平成30(わ)2447 殺人、名誉毀損、器物損壊

裁判年月日・裁判所
令和4年11月29日 大阪地方裁判所
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判決文本文29,673 文字)

令和4年11月29日宣告裁判所書記官平成30年(わ)第2447号、同2774号、同4133号 主文 被告人を無期懲役に処する。 未決勾留日数中1020日をその刑に算入する。 訴訟費用は被告人の負担とする。 理由 (罪となるべき事実)第1(訴因変更後の平成30年11月7日付け起訴状の公訴事実)被告人は、父であるA(当時67歳)に対し、平成30年1月19日夕方頃から同月20日午前2時頃までの間に、堺市B所在のA方において、Aに対し、その身体にインスリン製剤を注射して投与する暴行を加え、その結果Aを低血糖状態による意識障害に陥らせた。さらに、被告人は、上記の意識障害により救急搬送されて入院したAが退院し、A方に帰宅した同月25日昼頃から翌26日午前10時頃までの間に、A方において、転移性肺ガン等に罹患していたAに対し、殺意をもって、その身体に多量のインスリン製剤を注射して投与し、Aを低血糖脳症による遷延性意識障害に陥らせ、誤嚥性肺炎を惹起させた上、Aに投与される栄養の減量を余儀なくさせるなどし、その結果、同年6月28日、Aを全身状態の悪化により死亡させて殺害した。 第2(平成30年7月11日付け起訴状の公訴事実)被告人は、第1記載の犯行の責任をなすり付けるために、弟であるC(当時40歳)を自殺に見せかけて殺害しようと考え、平成30年3月27日午後3時頃から同日午後7時頃までの間に、前記A方において、Cに対し、睡眠薬等を服用させて眠らせた上、殺意をもって、A方2階トイレ内で練炭を燃焼させ、発生した一酸化炭素をCに吸引させて、Cを一酸化炭素中毒により死亡させて殺害した。 第3(平成30年8月2日付け起訴状の公訴事実第1)被告人は、D及びEの名誉を毀損しようと考え、平成30年4 生した一酸化炭素をCに吸引させて、Cを一酸化炭素中毒により死亡させて殺害した。 第3(平成30年8月2日付け起訴状の公訴事実第1)被告人は、D及びEの名誉を毀損しようと考え、平成30年4月27日午前2時10分頃から同日午前2時15分頃までの間、別紙1記載のD方前路上及びその周辺において、「取材のご協力をお願いします。」で始まり、Cが死亡した当時のD及びEの言動等に関する別紙2記載の文言等を印字した文書8枚を、駐車車両のワイパーに挟み込むなどして、これらを不特定多数の者が閲覧できる状態に置き、もって公然と事実を摘示し、D及びEの名誉を毀損した。 第4(平成30年8月2日付け起訴状の公訴事実第2)被告人は、平成30年4月27日午前2時10分頃から同日午前2時15分頃までの間、 1 前記D方前路上で、D所有の軽乗用自動車に塗料を吹き付けて汚損し(損害額45万0630円)、 2 D方ガレージ内で、D所有の電動アシスト自転車に塗料を吹き付けて汚損し(損害額不詳)、 3 D方ガレージ内で、株式会社F所有の普通乗用自動車に塗料を吹き付けて汚損し(損害額53万8110円)もって他人の物を損壊した。 第5(訴因変更後の平成30年8月2日付け起訴状の公訴事実第3)被告人は、D及びEの名誉を毀損しようと企て、平成30年5月14日午前11時30分頃、G郵便局において、別表記載のとおり、H株式会社等4箇所に宛てて、別紙2記載の文言等を印字した文書並びにI関係者代表による取材結果の報告の形式でCが死亡した当時のD及びEの言動等に関する別紙3記載の文言等を印字した文書が各1枚在中した封書4通を郵送し、各宛先に到達させて、これらを不特定多数の者が閲覧できる状態に置き、もって公然と事実を摘示し、D及びEの名誉を毀損した。 (証拠の標目) の文言等を印字した文書が各1枚在中した封書4通を郵送し、各宛先に到達させて、これらを不特定多数の者が閲覧できる状態に置き、もって公然と事実を摘示し、D及びEの名誉を毀損した。 (証拠の標目) 省略(事実認定の補足説明)以下、平成30年の出来事については、月日のみ記載することがある。 第1 本件の争点Aに対する殺人被告事件の争点は、事件性及び犯人性(争点1)並びにAの死因(争点2)である。また、Cに対する殺人被告事件の争点は、事件性及び犯人性であり(争点3)、名誉毀損、器物損壊被告事件の争点は、事件性及び犯人性である(争点4)。 第2 争点1(Aに対する殺人被告事件の事件性・犯人性等について) 1 Aが第三者にインスリンを投与されたことによって低血糖に陥ったといえるか⑴ 認定事実(関係証拠によれば、以下の事実が認められる。)ア Aは、1月19日、自宅で夕食をとったが、翌20日午前2時頃、意識を失った状態で病院に救急搬送された(以下「1回目の低血糖」という。)。 Aの血糖値は、搬送後の検査で33mg/dl(以下では血糖値の単位の記載を省略する。)であった。 イ Aは、1月25日の日中に退院して自宅に戻ったが、翌26日午前10時頃、Jによって意識を失っている状態で発見されて救急搬送された(以下「2回目の低血糖」という。)。Aの血糖値は、搬送後の検査では15であり、その後遷延性意識障害の状態になった。 ウ 1月25日から26日にかけての夜中に、血糖値測定器で、Aの血糖値が何回か計測されており、その数値は同日午前2時48分頃に21であったほか、いずれも20前後の数値であった。 なお、この事実は、被告人の携帯電話の検索履歴のほか、Jの捜査段階の供述(甲137)に基づいて認定した。 の数値は同日午前2時48分頃に21であったほか、いずれも20前後の数値であった。 なお、この事実は、被告人の携帯電話の検索履歴のほか、Jの捜査段階の供述(甲137)に基づいて認定した。この供述は、ある程度記憶の鮮明な時期にされている上、自ら体験していなければ供述できない内容とい える。また、Jはこの供述の前に、被告人に不利になると考えて測定器を捨てたというのであるから、捜査官から誘導的な質問があったとしても、そのような事実がないのに被告人に不利となる上記の供述をすることは考え難い。よって、上記の供述は信用できる。一方、Jは公判廷で上記の供述とは異なる証言をしたが、4年半以上が経過しており記憶が曖昧になった可能性があるから、その証言は、捜査段階の供述と比べて信用できない。 ⑵ Aがインスリンの過剰投与により低血糖になったといえるか糖尿病の専門医であるK医師は、cペプチドの数値がかなり低かったことから、Aの体内で過剰にインスリンが分泌された可能性は低く、その他、ガンの影響等、インスリンの投与以外の原因で低血糖になった可能性も考えられない旨証言する。その上で、Aの血糖値が非常に低いこと等から、Aの低血糖の原因としてインスリンを過剰に投与されたことが最も考えられる旨証言しており、入院後のAの担当医のL医師や、糖尿病治療の主治医であったM医師も同様の証言をしている。 よって、Aの低血糖は、いずれもインスリンを過剰に投与されたことが原因であると認められる。 ⑶ Aが故意又は過失によって過剰にインスリンを投与した可能性がないといえるかア Aは、従前、血糖値のコントロールを熱心に行っており、平成30年1月当時は、ガンの治療を継続し、Jと奈良の古民家を訪れるなど、前向きに生きようとしていたと認められ、自殺を図る動 えるかア Aは、従前、血糖値のコントロールを熱心に行っており、平成30年1月当時は、ガンの治療を継続し、Jと奈良の古民家を訪れるなど、前向きに生きようとしていたと認められ、自殺を図る動機はうかがわれない。また、2回目の低血糖時に何度か20前後の血糖値が測定されているところ、血糖値30以下だと意識を保つことができない旨のK医師やL医師の証言を前提にすれば、これらの血糖値はA以外の第三者によって測定されたと認められる。そして、Aが自ら過剰にインスリンを投与したのであれば、 第三者が深夜の時間帯に何度もAの血糖値を測定した上、低い血糖値のAを長時間放置していたことになるが、そのようなことは考え難い。 また、Aは2年半以上のインスリン注射の経験があるが、これまでに他人の手を借りないと回復できない程度の意識障害に陥ったことはなかった。そして、K医師らの証言によれば、Aの低血糖を引き起こすために必要なインスリンの量は正確には特定できないものの、通常の数倍以上の量が必要とされるところ、インスリン注射時は注射器のダイヤルを回して投与量を設定する必要があり、ダイヤルを回す度にカチカチと音がする上、多量の設定にするには何度もダイヤルを回す必要もあるから、Aが誤って通常の数倍以上のインスリンを注射したとは考え難い。さらに、上記のように血糖値のコントロールに熱心であったAが、1回目の低血糖後の退院時に重症低血糖にならないように医師から注意されながら、退院した直後に、誤ってインスリンを過剰に投与したとは考え難い。 以上からすると、2回目の低血糖について、Aが故意又は過失でインスリンを過剰に投与したとは考えられず、第三者によってインスリンが投与されたと認められる。 イ次に1回目の低血糖についてみると、2回目の低血糖時と同様 低血糖について、Aが故意又は過失でインスリンを過剰に投与したとは考えられず、第三者によってインスリンが投与されたと認められる。 イ次に1回目の低血糖についてみると、2回目の低血糖時と同様、Aに自殺の動機はうかがわれない。また、Aがこれまでに他人の手を借りないと回復しない程度の意識障害になったことがないことからすれば、過失によって過剰にインスリンを投与したとも考えにくい。 この点、弁護人は、Aが無自覚性低血糖の状態でインスリンを過剰に投与した可能性を指摘する。しかしながら、Aの2度の低血糖は極めて近い時期に起きており、そのいずれについても、低血糖になる直前に、「低血糖死亡」「低血糖昏睡」などの低血糖による死亡等に関する単語が、同じ携帯電話により検索されている。そして、2回目の低血糖が上記のとおり第三者によるものであることからすれば、これらの検索はその第三者によっ てされた一連の検索であるといえる。そうすると、1回目の低血糖だけが偶然にもAの過失により発生したとは考えられず、1回目の低血糖についても、第三者によるものであるといえる。 ⑷ 小括以上からすると、Aは第三者によりインスリンを過剰に投与されたことによって、低血糖に陥ったことが認められる。 2 Aにインスリンを投与したのが被告人であるといえるか⑴ Aが低血糖になった当時、現場にはA以外にJと被告人しかおらず、それ以外の第三者がインスリンを投与したとは考え難い。そして、Aが低血糖で意識を失う前から、被告人の携帯電話において、「低血糖放置死ぬ?」「低血糖死亡」などの低血糖による死亡に関する単語や、「インスリン注射角度」「インスリン注射服の上から」などのインスリン注射の方法が何度も検索されている。この点、被告人以外の第三者が、1月1 ?」「低血糖死亡」などの低血糖による死亡に関する単語や、「インスリン注射角度」「インスリン注射服の上から」などのインスリン注射の方法が何度も検索されている。この点、被告人以外の第三者が、1月10日から26日にかけて、深夜の時間帯も含めて何度も被告人の携帯電話を使用してこれらの検索をできたとは考え難いから、これらの単語を検索したのは被告人であると認められる。そして、Aが第三者にインスリンを投与された頃に、インスリンの投与に関与していない被告人が、A方において、これらのAの死亡に関係する単語を偶然検索していたとは考え難い。 一方、Jは、1回目及び2回目の低血糖の際はいずれも寝ていた旨証言している。この証言は、1月19日の午後8時頃、被告人が交際相手のNに対して「一回帰って、また戻りたいんやけど、おかんも疲れて寝てるから」とのメッセージを送信していることや、1月25日の夜に被告人の携帯電話でJの寝顔が撮影されていることといった客観的事実と整合しており、信用できる。 ⑵ 以上からすると、Aにインスリンを投与して1回目及び2回目の低血糖を引き起こしたのは、被告人であると認められる。 なお、検察官は、被告人がAやJに睡眠薬を投与した事実を主張しており、関係証拠から、Aが2回目の低血糖で入院する以前に、被告人に処方されていた薬と同一の成分が含まれる睡眠薬及び抗うつ剤を服用した事実は認められる。しかし、その時期は明らかではない上、生前のAの服薬状況も明らかになっていない以上、例えば、本件前から、Aが眠れないことを案じた被告人が、効きの良い自身の処方薬をAに渡していたため、Aがこれらを服用していたなどの可能性を否定できない。そうすると、被告人がこれらをAに投与した可能性はあるが、それが間違いないとまでは認められない。もっとも、同事実が の処方薬をAに渡していたため、Aがこれらを服用していたなどの可能性を否定できない。そうすると、被告人がこれらをAに投与した可能性はあるが、それが間違いないとまでは認められない。もっとも、同事実が認定できないとしても、被告人が犯人であるとの認定が揺らぐものではない。 3 インスリン投与が殺人罪の実行行為に当たるか⑴ K医師は、血糖値20以下の極度の低血糖になると生命維持に必要な脳の組織に非常に重篤なダメージを起こして死に至る可能性がある旨証言し、低血糖脳症の急性期に死亡の危険性があると脳の専門家であるO医師が述べたこととも整合するため、信用できる。 ⑵ 以上を前提に1回目の低血糖を引き起こしたインスリン投与の危険性についてみると、救急搬送時のAの血糖値は33であり、意識障害が生じているが、医師らの証言に照らしても、仮に治療しなかった場合に血糖値が更に低下する可能性や、血糖値33の状態が続くことで、意識障害にとどまらず、死亡まで至るような脳への障害が起こる危険性があるかは明らかではない。 また、Aが過去に少なくとも2回は30台の血糖値になっていることや、1月19日は朝から低血糖で体調が良くなかったとうかがわれること、被告人による投与量が明らかでないことを併せて考えると、1月19日から20日にかけてされたAへのインスリン投与が、Aを死亡させる危険性の高い行為であったとはいい切れず、傷害行為にとどまるといわざるを得ない。 ⑶ 一方、2回目の低血糖については、投与されたインスリン量を正確には特 定できないものの、K医師らの証言に照らせば、通常量の数倍以上のインスリンを投与したと認められ、それにより15という異常に低い血糖値に陥っている。また、被告人は、1月26日の午前2時48分頃以降に「血糖値21」「血糖値値21」と検索し ば、通常量の数倍以上のインスリンを投与したと認められ、それにより15という異常に低い血糖値に陥っている。また、被告人は、1月26日の午前2時48分頃以降に「血糖値21」「血糖値値21」と検索している。実際に血糖値を測定したのでなければ、このような切りの悪い具体的な値を2回も検索するとは考えられず、その頃の血糖値測定に関するJ供述も踏まえると、被告人は、1月26日の午前2時48分頃、Aの血糖値が21であることを測定していたと認められる。 そして、1月25日から26日の夜中にかけて、血糖値20前後の数値が何回か計測されていたことや、その後に血糖値が大きく回復する事情が見当たらないことも併せて考えると、Aは、1月26日の午前2時48分頃から搬送されるまで少なくとも7時間以上も血糖値20前後の低血糖状態にあったと認められ、搬送後も遷延性の低血糖に陥っていた。そうすると、血糖値20以下の極度の低血糖になると死に至る可能性があるという前記のK医師の証言に照らせば、2回目の低血糖を引き起こしたインスリン投与行為が、Aを死亡させる危険性のある行為であったということができる。 ⑷ これに対し、弁護人は、1回目の搬送時よりも2回目の搬送時の方が投与されたブドウ糖の量が少ないから、2回目の低血糖時の危険性の方が高かったとはいえないことや、低下した血糖値が搬送前の時点で一時的に回復していた可能性があり、低血糖が続いた時間が不明であることなどを主張する。 しかしながら、2回目の低血糖時は、搬送時点でも低血糖になってから少なくとも7時間以上が経過していたのに、その時点の血糖値は1回目の搬送時よりも低い15であった。その上、搬送後約11時間が経過した1月26日午後9時頃でも、一度上がった血糖値が下がったため追加のブドウ糖が投与されている状態であり、遷延性 の時点の血糖値は1回目の搬送時よりも低い15であった。その上、搬送後約11時間が経過した1月26日午後9時頃でも、一度上がった血糖値が下がったため追加のブドウ糖が投与されている状態であり、遷延性の低血糖が続いている。そして、体外からのインスリンが原因であれば、時間と共にインスリンの効果が低下し、体内のホルモン等によって徐々に血糖値が回復すると考えられるから、単にブド ウ糖の投与量の総量が少ないことから危険が低かったとはいえず、むしろ長時間血糖値の低下が継続し、実際にAは意識障害に陥ったという結果からすれば、2回目の低血糖時の方が危険性は高かったといえる。また、搬送されるまでの間に自己のホルモンで血糖値が大幅に回復したのであれば、搬送後にブドウ糖を投与しても遷延性の低血糖が何時間も継続するとは考え難い。 1月26日に何度も血糖値測定がされていながら、血糖値が回復した時にだけその数値が測定されていないのも不自然である。したがって、低下した血糖値が搬送前の時点で一時的に大幅に回復していたとは認められない。 また、弁護人は、インスリンの投与量や種類が不明であること、元々の血糖値や体内からのインスリン量が不明であることなども指摘するが、K医師の証言によれば血糖値15というのは通常では考えられないほど著しく低い値であるから、そのような値にするだけのインスリンが投与されている以上、投与行為の危険性に疑いを持たせるものではない。また、2回目の低血糖時は退院した直後であり、入院中は医師の診察下で適切な血糖値管理がされていたことからすれば、退院後のAの血糖値が大きく低下していたとは考えられない。さらに、Aはこれまで他人の手を借りないと回復できない程度の意識障害になったことがないのに、今回のインスリン投与により血糖値15という著しい低血糖になったの 値が大きく低下していたとは考えられない。さらに、Aはこれまで他人の手を借りないと回復できない程度の意識障害になったことがないのに、今回のインスリン投与により血糖値15という著しい低血糖になったのであるから、元々の体内からのインスリン量が不明であることも結論に影響を与えない。したがって、弁護人の主張は採用できない。 ⑸ 小括以上によれば、1回目の低血糖を引き起こしたインスリン投与は殺人罪の実行行為とまではいえず、傷害罪の実行行為にとどまるが、2回目の低血糖を引き起こしたインスリンの投与はAを死亡させる危険性があり、殺人罪の実行行為に当たる。 4 被告人がAを殺害するつもりでインスリンを投与したか ⑴ 実行行為性が認められる2回目の低血糖を引き起こしたインスリン投与について、被告人は、1回目の低血糖によりAが意識を喪失して搬送される状態になることを認識しながら、退院したその日に、再び、通常量の数倍以上のインスリンをAに投与している。さらに、Aの血糖値が21であることを認識しながら、その後も「低血糖が続くと」「低血糖死亡」「低血糖突然死」などの検索を続け、7時間以上経過した後にJの指示で救急車を呼ぶまで、著しい低血糖状態のAをあえて放置している。 以上の行動からすれば、被告人は、当時、死の危険性を認識した上で、Aを殺害するつもりでインスリンを過剰に投与したと認められる。 なお、被告人が、1回目の低血糖の前から、「低血糖死亡」などの死亡につながる単語を何度も繰り返し検索していることも併せて考えると、殺人罪の実行行為性こそ認められないものの、被告人の認識としては、1回目の低血糖を引き起こしたインスリン投与の前からAを殺害するつもりだったことが認められる。 ⑵ これに対し、弁護人は、検索履歴の中 実行行為性こそ認められないものの、被告人の認識としては、1回目の低血糖を引き起こしたインスリン投与の前からAを殺害するつもりだったことが認められる。 ⑵ これに対し、弁護人は、検索履歴の中には「殺す」との単語がなく、むしろ「ブドウ糖飲み物」といった低血糖を治すための単語の検索もあることから、殺意は認定できないと主張する。しかしながら、低血糖の改善につながるような検索は僅か3回であり、家族などの前でAを気遣っているように装うためにこのような検索をしたとみることが可能である。むしろ、検索の多くは死亡に関する内容であり、また、「インスリン注射痛い」「インスリン注射服の上から」などの検索は、従前から何度もインスリン注射をしてきたAのために検索する必要のない内容であって、心配しているものとも考えられず、Aに気づかれずに注射をする方法を検索していたとみるのが自然である。したがって、一連の検索内容からすれば、弁護人の主張は採用できない。 また、弁護人は、被告人の携帯電話で何度もダウンロードされている論文には低血糖で死亡する旨の記載がないことなどから殺意は認定できない旨主 張する。しかしながら、被告人はその論文の閲覧後も「低血糖死亡」などの単語を繰り返し検索している上、仮に閲覧した論文の記載から低血糖により死亡することはないと認識していたのであれば、1月26日にAが低血糖になった後に「低血糖死亡」などのAが死亡することを前提とする検索をすることはないはずである。また、論文等で後遺症の可能性を認識したのであれば、後遺症の内容や意識障害からの回復可能性などについて関心をもって検索するのが自然であるのに、1月26日にAが低血糖になるまでは、低血糖からの回復率や植物状態についての検索がされていない。そうすると、被告人が、インスリンを投与し 復可能性などについて関心をもって検索するのが自然であるのに、1月26日にAが低血糖になるまでは、低血糖からの回復率や植物状態についての検索がされていない。そうすると、被告人が、インスリンを投与しても後遺症が残るだけだと考えていたとみることはできない。 さらに、弁護人は、Aが余命僅かであることや被告人の従前の行動等から動機が見当たらない旨主張する。この点、P医師の証言等からすれば被告人はAの正確な余命を認識していなかったといえるし、サプリ等の購入やAの入院後の行動については、自らへの疑いを避けるために、家族や医師の前ではAを気遣う行動を装ったことも考えられる。したがって、これらの弁護人の指摘は、上記の判断に影響しない。 ⑶ なお、検察官は金銭への関心が動機としてうかがわれる旨主張する。この点、被告人が、A名義の口座から預貯金を引き出したり偽造の借用書を所持していたりした事実などから、Aとの間で何らかの金銭トラブルがあった可能性は考えられるが、これを裏付ける確たる事実は認められず、金銭目的でAを殺害したことが間違いないとはいえない。 もっとも、動機が金銭目的であると認定できないからといって、Aを殺害するつもりであったとの認定に疑いを生じさせるものではなく、前記のとおり、被告人がAを死亡させる危険性のある多量のインスリン投与をしたことは間違いないから、そのような危険な行為をする何らかの動機が被告人にあったことは明らかである。 5 結論以上によれば、被告人は、Aに対し、殺意をもって、1月25日夜から26日までの間に、死亡させる危険性のあるインスリンの多量投与を行ったと認められる。 第3 争点2(Aに対する殺人被告事件の死因について) 1 低血糖脳症による遷延性意識障害によりAの抗ガン剤治療が妨げられたか せる危険性のあるインスリンの多量投与を行ったと認められる。 第3 争点2(Aに対する殺人被告事件の死因について) 1 低血糖脳症による遷延性意識障害によりAの抗ガン剤治療が妨げられたか⑴ 認定事実(Aの主治医であったP医師及びJの証言によれば、以下の各事実が認められる。)ア Aは、平成28年6月から、大腸ガンから転移した肺ガン及び肝臓ガンに対する抗ガン剤治療を開始したが、手足の膿みや腫れ、感覚異常、吐き気や倦怠感等の強い副作用が現れたため、薬の減量や種類の変更、投薬の延期等がされたものの、副作用は改善しなかった。その後、Aは、同年9月及び平成29年1月の検査により抗ガン剤治療の効果が出ていることの説明を受けたが、同月、副作用を理由に自らの意思で抗ガン剤治療を中止した。 イ Aは、平成29年8月以降、ガンが進行していることが判明したため、肝臓の専門家であるQ医師やP医師から抗ガン剤治療を勧められたが、同年10月、副作用を理由に抗ガン剤治療を受けない意思を示した。また、Aは、同年11月、P医師から、肺への放射線治療をしてもガンが悪化していることを伝えられたが、平成30年1月9日のP医師による最終診察日においても、抗ガン剤治療を再開する話をしなかった。 ウ Aは、低血糖で入院する以前は、自由に体を動かせることを一番に考えており、度々奈良の古民家を訪れるなど自動車の運転や外出することを好み、抗ガン剤治療の副作用で寝たきりであることは耐えられないと述べていた。また、延命治療を受けたくないと周囲に伝えてもいた。 ⑵ 検討 認定事実からすると、Aは入院前の時点で、抗ガン剤治療に効果があったことを認識しながらも、副作用を理由に抗ガン剤治療を中止し、さらに、ガンが悪化した後に再度抗ガン剤治療を勧められた際も、抗ガン剤治 認定事実からすると、Aは入院前の時点で、抗ガン剤治療に効果があったことを認識しながらも、副作用を理由に抗ガン剤治療を中止し、さらに、ガンが悪化した後に再度抗ガン剤治療を勧められた際も、抗ガン剤治療を受けない意思を示した。そうすると、低血糖脳症により入院しなかったとしても、抗ガン剤治療を一切再開しなかった可能性が認められる。 これに対し、P医師は、「最終診察日以降、抗ガン剤治療をしなかった場合の余命や抗ガン剤治療しか選択肢がないことなどを伝え、本人の意向も尊重し、副作用のより少ない抗ガン剤治療等を勧めるつもりであった。Aが60代とまだ若く、ガン患者の全身状態を評価する指標であるパフォーマンスステータスの値も良い上、治療に前向きであったことなどからすれば、抗ガン剤治療を一切行わないことは考えられない。」と証言する。確かに、P医師がそのような話をした場合に、Aが抗ガン剤治療やセカンドオピニオンを受けるなどした可能性は否定できないが、Aの従前の意向や治療経過に加え、多数のガン患者の臨床経験を有するR医師が、抗ガン剤の副作用により治療が継続できなくなった患者の半数以上が緩和治療を選ぶ旨証言していることなどからすると、Aが必ず抗ガン剤治療を受けたであろうとは言い切れない。 したがって、低血糖脳症による遷延性意識障害が、Aの抗ガン剤治療を妨げたと認めることはできない。 2 低血糖脳症による遷延性意識障害が衰弱やガンの進行を促進させたか⑴ 認定事実(関係証拠によれば、平成30年4月21日までのAの治療経過について以下の各事実が認められる。)ア Aは、1月26日、低血糖により入院した。栄養状態を示す指標の一つであるアルブミンの数値は、正常域の最低値が3.8であり、Aの数値は、入院前は3.8を超えていた。しかし、入院後の1月 )ア Aは、1月26日、低血糖により入院した。栄養状態を示す指標の一つであるアルブミンの数値は、正常域の最低値が3.8であり、Aの数値は、入院前は3.8を超えていた。しかし、入院後の1月31日時点では2. 3に下がり、その後2月22日は2.8、3月7日は3.1と改善傾向にあり、4月に入っても3.0前後を推移していた。 イ Aは、入院後、経鼻胃管で栄養投与されており、2月初旬頃から4月21日に初めて誤嚥性肺炎になるまでは、1日当たり1600kcalを投与されていた。 ⑵ P医師の証言内容及びその信用性ア P医師は、Aの入院後のアルブミン値が基準値を下回っており、栄養状態は徐々に悪化していたこと、寝たきりだと栄養サポートをしても一定以上栄養が回復しないこと、栄養状態にはパフォーマンスステータスが影響しており、栄養を「肉」にするためには運動が必要であるから、寝たきりで活動をしないと低栄養状態に陥ることなどを証言する。 イ P医師の証言について、Aのアルブミンの数値をみると、入院直後に急激に低下しているが、その後2月、3月と徐々に改善しており、基準値を下回っているものの、その後は安定している。 また、ガン治療の専門医であるR医師は、ステージ4のガン患者の場合、アルブミン値は2.5~3.3程度であることが多い旨証言し、多数の終末期の患者の臨床経験があるO医師も、アルブミンの正常値は若者を基準とした数値であり、高齢者や寝たきり患者の場合は3.0程度あれば衰弱することはないと証言している。栄養状態にパフォーマンスステータスが影響しており、寝たきりにより低栄養状態に陥るという点についても、R医師は、運動は筋肉の増強という意味はあるが運動をしなかったことが死亡につながるわけではない旨証言し、O医師も、寝たきりの患者であっ 影響しており、寝たきりにより低栄養状態に陥るという点についても、R医師は、運動は筋肉の増強という意味はあるが運動をしなかったことが死亡につながるわけではない旨証言し、O医師も、寝たきりの患者であっても長年生きる例もある旨証言する。これらの点に関するR医師及びO医師の証言は、ガン患者や終末期の患者について多数の臨床例を有する医師が、ガン患者や高齢患者についての自らの臨床経験等に基づいて述べたものであり、事実と異なる内容の証言をする特別な理由も見当たらないことから、信用性が高いといえる。 さらに、Aは、誤嚥性肺炎を起こすまでは、基礎代謝に相当する1日当 たり1600kcalを継続投与され、病院内において栄養管理が実施されていた。 ウ以上からすると、Aが誤嚥性肺炎を起こすまでの間、遷延性意識障害による寝たきりで栄養状態が徐々に悪化していたとするP医師の証言は、信用性の高いR医師及びO医師の証言と矛盾し、アルブミンの数値やカロリーの摂取量に照らしても信用性に疑いが残る。そうすると、Aが遷延性意識障害による寝たきりによって、死に向かって衰弱し続けたことが間違いないとはいえない。 ⑶ S医師の証言及びその信用性S医師は、寝たきりによって、免疫力が一気に落ちてガンの増殖にも寄与する旨証言する。これに対し、R医師は、寝たきりによってガンの増殖を防ぐT細胞等が減少や劣化するという報告例はないと証言しており、O医師も、寝たきりによる免疫力の低下に否定的意見を述べている。 この点、R医師は、多数のガン患者の臨床経験を有する専門医であり、免疫力の低下の有無について免疫細胞に関する具体的な証言をしているが、S医師は法医学の専門家であり、その証言によっても、寝たきりによって免疫力が低下し、ガンの増殖につながる具体的な理由は明らかにされてお 力の低下の有無について免疫細胞に関する具体的な証言をしているが、S医師は法医学の専門家であり、その証言によっても、寝たきりによって免疫力が低下し、ガンの増殖につながる具体的な理由は明らかにされておらず、疑問が残る。 そうすると、S医師の証言によって、遷延性意識障害による寝たきりが、Aのガンの進行を促したことが間違いないとはいえない。 ⑷ 小括以上によれば、低血糖脳症による遷延性意識障害によって、Aが寝たきりになって活動できなくなり、筋肉量が落ちるなどした事実や、Aの栄養状態が入院前より低下した事実があったとしても、Aが死に向かって衰弱し続けたり、Aのガンの進行が促進されたりしたことが間違いないということはできない。 3 低血糖脳症による遷延性意識障害が、誤嚥性肺炎を惹起して栄養減量に至らせ、ガンと相まってさらに衰弱を促進させ、全身状態の悪化を早めて死亡させたといえるか⑴ 認定事実(関係証拠によれば、以下の事実が認められる。)ア Aは、4月21日、多量の嘔吐により誤嚥性肺炎にかかり、絶食となったが、4月23日に栄養投与が再開され、4月24日には嘔吐前と同じ量の栄養投与に戻された。 イ 4月24日、Aの家族から担当医師に対し、Aに対する栄養を減量することができないかという相談がされた。これに対し、担当医師は、ガンの終末期で、本来徐々に食事量も減っていき亡くなっていくところであり、また、栄養や水を入れると痰が増えて苦しそうだが、それを減らすと楽になるため、少しずつ栄養を減らすことはできる旨回答し、その日の夜、栄養量を600kcalに減量する旨の指示を出した。 ウ 4月25日、病院内で倫理カンファレンスが実施され、Aの延命治療の中止が決定され、栄養量を減らすこととされた。なお、倫理カンファレン 栄養量を600kcalに減量する旨の指示を出した。 ウ 4月25日、病院内で倫理カンファレンスが実施され、Aの延命治療の中止が決定され、栄養量を減らすこととされた。なお、倫理カンファレンス時のカルテには、その内容として、Aがガンの終末期で治療をしても余命半年くらいである、経管栄養の注入で痰が多量に出ている、客観的に苦痛様と感じられることがある、家族の負担が大きい、Aの娘が積極的な治療や栄養投与を望まない、誤嚥性肺炎の危険率が高いなどと記載されている。 Aは、6月28日に死亡したが、その1か月余り前から、1日当たり200kcalの輸液による栄養投与に変更されていた。 ⑵ 低血糖脳症による遷延性意識障害が、栄養減量に影響を与えたといえるか認定した治療経過のとおり、4月21日にAが誤嚥性肺炎になった後、4月24日に家族が栄養減量の相談をした翌日に倫理カンファレンスが開かれていることからすると、ガンが相当程度進行していることを前提として、家 族の意向が栄養減量の判断につながったと考えられる。また、当時Aには多量の痰があり、R医師及びO医師が証言するとおり、痰の量を減らしてAの苦痛を和らげる目的も栄養減量の決定の理由であると考えられる。 この点、4月21日の誤嚥性肺炎自体は、その後、医師の判断で栄養補給が元の量に戻されるなどしており、一旦は回復したといえるから、この誤嚥性肺炎を解消するために栄養減量の決定がされたとはいえない。しかしながら、4月24日の時点で栄養減量について相談するに至った家族の心情について、直前の4月21日に実際に誤嚥性肺炎が起きてしまったことが影響していなかったとは考えられないから、この誤嚥性肺炎をきっかけとして栄養減量の相談がされたといえる。また、カルテの記載等からすれば、誤嚥性肺炎という現実の危険 に誤嚥性肺炎が起きてしまったことが影響していなかったとは考えられないから、この誤嚥性肺炎をきっかけとして栄養減量の相談がされたといえる。また、カルテの記載等からすれば、誤嚥性肺炎という現実の危険が生じたことが、担当医師の栄養減量の判断に一定の影響を与えたとみることもできる。そして、誤嚥性肺炎を起こした原因は、痰の吸引の刺激により嘔吐したことにあるが、痰の吸引が必要となったのは、低血糖脳症による遷延性意識障害に陥ったことで気管切開や経鼻流動食を余儀なくされたためであり、これについても、元々低血糖脳症が影響しているといえる。 そうすると、Aが低血糖脳症による遷延性意識障害で寝たきりとなり、4月21日に誤嚥性肺炎を引き起こしたことが、4月24日の家族の栄養減量の相談や、翌25日の栄養減量の決定に影響を与えていることは間違いないといえる。 ⑶ 4月25日からの栄養減量が、Aの死亡に影響を与えたといえるかア P医師及びS医師は、4月25日からの栄養減量により、日常必要なカロリーが不足し、明らかな低栄養状態に陥った旨証言し、O医師も、Aの死因は、Aが末期ガンの状態にあったことを踏まえて、4月25日以降、摂取するカロリーを減量したことにある旨証言している。また、R医師は、1日当たり400~600kcalの投与でも最低限生き長らえた可能性 はある旨証言するものの、一方で、体力低下や痩せたことが予後因子として数日から数週単位で生存期間を短くした可能性は否定できない旨も証言している。さらに、輸液だけに制限した場合の生存期間の平均は60日程度(前後20日)とするO医師の証言からすれば、死亡の1か月余り前から輸液だけとなったAの場合も概ね整合する。 そうすると、Aがやせ細って死亡したわけではない旨の弁護人の指摘を考慮しても、Aのガンが相 前後20日)とするO医師の証言からすれば、死亡の1か月余り前から輸液だけとなったAの場合も概ね整合する。 そうすると、Aがやせ細って死亡したわけではない旨の弁護人の指摘を考慮しても、Aのガンが相当程度進行していたことを前提として、4月25日から栄養減量したことが、Aの死亡に影響を与えたことは間違いないといえる。 イ弁護人は、腹水の状態などを指摘し、仮にAが意識障害になっていなかったとしても、ガンの影響で4月頃には食事量が減ったり嘔吐していた可能性について主張する。しかしながら、P医師は、Aの解剖の結果からして4月時点でAが臓器不全になっていないと考えられるので、4月21日時点では日常の食事を摂取できていた旨証言する。また、R医師も、一般論としてはガン患者の半数以上が死亡の1か月前頃から急に状態が悪くなり死亡する旨証言し、P医師も同趣旨の証言をしている。さらに、R医師は、低血糖脳症がなかった場合のAの4月頃の状態を問われた際に、食事量が減ったり嘔吐していた可能性について積極的に言及していない。加えて、家族から栄養減量の相談をされた担当医師は、ガンの終末期であり、本来徐々に食事量も減っていき亡くなっていくところであったと説明をする一方、倫理カンファレンス時のカルテの記載からすると、その頃のAの状態について余命半年程度と評価していたことがうかがわれる。そうすると、4月頃の時点で、Aがガンの進行により食事量が減ったり嘔吐していた可能性があるとは認められない。 4 結論以上検討したところによれば、Aが低血糖脳症による遷延性意識障害になっ たことが、4月21日の誤嚥性肺炎を引き起こし、それが、4月24日の家族による栄養減量の相談や、4月25日以降の栄養減量の原因となっており、それによる栄養量の低下が死亡に影響した 障害になっ たことが、4月21日の誤嚥性肺炎を引き起こし、それが、4月24日の家族による栄養減量の相談や、4月25日以降の栄養減量の原因となっており、それによる栄養量の低下が死亡に影響したことは明らかである。したがって、Aがガンの進行のみによって6月28日に死亡したとはいえず、低血糖脳症による遷延性意識障害になったことを原因として、ガンの進行と相まってAの死の結果を生じさせたといえるから、低血糖脳症を生じさせたインスリンの多量投与行為とAの死亡との間に因果関係が認められる。 第4 争点3(Cに対する殺人被告事件の事件性・犯人性について) 1 認定事実(関係証拠によれば、以下の事実が認められる。)⑴ 被告人は、3月5日、Tにあるパソコンで、「練炭からいつ一酸化炭素が出るのか」「練炭」という文字を入力し、3月8日には、自宅のパソコンで、「一酸化炭素中毒」「一酸化炭素」「死亡」などの文字を入力した。また、3月8日から27日にかけて、自宅のパソコンで、一酸化炭素中毒に関するウェブページの検索や閲覧をした。 ⑵ 3月5日、インターネットショップで、被告人の氏名や住所を注文者情報として練炭が注文され、3月9日頃、被告人方に配送された。 ⑶ 被告人は、3月19日、Tにおいて、「あの日、俺は夜中に実家に行った。」「皆寝てたから、俺はおとんにインスリンを打った。」「低血糖昏睡は、脳死って書いてたから、ガンで苦しむより脳死の方が楽やろうと」「家のローンを払ったるとか、車を買ったり、ほんま妬んでた。」「罪滅ぼしのつもりで、送迎や保証協会や本管のことをやってたけど、常に罪の意識から逃れることができへんかった。」「D、子供たちのことと、おかんのことを頼みます。」「俺の命と引き換えに、おとんの意識が戻ることを祈ってます。」などと記載された のことをやってたけど、常に罪の意識から逃れることができへんかった。」「D、子供たちのことと、おかんのことを頼みます。」「俺の命と引き換えに、おとんの意識が戻ることを祈ってます。」などと記載された、C名義の遺書を作成した。 ⑷ア被告人は、3月26日、Dを介してCに対し、「翌27日にJが保証協会の件で話したいのでA方に寄って欲しいと言っている」旨の虚偽の連絡を して、CをA方に呼び出した。 イ被告人は、3月27日の昼過ぎ頃、JのいるA方を訪れた。Jは、Aが入院中の病院に向かう予定であったが、被告人から手渡された抹茶ラテを飲んだ後、Cが訪れる前に眠ってしまった。 Cは、同日午後3時頃、Dに対し、保証協会での用事が終わったが、被告人がうるさいのでA方を訪れる旨の電話をした。また、同じ頃、Cの会社の共同経営者であるEが、Cに対し、同日の夕方、見積りの手伝いのために会社に来て欲しい旨の電話をしたところ、Cはこれを応諾した。その後、Cは、自ら自動車を運転してA方を訪れた。 ウ被告人は、3月27日午後6時41分頃、Dに対し、「Cと話をしていたら眠ってしまい、起きたらCの遺書の様なものが置かれていた。すぐにA方に来て欲しい。」旨の電話をした。Dは、その電話の15分から20分後にA方に到着した。その際、外で待っていた被告人は、DにC名義の遺書(以下「本件遺書」という。)を手渡した。Dは、その内容を確認した後、すぐにA方に入って2階に上がり、Jが部屋の真ん中で倒れるように寝ているのを発見した。Dは、Jを起こすために呼びかけていると、被告人に肩をたたかれ、「Dちゃんトイレ」と言って、ドアの閉まった2階トイレの方を指で示されたので、すぐにトイレに向かった。Dがトイレのドアを開けると、トイレ内に火のついた練炭が置かれており、毛布にくるまっ 肩をたたかれ、「Dちゃんトイレ」と言って、ドアの閉まった2階トイレの方を指で示されたので、すぐにトイレに向かった。Dがトイレのドアを開けると、トイレ内に火のついた練炭が置かれており、毛布にくるまった状態のCがトイレの壁にもたれて床に座っているのを発見した。なお、この際、トイレは施錠されておらず、ドアとその周りの枠の隙間にはボンドの様なものが付着していた。また、トイレ内には練炭の着火器具やボンドの様なものはなかった。 DはCをトイレから引っ張り出して心臓マッサージ等を行った。Cは、救急搬送されたが、同日、一酸化炭素中毒で死亡した。 エ Cの遺体からは、睡眠薬の成分であるブロチゾラム及びクアゼパム(そ の代謝物を含む)並びに抗うつ剤であるトラゾドンが検出された。当時、Cとその同居家族にはこれらの成分を含有する薬物はいずれも処方されていなかった。また、AとJにもブロチゾラムが含まれる薬しか処方されていなかった。一方、被告人には、これら3種類すべての成分が含まれる薬が処方されていた。 2 上記事実認定の補足説明⑴ Dの証言の信用性についてア上記認定事実のうち、3月27日のCの発見状況や被告人の行動等については、Dの証言に基づいて認定できる。なお、弁護人は、D証言について、Cが生前にAらから渡された1000万円に関して被告人から直接返金を求められたと証言するなど、捜査段階では一切供述していなかった内容の証言をしていることから、他の点に関しても変容した記憶に基づいて証言している可能性がある旨の主張をしているため、その信用性を検討する。 イ確かに、Dの証言は4年半以上も前の事柄に関するものであり、上記の1000万円に関する内容を含め、記憶がなくなったり変わったりした部分がある可能性は否定できない。一方、 用性を検討する。 イ確かに、Dの証言は4年半以上も前の事柄に関するものであり、上記の1000万円に関する内容を含め、記憶がなくなったり変わったりした部分がある可能性は否定できない。一方、Dにとって、突然危篤状態で発見された夫の命を必死に助けようとする3月27日の出来事は、非常に衝撃的なものであるから、本件に関する他の出来事について記憶が減退していても、3月27日当日の自身の行動は鮮明に記憶に残っていると考えられるし、その際に見聞きした被告人の言動についても、特にDの行動のきっかけとなった点については、同様といえる。また、本件当日、Jが寝ており、起こそうとしてもなかなか起きなかったとDが述べる状況は、Jの証言内容とも整合する。さらに、3月27日の一連の経過についての証言内容は具体的で自然である。 以上からすると、弁護人の主張を踏まえても、3月27日にDが自ら経 験した出来事に関して証言する部分については、信用できる。 ⑵ 被告人が本件遺書を作成したとの事実について(関係証拠から同事実を認定した理由について補足して説明する。)アまず、3月27日にDが手渡された本件遺書について、その文面と同じ語句が、文面どおりの順序で3月19日にTのパソコンで連続して入力されていることから、その頃、何者かによってTのパソコンで本件遺書が作成されたと認められる。また、それに先立つ2月22日及び3月16日にも、つなげれば本件遺書に似た内容の文章となる多数の語句がTのパソコンで入力され、3月11日にも、名宛人が異なるため表現ぶりは異なるものの、Cが自殺することを前提とする点で同趣旨の語句が入力されている。 比較的近い時期に同じパソコンで同じような内容が入力されていることからすれば、これらがいずれも、同一人物によって入力されたもの ものの、Cが自殺することを前提とする点で同趣旨の語句が入力されている。 比較的近い時期に同じパソコンで同じような内容が入力されていることからすれば、これらがいずれも、同一人物によって入力されたものであると認められる。 次に、2月22日及び3月11日の被告人の携帯電話の位置情報や被告人とNとの間のLINEメッセージのやり取りからすれば、少なくともこれらの日に上記の入力がされた頃、被告人はT内にいたと認められる。 これらの事実を前提に本件遺書の作成者について検討すると、Tの鍵はA、J、C及び被告人のみが所持していた上、本件遺書に被告人の家のローンに関する話など家族しか知らない内容が記載されていることから、本件遺書を作成したのは上記4人の誰かであると考えられる。この点、3月19日の本件遺書が作成された時間帯には、Aは入院しており、C及びDも、その携帯電話の位置情報等によればTとは別の場所にいたため、Tで本件遺書を作成することはできない。また、Jは、そもそもパソコンを使用できない旨証言する上、少なくとも2月22日や3月11日のTに被告人がいた時間帯に、あえてC名義の遺書という人に見られたくないであろう内容を入力するとは考え難いから、Jが本件遺書を作成したとも考えら れない。他方、被告人は、上記のとおり2月22日と3月11日の入力があった各時間帯にTにいたと認められ、3月19日の入力があった時間帯についても、被告人の携帯電話の位置情報がT付近を示している。また、被告人は、Tの代表者であり、一定時間、数回にわたってそのパソコンを使用していても特に不自然ではない。 以上によれば、被告人が本件遺書を作成したと認められる。 イこれに対し、弁護人は、①本件遺書に似た内容が入力された3月16日に被告人がTにいたことを示す携帯電話の位置情 特に不自然ではない。 以上によれば、被告人が本件遺書を作成したと認められる。 イこれに対し、弁護人は、①本件遺書に似た内容が入力された3月16日に被告人がTにいたことを示す携帯電話の位置情報の証拠がない、②本件遺書がTで印刷されたか不明である、③入力履歴から印刷された文章の内容は分からないなどと指摘して、被告人の犯行が証明されたとはいえないと主張する。 しかしながら、①については、その当時被告人が携帯電話を自宅等に置き忘れたり、携帯電話の充電が切れて位置情報が取得できなかったりした可能性が十分考えられる。また、②③については、3月19日はパソコンへの入力が終わった直後に「Book1」というファイルが印刷がされているところ、同趣旨の内容が入力された2月22日及び3月16日も、同様に入力の終了直後に「Book1」というファイルが印刷されている。 そして、3月19日に入力された語句と本件遺書の内容が酷似していることも併せて考えると、3月19日の入力直後にTで本件遺書が印刷されたとみるのが自然である。 したがって、弁護人の主張はいずれも採用できない。 3 被告人がCを練炭自殺に見せかけて殺害したといえるか⑴ 自殺の可能性について(事件性について)認定事実のとおり、Cは、事件当日、被告人に呼び出されて被告人やJのいるA方を訪れており、偶々呼出しを受けた他人の家に自殺用の練炭等を準備して向かうとは考え難い。また、自分以外の者がいる場所で自殺を図れば、 制止される可能性があるから、そのような場所をあえて自殺場所に選ぶのも不自然である。 その他にも、トイレが施錠されていなかったこと、トイレの中に練炭の着火器具やボンドの様なものがなかったこと、毛布にくるまってトイレの床に座り込んだ状態で発見されたことなど、Cの死 不自然である。 その他にも、トイレが施錠されていなかったこと、トイレの中に練炭の着火器具やボンドの様なものがなかったこと、毛布にくるまってトイレの床に座り込んだ状態で発見されたことなど、Cの死を自殺と考えるには状況的に不自然な点が多い。 さらに、C名義の本件遺書を被告人が作成していることも、自殺とみるには非常に不自然な事情といえる。加えて、Cに自殺をうかがわせる事情がなく、事件当日も夕方にEと会社で会う約束をしていた。 以上からすれば、Cが自殺したとは考えられない。 ⑵ 被告人が犯人であるといえることア認定事実のとおり、被告人は、Cが死亡する数日前にはCが死亡することを前提とする本件遺書を作成しているが、犯人以外の者がそのような遺書を作成するとは考え難い。 また、本件当日、犯行現場のA方にはJと被告人しかおらず、JはCが来る前に寝てしまっていた。そして、被告人は、電話連絡を受けたDが到着するまでの間に、Cを見つけることなく外でDを待っていたが、仮に本件遺書を発見して驚いてDに連絡をしたのであれば、Cの安否を確認するため、Dが来るまでの間にCがいる可能性の高い室内を探すはずである。 15分から20分という時間がありながら2階のトイレ内にいたCを見つけられていないことや、それにもかかわらず、Dの到着後間もなく、Cのいるトイレの扉を開けることなく、被告人がその方向を指し示したことは、いずれも極めて不自然である。 加えて、被告人は、Cが一酸化炭素中毒で死亡する前から、「一酸化炭素中毒」や「死亡」などの単語を検索している上、本件以前に練炭が被告人の自宅に配送されていることからすれば、殺害のために練炭を用意するこ とも可能であった。 そして、以上の諸事情に加え、Cの遺体から被告人にしか処方されて る上、本件以前に練炭が被告人の自宅に配送されていることからすれば、殺害のために練炭を用意するこ とも可能であった。 そして、以上の諸事情に加え、Cの遺体から被告人にしか処方されていなかった睡眠薬や抗うつ剤の成分が検出されたことや、Cが、本件当日、自動車を運転してA方に来ており、自ら睡眠薬等を飲むとは考えられないことからすると、被告人が何らかの方法でCにこれらの薬を飲ませたとみるのが自然である。 以上を総合して考えると、被告人がCに対して何らかの方法で睡眠薬を飲ませ、トイレ内で練炭を燃焼させて殺害したと認められる。 イこれに対し、弁護人は、Cが2階で横たわるJを見れば強い違和感を抱いて警戒するはずであって、睡眠薬等をどのようにCに飲ませたか分からないことや、睡眠薬摂取後にCがEやDに助けを呼ばなかったことが不自然である旨主張する。 しかしながら、Cは、被告人の呼出しに応じてA方を訪れており、自身が被告人に危害を加えられるとまでは認識しておらず、そのためさほど警戒していなかった可能性がある。また、CがA方を訪れた際に、Dが到着したときと同じ体勢でJが倒れていたとは限らず、例えば、Jがこたつ付近で寝ていたのであれば、Jが疲れて寝ている、普段から服用していた睡眠薬を飲んで寝ているなどと、被告人からもっともらしい説明をされるなどして納得した可能性もあり、Jが寝ていることを不審に思わなかったとしても不自然ではない。そうすると、当日の状況からしても、睡眠薬等を溶かしたり砕いたりするなどして飲み物に混ぜ、Cに服用させることが不可能であるとはいえない。また、U医師は、薬を砕いたりした場合に効き目が早くなる可能性や、睡眠薬と抗うつ剤を併用した場合の相乗効果について指摘しており、服用後、眠たくなってから に服用させることが不可能であるとはいえない。また、U医師は、薬を砕いたりした場合に効き目が早くなる可能性や、睡眠薬と抗うつ剤を併用した場合の相乗効果について指摘しており、服用後、眠たくなってから実際に眠るまでの時間がそれ程長くなかった可能性もあるから、異変を感じてからDやEに連絡しなかったことが不自然だとはいえない。 したがって、弁護人の主張はいずれも採用できない。 4 Cに対する殺意の有無について認定事実によれば、被告人は、本件の前から、Cが死亡することを前提とする内容の本件遺書を作成している。また、一酸化炭素中毒により人が死亡することは一般的に知られている上、被告人自身も「一酸化炭素中毒」「死亡」などの死に関する単語を検索している。このような被告人が、遺書や練炭を用意した上で、CをA方に呼び出して睡眠薬等を飲ませ、トイレに運んで練炭を燃焼させているのであるから、当初からCを殺すつもりであったことは明らかである。 5 結論以上によれば、被告人が、Cを練炭自殺に見せかけて、殺意をもって殺害したことが間違いないといえる。 第5 争点4(名誉毀損、器物損壊各被告事件の事件性・犯人性について) 1 被告人が4月27日にD方周辺に中傷文書を撒いたといえるか⑴ 関係証拠によれば、4月27日の午前2時10分頃からの約5分の間に、D方周辺に、「取材のご協力をお願いします。」と題する、Dらを誹謗中傷する文書(以下「中傷文書①」という。)が撒かれている。その直前の同日午前0時29分頃から午前1時39分頃にかけて、つなげれば中傷文書①と同じ内容となる語句がTのパソコンで連続して入力され、直後の同日午前1時52分頃に文書が複数セット印刷されていることから、この頃にTのパソコンで中傷文書①が作成されたと認め 、つなげれば中傷文書①と同じ内容となる語句がTのパソコンで連続して入力され、直後の同日午前1時52分頃に文書が複数セット印刷されていることから、この頃にTのパソコンで中傷文書①が作成されたと認められる。 また、この当時、Tへ深夜に自由に出入りできたのは被告人とJのみである。そして、中傷文書①が作成される直前まで、つなげると被告人が被告人名でVに郵送した文書と同じ内容になる語句がTのパソコンで入力されており、4月26日午後8時前後に被告人がNに対して事務所に泊まる旨のメッセージを送ったことも踏まえると、中傷文書①が作成された時間帯に、被告 人はTにいたと認められる。他方、Jは、パソコンが使えない旨証言する上、仮に作成するならその姿を人に見られたくないであろう中傷文書①を、わざわざ被告人のいる深夜のTで作成するとは考え難い。以上によれば、中傷文書①を作成したのは被告人であると認められる。 そして、中傷文書①は、記載内容からして第三者に見せる目的で作成された文書といえる上、被告人の印象が良くなるような内容にもなっていること、作成後撒かれるまで短い時間しかなく、第三者がこれを被告人から受け取って撒いたとは考え難いことからすると、作成者である被告人が中傷文書①をD方周辺に撒いたと認められる。犯人の使用車両と被告人の使用車両が似ていることも、この結論と矛盾しない。 ⑵ 弁護人は、プリンタの印刷ログから中傷文書が印刷されたかは分からないと主張するが、中傷文書①が撒かれる前には印刷されていなければならないから、中傷文書①と同じ内容が入力されてから犯行時刻までの間の印刷履歴が1回のみである以上、入力直後にTのプリンタで中傷文書①が印刷されたとみるほかない。また、弁護人は、中傷文書①が1枚の文書であるのにプリンタの印刷ログでは2頁分の文 から犯行時刻までの間の印刷履歴が1回のみである以上、入力直後にTのプリンタで中傷文書①が印刷されたとみるほかない。また、弁護人は、中傷文書①が1枚の文書であるのにプリンタの印刷ログでは2頁分の文書が印刷されているから矛盾すると主張するが、中傷文書①の右端の文字が若干切れていることからすると、データとしては2頁の設定になっていたものが印刷されたとの説明が可能である。したがって、弁護人の主張はいずれも理由がない。 また、弁護人は、W方から回収された中傷文書1枚が別の日や別人によって撒かれた可能性を指摘するが、第三者がDらを中傷する文書をコピーしてあえてW方に撒くことは考え難い。また、D方周辺の家には4月27日に同じ内容の中傷文書が複数撒かれていることから、北隣のW方のみ別の日に撒かれた可能性は低い上、犯行が発覚する危険があるにもかかわらず、後日、被告人があえてW方に中傷文書を撒くことも考え難い。 さらに、弁護人は、警察官が回収した2枚の中傷文書がどこにあったかが 不明であると指摘するが、同じ日に、同じ内容である他の中傷文書①が不特定又は多数の者の目に触れるように撒かれたと認められることを併せて考えれば、警察官が回収した2枚を含め、8枚の中傷文書①により公然と事実が摘示されたということができるから、弁護人の指摘は名誉毀損罪の成立に影響を及ぼさない。 2 被告人が4月27日にD方の自動車等を汚損したといえるか⑴ 関係証拠によれば、4月26日午後8時30分頃から翌27日午前6時頃までの間、中傷文書①を撒いた犯人以外にD方周辺に不審人物は認められない。また、中傷文書①を撒いた犯人は、文書を撒き終えた後に乗ってきた自動車に一旦戻った後再度D方付近に近寄り、あえて路上に停められたDの自動車の助手席側とD方の壁との間の狭い に不審人物は認められない。また、中傷文書①を撒いた犯人は、文書を撒き終えた後に乗ってきた自動車に一旦戻った後再度D方付近に近寄り、あえて路上に停められたDの自動車の助手席側とD方の壁との間の狭い隙間に入り込んでしばらく出てこないという不自然な行動をとっており、実際にその自動車の助手席側が塗料で汚損されている。しかも、その直後にD方のライトが点灯し、しばらくしてから同じ人物がD方の方向から出てきており、D方の駐車場にあった自転車と自動車を塗料で汚損することが可能な行動をとっていることが認められる。 これらの事実に加え、中傷文書①が撒かれたその日に、その犯人とは別の者が偶然同じ被害者宅の自動車や自転車を汚損するとは通常考えられないことや、いずれの犯人もDらを標的とする犯罪行為をしていることからしても、中傷文書①を撒いた犯人、すなわち被告人がD方の自動車等を汚損した犯人と認められる。 ⑵ 弁護人は、4月26日午後8時より前に汚損された可能性や、防犯カメラの設置されていないD方の北方向から来た人物が自動車等を汚損した可能性等を指摘する。しかしながら、D方の自動車や自転車にはいずれも赤い塗料が付着しており、同じ機会に汚損されたと認められるが、この自動車や自転車はDやその娘が通勤や通学に使用しており、汚損されればすぐに気付くはずである。特にDは4月26日も自動車を使用しており、そのサイドミラー にも赤い塗料が大きく付着していたことからすると、同日午後8時30分頃に帰宅する前に汚損に気付かなかったとは考え難い。また、弁護人がいうような別の人物が自動車等を汚損したとすると、中傷文書①を撒いた犯人が上記のとおり自動車横の隙間に入り込むなどの不審な行動をとった理由を説明できない。したがって、弁護人の主張は採用できない。 3 被告人が、C が自動車等を汚損したとすると、中傷文書①を撒いた犯人が上記のとおり自動車横の隙間に入り込むなどの不審な行動をとった理由を説明できない。したがって、弁護人の主張は採用できない。 3 被告人が、Cが代表を務めていたFの取引先等(以下「取引先会社」という。)に各中傷文書を郵送したといえるか関係証拠によれば、5月14日、取引先会社に対し、中傷文書①に加え、末尾に「I関係者代表」と記載された、Dらを誹謗中傷する文書(以下「中傷文書②」という。)がG郵便局から郵送されている。中傷文書②について、4月28日には、Tのパソコンで、つなげればこの文書と同じ内容となる語句が連続して入力され、入力が終わった直後にプリンタの印刷履歴がある。そして、Tに自由に出入りできたのが被告人とJのみであったことに加え、中傷文書①及び中傷文書②の内容が共通しており、取引先会社にはこれら2枚の中傷文書が一緒に郵送されたことも併せ考えると、中傷文書②を作成したのは、中傷文書①を作成した被告人であると認められる。 そして、中傷文書①、②は第三者に見せる目的で作成されたものであると考えられるから、その作成者がこれらの文書を郵送した可能性が高い。また、5月14日にG郵便局で中傷文書①、②が入った郵便物が受け付けられた際に発行された領収書が、T内にあったスクラップブックに貼られている。郵便局内の防犯カメラ映像によれば、窓口で上記郵便物を差し出した人物と被告人は、風貌や黒い肩掛けカバンなどの持ち物が類似しており、このことも被告人が犯人であるとの結論と矛盾しない。これらの事実を踏まえると、被告人が中傷文書①、②を郵送したと認められる。 4 結論以上のとおり、被告人が、4月27日にD方周辺に中傷文書①を撒いた上、 D方の自動車等を汚損し、さらに、5月14日に取引 、被告人が中傷文書①、②を郵送したと認められる。 4 結論以上のとおり、被告人が、4月27日にD方周辺に中傷文書①を撒いた上、 D方の自動車等を汚損し、さらに、5月14日に取引先会社にそれぞれ中傷文書①、②を郵送したと認められる。 (法令の適用)省略(量刑の理由) 1 本件では検察官が死刑を求刑したため、まず、これまでの裁判例の集積を踏まえ、死刑選択における最も重要な考慮要素は被害結果の重大性、すなわち殺害された被害者の数であり、次いで、犯行の動機、犯行の計画性、犯行態様、殊に殺害の手段方法の執拗性・残虐性の有無等が、生命侵害の危険性や生命軽視の程度等を検討する上で重要な考慮要素であること、それらの他に、遺族の処罰感情、社会的影響、犯人の年齢、犯行後の事情や前科関係等の諸要素を限定的な重みをもつものとして考慮することを裁判体の共通認識とした。 その上で、被告人につき死刑を選択することが真にやむを得ないといえるかについて、被害者が2名の殺人既遂事件の裁判員裁判で死刑又は無期懲役の判決がされた事案を中心に検討し、公平性の観点も踏まえて慎重に議論を行った。 2 A殺害事件について⑴ Aは、ガンにより余命が長くない中、妻のJと奈良の古民家を訪れたり旅行をしたりして余生を過ごしていたところ、本件犯行により突然意識障害に陥り、最後まで意識を回復することなくその生涯を閉じた。残された家族に別れの言葉をかけることもできずに命を奪われたAの無念は計り知れず、被害結果は重大である。 ⑵ 被告人は、「低血糖死亡」などの単語を検索し始めてから約9日後に、Aを殺害するつもりで1回目の低血糖を引き起こしたインスリン投与に及んだが、失敗したため、Aが退院したその日の夜に再びインスリンを投与し、Aを1回目の低血糖時よりも更 を検索し始めてから約9日後に、Aを殺害するつもりで1回目の低血糖を引き起こしたインスリン投与に及んだが、失敗したため、Aが退院したその日の夜に再びインスリンを投与し、Aを1回目の低血糖時よりも更に重度の低血糖状態にさせた上、あえて7時間以上も放置した。これらの行動からすると、被告人が犯行時に強い殺意を有していたこと に加え、突発的に犯行に及んだ事案と異なり、犯行を思いついてから実行するまでに一定の時間があったにもかかわらず、思い直すことなく殺害行為に及んだといえるから、生命軽視の程度が大きかったと認められる。もっとも、投与後に初めて血糖値の測り方を検索していることなどからすれば、計画が緻密であったとはいえず、生命侵害の危険性を高めるという意味では他の事案と比べ計画性が高いとは評価できない。 また、A殺害の動機は不明であり、利欲的動機や身勝手な動機が認められる他の死刑判決事案と比較して、社会的な非難や生命軽視の程度が同程度とはいい難く、一定程度低くみるほかない。さらに、退院直後に犯行に及び、血糖値を測定しながら長時間放置した点や、事故を偽装している点で一定の執拗性や巧妙性は認められるが、ガンによる衰弱と相まって死の結果が生じており、インスリン投与による低血糖状態が直接の死因になっていないことからすれば、生命侵害の危険性については、他の死刑求刑事案の中でも低かったといわざるを得ない。 3 C殺害事件について⑴ Cは、家族4人で幸せな生活を送る中、突然命を奪われてその生涯を終えたものであり、当時中高生の子どもたちの成長を見届けることもできずに亡くなった無念さは察するに余りあり、被害結果は重大である。法廷で、娘が、父を失った悲しさや悔しさを訴え、また、妻であるDが夫の未来や家族の幸せを奪われたことについて、この先も被告 ることもできずに亡くなった無念さは察するに余りあり、被害結果は重大である。法廷で、娘が、父を失った悲しさや悔しさを訴え、また、妻であるDが夫の未来や家族の幸せを奪われたことについて、この先も被告人を許すことはないと述べて極刑を求めるなど、遺族の処罰感情が厳しいのも当然である。 ⑵ 被告人が偽造した遺書の内容からすると、被告人は、Aを殺害しようとした約2か月後に、少なくともその罪をCになすり付ける目的で本件犯行に及んだと認められる。保身のためであったとしても、その動機は自己中心的なものであって、生命を軽視する程度が大きいといえる。また、この点でAとCを被害者とする2件の殺人事件は関連しており、無関係な理由で別の機会に2件の殺 人に及んだ事案と同視することはできないものの、1件目の殺人の後に一定の時間的余裕があり、犯行を思い直すことができたにもかかわらず再び殺人に及んだ点も、被告人の生命軽視の程度が大きいことを示す事情である。 次に犯行の計画性についてみると、被告人は、犯行の約1か月前からC名義の遺書を作成し始め、一酸化炭素に関する検索をしたり、睡眠薬等を準備するなどし、A方に呼び出した上で、Cを自殺に見せかけて殺害している。犯行直後にDやEに疑われるなど、犯行発覚の防止という点ではやや稚拙な面があるものの、殺害という点では睡眠薬を飲ませた状態で密室で練炭を燃焼させて殺害するという危険性の高い方法を選んでおり、犯罪が発覚しないように遺書を偽造するなど、巧妙な面もある。このように、計画性は高い部類に属するといえ、被告人の生命軽視の姿勢が表れている。さらに、犯行態様は必ずしも残虐とはいえないものの、この計画に基づいて実行しており、生命侵害の危険性も高かったといえる。 4 その他の事情被告人は、C殺害事件の約1か月後、Dら 表れている。さらに、犯行態様は必ずしも残虐とはいえないものの、この計画に基づいて実行しており、生命侵害の危険性も高かったといえる。 4 その他の事情被告人は、C殺害事件の約1か月後、Dらへの名誉毀損等の犯行にも及んだ。 これらは、夫や父を亡くしたCの遺族らに追い打ちをかけるような卑劣な犯行であり、決して許されるものではなく、考慮の重みが限定的とはいえ、一定の非難は免れない。なお、検察官は、これらの犯行について、被告人の生命軽視の態度が著しいものとして評価すべきであると主張するが、直接的に死の結果を生じさせた犯行ではない以上、採用できない。 5 総合評価以上検討した諸要素を前提に、被告人の罪責について検討する。 ⑴ 本件は、複数の機会に、それぞれ一定の計画に基づいて2名の尊い命を奪った悪質な事案であり、特にC殺害事件は、動機の悪さや計画性の高さなどからして、被告人の生命軽視の程度や生命侵害の危険性が高く、その悪質さは、他の死刑判決事案と比べても遜色ないといえる。一方、A殺害事件は、動機が不 明な点や計画性が高いとはいえない点で生命軽視の程度が最も高いとは評価できず、行為の危険性も比較的低いから、他の死刑判決事案と比べても、同等の悪質性があるとはいい難く、非難の程度は劣るといわざるを得ない。そして、C殺害事件が他の死刑判決事案と比べて突出した悪質性があるとまではいえない以上、これら2件の殺人事件を併せてみた場合でも、死刑選択が真にやむを得ないと評価するには疑問が残る。 その他の事情についても検討すると、C殺害事件後の名誉毀損等は卑劣な行為ではあるものの、被告人の生命軽視の態度とは直ちに結びつかない以上、死刑選択方向に大きく考慮することはできない。また、遺族の処罰感情は結果の重大性の中で考慮されている上、被害者両 毀損等は卑劣な行為ではあるものの、被告人の生命軽視の態度とは直ちに結びつかない以上、死刑選択方向に大きく考慮することはできない。また、遺族の処罰感情は結果の重大性の中で考慮されている上、被害者両名の妻や母であるJが極刑を望んでいないことも踏まえると、遺族の処罰感情を死刑選択の方向に大きく考慮することもできない。本件の社会的影響や被告人の年齢、前科関係も死刑を選択する方向に考慮するほどの事情とはいえない。 ⑵ 本件の被害結果は非常に重大で、被告人の行為はいずれも到底許されるものではなく、被害者や遺族の無念な思いも十分に理解できる。しかしながら、他方で、死刑は他の刑罰と異なり、被告人の生命を奪い去るという点で、究極の刑罰であり、これまで検討してきた結果を踏まえると、従前の死刑判決事案との比較において、死刑を選択するのが真にやむを得ないとまではいえないと判断した。 もっとも、上記指摘した点からすれば、被告人の責任は非常に重く、有期懲役刑は相当ではない。そこで、被告人には、その生涯をかけて、自己の犯した罪と向き合わせるべきであると判断し、主文のとおり無期懲役に処することにした。 (求刑-死刑)大阪地方裁判所第14刑事部 裁判長裁判官坂口裕俊 裁判官湯川 亮 裁判官岡野哲郎 別紙1~3、別表(省略)

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