し続けてきたこと等を考慮すると,原告の注意義務の違反の程度が重大で,被告に著しい損害を与えたことをもって,「不都合の所為が認められ退職する者」に当たると主張する。 しかしながら,本件投資に関し問題となる原告の責任は,理事としての善管注意義務違反であり,従業員としての行為ではないし,前記(1)イのとおり,原告は病院担当理事として,過半数で意思決定がされる理事会において一票を投じたにすぎず,同ケのとおり,被告においても,資産運用に関する理事会に係る問題として,平成20年9月9日及び同年11月19日に被告の理事会が開催された当時,後に逮捕されることとなったK理事とL理事がかなり強行的に主導しており,その他の理事や監事は,提案された投資案件について十分な質問ができる状況でなかったとしており,理事会における実際の原告の発言内容に照らしても,同キ及びクのとおり,本件投資の判断に関しては,原告は投資の「素人」として,数回質問するのみで,K理事やL理事の強行的な主導の下,一般の理事として,専ら説得される受動的な立場であったものと認められる。 そして,原告は,病院担当の理事であり,このような受動的な立場で本件投資に賛成したにすぎないものであるところ,本件投資に係る一連の投資自体は,前記(1)ウ及びエのとおり被告の収入面を補うために行わ そして,原告は,病院担当の理事であり,このような受動的な立場で本件投資に賛成したにすぎないものであるところ,本件投資に係る一連の投資自体は,前記(1)ウ及びエのとおり被告の収入面を補うために行われ,当初は- 20 -16億円程度の運用益を上げていたことに照らせば,被告に対する何らかの注意義務違反が成立するか否かは別としても,同アのとおり,原告はそれまで31年間も被告に勤務し,被告の大学の教授や被告の病院の病院長,被告の経営するC専門学校の学校長を勤めるなどしているのであるから,その被告に対する功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があったとまでは認め難いというべきである。これは,本件投資以外の一連の投資について考慮しても,病院担当理事にすぎなかった原告の主体的な関与も見いだすことができないことからすれば,同様であり,被告の主張は理由がない。 なお,原告は,前記(1)クのとおり,平成20年11月19日の理事会において,本件10億円の投資がうまくいっていないことについて,箝口令をしいてほしいなどとし,これが組合等にもれないようにする方策を申し出るなどしているが,他方で本件投資に係る道義的責任があるとして,同シ及びスのとおり,役員退任慰労金(200万)を自主返上したほか,理事の職務手当及び賞与を一部寄付(573万8600円)することを申し出ていること等を考慮すれば,上記の点をもって,原告に,上記著しく信義に反する行為があったとまでは認め難い。 2 争点(2)(権利濫用)について前記1(2)で述べたとおり,退職金は,賃金の後払的性格と,功労報償的性格を有するものであるところ,労働者のそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合には,退職金規程に不支給事由 り,退職金は,賃金の後払的性格と,功労報償的性格を有するものであるところ,労働者のそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があった場合には,退職金規程に不支給事由の定めがないか,又は,労働者の行為が退職金規程に定める不支給事由に該当しない場合においても,労働者の退職金請求が権利濫用となり,その請求の一部ないし全部が認められないことはあり得るというべきであるが,被告が権利濫用として主張するところは,退職金不支給事由として主張するところと同じであり,被告の行為が退職金不支給事由に該当しないのに,同事由と- 21 -して主張するところと異なる事情を主張して被告の退職金請求が権利濫用となることを主張するものではないから,被告の権利濫用の主張は,同主張に係る事由について退職金不支給事由に該当しないと判断された以上,これが別個に認められる余地はなく,本来独立した攻撃防御方法として判断を示すまでもないものである。 ただ,上記の点を別としても,前記1(2)で述べたとおりで,原告が本件投資に賛成したこと等について,原告のそれまでの勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく信義に反する行為があったとまでは認め難いから,被告の権利濫用の主張は,いずれにしても理由がない。 3 争点(3) (相殺合意)について(1) 証拠(甲12,乙18,乙22,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア本件報告書には,逮捕された理事,理事長以外の,その他の理事に対する損害賠償請求について,理事退職慰労金は支払わない,理事在任期間中の職務手当,賞与の返納を求めるとともに,私立学校法,本件寄附行為,資産運用規則そして就業規則違反に基づく損害賠償請求を行うと記載されており,退職金の取扱に 事退職慰労金は支払わない,理事在任期間中の職務手当,賞与の返納を求めるとともに,私立学校法,本件寄附行為,資産運用規則そして就業規則違反に基づく損害賠償請求を行うと記載されており,退職金の取扱については触れていない(乙22の10頁)。 イ本件ヒアリングにおいて,以下のやり取りがされた。 O委員長は,「先生ご存知だと思うんですけど,新しい理事会のほうから今大学がこういう状態になって来ておりますんで,資産回収委員会を作ってできるだけ,回収しろというのが命令のものなんで,始めさせていただきます。」と述べた。 また,P委員は,原告に対し,「先生の退職慰労金ご辞退を頂いておりますが,その他に平成17年度から20年度の間の職務手当て,賞与等につきましてもご返還の意思は?」と聞いたのに対し,原告は,「もちろんもちろん。あるんですけど・・・,金額に関してお願いと言うか,僕はこ- 22 -ういう理解をしているとお話しをしたい。もちろん基本的にはお返しする気持ちでおります。」と述べた(乙18の1,2頁)。 さらに,P委員は,「最後に今回の不正投資問題について先生のなんでも結構ですので,時間充分ありますので」と述べたところ,原告は,「僕はようするに兼務していたわけですよね。最初の半年は病院長,残りは,4年の中で3年半はCに移ったわけですよね。で,当然それお返しするとは思ってますが,そっくりお返しすると,その間の兼務の僕に対する評価は0になのかと,0になってしまうのかと思ってしまうんですね。」,「そういうことの仕事の評価も多少でいいからしてもらいたいなと。希望が。」,「正直言いますと3月で辞めようと思っていたんです。昨年の末は。」,「ただ,情けない話で申し訳ない個人的で情けない話で申し訳ないけど,この金額を提示された時にね。僕は現金で いたいなと。希望が。」,「正直言いますと3月で辞めようと思っていたんです。昨年の末は。」,「ただ,情けない話で申し訳ない個人的で情けない話で申し訳ないけど,この金額を提示された時にね。僕は現金では持ち合わせがないもんだから,もう少しここにおいてもらわざるを得ないという気がしていますね今わね。」,「子供二人いますしね,教育費に相当かけてしまっているもんですから。自分で現金をもってないんですよ。それで,じゃあこのお金どうやって返すかというと,退職金で一部か全部分からないけど。具体的にね。お返ししようと思っておりますんで。」,「この金額をもう少し蓄えるためには,もうちょっとここに本当に矛盾した裏腹な話かもしれないんだけど。」などと述べた(乙18の4ないし6頁)。 ウ原告は,平成22年2月24日に,退職届を提出した後,被告の事務担当者と退職金支払についての打合せをし,その際,原告の退職に伴う手続に係る書面(甲4の1)及び退職金額の算定に係る表(甲4の2)の交付を受けた。また,原告は,事務担当者の申し出に応じ,退職金として,2493万5625円を領収した旨記載された同年3月31日付け領収書を作成した。(甲12,原告本人8頁)(2) 以上の事実を前提として判断するに,被告は,本件ヒアリングにおいて,- 23 -原告が「じゃあこのお金どうやって返すかというと,退職金で一部か全部かわからないけど。具体的にね。お返ししようと思っておりますんで。」,「この金額をもう少し蓄えるためには,もうちょっとここに本当に矛盾した裏腹な話かもしれないんだけど。」と発言したことをもって,この回答時,原告は,既に理事としての退職慰労金を返上している以上,上記回答における退職金は,原告が被告から従業員として支払を受けるべき退職金を意味していることは明らかであ と発言したことをもって,この回答時,原告は,既に理事としての退職慰労金を返上している以上,上記回答における退職金は,原告が被告から従業員として支払を受けるべき退職金を意味していることは明らかであるなどとして,原告と被告の間で,原告の退職金と,被告の原告に対する本件投資に係る善管注意義務違反による損害賠償請求権を対当額で相殺する合意が成立していると主張する。 しかしながら,前記(1)イの本件ヒアリングにおけるやり取りによれば,被告の引用する上記発言は,もともと,原告が理事として受け取った平成17年度から20年度までの間の職務手当て,賞与等を返還する意向があるかについてのものであり,現に原告は本件ヒアリングを受けて上記職務手当及び賞与の7割の寄付を申し出ているものであり,本件ヒアリングにおいて原告が退職金に言及した発言は,今後職務手当て,賞与等の一部又は全部を返還する原資として,退職金を充てることを検討する意向を示したものにすぎず,これをもって相殺の申出,合意をしたということができないことは,明らかであり,その後,原告と被告の間で,上記相殺合意に係る書面が作成されるどころか,前記(1)ウのとおり,原告と被告の事務担当者との間で,原告の退職金の支払に係る事務手続が行われていることに照らせば,被告主張の相殺の合意が成立しているとは到底認めることができない。 むしろ,前記(1)アのとおり,本件ヒアリングに先立って被告が作成した本件報告書には,逮捕された理事,理事長以外の,その他の理事に対する損害賠償請求について,理事退職慰労金は支払わない,理事在任期間中の職務手当,賞与の返納を求めるなどと記載され,理事が職員としての立場で受け取る退職金については触れられていないこと,本件ヒアリングで資産回収委- 24 -員会の委員として原告から事情聴取 期間中の職務手当,賞与の返納を求めるなどと記載され,理事が職員としての立場で受け取る退職金については触れられていないこと,本件ヒアリングで資産回収委- 24 -員会の委員として原告から事情聴取したPは,本件の証人尋問において,前記(1)イの原告の発言である「ただ,情けない話で申し訳ない個人的で申し訳ないけど,この金額を提示された時にね。僕は現金では持ち合わせがないもんだから,もう少しここにおいてもらわざるを得ないという気がしていますね今わね。」中の被告から提示された「金額」がよく分からないなどと供述し,退職金の不支給決定を大学の組織として決めたのは不明である,資産回収委員会として,原告に退職金を支払うべきでないとの提言を被告に対してしたのは,本件ヒアリング後であるなどと供述していること(P証人9,10頁),原告と被告の事務担当者との間で,退職金の支払に向けての事務手続が行われていることを併せて考えれば,本件ヒアリングの当時においては,そもそも被告が原告に対して退職金の一部又は全部の支払をしないとか,その返還を求めるという方針を採っていたこと自体も認められないというべきである。 4 争点(4)(信義則違反)について被告は,原告が,退職金を損害賠償金に充てることを公式の場で明言したことを前提として,原告の退職金請求が信義則に反すると主張する。 しかしながら,前記3のとおり,原告が被告に対し,本件退職金の請求をしない旨の意向を示した事実は認められず,原告の退職金請求が信義則に反するという被告の主張は,その前提を欠き,失当というほかない。 第4 結論以上のとおり,原告の被告に対する退職金支払請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。 横浜地方裁判所横須賀支部 第4 結論以上のとおり,原告の被告に対する退職金支払請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。 横浜地方裁判所横須賀支部 裁判長裁判官杉山正己 裁判官河本晶子 裁判官川山泰弘

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