主文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理由 上告代理人富岡規雄の上告受理申立て理由(同第2の3を除く。)について 1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。 (1) 被上告人は,平成12年8月22日,D興産株式会社(以下「D興産」という。)の仲介により,Eとの間で,栃木県足利市a町b丁目c番4所在の宅地(以下「本件土地」という。)をEに対して代金1800万円で売り渡し,契約締結時に手付金として200万円を受け取り,同年9月7日までに本件土地の引渡し及び所有権移転登記手続(以下「本件登記手続」という。)を完了することと引換えに残代金1600万円の支払を受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。 なお,本件土地は,平成7年5月18日,同所同番の土地(以下「合筆前の本件土地」という。)に他の4筆の土地が合筆されて1筆の土地となったものである。 (2) D興産の宅地建物取引主任者であるFは,被上告人及びEの了解を得て,平成12年8月25日,司法書士である上告人に対し,本件登記手続についての売主及び買主の代理の嘱託(以下「本件嘱託」という。)をした。 (3) 本件土地の閉鎖登記簿謄本には,合筆前の本件土地について,平成5年2月1日に足利市から株式会社Gに対して「払下」を登記原因とする所有権移転登記がされた後,同年5月17日に株式会社Gから有限会社H建設に対して「売買」を登記原因とする所有権移転登記がされ,平成7年5月18日,同登記が「錯誤」を登記原因として抹消された上で,株式会社Gから有限会社Iに対して「真正な登記名義の回復」を登記原因とする所有権移転登記がされるとともに,有限会社I名義- 1 -の他の4筆の土地が合筆 が「錯誤」を登記原因として抹消された上で,株式会社Gから有限会社Iに対して「真正な登記名義の回復」を登記原因とする所有権移転登記がされるとともに,有限会社I名義- 1 -の他の4筆の土地が合筆され,その後,登記名義人の表示を,商号変更,本店移転及び組織変更を登記原因として有限会社Iから被上告人に変更する旨の登記がされた旨の記載がある。 (4) 上告人は,被上告人とEとが売買代金の決済及び本件登記手続を行うことを約定した日である平成12年9月7日,F,被上告人代表者及びEに対し,事前の予告,説明もなく,突然に,本件土地については,その実体的所有関係を確定することができず,本件売買契約によって本件土地の所有権がEに移転するとは限らないという問題があるので,本件嘱託を受けることはできない旨を述べた。 (5) 上告人の上記発言を聞いたEは,被上告人に対し,登記手続の専門家である司法書士が所有権移転登記手続についての代理の嘱託を拒むような物件を買うことはできないので,本件売買契約を解除したい旨を申し入れ,被上告人は,やむなくこれに応じ,Eに対して手付金200万円を全額返還した。 2 本件は,上告人が,売買代金の決済及び本件登記手続を行うことを約定した日の当日になって正当な事由なく本件嘱託を拒み,その際,買主であるEに対し,本件嘱託を拒む理由として,本件売買契約によって本件土地の所有権がEに移転するとは限らないなどと述べた行為が違法であり,被上告人は,これにより取引上の信用を毀損され,本件売買契約を合意解除することを余儀なくされ,損害を被ったとして,上告人に対し,不法行為による損害賠償を求める事案である。 3 司法書士法(平成14年法律第33号による改正前のもの)2条1項1号に規定する登記手続の代理事務に係る業務については,司法書士会に入会 ,上告人に対し,不法行為による損害賠償を求める事案である。 3 司法書士法(平成14年法律第33号による改正前のもの)2条1項1号に規定する登記手続の代理事務に係る業務については,司法書士会に入会している司法書士でない者は,他の法律に別段の定めがある場合を除き,これを行ってはならないものとされていること(同法19条1項)及び上記業務の性質,内容等にかんがみ,司法書士は,正当な事由がある場合でなければ上記業務に係る嘱託を拒むことができないものとされており(同法8条),嘱託を拒んだ場合において,嘱託人- 2 -の請求があるときは,その理由書を交付しなければならないとされている(平成15年法務省令第27号による改正前の司法書士法施行規則23条)。 上告人は,所有権移転登記の登記原因である「払下」は,税務署の公売又は裁判所の競売による売却と同視できるから,合筆前の本件土地について,足利市から「払下」を登記原因として所有権移転登記を受けた株式会社Gから有限会社Iに対して「真正な登記名義の回復」を登記原因として所有権移転登記がされているのは不自然であり,また,商号を株式会社Gとし,本店所在地を栃木県足利市d町e番地とする株式会社が時期を異にして2社存在したことがうかがわれるので,合筆前の本件土地につき足利市から所有権移転登記を受けた株式会社Gと,有限会社Iに対する所有権移転登記手続を了した株式会社Gとの同一性には疑問があり,これを確認することは困難であるから,本件土地についての実体的所有関係を確定することができず,本件売買契約によって本件土地の所有権がEに移転するとは限らないと判断したと主張する。 しかしながら,所有権移転登記の登記原因である「払下」は,公売や競売等の公法上の処分がされた場合とは異なり,市町村が所有する普通財産を地方自治法23 Eに移転するとは限らないと判断したと主張する。 しかしながら,所有権移転登記の登記原因である「払下」は,公売や競売等の公法上の処分がされた場合とは異なり,市町村が所有する普通財産を地方自治法238条の5第1項に基づき売り払った場合の登記原因であり,市町村が所有する普通財産の売払いは,私法上の売買と解されるから(最高裁昭和33年(オ)第784号同35年7月12日第三小法廷判決・民集14巻9号1744頁参照),「払下」を登記原因として所有権移転登記を受けた株式会社Gから有限会社Iに対して「真正な登記名義の回復」を登記原因とする所有権移転登記手続がされていることが,特段,不自然であるということはできない。そして,司法書士である上告人は,上記の場合に,上記のような所有権移転登記手続が行われることが,特段,不自然なものではないことを,容易に理解し,認識することができたものというべきである。 また,前記のとおり,商号を株式会社Gとし,本店所在地を前記の場所とする株- 3 -式会社が時期を異にして2社存在したとしても,この事実のみから,直ちに,合筆前の本件土地につき足利市から「払下」を登記原因とする所有権移転登記を受けた株式会社Gと,有限会社Iに対する所有権移転登記手続を了した株式会社Gとの同一性を疑うに足りる相当の理由があるとまでいうことはできない。そうすると,仮に,上告人が上記の同一性の点について懸念を持ったとしても,嘱託をした被上告人に対して上記の懸念を伝えて,この点に関する説明や商業登記簿謄本等の資料の提出を求めるなどの調査,確認もせずに,商号を株式会社Gとし,本店所在地を前記の場所とする株式会社が時期を異にして2社存在した事実のみに基づき,本件土地についての実体的所有関係を確定することができず,本件売買契約によって本件土地の所有権が を株式会社Gとし,本店所在地を前記の場所とする株式会社が時期を異にして2社存在した事実のみに基づき,本件土地についての実体的所有関係を確定することができず,本件売買契約によって本件土地の所有権がEに移転するとは限らないと判断したことは合理性を欠くというべきである。現に,記録によれば,足利市から合筆前の本件土地の払下げがされた時点(平成4年10月3日)において,商号を株式会社Gとし,本店所在地を前記の場所として登記されていた会社は,上記時点以降,合筆前の本件土地につき有限会社Iに対する所有権移転登記手続がされた時点(平成7年5月18日)に至るまでの間,商号変更又は本店移転の登記をしたことはなく,上記の同一性の点は,優に肯認し得るものであることがうかがわれ,上告人が上記の調査,確認をさえしていれば,上告人の上記懸念は,容易に解消することができたものというべきである。 【要旨】してみると,上告人が,本件売買契約の決済日の当日になって,突然,被上告人及びEに対し,本件土地についての実体的所有関係を確定することができず,本件売買契約によって本件土地の所有権がEに移転するとは限らない旨を述べ,これを理由に本件嘱託を拒んだことには正当な事由があるとはいえないものというべきであり,上告人の本件嘱託の拒否及び上記の発言は,いずれも違法と解すべきであるから,本件事実関係の下において,被上告人の請求を一部認容した原審の判断は,結論において是認することができる。論旨は,採用することができない。 - 4 -よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官藤田宙靖裁判官金谷利廣裁判官濱田邦夫裁判官上田豊三)- 5 - 判長裁判官藤田宙靖裁判官金谷利廣裁判官濱田邦夫裁判官上田豊三)- 5 -
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