平成16(わ)30 殺人未遂

裁判年月日・裁判所
平成16年6月30日 長崎地方裁判所
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判決文本文5,509 文字)

主文 被告人を懲役3年に処する。 未決勾留日数中100日をその刑に算入する。 この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。 理由 (罪となるべき事実) 被告人は,平成16年1月25日午後10時40分ころ,長崎市Aa丁目b番c号所在のコーポBd号C(当時60歳)方において,同人と口論になった際,同人の横柄な言動に憤激し,同人に対し,同所にあったペテナイフ(刃体の長さ約8.9センチメートル)でその左肩を1回突き刺したものの,同人がひるまずに「やってみろ。」などと怒鳴ったため,一層憤激し,同人が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,同ペテナイフで同人の左頸部を1回突き刺したが,同人の左頸部から血が流れているのを見て我に返り,後悔したことなどにより,同人にティッシュペーパーを渡した上,119番通報をして救急車を呼び,同人に医師の治療を受けさせて犯行を中止し,同人に加療約10日間を要する左肩刺創,頸部刺創の傷害を負わせたにとどまり,殺害するに至らなかったものである。 (補足説明並びに弁護人の主張に対する判断)弁護人は,殺意は未必的なものにとどまり,中止未遂が成立すると主張するので,これらの点につき説明する。 1 犯行状況並びにその前後の状況前掲各証拠によれば,以下の事実を認めることができる。 (1)被告人と被害者Cは,旧知の間柄で気も合うことから一緒に酒を飲むことがよくあった。両者は,本件犯行当日も,仕事を終えた後,もう1人の知人とともに長崎市内のラーメン屋やスナックで酒を飲み交わした。 被害者は,酒に相当酔った状態でスナックを出た後,被告人の掛けていた度付き眼鏡を取り上げて地面に投げつけてレンズの片方を紛失させてしまった。しかし,被害者は被告人に謝罪せず,被告人は被害者に腹を立てていた った状態でスナックを出た後,被告人の掛けていた度付き眼鏡を取り上げて地面に投げつけてレンズの片方を紛失させてしまった。しかし,被害者は被告人に謝罪せず,被告人は被害者に腹を立てていた。 (2)その後,被告人,被害者及び知人は,判示の被害者宅に向かい,被告人は,酔いつぶれた知人を被害者宅で寝かしつけよ うとした際,被害者から「お前,何ば偉そうに言いよっとか。」と難癖をつけられた。被害者に眼鏡を壊されて気分を害していた被告人は,被害者とともにソファーや椅子に座りながら飲酒し,同人と怒鳴り合って口論を始めた。 (3)被告人は,その際,被害者の一連の言動を横柄であるとしてますます腹を立て,被害者をおとなしくさせて謝罪させてやろうなどと考え,立ち上がって傍らにあるテーブル上に置いてあった,刃体の長さ約8.9センチメートルのペテナイフを右手に順手で持ったが,被害者はこれに気付いても被告人に謝ろうとしないばかりか更に被告人を怒鳴りつけてきたので,被告人は被害者を痛めつけてやろうと思い,そのペテナイフで,ソファーに座っている被害者の左肩を至近距離から突き刺し,左肩付け根付近に長さ約2センチメートル,深さ約0.5センチメートルの刺創を負わせた。しかし,被害者がひるまなかったため,被告人は,被害者に対し,「お前死ぬか。」などと言ったところ,同人から「やってみろ。」などと挑発的な言動をされたため,一層憤激し,前記ペテナイフで,ソファーに座ったままの被害者の首を突き刺したが,同人は,その瞬間,身体を右側にのけ反らせるとともに,被告人を突き放した。被害者は,前記2回目の刺突により,頸動脈から約3センチメートル離れた左頸部に,長さ約1.5センチメートル,深さ約1センチメートルの刺創を負った。 (4 らせるとともに,被告人を突き放した。被害者は,前記2回目の刺突により,頸動脈から約3センチメートル離れた左頸部に,長さ約1.5センチメートル,深さ約1センチメートルの刺創を負った。 (4)被告人は,被害者から,「死んでしまうやっか,救急車を呼べ。」などと言われ,被害者の左首付近から血が流れているのに気付いた後,ティッシュペーパーを被害者に渡し,所携の携帯電話で119番通報をして救急車を呼んだ。被告人は,外で救急車の到着を待ち,救急隊員が到着した際,被害者宅の場所を知らせた。 2 殺意 被告人の用いた凶器は,刃体の長さは約8.9センチメートルと鋭利ではあるが比較的小型の金属製のペテナイフである。被告人は,これを身体の枢要部である被害者の左頸部に向けて手加減もなく突き出したのであって,生じた刺創の程度こそ軽いものの,その刺創から頸動脈までは約3センチメートルしか離れておらず,頸動脈は皮下約1センチメートルにあることも考慮すると,被害者が体を反らせていなければ,頸動脈を切断して被害者に致命傷を負わせていた蓋然性が高いから,その犯行態様は危険性が高い。被告人は飲酒していたとはいえ,創傷部位を認識した上で攻撃したことは明らかである。 しかしながら,被告人が最初に被害者の左肩を刺した時点において殺意がなかったことは間違いなく,この1回目の刺突にもかかわらず,被害者から挑発的な言動をされたため,左頸部を刺突したという経過であって,本件は,飲酒や口論から生じた興奮状態のもとで被害者の挑発的な言動を受けて犯行に及ぶという衝動的,偶発的なものである。前記認定のとおり,被告人と被害者は旧知の間柄であり,もともと仲が悪いわけではなく,本件前において,被告人が被害者に対して敵意を抱いていた事情はない。被 及ぶという衝動的,偶発的なものである。前記認定のとおり,被告人と被害者は旧知の間柄であり,もともと仲が悪いわけではなく,本件前において,被告人が被害者に対して敵意を抱いていた事情はない。被告人は,2回目の刺突時に被害者から手で突き放されてはいるものの,それ以後,被害者から激しい抵抗を受けたり,ペテナイフを取り上げられたわけではなく,他方,被害者は,相当酒に酔っており,現場から逃げずにソファーに座ったままであったし,被告人は,被害者から「死んでしまうやっか,救急車を呼べ。」などと言われ,被害者の首から血が流れているのに気付いているが,このような事態は,攻撃を継続することの支障となるものではないことに照らすと,被告人は,その後も攻撃を続けようと思えば可能で,かつ,さほど困難ではないという客観的状況の下にあったにもかかわらず,その後の攻撃を加えていない。被告人が殺意を抱いた後の刺突行為は1回にとどまり,被告人はその直後に119番通報をして救急隊員が迷わないように被害者方から外へ出て救急車の到着を待つなど被害者の救護措置をとっていることなどの事情もある。以上述べた犯行の経緯・動機,犯行態様,犯行直後の被告人の行動等は,確定的殺意というほどの強固な殺害意図を抱いていたこととは整合性を乏しくさせる事情であり,むしろ,確定殺意と比較すると殺害意図が弱い未必の殺意と整合性を有する事情と評価できる。 被告人は捜査段階において確定殺意を認めた供述をしているが,本件が被害者の言動に激情して敢行された衝動的な犯行であることを考慮すると,被告人が犯行当時の瞬間的な自己の心理状態を正確に記憶して供述できたかどうか疑問が残る。 前記各事情を総合して判断すると,被告人が被害者の左頸部を刺突した際には未必的殺意を抱いていたに すると,被告人が犯行当時の瞬間的な自己の心理状態を正確に記憶して供述できたかどうか疑問が残る。 前記各事情を総合して判断すると,被告人が被害者の左頸部を刺突した際には未必的殺意を抱いていたにとどまるものと認められる。この点についての弁護人の主張は理由がある。 3 中止未遂の成否 まず,実行行為が終了しているかどうかを検討するに,本件が衝動的・偶発的な犯行であり,被告人の殺意は未必的なものにとどまること,被告人が従前から被害者に対して敵意を抱いていた事情もなく,被告人は被害者の左頸部を刺突した後,119番通報したことなどから考えると,被告人が,殺意を抱いた後,複数回の刺突行為を継続する意思を持っていたとは考え難いから,被害者の左頸部を1回刺突した時点で実行行為は終了したものと評価できる。したがって,本件は実行未遂の事案である。 次に,被告人が結果発生回避のための真摯な努力を行っているかどうかを検討するに,前記認定のとおり,現に生じた傷害は客観的には重いものではなかったが,凶器は殺傷能力が高い上,被害者は身体の2か所を刺突され,2回目の刺突部位は,人体の枢要部である頸部であったし,現に頸部に突き刺さり,その負傷部位から出血していたという事情があるから,一般的にみれば,このままでは被害者の生命に危険を生じかねない状況にあり,そのような状況下において,被告人は,犯行現場で止血に役立つティッシュペーパーを被害者に渡し,即座に119番通報をして救急車を呼んでいるほか,救急隊員に被害者の居場所を知らせるため,外で救急車の到着を待ち,実際に,到着した救急隊員に被害者宅の場所を知らせ,被害者に医師の治療(2針縫合等)を受けさせたのであるから,前記一連の救護措置は,結果発生回避のための真摯な努力と評価 ,外で救急車の到着を待ち,実際に,到着した救急隊員に被害者宅の場所を知らせ,被害者に医師の治療(2針縫合等)を受けさせたのであるから,前記一連の救護措置は,結果発生回避のための真摯な努力と評価できる。 加えて,前述したとおり,殺意を抱いた後の被告人の攻撃は1回の刺突のみであり,攻撃を継続しようと思えば攻撃できたにもかかわらず,その後の攻撃をしていない。したがって,被告人の犯行は,外的な障害によって阻止されたものではない。被告人も,捜査段階から公判に至るまで,ほぼ一貫して,被害者の負傷状況を見て我に返り,大変なことをしてしまったなどと考えて攻撃を止めた旨供述しており,この供述は,前記の客観的状況に照らしても十分に信用できる。 以上のとおりであり,被告人は,驚き,後悔の念によって任意に犯行を中止したと認められるから,被告人には中止未遂が成立する。この点についての弁護人の主張は理由がある。 (法令の適用)被告人の行為は包括して刑法203条,199条に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,中止未遂が成立するから同法43条ただし書,68条3号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中100日をその刑に算入し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。 (量刑の理由)本件は,被告人が,口論をしていた被害者に謝罪させるなどの目的で,ペテナイフを用いて被害者の左肩を1回突き刺したが,被害者に挑発されたことからますます憤激し,未必の殺意をもって,被害者の左頸部を1回突き刺したものの,犯行を中止し,殺害するには至らなかった事案 ペテナイフを用いて被害者の左肩を1回突き刺したが,被害者に挑発されたことからますます憤激し,未必の殺意をもって,被害者の左頸部を1回突き刺したものの,犯行を中止し,殺害するには至らなかった事案である。 被告人は,飲酒の上,立ち上がった状態で,座っている被害者に立腹して突如,傷害の故意でペテナイフを使って被害者の左肩を突き刺し,引き続き被害者の挑発的な言動に触発されて,殺意を抱いて同人の左頸部を1回突き刺したのであって,被害者が身をかわさなければ頸動脈を切断して死亡する可能性も高かったことを考えると,犯行態様は非常に危険かつ悪質であるし,短絡的な犯行である。さらに,被告人は飲酒をすると気性が荒くなる傾向にあり,これまでも飲酒が原因で何度かトラブルを起こしていることを考えると,自制心に欠ける。以上によれば,被告人の刑事責任は重いものがある。 他方,幸いにも被害者の傷害の程度は比較的軽かったこと,前記のとおり,中止犯が成立すること,犯行自体は偶発的に起こり,被告人の殺意は未必的なものにとどまること,被害者は,被告人の眼鏡を壊した後も横柄な態度あるいは挑発的な言動をとったものであって,落ち度がないとはいえず,被告人と被害者との間で示談が成立し,被害者は捜査段階以来一貫して被告人に対し寛大な処分を望んでいること,被告人は犯行直後から素直に事実関係を認めて反省し,今後は飲酒を控え二度と同様の過ちを繰り返さない旨約していること,被告人には罰金前科2犯があるが,そのうち1犯は20年以上前のもので,他の1犯は交通事犯によるものであること,被告人の雇用先が確保されていることなど,被告人のために酌むべき事情も存する。 そこで,以上の諸事情を総合考慮の上,被告人に対しては主文の刑を科した上,その執行を猶予することとした。 よって,主文のとお 雇用先が確保されていることなど,被告人のために酌むべき事情も存する。そこで,以上の諸事情を総合考慮の上,被告人に対しては主文の刑を科した上,その執行を猶予することとした。よって,主文のとおり判決する。(求刑懲役4年) 主文 (求刑懲役4年) 理由 平成16年6月30日長崎地方裁判所刑事部 裁判長裁判官林秀文 裁判官小川嘉基 裁判官渡部五郎

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