昭和57(オ)993 損害賠償

裁判年月日・裁判所
昭和58年4月1日 最高裁判所第二小法廷 判決 棄却 福岡高等裁判所 昭和56(ネ)550
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【DRY-RUN】主    文      本件上告を棄却する。      上告費用は上告人の負担とする。          理    由  上告代理人立川康彦の上告理由について  所論の点に関する原審の事実認定は、原判

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判決文本文4,528 文字)

主文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理由 上告代理人立川康彦の上告理由について所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係のもとにおいて、七歳の児童にはどのような種類の犬であつてもこれを怖がる者があり、犬が飼主の手を離れれば本件のような事故の発生することは予測できないことではないとして、上告人に民法七一八条所定の損害賠償責任があるものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官宮崎梧一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判官宮崎梧一の反対意見は、次のとおりである。 私は、本件犬の動作と被上告人の損害(転落による受傷)との間に相当因果関係の存在を認めることはできないと考える。 本件について原判決の確定した事実は、(一) 被上告人は、昭和五四年六月一六日午後四時ころ、福岡市a区bc番地先の舗装道路上をd方面からe方面に向つて自転車で通行中、自転車もろとも道路に沿つて左側を流れるf川の護岸壁から転落し、左眼球破裂等の傷害を受けて左眼を失明した、(二) 被上告人は、事故当時小学二年生(七歳)で、当日近所の同級生の一人と各自の自転車に乗つて遊んでいた、(三) 被上告人が乗つていた自転車は、以前から乗つていた子供用自転車が小さくなつたため、事故の約一〇日前に買い替えてもらつたばかりで、車長約一・四メートル、サドルの高さ約〇・七五メートル、ハンドルの高さ約〇・九メートルで、被- 1 -上告人の身体にはやや大きめで、ペダルに十分足が届かなかつたものの、当日まで転倒等の事 かりで、車長約一・四メートル、サドルの高さ約〇・七五メートル、ハンドルの高さ約〇・九メートルで、被- 1 -上告人の身体にはやや大きめで、ペダルに十分足が届かなかつたものの、当日まで転倒等の事故を起こしたことはなかつた、(四) 本件犬は、上告人が愛玩用に飼つていた体長約四〇センチメートル、体高約二〇センチメートルのダックスフント系雄犬で、上告人は、通常は庭に鎖でつないでいたのを、当日運動をさせるつもりで首輪から鎖を外したため、犬は一旦上告人方前の幅員約三メートルの前記道路の中央付近まで走り出た、(五) たまたま被上告人が右道路の中央よりf川寄りを右自転車に乗つて通りかかり、犬との距離が約八・五メートルになつたころ、右のとおり走り出た犬は吠えることなく歩いて川の方に寄りながら二メートル程被上告人の方に近付いたので、被上告人は道路の端に寄つて通り抜けるため、ハンドルを左に切つた際、操縦を誤り前記のようにf川に自転車もろとも転落した、(六) 被上告人が転落したころ、本件犬は右転落地点道路上から前方三ないし四メートルの道路中央よりやや左寄りに佇立しており、被上告人が運転を誤らなければ、本件犬の左側を通り抜けて走行することは可能であつた、(七) 被上告人は、日頃から犬嫌いであつた、というのである。 右事実関係に基づき、原判決は、(イ) 飼主の手を放れた犬が被上告人に近付いたこと(ロ) 普段から犬嫌いであつた被上告人が近付いて来る犬に一瞬ひるんだこと(ハ) 被上告人が身体に比してやや大きめの自転車の操縦に十分慣れていなかつたこと、の三者が相俟つて本件事故発生の原因をなしたものと認めるのが相当である、との判断を示し、結局、本件犬の以上の動作と被上告人の転落による受傷との間に法的因果関係の存在を認めたのである。 しかし、右三者のうち、(ロ)及び 事故発生の原因をなしたものと認めるのが相当である、との判断を示し、結局、本件犬の以上の動作と被上告人の転落による受傷との間に法的因果関係の存在を認めたのである。 しかし、右三者のうち、(ロ)及び(ハ)は、本件事故に特有の原因であり、しかも専ら被上告人の側に存する原因であつて、上告人としてはいかんともしがたいものである。民法七一八条にいう「動物の加えた損害」とは、動物の動作によつて他人に損害を発生せしめることであるが、その損害たるや、動物にそのような動作- 2 -があれば一般に生ずるであろうと認められる損害でなければならない筈である。本件犬は、上告人が愛玩用に飼つていた前記のような小型の犬であり、しかも本件記録によれば生後半年くらいの子犬であつたことが窺われ、咬癖や加害前歴等は認定されておらず、一般的には人に危害を加えたり畏怖感を与えるおそれはないものということができることは、原判決自体これを認めているところである。そして、被上告人が本件犬の姿を認めてから前記のように転落するまでの間に本件犬がとつた動作としては、自転車に乗つた被上告人が約八・五メートルの距離に近付いたころ、それまでいた道路中央付近から吠えもせず歩いてやや左寄りに二メートル程被上告人の方に近付いたということだけである。それ以上接近したわけでもなく、また被上告人の進路を妨げたわけでもなく、いわんや被上告人に危害を加えるような動作は何一つしていない。本件犬の右のような動作があれば一般に本件のような転落事故が発生するであろうなどとは、健全な常識に照らしてこれを認めることができないのである。原判決が認定した前記(六)の被上告人が運転を誤らなければ、本件犬の左側を通り抜けて走行することが可能であつたとの事実は、このことを裏付けるに十分であろう。 原判決のような立場をとるとすれ である。原判決が認定した前記(六)の被上告人が運転を誤らなければ、本件犬の左側を通り抜けて走行することが可能であつたとの事実は、このことを裏付けるに十分であろう。 原判決のような立場をとるとすれば、本件犬の代わりに、兎や猫を置いたとしても、それらを嫌いな子供が本件のような事故を起こした場合には、理論上、その飼主に民法七一八条の責任を認めることにならざるを得ないこととなろうが、それがいかに不当であるかについては、今更喋々するまでもあるまい。 (なお、原判決が本件事故発生の一因として認めた前記(ロ)の事実、即ち普段から犬嫌いであつた被上告人が近付いて来る犬に一瞬ひるんだとの事実中、被上告人が近付いて来る犬に一瞬ひるんだとの部分は、被上告人においてなんら主張、立証しないところであるばかりでなく、被上告人が本件犬の前記のような動作を認めながらも、少くとも幅一・五メートル以上空いていた犬の右側を通り抜けようとは- 3 -せず、狭い方の犬の左側を道路の端に寄つて通り抜けようとした旨の原審認定事実から推認されうる被上告人の心理状態からは、かなりの隔たりがあるように考えられる。しかし、上告論旨はこの点を取り上げていないので、注記するにとどめることとする。)私の反対意見の骨子は以上で尽きるのであるが、原判決が本件犬のけい留義務違反をもつて民法七一八条一項但書の注意義務違反にあたるとした点についても、傍論として触れておくこととする。 原判決は、本件犬は大型ではない愛玩犬であつて、一般的には人に危害を加えたり畏怖感を与えるおそれはないものということができるが、しかし子供にはどのような種類のものであれ、犬を怖れる者があり、犬が飼主の手を離れれば本件のような事故の発生することは予測できないことではないから、犬を飼う者は鎖でつないでおくなど常に自己の支 が、しかし子供にはどのような種類のものであれ、犬を怖れる者があり、犬が飼主の手を離れれば本件のような事故の発生することは予測できないことではないから、犬を飼う者は鎖でつないでおくなど常に自己の支配下においておく義務があるものというべく、本件事故当時運動させるため鎖を外した上告人は犬を飼う者としての右注意義務を欠いたものであつて、民法七一八条による責任を免れることはできない、と判示した。私も、これを全面的に非難するものではない。むしろ、殆んど賛成するものである。 しかし、民法七一八条一項但書の注意義務は、通常払うべき程度の注意義務を意味し、異常な事態に対処しうべき程度の注意義務まで課したものでない、とされている(最高裁昭和三四年(オ)第一〇四九号同三七年二月一日第一小法廷判決・民集一六巻二号一四三頁参照)。本件犬は、前記のように、人に危害を加えるおそれが全くないといつてよい小型の子犬である。そのような犬の飼主が、けい留を解いてその犬を放したとしても、本件のような事故が通常発生することを予見し、または予見の可能性があるとされるとすれば、それは、前記通常の注意義務を超えて苛酷なまでに過剰な注意義務、即ち異常な事態に対処しうべき程度の注意義務を課することになると思う。 - 4 -大審院は、かつて、「犬ハ其性質ニ依リ人ニ損害ヲ加フル虞アルモノト其虞ナキモノトアリ其虞アルモノハ飼主ニ於テ之カ保管上特ニ損害ノ発生ヲ予防スルニ必要ナル設備ヲ為スノ義務アリト雖モ其性質柔順ニシテ人ニ損害ヲ加フル虞ナキモノニ至テハ必スシモ常ニ損害発生予防ノ設備ヲ為スノ要アルコトナク従テ飼主カ之ヲ放置シタル一事ヲ以テ其保管上注意缺如ノ過失アルモノト謂フコトヲ得ス」(大審院大正二年(オ)第七〇号同年六月九日判決・民録一九輯五〇七頁)との判例を残したが、飼犬は、一般に家人 トナク従テ飼主カ之ヲ放置シタル一事ヲ以テ其保管上注意缺如ノ過失アルモノト謂フコトヲ得ス」(大審院大正二年(オ)第七〇号同年六月九日判決・民録一九輯五〇七頁)との判例を残したが、飼犬は、一般に家人に対しては柔順でも、未知の人に対しては必ずしも常にそうではないので、右判例にもかかわらず、私も犬を放置することは原則として民法七一八条一項但書の注意義務違反になると解するのであるが、本件犬のように人に危害を加えるおそれが全くない犬については、右大審院判例の趣旨が今なお妥当し、これを放置しても右の注意義務に欠けるところはないものと考える。 もつとも、本件犬のように人に危害を加えるおそれがない犬であつても、そのけい留を解くことが、地方自治体の定める取締法規違反として処罰の対象となりうべきことはもちろんこれを認めなければならないが、それは民法七一八条一項但書の注意義務違反とはおのずから次元を異にする別個の問題であると考える。 以上のとおり、本件犬の動作と被上告人の損害との間に因果関係の存在を肯認した原判決には民法七一八条一項の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。 そして、私見と見解を同じくする第一審判決は正当であり、被上告人の控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。 最高裁判所第二小法廷裁判長裁判官大橋進裁判官木下忠良裁判官鹽野宜慶- 5 -裁判官宮崎梧一裁判官牧圭次- 6 - 宜慶 裁判官 宮崎梧一 裁判官 牧圭次

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