平成20(ワ)1430 損害賠償

裁判年月日・裁判所
平成21年10月15日 東京地方裁判所 棄却
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判決文本文22,685 文字)

平成21年10月15日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成20年(ワ)第1430号損害賠償請求事件口頭弁論終結日平成21年7月16日主文 原告らの請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実 及び理由第1請求 被告は,原告Aに対し,1億3353万3586円及びこれに対する平成18年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告Bに対し,110万円及びこれに対する平成18年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 被告は,原告Cに対し,110万円及びこれに対する平成18年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2事案の概要本件は,被告が開設するD大学附属病院において,脳血管造影検査を受けた原告Aが,急性脳梗塞を発症し,右片麻痺と失語症の後遺症を生じたことについて,原告A及びその両親である原告らが,被告に対し,被告病院の担当医師らには脳血管造影検査を回避する注意義務等に違反した過失があると主張して,原告Aについては債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき,原告B及び原告Cについては不法行為(使用者責任)に基づき損害の賠償を求める事案である。 前提事実(以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠(省略)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。)(1)当事者ア原告ら 原告Aは,昭和59年6月20日生まれの男性で,本件当時大学生であった。原告Bは原告Aの父で,医師であり,原告Cは原告Aの母である。 イ被告被告は,被告病院を設置する学校法人である。 (2)診療経過ア被告病院入院に至る診療経過(ア)原告Aは,平成18年3月中旬ころ(以下,平成18年については,原則として月日のみを記載す イ被告被告は,被告病院を設置する学校法人である。 (2)診療経過ア被告病院入院に至る診療経過(ア)原告Aは,平成18年3月中旬ころ(以下,平成18年については,原則として月日のみを記載する。)から,左前腕部のしびれや,視力障害,後頭部痛等の症状が一過性に繰り返し出るようになり,4月20日ころには,左前腕から口唇にかけてのしびれに加え,呂律が回りにくくなる等の症状が出た。そこで,原告Aは,同月24日,E病院を受診し,頭部MRI検査,MRA検査,頸椎MRI検査等を受けた。E病院の担当医師は,多発性硬化症を最も疑った。 (イ)また,4月25日,原告Aは,F病院の診察を受け,担当医師から多発性硬化症は考えにくく,脳梗塞や悪性リンパ腫等が考えられるのではないかという指摘を受けた。 (ウ)5月8日,原告Aは,左前腕等のしびれ,視力低下,頭痛等を訴えて,被告病院の神経内科を受診し,ここに,原告Aと被告との間に,原告Aの症状に対して適切な診断加療を行うことを目的とする診療契約が締結された。 (エ)5月9日午前2時ころ,原告Aには,右膝上部及び右上腕からそれぞれ末梢にかけてのしびれと,右上下肢の脱力が見られ,午前6時に起床した際にも,右下肢の症状は不変であったことから,同日,タクシーで被告病院の神経内科を受診し,精査のため緊急入院となった。 イ入院後の被告病院における診療経過(ア)被告病院の神経内科のG医師らは,原告Aの症状の精査のため,入 院中である5月9日から18日にかけて,頭部MRI検査,MRA検査,CT-A検査,脳脊髄液検査,血液検査等各種の検査を実施した。この間,原告Aの症状は徐々に改善する傾向にあった。 (イ)上記の各種検査の結果,被告病院の担当医師らは,原告Aは多発性脳梗塞に罹患しており,原因は血管炎の可能性が高いと判断する 種の検査を実施した。この間,原告Aの症状は徐々に改善する傾向にあった。 (イ)上記の各種検査の結果,被告病院の担当医師らは,原告Aは多発性脳梗塞に罹患しており,原因は血管炎の可能性が高いと判断するに至った。 ウ脳血管造影検査の実施(ア)5月19日午後1時から,被告病院の脳神経外科脳血管内治療部のH医師及びI医師により,原告Aに対し脳血管造影検査が実施された。 (イ)脳血管造影検査の実施中,左側の総頸動脈の造影を行った際に,原告Aに痙攣様の症状が出現し,右片麻痺,失語が見られた。 (ウ)その後,担当医師は,更に2度造影剤を注入して脳血管造影検査を行った。 (エ)原告Aには,脳血管造影検査後も右片麻痺,失語症状が残存した。 同検査直後に実施された頭部MRI検査で,原告Aは,多発急性脳梗塞と診断され,以後,被告病院集中治療室に入室して,急性脳梗塞に対する治療を受けた。 エその後の経過(ア)5月22日,原告Aは,F病院に転院した。 (イ)6月16日,原告Aは,さらに,M病院に転院し,8月22日,脳梗塞による右片麻痺について身体障害者福祉法別表の障害程度等級3級相当,失語症について4級相当の障害(症状固定8月9日)であるとの診断を受けた。 オ被告病院におけるその余の診療経過は,診療経過一覧表(省略)記載のとおりである(ただし,当事者間に争いのある部分を除く。)。 (3)弧発性脳血管炎について 血管炎とは,血管の炎症と障害によって特徴づけられる疾患群であり,通常血管の内腔が障害され,その結果その血管によって栄養される組織の虚血が生じることによって種々の徴候を生じさせる。障害される血管は,型,大きさ,部位ともさまざまであり,その結果多様な症候群が存在する。 本件のような脳血管炎においては,脳血管の周辺組織の虚血や出血を伴うことがあり,これによ 々の徴候を生じさせる。障害される血管は,型,大きさ,部位ともさまざまであり,その結果多様な症候群が存在する。 本件のような脳血管炎においては,脳血管の周辺組織の虚血や出血を伴うことがあり,これにより頭痛,精神機能の障害,神経学的局所症状を呈する。 血管炎のうち,炎症の起こる部位が中枢神経に限局されているものを弧発性脳血管炎あるいは中枢限局性血管炎,孤立性中枢神経系血管炎などといい,非常に稀な疾患である(以下「弧発性脳血管炎」の用語を用いる。)。ホジキン病患者などに報告されているが,ほとんどの症例では基礎疾患を同定できない。弧発性脳血管炎の予後は不良であるが,患者によっては自然軽快することもある。代表的な治療法は,グルココルチコイド(ステロイド)療法である。 争点 (1)血管炎の治療を開始すべき注意義務違反の有無(争点1)(原告らの主張)ア注意義務以下の点からすれば,5月16日又は同月18日時点において,原告Aの症状の診断のために更に検査を行う必要性も合理性もなく,原告Aの病態は直ちに治療を開始すべき状態にあったものであるから,被告病院の担当医師らは,5月16日,遅くとも同月18日には,原告Aの症状について脳血管炎との診断を行い,これに対するステロイド治療を開始すべき注意義務があった。 (ア)5月16日までに脳血管炎と診断を行うことが可能であったこと5月11日の被告病院の神経内科におけるカンファレンスの結果,原告Aの症状については,多発性硬化症ではなく血管障害の可能性が指摘 され,血管炎あるいは塞栓性の疾患が鑑別対象に挙げられた。 その後,各種の検査が実施されたが,5月16日時点では,胸部造影CT検査,経食道心エコー検査など,塞栓性病変であればその徴候が見られるはずの検査で,いずれも血栓,シャント等原因となる異常を疑わせる所 の後,各種の検査が実施されたが,5月16日時点では,胸部造影CT検査,経食道心エコー検査など,塞栓性病変であればその徴候が見られるはずの検査で,いずれも血栓,シャント等原因となる異常を疑わせる所見が見られず,他に積極的に塞栓性の病変を疑わせる検査結果も出ていなかった。逆に,頭部MRA検査,腰椎穿刺後の髄液検査では,血管炎を裏付ける結果が出ていた。 以上の検査結果等によれば,原告Aの症状の原因は,脳血管炎による若年性脳梗塞という診断をすることが十分可能であった。 (イ)遅くとも5月18日に脳血管炎の診断を行うことが可能であったことまた,遅くとも5月18日には,下肢静脈エコー検査において特記すべき異常はないという結果が出たのであり,被告病院の担当医師らは,脳血管炎による若年性脳梗塞との診断をすることが十分可能であった。 (ウ)脳血管造影検査の必要性が乏しいこと脳血管造影検査が,血管炎であることの確定診断に役に立っていること自体は否定しないが,本件の具体的状況においては,その必要性は極めて乏しく,脳血管造影検査の有無によって原告Aについての治療に差違が生じたとも考えられない。 (エ)ステロイド治療を開始する必要性があったこと被告病院の担当医師らは,原告Aの症状が,血管炎に起因する可能性が高いことを認識していた。そして,原告Aが再発作を起こす可能性についても認識していたのであるから,再発作を防止するために,5月16日,遅くとも同月18日には,ステロイド治療を開始すべきであった。 ステロイド治療に副作用があるとはいうものの,重篤なものとなる可能性は低く,脳血管造影検査によって生ずるおそれのある障害とは比較 にならない程度のものである。 イ注意義務違反にもかかわらず,被告病院の神経内科担当医師であるJ医師及びG医師は,5月18日までに原告 く,脳血管造影検査によって生ずるおそれのある障害とは比較 にならない程度のものである。 イ注意義務違反にもかかわらず,被告病院の神経内科担当医師であるJ医師及びG医師は,5月18日までに原告Aに対してステロイド治療を開始することなく,漫然と脳血管造影検査を実施したものである。 (被告の主張)以下の点からすれば,被告病院の担当医師らに,5月16日又は同月18日時点で血管炎と確定診断し,ステロイド治療を開始すべき注意義務は存在しない。 ア5月16日又は同月18日時点では確定診断はできないこと(ア)塞栓性の脳梗塞の可能性を精査するための検査のうち,下肢静脈エコー検査が行われたのは5月18日であるから,5月16日の時点で塞栓性の脳梗塞の可能性を否定することはできなかった。 (イ)また,5月18日の下肢静脈エコー検査では,明らかな深部静脈血栓は指摘されなかったが,血栓塞栓性の脳梗塞を鑑別するために行った胸部造影CT検査,経食道心エコー検査,下肢静脈エコー検査は,いずれも塞栓はないと断定できるほどの精度があるわけではない。 (ウ)本件では,頭部MRI検査によって脳梗塞の所見は得られているが,頭部MRI検査では,脳梗塞の原因が血管炎によるものか,血栓,塞栓によるものかといったことを画像上診断できるわけではなく,頭部MR原告A検査では,血管の異常を疑わせる所見は認められるものの,それだけで血管炎と診断できるような特徴的な所見が現れているわけではなかった。そして,血管を更に精査するために行った頭部CT-A検査でも,血管炎と診断できるような血管異常は認められなかった。 以上によれば,被告病院の担当医師らが,5月18日までに塞栓性の脳梗塞である可能性を否定して血管炎であると確定診断することはできな かった。 イステロイド治療の開始は慎重であるべ られなかった。 以上によれば,被告病院の担当医師らが,5月18日までに塞栓性の脳梗塞である可能性を否定して血管炎であると確定診断することはできな かった。 イステロイド治療の開始は慎重であるべきこと(ア)脳梗塞の原因が血管炎であった場合,ステロイド治療が一般的であるが,血管炎の治療においては,状況によっては長期のステロイド治療が必要となることもあり,ステロイド治療は重篤な副作用の可能性も少なくないので,確実な診断の上でこれを始める必要がある。 (イ)患者の症状が悪化している場合には,見切り発車でステロイド治療を開始するということもありうるが,本件の場合,原告Aの症状は改善傾向にあり,直ちに治療を開始しなければならない状態ではなかった。 また,ステロイド剤の投与を一旦開始してしまうと,病的所見が見えづらくなって,病気の原因が分からなくなってしまうこともあり,特に本件のような稀な病態で原因を究明しておく必要性の高い場合は,しっかりと確定診断した上で治療を開始することが重要であった。 (2)脳血管造影検査を回避すべき注意義務違反の有無(争点2)(原告らの主張)ア注意義務以下の点からすれば,被告病院の担当医師らには,危険性の高い脳血管造影検査を回避すべき注意義務があった。 (ア)検査の必要性がなかったこと上記(1)アで主張したとおり,5月19日当時,既に実施されている頭部MRA検査等の各種検査によって,原告Aの症状の原因が血管炎であると診断することは十分可能であり,脳血管造影検査によってその後の治療方法に影響を与えるということは考えられないのであるから,敢えて危険性の高い本件造影検査を行う必要性はなかった。 (イ)脳血管造影検査の危険性が高いこと脳血管造影検査は,炎症の生じている血管内にカテーテルを挿入しヨ ード造影剤を投入するも であるから,敢えて危険性の高い本件造影検査を行う必要性はなかった。 (イ)脳血管造影検査の危険性が高いこと脳血管造影検査は,炎症の生じている血管内にカテーテルを挿入しヨ ード造影剤を投入するものであり,血管内へのカテーテルの挿入や造影剤の刺激によって血管炎が増悪し,患者に脳梗塞等の閉塞性の脳血管障害を引き起こす危険性が高い。検査部位が脳内であるから,ひとたび合併症が発生すれば,重篤なものとなる危険性も高い。 イ注意義務違反にもかかわらず,被告病院の担当医師は,漫然と原告Aに対して,必要性がないだけでなく高い危険性を有する脳血管造影検査を実施したものである。 (被告の主張)以下の点からすれば,被告病院の担当医師らに脳血管造影検査を回避すべき注意義務は存在しない。 ア確定診断のための検査の必要性原告Aの症例は,若年(被告病院受診当時21歳)で脳梗塞を生じているという稀な病態であり,その後の適切な治療のためにも,正確な確定診断を得ることが必要であった。 (ア)本件においては,確かに各種検査所見から脳血管炎の可能性が最も高いとは思われたが,頭部MRA検査ではアーチファクトも多く,末梢の血管観察は困難で,確定診断のためには脳血管造影検査が必要であった。 (イ)脳血管炎の診断にあたっての脳血管造影検査の必要性は,学術論文でも認められている。 イ脳血管造影検査の危険性について血管炎の患者において,脳血管造影検査に伴うカテーテル挿入や造影剤の刺激によって血管炎が増悪する危険性が特に高いという医学的知見はない。したがって,造影剤による血管炎の増悪という可能性を懸念して脳血管造影検査を回避し,脳梗塞の原因を確定診断することのメリットを放棄 しなければならないとはいえない。 (3)脳血管造影検査を中止し,脳梗塞の治療を開始すべき注意義務違反 という可能性を懸念して脳血管造影検査を回避し,脳梗塞の原因を確定診断することのメリットを放棄 しなければならないとはいえない。 (3)脳血管造影検査を中止し,脳梗塞の治療を開始すべき注意義務違反の有無(争点3)(原告らの主張)ア注意義務以下の点からすれば,被告病院の担当医師らには,原告Aに造影剤の刺激による血管炎の増悪と見られる症状が出た場合,直ちに脳血管造影検査を中止して,脳梗塞に対する治療を開始すべき注意義務がある。 (ア)原告Aに生じた症状の原因原告Aには,左総頸動脈に造影剤を注入した際,眼球の左方共同偏視,痙攣,右上肢麻痺等の脳の虚血によると考えられる症状が出現した。 (イ)被告病院の担当医師らの認識その後,I医師が直ちにステロイド剤(ソルメドロール500ミリグラム)を投与していること,H医師が脳血管造影検査後,原告B,原告Cに対し,脳血管造影中造影剤の刺激により血管炎が増悪して痙攣を生じ,現状の症状が出ていると考えられると説明していることからすると,被告病院の担当医師らも,原告Aの痙攣等の症状が発現した時点で,その症状が造影剤の刺激による血管炎の増悪によるものと判断していたことが認められる。 (ウ)既に造影剤の刺激によって血管炎の増悪が生じている部位に重ねて造影剤を注入すれば,更なる血管炎の増悪を招くことは明らかである。 イ注意義務違反にもかかわらず,I医師,H医師及びG医師は,ステロイド剤を投与すれば血管炎の増悪は収まるものと軽信したか,何ら塞栓性脳梗塞の具体的な徴候がないにもかかわらず,抽象的にその可能性があると判断したかにより,造影剤を更に投与して検査を続行し,上記注意義務に違反したもの である。 (被告の主張)以下の点からすれば,被告病院の担当医師らに脳血管造影検査を中止すべき注意義務はない。 ア したかにより,造影剤を更に投与して検査を続行し,上記注意義務に違反したもの である。 (被告の主張)以下の点からすれば,被告病院の担当医師らに脳血管造影検査を中止すべき注意義務はない。 ア脳血管造影検査の実施経過について検査を担当したH医師,I医師は,原告Aに痙攣等の症状が出現した際,痙攣時に異物が血管内にあると痙攣による体動等で血管を損傷する危険性もあるため,一旦カテーテルを体外に抜去し,抗痙攣薬の投与やステロイド剤の投与を行った上で,更にもう一度カテーテルを左総頸動脈まで誘導して最小限度の脳血管造影を2回追加し,左脳の血管の血栓塞栓の有無や動脈硬化による脳血管の閉塞の有無を確認した。その結果,左大脳半球の広範囲にわたるびまん性の血管炎の所見が認められたが,血栓による血管の閉塞は認められなかったため,原告Aの脳梗塞に対する治療法としては,血栓溶解療法等による治療は適応外であることが診断でき,脳梗塞に対して,ラジカット(脳保護剤),低分子デキストラン等の投与,補液,酸素投与等をもって,適切に対応したものである。 イ検査の実施の妥当性原告Aに生じた痙攣様の症状については,血管炎の増悪の可能性が高いと考えられたが,脳血管造影検査におけるカテーテル手技に伴う合併症の1つである脳塞栓症や,若年ではあるが動脈硬化による脳血管の閉塞の可能性も否定はできない。血管炎の増悪であれば,治療法としてはステロイド剤投与が適応となるが,仮に血栓塞栓症であれば,ステロイド剤投与では効果はなく,血栓を溶かすなどの治療が必要となる。そこで,被告病院の担当医師らは,脳梗塞に対する適切な治療を選択するため,更に必要最小限の脳血管造影検査を行ったものであり,妥当な処置である。 (4)因果関係の有無(争点4) ア血管炎の治療を開始すべき注意義務違反( 師らは,脳梗塞に対する適切な治療を選択するため,更に必要最小限の脳血管造影検査を行ったものであり,妥当な処置である。 (4)因果関係の有無(争点4) ア血管炎の治療を開始すべき注意義務違反(争点1)との因果関係(原告らの主張)被告病院の担当医師らが,平成18年5月16日又は同月18日にステロイド剤の投与を開始していれば,原告Aの血管炎は改善された。そうすれば,5月19日に実施された脳血管造影検査の際,造影剤の刺激により原告Aの脳血管炎が増悪して虚血性の病変を生じ,急性脳梗塞を発症することはなかった。 (被告の主張)5月16日から同月19日にかけては,原告Aの症状は著明に改善し,自覚症状もほとんどない状態であった。仮に5月16日以降ステロイド剤を投与していたとしても,5月19日の時点で完全に血管炎が治癒していたとは考えられず,本件造影検査の際に急性脳梗塞が発症しなかった高度の蓋然性があるとはいえない。 イ脳血管造影検査を回避すべき注意義務違反(争点2)との因果関係(原告らの主張)被告病院の担当医師らが,脳血管造影検査を回避していれば,造影剤の刺激により原告Aの血管炎が増悪して,虚血性変化を生じ,急性脳梗塞を発症することはなかった。 (被告の主張)脳血管造影検査と原告Aに生じた急性脳梗塞との間に因果関係があることは争わない。 ウ脳血管造影検査を中止し,脳梗塞の治療を開始すべき注意義務違反(争点3)との因果関係(原告らの主張)原告Aに痙攣,眼球の左方共同偏視等の症状が発現した際,被告病院の担当医師らが,更に造影剤を投入して脳血管造影検査を続行しなければ, 原告Aの血管炎をより増悪させ,急性脳梗塞を更に増悪させることはなかった。この時点で,脳血管造影検査を中止し,血管炎の増悪に対応するためにステロイド剤の投与等の処置 造影検査を続行しなければ, 原告Aの血管炎をより増悪させ,急性脳梗塞を更に増悪させることはなかった。この時点で,脳血管造影検査を中止し,血管炎の増悪に対応するためにステロイド剤の投与等の処置を行っていれば,原告Aに重篤な障害が残存しなかった可能性が高い。 (被告の主張)原告Aに痙攣,眼球の左方共同偏視等の症状が発現した際,被告病院の担当医師は,最小限度の脳血管造影検査を追加して,左側の血管の血栓塞栓の有無や動脈硬化による脳血管の閉塞の有無を確認したにとどまり,追加の造影の際には,症状の増悪は認められていないから,追加の脳血管造影検査と症状増悪との間には,因果関係は認められない。 (5)損害(争点5)について(原告らの主張)ア原告Aの損害(ア)逸失利益1億0473万3586円原告Aは,急性脳梗塞によって,以下の後遺障害が残存するに至った。 その障害の程度は,併合すると労働者災害補償保険法施行規則の第一「障害等級表」にいう障害等級第4級に該当する。 a右上肢の著しい機能障害及び右手関節以上の機能の全廃(第5級2号又は4号に相当)b右口腔及び右口唇に麻痺による咀嚼及び言語機能の障害(第9級6号に該当)c右下肢の足関節の機能障害(第12級7号に該当)そして,原告Aは,症状固定当時大学に在籍していたから,原告Aの収入については,平成18年度賃金センサス産業計,企業規模計,男性大卒全年齢平均年収を算定の基礎とし,逸失利益は次のとおりである。 676万7500円(平均年収)×0.92(労働能力喪失率)×1 6.8217(症状固定時年齢22歳から67歳まで45年間のライプニッツ係数17.774-症状固定時年齢22歳から大学卒業時23歳まで1年間のライプニッツ係数0.9523)=1億0473万3586円(イ)慰謝料 年齢22歳から67歳まで45年間のライプニッツ係数17.774-症状固定時年齢22歳から大学卒業時23歳まで1年間のライプニッツ係数0.9523)=1億0473万3586円(イ)慰謝料1670万円原告Aが,障害等級4級に相当する後遺障害を負ったことに対する慰謝料としては,上記の額が相当である。 (ウ)弁護士費用1210万円(エ)合計1億3353万3586円イ原告B及び原告Cについて(ア)慰謝料それぞれ100万円原告B及び原告Cは,本件で原告Aが負った後遺障害について,その死亡にも比肩すべき精神的苦痛を被った。それに対する慰謝料の額は,それぞれ100万円を下らない。 (イ)弁護士費用それぞれ10万円ウしたがって,原告Aは,被告に対し,診療契約の債務不履行又は不法行為責任に基づき,損害賠償金1億3353万3586円及びこれに対する不法行為の日である平成18年5月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,原告B及び原告Cは,被告に対し,不法行為責任に基づき,損害賠償金110万円及びこれに対する不法行為の日である平成18年5月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める権利を有する。 (被告の主張)原告らの主張は争う。 第3当裁判所の判断 被告病院における診療経過 前記前提事実に加え,証拠(各認定事実の後に掲記する。)及び弁論の全趣旨によれば,原告Aの診療経過について,以下の事実を認めることができる。 (1)被告病院入院に至る診療経過ア原告Aは,3月中旬ころから,左腕のしびれ,視力障害,後頭部痛,側頭部痛等の症状が一過性に繰り返し出るようになり,3月下旬には左顎関節痛,4月20日ころには左前腕及び左頬部から口唇にかけてのしびれに加え,呂律が回りにく から,左腕のしびれ,視力障害,後頭部痛,側頭部痛等の症状が一過性に繰り返し出るようになり,3月下旬には左顎関節痛,4月20日ころには左前腕及び左頬部から口唇にかけてのしびれに加え,呂律が回りにくくなる等の症状が発現した。 イ原告Aは,4月24日,E病院を受診し,頭部MRI検査,MRA検査,頸椎MRI検査等を受けた。検査の結果,原告Aの両側半卵円を中心に2ないし4ミリメートルの高信号を示す小斑の散在が見られ,E病院の担当医師は,多発性硬化症を最も疑った。 ウ原告Aは,4月25日,F病院においても診察を受け,担当医師から多発性硬化症は考えにくく,脳梗塞や悪性リンパ腫等が考えられるのではないかという指摘を受けた。 エ5月8日,原告Aは,左前腕等のしびれ,視力低下,頭痛等を訴えて,被告病院の神経内科を受診した。同日,原告Aには特段の神経学的異常所見は認められず,N医師は,血管腫か多発性硬化症を疑い,外来診療でVEP(視覚誘発電位),造影MRI検査による精査を実施する予定とした。 オ5月9日午前2時ころ,原告Aには,覚醒した際,右膝上部及び右上腕からそれぞれ末梢にかけてのしびれと,右上下肢の脱力が見られた。また,午前6時に起床した際には,右上肢の脱力,しびれは消失していたものの,右下肢の症状は不変であった。そこで,同日,原告Aはタクシーで被告病院の神経内科を訪れ,精査のため緊急入院となった。 (2)被告病院入院後の診療経過ア5月9日,原告Aには,右下肢の単麻痺,右のバビンスキー徴候とチャドック徴候陽性などの神経学的所見が認められた。また,同日実施された 腰椎穿刺による髄液検査の結果は,細胞数が39.3個/μℓと増加しており,IgGインデックスが0.83と高めであったが,オリゴクローナルバンドは認められなかった。 イ5月10日,原 施された 腰椎穿刺による髄液検査の結果は,細胞数が39.3個/μℓと増加しており,IgGインデックスが0.83と高めであったが,オリゴクローナルバンドは認められなかった。 イ5月10日,原告Aの右下肢のしびれは前日より改善した。同日,頭部MRI検査が実施され,フレア画像で脳梁を中心に大脳に多発する高信号域が認められた。N医師は,同MRI画像所見と,これまでの臨床経過,髄液検査所見から,多発性硬化症の可能性が最も高いと診断し,原告Aに対しステロイドパルス療法(ステロイド剤を点滴等で短期間に大量投与する治療法)を行うこととして,原告らにもその旨説明した。 ウ5月11日,原告Aの右下肢の症状は更に改善傾向にあった。同日,再度頭部MRI検査が実施され,フレア画像で左脳梁体部に25×15ミリメートルの高信号域が,また,左中心前後回境界部を含む両側大脳皮質,左半卵円中心,左小脳半球に径10ミリメートル以下の高信号域の散在が認められた。これらは,E病院で実施された頭部MRI検査画像では認められなかったもので,新たに出現したものであった。画像診断部では,原告Aについて,血管性病変であれば血管炎や微小塞栓の繰り返しが疑われると指摘した。同日,超音波心エコー検査も実施されたが,血栓やシャントは明らかではなく,正常範囲内であった。 被告病院の担当医師は,病巣が,多発性硬化症に多い脳室周辺でなく,血管分布域に多発していること,症状が一過性に生じ,急速に悪化する一方,治るのも早いことから,多発性硬化症としては非典型であり,血管狭窄,塞栓による虚血,血管炎などの血管障害を精査する必要があると考えた。そこで,原告Aの右下肢の症状が改善傾向にあったことから,予定していたステロイドパルス療法は行わず,更に疾患の精査・鑑別を続けることとし,翌日にSPECT検 の血管障害を精査する必要があると考えた。そこで,原告Aの右下肢の症状が改善傾向にあったことから,予定していたステロイドパルス療法は行わず,更に疾患の精査・鑑別を続けることとし,翌日にSPECT検査を実施する予定とした。 エ5月12日,原告Aに対して頭部MRA検査が実施された。椎骨動脈, 脳底動脈系の描出は良好であったが,右前大脳動脈は低形成で,両側中大脳動脈,両側前大脳動脈の描出は不良であった。同日,SPECT検査が行われ,両側上前頭回に軽度の血流低下が認められた。 被告病院の担当医師は,血管炎については,全身症状がないこと,CRP値が低値であることなどから考えにくいと考えていたが,頭部CT-A検査を行って精査することとした。また,脳塞栓については,若年性脳梗塞としては原因が不明であり,凝固異常,Dダイマーの上昇といった所見もなかったが,胸部造影CT検査,経食道心エコー検査,下肢静脈エコー検査などで塞栓をもたらすような原因の有無を確認するとともに,ホルター心電図で不整脈等がないかどうか調べる予定とした。 オ5月13日,頭部CT-A検査が実施されたが,画像所見では明らかな血管異常は指摘できないとされた。 原告Aは,病状が更に改善し,翌日の大学アメリカンフットボールの観戦のために外出を希望したが,不許可とされた。 カ5月15日,塞栓源の探索のため,胸部造影CT検査が行われた。肺野,気道,肺血管に特記すべき異常所見は認められず,心臓の異常も同定できなかった。原告Aの症状は,日々改善傾向にあった。 キ5月16日,腰椎穿刺による髄液検査が行われ,細胞数が58.7個/μℓ,IgGインデックスも0.95と,いずれも5月9日よりも数値が上昇していた。同日,経食道心エコー検査が行われ,左右シャントや血栓は認められず,正常範囲内であった。 G医 ,細胞数が58.7個/μℓ,IgGインデックスも0.95と,いずれも5月9日よりも数値が上昇していた。同日,経食道心エコー検査が行われ,左右シャントや血栓は認められず,正常範囲内であった。 G医師は,胸部造影CT検査,経食道心エコー検査の結果が塞栓に否定的であり,むしろ頭部MRA検査や髄液検査の所見からは血管炎の方が疑われると考えたが,確定診断のため,脳血管造影検査を行う予定とした。 ク5月17日,原告Aの症状は著明に改善し,自覚症状はほとんどなくなった。 ケ5月18日,原告Aの症状は更に改善し,ほとんど症状が見られなくなった。同日,下肢静脈エコー検査が行われたが,両側大腿静脈,後脛骨静脈に明らかな深部静脈血栓は指摘できず,その他特記すべき異常も認められなかった。被告病院の担当医師らは,同日,原告らに対し,脳梗塞の原因となる血管の異常を調べるため,翌日脳血管造影検査を行うこと,偶発症として脳梗塞等がありうること等を説明し,原告らの同意を得た。 (3)脳血管造影検査の実施ア5月19日午後1時,原告Aは,手術室に入室し,同日午後1時50分ころから,I医師を術者として,脳血管造影撮影が実施された。 イまず最初に,I医師は,原告Aの右大腿動脈から穿刺して5フレンチのシースを留置し,カテーテルを挿入し,右総頸動脈,右内頸動脈の順に撮影を行った。その結果,右脳の前大脳動脈,中大脳動脈の末梢に血管壁不整,血管狭窄の所見(ソーセージ様の外見)が認められ,血管炎が疑われた。続いて右外頸動脈の造影を行ったが,血管炎の所見は認められなかった。右椎骨動脈の造影でも特に血管炎の所見は認められなかった。 ウ次に,I医師は左の総頸動脈の造影に移った。左総頸動脈起始部にカテーテルを誘導し,更にその先にカテーテルを進める道筋をつけるための薄い少量の造影 脈の造影でも特に血管炎の所見は認められなかった。 ウ次に,I医師は左の総頸動脈の造影に移った。左総頸動脈起始部にカテーテルを誘導し,更にその先にカテーテルを進める道筋をつけるための薄い少量の造影剤(ロードマップ,60パーセントに希釈したもので,分量は約3ミリリットル)を注入したところ,その直後,原告Aは呼びかけに答えなくなり,左方共同偏視,口唇の不随意運動といった脳の虚血による痙攣と考えられる症状が出現した。 エI医師は,痙攣時に血管を損傷する危険を避けるため,直ちに一旦カテーテルを抜去するとともに,ホリゾン(抗痙攣薬)2分の1アンプルを投与するよう指示した。ホリゾンの準備中に,原告Aの症状は徐々に改善したが,運動失語,右片麻痺の症状は残存した。また,I医師は,血管炎に対して治療効果が期待できるソルメルコート(ステロイド剤)の投与を開 始した。 オその後,H医師に術者が交替となった。 H医師は,原告Aに生じた痙攣発作の原因を確認するため,再度カテーテルを挿入し,ロードマップを用いずにレントゲン透視のみで左総頸動脈まで留置して,2回造影を行った。1回目は,左の大脳半球全体を撮影し,2回目は血管炎の所見があった部分に絞って撮影を行ったが,造影剤の注入は総頸動脈部のみからとし,注入量は最小限とした。この時,右半球の撮影時のような血管ごとの選択的造影は行われなかった。 カその結果,原告Aには,左大脳半球の広範囲にわたるびまん性の血管炎と思われる所見が認められ,一方,血栓による血管の閉塞は認められなかった。被告病院の担当医師らは,原告Aに対しては,血栓溶解療法等は適応外であると判断し,脳梗塞の治療として,午後2時30分過ぎころから,低分子デキストラン,ラジカット(脳保護剤)等の治療を開始した。 (4)脳血管造影検査後の状況アその後 ては,血栓溶解療法等は適応外であると判断し,脳梗塞の治療として,午後2時30分過ぎころから,低分子デキストラン,ラジカット(脳保護剤)等の治療を開始した。 (4)脳血管造影検査後の状況アその後,原告Aは,頭部CT,MRI検査を受けて,午後4時20分ころ,集中治療室へ入室となった。MRI検査の結果,原告Aには,左中心溝周囲から左下前頭回,左帯状回中部に急性期梗塞巣が見られたことから,被告病院の担当医師らは,原告Aを,多発急性脳梗塞と診断した。 イ原告Aは,その後も孤発性血管炎,多発脳梗塞に対する治療を受けたが,症状は改善せず,5月22日,家族の希望で,F病院の脳神経外科に転院した。 争点1(血管炎の治療を開始すべき注意義務違反の有無)について(1)原告らは,被告病院の担当医師らには,5月16日,あるいは遅くとも同月18日に,原告Aの症状について,脳血管炎と診断を行い,これに対するステロイド治療を開始すべき注意義務があったと主張する。 (2)そこで検討すると,原告らの主張に沿う事情として,以下の点を挙げる ことができる。 ア5月16日時点について(ア)原告Aには,当初多発性硬化症が疑われたが,5月11日には,病巣が血管分布域に多発していること,症状が突発的に起こり,急速に悪化した経過から,多発性硬化症としては非典型的であり,血管狭窄,塞栓による虚血,血管炎等の血管障害が疑われるようになった(前記1(2)ウ)。 (イ)5月12日,原告Aに対して頭部MRA検査が実施され,椎骨動脈,脳底動脈系の描出は良好であったが,右前大脳動脈は低形成で,両側中大脳動脈,両側前大脳動脈の描出は不良であった(前記1(2)エ)。 MRA検査は,血液の流れによって周囲と信号の強度が変わることを利用して,血管を描出するものであるので,上記検査結果は,当該 ,両側中大脳動脈,両側前大脳動脈の描出は不良であった(前記1(2)エ)。 MRA検査は,血液の流れによって周囲と信号の強度が変わることを利用して,血管を描出するものであるので,上記検査結果は,当該血管において血流が低下している可能性があることを示している一方,血流が途切れているわけではないことを示しており,当該血管が塞栓によって閉塞していることとは矛盾する所見であった。また,原告Aの場合,MRA検査画像上,血管壁が一応スムーズに描出されていて,血管内皮の異常を窺わせるものがなかったことから,血栓による血管狭窄を思わせる所見でもなかった。 (ウ)原告Aには,5月9日及び同月16日,髄液検査において,細胞数の増多が見られた(前記1(2)ア,キ)。髄液細胞数の増多は,血管炎,多発性硬化症,髄膜炎等,脳内の何らかの異常を示す所見である。 (エ)原告Aには,塞栓性の脳梗塞の可能性を精査するため,5月15日に胸部造影CT検査が,5月16日に経食道心エコー検査が行われたが,肺野,気道,肺血管に特筆すべき異常所見が認められず,心臓の異常や,左右シャント,血栓も認められなかった(前記1(2)カ,キ)。この点は,胸部や心臓に,塞栓を生じさせる原因となるような所見が確認で きなかったことを意味するものである。 イ5月18日時点についてさらに,5月18日,原告Aには,下肢静脈エコー検査が行われたが,両側大腿静脈,後脛骨静脈にも明らかな深部静脈血栓は認められなかった(前記1(2)ケ)。このことも,原告Aの体内に,脳血管に塞栓を生じさせる原因となるような所見がなかったことを意味するものである。 以上の各検査の結果によれば,5月16日又は同月18日の時点において,原告Aが塞栓性ないし血栓性の脳梗塞であることを裏付ける所見は特になく,むしろ,血管炎の存在を示 かったことを意味するものである。 以上の各検査の結果によれば,5月16日又は同月18日の時点において,原告Aが塞栓性ないし血栓性の脳梗塞であることを裏付ける所見は特になく,むしろ,血管炎の存在を示唆する所見が存在したといえる。J医師も,原告Aの症状について,脳血管造影検査を実施する前の時点で血管炎によるものであるとかなりの精度でいえると考えていたと供述するところである。 (3)しかしながら,これに対しては,以下の点を指摘することができる。 ア原告Aの各種検査所見(ア)画像検査所見a頭部MRA検査所見について頭部MRA検査は,性質上血液の流れを捕捉することはできても,血管壁の状況,特にその形態的変化を脳血管造影検査ほど詳しく明らかにすることはできない。また,MRA検査では,アーチファクト(障害陰影)の影響もあり,異常と思われる信号が病変を示しているのか,撮像の不具合なのかの判別が難しいこともあり,原告Aの頭部MRA検査画像においても,アーチファクトの影響が否定できなかった。 b頭部CT-A検査所見そこで,5月13日,被告病院の担当医師らは,原告Aに対し,頭部CT-A検査を実施したが,同検査では,明らかな血管異常を指摘 できないとされ(前記1(2)オ),原告Aが血管炎に罹患していることを裏付けることはできなかった。 c塞栓源に関する検査所見また,胸部造影CT検査,経食道心エコー検査,下肢静脈エコー検査の結果,塞栓源となるような所見は得られなかったが,塞栓の可能性を完全に排斥することができるものではないし,脳血管に動脈硬化性病変や血栓が生じている可能性を否定することもできなかった。 (イ)その他の検査所見a髄液検査原告Aは,髄液検査の結果,細胞数の増多が認められたが,これは血管炎に特異な所見ではなく,脳梗塞でも起こり や血栓が生じている可能性を否定することもできなかった。 (イ)その他の検査所見a髄液検査原告Aは,髄液検査の結果,細胞数の増多が認められたが,これは血管炎に特異な所見ではなく,脳梗塞でも起こりうる所見であった。 b全身症状また,原告Aは,膠原病やベーチェット病といった免疫疾患を有していなかった。 脳血管炎は,免疫疾患を基本に脳以外の臓器の血管炎と併発することが多く,こうした全身性炎症疾患が起きる場合にはCRP値も高値を取ることが多いが,原告Aの場合にはそうした基本となる疾患が見られず,CRP値は感冒症状の影響が見られた初期の時点を除けば低値であり,いずれも通常の血管炎とは合致しない所見であった。 (ウ)以上に指摘したとおり,原告Aに対する各種検査の所見は,血管炎を示唆するものではあったが,血管炎としては非典型的な要素も有していたうえ,血管炎のみに特異な所見ともいえず,血管炎以外の原因である可能性を完全に除外することができる所見ということもできなかった。 イ孤発性血管炎の診断方法に関する知見(ア)また,原告Aの病変は脳に限局していたため,仮にこれが血管炎であるとすると,血管炎症候群の中でも弧発性脳血管炎という疾患が想定 された。 (イ)弧発性脳血管炎は非常に稀な疾患であり,国内での報告例はほとんどなく,世界的にも評価の高いアメリカ合衆国のMayoClinicの孤発性血管炎の症例101例の解析結果に基づく文献によれば,弧発性脳血管炎の診断は,①他の原因により説明のつかない後天性の神経学的欠損が最近あった,又は現在あること,②脳生検の検体に血管炎の証拠があること,又は③脳血管造影で血管炎の特徴的変化があることによって行うこととされており,診断は脳生検により確定されるが,生検は侵襲的であり,多くの臨床医は血管造影の方を選んでき 検体に血管炎の証拠があること,又は③脳血管造影で血管炎の特徴的変化があることによって行うこととされており,診断は脳生検により確定されるが,生検は侵襲的であり,多くの臨床医は血管造影の方を選んできたとされている。 (ウ)また,ハリソン内科学等の文献上も,弧発性脳血管炎の診断のためには血管造影検査における特徴的な異常所見の確認(多発性に対称性の狭窄部分を呈するいわゆるストリング・オブ・ビーズの形態等)か脳生検で確認されると指摘されている。 以上によれば,医学文献上,弧発性脳血管炎を確定診断するためには,脳血管造影検査が必要であるとされていると認められる。 この点につき,原告らは,上記文献の記述はMRA検査,CT-A検査等が一般に利用されるようになるより以前になされたものであって,その記載内容はMRA検査やCT-A検査が著しく発達し一般的に用いられるようになった現在においては妥当しないと主張する。 しかしながら,MRA検査には上記ア(ア)aで指摘したような限界があること,他方,本件(平成18年)当時の文献においても,脳血管造影検査は,血管内腔に直接造影剤を注入して画像を得ており解像力も高いので,血管性病変の診断では最も信頼性が高いとされていること,上記(イ)の文献においても,MRA検査に言及したうえで,脳血管造影検査の方が幾分感度が高いとされていることからすると,原告らの主 張は採用できない。 (4)以上によれば,被告病院の担当医師らが,未だ脳血管造影検査を実施していない5月16日又は同月18日の段階で,直ちに原告Aの症状が血管炎によるものであると確定診断することができたと認めることはできず,これを前提に,直ちにステロイド治療を開始すべき注意義務があったとする原告の主張は,採用できない。 (5)なお,原告らは,5月16日又は同月18日 あると確定診断することができたと認めることはできず,これを前提に,直ちにステロイド治療を開始すべき注意義務があったとする原告の主張は,採用できない。 (5)なお,原告らは,5月16日又は同月18日,脳血管造影検査を行う前の時点で,原告Aに対し血管炎の治療を開始する必要性があったとも主張する。 アそこで,この点について検討すると,原告らの主張に沿う事情として,以下の事実を指摘することができる。 (ア)5月16日又は同月18日時点の検査結果を踏まえると,原告Aの症状は血管炎によるものである可能性が高かった。 (イ)血管炎においては,突然症状が発現することがあり,特に弧発性脳血管炎は稀な疾患ということもあって,疾患に対する理解が進んでおらず,予期しない病態の悪化が生じることもあり得た。 (ウ)原告Aには,前記認定のとおり,3月中旬以降,脳の虚血性変化に由来すると思われる神経学的症状が繰り返し出現していた。 (エ)一般に,脳梗塞又は脳の虚血性発作を起こした場合,何らかのきっかけで症状が再発,増悪する可能性がある。 (オ)また,原告協力医であるK医師も,原告Aの頭部MRI検査の所見を踏まえて,鑑別疾患としては①脳梗塞,血管炎による局所血管攣縮といった脳血管障害,②多発性硬化症,神経サルコイドーシスなどの神経疾患,③悪性リンパ腫などが考えられると指摘したうえで,脳梗塞の可能性はやや薄く,既に入院時に運動麻痺などの神経欠落症状をきたしていたこと,患者がまだ若年であること,多発性硬化症,真菌性のものを 除く血管炎,悪性リンパ腫については副腎皮質ホルモン剤(ステロイド剤)が有効であることからすれば,全ての検査所見がそろわない段階であっても,治療を開始するのが好ましいと考えられる旨の意見を述べている。 イしかしながら,これに対しては,以下の点を指摘 ステロイド剤)が有効であることからすれば,全ての検査所見がそろわない段階であっても,治療を開始するのが好ましいと考えられる旨の意見を述べている。 イしかしながら,これに対しては,以下の点を指摘することができる。 (ア)確かに,血管炎は急激に増悪することもありうるが,治療が一刻を争うという疾患ではなく,5月16日又は同月18日当時,原告Aの症状は改善傾向にあり,自覚症状もほとんどない状態であった。 (イ)病態を正確に把握することは,治療の方針を決定する上で重要な意義を有するところ,脳血管造影検査前にステロイド治療を開始してしまうと,病変に対してステロイド剤が著効を示してしまい,検査によっても病態を正確に捉えることができなくなる可能性があった。 (ウ)ステロイド剤については,重篤な副作用が生じることもあり,血管炎であれば長期間の投与が必要となる可能性もあるから,その投与は確実な根拠に基づいて慎重に行われる必要があった。 (エ)K医師の意見書も,患者自身を自ら診察したわけではないとの留保を付したうえでの意見であるうえ,上記被告病院の担当医師らの判断が不合理であったとまで述べるものではない。 ウ以上の点を踏まえると,原告Aの症状が改善に向かっていた状況において,脳血管造影検査を行って病態を正確に把握し,その所見を踏まえて確定診断をしてから,ステロイド治療を開始するという被告病院担当医師らの判断が,不合理なものであったとはいえず,脳血管造影検査の前にステロイド治療を開始すべき義務があるとは認められない。 (6)したがって,被告病院の担当医師らに,5月16日又は同月18日時点で,直ちに治療を開始すべき注意義務違反があったと認めることはできない。 争点2(脳血管造影検査を回避すべき注意義務違反の有無)について (1)原告らは,被告病院担当医 6日又は同月18日時点で,直ちに治療を開始すべき注意義務違反があったと認めることはできない。 争点2(脳血管造影検査を回避すべき注意義務違反の有無)について (1)原告らは,被告病院担当医師らには,必要性がないばかりか危険性の高い脳血管造影検査を回避すべき注意義務があったと主張する。 (2)そこで検討すると,原告らの主張に沿う事情として,以下の点を指摘することができる。 ア脳血管造影検査の必要性について前記のとおり,5月18日までの時点において,原告Aが脳梗塞であることを裏付ける所見は特になく,J医師も,原告Aの症状は,血管炎によるものである可能性が高いと考えていた(上記2(2))。 イ脳血管造影検査の危険性について(ア)一般的に,脳血管造影検査においては,確率は低いものの,血栓症による脳梗塞,穿刺部位等からの出血,造影剤によるアレルギー症状や攣発作,攣縮などの合併症の危険が存在する。また,ひとたび合併症としての脳梗塞が生じれば,永久的後遺症となる可能性も高い。 (イ)脳血管造影検査前の時点において,被告病院担当医師らは,原告Aについて,血管炎によって脳血管の内壁が過敏になっていることを予想していた。 (ウ)脳血管攣縮の合併症は,動脈硬化が進んでいる可能性の低い若年者においては,発生しやすい傾向にある。 (3)しかしながら,これに対しては,以下の点を指摘することができる。 ア脳血管造影検査の必要性について(ア)前記認定のとおり,5月18日の時点において,当時の検査所見をもって原告Aの血管炎を確定診断することはできなかったものであり(上記2(3)ア),正確な病態の所見を得る必要性が認められ,また,前記認定の弧発性脳血管炎の診断方法に関する知見(上記2(3)イ)からも,血管炎の確定診断のためには,脳血管造影検査の必要性がある (上記2(3)ア),正確な病態の所見を得る必要性が認められ,また,前記認定の弧発性脳血管炎の診断方法に関する知見(上記2(3)イ)からも,血管炎の確定診断のためには,脳血管造影検査の必要性があると認められた。 (イ)この点については,K医師も,カテーテルによる血管撮影検査は,確定診断として必要である検査であることは間違いないと考える旨述べるところである。 (ウ)なお,原告協力医であるL医師は,脳血管造影検査を行っても治療法が変わるわけではないのであるから,合併症の危険を冒してまで脳血管造影検査を行う必要性は認められないという趣旨の意見を述べている。 しかしながら,血栓,塞栓性の脳梗塞であれば,血栓溶解療法や抗凝固療法の適応があるのに対し,血管炎の患者に対しては血栓溶解療法や抗凝固療法は出血のおそれが高く禁忌でありステロイド療法が適応となるのであるから,治療法が変わるわけではないことを前提とするL医師の意見を採用することはできない。 イ脳血管造影検査の危険性についてまた,脳血管炎に罹患している患者に対する脳血管造影検査が,合併症の危険を高めるという医学的知見についても,明らかとはいえない。 この点につき,L医師は,炎症の生じている脳血管へ直接造影剤を注入する行為は非常に危険であるという趣旨の意見を述べているが,意見の具体的な根拠は明らかではなく,直ちに採用することができない。 (4)以上によれば,原告Aに対する脳血管造影検査の実施が,検査の必要性と比較して過大な危険性を有していたと認めることはできず,被告病院担当医師らに脳血管造影検査を回避すべき注意義務があったと認めることはできない。 争点3(脳血管造影検査を中止すべき注意義務違反の有無)について(1)原告らは,脳血管造影検査中に原告Aに痙攣,眼球の左方共同偏視,口唇の不随 避すべき注意義務があったと認めることはできない。 争点3(脳血管造影検査を中止すべき注意義務違反の有無)について(1)原告らは,脳血管造影検査中に原告Aに痙攣,眼球の左方共同偏視,口唇の不随意運動等の症状が発現した際,造影剤の刺激による血管炎の増悪を原因とする脳梗塞と判断されたのであるから,被告病院の担当医師らは,直ちに検査を中止し,脳梗塞の治療を開始すべき注意義務があったと主張する。 そして,この点につき,L医師は,脳梗塞に至らせた造影検査は,その時点で中止すべきであり,その後も漫然と造影検査が継続されたことは理解に苦しむものであるという趣旨の意見を述べている。 (2)しかしながら,これに対しては,以下の事実が認められる。 アH医師らは,原告Aに痙攣発作等が生じたとき,その脳虚血症状は造影剤の刺激により血管炎が増悪したことにより生じたものである可能性が最も高いと考えていたが,①カテーテル手技に伴いカテーテルとガイドワイヤーの間に形成された血栓が飛んだことによる血栓性の脳梗塞である可能性,②カテーテル操作中に血管内壁の血栓が飛んだことによる血栓性の脳梗塞である可能性,③動脈硬化による脳血管の操作中に起こる血管の解離による動脈閉塞の可能性も否定することができない状況であった。 イこれに対する治療法としては,血管炎の増悪であれば,ステロイド剤投与が適応となるが,血栓塞栓症の場合には,右脳の血管炎に対するステロイド剤投与を行いつつ,左脳の血栓塞栓に対し,マイクロカテーテルを利用した機械的な血栓破砕による血管腔の確保や,血栓溶解療法の検討が必要と考えられた。 ウ一方,脳血管造影検査によって血管炎が増悪することがあるか否かについては,明確なデータは存在せず,少量の造影剤を追加することによって症状を悪化させるという医学的知見も存在し 必要と考えられた。 ウ一方,脳血管造影検査によって血管炎が増悪することがあるか否かについては,明確なデータは存在せず,少量の造影剤を追加することによって症状を悪化させるという医学的知見も存在しない状況であった。 エそこで,H医師は,可能性としては血管炎よりも低いものの,仮に血栓塞栓性の脳梗塞が原因であった場合に,原告Aに対する適切な治療を選択する機会を逸することにならないよう,ロードマップを用いずに,注入量は最小限として,2回の脳血管造影検査を追加して行ったものである。 以上の点を踏まえると,原告Aに生じた脳虚血性の痙攣発作等の原因を鑑別し,適切な治療方法を選択するため,必要最小限の脳血管造影検査を追加的に実施すべきであるというH医師らの判断が,再度の痙攣発作の発生や血 管炎が更に増悪する危険を不当に無視した不合理な判断であると認めることはできない。したがって,上記(1)に記載のL医師の意見は採用することができず,H医師ら被告病院の担当医師に,原告Aに痙攣発作等が生じた時点で直ちに全面的に脳血管造影検査を中止しなければならない注意義務があったと認めることはできない。 (3)なお,この点に関し,K医師は,一般論として,脳血管造影検査で患者に何らかの異常が認められた場合には,直ちに検査を中止して患者の状態を観察し,適切な処置を施すべきであるとの意見を述べている。しかしながら,本件では,前記のとおり,適切な治療法を決定するため,追加の脳血管造影検査を実施する必要性が認められたものであるから,直ちに上記一般論が当てはまるとはいえない。 (4)以上のとおりであるから,被告病院の担当医師らが脳血管造影検査を中止すべき注意義務を負っていたと認めることはできず,これを前提とする注意義務違反を認めることはできない。 第4 結論 以上によれば,原 以上のとおりであるから,被告病院の担当医師らが脳血管造影検査を中止すべき注意義務を負っていたと認めることはできず,これを前提とする注意義務違反を認めることはできない。 第4 結論 以上によれば,原告らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第30部裁判長裁判官秋吉仁美裁判官田代雅彦 裁判官住田知也

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