平成29年12月11日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成25611号国家賠償等請求事件口頭弁論終結日平成29年9月25日判決 主文 1 原告の主位的請求を棄却する。 2 被告は,原告に対し,2802万0188円及びこれに対する平成22年8月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告のその余の予備的請求を棄却する。 4 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 5 この判決は,本判決が被告に送達された日から14日を経過したときは,第2項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告が2250万円の担保を供するときは,この仮執行を免れることができる。 事実及び理由 第1 請求被告は,原告に対し,4334万1426円及びこれに対する平成22年8月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 本件は,ナイジェリア国籍の原告が,神戸刑務所に収容中の平成19年3月1日,運動中に転倒して左肘関節を脱臼し,刑務所外の病院においてギプス固定の処置を受けたものの,その後,原告の治療を行った病院の医師や神戸刑務所の医師から,適切な医療処置を受けられず,脱臼の残存又は再脱臼を見逃されたことにより,その状態が放置され,左腕に後遺障害が生じたとして,被告に対し,主位的に債務不履行に基づき,予備的に国家賠償法1条に基づき,上 記負傷により被った損害合計4334万1426円及びこれに対する履行請求後の日又は不法行為後の日である平成22年8月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いがない事実及び掲記の証拠によ 履行請求後の日又は不法行為後の日である平成22年8月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実(当事者間に争いがない事実及び掲記の証拠により容易に認められる事実)⑴ 原告は,昭和51(1976)年3月16日生まれのナイジェリア国籍の男性であり,平成16年1月9日,神戸地方裁判所姫路支部において,懲役6年の有罪判決を受け,平成18年6月15日,同判決の確定に伴い大阪拘置所から神戸刑務所に移送された(争いがない)。 ⑵ 原告は,平成19年3月1日午後0時51分頃,神戸刑務所内の第2グラウンド北側において,運動中にバランスを崩して転倒し,左手を地面に着いて左肘を捻って左肩から倒れ込み,左肘関節を脱臼した(乙1から5まで,23)。 ⑶ 収容中の治療についてア原告は,平成19年3月1日,A外科で診察を受け,レントゲン撮影の上,左肘関節脱臼の診断を受け,全身麻酔下で脱臼した状態を元の状態に戻す整復処置を受けるとともに,約3週間ギプス固定をして経過観察をすることとされ,同月27日,A外科で診察を受けた際,ギプスを外された(甲23,乙4,6,7,10,11,23,32の1から5まで)。 イ原告は,平成19年3月1日から同年5月8日まで,定期的に神戸刑務所内の医師の診察を受け,必要に応じて,頓服薬としてインテバンを処方された(乙4,23,29)。 ⑷ 刑期満了後についてア原告は,平成21年1月16日,刑期を満了し,同月17日,神戸刑務所を釈放され大阪入国管理局神戸支局に身柄を移送され,同年2月9日,入国管理局内の医師の診察を受けた後,大阪市所在のB整形外科を受診 し,右大腿四頭筋陳旧性断裂,左肘陳旧性前方脱臼,左膝内障との診断を受けた(甲2,24,27,4 を移送され,同年2月9日,入国管理局内の医師の診察を受けた後,大阪市所在のB整形外科を受診 し,右大腿四頭筋陳旧性断裂,左肘陳旧性前方脱臼,左膝内障との診断を受けた(甲2,24,27,42,乙21)。 イ原告は,平成21年2月17日,仮放免となった後,複数の病院を受診したが,同年6月19日からは,大阪府羽曳野市所在のC病院を受診し,2度にわたって入院し,左肘関節の脱臼を整復するための手術を受けた(甲3,4の1,2,甲6,7の1,2,甲39の1,2,甲40,乙30の1,2,乙33,証人D)。 ウ原告の左肘については,関節面の破壊が進行しているため,可動域制限,安静時及び運動時に疼痛があり,左前腕については,回内外制限,運動時痛があり,左上肢及び前腕については,筋萎縮,著しい握力低下がある(甲5)。 そして,原告は,平成22年9月15日,左肘関節脱臼による左肘関節機能障害により身体障害者手帳(5級)の交付を受けた(争いがない)。 第3 争点及びこれに対する当事者の主張 1 争点1(安全配慮義務の有無)について(原告の主張)受刑者と刑務所との間には特別な社会的接触関係があり,被告は,受刑者に対し,刑罰以上の苦痛を与えず,その生命,身体の安全に配慮すべき義務を負う。これを安全配慮義務と呼称するかどうかは別にして,被告は受刑者に対して刑罰権の行使以上にその生命,身体の安全を害さない義務を負っている。このことは,①多くの下級審裁判例が,受刑者は被告が提供する医療しか受けられない環境に置かれていることから,被告は診療契約が締結されている場合に準じた治療義務を条理上負うとして安全配慮義務を認めた他,②被収容者の健康の保持,回復は,改善更生のための第一歩であるところ,被収容者は強制的に身体を収容されていることから,疾病の治療 ている場合に準じた治療義務を条理上負うとして安全配慮義務を認めた他,②被収容者の健康の保持,回復は,改善更生のための第一歩であるところ,被収容者は強制的に身体を収容されていることから,疾病の治療を自身の力だけで成し遂げることは困難であり,矯正施設は,被収容者の健康管理について責任を負うとこ ろ,これに要する費用は全て国庫負担となることから,法務省矯正局は,社会一般の医療水準に照らして被収容者に対し適切な医療上の措置を講じる義務があると認め,③原告が収容されていた神戸刑務所の医務部長も,被収容者は強制的に身体を収容されることから,被収容者に対して適切な医療を行うことが,被収容者の改善,更生のために必要であり,それが被告の責務であることを認めていることからも明らかである。 被告は,原告の生命,身体等を侵害しないよう配慮すべき義務に違反し,後記3(原告の主張)記載のとおり,原告の上腕に後遺障害が残存することとなったから,債務不履行責任を負う。 なお,被告が引用する最高裁判所平成28年4月21日第一小法廷判決・民集70巻4号1029頁参照(以下「最高裁平成28年判決」という。)は,被勾留者に関するもので,未決勾留は,法律の規定に基づき,逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として,被疑者又は被告人の居住を刑事施設内に限定するものであるのに対し,本件は受刑者に関するものである。そして,被告は,受刑者に対して,刑事施設の安全及び秩序を維持するとともに,受刑者の自傷行為等を防止し受刑者の身体の安全を確保する目的で,戒護権を行使することが許されており,被勾留者と受刑者とではその立場が異なるから,受刑者に対する関係では最高裁平成28年判決の射程は及ばず,被告は,受刑者の生命,身体の安全を確保し,危険から保護すべき義務を負っている。 (被告の主張) 勾留者と受刑者とではその立場が異なるから,受刑者に対する関係では最高裁平成28年判決の射程は及ばず,被告は,受刑者の生命,身体の安全を確保し,危険から保護すべき義務を負っている。 (被告の主張)争う。 安全配慮義務について,最高裁判所昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁参照(以下「最高裁昭和50年判決」という。)は,不法行為規範の下における私人に対するその生命,健康等を保護すべき義務とは別に,「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対 して信義則上負う義務として一般的に認められる」ものと判示し,安全配慮義務違反に基づいて負う責任の法的性質を債務不履行(不完全履行)責任として捉えており,そうである以上,安全配慮義務違反を導く「ある法律関係に基づく特別な社会的な接触の関係」とは,不法行為規範が妥当する無限定な社会的接触関係を意味するものではなく,契約関係又はこれに準ずる法律関係にあることを前提としているものと解される。そして,「契約関係に準ずる法律関係」とは,具体的には,当事者の自由意思により当該法律関係が形成され,安全配慮義務が成立し得る契約関係とその実体に差違がなく,契約責任の拡張が正当化され得る法律関係を指すというべきである。 このことは,最高裁昭和50年判決以降の最高裁判所判決及び学説からも裏付けられている上,最高裁平成28年判決は,未決勾留による拘禁関係が,被勾留者の意思に基づかずに形成され,法令等の規定に従って規律されるものであることを理由に,当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上安全配慮義務を負うべき特別な社会的接触の関係にない旨判示しており,こうした関係は,刑事施設と被収容者の関係において て規律されるものであることを理由に,当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上安全配慮義務を負うべき特別な社会的接触の関係にない旨判示しており,こうした関係は,刑事施設と被収容者の関係において広く当てはまるものである。 なお,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。)56条,62条1項によれば,刑事施設の長は,被収容者の健康等を保持するため,社会一般の医療の水準に照らし適切な医療上の措置を講じるとともに,被収容者が負傷し,又はその疑いがあるときには,速やかに,刑事施設の職員である医師等による診療を行い,その他必要な医療上の措置を執るべき職務上の法的義務を負っているものと解され,これに違反して被収容者に損害を加えたときは,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うことになるが,こうした根拠法令に基づいた職務上の法的義務とは別に信義則上の義務を負わせることは,権力的な公法関係を契約関係のように広く信義則によって規律することになり,法律による行政の原理からしても許されない。原告が引用する法務省矯正局のホームページや神戸刑務所の医務部長の発 言も,上記の刑事収容施設法に基づく公法上の法的義務について述べたものにすぎず,信義則上の安全配慮義務を認めたものではない。 したがって,その違反につき債務不履行責任を問われるべき信義則上の付随義務としての安全配慮義務は,当事者の自由意思を前提とした契約関係又は契約関係に準じた関係の下においてのみ認められるものであり,およそ当事者の自由意思を前提としない一方的な支配関係にある被告と被収容者との関係においてはこれを認めることはできない。 2 争点2(後遺障害の原因となる脱臼の残存又は再脱臼が生じた時期)について(原告の主張)原告は,現在,左肘関 配関係にある被告と被収容者との関係においてはこれを認めることはできない。 2 争点2(後遺障害の原因となる脱臼の残存又は再脱臼が生じた時期)について(原告の主張)原告は,現在,左肘関節の可動域制限があり,後遺障害が残存しており,平成22年にC病院で撮影された原告の左肘のレントゲン写真には,骨棘が見られたほか,異所性骨化,骨萎縮が見られたことに加え,平成21年2月9日にB整形外科において,左肘関節の強固な可動域制限が見られ,陳旧性脱臼との診断を受けたことからすれば,同時点より相当程度前の時点で左肘関節を脱臼していたということができる。 また,原告は,平成19年3月1日から同年5月2日まで,継続して左肘関節脱臼による痛みを訴え続けていたが,それ以降においてはインテバンを処方されていないから,原告の左肘の痛みは,同月頃を境に軽減していった可能性がある。そして,原告が同月21日に洗濯工場に配役された際には,当時の担当職員は,原告の左肘について骨が少し出ているような感じで伸び切らないような様子であったと述べており,原告の左肘には明らかな異常があったといえる。さらに,同日以降,原告が神戸刑務所を出所するまでの間に,原告の左肘に再脱臼をもたらすような外力が加わったエピソードや,原告の痛みが増強したことをうかがわせるエピソード等,原告の左肘に再脱臼が生じたことをうかがわせるような事情はなく,カルテ上にもそのような記載は一切ない。 加えて,原告が入院したC病院のD医師は,原告がギプス固定中に肘がぐらぐらしていたと述べていることから,再脱臼はギプス固定中に生じたものと考えられると指摘としている。 したがって,本件で原告が主張する後遺障害の原因となった脱臼の残存又は再脱臼は,左肘をギプスで固定していた平成19年3月1日から同月2 脱臼はギプス固定中に生じたものと考えられると指摘としている。 したがって,本件で原告が主張する後遺障害の原因となった脱臼の残存又は再脱臼は,左肘をギプスで固定していた平成19年3月1日から同月27日までの間に生じたものと考えるのが自然かつ合理的である。 (被告の主張)原告がギプス除去後平成19年5月8日までの間,神戸刑務所内の医師の診察を受けインテバン坐薬の処方を受け,同日頃まで脱臼が完治せずに痛みが継続していたことは,脱臼後の一般的な経過と整合するのであって,一定期間痛みを感じることがあったしても,直ちに再脱臼がうかがわれるものではない。 また,同月21日に原告が再度洗濯工場に配役された際,担当職員が原告の左肘について骨が少し出ているような感じがあり,伸び切らないような様子であったと報告しているが,同職員の気付いた程度の症状があったとしても,その症状は再脱臼を生じたと疑う程度のものとはいえない。むしろ,原告は平成19年5月9日以降,他の受刑者と同様の刑務作業を行うなどし,同年10月5日及び平成20年10月17日に開催された被収容者運動会に参加し,とりわけ同日の運動会においては800メートルリレーに参加した際,両手を伸ばしてほぼ垂直な位置まで交互に高く振り上げる動作や,両腕を90度以上曲げて飛び跳ねる動作等を行っていたことからすれば,原告の左肘関節の脱臼は治癒していたものである。そして,一般に,一度脱臼があった場合,それが適切に整復されていたとしても,比較的軽微な外力で脱臼を繰り返すおそれがあることに照らせば,脱臼に対する処置が適切にされていたとしても,その後左肘に圧力が加わるなどして再度脱臼した可能性も十分に考えられる。 したがって,本件で原告が主張する後遺障害の原因となった脱臼の残存又は再脱臼は,平成19年3月1日から同月 れていたとしても,その後左肘に圧力が加わるなどして再度脱臼した可能性も十分に考えられる。 したがって,本件で原告が主張する後遺障害の原因となった脱臼の残存又は再脱臼は,平成19年3月1日から同月27日までの間に生じたものというこ とはできず,平成20年10月17日に開催された被収容者運動会よりも後に生じたと考えるのが自然である。 3 争点3(注意義務違反の有無)について(原告の主張)⑴ A外科の医師の整復及びギプス固定の処置について肘関節の脱臼を整復した後は,90度の屈曲位でギプス固定の処置を行うのが適切であるところ,原告がギプス固定の処置をされた直後から肘のぐらつきを訴えていたことからすれば,A外科の医師による整復処置が不十分であったか,又は屈曲度が少なく不適切な屈曲位でのギプス固定の処置がされたために,再脱臼したものと考えられる。 ⑵ A外科の医師のギプス除去時における症状見落としについてまた,ギプス除去時の診察においては,レントゲン撮影をして脱臼の整復状態を確かめることが望ましく,特に診察所見で肘関節の腫脹が顕著であったり変形があったりする場合や患者が痛みを訴えた場合には,レントゲン撮影が必須である。 本件では,原告の左肘に脱臼が残存していたか,又はギプス固定中に再脱臼が生じたと見られ,ギプス除去時の診察において肘関節の腫脹や変性の所見が診られたと考えられるところ,A外科の医師は,ギプス除去時にそのような原告の左肘関節の状態を適切に診察せず,また,原告が左肘に痛みがあることを訴えていたにもかかわらず,左肘関節の精査及びレントゲン撮影をしなかった点において,原告に対する診察,検査としては不十分であった。 ⑶ 神戸刑務所の医師の注意義務違反について原告は,平成19年3月27日にA外科でギプス除去の処 精査及びレントゲン撮影をしなかった点において,原告に対する診察,検査としては不十分であった。 ⑶ 神戸刑務所の医師の注意義務違反について原告は,平成19年3月27日にA外科でギプス除去の処置を受けた際に,左肘の痛みを訴えていたこと,同年5月2日まで継続して痛みを訴え続け,インテバン坐薬が処方されていたが,それ以降は処方されていないこと,原告が同月21日に洗濯工場に配役された際に,当時の担当職員は,原 告の左肘について骨が少し出ているような感じで伸び切らないような様子であったと述べていたことからすれば,原告は,同年3月27日から同年5月頃まで左肘の痛みを繰り返し訴えていたといえる。 ところが,神戸刑務所の医師は,原告が当初脱臼した際には専門外であるということでA外科の医師に連れて行ったにもかかわらず,平成19年3月27日以降,原告に外部の専門医による診察及びレントゲン撮影を受けさせることもなく,同年5月8日まで自ら診察を続け,同日以降は診察を全く行わず,その結果,原告の脱臼の残存又は再脱臼を見逃した。 ⑷ 以上によれば,①刑務所内での治療に代えて,履行補助者として原告の治療を行ったA外科の医師が,平成19年3月1日,適切な整復処置及びギプス固定の処置を怠った,②A外科の医師が,同月27日,ギプスを除去した際,原告の脱臼の残存又は再脱臼を見逃した,③神戸刑務所の医師が,同日以降(第一次的には同年5月頃までの間),原告の脱臼の残存又は再脱臼を見逃した各注意義務違反が認められる。 (被告の主張)⑴ A外科の医師の整復及び固定の処置について原告が,ギプス固定の処置をされた直後に,歩くと左肘がぐらつくような感じを覚え,そのことを訴えていた事実や,不適切な屈曲位でギプス固定の処置をされたことを認めるに足る証拠はない。 処置について原告が,ギプス固定の処置をされた直後に,歩くと左肘がぐらつくような感じを覚え,そのことを訴えていた事実や,不適切な屈曲位でギプス固定の処置をされたことを認めるに足る証拠はない。また,平成19年3月27日にA外科の医師が原告の左肘関節を診察した結果,整復後の経過を良好と判断したこと,原告が,同年5月7日を最後にインテバンの処方を求めず,同月8日を最後に,左肘関節に関して神戸刑務所内での診療を受けなくなり,リハビリテーションが順調で整復後の経過が良好であったこと,そして,原告が刑務所を出所した後に受診した複数の医師により平成19年3月1日における整復処置の結果,脱臼が整復されたことが確認されていることからしても,A外科の医師による検査及び処置が医療上の措置として適切であるこ とは明らかである。 さらに,ギプス固定の処置が適切に行われ,患部が固定されていたとしても,肘関節組織の破壊による痛みが残存することは十分あり得るのであり,ギプスが除去された後においても,肘関節組織の拘縮により肘関節を動かすことで痛みが生じることは自然な現象又は反応である。そして,一度脱臼があった場合,それが適切に整復されていたとしても比較的軽微な外力で脱臼を繰り返すのであるから,本件においても,脱臼の整復後,A外科の医師による処置とは無関係に再脱臼することが十分に考えられる。このように脱臼が整復された後に原告の左肘関節に再脱臼が生じる場合,そのことをもって,A外科の医師による整復及びギプス固定の処置が社会一般の医療水準に照らして不十分又は不適切であったと評価することはできない。 そもそも,B整形外科において原告の左肘関節に係る可動域制限が指摘されたのは平成21年2月9日であることからすれば,原告が受傷した平成19年3月1日から平成2 切であったと評価することはできない。 そもそも,B整形外科において原告の左肘関節に係る可動域制限が指摘されたのは平成21年2月9日であることからすれば,原告が受傷した平成19年3月1日から平成21年2月9日まで当初の脱臼が残存していたと考えるには無理がある。 ⑵ A外科の医師のギプス除去時における症状見落としについてA外科の医師は,平成19年3月27日,ギプスを除去した後,原告の左肘関節を観察し,整復後の経過が良好であると判断した上,ギプスシャーレの処置を施したのであって,その診察は適切であった。 そもそも,ギプス除去時,原告の左肘関節に外観上明らかな異常があったことを裏付ける証拠は存在しない。そのような状態の下で,原告からレントゲン撮影をしてほしいといった特段の申出はなく,仮に原告がギプス除去時に痛みを訴えた事実があったとしても,脱臼から1か月も経たない時期にある程度の痛みが継続することは何ら不自然ではなく,A外科の医師がレントゲン撮影をしなかったことが不適切であるとはいえない。 さらに,原告が平成19年5月7日までの間,神戸刑務所の医師による診 療を受けた際に,原告の左肘関節に腫脹や変性の所見が診られたとの証拠は存在しない。 ⑶ 神戸刑務所の医師の注意義務違反について原告は,ギプス除去後から平成19年5月8日までの間,神戸刑務所内の医師の診察を受け,インテバン坐薬の処方を受けていたものの,同日頃まで痛みが継続することは脱臼後の一般的な経過と整合するのであって,一定期間痛みを感じることがあったからといって直ちに再脱臼がうかがわれるものではない。また,原告は同月9日以降出所するまでの間,左肘の痛み等を理由として神戸刑務所内の医師による診察を受けたことはなかった上,同年10月1日及び平成20年10月14日 再脱臼がうかがわれるものではない。また,原告は同月9日以降出所するまでの間,左肘の痛み等を理由として神戸刑務所内の医師による診察を受けたことはなかった上,同年10月1日及び平成20年10月14日に,被収容者運動会の前の健康診断を受けた際も異常は認められなかった。さらに,原告が,神戸刑務所の職員,面会に来た家族,知人,弁護士等に対して左肘に関する痛みを訴えたことを裏付ける証拠は存在しない。 そうであれば,仮に原告の左肘の脱臼が残存していたか又は再脱臼を生じていたとしても,神戸刑務所の医師が原告の脱臼の残存又は再脱臼を発見することは不可能であり,神戸刑務所の医師に注意義務違反は認められない。 4 争点4(因果関係の有無)について(原告の主張)上記3の各注意義務違反の結果,原告の左腕に後遺障害が残存することとなった。 (被告の主張)そもそも,原告が提出する診断書等は,症状の発症時期の記載がないか,記載があるものについてもいかなる根拠に基づいて発症時期が特定されたのか判然としないから,原告の左腕の後遺障害が脱臼によるものであるとは認められない。 したがって,上記3の各注意義務違反と,原告の左腕の後遺障害との間に は,相当因果関係が認められない。 5 争点5(損害額)について(原告の主張)治療費等 143万5340円ア平成21年2月27日から平成22年7月27日までの治療費等115万7790円イ平成22年7月31日から平成25年6月28日までの治療費等27万7550円入院雑費 18万6000円平成21年7月30日から同年9月30日までと,平成22年2月26日から同年4月27日までの合計124日間,C病院に入院した。 (計算式) 1500円×124日= 院雑費 18万6000円平成21年7月30日から同年9月30日までと,平成22年2月26日から同年4月27日までの合計124日間,C病院に入院した。 (計算式) 1500円×124日=18万6000円通院交通費 157万3480円⑷ 逸失利益 1735万6477円ア基礎収入原告が逮捕される直近の年収は,以下のとおり,993万5280円であった。 Eからの給与(平成11年9月1日から平成13年4月19日まで)平均月額36万7940円 F有限会社からの給与月額20万円 Gからの給与a 午前3時から午前5時まで,又は午前4時から午前6時まで月額5万円b 午前7時から終了まで日当9500円で,月額約21万円 イ原告の左肘関節の可動域は,伸展・屈曲が20度から100度であり,MMTの結果は筋力半減とされていることからすれば,原告の後遺障害は後遺障害等級10級に相当し,労働能力喪失率は27パーセントである。 (計算式)993万5280円×34年(労働能力喪失期間)×0.27×0.1903(労働能力喪失期間34年に対応するライプニッツ係数)=1735万6477円⑸ 入通院慰謝料 355万円原告は,4か月間入院し,18か月間通院した。 ⑹ 後遺障害慰謝料 530万円⑺ 適切な治療を受けられなかったことによる精神的損害 1000万円⑻ 弁護士費用 394万0129円上記⑴から⑺までの合計額の1割⑼ ⑴から⑻までの合計 4334万1426円(被告の主張)不知ないし争う。 6 争点6(消滅時効の成否)について(被告の主張)⑴ 本件においては,国 ら⑺までの合計額の1割⑼ ⑴から⑻までの合計 4334万1426円(被告の主張)不知ないし争う。 6 争点6(消滅時効の成否)について(被告の主張)⑴ 本件においては,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権の消滅時効は,遅くとも,原告がC病院のD医師から左肘関節の脱臼を原因とする左肘関節の機能障害について症状固定の診断を受けた平成22年7月27日から進行するところ,原告は,その時から3年以上経過した平成25年8月1日に本件訴訟を提起したから,消滅時効が完成している。 そして,被告は,原告に対し,平成27年10月13日の本件弁論準備手続期日において,上記時効を援用するとの意思表示をした。 ⑵ 民法724条にいう被害者が損害を知った時とは,被害者が損害の発生を 現実に認識した時をいうと解される(最高裁判所昭和48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁,最高裁判所平成14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁参照)。 なお,交通事故の被害者が損害賠償請求をした事件における最高裁判所平成16年12月24日第二小法廷判決・裁判集民事215号1109頁(以下「最高裁平成16年判決」という。)の判示内容からすれば,本件における国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権の消滅時効は,遅くとも,原告が左肘関節の機能障害に係る症状固定の診断を受け,又は,同障害の存在を現実に認識した日から進行することは明らかであって,原告が身体障害者手帳の交付を受けたか否かという事情は消滅時効の起算点には影響しないというべきである。 (原告の主張)争う。 消滅時効の起算点は,「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれを知った時」であると解されているところ,原告は, ないというべきである。 (原告の主張)争う。 消滅時効の起算点は,「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれを知った時」であると解されているところ,原告は,平成22年9月15日に兵庫県姫路市から身体障害者手帳の交付を受けたことにより,被告の注意義務違反による陳旧性脱臼という損害を正確に知ることとなったことからすれば,同日から消滅時効が進行し,原告は,平成25年8月1日に本件訴訟を提起しているから,消滅時効は完成していない。 第4 当裁判所の判断 1 争点⑴(安全配慮義務の有無)について⑴ 被告が不法行為の成否の前提として私人に対し,その生命,健康等を保護すべき注意義務を負っていることは争いがないところ,被告が,債務不履行責任の成否の前提として,受刑者に対する関係で信義則上の安全配慮義務を負っているか否かを検討する。 アこの点に関し,最高裁昭和50年判決は,不法行為上の注意義務とは別 に,「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において,当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務」として安全配慮義務を認めるが,そもそも,安全配慮義務が契約関係の拡張の点で論じられるように,同判決は,雇用契約又は請負契約等において,本来の契約の目的自体が相手方の生命,健康等を保護する債務を含まない場合に,契約関係に立つ者の間における付随的義務として,信義則上,当事者の一方又は双方が相手方に対して生命,健康等を保護する義務を負うことを認めたものである。 そうすると,ある法律関係が安全配慮義務を生じさせるような特別な社会的接触の関係といえるかどうかは,契約関係又はこれに準じた関係の存在を前提とすべきであり,最高裁平成28年判決も,このよ である。 そうすると,ある法律関係が安全配慮義務を生じさせるような特別な社会的接触の関係といえるかどうかは,契約関係又はこれに準じた関係の存在を前提とすべきであり,最高裁平成28年判決も,このような考え方を前提とするものと考えられる。 イそして,刑事施設における受刑者の収容は,受刑者の意思にかかわらず,確定判決を受けて刑罰の執行という国法上の制度に基づいて,受刑者の改善,更生を目的として行われるものであり,その基づく法律関係が契約関係又はこれに準じた関係であるということはできない。 ウしたがって,被告は,原告に対し,信義則上の安全配慮義務を負うということはできないから,原告の主位的請求である債務不履行責任に基づく損害賠償責任は,理由がない。 ⑵ これに対し,原告は,刑事収容施設法56条,62条1項,法務省矯正局のホームページの記載(甲36)及び神戸刑務所の医務部長の発言(甲37)を引用し,被告が安全配慮義務を負うと主張するが,これらは,いずれも,受刑者に対して刑罰の執行の目的を果たす以上の不利益を課さないということを述べているにすぎず,その不履行が損害賠償責任を生じさせることとなる安全配慮義務を認めたものと解することはできない。 2 争点2(後遺障害の原因となる脱臼の残存又は再脱臼が生じた時期)につい て⑴ 上記前提事実及び当事者間に争いのない事実,掲記の証拠によれば,以下の事実が認められる。 ア受傷後の神戸刑務所での状況について原告は,左肘関節を脱臼した平成19年3月1日,A外科で診察を受け,レントゲン撮影の上,左肘関節脱臼と診断され,全身麻酔下で脱臼した状態を元の状態に戻す整復処置を受け,ギプスで固定して約3週間経過観察をすることとされるとともに,抗炎症薬のリンゲリーズ,筋緊張治療薬のコリク 撮影の上,左肘関節脱臼と診断され,全身麻酔下で脱臼した状態を元の状態に戻す整復処置を受け,ギプスで固定して約3週間経過観察をすることとされるとともに,抗炎症薬のリンゲリーズ,筋緊張治療薬のコリクール,消炎酵素薬のバザロインを処方された(甲23,乙4,6,7,18,23,32の1から5まで)。 原告は,同日,神戸刑務所に戻った後,医療課長のH医師の診察を受け,休養処遇とする判断をされるとともに,抗炎症薬のインテバン坐薬を処方された。なお,インテバンは,消炎鎮痛剤で,痛みや腫れがある場合に処方されるもので,特に坐薬の場合は相当痛みが強い場合に処方される薬である。(甲17,乙4,7,23,証人D)。 原告は,平成19年3月2日,保健課長のI医師の診察を受けた際,痛みがあると訴えた(乙4,23,29)。 原告は,平成19年3月6日,外部招へい医師のJ医師の診察を受けた際,手指に腫れが認められ,抗炎症薬のインテバンSP25ミリグラム5日分を処方された(乙4,23,29)。 原告は,平成19年3月8日から同年5月7日にかけて,必要に応じて,頓服薬としてインテバン坐薬を処方された(乙4,23,29,証人D)。 原告は,平成19年3月12日,H医師の診察を受けた上で,休養処遇を解除され,治療処遇的作業として雑作業を実施することとされた(乙4,9,23,29)。 原告は,平成19年3月27日,A外科を受診し,ギプスを外され,整復後の経過は良好であり,今後は肘関節の屈曲,伸展,前腕の回内,回外の自動運動によるリハビリテーションに努めるように言われ,左肘にギプスシャーレの処置を施された(乙4,10,11,23)。 原告は,平成19年4月10日,J医師の診察を受け,同医師からリハビリテーションに努めるように指導 努めるように言われ,左肘にギプスシャーレの処置を施された(乙4,10,11,23)。 原告は,平成19年4月10日,J医師の診察を受け,同医師からリハビリテーションに努めるように指導を受けた。原告は,サポーターを使用したい旨の申出をしたが,J医師は,サポーターを使用する必要性を認めなかった。(乙4)原告は,平成19年4月20日,J医師の診察を受けたが,左肘関節の可動性は改善しているものの,腕立て伏せは禁止であるとの所見を示され,リハビリテーションに努めるように指導を受けた(乙4,23)。 原告は,平成19年5月8日,J医師による診察を受けたが,J医師は,原告の左肘の疼痛部位の疼痛は軽減し,機能が相当程度改善しており,左肘に極端な荷重を掛けなければ一般工場への就業も可能であるとの意見を述べた(乙4,12,23)。 原告は,平成19年5月9日,治療的処遇を解除され,刑務所内での運搬作業を行う内外掃工場に配役された(乙13,14)。 原告は,平成19年5月21日以降出所直前まで,洗濯工場に配役された(乙26)。 原告は,平成19年3月1日に左肘関節を脱臼した後は,腕を使う運動としては,ウォーキングや軽いジョギングをする程度であり,腕が曲がらないことから,バク転や腕立て伏せをすることはなかった。また,原告は,神戸刑務所にいる間に,転倒したり,腕を打って怪我をしたりしたこともなかった。(原告本人)イ刑期満了後の状況について 原告は,平成21年1月17日,大阪入国管理局神戸支局へ身柄を移送された当時,左肘関節が脱臼しており,脱臼後の経過が悪く,左肘関節を曲げられなかったが,安静にしていれば痛みはなく,曲げようとすると痛みがあると申告した(甲27,42)。 原告は,平成21年1月22 た当時,左肘関節が脱臼しており,脱臼後の経過が悪く,左肘関節を曲げられなかったが,安静にしていれば痛みはなく,曲げようとすると痛みがあると申告した(甲27,42)。 原告は,平成21年1月22日に入国管理局内の医師の診察を受け,左肘脱臼と診断され,平成21年2月9日,B整形外科を受診した(甲2,24,30,乙21)。 原告は,仮放免後,平成21年2月27日,同年3月6日,同月24日にK病院を受診した。そして,原告は,同年2月27日,左肘関節についてレントゲン撮影を受け,左肘の骨が出っ張っていることが判明した。(甲7の2,乙30の1,2)原告は,平成21年3月27日,同年4月10日,同年5月8日,同月29日,同年7月3日,同月17日にL病院を受診した(甲7の2)。 原告は,平成21年6月4日にM整形外科を受診した(甲7の2)。 原告は,平成21年6月19日から,C病院を受診し,同年7月30日から同年9月30日にかけての63日間同病院に入院した。そして,原告は,同年7月31日,尺骨神経及び上腕三頭筋を剥離した上で,関節面を剥離し,脱臼を整復する手術を受けた(甲3,4の1,2,甲7の1,甲39の1,甲40,乙33,証人D)。 また,原告は,平成22年2月26日から同年4月27日までの61日間,C病院に再度入院し,同年3月5日に再度,上腕三頭筋を剥離した上で,関節面を剥離し,脱臼を整復する手術を受けた(甲3,39の2,甲40,乙33,証人D)。 ウ肘関節の脱臼の態様及びその治療について 肘関節の脱臼は,肘頭が後ろへ抜ける後方脱臼がほとんどであり,こ の場合,肘頭部分の骨が後方に出っ張って外見上明らかになる上に痛みも伴う。そして,肘関節の脱臼の治療方法としては,まず,全身麻酔をした状 ,肘頭が後ろへ抜ける後方脱臼がほとんどであり,こ の場合,肘頭部分の骨が後方に出っ張って外見上明らかになる上に痛みも伴う。そして,肘関節の脱臼の治療方法としては,まず,全身麻酔をした状態で腕を引っ張って脱臼した状態を元に戻すという整復の処置をした上で,三角巾又はギプスで肘を90度に曲げた上で二,三週間固定することとされている。 一方,脱臼したままの状態が放置された場合,筋肉が委縮して正常な働きをしなくなり,肘関節が動きにくくなる。 (甲21,22,証人D)肘関節は,尺骨の一番肘側の関節が非常に深いくぼみのあるものであるため,くぼみが浅い肩関節とは異なり,再脱臼が生じることはまれであるところ,再脱臼の原因としては,脱臼箇所の整復が十分にできていなかったか,整復後のギプス固定の処置が90度よりも緩い角度であるために十分でなかった可能性が高いということができる。そして,適正な角度でギプスを固定した後においては,当初の脱臼時と同様の怪我をしない限り,外力が加わることによって再脱臼をすることはまずない(証人D)。 固定していたギプスを外す際には,脱臼が整復されているかどうかを確認する必要性があるところ,少なくとも本人が痛みを訴えている場合には,肘関節を精査し,再脱臼等の所見がないかどうかを確かめるためにレントゲン撮影を行うことが通常の処置とされている(甲18の1,2,証人D)。 ⑵ 原告の再脱臼が生じた時期についてア上記⑴に認定したとおり,肘関節の脱臼の場合は,まず,腕を引っ張って脱臼した状態を元に戻すという整復の処置をした上で,三角巾又はギプスで肘を90度に曲げて固定する処置を取るのが通常であり,その後の肘関節の再脱臼の原因として考えられるのは,脱臼箇所の整復が十分にでき ていなか という整復の処置をした上で,三角巾又はギプスで肘を90度に曲げて固定する処置を取るのが通常であり,その後の肘関節の再脱臼の原因として考えられるのは,脱臼箇所の整復が十分にでき ていなかったか,整復後のギプス固定の処置が十分でなかった場合と認められる。 そして,証拠(甲38,乙15,原告本人)によれば,原告は,A外科で診察を受けた二,三日後から,体を動かした際に,骨が動いてぐらぐらしていると感じるようになり,左肘に痛みを感じるようになったこと,原告が平成19年5月21日に洗濯工場に配役された際,神戸刑務所の担当職員が,原告の肘について骨が少し出ているような感じがあり,伸び切らないような様子であったと報告していることが認められ,平成19年3月1日の脱臼の整復処置が適正であったのか疑わしい事情が存在するということができる。その上,原告は,左肘関節を脱臼した後は,腕を使う運動としてはウォーキングや軽いジョギングをする程度であり,腕が曲がらないためバク転や腕立て伏せをすることはなく,神戸刑務所に収容中,転倒したり腕を打ったりして,左腕に怪我をするようなこともなかったというように,ギプスの除去後,原告が再脱臼したことをうかがわせる事情が認められない以上,原告の左肘関節の再脱臼は,脱臼箇所の整復が十分にできていなかったか,あるいは,整復後のギプス固定の処置が十分でなかったことによるもので,平成19年3月1日の受傷後,同月27日のギプス固定が終了する以前に生じたと認められる。 これに対し,被告は,A外科で診察を受けた二,三日後から,体を動かした際に,骨が動いてぐらぐらしていると感じ左肘に痛みを感じるようになり,これを刑務所の職員に訴えていたとする原告の供述は,その具体的状況や痛みを訴えた相手方の特定もされていない上,面会に来た 動かした際に,骨が動いてぐらぐらしていると感じ左肘に痛みを感じるようになり,これを刑務所の職員に訴えていたとする原告の供述は,その具体的状況や痛みを訴えた相手方の特定もされていない上,面会に来た妻に対し,ギプスが除去されるまでの処置について不満を述べた形跡がないことからしても,信用できないと主張する。 しかし,原告がA外科で診察を受けた後も左肘に痛みが続いた点については,平成19年3月1日以降,インテバンを処方されていたことに より裏付けられているし,原告が痛みを訴えた相手方である刑務所の職員の氏名や顔を覚えていないとしても不自然ではなく,さらに,原告は,本件訴訟とは関係なく,入国管理局に移管される時やその後のC病院のD医師に対しても左肘関節の痛みを一貫して訴えていたことからしても,原告の上記供述は信用することができる。 また,面会簿(乙28)には,面会中に被収容者と面会者が話したやりとりの全てが逐一記載されるわけではないと考えられることからすると,面会簿に記載がされていないからといって,原告とその妻の間でギプスが除去されるまでの処置についてのやり取りが一切なかったということはできない。かえって,面会簿(乙28)によれば,原告が,平成19年3月16日に,妻等との間で,左肘の負傷についてのやりとりをした旨記載されていることからすると,原告の供述は信用することができる。 また,被告は,原告がギプス除去後平成19年5月8日までの間,神戸刑務所内の医師の診察を受け,インテバン坐薬の処方を受けていたものの,平成19年5月9日以降はそれらを一切受けていないことから,脱臼は治癒したと考えられ,脱臼した状態が,原告が受傷した平成19年3月1日から平成21年2月9日まで残存していたと考えるには無理がある旨主張する。 9日以降はそれらを一切受けていないことから,脱臼は治癒したと考えられ,脱臼した状態が,原告が受傷した平成19年3月1日から平成21年2月9日まで残存していたと考えるには無理がある旨主張する。 しかし,に認定したとおり,原告は,平成19年5月8日の時点で,左肘の痛みが軽減しており,一般工場への就業も可能であるとの診断を受け,翌9日には治療的処遇を解除されたことからすると,それ以降は,仮に原告が左肘の痛みを訴えたとしても,容易には神戸刑務所内の医師の診察やインテバンの処方を受けられなかった可能性もある。そして,そのような場合に,原告が何度も同じ主張を繰り返すとは思われず,その後,刑務所の職員らに痛みを訴えることがなかった としても不思議ではない。 したがって,原告が平成19年5月9日以降,神戸刑務所内の医師の診察を受けず,インテバンの処方を受けていないからといって,直ちに原告の左肘の痛みがなかったということはできないから,被告の上記主張は採用することができない。 さらに,証拠(乙15)によれば,原告が平成19年5月21日に洗濯工場に配役された際,神戸刑務所の担当職員が,原告の肘について骨が少し出ているような感じがあり,伸び切らないような様子であったと報告しているところ,被告は,その程度の症状があったとしても,それによって再脱臼があったとはいえない旨主張する。 しかし,担当職員が見た原告の左肘の状況は,まさに,脱臼した状態が放置された場合と符合する上,K病院における左肘のレントゲン写真(乙30の2)とも一致する点で信用することができ,再脱臼があったことを強く推認させるものであるから,被告の上記主張は採用することができない。 加えて,被告は,原告は平成19年5月9日以降,他の受刑者と同様の刑務作業 る点で信用することができ,再脱臼があったことを強く推認させるものであるから,被告の上記主張は採用することができない。 加えて,被告は,原告は平成19年5月9日以降,他の受刑者と同様の刑務作業を行うなどし,同年10月5日及び平成20年10月17日に開催された被収容者運動会に参加した際,直前の健康診断において異常が認められなかった上,運動会当日には800メートルリレーに参加した際,両手を伸ばし,ほぼ垂直な位置まで交互に高く振り上げる動作や,両腕を90度以上曲げて飛び跳ねる動作等を行っていたことからすれば,この時点では,原告の左肘には異常はなく,再脱臼はこの後に生じた可能性がある旨主張する。 しかし,運動会前の健康診断は,運動会に出場しても問題がない健康状態であるかを確認することが主な目的であると考えられるところ,原告の左肘についてどの程度の診断がされたのかは明らかではなく,原告 の左肘の異常が見落とされたとしても不自然であるとはいえない。また,被告が証拠として提出する平成19年及び平成20年運動会の画像(乙16,17,34,35)は不鮮明であり,画像からは,被告が主張するような動きを原告がしていたのかを認めることは全くできないから,被告の主張はその前提を欠くというべきである。 3 争点⑶(注意義務違反の有無)について⑴ 原告は,被告に対し,予備的に国家賠償法1条に基づく損害賠償責任を主張しているところ,原告は,ナイジェリア連邦共和国国籍を有する外国人であることから,原告に国家賠償法1条が適用されるためには,その前提として,ナイジェリア連邦共和国法において日本国籍の被害者に国家賠償請求権が認められていることが必要である(相互保証主義)。 そして,弁論の全趣旨によれば,ナイジェリア連邦共和国においては,国家賠償法が制 ナイジェリア連邦共和国法において日本国籍の被害者に国家賠償請求権が認められていることが必要である(相互保証主義)。 そして,弁論の全趣旨によれば,ナイジェリア連邦共和国においては,国家賠償法が制定され,外国人も同国政府や同国州政府等に対して,損害賠償請求訴訟を提起することができることが認められる。 したがって,本件においては,国家賠償法6条の相互保証が認められ,原告は,国家賠償法の適用を受けることができる。 ⑵ そこで,注意義務違反の有無について検討するに,刑事施設に収容されることで行動の自由を制限され,自ら医師の診療を受けることのできない受刑者の生命及び健康の維持は,刑事施設の重要な責務であり,被収容者に対する医療上の措置は,本来,刑事施設がその責任において行うべきものであり,刑事施設において講じられる医療上の措置においても,医療法規の適用があり,基本的には,一般の国民が受けられる医療行為と同水準のものであることが求められるというべきである(刑事収容施設法56条参照)。 もっとも,刑事施設が多数の被収容者を抱える以上,被収容者に対する医療上の措置を講ずるための人的,物的な態勢には限界があること等を考慮すれば,被収容者から傷病に罹患した旨の申出があっても,直ちに医師による 診療を実施することが常に可能であるとは限らない。 したがって,被収容者から医師の診療を求める旨の申出があった場合に,医師の診療を行うか否か,また,行うとしていかなる時期にどのような診療行うかなどの判断については,被収容者の心身の状況やそれについての刑事施設の職員である医師の所見,当該刑事施設の医療態勢等の具体的状況を踏まえた刑事施設の長の合理的な裁量に委ねられているというべきであるが,その判断が裁量権の範囲を逸脱し,又はその濫用に当たる場合 事施設の職員である医師の所見,当該刑事施設の医療態勢等の具体的状況を踏まえた刑事施設の長の合理的な裁量に委ねられているというべきであるが,その判断が裁量権の範囲を逸脱し,又はその濫用に当たる場合には,国家賠償法上違法と評価されるものと解するのが相当である。 そこで,本件において,医師らの履行補助を受けた神戸刑務所長が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていたかどうかについて,以下検討する。 ⑶ A外科の医師の注意義務違反について上記2⑴に認定したとおり,証拠(証人D)によれば,ギプス固定が終了した後においては,当初の脱臼時と同様の怪我をしない限り,外力が加わることによって再脱臼をすることはまずなく,原告が当初の脱臼時と同様の怪我をした事情が認められないことからすると,原告の左肘関節の再脱臼は,平成19年3月1日の受傷後,同月27日のギプス固定が終了する以前に生じたものであるといわざるを得ず,脱臼箇所の整復ができていなかったか,整復後のギプス固定の処置が十分でなかったことによって生じたものと認められる。そうすると,原告の左肘の再脱臼は,A外科の医師が平成19年3月1日に,適切な整復の処置を怠ったか,ギプス固定の処置が不十分であったことによって生じたものであり,A外科の医師が行ったそのような処置は,脱臼の治療方法として一般的な医療水準に達しない不合理なものであって,その合理性を裏付ける事情は何らうかがわれないから,注意義務違反が認められる。 また,上記2⑴に認定したとおり,固定していたギプスを外す際に は,脱臼が整復されているかどうかを確認する必要があり,少なくとも本人が痛みを訴えている場合には,左肘関節を精査し,再脱臼等の所見がないかどうかを確かめるためにレントゲン撮影を行うのが一般的な医療水準である 整復されているかどうかを確認する必要があり,少なくとも本人が痛みを訴えている場合には,左肘関節を精査し,再脱臼等の所見がないかどうかを確かめるためにレントゲン撮影を行うのが一般的な医療水準であるということができる。 ところが,証拠(甲38,原告本人)によれば,原告は,平成19年3月27日,ギプスを外された際に,左肘の外側に骨が出ていて痛みを感じたことから,そのことをA外科の医師に告げ,ギプスの中で骨が動いたことも話した上で,レントゲン写真を撮ってほしいと頼んだものの,A外科の医師は,レントゲン写真を撮影しなかったことが認められる。 そうであるとすれば,A外科の医師が行った上記処置は,一般的な医療水準に達しない不合理なものであって,その合理性を裏付ける事情は何らうかがわれないことから,注意義務違反が認められる。 イそして,A外科の医師は,公務員ではないものの,本件では,刑事収容施設法62条に基づき,必要と認めて,刑事施設の職員でない医師等による診療が行われたのであるから,被告は履行補助者としてのA外科の医師の行為につき,国家賠償法1条1項により,原告の被った損害を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。 ウこれに対し,被告は,A外科の医師による処置について初期の脱臼は一応整復されているとの意見(甲18の2,乙30の1)が記載されていること,ギプス固定の角度が不適切であったことを認めるに足りる証拠はないこと,ギプス固定の処置が仮に適切に行われたとしても,肘関節組織の拘縮によって痛みが生じることはあり得ることからすれば,A外科の医師による検査や処置に問題はなかったと主張する。 しかし,上記2に認定したとおり,原告の陳旧性脱臼が発生した時期がA外科で整復処置を受け,ギプス固定を受け,そのギプスを除去した A外科の医師による検査や処置に問題はなかったと主張する。 しかし,上記2に認定したとおり,原告の陳旧性脱臼が発生した時期がA外科で整復処置を受け,ギプス固定を受け,そのギプスを除去した 時までの間と認められる以上,その原因は,脱臼箇所の整復が十分にできていなかったか,整復後のギプス固定の処置が十分でなかった可能性が高いといえることからすると,A外科の医師による処置には問題があったことが推認できる。また,痛みが生じたとしても,肘関節組織の拘縮のみが原因とは限らない。 さらに,被告は,平成19年3月27日にA外科の医師が原告を診察しギプスを除去した際,原告の左肘に外観上明らかな異常があったことを裏付ける証拠は存在しないこと,原告がレントゲン撮影をしてほしいと申出をした事実はなく,原告の供述は信用できず,A外科の医師がギプス除去時における原告の症状を見落とした注意義務違反はなかったと主張する。 しかし,上記2に認定したとおり,肘関節を脱臼した場合には,肘頭が後ろへ抜けることにより,骨が出っ張って外見上明らかになることや,ギプス除去後ではあるものの,当時の担当職員が,平成19年5月21日に,原告の左肘について骨が少し出ているように見えたと述べていることからすると,ギプスを除去した際には,原告の左肘に外観上明らかな異常があったと考えられ,原告の供述は合理的であること,また,ギプス固定の処置をした二,三日後から骨がぐらぐら動く違和感があり,インテバンを継続的に処方されていたことからすると,原告は左肘に相当の痛みを感じていたと考えられ,原告がレントゲン撮影をしてほしいとの申出をしたことは自然であるから,原告の上記供述は信用することができ,被告の上記主張は採用することができない。 ⑷ 神戸刑務所の医師の注 感じていたと考えられ,原告がレントゲン撮影をしてほしいとの申出をしたことは自然であるから,原告の上記供述は信用することができ,被告の上記主張は採用することができない。 ⑷ 神戸刑務所の医師の注意義務違反についてア上記前提事実及び上記2に認定したとおり,原告は,A外科で診察を受けた二,三日後から,体を動かした際に骨が動いてぐらぐらしていると感じ,非常に痛むようになり,痛みを訴えたことで,神戸刑務所の医師はイ ンテバンを処方したものの,平成19年3月27日まで刑務所の外の病院に連れて行かず,原告が,同日にA外科において診察を受けてギプスを外された際に,左肘の外側に骨が出ていて痛みを感じたことや,ギプスの中で骨が動いたことを話したものの,神戸刑務所の医師は,同日以降,同年5月8日までは原告の診察をしたものの,それ以降は診察をしなかったことが認められる。 イそして,上記2⑴に認定したとおり,肘関節を脱臼した場合には,肘頭が後ろへ抜けることにより骨が出っ張って外見上明らかになり痛みも伴うところ,原告が左肘の痛みや骨の出っ張りを訴えていたことからすれば,刑務所の医師としては,原告の痛みが,単に脱臼後のリハビリテーションの過程での痛みにすぎないのか,脱臼の整復が不十分であったか又は再脱臼が生じたことによる痛みなのかを判断するために診察をし,専門外であるために判断できないというのであれば,外部の専門医の診察を受けさせるのが一般的な医療水準であるということができる。 ところが,神戸刑務所の医師は,原告の左肘の痛みが脱臼の整復が不十分であったか又は再脱臼によるものであることを見落としたまま,平成19年5月8日以降は原告の診察を行っておらず,また,外部の専門医の診察を受けさせていない点で,一般的な医療水準に適合しないもので 十分であったか又は再脱臼によるものであることを見落としたまま,平成19年5月8日以降は原告の診察を行っておらず,また,外部の専門医の診察を受けさせていない点で,一般的な医療水準に適合しないものであり,そのような措置に合理性はうかがわれず,注意義務違反があったというべきである。 ウこれに対し,被告は,原告がA外科でギプス固定の処置をされて以降,診療録(乙4)には,受診した神戸刑務所内の医師に対して,A外科の医師による診察を希望した旨の記載がない旨主張する。 しかし,診療録は,被収容者に対していかなる診察をしたのかを記載することを主な目的とするものであって,被収容者から外部の医師に診せてほしいとの要望があったとしても,その要望どおりに対処するのでない限 り,その要望があった事実を診療録に記載しないことも十分に考えられるから,診療録にそのような記載がないからいって,原告からそのような要望がなかったとはいうことはできない。 4 争点⑷(因果関係の有無)について上記2に認定したところによれば,肘について再脱臼が生じる原因としては,脱臼箇所の整復が十分にできていなかったか,整復後のギプス固定の処置が十分でなかった可能性が高い。そして,この事実に,ギプス固定終了後については,最初と同様の怪我をしない限り再脱臼を生じることはないこと,原告は,平成19年3月1日に左肘を脱臼した後は,腕を使う運動としてウォーキングや軽いジョギングをする程度であり,腕が曲がらないためバク転や腕立て伏せをすることはなかったこと,原告は,神戸刑務所収容中に,転倒したり,腕を打ったりして,左腕に怪我をしたこともなかったことを加えて検討すれば,原告の左腕の再脱臼は,脱臼箇所の整復が十分にできていなかったか,整復後のギプス固定の処置が十分でなかったことに 転倒したり,腕を打ったりして,左腕に怪我をしたこともなかったことを加えて検討すれば,原告の左腕の再脱臼は,脱臼箇所の整復が十分にできていなかったか,整復後のギプス固定の処置が十分でなかったことによるものと認められ,ギプス固定が終了する以前に生じていたと認められる。 そうであるとすると,上記3のとおりのA外科の医師が平成19年3月1日に適切な整復処置及びギプス固定の処置を怠った注意義務違反,同月27日にギプスを除去した際に原告の脱臼の残存又は再脱臼を見逃した注意義務違反,神戸刑務所の医師が原告の左肘の痛みが脱臼の整復が十分でなかったか又は再脱臼によるものであることを見落とした注意義務違反によって,原告の左肘の脱臼は2年近く治療がされないまま放置された状態となり,もはや手を用いての整復である徒手整復はできず,手術によっても完全には整復できず,後遺障害が残存することとなったと認めるのが相当であり,上記各注意義務違反と原告の後遺障害との間には相当因果関係が認められる。 5 争点⑸(損害額)について治療費等 ア上記前提事実及び証拠(甲5,40,乙33,証人D,原告本人)によれば,原告は,C病院を初めて受診した平成21年6月19日の時点では,左肘関節の可動域(他動域)は,伸展が0度で屈曲が35度であり,左前腕の可動域(他動域)は回外(肘を90度曲げた状態で手のひらを上に向ける動き)が90度,回内(肘を90度曲げた状態で手のひらを下に向ける動き)が60度であったこと,同年7月31日の1回目の手術後には,原告の左肘関節の可動域(他動域)は,伸展が30度,屈曲が95度くらいまで改善したこと,更に平成22年3月5日の2回目の手術後には,左肘関節の可動域(他動域)は,伸展が15度,屈曲が110度くらいまで改善し,その後のリハ 他動域)は,伸展が30度,屈曲が95度くらいまで改善したこと,更に平成22年3月5日の2回目の手術後には,左肘関節の可動域(他動域)は,伸展が15度,屈曲が110度くらいまで改善し,その後のリハビリテーションを経て,平成22年7月27日の時点において,原告の左肘関節について可動域(他動域)は,伸展が35度,屈曲が105度くらいで,健側である右肘関節の可動域の半分程度であり,筋力テストの結果は筋力半減とされ,前腕について可動域(他動域)は回内が70度から80度くらい,回外が40度から45度くらいであり,筋力テストの結果は半減であったことが認められる。そして,原告は,平成22年7月27日以降も,平成24年10月30日までC病院でリハビリテーション治療を継続的に受けたものの,左肘関節の可動域制限については,変化なし又は著変なしで推移していたことが認められる。 以上のような症状の程度・推移,治療の経過等からすれば,原告は,遅くとも平成22年7月27日の時点で症状固定となったものと認められる。 イしたがって,治療費等については,症状固定日である平成22年7月27日までの分について本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。 そして,証拠(甲7の1から甲8まで)によれば,原告は,平成21年2月27日から症状固定日である平成22年7月27日までの治療費等として115万7790円を支払ったことが認められ,これは,被告の注意 義務違反と相当因果関係のある損害であるというべきである。 ウなお,原告は,症状固定後である平成22年7月31日から平成25年6月28日までの治療費等についても請求しているが,特にこれを必要とする事情は明らかでなく,被告の注意義務違反と相当因果関係のある損害であるとは認めることはできない。 入院雑 1日から平成25年6月28日までの治療費等についても請求しているが,特にこれを必要とする事情は明らかでなく,被告の注意義務違反と相当因果関係のある損害であるとは認めることはできない。 入院雑費 18万6000円入院雑費は1日当たり1500円とするのが相当であるところ,上記2⑴のとおり,原告は,平成21年7月30日から同年9月30日までの63日間と,平成22年2月26日から同年4月27日までの61日間の合計124日間,C病院に入院したことからすれば,18万6000円となる。 通院交通費 26万7143円ア上記2⑴に認定した事実及び証拠(甲3,7の1,2,甲8,乙33)によれば,原告は,再脱臼の整復の治療及びリハビリテーションのため,平成21年6月19日から症状固定日である平成22年7月27日までに,C病院に55回通院していたことが認められるところ,証拠(甲12,13の3から16まで)によれば,上記期間における原告の自宅の最寄り駅であるa線b駅からc駅までの交通費は片道1890円×2×55回=20万7900円であり,上記期間におけるd駅からe駅までの交通費は2万4603円+290円×12=2万8083円となる。 イ上記2⑴に認定した事実及び証拠(甲7の1,甲8)によれば,原告は,C病院での再脱臼を整復する手術後のリハビリテーションのため,平成21年10月1日から平成22年2月22日まで兵庫県姫路市f区にあるN病院に41回通院したことが認められるところ,弁論の全趣旨によれば,原告宅からN病院までの片道の交通費は380円であることからすれば,通院交通費は380円×2×41回=3万1160円となる。 ⑷ 逸失利益 ア基礎収入について原告は,強盗事件で逮捕される直近において,Eからの給与,F有限 あることからすれば,通院交通費は380円×2×41回=3万1160円となる。 ⑷ 逸失利益 ア基礎収入について原告は,強盗事件で逮捕される直近において,Eからの給与,F有限会社からの給与,Gからの給与により,年間993万5280円の収入を得ていたことから,基礎収入は993万5280円であると主張する。 しかし,Eから給与の支払を受けていた証拠として挙げる甲第14号証を見ても,原告がEにおいて就労していた事実は明らかではなく,また,どのようにして上記複数の勤務先に就労ができたのかも明らかではない。 さらに,前提事実に認定したとおり,原告は,逮捕,勾留され,有罪判決を受けて神戸刑務所に収容されていたために就労することができず,症状が固定した平成22年7月27日の時点で,上記の仕事に復職できたことを認めるに足りる証拠はないことからすれば,原告の主張する金額を基礎収入とすることは相当ではない。 他方,証拠(甲16)及び弁論の全趣旨によれば,ナイジェリア国籍を有する原告は,遅くとも平成8年1月以降は日本国内で就労しており,日本人の配偶者がおり,日常会話程度の日本語を理解し,日本国内で生活の基盤を築いていたことからすれば,原告の基礎収入を算定するに当たっては,日本国籍の者と同様に考えるのが相当であり,賃金センサス(平成22年度,学歴計,男性全年齢平均)による523万0200円を基礎収入とするのが相当である。 イ労働能力喪失率について前提事実及び証拠(甲5,乙33,証人D,原告本人)によれば,原告は,2回の手術やその後のリハビリテーションを経て,症状固定日である平成22年7月27日の時点において,左肘関節の可動域(他動域)は,伸展及び屈曲が35度から105度くらいまでで,健側である右肘関節の可動域の半 やその後のリハビリテーションを経て,症状固定日である平成22年7月27日の時点において,左肘関節の可動域(他動域)は,伸展及び屈曲が35度から105度くらいまでで,健側である右肘関節の可動域の半分程度であり,筋力テストの結果,筋力半減であったこと,また,前腕について可動域(他動域)は回内が70度から80度くらい,回 外が40度から45度くらいであると認められ,更に,原告は,コップを片手で持てず,排泄の後始末やシャツを着る際には半介助の状態であり,背中を洗ったり歯磨きをしたりする際には全介助を要する状態であることを考慮すると,労働能力喪失率は少なくとも20パーセントであると認められる。 ウ労働能力喪失期間について証拠(証人D)によれば,原告の左肘関節の機能障害については,今後,改善の見込みはなく,20年後から30年後にかけて更に関節破壊が進む可能性もあることからすれば,原告は,本件後遺障害により,症状固定日である平成22年7月27日(当時満34歳)から就労可能年齢である67歳までの33年間にわたり,労働能力を喪失したものと認められる。 エ以上によれば,原告の逸失利益は,523万0200円(基礎収入)×0.20(労働能力喪失率)×16.0025(33年間のライプニッツ係数)≒1673万9255円となる。 ⑸ 入通院慰謝料上記2⑴に認定したとおり,原告は,入国管理局に移送された後の平成21年2月22日から症状が固定した平成22年7月27日までの約1年5か月の間において,平成21年7月30日から同年9月30日までと平成22年2月26日から同年4月27日までの合計約4か月間入院し,入院期間を除く約13か月間は継続的に通院していたところ,原告の症状の程度,推移等本件に現れた諸事情を総合考慮すると 月30日までと平成22年2月26日から同年4月27日までの合計約4か月間入院し,入院期間を除く約13か月間は継続的に通院していたところ,原告の症状の程度,推移等本件に現れた諸事情を総合考慮すると,入通院慰謝料は262万円とするのが相当である。 ⑹ 後遺障害慰謝料上記⑷で認定した後遺障害の内容その他本件に現れた一切の事情を考慮すると,後遺障害慰謝料は420万円とするのが相当である。 ⑺ 適切な治療を受けられなかったことによる精神的損害被告の注意義務違反により原告が適切な治療を受けられなかったことによる精神的苦痛については,大半は上記各項目において評価されているものの,被告の注意義務違反後,神戸刑務所を出所するまでの間2年近くにわたり適切な治療を受けられなかったことに鑑みれば,上記精神的苦痛に対する慰謝料としては,30万円と認めるのが相当である。 ⑻ 弁護士費用原告が,本件訴訟の提起及び追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著であるところ,事案の内容,審理の経過,認容額等,本件に現れた一切の諸般の事情を考慮すると,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては,上記⑴から⑺までの合計額2547万0188円の約1割が相当と認められるから,255万円と認めるのが相当である。 ⑼ 以上によれば,被告の注意義務違反による原告の損害は,2802万0188円となる。 6 争点⑹(消滅時効の成否)について⑴ 国家賠償法1条に基づく損害賠償請求権は,国家賠償法4条及び民法724条により,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは,時効によって消滅するところ,民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは,不法行為の被害者において,加害者に対する損害賠償請求をすること 損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは,時効によって消滅するところ,民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは,不法行為の被害者において,加害者に対する損害賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味すると解するのが相当であり,同条にいう被告者が損害を知った時とは,被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解すべきである。 ⑵アこの点について,原告は,身体障害者手帳の交付を受けた平成22年9月15日から消滅時効が進行すると主張する。 しかし,原告が身体障害者手帳の交付を受けたとの事情は,障害福祉サ ービスに基づく給付を受けることを目的とするものであり,その不交付は原告の被告に対する損害賠償請求権の行使を何ら制約するものではないから,身体障害者手帳の交付を受けた時から消滅時効が進行すると解することはできない。 イ他方,被告は,C病院のD医師が,左肘関節脱臼を原因とする左肘関節の機能障害について症状固定と診断した平成22年7月27日から消滅時効が進行すると主張する。 確かに,証拠(甲5,乙33,証人D)によれば,原告は,平成22年6月22日にC病院を受診した際に,D医師から,リハビリテーションがそろそろ限界であり,左肘に障害が残る可能性があるとの説明を受けるとともに,身体障害者手帳の申請をする場合には書式を持参するように指示を受け,同年7月27日にはC病院を受診し,同日作成の「身体障害者診断書・意見書」(以下「本件意見書」という。)において,症状固定との診断を受けており,最高裁平成16年判決に照らせば,遅くとも平成22年7月27日から消滅時効が進行するようにも思われる。 しかし,弁論の全趣旨によれば,原告は,平成22年8月3日に,本件意見書を取 診断を受けており,最高裁平成16年判決に照らせば,遅くとも平成22年7月27日から消滅時効が進行するようにも思われる。 しかし,弁論の全趣旨によれば,原告は,平成22年8月3日に,本件意見書を取得したところ,日常会話程度の日本語は理解できても,医学の専門的な用語に関する日本語の理解力は十分ではなかったと考えられ,そうであるとすれば,平成22年6月22日や同年7月27日の時点では,医師からその場で後遺障害の可能性やその程度についての説明を受けていたとしても,直ちにその具体的な内容についてまで十分認識できたとは考えられず,同年8月3日に本件意見書を取得し,その記載内容を認識した時点で初めて,後遺障害の具体的な内容について認識可能な状態に置かれ,加害者に対する損害賠償請求が可能な程度に損害の発生を知ったといえることからすれば,同日をもって,消滅時効の起算点とするのが相当である。 ウそして,原告が,平成25年8月1日に本件訴訟を提起したことは,当裁判所に顕著な事実であるから,時効の中断があったものといえ,消滅時効はいまだ完成していないというべきである。 7 結論以上によれば,原告の主位的請求は理由がないから棄却し,原告の予備的請求は,2802万0188円及びこれに対する不法行為後の日である平成22年8月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,訴訟費用については,民事訴訟法64条本文,61条を適用し,仮執行宣言については,同法259条1項を適用し,本判決送達日から14日間の猶予期間を定め,仮執行免脱宣言につき同条3項を適用し,主文のとおり判決する。 神戸地方裁判所姫路支部 裁判長裁判官惣脇美奈 主文 項を適用し,本判決送達日から14日間の猶予期間を定め,仮執行免脱宣言につき同条3項を適用し,主文のとおり判決する。 理由 神戸地方裁判所姫路支部 裁判長裁判官惣脇美奈子 裁判官村上泰彦 裁判官大曽根史洋
▼ クリックして全文を表示