令和5(あ)246 業務上過失致死傷被告事件

裁判年月日・裁判所
令和7年3月5日 最高裁判所第二小法廷 決定 棄却 東京高等裁判所 令和1(う)2057
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判決文本文12,209 文字)

- 1 - 主文 本件各上告を棄却する。 理由 検察官の職務を行う指定弁護士石田省三郎ほかの上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。 所論に鑑み、職権により判断する。 1 本件公訴事実の要旨本件公訴事実(訴因変更後のもの)の要旨は、以下のとおりである。 丙は、平成14年10月から東京電力株式会社代表取締役社長、平成20年6月から同社代表取締役会長として、同社が福島県双葉郡a町に設置した発電用原子力設備である福島第一原子力発電所(以下「本件発電所」という。)の運転、安全保全業務に従事していた者である。被告人甲は、平成17年6月から同社常務取締役、原子力・立地本部本部長、平成19年6月から同社代表取締役副社長、同本部本部長、平成22年6月から同社フェローとして、被告人乙は、平成17年6月から同社執行役員、同本部副本部長、平成20年6月から同社常務取締役、同本部副本部長、平成22年6月から同社代表取締役副社長、同本部本部長として、それぞれ丙を補佐して、本件発電所の運転、安全保全業務に従事していた者である。被告人甲、同乙及び丙(以下「被告人ら」という。)は、想定される自然現象により本件発電所の原子炉の安全性を損なうおそれがある場合には、防護措置等の適切な措置を講じるべき業務上の注意義務があったところ、同発電所に小名浜港工事基準面から10mの高さの敷地(以下、同基準面からの高さを「O.P.+10m」などといい、敷地の高さを「10m盤」などという。)を超える津波が襲来し、その津波が同発電所の非常用電源設備等があるタービン建屋等へ浸入することなどによ令和5年(あ)第246号業務上過失致死傷被 などといい、敷地の高さを「10m盤」などという。)を超える津波が襲来し、その津波が同発電所の非常用電源設備等があるタービン建屋等へ浸入することなどによ令和5年(あ)第246号業務上過失致死傷被告事件令和7年3月5日第二小法廷決定- 2 -り、同発電所の電源が失われ、非常用電源設備や冷却設備等の機能が喪失し、原子炉の炉心に損傷を与え、ガス爆発等の事故が発生する可能性があることを予見できたのであるから、10m盤を超える津波の襲来によってタービン建屋等が浸水し、炉心損傷等によるガス爆発等の事故が発生することがないよう、防護措置等の適切な措置を講じることにより、これを未然に防止すべき業務上の注意義務があったのにこれを怠り、防護措置等の適切な措置を講じることなく、漫然と同発電所の運転を継続した過失により、平成23年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震(以下「本件地震」という。)に起因して襲来した津波が、同発電所の10m盤上に設置されたタービン建屋等へ浸入したことなどにより、同発電所の全交流電源等が喪失し、非常用電源設備や冷却設備等の機能を喪失させ、これによる原子炉の炉心損傷等により、①同月12日午後3時36分頃、同発電所1号機原子炉建屋において、水素ガス爆発等を惹起させ、同原子炉建屋の外部壁等を破壊させた結果、被害者3名に傷害を負わせ、②同月14日午前11時1分頃、同発電所3号機原子炉建屋において、水素ガス爆発等を惹起させ、同原子炉建屋の外部壁等を破壊させた結果、被害者10名に傷害を負わせ、③上記水素ガス爆発等により、被害者43名に長時間の搬送や待機等を伴う避難を余儀なくさせた結果、同被害者らを死亡させ、④上記水素ガス爆発等により、a町所在の病院の医師らが同病院から避難を余儀なくさせられた結果、同病院で入院加療中 害者43名に長時間の搬送や待機等を伴う避難を余儀なくさせた結果、同被害者らを死亡させ、④上記水素ガス爆発等により、a町所在の病院の医師らが同病院から避難を余儀なくさせられた結果、同病院で入院加療中の被害者1名に対する治療及び看護を不能とさせ、これにより同被害者を死亡させた(以下、被害者らの死傷結果を「本件結果」といい、本件地震の発生から本件結果の発生までの一連の事象を「本件事故」という。)。 2 本件の審理経過並びに第1審判決及び原判決の各判断⑴ 本件においては、第1審で公判前整理手続を経て争点及び証拠の整理がされ、第1審以来、被告人らにおいて、本件発電所に一定以上の高さの津波が襲来することについての予見可能性があったと認められるか否かが主たる争点であるとされた。具体的には、本件地震は、平成23年3月11日、三陸沖(牡鹿半島の東南- 3 -東約130㎞付近、深さ約24㎞で、本件発電所からの震央距離約178㎞、震源距離約180㎞の地点)を震源として発生し、地震の規模を示すマグニチュードはモーメントマグニチュード(震源の物理的な規模を表す地震モーメントから決められる地震の大きさの指標)9.0であり、本件結果は、本件地震に伴い発生した津波が防波堤を越えて、同発電所の10m盤及び非常用海水系ポンプが配置されていた4m盤の全域が浸水したために、同発電所1号機から3号機までは、電源が失われて原子炉停止後も発熱が続く炉心を冷却する機能を喪失し、原子炉圧力容器内の水位が低下して燃料が気体部分に露出する状態になり、被覆管の材料の化学反応により大量の水素ガスが発生し、水素ガスに着火して原子炉建屋が爆発し、放射性物質が大気に放出されるという経過で引き起こされたものであったところ、同発電所に10m盤を超える津波が襲来することについて、被告人らに予見可 ガスが発生し、水素ガスに着火して原子炉建屋が爆発し、放射性物質が大気に放出されるという経過で引き起こされたものであったところ、同発電所に10m盤を超える津波が襲来することについて、被告人らに予見可能性があったと認められるか否かが問題となった。 ⑵ 第1審判決は、被告人らにおいて、本件公訴事実に係る業務上過失致死傷罪の成立に必要な予見可能性があったものと合理的な疑いを超えて認定することができず、犯罪の証明がないことになるとして、被告人らは無罪であるとした。 ⑶ 第1審判決に対し、指定弁護士が控訴し、事実誤認等を主張したが、原判決は第1審判決を是認した。その判断の要旨は、以下のとおりである。 ア過失における結果回避可能性ないし結果回避義務は、義務を負うべき者に対して結果発生を回避すべき具体的な措置を義務付けるものであるから、それに対応する予見可能性ないし予見義務も、そのような具体的な結果回避措置との関係で論じられるべきである。 そして、本件結果の回避措置として、指定弁護士が、防潮堤設置等の措置を講じて完了させることで本件事故を回避できたとは主張せず、これらの措置の完了までの間、本件発電所の運転停止措置を講じるべきであったと主張していたことを踏まえると、同発電所の運転停止義務を課すにふさわしい予見可能性があったと認められるかが本件の核心であり、また、防潮堤設置等の措置による回避可能性があった- 4 -という立証も不十分であることなどから、被告人らに、同発電所の運転を停止するという回避措置に応じた予見可能性ないし予見義務があったか否かが問題となる。 イ指定弁護士は、被告人らにおいて本件発電所に10m盤を超える津波が襲来することの予見可能性があったと認められるとする根拠の一つとして、A社が平成20年3月及び4月に東京電力に報告 題となる。 イ指定弁護士は、被告人らにおいて本件発電所に10m盤を超える津波が襲来することの予見可能性があったと認められるとする根拠の一つとして、A社が平成20年3月及び4月に東京電力に報告した津波試算結果(以下「平成20年津波試算」という。)において、O.P.+15.707mの津波が襲来する可能性が示されていたことを挙げている。この試算結果は、文部科学省に設置された地震調査研究推進本部(以下「地震本部」という。)が平成14年7月に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下「長期評価」という。)の見解を基に、公益社団法人土木学会原子力土木委員会の下に設置された津波評価部会が同年2月に公表していた「原子力発電所の津波評価技術」(以下「津波評価技術」という。)の手法に基づいて算出されたものである。したがって、平成20年津波試算に基づいて本件発電所に10m盤を超える津波が襲来することの予見可能性があったと認められるか否かは、長期評価をどのように受け止めるべきであったかという問題と、長期評価の示した見解を基に波源を設定した上で津波評価技術の手法に基づいて数値を算出したことをもって当該数値の示す高さの津波襲来の可能性を認識できたかという問題について検討する必要がある。 ウ(ア) 長期評価は、三陸沖から房総沖までの領域を対象とし、長期的な観点で地震発生の可能性、震源域の形態等について評価して取りまとめたもので、三陸沖北部から房総沖までの海溝寄りを一つの領域とした上で、同領域におけるプレート間大地震(津波地震)について、明治29年の明治三陸地震と同様の津波マグニチュード(津波の高さの分布を使って算出する地震の大きさの指標)8.2前後の地震が同領域内のどこでも発生する可能性があり、30年以内の発生確率は20%程度 明治29年の明治三陸地震と同様の津波マグニチュード(津波の高さの分布を使って算出する地震の大きさの指標)8.2前後の地震が同領域内のどこでも発生する可能性があり、30年以内の発生確率は20%程度であることなどを内容とするものである。 このような長期評価において示された見解は、地震本部において、多数の関連分野の専門家委員らによる審議を経て取りまとめられたものであり、見過ごすことの- 5 -できない重みを有していたものといえる。 しかしながら、長期評価が、明治三陸地震等のマグニチュード(地震波(地震動)の大きさ(揺れの大きさ)の分布を使って算出する地震の規模を表すもの)8クラスの津波地震と同様の地震が発生する可能性がある領域について、三陸沖北部から房総沖までの海溝寄りの領域を一まとめに設定した部分は、発生の可能性が否定できない領域を一体として取り扱うという消極的な判断と受け止められる内容であったこと、地震本部自らが、平成15年3月に「千島海溝沿いの地震活動の長期評価について」において、三陸沖北部から房総沖までの海溝寄りのプレート間大地震(津波地震)については、発生領域の評価の信頼度も発生確率の評価の信頼度もやや低いものと位置付け、長期評価の見解の信頼度がかなり低いと受け止められる評価を公表したこと、既往地震について性質を共有するものとして捉えた上、同様の地震が福島県沖や茨城県沖の海溝寄りの領域においても発生する可能性があるという見解は一般に受け入れられる素地が十分にあったとも考えられないこと、関係機関等によって長期評価の見解が防災対策に取り込まれることはなく、長期評価の見解が示した領域設定等が十分に受け止められていなかったとみられること等を踏まえると、本件発電所の運転に携わる者らにとって、本件地震当時までの時点において、長期評価 り込まれることはなく、長期評価の見解が示した領域設定等が十分に受け止められていなかったとみられること等を踏まえると、本件発電所の運転に携わる者らにとって、本件地震当時までの時点において、長期評価の見解は、10m盤を超える津波が襲来するという現実的な可能性を認識させるような性質を備えた情報であったとまでは認められない。 また、津波評価技術では、波源域の分布やプレート境界面の形状の分析等を通じて、福島県沖と茨城県沖の日本海溝沿いには波源設定のための領域を設定せず、波源設定のための領域区分等について長期評価とは全く異なる考えが示されていたのであり、両者を組み合わせて計算された水位をもって、本件発電所に10m盤を超える津波が襲来する現実的な可能性を認識させる根拠とすることはできない。 以上によれば、本件地震前に、本件発電所に10m盤を超える津波が襲来する現実的な可能性を認識させるような知見や状況等があったとは認められない。 (イ) 被告人らの認識についてみても、長期評価の見解やこれに基づくA社の- 6 -平成20年津波試算について、被告人乙が、原子力安全委員会により平成18年に改訂された「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」に基づき、既設の原子力施設について求められていた耐震安全性の確認(耐震バックチェック)の対策として何らかの検討を行うこととは別に、本件発電所に襲来する現実的な可能性のある津波を想定し、かつ、東京電力において直ちにこれに対する具体的な対策を講じなければならない必要性を示すものとまではいえないと認識したとしてもやむを得ない。被告人甲も、被告人乙から、平成20年8月初旬頃、長期評価の見解に従った試算により本件発電所で高い津波水位が得られたが、長期評価にはよく分からない点があるため、長期評価の見解について土木学会に ない。被告人甲も、被告人乙から、平成20年8月初旬頃、長期評価の見解に従った試算により本件発電所で高い津波水位が得られたが、長期評価にはよく分からない点があるため、長期評価の見解について土木学会に検討を依頼し、その結果に応じて対策工事を行うという方針について報告を受けるなどしており、長期評価や平成20年津波試算に基づいて、同発電所に10m盤を超える津波が襲来する現実的な可能性を認識していたとは認められない。 (ウ) 原子力発電所を運転している原子力事業者にとって、運転そのものを停止することは、事故防止のための回避策として重い選択であって、そのような回避措置に応じた予見可能性ないし予見義務もそれなりに高いものが要求されるというべきであり、その上、電力事業者は、市民にとって最重要ともいえるインフラを支え、法律上の電力供給義務を負っており、東京電力としても、漠然とした理由に基づいて、その発電量のうち一定の割合を占める本件発電所の運転を停止することはできない立場にあるといえること等も考慮すると、長期評価その他の本件に関わる一連の経緯をもってしても、同発電所の運転を停止すべき義務に応じる予見義務を負わせることのできる事情が存在したとは認められない。 3 当裁判所の判断⑴ 本件公訴事実は、東京電力の役員であった被告人らにおいて、本件発電所の原子炉の安全性に関し、防護措置等の適切な措置を講じるべき業務上の注意義務を怠ったというものであり、被告人らにおいて、同発電所に10m盤を超える津波が襲来する現実的な可能性の認識があったことを前提とするものである。 - 7 -確かに、本件地震前の時点で、長期評価及び津波評価技術が公表されており、長期評価の示した見解を基に波源を設定した上で津波評価技術の手法に基づいて津波水位を算出した平成20年津波 る。 - 7 -確かに、本件地震前の時点で、長期評価及び津波評価技術が公表されており、長期評価の示した見解を基に波源を設定した上で津波評価技術の手法に基づいて津波水位を算出した平成20年津波試算において、O.P.+15.707mという試算結果が得られていた。しかし、その試算の基となる長期評価の見解については、三陸沖北部から房総沖までの海溝寄りを一つの領域として、津波マグニチュード8.2前後の規模のプレート間大地震(津波地震)がどこでも発生するなどとした点は、一般に受け入れられるような積極的な裏付けが示されていたわけではない上、地震本部による信頼度の評価も低かっただけでなく、原子力安全に関わる行政機関、防災対策に関わる地方公共団体等によっても、全面的には取り入れられていなかったとみられる証拠が存在し、それらの証拠の信用性につき疑問を生じさせる事情がうかがわれないことなどに照らすと、長期評価の見解は、本件発電所に10m盤を超える津波が襲来するという現実的な可能性を認識させるような性質を備えた情報であったとまでは認められず、被告人らにおいても、そうした現実的な可能性を認識していたとは認められないとの原判決の判断が合理性を欠くものと考えるのは困難である。そうすると、本件公訴事実に係る業務上過失致死傷罪の成立に必要な予見可能性があったものと合理的な疑いを超えて認定することができず、犯罪の証明がないことになるとして、被告人らを無罪とした第1審判決を是認した原判決に論理則、経験則等に照らして不合理な点があるとはいえない。 ⑵ 以上によれば、東京電力の役員であった被告人らにおいて、本件発電所の運転停止措置を講じるべき業務上の注意義務が認められないとして、被告人らに無罪を言い渡した第1審判決を是認した原判断は、その法的な評価を含め、相当である。 の役員であった被告人らにおいて、本件発電所の運転停止措置を講じるべき業務上の注意義務が認められないとして、被告人らに無罪を言い渡した第1審判決を是認した原判断は、その法的な評価を含め、相当である。 よって、刑訴法414条、386条1項3号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。なお、裁判官草野耕一の補足意見がある。 裁判官草野耕一の補足意見は、次のとおりである。 本事件において指定弁護士が設定した訴因(以下「本件訴因」という。)を前提とする限り、原判決を破棄すべき理由を見いだし難いことは法廷意見の述べるとお- 8 -りであり、私もこれに賛同するものである。にもかかわらず、本件訴因とは異なる(ただし、公訴事実の同一性は認められる。)訴因を構成する諸事実に言及しつつ論を進めることは、あるいは贅言であるとの謗りを免れないかもしれない。しかしながら、本件事故がもたらした未曽有の惨事に思いを致すならば、国と東京電力を規律する法制度の内容を踏まえて、被告人らはいかなる行動をとるべきであったと考えられるのかを明徴とし、もって我が国の歴史に同様の悲劇が繰り返されることのないようにと腐心することは最高裁判所判事に託された職責の一部であると思えることから、以下、あえて私の見解を詳らかにする次第である。 1 本件訴因の要旨は、被告人らが東京電力の枢要な地位にある者として自らの判断により防護措置等を講じることができたことを前提に、本件発電所については10m盤を超える津波の襲来によって人の死傷の結果をもたらすガス爆発等の事故が発生する可能性を予見できたにもかかわらず(この予見可能性のことを、以下「本件予見可能性」という。)、防護措置等の適切な措置(以下、単に「防護措置」という。)を講じることにより、これを未然に防止すべき業務上の注意義務を きたにもかかわらず(この予見可能性のことを、以下「本件予見可能性」という。)、防護措置等の適切な措置(以下、単に「防護措置」という。)を講じることにより、これを未然に防止すべき業務上の注意義務を怠り、漫然と同発電所の運転を継続した過失により、平成23年3月11日に発生した本件地震に起因して襲来した津波(以下「本件津波」という。)による事故により多数人の死傷の結果を生じさせたというものである。確かに、被告人らは、東京電力の取締役会を構成する者として、その判断により、同社をして会社法の規律の下で防護措置の実施に着手せしめることが法律上可能な立場にあった。しかしながら、指定弁護士が主張する防護措置のうち、運転停止措置以外のものについては、本件事故発生前までにこれら全ての措置を完了させることによって本件事故を回避し得たことの立証もなく、本件事故を回避するための措置としては、本件発電所の運転停止措置のみが問題となることは、第1審判決及び原判決が説示するとおりであるところ、同措置は国のエネルギー政策や国民の生活に重大な影響をもたらすものであると認められる。この点に鑑みるならば、被告人らが自らの判断により運転停止措置の実施を決定するためには、本件予見可能性は、被告人らが同決定を- 9 -したことについて東京電力のステークホルダーらに対する説明責任を果たすに足る程度の蓋然性を備えたものでなければならなかったと考えざるを得ない。しかるところ、本件地震前に、被告人らにその程度の予見可能性があったとまでは認められず、本件発電所の運転停止措置を講じるべき結果回避義務を課すにふさわしい予見可能性があったと認めることはできないとした第1審判決及びこれを是認した原判決の認定、評価に不合理な点は認められない。 2 しかしながら、本件発電所を規律する電気事業法が 務を課すにふさわしい予見可能性があったと認めることはできないとした第1審判決及びこれを是認した原判決の認定、評価に不合理な点は認められない。 2 しかしながら、本件発電所を規律する電気事業法が、国(経済産業大臣)は、事業用電気工作物が経済産業省令で定める技術基準に適合していないと認めるときは、事業用電気工作物を設置する者に対し、その技術基準に適合するように事業用電気工作物を修理し、改造し、若しくは移転し、若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ、又はその使用を制限することができるとしていた(平成24年法律第47号による改正前の電気事業法(以下「改正前電気事業法」という。)40条。以下、この国による命令等を「技術基準適合命令」という。)ことなどからすると、東京電力が被告人らの判断によって防護措置を実施せずとも、適切なメカニズムの下で自律的に防護措置の実施が開始される仕組みが法制度の中に組み込まれていたというべきである。そして、この仕組みを前提として考えるならば、東京電力の枢要な地位にあった被告人らに課せられていた喫緊の責務は、同社が本件発電所の安全性にとって重要な情報を入手した場合にはそれを速やかに国に報告し、もって上記の仕組みの下で防護措置が適時に実施されることを可能ならしめることであったのではないであろうか。以下、項を改めて具体的に論を進めたい。 3⑴ 第1審判決及び原判決が認定したところによれば、次の各事実を認めることができる。 ア土木学会原子力土木委員会の下に設置された津波評価部会が、原子力発電所の設計津波水位の標準的な設定方法を提案するものとして、平成14年2月に公表した津波評価技術は、プレート境界型地震に伴う津波について、評価地点に最も大きな影響を及ぼしたと考えられる既往津波を選定し、その既往津波の沿岸における- 法を提案するものとして、平成14年2月に公表した津波評価技術は、プレート境界型地震に伴う津波について、評価地点に最も大きな影響を及ぼしたと考えられる既往津波を選定し、その既往津波の沿岸における- 10 -痕跡高を最もよく説明できる断層モデルを基に基準断層モデルを設定した上で、想定津波の不確定性を設計津波水位に反映させるため、基準断層モデルの諸条件を合理的と考えられる範囲内で変化させた数値計算を多数実施し、評価地点に最も影響を与える津波に基づいて設計津波水位を求めることなどを内容としていた。 イ地震防災対策特別措置法に基づいて文部科学省に設置され、関係機関の職員及び学識経験者から構成される地震本部が、三陸沖から房総沖にかけての日本海溝沿いの領域を対象とした長期的な観点での地震発生の可能性、震源域の形態等についての評価を取りまとめたものとして、平成14年7月に公表した長期評価は、明治三陸地震と同様の地震が上記領域内のどこでも発生する可能性があること等を内容としていた。 ウ原子力安全委員会が、発電用軽水型原子炉の設計許可申請及び変更許可申請に係る安全審査のうち、耐震安全性の確保の観点から耐震設計方針の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として、平成18年9月に改訂した「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以下、改定後のものを「新耐震指針」という。)は、発電用軽水型原子炉施設について、その供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、上記原子炉施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないことを十分考慮した上で設計されなければならないとしており、これを受けて、原子炉安全・保安院(以下「保安院」という。)は、同月、東京電力を含む発電用原子炉施設の設置者等に対し、既設の発電用 れがないことを十分考慮した上で設計されなければならないとしており、これを受けて、原子炉安全・保安院(以下「保安院」という。)は、同月、東京電力を含む発電用原子炉施設の設置者等に対し、既設の発電用原子炉施設等について、新耐震指針に照らした耐震安全性の評価を実施し、その結果を報告するよう指示した。 エ東京電力は、長期評価に基づいて本件発電所に到来する可能性のある津波を評価すること等を関連会社であるA社に委託し、同社は、長期評価に基づいて福島県沖から房総沖の日本海溝寄りの領域に明治三陸地震の断層モデルを設定した上で、津波評価技術が示す設計津波水位の評価方法に従って津波の試算を行い、同発電所の10m盤の敷地(以下「本件敷地」という。)の南側において、最大でO. - 11 -P.+15.707mの津波高が算出されるという結果(平成20年津波試算)を得るに至った。この結果は、平成20年4月頃、東京電力に伝えられた。 ⑵ 以上の諸事実、就中、①長期評価は、地震防災に関する公的専門機関である地震本部の研究成果を反映したものとして、(関係者間において全面的な賛同が得られるものではなかったとしても)見過ごすことのできない重みを有していたといえること、②東京電力は、新耐震指針に基づき、耐震安全性の評価を実施し、その結果を国(保安院)に報告するよう求められていたこと、③(津波評価技術を長期評価に正しく適用した結果であるところの)平成20年津波試算によって算出されたO.P.+15.707mの津波高は、本件敷地に多大な影響を及ぼし得るものとみることができること等に鑑みるならば、東京電力は、平成20年津波試算を速やかに国に報告すべき義務を負っていたというべきである(以下、この義務を「本件報告義務」という。)。にもかかわらず、東京電力は、2年10か月以上もの長 みるならば、東京電力は、平成20年津波試算を速やかに国に報告すべき義務を負っていたというべきである(以下、この義務を「本件報告義務」という。)。にもかかわらず、東京電力は、2年10か月以上もの長きにわたり本件報告義務の履行を怠り、ついに平成20年津波試算を国へ報告したのは本件津波の襲来の4日前である平成23年3月7日のことであった。 ⑶ 電気事業法の下においては、本件発電所の各原子炉(以下「本件各原子炉」という。)は13か月以内の間隔で経済産業大臣が行う定期検査を受けることを義務付けられており(改正前電気事業法54条1項、平成20年経済産業省令第62号による改正前の電気事業法施行規則91条2号等)、定期検査の期間中は原子炉の運転が停止され、定期検査においては、その対象となる工作物が技術基準に適合していることの確認が求められていることに照らすと(改正前電気事業法55条2項参照)、技術基準適合命令の内容を充足する防護措置を完了しなければ定期検査が終了することはないと考えられる。法制度に組み込まれていたかかる仕組みを踏まえると、被告人らが本件報告義務を速やかに履行していたとすれば、国は、その後遅滞なく東京電力に対して平成20年津波試算が想定する津波に対する防護措置を講じることを命ずる旨の技術基準適合命令を発令し、当該技術基準適合命令発令後遅くとも13か月以内には主要建屋が本件敷地に配置されている本件各原子炉は- 12 -全て運転を停止するに至り、その結果、本件津波の襲来時には、当該本件各原子炉は全て運転を停止しており、本件津波によって当該本件各原子炉が全電源を喪失しても本件結果を回避できた可能性があったのではないかと思われる(ただし、本件報告義務の履行を受けて国が遅滞なく技術基準適合命令を発令していたといえるかについては、かかる命令を発 子炉が全電源を喪失しても本件結果を回避できた可能性があったのではないかと思われる(ただし、本件報告義務の履行を受けて国が遅滞なく技術基準適合命令を発令していたといえるかについては、かかる命令を発令すべきであったか否かという規範的問題との関係性も含めて慎重な検討が必要であろう。なお、本件報告義務の履行の結果発令される技術基準適合命令に基づいて東京電力が実施する防護措置が本件津波の襲来時までに完了したとは到底考えられないことから、これを完了していた場合の結果回避可能性について検討する必要はない。)。 4 以上によれば、本事件においては、本件結果の発生との間に因果関係が認められる可能性があると考えられる本件報告義務の懈怠を過失行為として犯罪の成否を論じる余地もあり得たのではないかと思われる。しかしながら、本件報告義務の懈怠が本件訴因に含まれないことは明らかであるから、第1審及び原審がこの点を審理の対象としなかったことが違法であるとは認められず、同時に、現行の刑事訴訟制度の下においては第1審及び原審が指定弁護士に対して訴因変更を命じ又は促さなかったことが違法であると解することもできない。そして、本件訴因に対する第1審判決及び原判決の認定、評価について不合理な点が認められないことは上記のとおりであるから、私も法廷意見に賛同する次第である。 (裁判長裁判官岡村和美裁判官草野耕一裁判官尾島明)

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