平成29(行コ)57 労働保険料認定決定処分取消請求控訴事件

裁判年月日・裁判所
平成29年9月21日 東京高等裁判所 その他
ファイル
hanrei-pdf-88492.txt

判決文本文16,237 文字)

平成29年9月21日判決言渡平成29年(行コ)第57号労働保険料認定決定処分取消請求控訴事件(原審東京地方裁判所平成26年(行ウ)第262号) 主文 1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実 及び理由第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 2 処分行政庁が,控訴人に対し,平成24年5月18日付けでした平成22年度の労働保険料の認定決定処分のうち決定した労働保険料額が5576万6051円を超える部分を取り消す。 第2 事案の概要 1 本件は,総合病院を開設する医療法人社団であり,労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下「徴収法」という。)12条3項に基づくいわゆるメリット制の適用を受ける事業の事業主(以下「特定事業主」という。)である控訴人が,被控訴人に対し,上記病院に勤務する医師が脳出血を発症し,これについて労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく休業補償給付等の支給処分(以下「本件支給処分」という。)がされたことに伴い,処分行政庁から,本件支給処分がされたことにより控訴人が納付すべき労働保険の保険料が増額されるとして,徴収法19条4項に基づく平成22年度の労働保険の保険料の認定処分(前年度よりも増額された保険料額を認定したもの。 以下「本件認定処分」という。)を受けたため,本件支給処分は違法であり,これを前提とする本件認定処分も違法であると主張して,本件認定処分のうち上記の増額された保険料額の認定に係る部分の取消しを求める事案である。 原審は控訴人の請求を棄却したところ,控訴人が本件控訴を提起した。 2 関係法令の定め,前提事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記3のとおり当審における当事者の補充主張を 原審は控訴人の請求を棄却したところ,控訴人が本件控訴を提起した。 2 関係法令の定め,前提事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記3のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」第2の1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。 (原判決の補正)(1) 原判決13頁8行目の「実際には」から同頁10行目末尾までを削る。 (2) 同13頁14行目の「本件」を「本件支給処分」と改める。 (3) 同15頁6行目,同頁11行目及び同頁15行目の「継続」を削る。 (4) 同21頁7行目の「労災保険給付の」を「訴外Z1に対しては,労災保険給付として,療養補償給付(診療費,移送費,薬剤費,訪問看護費),休業補償給付及び傷病補償年金が支給されている。これらの労災保険給付の」と改める。 (5) 同22頁14行目の「こうした」の後に「基準」を加え,同23頁16行目の「労災保険率」を「改定労災保険率」と改める。 (6) 同69頁20行目の「時間」を削る。 3 当審における当事者の補充主張(1) 控訴人の主張以下のとおり,業務災害支給処分の違法性は労働保険料認定処分に承継されるというべきであり,少なくとも本件訴訟においては,控訴人は本件認定処分の瑕疵として本件支給処分の違法を主張することができると解すべきである。 ア違法性の承継の判断枠組みについて被控訴人は,違法性の承継は原則として認められず,例外的に認められるのは,①個別実定行政法規が,公定力や不可争力の趣旨を後退させてでも,例えば個人の権利救済など何らかの目的を達成させようとする立法政 策を採用していると解釈し得るような場合や,②個人の権利救済の観点からみて特 法規が,公定力や不可争力の趣旨を後退させてでも,例えば個人の権利救済など何らかの目的を達成させようとする立法政 策を採用していると解釈し得るような場合や,②個人の権利救済の観点からみて特段の不合理な事態を招来していると認められるような極めて例外的な場合に限られる旨主張するが,違法性の承継が認められる範囲を過度に制限的に解するものであって相当ではない。 平成21年最高裁判決の趣旨に照らすならば,実体法的観点からの検討に加えて手続法的観点からの検討が必要であるところ,後行の処分の取消訴訟において先行の処分の違法の主張を遮断するためには,先行の処分の違法の主張について裁判所の審理を受ける十分な争訟機会が保障されていることが必要である。 イ各処分の実体的一体性について業務災害支給処分は,被災労働者との関係で支給を行うことを決めるという法的効果と,特定事業主との関係で労災保険率を増大させるという法的効果を併せ持つ。違法性の承継は,後行の処分によってその法律上の権利利益を侵害される者が,先行の処分の違法の主張を遮断されるかという問題であるから,複数の法的効果を持つ処分については,異なる名宛人に対する法的効果を取り上げて検討しても意味がなく,後行の処分の名宛人が先行の処分によってどのような法的効果を受けるのかを問題とすべきである。 この観点からすれば,業務災害支給処分は,特定事業主との関係では,その労災保険率を引き上げられるべき地位に置くという法的効果を有し,労働保険料認定処分による保険料額の認定という法律効果が後行の処分に留保されているというべきである。 ウ控訴人の手続的保障について先行の処分の違法の主張が遮断されることは,私人の権利救済の機会の縮減であり,裁判を受ける権利の侵 が後行の処分に留保されているというべきである。 ウ控訴人の手続的保障について先行の処分の違法の主張が遮断されることは,私人の権利救済の機会の縮減であり,裁判を受ける権利の侵害にもなりかねないから,先行の処分の段階で不服を主張し,裁判所の審判を受ける機会が十分に保障されてい る場合に,初めて,先行の処分の違法の主張を制限することが許される。 本件で問題となっている業務災害支給処分についてみると,特定事業主は,保険給付手続への一定の関与が義務付けられているといっても,未だ業務災害支給処分がされる前の段階であり,いつ処分がされるのか,いかなる処分がされる見込みであるのか知り得ないのであるし,業務災害支給処分がされたとしても,これを特定事業主に通知することは予定されておらず,給付自体も特定事業主において覚知し得るものではないのであるから,業務災害支給処分について,その適否を争うための手続的保障が特定事業主に十分に与えられているということはできない。 また,特定事業主が業務災害支給処分の存在を知ったとしても,具体的な給付の額やその根拠を知らなければ,労働保険料が増額されるか否か,増額されるとしてその金額,増額の理由が受入れ可能なものかを判断することは困難であり,その段階で特定事業主に不服申立てを行うことを期待することは合理的でない。加えて,実務・学説上,業務災害支給処分に対して特定事業主が何らかの不服を申し立てることはできないとの見解が統一的であり,本件支給処分に対して控訴人が不服を申し立てる行動に出ることの期待可能性はなかった。 エ業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請について被控訴人は,特定事業主が労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法を主張することができると 性はなかった。 エ業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請について被控訴人は,特定事業主が労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法を主張することができるとすることは,業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請に反すると主張する。 しかしながら,業務災害支給処分の取消訴訟が提起された場合でも,原則として処分の執行は停止されないから(行訴法25条1項),請求認容の判断がされたときは,被災労働者とされた労働者又はその遺族への支給という事実が積み重ねられた後に取り消されることとなる。なお,業務起因性の有無を争う訴訟は長期化することが予想されるのであり,仮に,特 定事業主が業務災害支給処分に対する取消訴訟を提起することができると解したとしても,早期に法律効果が確定するとは限らない。 また,労働保険料認定処分の取消訴訟であれば,特定事業主が先行する業務災害支給処分の違法を主張し,これを認容する判断が示された場合でも,行政庁において,業務災害支給処分の職権取消しをするか否か,するとしても取り消す範囲を限定するか等,労働者保護の観点から個別の判断が可能であるのに対して,業務災害支給処分の取消訴訟によった場合には,請求認容の判断が示されたときは,業務災害支給処分は無限定に取り消されてしまう。したがって,労働者保護の観点から看過し難い結果を生ずる不都合は,むしろ,特定事業主が業務災害支給処分の取消訴訟で争う場合の方が,労働保険料認定処分の取消訴訟で争う場合よりも大きいものといえる。 ところで,労働者は労働保険料認定処分の取消訴訟の当事者になるものではなく,仮に行訴法22条に基づく訴訟参加又は民訴法42条に基づく補助参加ができるとしても,参加の時点では業務災害から数年に及ぶ期間が経過していることがあ 険料認定処分の取消訴訟の当事者になるものではなく,仮に行訴法22条に基づく訴訟参加又は民訴法42条に基づく補助参加ができるとしても,参加の時点では業務災害から数年に及ぶ期間が経過していることがあり得ることは想定されるが,それは特定事業主が業務災害支給処分の取消訴訟を提起する場合でも同様であり,特定事業主が労働保険料認定処分の取消訴訟の中で業務災害支給処分の違法を主張することを制限したとしても,それによって労働者保護が十分に図られるわけではない。 特定事業主が労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法を主張することが許されるとした場合には,業務起因性のあることを主張する被災労働者としては,労働保険料認定処分の取消訴訟への訴訟参加,同処分の取消判決が出た場合の第三者の再審の訴え及び業務災害支給処分の職権取消しに対する取消訴訟の提起という3つの方法によって争うことが考えられ,例えば,本件では,訴外Z1及びその妻は本件訴訟の 存在を知っているのであるから,本件訴訟に参加することが考えられる。 したがって,特定事業主が労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法性を主張することが許されるとしても,被災労働者の手続的保障は与えられているということができる。 オ本件に固有の事情について本件においては,本件訴訟と並行して,訴外Z1及びその妻を原告とし,控訴人ほかを被告とする同一労働災害についての損害賠償請求訴訟(別件訴訟)が提起され,平成27年10月1日にその控訴審において訴訟上の和解(訴外Z1及びその妻の敗訴的和解)が成立するまでの間,本件疾病の業務起因性の有無について十分に争われてきたものであるから,資料の散逸が問題となることはない。また,本件訴訟の存在は訴外Z1及びその妻並びに代 及びその妻の敗訴的和解)が成立するまでの間,本件疾病の業務起因性の有無について十分に争われてきたものであるから,資料の散逸が問題となることはない。また,本件訴訟の存在は訴外Z1及びその妻並びに代理人弁護士も,上記和解成立前から知っており,本件訴訟に補助参加することも可能であった。このような状況下で,被災労働者の手続的利益の保護を理由として,控訴人の手続的保護の要請を後退させることは極めて不当である。 また,一般的に,特定事業主が業務災害支給処分の取消訴訟を提起することはできないと解されていたところ,本件において,控訴人が,業務災害支給処分の取消訴訟を提起すべきであったと考えることも相当ではない。 (2) 被控訴人の主張ア控訴人は,平成21年最高裁判決が,実体法的観点の検討に加えて手続法的観点からの検討を要することを示したとして,手続法的観点に重きを置いた主張をるる展開している。しかしながら,違法性の承継を認めることは,行政の安定性が害される事態を生じさせ得るものであり,本来,行政処分の公定力,取消訴訟の排他的管轄,出訴期間の制限(不可争力)といった行政処分の一般原則に反することともなるのであるから,例外的に違法性の承継が認められるかどうかについては,当該個別実定行政法規の 立法趣旨を探求し,公定力・不可争力の趣旨を後退させるような立法態度を読み取れるか否かにつき,法的安定性に関する考慮要素と個人の権利救済に関する考慮要素という観点から総合的に検討し判断すべきものであり,平成21年最高裁判決も同様の立場に立つものと解される。したがって,控訴人が主張するように,実体法的観点と手続法的観点を別個に検討して判断すべきではないし,個別実定行政法規の解釈を離れて,労災保険制度の給付部分(支出)を規定している つものと解される。したがって,控訴人が主張するように,実体法的観点と手続法的観点を別個に検討して判断すべきではないし,個別実定行政法規の解釈を離れて,労災保険制度の給付部分(支出)を規定している労災保険法,同制度の徴収部分(収入)を規定している徴収法を一体的に捉えることも相当ではない。 イ業務災害支給処分は,被災労働者の迅速かつ公正な保護を図ることを目的とする(労災保険法1条,12条の8第2項等)のに対し,労働保険料認定処分は,労働保険料を適正に徴収することを目的とする(徴収法1条,10条,19条4項)から,両者は,個別実定行政法規の解釈からすれば,同一の目的を有するとはいえない。また,業務災害支給処分は,被災労働者に対しその請求に基づき業務災害保険給付等を支給するというそれ自体固有の法律効果を有するものである一方で,労働保険料認定処分は,事業主に対し労働保険料の納付を義務付けるものであって,両者は全く異なる法律効果を有する処分であるから,両者が相結合して初めて所定の法律効果を発揮するものとはいえない。 よって,業務災害支給処分と労働保険料認定処分は,そもそも目的を異にする別個独立した処分であり,これらが相結合して初めてその効果を発揮するという関係にもないから,この点のみをもってしても,特定事業主が,労働保険料認定処分の取消訴訟において,業務災害支給処分の違法を主張することが許されないことは明らかである。 ウ業務災害支給処分がされたにもかかわらず,行政庁の取消処分等により,相当期間を経てその効力を失うこととなれば,被災労働者に対する保険給付の支給等の事実状態が積み重ねられた後に,その根拠が根底から覆され, 法的安定性の観点等から看過し難い結果を生ずることとなるから,業務災害支給処分については,その法的安定性, 対する保険給付の支給等の事実状態が積み重ねられた後に,その根拠が根底から覆され, 法的安定性の観点等から看過し難い結果を生ずることとなるから,業務災害支給処分については,その法的安定性,具体的にはその法律効果の早期安定が労災保険制度上極めて強く要請される。仮に,労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が業務災害支給処分の違法を主張することが許されるとすると,労働保険料認定処分の違法という判決主文を導くために必要な法律判断として,業務災害支給処分の違法が認められ,それが確定した場合には,判決理由中に示された「業務災害支給処分が違法である」との裁判所の判断に取消判決の拘束力が生じると考えられるから,この拘束力によって,関係行政庁は,原則として業務災害支給処分を取り消す義務を負うものと解さざるを得ない。 そして,理論上,特定事業主は,当該労働保険料の認定に影響するものである限り,メリット制を根拠として3保険年度間に支給されたすべての業務災害支給処分の違法を主張し得るだけでなく,いったんなされた業務災害支給処分に基づく労災保険給付については,更にその次年度及び次々年度に係る労働保険料にも当該労災保険給付の額が反映されることもあり得るから,当該事業主はこれらの労働保険料額に不服があるのであれば,当該労働保険料認定処分の取消訴訟においても,業務災害支給処分の違法を主張し得ることとなる。これに加え,業務災害支給処分がされてからそれが反映された労働保険料認定処分がされるまでに概ね2年以上の期間が経過していること及び労働保険料認定処分の取消訴訟が提起された場合にはその判決が確定するまでに期間を要することも考慮すれば,業務災害保険給付等の受給者は,業務災害支給処分後,相当の長期間が経過した後に,その受給者たる地位を突如失い 処分の取消訴訟が提起された場合にはその判決が確定するまでに期間を要することも考慮すれば,業務災害保険給付等の受給者は,業務災害支給処分後,相当の長期間が経過した後に,その受給者たる地位を突如失い,さらには受給した給付の返還を求められる可能性がある状態に置かれることになる。 そうすると,労災保険給付の受給者は,労働保険料認定処分の取消訴訟の帰趨という自らは与り知らない事情によりその地位を剥奪されることに なり得るのであって,極めて不安定な地位に置かれることになる。仮に,当該受給者が,労働保険料認定処分の取消訴訟が提起されていることを知り,手続に参加する契機を得たとしても,その時点においては,業務災害支給処分がされた保険年度の次々年度の労働保険料の認定処分の適法性が争われるものであり,既に業務災害から数年に及ぶ期間が経過していることから,証拠資料が散逸し,十分な訴訟行為をすることができない可能性が高い。したがって,当該労働保険料認定処分の取消訴訟において業務災害支給処分の違法が主張され,業務起因性が争われた場合には,当該受給者としては,これに十分な応訴をすることは困難であり,将来そのような訴訟が提起されることを予期して訴訟参加のための準備を強いられることは,その手続上の地位を過度に不安定にするものとの評価を免れない。 控訴人は,業務災害支給処分の取消訴訟において特定事業主が当該処分の違法を主張することが許される場合の方が,労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が業務災害支給処分の違法を主張することが許される場合よりも,労働者保護の観点から看過し難い結果を生ずる不都合が大きく,労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が業務災害支給処分の違法を主張することが許されるとしても,被災労働者が上記訴訟 る場合よりも,労働者保護の観点から看過し難い結果を生ずる不都合が大きく,労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が業務災害支給処分の違法を主張することが許されるとしても,被災労働者が上記訴訟に訴訟参加し,業務起因性のあることを主張して争う手段があるから,被災労働者に対して手続的保障が与えられているなどと主張する。しかしながら,業務災害支給処分に基づく労災保険給付の額が当該特定事業主に係る労働保険料に反映されるのは,上記のとおり,早くとも基準日の属する保険年度の次々年度であるから,労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が業務災害支給処分の違法を主張することが許されるとすると,手続及び法律効果の早期安定の要請が害されることに変わりはない。 以上のとおり,労働保険料認定処分の取消訴訟において特定事業主が業務災害支給処分の違法を主張することが許されるとすると,労災保険制度 上極めて重要な要請である業務災害支給処分の法律効果の早期安定,法的安定性を著しく害することとなる。 エ控訴人は,業務災害支給処分について,その適否を争うための手続的保障が特定事業主に十分に与えられているということはできないと主張する。 しかしながら,特定事業主は,意見書制度(労災規則23条の2)により,業務災害支給処分の手続過程に関与することができ,さらに同処分後には,被災労働者に対し各種確認訴訟を提起することができるのであるから,業務災害支給処分の適否を争うための機会は十分に与えられている。したがって,労災保険制度上極めて重要な要請である業務災害支給処分の法律効果の早期安定,法的安定性を犠牲にしてまで特定事業主を保護すべき要請は乏しい。 オなお,事業主による労働保険料の負担は,単に事業主の危険分散のみでなく,全体の労 る業務災害支給処分の法律効果の早期安定,法的安定性を犠牲にしてまで特定事業主を保護すべき要請は乏しい。 オなお,事業主による労働保険料の負担は,単に事業主の危険分散のみでなく,全体の労働災害につき全企業が負う集団形式の分担であり,事業主は,労災保険制度によって多大な利益を享受している。そして,メリット制において基本となるのは特定の事業の種類に属する事業全体における労災保険給付支給額と労働保険料収納額の収支状況等をもとに設定された基準労災保険率であり,当該事業に係る労災保険給付支給額と労働保険料収納額の収支状況による変更は,当該事業主に対する労災保険率の算定において相当程度抽象化された上で,限定的に反映されるにすぎない。このように保険料のメリット制は,保険者と個々の事業主及び事業全体との間の問題であり,労災保険の給付の関係と保険料負担の関係とはあくまで別個の法律関係であって,直接的な関係性を有しないから,労災保険給付の支給又は不支給の決定処分において,特定事業主の保険料に係る経済的利益が法律上保護されているとは解されない。したがって,特定事業主は,処分の法律上の効果として直接具体的に権利を侵害される者とはいえず,業務災害支給処分の取消訴訟における原告適格は認められないというべきで ある。このように解しても,特定事業主は,意見書制度や被災労働者の労災保険給付支給に関する判断過程において事情聴取が予定されるなど,業務災害支給処分の手続過程に関与することができるし,処分後には,被災労働者と国との間に労災保険給付不支給処分の取消訴訟が係属している場合には補助参加し,又は,労働基準監督署長に不正の手段によって労災保険給付を受けた被災労働者に対する業務災害支給処分の取消しを求めて職権発動を促す地位を有するのであり,特定事業 訴訟が係属している場合には補助参加し,又は,労働基準監督署長に不正の手段によって労災保険給付を受けた被災労働者に対する業務災害支給処分の取消しを求めて職権発動を促す地位を有するのであり,特定事業主には業務災害支給処分の適否を争うための機会は相当程度保障されているというべきである。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も,控訴人の本件請求は理由がないと判断する。その理由は,次のとおり補正し,次項に当審における当事者の補充主張に対する判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」第3の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。 (原判決の補正)(1) 原判決31頁22・23行目の「行訴法9条2項に定める考慮事項につき検討するまでもなく,」を削る。 (2) 同34頁11行目の「応じて」の後に「メリット増減率を」を加え,同頁19行目の「事業主」を「特定事業主」と改める。 (3) 同35頁16行目の「判決」を「決定」と改め,同頁の「201頁」の次に「(以下「平成13年最高裁決定」という。)」を加え,同36頁8行目の「同最高裁判決」を「平成13年最高裁決定」と改める。 (4) 同39頁4行目,同頁9行目及び同頁11行目の「事業主」をいずれも「特定事業主」と改める。 (5) 同41頁2行目の「先行の」から同頁9行目の「ときは」までを「個別の処分について定める実定行政法規の解釈として先行の処分と後行の処分とが同一の目的を達成するための一連の手続を構成し,相結合して1つの効果 を実現しているといえるか否か,先行の処分と後行の処分とが実体的に相互に不可分の関係にあるものとして本来的な法律効果が後行の処分に留保されているといえるか否か,先行の処分の段階においてその適否を争うための手続的保障が後行の処分 先行の処分と後行の処分とが実体的に相互に不可分の関係にあるものとして本来的な法律効果が後行の処分に留保されているといえるか否か,先行の処分の段階においてその適否を争うための手続的保障が後行の処分により不利益を受ける者に与えられているといえるか否か等の事情を総合的に考慮し,公定力ないし不可争力により担保されている先行の処分に係る法律効果の早期安定の要請を犠牲にしてもなお,先行の処分の違法を主張することにより後行の処分の効力を争おうとする者の手続的保障を図るべき特段の事情があるといえる場合には」と改める。 (6) 同43頁2行目の「しかるところ,」を「このように,業務災害支給処分の目的と労働保険料認定処分の目的はそれぞれ違うものではあるけれども,」と改める。 (7) 同43頁15行目冒頭から19行目末尾までを削り,同頁20行目の「また,」を「しかし,」と改める。 (8) 同44頁1行目の「上記各処分は,」の後に「究極的には」を加える。 (9) 同44頁6行目の「甲67」の次に「,甲68」を加え,同行目の「以下「本件意見書」という。」を「以下,これらを併せて「本件各意見書」という。」と改め,同頁11行目の「(16,17頁)」の次に「,甲68(6,7頁)」を加える。 (10) 同44頁19行目の「本件意見書」を「本件各意見書」と改める。 (11) 同49頁10行目の「(なお,」から同頁14行目「解される。)」までを削る。 (12) 同50頁6行目の「業務災害支給処分の適否に関する訴訟」を「業務災害支給処分」と改める。 (13) 同51頁7行目の「上記各処分の」を「業務災害支給処分と労働保険料認定処分の」と改める。 (14) 同53頁18・19行目の「前掲最高裁平成13年2月22日第一小法 。 (13) 同51頁7行目の「上記各処分の」を「業務災害支給処分と労働保険料認定処分の」と改める。 (14) 同53頁18・19行目の「前掲最高裁平成13年2月22日第一小法 廷決定」を「平成13年最高裁決定」と改める。 (15) 同54頁6・7行目の「本件意見書」を「本件各意見書」と改め,同頁9行目の「甲67(22頁)」の次に「,甲68(9頁)」を加える。 (16) 同54頁21行目冒頭から23行目「解される。)」までを削る。 (17) 同56頁18行目の「本件意見書」を「本件各意見書」と改める。 (18) 同57頁6行目冒頭から同58頁5行目末尾までを以下のとおり改める。 「(2)アそこで,本件支給処分に無効事由となる重大かつ明白な瑕疵があるといえるかについて検討する。 イ証拠(乙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,一般的に,労災保険における脳出血の発症についての業務起因性の有無の判断は,専門検討会の検討結果を踏まえ,①発症直前から前日までの間において,発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと,②発症に近接した時期において,特に過重な業務に就労したこと,③発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したことのいずれかに該当する場合に,発症の基礎となる血管病変等をその自然経過(加齢,一般生活等において生体が受ける通常の要因による血管病変等の形成,進行及び増悪の経過)を超えて著しく増悪させる過重負荷を受けたことにより発症したものといえるかという基準によっていることが認められる。 ウそして,証拠(乙4,24,27ないし30,32ないし34,37,39,82)によれば,訴外Z1の発症前1週間における時間外労働時間は35時間以上 う基準によっていることが認められる。 ウそして,証拠(乙4,24,27ないし30,32ないし34,37,39,82)によれば,訴外Z1の発症前1週間における時間外労働時間は35時間以上に上っている上,訴外Z1は,発症前概ね1週間に休日を取得することなく,11日間連続で勤務し,発症2日前には1日5件の手術を担当したこと,訴外Z1の業務は麻酔科医として本件病院での手術件数の3分の1程度を担当していたものであり,相応の精神的緊張を伴う業務に従事していたものであるところ,発症前1か月間の時間 外労働時間は93時間以上に上っており,発症前6か月間の時間外労働の平均時間でみても,2か月間平均が79時間31分,3か月間平均が83時間21分,4か月間平均が77時間07分と恒常的に月80時間程度の時間外労働に従事しており,概ね月1回程度の当直勤務に従事していたこと,訴外Z1は本件疾病の発症時53歳であり,飲酒の習慣及び喫煙歴があったほか,健康診断において,糖尿病の疑い及び高血圧との診断を受けたことがあったものであるが,訴外Z1のγ-GTPの数値は,平成12年4月21日から平成19年4月18日までの7年間において最大で33,最小で23と全て基準値の範囲内であり,アルコール性肝障害など飲酒による健康障害はうかがわれず,訴外Z1は糖尿病との確定診断は経ておらず,血圧についても平成19年4月の時点で収縮時136mmHg,拡張時90㎜Hgであり,治療を要する状態ではなかったことが認められ,これらの事実に照らし,訴外Z1の本件疾病の発症に業務起因性があるとして行われた本件支給処分に重大かつ明白な瑕疵があるものとは認められない。 エ控訴人は,訴外Z1は,平成11年11月以降,本件疾病の発症に至るまで,バファリン81mgを服用し続け 性があるとして行われた本件支給処分に重大かつ明白な瑕疵があるものとは認められない。 エ控訴人は,訴外Z1は,平成11年11月以降,本件疾病の発症に至るまで,バファリン81mgを服用し続けたものであり,バファリン81mgの副作用には脳出血があるとされていることからすれば,訴外Z1のバファリン81mgの服用が本件疾病の発症リスクを高めたことは明らかである旨主張し,Z2医師の意見書(甲15。以下「Z2意見書」という。)及びZ3脳神経外科Z4教授作成の意見書(甲17。以下「Z4意見書」という。)においては,訴外Z1が長期間にわたりバファリン81mgを服用していたことが本件疾病を発症させた可能性が高い旨の記載があり,証拠(甲33,53,乙33)によれば,訴外Z1が平成11年11月頃以降バファリン81mgの処方を受けていたこと,バファリン81mgの添付文書には副作用として「脳出血等の頭蓋内出 血」との記載があることが認められる。しかしながら,訴外Z1の業務上の負荷に関する前記ウ認定の事実に照らせば,控訴人の主張する事情があるからといって,本件支給処分に重大かつ明白な瑕疵があるといえるか疑問がある上,証拠(甲15,54)によれば,アスピリンを心筋梗塞や脳梗塞の予防目的で投与した場合に脳出血の発症リスクが高まるとの報告があることは認められるものの,報告されている頻度はわずかであり,独立行政法人地域医療機能推進機構Z5脳神経外科主任部長Z6作成に係る「Z1氏の脳出血に関する医学報告書」(乙82)においては,訴外Z1の本件疾病の発症についてバファリン81mgの服用の事実を考慮する必要はない旨の記載があるのであり,これらの事実に照らし,上記のZ2意見書及びZ4意見書の記載内容を直ちに採用することはできない。 また,控訴人 てバファリン81mgの服用の事実を考慮する必要はない旨の記載があるのであり,これらの事実に照らし,上記のZ2意見書及びZ4意見書の記載内容を直ちに採用することはできない。 また,控訴人は,別件判決において訴外Z1の本件疾病の発症と業務との因果関係が否定され,別件訴訟の控訴審において,訴外Z1及び妻は,控訴人が訴外Z1及び妻に対して見舞金1185万1000円を支払う旨の訴訟上の和解を受け入れたことに照らすならば,本件疾病に業務起因性を認めた本件支給処分には明白な誤りがある旨主張する。しかしながら,訴外Z1の業務上の負荷に関する前記ウ認定の事実に照らせば,控訴人の主張する事実をもって,本件支給処分に重大かつ明白な瑕疵があるものとは認められない。 他に本件支給処分に重大かつ明白な瑕疵があったことを認めるに足りる証拠はない。」(19) 同58頁6行目の「(2)」を「(3)」と改める。 2 当審における当事者の補充主張について(1) 控訴人は,業務災害支給処分は,被災労働者に対する関係で支給を行うことを決めるという法的効果と,特定事業主との関係で労災保険率を増大さ せ得る立場に置くという法的効果を併せ持つのであるから,違法性の承継の検討に当たっては,後者の法的効果に着目した検討がされるべきであり,この観点からすれば,業務災害支給処分は,特定事業主の基準労災保険率を増大させ得る立場に置くことであり,労働保険料認定の準備行為といえるものであって,違法性の承継が認められるべきである旨主張する。 しかしながら,業務災害支給処分は,迅速かつ公平な労働者の保護を図る目的で,業務災害の被災労働者等に対し,その請求に基づき,業務災害保険給付等の金額を確定させる処分であること,メリット制が存在することから特定事業主との 支給処分は,迅速かつ公平な労働者の保護を図る目的で,業務災害の被災労働者等に対し,その請求に基づき,業務災害保険給付等の金額を確定させる処分であること,メリット制が存在することから特定事業主との関係で労災保険率を増大させ得る場合があるとしても,それはあくまで処分の派生的な効果にとどまること,業務災害支給処分と労働保険料認定処分は,実体的に相互に不可分の関係にあるものとして本来的な法律効果が後行の処分に留保されているものということはできないことは,前記1説示のとおりである。控訴人の主張は採用することができない。 (2) 被控訴人は,労災保険給付の支給ないし不支給決定処分において,特定事業主の保険料に係る経済的利益が法律上保護されているとは解されず,同処分の取消訴訟における原告適格は認められないと主張する。 しかしながら,特定事業においては,当該事業につき業務災害が生じたとして業務災害支給処分がされると,当該処分に係る業務災害保険給付等の支給額に応じて当然にメリット収支率が上昇し,これによって当該特定事業主のメリット増減率も上昇するおそれがあり,これに応じて次々年度の労働保険料が増額されるおそれが生じることとなること,したがって,特定事業主は,自らの事業に係る業務災害支給処分がされた場合,同処分の名宛人以外の者ではあるものの,同処分の法的効果により労働保険料の納付義務の範囲が増大して直接具体的な不利益を被るおそれがあるから,特定事業主は,自らの事業に係る業務災害支給処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり,その取消しによっ てこれを回復すべき法律上の利益を有するものということができることは,前記1認定説示のとおりである。被控訴人の主張は採用することができない。 侵害されるおそれがあり,その取消しによっ てこれを回復すべき法律上の利益を有するものということができることは,前記1認定説示のとおりである。被控訴人の主張は採用することができない。 (3) 控訴人は,特定事業主は,業務災害支給処分について,その適否を争うための手続的保障が十分に与えられているというのは困難であり,特に本件においては,本件訴訟と並行して訴外Z1及びその妻を原告とする別件訴訟が係属し,訴外Z1らは本件訴訟の存在を知り,本件訴訟に補助参加することも可能であったという事情がある一方で,実務・学説上,業務災害支給処分に対して特定事業主が何らかの不服を申し立てることはできないとの見解が統一的でもあったことから,本件支給処分に対して控訴人が不服を申し立てる行動に出ることの期待可能性はなかった旨主張する。 しかしながら,違法性の承継の有無の判断に当たって後行の処分により不利益を受ける者に対する手続的保障の有無を検討する場合には,制度的な保障の有無がその対象となると解されるのであり,控訴人が本件支給処分に対して取消訴訟を提起することが可能であると考えていなかったとしても,そのことをもって,公定力ないし不可争力により担保されている先行の処分である業務災害支給処分に係る法律効果の早期安定の要請を犠牲にしてもなお同処分の効力を争おうとする者の手続的保障を図るべき特段の事情があるとは認められないとの前記1の判断を左右するものとはいえない。また,訴外Z1らが本件訴訟に補助参加することも可能であったとの主張についても,本件について違法性の承継を認めた場合には業務災害支給処分の早期安定の要請に反するとの前記1の判断を左右するものとはいえない。 (4) 業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請について控訴人は,労働保険料認 の承継を認めた場合には業務災害支給処分の早期安定の要請に反するとの前記1の判断を左右するものとはいえない。 (4) 業務災害支給処分の法律効果の早期安定の要請について控訴人は,労働保険料認定処分の取消訴訟において,先行する業務災害支給処分の違法性が認定され,特定事業主の請求を認容する判断がされたとしても,先行の処分たる業務災害支給処分の職権取消しをするか否か,するとしても取り消す範囲を限定するか等,労働者保護の観点から個別の判断が可 能であるのに対して,特定事業主が業務災害支給処分の取消訴訟を提起できるとした場合には,請求が認容されると業務災害支給処分は無限定に取り消されてしまうので,むしろ,特定事業主が業務災害支給処分の取消訴訟で争う場合の方が,労働者保護の観点から看過し難い結果を生ずる不都合は大きい旨主張する。 しかしながら,業務災害保険給付等の額が当該特定事業主に係る労働保険料に反映されるのは,基準日の属する保険年度の次々年度である(徴収法12条3項)から,業務災害支給処分がされてから労働保険料認定処分がされるまでに概ね2年が経過することになり,その後に提起される労働保険料認定処分取消訴訟において特定事業主が業務災害支給処分の違法を主張できることとなると,仮に被災労働者において上記訴訟が提起されていることを了知し,訴訟手続に参加したとしても,十分な訴訟行為をすることができない可能性が高く,手続及び法律効果の早期安定の要請が害されるおそれが高いことは,前記1説示のとおりである。また,仮に,労働保険料認定処分の取消訴訟の判決において業務災害支給処分が違法とされた場合には,同処分が所轄労基署長により職権で取り消される可能性が相応の範囲で生じることは否定し難いものといわざるを得ないことも,前記1認定説示のとおりであ の判決において業務災害支給処分が違法とされた場合には,同処分が所轄労基署長により職権で取り消される可能性が相応の範囲で生じることは否定し難いものといわざるを得ないことも,前記1認定説示のとおりである。 したがって,控訴人の主張は採用することができない。 3 以上のとおりであるから,控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第14民事部 裁判長裁判官後藤博 裁判官大須賀寛之 裁判官南部潤一郎

▼ クリックして全文を表示

🔍 類似判例を検索𝕏 でシェア← 一覧に戻る