平成7(ワ)1634 損害賠償請求

裁判年月日・裁判所
平成14年5月28日 神戸地方裁判所
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判決文本文50,322 文字)

判決平成14年5月28日神戸地方裁判所平成7年(ワ)第1634号損害賠償請求事件 主文 1 被告は,原告Aに対し,4466万2200円及びこれに対する平成6年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告B,同C及び同Dに対し,それぞれ1388万7400円及びこれに対する平成6年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用は,これを10分し,その3を原告らの負担とし,その余は被告の負担とする。 5 この判決は,第1,2項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告Aに対し,6150万円及びこれに対する平成6年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告は,原告B,同C及び同Dに対し,それぞれ1950万円及びこれに対する平成6年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要本件は,承継前原告亡E(以下「亡E」という。)が,アルコール依存症の治療のため,被告が開設する垂水病院に入院したところ,垂水病院の医師がレントゲン検査等を怠ったことや,適切な呼吸管理を怠ったことにより,亡Eが呼吸停止に陥り,同人及び同人の妻である原告A(以下「原告A」という。)が損害を被ったとして,原告A(亡E訴訟承継人でもある。)及び亡E訴訟承継人であるその余の原告らが,被告に対し,診療契約上の債務不履行又は不法行為に基づき,上記損害の賠償を求める事案である。 1 争いのない事実等(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)(1) 当事者ア亡E及び原告ら 不履行又は不法行為に基づき,上記損害の賠償を求める事案である。 1 争いのない事実等(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)(1) 当事者ア亡E及び原告ら(ア) 亡Eは,1955年(昭和30年)2月18日生の男性であり,朝鮮籍の特別永住者であった(甲1,2,乙1)。同人は,平成7年9月29日,神戸家庭裁判所において,禁治産宣告を受け,同人の妻である原告Aが亡Eの後見人になった(弁論の全趣旨)。原告Aは,同年11月10日付けで,自ら及び亡Eのために,本訴を提起した(顕著な事実)。亡Eは,平成10年10月24日,死亡した。 (イ) 原告B(1983年(昭和58年)8月7日生。以下「原告B」という。),同C(1985年(昭和60年)5月3日生。以下「原告C」という。)及び同D(1987年(昭和62年)5月8日生。 以下「原告D」という。)は,いずれも亡E及び原告Aの子である(甲1)。 原告らは,いずれも朝鮮籍の特別永住者である(甲1)。 原告らは,亡Eの死亡により,亡Eにかかる本件訴訟を承継した(顕著な事実)。 イ被告被告は,神戸市西区押部谷町西盛字北山566番地において,垂水病院を開設し,昭和49年5月ころ,アルコール依存症患者の収容治療を目的として増築・増床し,アルコール依存症の治療等の診療活動を行っている。 (2) 亡Eの垂水病院への入院及びその後の経過ア亡Eは,同人の母が死亡した平成4年ころから,飲酒の量が急に増えた。亡Eは,平成6年ころ,就労日数が減り,同年7月ころから,仕事に行かなくなった。原告Aは,保健所や宋クリニックに行ったことがあり,亡Eは,小原病院に入院したこと 成4年ころから,飲酒の量が急に増えた。亡Eは,平成6年ころ,就労日数が減り,同年7月ころから,仕事に行かなくなった。原告Aは,保健所や宋クリニックに行ったことがあり,亡Eは,小原病院に入院したことがあった。同人は,虫だ,火事だと騒いだり,妻である原告Aに暴力を振るったりしたことがあった。原告Aは,そのような状態を心配して,亡E及び親族らと相談した結果,亡Eは,平成6年8月31日,垂水病院に入院して治療を受けることになった。 イ亡Eは,同日,垂水病院を受診し,F医師の診察を受けたところ,アルコール依存症と診断され,医療保護入院の処置がとられた。 ウ亡Eは,上記入院直後から,個室に隔離され,腕の部分を拘束された。また,同人は,同年9月1日,トイレまでいざって行ったりしたが,転倒のおそれがあったため,同日午後1時30分ころから,四肢を抑制された。 エ同人は,同年8月31日,血液検査を受けたが,炎症を示すデータはなかった。 オ同人は,同日,同年9月1日及び同月2日,アルコール離脱症状を軽減する目的で,ホリゾンの投与を受けた。 カ同人の体温は,同年8月31日午後6時ころ,36.2度であったが,同年9月1日から同月2日午前にかけて,37度台で推移し,同日午前11時15分ころ,38.8度にまで上昇し,メチロンの投与を受けた。その後,同人の体温は,やや低下したものの,同月3日昼ころ,再び38度を超え,同人は,ボルタレンの投与を受けた。しかし,同人の体温は,同月4日午前5時30分ころ,38.4度にまで上昇し,その後,同人は,ボルタレンの投与を受けたため,同人の体温は低下したが,同月5日午前5時30分ころ,38.7度にまで上昇し,同人は,ボルタレンの投与を受けた。そして,同人は,同月6日から,高 上昇し,その後,同人は,ボルタレンの投与を受けたため,同人の体温は低下したが,同月5日午前5時30分ころ,38.7度にまで上昇し,同人は,ボルタレンの投与を受けた。そして,同人は,同月6日から,高熱が持続した。 キ同人は,同月2日夕方から,咳嗽があり,同月5日以降,咳嗽が続いていた。 ク同人は,同月2日午後11時ころ,黄色粘稠痰を,同月3日朝,淡黄色粘稠痰を,同日夕方,多量の白色粘稠痰をそれぞれ喀出し,それ以降も,白色痰の喀出が続いた。同人は,同月5日,排痰介助のため,ギャッジベッドのある病室に移された。同人は,同月8日,自力で排痰ができず,多量の泡沫様の唾液が吸引された。病床日誌等(乙1)中の看護記録の同日午前1時の欄には,「拒否ぎみで吸引チューブをかんでなかなかはなそうとしない」との記載がある。また,同人は,同日,黄色痰を喀出した。 ケ同人は,同月4日午前10時40分ころ,G医師の診察を受けた。垂水病院の医師は,同日,レントゲン検査,血液検査及び痰の培養検査等を行わなかった。上記看護記録の同日午後7時の欄には,「疎通性低下」との記載がある。 コ亡Eは,同月5日,垂水病院の院長であったH(以下「H」という。)の診察を受け,その際,亡Eの呼吸音がやや荒かったところ,同人は,同日から,ミノマイシン及びニフランの投与を受けた。また,同人は,同月6日,Hの診察を受け,同日から,サンセファールの投与を受けた。Hは,同日,レントゲン検査等を行わなかった。 サ上記看護記録の同月7日午前11時30分の欄には,「虫取り動作様動作あり」との記載がある。 シ亡Eは,同日の昼食時,嚥下困難となり,同月8日から,ほとんど食事の経口摂取ができなくなった。 ス同月9日午前1時こ の欄には,「虫取り動作様動作あり」との記載がある。 シ亡Eは,同日の昼食時,嚥下困難となり,同月8日から,ほとんど食事の経口摂取ができなくなった。 ス同月9日午前1時ころ,アイスノンを包んでいたタオルが同人の緑黄色粘稠痰で汚染されていた。同人は,同日午前2時ころ,その口の周囲に緑色がかった痰様のものを付けていた。同人は,同日午前5時30分ころ,その口腔内に泡沫状の痰あるいは唾液様のものが貯留していたため,これを吐き出すように促されたものの,理解できない様子であったため,吸引を受けたが,カテーテルを固くかんだため,看護師の思うように吸引できなかった。 同人は,同日午前6時ころ,顔色不良であり,また,排痰介助を受けたが,指示に応じることができなかったので,その口腔内の痰様のものをちり紙でかき出された。同人は,同日午前7時ころ,半覚せい状態が続き,声をかけられても応答できなかった。上記看護記録の同日時の欄には,「医師の診察を依頼する予定」との記載がある。同人は,同日午前10時30分ころ,Hの診察を受けた。同人は,同日午前11時30分ころ,咽頭貯痰音が著明であったため,吸引を受け,その際,拒否的な態度で看護師を殴る格好をしたが,少量の白色痰が吸引された。上記看護記録の同日時の欄には,「自分で枕元に痰を吐いている。」との記載がある。同人は,同日午後1時30分ころ,顔色不良であり,呼びかけられても開眼しなかった。 同人は,貯痰音があったため,吸引を受けたが,吸引チューブをかんだため,あまり吸引できなかった。 セ同人は,同日午後1時40分ころ,呼吸が停止し,同日午後2時40分ころ,自発呼吸を回復したものの,意識は回復せず,同日午後3時30分ころ,救急車で協和病院に搬送された。 ソ同人は,協和病院に入院 日午後1時40分ころ,呼吸が停止し,同日午後2時40分ころ,自発呼吸を回復したものの,意識は回復せず,同日午後3時30分ころ,救急車で協和病院に搬送された。 ソ同人は,協和病院に入院した後も,意識が回復せず,平成7年4月10日,脳の低酸素を原因とする植物状態,四肢体幹筋麻痺と診断され,同月11日,症状固定に至った(甲2)。 タ同人は,平成10年10月24日,死亡した。 チ垂水病院には,レントゲン検査装置は設置してあったが,本件当時,レントゲン技師が週1回のパート勤務であった。 2 主要な争点(1) 呼吸停止の原因(2) 過失(債務不履行)の有無ア平成6年9月5日ないし6日の時点における過失(債務不履行)の有無イ同月9日までの過失(債務不履行)の有無ウ呼吸管理における過失(債務不履行)の有無(3) 損害の有無及びその額(4) 過失相殺の可否 3 当事者の主張(1) 呼吸停止の原因(争点(1))について(原告らの主張)ア亡Eの呼吸停止の原因は,同人の症状経過や同人の呼吸停止の直後,I看護師が痰を吸引したこと(乙1(9頁),証人J)からして,痰による気管閉塞の可能性が最も高く,そのように考えて問題はない。Hもそのように考えていた。鑑定人も,亡Eの呼吸停止が上記原因による可能性が高いことを前提に意見を述べている。 イ他方,低酸素血症等による呼吸不全,脳血管障害による呼吸障害の可能性は著しく低いと考えられる。鑑定人もそのように考えている。 ウさらに,被告は,亡Eの呼吸停止の原因として,アルコール依存症による衰弱(振戦せん妄)も考えられると主張する。 しく低いと考えられる。鑑定人もそのように考えている。 ウさらに,被告は,亡Eの呼吸停止の原因として,アルコール依存症による衰弱(振戦せん妄)も考えられると主張する。 しかし,同人の離脱症状はそれほど重篤なものではなく,看護記録上,そのほとんどが平成6年9月3日までの記載である。また,同人の同月8日,9日の症状には,振戦せん妄と思われるものはない。 なお,振戦せん妄による死亡は,身体管理の不十分さに問題がある場合が多く,最近ではほとんど生じていない(1パーセント以下。甲5)。 (被告の主張)ア亡Eの死亡原因としては,①痰による気管の閉塞,②低酸素血症等による呼吸不全,③脳血管障害による呼吸障害,④アルコール依存症による衰弱が考えられる(鑑定書7頁等)。 イ鑑定人は,内科専門医であるため,④を亡Eの死亡原因に挙げていないが,その可能性があることは以下のとおり明らかである。 (ア) 振戦せん妄で高熱が出ると,予後不良(死亡のこと)である(鑑定資料2,1588頁左上)。 (イ) 症状が激しいときには,虚脱に陥り,死亡する(乙20,196頁)。 (ウ) 退薬症候群(アルコール依存症を含む。)は,意識清明でも,入院後死亡することがある(乙19,61頁)。 (エ) 振戦せん妄の死亡率は,かつては10パーセントないし20パーセントとされていたが,最近では1パーセント以下とされている(これは,アルコール依存症の医療が発達しているアメリカでの統計であり,我が国の水準を示すものではない。かつてはアメリカでも10パーセントないし20パーセントの死亡率とされていたことに注目すべきである。)。 ウ亡Eの死 発達しているアメリカでの統計であり,我が国の水準を示すものではない。かつてはアメリカでも10パーセントないし20パーセントの死亡率とされていたことに注目すべきである。)。 ウ亡Eの死亡原因が上記のいずれであるかを確定できないとするのが鑑定人の見解である(鑑定書7頁,鑑定事項6)。K医師の意見も同旨である(甲7)。同医師によれば,いずれも原因となった可能性を「否定しきれない」のであるが,いずれが原因であるとも「言い切れない」のである(甲7)。そして,亡Eの死亡原因が特定できない限り,いかなる治療を行えば同人を救命し得たのかを特定することもまた不可能である。 (2) 過失(債務不履行)の有無(争点(2))について(原告らの主張)ア平成6年9月5日ないし6日の時点における過失(債務不履行)の有無について(ア) 垂水病院の医師は,平成6年9月5日の時点で,亡Eが感染症に罹患していると判断したのであるから,直ちにレントゲン検査等を実施し,同人に対する適切な診断と治療を行うか,もしくは,同人を他の適切な治療機関に転医させるべき義務があったにもかかわらず,上記義務を怠り,同人の呼吸停止を惹起したものである。 (イ) 被告は,直ちにレントゲン検査等を実施し,亡Eに対する適切な診断と治療を行う必要があった。 a 「肺炎の診断にとって胸部X線は欠かすことができないものである」(「今日の内科学」(乙4)380頁)し,鑑定人も,細菌性肺炎が鑑別診断の一つに考えられる場合には,胸部レントゲン検査は必要であると述べている。 b 胸部レントゲン検査を行い,肺炎の確定診断とその重症度の推定を行うことにより,咳嗽や痰の出方,痰の量などを予測し,それに,従前か 胸部レントゲン検査は必要であると述べている。 b 胸部レントゲン検査を行い,肺炎の確定診断とその重症度の推定を行うことにより,咳嗽や痰の出方,痰の量などを予測し,それに,従前から慢性気管支炎の症候があったかどうか,患者の体力の程度,排痰能力の程度を併せ考えることにより,医師が看護師に与える注意や指示が変わってくる。また,看護師自身も,患者の症状の程度を知ることにより,例えば,痰が詰まって呼吸停止をきたさないように排痰の仕方や頻度を工夫し,より確実な呼吸管理を行うことができるようになるのである。 さらに,上記検査により,細菌性肺炎か否か,肺炎の病原体の推定も可能となり(鑑定書4頁,「今日の内科学」380頁),投与すべき抗生剤の選択にも大いに役立つのである。 c 垂水病院が同月5日ないし6日の時点でレントゲン検査や血液検査といった基本的検査を行わなかったことは,契約違反であり,過失である。 とりわけ,本件の場合,亡Eの経過を再検討していれば,すでに同月2日には肺炎に感染していたとの判断に達していたはずであり,直ちに感染症の進行程度を調べる必要があった。ましてや,Hは,亡Eは栄養不良で身体状態が悪く,慢性気管支炎の症状を有していたと判断していたのであるから,その進行程度を調べ,適切な治療方針を立てる高度の必要があったのである。 d したがって,レントゲン検査等を実施していれば,亡Eの身体管理,特に呼吸管理の仕方が変わっており,本件呼吸停止を防ぐことができた蓋然性が高く,上記検査の不実施という過失と本件呼吸停止の間には因果関係が認められる。 e(a) 被告は,亡Eの入院当初体重測定ができなかったこと,身体の拘束を必要と ぐことができた蓋然性が高く,上記検査の不実施という過失と本件呼吸停止の間には因果関係が認められる。 e(a) 被告は,亡Eの入院当初体重測定ができなかったこと,身体の拘束を必要としたこと,同月4日には意思疎通性が低下していたことを挙げて,亡Eが指示に従った行動をとることが不可能で,レントゲン撮影ができなかったと主張する。 しかし,同人が看護師の指示を理解できなくなったのは同月9日午前5時ころ以降のことで,それ以前は,医師や看護師の指示が理解できずに従わない,物理的に抵抗して従わないなどという状況は全くなかったから,レントゲン撮影ができないような状態はなかった。 (b) 被告は,亡Eが重度の大離脱症候群の症候を呈し,生命の危険をある程度覚悟しなければ他の病院への移動はできなかったとも主張する。 しかし,カルテや看護記録によれば,同人には重度の大離脱症候群の症候はなく,他の病院への移動にそれほどの危険性,困難さがあったとは考えられない。 (c) 被告は,レントゲン技師呼出しの困難性も主張しているが,同技師に他の病院での勤務終了後に来てもらって撮影することもできたし,Hが撮影して,現像だけを手配することもできたはずである。 仮に呼出しが困難であったとしても,それは,垂水病院がレントゲン検査の必要性を無視し,必要に応じて迅速にレントゲン検査ができる態勢を普段から整えていなかったことの結果にすぎず,違法性を否定する理由にはなり得ない。 (d) 被告は,レントゲン検査をしても起炎菌が確定できなかったのであり,そのような場合にサンセファールを選択したことに誤りはなく,結果として 性を否定する理由にはなり得ない。 (d) 被告は,レントゲン検査をしても起炎菌が確定できなかったのであり,そのような場合にサンセファールを選択したことに誤りはなく,結果として因果関係がないとも主張している。 しかし,本件の場合,レントゲン検査等を実施していないことが過失なのであり,上記検査をしていない状況下で薬剤選択の適否を云々することはできないし,無意味である。結果として同じ薬剤を投与することになったかは不明であり,上記過失と呼吸停止との因果関係が切断されるかどうかという観点からすれば,被告の上記主張には意味がない。 また,仮に起炎菌が確定できない場合を考えてみると,サンセファールの選択はベストではなく,必要な検査を行っていない状況を前提にすれば,これを過失と評価すべきである。すなわち,亡Eの発熱が入院後3日目から始まっていることから,市中感染症の可能性も考えておく必要があるが,その場合の代表的な原因菌はグラム陽性球菌である(同人の喀出痰検査では,グラム陽性球菌が少数認められている。)。ところが,サンセファールは,第3世代のセフェム剤であり,グラム陽性球菌に対する抗菌力が弱いから,通常は,ペニシリン剤か,第1世代のセフェム剤が第1選択薬とされている(甲3,23頁)。 (ウ) 被告は,上記の胸部レントゲン検査ができなかったのであれば,直ちに亡Eを同検査を行える医療施設に転医させる必要があった。 a 胸部レントゲン検査の必要性は,前記(イ)abcのとおりである。 b 同人を転医させることは可能であったし,転医させても同人に与える危険性は小さく,問題なかったことは,前記(イ)e(b)のとおりである。 (イ)abcのとおりである。 b 同人を転医させることは可能であったし,転医させても同人に与える危険性は小さく,問題なかったことは,前記(イ)e(b)のとおりである。 なお,垂水病院では,過去において転医させた事例があった(証人J53頁)。これは,転医させることがそれほど困難ではないことを示唆している。 c 肺炎は急激に症状が進行する可能性があるとされており,直ちにレントゲン検査ができないことを承知で経過観察を続け,亡Eを転医させなかったことは過失に当たる。 同人を転医させていれば,垂水病院での呼吸停止という事態を避けることができたのであり,上記過失が結果発生と因果関係があることは明らかである。 イ同月9日までの過失(債務不履行)の有無について(ア) 垂水病院の医師は,サンセファール等の投与にもかかわらず,亡Eの症状が改善しなかったのであるから,同月9日までにレントゲン検査等を行い,肺炎の進行程度や重症度の判定を行うと同時に,投与している抗生剤の薬効判定を行い,薬剤変更を含む適切な医療措置を講じるか,もしくは,レントゲン検査等を行えないのであれば,直ちに同人を他の適切な治療施設に転医させるべき義務があったにもかかわらず,上記義務を怠り,同人の呼吸停止を惹起したものである。 (イ) 被告は,直ちにレントゲン検査等を行って,肺炎の進行程度や重症度の判定及び薬効判定を行うなどし,亡Eに対し,薬剤変更を含む適切な診断と治療を行う必要があった。 a 鑑定人は,①抗生物質の有効性の判定を行うこと,②患者が呼吸不全に陥っていないかを評価すること,③気道分泌量に応じて気道確保あるいは人工呼吸の適応を判断 行う必要があった。 a 鑑定人は,①抗生物質の有効性の判定を行うこと,②患者が呼吸不全に陥っていないかを評価すること,③気道分泌量に応じて気道確保あるいは人工呼吸の適応を判断することにより,亡Eの肺炎の増悪を回避あるいは先延ばしすることができ,悪化を防止できたと述べている(鑑定事項4の結論と理由)。 そして,遅くとも抗生物質の投与開始後3日目にはその有効性評価を行い,無効と判断された場合は直ちに抗生物質の変更を試みるものとされている(鑑定事項4)。 b 同人の場合,同月6日からサンセファールが投与されていたが,解熱傾向は認められず,咳嗽は続き,同月8日には食事摂取量が極端に低下するなど,臨床症状の悪化は明らかであった。 同月9日午前中に,Hによる亡Eの診察があったが,同月11日までサンセファール等を継続して投与すること,栄養補給を強化することを決めただけであった。 c 同月9日までレントゲン検査や血液検査を実施していないこと,より具体的には,薬効判定を行って上記①の抗生物質の変更を行わなかったこと,レントゲン検査に基づき上記③の呼吸管理に関して適切な判断,指示及び措置を取っていないことが過失である。 レントゲン検査により肺炎の重症度を把握していれば,痰の出方や量を予測して適切な呼吸管理ができたこと,看護師に適切な指示を与えることにより,看護師が排痰の仕方や頻度を工夫し,より確実な呼吸管理を行えるようにすることができたことは,前記ア(イ)bのとおりである。 呼吸状態の確認という意味では,動脈血ガス測定が重要であり,簡単な装置で行うことができる。K医師は,同検査の必要性を指摘してい きたことは,前記ア(イ)bのとおりである。 呼吸状態の確認という意味では,動脈血ガス測定が重要であり,簡単な装置で行うことができる。K医師は,同検査の必要性を指摘している(甲7)。 d 被告が上記抗生物質の変更や適切な呼吸管理に関する指示及び措置を講じていれば,亡Eの症状の悪化や本件呼吸停止を避けることができたと考えられるのであり,上記過失と呼吸停止との間には因果関係が認められる。 e 被告は,乙第21号証を引用して,薬効判定は3日から1週間をめどとして行えばよく,同日までに薬効判定を行わなかったことは違法でないと主張する。 しかし,肺炎という疾患からして1週間は長すぎる。上記書証も,本件のようにレントゲン検査や血液検査も行わず,しかも臨床症状の悪化がはっきりと認められるにもかかわらず,薬効判定の時期を漫然と1週間も待っていることを肯定するものではない。 しかも,Hは,同日に診察してサンセファール等を同月11日まで継続投与することを決めたのであるから,薬効判定を行わないという決定を行ったともいえるのである。同月9日の時点では,亡Eは,高熱が下がらず,食欲も極端に低下し,意識状態も非常に悪いといった臨床症状がそろっていたにもかかわらず,それを無視した上記判断は,適切な時期までに薬効判定を行わなかったことと同じであり,そのこと自体過失である。 (ウ) 被告は,上記の胸部レントゲン検査ができなかったのであれば,臨床症状の悪化が認められた時点で,直ちに亡Eを転医させる義務があった。 a 胸部レントゲン検査の必要性は,上記(イ)abcのとおりであり,鑑定人も,治療効果を判定するためのレントゲン検査の必 化が認められた時点で,直ちに亡Eを転医させる義務があった。 a 胸部レントゲン検査の必要性は,上記(イ)abcのとおりであり,鑑定人も,治療効果を判定するためのレントゲン検査の必要性を指摘している(鑑定事項2の理由)。 亡Eの場合,臨床症状が刻一刻と悪化していたのであるから,レントゲン検査や血液検査の緊急性は非常に高かった。 上記検査ができないのであれば,肺炎の進行程度や重症度,投与している抗生剤の薬効判定ができないのであるから,直ちに上記検査を行って適切な呼吸管理を実施し,薬効判定に基づく適切な治療を保障できる医療施設に転医させるべき義務がある。急激に症状が進行する可能性のある肺炎の場合,上記の基本的な検査が行えない,あるいは,行う意思がないまま経過観察を続けることは明白な過失である。 転医させていれば,垂水病院での呼吸停止という事態を避けることができたのであり,上記過失と呼吸停止との間には因果関係がある。 b 同人を転医させることは可能で,転医させても同人に与える危険性は小さく,問題がなかったことは,前記ア(イ)e(b)のとおりである。 c 垂水病院では,過去において,感染症の患者を他の医療施設に転医させた実例があることは前記ア(ウ)bのとおりである。 今回も,同人の臨床症状に改善が見られず,食事を取らなくなるなど,体力の低下が心配された時点で,転医を考えることは容易なことであったはずである。 ところが,被告は,亡Eが感染症に罹患していることを真剣に考えず,そのため,感染症の進行による危険を軽視していたために,転医を真剣に考慮しなかったのではないかと である。 ところが,被告は,亡Eが感染症に罹患していることを真剣に考えず,そのため,感染症の進行による危険を軽視していたために,転医を真剣に考慮しなかったのではないかとの疑念がぬぐえないのである。 ウ呼吸管理における過失(債務不履行)の有無について(ア) 垂水病院の医師は,同月9日朝の亡Eの状態からすれば,直ちに同人を他の病院に転医させるか,そのまま垂水病院に入院させるのであれば,呼吸管理について特別に注意を払うべき義務があったにもかかわらず,上記義務を怠り,同人の呼吸停止を惹起したものである。 (イ) 被告は,亡Eを垂水病院に入院させ続けるのであれば,呼吸管理について特別に注意を払い,看護師等に適切な指示を行うべき義務があった。 a 同日朝の亡Eは,半覚せいの状態で,看護師の指示に応じることができず,看護師も,同日午前7時の段階で医師の診断の必要性を認めていた。 ところが,Hは,上記半覚せい状態を発熱によるせん妄状態ではなく,離脱症状によるものと判断し(証人H11頁),看護師らに対する具体的な注意も行わなかった。 しかし,同月4日以降のカルテや看護記録には,前記ア(イ)e(b)のとおり,離脱症状を示す記載はない。38度前後の熱の継続,深夜から確認されていた緑色粘稠痰の存在といった事実は,肺炎の進行を示唆していると考えるのが当然である。 Hは,同月5日ないし6日から感染症を疑っていたというのであるが,上記発熱と緑色粘稠痰の存在にもかかわらず,肺炎の進行により半覚せいの状態になっている可能性を否定した合理的な根拠は何も示されていない。Hが離脱症状の進行による意識障害と考えた たというのであるが,上記発熱と緑色粘稠痰の存在にもかかわらず,肺炎の進行により半覚せいの状態になっている可能性を否定した合理的な根拠は何も示されていない。Hが離脱症状の進行による意識障害と考えたというのは,不合理で,辻褄が合わないことである。Hが肺炎の悪化を想定していたならば,当然のことながら,看護師らに痰が詰まらないように呼吸管理に注意を払うように指示したであろうし,再三指摘しているように,指示を受けた看護師も呼吸管理に注意し,痰が詰まらないような看護の工夫や取組みを行っていたはずである。 被告は,レントゲン検査等により重症度の把握を怠っていただけでなく,Hの上記判断の誤りにより,看護師らの呼吸管理の緊急必要性を指示する機会を再度逸してしまったのである。 b 同月9日早朝からの亡Eの状態は極めて悪く,一般的な身体管理の必要性が高かったことはいうまでもないが,呼吸管理,特に痰が詰まらないように注意をする具体的な必要性も高まっていた。 同人は,以前から痰が多く,かつ,貯留音も続いていたが,同日早朝からは,自力で痰を排出する能力が低下し,加えて,看護師の指示に従うことが難しい状態になっていたのである。枕元の痰(看護記録の午前11時30分の欄)は,いつ,どのようにして,どの程度排出されたのか不明であり,十分な自力排痰能力を示すものではなく,また,亡Eの拒否的動作も意識的なものとは考えられない。むしろ,上記事実は,十分な呼吸管理を行いにくい状態が現出していることを示しているのである。 したがって,同人の呼吸管理,特に痰が詰まらないように排出することに関しては,看護師の看護や援助の持つ意味が非常に重要な状態になっていたのである。ところが,看護師らは 。 したがって,同人の呼吸管理,特に痰が詰まらないように排出することに関しては,看護師の看護や援助の持つ意味が非常に重要な状態になっていたのである。ところが,看護師らは,Hから,亡Eが肺炎かどうか,その重症度はどうかといったことの説明を受けておらず,アルコール依存症の離脱症状に伴う意識障害といった認識を聞かされ,呼吸管理の緊急必要性を認識することなく,通常のアルコール依存症の患者と同じ心構えで看護に当たっていたのである。 c 排痰看護は,まず,患者に排痰を促したり,経口的吸引の方法で行われるが,亡Eのように呼吸管理の必要があるにもかかわらず,患者の協力が得られない場合においては,経口的方法だけでなく,経鼻的方法による排痰看護が行われている。 痰が詰まって呼吸停止を引き起こせば致命的な結果を招くことは明らかで,患者の自発的な協力が得られない場合には,必ず経鼻的方法による排痰看護が行われるのであり,上記方法は特殊なものではなく,それほど困難な看護方法でもないのである。 そして,上記方法で吸引することにより,気管内及び気管支の一部の排痰も可能なのである(鑑定事項5の理由)。 被告は,「経鼻的に排痰看護を実施した」と主張するが,鑑定人が経鼻的に排痰を行う必要性を指摘した(鑑定事項5の理由)ことに対応して出されてきたもので,主張の経過からして信用性がなく,また,「経鼻的方法による排痰」行為は,それ以前に提出されていた看護師らの報告書やJ婦長の証言などに全く表れておらず,到底認められないものである。 d 呼吸停止の前後の状況が判然としていないのであるが,看護師らの陳述を前提にすれば,J婦長が医師に相談しない やJ婦長の証言などに全く表れておらず,到底認められないものである。 d 呼吸停止の前後の状況が判然としていないのであるが,看護師らの陳述を前提にすれば,J婦長が医師に相談しないで転室の指示を出した。 亡Eの状態を前提にすれば,医師の判断を待って転室を決めるべきであり,看護師だけで移室を決めたということに,患者の安全を考えて行動する感覚の欠如を覚えるものである。 (ウ) 垂水病院の医師は,同日の亡Eの状態を見ても重症度の判定を行う意思がなかったのであれば,適切な呼吸管理ができる医療施設に転医させ,同人に適切な呼吸管理を受ける機会を与える必要があった。 (被告の主張)アレントゲン検査について(ア) 肺炎が疑われる場合,診断及び治療方法の選択において,胸部レントゲン検査が欠かせないことは,鑑定人の指摘するとおりである。したがって,本件でも,胸部の感染症が疑われ,抗生物質を投与し始めた平成6年9月5日ないし同月6日ころに,胸部レントゲン検査を実施すべきであったことは,被告も認めるところである。 しかし,仮にレントゲン検査を実施していたとしても,どのような検査結果が得られたか不明である。したがって,その検査によって,本件死亡の結果を回避できる処置として,どのような治療の選択が可能であったのかも判定し難い。それゆえ,レントゲン検査をしなかったことと亡Eの死亡との間の因果関係も,また不明である。 (イ) 鑑定人は,垂水病院においてもレントゲン撮影が可能であったと安易に意見を述べているが,その点に関しては,次の3点(abc)について検討しなければならない。 a 撮影の困難性 院においてもレントゲン撮影が可能であったと安易に意見を述べているが,その点に関しては,次の3点(abc)について検討しなければならない。 a 撮影の困難性亡Eは,入院措置の当初から,反抗的非協力的であり,入院当初,体重身長の測定すらできない状態で(乙1,23頁),入院してからは,徘徊したり,室内に排便したりするため(乙1,23頁),身体の拘束を必要とした(乙1,6頁)。そして,同月4日には,意味不明の発言があって,意思の疎通性が低下している状態であった(乙1,28頁)。したがって,他院で胸部レントゲン写真を撮ろうとしても,指示されたとおりに移動して特殊な姿勢を保持したり,深呼吸をして指定時間息を止めておく等,指示どおりに行動することなど全く不可能であり,車両に乗せて他院に移動したとしても,果たして適切な撮影が可能であったか否か,大いに疑問のあるところである。 b 移動の困難性同人は,当時,大離脱症候群の症状を呈しており,その程度も重度で,他院までの移動は大きな肉体的負担となって,生命の危険をある程度覚悟しなければできない状況にあった。その危険性との総合判断で,治療方針決定(薬剤の処方の決定)のために,他院まで往復を移動させてまで,レントゲン写真を撮らなければならなかったか否か,判断が難しいところである。この点は,専門医の現場における判断に委ねるしかないものと考える。 c 技師呼出しの困難性週1回来てもらっていたレントゲン技師(次回の出勤予定は同月10日であった。)は,他院に勤務中であり,半日をかけて垂水病院まで撮影に来てもらうと,当然,本来勤務していた病院での業務が半日休みとなって,当該病院の医療に いたレントゲン技師(次回の出勤予定は同月10日であった。)は,他院に勤務中であり,半日をかけて垂水病院まで撮影に来てもらうと,当然,本来勤務していた病院での業務が半日休みとなって,当該病院の医療に著しい支障が生じることは明白である。そのような支障を生じさせても,なお,その来院を求めなければならないほど亡Eの胸部レントゲン撮影が緊急を要するものであったか否かは検討を要する。この点についても,判断は難しい。 d 以上の事情を総合的に判断して,垂水病院としては,やむなくレントゲン写真撮影を技師の来院日まで待つこととして,同月5日から最もオーソドックスな呼吸器感染症に対する治療を始めたものであり,処置前の検査が完全ではなかったとしても,アルコール依存症に特有な事情もあって,決して社会的に許容されないほど違法な処置であったとはいえないものと考える。 e アルコール依存症の専門病院では,もう一つ問題がある。それは,医師はすべて精神科の専門医であり,内科医としての十分な訓練を受けていないということである。したがって,教科書に出てくるような典型的なレントゲン写真の映像であれば,肺炎か否か,重度か否かの判断はできるが,鑑定人が指摘するような事項,すなわち,どのような形の肺炎かを判断したり,肺炎の原因と病原体を推定すること,あるいは,非典型的な映像を適切に判読することなどは,内科の専門医でなければ不可能なことである。そのような事情もあって,仮に垂水病院でレントゲン検査を実施し,肺炎と確定診断しても,結局のところ,肺炎としての最もオーソドックスな治療を選択せざるを得ないのであり,まさに,垂水病院で行った治療(抗生物質の投与)は,そのオーソドックスな治療方法だったのである。 イ喀痰培養検査について オーソドックスな治療を選択せざるを得ないのであり,まさに,垂水病院で行った治療(抗生物質の投与)は,そのオーソドックスな治療方法だったのである。 イ喀痰培養検査について(ア) 肺炎が疑われた場合には,喀痰培養検査の結果を待つまでもなく,抗生物質の投与を開始しなければならない。 (イ) 喀痰培養検査を早期に行って起因菌を特定し,投薬を選択する方法も考えられるが,仮に垂水病院で同月6日に痰を検査に出しても,結果が判明するのに三,四日かかり,早くても同月9日(亡Eが心肺機能停止となった日)に判明することになる。それから投薬の処方を変更していても,当日に発生した心肺機能停止を回避することができないことは,抗生物質に即効性がないことから考えても容易に推定できることである。 (ウ) 日本医師会の「感染症の現況と対策」(乙21)106頁によると,肺炎については,市井感染,院内感染を問わず,セフェム系薬が第1選択薬であり(マイコプラズマ,クラミジア肺炎を除く。),サンセファールはセフェム系薬剤であるから,本件処方は文献と一致する選択である。 (エ) 同月12日に判明した喀出痰検査結果によると,検出されたのは緑色連鎖球菌だけである。緑色連鎖球菌は,口内常在菌であり,これを起因菌としてよいか否かは問題のあるところであるが,そのことはさておくとして,仮に同月6日ころに喀出痰検査を行ったとしても,同じ結果が得られた可能性が大きく,そうであれば,とりあえず次の2点についていうことができる。 a 緑色連鎖球菌が起因菌であれば,サンセファール(CPM)の薬効は(++)であり,ミノマイシン(MINO)も(+)であるから,投薬の処方は有効であったということができる。 a 緑色連鎖球菌が起因菌であれば,サンセファール(CPM)の薬効は(++)であり,ミノマイシン(MINO)も(+)であるから,投薬の処方は有効であったということができる。 b 緑色連鎖球菌が起因菌でなければ,他に起因菌となるべきものが検出されていないので,抗生物質の処方は,垂水病院で処方されたものと同じく,最もオーソドックスな処方を選択するのが妥当であるということになる。 (オ) 鑑定人は,遅くとも抗生物質の投与を開始して3日目にはその有効性を評価すべきであると述べ,「通常は2~3日間抗菌薬を投与した後に効果を判定」するという文献もあるが(甲6,58頁),「急性症は抗生物質投与開始3~4日後に効果判定に踏み切ってよ」い(甲3,112頁),あるいは,「効果判定は・・・3日~1週間をめどとして行」うという文献もあり(乙21,104頁),必ずしも3日目までに行うべきものとはされていない。 本件の場合,同月6日にサンセファールとミノマイシンの投与を開始し,3日目の同月8日に喀痰培養検査を指示して,4日目の同月9日に検査を実施したところ,薬効判定のいとまもなく,亡Eの症状が急変したものであるから,薬効判定のための培養検査が遅滞したために,同人の死亡の結果を招いたものということはできない。 ウ動脈血ガス分析(ア) K医師は,同月9日午前中,亡Eに緑色粘稠痰があって顔色不良であったから,重篤な呼吸不全を疑って,動脈血ガス分析を行い,呼吸不全の有無を判定すべきであった旨指摘している(甲7)。 しかし,内科専門医である鑑定人は,その必要を指摘していない。内科的には,このような場合に動脈血ガス分析をしなければならないとする臨床上の医療判断基準 旨指摘している(甲7)。 しかし,内科専門医である鑑定人は,その必要を指摘していない。内科的には,このような場合に動脈血ガス分析をしなければならないとする臨床上の医療判断基準はない。なお,「顔色不良」は,亡Eが最初に来院したときから見られた臨床所見であって(乙1,4頁),同日朝に初めて生じた所見ではないことに留意すべきである。 (イ) また,垂水病院には動脈血ガス分析器はなく,採血後外部業者に依頼するほかないが,仮に同日午前中に採血して検査に出していても,結果判明までに通常1日,急いでも半日はかかるから,同人の症状が急変した時には間に合わなかったであろう。 (ウ) 同日9日午前11時30分ころには,同人の呼吸状態に特に異常はなく(乙11),その他に動脈血ガス分析を必要とするような特段の臨床所見は認められなかったのであるから,同検査によって,高い確率をもって異常所見が得られたであろうと推認させる医学的根拠はない。 エ吸引処置について(ア) 患者が自力排痰できない場合は,吸引処置が行われる。亡Eの場合,自力排痰が全く不可能ではなかったが(同月9日午前11時30分ころにも自力排痰している。),排痰力が低下していたので,同月6日から排痰の介助を行い,同月8日から吸引処置を行ってきた。死亡原因が痰による気道閉塞であれば,吸引処置の適否が問題となる。 (イ) 鑑定人は,吸引処置や吸引の頻度は妥当であったと判断したうえで,「経口的吸引による排痰措置は最善の方法ではなかった」旨の意見を付している(鑑定書7頁6項)。 上記意見は,垂水病院で行われた吸引が経口的吸引だけで経鼻的吸引は行っていなかったという事実認定を前提とする。しかし,鑑定人は,垂水病院でどのような吸 かった」旨の意見を付している(鑑定書7頁6項)。 上記意見は,垂水病院で行われた吸引が経口的吸引だけで経鼻的吸引は行っていなかったという事実認定を前提とする。しかし,鑑定人は,垂水病院でどのような吸引処置が実施されていたのかを確認していない。 (ウ) 鑑定人も認めるとおり,どこの病院でも,通常は経鼻的吸引を行っており(鑑定書7頁14行目),垂水病院でも,通常どおり,経鼻的吸引を行っていた(乙23,24)。垂水病院では,従前から,経口的吸引と経鼻的吸引とを併用した吸引をルーティーンな処置として実施しており,その処置を単に「吸引」と称していたのである。 (エ) 鑑定人は,看護日誌に「吸引チューブをか」む(同月8日午前1時)とか,「吸引チューブをかみ(口腔内は)あまり吸引できず」(同月9日午後1時30分)と記載されているため,垂水病院では経口的吸引のみを実施していたものと早合点したものと思われるが,看護日誌の上記記載は,経口的吸引の際のトラブルを書いたものであって,経鼻的吸引を行っていないことを意味するものではなく,経鼻的吸引否定の論拠にはなり得ない。 (オ) 「気管内吸引のみによって気道内の分泌物を充分に除去することは通常困難である。」(鑑定書8頁)。したがって,亡Eの場合も,吸引処置により気道内分泌物を充分に除去できなかったとしても,そのことだけから手技上の過失があったということはできない。特に,吸引や体位ドレナージ等の排痰法には患者の協力が必要であるから,アルコール依存症患者で吸引に反抗的な場合には,なおさら手技者を非難し難いことになる。 オ転医義務について原告らは,亡Eを他院の内科に転院させるべきであったと主張する。しかし,アルコール依存症患者,特に振戦せん妄の さら手技者を非難し難いことになる。 オ転医義務について原告らは,亡Eを他院の内科に転院させるべきであったと主張する。しかし,アルコール依存症患者,特に振戦せん妄の重篤な患者は,徘徊したり,治療に反抗したり,汚染したりするため,一般病院では受け入れ難い。 同人には,同月4日以降も意味不明の発言があり,意思の疎通性も低下し,虫取り動作なども出現していたので,いまだタッチガードで身体を拘束されている状態であった。 このように重度なアルコール依存症である振戦せん妄には,一般病院では対処できないので,内科的疾患に関して,仮に他院で内科的治療を行うことが望ましい場合でも,転医は不可能な状況であった。 上記の事態は,制度や施設の不備等,第三者の責任に帰すべき問題ではなく,それほどまでに飲酒におぼれ込んだ同人の自己責任に帰すべき問題である。 (3) 損害の有無及びその額(争点(3))について(原告らの主張)ア逸失利益 1億0882万9426円(ア) 亡Eは,DXアンテナの下請けの仕事をしていたのであり,アルコール依存症の治療が終わり次第,再び上記の職に戻ることを予定していた。 したがって,平成4年度の賃金センサス第1巻第1表,企業規模計,学歴計,40歳男子の年間賃金(賞与も含む。)である647万6400円を基礎として,労働能力喪失期間を67歳までの27年間,新ホフマン係数を16.804として計算すると,1億0882万9426円である。 (イ)a 被告は,アルコール依存症患者の平均余命が短いので,労働可能期間を短くすべきであると主張している。 算すると,1億0882万9426円である。 (イ)a 被告は,アルコール依存症患者の平均余命が短いので,労働可能期間を短くすべきであると主張している。 しかし,アルコール依存症患者に対する治療は進歩しており,亡Eの場合は,家族の支援が確実に受けられる態勢にあったのであるから,同人の稼働期間,余命を確定的に推測できる状態にはない。 逸失利益算定の際に参考にされるべき事例として,植物人間となった交通事故被害者の例がある。判例タイムズ629号の特集においては,加害者側で植物人間になった人の余命が短いという主張があるが,多くの裁判例で稼働期間を67歳まで認めていること,理論的にもそうあるべきことが述べられている。本件でも67歳まで認められるべきである。 また,被告は,統計的数字を根拠としているが,どのような統計であるのか,サンプルの取り方に客観性があるのかどうかも不明である。家族の協力が得られる人を前提にした統計であるかどうかも不明である。このような統計上の数字を根拠に,被害者の余命を決め,損害賠償金額を低く認定することは許されないことである。 b 平均賃金を使用することが不適切であるという被告の主張も不当である。 亡Eは,アルコール依存症の治療を受けるために垂水病院に入院したのであり,治療の結果治れば,以前と同じように働くことができたと考えられるのである。 同人は,これまで,自らが働いて親子5人の生活を支えてきたのであり,平均賃金程度は充分稼ぐことができていたのであり,今後も同程度の収入を得ていた蓋然性は高いのである。 c アルコール依存症治療のために入院してい 子5人の生活を支えてきたのであり,平均賃金程度は充分稼ぐことができていたのであり,今後も同程度の収入を得ていた蓋然性は高いのである。 c アルコール依存症治療のために入院していた患者が後遺障害別等級2級の障害を負った事案に関する裁判例(大阪地裁平成4年12月18日判決・判例タイムズ841号)においても,稼働期間は67歳まで認め,賃金も平均賃金をもとに算出していることが参考とされるべきである。 イ付添看護費 617万4000円亡Eは,平成6年9月9日から平成10年10月24日まで,協和病院に入院した。原告Aは,平成6年9月9日から1か月間(30日)は泊まり込んで,同年10月10日から平成7年10月末日まで(365日)は毎日協和病院に通い,同年11月1日から平成9年12月末日までは平均して週4日間(338日),平成10年1月1日から同年10月24日までは平均して週3日間(296日)の割合で協和病院に通い,それぞれ亡Eに付き添い,看護した。なお,同人の状態が悪いときには,毎日通っていた。 したがって,付添いの実日数としては1029日間,1日当たり6000円として,617万4000円を請求する。 ウ協和病院における治療費 182万5601円亡Eの協和病院への支払は,合計182万5601円であった。 エ入院雑費 195万7800円1日1300円,死亡日までの1506日間分として195万7800円を請求する。 オ通院交通費 111万1320円上記イのとおり,原 1日1300円,死亡日までの1506日間分として195万7800円を請求する。 オ通院交通費 111万1320円上記イのとおり,原告Aは,付添看護のため,1029回協和病院に行ったから,片道540円として,111万1320円を請求する。 カ亡Eの慰謝料 3000万円亡Eが治療のために入院していながら意識が回復せず,運動能力も全くなくなるような状態に陥ったこと,一家の支柱として働くべき立場と責任を負っていたこと,子らがいまだ学生であり,これから父親としてその教育全般に対して責任を持っているとともに,その成長を心から期待していたことなどを考えると,同人の慰謝料は少なくとも3000万円が相当である。 キ原告A固有の慰謝料 300万円原告Aは,数日もすれば夫である亡Eとの面会ができるようになるという説明を聞いていたので,再三面会の申入れをしていたが,理由の説明もないまま面会を断られ,平成6年9月9日に突然に同人が呼吸停止の状態になった,協和病院に入院させるという連絡を受けたのである。被告が開設する医療機関を信用してアルコール依存症の治療を任せていたにもかかわらず,上記に述べたような経過で亡Eに再会することとなり,その日以降同人が死亡するまでの間,意識の戻らない同人の付添いの日々を続けていたし,また,子らの生活の世話をしているのである。 このような状態を考慮すれば,妻である原告A固有の慰謝料は少なくとも300万円が相当である。 ク弁護士費用 1000万円弁護 このような状態を考慮すれば,妻である原告A固有の慰謝料は少なくとも300万円が相当である。 ク弁護士費用 1000万円弁護士費用としては,1000万円が相当である。 ケ本件訴訟における請求(ア) 亡Eの損害については,上記アからオまでの合計1億1989万8147円のうち7700万円,上記カの3000万円,上記クの1000万円の合計1億1700万円の請求債権がある。 同人の相続人は,原告ら4名であり,上記請求債権につき,原告Aが2分の1,その余の原告らが各6分の1ずつ相続したから,原告Aが5850万円を,その余の原告らが各1950万円をそれぞれ請求する。 (イ) 原告Aは,上記(ア)の5850万円及び上記キの300万円の合計6150万円を請求する。 (被告の主張)ア逸失利益について(ア) 社会復帰の蓋然性a 統計的社会復帰率(a) アルコール依存症患者が社会復帰し,継続的に就労するためには,断酒することが不可欠であり,断酒と社会的適応とは平行関係にあるものといわれている(乙2,271頁)。 (b) 信頼し得る調査結果(乙2,269頁,273頁)によれば,アルコール依存症の断酒率は,およそ20パーセントである。したがって,特段の事由がない限り,アルコール依存症の患者が社会復帰して就労できる蓋然性(60パーセント以上の可能性)は認められない。 b 亡Eの特別事情特に,亡Eの場合においては,通常のアルコール離脱症候群を超えた病態である重篤な振戦せん パーセント以上の可能性)は認められない。 b 亡Eの特別事情特に,亡Eの場合においては,通常のアルコール離脱症候群を超えた病態である重篤な振戦せん妄の状態にあり,かつ,アルコール依存症の治療に対して著しく消極的で,最後まで治療に反抗的であったことから判断して,同人の社会復帰の可能性は,平均的社会復帰率より著しく低いものというべきであろう。 よって,同人の場合には,上記一般的傾向に加えて,逸失利益を算定し難い特段の事情もあるということができる。 (イ) 平均賃金の不当性一般論として,同人の逸失利益を算定する場合には,同人のアルコール依存症前の実際の収入に基づいて算定すべきである。本件において,実収入の証拠の提出がないことは,実収入が平均的賃金よりも低額であることの証左である。その場合に,安易に平均賃金を用いるべきではない。 よって,同人に関して逸失利益を試算する場合には,中卒者男子39歳平均賃金の80パーセントをもって算定するしかないであろう。そして,収入が低額であるから,自己の生活費も50パーセントとすべきである。 以上は一般論であり,実際には,同人の場合,逸失利益は認められない。 (ウ) 休業損害上記諸事情のもとにおいては,同人が入院して死亡するに至るまでの間においても,社会復帰し,復職して,相応の収入を得たであろう蓋然性は到底認め難いので,休業損害も発生しない。 イ慰謝料の算定について(ア) 亡Eは,平成4年ころから飲酒量が増加し,平成5年暮れにアルコール依存症治療のために小原病院に入院しながら,勝手に帰宅 損害も発生しない。 イ慰謝料の算定について(ア) 亡Eは,平成4年ころから飲酒量が増加し,平成5年暮れにアルコール依存症治療のために小原病院に入院しながら,勝手に帰宅して治療を中断し,その後,原告Aの勧めにもかかわらず,治療を拒否し続け,平成6年7月末ころからは,ついに就労もできなくなって,1日中飲酒をするようになり,幻覚を訴えたり,家庭で暴力をふるうなど,社会生活及び家庭生活に著しく支障をきたすに至っていた。そのような状況になって,亡Eの親族も放置し難くなり,亡Eの妻や兄弟は,亡Eを連れて垂水病院を訪れたものである。しかし,同人が入院治療に同意しなかったため,同行した家族の強い要望で強制的な措置入院となった。 入院後,亡Eのアルコール離脱症状は,生命に危険のある振戦せん妄に移行し,その症状が本件心肺機能停止の時まで継続しており,重度のアルコール離脱症状が同人の心肺機能急変の原因であった可能性は大きい。 (イ) アルコール依存症となった者のその後の死亡率は,通常人の3倍に及ぶものといわれており,ある研究によると,入院した時点から10年間の死亡率は40~50パーセントにも達するとする報告がある(乙2,270頁)。また,アルコール依存症患者の平均寿命は52~53歳であるとの報告もある。 (ウ) そして,アルコール依存症の患者が酒を断って社会復帰するのは,一般的に非常に困難であり,特に同人のように,重篤な依存症患者で,治療に消極的かつ反抗的な者の社会復帰はほとんど不可能に近いものであることは前述したとおりであるから,仮に同人が垂水病院で心肺機能停止となって死亡しなかったとしても,アルコール依存症による身体的障害や生活障害,家庭障害が永続し,一生涯そのような苦境か に近いものであることは前述したとおりであるから,仮に同人が垂水病院で心肺機能停止となって死亡しなかったとしても,アルコール依存症による身体的障害や生活障害,家庭障害が永続し,一生涯そのような苦境から脱出し得なかったであろうし,家族も苦労を重ねて,結局は家庭崩壊に至らざるを得なかったものと推測される。 (エ) 本件においては,以上のようなアルコール依存症患者特有の事情を考慮して,本人及び家族の慰謝料を算定すべきである。アルコール依存症患者が治療中に死亡した例で,死亡慰謝料を1000万円と算定した事例があり,前例として参考となる(大阪地判平成6年10月20日・判例タイムズ890号220頁)。 ウその他の損害について治療費については不知であり,その他の損害についても全て争う。 亡Eは,本件心肺機能停止後死亡するまでの間,植物状態で生活していたものであり,生命維持のための処置は医療機関において全て行っており,治療上家族の看護を要する状況にはなかった。そして,生命維持に必要な費用は,これも全て治療費で賄われており,入院雑費もほとんどかかっていない。また,同人が通院したことはなく,通院交通費も支出していない。 (4) 過失相殺の可否(争点(4))について(被告の主張)ア前記(3)(被告の主張)イのとおり,亡Eのアルコール離脱症状(振戦せん妄状態)は,同人の長期にわたる過度の飲酒により生じたものであり,かつ,治療に消極的・反抗的なために陥った重篤な依存性疾患であって,心肺機能停止のきっかけが何であったにせよ,同人の無謀な飲酒及び治療拒否による著しい全身機能の衰弱が最も重大な要素として寄与していたことは争い得ない事実である。 イそして,鑑定 あって,心肺機能停止のきっかけが何であったにせよ,同人の無謀な飲酒及び治療拒否による著しい全身機能の衰弱が最も重大な要素として寄与していたことは争い得ない事実である。 イそして,鑑定人ですら,痰による気道閉塞が死因であるか否かは決め難い(直接の死因を確定することは困難である。鑑定事項6)と意見を述べているのであるから,気道閉塞が直接の死因と断定できないことは明白なところであるが,仮に病院側の処置が原因で死亡したと仮定するならば,亡Eがチューブを固くかんだり,看護師を殴る格好をする等,吸引処置を妨害したことも,本件結果に寄与していることになる。 ウ仮に垂水病院の肺炎に対する治療に何らかの問題があり,かつ,そのことが死亡の結果と相当因果関係にあるとしても,同人が死亡に至った決定的な要因は,重篤なアルコール依存症による全身衰弱にあり,肺炎を併発したのもアルコール依存症に起因するものであるから,治療行為の死亡に対する寄与率はごく僅少なものである。 エ以上の事情を考慮して,仮に垂水病院に何らかの過失があったとしても,損害の公平な分担の見地から,同人の死亡に基づく損害の90パーセントを減額するのが相当であると考える。 上記裁判例((3)(被告の主張)イ(エ))において,アルコール依存症患者が医師の投薬ミスで死亡した場合に,アルコール依存症に陥った患者の責任を70パーセントと評価して過失相殺しており,本件における同人の過失の程度は,上記事例よりも重大であるということができる。 (原告らの主張)被告の過失との関係では,亡Eには何の落ち度もない。チューブをかむ,看護師を殴る格好をしたということについては,半覚せい状態下で,生理的な反発として取った行為なのであり,過失相殺 )被告の過失との関係では,亡Eには何の落ち度もない。チューブをかむ,看護師を殴る格好をしたということについては,半覚せい状態下で,生理的な反発として取った行為なのであり,過失相殺の理由とするのは不適当である。 第3 当裁判所の判断 1 呼吸停止の原因(争点(1))について(1) 前記争いのない事実等及び証拠(甲2,乙1,3,7,9ないし11,17,証人H,証人J,原告A本人)によれば,次の事実が認められる。 ア亡Eは,平成6年8月31日午前9時ころ,垂水病院を受診し,精神保健指定医であるFの診察を受けたところ,アルコール依存症と診断されたが,入院を拒否したため,原告Aら家族の同意に基づき,医療保護入院の処置がとられた。 イ同年9月2日午後10時ころ,亡Eの両口角の周囲に泡沫状の唾液が流出していた。同日午後11時ころ,同人の頸部に泡沫様の唾液が流出しており,その咽頭に軽度の「ゴロ音」があったので,多量の唾液が吸引され,その中に黄色粘稠痰も認められた。 ウ同月3日午前2時ころ,同人の口周辺が唾液で汚れていたが,「ゴロ音」はなかった。同人は,同日午前3時ころ,貯痰音があったので,排痰を促されて,これに応じ,淡黄色粘稠痰を喀出した。そして,同人は,同日午前4時ころ,排痰介助を受け,多量の淡黄色痰を喀出したが,同日午前5時30分ころ,排痰介助を受けて,これに応じ,同日午後6時ころ,排痰を促されて,多量の白色粘稠痰を喀出し,同日午後11時ころにも,多量の白色粘稠痰を喀出した。 エ同人は,同月4日午前5時30分ころ,多量の白色痰を喀出し,同日午後6時ころ,貯痰音があり,側臥位で排痰介助を受け,泡沫状の白灰色のものを喀出した。 オ同人は,同月5日午後4時20分ころ, 人は,同月4日午前5時30分ころ,多量の白色痰を喀出し,同日午後6時ころ,貯痰音があり,側臥位で排痰介助を受け,泡沫状の白灰色のものを喀出した。 オ同人は,同月5日午後4時20分ころ,貯痰音が持続し,自力で痰を喀出することができなかったので,排痰介助のため,ギャッジベッドのある病室に移された。 カ同人は,同月6日午前5時30分ころ,痰を喀出することができなかった。同人は,同日午前10時ころ,貯痰音があった。同人は,同日午後6時ころ,軽度の「ゴロ音」があった。 キ同人は,同月8日午前1時ころ,その咽頭に「ゴロ音」が強くあり,多量の泡沫様の唾液が吸引された。その際,同人は,拒否気味で,吸引チューブをかんでなかなか離そうとしなかったため,看護師が説明したところ,亡Eは,吸引に応じた。同人は,同日午前2時ころ,その咽頭に「ゴロ音」があった。同日午前5時30分ころ,同人の口角から泡沫様の唾液が流出し,「ゴロ音」があった。同人は,同日午前10時ころ,その咽頭に「ゴロ音」があり,自力で排痰ができなかったので,吸引したところ,少量の泡沫様のものが吸引された。同人は,同日午前11時30分ころ,黄色痰を喀出した。同人は,同日午後4時30分ころ,痰がからみ,その咽頭に「ゴロ音」があった。 ク同月9日午前1時ころ,同人が排痰介助を受けた際,アイスノンを包んでいたタオルが同人の緑黄色粘稠痰で汚染されていた。同人は,その咽頭に「ゴロ音」があった。同人は,同日午前2時ころ,「ゴロ音」が持続し,その口の周囲に緑色がかった痰様のものを付けていた。同人は,同日午前5時30分ころ,その口腔内に泡沫状の痰あるいは唾液様のものが貯留していたため,これを吐き出すように促されたものの,理解できない様子であったため,吸引を受けたが,カテ を付けていた。同人は,同日午前5時30分ころ,その口腔内に泡沫状の痰あるいは唾液様のものが貯留していたため,これを吐き出すように促されたものの,理解できない様子であったため,吸引を受けたが,カテーテルを固くかんだため,看護師の思うように吸引できなかった。 亡Eは,同日午前6時ころ,ギャッジベッドで排痰介助を受けたが,指示に応じることができなかったので,その口腔内の白色泡沫状のものをちり紙で拭き取るようにしてかき出された。同人は,同日午前7時ころ,半覚せい状態が続き,声をかけられても応答できなかった。同人は,同日午前11時30分ころ,咽頭貯痰音が著明であったため,吸引を受け,その際,拒否的な態度で看護師を殴る格好をしたが,少量の白色痰が吸引された。枕元に亡Eの痰が流出していた。同人は,同日午後1時30分ころ,貯痰音があったので,白色粘稠痰が吸引されたが,吸引チューブをかんだため,あまり吸引できなかった。 ケ同人は,同日午後1時40分ころ,呼吸が停止したので,気道確保,酸素吸入や心臓マッサージなどの蘇生術を受け,痰が吸引された。同人は,同日午後2時40分ころ,自発呼吸を回復したものの,意識は回復しなかった。同人は,貯痰音があったので,吸引を受けた。同人は,同日午後3時30分ころ,救急車で協和病院に搬送されたが,その搬送中,貯痰音や「ゴロ音」があった。同人は,協和病院において,肺炎と診断され,また,多量の排痰があった。その際の白血球数は2万8300(基準値4000~8500)で,好中球も増多しており,著しい炎症所見を示していた。X線の検査によると,肺は真っ白な状態で,肺炎は重症であった。 コ同人は,平成7年4月10日,協和病院において,脳の低酸素を原因とする植物状態,四肢体幹筋麻痺と診断され,同月11日,症状固定に至っ よると,肺は真っ白な状態で,肺炎は重症であった。 コ同人は,平成7年4月10日,協和病院において,脳の低酸素を原因とする植物状態,四肢体幹筋麻痺と診断され,同月11日,症状固定に至った。 (2)ア上記認定のとおり,亡Eは,同月2日夜から多量の唾液を排出し,同月3日からは多量の粘稠痰を排出し始めたこと,同月2日からその咽頭の「ゴロ音」や貯痰音が継続してみられたこと,同月4日から自力で痰を喀出することが困難となって,排痰介助を受け,同月8日からは唾液あるいは痰の吸引を受けるに至ったこと,同月9日には吸引チューブをかんだため,充分に唾液あるいは痰の吸引ができなかったこと,同日午前7時ころ,半覚せい状態が続いていたこと,呼吸停止後,痰が吸引され,また,貯痰音や「ゴロ音」があったこと,搬送先の協和病院において,肺炎と診断され,また,多量の排痰があったことを総合すると,同日午後1時40分ころの同人の呼吸停止の原因は,気道分泌が亢進したことにより気道が閉塞したことにあると推認することができる。 同人の主治医であった証人Hは,亡Eが気道内の分泌物が非常に亢進する状態にあったこと,意識障害があり,喀痰の十分な喀出が困難であったことから,気道が閉塞し,呼吸停止に至った旨証言するところ,これは,上記推認に沿うものである。 イなお,被告は,亡Eが同月8日午前11時30分に痰を自力喀出し,同月9日午前11時30分にも自力排痰しているので,同人には全く自力排痰能力がないわけではない旨主張する。また,病床日誌等(乙1)中の看護日誌の同月9日午前11時30分の欄には,看護師「L」のサインとともに「自分で枕元に痰を吐いている。」との記載があり,経過報告書(L)(乙11)には,「枕元のシーツに白い痰(ハッキリわかる程度の 看護日誌の同月9日午前11時30分の欄には,看護師「L」のサインとともに「自分で枕元に痰を吐いている。」との記載があり,経過報告書(L)(乙11)には,「枕元のシーツに白い痰(ハッキリわかる程度の量)を1ヶ,吐いているものを(飛ばしている感じ)吸引を行った後で,見つけて,自力排痰ができる事を確認しています。」との記載がある。 しかしながら,上記認定のとおり,亡Eは,同月8日,2回吸引を受けたのであるから,同日午前11時30分ころに自力で痰を喀出していたとしても,自力で痰を喀出することが困難となりつつあったことには変わりない。 また,上記看護日誌の「自分で枕元に痰を吐いている。」との記載は,上記経過報告書の記載内容に照らすと,Lが枕元のシーツに白い痰があるのを見つけて,亡Eが自分で痰を吐いたものと判断したことを示すものにすぎず,痰が吸引の際にこぼれる等自力によらずに流出した可能性を否定することはできないから,上記看護日誌の上記記載をもって,同人が同月9日午前11時30分ころに自力で痰を喀出することができたということはできない。 (3) 鑑定人は,鑑定書において,亡Eの呼吸停止の原因について,痰による窒息のほか,低酸素血症,高二酸化炭素血症又はその双方の並存による自発呼吸の停止の可能性が考えられるし,また,脳血管障害による呼吸中枢の障害も完全には否定できないとして,同人の呼吸停止の原因を確定できないと述べている。 しかしながら,鑑定人は,低酸素血症や高二酸化炭素血症については,その根拠として,看護日誌上の「顔色不良」との記載を挙げるのみであるところ,これは,低酸素血症や高二酸化炭素血症に特有の徴候とはいえないから,上記の記載があることをもって,亡Eの呼吸停止の原因が低酸素血症や高二 て,看護日誌上の「顔色不良」との記載を挙げるのみであるところ,これは,低酸素血症や高二酸化炭素血症に特有の徴候とはいえないから,上記の記載があることをもって,亡Eの呼吸停止の原因が低酸素血症や高二酸化炭素血症のみにある可能性が高いとはいえず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 また,鑑定人は,脳血管障害については,その根拠として,協和病院の診療録に「共同偏視」の記載があることを挙げるが,亡Eが協和病院で診療を受けたのは,呼吸停止に基づく低酸素症によって脳に障害が発生した後の時期であるから,その際の症状が同人の呼吸停止の原因の根拠とはなり得ないし,鑑定人は,他方において,垂水病院の診療録や看護日誌にはその記載がなく,心肺蘇生の後自発呼吸が出現したことから,この可能性は低いと推定されるとも述べているところであり,いかなる原因で脳血管障害が生じたのかも鑑定書上明らかでない本件のもとでは,上記の記載のみをもって,亡Eの呼吸停止が脳血管障害による呼吸中枢の障害によるものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 なお,鑑定人が亡Eの呼吸停止の原因を確定できないと述べている趣旨は,医学上,痰による窒息のほかに他の原因が考えられるということにあるが,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することである(最高裁判所昭和48年(オ)第517号同50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)から,上記説示のとおり,他の原因を窺わせる証拠はない以上,医学上他の原因の可能性をまったく否定できないということのみで,同人の症状の経過からすると明白な上記(2)の推 民集29巻9号1417頁参照)から,上記説示のとおり,他の原因を窺わせる証拠はない以上,医学上他の原因の可能性をまったく否定できないということのみで,同人の症状の経過からすると明白な上記(2)の推認は妨げられないというべきである。 (4) 被告は,亡Eの死亡原因として,アルコール依存症による衰弱(振戦せん妄)も考えられると主張する。 しかしながら,原告らは,本件において,亡Eの呼吸停止により後遺障害が生じるに至ったことによる損害の賠償を求めているのであるから,同人の呼吸停止により後遺障害が生じるに至った原因を問題とすべきであって,同人が振戦せん妄により死亡したか否かを問題とするのは,本件において意味がない。 加えて,証人Hの証言によれば,アルコール離脱症状として自律神経が亢進することにより気道分泌も亢進するというのであるから,アルコール依存症が亡Eの呼吸停止に寄与したとしても,そのことは,同人の呼吸停止の原因は気道分泌が亢進したことにより気道が閉塞したことにある旨の上記推認を覆すものではない。 (5) 垂水病院の現院長であるM作成の陳述書(乙25)には,①吸引を実施しているなかで,急速な気道閉塞のみで呼吸停止をきたして死亡するということは考えにくく,また,②比較的急速な完全気道閉塞による窒息であれば,気道に詰まった痰を排出しない限り,蘇生しないところ,心肺蘇生術によって,意識は回復しなかったものの,心肺機能が回復したことからすると,亡Eは,アルコール離脱症状によって心臓の機能が著しく低下している状況で,肺炎による呼吸困難が心臓への負荷となって,まず心不全を起こし,同時に呼吸停止に至ったことが強く疑われる旨の記載がある。 しかしながら,①については,上記認定のとおり,同人は,同月9日 肺炎による呼吸困難が心臓への負荷となって,まず心不全を起こし,同時に呼吸停止に至ったことが強く疑われる旨の記載がある。 しかしながら,①については,上記認定のとおり,同人は,同月9日,気道分泌が亢進していたのに,充分に唾液あるいは痰の吸引ができなかったのであるから,吸引を一応実施していたからといって,気道が閉塞した可能性を否定することはできない。また,②についても,上記認定のとおり,同人の呼吸停止後,痰が吸引されたのであるから,その前提を欠き,気道分泌が亢進したことにより気道が閉塞したこととその後心肺機能が回復したことは矛盾するものではない。そして,同人が呼吸停止に至る前に心不全を起こしたことを窺わせる証拠はない。 そうすると,上記陳述書は,同人の呼吸停止の原因は気道分泌が亢進したことにより気道が閉塞したことにある旨の上記推認を覆すものではなく,他にこれを覆すに足りる証拠はない。 2 過失(債務不履行)の有無(争点(2))について(1) 呼吸管理における過失(債務不履行)の有無についてア上記認定説示のとおり,亡Eの呼吸停止の原因が気道分泌が亢進したことにより気道が閉塞したことにあるとすれば,被告側の過失あるいは債務不履行の有無を判断するに際し,そのような結果を予見することが可能であったか否か,そのような結果を回避することが可能であったか否か,被告側がそのような結果を回避するための適切な措置を取ったか否かが問題となるから,以下順次検討する。 イ結果予見可能性について(ア) 前記争いのない事実等,証拠(乙1,3,9,13,証人H)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 a 亡Eの体温は,平成6年8月31日午後6時ころ,36.2度 (ア) 前記争いのない事実等,証拠(乙1,3,9,13,証人H)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 a 亡Eの体温は,平成6年8月31日午後6時ころ,36.2度であり,同年9月1日午前5時30分ころは37.0度,同日午後6時ころは37.3度,同月2日午前5時30分ころは37.2度であったが,同日午前11時15分ころ,38.8度にまで上昇し,メチロンの投与を受けた。その後,同人の体温は,同日午後1時30分ころは38.4度,同日午後3時ころは37.9度,同日午後6時ころは37.6度,同日午後10時ころは37.1度,同月3日午前5時30分ころは37.2度とやや低下したものの,同日午後2時ころ,38.1度にまで上昇した。その際,同人は,ボルタレンの投与を受けたため,同人の体温は,同日午後6時ころ,36.7度に低下したものの,同月4日午前5時30分ころ,38.4度にまで上昇した。同人は,同日午前11時ころ,ボルタレンの投与を受けたため,同人の体温は,同日午後1時30分ころ,36.2度に低下したが,同日午後6時ころは37.7度となり,同月5日午前5時30分ころ,38.7度にまで上昇した。同人は,同日午前8時ころ,ボルタレンの投与を受けたため,同人の体温は,同日午後1時30分ころ,36.5度に低下した。 b 同人は,同月2日午後6時ころ,咳嗽があった。同人は,同月4日午前10時ころ及び同月5日午前5時30分ころ,いずれも時々咳嗽があった。同人は,同日午後1時30分ころ,咳嗽が持続していた。 cHは,同日午後3時ころ,亡Eを診察したところ,肺の呼吸音がやや荒かったことから,分泌が増加しているのではないかとの疑いを持ち,また,熱が続いていることと咳が取れないことをも併せ考慮して,感 cHは,同日午後3時ころ,亡Eを診察したところ,肺の呼吸音がやや荒かったことから,分泌が増加しているのではないかとの疑いを持ち,また,熱が続いていることと咳が取れないことをも併せ考慮して,感染症,ことにマイコプラズマ肺炎を疑って治療しようと考え,看護師に対し,ミノマイシン及びニフラン各2錠を3日間投与するように指示した。 d 亡Eの体温は,同日午後6時ころは37.3度,同月6日午前5時30分ころは38.2度であった。 e 同人は,同月5日午後4時20分ころ,咳嗽があり,同日午後4時30分ころ,時折軽い咳嗽が,そして,同月6日午前5時30分ころにも,咳嗽がそれぞれあった。 fHは,同日午前10時ころ,亡Eを診察したところ,前日ミノマイシンを投与したにもかかわらず,翌日また発熱があったので,気管支炎や肺炎を想定して,本格的に治療をしなければならないと考え,看護師に対し,サンセファールの投与を指示した。 g 亡Eの体温は,同日午後6時ころは38.0度,同月7日午前5時30分ころは38.6度,同日午後1時30分ころは38.2度,同日午後6時ころは37.8度であった。 h 同人は,同月6日午前10時ころ,咳嗽があり,同日午後4時30分ころには,咳がひどかった。同人は,同日午後6時ころ,時々咳嗽があり,同月7日午前5時30分ころ,咳嗽が持続していた。同人は,同日午後4時30分ころ及び同日午後6時ころ,いずれも時々咳嗽があった。 iHは,同月7日,翌日休む予定であったので,看護師に対し,同月8日からミノマイシン2錠を4日間投与するように指示するとともに,喀痰の培養,同定,感受性テストのため,同日に喀痰を提出するように指示した。 7日,翌日休む予定であったので,看護師に対し,同月8日からミノマイシン2錠を4日間投与するように指示するとともに,喀痰の培養,同定,感受性テストのため,同日に喀痰を提出するように指示した。 j 亡Eの体温は,同日午前5時30分ころは38.0度,同日午後1時30分ころは37. 6度,同日午後6時ころは38.4度,同日午後8時ころは37.4度,同月9日午前5時30分ころは37.3度であった。 k 同人は,同月7日の昼食時,嚥下困難が認められた。同人は,同月8日から,ほとんど食事の経口摂取ができなくなった。同人は,同月9日午前7時ころ,半覚せい状態が続き,声をかけられても応答できなかったので,食事をすることができなかった。 lHは,同日午前9時ころの看護申し送りの際,亡Eに意識障害があることを聞いていた。また,Hは,看護師から,亡Eは,痰が多く,顔色不良で,食事を十分摂取できていないとして,同人の診察を依頼された。 mHは,同日午前10時すぎころ,亡Eを診察したところ,同人は,意識障害があったため,Hの質問に対して,きちんとした返事をすることができなかった。Hは,同日午前10時30分ころ,看護師に対し,補液を追加するように指示した。 (イ) 上記認定のとおり,Hは,同月5日,亡Eの肺の呼吸音がやや荒かったことから,分泌が増加しているのではないかとの疑いを持ち,また,熱が続いていることと咳が取れないことをも併せ考慮して,感染症,ことにマイコプラズマ肺炎を疑って治療しようと考えたこと,同月6日午前10時ころ,前日ミノマイシンを投与したにもかかわらず,翌日また発熱があったので,気管支炎や肺炎を想定して,本格的に治療をしなければならないと考えたこと,同月9日午前 ようと考えたこと,同月6日午前10時ころ,前日ミノマイシンを投与したにもかかわらず,翌日また発熱があったので,気管支炎や肺炎を想定して,本格的に治療をしなければならないと考えたこと,同月9日午前9時ころ,同人に意識障害があることや痰が多いことを聞いたこと,同日午前10時すぎころ,同人に意識障害があることを確認したことなどを総合勘案すると,Hは,遅くとも同日午前10時すぎころまでには,肺炎等の感染症等により亡Eの気道分泌が亢進していることを認識し,かつ,同人が意識障害により自力で痰を喀出することが著しく困難であったことを認識していたものと認められる。 そうであるとすれば,Hは,亡Eの気道分泌が亢進することにより気道が閉塞し,呼吸停止に至ることを予見することは可能であったと認められる。 ウ結果回避可能性について(ア) 証拠(鑑定の結果)によれば,経口的吸引では,口腔内の分泌物の吸引は可能であるが,吸引チューブの先端を気管内に到達させることが困難であるため,気管内の吸引は非常に困難であること,経鼻気管内吸引では,気管内及び気管支の一部の吸引も可能であること,通常は経鼻気管内吸引が行われることが認められる。 そうであるとすれば,亡Eの気道分泌が亢進していたとしても,経鼻気管内吸引を行っていれば,同人の気管内及び気管支の一部の吸引を行うことができたのであるから,同人の気道が閉塞して,呼吸停止に至ることを回避することは可能であったと認められる。 したがって,被告側は,亡Eの呼吸停止の結果を回避するため,経鼻気管内吸引を行うべき注意義務を負っていたものというべきである。 (イ) 鑑定人は,鑑定書において,挿管チューブの使用による気道確保を行わ 側は,亡Eの呼吸停止の結果を回避するため,経鼻気管内吸引を行うべき注意義務を負っていたものというべきである。 (イ) 鑑定人は,鑑定書において,挿管チューブの使用による気道確保を行わずに,経鼻気管内吸引のみによって気道内の分泌物を充分に除去することは通常困難であるから,吸引手技と吸引装置の能力を超えて喀痰量が多い場合は,痰による窒息の結果,呼吸停止に至る可能性があるし,また,熟練者が経鼻的にチューブの挿入を行っても,左気管支への到達は難しいから,肺炎によって呼吸機能の低下が存在する場合,右気管支の吸引がほぼ完全に行われていても,左気管支の痰による閉塞によって,著しい低酸素血症をきたし,呼吸停止に至ることは可能性として考えられると述べている。 しかしながら,本件において,吸引手技と吸引装置の能力を超えて喀痰量が多かったため,経鼻気管内吸引のみによって気道内の分泌物を充分に除去することが困難であったとか,右気管支の吸引がほぼ完全に行われたとしても,左気管支の痰による閉塞によって,著しい低酸素血症をきたしていたというような特段の事情を窺わせるに足りる証拠はないから,これらの事情があったために,仮に経鼻気管内吸引を行ったとしても,亡Eの呼吸停止の結果を回避することはできなかったとは窺えない。 エ Hの過失,相当因果関係及び被告の使用者責任について(ア) 証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,垂水病院の看護師は,亡Eの唾液あるいは痰を吸引する際,終始経口的吸引しか行わず,経鼻気管内吸引を行ったことはなかったことが認められる。 そして,Hは,垂水病院の院長という立場上,看護師が経鼻気管内吸引を行っていなかったことを認識していたと推認することができる。 ことはなかったことが認められる。 そして,Hは,垂水病院の院長という立場上,看護師が経鼻気管内吸引を行っていなかったことを認識していたと推認することができる。 そうであるとすれば,Hは,上記注意義務(ウ(ア))に照らし,遅くとも平成6年9月9日午前10時すぎころまでには,看護師に対し,亡Eの唾液あるいは痰を吸引する際には,経鼻気管内吸引を行うように指示すべき注意義務を負っていたのに,これを怠った過失があると認められる。 (イ) 上記1(1)クで認定したとおり,同人は,Hの上記注意義務が発生した後である同日午前11時30分ころ,吸引を受け,その際,拒否的な態度で看護師を殴る格好をしたが,少量の白色痰が吸引され,また,同日午後1時30分ころ,白色粘稠痰が吸引されたが,吸引チューブをかんだため,あまり吸引できなかったところ,仮にHが事前に看護師に対して経鼻気管内吸引を行うように指示していれば,看護師が経鼻気管内吸引を行うことにより,経口的吸引では充分に除去することができない亡Eの気管内及び気管支の一部にある分泌物を除去することができたものと考えられるから,Hが上記注意義務を尽くすことにより,亡Eの気道が閉塞せず,呼吸停止に至らなかったであろうことを是認し得る高度の蓋然性があったと認められる。 したがって,Hの上記過失と亡Eの呼吸停止との間には,相当因果関係があると認められる。 なお,同人が吸引に拒否的な態度を取ったり,吸引チューブをかんだりしたことは,経鼻気管内吸引を行うことを妨げるほどの事情であるとは考えられない。 (ウ) そして,被告の被用者であるHが被告の事業の執行につき亡Eに損害を加えたものであることは明らかである とは,経鼻気管内吸引を行うことを妨げるほどの事情であるとは考えられない。 (ウ) そして,被告の被用者であるHが被告の事業の執行につき亡Eに損害を加えたものであることは明らかであるから,Hの使用者である被告は,民法715条1項により,その損害を賠償する責任を負うものというべきである。 (エ)a これに対し,被告は,垂水病院で経鼻的吸引を行っていたと主張し,これに沿う証拠(乙24ないし26)がある。 b しかしながら,上記看護日誌には,「カテーテルを堅く噛んで思うように引けない」(同日午前5時30分の欄)とか,「吸引チューブをかみあまり吸引出来ず」(同日午後1時30分の欄)という記載があるところ,これらが経口的吸引を行うにとどまったことを示すことはその文言上明らかである。仮に経口的吸引では充分に吸引ができなかったため,更に経鼻気管内吸引を行ったのであれば,その旨を併せて記載するはずであるが,そのような記載はない。 c 鑑定人が当裁判所に鑑定書を提出する前に提出された連絡書(N)(乙9)には,「思うように引けないと書いたことについては,カテーテルを噛むので,咽頭部分の痰の吸引が十分できなかったので,そこも十分吸引できればよかったのにという思いから,書いたものと思います。」と記載されている。 また,被告は,鑑定人が当裁判所に鑑定書を提出する前である平成11年2月17日の本件弁論準備手続期日において,平成6年9月9日午後1時30分の吸引について,「原告Eは絶えず吸引チューブをかむのでスムーズに処置できず,咽頭部をもう少し吸引できればよかったのにという心残りがあって,O看護婦は看護日誌に「あまり吸引できず」とメモを残した。」とか,「痰の吸引に際しては,口 ず吸引チューブをかむのでスムーズに処置できず,咽頭部をもう少し吸引できればよかったのにという心残りがあって,O看護婦は看護日誌に「あまり吸引できず」とメモを残した。」とか,「痰の吸引に際しては,口を開いたり呼吸をしばらく辛抱したり,不快感にたえて動かないようにするなど,患者の協力が不可欠であり,原告柳のように絶えずチューブをかんで吸引を妨害するような事例はほとんど無い。」と主張した。 これらの記載や主張は,いずれも経口的吸引を行うにとどまり,経鼻気管内吸引を行わなかったことを示すものにほかならない。 d これに対し,J作成の報告書(乙24)には,垂水病院には吸引をする際の看護手順(乙23)が定められており,その吸引手順では,経口及び経鼻的にカテーテルを挿入して行うことになっていたので,これに従って,口腔的に吸引した後,更に鼻腔的に吸引していた旨記載されており,同人作成の陳述書(乙26)にも,吸引処置は口からも鼻からも行っていた旨記載されている。 しかしながら,これらは,いずれも鑑定人が当裁判所に経口的吸引による排痰措置は最善の方法ではなかったとする鑑定書を提出した後に提出されたものであり,上記鑑定書が提出される前には垂水病院において経鼻気管内吸引が行われていたことを窺わせる証拠が提出されていなかったことにも照らすと,到底信用することができない。 なお,上記看護手順は,平成8年度のものであるから,これをもって,平成6年9月当時にも垂水病院において経鼻気管内吸引が行われていたと認めることはできないし,上記報告書(乙24)の信用性を補強するものともいえない。 e また,M作成の陳述書(乙25)には,垂水病院では本件当時も経鼻的吸引 管内吸引が行われていたと認めることはできないし,上記報告書(乙24)の信用性を補強するものともいえない。 e また,M作成の陳述書(乙25)には,垂水病院では本件当時も経鼻的吸引を実施していた旨の記載があるが,これは,伝聞であることが明らかであるうえ,鑑定人が当裁判所に鑑定書を提出した後に提出されたものであるから,到底信用することができない。 f したがって,被告の上記主張は理由がない。 (2) その余の過失(債務不履行)の有無について前示のとおり,被告側に前示(1)の呼吸管理における過失が認められるのであるから,その余の過失(債務不履行)の有無については,判断の限りではない。 3 損害の有無及びその額(争点(3))について(1) 逸失利益ア(ア) 前記争いのない事実等(2)ソによれば,亡Eは,平成7年4月10日,植物状態,四肢体幹筋麻痺と診断され,同月11日,症状固定に至ったというのであり,上記後遺障害は,後遺障害別等級第1級3号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,常に介護を要するもの)に該当すると認められるから,同人は,労働能力を完全に喪失していたものと認められる。 (イ) 前記争いのない事実等(1)ア(ア)及び証拠(甲4,乙1,原告A本人)によれば,亡Eは,1955年(昭和30年)2月18日生(本件当時39歳)の男性であり,高等学校を卒業した後,DXアンテナの下請けの仕事に従事していたこと,同人の収入は,平成5年ころまでは,月額四,五十万円であったが,平成6年ころ,仕事が減ってきたことと同人の飲酒の量が減らないことから,就労日数が減り,同年5月,6月ころは,月額約25万円であったこと,同人は,伸栄設備株式会社のP社長から体を治 十万円であったが,平成6年ころ,仕事が減ってきたことと同人の飲酒の量が減らないことから,就労日数が減り,同年5月,6月ころは,月額約25万円であったこと,同人は,伸栄設備株式会社のP社長から体を治すようにと説得されて,同年7月末ころから仕事をしていなかったことが認められる。 また,証拠(甲4,証人H,原告A本人)によれば,垂水病院においては,原則として3か月間入院治療を行うものとされていたこと,原告Aが,亡Eの入院前に,Hクリニックにおいて,数回にわたり,アルコール依存症に対する理解を深めるための勉強会に参加するなどして,同人が立ち直るために家族が協力する準備をしていたことが認められる。 そして,上記認定事実のほか,亡Eは,順調に入院後3か月間で退院していたとしても,円満な社会復帰には相応の時間を要したであろうと考えられることや後記の同人のアルコール離脱症状の程度等をも併せ考慮すると,同人の基礎収入は月額25万円(年額300万円),同人の労働能力喪失期間は40歳(症状固定時の年齢と一致する。)から67歳までの27年間(ライプニッツ係数は14.643)であると認めるのが相当である。 (ウ) 以上によれば,同人の逸失利益の現価は,4392万9000円となる(250,000×12×14.643=43,929,000)。 (エ) なお,前記争いのない事実等(1)ア(ア)及び同(2)タによれば,同人は,平成10年10月24日,死亡したというのであるが,死亡後の生活費を控除することができるのは,過失と死亡との間に相当因果関係があって死亡による損害の賠償をも請求できる場合に限られる(最高裁判所平成5年(オ)第1958号同8年5月31日第二小法廷判決・民集50巻6号1323頁参照) るのは,過失と死亡との間に相当因果関係があって死亡による損害の賠償をも請求できる場合に限られる(最高裁判所平成5年(オ)第1958号同8年5月31日第二小法廷判決・民集50巻6号1323頁参照)ところ,Hの過失と亡Eの死亡との間の相当因果関係について,なんら主張立証がない本件においては,同人の死亡後の生活費を控除するのは相当でない。 イ(ア) これに対し,被告は,アルコール依存症の断酒率はおよそ20パーセントであるから,特段の事由がない限り,アルコール依存症の患者が社会復帰して就労できる蓋然性は認められないし,特に,亡Eの場合においては,通常のアルコール離脱症候群を超えた病態である重篤な振戦せん妄の状態にあり,かつ,アルコール依存症の治療に対して著しく消極的で,最後まで治療に反抗的であったことから判断して,同人の社会復帰の可能性は平均的社会復帰率より著しく低いとして,逸失利益は認められないと主張する。 (イ) そこで,まず,同人が重篤な振戦せん妄の状態にあったか否かについて検討する。 a 証拠(甲5,乙18ないし20)によれば,次の医学的知見が認められる。 (a) アルコール離脱の症状経過は,早期離脱症候群(1~2日目)と後期離脱症候群(2~5日目)との二峰性からなる。後期離脱症候群の中に含まれる最重度の離脱症状が,いわゆる振戦せん妄である。 (b) 早期の離脱症状は,最終飲酒の数時間後から出現し始め,24~48時間後にピークに達する。 最初の徴候として最もよく見られるのは振戦である。さらに,いらいら感,悪心,吐き気が出現する。自律神経症状は,交感神経系の過活動を中心としており,頻脈,血圧上昇,体温上昇,発汗などが観 最初の徴候として最もよく見られるのは振戦である。さらに,いらいら感,悪心,吐き気が出現する。自律神経症状は,交感神経系の過活動を中心としており,頻脈,血圧上昇,体温上昇,発汗などが観察される。また,不眠となることが多く,しばしば悪夢を訴える。この時期に一過性の幻覚が出現することもある。 早期離脱症状は,軽症例では,特に治療しなくても,通常5~7日で治まるが,軽度のいらいら感と不眠が10日あるいはそれ以上続くこともある。症状が中等度となると,早期離脱期を越えて発展し,自律神経症状を伴った不安・焦燥感が2日目より強まり,3~4日目にピークに達する。また,幻覚や見当識障害は,3~5日目に出現する。 (c) 振戦と自律神経症状が顕著で,それにせん妄が加わると,振戦せん妄と診断される。多くは,断酒後2~3日目の,ことに夜間に発症することが多い。突然出現することもあるが,通常は徐々に出現する。症状のピークは4~5日目を中心にほぼ3日間続き,この間,不眠が必発である。おおむね7日目までには消退する。典型的な場合は,深い睡眠(分利性睡眠)が訪れると,急激にせん妄状態は終わる。ただし,まれではあるが,せん妄が4~5週間遷延することがある。90パーセントは,断酒後7日以内に発症する。 典型例では,錯乱興奮,見当識障害,不安恐怖感,妄想,生々しい幻覚,錯覚や知覚の歪み,強い不眠,発熱などの症状が出そろう。幻覚は,虫や小動物の幻視が有名であり,特徴的な虫拾い動作が見られる。また,壁や天井の模様やシミが異様な何かの姿に見えるといった訴えもよくされる。ただし,幻覚の中心は常に幻視というわけではなく,迫害的内容の幻聴や,身体の表面を虫が這っているといった触覚性幻覚のこともあ た,壁や天井の模様やシミが異様な何かの姿に見えるといった訴えもよくされる。ただし,幻覚の中心は常に幻視というわけではなく,迫害的内容の幻聴や,身体の表面を虫が這っているといった触覚性幻覚のこともある。意識水準は,1日の中でも動揺する。日中は改善したように見えても,夜間には増悪するため,24時間の経過を観察してから病状を判断する。また,症状のバリエーションが広いため,必ずしもすべての症状が揃わなくても,診断上は振戦せん妄に準ずるものとして治療上の対策を考える。 振戦せん妄は,通常5年から15年の過量飲酒歴のある者に認められる。解毒のために入院したアルコール症者に振戦せん妄が発症する割合は,1~16パーセントといった程度で,さほど多いものではない。ただし,いったん発症するとなかなかにやっかいな病態である。ことに身体疾患や外傷により,精神科以外の他科に入院した患者に出現することがまれならずあり,強度の精神不穏や問題行動(無断離床,ライン自己抜去など)が病棟管理上の大きな問題となる。保護室やベッド抑制を必要とすることもしばしばある。 (d) 振戦せん妄あるいはそれに準ずる程度の重度の後期離脱症候群の治療は,ベンゾジアゼピン系薬物(しばしば大量投与を余儀なくされる。)による解毒が基本となる。 経口摂取できる場合は,一般的な解毒治療を行うが,経口摂取不能の場合,あるいは問題行動や精神不穏が著しい場合は,ジアゼパムなどを緩速静注する。 b 前記争いのない事実等,前記認定事実,証拠(甲4,乙1,7,12,原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (a) 亡Eは,平成6年8月30日午後8時ころの夕食時に飲酒をした後 ,前記認定事実,証拠(甲4,乙1,7,12,原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 (a) 亡Eは,平成6年8月30日午後8時ころの夕食時に飲酒をした後は,飲酒をしていなかった。 (b) 同人は,同月31日午前9時ころ,垂水病院を受診し,精神保健指定医であるFの診察を受けたところ,アルコール依存症と診断されたが,入院を拒否したため,原告Aら家族の同意に基づき,医療保護入院の処置がとられた。亡Eは,話を理解できる状態ではなかったので,医療保護入院に際しての告知ができなかった。 (c) 同人は,上記診察の際,酩酊しており,手指の振戦,歩行時のふらつき,黄疸,眼脂,手足のしびれ,顔色不良,顔面浮腫等のアルコール離脱症状が著明であったため,上記入院直後から,個室に隔離され,腕の部分を拘束された。同人は,同日午後4時30分ころ,突然部屋から出て,走り出したが,ふらつきが著明であった。同人は,同日午後6時ころ,軽度の発汗があり,また,手指の振戦が著明であった。同人は,同日午後10時ころ,入眠中であった。 (d) 同人は,同年9月1日午前3時ころ,入眠中であった。同人は,同日午前5時30分ころ,四肢の振戦が著明であり,トイレまでいざって行った。同人は,同日午前8時30分ころ,便で着衣や室内を汚染し,また,振戦が著明であった。同人は,同日午前11時30分ころ,両手の振戦が著明であった。同人は,足元がふらつき,転倒したため,同日午後1時30分ころから,四肢を抑制された。同人は,同日午後4時ころ,抑制帯を勝手に取り外していたため,再度タッチガードで抑制された。同人は,同日午後4時30分ころ,自分がいつ誰とどのようにしてそこに来たかを覚えていない様 四肢を抑制された。同人は,同日午後4時ころ,抑制帯を勝手に取り外していたため,再度タッチガードで抑制された。同人は,同日午後4時30分ころ,自分がいつ誰とどのようにしてそこに来たかを覚えていない様子で,病院であることを説明すると驚いた様子であり,「子どもがおるやろ。」と尋ねたりした。同人は,同日午後6時ころ,病院にいることを全く理解できていない様子であり,また,「このロープを外してくれ。」と要求した。同人は,同日午後6時45分ころ,婦長を誰かと間違えて,「今晩泊まってよ。」といった。同人は,同日午後8時ころ,注射をする者に対し,「大丈夫か。」と不安げに気にしており,また,時に「おーい。おーい。」と呼ぶため,「誰を呼んでいるのか。」と尋ねられると,「いや,誰も。」と答えた。同人は,同日午後10時ころ,入眠中であった。 (e) 同人は,同月2日午前3時ころ,入眠中であった。同人は,同日午前7時ころ,ここが病院だと説明を受けると驚き,また,今は夜か昼かと尋ねた。同人は,同日午前10時ころ,全身の振戦が著明であり,眼脂があった。同人は,同日午前11時15分ころ,「赤ちゃんはおるか。」などと言った。同人は,同日午後1時30分ころ,意味不明のことをうわ言のように言った。同人は,同日午後3時ころ,いびきをかいて入眠中であり,眼脂が著明であった。同人は,同日午後4時ころ,顔面に軽度の発汗があり,手指の振戦があった。同人は,同日午後4時30分ころ,時折意味不明のことを話した。同人は,同日午後6時ころ,浅眠状態であった。 (f) 同人は,同月3日午前1時ころ,いびきをかいて入眠中であった。同人は,同日午前3時ころ,看護師に対し,「娘さん?」,「子供が居るやろう。」などと言い,ここは病院であることや子どもは家にいる (f) 同人は,同月3日午前1時ころ,いびきをかいて入眠中であった。同人は,同日午前3時ころ,看護師に対し,「娘さん?」,「子供が居るやろう。」などと言い,ここは病院であることや子どもは家にいるから安心するようにと伝えられるとうなずき,また,見にくるから安心して眠るようにと言われると,「もう来なくていい。」と言った。同人は,同日午前5時30分ころ,「どこか痛いところは?」と聞かれて,「大丈夫。」と答え,排痰介助を受けた際,「平素から痰が多い方だ。」と言った。同人は,同日午前6時ころ,眼脂が著明であった。同人は,同日午前7時ころ,両手でさかんに空をつかむような仕草をした。同人は,同日午後10時ころ,入眠中であった。 (g) 同人は,同月4日午前3時ころ,入眠中であった。同人は,同日午後1時30分ころ,発汗があり,また,よく眠っていた。同人は,同日午後4時ころ,いびきをかいて眠っていた。同人は,同日午後7時ころ,「大丈夫いうたら,大丈夫や。」と意味不明のことを言い,疎通性が低下していた。同人は,同日午後8時ころ,いびきをかいて入眠中であった。同人は,同日午後10時ころ,入眠中であった。 (h) 同人は,同月5日午前3時ころ,いびきをかいて入眠中であった。同人は,同日午前5時30分ころ,夜間比較的良眠していると判断された。同人は,同日午前6時ころ,眼脂があった。同人は,同日午前7時ころの朝食の際,嫌そうな表情をして,「パンは嫌いやゆうとうやろう。」と怒ったように大きな声ではっきりと訴えた。同人は,同日午前10時ころ,看護行為には素直に応じていたが,言語不明瞭であった。同人は,同日午後1時30分ころ,徐々に会話ができるようになり,背中を踏んでほしいと言った。同人は,同日午後3時のHによる診察の際,H 0時ころ,看護行為には素直に応じていたが,言語不明瞭であった。同人は,同日午後1時30分ころ,徐々に会話ができるようになり,背中を踏んでほしいと言った。同人は,同日午後3時のHによる診察の際,Hの質問にぼそぼそと答え,また,笑顔を見せた。同人は,同日午後4時30分ころ,テレビが見たいと訴えた。同人は,同日午後8時及び午後10時,いずれも入眠中であった。 (i) 同人は,同月6日午前3時ころ,入眠中であった。同人は,同日午前5時30分ころ,眼脂があり,開眼するように言われると,素直に応じたが,すぐに閉眼し,また,比較的はっきりと話をした。同人は,同日午前10時ころ,うとうとしており,また,眼脂があった。同人は,同日午後4時30分ころ,文句を言いながら,食事を取り,また,窓の外を見て,雪が積もっていると話したり,神戸はどのくらいかかるかと言ったりした。同人は,同日午後6時ころ,いびきをかいて入眠中であった。同人は,同日午後8時ころ,ベッドから降りていて,打撲はなかったが,危険防止のため,腹部のみタッチガードで抑制され,また,「外の様子を見てきてくれ。きちがいが騒いでいる。」と他の患者の声が気になる様子であった。同人は,同日午後10時ころ,いびきをかいて入眠中であった。 (j) 同人は,同月7日午前3時ころ,入眠中であった。同人は,同日午前5時30分ころ,眼脂があった。同人は,同日午前10時ころ,時折発語があったが,聞き取れないようなものであった。同人は,同日午前11時30分ころ,虫取り動作様の動作をし,また,声をかけられると,笑顔を見せた。同人は,同日午後10時ころ,入眠中であった。 (k) 同人は,同月8日午前1時ころ,吸引を受けた際,拒否気味で,吸引チューブをかんでなか た,声をかけられると,笑顔を見せた。同人は,同日午後10時ころ,入眠中であった。 (k) 同人は,同月8日午前1時ころ,吸引を受けた際,拒否気味で,吸引チューブをかんでなかなか離そうとしなかったため,看護師が説明したところ,亡Eは,吸引に応じた。同人は,同日午前2時ころ,体動があった。同人は,同日午前3時ころ,入眠中であった。同人は,同日午前5時30分ころ,その口角から泡沫様の唾液が流出しており,タオルを持ってこられたが,「いらんわい。どけんかい。」と言って,拒否気味であった。同人は,同日午後6時ころ,声をかけられても,じっと看護師を見つめるだけであり,また,何かを言いたそうにしたが,言葉にならなかった。亡Eは,同日午後8時ころ,素直に薬を服用した。同人は,同日午後10時ころ,入眠中であった。 (l) 同人は,同月9日午前2時ころ,さかんに体動があった。同人は,同日午前3時ころ,手を動かし,また,不眠の状態であった。同人は,同日午前5時30分ころ,その口腔内に泡沫状の痰あるいは唾液様のものが貯留していたため,これを吐き出すように促されたものの,理解できない様子であったため,吸引を受けたが,カテーテルを固くかんだ。亡Eは,同日午前6時ころ,ギャッジベッドで排痰介助を受けたが,指示に応じることができなかった。同人は,同日午前7時ころ,半覚せい状態が続き,声をかけられても応答できなかった。同人は,同日午前11時30分ころ,吸引を受けた際,拒否的な態度で看護師を殴る格好をした。同人は,同日午後1時30分ころ,吸引を受けたが,吸引チューブをかんだ。 (m) 同人は,同年8月31日,同年9月1日及び同月2日,アルコール離脱症状を軽減する目的で,ホリゾンの投与を受けたが,その後,そのよ 吸引を受けたが,吸引チューブをかんだ。 (m) 同人は,同年8月31日,同年9月1日及び同月2日,アルコール離脱症状を軽減する目的で,ホリゾンの投与を受けたが,その後,そのような目的で薬剤の投与を受けたことはなかった。 c 上記のとおり,同人は,アルコール依存症であったところ,同年8月30日午後8時ころ飲酒をした後は飲酒をしていなかったこと,同年9月2日午後4時ころまで手指等の振戦が見られたこと,突然部屋を出ていったり,吸引に拒否的な態度を示したりするなどの問題行動が見られたこと,たびたび眼脂や発汗があったこと,時間や場所が分からなくなるなどの見当識障害が見られたこと,雪が積もっていると言ったり,虫取り動作様の動作をするなどしたことから,幻覚の疑いがあったこと,疎通性の低下や意識障害が見られたことが認められる(同人は,同月9日にも,吸引に拒否的な態度を示し,また,意識障害が見られた。)。また,眼脂があったことに加え,前記1(1)で認定したとおり,同人が同月2日午後10時ころから気道分泌が亢進していたことから,自律神経機能が亢進していたと推認することができる。さらに,同人が同月1日午前5時30分ころから発熱が継続していたことは,前記2(1)イ(ア)で認定したとおりである。 これらの事実によれば,同人は,アルコール離脱症状を呈していたと認められ,かつ,その症状の経過から,同月9日の意識障害が肺炎に関連する呼吸障害に基づくものとまでは断ずることができないことからすると,早期離脱期を越えてアルコール離脱症状が遷延していた可能性も十分にあり,その症状の程度は中等度以上であったと考えられる。 しかしながら,他方において,同人は,同月3日以降は手指等の振戦が えてアルコール離脱症状が遷延していた可能性も十分にあり,その症状の程度は中等度以上であったと考えられる。 しかしながら,他方において,同人は,同月3日以降は手指等の振戦があったことが窺われないこと,同人が粘稠痰を喀出した点から,肺炎が気道分泌の亢進や発熱に影響していた可能性を否定することができないこと,同月9日を除いて,よく睡眠を取っていたと認められること,幻覚や疎通性の低下は一時的なものとも考えられること,錯乱興奮があった形跡が見られないこと,同月3日以降はアルコール離脱症状を軽減する目的で薬剤の投与を受けたことはなかったことなど,上記aの医学的知見に照らし,振戦せん妄を否定するような事情もある。 そうすると,上記認定事実によっては同人が重篤な振戦せん妄の状態にあったと認めるに足りないものといわざるを得ず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。 d したがって,同人が重篤な振戦せん妄の状態にあったことを前提として,同人の社会復帰の可能性は平均的社会復帰率より著しく低いとする被告の主張は理由がない。 (ウ) また,被告は,アルコール依存症の断酒率はおよそ20パーセントであるから,特段の事由がない限り,アルコール依存症の患者が社会復帰して就労できる蓋然性は認められないと主張する。 しかしながら,上記ア(イ)で認定したとおり,原告Aが,亡Eの入院前に,宋クリニックにおいて,数回にわたり,アルコール依存症に対する理解を深めるための勉強会に参加するなどして,同人が立ち直るために家族が協力する準備をしていたことや,同人は,垂水病院に入院することにより,アルコール依存症に対する適切な治療を受けることが予定されていたことからすると,同人は,なん るなどして,同人が立ち直るために家族が協力する準備をしていたことや,同人は,垂水病院に入院することにより,アルコール依存症に対する適切な治療を受けることが予定されていたことからすると,同人は,なんらの治療もされず,また,家族の協力が得られないようなアルコール依存症患者に比べて,断酒をして社会復帰をすることが比較的容易であったと考えられ,同人が社会復帰して就労できる蓋然性が認められないとまでいうことはできない。 前記争いのない事実等(1)イによれば,被告が開設する垂水病院は,アルコール依存症の治療等の診療活動を行っているというのであるから,アルコール依存症患者に対し,その社会復帰に向けて,他の一般病院よりも優れた治療をすることが可能であり,また,それが期待されていたというべきである。それにもかかわらず,被告が自らの被用者の過失によって亡Eの社会復帰の可能性を完全に断ちながら,アルコール依存症患者が社会復帰して就労できる蓋然性が低いと主張するのは,著しく信義にもとるものといわなければならない。 したがって,被告の上記主張は理由がない。 (2) 付添費用証拠(原告A本人)によれば,亡Eが死亡するまで入院していた協和病院は,完全介護の体制であったと認められるものの,同人の上記後遺障害が重篤であることに照らし,近親者の介護も必要であり,かつ,原告Aが相応の介護をしていたものと認めるのが相当である。 前記争いのない事実等(2)セソタ,証拠(原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,亡Eは,平成6年9月9日から平成10年10月24日まで,協和病院に入院していたこと,原告Aは,平成6年9月9日から1か月間(30日)は協和病院に泊まり込んだこと,同人は,その後,平成7年10 ば,亡Eは,平成6年9月9日から平成10年10月24日まで,協和病院に入院していたこと,原告Aは,平成6年9月9日から1か月間(30日)は協和病院に泊まり込んだこと,同人は,その後,平成7年10月31日まで(365日)は毎日協和病院に通ったこと,同人は,同年11月1日から平成9年12月31日までは平均して週4日間(約452日),平成10年1月1日から同年10月24日までは平均して週3日間(約127日)の割合で協和病院に通ったことが認められる。 したがって,原告Aは,合計974日間,亡Eの付添いをしたものと認められるところ,付添費用は,原告Aが協和病院に泊まり込んだ30日間については1日当たり6000円,その余の944日間については1日当たり3000円と認めるのが相当であるから,付添費用の合計は,301万2000円となる(6,000×30+3,000×944=3,012,000)。 (3) 協和病院における治療費証拠(原告A本人)及び弁論の全趣旨によれば,亡Eの弟夫妻が亡Eに代わって協和病院における治療費を支払ったと認められ,原告ら主張の治療費合計182万5601円は,亡Eの入院期間に照らし,相当であると認められる。 (4) 入院雑費弁論の全趣旨によれば,亡Eは,協和病院に入院していた平成6年9月9日から平成10年10月24日までの1507日間のうち,原告ら主張の限度である1506日間,1日当たり1300円の入院雑費を要したものと認められ,これを覆すに足りる的確な証拠はない。 したがって,入院雑費の合計は,195万7800円となる。 (5) 通院交通費原告Aの付添いのための通院交通費は,付添費用の一部として評価すれば足りるから,通院交通費を独 したがって,入院雑費の合計は,195万7800円となる。 (5) 通院交通費原告Aの付添いのための通院交通費は,付添費用の一部として評価すれば足りるから,通院交通費を独立の損害と認めることはできない。 (6) 亡Eの慰謝料ア亡Eは,上記後遺障害が生じたことにより,精神上の苦痛を被ったものと認められるところ,上記後遺障害が重篤であり,社会復帰の可能性を完全に断たれたこと,通常行うべき経鼻気管内吸引を行うように看護師に指示しなかったHの過失の程度は大きいこと,未成年の子3名(原告B,同C及び同D)を自ら養育することができなくなったことなど,本件に顕れた諸般の事情を考慮すると,上記精神上の苦痛を慰謝するために要する金額は,2500万円と認めるのが相当である。 イこれに対し,被告は,亡Eがアルコール依存症に罹患した経緯,同人の社会復帰の可能性がなかったこと,アルコール依存症患者の平均寿命が短いことなど,アルコール依存症患者特有の事情を考慮して慰謝料を算定すべきであると主張するが,被告の指摘する事情が亡Eの精神上の苦痛の程度を左右するものでないことは明らかであるから,被告の上記主張は理由がない。 (7) 原告A固有の慰謝料ア原告Aは,その夫である亡Eに植物状態,四肢体幹筋麻痺という重篤な後遺障害が生じたことにより,同人が死亡したときにも比肩しうべき精神上の苦痛を受けたと認められ,民法711条所定の場合に類するといえるから,原告Aは,同法709条,710条に基づき,自己の権利として慰謝料を請求することができると解するのが相当である(最高裁判所昭和31年(オ)第215号同33年8月5日第三小法廷判決・民集12巻12号1901頁参照)。 そして,原告A 利として慰謝料を請求することができると解するのが相当である(最高裁判所昭和31年(オ)第215号同33年8月5日第三小法廷判決・民集12巻12号1901頁参照)。 そして,原告Aは,突然その夫である亡Eが植物状態となって,会話をすることすらできなくなったこと,上記(2)のとおり,同人の付添いを余儀なくされたこと,未成年の子3名(原告B,同C及び同D)を単身で養育しなければならなくなったことなど,本件に顕れた諸般の事情を考慮すると,上記精神上の苦痛を慰謝するために要する金額は,300万円と認めるのが相当である。 イこれに対し,被告は,上記(6)と同様に,アルコール依存症患者特有の事情を考慮して慰謝料を算定すべきであると主張するが,被告の指摘する事情が原告Aの精神上の苦痛の程度を左右するものでないことは明らかであるから,被告の上記主張は理由がない。 (8) 弁護士費用上記(1)ないし(6)の損害認容合計額,本件事案の性質及び本件訴訟の経過等に照らすと,亡Eにかかる弁護士費用は,760万円と認めるのが相当である。 (9) 合計以上によれば,亡Eの損害金合計は8332万4401円,原告Aの損害金は300万円となる。 4 過失相殺の可否(争点(4))について被告は,亡Eの過度の飲酒や,同人がチューブを固くかんだり,看護師を殴る格好をする等,吸引処置を妨害したことも,本件結果に寄与しているから,損害の公平な分担の見地から,亡Eの死亡に基づく損害の90パーセントを減額すべきであると主張する。 しかしながら,本件においては同人の呼吸停止により後遺障害が生じるに至ったことによる損害を問題とすべきであって,同人の死亡による損害を問題とするのが本件において意味がな べきであると主張する。 しかしながら,本件においては同人の呼吸停止により後遺障害が生じるに至ったことによる損害を問題とすべきであって,同人の死亡による損害を問題とするのが本件において意味がないことは,上記1(4)で説示したとおりである。 また,同人がアルコール依存症に罹患したこと自体は,過度の飲酒をした同人に責任があるとしても,同人の過度の飲酒が同人の損害の発生又は拡大に直接寄与したということはできない。被告の主張によれば,被告はアルコール依存症患者に対して適切な治療を行う責務を負っているにもかかわらず,その治療上の過失によりアルコール依存症患者に損害を加えた場合には,常に過失相殺によりその責任が軽減されることになり兼ねないが,その結論が不当であることは明らかである。 さらに,同人がチューブを固くかんだり,看護師を殴る格好をしたことが経口的吸引を行うことを妨げたとしても,上記2(1)エ(イ)で説示したとおり,これらの事情が経鼻気管内吸引を行うことを妨げるほどの事情であるとは考えられないから,これらの事情が亡Eの損害の発生又は拡大に寄与したということはできない。 したがって,被告の上記主張は理由がない。 5 相続(1) 前記争いのない事実等(1)ア(ア)及び同(2)タによれば,亡Eは,平成10年10月24日,死亡したところ,同人は朝鮮籍であった。相続の準拠法は被相続人の本国法によるが(法例(平成11年法律第151号による改正前のもの。以下同じ。)26条),朝鮮半島は,朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)と大韓民国がその南北を各別に統治し,それぞれ独自の法秩序を形成していることは公知の事実であるから,北朝鮮法と大韓民国法のいずれを本国法とすべきかは,一国数法に関する規定である法例2 朝鮮」という。)と大韓民国がその南北を各別に統治し,それぞれ独自の法秩序を形成していることは公知の事実であるから,北朝鮮法と大韓民国法のいずれを本国法とすべきかは,一国数法に関する規定である法例28条3項を類推適用し,当事者がいずれの法秩序とより密接な関係があるかを考慮して定めるべきである。 なお,登録済証明書(甲1)の国籍欄に記載された「朝鮮」は,南北を問わず,朝鮮半島出身者及びその子孫を示す便宜上の用語であって,国籍を表示するものではない。朝鮮半島出身者及びその子孫は,申立てにより外国人登録の国籍欄の記載を「朝鮮」から「韓国」又は「大韓民国」に書き換えることができるにすぎない。したがって,外国人登録の国籍欄に「朝鮮」という記載があるとの一事をもって本国法を定めることはできず,当事者の本籍地やいずれかの政府への帰属意識等から総合的に判断すべきである。 これを本件についてみると,亡Eは,上記のとおり朝鮮籍であって,登録済証明書(甲1)の国籍欄の記載を「韓国」又は「大韓民国」に書き換えていないこと,原告らは,平成13年6月29日の本件弁論準備手続期日において,「原告らの相続の準拠法は,北朝鮮法である。」と主張したことからすると,亡Eが北朝鮮法とより密接な関係があることは明らかであるから,同人の相続の準拠法は北朝鮮法によると解すべきである。 (2) 前記争いのない事実等(1)ア(ア)によれば,同人は特別永住者であったところ,北朝鮮家族法は他の国で永住権を取得して暮らす朝鮮公民には適用されないものとされている(北朝鮮最高人民会議常設会議が1990年10月24日に行った決定第5号)。そうすると,本件においては準拠法が欠缺していることになるが,上記規定は,他の国で永住権を取得して暮らす朝鮮公民についてはその国の法律が適用 会議常設会議が1990年10月24日に行った決定第5号)。そうすると,本件においては準拠法が欠缺していることになるが,上記規定は,他の国で永住権を取得して暮らす朝鮮公民についてはその国の法律が適用されることを前提としていると解されるから,反致に関する規定である法例32条本文を適用して,日本国民法によるべきである。 そして,前記争いのない事実等(1)ア(ア)(イ)によれば,原告Aは亡Eの妻であり,その余の原告らはいずれも亡E及び原告Aの子であるから,原告Aの法定相続分は2分の1であり,その余の原告ら3名の法定相続分はそれぞれ6分の1ずつである(民法900条1号,4号本文)。 (3) したがって,原告らは,上記の各法定相続分に従って,本訴請求債権を取得したものである。 すなわち,原告Aは,被告に対し,不法行為に基づき,損害金4166万2200円(1円未満切捨て。以下同じ。)及びこれに対する不法行為の日である平成6年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。また,その余の原告らは,被告に対し,不法行為に基づき,それぞれ損害金1388万7400円及びこれに対する不法行為の日である平成6年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 なお,原告Aは,被告に対し,不法行為に基づき,更に自己の権利として,慰謝料300万円及びこれに対する不法行為の日である平成6年9月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 第4 結語よって,原告らの本訴請求は,本判決主文第1,2項掲記の限度でいずれも理由があるからこれらを認容することとし,その余の請求はいずれも理由がないから 損害金の支払を求めることができる。 第4 結語よって,原告らの本訴請求は,本判決主文第1,2項掲記の限度でいずれも理由があるからこれらを認容することとし,その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,訴訟費用の負担について民訴法61条,64条本文,65条1項本文を,仮執行の宣言について同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。 神戸地方裁判所第六民事部裁判長裁判官松村雅司裁判官水野有子裁判官増田純平

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